第11章 虎との邂逅
「じゃあ、4時間後だな」
威勢良く車から降りたカガリが言い、続いてキラにフレイ、キースも降りる。何時もカガリと一緒にいる大男のキサカがカガリに注意をしているがカガリは聞いているのかどうか。
どこか不満そうなキサカにキースが笑いながら語り掛けた。
「心配するなって。俺が首根っこ捕まえて大人しくさせとくから」
「・・・・・・頼む」
キサカに頼まれたキースは軽く安請け合いをし、キサカ達を送り出した。隣に乗っているナタルとトノムラが何かや困った様な顔をしているのがとても印象的だったが。
ジープが走り去っていくのを見てキースはやれやれと辺りを見回した。
「さてと、とりあえず案内頼む、カガリ」
「まったく、何でお前等まで付いてくるんだよ?」
カガリの問いに、キースは何時もの人を食ったようなニヤリ笑いを浮かべた。
「何を言う。人では多い方が良いだろう。フレイは主計兵だから、これは本職の分野といえるだろう」
「本音を言え」
「・・・・・・たまには外出して羽を伸ばしたいの」
あっさりと本音を暴露するキースに、3人は呆れた視線を向けた。本当にあの時カガリに冷たい視線を叩きつけた男と同一人物なのだろうかと思ってしまう。特にカガリの視線は冷たかった。
キースは3人からの視線に耐えかねて辺りに視線を走らせた。活気があり、店の軒先には商品が溢れている。とても敵軍の占領下にある街とは思えない光景だった。
「しっかし、軍政下にあるにしては、平和そうな街だねえ」
「・・・・・・そんなの、見せ掛けだけさ!」
カガリが吐き捨てる様に言う。キラとフレイはカガリの言葉に眉を潜め、辺りを見回した。
「そうかな、とても活気があるけど?」
「あれを見てみろよ」
カガリが指差す先には崩れた建物があり、そこから突き出す様に軍艦があった。
「あれがこの街の支配者の姿だ。逆らう者は容赦なく消される。ここはザフトの、砂漠の虎の本拠地なんだ」
キラはカガリの言葉に、理解に苦しむと言いたげに悩む表情になった。消されると言うなら逆らわなければ良い。何故そこまでして反抗しないといけないのだ。逆らわなければこんなに平和な生活がおくれるというのに。
命を賭けても守りたい故郷。それがキラには理解できない。愛する人や、自分の命より大切なものがあると言うのだろうか。彼らはどうして戦い続けるのだろう。
さっそく買い物を始めようとする4人。男だからという事でキラとキースは荷物持ちになる事が決定している。キースは少し諦め顔でキラに1つの忠告をした。
「いいか、キラ。これから俺達は過酷な戦いに挑む事になる。今のうちに覚悟を決めろよ」
「ど、どういう意味です?」
「・・・・・・女の買い物ってのはな、付き合うと疲れるんだよ」
何処か諦めを漂わせるキースを見て、徐に女性たちの背中に視線を向ける。彼女等はとても楽しそうであった。だが、その笑顔に、キラは無意識に戦慄してしまったのである。そして、その悪い予感は見事に当たる事になった。
あちこちの店を回り、注文の品を探すカガリとフレイ。キースとキラは両手一杯の荷物を手にすっかりトホホ顔になっている。
「キースさん、何時になったら終わるんでしょうか?」
「知らんよ。買い物のリストに聞いてくれ」
心底疲れた声で問いかけてくるキラに、キースは苦笑して答えた。キラはこういう体験は初めてなのだろう。辛いのも無理は無い。キースは経験があるのか、そこそこ余裕を持っていた。
「おーい、お2人さん、キラがもうへばってるから、少し休憩いれようや」
キースに呼び掛けられて2人はこちらを向き、キラに情けなさそうな視線を向けている。
「なんだよ、男のくせにもうへばったのかよ?」
「だっらしないわねえ」
血も涙も感じさせないお言葉に、キラは心の中で涙を流していた。キースはそんなキラの背中を叩いて近くの木陰を指差す。
「とりあえず、あそこで休憩にしよう。悪いがフレイは飲み物でも買ってきてくれ。俺はちょっと買い物に行ってくるから」
「え、何処にです?」
不思議そうに問うフレイに、キースは何時もの軽い口調で答えた。
「いや何、フラガ少佐やらノイマンやら、まあ男衆からの頼まれ物があってね。こいつは女性に買いに行かせる訳にもいかんだろう」
キースの返答にフレイとカガリは顔を赤くして気まずそうに逸らした。変わりにキラが余計な事を聞いてくる。
「あの、それってまさか、エロ本ですか?」
「・・・・・・キラ、そういう事は気づいても聞くもんじゃないなあ。なんならお前の分も買ってこようか?」
「え、ええと・・・・・・」
悩むキラ。だが、それは致命的な失敗であった。振り返ったフレイとカガリがなんとも言えない冷たい視線で自分を見ているからだ。軽蔑の眼差しに晒されて顔から血の気が引いていくキラを楽しげに見やり、キースはわざと状況を悪化させるような一言を残していった。
「そうか、じゃあキラの分も追加だな。それじゃ行ってくるね〜」
手をヒラヒラさせて早足にさって行くキースの背中にキラは慌てふためいて手を伸ばしたが、そんなものが届く筈もなく、ジロリと2人に睨まれて縮こまってしまうのであった。
3人と分かれたキースは頼まれ物を買い揃え、背負ってきたバッグに詰め込んでいく。男である以上、こういう物も必要なのだ。艦長や副長に見つかったら没収されそうだけど。
重くなったバッグを背負い、キースはもと来た道を戻って行こうとしたが、ふと露天で売られている宝石やら装身具に目をやり、そちらに歩いて行く。
「いらっしゃい。どうですおひとつ?」
「なかなか安いな。この辺りは原産地か何かかい?」
「ええ、原石が取れまして。加工業も発達してますよ」
素人であるキースから見ても並べられている商品の出来は大した物だった。値段も安く、これまでの戦いで溜まりまくっている給料からすれば安い買い物だと思える。しばし商品を眺めていたキースは、ふと一人の洒落っ気の無い女性を思い浮かべ、次いで気になる2人を思い浮かべた。そして、少し考えてからネックレスを1つと、対で作られているペンダントを買い求めた。いずれも派手さはないものの、品の良い作りをしている。落ちついた美しさとでもいうのだろうか。ネックレスにはキースのパーソナルカラーでもあるエメラルドの大きな輝石が真中で輝いているのが目だった特徴だ。
それらを買い求めたキースは、再びリュックを担ぎなおすとキラ達の待つ木陰へと帰ってきた。だが、そこで彼を待っていたのは何やら激しく落ちこんでいるキラと、白けた目でキラを見る2人の女性であった。
「おいおい、何をしたんだ、お前等。キラがボロボロじゃないか?」
「いえ、別に何でもありません」
「気にしないでくれ」
どうしたら気にせずに済むのかと思ったが、とりあえず反論が怖いので口にはしない。ただ、キラの肩を掴んで立ちあがらせた。
「ほらキラ、続きを買いに行くぞ」
「はあ・・・・・・僕ってなんなんでしょうね?」
こりゃ重傷だと思いつつ、キースは自分の担当の買い物袋を持ち上げた。
結局、2人はこの後も散々買い物に付き合わされ、ヘトヘトになってしまうのであった。
ようやく買い物を終えてカフェの椅子にドサリと腰を下ろしたキラとキースはグッタリと背もたれに持たれかかった。キラはキースの忠告を身を持って実感したのだ。まったく、女の買い物に付き合うもんじゃない。
そんな彼らの前に給士がお茶と料理を並べていった。その料理を見てキラが珍しそうに問い掛ける。
「何、これ?」
「ドネル・ケバブさ。あー腹減った。お前も食えよ。このチリソースをかけてだな!」
「何言ってるのよ、ケバブにはヨーグルトソースでしょう?」
ドネル・ケバブを知っているらしいフレイがヨーグルトソースをかけている。それを見たカガリが露骨に顔を顰めている。何か拘りでもあるのだろうか。
カガリがチリソースの容器を手にして何か言おうとした時、いきなり脇から声が飛びこんできた。
「あいや待った!」
突然の声に4人は驚いてそちらを見やった。そして、そこに立っている男の姿に目を丸くする。
「ケバブにチリソースとは何を言ってるんだ、君は。ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!」
拳を握り締めて力説するその男は、派手なアロハシャツにカンカン帽というおおよそこの場に似つかわしくない恰好をしていた。それを見た途端、キースが自分のケバブにチリソースをかける。
「ほらキラ、早く食え」
「え、で、でも・・・・・・」
戸惑うキラ。ぶつかり合うカガリと謎の男。キースとフレイは我関せずとばかりに食事を始めていた。そんな訳で2人の視線は自然とキラへと向く。キラはビクリとからだを震わせた。
「ほらっ、お前も!」
「ああ、待ちたまえ! 彼まで邪道に堕とす気か!?」
「何を言う、ケバブにはチリソースが当たり前だ!」
「いいや、ヨーグルトソースだ!」
2人はそれぞれの容器を手に睨み合い、ついでキラの皿の上で激しい戦いを繰り広げだした。そんな事をすればどうなるかは分かりきっているのだが・・・・・・
「ああッ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
カガリと男は申し訳なさそうにキラを見た。キラのケバブは白と赤のソースにまみれ、大変な事になっている。まあ、多分食べられるだろうが。
キラは仕方なくそれを頬張った。
「いや、悪かったね」
「・・・・・・いえ・・・・・・まあ、ミックスもなかなか・・・」
と答えながらも、顔には苦痛の色が見て取れる。それを見ていたフレイは呆れながら水の入ったグラスをキラの所に滑らせた。キラは感謝の目でフレイを見てグラスを手に取る。はっきり言ってソースの味しかしない。
カガリが何時の間に同じテーブルに腰を落ち着けている男に文句を立て並べている。それに男が色々言い返しているが、突然男は言葉を切って外に目をやる。同時にキラも身構え、キースはそっと荷物を脇に押しやった。
カガリとフレイは何も気付いていない。キラは咄嗟にフレイの腕を掴み、キースはカガリの上着の襟を掴んで近くのテーブルの影に引っ張りこむ。それと同時に男がテーブルを蹴り上げ、即席の遮蔽物とした。もっとも、こんなもの銃撃戦では盾にはならないのだが。
「大丈夫か!?」
「な、なんとか」
キラは体の下にフレイを庇いながら頷いた。フレイはまだ状況が理解できずに困惑している。向こうのテーブルではキースが何処から取り出したのか拳銃を手にこちらを見ている。
「キラ、お前はフレイを守る事に集中しろ。こっちは何とかする!」
「わ、分かりました!」
キラが答えると同時に、数人の男がマシンガンを乱射しながら店に入って来た。
「青き清浄なる世界の為に!」
どうやらブルーコスモスのテロらしい。キースは顔を顰めてカガリを見た。
「悪いが、もう少し小さくなっててくれ」
「私だって戦える!」
「拳銃はこれ一丁なんだよねえ」
キースはそう言うとテーブルの影から敵を伺った。すると、あっちこっちから武器を手に襲撃者に反撃を開始した。どうやら客に紛れて色々潜んでいたらしい。
「構わん、全て排除しろ!」
彼らに向けて、男は命じた。あきらかに命令する事に慣れた者の口調だ。この男は何者だとキラは思った。暫くの銃撃戦が続く。キラの体の下では突然の銃撃戦にフレイが震えている。
「やだ、何よこれ・・・・・・・・・」
「フレイ、落ち付いて、大丈夫だから」
暫くして銃撃戦は終わった。キラは恐る恐る上半身を起こし、戦いが終わった事を確認する。キースも拳銃をしまうとこちらに歩み寄ってきた。
「大丈夫か、2人とも?」
「え、ええ、僕は大丈夫です」
キラはフレイを抱起こしながら答えた。フレイはまだ震えが収まらないらしく、両手で体を抱きながらキラに体を預けている。始めて銃撃戦に巻きこまれたのだから無理もあるまい。
フレイをキラに任せ、キースは男を見た。彼はこちらを見てニヤリと笑っている。
「で、あんたは何者だい。さっきの連中はお前さんを狙っていたんだろう?」
「ほう、何故そう思う?」
男の問いに、キースは肩を竦めて答えた。
「あいつ等はブルーコスモスだった。狙われるのはコーディネイターだろ?」
「なるほどね。で、ボクは誰だと思うんだね?」
男の問いにキースが答えるより早く、駆けこんで来た青年が男に離し掛けてきた。
「隊長、ご無事ですか?」
「・・・・・・ダコスタ君、良い所なんだから水ささないでよ」
少し悲しそうな声で男がダコスタと呼んだ青年に答える。キースはダコスタの言葉を聞いて男の正体に気付いた。
「なるほどね、砂漠の虎どのか」
「知って頂いていたとは光栄だ。エメラルドの死神さん」
しばし2人の間に異様な緊張感が走る。だが、すぐに2人とも緊張を解いた。殺しあう気ならもっと早く手を打っているはずだ。それが無いという事は、戦う気は無いという事だろう。
「それで、何か我々に用でも?」
「まあ、色々とね。迷惑もかけたようだし、一度うちに招待したいんだがね」
バルトフェルドの誘いに、キースは辺りの様子を確かめた。今動き回ってるのは間違い無くバルトフェルドの部下だろう。これだけの数のコーディネイターから逃げ切れる自身は全く無かった。
「わかった、受け入れよう。ただし、子供たちには手を出すなよ」
「ボクはお詫びのつもりで招待するだけだよ。そんな事する訳無いだろう」
バルトフェルドの答えに、キースは肩の力を抜いた。変な男だが、嘘をつくような人間では無さそうだからだ。脇に寄せた荷物を取り、キラ達を見る。
「お前等、動けそうか?」
「ちょっと待ってください、フレイがまだ落ちついてないんです」
キラはまだ震えているフレイを抱きながらキースに困惑した視線を送っている。
「フレイ、もう終わったよ。もう銃弾は飛んでないから、ねっ」
「う・・・・・・・うん、ありがとう、キラ」
震えは収まらないながらも、口からごく自然に漏れた感謝の言葉。意識して言った言葉ではないだろう。だが、初めてのフレイの感謝の言葉に、キラは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そんな2人を見てキースはバルトフェルドの顔をちらりと見た。
「悪いけど、荷物頼んで良い?」
「・・・・・・まあ、良いけどね」
自分の正体を知りながら平然とこういう事を頼んでくるとは。バルトフェルドはこの男がどういう神経をしているのか、少し気になった。だが、すぐに置かれている買い物袋の山を手に取り、よいしょと持ちあげる。カガリがキースの後に続き、キラがフレイの体を支えながら付いてきた。店の前に止められた車に乗りこんでいく。部下たちはバルトフェルドと一緒に車に入っていく少年少女達に訝しげな視線を向けていたが、特に何も言わなかった。
4人が連れていかれたのは豪華なホテルだった。ジンがいたりと何気に物騒ではあったが、4人は促されるままに中へと入って行く。キースでさえ少し怯みを見せながらバルトフェルドに案内されるままに歩いて行くと、向こうから艶やかな黒髪を肩に流した、美しい女性がやってきた。
「あらアンディ、お帰りなさい」
「ただいま、アイシャ」
バルトフェルドが彼女の細い腰に手を回し、引き寄せてキスをする。キラ達はどぎまぎして視線を逸らす。奥さんという感じではないのだが、恋人だろうか。
アイシャと呼ばれた女性はニッコリと微笑むとカガリとフレイを見た。
「この子達ですの、アンディ?」
「ああ、どうにかしてやってくれ。ボクのせいで随分と汚しちゃったからね」
カガリとフレイは揃ってソースやら水やらを引っかぶり、床に引き倒されたことで埃まみれにもなっている。アイシャは「あらあら」と面白そうに2人を改めて見やると、優しい手つきで2人を連れて行こうとした。2人とも流石に不安そうな顔で同行者を見やっている。キラが付いて行こうとしたが、アイシャが顔の前で指を振った。
「駄目よ、レディの着替えについてきちゃ。すぐ済むからアンディと待ってて」
彼女は甘く叱る口調でキラを窘めると、楽しそうに2人を連れ去って行った。
「・・・・・・ま、まあ、大丈夫だよね」
強引に自分を納得させるキラ。そして背後を振り返ると、別室に入ろうとしているバルトフェルドとキースの姿があった。
「おーい、君はこっちだ」
中に入ると、バルトフェルドはサイフォンを取り出して弄り出していた。
「こう見えても、ボクはコーヒーには一家言あってね」
キラはどうしたものかと辺りを見まわした。どれもとても高価そうな家具が置かれた室内は、おおよそキラにとって落ちつける空間ではない。キースはそんなこと気にするふうでもなくソファーに腰掛け、調度品を弄っていた。本当に動じない人である
そんな中に、1つだけ見慣れた物があった。誰もが一度は目にしたことのある奇妙な化石のレプリカだ。
キラが見つめていると、背後から声がかかった。
「Evidene01、実物を見た事は?」
バルトフェルドがカップを2つ持ってやってくる。キラは首を左右に振った。これのオリジナルはプラントにある。プラントに行った事の無いキラが見た事ある訳が無かった。バルトフェルドはキラの横まで来ると、何でこれが鯨なのかを不思議そうに語っている。
キラはそれに適当に受け答えしながら、コーヒーを口にした。苦い。
キラの表情を伺っていたバルトフェルドは気を悪くする様子も無い。
「ふむ、君にはまだ分からんかなあ。大人の味は」
嬉しそうに自作を口にするバルトフェルド。背後のソファーではキースが平然とそのコーヒーを口に含んでいる。大人になればこの味がわかるのだろうか?
そのまま3人で話していると、控えめなノックの音が室内に響き、アイシャが入ってきた。カガリとフレイは彼女の背後にいてよく見えない。
「なあに、そんなに恥ずかしがる事無いじゃない。ほ〜ら」
アイシャがカガリを前に押し出す。と、キラはポカンと口をあけた。
「お、女の子・・・・・・」
「てっめえ!」
キラの呟きにカガリが反応した。キラは慌てて弁明する。
「い、いや、だったんだよねって言おうとしただけで・・・・・・」
「・・・・・・それじゃ一緒だろうに」
横からキースにさらりと突っ込まれて、キラはしゅんとなってしまった。女の子を褒める言葉の1つも浮かばない自分が情けない。カガリに少し遅れてフレイもキラの前に立った。
「ど、どうかな、キラ?」
「え・・・・・・あ、その・・・・・・」
カガリは薄い草色のドレスに見を包んでいるが、フレイは赤を基調としたドレスを着ている。こちらもキラの乏しい語彙では誉めることのできない美しさだった。どう言えば良いのか戸惑っているキラの様子にフレイが不満そうに口を尖らせ、そんな2人を見てバルトフェルドとアイシャがおかしそうに笑い声を上げ、カガリがキースの隣にどさりと腰を下ろす。キラとフレイもその隣に腰を降ろした。
カガリとフレイを見て、バルトフェルドが感想を口にした。
「さっきまでの服も良いけど、ドレスも実によく似合う・・・・・・というか、そういう服も実に板についてる感じだね、2人とも?」
バルトフェルドに褒められてカガリは更に不機嫌に、フレイはどう答えたものかと困った顔になる。フレイは連邦事務次官の娘で、その手のパーティーに父に連れられて出席したこともあるのでドレスは着慣れている。だが、カガリは?
カガリとフレイが出されたコーヒーを口にする。キラは何となく真剣に2人の様子を伺った。2人は一口啜ると、別段文句を付けることも無くカップを置く。それを見てキラは大人の味が分からないのはどうやら自分だけらしいと悟り、少しがっかりした。
少ししてアイシャが出て行く。それを待ってカガリが口を開いた。
「何で人にこんな扮装をさせる? お前、本当に砂漠の虎なのか。それとも、これも毎度のお遊びなのか?」
「ドレスを選んだのはアイシャだよ。それに、毎度のお遊びとは?」
「変装して街に出掛けたり、住民を逃がして街を焼き払ったりってことだよ!」
カガリの言葉にキラとフレイは顔色を変え、キースは視線に混じる厳しさを増した。カガリの行動はあきらかに危険なものだ。
バルトフェルドはしばしカガリを見つめた。
「いい目だねえ、まっすぐで」
「ふざけるなぁ!」
両手をテーブルに叩きつけてカガリが立ちあがった。置かれていたコーヒーが零れ、テーブルに広がっていく。
キラは慌ててカガリの肩を押さえたが、その肩が震えている事にキラは気づいた。そうだ、彼女はこの男に仲間を殺されているのだ。落ち着けと言っても無理だろう。
バルトフェルドはさっきまでの人の良さが嘘のような冷たい目で2人を見上げる。
「君も、死んだほうがマシなクチなのかね?」
その視線に縫い止められたかのように二人の動きが止まる。フレイも怯えた様に小さく震えている。キースだけはその視線を受けても平然としているが、まだ何も言おうとはしない。
「そっちの彼、君はどう思っている?」
「え・・・・・・・?」
「どうしたらこの戦争は終わると思う? MSのパイロットとしては」
「・・・・・・お前、どうしてその事を?」
カガリが叫んだ。それに大してバルトフェルドが何か言おうとしたが、キースがそれを遮る。
「そいつは俺のことも知っていた。こっちの動きは筒抜けだったってことじゃないかな?」
キースの回答にバルトフェルドは笑いながら立ちあがった。
「戦争には時間制限も得点もない。スポーツやゲームじゃないんだ。そうだろう?」
キラはカガリを庇う様に身構えた。
「なら、どうやって勝ち負けを決める。何処で終わりにすればいい?」
何処で・・・・・・
キラはバルトフェルドの問いに答えられなかった。これまでそんな事を考えた事も無かったが、この戦争は何時終わるのだろう。答えられないキラに変わり、キースが口を開く。
「戦争とは、その開戦目的を達成した時に終わるものだ。今回の戦争なら、連合がプラントの独立を承認するか、プラントが連合に下るかだな」
キースの答えにバルトフェルドはジロリとキースを見た。
「本当に、それで終わると思うかい?」
「・・・・・・お互いを滅ぼすまで戦う必要は無いと思うがね。正気の人間ならな」
キースの答えにキラとカガリははっとしてキースを見やり、フレイは気まずそうに俯いた。キラとカガリはその可能性を考えた事は無かった。ナチュラルとコーディネイターの戦いが互いの殲滅戦にまで悪化する事を。そして、フレイはコーディネイターなんか滅びれば良いと思っているから。
だが、現実はどうだろう。サイーブの語っていた事実。ザフトはナチュラルの虐殺を行っていると言っていた、捕虜を皆殺しにしているとも。すでにお互いの憎悪は引き返せない所まで来ているのではないのか。
キースの答えにバルトフェルドは視線の厳しさを和らげた。
「君は、まだ正気の様だねえ?」
「いやあ、もう壊れてるだけかもしれんよ」
キースはおどけて見せ、立ちあがった。そして外を見る。
「だいぶ日も傾いてきた。そろそろ帰らせて貰っていいかな?」
キースの問いにキラとカガリ、フレイは驚愕した。自分たちを敵だと知っている男にかえっていいかなどと聞いているのだから。何処の世界にそんなふざけた要求を呑む奴がいると言うのだ。
だが、バルトフェルドは堪えきれないという感じで噴出した。
「はっはっはっはっは、本当に面白い男だね、君は?」
「よく言われる」
「良いだろう、表に車を用意させる。次は戦場で会おう」
バルトフェルドに促され、キースは3人を見た。
「それじゃあ、帰るとするか」
キース達はバルトフェルドの部屋を後にした。すると廊下で今度はアイシャに会う。アイシャはカガリとフレイの服を持っていた。
「あなた達の服よ」
自分の服を渡されて2人は慌てた。
「あ、じゃ、じゃあ、ドレスを返さないと」
「良いわ、あげる。その服、あなた達によく似合っていてよ」
アイシャはクスリと笑うと、4人の脇を通ってバルトフェルドの部屋に入っていった。4人はそれを見送るとホテルを出るべくエレベーターに乗りこみ、入口にまで来た。そこにはダコスタという名の青年が待っていた。
「隊長より車を渡す様に言われています」
「すいませんね」
キースは素直に頭を下げると、入口に止めてあるジープに乗りこんだ。荷台には自分たちの荷物が置かれている。キースは3人が乗りこんだのを確かめるとジープを走らせた。そのまま暫く走らせていると、隣に座るカガリが口を開いた。
「なんか、変な奴だったな」
「ああ、面白くて、手強そうな男だった。多分、そう遠くないうちに仕掛けて来るだろう」
キースの言葉にキラの顔色が変わった。あの人と戦わなくてはならない。その現実を目の前に突きつけられたから。四人はそれ以上何も語ることは無く、アークエンジェルに戻ったのである。