第109章  旗は戦姫の手に


 

 オーブの敗戦、それは南太平洋戦線の様相を大きく変えてしまった。ポートモレスビーはカーペンタリアとの戦いには一段落着いたものの、今度はオーブを拠点としたザフトの猛攻を受けるハメになった。オーブはカーペンタリアよりも距離が近いので、ポートモレスビーを十分に叩く事が出来たのだ。
 これで赤道連合がカーペンタリアから撤退する事になり、前線は一気にラバウルなどのそれまで後方だった基地にまで後退する事になった。孤立の危険が大きくなったフィジー諸島は放棄され、守備隊はマーシャルに撤退している。
 連合軍総司令部が当初考えていたオーストラリア大陸北岸への強襲上陸作戦はもはや実行不可能だ。戦線を一度整理し、オーブを先に攻略しなくてはいけない。赤道連合とアルビムを拠点としてオーストラリア大陸西岸から上陸する手もあるが、大洋州連合の主要都市や首都は東側にあるのだ。だが大西洋連邦の国力も無限ではない。複数の機動部隊を大西洋、太平洋の双方で動かすというのは流石に国力の限界を超えている。何より艦艇が持たない。ここ最近の激戦の連続で傷んでいる船も多く、ドック入りしなくてはいけない船も多い。
 大西洋連邦軍が暫く動けない。この状況下で大軍を動かせるとなると、連合内でナンバー2の位置に居る大国、ユーラシア連邦が反抗の主力とならざるをえない。ユーラシアは大西洋連邦のストライクダガーを参考に、自国で開発したハイペリオンの設計データを転用した量産型MSの量産化に成功しているのだが、数がまだ少なく、MS戦力の主力は大西洋連邦から供与されたストライクダガーとなっている。大西洋連邦は105ダガーの生産体制が整備された事で主力機をこちらにシフトしてきており、余剰となったストライクダガーを同盟国に供与して連合全体の戦力アップを図っている。
 グリーンランドの連合軍総司令部で今後の戦略方針が話し合われたのだが、ここでサザーランドはユーラシア連邦軍を中心としたジブラルタル攻略作戦を提案した。

「ユーラシア軍が陸路で西ヨーロッパに進軍し、海上からは我が国の大西洋艦隊が攻撃を加えます。これでジブラルタルのマスドライバーを奪還できれば、宇宙への反撃態勢を整える助けとなりましょう」
「だが、そう上手くいくか?」

 他の参謀達が懐疑的な目を向けてくるが、サザーランドは涼しい顔だった。彼はアラスカ、パナマ、そしてオーブを巡る戦いを研究し、既にザフトは限界を超えたという結論を導いていたのだ。

「勝算は十分にありますよ。ザフトは既に最盛期の力を無くしています。先のオーブ戦ではカーペンタリアに集めた大部隊を持ってしてあれだけの苦戦をしていたのですから」
「ザフトは大幅に弱体化している、と?」
「しているでしょうな。アラスカでは不覚を取りましたが、パナマでは概ね互角の勝負が出来ていました。そしてオーブではあの体たらくです。恐らく、ザフトは広がりすぎた前線を維持しきれなくなっているのでしょう」

 それはほぼ真実をついていた。ザフトは地球までの補給線を連合軍の執拗な無制限通商破壊戦によって脅かされており、夥しい物資を宇宙の藻屑にしている。最近では輸送船が揃えられなくなったのか、補給船団の運行も途絶えがちになっているくらいだ。これが地上のザフトを著しく弱体化させているのだろう。
 そして何より、大西洋連邦が投入したストライクダガーは、ジンに対して互角以上に戦えたのだ。この為に正面戦力の消耗が半端なものでは無くなったことも響いている。ジンがここ最近改修を受け出しているのも、性能の不足で前線で使うのが辛くなってきたからだ。

「コーネフ准将、ユーラシアが開発した新型、レギオンはどれほど前線に投入出来そうですかな?」
「そうだな、既にベルリンの第1軍に80機が配備されている筈だ。ストライクダガーも80機が入っているはずだから、正面から戦えばまず勝てるとは思う」

 レギオン、それがユーラシア連邦が開発したハイペリオンの量産機だ。ハイペリオンとは違い左腕だけに光波防御シールドを展開し、通常のシールドのように使う事でエネルギー消費を大幅に抑える事に成功した。バッテリーも大西洋連邦の技術供与で開発できた新型を搭載され、ハイペリオンでは5分しか持たなかった展開時間を30分に延ばしている。これにより実用性が大幅に向上し、量産機として満足できる性能に仕上がったという。光波防御シールドが与える防御力はビームだろうと実弾だろうと止めてしまう絶対的なもので、こと防御に関しては連合の量産機でも群を抜く性能を持っている。
 これは既にヨーロッパで幾度か実戦を経験しており、ゲイツのビームライフルなど問題としない事が証明されている。ゲイツの攻撃が効かない新型が出てきたという報せはジブラルタル守備隊を恐怖させ、ユーラシア軍に勇気を与えた。火力などはストライクダガーと変わらないので恐れるほどではないのだが、防御面で圧倒的優位に居るというのはやはり大きいのだ。
 
 コーネフの返事を聞かされたサザーランドは満足げに頷くと、視線を東アジア共和国代表のチャン大佐に向ける。

「東アジア共和国は、何時頃カオシュンを攻略出来そうなのですかな?」
「それはもう少しお待ちいただきたい。現在海上輸送部隊を整備中なのでな」
「ほう、旅順港に空母を含む機動部隊を遊ばせているのに、まだ整備が終わらないのですか?」

 コーネフがチャンにふざけた事を言うな、という意味を込めて皮肉を言ってやったが、チャンは涼しい顔であった。

「艦隊が健在でも、輸送艦が揃わないのですよ。車両は貨物船では揚陸できませんからな」
「MSがあるではないか。あれなら空母を中継すれば台湾海峡を越えるのも容易かろう」
「残念ながら、多くが東南アジア方面の戦線に振り向けられております。これ以上本国を侵されるわけにいきませんのでね」

 表情は余裕を保っているが、ようするに多大な損害を受ける事が分かりきっているマスドライバー攻略をやりたくないのだろう。このふざけた態度にコーネフは怒りに顔を赤くしていたが、激発するのをサザーランドが制し、わずかばかりの侮蔑を込めた目でチャンを睨みつけてこう言った。

「……何時までも時間は置けませんぞ。極東連合が参戦の動きを見せておりますからな」

 東アジア共和国は動きが鈍い。いや、鈍いのではなく、やる気が無いのだろう。未だに中華思想を抱き続けている彼等はプライドだけは大きいが、いざ行動を起こすとなると役に立たない。というか大西洋連邦やユーラシアと違って、ザフト相手に単独で勝った事が無い。赤道連合やアルビムのような弱小勢力でさえカーペンタリアを相手に奮戦して見せたのにだ。
 地球連合の3大勢力の1つではあるのだが、大西洋連邦やユーラシア連邦からすれば「こいつは使えねえ」となってしまう。おかげで連合とは言っても、その内実は大西洋連邦とユーラシア連邦が他の小国を纏めていくという形になっている。事実上の盟主である大西洋連邦にしてみれば、役に立たない東アジア共和国などよりも極東連合に期待をかけているくらいなのだ。


 この会議が終了した後、チャンは東アジア共和国の司令部がある建物に向う車の中で、副官の報告を受けていた。

「ほう、アズラエルが大西洋連邦本土に戻ってきたと?」
「そのようです。どうやらブルーコスモスの幹部を集めて何かを話し合うつもりのようですな」
「ふん、薄汚い武器商人が何をする気なのやら」

 チャンは軽蔑を隠そうともせずにアズラエルの事を罵った。アズラエルはやり手の財界人ではあるが、その傲慢な性格から東アジア共和国からは憎まれていた。特にMSの供給に関しては露骨なまでに足元を見てきて、見下した態度を取り続けていたのだ。まあ見下していたように見えるのは穿ちすぎなのだが。
 いずれにせよ、アズラエルに主力兵器であるMSの供給を一手に握られているという現状は東アジア共和国の我慢できる物ではなかった。だが残念な事にストライクダガーは東アジア共和国の技術で再現できるような代物ではなく、お得意のコピー生産も出来ないでいる。デッドコピーなら可能かもしれないが、それなら戦車を量産した方が良いという意見がある。

「だが、これ以上の引き伸ばしは難しいな。本国からはまだ何も言ってこないのか?」
「はあ、まだです。交渉が難航しているようでして」
「急がなければ感づかれるぞ。サザーランドは鼻が効く」
「分かってはおりますが、こればかりは本国の動き次第ですから」
「……歯痒いものだな」

 プラントとの決戦を先延ばしにしている東アジア共和国。彼等は一体何を考えているのであろうか。





 そしてプラントもまた、次に如何するかを話しあっていた。オーブを叩いたまでは良かったし、カグヤやモルゲンレーテを押さえたのも上出来だった。だが、それと引き換えにカーペンタリアを失っては洒落にもならない。

「カーペンタリアの再建は出来そうなのか?」
「不可能とは言いませんが、被害の大きさを考えますと非現実的かと」

 最高評議会の場で、ザフトの上級士官を呼び出して行われた報告会はプラントにとって決して愉快な物ではなかった。オーブ攻略部隊はMSの実に3割を喪失、あるいは大破されてしまい、ただでさえ数が少なくなっている貴重なベテランパイロットをまた消耗してしまった。言い換えるならカーペンタリアは精鋭をオーブに引き抜かれたから叩かれたのだ。そしてオーブ本土こそ陥落させたものの、オーブ軍の一部は脱出して再起を図っている。

「各地の軍の撤退はどうなっているのだ?」
「予定より大幅に遅れております。ヨーロッパではユーラシアが攻勢に出てくる動きを見せていまして、前線で小競り合いとは言えない戦闘が行われています。またカーペンタリアの救助作業や復興作業に人手が回されています。カオシュン周辺では大西洋連邦と赤道連合が散発的な攻撃を加えてきていまして、極東連合も艦隊を動かしています。極東連合の参戦は時間の問題でしょう」
「……東アジアは今の所動かないで居てくれるようだが、カオシュンはもう絶望的だな」

 元々敵国の中に突出して孤立していたカオシュン基地であったが、大西洋連邦、赤道連合の2つを同時に相手取っては長くは持つまい。更に極東連合まで出てきたら風前の灯火と言っても良い。こちらに対してはエザリアは犠牲を出してまで守る価値は無いと考え、早々に部隊を宇宙に脱出させるように指示した。残された基地は放棄後に爆破して構わないと。
 だが、このエザリアの命令にアイリーン・カナーバ議員が抗議してきた。

「お待ちください議長、それでは東アジア共和国が黙っていません。外交部はこれまでカオシュンの返還を条件に東アジア共和国と秘密交渉を進めていたのですよ!?」
「これまではそれで良かったが、もう状況が変わったのだ。赤道連合に極東連合、この2つまで加わっては東アジア1国を懐柔して何の意味がある?」

 そう、これまでの地球での戦いでは何故か東アジア共和国は殆ど前線に出てこなかった。僅かにインド・東南アジア方面に派遣された幾つかの師団ががんばっていたくらいだ。連合諸国は何時もの事だと東アジア共和国の腰抜け振りを笑っていた物だったが、実際には東アジア共和国はプラントと取引をしていたのだ。
 取引の材料はカオシュン基地。元々はパトリック・ザラが進めていた連合の離間策の一環で、連合の中でも一際面子に拘り、協調性が無い東アジア共和国を切り崩して連合内部に不協和音を生じさせようという物だった。
 外交委員で穏健派に属していたカナーバはパトリックのやり方には反対だったが、連合諸国を切り崩すという戦略には協力し、その実現に努力してきた。そしてそれは東アジア共和国のサボタージュを得るに至っていたのだが、ここに来てこれまでの努力を溝に捨てろというのだろうか。
 そして、これに対するエザリアの回答は、戦略条件が変わったのだから過去の事に拘ってる場合ではないという物で、マキャベリズムから見れば正しいのだろうが、カナーバのような理想主義者には受け入れがたい物と言えるだろう。もっとも、何を言ってもカナーバには既に何も出来ないのであるが。ラクスの反逆以来、穏健派の権威はどん底まで落ち込み、カナーバやカシムのような穏健派議員は任期が過ぎるまでただ評議会の椅子に座ってるだけの存在なのだ。

「ですが、折角味方に引き込んだ国をわざわざ敵にする必要が何処にありますか?」
「プラントの基本方針は地球からの撤退による戦線の縮小と、地球軌道の完全なる制圧。この方針にもはや東アジア共和国は必要ない。そうではないかな、カナーバ?」
「ですがっ!」

 なおも食い下がろうとしたカナーバであったが、それはヘルマン・グリードやジェレミー・マクスウェル、ユーリ・アルマフィ、ルイーズ・ライトナーらの急進派議員たちの冷笑を向けられるだけの行為だった。プラントの実権はこれらの急進派議員が握っているのだ。
 だが、そんな強行派の冷笑に晒されるカナーバたちを庇うような発言をする男が居た。パトリックやシーゲルの友人であり、評議会の中でも目立たない存在であるパール・ジュセックだった。

「まあまあ、議長もカナーバも少し落ち着きたまえ。カナーバ議員の言う事も一理はある」
「……ジュセック議員」

 エザリアが意外そうな顔でジュセックを見る。そして、少し忌々しそうな顔をした。ジュセックは今や評議会の最年長者であり、シーゲル、パトリック亡き後の評議会にとっては長老的な存在だ。けっして前に出てくるような人物では無いのだが、その発言はまだ若輩のエザリアには無視する事は出来なかった。

「カオシュン放棄は良いとしても、破壊するかどうかの決定はもう少し待っても良いのではないかね。東アジア共和国が連合から抜けて中立政策を取ると方針を変更する可能性も無いわけではない。破壊する事はいつでも出来るのだからな」
「それはそうですが、東アジアがこちらの思惑通りに動かなければ如何するのですか?」
「その時は改めて破壊してしまえば良い。グングニールを何基か設置しておけば簡単だろう?」

 こちらから外交の幅を狭めるような行為をするべきではないと言うジュセックの発言を、エザリアは内心苦々しく思いながらも受け入れざるを得なかった。本当は迷わず爆破してしまいたいのだが、最年長議員の進言を無碍にする事も出来なかったのだ。
 ジュセックの妥協案をエザリアが呑んだので、カナーバも矛を収めるしかなかった。シーゲルとパトリックが評議会に居た頃は2人の対立構造を和らげていたジュセックだったが、今では穏健派と急進派の緩衝材になっているらしい。
 エザリアとカナーバの対立が収まった事で、それまで針の筵を味わっていた軍高官はジュセックの目配せを受け、ホッとした顔付きで今後の事を語りだした。

「ザフトとしましては、今後も暫くは安全が確保できそうなビクトリア宇宙港を主力宇宙港として使いつつ、各地から戦力を引き上げていこうと考えております。当面はカオシュン、ジブラルタルの放棄が目標となります」
「オーブとカーペンタリアは如何する?」
「カーペンタリアを放棄したいのですが、大洋州連合との問題もありまして」
「簡単にはいかんか」

 カーペンタリアの壊滅は大洋州連合を窮地に陥れている。放置しておけば大洋州連合は生き残る為に連合に鞍替えしかねないのだ。国際関係は力の論理で成り立っている物で、裏切りや騙しあいは当り前の事だ。負けると分かっているのなら早めに負け組みと手を切り、勝ち馬に乗り換えるという選択をする国は多い。
 もし大洋州連合が突然連合に寝返ったりすれば、それは太平洋に展開するザフトの死を意味する。オーブは碌な抵抗も出来ずに奪還され、連合軍は余勢を勝って周辺地域に軍を向けてくるはずだ。

「暫くは大洋州連合を切ることも出来ない、か」
「はい。それを考えますと、カーペンタリアから部隊を引き上げる事も出来ません」
「……分かった、そちらは状況がもう少し推移するまで待とう。どうせそう長い事ではない」

 いずれ親プラント国家も切り捨てる。それがエザリアの考えだったが、そこまではまだ表に出しては居ない。ジェネシスが完成した暁には地球上のナチュラルを一掃し、新たに自分たちの世界を作り直す。それがエザリアの目指す次の時代だった。





 プラントの中には様々な勢力がある。その中の1つ、反逆者として指名手配されているラクス・クラインの一党だ。そのラクスは今、身の程知らずにも宇宙港にやって来ていた。髪と服装を誤魔化しているとはいえ、見つかったら如何する気なのだろうか。
 ラクスの周囲には私服姿のダコスタを始め、幾人かの護衛の姿もある。そしてその中には何処かのお偉いさんだと外見から伺える壮年の男も居た。

「ラクス様、スカンジナビア王国は今でこそ中立ですが、今後どう出るか分かりません。くれぐれもお気をつけて」
「はい、ニコライさんも後の事、よろしくお願いします」
「心得ております。プラントの中から我等の理想の光を消すようなことはさせません」

 ニコライがラクスがプラントを去った後のラクス派を纏める事になっている。ラクスはニコライを信頼していたので後事を託す事に不安は無かったのだが、プラントを発つにあたって1つだけ気がかりがあった。

「それと、お父様の事なのですが」
「残念ながら、未だに何処に監禁されているのかが分かりません。パトリック・ザラは司法局に軟禁していたのですが、エザリアはシーゲル様を何処かに移動させたようでして」
「そうですか」

 目に見えて落胆してしまうラクス。流石に父親が敵に捕らわれ、所在も分からないというのでは不安になるらしい。

「心中は察しますが、我々も全力で捜索しております。必ず見つけ出しますので、ラクス様は御自分の役目を果してください」
「……はい、後はお任せします。私は地球での会談後はメンデルに向います」
「任せて下さい。ザフトへの懐柔も効果をあげてきておりますからな。さあ御行き下さい。宇宙港のセキュリティも何時までも誤魔化せるわけではありません」

 ラクスの言葉に頷いて、ニコライはラクスたちを送り出した。彼はプラントに残る事で身を危険に晒す事になるが、地球に向うラクスも危険な橋を渡る事になる。どちらも無事に済む保証などないのだ。
 この宇宙港のセキュリティはラクス派の手で無力化されている。宇宙港の管制官もラクス派の人間が入っていて、意図的にラクスの乗る船へのチェックを怠っていたのだ。
 ジャンク屋の船を使ってスカンジナビア王国まで向う。それがマルキオの手で用意された地球への道だ。ラクスは港からジャンク屋の船へと移乗し、地球へと向う事になる。それはアズラエルとの2度目の会談の為、そして、アメノミハシラに居るウズミの遺児、カガリ・ユラ・アスハと会う為に。
 ジャンクシップの客室に移ったラクスは、そこでダコスタにカガリのことを問い掛けていた。

「カガリ様は、どのような方でしょうね?」
「分かりません。彼女は表舞台にまるで顔を出さない人物でしたから。ただ、ウズミ様に較べると血気盛んな女性のようですね」
「そうですか。私の考えを理解していただければ嬉しいのですが」

 オーブを失った事でラクスたちは物資のやりくりが苦しくなる事が予想されている。また実働戦力の不足という問題もあり、カガリの手元にある戦力を欲していたのだ。だが、カガリはウズミとは違う考えを持っている。そのカガリがラクスの話を聞いてくれるかどうか、それはまだ分からなかった。





 その頃、カガリの居るアメノミハシラではちょっとした騒ぎが起きていた。カガリの手元には地球から脱出してきたMSパイロットやアメノミハシラのパイロットが沢山居るのだが、彼等は訓練度に問題があったのだ。宇宙軍はミナにしごかれ、地上軍はフレイに特訓されていたのだが、彼等の技量は大西洋連邦軍のパイロットであるキースから見ると全員落第点を付けられるようなパイロットだった。

「駄目だ駄目だ、お前等じゃ役に立たん!」

 これがキースの出した結論で、自分が簡単に作った訓練メニューをカガリの名前を借りて全パイロットに課したのだ。それは昔にフレイやトールが課された地獄の猛特訓で、オーブパイロット達はキースに対する怨嗟の言葉を吐きながらこれを黙々とこなす事になる。


 何でキースがこんな事をしているかというと、翌日になってようやく部屋から出てきたカガリに頼まれたからだった。カガリは見た目で分かるほど憔悴していたが、目には光が戻ってきていた。
 キースは宇宙港で自分用にメビウスを1機ミナに回してもらい、それに自分用の塗装とオプション装備の追加を施した、エメラルドの死神として名を馳せたメビウスを再現している所にカガリがやってきたのだ。

「お、寝ぼすけが重役出勤してきたな」
「……ああ、久しぶりに長寝させてもらったよ」

 一睡もしていない事は顔色を見れば分かりきっていたが、キースはそれに付いては何も言わなかった。ただ、目が昨日の負け犬の目ではなくなっているのを確かめただけだ。

「それで、何か決まったか?」
「ああ、色々考えて、1つだけ決めた事があるよ」
「そうか、それじゃあ、まず顔を洗ってこい。代表が何時までも寝起きの顔を晒してちゃ沽券に関わるぞ」
「う、煩いな!」

 からかわれたカガリは顔を赤くして怒鳴り返し、そして少し落ち着いたように肩の力を抜いた。

「キース、とりあえず私は私の仕事をするからさ。あんたにも1つ頼みがあるんだ」
「なんだ、いきなり改まって?」
「アークエンジェルに戻るまでで良いから、うちのパイロット連中を頼む。オーブ軍には実戦を知ってる指揮官は少ないし、パイロットは弱い。でも、フレイやトールを短期間で鍛え上げたあんたならこいつらを少しでも強く出来ると思うんだ」
「いいのか、俺は連合の人間だぞ?」
「構わないよ。私の名前を貸すから、キースの好きにやってくれ。どうせ直ぐに連合だからは問題じゃなくなるし」
「……そうか、決めたのか」

 小さく頷き、キースはカガリの頼みを受けた。原隊に戻るまでの間に、キースはオーブ軍を鍛え上げる事を約束したのだ。



 こうしてキースの手によるスパルタ教育がオーブ軍パイロット達に課せられることとなった。フレイたちの時とは異なり基本は出来ているので教える事はそれ程多くないのだが、やはり戦い方に関してはオーブ軍はかなり稚拙だった。これは戦技の問題ではないと気付いたキースは、彼等に戦い方を徹底的に仕込む事になる。それはオーブパイロット達から恨まれる事になったが、キースは意に介さずに嬉々として訓練メニューを考えていたのだ。
 そんなキースの元に珍客が訪れたのは、お昼も近くなってきた時間だった。

「キ〜〜ス〜〜!」
「ん、ステラ?」

 やって来たのはステラだった。腕や額に巻かれた包帯はまだ暫く取れないようだが、元気一杯なのは年ゆえなのだろうか。

「如何した?」
「あのね、私のMSは無いの?」
「MS? なんだ、お前も戦うのか?」
「シンがMS乗るって言うから、私も行くの」
「おいおい、MSは自転車じゃないんだぞ」

 そんな理由でMS乗りたいと言われても困るんだがと苦笑するキースだったが、まあステラも当面は戦力として数えたいところだったので、キースはそれを許可した。だが、そこでステラと、彼女がくっついていた少年、シンの乗るM1Sの見ていたキースは、シンがパイロットとして際立った才能を持っている事に直ぐに気付いていた。

「驚いたもんだな。フレイの時もそうだったが、天才ってのは居るもんだ」

 与えられた情報では、シンは正規のパイロットではなく、フレイの私的な弟子のような存在だったと知ったキースは、目の前でステラの動きに追随できているシンに感心していた。信じがたい話だが、訓練された強化人間に素人に毛が生え程度のはずの子供が追いつけるのだ。
 だが、その動きにはまだ無駄が多い。だが叩けば光ると確信し、キースは席を立つとシンに無線を繋いだ。

「シン君、聞こえるか?」
「は、はい。何です?」
「俺はMS隊を任されたキーエンス・バゥアー大尉だ。シン君、これからちょっと君を試させてもらうよ」
「た、試す?」
「そう、これから1機のメビウスと模擬戦をしてくれ。勝てればそれで終わりだ」
「メビウス?」

 何でメビウスが相手なのだと疑問を感じるシン。メビウスくらいはシンでも知っている。連合の主力MAで、MS相手にボコボコにされた動く棺桶。幾ら自分が素人だとはいえ、そこまで馬鹿にされるのはちょっとムカついてしまう。

「幾らなんでも、馬鹿にしすぎだと思うけどなあ。ステラもそう思わない?」

 ちょっと不満そうにステラの話かけたシンだったが、何故かステラは返事をしない。如何したのかとシンがもう一度声をかけようとしたのだが、その時宇宙港から1機のメビウスが飛び出してきた。それはブースターを取り付けた、ちょっと変わったエメラルドグリーンのメビウスである。

「やっぱり、キースだ!」
「え、何、どういう事?」
「気をつけてシン、あれを使ってるのキース!」
「いや、だからどういう事?」

 ステラが何を言ってるのか分からないシンは頭の中を?マークで埋め尽くしていたが、それはいきなり発砲してきたメビウスによって強制的に中止させられてしまった。メビウスの砲火は正確にM1Sを捉え、M1Sの機体表面に小さな爆発を無数に生んでいく。どうやら訓練の低衝撃弾を使用しているらしい。

「く、くそ、舐めやがって!」
「シン、駄目!」
「ステラは引っ込んでて!」

 攻撃されて頭に血が上ったシンはビームライフルをメビウスに向けて3度トリガーを引いた。だが何故かビームは出ない。訓練のつもりで出たので安全装置が外されていなかったのだ。

「あ、あれ?」
「シン、安全装置かけっぱなし」
「あ、そうか」
「外しちゃ駄目だってば!」

 ステラに突っ込まれて素直に安全装置を外そうとするシン。それを見たステラは慌てふためいてシンを止めた。この男、ビームライフルをキースに向けて撃つ気なのだろうか。止められたシンはステラに苛立った声をぶつけてしまう。

「じゃあどうすれば良いんだよ!」
「逃げ回るの。キースも何時までも撃ってこない!」
「そんなあ」

 情けない声を漏らすシンだったが、そのコクピットのロックオンの警報が鳴り響き、慌てて機体を翻した。その直後にまた銃火が駆け抜けていく。そして物凄い速さでエメラルドの機体が駆け抜けていった。それを見たシンが驚きに目を丸くしている。

「何だよあれ、あんな速さで動き回れるなんて……」

 高速域で平気で動き回るメビウスにシンは驚きを隠せない。あんな動きをすれば意識を失うだろうに。キースの戦い方はシンの常識からすれば無茶苦茶な物に映ったのだ。そしてシンは、フレイとはまるで違う戦いを方をする、本物のエースの動きに良い様に翻弄される事になる。
 もう形振り構わなくなったシンはビームライフルをメビウスに向けたが、悲しい事にシンではメビウスの動きに付いていけず、まともにターゲットに捕らえる事も叶わなかった。たまにロックオンできるのだが、直ぐにそれを外されてしまうのだ。シンは知らなかったが、キースはメビウスでイザークやディアッカといったザフトの赤服とも渡り合える実力者なのだ。

「畜生、何なんだよ。何であんなふうに動けるんだ!?」

 幾らなんでも非常識だと叫ぶシンだったが、それでキースの動きが止まるわけではない。キースはその強化人間としての能力を最大限に生かせる爆発的な加速力と、ベテランだけが持ちうる実戦の勘を駆使していて、シンをまるで寄せ付けない強さを見せていたのだ。簡単に言えば、シンの動きはすべてキースに読まれていたのだ。だからシンにはキースがまるで捉えられないのだが、キースは面白いように弾をM1Sに送り込んでいく。
 ステラがハラハラとしながら見守る中でシンはボコボコにされていき、そして唐突にそれは終わった。

「よし、もう良いぞ」
「キ、キース、やりすぎ!」
「そう怒るなってステラ。彼の力を量るにはこれが一番手っ取り早いんだから」

 ボコボコにされたM1Sを確保して怒っているステラにキースは真顔で返し、通信をシンに繋いだ。モニターに憔悴した様子のシンが映し出される。

「おお、ボロボロだな」
「あ、あのな、何考えてんだ?」
「君の力量を測らせてもらった。フレイの弟子の実力が気になったんでね。でもまあ、おかげで君に必要な物が掴めたよ。明日からは暫く特訓だな」
「と、特訓!?」
「そう特訓、ちゃんと君用のメニューを作ってやるから、安心してくれ」
「ふ、ふざけんなあ!」
「明日からは文句も言えなくしてやるぞ」

 本気でシンを鍛えるつもりらしいキース。彼に見込まれたシンのこれからを想像してしまい、ステラはシンを可哀想に思ってしまった。キースの訓練好きは半ば病気で、実はステラもアウルもスティングもやらされた事があるのだ。この時、3人は文句を言う事も出来ない程にしごかれまくった。この鬼っぷりに、3人はどうしてトールが凄腕になれたのかを理解したのである。





 そして、この日の午後、アメノミハシラから1つの電波が世界に向けて発せられる事になる。それは世界中で受信され、カガリが世界のモニターにその姿を現した。カガリはオーブ軍の礼装に身を包み、背後にミナやユウナなどの重鎮を並べている。その中には何故かオーブの礼装に身を包んだキースも居た。大西洋連邦の制服は無かったのだろう。実は人が足りないので数合わせに末席に並ばされていた。
 それはアメノミハシラに集っていたオーブ残党軍の主力にして、オーブ首長家の中でプラントに抵抗を続ける最後の1人、オーブ国外に居るオーブ人たちの最後の拠り所と言える姫君が初めて姿を現した瞬間であった。
 演説をする為に集った一堂の中で、一際目立つのはオーブの将官の礼服に身を包んだカガリとミナだろう。ミナも今回はいつもの黒マントに貴族風の服装ではなく、軍服をまとっている。
 そしてカガリは、緊張でガチガチになっているユウナの肩を笑いながら叩いているキースの元へとやってきた。

「よ、キース」
「カガリか。お前は緊張してないのか?」
「ああ、今にも心臓が爆発しそうなくらい緊張してるぞ」
「そのわりには余裕そうだが?」
「いや、緊張しすぎてて、逆に落ち着いてるみたいなんだ。頭ん中も真っ白でさ」
「おいおい」

 そんなんで演説なんか出来るのかとキースは不安だったが、止めはしなかった。いつかはやらなくてはいけないのだ。そしてカガリは大きく深呼吸をすると、まるで一歩一歩確かめるようにゆっくりと演台の方へと歩いていった。
 それを見送ったキースは、まだカチコチのユウナの頭を拳骨で軽くこずいた。

「お前も少しはカガリを見習えよ。男だろうが」
「お、男だって、緊張するものは仕方ないだろ」
「情けない事言うんじゃないの。これからはお前が彼女を支えていくんだぞ。俺はオーブの人間じゃないんだからな」

 この頼り無い男に、せめて自分の足で立てるくらいには立派になって貰わないといかんなあとか考えながら、キースは部隊の隅っこの方へと移動していった。自分は所詮数合わせなのだ。



 そして、カガリはマイクを前に、一度だけ大きく息を吸い込み、緊張した顔付きで一言一言確かめるように声を紡ぎ出した。その顔は凛としており、目には強い光が宿り、見ている者を惹き付ける何かを確かに感じさせる顔になっている。

「私はオーブ防衛隊司令官、カガリ・ユラ・アスハだ。私は今、軌道ステーション、アメノミハシラにいる」

 この放送は多くの人の足を止めた。電波ジャックであったが、それは確かに人の足を止め、耳を向けさせたのだ。その放送はオーブを脱出したティリングたちにも、ハワイに後退していたマリューたちにも、大西洋連邦本土に来ていたアズラエルにも、オーブにいるフレイたちにも、プラントのエザリアたちも見ていた。

「私たちは敗北し、本土を追われる事になった。今オーブ本土はザフトの軍靴に踏み躙られている。私たちはザフトに圧倒された。これは全てにおいてザフトがオーブ軍に勝っていたからだ。まず、それを私たちは受け入れよう。
 だが、これで終りではない。私たちはまだ諦めていないし、希望を見失ってもいない。私たちは負けた。それは確かだ。だが私たちはまだ生きている。武器もある。従ってくれる多くの兵も居る。私たちは敗北から学ぼう。この敗北を糧に、何時かオーブ本土を取り戻すんだ!
 私を信じて欲しい! 私は戦いの全てを見てきた。だからこそ私は再起して本土を取り戻そうと言う。ザフトは確かに強いが。私たちが及ばない強さではなかった。私はこの敗北でオーブに足りなかった物を知った。
 そしてこの戦争はまだ終わっていない。不幸な事に世界を巻き込んだ大戦はまだ続いている。今回は敵の兵器にも戦術にも及ばなかったかもしれない。後手に回り、過ちを繰り返した。だが、まだ戦いは終わっていないのだ。
 連合軍はプラントに対して反撃に出ようとしている。連合の力を利用しよう。強大な国力を持つ大西洋連邦と手を組み、オーブからザフトを叩き出そう。世界各地の同胞に私はお願いする。どうか私に手を貸して欲しい。私の元に来てその力を貸して欲しい。何があろうともオーブの抵抗の火を消してはいけないんだ。そして何時かオーブに帰る日まで、私と共に戦ってもらいたい。オーブは我々オーブ人の国だ!
 もう一度言う、私は必ずオーブに戻ると。私はここに、自由オーブ軍の結成と、プラントに対する徹底抗戦を宣言する!」

 それはカガリの決意を表した演説であった。と同時に、連合への参加の意思を表明した物でもある。カガリがオーブの敗戦で学んだ事、それはどちらにも加担しない平和主義では何も守れないし、何も出来ないという事だ。何かを言うならどちらかに加担しなくてはいけない。双方から距離を取って平和を叫ぶだけではどちらからも相手にはされないのだ。
 オーブを平和にするには世界を平和にしなくてはいけない。周囲が安定してこそオーブの安定も保たれる。だがそれは自分達が一方的に世界に唱えるだけでは意味が無いのだ。何かを世界に訴えるには相応の力が要る。オーブの理念を世界に伝えたければ、まずこの戦争を終わらせなくてはいけないのだ。
 平和主義という考えには戦争そのものを否定する考えと、もう1つの考えがある。それはどちらか一方に加担し、早期に戦争が終わるようにするという考えだ。言葉をどれだけ重ねても戦争は終わらないが、武力を持って介入すれば早期終戦に繋がり、平和になる。カガリはこの考えに辿り着いたのだ。それはウズミの考えとはまるで違う物ではあったが、平和を求める心に違いは無かった。
 演説を終えたカガリは放送終了の合図を見たとたんに崩れ落ちるようにその場にぺたんと尻を付いてしまった。それを見て驚いたユウナたちが駆け寄ってきて、カガリは彼等を見上げるとはにかんだ笑顔を浮かべていた。

「わ、悪い、緊張の糸が切れて、力が抜けた」
「吃驚させないでくれ。何事かと思ったじゃないか」

 初めての演説で緊張しまくっていた物が切れたのだと知って、ユウナはガクリと肩を落としている。そんなユウナにカガリは悪い悪いと笑いながら謝っている。その姿は先程の演説をしていた人物と同一人物とは思えない、普通の16歳の少女に見えた。
 そんなユウナとカガリを後ろから見守りながら、キースはミナの隣に来た。

「やれば出来るじゃないか。獅子の娘は獅子だったな」
「ふん、あれくらい出来ないようでは、これからやっていく事は出来まい」
「おやおや、これは随分と辛口の評価だ。俺は上出来だと思ったがね」

 口では辛口なくせに、表情は少し緩んでいるミナを見て、キースは僅かに口元を緩めていた。カガリの覚悟を聞いて、ミナも喜んでいるのだろう。サハク家はオーブ内の保守勢力として知られているが、カガリの決断はミナにとって好ましい方向に進んだものだ。昔からサハク家はオーブの防衛の為にはオーブの理念は邪魔でしかなく、平和主義は害悪でしかないと唱えてきたのだが、それはオーブ国内では顧られる事は無かった。そしてオーブは敗北し、新たな指導者は敗北から自分たちの過ちを学んだのだ。
 勝利は何ももたらさないが、敗北は人を成長させる。その実例がはっきりと目の前に示されたのだ。カガリ・ユラ・アスハはオーブの理念を捨ててはいないだろうが、現実に立ち向かうにはウズミのやり方では駄目なのだと理解したのだ。だからカガリは、連合に組してオーブを取り戻す事を宣言した。それはミナにとって、初めて信頼できる指導者を得た事を意味する。

「キース、と言ったな。今後大西洋連邦はどう出ると思う?」
「オーブの参戦は歓迎するだろうな。多分アメノミハシラを低軌道防衛の拠点として使いたがると思う」
「それは構わん。ザフトがその気になれば、現有戦力でこの城を守りきることは不可能だからな。連合の艦隊が入ってくれるならこちらも助かる」
「あとは、アズラエルがオーブの際に色々言ってくると思うぞ。あいつは無償の奉仕なんてしないからな」
「それを考えるのはカガリの仕事だが、まあ、何とかする。汚れ役は昔から私の仕事だからな」
「……ま、いいか」

 多分、カガリは自分でアズラエルと向き合うだろうと予想しているキースには、ミナの考えは空回りする事になるだろうと思えたのだが、あえてそれを口にはしなかった。いずれ自分で知る事になる筈だからだ。

「さて、俺はとりあえず、引き篭もりの馬鹿を引っ張り出すとしますかね」





 そして、この演説を聴いていた人々はそれぞれの場所でそれぞれの感想を抱いている。歓声を上げるもの、苦々しさに唇を噛むもの。子供が何をほざくかと嘲笑うもの。反応はそれぞれであったが、カガリは世界中に認知される存在となったのだ。
 そんな人々の中で、1人苦虫を噛み潰して放送を見ていた男が居た。オーブのラウ・ル・クルーゼだ。

「私はオーブの獅子を倒し、世界を完全に2極化したつもりだったがな。その結末がこれか。私はオーブの獅子を倒した代償に、もっと恐ろしい敵を作り出してしまったというのか?」

 カガリ・ユラ・アスハ。彼女の演説には不思議な魅力があった。演説そのものは及第点レベルでしかないが、彼女には明らかな資質が備わっている。そう、パトリックの演説が人々を惹きつけたように、彼女もまた人々を魅了する何かを持っている。自分はウズミという邪魔者を始末した事で、もっと厄介な英雄を生み出してしまったのではないのかという深刻な悩みがクルーゼの脳裏を過ぎっていた。
 そしてクルーゼの脳裏に、1つの言葉が過ぎった。コーディネイターが作られた原因、自分を含む悲劇の発端となった、あの言葉を。それは人類の次なる可能性。

「まさか、SEED、なのか?」

 ありえないと慌てて否定するクルーゼ。そんな物が存在する筈がない。あれはただの与太話だ。だが、もし違うのなら、この若干16歳の小娘はなんなのだ。クルーゼはこの時初めて、SEEDという存在に付いて考え込む事になった。




 そして、大西洋連邦のハワイ基地ではナタルがちょっとした騒ぎを起こしていた。

「艦長、今すぐ宇宙に行きましょう。ブースターでも何でも使って!」
「落ち着きなさいナタル、少し冷静になって!」
「カガリ・ユラめ。まさかキース大尉を持ち逃げしていたなんて。どうりで帰ってこないわけです!」
「勘ぐり過ぎよ。お願いだからいつものナタルに戻ってえ!」

 ナタル・バジルール。惚れた男がライバルの手に渡ったと知って珍しく暴走していた。彼女にも焦る気持ちはあったらしい。




後書き

ジム改 カガリ、世界に立つ!
カガリ これで私はヒロイン街道に?
ジム改 いや、どう見てもヒロインじゃないだろ。
カガリ 私はヒロインが良い!
ジム改 じゃあキラをヒロインにしてやろうか?
カガリ ……あんな情けない奴はいらん。
ジム改 酷い評価だな。
カガリ んで、とりあえず私たちはどうなるんだ?
ジム改 うむ、連合の部隊が到着するのが先か、ザフトの大艦隊が到着するのが先かだな。
カガリ まあキラがいるからよっぽど大丈夫だろうけど。
ジム改 ザフト艦隊には量産型のフリーダムとジャスティスが複数いるが。
カガリ それはただの虐めだ!
ジム改 フレイも無く、援軍の目処も無いアメノミハシラでは持ち堪えられんだろうな。
カガリ まあその時はコロニーに行くから良いけど。でも連合の部隊は直ぐに来ないのか?
ジム改 ゲームじゃないんだから。出すと言ってすぐに出れるわけ無いでしょ。
カガリ 不便だな。
ジム改 それでは次回。ワシントンで開かれるブルーコスモスの会合。アズラエルとジブリール、ルフトが一堂に会する。そしてプラントではアメノミハシラ討伐部隊が編成される事に。そしてオーブの技術を得て加速するゲイツ改修計画と、ゲイツに続く次世代MSの計画。そしてまだ閉じ篭っているキラと、オーブにいるアスランは。次回「それぞれの胸の誓い」でお会いしましょう。


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