第110章  それぞれの胸の誓い


 

 北大西洋連邦本土、東海岸にある首都、ワシントン。そこにあるアズラエル財団のビルに、多くの人間が集ってきていた。そう、今日は久しぶりにブルーコスモス幹部の会合が行われる事になっていたのだ。
 その一同が集る会議室に向う廊下を歩きながら、アズラエルは自分の派閥に属する有力者に幾つかの指示を出していた。

「今日の会議の目的はジブリール君の暴発を抑える事にあります。そこんところを忘れないようにしてくださいね」
「はい、心得ております。ですが盟主、本当に宜しいのですか?」
「仕方ないでしょう。連合にもアルビムや自由オーブ軍が加わってきた以上、コーディネイターを無差別に排斥するわけにもいかないんですから。それに、プラントを叩き壊したら私は財界から縛り首にされてしまいます」
「それは分かります」
「分かるんなら、今日は彼を止める方向でお願いしますよ。出来れば非合法な手は使いたくありませんから」

 それは、ジブリール派がこちらの制御を受けない時は粛清するという意味だろうか。それを聞かされた有力者は僅かに顔色を変えたが、アズラエルは涼しい顔であった。彼は決して残酷な人間ではなかったが、必要とあれば平然と切り捨てられる男なのだ。

 そしてアズラエルは、顔を自分達から少し離れたところを歩いて付いてくる、白いスーツを着た女性に声をかけた。

「貴女も頼みますよ、マーガレット・ブリストルさん」
「……今更という気もしますが?」
「そう怖い顔しないで下さいよ。昨日の敵は今日の友と言うでしょう?」

 マーガレット・ブリストル。豊かな金髪をストレートにして背中に流している、28歳の女性だ。その瞳には年に似合わぬ鋭い光が宿り、アズラエルを射抜いている。彼女はブルーコスモスの現在の主流派から完全に外れた、現在では忘れ去られたブルーコスモス本来の活動をしているグループのリーダーだ。
 元々ブルーコスモスは反コーディネイター集団として誕生したのではなく、単なる自然保護団体だった。規模が大きいので乾燥地帯の緑化などの大規模な事も出来るのが強みで、今のテロ集団というイメージはプラントの関係悪化後に生まれたイメージに過ぎない。
 この自然保護に加えて戦争難民への支援を行っているのが、マーガレットのグループなのだ。もっともその知名度は低く、ブルーコスモス系の集団だと聞かされて驚く人も多い。目立つ方がイメージを支配するという好例だろう。当然ブルーコスモスをそんな危険な集団に変えてしまう力となったアズラエルに好感を持っている筈も無く、今もまるで親の敵を見るような目を向けている。
 オーブで難民支援をしていたのがこのグループで、結構活動範囲は広い。キースも強行派の台頭して抗争に巻き込まれるまではこのグループに協力していた。



 そしてアズラエルが会議室に入ると、既に集っていたブルーコスモスの重鎮達が一斉に席を立ち、アズラエルを出迎えた。彼等こそ地球連合に隠然たる支配力を持つブルーコスモスの中心人物たちであり、その中にはアズラエルでも侮る事は出来ない人間が幾人も含まれている。そんな彼等に気安い挨拶をして、アズラエルは自分の席に腰を下ろした。

「さてと、それでは会議を始めましょうかね」

 アズラエルの宣言で早速会議は開始された。それはまず世界各地でのブルーコスモスの活動と、今後の方針に付いての定例報告から始まり、世界の動きなどが並べられていく。それらはみんな個々に把握している事だたし、手元の資料にも掲載されている事だったので誰も口を挟まなかったが、やはり今後の方針に関しては意見が分かれた。ジブリールらの強行派はプラントの完全なる殲滅を唱え、ルフトを代表とする穏健派はそれに反対している。
 ここで間違えてはいけないのは、ここに居るほぼ全員が最終的にはコーディネイターの完全なる淘汰を目標としているという事だ。ただジブリールはそれを戦争を利用して皆殺しにする事を主張し、ルフトは時を待っての自然消滅を主張している。それだけの差なのだ。
 そして彼等の間に立つアズラエルはプラントの殲滅には反対であったが、地球市民の不満を抑える為、そしてプラントを脅して講和に向ける為にプラントコロニーを幾つか見せしめに破壊する事は必要と考えていた。彼の考えは常に利益を判断材料としていて、人道は余り考慮しない。もちろん企業イメージを極端に損なう事はしないし、イメージアップのために慈善事業は積極的に行っている。
 そんなアズラエルにとっては、昔はジブリールは使い易い便利な駒であったのだが、今では厄介な過激派となっている。

「あのムカツク砂時計を1つ残らず始末してこそ地球の安全が保障されるのだ。あんな物が空の上にあると思うと、我々は安心して眠る事も出来ん!」
「だからと言って皆殺しは過激すぎる。それに、軍部の負担も大きすぎるだろう」

 ジブリールがプラントの破壊を唱え、ルフトがそれを否定するという毎度のやり取りが繰り返されている。それを詰まらなそうに眺めていたアズラエルであったが、いきなりルフトに話を振られて目を瞬かせていた。

「盟主、盟主はどうお考えなのです?」
「私の考えは前に言ったとおり、プラントの完全な殲滅には反対ですよ。まだまだ搾取しないと勿体無いじゃないですか」

 アズラエルが何時も金で動く。それを良く知っているルフトはアズラエルらしいと思ったが、ジブリールはこの答えがいたく気に入らなかったようで、目に危険な光を宿して抗議をぶつけてくる。

「盟主は奴等を生かしておくと言われるのか!?」
「まあまあ、ジブリール君も落ち着きなさい。連合諸国もプラントの殲滅は望んでいないのですから、我々だけが暴走してもどうにもなりません」
「連合諸国の意思など関係ありますまい。清浄なる大地にNJなどを撃ち込んで汚した奴等には、相応の報いを与えるべきではないですか。NJの為にどれだけのナチュラルが犠牲になったのか、お忘れか!?」
「……それは忘れていませんよ。あの開戦初期の悲惨さを忘れられるわけが無いでしょう」

 NJで原子力発電所を使えなくなった事で、地球全域で深刻なエネルギー不足が起きた。これは地球の生産と流通を完全に破壊し尽くし、世界各国に飢餓と貧困が蔓延したのだ。特に元々裕福ではなかった国々は悲惨で、多くの餓死者を出してしまった。あの悲惨な過去を忘れることなど出来はしない。
 ジブリールは目を閉じて暫し過去に思いを馳せていた。突如として動力が停止し、何もかもが混乱に陥ったあの時のことは今でも思い出す事が出来る。都市部は大混乱に陥り、ライフラインも停止、水や食糧も届かず、多くの人が苦しんだ。そしてそんな人たちを助ける事も出来なかったのだ。
 あの惨劇を忘れてはならない。あの惨劇を繰り返さない為にも、コーディネイターを殲滅しなくてはいけない。そうしなければナチュラルが滅ぼされてしまう。それがジブリールの主張なのだ。

 ジブリールの言う事はアズラエルにも良く分かる。ジブリールはナチュラルがコーディネイターに滅ぼされてしまうのではないかと真剣に考え、そうさせない為に殺られる前に殺ろうとしているのだ。これはブルーコスモス内に多くの賛同を呼んでおり、ジブリールの派閥は侮れない勢力を持っている。アズラエルの中にもジブリールの主張に同意できる部分はあるため、彼を完全には否定できないで居る。
 ただ、アズラエルは感情論だけでは動かない。連合軍にプラントを殲滅する力はあるのか。それによるメリットとデメリットは。そして連合諸国はそれを認めるのか。世論は更なる戦争の長期化を望むのか。そして経済はこれ以上の戦いに耐えられるのか。こういった政治的、経済的な問題を無視する事は出来ないのだ。戦争は感情ではなく、政治的要求と損得勘定でやるものである。
 ジブリールはこの問題に対して感情が入りすぎている。それを省いてもう少し冷静な判断力を身に付ければ優れた指導者になれるのだが、この感情剥き出しの言動が彼を今の地位に留めてしまっている。もっとも、それも全ては地球とナチュラルをコーディネイターの脅威から守ろうとする、少し歪んだ使命感の発露であり、そういう意味では彼も自分なりの信念に基づいて動いている。

『ジブリール君も理想と信念の人ですからねえ。カガリさんもウズミ氏もパトリック・ザラも、そしてラクス・クラインもそうですが、こういう人は不器用にしか進めないんでしょうかね?』

 頭の中でそう呟き、アズラエルは口元だけで小さく笑っていた。もう少し肩の力を抜いて周囲を見回せば目的地に向う別の道もあるだろうに、自分の前にある真っ直ぐの道しか進もうとしない。
 それが悪いわけではない。信念を持たなければ事は成せない。何かを達成するには時として周囲を顧みず、形振り構わず突き進むことも必要なのだ。自分のように最善の道を求めて立ち止まって考えているよりも、それが良い結果をもたらす事もある。

 そんな事をアズラエルが考えている間にも、ジブリールとルフトの、強行派と穏健派の対立はどんどん激化していた。強行派はプラントの殲滅を譲らず、穏健派はプラントを降伏させる事を主張する。ここまではいつもの事なのだが、今回の流れがいつもと違うのは、アズラエルが率いる強行派の主流派が穏健派寄りの立場を取っている事だ。これで数では圧倒的に穏健派の主張が上回っており、ジブリール派の声は小さくなっている。
 加えて、マーガレット・ブリストルなども別の視点から降伏論に同調していた。

「我々としてはプラントとの戦争に落し所を探す事に賛成します。既に世界中に難民が溢れて、その数は日増しに増えています。私たちも出来る限りの支援を行っていますが、人手も予算もまるで足りません。このままでは戦争が終わった頃には世界は難民だらけ、という事になりかねません」
「その事は私も憂慮しているが……」

 難民の数が増える勢いに歯止めがかからない。この事を指摘されるとジブリールも勢いを弱めてしまう。ジブリールも戦争の影で苦しむ人間を見過ごしている訳ではなく、マーガレットたちに彼なりの支援をしてはいたのだ。
 だが、彼の最大の目標はあくまでコーディネイターの根絶であり、地球上に残るコーディネイターも残らず始末するのが到達点なのだ。その為のテロ行為に巻き込まれるナチュラルの犠牲にはあえて目を瞑っている。この辺りの多少の犠牲は理想実現の為には止むを得ないと考える辺りが、彼が狂気に憑かれていると言われる所以なのだ。アズラエルがジブリールを評価しながらも排除しようと考えているのもこの狂信的なコーディ排斥思想にある。
 
 この収拾の付かない会議の方向を決定付けるのは、やはりアズラエルしか居ない。全員の話しを黙ってきていたアズラエルは、その混乱した場を収めるようにようやく口を開いた。

「ジブリール君の言い分も分からないではありませんが、やはり今はコーディネイターの完全なる根絶は無理がありすぎます。また、プラントの排除も困難でしょう。私たちが望んだとしても、ロゴスを含む財界が反対してきます」
「盟主!?」
「それに、連合にはアルビム連合やオーブ自由軍がいます。アルビム連合はコーディネイターの組織ですし、オーブ自由軍にもコーディネイターは含まれて居ます。どちらもこれからの戦争遂行に欠かせない勢力ですから、プラントを屈服させる為には彼等に対する待遇を考えないといけないんですよ」

 大西洋連邦単独で地球の全てを守る事は出来ない。アルビム連合は赤道連合と共に大洋州連合と南太平洋のザフトを押さえ込んでくれているし、自由オーブ軍は地球軌道を守る基幹戦力となりえる。どちらも欠く事が出来ないのだ。そして味方をしてくれる者には相応の報酬を渡さなくてはならない。飴と鞭とは古来から続く陳腐な統率手段であるが、有効だからこそ陳腐化したのだ。
 そしてアズラエルは、味方をしてくれる勢力には相応の処遇をするつもりであった。アルビムもオーブ自由軍もこちらに付いたのだから、戦後はそれなりの待遇をしてやらなくてはいけない。アルビムには領土の割譲、オーブには独立と戦後復興資金の保証くらいはしてやらねばなるまい。どちらも大洋州連合からの戦後の賠償で賄う事が出来る。

「ブルーコスモスとしては当面は連合に組しているコーディネイターに対する攻撃を禁じます。また、各国からの抗議もありますので連合諸国でのテロ行為も自粛していただきますよ。これはお願いではなく、ブルーコスモス盟主としての命令です。今余計な事をされて、連合内での私の発言力を落とされては困りますからね」

 それが誰に対して下された命令かは確認するまでも無い。ジブリールは顔色を変え、屈辱に青褪めながら感情を必死に押さえ込んでいた。ジブリールも決して愚かではない。アズラエルに逆らうという事はブルーコスモス内ので地位の低下を招くだけではなく、ロゴスを含む大西洋連邦の財界と、更に政界も一部も敵に回す事になる。アズラエルにはそれ程の強大な力があるのだ。これに逆らえば自分など社会的に抹殺されかねない。この若さでブルーコスモスの盟主となり、軍需産業連合の理事を務めているのは伊達ではない。
 逆にルフトは満足げな顔をしている。ブルーコスモスの基本方針が自分の望む方向に向いた事が確認されたからだ。だが、マーガレットは浮かない顔をしている。ブルーコスモスがテロを中止してくれるのはありがたいのだが、彼女としては自分の活動への支援がどうなるかが問題なのだから。



 ブルーコスモスの方針が決定した後、建物を後にしたジブリールはアズラエルを頭の中で10回ほど拷問して殺した後、忌々しげに吐き捨てた。

「くそっ、裏切り者が。だからあの男を盟主にするのは反対だったんだ」

 だが、アズラエル抜きではブルーコスモスは今の権勢を維持出来ない。それを考えるとアズラエルを排斥する事も出来ないのだ。それに、そんな事をしようとしても恐らく先に自分が潰されてしまう。
 だが、ジブリールはこのまま引き下がるつもりは無かった。連合諸国内でのテロは封じられたかもしれないが、ならば親プラント国に目を向ければ良いのだ。

「大洋州連合とアフリカ共同体、そしてオーブにブルーコスモス思想を広める工作を進めるか。現地人がザフトへの反感でコーディネイターを襲うのなら私の責任では無いからな」

 親プラント国にも当然ながら反コーディネイター感情はある。彼らの中にはザフトを侵略者と看做して抵抗運動をする者も居るからだ。こういった人々にブルーコスモス思想を広め、自分たちの尖兵に仕立て上げようとジブリールは考えていた。必要なら武器の援助もする。

「青き清浄な大地から、薄汚いコーディネイターを1人残らず始末してくれる」

 ナチュラルをコーディネイターから守るという使命感を持つジブリールであったが、行き過ぎた理想は人を狂気に駆り立てるのだろうか。





 この会議が終わった後、アズラエルは自分の会社に足を運び、開発部の人間を呼び出してとんでもないことを命令していた。

「105ダガーの廉価版の開発を急げ、ですか?」
「はい。105ダガーは高価ですから数が中々揃いません。そしてザフトが投入してきているゲイツにはストライクダガーでは歯が立たず、105ダガーでなくては対抗できません。よって105ダガーの廉価版が早急に必要となっているのです」
「ですが、そうなりますとクライシスの量産型、ウィンダムの開発に支障が出ますが?」
「構いません。ウィンダムが必要になるのはポアズ攻略頃でしょうから、それまでに仕上げてくれれば結構です」

 当面はゲイツに対抗できる機体が欲しい、というアズラエルの要求により、後にダガーLと呼ばれる事になる新型の開発が加速される事になった。これが完成すればゲイツに十分対抗できるというのがアズラエルの見通しなのだ。クライシスをベースに開発されているウィンダムは確かにゲイツを圧倒できるだろうが、これは今すぐ必要なわけではない。
 また、これとは別にアズラエルは1つのとんでもない命令を出していた。

「超高性能機の開発、ですか?」
「はい。クライシスもかなり強力なのですが、ザフトが最近になって投入するようになった新型、フリーダムとジャスティスという機体はこれを超える性能を持っているようです。パナマではあのエンディミオンの鷹、ムウ・ラ・フラガ少佐でさえジャスティスを相手に劣勢を強いられたそうですから」

 これはアズラエルにとって完全に想定外のことであった。クライシスはザフトMSを圧倒しうる性能を与えられていた筈なのに、ザフトはこれを越える機体を投入してきたのだ。これは既に複数存在する事が確認されていて、将来的に大きな脅威となる事が予想されている。そこでアズラエルは、連合の技術を結集した高性能機の開発をする事にしたのだ。

「完全な新規開発をしろと言っているのではありません。クライシスをベースに現在導入できる限りの技術を集めて、ザフトの新型を打倒しうる機体を作って欲しいのですよ。採算が取れないのは承知のうえです」
「そこまで仰るのでしたら、やってみますが。ユーラシアから光波防御帯、東アジアから量子通信技術などの技術提供は受けていますから、あとはオーブなどにも協力を求めたいですね」
「出来るだけの手配はしましょう」
 
 ナチュラル最高レベルのエースが使う、連合最強のMSでさえ対抗できない機体がザフトにはある。そしてそれは少しずつ数を増やしていて、地上と宇宙で連合部隊に打撃を与えるようになっている。まあパナマでフラガを撃破したジャスティスはよほどの凄腕が使っていたようで、フラガのクライシスに残されていた記録映像から得られたデータだと、クライシスを使っても対抗できるのは連合最高のパイロットと言われるアルフレットくらいだという回答が出されている。
 こんな化物が量産されている。更に情報部からの報告でこの機体、フリーダムとジャスティスの簡易量産型とも言える機体の開発が進んでいるというのだ。これは2つの機体をほぼそのまま生産するか、双方の特徴を融合させた新型となるかの2つの案があり、まだどちらが採用されるかは決まっていないようだという。
 そしてフリーダムのデータを転用したゲイツの強化計画や、ゲイツに続く新たな主力機の開発も進んでいるらしい。更にプラント側ではニューミレニアムシリーズと呼ばれている主力機開発計画と、セカンドステージという名前のみ判明している2種類の開発を並行して推進しているという情報もある。これかの情報から、ザフトは物量に質で対抗する戦略を更に推し進めているのではないかと考えられていた。
 アズラエルはこれらの新型開発が間に合うとは思っていなかったが、もし間に合うと洒落にならない事になる。それを考えて、保険の意味を込めてウィンダムの開発も進めさせていたのだ。

「しかし、ここまで新型の開発を同時並行で推し進めるだけの国力がプラントにあるんですかね? 大西洋連邦でも無茶だと思うようなペースですよ?」

 アズラエルにはこれはプラントの国力の限界を超えていると考えている。こんな無茶を積み重ねれば、プラントは連合との決戦を待つまでも無く内部から自壊するのではないか。アズラエルはその可能性を考え、プラントは何を血迷ったのかと考えていた。





 このアズラエルが警戒しているザフトの新型機開発計画は、プラントで本当に進められている計画であった。ゲイツの改良型は既に試験レベルに達しており、テスト目的の追加パックが地球にも送られ、ジュディなどが運用していた。エクステンション・アレスターの代わりに装備したフリーダムのレールガンの改修型で、概ね好評を得ていた。シールドはドレッドノートのシールドが採用される事になっている。
 そしてフリーダムとジャスティスの量産型は、性能を維持しつつコストダウンと整備性、操縦性の向上を目指したモデルとなる。ザフトは2機種を同時に運用する道を選んだのだ。これはザフトが、過去に幾度も試みられて失敗してきた考えを現代に蘇らせたせいだ。ザフトは貴重になったベテランにこれらの化物MSを預け、少数精鋭で圧倒的多数の連合を迎え撃つという事を考えていたのである。もう新兵などに期待をかけるのを止めたのだ。この量産型は生産が始められていて、初期ロットが艦隊に配備されている。
 そして、ゲイツに続く次世代機、ニューミレニアムシリーズとセカンドステージと呼ばれる機体群の開発も推し進めている。これらの機体は今回の戦争には間に合わないとしてプランだけで終わると思われていたのだが、モルゲンレーテを接収して技術データを入手できた事で開発の目処が立ってしまった。新型バッテリーや改良型PS装甲、バックパック換装システムなどなど、プラントが遅れていた技術が一度に入手できたために問題の幾つかが解決してしまったのだ。
 セカンドステージは難しいだろうと期待は薄かったが、ニューミレニアムシリーズは早期に開発できるかもしれないと期待が持たれ、開発が促進されたのだ。ただ、この新型機の開発ラッシュはザフトの予算に皺寄せを及ぼしており、その影響は前線の装備に影響を及ぼす事になる。



 そして、プラントではアメノミハシラ攻略部隊の編成が進められていた。アメノミハシラには重数隻の艦艇が存在し、多数のMSが配備されている事が確認されている。これを攻略するには相応の戦力を投入する必要があるが、オーブを脱出した部隊にはフリーダムが含まれているので、こちらもフリーダムやジャスティスを投入する必要がある。
 この部隊の指揮官には、最初エザリアはマーカスト提督を当てようと考えていた。ザフト最高の名将の1人であり、任務の重要性を考えれば当然の事だと誰もが思ったのだが、この部隊の指揮官に任命されたのは先のオーブ戦でも艦隊を指揮したハーヴィック提督であった。
 実は、最高評議会からこの命令を伝えられたマーカストは、驚いた事にこの作戦に真っ向から反対したのだ。

「お断りします」
「何故だ、時間を置けばアメノミハシラにも大西洋連邦の部隊が入る。そうなってからでは遅いのだぞ。無理を重ねているのは分かっているが、ここはやって欲しいのだ」

 マーカストが断わった理由を、エザリアは戦力的に無理だからなのだと考えたのだが、マーカストが反対した理由は違った。彼はこれ以上の戦争遂行そのものに反対していたのだ。

「議長、既にザフト宇宙艦隊は限界を超えております。アメノミハシラを破壊する事は不可能ではないでしょうが、その作戦で更に何隻の艦を、何機のMSを、そして何人の将兵を失うと思いますか。もう艦艇の要員は定数を満たせなくなっているのですよ。乗組員となる人材が枯渇しているのです」
「補充兵は送っているはずだが?」
「補充兵が、何とか使えるようになるまでに最低3ヶ月は必要です。送って頂いた補充兵はまだ前線に出せません。そしてパイロットの養成には半年はかかるという事を理解していただきたい」
「……それで、君は何を言いたいのだ?」

 ジェレミー・マクスウェルが苛立たしげに問う。彼が何を言いたいのか、何となく理解出来てきたのだろう。

「簡単です、ザフトにはもう戦闘能力は残されていないという事をお伝えしに来たのですよ」
「軍人の君が、戦えないと言うのか?」

 アイリーン・カナーバが意外そうに聞いてくる。ザフトの艦隊司令官の中でも勇将、猛将として知られる、自他共に認める武人型の軍人が戦えないなどと言い出したのだから。マーカストはカナーバに頷いてみせると、エザリアの目を見てキッパリとした声で自分の考えを伝えた。

「議長、ザフトが戦えなくなる前に地球と講和を結ぶべきだと私は思います。我々はアラスカで勝ち、パナマでも勝ち、オーブを攻略して南太平洋の戦線を押し戻しました。我々はまだ形の上は勝っているのです。ここで矛を収め、講和という道を選ぶべきでしょう」

 マーカストはずっと前線で戦い続けてきた。そして連合が徐々に手強くなり、それに反比例してザフトが弱体化している事も知っていた。元々大軍を少数精鋭で撃破することが大前提だったのだが、質で連合が追いついてくるに連れてこちらの消耗が増え、質が低下してきたのだ。これではもう戦うことは出来ない。
 地球降下作戦の頃に抱いていた目標、地球を屈服させて城下の盟を誓わせるなど、今では性質の悪い冗談としか思えない。自分達はナチュラルを侮りすぎていたのだ。いや、自分たちが優れていると奢り、所詮は遺伝子を弄っただけの人間なのだという事を忘れた報いを受けているのかもしれない。ナチュラルも無能ではない、必死になった人間というものは信じられない力を発揮するものだ。
 多くの経験がマーカストの考えを変えていき、遂にこの戦争を続ければプラントは負けると確信するに至った。だから彼はエザリアに軍事的な問題を理由にこれ以上の戦争継続は困難である事を伝えたのだ。だが、その決意はエザリアに届く事は無かった。

「良かろう、戦えないなどと言う軍人に用は無い。この任務はハーヴィクに任せよう。マーカスト提督、君は別命あるまで自宅で謹慎していたまえ」
「……議長、貴女はどういう未来を見ているのですか?」
「決まっている、我々コーディネイターが主導する、新しい時代だよ」

 何を分かりきった事を、という感じで答えるエザリア。それを聞いたマーカストは何を言うでもなく、ただ黙って敬礼をして議場から退室して行った。それを見送ったカナーバやカシムは痛ましげな視線を送っていたが、彼女等には何も言う事は出来なかった。
 ただ、まだ憤懣治まらない様子のエザリアに対して、ジュセックが彼を如何するつもりなのかと問い掛けた。

「議長、マーカスト提督を首にするつもりかな?」
「…………」
「私は反対だよ。彼は有能な指揮官だ。彼が抜けた穴を埋められるのかね?」

 人材はザフトが優位を保つ上で必要不可欠なものだ。そしてマーカストに替わる様な艦隊指揮官はザフトにはアラスカ降下作戦を指揮したウィリアムス提督くらいしか居ない。彼は現在連合の遊撃部隊を借り出す作戦を指揮しており、プラントには居なかった。
 ジュセックからこの事を問われたエザリアは、暫し無言であったが、遂には諦めたようにジュセックの言葉に頷いて見せ、彼には別の仕事をしてもらうとだけ答えている。

 この数日後、マーカストに与えられた任務は輸送船団の護衛という、かなり日陰な仕事であった。これまでの彼の経歴や活躍を考えれば侮辱とも取れるような任務であったのだが、マーカストは周囲の予想に反して淡々とこの任務を引き受けている。彼がオペレーション・メテオの時に旗艦としていたナスカ級巡洋艦シエラをそのまま継続して与えられ、ローラシア級4隻を連れて地球への輸送船団の護衛をする事になる。





 オーブの軍事拠点、アメノミハシラ。ここにはカガリを中心とする残党戦力が集っていたのだが、カガリの演説以降、世界各地の在外オーブ国民の中から志願兵が集るようになっていた。大西洋連邦では連合に参加を表明した自由オーブ軍が承認され、アメノミハシラへの支援が決定されている。ただ未だにパナマのマスドライバーは直っておらず、補給物資や人員をトラック環礁で再編中のティリング率いるオーブ海上艦隊に回されている。ティリングもカガリの演説を聞いて連合への協力を申し出てきたのだ。
 ただ、いまだに艤装が終わっていないタケミカズチはハワイに回航されており、そこのドックで大西洋連邦の装備を取り付けられていた。タケミカズチ以外にも損傷の酷い艦はハワイで修理していて、同様の処置を施されている。これはトラックで修理を受けた艦も同様であった。
 アメノミハシラには月から物資を運ぶことがまず考えられたのだが、これは直ぐに困難である事が分かった。ザフトはアメノミハシラを艦隊で封鎖してしまい、物資が入らなくしてしまったのだ。補給を断って弱体化させようというのだろうが、月基地も補給が乏しくなって以来積極的な動きを見せなくなている。少ない物資を使い伸ばす為、戦闘を避けるようになっているのだ。

 物資が入らない厳しい状況のアメノミハシラで、一際異彩を放つザフト製のMSがある。フリーダムだ。フリーダムはモルゲンレーテで大改修を受けており、オーブの部品で直せるようになっている。だが、それ以上に問題視されたのがフリーダムの動力炉に関わる重要な部品、NJCの存在だった。
 この機体を調査したクローカーは直ぐに核動力とNJCに気付き、これをウズミに報告したのだが、何故かウズミは何も言っては来なかった。仕方なくクローカーはこのデータを保管したままでいたのだが、それは今カガリの手に渡されていたのだ。
 NJC、そんな物を渡されたカガリは困った顔でクローカーを見た後、如何した物かとミナとユウナに相談していた。

「なあ、どうしたら良いと思う、これ?」
「大西洋連邦に高く売りつければ良い。核を復活させられると知れば、どんな譲歩でもしてくるだろう」

 カガリの問いにミナは相変わらずな調子で答えてくれる。ミナの考えは合理性だけを求めているので、マキャベリズムに従うのならミナの答えに頷けるのだが、カガリは残念ながらマキャベリストではなかった。

「でも、そうなるとプラントに核攻撃するんじゃないのか?」
「その可能性もあるが、これは既にザフトも保有している技術で、ここには核動力MSが存在している。既にザフトは核を使っているのだぞ、カガリ」
「……敵が持ってるものはこっちにも必要って理屈は分かるんだけどな。また血のバレンタインが再現されるんじゃないかって、それが不安なんだ」
「その心配は意味が無いだろう。先の第8艦隊の殴り込みで、第8艦隊は通常の砲撃を集中してプラントコロニー1基を完全破壊、多数を損傷させている。核を使っても使わなくてもコロニーは破壊できる。それに、核ミサイルはコロニー攻撃には余り効果的では無いしな」

 既に長距離から目標を狙撃できるビーム砲が艦船には標準で装備されている。ビームは発射されれば迎撃は殆ど不可能なので、有効な防御システムが無ければ目標を確実に破壊できる。これに対してミサイルは着弾までかなりの時間がかかる。その間に迎撃されてしまえば何の意味も無いのだ。レーダーが余り信頼できない現代戦ではアクティブ・ホーミングは期待できず、核を有効に使うにはかなり接近する必要がある。艦砲でも破壊できる目標を仕留めるのに、わざわざ危険を冒して接近攻撃する必要は無いだろう。

「私ならNJCをまず原子力発電の封印を解くのに使う。これで原発と原子力空母が使用可能になるから、状況は劇的に変わる事になる。エネルギー問題が解決すれば大西洋連邦の生産力は劇的に改善される筈だからな」
「そうなれば、連合の反撃が速まるな」
「そうだ、そうすれば戦争も早く終わる。犠牲になる者もそれだけ少なくなるだろう。物事は常に良い面と悪い面を持つという事を忘れるなよ」

 核の脅威を戦火の拡大に繋がると危険視するか、それとも戦争の早期終結への切符と見るかでNJCの価値は大きく変わる。また、これがあれば地球のエネルギー不足は一気に解消し、飢餓に苦しむ人々を救う事が出来るだろう。
 だが、連合が著しく強化されれば、プラントは殲滅されてしまうのではないか。それがカガリには気がかりだった。

「……ユウナはどう思う?」
「僕はこれの今後の扱いより、プラントが何でこんな物を作ったのかが気になるよ。プラントは全ての核を放棄すると宣言していたのに、それを自分から破っている」
「核動力機が欲しかったんだろ。フリーダムの強さはお前も見ただろ」
「フリーダムは確かに凄いけど、これが連合に渡る可能性のが問題だと思う。プラントはこれを積んだ機体が鹵獲される可能性を考えてなかったのかな?」

 兵器とは使えば必ず失われる日が来る。過去にどれほど多くの兵器が敵に鹵獲され、技術が流出しただろうか。世界で始めての原子爆弾の使用時も、まず爆撃機が撃墜されてこれが敵に渡る事が何よりも懸念されたのだ。
 そして、今NJCは自分たちの前にある。確かにフリーダムは魅力的かもしれないが、余りにもお粗末ではないか。本当は別の目的、核動力MSなどよりもずっと重要な目的のためにこれは開発されたのではないかとユウナは考えていた。
 だが、それが何なのかは情報が少なすぎてどうしようもない。この問題はこれ以上考える事は出来ないと諦めるしか無いだろう。

「まあ、僕も大西洋連邦に高く売りつければ良いと思うよ。相応の代価は要求してさ。オーブを取り戻して、更に戦後復興への協力への代金にはなると思うし」
「そうか、分かった。じゃあこれはアズラエルにでも渡すとしよう。交渉はミナ、あんたに任せて良いか。私じゃアズラエルに手玉に取られそうだ」
「……ふっ、分かった、引き受けよう」

 カガリに頼まれたミナは、僅かに苦笑を浮かべてこの頼みを引き受けた。ミナがこういう態度を取るのは珍しいのだが、自分に出来ない事を素直に他人に任せるカガリがよほどおかしかったのだろう。
 そしてカガリは、この問題をミナに任せて他の別の懸案を話し出した。指導者となったカガリには様々な仕事が集中しているので、やる事は幾らでもあったのだ。

「早くオーブを取り戻さないとな。そして戦争を一刻も早く終わらせる。それが私たちの目標だ」





 そして、キースは1人の引き篭もり少年の元を訪れていた。アメノミハシラに到着して2日たってもシャトルから出てこないキラを引っ張り出す為に。だが、シャトルに乗り込んでキラがいるらしい部屋の前にやってきたキースは、インターホンでどれだけ呼び出しても反応が無い事に苛立ち、強制的にロックを解除させて中に足を踏み入れた。

「おいキラ、何時まで閉じ篭ってるつもりだ!?」

 中に足を踏み入れたキースは、そこで思わず足を止めてしまった。そこでは無重力状態の中で虚ろな目をしているキラが、椅子に腰掛けてじっと一枚の写真に視線を落としていたからだ。ただ、その瞳には光が無く、写真を見ているのかどうかさえ定かではない。
 キースはそんなキラを見てふうっと溜息を漏らし、自分が入ってきても何の反応も見せないキラの手からその写真を取り上げた。

「…………」
「ようやく俺に気付いたか?」

 写真を取り上げられたキラが虚ろな目でぼんやりと自分を見上げている。それを見たキースは、その余りの情けない表情に呆れるよりも情けなさを覚えてしまった。そして、次に来る反応を予想して少し警戒をする。
 そしてキラは、それまでの生気の無さが嘘のようにいきなりキースの手から写真を取り戻そうと飛び掛ってきた。これを予期していたキースは後ろにステップしてキラの手をかわしている。

「返せよ、写真を返してくれ!」
「参ったな、まさか、ここまでおかしくなってるとは。俺が誰だかも分かって無いのか?」

 どう見ても正気では無いキラの様子に、キースは顔を顰めていた。口調がいつもと違うし、いきなり襲ってくるのもキラらしくは無い。どうやら精神的な負担で何かが壊れてしまったようだ。
 キラは血走った目でキースに向って殴りかかってくる。その目は昔の自分や、父親が死んだ直後のフレイにとてもよく似た、余裕をなくして自暴自棄に走った人間の目になっている。その攻撃を軽いステップで躱しながら、キースは苛立たしげな声をぶつけた。

「この馬鹿が、無くしたのはお前だけじゃないんだ。自分が一番不幸だとでも思ってるのか!?」
「ああああああああっ!」
「こりゃ駄目か、何も聞こえて無い」

 写真を後ろに飛ばして両手を開けると、キースは自分に掴みかかってきたキラの両腕を掴み、逆に関節をきめて壁に押し付けてしまった。この辺りは身体能力には優れていてもど素人のキラと、一通りの訓練を積んでいるキースの経験の差が出ていただろう。無重力への慣れもキースのが上なのだ。素手の勝負では同じ素人のサイとキラなら身体能力がまるで違うサイに勝ち目は無いかもしれないが、訓練された人間には素人では運動能力が高いという程度では歯が立たない。まあ、3人がかりなら素人でも確実に勝てるのだが。
 激痛に悲鳴と怒りの声を漏らすキラ。そして、キラをねじ伏せた姿勢でキースはキラに問い掛けた。

「少しは目が覚めたか?」
「離せ、離せよっ!」
「そういう事言う子には、おしおきかな」
「あぎゃががががががっ!」

 ニッコリと笑顔浮かべてちょっとキラの関節を曲がる筈の無い方向に動かしてやるキース。それでキラが悲鳴の絶叫をあげ、暴れて更に激しい痛みに苦しんでいる。その悲鳴を暫く楽しんだ後で、キースは少しだけ力を緩めてやった。腕関節が緩んだ事でキラが痛みから解放され、荒い息を付いている。

「どうだ、今度は目が覚めたか?」
「な、何が…………え、キースさん?」
「やっと俺だと気が付いたか」

 呆れ混じりにそう呟いて、キースはキラを解放してやった。キラはまだ状況が理解できていないようで、痛む右腕の肘を左手で揉んでいる。そしてキースは漂っている写真を摘むと、キラに放ってやった。

「全く、フレイもそうだが、思い込んだら回りが見えなくなるなお前は」
「…………」
「フレイが落とされたのがショックなのは分かるし、自分の不甲斐なさを許せない気持ちも分かるが、もうすこし冷静になれ。それにフレイは多分生きてる」
「…………は?」

 フレイが生きてる。と言われて、キラは間抜けな顔で間抜けな声を出してしまった。その様を見たキースはやれやれと呆れた顔になり、胸ポケットから折り畳んだ写真を取り出した。それはフレイのM1が撃墜されたときの映像を纏めた連続写真のようだ。

「全く、自分の機体の記録くらい確認しろって。フレイのM1は左肩を撃ち抜かれたあと、滑走路に叩きつけられてるが別に機体が爆発したわけじゃないし、四肢や頭は千切れてるが胴体は原形を保ってる。シモンズ技師やクローカーさんとも話したが、M1はコクピットが無事ならパイロットは生きてる可能性が高いと言っていたぞ」
「……フレイが、生きてる?」
「実戦でも胴体が原形を保ってればパイロットは生存してる事が多いだろうが。だからフレイはまだ死んだと決まったわけじゃない。いや、きっと生きてる」

 まあ、コクピットの中であれだけ振り回されれば怪我くらいはしてるだろうが、と小さく呟く。フレイは自分が散々に鍛え上げたので、対Gや対衝撃能力は優れていると確信しているので。まあ生きてるだろうとキースは考えていた。
 実は、キースはエリカに頼んでM1の緊急安全装置を試してみて、コクピットがエアバッグで埋め尽くされるこのシステムならコクピットが無事なら、ちゃんと作動すればパイロットは無事だろうという説明に納得もしていた。ただ、このエアバッグは結構きついので2度も体験したいとは思わなかったが。
 そして、なんだか安堵して肩を落として脱力しまくっているキラを見て、キースは胸のうちに悪戯心が湧き上がってくるのを感じてしまい、余計な事を付け加えてしまった。

「でも、ザフトの占領地域での悪逆非道ぶりは有名だからな。捕虜になったとしたら、フレイも無事で済むかどうか。美人はこういう時は不利だからな」

 わざとらしく深刻そうに呟くキース。それを聞かされたキラは安堵の表情をピシリと凍りつかせ、そして今度は見ていて滑稽なほどに慌てふためいている。それを見たキースはこらえきれないという風に噴出すように笑い出し、困惑しているキラに悪い悪いと謝った。

「大丈夫だ、とりあえず今入ってきてる情報じゃ、ザフトはオーブでそれ程悪さはして無いらしい。投降した兵は武装解除された上で解放されたようだから、フレイもたぶん大丈夫だろ」
「…………キースさん、貴方って人は」

 キラの目が据わり、右拳が握り締められている。それを見てキースは、からかいすぎたことを理解してこめかみに冷や汗を伝わらせていた。



 この後、司令部にようやく顔を出してきたキラにカガリが喜んだのだが、それに続いて右頬を思いっきり腫れ上がらせたキースが入ってきたのを見て何事がと驚いてしまうのだった。何があったのかと問われたキースは、少し自嘲気味に答えている。

「いや、ちょっとからかいすぎた」
「はあ?」

 訳の分からない答えにカガリは首を捻ったが、まあキラが出てきたから良いかと割り切り、それ以上問い詰める事はしなかった。

「キラには悪いけど、余裕が無いから休ませてやる暇は無いぞ。現在の状況だが、はっきり言って物凄く悪い。アメノミハシラの周辺にはザフトの巡洋艦がうろついてる有様だ」

 カガリがコンソールを操作して周辺の宙域図を表示させる。そこにはアメノミハシラを中心として月や地球を含む周辺航路が表示された。

「見れば分かると思うが、周辺はザフトの艦隊に封鎖されてる。月の連合軍もザフトに邪魔されてこちらにこれないみたいだ。物資も届いていない」
「じゃあどうするの?」
「物資は暫くは大丈夫だ。アメノミハシラの備蓄で賄えるからな。こちらから打って出るのは無茶だから、暫くここで篭城をして、連合軍が周辺艦隊を蹴散らしてくれるのを待とうと思う」

 また随分と消極的な判断だとキラは思ったが、それが精一杯というほどに現在の状況は悪かったのだ。残された物資は防衛用と訓練用に使われる事になっており、こちらから打って出る事はしない。敵が攻めてこれば反撃するが、こちらから攻撃する事はしない。これがカガリの立てた当面の方針だった。
 そしてカガリは、キラにMSパイロットたちの訓練を頼んだ。キースにも頼んでいるが、やはりMSのことはMSに乗る人間で無いと分からないからだ。これにキラは教官なんかやった事無いと自信無さそうに断わろうとしたのだが、キースと一緒にやってくれとカガリに懇願されて渋々頷いている。
 こうしてキラはフリーダムでオーブ軍パイロットを鍛える仕事をする事になる。まあようするにキースに言われた仕事をこなすだけなのだが、これはキラに大変な負担を強いる作業であった。そう、キラはその性格上、人の上に立って指導するという仕事にまるで向いていなかったのだ。
 新人パイロット達に落ち着かない様子でたどたどしい指示を出しているキラの様子を見て、キースは何とも言えない顔をしてこう呟いていた。

「頭が良いからといっても教師に向くとは限らん、か」




後書き

ジム改 アメノミハシラに対する攻略の準備に入りました。
カガリ プラントがだんだん自分の首を締めてるように見えるのは気のせいか?
ジム改 気のせいだな。
カガリ 嘘付けえ。どう見てもヤバイだろこれ!
ジム改 大丈夫だ、連合もわりとヤバイ。
カガリ 何処か?
ジム改 アラスカからここまで、大きな戦いでは負け続けだから。
カガリ 戦略的にはザフトが圧倒的に不利になってきてるだろ。
ジム改 全体を見ればそうだけど、そんな事は国民には理解できないのだよ。理解しろってのは無茶だ。
カガリ つまり、一度どこかで勝たないといけなくなってきてるって事か。
ジム改 そういう事。国民の支持が無いと戦争継続なんて出来ないからな。
カガリ そうか?
ジム改 そうでなけりゃ、何で国民に情報操作なんかする必要がある。
カガリ まあ、戦果は誇大に、被害は希少に知らせるのが戦時の常識だけど。
ジム改 これは独裁国家だろうが民主国家だろうが同じだ。国民が協力してくれないと戦争は出来ん。
カガリ んで、次はどうなるんだ?
ジム改 次回、NJCによって大西洋連邦の原発が動き出す。アズラエルは久しぶりの朗報に機嫌よくスカンジナビア王国を目指した。そしてハワイではカオシュン攻略を前提とした部隊の編成が始まる。これと連動するように極東連合も艦隊を集めだす。そしてアルスター邸でとんでもない騒動が。次回「臨界点」で会いましょう。
カガリ 遂に限界に達したか。

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