第106章  鬼神の覚醒




 カーペンタリアに警報が鳴り響いた。もう昼も近くなった時間に、カーペンタリア基地に最近恒例になってきた空襲警報が鳴り響いたのだ。

「敵機多数接近、包囲20度、距離120マイル!」

 カーペンタリア基地のレーダーが50機ほどの敵編隊を捉えた。この報を受けてカーペンタリアにある3つの飛行場にスクランブルがかけられ、ラプターが次々に発進していく。ディンの大半がオーブ攻略戦に持っていかれた為に戦闘機のみの防空となったのだが、ラプターのパイロット達は深刻には考えていなかった。元々レーダーの誘導を受けての迎撃戦闘はラプターの独壇場であり、ディンが居ないくらいは問題とは看做されなかったのだ。
 レーダーサイトの誘導で移動していくと、直ぐに5000メートルほどの高度に敵の部隊を見つけることが出来た。
 この編隊を見つけたラプターのパイロット達は勇んでこれに挑んでいった。赤道連合との戦いでは常に優勢を保ってきた彼等は、今回も楽な仕事になると考えていたのだ。だが、彼等の楽観は直ぐに消えうせる事になる。サンダーセプターだと思って襲い掛かったのだが、狙った相手はサンダーセプターとは比較にならない強敵だったのである。
 ラプターのパイロット達はいつものように短距離ミサイルの射程に敵を捉えようと向っていったのだが、この敵機はラプター以上の加速性能と急上昇性能を持っていた。照準をつけようとしたラプターは悉く振り切られ、逆に反撃を受けている。このサンダーセプターとは明らかに違う動きを見て、彼等はようやく気付いた。敵が始めて遭遇した新型だという事に。

「こいつら、サンダーセプターじゃないぞ!?」
「こいつは確か、大西洋連邦の新型、スカイグラスパーだぞ。アラスカとパナマでディンと五分にやりあった奴だ!」
「何で大西洋連邦の新型がこんな所に!?」

 ラプターのパイロット達が驚きから立ち直る頃には、既に迎撃に出て居たラプターの2割が失われていた。スカイグラスパーは旋回性能以外の全てでラプターに勝っていた上に、この部隊はパナマ艦隊の空母艦載機だったのだ。艦載機パイロットは全般的に陸上機のパイロットより技量に優れており、パナマ艦隊のパイロットもこの例に漏れず高い技量を持っていた。これがラプターに対して一方的な勝利を呼び込む事になったのだ。

 迎撃に上がってきたラプターを粗方叩いたスカイグラスパー隊はカーペンタリア上空にやってくると、まだ残っていた火器で地上を攻撃し始めた。全機が対空装備で来ていた為にたいした攻撃は出来ないが、地上掃射で対空施設を潰したり飛行場に駐機してあった機体を破壊するくらいは出来る。
 そしてこの部隊が暴れまわっているところに、第2波として爆装したスカイグラスパーを含む40機が上空に現れ、地上施設に空爆を行ってこれを破壊して回る。だが対空砲火も熾烈であり、爆撃コースに侵入したところを弾幕に絡めとられるスカイグラスパーも居た。
 この延べ90機にもなる大空襲は弾薬を使い果たすと共にさっさと撤退していってしまった。残されたカーペンタリア基地では急いで被害施設の復旧作業が始まろうとしていたが、そこに生き残っていたレーダーからまた警報が届けられる。

「巡航ミサイル急速に接近中、数は30以上!」

 これを受けて作業員は急いで防空壕に避難してしまった。防空陣地が起動し、ミサイルを撃墜しようと進路上に弾幕を張る準備に入る。既に迎撃ミサイルは誘導システムが叩かれた為に発射する事も出来ない状態だ。
 そして飛来した巡航ミサイルの進路上に弾幕が形成され、まぐれ当たりで2発のミサイルが破壊される。だが残りは次々に湾口施設に襲い掛かり、これを破壊してしまった。一部は防御力が高かった司令部などの重要施設にも襲い掛かり、空襲からは守りきった司令部や病院、工廠といった重要施設が被弾の煙を上げ、コンクリートの破片を撒き散らしている。

「畜生、好き放題にやりやがって!」

 防空壕の中からザフト兵士が怒りの声を上げているが、主力部隊の大半が出払ったカーペンタリアには対処しきれない大規模攻撃を前にしては空しい物だった。そして、止めとばかりにまた50機ほどの艦載機が飛来し、未だに生き残っている地上施設めがけてミサイルと爆弾を叩き込んでいく。それは一切の容赦を感じさせない、徹底した攻撃であった。


 この空襲がようやく終わり、艦載機が完全に引き上げた後も悲劇は続いた。この艦載機部隊が引き上げるのを見計らっていたかのように、今度はポートモレスビーから赤道連合の戦爆連合の大編隊が飛来したのである。カーペンタリアのほうも遅ればせながら近隣の大洋州連合基地から空軍機が駆けつけてきて、再び基地上空で空戦が開始される。カーペンタリアへの攻撃は、まだ終わる気配を見せなかった。





 オーブ洋上艦隊は大苦戦を強いられていた。大洋州連合の艦隊は制空権を掌握し、艦載機を用いて対艦ミサイルの誘導を行っているのに対し、オーブ洋上艦隊は未だに敵の姿を視認出来ないでいる。誘導機が居ないのだから、水平線の向こう側に居る大洋州連合艦隊を攻撃する術が無いのだ。
 加えて海中からはザフト水陸両用MSの襲撃も受けている。ゾノやグーンの攻撃を受けて船底に大穴を開けられ、傾斜している艦が増えているのだ。もっともこちらに対しては対潜魚雷が昔通りに有効なので、音源めがけてありったけの魚雷をばら撒く事で対処している。
 更にオーブは傭兵の水陸両用MS部隊と、苦し紛れの対策として宇宙用作業ポッドのミストラルを改修した水中用MAを投入していた。特にスケイル。システムを装備したブルーフレームは強く、多くのザフトMSを仕留めている。だが、彼我の戦力差が開くにつれてブルーフレームも追い込まれることなった。何よりも今相手にしているゾノがとんでもない強さだった。

「不味いな、このままでは弾切れになる」

 スーパーキャビテーティング魚雷も無限ではない。すでに多くの敵機を仕留めるのに使っているので、このグーンを相手にするのは正直危ないかもしれない。何しろそのグーンを使っていたのはザフト水中部隊にその名を轟かせていたマルコ・モラシムだったのだから。
 モラシムはオーブ艦隊側のMSにまじっていたこの見慣れぬMSに苦戦を強いられていた。装備も機動性もこちらより少し優れている程度なのだが、パイロットが余程の腕なのか、手を出した部下が立て続けに返り討ちにあってしまった。この損害が尾を引いて、オーブ艦隊への攻撃力が弱体化してしまっている。

「ええい、周囲を囲め。包囲して始末する!」

 モラシムの命令を受けてゾノやグーンが大回りにブルーフレームの周囲に展開していく。さすがに劾といえども同時に10機以上に動かれては全てに対応できる筈も無く、その動きを著しく制限される事になる。
 せめて周囲の味方が頼りになればまだ話も違うのだがと、劾はらしくも無い愚痴を口にしている。傭兵の使うゾノやグーンは圧倒的多数のザフトを前に蹴散らされてしまい、生き残りは逃げ散ってしまった。オーブ軍のミストラルはまだ頑張っていたが、これは戦車に装甲車で立ち向かうくらいに無謀だとしか言えなかった。ブルーフレームと同様にスーパーキャビテーティング魚雷を装備しており、攻撃力ではザフトMSを超えているのが強みだが、機動性の差は目を覆いたくなるほどである。
 ミストラルは自殺紛いの突撃戦法でゾノやグーンと戦っていたが、既に勝敗はついているといえる。そして劾は至近にやってきたモラシムのゾノが振るってきた右腕の大型クローを小型の盾で受け止めたのだが、ブルーフレームの左腕はこれまでの戦闘で積み重なってきたダメージが遂に限界に達したのか、肘から千切れ飛んでしまった。

「チィイ!」
「終わりだな、青いの!」

 距離を取ろうとするブルーフレームにゾノが追撃をかける。それに対して劾は2発魚雷を放ってゾノに回避を強要し、更に距離を取ろうとしたのだが、ぞれは回り込んできた他のゾノやグーンに阻まれてしまった。モラシムと同じように格闘戦を仕掛けてきたグーンのコクピット部分に劾は咄嗟にアーマーシュナイダーを突き刺してしまう。パイロットを失ったグーンはアーマーシュナイダーごと海底へと落ちていき、程なくして圧壊してしまった。
 劾はそんなグーンなど気にせずに周囲に展開したゾノ2機を狙って魚雷を放ち、2機が回避運動に入ったが間に合わずに1機が破壊される。そして反撃の魚雷が放たれて、劾は必死に回避運動に入るが、数が多すぎて逃げ切れずに左足を半ばから失ってしまった。やはり水中型相手に汎用機では使い装備が在るとはいえども苦しいのだ。確実に積み重なるダメージと失われていく装備に劾の顔色がだんだんと悪くなる中で、モラシムが止めを刺そうとまた突っ込んできた。

「これで最後だ!」
「まだまだぁ!」

 水中では減衰が酷すぎて役に立たないビームサーベルを抜き、柄を押し当てるようにして振るわれたゾノの右腕に突き立てる。この熱でビームサーベル周辺で水蒸気爆発が発生し、ブルーフレームとゾノは爆発に巻き込まれて無理やり引き離されてしまった。劾はこれを狙っていて一応防御態勢を取っていたのだが、防御に難があるアストレイ系の宿命ゆえに機体は無事ではすまなかった。
 もう戦闘継続は出来ない。そう劾の理性が告げている。だが周囲には依然として多数の敵がいて、まだ魚雷は残っている。戦う術があるのならば、最後まで諦めたりはしない。それが傭兵というものだ。
 しかし、ここでザフトは予想外の動きに出た。それまでブルーフレームの逃げ道を塞ぐように動いていたゾノやグーンがいきなり包囲を解き、別の方向に移動し始めたのだ。如何したのかと訝しがる間も無く、背後からブルーフレームの周囲を多数の魚雷が駆け抜けていく。それを見た劾は、助けが来たのだと悟った、ザフトの動きは明らかな迎撃態勢へのシフトだったからだ。
 そして劾の予想を裏付けるように、次々に見慣れない水中用MSが現れてザフトに向っていく。その中の1機が大破したブルーフレームに近付いてきて、機体を確保してくれた。

「大丈夫か?」
「ああ、機体はなんとかな。それより、お前達は?」
「我々はアルビムの部隊だ。大西洋連邦の要請を受けて出撃したのだが、間に合わなかったようだな」

 どうやら大西洋連邦は隠密行動できるアルビムの海中部隊を動かしていたようだ。状況を理解できた劾はなるほどと頷くと、アルビムのディープフォビドゥンが運んでくれるのに身を任せた。どうせもう満足に動く事も出来ないのだ。





 オーブ防衛軍司令部に衝撃が走った。それは味方の戦線が崩壊したからでも、敵の増援の報が入ったからでもない。それは味方の、政府からの命令によってもたらされたのだ。その内容は極めて簡潔で、誤解の余地が無いものだった。

「オノゴロ島防衛を即時放棄し、カグヤに全軍を集結させよ」

 オノゴロ島の放棄とマスドライバーであるカグヤへの戦力の結集。それは要塞島の防衛を諦め、最後の戦略的要所であるカグヤを守るという事なのだろうか。
 この命令を受けたカガリは衝撃に顔色を青褪めさせ、1歩後ろによろめいている。

「馬鹿な、敵と戦闘中なんだぞ。この状況で敵の正面から兵を引くなんて事が出来ると思ってるのか?」
「政府のほうに、何か考えがあるのかもしれない。講和を申し込む為の時間稼ぎかも」

 カガリと同じように驚いてはいたものの、カガリほどには自分を失っていなかったユウナが一番常識的な事を口にする。いや、悲観的になりすぎて逆に落ち着いて見えるだけだろうか。もう勝ち目など何処にも無いのだから、政府のほうで講和を進めている可能性はある。だが、カガリはユウナの言葉に否定的だった。

「あのお父様がザフトと講和なんてすると思うか?」
「無いとは言い切れないと思うけど」
「そんな事が出来るなら、最初から連合の援軍の申し出を受けてたさ!」

 指揮官用のデスクに両手を叩きつけて激昂するカガリ。その内心ではこの状況でそんな命令を出すのかという怒りが渦巻いている。だが、命令である以上従わないわけにもいかない、文民統制は政府の方針に軍が従うという事を意味しているのだから。勘違いされる事が多いが、文民が軍への指揮権を持っているのではない。指揮権はあくまで軍上層部にある。そして、だからこそカガリはこの命令に従わなくてはいけなかった。

「お父様は、何処に居る。今から文句を言ってやる!」
「ウズミ様は既に地下官邸からカグヤに向ったらしい。連絡をつけるのは向こうに付いてからになるよ」
「……くそっ、なら叔父貴に繋げ。海底ケーブルは使えるだろ!」
「それならね」

 ユウナが機器を操作し、少し待ってカガリの端末にホムラが出てきた。

「如何したカガリ?」
「叔父貴、何でいきなりカグヤに行けなんて命令が出たんだ!?」
「その事か」

 ふうっと小さく溜息を漏らし、ホムラは事情を話した。

「ウズミ殿が地下官邸の首長たちと決定したのだ。残存戦力を宇宙に脱出させるとな」
「脱出、何の為に?」
「そこまでは分からんが、恐らくはラクス・クラインに協力させるつもりだと思う。ウズミはマルキオ導師から協力を打診されていたからな」
「何だよ、それは?」

 ラクス・クラインとか、協力の打診とか、訳の分からない事を言われてカガリは困惑していた。まさかウズミが軍事協力を約束していたなどとは夢にも思わなかったのだ。ホムラも詳しい説明は省いて、カガリにもう決定されてしまったことだと伝えてくる。

「お前には悪いが、首長たちの総意という方向で纏まってしまっている。私がオロファトに残る事を了承した裏には私を排除したい狙いがあったのかもしれんな」

 ウズミの方が一枚上手だという事は理解していたつもりのホムラであったが、まさかこんな事まで考えていたとは思わなかった。自分に間違いなく反対するであろう有力者を排除して重要事項を決定するのは卑怯だという意見もあるだろうが、これはその場に居なかったホムラが悪い。政治の世界は相手の裏を読めなかった方が馬鹿なのだから。
 もはやホムラにも如何する事も出来ないと知ったカガリは力なく肩を落とした。こうなった以上、もうカグヤに撤退するしかないではないか。

「分かったよ、何とか全軍を後退させてみる」
「……すまんな」

 ホムラの謝罪に首を横に振ったカガリは、それ以上の叔父との会話を打ち切ってユウナに声をかけた。

「ユウナ、お前は私と先にカグヤに行って、そこで迎撃態勢を整えるぞ。司令部要員を何人か連れて行くから、準備に入ってくれ」
「僕なんかに、そんな大事な仕事を任せても良いのかい?」
「大丈夫、お前は言われた事は何時も真面目にやり遂げてきただろ。これでも結構頼りにしてるんだぞ」

 面と向ってそんな事を言われてしまい、ユウナは負けを認めて肩を竦めてみせた。そんな事を言われては断る事など出来る筈も無い。

「分かったよ。でもカガリ、それじゃあここは如何するんだ?」
「キサカに後退戦の指揮を任せる。キサカまで抜けると全軍が崩壊するからな。せめて、少しでも犠牲を少なくして退かないと」

 キサカに任せると言うカガリに、ユウナは頷いて参謀の何人かに声をかけて急いで司令部を後にしていった。それを見送った後、カガリはキサカに残存部隊をカグヤまで退かせろと言った。

「また苦労ばかりだが、頼むぞキサカ!」
「お任せください、やってみせますよ」

 カガリの命令を快諾してキサカは作戦方針を防衛戦闘から後退戦闘に切り替えた命令を出し始めた。後退戦は最も難しい戦闘なので、もう素人のカガリには出る幕が無い。それでカガリはカズィにアークエンジェルはまだ来ないのかと聞いてみた。

「カズィ、アークエンジェルはまだなのか?」
「まだ通信は入らないよ。時間を考えればそろそろ来ても良いと思うんだけど」
「……来ても、何もせずに引き返してもらった方が良いかもな。下手をするとアークエンジェルまで沈められちまう」

 力なく呟くカガリの姿を、カズィは見ていられずに自分の端末に視線を戻した。自分の椅子に深く腰掛け、自分の無力さを痛感して項垂れているカガリの姿は、いつもの溌剌とした彼女を見慣れている者からすればかなり痛ましい様に見えるのだ。ましてカガリは全力を尽くしている事を理解しているのなら、尚更である。





「何をしているんだ、俺は?」

 オーブ軍から姿を消していたエドワードは、何故かモルゲンレーテの近くでじっと戦場の様子を眺めていた。最初からオーブに勝ち目が無い戦争であり、オーブ軍が敗退していくのは予想通りのものだ。自分は早くオーブを脱出し、クルーゼの元に帰還しないといけないのに、その為に戦争が始まる前に姿をくらましたのに、何で自分はまだここに居るのだ。
 いや、理由は分かっている。自分が未だにここに残っている理由は、自分がオーブに長く居すぎたせいだ。カガリの部下として働き、マユラと仲良くなって、フレイたちと何だかんだと騒ぎながら楽しく過ごして来たせいだ。あの日々が、自分の中にこの国への愛着のような物を生んでしまっていたのだ。

「ほんと、俺は何をやってるんだろうな。こんな事なら、クルーゼ隊長に情報を送ったりしなければ良かったのに」

 自分の情報が無くても同じ結果にはなっただろう。自分の送った情報はクルーゼの判断を補強する材料程度にはなっただろうが、それ以上ではあるまい。だが、それでもあんな事しなければ良かったという後悔は消えない。世界への復讐を考えてクルーゼに手を貸していたのに、いつの間にかそんな気が無くなってしまった。全部カガリたちのせいだと場違いな文句も出てきてしまう。

「逃げられないじゃないかよ、畜生め……」

 背負っていた荷物を放り出して、エドワードはモルゲンレーテに向って走り出した。あそこならまだMSが残っている筈だと考えて。
この時すでにモルゲンレーテの工場も被害を受けていたが、ここの工場はまだMSの修理を続けていて、修理が完了した機体がハンガーアウトしている。だが、パイロットが不足してきて乗り手の居ない機体が出てきていた。そこにやってきたエドワードは、ベッドに固定されているM1Bを見て声を上げた。

「なんだ、まだ残ってるじゃないか。どうして出さないんだ!?」
「あ、エドワードさん、丁度良い所に!」

 エドワードが居なくなって問題になってる事など知らないモルゲンレーテの整備士がエドワードを見て喜びの声を上げる。

「パイロットが足りないんです。こいつに乗ってください!」
「ちっ、しょうがないか!」

 内心では喝采を上げながらも口では仕方が無いという風を装い、エドワードは青いMSに乗り込んだ。コクピットは部品を取り替えた跡があり、血の跡も見られる。これに乗っていたパイロットがどうなったのか気になったが、直ぐに気持ちを切り替えるとエドワードは機体を出撃させた。





 オーブ上空を白と赤の流星が激突しながら駆け抜けていく。フリーダムがプラズマ砲とレールガンを交互射撃で放ってジャスティスの進路上に弾幕を作り、ジャスティスがそれを回避、あるいはシールドで受けて反撃の砲火を放ってくる。それは余人の介入を許さない、2人だけの戦場であった。

「落ちろキラアァァァ!」

 ビームキャノンが咆哮して荷電粒子の塊を打ち出し、フリーダムを襲う。だがフリーダムは片方をシールドで受け止め、もう片方は機体を翻して回避して見せる。それは普通の相手なら驚愕するべき動きだったが、アスランはもう驚く事は無い。相手がキラなら、これくらいのことはやってみせると分かっているからだ。

「流石だな、だが!」

 ビームキャノンを速射してフリーダムの動きを牽制しようとしたが、フリーダムは小刻みに動いた後一気に地上に降下し、市街地のビル街に突入した。ジャスティスもそれを追い、ビルの中に突入する。そしてフリーダムを探して周囲を見ると、いきなりビルの陰からフリーダムが飛び出してきて砲撃を加えてきた。咄嗟にそちらにシールドを向けて攻撃を受け止めるが、受け止めれなかった砲撃が装甲を抉っていく。

「くっ、やる!」
 
 そのまま後ろに跳躍するような恰好で後方に飛び、ビルの間を高速で飛んでいくジャスティス。それを追撃しながらキラはビル群をはさんでジャスティスと併走し、ジャスティスが見えるたびに全力砲撃を叩き込んでいく。だが、ふいにビルの間からジャスティスの姿が消えたのを見てキラはフリーダムを止めて周囲を捜索した。

「何処に行ったんだ、アスラン!?」

 探すまでも無くコクピットに響き渡る警報。上空から迫る何かをセンサーが捕らえたのだ。それが何か考えるまでも無く、キラは慌てて後方に機体を滑らせた。その直後にビームサーベルを手にしたジャスティスが急降下してきて、振るわれたビームサーベルがフリーダムのビームライフルを切裂いて爆発させてしまった。
 ビームライフルを失ったフリーダムはそのまま後方に飛び、周囲のビルに無差別砲撃を加えて倒壊させてしまった。大量のコンクリートと鉄骨が降り注ぎ、ジャスティスが粉塵の中に消えてしまう。そこに向けて全力射撃を撃ち込んで、キラはフリーダムを離れたビルの屋上に着地させた。

「ど、どうだ?」

 有効弾が出ていてくれと祈るキラだったが、煙が晴れた後には無傷のジャスティスが立っていた。PS装甲なので、小さなコンクリートの破片程度では傷付かないのだ。

「セコイ手を使うじゃないか、キラ。だがもうここまでだな!」

 ジャスティスをフリーダムめがけて加速させる。機動性ではジャスティスはフリーダムに勝るので、キラは容易にアスランを振り切れないのだ。いや、そもそもフリーダムはジャスティスと真っ向から戦えば不利は免れない。機体のコンセプトがまるで違うので、1対1の戦闘ではパイロットが同格ならばジャスティスはフリーダムより強いのだ。
 そしてキラは無理な回避運動の連続が祟り、かなり疲労してきていた。元々ザフト第1波の迎撃で疲れていたのだが、それが更に酷くなっている。荒い息をついており、必死にジャスティスの攻撃を回避している。
 キラが疲れるに従ってフリーダムの動きも鈍りだしており、それを見抜いたアスランがビームサーベルを抜いて格闘戦を仕掛けてくる。回避が間に合わないと悟ってキラはシールドを前に出してそれを受け止めた。フリーダムのシールドはザフト製ラミネート装甲なので連合のものより対熱防御力が低く、直ぐにシールド表面が溶解を始めている。

「アスラン……」
「終わりだな、キラ!」

 いきなりビームサーベルを退き、力比べをしていたフリーダムが態勢を崩す。そのフリーダムの上半身を右足で思いっきり蹴りを入れて吹き飛ばした。この衝撃でコクピットの中のキラは激しく揺さぶられ、頭がぼうっとしてしまう。

「だ、駄目だ、これじゃ対抗できない」

 距離が離れたのを見てキラは照準を無視して弾幕射撃を加える。目もちょっと霞んでいるので照準を付けられないのだ。適当とはいえフリーダムの全力射撃は流石に凄まじく、ジャスティスでも攻めあぐねて距離を詰められない。

「ちっ、蹴り飛ばしたのは失敗だったな」

 自分の失策を認めて悔しそうな声を漏らすアスラン。しかし、このまま行けばフリーダムを倒せるとアスランは考えていた。ここで確実に止めを刺せると確信していた。
アラスカでケリをつけられなくなった元凶、今のプラントの苦境を作り出した災厄の元を倒す事がアスランの今の目標だった。本当ならもう戦争は終わって、今頃は地球上からザフトは撤退を始めていただろう。自分はカーペンタリアあたりで基地施設の撤去作業の指揮をしていたかもしれない。父、パトリック・ザラが努力の末に講和まで後一歩に持ち込んだのに、その努力を目の前のMSと、それに乗る男が一撃で粉微塵にしてくれたのだ。
 だから、アスランはフリーダムを倒さなくては気が収まらなかったのである。ついでにその他もろもろの個人的な恨み辛みなどの私的な不満の蓄積もあったりするが。

「キラ、アラスカ以降に流れた多くの血の責任、オーブがザフトが攻めなくてはいけなくなった責任、取ってもらうぞ!」
「……やっぱり、僕のせいでオーブが攻められたの?」
「ああそうだ、フリーダムがオーブに来たせいでオーブが攻められたんだ!」

 勿論一番の責任はクーデターを起こしたラクスにある。それくらいはアスランにも分かっていたが、それを素直に受け止めるにはアスランはまだ若すぎた。婚約者だった少女を責めたくないという気持ちが働き、全ての責任をフリーダムを強奪した実行犯のキラに向けてしまったのだ。
 そしてキラは、自覚はしていた事だったが、改めて突きつけられた事で明らかに怯みがでていた。その為に弾幕に隙が出来、そこをアスランに突かれてしまう。

「し、しまった!?」

 慌てて照準を付け直すが、距離を詰められた事で照準システムが付いていけなくなった。砲撃とはある程度距離が離れていないと対応し切れない。どの武器にも最適の間合という物があるのだ。
 それで再び格闘戦になるかと思われたのだが、ビームサーベルを手に高速で突っ込んできたジャスティスが右側面から何発もの砲弾を撃ち込まれ、被弾の火花を上げて左側へと吹っ飛ばされてしまった。

「何だ!?」

 態勢を立て直して誰が撃ってきたのかを確かめようとしたアスランだったが、その視界に飛び込んできたのは沢山の10発を越すミサイルであった。それを頭部のバルカンで弾幕を張って次々に破壊し、あるいは回避するアスランだったが、それでホッとする間も無くまた胸部に1発被弾して仰け反ってしまった。
 度重なる衝撃に顔を顰めたアスランだったが、その視界を1機の大型戦闘機が通過していくのを見て、その特徴的なエメラルドグリーンの翼を見て罵声を放っていた。機体下部に抱えている大砲がジャスティスを吹き飛ばしたらしい。威力からするとリニアガンかレールガンだろうか。

「エメラルドの死神、キーエンス・バゥアー。また奴か!」

 幾度か顔を合わせたこともある、あの妙な男がまた出てきたのだ。このエメラルドの機体を操る男は何故か味方が危なくなると何処からともなくやって来る。よほど周囲に気を配っているのだろうが、忌々しい相手だ。

「戦闘機風情が、ジャスティスに手を出すな!」

 ビームライフルとビームキャノン2門を向けてそのスカイグラスパーを狙うが、高速で旋回をするという機体をパイロットの双方に危険な機動を見せるスカイグラスパーは続けて撃ち込まれるビームに悉く宙を切らせている。流石に戦闘機だけあって、空中機動はジャスティスでも及びはしない。そこにキースの腕も加わってエメラルドのスカイグラスパーはアスランの砲撃を見事に回避しきって雲の中に逃げ込んでしまった。
 それを見てアスランは舌打ちし、フリーダムを思い出して周囲を見回すと、すでにフリーダムの姿は無かった。あの僅かな時間に逃げていってしまったらしい。

「……逃がさんぞ、キラ」

 オーブで必ず仕留める。その決意を胸に、アスランは前線に戻っていった。そこで暴れていればまた必ずキラは出てくるはずだから。





 フレイが後退し、キラがアスランとぶつかった事でオーブ軍の戦線は崩壊への道を転がり落ちていた。キサカは優秀な指揮官であったが、前線の細かな状況に変化に対応できるわけではない。前線レベルの指揮官の能力差が大きすぎた。特にジュディが率いている中央集団の戦闘力は凄まじく、オーブ軍は蹂躙されていた。その先頭に立っているイザークたち特務隊は圧倒的な強さを見せ付け、次々にオーブMSを葬っている。そして、彼等は残り少なくなったM1隊に止めを刺そうと未だに粘っていたM1と戦車の混成部隊に攻撃を仕掛けていた。この部隊はフレイが欠けた事で戦力を著しく低下させた、ガーディアン・エンジェル小隊であった。

「何で、デュエルがこんなに速く動けるのよ!?」

 このメンバーの中ではフレイに次いで腕が立つアサギが何故かザフトが使っているデュエルの相手をしていたが、MSとしてはもっとも高機動を誇る筈のM1よりもこのデュエルは速く動いている。いや、正確にはデュエルが速いのではない。デュエルを駆るイザークの実力がアサギの遙か上にあるせいだ。M1と試作デュエルの性能差をイザークの技量が埋めている。余計な動きの少なさと先読みの上手さの差がアサギにM1より速く動いていると感じさせているだけだ。
 その隣ではマユラとジュリが仲間2機と共に2機のゲイツを相手にしていた。こちらもアサギ同様に大苦戦していて、ジュリはシールドを失っている。

「マユラ、もう持たないわよ!」
「フレイって、こんな奴等を相手にしてたの!?」

 連合のデュエルやバスターを強奪した部隊の事はフレイから聞いていたのだが、それがここまで強いとは思っていなかった。これまでの連中はどうにか相手が出来ていたM1隊も、この部隊には歯が立たずに次々に撃破されている。アサギたちはよくやっているほうだった。身内のフレイを相手に訓練を積んでいたのが彼女たちにエース級の動きに慣れを作っていたおかげだろう。考えるより先に体が反応してくれている。
 だが、今回のマユラたちの不運は、自分たちの数より敵のエースが使うMSの数が多かった事だろうか。イザークとミゲル、フィリスを止められても、まだディアッカとエルフィ、そして隊長のジュディがいるのである。
 イザークの相手をしていたアサギは、イザークの側面から出てきた新手の白いゲイツを見て、咄嗟にそちらにライフルを向けて照準もつけずに2発発射する。その動きは賞賛できるほどに機敏なものであったのだが、狙われたゲイツはトリガーを引く直前には既に射線上から姿を消していた。何処に行ったのかと周囲を探すアサギだったが、それはイザークに対して隙を作る事になる。自分に側面を向けたM1の至近に踏み込んだデュエルがビームサーベルを一閃し、M1の右腕をライフルごと切り落としてしまう。
 右腕を失ったアサギは慌てて機体を後退させる。それは偶然であったが、ジュディが放ったビームからアサギを救う事になった。

 そしてマユラとジュリは飛び上がったバスターの対装甲散弾砲の攻撃を受ける嵌めになった。マユラはシールドを翳す事でそれを受け止めたのだが、ジュリはシールドが無かったので回避を試みたのだが、躱しきれずに右足を半ばから失い、胸部にも一発を受けて中破し、無様に横転してしまう。その衝撃に顔を顰めながらもモニターに視線を向けたジュリが見たものは、いつの間にか散弾砲から超高インパルス長射程狙撃ライフルに組み替えて自分を狙っているバスターであった。

 バスターの放ったビームがジュリのM1を爆散させてしまうのを見たマユラは顔色をなくしてしまった。これまでやってきた友人が、永遠に失われてしまったと理解できたからだ。

「う、嘘でしょ、ジュリ――っ!?」

 だが返事が返ってくる事は無く、マユラは涙を零しながら自分が相手をしていたゲイツの方を睨みつけようとしたのだが、何故かそのゲイツは自分の方を見てはいなかった。まるで見当違いの方に警戒を向けている。そしてゲイツを狙ったビームが戦場を貫いていくのを見て、マユラはようやく理解できた。助けがきたのだと。

 この時、アサギに止めを刺そうとしたイザークはいきなり横合いから現れた青いM1の奇襲を受け、アサギから引き離されて防戦に追い込まれてしまっていた。しかし連続して振るわれるビームサーベルにシヴァの砲身を切り落とされ、頭部も半ば破壊されるという失態を見せてしまう。

「何だこいつは!?」
「イザーク、そこを退くんだ!」

 イザークが危ないと見てジュディが割って入るが、これも直ぐに防戦一方に追い込まれてしまった。元々M1はゲイツより速く動くのだが、このM1はその性能を限界まで引き出されているようでカタログスペック以上の強さを見せている。
 イザークが撃破され、ジュディが苦戦しているのを見てミゲルとフィリス、ディアッカとエルフィもそちらの援護に回っていった。おかげでアサギとマユラは九死に一生を得た事になるが、2人はいきなり現れたM1Bの凄まじすぎる強さに呆気に取られていた。あれはフレイより強いのではないだろうか。

「だ、誰よあれ、うちにあんなの居た?」
「知らないわよ、あんな化け物みたいな奴」

 2人が知らないのも無理は無い。これはユーレクが使っているM1Bだったのだ。一度補給に戻っていて、また戦線に復帰したのだが、途中でキサカの要請を受けてこの最強部隊に襲い掛かったのである。
 驚いているアサギとマユラに、ユーレクは邪魔そうな声をかけてきた。

「そこのM1、さっさとカグヤに行け。邪魔だ」
「な、何ですって!?」
「死にたいのか?」

 余りにもシンプルな問い掛けに、アサギもマユラも反論に詰ってしまった。もう戦闘力を残しているわけでもない自分達が残っていても何も出来ない。加えて自分達ではこの部隊に歯がたたないことも思い知らされた。どれだけ悔しくても、2人は退くしか選択肢は無いのだ。ジュリの敵を討ちたいという無念を晴らすのは後の機会を待つしかない。
 渋々という風に退いていく2機のM1を確認して、ユーレクは自分に銃を向ける特務隊のMSを見回し、楽しげな声を出した。

「さて、私の戦いに付き合ってもらおうか、ザフトのエース諸君」

 敵がクルーゼの部下達である事は機体を見れば直ぐに分かる。ユーレクはザフトのエース部隊と戦う機会に恵まれた事を幸運だと感じていた。何しろユーレクにとって、戦う事は存在理由の1つなのだから。
 そしてこれは、イザークたちにとっても記憶に残る最悪の戦いでもあった。

 




 敵に追いたてられるようにステラはオーブ軍から見て後方に追いたてられていく。周囲には途中で合流したオーブ軍の戦車もいたが、それらは次々にジンやゲイツに撃破されて躯を晒していた。
 そしてステラは、完全に自分が孤立してしまったという事を悟ってしまい、恐怖に身を震わせていた。元々死という物に強い恐怖心を持っており、どこか情緒不安定なステラだ。何時もならスティングやアウルが周りに居てくれたのに、今日は誰もいない。更にエネルギーはもう底を付いていて何時ビームガトリングが撃てなくなるかも分からない。機体各所からは直撃によるダメージの警報が引っ切り無しに届き、すっかり怯えてしまっていた。

「やだ、やだ……スティング、アウル……」

 数えるだけでも10を越すであろうジンやゲイツ。その威圧感にステラは完全に気圧されている。状況判断応力に問題があるステラだが、流石にこのままでは殺されるということが分かっているらしい。
 そしてステラにとって更に悪い事に、こちらに厄介なのが居ると聞かされて特務隊からシホとジャックにレイ、ルナマリアがやって来ていた。なにやら1機で頑張っている新型を見たシホが照合をかけ、出てきた答えを見て驚く。

「あれは、大西洋連邦の新型ですよ。マローダーという名前だそうです」
「新型がこんな所に? 大西洋連邦も出し惜しみしない奴らだな」

 あんな強力な機体を惜しげもなく投入してくるのだから羨ましい事だとジャックは呟いていた。

「まあ、さっさと片付けるか。シホとレイは左右に。俺は正面から行くぞ。ルナ、フリーダムの火力で援護頼む」
「了解しました」
「了解です」
「分かりましたあ」

 なんだかルナマリアだけ不満そうであったが、ジャックの指示に従って3機のゲイツが散っていく。新たに出てきた動きのいい敵に気付いたステラが慌てふためいて周辺を掃射するが、ゲイツは森の木々や起伏に飛んだ地形を生かして巧みに近付いてくる。ステラは近付かせまいと後ろに下がりながら砲撃を続けていたが、我慢できなくなって大声で助けを求めた。

「キース、キース、何処に居るの!?」
「呼んだか?」

 ご都合主義の如くあっさりと返事が返って来て、ステラは一瞬キョトンとしてしまった。まさか本当に返事が来るとは思わなかったのだ。だがキースは近くに居てくれたようで、ザフト部隊の進路に威嚇のように掃射が加えられた。その掃射でジャックたちの足が止まる。

「またあの戦闘機だ!」
「あれは、あの人ですか」
「知ってるのか、シホ?」
「はい、会ったことがあります」

 前にマーシャル諸島で撃墜された際、相打ちになった戦闘機のパイロットだ。キースと呼ばれていて、気の良い変な男だったという。

「頼れるお兄さん、という感じの人でしたよ」
「……なんか、そんな事聞くと戦い難くなるな」
「私は凄く戦い難いですよ」

 凄く妙な話だが、あの男は命の恩人でもあるのだ。それを撃つというのはどうにも気が引けてしまう。だが向こうは撃ってきているのだから、撃ちかえさない訳にも行かない。ジャックとシホはライフルを空に向けると、宙高度で見事な弧を描いているスカイグラスパーを撃ちまくった。だが悲しいかなそれらは全て宙を抉るだけで、スカイグラスパーはこちらを小馬鹿にするかのように悠々と飛んでいた。

「くっそお、戦闘機のくせに」
「MSは戦闘機相手だと微妙に不利ですからね」

 対空砲火は中々当たらない、という当り前の現実を思い知らされたジャックとシホだったが、ジャックにはまだ秘策があった。

「くそ、出番だぞルナ。あれ撃ち落せ!」
「了解です!」

 出番が回ってきて嬉しそうに照準を合わせるルナマリア。そしてロックオンしたスカイグラスパーに向けて、フリーダムの全力射撃を叩き込んだ。フリーダムに狙われたキースは何事かと地上を見る。

「あれは、キラか? いや、ザフトと一緒に居るから同系機かな」

 しかし物凄い火力だ。必死に機体に分解の危険がある横滑りをさせて回避し続けたが、遂に1発が機体後部を直撃し、ここを吹き飛ばしてしまった。たちまち機体はバランスを失い、よろめくように失速して高度を下げていく。

「くそっ、ここまでかよ!」

 何とかスピンと失速だけは避けようと機体を操作してオーブ軍の制圧地域まで機体を持っていくキース。そして安全と思った辺りで脱出装置を作動させ、射出座席で機体を脱出した。パイロットを失ったとたんに機体は急降下を始め、地面に叩きつけられて大爆発を起こしてしまう。
 爆発してしまった自分の機体を見下ろして、キースはトホホと肩を落としてしまった。

「参ったなあ、これじゃドミニオンに帰れないじゃないか」

 オーブが勝ってくれれば問題なしだが、それは難しいだろう。ひょっとして俺はここでザフトの捕虜になるのかと思い、如何した物かと考える事になる。


 そしてキースを落としたルナマリアは大喜びしていた。これがフリーダムでの撃墜記録第1号だったのだ。ゲイツ時代だと戦車や戦闘機が何機かあるが、あとは何故かアラスカでアーバレストの巻き添えにした味方機だったりする。

「やったあ、当たった!」
「……ルナが砲撃を当てるのは珍しいな」
「何よレイ、それって嫌味?」
「いや、真実だな」
「くうう、ムカツク〜」

 何処までもクールなレイに、ルナマリアは悔しそうに歯軋りしていた。本当に真実なので文句が言い難い。
 そしてキースが落とされたのを見たステラは呆然としてしまっていた。

「嘘、キースが殺られた?」

 キースはムウが自分とタメ張れる強さと褒めていた位の凄腕なのに、それが落とされたのだ。それが落とされたのだからステラが驚くのも無理は無いのだが、今回ばかりは流石に致命的な隙となってしまった。動きが止まったのを見たシホがビームライフルでマローダーを撃ち、それが胸部を直撃して上半身を半ば吹き飛ばしてしまった。

「やった、落とした!」
「よし、前進するぞ!」

 マローダーが消えた事で障害は無くなった。ジャックは部隊を前進させて防衛線をぬけようと考えてゲイツを前に出す。それにシホも続こうとしたが、倒したマローダーのコクピットハッチが解放され、そこからパイロットが転がるように出てきたのを見つけた。どうやらコクピットは完全破壊されなかったらしい。出てきたパイロットは機体から出た後で起き上がる様子が無いので、重症なのかもしれない。

「あちらは歩兵に任せましょうか」

 敵パイロットの確保など地上の歩兵部隊に任せれば良い。そう判断してジャックの後に続こうとしたシホだったが、いきなり横合いから飛んできた銃火に直撃され、被弾の衝撃に悲鳴を上げてしまった。

「キャアアアアアアッ!」
「シホ、大丈夫か!?」

 慌てて戻ってくるジャック。シホは我に返ると機体の状況を確かめ、戦闘続行可能なのを確かめた。

「大丈夫です、まだ戦えます!」
「よし。だが、今のは重突撃機銃の音だったような」

 何が来たのかとそちらを確かめると、重突撃機銃を持ったM1がいた。走りながら銃撃を加えてきている。まだ残ってたのかと驚きつつ、ジャックは周辺のMSに散開を命じた。だが、直ぐにルナマリアが敵の新手を報告してくる。

「ジャックさん、新手です。4時の方向!」
「またかよ!?」

 何が来たのかとそちらを見れば、M1が4機に戦車が何台かこちらに来ている。どうやらオーブ軍はまだ崩壊していないらしい。ジャックはそれに対して迎撃を指示しようとしたが、それより早く1機が放ってきたビームが正確にジンの1機を捕らえ、これを擱座させてしまった。

「なっ、この距離で当ててきた!?」
「ジャックさん!?」
「全機退がりながら散れ。こいつはこれまでの雑魚とは違うぞ!」

 ジャックの命令を受けてシホたちは周囲に散りだしたが、動きが遅れたゲイツ1機がまた食われてしまう。ジャックは知らなかったが、それはフレイのM1であった。

「あれは、M1Sじゃない。何でカガリのMSがこんな所で戦ってるのよ?」

 何でか知らないがこんな所で1機で戦っているM1Sにフレイは通信回線を開いた。

「ちょっと、誰が乗ってるわけ……て、シン、何でそこに居るの!?」

 なんと、コクピットに居るのは私服のシンであった。何でフレイにそんな所に居るんだと問われたシンは逆に怒った声でフレイに怒鳴り返す。

「軍がだらしないからだろ。僕たちが逃げてたら、ジンが来たんだ!」
「ジンが!?」
「それで、偶然これを見つけて、マユたちを逃がそうと思って……」
「そうだったの」

 避難民に敵の攻撃を許したのは言い訳することは出来ない。それは自分達が不甲斐ないからだ。フレイは一緒にやってきたM1隊を左右に展開させ、戦車隊を後方においてジャックたちを中心とするザフトMS部隊を押し返しながら、シンに後方に下がるように指示した。

「シン、ここは私たちが押さえるから、貴方は退いて!」
「でも、大丈夫?」
「あのね、素人に心配されたくないわよ。こう見えても結構ベテランなんだから」

 フレイの戦績を知らないシンは、フレイがよもや超エースと呼ばれる類のパイロットだとは思っていなかった。フレイを相手にそこそこ勝負ができたシンは、結構凄いパイロットなのである。
 フレイに言われてシンが退こうとしたが、それにフレイが待ったをかけてきた。

「あ、ちょっと待って」
「なんすか?」
「そこの連合の新型、パイロットがコクピットを脱出してるみたい。ついでに連れて行ってあげて。負傷してるみたいだから気をつけてね」
「人使いが荒いなあ」

 文句言いながらもマローダーの傍で機体を跪かせ、コクピットから降りてそのパイロットを抱き起こすシン。そのパイロットスーツに浮き出たラインから女の人かなとあたりをつけて、シンはヘルメットを覗き込んだ。だがバイザーのせいで顔はよく見えない。

「おい、大丈夫か、おい!?」

 シンに揺さぶられて、そのパイロットはうっすらと目を開けた。そして、シンにとって余りにも予想外の返事が返って来た。

「……シン?」
「え? その声は、もしかしてステラ!?」

 まさか、そんな事があるはずが無いと思って聞き返した。しかし、パイロットが自分でヘルメットを操作してバイザーを上げて素顔を晒してくれた為、ステラだとはっきり分かってしまった。

「何で、どうして君がMSに!?」
「ステラ、パイロットだから」
「パイロットだからって……」

 何でこんな子供がMSに乗ってるのだ。連合の軍人と一緒にいたから軍関係者だとは分かっていたが、まさかパイロットだったとは。想像もしていなかった事を突きつけられてシンは混乱していたが、近くに着弾した砲弾の爆風に身体を押し倒されて我に返った。今はこんな所で何でなどと言っている時ではなかった。それにステラも血を流しているし、さっきの爆発の衝撃に悲鳴を上げている。

「と、とにかく、コクピットに行こう!」

 ステラの身体を抱き上げて急いでコクピットに戻るシン。コクピットは人間が2人も入れるほど広くは無いのでステラを自分の膝の上に乗せる形になってしまうシン。女の子と密着して顔を赤くしながらも、シンはいそいそとフレイと回線を開いた。

「フレイさん、ステラが、ステラが!」
「如何したのシン。落ち着いて、何があったの?」
「ステラが居たんだ。怪我して、血が出てる!」
「ステラちゃんが!?」

 あの新型にはステラが乗っていたのか。まさか、こんな所で彼女と再開する事になるとは思わなかったが。

「シン、早く後方に戻りなさい。そこで医者に彼女を預けて!」
「でも、病院なんて何処も開いてないよ!?」
「……カグヤに行きなさい。そこに部隊が集結を始めてるから。そこなら軍医が居る筈よ」

 そこに行かせればシンを家族の元に帰せなくなるかもしれない。カガリは民間人をカグヤとは別方向に逃がすようにしており、既にカグヤの部隊と民間人を守っている部隊は分断されたと言える。そんな状況でシンをカグヤに行かせれば、シンを避難民に合流させることが難しくなるのだ。だが、シンにステラを捨てて避難人の方に行けと言っても聞きはしないだろう。それに、避難民の方に行っても重傷者を手当てする設備は無い。せいぜい応急処置を施されるくらいだろう。
 フレイにカグヤに行けと言われてシンはそちらを目指そうとしたが、その眼前には既に回りこんできていたザフトが居た。オーブ軍の後退によって戦線が崩れ、敵味方が入り乱れているのだ。
 放たれる重突撃機銃の弾がM1Sの機体を襲い、被弾の衝撃が機体を揺らす。そのたびにステラの口から苦しそうな呻きが漏れ、シンは焦りを隠せなかった。

「ステラ、大丈夫!?」

 返事は無いが、小さく頷く事で大丈夫だという意思を示してくる。だが、苦しそうな顔を見れば大丈夫なはずが無い。そしてこちらが満足に動けないのを見てかジンやゲイツが近付いてきている。その近付いてくるMSを見て、シンは込み上げてくる激しい怒りに流され始めていた。

「何だよ、何なんだよお前等は。僕たちの国にいきなり攻めてきて、今度は逃がさないってのか。お前等にそんな事する権利があるのかよ!」

 これは戦争で、シンの個人としての意思は無視される類の物なのだが、シン個人としてはこの状況の理不尽さに怒りを覚えるのも無理は無い。この惨状に、シンは何の責任も無いのだから。だからシンは許せなかったのだ。自分の行く手を阻むこいつらが。ステラを助けたいのに、それを邪魔するザフトの連中が。

「そこを退けよ、ステラが危ないんだ!」

 重突撃機銃を放って敵の動きを止めようとするが、ジンやゲイツは走り回って火線に捉えられない。逆に反撃の砲火がM1Sの至近を貫き、シンの心胆を冷やしている。この初めての戦場の恐怖と、間近から聞こえてくるステラの苦しそうな声。それらがシンを追い詰めて行き、遂にシンの中で何かのスイッチが入ってしまった。それは自分を守る為の防衛本能とでも言うのだろうか、シンは逆境の中で自分の中に眠っていた力を無理やり引きずり出してしまったのだ。それは、キラやアスラン、フィリスたちと同じ力であった。そう、SEEDである。傍から見ると切れただけにも見えたりする。

「僕の、邪魔をするなあああ!」

 シンが絶叫を上げた途端、M1Sの動きが目に見えて変わった。いきなり凄い速さで前に出てきたM1Sのせいでザフト側の射撃が全て外れ、驚いて修正をつけようとする。だが、M1Sはザフトのパイロット達から見ても信じられないほどに早く動き、照準システムにロックオンさせなかった。

「なんだ、何で急に速くなる?!」

 ゲイツのパイロットが苛立ってそう叫び、手動操作でビームライフルを放つ。だがそれは空しく宙を抉るばかりで、逆にビームサーベルを構えたM1Sに懐に入られてしまった。
 ゲイツのパイロットは真正面のM1Sを見て驚愕に目を見開き、その直後にビームサーベルの超高熱に焼かれて蒸発してしまった。
 ゲイツのコクピットのビームサーベルを付きたてたシンは、そのゲイツのシールドを奪うと殺気立った目を近くに居たジンに向ける。周囲のMSは距離を取ろうと後退していたが、そんな事は今のシンには関係なかった。シンは仕留めたゲイツを軽く持ち上げると、それを軽く前に放り投げる。それに敵の注意が向いた隙にまた駆け出し、右手の重突撃機銃が正確に近くのジンを蜂の巣に変える。更に正面を塞ぐ位置に居たゲイツにさっき奪い取ったシールドを投げつけた。
 シールドを投げられたゲイツのパイロットは慌てて自分のシールドを前に向けてそれを受け止めたが、シールドを下ろすと目の前に重突撃機銃を構えたM1Sが居た。それに驚く暇も与えられず重突撃機銃が弾を吐き出し、そのゲイツも破壊されてしまう。

 このシンの強さに恐れを成したのか、残りのジンやゲイツは逃げ出してしまった。一瞬で3機も仲間を仕留められたのだから無理も無いが、勝ちの見えた戦いで無理をしたくないという心理も働いていたりする。
 自分を包囲していた敵が退いていくのを見て、シンはようやく我に返った。正気に戻ったと言えるかもしれない。

「退いてく、何で?」

 見るだけでまだ5機はいる。なのになんで逃げていくのだ。シンは自分がどれだけ無茶苦茶な動きを見せていたのか理解できてなかったので、相手が逃げる理由がさっぱり分からなかったのだ。
 だが、敵が逃げていくのなら好都合だ。シンはM1Sをカグヤのほうに向けて走らせ、一気にザフトの居る地域を抜けようと考えた。

「ステラ、直ぐに医者の所に連れてくから、もう少し我慢してね」
「う、うん……」

 顔色がかなり悪い。出血のせいで血が足りなくなってきたのか、それとも痛みが余程酷いのか。苦しそうなステラの頭を左手でヘルメット越しに支えてやりながら、シンはとにかく先を急ごうとする。だが、側方監視レーダーが新たな敵の存在を伝えてきて、シンは歯を噛み締めた。

「くそ、またかよ!」

 こんど出てきたのは高速で動き回るバクゥだ。第2防衛線が蹂躙されたのはこのバクゥの突破力のせいで、キサカはこれを押さえるのにかなり苦労していた。それがシンの進路を塞ごうと周りこんで来る。この新手を見て、シンは如何しようかと迷ってしまった。重突撃機銃にはもう弾が無いし、ビームサーベルを使い続ければバッテリーが持たない。

 しかし、これはフレイが来てくれたことでどうにかなった。走り回るバクゥ1機が右前足をビームで吹き飛ばされてその場に擱座したのを皮切りに立て続けに2機が損傷、1機が完全破壊される。

「シン、まだこんな所に居たの。カグヤに行けって言ったでしょ!」
「こんなに敵が居て、1人でどうしろって言うんだよ!」
「今は自分でどうにかするしかないのよ!」

 怒るフレイに怒鳴り返してくるシン。それを聞いたフレイはまだ残っているバクゥ部隊と、後方から迫ってくるジンとゲイツを交互に見て、小さな呻き声を漏らした後で決断をした。

「私が前に出るわ。シン、私に続きなさい。全機足を止めずに駆け抜けて。突破するわよ!」
「畜生、やるしかないのか!」
「そうよ、来なさいシン!」

 多数のバクゥの群れの中に突っ込んでいくフレイのM1と戦車隊。それに対してバクゥがレールガンで迎え撃ってくるが、先頭を走るフレイのM1はそんな砲撃など無視するかのようにバクゥの群れの中に突っ込み、ビームライフルで1機を撃破してみせた。向こうから突っ込んできたフレイのM1を見てバクゥがビームサーベルを出して切りかかってきたが、それに対して機体を沈ませてビームサーベルで逆にバクゥの胴体を切りつけ、完全破壊してしまう。
 この圧倒的な強さを見て周囲のバクゥは少し離れていく。それを見てフレイは周囲のバクゥにビームライフルを向けて撃ちながら更に前進していく。ここを突破しなくては袋叩きにされてしまうと分かっているから必死だった。
 その後ろを続くシンも重突撃機銃を撃ちながらフレイに続いていたが、遂に弾が切れて空打ちする音を聞いてしまった。

「た、弾が!?」
「弾切れなら、これ使いなさい!」

 フレイがシールド裏からリニアライフルを取り出してシンに渡してくる。

「一気に行くわよ。遅れないでね!」
「は、はいっ!」

 更に突っ込みをかけるフレイとシン。それを食い止めようとバクゥ隊が砲を向けるが、バクゥのパイロットはコクピット内に響いた新手を伝える警報に何がきたのかとそちらを見て、そこに最悪の相手を見てしまう。彼等のレーダーが捉えた相手は、フリーダムと2機のM1だったのだ。そして、その驚きが彼等の最後となった。フレイたちの進路を阻んでいたバクゥ隊に向けられたフリーダムの砲が砲撃を始め、バクゥ部隊を次々に撃破してしまったからである。

「キラ、来てくれたの!?」
「フレイ、良かった無事だった」

 ザフトを砲撃で撃ち減らし、押し返したフリーダムがフレイたちと合流する。フリーダムも被弾が目立つ酷い有様であったが、まだ戦闘能力は維持しているらしい。

「キラ、敵は何処まで来てるの?」
「ここから先は大丈夫だよ。でも、もうかなり追い込まれてる。カガリたちはカグヤに向ってるから、僕たちも行こう」
「そうね、みんな行くわよ。シンも付いてきて」
「は、はい!」

 キラと合流したフレイとシンは途中で遭遇したザフトMSを撃破しながらカグヤへと向う事になる。しかし、既にこの時、カグヤもザフトの攻撃半径に入ろうとしていたのだ。





 カグヤを残す必要が無いザフトはこれを破壊してしまっても良かったので最初の攻撃で破壊してしまおうとする意見もあったのだが、これはクルーゼによって却下されていた。クルーゼはカグヤを直せるレベルの破壊に止め、カーペンタリアの部隊を脱出させるのに使おうと考えていたのだ。
 この為、クルーゼはカグヤの一部を破壊するために高所の制圧を、とりわけハウメア山の制圧を重視して作戦を指揮してきた。ここにガンナーザウートを進出させ、カグヤの管制室を破壊しようと目論んでいたのだ。カグヤの傍には宇宙から降りてくる往還機が着陸する為の滑走路もあるのだが、こちらは無視されている。ここには武器弾薬の備蓄が無いので空軍基地としては機能しないことが分かっていたからだ。それに狙いたくても射線の関係で簡単にはいかない。曲射砲なら狙えるのだが、ザウートの砲では射程外なのだ。頼みのディン部隊は五月雨式に現れる連合戦闘機との戦いで制空権を押さえられない。
 潜水母艦から全軍の指揮を取っていたクルーゼは、後方や周辺から送られてきている情報に焦りを見せていた。ある程度予想はしていたのだが、ここまで悪くなるとは思っていなかったのだ。

「カーペンタリアが連合の艦載機に襲撃されて大損害を出して、オーブの近くに足付き3隻を主力とする艦隊が迫ってきているだと?」
「間違いありません。カーペンタリアは多数の敵機に数波に及ぶ空襲を受け、地上施設に大きな打撃を受けたようです。これは赤道連合の旧式機ではなく、スカイグラスパーだったそうです。恐らくラバウルに居た機動部隊でしょう」
「偵察の為に周辺に配置した潜水艦からの報告も真実かと。アークエンジェル級3隻がラバウルに展開していた事は偵察で確認されていましたから」
「ふむ、不味いな。今足付き3隻に戦場に殴りこまれたら、こちらも無事ではすまん」

 オーブを叩くのは難しくは無いのだが、大西洋連邦が本格的に出てくるとなれば話が変わる。オーブを攻略できても直ぐに大西洋連邦の大軍に殴りこまれたら、武器弾薬を消費しているザフトはひとたまりもあるまい。
 アークエンジェルは現在ザフト艦隊を北から突く形で接近しており、このままではオーブを落とす前に突入してくるらしい。手持ち戦力を考えるとこれと真っ向からぶつかるのは危険だが、オーブ陥落まで足止めすれば良いのだと考え直し、クルーゼは家艇を下した。

「まだ出していないMSを全て出して足付きを迎撃する。グリアノス隊長にも出撃命令を出せ。オーブに出しているディン部隊と水陸両用機も呼び戻し、新手に当てる。奴等をオーブに近付かせるな。私も出るぞ」
「クルーゼ隊長自らですか?」
「意外かな。私とてパイロットだよ」

 驚く参謀達に不敵に笑って見せて、クルーゼは自分のゲイツがある格納庫へと向った。まだザフト潜水艦隊には第3波用の戦力が残されており、これにディン部隊と両用MS部隊を纏めてぶつければ幾らアークエンジェルでも止められるだろうと考えたのである。
 もっとも、この時クルーゼは迫り来るアークエンジェル隊の強さを完全に見誤っていた。まさか、搭載MSに乗ってるパイロットの半数以上が人外魔境な連中だとは思いもよらなかったのである。まあ普通は思わないだろう。


 そして、遂にハウメア山にガンナーザウートが姿を表した。その長大な砲がカグヤの地上管制センターに向けられ、慎重に照準を合わせていく。オーブ軍はアーバレストやザウートの長距離砲撃の照準を妨害する為に光学測距を狂わせる偏向ガスを散布しており、どうしても照準の誤差が出る。それを補正する為に、試射がガンナーザウートから放たれた。その砲弾は管制センターの近くの大地を抉り、そこに小さなクレーターを作り出す。アーバレストはその性質上徹甲弾しか撃てない為、大爆発は起きない。だが、それでも着弾の衝撃波は周辺に被害をもたらし、管制センターにいたウズミたちを驚かせた。

「な、何事だ?!」
「砲撃です。ザフトの砲撃がカグヤを狙っているようです!」

 部下の答えにウズミが驚くが、それがウズミの最後だった。先の試射で照準誤差を修正したガンナーザウートの放った次弾は、管制センターを直撃したのである。この一撃は管制センターもろとも、オーブの首長たちの大半を一撃の元に抹殺してしまった。
 この砲撃を行ったガンナーザウートは急いでその場から逃げ出していった。先の砲撃で居場所が知られただろうから、直ぐにオーブ軍の報復攻撃が来るに違いない。
 
 そして、カグヤに向っていたカガリたちは、自分達が目指していた管制センターがいきなり砲撃で吹き飛ばされたのを見て、その場に車を止めて呆然としてしまった。カガリが震える手で車の扉を開け、外に出てフラフラと3歩ほど前に出た後、ドサリとその場に膝を付いてしまう。

「お、お父様、お父様ぁぁああ!?」

 そこにはウズミが居た。目の前で父を失ったカガリは、それを否定したくて絶叫を上げてしまう。この時、オーブは政府機能の中枢を失ってしまった。





後書き

ジム改 もうボコボコとしか表現できんな。
カガリ お父様が――!?
ジム改 お前に泣いてる暇は無いのだが。
カガリ 悲しみに浸る時間くらいくれよ。フレイだって悲嘆にくれる暇はあっただろうが!
ジム改 残念だが、お前は現在戦闘中なのだよ。
カガリ これだから指揮官は嫌なんだ!
ジム改 まあ、今はまだ何も語るまい。
カガリ 何、今回はこれで終わりか?
ジム改 本編が長引いたからな。
カガリ 欲求不満だ−!
ジム改 それでは次回、ザフト宇宙艦隊を武力で牽制する極東連合。カガリを逃がす為にキサカが命を賭けてザフトの前に立ちはだかる。もはや手遅れの段階で到着した連合の援軍を囮にして、大勢の運命を乗せて宇宙往還機が次々に宇宙へと向う。しかし、届かぬ指先、引き裂かれる2人。次回、「暁の宇宙へ」でお会いしましょう。
カガリ ちょっと待たんか、これはマズイだろこれは!?
ジム改 これで良いのだ!
カガリ 良いわけあるか――!?

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