第117章 最後の砦


 

 砂漠と草原が続くアフリカ北部を進むユーラシア連邦軍。ヨーロッパで勝利した事で戦線をこちらに絞り込む事が出来たユーラシアは、持てる全ての力をアフリカに振り向けている。目指すはビクトリアレイクにあるビクトリア宇宙港。ここを制圧しマスドライバーを奪還する事が出来れば、連合軍は第2の宇宙への道を開く事が出来、宇宙での反攻に弾みがつく事になるからだ。
 だが、砂漠を進む戦車隊と、少数のストライクダガー隊の足取りは遅い。ヨーロッパで活躍したレギオンはユーラシア連邦の切り札であったが、稼働率の問題で大半がヨーロッパ戦後に後方に下げられ、再整備を受けているのだ。まあ、戦略的な事情で切り札は足場がしっかりしてくるアフリカ中部まで温存したいと考えていたのである。
 そしてレギオン抜きでアフリカに侵入したユーラシア軍はスエズをあっさりと攻略し、そのままアレキサンドリアを落としてリビア砂漠に入ったのである。ここまでザフトは碌な反撃をしてこなかったが、このリビア砂漠に入ったところでユーラシア軍はザフトの激しい抵抗を受けていた。

 先頭を進むストライクダガーがいきなりシールドごと上半身を吹き飛ばされて後ろ向きに倒れてしまう。それを見て他のストライクダガーが慌てて散開するが、すぐにもう1機が吹き飛ばされた。MSが殺られたのを見てヴァデッド戦車隊が砂丘の陰に入ったが、どこからとも無く飛んでくる砲弾は砂丘ごと戦車を吹き飛ばしてしまう。

「畜生、また出てきやがった、大砲付きのザウートだ!」

 戦車兵が出鱈目な火力と射程を持つこの厄介なザウートを口汚く罵る。そう、砂漠でユーラシア軍を苦しめていたのガンナーザウートだった。何処までも視界が開けているアフリカの大地では、超長射程、大威力を誇るアーバレストは最悪の武器となり、砂漠でも機動力を発揮できる軌装式のザウートのシリーズは自走砲として威力を存分に発揮していたが、その中でもガンナーザウートの威力は絶大だった。何しろ如何なる連合軍兵器もアーバレストの射程には及ばないので、向こうが発砲できてもこちらは撃ち返せないのだ。
 数射して位置を暴露したガンナーザウートは素早く位置を変更してまた撃って来る。こうなるとユーラシア軍には航空支援を求める以外に打つ手が無く、度々進軍を止められていた。しかも厄介な事にザフトはガンナーザウートに対空型ザウートやジンを護衛につけており、航空攻撃でも簡単には撃破出来ない場合がある。
 今回の襲撃でもユーラシア軍は1個師団が暫しの間前進を止められるという被害を受けていた。



 少し後方でアフリカ侵攻軍の先鋒部隊である第32師団の指揮を取っていたのはドミノフ准将だ。彼はかつてドゥシャンベでアークエンジェルと共に戦ったユーラシアの士官で、残存兵力を撤退させた功績で昇進をはたしている。だが、その進軍の足は思ったよりも遅く、ドミノフを苛立たせていた。

「また、ガンナーザウートか」
「は、ダガーが3機、戦車が6両食われました。空軍に支援を要請しましたが、逃げられたようです」
「上手く動くものだな」

 忌々しい相手だが、その戦術能力は賞賛するしか無い。少数のガンナーザウートと護衛のMSでこちらの足を止め、アフリカ共同体から兵をビクトリアレイクにまで退こうとしているのだから。
 
「こちらの後続部隊は?」
「幸い、まだアレキサンドリアで再編中のようです。我々は予定通りトリポリを目指し、カサブランカから西進してくる大西洋連邦軍と合流しましょう」
「そうだな、今はそれしか無いか」

 アフリカ西岸のカサブランカには大西洋連邦軍が上陸し、ヨーロッパを脱出したザフトを蹴散らしているらしい。こちらはさらに艦隊でダカールとケープタウンを攻撃している。一方のユーラシアの地中海艦隊と黒海艦隊はスエズ運河から紅海を抜けてインド洋に入り、アフリカ東岸のモガディシュ、ダルエスサラームを攻撃している。いずれもアフリカ共同体、ザフトの重要拠点であり、ここを叩かれたザフトは大きな犠牲を出している。
 ただ、ザフトは大西洋連邦艦隊よりもユーラシア艦隊を脅威と見たようで、こちらがかなり大規模な迎撃を受けている。ザフトが何を考えているのかは分からないが、どうもアフリカ東岸に敵が来るのをかなり嫌がっているらしい。

タイムスケジュールを考えればこれ以上の遅延は許されない。あと2週間でトブルクを落とし、大西洋連邦と握手して南下しなくてはいけないのだから。

「多少の無茶はするべきか。良し、全軍に行軍を速めさせろ。前方哨戒は空軍に偵察機を常に出させて切れ目を無くして対処する」
「ですが、アンブッシュはどうしますか?」
「空軍に期待するしかなかろうな。まあ、アレキサンドリアの空軍基地が稼動を始めればもっと楽になるだろう」

 殆ど困った時の神頼みだが、本当にそれくらいしか手が無いのだ。作戦全体への影響を考えればこれ以上遅れるのを容認する事も出来ず、ドミノフは多少の犠牲を覚悟して行軍を速める事にしたのだ。





 月に辿り着いたキースたちはそこで基地司令にNJCのデータディスクを渡し、替わりにオーブが要求していた物資や薬の提供を求めている。基地司令にも話は通っていたようで、事はスムーズに進んでいた。ただ、問題なのはキースの処遇だ。キースは大西洋連邦の士官であり、現在は第8任務部隊の所属となっている。そして月には第8任務部隊所属のアークエンジェル級戦艦ヴァーチャーがあるのだ。それを考えれば、キースはここでオーブから離れてヴァーチャーに移るべきだろう。
 だが、この件に関してはキースが頑固にアメノミハシラへの帰還を主張していた。アメノミハシラの防御力は低く、今は少しでも戦力が必要だと基地司令に訴えたのだ。それを聞かされた基地司令は困ったような顔でデスクの上で両手を組み、キースを見上げて問い掛けてきた。

「大尉、君は何か勘違いしとりゃせんかね?」
「何をでしょうか?」
「私は別に君に原隊に戻れなどとは言っとらんよ。第8任務部隊と言っても主力は未だに地球で作戦行動中で、まだ仮編成中だ。それに、君には別命が来ている」
「別命、ですか?」

 なんだか話がおかしな方向に来たと感じてキースは首を傾げている。司令は「ああ」と言って机の引き出しから命令書のような物を取り出し、キースに読んでやった。

「君宛の命令書だ。キーエンス・バゥアー大尉は別命有るまでアメノミハシラ防衛に協力し、ここを保持せよ。と言ってきておる。つまり君がアメノミハシラに戻ることは何の問題も無いな」
「何でそんな命令が出たんでしょうか?」
「さあな、大方丁度良い援軍だとでも思われたんじゃ無いかね。まあ、月基地からもアメノミハシラに部隊を出せという命令は来ておったし、丁度良いから君たちと同行させるとしよう。あと、君用にコスモグラスパーを支給するから宇宙港で受領しておいてくれたまえ」

 基地司令の話はこれで終わりだった。キースとしてはどうにも釈然としなかったものの、まあ希望が叶ったのだから良いかと考えてそれ以上深くは考えなかった。上層部の思惑など、余り深く勘ぐっても碌なことは無いのだから。



 キースが話を終えて戻ってきた頃には宇宙港でフブキの出港準備も終わろうとしていた。フブキには既にコスモグラスパーが搬入されており、キースが受領書にサインをして受け取りを終えた。他にも格納庫には色々と訳の分からないものが積み込まれていて雑然としていたが、その中でも一際目を引いたのがシンのM1Sに取り付けられようとしているストライカーパックだろうか。
 それを見たキースは驚いて近くに整備兵を捕まえてあれは何だと聞いてみた。

「あれは、ソードパックじゃないか?」
「ええ、連合がくれたのをM1Sに付けてるんです」
「付けてるんですって、付けれるもんなのか?」
「M1系は元々バックパック換装システムがありますから。規格は殆ど同じなんで、多少の改修で装着可能です。バッテリーはM1Sはストライクを遙かに超えてますから問題無いですし」
「なるほどねえ」

 考えてみればM1の宇宙用バックパックはエールパックみたいだった。エドワードのディスクの件もあるし、何となくM1の裏事情を察してしまったキースだったが、まあその辺りには突っ込まないでおく。アズラエルから戦後にライセンス料の請求が来たとしても自分には関係の無い話だから。
 このエールパックを装備したM1Sを、シンはなんだか目を輝かせて見上げていた。その隣にはエドワードとマユラが居て、こちらは面白そうに見上げている。そこに自分も加わるかと思ったキースだったが、歩き出すよりも速く誰かに肩を掴まれてしまった。

「よお、顔合わせるのは久しぶりだなキース」
「ああ、誰かと思ったらシュバリエ大尉」

 キースの肩を掴んだのはモーガン・シュバリエ大尉だった。ユーラシアから大西洋連邦に出向してMS戦術の確立を目指している変わった人物だ。2人は右拳をぶつけ合わせた後、肩を並べてM1Sの近くまで歩いていった。

「しっかし、幾ら嫌われて余ってるからって、ストライカーパックをくれてやるとは思わなかったな」
「廃物利用みたいなもんでしょ。ソードなんてアークエンジェルでも使ってなかった装備ですし」

 M1Sに付けられてるのは試作型ではなく、マドラスでアルフレットのストライクG型が装備していた改良型であったが、改良されていても結局一般のパイロットには受け入れられず、お蔵入りしていたらしい。まあ普通は機動性が向上し、中・近距離でバランスが取れているエールを選ぶだろう。格闘戦は高い技量が要求される上に間合をつめるのが大変なので、一部の趣味で使うパイロット以外には無視されている。
 これをM1Sに取り付けたら何が変わるのかというのが問題だが、まあそれは使う人間に聞くのが一番早いのでシンにどうするのかを聞いてみた。

「シン、なんでソードなんか付けたんだ?」
「僕は接近戦の方が得意みたいなんで、ならそれに向いた装備が良いかなって思ったんです。足は何時もより遅くなるみたいですけど、まあ何とかなりますよ。班長の話じゃM1はストライクよりもかなり軽いから、連合が言うほど遅くはならないって言ってましたし」
「なるほどね」

 得意な戦法に合わせて機体を調整するのはキースも同じなので、シンのいう事は良く理解できた。それにストライクと違ってシールドとビームライフルを装備して、左腕に装備される筈の追加装甲やレーザー砲は装備していない。どうやら対艦刀だけが欲しかったらしい。
 キースがM1Sの改修をしげしげと眺めていると、エドワードとマユラがキースに隣の人は誰かと聞いてきた。

「キースさん、そっちの軍人さんは?」
「ああ、モーガン・シュバリエ大尉。月下の狂犬と呼ばれるパイロットだよ」
「月下の狂犬って、何です?」

 異名の意味が分からなかったらしいシンが何それと聞いてくる。それを聞いたキースは苦笑しながらモーガンを見て、そしてシンに説明してやる。

「実はこの大尉は昔狂犬病に感染してな。それ以来月を見ると暴れだすという奇特な習性が出来てしまったんだ。それでついたあだ名が月下の狂犬という……」
「ちょっと待てお前、何出鱈目言ってるんだ!?」
「しかも困った事に当人には記憶が無いようでな。自覚症状が無いってのは本当に迷惑だ」

 ことさら深刻そうな顔で言ってくれるキースの襟首掴み上げてモーガンが抗議の声を上げた。掴まれたキースはそれを振り払う事もせず、逆にクックックとなんだか危ない笑い方をしている。

「月基地じゃこれで広まってるじゃないですか?」
「誰かが広めた出鱈目だ! て、まさかお前が出所じゃないだろうな?」
「そんな訳無いじゃないですか」

 無茶苦茶白々しい事を言うキース。勿論そんな言葉は誰も信じてくれてはいない。こいつが広めたんだという確信を得たモーガンであったが、まあそれ以上はなんも言わず、キースを解放した。
 解放されたキースは軍服を正すと、やれやれという態度で肩を竦め、改めてモーガンに由来を正してきた。

「ではどういう由来でしたかね?」
「……いや、そう突っ込まれると俺にも答えられないんだが。何時の頃からかそう呼ばれるようになっただけだからな」

 実はモーガンも知らないこの名前の由来。そもそも何時頃から出てきたのかさえ良く分からないのに、発案者など発見できる筈も無い。まあモーガン自身が嫌がって無いので問題は無いのだろうが。

「それで、こっちに戻ってくるのか。腕の良い奴はいつでも大歓迎するが?」

 こっちに戻ってくる。その言葉にエドワードとマユラとシンが弾かれるようにキースを見た。そうだ、キースは連合軍の大尉で、自分達と一緒に居たのは単なる成り行きの問題でしかない。友軍と合流できたのだから、キースはここでフブキを降りるのが当然なのだ。でもキースが居なくなったら、これからオーブ軍はやっていけるのだろうかという不安は大きい。キースはアメノミハシラでただ1人の豊富な実戦経験を持つ士官で、現在のオーブ軍にとって頼れる藁だったのだから。
 3人が物凄く不安そうな顔で自分を見てくるので、キースは焦りさえ浮かべてしまっていた。さすがの彼もこんな視線を複数から向けられた経験は滅多に無い。

「ああ、その事なんだが、命令でもう少しオーブ軍と行動を共にする事になったんだ。だから、まだ暫くは向こうに居る事になるな」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、また暫く厄介になる」

 キースがアメノミハシラにまだ暫く残ってくれると聞いたマユラが喜びの声を上げ、エドワードとシンがホッと安堵の息を漏らしている。そしてモーガンは少し残念そうな顔でキースに右手を差し出してきた。

「そうか、まあ仕方が無いな。次はこんなドタバタした時じゃなく、もっとゆっくりと会えるのを期待してるぜ」
「そうですね、酒でも飲みながら、ゆっくりと」

 差し出された手をがっちりと握り返して、キースはモーガンとの再会を約束した。守れるかどうかは分からないが、約束しておくとまた会えるのではと考えてしまうものだ。まあ、願掛けのような類である。
 キースたちに別れを告げてモーガンが去っていき、残された4人はそれぞれの仕事に戻ろうと思ったのだが、そこにいきなりとんでもない報せが飛び込んできた。

「アメノミハシラに向う全艦艇に告ぐ、出航を30分後に繰り上げる。各艦は急ぎ準備せよ!」

 この放送がいきなり流され、フブキの周辺で物資の積み込みを行っていた艦艇のクルーは慌てふためいて作業を急ぎだした。フブキでも補給物資の積み込み作業が大急ぎで行われ、邪魔なキースたちが追いやられていく。
 何があったのかと思い、キースは基地内の内線を使って直接司令室に問い合わせた。

「第8任務部隊のキーエンス・バゥアー大尉だ。何があった?」
「ザフトの前線基地クリントに動きがありました。多数の艦艇が地球軌道に向けて移動を始めています。航路から見て、目的地は恐らくアメノミハシラだと判断されています」
「それでか。アメノミハシラへの増援はどうなってるんだ?」
「周辺で行動している独立艦隊に命令を出しています。幾つかは間に合うでしょう」

 一応援軍は出ているようだが、どうにもキースには不安だった。今のアメノミハシラにはエース級はキラしかおらず、防御力にはかなり問題がある。戦いは確かに数だが、エースパイロットの存在はかなり大きい。相手に与える心理的な負担もさることながら、エースは確実に相手を減らしてくれるからだ。エースの特徴的な機体色やマーキングが許されるのはそういった効果を期待されての意味もあり、エメラルドのメビウスを見ればザフト艦艇のクルーは大抵恐怖にかられる。
 そういった意味では、今のアメノミハシラにはフリーダム以外に脅威となる機体が無いのだ。ザフトも馬鹿ではないから、当然対フリーダム用にそれなりの戦力を揃えているだろう。それを考えればかなり危ないのではないだろうか。

「……俺たちも急いだ方が良いが、間に合わなければ意味が無いな。マスドライバーは使えるか?」
「マスドライバーですか? 準備する事は出来ますが」
「じゃあすぐに準備してくれ。シャトルに機体を積んで急行する」
「りょ、了解しました!」

 オペレーターに指示を出してキースは内線を切り、フブキに戻ってコスモグラスパーを移動させると伝えた。整備兵たちはいきなり何言うんだと抗議の声を上げたが、キースがアメノミハシラに敵が来ていると教えられると皆黙ってしまう。そしてここからマスドライバーを使ってアメノミハシラに急行すると教えられると、誰もが顔色を変えてコスモグラスパーの搬出作業を始めた。低重力なので移動そのものはそれ程難しく無いのだ。
 そしてキースは艦長に話を通して、エドワードたちのところに来た。

「俺は先に行く。キラ1人じゃきついだろうからな」

 ヘルメットを抱えてそう伝え、フブキの格納庫から出て行こうとするキース。その背中にシンが呼び止める声をかけた。

「待ってくれよ、 僕も連れてってくれ!」
「何だ、付いて来たいのか?」
「助けが要るんだろ。なら、1機でも多い方が良いじゃないか!」

 まあその通りではあるのだが、キースは渋い顔をしていた。付いてくると簡単に言ってくれるが、キースは間に合わせる為にシャトルにかなり無理をさせるつもりでいる。ナチュラルならGで圧死しかねないくらいの加速で一気にアメノミハシラに行くつもりだったので、そこにシンが加わったらシンの体が持つかどうか。
 だが、シンは言っても聞きそうには無かった。元々生意気盛りで人の言う事を聞かない年頃だ。多分命令しても従わないだろう。かといって上官の権限を振りかざせる立場でも無い。少し迷っていたキースだったが、遂には諦めの溜息を漏らし、渋々シンの同行を受け入れた。

「分かった、付いて来い。ただし、どうなっても俺は知らんからな」
「はい!」

 やれやれと頷いたキースにシンは元気良く頷いたが、彼はこの1時間後にはこの事を激しく後悔して気を失う事になる。そう、キースと同じシャトルに乗ったらコーディネイターでも耐えられないという噂は、完全な事実だったのだ。






 アメノミハシラではキースたちが居ない間も仕事に追われる毎日を過ごしていた。ミナはアメノミハシラの運営を任されているので、その為に基地内を何時も視察して回ったり執務室で書類の山を片付けているし、ユウナは艦隊の訓練の他にも周辺宙域への無人哨戒衛星の配置、防御火点の構築、機雷原の敷設などを任されていて、こちらも毎日のようにクサナギに乗って周辺宙域を駆け回っていた。
 この忙しい日々の中にあって、カガリの仕事はある意味とても単純な物である。何しろ各部署を視察して回り、兵士たちに激励の声をかけて回るだけだったのだから。まあ、ようするに事務仕事はミナに持っていかれ、実務はユウナに持っていかれてしまったので、やる事が無かったのだ。
 一度この件に付いてミナに文句を言った事があるのだが、これはミナに冷たく返されてしまった。

「代表は威張ってふんぞり返っていろ。代表が雑務をしていては沽券に関わる」

 などと言われて追い出されてしまい、じゃあユウナに部隊編成でもやらせてくれと頼んだら、こちらはこちらで余裕無しと返されている。

「う〜ん、人では足りてるしねえ。無理に手伝ってもらって余計な仕事が増えても困るから、自室で戦術シミュレーションでもやってたらどうかな」

 カガリに手伝わせると能率が落ちると言っているにも等しいこの台詞にカガリは激怒していたが、周囲がユウナの言う事に反論しなかったので渋々引き上げていたりする。この後、ユウナの薦めに従ってアメノミハシラを守るためのシミュレーションを繰り返していたりしたのだが、元々飽き易い性格なのですぐに我慢できなくなり、基地内を見て回るようになったのだ。
 まあ、こんな事をしていられるのなら平和と言えるのだろう。例え周囲に敵が沢山居て今にも攻め落とされそうだとしても。



 そして、そんなのんびりしたアメノミハシラの中で、カガリはキラを招いて姉弟の食事をしていた。

「キースたちは月に着いたらしい。もうすぐ帰ってくるぞ」
「そうなんだ、早く戻ってきて欲しいね」

 頷きながらパンを千切って口に放り込むキラ。その何処か疲れを感じさせる返事に、カガリはどうかしたのかと聞く。

「どうしたんだ、疲れてるみたいだけど?」
「そりゃあね、疲れるよ。教官役ってこんなに大変だったんだと、しみじみ感じてる」

 人を教えるのがあんなに大変だったとは夢にも思わなかった、と愚痴るキラ。何しろ人の言う事は守らないし、言った事をこなせない。そこを注意すると露骨に苛立ちのようなものを向けてくる。まあ相手の多くは自分より年上であるし、他所者の自分のいう事を聞くのは面白くないのは分かるのだがと付け加えながらも、キラにはどうもこの状況は堪えるようだ。

「フラガ少佐やキースさんは本当に凄かったよ。僕やフレイ、トールをゼロから鍛えてくれたんだから。僕には出来そうも無いな」
「人には向き不向きってもんがあるさ。私はキラにパイロット以上の事は求めて無いぞ」

 キラに気を使っているのが丸分かりなことを言うカガリ。だが、それでは困るのだ。カガリが多少強引にでもキラをやる気にさせないと、何時までたってもオーブ軍のレベルは上がらない。現在アメノミハシラに居るMSパイロットで、ベテランと呼べるパイロットは1割程度しか居ないのだから。
 しかし、キラとしても投げ出すつもりはまだ無い。あのキースが自分に頼んでいった仕事なのだ。それはキラにとってはとても嬉しい事であった。これまでフラガもキースは、自分を1人前と見てくれているのか本当に疑問だったから、キースが自分に仕事を任せてくれたという事が嬉しかった。

「ところでカガリ、オーブの様子はまだ分からないの?」
「ちょっと無理だな、アズラエルとの通信回線も何時も開けるわけじゃないし。一応調査は頼んどいたから、そのうち返事が来るとは思うけど」
「そう、か」
「フレイの事が心配なのか?」

 水の入ったコップを手にしたカガリがからかうように聞いたが、それに恥ずかしがる様子も無く頷いているキラを見て意外そうな顔になった。こういう時、いつものキラなら顔を赤くして否定していたからだ。

「なんだ、今日は随分と素直だな」
「……まあ、吹っ切れたしね」
「吹っ切れた?」
「うん、色々と、拘ってた物とか、迷ってた事とか」

 この甲斐性無しの弟らしい男に何があったのだろうかとカガリは思ったが、何時に無く良い顔をしているキラにそれを問うのは躊躇われた。なんと言うか、聞く必要は無いことのように思えたから。
 だが、食事を再開しようとしたところでいきなり呼び出し音が鳴り、カガリは少し不機嫌そうに内線を繋いでモニターを起動させた。

「私だ、何だ?」
「カガリ様、ユウナ様より緊急連絡です、接近するザフト艦隊を発見せり、至急迎撃態勢を取る。以上です!」

ザフトが動いた。その報せにカガリは驚いて立ち上がり、キラを見る。キラのほうは特に反応を示さず、ナプキンで口元を拭いていた。

「キラ、今の話……」
「聞こえたよ、とうとう来たね。それも最悪の時に」

 今のアメノミハシラにはキースが居ないのだ。このため戦力が著しく落ちている。今回はキラが主力となって敵を食い止めるしか無いだろう。

「僕はフリーダムで出るよ。カガリは司令室に」
「ああ、頼む」

 部屋から出て行くキラ。それを見送ったカガリは、少しだけ頼もしそうにその背中を見送っていた。なんと言うか、だんだんキラの背中はフラガやキースのような、頼りがいのあるものへと変わってきているように思えたのだ。

「弟子は師匠に似るって言うけどな」

 昔は結構いい加減で頼り無い奴だったのに、いつの間にか成長している。あのまま行けば、いずれキラもあの2人のように頼れる軍人に成長していくのかもしれない。そうなった時が楽しみだとカガリは思っていた。
 そして自らも制服の上着を羽織ると、気持ちを切り替えて司令室へと向った。自分達だけでも個々は守りきって見せると胸に誓いながら。




 アメノミハシラに迫っているザフト艦隊はナスカ級4隻、ローラシア級14隻、エターナル級2隻、そして連合戦艦2隻に駆逐艦6隻だ。結局新型の改エターナル級はドックで再調整を受ける事になり、終わり次第追いかけて来いと言い残して動ける艦だけで先発している。
 結局ハーヴィクは信頼性に難がある新造艦には期待する事は無く、動ける艦だけで出撃する道を選んだのだ。この状態でもアメノミハシラを落とすには十分な戦力を保持しているのだから、普通に力押しをするだけでも勝利する事は出来る。

「アメノミハシラ、か。さて、何処まで持ち堪えられるかな?」
「所詮敗残部隊の寄せ集めです。さほどのことはありますまい」
「だと良いが、余り敵を舐めるなよ。それで死んだら笑い話にもならん」

 だが、大したことは無いだろうという評価にはハーヴィックも同感であった。過去の交戦でもオーブ艦隊がそれ程強かったということは無く、むしろ一部の例外を除けば弱兵だという事がはっきりしているからだ。
 アメノミハシラで手強いのはフリーダムとエメラルドのメビウスのみ、主力を成すM1は恐れるほどでも無いという評価がハーヴィックの答えである。

「アメノミハシラに近付いたら、ゲイツ隊を先行させる。グラディス隊は後方で待機させておけ」
「宜しいので?」
「あれは対フリーダム戦の切り札だ。盗んだ機体を使っているパイロットは、あの特務隊のアスラン・ザラと対等に戦える腕を持っているそうだからな」
「あのアスラン・ザラと……」

 アスランも今ではザフトの赤い死神と呼ばれるようになっている凄腕だ。ジャスティスを使わせればその実力は部隊1つに匹敵するとまでいわれている。そんな化物とサシで戦えるような相手が居るのだから、こちらにもそれなりの対抗馬を用意しておかなくてはいけない。
 せめて特務隊級の凄腕がこちらにも居れば良いのだが、残念ながらグラディス隊のパイロットはベテランではあるが超人的な凄腕ではない。せめてイザークなりミゲルなりの超エースが1人でも回っていればまだ安心できるのだが、そんなエースは他の部隊が手放そうとはしなかった。


 アメノミハシラに向けて進むザフト艦隊。これを追う様にして月からシャトルで急ぐキースとシン。まあシンは気絶していたりするが。果たしてアメノミハシラが破壊される前に彼等は辿り着けるのだろうか。今、カガリたちの退けない戦いが始まろうとしていた。


 そして、この戦いを外から見つめている目がある。彼等は戦いに加わる様子こそ無かったが、じっと外から見守っている船が居たのだ。






「そうですか、失敗しましたか」

 地球のスカンジナビア王国でダコスタから報告を受け取ったラクスは、少し残念そうに頷いていた。これで連合はNJCを手に入れた事になり、核兵器が復活する事になる。プラントが核の炎で焼かれる日がいよいよ現実の物となろうとしているのだ。

「こうなった以上、一刻も早く戦争を終わらせなくてはいけません。連合とプラントを交渉の場に付かせなくては、プラントは滅びてしまいます」
「……ですが、どうやってそれを行うのですかラクス様? 我々の現状の戦力は連合の正規艦隊1つにも及びません。海賊としてみれば大した戦力ですが、正規軍と戦うには余りにも不足しています」

 それに、指揮官もいない。ジャンク屋ギルドの協力で傭兵を揃えたおかげでパイロットの数は足りているが、それを指揮する人間がラクスの手元には居ないのだ。バルドフェルドを失ったというのは未だに埋められない損失で、つくづく人材というものの大切さを教えてくれている。
 バルドフェルドのような1線級の指揮官の多くはザラ派だ。当然彼等はラクスがパトリックを暗殺したというニュースを信じており、ラクスに対して敵愾心を持っている。彼等をこちら側に取り込むのは不可能と言ってもいいだろう。かといって2線級の指揮官なら手に入るかと言うと、それもそう簡単では無い。指揮官は補充が利かないので、ザフトでも大事にしているからだ。
 この事はラクスも知っていて、なんとか優れた指揮官を得られないかと苦心してはいるのだが、ラクスにはコンタクトを取る術が無いので何も出来ない問題なのだ。

「ユウキ隊長はどうでしょうか。今では閑職に追いやられていると聞いていますが」
「本国防衛隊司令、ですか。確かに閑職ですが、ユウキ隊長はザラ議長の側近中の側近だった男です。こちらに寝返るとは思えませんが?」
「それでも、やってみなくては分かりません。それともクルーゼ隊長に頼むのですか?」

 驚いた事に、クルーゼの名を出したときのラクスの声には、彼女らしくない嫌悪の感情が見えた。その驚きが表情に出たのだろう、ラクスがすぐにその荒げた感情を隠してしまう。

「ラクス様は、クルーゼ隊長をお嫌いなのですか?」
「……嫌いと言うより、信用できないのです。クルーゼ隊長には一度お会いした事がありますが、あの方はどこか得体が知れません。狂気のようなものも感じますし」
「狂気、ですか?」
「はい。クルーゼ隊長は何かが歪んでいる。私はそう思います。あの方を信用するべきでは有りません」

 ラクスのこの根拠の無い発言はいつもの事であるが、人物評価となると不思議なほど良く当たるので、ダコスタもラクスの人物評価には一目置いている。ラクスがそう言うのなら、クルーゼは信用できない人物なのだろう。
 だが、クルーゼも駄目となると本当に限られてくる。もうこの際適当な人物に任せるか、ジャンク屋に頼んで在野の人材を探した方が良いのではなかろうかという気さえしているのだ。

「ところでダコスタさん、カガリ様とお話しをする事は出来そうですか?」
「それは困難です。彼女はアメノミハシラに居て、ザフトと激しくぶつかっています。こんな状況では会いには行けません」
「そうですか」

 残念そうにラクスは俯いた。ウズミの後継者とは是非一度会いたかったのだが。だが、まだ機会はあるだろうと思い直してラクスは顔を上げた。

「では、メンデルに戻りましょう。戦いはこれからですから」
「はい、ラクス様」

 そう、戦いはまだこれからだ、戦力はまだまだ集める事が出来る。マルキオやウズミ、そしてジャンク屋の協力で作り上げたネットワークは世界中に張り巡らされ、膨大な物資と装備、人員をメンデルに集めている。これらの幾つかは潰されたが、まだ多くが機能しているのだ。だから、まだ自分達は負けてはいない。メンデル以外にも、プラントにも連合にも同志は潜伏しているのだから。



後書き

ジム改 次回アメノミハシラの決戦だな。
カガリ とりあえず、私の仕事は何だ!?
ジム改 司令室で「なんてこったあああああ!」と叫ぶ事かな。
カガリ 私はエクセリオンの艦長か!
ジム改 いや、あれほど優秀じゃないし。
カガリ いきなりそれかよ。
ジム改 そういえば、前にエクセリオン艦載機のRX−7を種に出したら、なんてネタを考えたことがある。
カガリ なんであんなアナクロな雑魚メカを?
ジム改 まあガンバスターじゃ雑魚メカだが、あれにフリーダムは勝てないんだぞ。
カガリ ……何故に?
ジム改 RX−7でも亜光速で動けるのだ。つまり種のビーム並みの速さで動いてる。
カガリ そりゃ勝てねえな。
ジム改 あんな雑魚でも侮れないよなあ、というのが答えだった。
カガリ なんか微妙に納得できない物が。
ジム改 それでは次回、僕が主人公だと暴れ回るキラ、その鬼気迫る姿の凄まじさにオーブ軍とザフトは戦慄をする事に。そして今や主人公の座を射程に捉えるカガリは焦りを浮かべていた。両軍の消耗は凄まじく、アメノミハシラ周辺は墓場へと変わっていく。そこにザフト、連合双方の援軍が駆けつけてくる。次回「軌道上に走る光輝」でお会いしましょう。なお、予告内容は告知無く変更される場合がございます。

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