第105章  新しい光




 オーブへの降下軌道近くではザフトの降下部隊とアメノミハシラを出撃したオーブ艦隊が制宙権を奪いあっていた。ザフトにしてみればオーブ艦隊の脅威を完全に排除できなければ降下部隊をオーブ軌道に向かう事は出来ない。だからザフトはオーブの戦力を殲滅する必要があるのに対して、オーブ軍はオーブ防衛戦が終わるまでここで粘ればいいのが強みだった。
 もっとも、旗艦イズモの艦橋から指揮を取っていたミナにはこの条件でもキツ過ぎると感じている。オーブ軍は特務艦と呼ぶ戦艦2隻、駆逐艦10隻の戦力しかこの場に居ないのだ。流石にアメノミハシを空にするわけにもいかず、駆逐艦2隻は残してきている。これに対して敵は目の前に展開している艦隊だけでも18隻だ。加えてMS隊の技量では敵に分がある。ミナはこの勝ち目の無い戦いを指揮する自分に苦笑を浮かべていた。自分がこのような無茶な戦いを指揮していることが、らしくないと感じていたのだ。

「だが、戦う以上は負けたくは無いものだな」

 カガリの頼みを引き受けた以上、手を抜く事はしないし、負けるのは彼女の矜持が許さない。ミナは右手に持っていた杖を左手で音を立てながら受け、指揮官席を立って杖を正面に振りかざした。

「全艦ローエングリン用意、発射後艦隊とMS隊を第3防衛ラインまで後退させる!」

 無理に敵を食い止める事に拘る必要は無いという利点を生かして、ミナは徹底した遅滞戦術を取る事にした。それ以外に戦いようが無いのだ。頼みのM1A1部隊は良くやってくれていると思うのだが、敵のジンとゲイツは中々に手強い。特にゲイツがこちらのデータを超える性能を見せているのが痛かった。

「新型の配備に気づかなかったとはな」

 自分の情報網も完璧ではない。その事をミナは苦々しく思い知らされていた。
 この時ザフトはようやくゲイツに発生していた様々な問題を克服していた。現在ミナが相手にしていたのはそういうゲイツで、ゲイツE型と命名されている。これは地上で使われている最初の量産型であるD型の改修機で、ようやく信頼性を満足するレベルにまで上げることが出来た。更に全体的に性能向上が図られており、装甲、機動性、各種制御機器の全てが強化されている。ただし武装はそのままだった。
 この新型ゲイツはM1Aを相手に互角に戦う事が出来た。これがミナの予定を狂わせていたのだ。アメノミハシラで生産されるM1Aは宇宙専用ながら既存の如何なる主力MSにも勝る性能を与えているとミナは自負しており、MS戦では数の差を質で補えると考えていたのだ。それがこの体たらくである。ミナの表情が顰められるのも無理は無いだろう。
 オーブ艦隊のイズモ級2隻、フブキ級4隻から放たれた6条のローエングリンの輝きがザフト艦隊の足を止める。直撃を受けたローラシア級1隻が船体をグズグズにされてしまい、船体の上半分ほどを消滅させてただの鉄屑へと変わっている。
 敵の足を止めたオーブ艦隊はミナの指揮の下にいそいそと後退して行った。そこで補給部隊から補給を受け、負傷者の入れ替えを行わなくてはならない。


 後方に下がったオーブ艦隊が補給を受けている間に、ミナはオペレーターにオーブの状況を尋ねた。

「本国はどうなっている?」
「オーブ本国との連絡は取れないようです。アメノミハシラからの観測データによれば海岸防衛線を放棄したようですが、まだ持ち堪えているようです」
「そうか、カガリも頑張っているな」

 あの考えるより先に手が出る無鉄砲娘が粘っているのだ。自分が頑張らなくてどうする。そう考えて気合を入れなおしたミナの元に、妙な報告が届けられた。

「極東連合の艦隊が居る?」
「はっ、間違いありません。戦艦ナガトを確認しています」
「ナガト、第2艦隊の旗艦だな。だが何故、グランソート要塞に居る筈の極東連合艦隊が地球周回軌道に居るのだ?」

 極東連合はこの戦争においては限りなく連合よりではあっても中立を維持してきた。国土こそ小さいが、圧倒的な経済力と強大な軍事力を持ち、大西洋連邦の盟友と呼ばれる侮れない大国である。彼等はこの戦争に未だに参戦せず、戦力の増強を続けてきていたはずだが。
 合計16隻の戦闘艦がオーブ艦隊の近くに展開している。これはオーブ艦隊のみならず、ザフトにも無言の圧力をかける事となる。

「我々が極東連合への進入航路にまで戦闘を拡大する事を懸念しているのか。それとも別の意味があるのか?」

 極東連合の指導者達は愚かではない。世界中から注目されない凡庸な政治家しかいないと言われているが、それならばどうして第3次大戦の惨禍の中で起きた世界の枠組みの再編の流れに逆らい、かつての日本と呼ばれた国に更に領土を増やして現在の繁栄を手にしているのだ。何故世界第2位の経済大国の地位を得ているのだ。
 あの国は一見すると大西洋連邦の威を借る狐、腰巾着としか見えない。大西洋連邦の盟友と呼ばれるのもその忠実さゆえだ。だが、ミナはこう考えていた。あれは大西洋連邦に媚を乞うように見せて、大西洋連邦の力を利用してきたのだと。大西洋連邦の軍事力を利用して動乱の時代を生き抜き、全ての力を国力増強に注ぎこんで短時間で国を立て直した。その後に軍事力を強化し、今では強国の1つになっている。
この大戦においてもこれまで不気味に参戦を避けてきた極東連合が、ここに来て何故こんな動きを見せているのだろうか。

「こちらに手を出してくる様子はあるか?」
「いえ、MS隊を展開させてはいますが、手を出してくる様子はありません」
「そうか、ならばこちらから手を出すことも無いな」

 下手に手を出せば敵に回す事になる。何をする気かは知らないが、何もしないのなら放っておく事にした。どの道向こうが動いてもこちらにはどうする事も出来ないのだから。





 そして地上ではちょっとした混乱が起きていた。来援した大西洋連邦の部隊にオーブの部隊が戸惑っていたのだ。いきなり現れてザフト部隊を攻撃しだした連中にどう対応すればいいのかという問い掛けが司令部に殺到する。これに対して、カガリは簡潔な答えで返していた。

「敵を撃ってるならとりあえず味方と思っとけ!」

 このシンプルな回答に、オーブ軍の指揮官達は呆れながらも受け入れていた。彼等も追い込まれており、この際味方をしてくれるなら何でも良かったのだ。
 こうしてストライクダガーとM1が肩を並べて戦うという異常事態が発生する事となる。オノゴロの地下にある避難用官邸からこの様子をモニターで確認したウズミは激怒し、防衛軍司令部にいるカガリを呼び出し、
どういう事かを問い詰めた。

「どういう事だカガリ、なぜ連合のMSが居る!?」
「私に聞かれても困りますが」
「とにかく、直ぐに退去させろ。我々と連合が繋がっていると見られるではないか。それが無理ならば拿捕しろ!」

 ウズミはこの連合MSの参戦がオーブを連合に引き込む事になる事を恐れていた。だが、カガリはウズミの言葉に従うことは無かった。

「お父様、現実を見てください。今彼等は第2防衛線を支えてくれています。その彼等に銃を向けろと言うのですか!?」
「そうだ!」
「民間人を戦火から遠ざける為に敵の攻撃地点から遠い場所に移動させている最中です。そんな事をする戦力はありません!」

 ウズミに対して一歩の引かないカガリ。その様はウズミと共に居た首長たちを驚かせるものであった。最近のカガリはウズミに対してイエスマンでは無くなっていたが、今のカガリはウズミを相手に一対一で対峙している。

「カガリ、お前はまだ分からんのか!」
「お父様こそ、この光景を見てまだ気付かれないのですか!」

 カガリはコンソールを操作し、ウズミの端末に戦場の映像を次々に映し出させていく。

「これは今現在のオーブなんです。今オーブは戦場なんです!」
「そんな事は分かっている!」
「分かっているのなら、そのような愚かな事を言わないで下さい。自分で仰っている事が実行可能な物なのかどうか、考えてください!」

 カガリの怒りを込めた反論にウズミが初めて言葉に詰った。言い返してこない自分の父親を睨みつけて、カガリはウズミにはっきりとした拒否を伝えた。

「私はオーブ防衛軍司令官としてオーブをザフトから守ります。その為に使える物は何でも使うつもりです。それがお気に召さないのでしたら、何時でも私を解任してください。私は兵に無駄死にしろと命令する気はありません!」

 それを最後にカガリはウズミとの通信を切った。そのまま端末の前に手を置いて、肩を震わせてじっと何かに耐えている。そんなカガリにユウナが気遣うような声をかけると、カガリは体を起こして何でもないかのように振舞ってみせた。

「心配すんなって。私は大丈夫だ。それより被害状況は纏まったのか?」
「ああ、それはね」
「そうか、じゃあ私の端末に回してくれ。次の作戦を考えないと」

 そう言って仕事を再開したカガリ。ユウナは頷いて自分の席に戻ったが、内心では本当に大丈夫かと少し心配していた。父との対立は、彼女の心情に少なからず負担をかけているであろうから。





 第2防衛線を白い化物が駆け抜けている。5つの砲を使いこなしてフリーダムが悪鬼のように戦場を駆け抜け、プラズマ砲とレールガン、ビームライフルで目に付く全てのザフトMSを破壊して回っている。
 だがフリーダムの被害も馬鹿にならなかった。PS装甲といえどもダメージがゼロなわけではない。どんなに強固な装甲でも攻撃を受け続ければ何時かは破られるのだ。フリーダムは四方八方から重突撃機銃の火線を浴びせかけられ、機体に被弾の火花を散らせている。中に居るキラも直撃の振動に顔を顰めている有様だ。

「くそっ、これじゃ持たない!」

 このままでは先にフリーダムが弾切れになってしまう。その不安に駆られたキラであったが、だからと言って攻撃を止める訳にもいかない。キラは頼りにならないレーダーが捉えた目標に照準を合わせると、レールガンのトリガーを引くのだった。




 上陸したザフトの第2波は内陸へと侵攻を開始していた。既に沿岸部の制圧は完了し、安全が確保されている。上陸したジュディは隊長級を集めると、各部隊に攻略目標を指示していた。

「このまま正面から無理に力攻めをするのは犠牲が大きすぎるな。ヤノス隊、クルーシス隊は防衛線左側を大きく迂回して敵の後方に回り込め。クッシング隊、ロス隊は沿岸西側にある高台に移動し、ザウートによる砲撃支援を。ほかは私と共に正面を攻撃し、敵の注意を引きつける」

 ジュディの命令に頷いて隊長たちが自分の部隊に戻っていく。それを見送ったジュディはまだ残っていたアスランのジャスティスに声をかける。

「アスラン、君の隊を正面に回す理由は、分かっているね?」
「はい、フリーダムですね」
「そうだよ。あれは君に任せる」

 自分もパイロットとしてそれなりの実力だとは思っているが、フリーダムを相手にゲイツで勝てると思ってはいない。化物の射当ては化物が一番なのだ。フリーダムにはアスランのジャスティスをぶつけるのが一番だとジュディは判断したのである。

「特務隊の指揮はイザークに任せてあります。私はフリーダムに直接向い、これを仕留めます」
「期待しているよ。あれを破壊するのも今回の作戦の内だからね」

 そして、視線を戦場に戻した。その先では今もオーブ軍がザフトの攻勢に抵抗を続けている。

「良くやっているよ、オーブ軍は。正直舐めていた」

 もっと簡単に勝てると思っていたのだ。だがオーブ軍はこちらの想像以上に良く訓練されているようで、緒戦こそ醜態を晒していたが内陸に引いてからは頑強に抵抗を続けている。装備もそれなりのものだ。これで大西洋連邦並の実戦経験があれば第1波は撃退されていたかもしれない。

「さて、それじゃあ行こうか」

 ビームライフルを大きく掲げて、ジュディはゲイツを前進させていく。オーブに止めをさすために。




「こっのおぉぉぉ!」

 ジンが上段から振り下ろしてきた重斬刀を横にワンステップして回避したフレイが、逆に持ち替えていたビームサーベルでジンの上半身を袈裟懸けに半分くらいまで切裂き、ビームサーベルを消して飛び退く。その直後に爆発が起こり、フレイはサーベルユニットを定位置に戻して腰のライフルを取った。

「ああもう、数が多い!」

 もう何機仕留めたのか分からないが、敵の数は減ったような気がしない。いや、実際には随分減っているのだが、フレイが目立つせいで周囲の敵が集っていたのだ。おかげでフレイの周囲に居るガーディアン・エンジェル小隊の3人も連戦を繰り広げている。

「もお、こいつらしつこいんだから!」
「マユラ、文句言ってないで撃って!」
「分かってるよ!」

 アサギとマユラが遮蔽物の陰を移動しながらジンやゲイツを相手に砲戦を行っている。少し離れた場所では砲台の残骸に陣取ってジュリがジン部隊を食い止めていた。

「何機いるのよ、ザフトって」

 撃っても撃っても押し寄せてくるザフトMSの数にジュリは怯えてさえいた。オーブ軍にはこんな数のMSは居ないのだから当然かもしれないが、ジュリはザフトの物量が持つ圧迫感に押し潰されていたのだ。
 これはジュリだけではなく、オーブ軍全般に見られる傾向だった。ザフトの圧倒的な戦力にオーブ軍の戦意は急速に萎えていたのである。
 だが、そんなジュリにフレイからの鋭い声が飛んできた。

「ジュリさん、孤立しかけてる。直ぐに後退して!」
「え、え……?」

 何時の間にか自分の陣地だけ敵中に置いていかれていたのだ。慌ててジュリも下がろうとするが、直ぐにジンが前に出てきてジュリに攻撃を加えてくる。向こうの方が明らかにジュリより実戦慣れしている分、駆け引きに長けている。

「だ、駄目、逃げられない!」

 敵が直ぐに来るので退くタイミングを見出せないでいるジュリ。このままでは殺されるという恐怖が湧きあがって来て恐怖の声を上げそうになっていたが、幸いにそれはフレイたちが駆けつけた事で押さえ込まれた。
 砲台に迫っていたジン部隊は駆けつけてきたフレイたちを見て仕方なく少し後退し、フレイたちはジュリと合流する事が出来た。

「ジュリさん、大丈夫!?」
「う、うん、なんとか」
「良かった。それじゃあ直ぐに退きましょ。私が殿に付きますから、先頭をアサギさん願いします!」
「OK、任せておいて!」

 フレイに頼まれたアサギを先頭にジュリとマユラが左右を警戒する。そしてフレイが後方を守りながら味方の戦線まで下がろうとしたのだが、そこでフレイたちは最悪の敵とぶつかる事になってしまった。
 後退するフレイたちに向けて2条のビームが放たれ、当たりはしなかったが4機の動きを阻害する。それでアサギたちの動きが止まり、フレイが射線を追って反撃のビームを叩き込む。だが手応えは無く、フレイは舌打ちして動きを止めている3人に怒鳴った。

「戦場で止まらないで、的になる!」

 フレイの怒声に弾かれるように慌てて走り出す3人。それを見送ったフレイは、さっきから感じる嫌な予感に警戒を強めていた。いつもの感覚が警報を発していたのだ。この近くに、強敵が居ると。
 警戒しながら後退するフレイ。だんだんと強くなる敵の予感、それが一気に強くなった瞬間にフレイは思わず機体を跳躍させた。その直後に2条の光がそれまでM1が居た場所を貫いていき、周囲の樹木を薙ぎ倒している。

「ザフトのMSがこんな強力なビームを!?」

 ザフトはビーム兵器の開発が遅れていたはずだ。それなのに何時の間にこんなビームを使える機体を。そんなフレイの疑問に答えるように姿を現した赤い見慣れぬMS。いや、何処と無くイージスの線が見て取れる。鹵獲した4機のGのデータを利用したザフトの新型に違いなかった。

「何よあれ、Gの偽者? コピー商品?」

 言ってはいけない事を口にするフレイ。だが、フリーダムと同系統の機体である事は容易に察しが付き、フレイの背中を冷たい汗が流れた。そして、その機体から感じる気配に察しをつけて表情を顰めてしまう。

「この感じは、アスランなのね……」

 そして、アスランは自分の攻撃を回避してみせたM1を見て、それがフレイの機体だと確信していた。

「ここに居たのか、フレイ……」

 出来れば戦いたくなかった相手、平和な時代になったら会いに行こうと思っていた顔見知りの少女。だが、運命とは皮肉に彩られているらしい。いや、あるいは自分が呪われているのか。どうやら自分は何処まで行っても幸せとは縁が無いらしい。
 少しばかりの苦笑の後、アスランは表情を引き締めた。

「手加減はしないぞ、フレイ!」

 背負い式ビームキャノン2門をM1に向けて放ち、回避された所にビームライフルを向けて連射したが悉く回避されるか、シールドで受けられた。だがそんな事はアスランは気にもしない。ジャスティスにとって砲撃とは距離を詰めるまでの牽制でしかないからだ。この機体の真価は格闘戦にこそある。
 砲撃をしながらM1との距離を詰めたアスランは格闘距離に入ったところでビームライフルを腰にマウントし、ビームサーベルを抜いて斬りかかる。フレイはそれをシールドで受け止めて頭部の75mmを叩き込むが、PS装甲はこれを弾き返してみせた。
 暫しシールドにビームサーベルを押し当てていたアスランだったが、シールドを溶かすよりも先にこちらのサーベルユニットの発振器が警報を発した為、サーベルを引いて左腕でシールドを叩きつける。フレイはこれを踏ん張る事で耐えようとしたが、パワー差がありすぎて弾き飛ばされてしまった。

「な、何て馬鹿力!」

 M1を弾き飛ばしたジャスティスの圧倒的なパワーにフレイが悲鳴を上げる。ただでさえ装甲を削って軽量にしているM1は格闘戦では不利なのだが、まさか左腕一本に吹き飛ばされてしまうとは。このMSはどういうパワーを持っているのだ。
 格闘戦では歯が立たないと悟ったフレイは距離を取ろうと大きく後ろに飛んだのだが、追撃してきたジャスティスはそれ以上の速さで迫ってくる。信じられないが、あれは軽量高機動のM1より速いのだ。これは反則だと怒鳴りながらフレイがビームライフルを捨ててビームサーベルを抜く。

「逃げられないなら、戦うしかないじゃない!」

 後退を止め、逆に前に出るフレイ。それに虚を衝かれたアスランは横薙ぎに襲い掛かってきたビームサーベルをシールドで受け止め、そこで足を止める。

「良い判断だ。思い切りも良い。だが、ジャスティスの力を見誤ったな、フレイ!」

 ジャスティスの格闘戦能力に絶対の自信を持つアスランが逆にシールドでM1を押し返す。ビームサーベルを押し当てられながら、それが溶解する事も気にせずに力技に出てくるアスランにフレイが驚いて身を引こうとするが、そんな動きではジャスティスからは逃げられない。そのままビームサーベルごとM1を押し切り、M1を大きく後ろに弾き飛ばしてしまった。
 弾き飛ばされたフレイは気が遠くなりそうになるのを必死に堪えて機体を立て直すが、コクピット内に鳴り響くアラームに顔色を変えた。右腕は肘からおかしな方向に曲がっていて、手はサーベルごと何処かにいってしまった。
 機体のスペックが違いすぎる。その事をフレイはまざまざと思い知らされていた。キラのフリーダムを相手にした時はフリーダムが弾切れで逃げ回るだけだったから良い勝負をしていたが、対等の条件ではここまで一方的な結果になるとは。

 しかし、ここでアスランは手を出す事をやめてしまった。それどころかもうフレイなど目に入っていないかのようにジャスティスをM1の正面から外し、別の方に向けている。何故止めを刺さないのだとフレイが疑問に思っていると、通信機から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「止めろアスラン!」
「来たな、キラ」

 そう、アスランがフレイの相手をやめたのは、それ以上の脅威が現れたからだ。フリーダムを前に、大破したM1などに注意を向ける余裕は無い。ましてそのパイロットは最大のライバルなのだ。

「フレイ、まだ生きてる、動けるの!?」
「ええ、動くだけなら何とか。これじゃ戦闘は無理だけど」
「じゃあ早く後退して。ここは僕が引き受けるから!」
「でも、アスランが……」

 目の前にはアスランが居るのだ。逃げようとすれば後ろから撃たれるのではないか。そう思うフレイに答えるように、キラはフリーダムを跳躍させてフレイとアスランの間に降り立った。その間まるで手を出さないアスラン。そう、アスランはもうフレイに手を出す気など無かったのだ。

「アスラン、君の相手は僕だ、そうだよね?」
「……その通りだな、キラ」

 全ての砲を向けあうフリーダムとジャスティス。ザフトが開発した、プラントを守る為の最強の盾と矛が再び激突しようとしている。そのフリーダムの背後で起き上がったM1を確かめて、キラは安堵の笑みを浮かべた。

「さあフレイ、早く行って」
「う、うん……ねえキラ」
「何?」
「戻って、来るよね。今度は居なくならないよね?」

 前にアスランと激突した時、キラは帰ってこなかった。その再現になるのではないかと不安になっているフレイに、キラは力強く約束してやった。

「大丈夫だよ、必ず帰るから」
「絶対に?」
「うん、3度目の正直だよ」

 優しく、だが力強く言い切るキラ。それを聞いたフレイは無理に自分を納得させると、機体を翻した。

「信じてるからね、約束破ったらもう絶対に許さないから」
「大丈夫だよ。だから、フレイは僕が帰る場所を守っていて」

 頷いてフレイが後方に退いて行く。それを広報監視モニターで見送ったキラは、これまで手を出さずに居てくれたアスランに礼を言った。

「アスラン、フレイを逃がしてくれてありがとう」
「…………」
「どうしたの、アスラン?」

 返事が来ない事にキラが訝しげな声をかける。だが、この時ジャスティスから凄まじいまでのプレッシャーが放たれている事に、ようやくキラは気付いた。なんというか、ほんとうに先程のジャスティスとおなじ機体なのかと見紛う程だ。

「ア、 アスラン?」
「ふふ、ふふ、ふふふふふふ…………なあキラ、お前とフレイは、上手く行ってるようだな」
「ど、どうしたの、何でそんな事を……?」
「気にするな、個人的にちょっと、いやかなりムカついただけだ」

 目の前で物語りのヒーローとヒロインの戦闘直前の別れのシーンを再現されたアスランは、一昨日の宴会からの一連の騒動を思い出してしまったのだ。それから走馬灯のように頭の中を駆け抜けた過去の辛酸苦難を舐め尽した日々。それがアスランの心の奥底から沸々と静かな怒りを呼び起こしてしまったのだ。人はそれを嫉妬という。

「キラ、やはりお前だけは許さん!」
「え、え、え?」

 怒りと悲しみを糧にいまだ発現していなかった力の全てを引き出したアスランに、キラは大苦戦を強いられていた。元々単機戦闘ならフリーダムよりジャスティスの方が強い。加えて今のアスランはキラ以上の力を持ってキラを葬り去ろうとしている。
 だが、キラも負けてはいなかった。フレイの泣き顔を見るのがキラには一番堪えるのだ。だからもう2度と泣かせまいと誓うキラは、負ける訳にはいかないのだ。
 しかし……。

「でも、考えてみると僕って、フレイの泣き顔に惚れたような気も……」

 この戦争に巻き込まれて以来、何度も泣かせてしまった。その都度この娘を守ると、2度と泣かせないと決意を繰り返していたが、思い返してみると自分はフレイの笑顔より、泣き顔や悲しそうな顔、ばかり見てきたような気がするのだ。ついでに怒った顔や拗ねた顔も思い出してしまい、複雑な気持ちになってしまう。
 だが、そこでキラは何かが引っ掛かった。泣き顔に惚れたのなら、何で自分はフレイを泣かせない為に戦うと誓ったのだろう。いや、そもそも自分はどうして戦場に立ったのだったか。戦いながら過去に想いを馳せたキラは、自分に一輪の花を差し出した少女と、パイロットルームに居たフレイを思い出した。

「大丈夫、ストライクには僕が乗るよ、フレイの分も。だったかな」

 胸のつかえが取れたような、悩みが解決したような晴れ晴れとした気分だった。それは、自分が戦う大元の理由を取り戻したせいなのだろうか。
 突然通信波に乗って聞こえてきた楽しげな笑い声に、アスランは訝しげに眉を顰めた。追い込まれて窮地に陥っている筈なのに、この楽しげな笑い声は何なのだ。

「どうした、諦めたのか?」
「あはははは、違うよアスラン。そうじゃないんだ、忘れてた事を思い出したんだよ」
「忘れていた事?」

 忘れていた最初の理由。それを取り戻したキラは背中にずっと背負っていた筈の物の重さを再び感じていた。それは1人の女の子の命。あの時、守ろうとして守りきれず、目の前で散っていった女の子の命の重み。そして、フレイを彼女と同じにはしないという決意の重み。
 ヨーロッパでフレイが離れて行った時、自分がおかしくなったのもそのせいだったのだ。自分の意識の底では常にそれがあったから、それが崩れた事で戦う理由を見失ってしまったのだ。

「アスラン、君がプラントを背負っているように、僕にも背負ってる物があったんだ。どうして忘れてたのかな。そうだよ、悩む必要なんて最初からなかったんだ」

 フリーダムの砲がジャスティスに向けられる。特徴的なロックオンシステムが起動し、全ての照準をジャスティスに合わせる。

「そう、キラ・ヤマトは、フレイ・アルスターをどんな敵からも守る。フレイをあの娘の二の舞にはしない。それが今の僕の戦う理由だったんだよ」
「のろけかそれは!?」

 ジャスティスが2門のビームキャノンを放つが、フリーダムもプラズマ砲とレールガンを放った。火線が交差して、2機が互いの放った砲撃を回避して同時に空に飛び上がる。それが、第2ラウンドの始まりであった。





 そして、海上でも遂にオーブの護衛艦隊と大洋州連合の艦隊の激突が起きようとしていた。衛星誘導システムが使えないので双方とも直接照準でミサイルを発射する事になると思われたが、ここでは大洋州連合が圧倒的優位に立つ事になる。空母を持ってきていた大洋州連合は、ミサイルの誘導に中型双発機を飛ばす事が出来たのだ。
 だが、最初の攻撃は大洋州連合の放ってきたラプターによって行われた。大洋州連合はザフトとは異なり充実した編成の軍隊を持っているので、ザフトのように上空の制空権確保の為に空戦性能を追求したラプターをそのまま採用する事はしなかったのだ。彼等はラプターを自分達用に手直しし、地上爆撃オプションや対艦オプションも装備可能なマルチロールファイターに作り変えていたのである。その分空戦性能はオリジナルに劣る事になったが、大洋州連合は良い戦闘機になったと満足していた。

 この機体が対艦ミサイルを抱えてやってきたのだ。オーブ艦隊はこれに対して対空ミサイルを発射し、ラプターも対艦ミサイルを放ってくる。互いにレーダー誘導が信頼できないながらも行われたミサイルの応酬は、お互いに何の戦果も上げる事無く終わった。艦艇はミサイルの接近に耐えかねて回避運動を取り、ラプターも次々に機体を翻したからだ。
 第2護衛艦隊のティリング准将は被害が出なかった事にホッと胸を撫で下ろし、次は敵艦隊の攻撃が来るから迎撃戦闘の用意をしろと指示を出す。だが、その直後に海上に物凄い爆発音が鳴り響いた。

「被弾した艦が出たのか!?」

 敵のミサイルがまだ残っていたのかとティリングは艦橋の窓から爆発音のした方を見て、暫し絶句してしまった。その爆発の発生源は、第1護衛艦隊の旗艦にしてオーブ艦隊の旗艦も兼任していたミズホだったのである。

「ミ、ミズホが……」
「ミサイルの攻撃では無いようです。2番艦のウズメの報告では、対空ミサイルランチャー付近からいきなり爆発が生じたと」
「自爆、事故だというのか!?」

 まさか、そんな事でいきなり旗艦が、とティリングが怒りを交えて怒鳴りつけた直後に2度目の爆発が起きた。誘爆などそうそう起きない筈の艦載弾薬が誘爆を起こしたらしい。致命的とも言える弾薬庫の誘爆に艦体を引き裂かれたミズホは2つに千切れ、ジャックナイフと呼ばれる状態で海中に引き摺り込まれようとしている。その旗艦の悲惨な姿を目の当たりにして、ティリングは呻くような声で怨嗟の声を漏らした。

「だから、ミズホは止めろと言ったんだ」

 古来よりミズホと名づけられた軍艦は碌な最期を遂げない。オーブ艦隊の旗艦もまたその歴史に倣い、本土決戦の晴れ舞台における戦没艦第1号となったのである。それも、自爆による喪失であった。

 このオーブ艦隊の前途に暗い影を投げかける悲劇が終わると同時に、オーブ艦隊に災厄が降りかかってきた。大洋州連合艦隊が偵察機の誘導でミサイルを発射してきたのである。その数は確認できるだけで150発。オーブ艦隊の迎撃能力を超えた飽和攻撃だった。もっとも、このうち何発が有効弾となるかは微妙であったが。
 飛来するミサイルに対してオーブ艦隊はCIWSと迎撃ミサイルで応戦する。オーブ艦隊の上空で破壊されていくミサイル。最初の激突からそう間を置かずに、オーブの海を巡る戦いも急激に激化していくのだった。





 オーブ防衛戦の正面で緑とオレンジのMSが跳躍し、両腕に抱えていた2門の砲を連結させてオーブ陣地に向ける。

「へ、狙わなくても当たるぜ!」

 バスターが構えた対装甲榴弾砲が咆哮し、オーブ陣地に多数の砲弾が降り注ぐ。榴弾砲と言いながらこの砲、空中で弾をばら撒くという変な砲である。これでオーブ陣地の一角が崩れ、数機のM1が慌てて駆けつけてくるが、そこにデュエルとゲイツ2機が踊りこんでくる。

「雑魚は引っ込んでろ!」

 ディエルのビームライフルから叩き出されたビームが一瞬にして2機のM1を仕留め、ミゲルのゲイツが逃げようとした戦車を破壊する。フィリスは別方向から来ていたM1を牽制していた。

「おいイザーク、あまり出ると孤立するぞ!」
「心配するなミゲル、ちゃんとジャックたちが後詰をしている!」
「そのようですね」

 腕の良い3人が突出して敵を崩し、ジャックたちが後方から追いついて周辺を押さえるというスタイルはずっと前から確立したザラ隊の戦闘スタイルだ。今回もジャックのゲイツを戦闘にエルフィとシホが続き、レイとルナマリアが最後尾を固めている。

「エルフィ、右の戦車頼むわ。シホはレイとルナマリア連れてジュール副長を追ってくれ。俺は左のでくの坊を片付けてくからさ」
「うん、分かった」

 ジャックの言われてエルフィが戦車に向う。それを見てジャックは逃げ腰のM1に向っていき、残されたシホはレイとルナマリアに声をかけた。

「じゃあ、私たちも行きましょうか」
「了解」

 シホのゲイツに続いてレイのゲイツとルナマリアのフリーダムが前進していくが、ルナマリアが不満そうな声をシホにぶつけてきた。

「シホさん、何で私は後方に回されてるんですか?」
「ルナマリアさんとレイ君は経験が少ないですから、ジュール隊長が気を使ってるんですよ」
「そんなのって無いです。私だって赤を着てるし、フリーダムに乗ってるんですよ!」

 どうもルナマリアは焦っているらしい。折角新型を貰ったのにこれでは宝の持ち腐れだとでも思っているのだろう。自分も昔は同じように功を焦る気持ちがあったので、シホにはルナマリアを説得する上手い言葉が見つけられなかった。だがイザークの命令を無視するわけにもいかず、ルナマリアはシホと一緒に暫く後方を固める事になる。
 だが、この時イザークたちは気付いていなかったが、カガリの要請を受けてこの厄介な部隊を押さえるべく、青い化物が近づいていたのである。



「第11戦車隊壊滅、戦線を放棄して後退中!」
「第34監視所、音信途絶しました!」
「コバ飛行場より報告、敵編隊の空襲を受け被害甚大、発着不能!」
「第4高射群音信途絶しました!」

 第2防衛線の各所から悲鳴のような報告が寄せられてくる。それを聞いていたカガリは第2防衛線が崩壊しかけている事がはっきりと理解できていた。上空では未だにスカイグラスパー隊が頑張ってくれているが、制空権も奪われかけている。地上に降りたダガー隊はM1隊よりよほど頑張ってくれていたが、敵に押されて後退を続けている。

「全部隊を下がらせろ。このままじゃ圧倒されるぞ。部隊を両翼から順次後退させて再編成するんだ!」

 これ以上全戦線で戦闘を継続する事は出来ない。カガリは部隊を後退させて戦線を縮小させ、反撃密度を上げることを試みた。緒戦こそ一部の指揮官の暴走で指揮系統が混乱したものの、今では何とかカガリの指揮の下にオーブ軍は纏まった動きを見せている。おかげで圧倒的な戦力差を前にしながらも全面崩壊だけは免れている。
 しかし、それは蝋燭が燃え尽きる前に最後の輝きにも等しかった。ザフトはまだかなりの余力を残しているのに、オーブ軍はとっくに限界を超えているのだから。

「キサカ、敵は防衛線を突破したのか!?」
「複数箇所で突破されかけています。現在予備を投入して穴を塞ごうとしていますが……」

 キサカは言い澱んだ。フレイが機体を損傷して後退し、キラが赤い新型に拘束された為に戦力の要が欠けてしまった為に一気に押し込まれている。傭兵のユーレクが駆るM1Bが鬼神の如き活躍で敵に損害を強いているが、それも全体の流れを止める事は出来ないでいる。

「敵の第2波と共に戦場に現れたデュエル、バスター、フリーダムを中心とする部隊が強すぎます。この部隊にM1隊がボロボロにされました。おかげでMS戦力が決定的に不足しています」

 キサカは苦々しい目で第2防衛線を食い破ったザフト部隊を見る。それは特務隊を先頭としたMS隊で、ジュディの指揮の下にどんどん内陸に踏み込んでいる。これを食い止める事が出来そうな部隊はオーブには無かった。
 それを自分でも確認したカガリは、ザフトと自軍の間にここまでの差があったのかと歯噛みしていた。やれるだけの事はやったつもりだったが、所詮付け焼刃でしかなかったらしい。

「……キサカ、民間人の避難はどうなっている?」
「まだ終わっていません。一部の避難民は後方のシェルターに移動中です」
「敵との距離は!?」
「…………」

 カガリの問いに、キサカは答えようとはしなかった。それにカガリが苛立ち混じりの再度の問い掛けをしようとしたのだが、その問いには別の方向から答えが来た。

「もう目と鼻の先だよ。避難民を護衛している部隊からジンと接触したという報告が来てる」
「ユウナ様!?」
「キサカ一佐、隠していてもしょうがないだろう?」

 大声を上げるキサカを制し、ユウナはカガリに状況を話した。

「避難民はもうザフトの攻撃を受けてるよ。現在護衛隊が食い止めてるけど、何時まで持つか」
「援軍はどうしたんだ、出せる部隊は無いのか!?」
「補給や被弾なんかで後退した部隊を集めて編成している所だよ。この状況で必要な部署との回線を素早く繋いでくれるカズィ君のおかげで、何とかMSと戦車で部隊を1つ編成できそうだ」

 カガリに言われるまでも無く、ユウナは被害を受けて後退した部隊を再編成して援軍を作ろうとしていた。既に編成した部隊は第2防衛線の穴埋めに投入してしまったが、今作ってるのは民間人を守る為の部隊だ。これは混乱した戦場の中で通信を繋いでくれるカズィの協力で可能となっている。
 そんな事を話している間にも、カズィが新しい情報を持って来てくれた。

「ユウナさん、フレイがモルゲンレーテに到着しました!」
「速いな。直ぐに予備のM1に乗せ替えるように言ってくれ。彼女は是非とも欲しい戦力だ」
「それと、第12戦車隊と連絡が取れました。残存6両が後退中だそうです」
「無事だったのか、良かった!」

 ユウナはカガリとの会話を打ち切ってカズィの元へ駆け寄り、インカムを掴んで第12戦車隊と話を続ける。それを見てカガリは避難民の護衛の方はユウナに任せようと考え、自らは敵の迎撃指揮に全力を挙げる事にした。全てを1人で指揮するのは無理がありすぎる。





 だが、カガリたちが把握しているよりも状況は悪かった。ザフトは圧倒的な戦力でオーブ軍の防衛線を食い破り、後方に回り込もうとしている。それを防ごうとオーブ軍も獅子奮迅の働きを見せていたが、多勢に無勢で次々に撃破されている。それは連合軍の援軍も同様であった。

「あああっ!」

 意味の無い雄叫びを上げてステラのマローダーが戦場をホバーで駆け抜け、目に付くザフトMSをビームガトリングガンで掃射している。マローダーの面制圧火力は圧倒的なものがあり、狙われたザフトMSは短時間に集中されるビームによって簡単に撃破されている。
 しかし、落としても落としても敵は現れた。バッテリーの残量も危険域に達しており、何処かで後方に下がって補給を受けないと戦闘を継続する事は出来ない。長期戦を想定して装備できるだけの追加バッテリーパックを装備してきたのだが、それも既に使い切ってしまった。
 それに、補給を受けたくてもその後方が既に見当たらなかった。敵は前にも後ろにもいたからだ。

「他の機体は、何処に行ったの!?」

 一緒にやってきた筈の友軍機は既に1機も姿が見えない。はぐれたのか、全滅したのか。キースには1人で戦うなと注意されていたのだが、合流したくても近くで動いてるのは全て敵機だった。これでどうやって孤立するなというのだ。

 戦場を迷走しながら少しずつ後退していくステラ。その上空では撃ち減らされたスカイグラスパーやオーブのレップウが頑張っていたが、ディンの大軍に劣勢を強いられている。キースも例外ではなく、3機のディンに追われて高空へと駆け上がっていた。

「ぎぎ、ぐっ」

 キースでさえ歯を食いしばって耐えるような急角度での上昇を見せるエメラルドのスカイグラスパー。機体とエンジンも悲鳴を上げていたが、その努力は報われた。元々低空での空戦性能に重点をおかれているディンではこのスカイグラスパーの高高度性能には付いていけず、次々に反転して降下して行く。
最後の1機が降下していったのを確認したキースは上昇を止めると、今度は急降下に入った。高高度からの加速で運動エネルギーを得て急降下し、逃げに入ったディンの1機を照準に収めると迷わずトリガーを引いた。機体下部のリニアガンが40mm弾を2発ずつ間を置いて放ち、狙ったディンの機体を抉っていく。推進器をズタズタにされたそのディンは地上に叩き付けられ、推進剤に引火して大爆発を起こした。
 墜落していった機体になど目もくれずにキースは一度水平飛行に移り、周囲を確かめて渋い顔になる。空戦は明らかに味方が劣勢だった。

「キリが無い……」

 もう何機を落としただろうか。ザフトは余程の物量を持っていたようで、落としても落としても増援を送り込んでくる。流石にこれだけ居ると嫌になってくるではないか。海上に目を向ければオーブ艦隊が大洋州連合艦隊と交戦しているが、どうやらザフトの水中用MSとも戦っているようで炎上して傾斜している艦が目に付く。出来れば助けに行ってやりたいが、ここから離れることも出来なかった。
 そんな事を考えているとまた1機のディンが突っ掛かってきて、キースはまた急上昇に入る。馬鹿の一つ覚えといわれようが、これがキースの常勝戦法なのだ。





 前線となってしまった基地から後方に避難していく避難民の列。それは敵の攻撃から見て反対側にある基地やシェルターを目指していたが、その民間人の列にも遂に戦火が及ぶようになっていた。被弾して推力を無くしたディンが降ってきて地上に激突し、大爆発を起こした。その破片が避難民の列にも襲い掛かって多数の負傷者を出したのだ。軍の車両が重傷者だけでも乗せようと近付いてくるが、それを皮切りにしたかのようにジンが現れ、救助に向おうとしていた装甲車を重突撃機銃で破壊してしまった。これに対して近くの対戦車バギーなどがミサイルを放って迎撃を始め、これに応戦するジンとの間に戦闘が開始される。
 この戦いは戦車を持たなかったオーブ側に全く勝ち目の無い勝負で、武装車両は次々に76mmを受けてスクラップへと変えられている。そしてその流れ弾は避難民にも襲い掛かり、76mmを受けて木っ端微塵になる者、着弾した破片を受けて身体をズタズタにされる者などが続出している。
 避難民はそれまで軍の誘導に従って動いていたのだが、もう統制など無くして無秩序に逃げ回りだした。おかげで着弾の破片1発辺りの犠牲は少なくなったが、全体の犠牲者の数は激増する事になる。
 シンも妹の手を引き、家族と一緒に必死に走っていた。とにかくあのジンから離れなくてはいけない。

「軍は何やってるんだよ、MSは何処に居るんだ!?」

 MSどころか戦車1両見えはしない。居るのはミサイルを担いだ装甲車やジープばかりだ。それらの装甲車両は全て前線に出ていたのだから仕方が無いのだが。

 だが、逃げ回っていたシンは、途中で擱座した軍のMS輸送車を見つける事になる。どうやら移動中に攻撃を受けてしまったらしい。操縦席が潰れているので、運転手は絶望だろう。積んでいるMSはこの攻撃の中で固定具から外れたようで、半ば荷台からずり落ちている。それはM1だったが、シンが知っているM1とは少し形状が違っていた。

「新型か。でもなんでこんな所に?」

 MSがあるなら使えよと文句を言いたくなったが、今はそれどころではない。シンは妹の手を離すと、1人でそのMSに駆け寄っていった。

「お兄ちゃん、何処行くの!?」
「マユは父さんたちと行くんだ。僕はあれを動かしてみる!」
「待って、お兄ちゃん!」

 無茶苦茶な事をしようとしている兄を止めようとマユが駆け寄ろうとしたが、その足は近くに着弾した砲弾に止められてしまった。爆風に押されて尻餅をついたマユを父親が助け起こす。マユはその父親の腕を掴んで転がっているMSを指差した。

「お父さん、お兄ちゃんがあれに乗るって!」
「シンがMSに。何を考えてるんだあいつは!?」

 まさか息子がMSに乗るとは考えた事も無かった父親は止めに行こうとしたが、戦闘がこちらに近付いてくるのを見て足を止めるしかなかった。これ以上留まっていれば妻や娘も危険に晒す事になる。

「お前たちは先に行くんだ。俺はシンを連れてくる!」
「あなた、死ぬ気なの!?」
「子供を残して行けるか!」

 引き止める妻を振り払って行こうとした父親だったが、その目が予想外の光景を捉えて驚愕に見開かれた。シンの乗り込んだM1が動き出したのである。

 コクピットハッチを手動操作で開けると、シンはその中に入って起動操作をした。バッテリーは充電されていたようで直ぐにシステムが起動し、コクピットハッチが閉じられる。そして各種計器や操作系を確かめたシンは、若干の差異はあるものの自分が使っていたM1と同じだと確認した。

「よし、これならやれそうだ」

 使えると判断してシンは機体を立ち上がらせようとする。そのM1は一瞬振動した後、シンの操作に従ってゆっくりと機体を起こし始めた。だが、M1が動き出したのに気付いたのか、避難民を追い掛け回していたジンF型の1機が重突撃機銃を向けてくる。それにシンが気づいて焦るが、まだ動ける状態ではなかった。 
 そして重突撃機銃が銃弾を叩きだし、シンのM1に降り注いだ。だが、それは驚いた事に全て兆弾となって明後日の方向に弾かれてしまったのである。

「何だ!?」

 これまで見てきた機体と外見は似ているのに、重突撃機銃を弾き返したこの機体は何なのだ。ジンのパイロット達に動揺が走る中で、そのM1は遂に立ち上がった。

「凄い、弾を弾き返した」

 機体を起き上がらせたシンはそのM1の装甲に驚いていた。銃を向けられた時はもう駄目だと思ったのだが、この機体は銃弾など受け付けなかったのだ。そして武器を確かめたシンは、頭部のイーゲルシュテルンとビームサーベルしかない事を確かめて落胆したが、気持ちを切り替えるとビームサーベルを抜いた。

「や、やれるさ。僕だって、基地でフレイさんに扱かれてたんだ!」

 シールドもビームライフルも無く、ビームサーベルで戦わなくてはいけない。なぜなら、自分の背後には家族が居るのだから。

「う、うわあああああああっ!」

 ビームサーベルを右手に走り出すM1その速さは通常のM1より速く、MSの中では最も古いだけに鈍重なジンに慣れているザフトパイロットには信じられない速さに見える。それでも重突撃機銃で迎撃を試みたのだが、それは無駄な努力に終わった。銃弾を弾き返しながら距離を詰めていくM1。銃では駄目だと判断したのか、そのジンF型は重突撃機銃を捨てて重斬刀を抜き放ち、これで斬りつけて来た。

「生意気なんだよお!」
「これくらい、フレイさんのが速かった!」

 重斬刀を振り被って切りつけてくるジン。だが、シンはこの時頭で考えるよりも先に体が動いていた。散々にフレイにボコられ続けた経験がシンの身体にフレイと戦う為の動きを染み込ませていたのだ。ジンが重斬刀を振り下ろすよりも早く側面に機体を沈ませて滑り込み、流れるような動作でビームサーベルをジンの胴体に押し当てて横薙ぎに真っ二つにしてそのまま離れる。その直後にそのジンは爆発した。
 ジンを倒したシンは暫く動かなかった。いや、動けなかった。初めての実戦で、体が震えていたのだ。それは新兵なら誰でも経験する症状であった。

 このシンが乗り込んだ機体はM1S型。M1系列の次世代機のテストベッドでもある技術試験機で、PS装甲ではないが絶大な防御性能を持つ新型装甲に新型バッテリーに対ビームコーティングを装備した、生半可な事では落ちないように作られたオーブの旗機だったのである。要するに、カガリが職権乱用して技術試験機の1機を自分用に転用させた道楽MSであった。
 カガリ専用だったために他のパイロットが乗るわけにもいかず、こんな所までキャリアーで運ばれて転がっていたのだ。どうせカガリじゃ乗りこなせないんだからフレイにでも使わせろよというのは禁句である。

 暫くじっとしていたシンだったが、近付いてくる爆発音に我に返ると、まだ立ち止まってこっちを見ている家族に外部スピーカーで早く行くように大声で怒鳴り、3人が走り出すのを確かめるとたジンが持っていた重突撃機銃と3割ほど失われたシールドを拾って前進し始めた。せめてマユたちが逃げる時間だけでも稼ごうと考えての行動だったが、それはシンをこれまでとはまるで異なる道へ踏み出させる1歩となることを、彼はまだ知らなかった。




 そして、この戦況の悪化を見ていたウズミは、遂に1つの決断を下す事になる。もはやこれ以上の抵抗が不可能と見たウズミは、首長たちを振り返って驚くべき命令を伝えたのだ。

「オノゴロ島を放棄し、全軍をカグヤに集めよ。残存戦力を宇宙に脱出させる」




機体解説

MBF−M1S アストレイ技術研究機

兵装 ビームライフル
   胸部75mmマシンキャノン×2
   ビームサーベル×2
   頭部バルカン×2
   シールド
<解説>
 オーブがM1に続く次世代主力MSの開発の技術研究用にM1をベースに追加装備を施した機体。装甲やバッテリーの交換、武装の強化、駆動系の改良などが行われており、M1系列機とは一線を画する性能を持っている。ただ、これはモルゲンレーテの研究機であり、高性能ではあるが実戦部隊に回されることは無かった。
 シンが乗ったのはS型の1機をカガリが自分用に貰い受けた機体で、カガリ専用となっている。



後書き

ジム改 オーブ軍大苦戦中。
カガリ 援軍はまだ来ないのかあ!
ジム改 まだ影も形も見えません。
カガリ こうなったら格納庫からアカツキを持ち出して使ってやる!
ジム改 アカツキ?
カガリ あるはずだろお!
ジム改 あるとは思うが、君は存在を知らないぞ。
カガリ その辺はご都合主義で何故か知っていた事に。
ジム改 仮に知ってても、カガリじゃなあ。的になるだけだぞ。
カガリ 種割れすれば大丈夫だ!
ジム改 種割れてもクルーゼやジュディ、グリアノスには勝てない気が。
カガリ …………。
ジム改 それに今更アカツキ1機が加わったくらいじゃなあ。
カガリ じゃあどうすりゃ良いんだよ!
ジム改 諦めずに頑張って抵抗するしかないね。過去の敗戦国の軍人もそうしてきたのだ。
カガリ いっそ降伏しようかなあ。
ジム改 それも手だが、政府は許可しないだろうな。
カガリ シクシク……。
ジム改 それでは次回、首長たちの命令でカグヤに向けて後退するオーブ軍。激しさを増すキラとアスランの激突。イザークたちはユーレクとぶつかる事に。散り逝く命の中でフレイは、カガリは。そして戦火の中で再開する少年少女、血に濡れる少女を助けたい一心で動く少年だったが、その眼前にはザフトのMSが。次回「鬼神の覚醒」でお会いしましょう。


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