第114章  欧州の反撃


 

 今から半年前に行われたユーラシアのヨーロッパ反攻作戦、アークエンジェルも加わって行われた大反抗によってユーラシア連邦はヨーロッパ第2の軍事拠点だったザグレブ基地を失った事で戦線の大幅な縮小を余儀なくされ、その防衛線はかつてフランスと呼ばれていた国の国境線にまで後退していた。ユーラシアのヨーロッパ方面軍はベルリンに総司令部を置き、ブリュッセルとベルンを前線拠点として対峙していた。対するザフトはパリに前線司令部を置き、ユーラシアと熾烈な消耗戦を戦ってきた。
 だが、ユーラシアはストライクダガー、そしてユーラシアで改修したレギオンをブリュッセルに集結させ、一気にパリを攻略、そのままイベリア半島に突入、ジブラルタルを直撃する作戦を発動させた。作戦名「マーケット・ガーデン」の開始であった。

 マーケット・ガーデン作戦の発動と同時にザフトとの前線に突入したのはクライスラー中将率いる第2軍だった。これはコリンズ大将が率いるヨーロッパ方面軍の主力となる部隊で、同時にベルンを出撃した第4軍と共にジブラルタルを目指す事になる。リヨン、モンペリエ、バルセロナを攻略し、マドリードで第2軍と合流する予定になっている。
 クライスラー率いる第2軍はフランス平原を突破してパリを攻略、そのままボルトー、ビアリツを抜けてマドリードを攻略、第4軍と合流して一気にジブラルタルを突くのだ。
 この作戦を支援する為にイギリスに集結している大西洋連邦の第2艦隊と第6艦隊が揚陸艦隊と共に出撃し、イベリア半島南部にあるリスボン攻略に出航している。ここに大西洋連邦軍3個師団を上陸させ、イベリア半島に展開しているザフトを背後から脅かそうというのだ。また、ユーラシアの北海艦隊も出撃し、ブルターニュ半島に1個師団を揚陸する任務を帯びて出撃している。こちらは同時に第2軍集団の支援任務も帯びていた。
 更にタラントを出航したユーラシア地中海艦隊と黒海艦隊も途中で合流した揚陸部隊と共に出撃し、バレンシアとバレアレス諸島の攻略を行う。バレアレス諸島のイビサ島には飛行場があり、ここを押さえればイベリア半島全てを航空機の行動半径に納められる。しかも島なのでザフトの反撃を受ける心配も少ない。

 第2軍の先方を務める第5軍団は4個師団を要する大軍で、膨大な数の車両とMSを持ってザフト防衛線に突入した。この先頭に立ったのはユーラシアがストライクダガーを改修して開発したレギオンだ。レギオンはビームライフルと光波シールド、ビームサーベルを基本装備とし、防御面では非常に優れている。
 この大軍に対してザフトは果敢に立ち向かったのだが、圧倒的な大軍を前にただ飲み込まれていくだけであり、その努力は津波を手で押し留めようとするかのように無意味な物となっていた。
 重突撃機銃などレギオンには何ほどの脅威ともならない。光波シールド以外にもレギオンは装甲をストライクダガー以上に強化されていて、76mm弾にある程度耐える事が出来る。
 レギオン部隊が正面に現れたジンやシグー、ザウートを次々に仕留めていく。火力と防御力で圧倒されていては勝負にはならない。ただ、装甲の強化は機動性に皺寄せを及ぼしており、足が遅いのがレギオンの悩みだ。この弱点を知るザフトはMSを側面に回りこませたかったのだが、今回は敵の数が多すぎて回り込む側面が無かった。何処を見てもMSと戦車が居たのだ。
 加えて後方からは重砲とロケット、ミサイルが休み無く放たれてザフトの後方部隊に叩き込まれている。ザフトの支援部隊も重砲やザウートで反撃を加えているのだが、火力差が大きすぎて話にもならなかった。

 この地上部隊の苦戦を見て、ザフトは後方からディンとラプターを出して支援をしようとしたのだが、戦場の上空には数百ものサンダーセプターとユーラシアだけが運用しているファルクラムが飛び回っていて、やってきた200機程度のディンやラプターはこの戦闘機の大軍を突破する事は叶いそうにも無い。
 ファルクラムはユーラシアが開発した新型主力戦闘機で、サンダーセプターよりも運動性能を重視した格闘戦型の戦闘機となっている。空戦性能はラプターと対等に戦えるレベルを達成したのだが、ラプターを意識しすぎた為かそれ以外の性能がパッとせず、大西洋連邦のスカイグラスパーに運動性以外の全ての面で負けてしまっている。
 だが、多少の性能差は数で埋められる。まして今現在の戦場には数え切れないほどの戦闘機が飛び交っているのだから。
 この上空ではユーラシアは管制機の後方管制を受けられるという強みがあったが、ザフトは効果的な指揮管制機を持っておらず、戦闘機を有効に動かす事が出来ないでいた。全ての力を正面装備につぎ込んできたツケが守りに回った途端に噴出していたのだ。地上でも後方支援部隊が貧弱で、被弾機を回収する車両も整備車両も不足している。ユーラシアは戦場で動かなくなった車両やMSを回収して後方で修理、復帰させる事が出来たが、ザフトでは中々に大変で、擱座した機体や車両の回収はもっぱらMSが行っていたのだ。しかも被弾機は修理ではなく共食い整備用に分解される事が多かった。
 これらの差が双方の戦力差を拡大させてきた。そして今、ザフトは多数のMSと車両を戦場で失って後退を繰り返している。勿論ザフトもやられっぱなしでは無く、各所で奮戦してユーラシアに自分たちの受けた被害以上のダメージを強いている。
 ただ、戦力差が数倍もあるため、多少大きな被害を与える事が出来ても、ジリ貧になるのはザフトの方であった。ジンが戦車やMSを3機ばかり道連れにしたとしても、戦局を覆すには至らなかった。そもそもユーラシアにはまだ後方に大量の予備を揃えているのだ。





 ジブラルタルでザフトの指揮を取っているのは、かつてクライスラーに敗れたブルクナー司令であった。彼はこの大攻勢を防ぎきれるとは考えておらず、パリを放棄して守備隊をピレネー山脈に集結させ、時間を稼ぎながら順次ジブラルタルから脱出させようと考えていた。今前線で頑張っているのは、旧フランス領に展開する部隊を後退させる為の捨石である。
 これはブルクナー司令の意思ではなく、本国からの命令だった。ブルクナーはこの命令を拒否していたのだが、オペレーション・ブルーネストに従って全兵力をヨーロッパから宇宙に引き上げ、ジブラルタルを完全に破壊せよという命令もあり、受け入れざるを得なかったのだ。
 こうしてこの、決して許されないであろう非道な計画は実行に移された。装備の更新を行うという名目で前線からベテランを引き抜き、変わりに送られてきたばかりの新兵が最前線に配置されるという狂気の沙汰としか思えない再編成が行われている。そう、ブルクナーは最前線の新兵主体の弱小部隊を生贄にして、残りを宇宙に脱出させるつもりなのだ。




 ツーロンとボルドーの2つの軍港からは潜水艦隊と洋上艦隊が脱出する為に出航し、ジブラルタル基地を目指した。また空軍部隊も一斉に基地を飛び立ち、イベリア半島に退いて行った。
 しかし、洋上艦隊と潜水艦隊は外洋に出る前に試練を受ける事になった。ボルドーを出た艦隊はジロンド川の河口で大西洋連邦艦隊と激突する事になった。大西洋連邦は第2洋上艦隊で揚陸部隊の護衛を続行し、第6洋上艦隊がボルドーの艦隊を叩く為に途中でビスケー湾に向っていたのだ。
 ボルドーを出たザフト艦隊は第6洋上艦隊を飛び立った攻撃隊に直ぐに発見され、そこで対艦ミサイルと対潜魚雷の飽和攻撃を受ける事になった。ザフトもMSを出してこれを迎え撃ったのだが、スカイグラスパーに切り替わってきた大西洋連邦軍はディンが相手でも互角に戦える。ましてインフェストスでは歯が立たないようになっている。
 潜水母艦や駆逐艦、巡洋艦から次々にディンやインフェストスといった空戦機、ゾノやグーンなどの水中用MSが次々に出撃したが、中には出撃させる事も出来ずにミサイルや魚雷を受けて沈む艦もあった。
 だが、ゾノやグーンは低空を飛ぶ機体にはフォノンメーザーで攻撃する事が出来たのだが、それを知っている大西洋連邦のパイロット達は中高度からの対艦攻撃を加えてきていて、MS隊の出る幕は無かった。フォノンメーザーは大気中では射程が極端に短くなるという欠点があるのだ。
 ジロンド川からビスケー湾に出た所で潜水母艦は一斉に潜り始めたが、洋上艦隊は必死の対空戦闘も空しく次々に被弾、炎上しながら転覆沈没する艦が相次いでいる。特に物資を満載した輸送船は恰好の目標で、次々に直撃を受けて撃沈されている。それはもう戦闘ではなく、一方的な虐殺であった。海に潜った潜水母艦も十分な深度を取れず、対潜魚雷の好餌となって海底で被弾し、空しく海底に横たわっている。そしてそれは、周辺海域で頑張っている水中用MSにとって死を意味していた。母艦が失われればMSは直ぐにバッテリーが切れて動けなくなってしまう。そうなればMSなどただの鉄屑なのだ。母艦を失った彼等は外洋に出ることも出来ず、海岸に乗り上げて友軍に合流する道を選んだのだが、実際に味方と合流できたのはごく一部の幸運な者だけで、大多数は海軍機の追撃を受けて撃破されるか、進軍してきたユーラシア軍に投降する事になる。
 結局、ビスケー湾を脱出できた洋上艦艇は1隻も無く、何隻かが洋上で機関を停止して降伏した以外は全滅してしまった。潜水艦隊はかろうじて2割ほどが脱出に成功したものの、MSを全て失っており、空船でジブラルタルを目指す事になる。
 ボルドーの艦隊を叩いた第6艦隊は、この後艦載機の管制を受けながら巡航ミサイルをザフトの防衛拠点に叩き込んで破壊し、第2艦隊と合流するために再び南下していった。




 この状況は地中海のツーロンを出航した艦隊も同じであったのだが、こちらは質に劣るユーラシア艦隊が相手であったことと、ツーロンはビスケー湾と違って直ぐに水深が深くなる事が幸いして潜水母艦の多くはどうにか脱出に成功している。ただ洋上艦隊は同じように徹底的に叩かれていて、7割近い艦が犠牲になってしまった。こちらは艦載機だけでなく艦隊のミサイル攻撃も加わっており、短時間で多数の艦が沈められている。ただ、ユーラシア艦隊はバレアレス諸島の攻略を重視しており、この艦隊には余り拘らなかったので生き残る艦が出たのだ。
 この後、バレアレス諸島は多数の艦載機の空襲と、巡航ミサイルの飽和攻撃で徹底的に叩かれる事になる。ここにはザフトの守備隊が居てジブラルタルの洋上の守りとして機能していたのだが、彼等の対処能力を遙かに超えた攻撃を受けてあっという間に反撃能力を喪失する事になる。この後で揚陸母艦から飛び立ったストライクダガーとレギオンが島に降り立ち、橋頭堡を確保していく。そして揚陸に適した海岸に乗り上げた揚陸艇から車両と歩兵が上陸していき、この島を短時間で制圧してしまった。






 ユーラシアの大攻勢を受け止めた前線部隊はおかしい事に気付いた。どれほど援軍を求めても、それが送られてくる様子がさっぱり無いのだ。それどころか後方部隊との連絡が次々に途絶し、まるで後方部隊が居なくなってしまったかのような状況になっている。
 第2軍と戦っていた部隊は混乱する情報の中で、ブルターニュ半島のブレスト軍港に敵の艦隊が出現し、上陸部隊に制圧されたという情報を掴んでいた。これはそのままブルターニュを南下、ロアール盆地を目指しているらしい。恐らくこちらの退路を断つつもりなのだろう。
 退路を断たれる。この事を理解したザフトの将兵の士気が崩れるのは早かった。援軍は来ず、後方にも敵部隊が出現したとあっては落ち着いて戦えるわけも無い。そして一度崩れた士気は、将兵の間に不吉な憶測を巻き起こしていた。援軍が来ないのは後方に回り込んだ地球軍に撃破されたのだとか、後方部隊は自分たちを見捨てて既に逃げ出してしまったのだと。そして皮肉な事に、彼等の憶測は当たっていた。彼等が食い止めている場所以外で前線は突破されており、後方に回り込んだ師団に包囲されかけていたのだ。そして後方に居た他の部隊はジブラルタルの司令部の命令に従ってイベリア半島に退いていた。
 ただ、全ての部隊が退いていたわけではない。中にはジブラルタルからの命令を無視し、命令に背いてブルターニュに上陸したユーラシア師団を食い止めようと戦っていたり、前線部隊の後方に回り込もうとしているユーラシア軍を攻撃している部隊もある。だが、それはごく一部であり、各個撃破の好餌となる運命であった。




 ベルリンの司令部で作戦の進捗報告を受けていたコリンズ大将は、逐一もたらされる報告と、それによって変化していく地図上のデータを眺めながら厳しい顔をしていた。

「閣下、クライスラー中将より報告、第2軍はアルトワ丘陵のザフト軍主力を第5軍団で包囲したそうです。第8、第11軍団は包囲戦には加わらずパリに直進しているので、空軍支援を求むと」
「第4軍の状況は?」
「こちらはビルールバンヌ、リヨンを攻略後、モンペリエを目指しています。一部はマルセイユ軍港に向い、これを攻略するでしょう」
「そうか。なら空軍主力は第4軍の支援に回せ。第2軍にはイギリスの大西洋連邦の空軍に支援要請を。クライスラーにはルアンの空軍基地を早く占領するように伝えるんだ」

 コリンズは航空支援を絶やさなければ今日中にピレネー山脈正面にまで抜けられるかもしれないと考えたのだ。合わせてコリンズは予備師団に後続するように指示を出す。この勢いで前進し続ければ正面の部隊は疲れきってしまうだろうし、装備の修理や整備、補給で交代させる必要が出るだろうから。
 



 しかし、この時コリンズには知る由も無かった事だが、ザフトはクライスラーたちが戦っている正面の部隊を除けば後方に後退をしている。フランスは戦力の空白地帯になっていたのだ。ただ、この事は前線の部隊には何も知らされておらず、彼等は援軍を信じて死に物狂いの抵抗を続けている。この抵抗がユーラシアの将軍達の判断を狂わせていたのだ。
 だが前線の部隊は新兵主体の弱体な師団が中心で、ベテランの数は少ない。その為に戦闘能力は低く、容易くユーラシア軍に回り込まれ、部隊ごとに包囲、各個撃破されている。
 しかし、中には精強な部隊もある。またジブラルタルの命令を無視して残った部隊もあり、これらは高い士気と優れた技量でユーラシア軍に多大な損害を強いており、ザフトの力を見せ付けている。
 だが、それはユーラシアが投入してきている北部を進む第2軍の10個師団、南部を進む第4軍11個師団の前には悲しいほどの寡兵でしかない。彼等は良く頑張っていたが、それはユーラシア軍の一部の足を遅らせる程度のものでしかなかった。

 

 アルトワ丘陵で第5軍集団に包囲されたザフトは、そのまま海岸の都市、ブローニュにまで追い込まれようとしていた。アルトワ丘陵にはパリ正面を守るべくザフトとしては大軍と呼べる1個師団が布陣して迎撃戦を行っていた。これはヨーロッパを制圧していたザフト第3軍の第8師団だった。第8師団には本来なら10個部隊、1万人の人員がいるが、その全てがこの狭い地域に押し込まれていた。そもそもザフトの師団には定数を満たす師団は居ない。第8師団も定数は1万人だが、実数は7千に過ぎなかった。
 第8師団を預かるラウス隊長はブローニュに作った臨時司令部で悪化していく戦況に顔を顰めていた。

「ジブラルタルとは、まだ連絡が取れないのか?」
「はい、通信が妨害されています。有線も繋がりません。パリの中継局が押さえられたかと」
「そうか、パリも落ちたか。となると、頼みは南部の第11師団と、ドルドーニュの2個師団だな」
「ボルドーの艦隊はどうしたのでしょうか。彼等が助けに来てくれれば、装備を捨てて兵員だけでも逃がせます!」
「無理だろう。ブレストに敵の艦隊が現れたそうだ。その後通信が絶えているが、恐らくは落とされたな。ブルターニュ半島が落ちた以上、ドーバー海峡にはこれんよ」

 ラウスは穏やかな声で参謀に説明して納得させたが、彼はまだ語っていない別の回答を持っていた。そう、ブレストを攻撃した敵が、はたしてボルドーを放っておくだろうか。敵が全ての艦隊を出してきたなら、ヨーロッパの全ての軍港を叩ける筈だ。ならば軍港に残っている艦隊を放っておく筈が無い。恐らくボルドーの艦隊は全滅させられただろう。
 助けは来ない、自分達は完全に孤立したのだとラウスは悟っていた。ならばここで頑張れるだけ頑張るだけだと割り切ろうとしたのだが、直ぐに彼はその決定を後悔する事になる。



 前線ではザフトはもう総崩れになっていた。10個あった部隊のうち2つは既に崩壊し、のこり8つも判定全滅から壊滅とされるほどの被害を出している。もうこれは戦争というより虐殺に近いだろう。

「ガキどもを車に乗せて後ろに下げろ。MS隊はもう暫く粘るぞ!」

 前線で頑張っているニエダ隊は半数近くまで減ってしまったMSでユーラシアの攻勢を支えていたが、もう支えきれない事を悟って更に後退しようとしていた。だが、部隊の大半を占める15歳前後の子供達の動きは鈍く、彼等を少数のベテランが必死に纏めて交代させている。彼等は訓練もそこそこに前線に送り込まれてきた、最近になって募兵に応じてやってきた子供達だ。当然実戦の経験など無く、この凄まじい大攻勢に何をして良いのか分からず右往左往している有様だ。まだ自分でどう戦えばいいのか判断できるような兵士になっていないのだろう。
 そんな未熟すぎる兵士など単なる足手纏いだと言って全ての部隊が積極的に後方に下げていた。彼等を庇う事でかえって総合的な戦力が低下するからだ。新兵の中には指揮の高い兵も居たのだが、大半はこの激戦で士気を挫かれ、輸送車の中で頭を抱えて震えているだけであった。

「話が違うじゃないか。ナチュラルなんて敵じゃないって、本国で聞いて来たのに!」
「やだ、こんなの……死んじゃうじゃないか」
「助けて、お母さん……」

 戦争が長引いた為に募兵枠を15歳、そして14歳と引き下げていったツケがここに来て最悪の形で現れていた。しかも男性兵士の多くがアラスカ、パナマ、オーブと激戦が続いている太平洋戦線に回されており、本国からは後方と見られていたヨーロッパ戦線には女性兵士が多い。まだ14,5歳の少女が前線で銃を持っていたのだ。
 18〜30歳の精兵の多くはこれまでの闘いで失われた。今前線を支えているのは30過ぎか、18以下の兵士として適正があるとは言い難い層が大半を占めている。そして今、この半年間ほど大きな戦闘もなく、プラントから重要度を低く見られていたジブラルタルは弱兵主体で守られていたのだ。
 こんな少年少女を任された引率役のベテランたちの顔は苦々しい。彼等から見ればこの子供達は戦争に出てきて良いような人間ではない。不十分な訓練で前線に送り込まれた即席兵士など足手纏いだが、それ以上にこんな子供を戦場で死なせるのかというやるせなさと無力感の方が強く、怒りはむしろ自分たち自身に向いている。

「こんなんで、どうやって戦えって言うんだ、上層部は?」

 訓練を終えていない子供ばかりでどうやって戦えというのだ。しかも彼等の多くは軽火器し持っていない。それでは戦車主体の連合軍には対抗できない。戦車の装甲はライフルでは破れないのだから。

 だが、歩兵部隊は下げる事が出来ても、MSは下げられない。MSを動かしているのも子供ばかりなのだが、彼等は退く事を許されずに戦い続け、そして次々に撃破されて屍を晒していく運命にある。
 部下を次々に失いながら、ニコリス隊長はシグーを駆って戦い続けている。しかし、それはもう無駄な努力になろうとしていた。

「くそぉ、こっちにもゲイツがあれば、こんな奴等に……」
「隊長、助けてください、隊長おお!」
「レニーか、何処だ!?」

 部下の悲鳴を聞いて助けに行こうとしたが、その直後に何かを叩き壊すような音が通信機から飛び出してきて、かすかに鋭い悲鳴が聞こえたような気がした。もう何度目かの部下の死んだ音を聞かされ、悔しさに血が滲むほど唇を噛んでしまう。自分に助けを求めた黒い髪をショートカットにした元気のいい少女パイロットの顔を思い出して口から罵声が飛び出す。

「手前ら、見境無しかぁ!」

 怒りに任せてシグーが重突撃機銃を放つが、それはストライクダガーのシールドに弾かれるか、レギオンの光波シールドに触れて気化するだけであった。MSだけでもざっと見るだけで10機以上いるのに、さらに数え切れないほどのヴァデッド戦車が随伴している。後方からミサイルのシャワーを味方の後方陣地に降らせているのはハンター戦車だろう。
 ストライクダガーのシールドも厄介だが、それ以上にレギオンの光波シールドは卑怯だ。あれには徹甲弾も成型炸薬弾も、如何なる砲弾もミサイルも通用しない。全てシールドを抜ける事が出来ずに気化し、何の効果もあげないのだ。ミサイルはそれなりに有効なようだが、撃破するには至らない。

「駄目なのか、ジンやシグーじゃもうナチュラルには勝てないってのか。俺たちはナチュラルに勝てないのか!?」

 緒戦であれほど一方的に勝てたのに、何でここに来て逆転されるのだ。どうしてこんな事になってしまったのだ。迫りくる敵の大軍に怒りを感じながら必死に戦うも、逸れは空しい努力でしかない。攻撃がまるで利かないのだから。
 その時背後から凄まじい衝撃波が地上を駆け抜け、目の前でレギオンが上半身を吹き飛ばされるのを見た。続いて2度目の衝撃波が駆け抜け、2機目のレギオンが光波シールド後と撃ちぬかれて吹き飛ばされる。
 何が起きたのかと背後を確かめたニコリスは、そこに2機のガンナーザウートと3機のジンを見た。

「ガンナーザウート、アーバレストか!」

 ただ装甲貫通力だけを追及し、ひたすら弾速の向上と強靭な砲弾の開発を追い求めて完成した、貫通力だけなら比類しうるものは無いという最強無比のMS用の砲、それがアーバレストだ。どうやらアーバレストの放ったプラズマに覆われた単結晶タングステン砲弾はレギオンの光波シールドを気化する前に突破、装甲をぶち抜いているらしい。
 あの無敵のシールドを破って見せたガンナーザウートに味方からの歓声が上がり、それに答えるようにまた2発の砲弾が放たれて2機のレギオンが部品を撒き散らして破壊される。その破壊力にストライクダガーやレギオン部隊が怯えたように後退していくが、その間に更に1機のレギオンと3機のストライクダガーが破壊された。アーバレストはストライクダガーのABシールドもトタン板か何かのように容易く貫通、叩き割っている。
 敵が退いたのを見たニコリスは全部隊に急いで後退するように命令を出した。

「急いでここを離れるぞ。直ぐにミサイルやロケット、砲弾の雨が降ってくる。敵機も出てくるぞ!」

 ニコリスの命令で残存部隊が急いで後退していく。そしてそれにすこし遅れて、彼らが青褪めるような壮絶な砲撃とロケット攻撃が開始された。彼らの見ている前で大地が爆発したかのような印象を受ける。一体どれだけの弾薬を使っているのだろうか。そして上空にはブリテン島からやってきたらしい大西洋連邦のスカイグラスパー隊と対地攻撃機のスティングレイで編成された大編隊がやってきた。

「あいつ等、ここの地形を変えるつもりか!?」
「早く逃げるんだ、掴まったら殺されるぞ!」

 慌てふためいてガンナーザウートを守りながらジンが逃げていく。だが、そんな彼等を見つけたのか、直ぐにスティングレイが襲い掛かってきて対地ロケット弾や90mmガンランチャーで容赦なく攻撃してきた。



 このような戦いがアルトワ丘陵の全域で見られていた。そしてそのような戦いを続けるうちに、断片的な情報を集めたラウスは自分達が最初から捨て駒にされていた事を悟った。後方の部隊は助けに来ないどころか、僅かに届いた情報から推測すれば戦闘開始時からイベリア半島に後退を始めていた。そしてボルドーの艦隊は助けに来るどころかジブラルタルに逃げようとしていたらしい。
 事ここに至って、ラウスも上層部が何を考えていたかを悟った。どうして前線を固めていた第8師団からベテランが次々に引き抜かれ、代わりに新兵ばかりが送り込まれてきたのか。自分達以外の部隊の動きは、すべて計画されていたとしか考えられないほど素早く実行されているのだから。

「ジブラルタルは、最初から我々を捨て駒にするつもりだったのか!」

 自分達を犠牲にして時間を稼ぎ、後方に下がって防衛線を完成させる、その為の捨て駒なら別に失っても惜しくは無い連中で十分だと判断をしたのだろう。戦術的にはそれは間違っていない。ラウスも軍人なので捨て駒にされても別に恨むという事は無いのだが、上層部のやり口が許せなかった。

「奴等は新兵をなんだと思ってるんだ。新兵はベテランの盾だとでも思ってるのか!?」

 人材の質に頼る所が大きいザフトでは、確かにベテラン1人の価値は訓練も終わっていない子供達10人に勝るだろう。それは合理的な判断と言えるだろうが、それで納得できるような作戦ではない。
 この時、ラウスは戦闘を継続するべきか否か暫し迷った。上層部の作戦を考えればここで全滅するまで粘って時間を稼ぐべきだ。自分達を包囲しているのは敵の軍団であり、かなり大きな部隊である。これを拘束しておけば味方に最後の支援を行う事が出来る。だが、自分の指揮下にある7千の人員、そのうちの5千は居るであろう10代後半の志願兵たちをその生贄として良いのか。そんな迷いが出ていたのだ。
 そんな迷いを抱えて、ラウスは司令部の外に出てみた。敵の攻撃はブローニュにも及ぶようになっており、司令部周辺には仮設の野戦病院が幾つも作られて負傷兵が横たえられている。司令部周辺は一番防御が固められているので、一番安全だという事で野戦病院が仮設されたのだ。
 野戦病院に寝かされている兵士の大半は子供だ。プラントの基準では大人扱いされるのだが、ラウスから見ればまだ学校に行っているのが正しいとしか思えない。そんな子供が数え切れないほどに舗装された地面に横たえられている。既にベッドなど残っていないのだろう。
 その間を必死に衛生兵や軍医が駆け回り、傷を処置をしていた。だがそれが何処まで効果を発揮しているのだろう。薬ももう残っていないだろうに。
 ラウスは駆け回っている軍医の1人を捕まえると、現在の状況を確かめた。だが、返ってきた答えはラウスを絶望の谷底へ突き落とす物であった。死者の数は確認できるだけで千人を超え、負傷者の数はその倍近くに上るという。確認できない数はどれほどなのだろうか。既に前線に残っている兵は半数も居まい。

「既に弾も武器も無く、医薬品もない。こんな状況で、子供達を捨て駒に使うような上層部のために、我々は死ななくてはいかんのか?」
「ラウス司令?」

 それは上層部批判であった。実質剛健で通り、これまでそんな事を口にした事も無い上官がいきなりそんな事を言ったので部下が驚いてラウスを見る。ラウスは驚いている部下達など気にした風も無く、地面に横たえられている兵の脇に屈みこんで顔を覗き込み、安心させるように声をかけていた

「大丈夫だ、すぐに手当てが受けられるようにしてやる。だからもう少し頑張れよ」
「ほ、本当ですか、司令?」
「ああ、本当だ」

 何処にそんな保証があるのだろうか。だが、司令官が保証してくれるのならと考えたのか、その兵士の顔には弱々しい笑みが浮かぶ。それを見たラウスは腰を上げると、部下に問い掛けた。

「確か、我々を攻撃しているのはクライスラーだったな?」
「はっ、間違いありません」
「そうか。では、全ての回線を使ってクライスラーと連絡を取れ。我々は降伏する」
「し、司令!?」

 降伏する。まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかった部下たちが驚愕するが、ラウスは真剣だった。

「急げ、1分早ければ何人かが助かるのだ。もうこれ以上の戦闘に意味は無い!」
「わ、分かりました!」

 叱咤された部下が慌てふためいて司令部に戻っていく。それを見送ったラウスに残っていた部下が不安そうに話しかけてきた。

「ですがラウス司令、大丈夫でしょうか?」
「心配するな、クライスラーはブルーコスモスでは無い。奴は敵だが尊敬に値する男だよ。奴ならば降伏しても無下には扱われまい。それに、必要なら俺の命で部下を助けて見せるさ」
「…………」

 そこまでキッパリと言い切られては何も言い返せない。部下達は敬礼をすると、子往復の準備に入った。それを見送ったラウスは小さく息を吐くと、戦争の光が見える戦場の方を見た。

「負けたな、プラントは。上層部は既に何の為に戦っているのかを見失っているようだ。ザラ議長が存命なら、こんな事には……」

 パトリック・ザラならこういう作戦は許可しまい。いや、そもそも訓練も終わっていない子供を最前線に立たせるようなことをしない。14歳の子供を軍に送るのは仕方が無かったのだろうが、それでもパトリックの頃は訓練未了の兵を出す事を良しとはしなかったのだ。ルナマリアの時はスピットブレイクに際してカーペンタリアの兵力が引き抜かれるからという理由で、技量の高い者を選んで後方に配置するという条件での苦渋の決断だった。
 これは非常時の緊急処置の筈だったのに、パトリック・ザラの死後はこれが当り前になった。そこまで形振り構わなくなったという事なのだが、それはつまり、ザフトという組織が崩壊しかかっている事を意味していた。
 これからザフトがどうなっていくのかと考えたラウスは、すぐにそれを苦笑に変えてしまった。ここで降伏する自分が、そんな事を気にしてどうするというのだ。もうそんな事を考える必要も無いというのに。
 そんな自嘲気味な笑みを浮かべたまま、ラウスは司令部に戻っていった。全軍に戦闘停止の命令をしなくてはいけないから。




 この後、ラウスから降伏の申し出を受けたクライスラーはザフト側が先に戦闘停止をする事が条件だと伝え、ザフト側が攻撃を中止したという報告を受けてこちらの第5軍団に攻撃を中止させた。
 敵の師団を降伏に追い込み、アルトワ丘陵を制圧した事で第2軍司令部は喜びの声を上げていた。これで第5軍団をイベリア半島に向けることが出来るからだ。クライスラーも肩の荷がすこし下りたような顔をしていたが、そこに通信兵が更なる吉報を持って来た。

「閣下、第8軍団から報告です。パリを奪還したそうです。第11軍団はボルドーまで進軍中で、敵の組織的な抵抗は受けていないとのことです」
「そうか、パリも落ちたか」
「南部の第4軍はマルセイユとモンペリエを攻略、主力をツールーズへ向けています。明日にはピレネー山脈を突破してイベリア半島に突入すると言ってきました」
「そうか、スミルノフもやる気だな。こちらも負けてはおれんぞ」

 友軍の活躍を見てクライスラーは更に攻勢を強めようとしていた。フランスにはすでに敵の姿はなく、最終防衛ラインと見られているピレネー山脈が事実上の決戦場になるだろうと彼は考えていた。




 事態はクライスラーの想像を超えて早く動いた。翌日早朝に大西洋連邦の第2、第6洋上艦隊がリスボンを総攻撃し、3個師団もの大軍を揚陸させて来たのだ。さらにバレンシアにもユーラシアの地中海艦隊が現れて僅かな守備隊を粉砕、2個師団を揚陸してきた。そして黒海艦隊に護衛されたジブラルタルの鼻先、マラカを攻撃していた。
 大西洋連邦の第2、第6洋上艦隊は部隊を揚陸後、南下してジブラルタルまでの途中にあるザフト軍基地を次々に攻撃、沈黙させていた。何しろ2個艦隊合わせて4隻の空母と350機の艦載機、40隻を超える護衛艦を持っている。その打撃力は凄まじかった。
 地上に揚陸された3個師団は部隊を纏めると1個師団をリスボンに残して2個師団でジブラルタルを目指した。この部隊にはストライクダガーだけではなく、かなりの数の105ダガーやデュエルダガーが配備されており、マローダーの姿もある。数は2個師団だが、質的には1個軍団並の部隊となっている。これに対してジブラルタルの途中に居た少数に部隊が立ち向かったのだが、まるで歯が立たなかった。

 連合軍の大部隊が半島南部に上陸してジブラルタルに迫っていると知らされたブルクナーは焦りを見せた。自分の仕事は1人でも多くの将兵を宇宙に上げることなのに、これではジブラルタルを落とされてしまうではないか。
 どうすれば良いかと考え込んだブルクナーは、直ぐに最も確実で、最も恐ろしい決断をしてしまう。そう、現在ジブラルタル周辺に集っている部隊だけを宇宙に逃がし、イベリア半島に残っている他の部隊全てを見捨てるという決断を。それはつまり、ヨーロッパ方面軍の実に7割近くを切り捨てるという事を意味していた。戦闘部隊の割合では8割を超える。だが、ジブラルタルを落とされれば全てを失う事になる。それよりは例え3割でも脱出させた方が良い。ブルクナーはそう考えた。





 このブルクナーの決断で、ジブラルタル周辺の部隊は次々に宇宙往還機やマスドライバーのシャトルに移る事になった。装備はほとんど捨てていく事になるが止むを得ない。合わせてブルクナーは宇宙の友軍に脱出したシャトルや往還機の収容を求めた。迎えが来なければ折角脱出させても宇宙の藻屑となるだけだ。
 このブルクナーの要請に宇宙軍は大混乱に陥った。ヨーロッパ方面軍の3割と言っても、その将兵の数は3万を超えるのだ。それだけの人間が軌道上を無防備に漂うなどという事態に、ザフトの統合作戦本部は悲鳴のような命令を宇宙軍全体に出していた。地球軌道の近くに居る部隊は、全ての艦艇でこの脱出してくる部隊の救援に向えと。これは最優先任務であり、現在遂行中の任務は全て凍結される。



 この知らせを受けたハーヴィクは驚愕していた。まさか、アメノミハシラ攻略の準備中にこんな命令を受けるとは。だが、命令とあっては断われない。ハーヴィックは指揮下の全艦艇にジブラルタルからの離脱軌道に向うように命令を発した。これにはアメノミハシラを封鎖している部隊も全て動員されており、一時的とはいえアメノミハシラの周辺宙域は完全にがら空きに近い状態になってしまった。
 だが、間に合うのだろうか。いや、そもそも地球周辺の部隊だけで脱出してきた将兵を回収し切れるとはとても思えない。戦闘艦には元々余分なスペースなど無いのだから。
 それでも止める訳にはいかない。ハーヴィックは指揮下にある艦の中で、最も高速の艦を先行させる事にした。

「エターナルのタリア艦長を呼び出せ。タリア隊を、エターナルとウィーゼルを先行させる!」
「エターナル級2隻をですか?」
「そうだ、あの2隻ならかなり早く到着できる。そこで脱出部隊を守らせるのだ。この事態をナチュラルが見過ごす筈が無いからな!」

 ハーヴィックの命令を受けたタリア艦長はエターナルとウィーゼルを率いて地球軌道に急行する。現在の戦闘艦としては間違いなく最速を誇るエターナル級は流石に速く、ハーヴィックの本隊はあっという間に後方に置いていかれてしまった。
 だが、地球軌道に到達したタリアたちが見たのは、余りにも悲惨な現実であった。タリアたちよりも先に連合のパトロール部隊が到着していたようで、軌道上に漂う往還機やシャトル、カーゴが次々に艦砲やメビウス、ダガーによって破壊されている。ザフトの哨戒部隊もエターナルより先に到着した部隊があったようだが、数で負けているようで連合艦隊の迎撃を突破できないでいる。
 この惨状を見たタリアは怒りに顔を紅潮させ、副長のアーサー・トラインにMS隊を出すように命じた。

「副長、MSを全て出せ!」
「全て、ですか?」
「そうだ、これ以上奴らの好きにさせるな!」

 エターナル、ウィーゼルにはそれぞれ1個小隊ずつの核動力機と、母艦護衛用のゲイツ小隊が配備されている。合計6機と予備機としてゲイツ2機が搭載されているのだ。タリアはこのMS隊を全て投入しろと言ったのである。
 タリアの命令を受けて2隻から合わせて4機の量産型ジャスティス、2機の量産型フリーダム、そして6機のゲイツが出撃した。これは現在のザフトではまさに切り札的な存在で、この2隻だけで連合の正規艦隊1つを相手取れるとまで言われていた。まあ、かなり贔屓目が入った評価ではあるのだが。
 このエターナル級2隻の加入を察知した連合軍の対応は素早かった。動けもしない哀れな羊たちの始末はメビウスやファントムで十分だとばかりにこちら側に回っていたMS隊が集結して立ち向かってくる。その後方では脱出したシャトルへの砲撃を中止した戦艦や駆逐艦が迎撃態勢を取って艦首をエターナルの方に向けてきている。
 これに対して、タリアはエターナルを砲戦距離には入らせずにMS隊に任せる事にした。エターナル級は高速でMS隊を戦場に送る事が最大の任務で、戦闘艦としての能力はかなり低いのだ。


 激突したMS隊同士の戦闘は激しかった。連合軍の主力はストライクダガーとデュエルダガーで、数はザフト側の3倍はいる。これに対してザフト側はフリーダム2機の援護を受けながらジャスティス4機とゲイツ6機がダガー隊に接近戦を挑むという形になった。距離さえ詰められればジャスティスは最強無比の機体だからこれは正しい選択だろう。
 本来なら試作のフリーダムとジャスティスで組まれる筈だったフォーメーションは、量産型でやっと実現した事になる。フリーダムのレールガンとプラズマ砲がダガー隊の陣形を突き崩し、崩れた綻びにジャスティスが飛び込んでいく。ビームブーメランがダガーの腕を両断し、手にしたビームサーベルで胴体を薙ぎ払う。あるいは背負い式のビーム砲を叩き込んでいく。
 この核動力機は圧倒的な力だったのだが、こちらが脅威だと理解した連合軍は全てのファントムをこちらに振り向けた。また、哨戒部隊を迎撃していた部隊からも戦力を引き抜いてこちらに投入し、数で圧倒しようと考えた。相も変らぬ物量主義ではあったが、この攻撃はタリア隊には対処しかねる攻撃だった。ただでさえ12機で30機ものMSを相手取っていたのに、そこに更に50機以上のファントムと14機のMSが襲い掛かってきたのだ。核動力機が6機あるとはいえ、一度に対処しきれる物ではない。

フリーダム、ジャスティスが押し返されているのを確認したタリアは焦りに顔色を少し悪くしていた。これでは回収に向かう事が出来ないどころか、こちらが返り討ちにあってしまう。

「ただの独立部隊が集っただけだろうに、何故こんなに居るんだ!?」
「こちらとは戦力の厚みが違いますな。敵はこの近辺にこれだけの部隊を展開させていたのでしょう。あるいは、こうなる事を見越して予め部隊を集めていたか」
「……後者の方がありそうね。私たちは完全に奴等の掌の上で踊っていたというわけか」

 今回は連合が全ての面でこちらの上を行っていたと、タリアは認めるしかなかった。よほど周到に準備を進めていたという事なのだろうが、それ以上にこちらと睨み合っている戦線から戦力を引き抜かずにこれだけの戦力を簡単に集める事が出来る連合の戦力の分厚さにタリアは恐怖していた。
 この戦いはハーヴィック率いる本隊と、周辺の輸送部隊や哨戒部隊が集まってくる事でより一層の激化を見せた。連合軍も敵が集ってくるのを見て味方を呼び集め、殆ど正規艦隊同士の決戦と呼べる規模になってしまったのだ。ただ、最終的には質の面で劣る連合軍がこの宙域から撤退する事で終結する事になる。
 だが、この戦いで勝ったとはいえ、ザフト受けた被害は大きかった。ハーヴィック艦隊を中心として36隻の戦闘艦が集ったザフトだったのだが、このうち4隻が撃沈、12隻が損傷するという大損害を受けたのだ。MSも20機以上を喪失し、その倍ほどの数が損傷して大規模な修理を必要としている。更にハーヴィックに衝撃を与えたのは、フリーダム1機を喪失、フリーダムとジャスティス各1機が中破された事だろう。圧倒的優位を確保できるという触れ込みで採用された新型だったのに、それがいきなり失われてしまたのだ。まあ確かに圧倒的な強さではあったのだが。
 この戦いでザフトは2万の将兵を収容してプラントに送る事が出来た。しかしこの戦いでハーヴィック艦隊の受けた損害は余りにも大きく、直ぐにアメノミハシラへの攻撃を行う事は出来そうもなかった。クリントには簡単な修理を行う程度の施設しかなく、大きな被害を受けた艦は本国に後送する必要があったのだ。その穴埋めの戦力の補充を受け、装備の修理を行うまでは動けない。





 このヨーロッパの戦いを発端としたザフトの動きは、アメノミハシラからも簡単に確認する事が出来た。周囲を固めていた封鎖艦隊が一斉に何処かに移動して行くのを光学で確認したアメノミハシラでは、ちょっとした騒ぎが起きていたのだ。
 その騒ぎも発生源は、シンであったりする。

「今すぐ行かせてくれ。敵が居なくなったんなら、月まで行けるんだろ!」
「落ち着けシン、敵が全て居なくなったわけが無いだろう」

 確かに著しく手薄になったのは確かだが、流石にがら空きにするわけが無い。キースはそう言ってシンを止めようとしていたが、シンは引こうとはしなかった。

「ステラが危ないんだ。何もせずに見殺しにするのかよ。あんたそれで良いのかよ!」
「良い訳じゃないが……」

 シンの真っ直ぐな目を、キースは見返すことは出来なかった。何とかしたいという気持ちはキースも同じなのだから。ただ、ステラ1人のために貴重な戦力を使って月まで行き、アメノミハシラを手薄にして良いのかと考えてしまうと、そんな事が出来るわけが無いという結論に達してしまう。キースは軍人なのだ。
 そして、この場に居る全員がキースと似たような考えでいる。ステラ1人のためにアメノミハシラを危険には晒せない。それは当然の判断であり、誰にも避難される類の物ではない。しかし、軍人では無いシンにはそんな考えは無かった。シンはただ、ステラを助けたいとしか考えていなかったのだ。
 キースのもの分かりの悪さにシンはますます感情を荒げている。それが限界を超えるかと思われたが、それは肩に置かれたキラの手によって止められた。

「落ち着いてシン、僕もキースさんも助けたいのは同じなんだから」
「だったら!」
「月に行くとなると、キースさんは確実として、他にも護衛がいるよ。少数で敵を追い払えるとなると、僕やシンが行く事になるかもしれない。僕たちが居なくなったアメノミハシラに敵が来たら、ここはどうなると思う?」
「……だけど」

 どうしても納得できないシン。そのシンの姿に、キラは昔の自分を見た気がした。何かを失うのが嫌で、力が無い自分が許せなくて、状況が自分の思い通りにならないのがとても頭にきて、ひたすら足掻こうとしてた頃の自分と、今のシンは良く似ていた。
 だからシンをついつい気にかけてしまう。余計なお世話かもと思いつつ口を出してしまう。それが反発を呼ぶだけだと分かっている時もあるのに放っておけない。自分と同じ失敗を繰り返させたくないから。

 そんな事を考えて、キラはふと気付いた。ああそうか、キースさんも僕達を見て、こんな風に放っておけなかったんだなと。だから僕たちにあれこれ世話を焼いてくれていたのだ、と。

 キースだけでなくキラにまで言われてしまい、シンの勢いがすこし弱まる。これで止まってくれるかと周囲が安堵する中で、思いもかけないところからシンに援護が入った。

「いや、月に行こう」
「カガリ!?」

 それを言い出したのはよりにもよってカガリだった。驚きのあまり大声を出すキラだったが、カガリはそれを目で制すると理由を話し出した。

「NJCをアズラエルに渡さないといけない。なら月に艦を送るのが一番確実だろう。そのついでにステラの薬を譲ってもらえば良い。NJCの代金にねじ込めば問題ないさ」
「カガリ、本当に良いの?」
「ああ、NJCを届けなくちゃいけなかった訳だしな。丁度良い機会だ。キース、駆逐艦1隻を預けるから、頼んだぞ。護衛にはM1を3機付ける」

 代表からの正式の命令が出た。ミナやユウナは正直複雑そうな顔をしているが、カガリが決断した事に反対はしなかった。代表の決断にこの2人が逆らうのは、今の自由軍の体制を揺るがす恐れがあるのだ。
 ただ、それにキースが慎重論を出してきた。

「カガリ、ここで戦力を動かせばアメノミハシラが危険になると、分かっているんだろうな?」
「分かってるよ。でもまあ、アメノミハシラの防御力もそれなりに高いんだ。お前たちが月に行って帰ってくるまで3日ってところだ。それくらいなら支えて見せるさ」
「……分かった」

 支えて見せるとまで言われては仕方が無い。キースはすぐに準備に入るといって引き下がった。これで話は終わりかと思われたのだが、まだ終わっていなかった。シンが護衛部隊に志願してきたのだ。

「頼む、僕も行かせてくれ!」
「ああ、何だいきなり?」
「だから、月に行く船の護衛に行かせてくれって頼んでるんだ!」
「それは人に物を頼む態度じゃねえと思うぞシン。それになあ、お前は最初から数に入ってるよ」

 何をそんなに焦ってるんだと呆れ顔でいうカガリ。シンは数に入ってると言われ、ポカンとしてしまっていた。

「どうせ駄目だって言っても付いて行くんだろうが。さっさと準備をしろ、置いていかれるぞ」
「あ、ああ」

 カガリに言われてシンが司令室から出て行く。それを合図に司令室が慌しくなり、月に出す艦の準備に入った。カガリは司令官用の席へと移動し、キラとキースは司令室から出て行った。そして格納庫へと向う通路上で、キースはキラに問い掛けた。

「シンの奴、ステラの事を知ったのに、まるで態度が変わっていないな」
「それはそうですよ。僕だって守りたい人が不治の病だと知ったからって、それで止めようとは思いません。それに、僕が見る限りシンは簡単に考えを曲げられるほど器用な奴じゃないですから」
「なるほど、お前が言うと説得力あるねえ」

 人の事言えるほどお前は器用だったか? と無言のうちに語るキースに、キラはプイッとそっぽを向いてしまった。昔の自分を思い出すとキラとしては赤面してしまうほど恥ずかしいのだ。
 それをみてキースは軽く笑った後、すこし真面目な顔でボソリと呟いた。

「結局、俺が臆病だっただけなのかもな」
「何がです?」
「個人的なことだよ。お前やシンを見てると、自分の不甲斐なさが情けなくなっただけ」
「はあ?」

 何を言ってるのか良く分からないようで、キラは首を傾げていた。キースもキラにそれ以上何か言う事はなく、急いで出撃準備に入る事になる。




 こうして、ヨーロッパに対するユーラシアの大攻勢は3日で決着が付く事になった。ジブラルタルのマスドライバーはブルクナーたちの脱出後に仕掛けられていた時限爆弾で完全に破壊され、連合軍はマスドライバーの奪還という目標を達成する事は出来なかった。しかしヨーロッパからザフト勢力を完全に駆逐し、戦力をアフリカや中東に向けることが可能となった事は大きい。それはアフリカ戦線の崩壊と、ビクトリアのマスドライバーを奪われる事を意味するからだ。そして大西洋連邦は艦隊を大西洋にまわすことが可能となるのだ。
 このヨーロッパの戦いは、地球全域のミリタリーバランスを崩壊させるほどの意味を持つ戦いとなった。そしてユーラシアが戦力の再編成に入り、次の部隊は自然と太平洋北部に移る事になる。そう、台湾攻略作戦が間近に迫っているのだ。


 だが、それよりも先に、宇宙で小さな、だが世界の命運を左右しかねない小さな戦いが起きる事になった。それは同じ未来を望みながら、違う道を選んだ2つの勢力の初めての激突となる戦いであった。そう、オーブ自由軍と、後に連合、プラント双方からラクス軍と呼ばれる事になる武装勢力が戦うことになったのだ。



機体解説


ZGMF−10C フリーダム
兵装 ビームライフル 又は 長距離砲戦用ビームランチャー
   プラズマ収束砲×2
   レールガン×2
   ビームサーベル×2
   頭部76mmバルカン×2
   ABシールド
<解説>
 X10Aの量産型。基本的に試作機と同様の設計、性能であるが、試作よりも整備性、生産性が考慮されており、製作コストは試作型の60%程度にまで抑えられている。また所謂アスランやイザークレベルのパイロットが必要という問題も操縦系やFCSの改良で改善され、それなりの技量があれば使えるようになった。
 整備性の悪さは部品や弾薬をジャスティスやゲイツと共有化する事で僅かだが改善が行われた。
 基本的にはジャスティスとセットで運用されることを前提とした砲戦型MSであり、敵との接近戦には余り向いていない。なお、砲戦用ビームキャノンは後に改良を受けてM1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲として後継のMSに使われるようになる。



ZGMF−09B ジャスティス
兵装 ビームライフル
   背負い式プラズマ収束砲×2
   ビームサーベル×2
   ビームブーメラン×2
   頭部76mmバルカン×2
   ABシールド
<解説>
 X09Aの量産型。アスランの尊い犠牲のおかげでフリーダムよりも早期に量産に漕ぎ着けた。基本的にはアスランのジャスティス改修型がベースになっていて、ファトゥムは排除されて普通のバックパック方式が採用された。中距離砲戦を想定してビーム砲2門は残されており、取り回しが改善されている。フリーダム同様にコストが半分近くまで下がりながら、試作型ジャスティスよりも総合性能で勝っている。部品、弾薬はジャスティスやゲイツと共用化が進められている。
 コンピュータの不具合などのアスランを苦しめた問題は全て改善されており、その高性能を戦場で遺憾なく発揮している。盾であるフリーダムに対し、矛の位置にある機体として運用されている。
 尚、アスランはこの機体の完成を知った時に試作型からこちらへの機種転換を願い出たのだが、機体の余分無しと冷たく却下されていたりする。


CAT−005 レギオン
兵装 ビームライフル
   ビームサーベル×2
   頭部75mmバルカン×2
   光波防御シールド
<解説>
 ユーラシアが輸入したストライクダガーにハイペリオンから得られたデータを移植した改修型MS。基本的にストライクダガーとおなじ性能だが、ストライクダガーよりも装甲を強化した分スピードが遅くなっている。光波防御シールドはMS用装備としては画期的なもので、実弾もビームも防ぐ最強の守りとなっている。ただ、アーバレストは止められなかった。また艦砲も防げない。



後書き

ジム改 ザフトの退潮が目に見えた回でした。
カガリ ここまで一方的になるのか?
ジム改 ヨーロッパは戦力を引き抜かれて弱体化してたからな。準備万端のユーラシアとじゃ差がありすぎる。
カガリ 次は月に行くキースたちか。
ジム改 うむ、メビウスVSブルーフレームが遂に。
カガリ ちょっと待てい!
ジム改 キースはスカグラでジャスティスと渡り合う男だぞ。
カガリ それはそれで凄い話だが。
ジム改 では次回。月を目指すフブキに乗り込むキースとシン、エドワード。だが、その眼前にサーペントテールとザフトのローラシア級が立ちはだかる。劾のブルーセカンドと白いジンがフブキを狙って襲い掛かってくる。これに対して、フブキはメビウスとM1で迎撃に出た。次回「月への道」でお会いしましょう。

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