第116章  シンの力


 

 宇宙を駆ける青と緑の流星。ブルーフレームとメビウスが一対一での激しい戦いを繰り広げている。一緒に出てきたイライジャはあまりの速さに付いていけず、完全に置いていかれていた。

「青い奴、しつこいんだよ!」

 メビウスから小さな方形物体が幾つも排出され、後方に置いて行かれる。それは追撃してくるブルーフレームの前で次々に炸裂し、強烈な光を生み出した。キースがばら撒いたのは閃光弾だったらしい。この光にブルーフレームの光学センサーが光量補正をかけたが、それでも劾が目を閉じて顔を背けるほどの光がモニターから入ってくる。
 ブルーフレームの動きが止まった隙にメビウスはターンを終え、再びブルーフレームに弾丸のシャワーを浴びせかけた。その砲弾がブルーフレームの翳したシールドを何度も叩いて火花を散らし、そのままメビウスが反対側に駆け抜けていく。真横を駆け抜けていくメビウスに劾は頭部のイーゲルシュテルンを叩き込んだが、一瞬のタイミングでは命中弾は出せなかった。

 戦いは逃げ回るメビウスをブルーフレームが追いかけるという形となっていたが、流石の劾もキースを相手にかなり手を焼いていた。キースはフラガやフレイのような空間認識能力は無いのだが、実戦で鍛えた戦闘の勘と豊富な経験によって2人に劣らない回避能力を発揮する。その回避能力に劾は無駄弾をばら撒く事を強いられ、エネルギー消費に顔を顰めていた。

「くっ、ここまで動くとは」

 強いだろうとは思っていたが、正直舐めていた事を劾は認めるしかなかった。メビウスでここまで動けるなどと、誰が想像するだろうか。
 だが、キースの方も状況は最悪だ。劾の射撃はちょっとでも気を抜けば直撃を免れない砲撃ばかりで、機体各所には至近を通過したビームの粒子による被害が積み重なっている。機体に積んだプロペラントタンクも2基が破壊されて推進剤をばら撒いてしまい、帰艦に必要な予備が失われていく。
 時間を稼げればいい、という程度に考えていたキースだったのだが、既にそんな考えは吹き飛び、ひたすらに逃げ回る事を余儀なくされている。積めるだけ積み込んだプロペラントが重荷となり、回避運動が限界に来ている。

「青い奴、だんだんこっちの回避に慣れてきたな。癖も読まれているようだし、そろそろやばいか」

 向こうの目がこちらのスピードに慣れてきている。こうなるとだんだん命中率が上がり、いずれ直撃を受けるだろう。頭部イーゲルシュテルンの75mmでもこっちには致命的な武器なのだから、こっちは食らうわけにはいかないのだ。

 そして、遂に直撃が出た。こちらの回避機動を読まれたのだろう。ブルーフレームの放ったビームがこちらの移動宙域に直進してきて、直撃コースに来ている。

「畜生!」

 罵声を上げてアポジモーターに点火し、無理やり自機の軌道を変えようとするキース。それは危険すぎる機動で、余りのGにキースでさえ目の前が一瞬真っ暗になる。しかしそれでも間に合わず、ビームが追加装備していたスラスターユニットの1つを直撃し、これを破壊してしまった。咄嗟にキースが手動操作で切り離したので本体への誘爆は避けられたが、これで速度が落ちるのは避けられない。

 このままでは負ける。そう確信してしまったキースは、どうしたものかと操作パネル上のスイッチを見る。これを押せばプロペラントタンクを切り離して身軽になれる。そうすればこの状況を引っ繰り返す事ができるかもしれない。だが、そんな事をしたら自分はフブキに戻れなくなる。
 どうするかと悩んだキースはコクピットに貼ってある写真に目を向けた。

「……悪い艦長、帰れそうもないわ」

 私服姿のナタルの写真に謝って、キースは全てのプロペラントを捨てた。これでかなり軽くなり、機動性と運動性が向上する。それまで以上の加速と素早い回避運動を始めたキースは、ブルーフレームに反撃に出た。

「しょうがないよな、子供を先に死なせるわけにはいかないし。それに、俺の命は何時終わるか分からない安物の欠陥品だからなあ!」

 ブルーフレームの前で連続した横滑り機動を繰り返し、ガトリングのシャワーを浴びせかける。装甲は紙同然のブルーフレームがこんな物を受ければただでは済まないので、劾は大きな動きで射線上から退避していく。

「錘を捨てたか。厄介な奴だ!」

 ただ経験豊富なだけではなく、思い切りが良い。こういう奴はかなりやり辛い相手だ。
 直線での急加速だけでなく、垂直、水平の動きまで加わっているキースのメビウスはまるでファントムだ。それにキースというエースパイロットが乗っている事で、このメビウスは下手なMS以上の強さを見せている。
 ブルーフレームに突っ込んでいくメビウスにやっと追いついてきたイライジャが重突撃機銃を向け、横から狙い撃ちにしようとする。このメビウスは直線的な動きしかしないので、横からなら狙う事は可能だった。

「MAの癖に虚仮にしやがって、叩き落してやる!」

 しかし、イライジャがトリガーを引く直前、メビウスは照準の中から消えてしまった。そのまま引いたトリガーにしたがって銃弾がたたき出され、何も無い空間に空しく吸い込まれていく。何処に行ったと慌てて周囲を確認すると、いつの間にかメビウスはイライジャから見て垂直方向に移動していた。どうやら機首を上げて急上昇したのではなく、直線機動から垂直に横滑りをしてこっちのロックを外したらしい。
 そのまま飛び去ろうとするメビウスを劾がビームライフルで狙おうとするが、すぐに照準を外されてしまう。接近戦に持ち込みたくても向こうのが速いので追いつけない。MAはMSより弱いというのが一般的な常識だが、性能を使いこなせるパイロットの手にかかればここまで手強くなるのだ。MAや戦闘機にとって速さは防御力になる。それはMSの登場した今でも通用する。だからこそ、急加速を繰り返せるキースのメビウスは手強い相手となる。




 このメビウスは手強い、それを認めた劾は、イライジャと挟み込んで落とす事にした。1人では追いきれないと認めたのだ。

「イライジャ、俺がメビウスの頭を押さえる。お前は後ろに回って退路を塞げ!」
「ああ、分かった!」
「行くぞ!」

 2手に分かれる劾とイライジャ。それを見たキースはまずい事になったと顔を顰めている。そして2機を一度振り切ろうと考え、機首を上に向けて急上昇し始めた。それを後ろからイライジャが重突撃機銃で撃ちまくるが、命中弾は出なかった。しかしキースに回避運動をさせる事で逃げ足は遅くなっており、劾が先へと回り込んでくる事が出来た。

「終わりだな!」
「こいつ!」

 照準を付けている暇は無い。キースはロックもせずにトリガーを引き、レールガンとガトリングガンをフルオートで放った。対する劾もビームライフルとイーゲルシュテルンをばら撒き、更に左手に持つビームサーベルで突っ込んできたメビウスに切りつける。
 メビウスとブルーフレームが交差し、互いに反対側へと突き抜ける。そして2機とも被弾の跡を見せていた。ブルーフレームには4箇所に弾痕が見られ、うち2箇所は装甲を貫通されている。メビウスの方はビームに機体の一部を抉られ、更にサーベルに斬り付けられたレールガンを捨てている。

「手ごたえはあったが、致命傷にはならなかったか」

 メビウスが火を吹く事もなく飛んでいるのを確かめて、劾は浅かったかと少し悔しそうに呟いた。そこにイライジャが追いついてきて、被弾しているブルーフレームに驚いていた。

「劾、あんたが食らったのか?」
「正面に無照準でばら撒いてきたからな。回避し切れなかった」
「大丈夫なのか?」
「ああ、今の所以上は出ていない。被弾箇所への電源供給もカットしている。爆発の心配は無いだろう。それより、あいつだ」
「ああ、行き足が落ちてるな。ダメージは向こうのが深刻か?」

 確かにスピードが落ちている。これなら追い込む事が出来るとイライジャは嬉しそうだったが、劾はまだ安心できないようだった。あれだけの技量を持つパイロットだ。足が落ちたといっても、まだ手を持っているかもしれない。
 そして止めを刺そうとメビウスに向う劾の元に、ヘルテンから通信が届いた。

「サーペントテール、追っていた駆逐艦が反転、迎撃の態勢を取った」
「逃げ切れないと悟ったか?」
「さあな。とにかくこっちは攻撃に入る。そっちも早く始末してこっちに来てくれ」

 オーブ駆逐艦とヘルテンが戦う事になったという知らせに、劾は意外と感じていた。このメビウスの動きから、駆逐艦の方は逃げるつもりだと考えていたのに。




 そしてキースはメビウスの状態を確かめて、これ以上は無理だなと諦め混じりに呟いていた。レールガンを捨てた以外にも機体各所のアポジモーターの幾つかが焼かれて使えなくなっており、これまでのような回避運動は望めない。しかもメインスラスターにもダメージが行っているようで加速性能が落ちている。これはキースにとっては半身不随になったにも等しい。オマケに索敵機器のセンサー系が立て続けのビームの至近弾でお釈迦になっている。特に正面のレーダーは使い物にならない。
 さらに悪い事に後方監視レーダーが追いついて来るブルーフレームとジンを捕らえる。どうやらもう逃げる事も出来ないらしいと悟ったキースは、何故か自嘲気味に笑っていた。

「メビウスで良くやった方かな。まあ、予定表より少し死ぬのが早まった、というところか」

 何時死んでも、何処で終わっても良い旅だった。家族を亡くして軍に入ったあの日に、自分は既に死んでいたのだから。いや、調整体なんて生き物にされてしまったのだから、元々生まれた瞬間から人生を否定されていたのだろう。アークエンジェルに乗ってからの旅は楽しい物だったが、どうせ死に逝く運命だったのだ。体が拒絶反応を起こして壊れるか、戦死するか、どちらにせよそう先の事ではないと何時も思っていた。

「これが強化人間の末路だな。運命は変えられないか」

 諦め混じりに呟くキース。しかし、いきなり通信機から飛び出してきた大声の罵声がキースの耳朶をしたたかに叩いた。

「ふざけんな、何言ってんだあんたはっ!」

 吃驚したキースは、正面から迫る赤いMSに目を奪われた。馬鹿な、何でここにM1がいるのだ。しかもあれはS型だ。あれを使っているのは、今のオーブには1人しかいない。カガリ用の機体を使うような不届き者は、自由オーブ軍には1人しか居ないのだから。

「シ、シン?」

 シンのM1Sは迫るブルーフレームとジンにビームを叩き込み、左右に散らせる。そしてキースのメビウスを庇うように近くに付いた。

「強化人間の運命だ? 予定表だ? 何寝ぼけた事言ってるんだよ、そんな予定キャンセルすれば良いだろ!」
「おいおい、キャンセルってな……」
「下らない事言ってる暇があったら、最後まで足掻けよ。こんなとこで投げ出すなよ!」

 そう叫んで、シンはブルーフレームに挑んでいく。それを見送ったキースは、今度は正面で交差するビームの輝きを見た。どうやらフブキまで来ているらしい。一体何を考えているんだこいつらは、という怒りが込み上げてきたが、別の部分では何故か苦笑いの衝動も込み上げてきている。

「諦めるなよ、か……」

 シンに叱られるとは思わなかったが、今回はシンに言い負かされたようだ。キースはやれやれと肩の力を抜くと、フブキに機体を向けた。まずはフブキに戻って機を直す事だ。




 新たに現れたM1と激突した劾は、その高性能な機体に手を焼く事になる。M1Sは従来のM1よりあらゆる面で性能向上が図られている。その性能は多少強化されたブルーフレームを上回っている。

「M1をここまで強化したのか」

 動きはもの凄く速い。加速性能、運動性能共にブルーフレームを超えている。武装はM1と大して変わらないようだが、胸部に2門の固定砲を搭載しているようで、中・近距離での火力を向上させているようだ。どういう意図があったのかは知らないが、随分と豪華な装備を持つM1だと劾は思った。
 それでも劾は怯む事はなかった。性能で勝っていても技量で埋められると劾は考えている。そして、劾の技量は確かにシンをはるかに上回っていた。それは互いの戦技の差ですぐに分かってしまうほどの差である。
 M1Sが放ってくるビームを悉く空振りさせた劾は、このM1のパイロットが先のメビウスのパイロットとは比較にならないほど未熟である事をすぐに見抜いていた。

「射撃勘が甘い、先読みも出来て無いようだな」

 ただ闇雲に撃っているだけの射撃では、劾には何ほどの脅威ともならない。そしてエメラルドのメビウスを仕留める好機を逸した事もあってか、劾は少し不機嫌だった。その僅かな怒りがメビウスに向けられる。

「俺の前に出てきたのは、運が無かったな」

 反撃にビームライフルを向けてビームを叩き込む。それをシンがシールドで受けたが、その僅かな間にシンはブルーフレームの接近を許してしまった。

「遅い!」

 抜かれたビームサーベルがM1Sに向けて振られ、M1Sはがむしゃらにシールドでそれを受け止める。だが、その動きでがら空きになった胴体に劾は即座に蹴りを叩き込み、M1Sを吹き飛ばした。
 蹴り飛ばされた衝撃にコクピットで顔を顰めるシン。この青いM1に似たMSは桁違いに強い、それをシンは苦い思いで受け入れていた。だが、負けるとは思わない。そう、負けるわけにはいかないのだ。

「約束したんだよ、薬を貰ってすぐに帰ってくるってな。だから、こんな所で梃子摺ってなんかいられないんだ!」

 ビームライフルを腰に固定し、ビームサーベルを抜いてブルーフレームに挑むシン。それを迎え撃つ劾。2機のアストレイがぶつかりあうが、それはやはりブルーフレームが優勢だった。接近戦は技量差がはっきりと出る戦いなので、シンと劾の技量の差がそのまま出てしまっている。
 ただ、シンにとっては中距離砲戦よりも接近戦の方がまだ頑張れるという自信がある。フレイやキラを相手に磨かれた近距離戦のセンスは、時としてフレイさえ苦戦させるほどのものだから。
 ビームサーベルをシールドで受け止め、あるいは躱し、機体をぶつけ合って距離を取る。それは酷く野蛮な戦いであったが、並みのパイロットでは手を出せない凄まじい戦いであった。実際、近くで見ているイライジャには手が出せない。
 そして劾は、このM1Sにだんだん焦りを感じるようになっていた。信じ難いことだが、こいつは戦っている最中だというのに、だんだん速く動くようになっている。時折繰り出される電光のような一撃は劾から見ても手強いと思わせるほどに鋭く、このM1のパイロットがこちらの隙を突いているのが分かる。

「戦いの中で、自分を伸ばしているのか?」

 そんな馬鹿な話があるかと劾は自分の考えを否定したが、それでは目の前のこいつは何なのだ。最初はただ闇雲に動いていただけなのに、だんだんと動きが良くなっている。こちらの攻撃を受け止めるシールドの使い方も様になってきている。振るわれるビームサーベルもだんだんと鋭い一撃が出るようになっている。そして先読みも勘もだんだんと良くなっているようなのだ。
 いや、はっきり言ってしまえば、目の前のM1は自分の動きに付いてこれるようになっているのだ。そう、シンは強い相手とぶつかると、その相手の強さに引き摺られるように自身の強さを上げていくという変り種な能力を持っていたのである。これは彼の実力はまだ大した事は無いが、潜在的な才能は優れているという事を示している。フレイと訓練していた時なども、時折無我夢中になって実力以上の動きをする時があったのもそうだ。
 シンは今、ステラとの約束という精神的な重責と劾という強敵を前にしてその力を無理やり引き出していたのである。この強さの秘密はフレイに散々叩き込まれた基礎動作の蓄積にある。実戦には出ないのだから普通に動かせるようになれば良い、と考えたフレイはひたすら基本動作を叩き込んでいたのだが、それが戦場でのシンの実力を引き出す土台となっていたのだ。




 フブキに着艦したキースは整備兵に武装をノーマルに戻す事と索敵機器をユニットごと全交換してくれと頼んで、自分は艦橋に連絡を入れた。

「艦長、何で戻ってきたんだ!?」
「おいおい、助けに来てやったのにそれは無いだろう」
「俺が何で残ったと思ってるんだ?」
「ああ、それなら大丈夫だ。お前が出撃した後、連合軍と連絡が取れてな。迎えの部隊はすぐ傍まで来ている」
「……そうか、そういう事か」

 すぐに援軍が来る、という事が分かったので、フブキは反転してキースの援護に戻ってきたのだ。連合の艦隊が来ればこいつらは確かに撤退するに違いない。

「状況は分かった。それで、マユラたちは?」
「今ザフトのMSと交戦しているが、苦戦している」
「2機だからな」

 ローラシア級なら5〜6機は積んでいるだろう。それに2機では不利なのも無理は無い。自分が出れるようになるまで、無事でいてくれれば良いんだがと考えていた。メビウスが直るにはまだ少しかかりそうなのだ。とにかく急がせようと思い、内線を切って整備中のメビウスのほうに戻る。

「急いでくれ、3分で仕上げるんだ!」
「無茶苦茶言わないでくださいよ!」

 キースの要求に整備兵たちが悲鳴を上げたが、キースはそんな悲鳴など聞いてはくれなかった。

「やるんだよ。早くしないと、この船がジンに沈められるんだぞ!」

 戦っているのがキラやフラガならともかく、エドワードとマユラだけでは長くは持たない。フブキがジンに取り付かれて撃沈される前に、自分も迎撃に出なくてはいけないのだ。とにかく連合軍が来るまで持たせなくてはいけない。




 外ではエドワードとマユラのM1が6機のジンを相手に必死に防衛戦を繰り広げていた。フブキの対空砲火を加えて戦っているのだが、それでも不利は免れない。ジンは4機が重突撃機銃、2機がバズーカという装備で、対艦攻撃を考えているのが一目で分かる。これに対してM1はリニアライフルを装備していた。相手がジンなら弾数が少ないビームライフルより、リニアライフルの方が便利だと考えていたのだ。
 しかし、今回は敵にはかなり厄介な白いジンがいる。今の所エドワードが相手をしているが、性能で遙かに勝るはずのM1Bを使っていてなお互角に持ち込まれている。この相手は強いというよりも、上手いパイロットだった。
 ただ、エドワードは厄介な相手だと思っていたが、対しているジャンには厄介どころの話ではなかった。M1の相手はジンでは厳しいどころの話ではない。何しろM1はジンの攻撃を防ぐ事が出来るのに、ジンにはM1の攻撃を防ぐ手段が無いのだ。リニアライフル、ビームサーベルのどちらでもジンは一撃で破壊されてしまう。しかも重斬刀ではビームサーベルに切払われて壊されてしまうので、接近戦を仕掛ける事は出来ない。2機の戦いは伯仲しているように見えるが、実際にはジャンの方がかなり不利であった。




 そしてエドワードがジャンの相手をしているせいで、残りの5機を相手にする羽目になったマユラは悲鳴を上げていた。相手はジンばかりで、しかもジャンが相手にしている奴に較べたらはるかに弱い連中ではあったが、それでも5機も居れば洒落にならない。

「ちょっとお、私1人で戦えって言う訳!?」
「対空砲火の中に入れ。外に出ると袋叩きにされるぞ!」

 フブキの艦長が重突撃機銃の集中砲火を浴びているマユラを見てそう言ったが、それはそれで困難な事だ。マユラの技量ではこの5機を振り切って艦に戻る事も出来そうに無い。
 相次ぐ被弾の衝撃と止まぬ攻撃に耐えかねてエドワードに助けを求めるが、エドワードも助けに行ける余裕は無く、マユラを助けてくれそうな仲間は居なかったかに思えたが、それはフブキの艦内から姿を現した。なんとノーマルのメビウスである。

「マユラ、まだ生きてるな!?」
「た、大尉、何でそんなメビウスに!?」
「ボロボロのオプション下ろして、被弾した部分を全部標準品に付け替えたからな。おかげで普通のメビウスみたいになっちまった!」

 元々キースのメビウスは付けるだけ付けた推進器と、大量の火器が特徴的なのだが、今回出てきたメビウスはリニアガン1門にバルカン2門というありふれた火器にミサイルを装備しただけの、色がエメラルドなだけの何処にでも居る普通のメビウスだった。
これが出てきたのを見てマユラは死ぬ気かと思ってしまったが、それは杞憂だとすぐに理解できた。キースは普通のメビウスでもいつもと変わらぬ動きをしてジンを引っ掻き回している。確かに足は何時も使っている機体より遅いが、それでもジン相手には十分通用するようで、ジン部隊は良い様に引っ掻き回されていた。
そのなんとも滑稽な動きに、キースはあの白い奴以外は大した事は無いとすぐに察する事が出来た。こう言ってはなんだが、マユラの方が腕は上だろう。そう判断したキースはマユラに通信を入れた。

「マユラ、俺が引き付けるからお前が落とせ、コンビネーションプレイをするぞ!」
「ええ!?」
「ほら、さっさと落としてくれよ!」

 キースが技とスピードを制御し、ジンが追いついてこれるように調整する。これに3機のジンが誘われてキースの左右から向かってきた所でキースが加速し、ジンが離される。これに怒ったジンがメビウスを追って加速した所を背後に回りこんだマユラがビームライフルで1機を落とす。
 これで我に返ったジン2機が左右に散っていったが、右に逃げた方はキースの射線上に機体を晒してしまい、リニアガンを天頂方向から叩き込まれて撃破されてしまった。
 これで3機に減ったジンが一度合流してフブキから離れていく。相手が尋常では無い強さだと理解出来たらしい。キースもマユラと合流し、態勢を立て直している。

「マユラ、スコア更新だな。そろそろエースか?」
「ま、まだ4機目です!」
「3回目の実戦で撃墜4機なら上出来さ。頑張ればエースに届くぞ」

 パイロットにとってエースという称号は喉から手が出るほどに欲しいものだ。まあそう簡単に手に入るものでは無いのだが。キースやフラガくらいになると撃墜数など数えてはいないし、数えてる暇も無い。そもそも撃墜数などに興味が無い。キースはシップエースとしての拘りはあるが、MSや戦闘機の数はどうでも良いと思っている。
 M1とメビウスがジンと睨み合っている隣ではフブキとヘルテンが砲戦を行っている。ただ、互いにアンチビーム爆雷を使って防御を固めながらの戦いなのでどうにも決着が付きそうに無い。この状況はフブキが意図的に生み出したものだ。膠着状態を作りあげて時間を稼げば、すぐに援軍が来るという強みがフブキにはあったから。
 そして、フブキはその賭けに勝った。

「10時の方向から高エネルギー反応!」
「やっと来たか!」

 フブキのオペレーターが突然の反応に声を上げ、艦長が歓喜の声を上げる。その直後にヘルテンの周辺を何条ものビームが貫いていった。それを見たヘルテンの艦長が驚きの声を上げる。

「な、何だ!?」
「艦長、敵です。4時の方向から!」
「敵だと、こんな時にか!?」

 レーダーに映る6つの光点。それはフブキを迎えに来た連合の艦隊であった。その艦隊から小さな光点が次々に分かれていくのを確かめた艦長は、顔色を青くして艦に退却を命令した。もう勝ち目は無くなったのだ。




 ジンと激しい戦いを繰り広げていたキースの目の前で、いきなり1機のジンが後方からの攻撃を受けて右足を吹き飛ばされた。それが何かと思う間も無く四方から砲撃されてそのジンがバラバラにされてしまう。この攻撃を、キースは幾度も見た事があった。

「まさか、ガンバレルか!?」

 メビウスゼロが来ているのかと思ったのだが、キースの前に現れたのはガンバレルを背負ったクライシスだった。他にも同様のガンバレルを背負った105ダガーの姿もある。そして通信機から聞こえてきた声は、キースにとって随分久しぶりに聞いた物であった。

「何だ、そこのメビウス、物騒な色を使ってるな!?」
「その声は、シェバリエ大尉ですか?」
「おいおい、お前本当にキースか、何でこんな所にいるんだ?」

 助けにやって来たのはモーガン・シェバリエ大尉、月下の狂犬と呼ばれる連合のエースパイロットの1人であった。どうやら月基地から駆けつけてくれたらしいと悟り、キースはやれやれとシートに深く腰を沈めてヘルメットを脱いでいた。



 ブルーフレームとM1S、同じ系列に属する試作機と研究機がぶつかりあう。最高の傭兵に子供が立ち向かう姿はおかしいと感じるが、2機は対等に近い勝負を繰り広げていた。ブルーフレームの性能がM1Sに劣っているという不利はある。ブルーフレームがキースとの戦いで消耗していたという事も理由だろう。
 だが、それだけではなかった。戦っている劾自身が感じている事だが、このパイロットはだんだん速くなっている。もはや間違いは無い、このM1のパイロットは実戦を経験するたびに腕を上げていく、極端な成長期にあるパイロットだ。これは歴史上にも幾度か見る事の出来る事例で、それまでパッとしなかったパイロットが機体を乗り換える、あるいは戦場を変えることで突如才能を開花し、撃墜スコアを劇的に伸ばす事がある。シンもこの類のようだ。

「このおおお!」
「ちっ、厄介な!」

 懐に飛び込み、ビームサーベルが横薙ぎに振るわれる。それを劾はシールドで受け止めたが、バッテリーがそろそろ悲鳴を上げるようになっていた。残量を示すゲージは当に危険域を示しており、警報が鳴っている。向こうの機体は新しい分まだ余裕がありそうだが、ブルーフレームは限界が来ていた。
 しかし、まだ負けはしないと思っている劾の元に凶報が飛び込んできた。ロレッタの珍しく冷静さを欠いた声が通信波に乗って飛び込んできたのだ。

「劾、時間切れだわ、すぐに戻って!」
「どうしたロレッタ?」
「連合軍が来たわ。艦船6隻、MSとMAが20機上!」
「速いな、もう来たか……」

 こちらの3倍の戦力を相手にしてはどうにもならない。劾は引き上げるべきだと判断したが、問題は目の前のM1Sだろう。劾でも手を焼く強さは、かなりの脅威だ。

「何時までも時間をかけてはいられん、か」

 無傷で勝つために手間をかけるより、多少の傷を覚悟しても一撃でケリをつけるべきだ。そう決めると、劾は愛機をM1Sめがけて加速させた。
 突っ込んでくるブルーフレームに対してシンはビームサーベルを構え直す。そしてブルーフレームがシールドを前に出したまま突っ込んでくるのを見て、焦った声を上げてしまった。

「お、おい、まさか突っ込んでくる気かよ!?」

 その通りだった。ブルーフレームはM1Sにシールドチャージを仕掛けてきたのだ。盾を前に重量を武器に体当たりをしてくるブルーフレームをシンはシールドで受け止めようとしたが、流石に関節が持たず左腕が肘の所で壊れてしまう。しかしシンも負けじとビームサーベルを振るい、体当たりをしてきたブルーフレームの右腕を切りつけ、肩の辺りで切り落としてしまう。
 これでビームサーベルを無くしたブルーフレームにシンは勝てると思ったのだが、その直後にシールドを捨てたブルーフレームの左腕に握られていたアーマーシュナイダーがM1Sの頭部に真横から叩きつけるように突き刺され、破壊されてしまった。

「しまった、カメラが!?」

 メインカメラを潰され、モニターが使えなくなったシンが焦ってサブカメラに切り替えるが、この時既にブルーフレームはM1Sから離れ、遠くに移動していた。最初からこの一瞬の時間を稼ぎ出すのが狙いだったのだろう。
 シンは怒って胸部のマシンキャノンを撃ちまくったが、残念ながらサブカメラの不鮮明な映像から照準を付けることは出来ず、ブルーフレームにあっさりと逃げられてしまった。

「逃げられた……見逃されたのか?」

 向こうの方が間違いなく強かったのに、どうして逃げたのだろうとシンは不思議そうに呟いたが、その答えはすぐにわかった。フブキから通信が届いて連合の艦隊が来たと知らせてきたのだ。
 それで助かったのだと理解出来たシンは、ようやく全身の緊張を解いた。周辺には見た事があるストライクダガーや、見た事も無いMSやMAが周辺に現れ、護衛をしてくれている。その中の1機が近付いてきて、機体を両手で掴んできた。

「損傷しているな、母艦に運んでやるよ」
「え、ええっと……すいません、お願いします」
「ん、子供じゃないか。オーブはこんな子供も戦争に出してるのか?」

 モニターに出てきたシンに驚いた相手のパイロットが困った声を出す。まさか13歳の子供がMSを使っているとは流石に思わないのだろう。

 連合艦隊と放流できたフブキは月に向けて航行を再開した。その途上ではもうザフトの襲撃は無く、極めて平穏な船旅となった。だが、キースたちは気付いていなかった。この襲撃が、これまでとは別の第3勢力の手で行われた物だという事を。これがオーブとラクスの、初めての戦いであったという事を。





 小惑星基地クリント、ハーヴィック率いる艦隊が駐留している、地球軌道に近い中継基地であり、アメノミハシラ攻略部隊の拠点でもある。先のヨーロッパを脱出した部隊の回収作戦で大きな損害を出し、戦力を撃ち減らされていたのだが、エザリアの梃入れで戦力を回復していた。数は少なくなっていたが、質的に強化されていたのだ。
 クリントの宇宙港に入港してきた補充の艦隊を目にしたハーヴィックはエザリアの気前の良さに感心していた。

「驚いたな、まさかこんな新造艦が回ってくるとは」
「はい、改エターナル級ですね」

 副官と共に入港してきたエターナル級を強化した改エターナル級の雄姿を感嘆と共に見ていた。その後方からローラシア級4隻と、連合から鹵獲した戦艦2隻、駆逐艦6隻が続いていた。
 ザフトには新造艦が回ってくる事が珍しくなっていた。建造する為のドックと資材が損傷艦の修理に使われているので、新造艦の建造、特に主力を成す予定のナスカ級の量産が遅々として進んでいない。その代わりとでもいうかのように配備が進んでいるのがこうした鹵獲艦艇だ。
 鹵獲兵器の活用を積極的に進めていたのはユウキ隊長だった。彼はザフトの装備が不足することを予測し、サルベージ専門の部隊を組織して宇宙のゴミを漁り続けていたのだ。比較的原形を留めている艦は修復されて再利用され、修復できそうも無い艦は部品取りに使う。こうして修復した艦艇は塗装を塗り替えた上で後方航路の警戒などの2線級任務に利用されていたのだ。
 だが、それがとうとう前線に出てくるようになった。もう後方任務などと贅沢を言っていられるような状況ではなく、戦える艦は全て最前線に送られるようになっている。鹵獲した駆逐艦や戦艦はMSを運用出来ないのだが、中には運用能力を与えられた艦もある。ここに回された艦は運用能力を持ってはいないようだが、砲戦には十分に役に立つとして送ってきたのだろう。

 しかし、ハーヴィックは不満だった。これらの後方に使っていた艦は乗組員の錬度が総じて低い。ザフトは後方任務を将兵の訓練代わりにしているので、こういった艦には訓練途上の兵が多く乗り込んでいるのだ。そんな未熟な兵に使われる艦が前線で役に立つと思うほど、ハーヴィックは戦場を知らないわけではない。

「まあ、MSは良いのが送られてきたようだな。ジャスティス2機にフリーダム1機、それにゲイツとジンHMか。パイロットはベテランか?」
「核動力機はともかく、ジンやゲイツのパイロットは多くが並か、新人です」
「……規定の訓練は終えているのか?」
「書類上ではですがね。まあ、今の情勢じゃ何処まで信用できるか分かりませんが」
「地上から上がってきた奴等の再編成を急いで欲しいもんだな」

 頭痛のしてきた頭を押さえてハーヴィックは不満そうに呟いた。核動力機を回してくれたのはありがたいが、質がどんなに優れていても数の不足は補えない部分がある。核動力機はまだ5機あるので、出来ればゲイツが沢山欲しいと思ったのだ。

「贅沢を言ってたらキリが無いか。それで、あの新型艦はすぐに使えそうか?」
「試験航海を途中で切り上げてこっちに回して貰った新型ですからね。ドックで点検をする必要があります」
「それで補修箇所が見つかれば、あれは使えないか」

 期待はしないでおくかと考えて、ハーヴィックは踵を返して宇宙港に背を向けた。

「部隊の編成をするぞ。アメノミハシラを落とさなくちゃいかんからな」
「分かっています、エザリア議長が煩いですからな」

 明日には再出撃しなくてはいけない。その為に使える部隊を再編成しなくてはいけないのだ。その為に必要な戦力は送ってもらったと言いたいが、果たして何処までやれるか。ハーヴィックにはこの戦いがどうにも不安であった。




後書き

ジム改 次はようやく月だ。
カガリ キースは噛ませ犬か。
ジム改 まあ気にするな。これで薬を貰って月に帰るぞ。
カガリ 戻ってくるねえ、私はなんか凄く嫌な予感がするんだが?
ジム改 気のせいだよ。
カガリ 今アメノミハシラにはキラしか居ないんだよな?
ジム改 まあそうだな。
カガリ ザフトはNJC機を大量に持ってるんだよな?
ジム改 その通り。
カガリ …………
ジム改 ええ、それでは次回予告を。
カガリ 待てこら、手前やっぱりそういう事か!
ジム改 それでは次回、月で戦力の補給を受けるオーブ軍。そこでキースは連合が宇宙でも反撃の準備を整えている事を知った。そしてアメノミハシラに迫るハーヴィック艦隊。この知らせに、カガリは来るべきものが来たかと覚悟を決める。次回「最後の砦」でお会いしましょう。

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