第120章  カオシュンの攻略戦


 
 テキサスには広大な難民キャンプがある。ここには世界各地から流れてきた戦争難民達が仮設住宅に収容され、不便な生活を強いられている。大西洋連邦の国力が以下に強大だとはいえ、やはり大量の難民を食わせるのは容易ではないのだ。
 ここの難民達は大西洋連邦軍に兵士として志願するか、あるいはメキシコの火山帯に作られた火力発電所から得られる電力を使って生産をしている工場群の労働者として働いており、大西洋連邦が戦争遂行に必要な物資を生産する仕事に従事していた。その仕事は決して楽な物ではなかったが、彼等の自分の仕事が故郷を取り戻す力になると信じて文句も言わずに働いていた。
 とはいえ、ここに入れられているのは全てナチュラルだ。コーディネイターの難民も当然居るのだが、彼等は全て別に作られた強制収容所に収監され、行動の自由を奪われた状態に置かれている。彼等は潜在的な敵であり、危険分子だという認識が大西洋連邦政府にあったのだ。流石に自国民のコーディネイターまで収監はしていないが、彼等にも監視は付けられている。
 この難民収容所を訪れている1人の男が居た。高価なスーツに身を包み、鋭い目付きをしたどう見ても堅気には見えず、マフィアの頭目といった方がしっくり来る。この男の名は、ロード・ジブリールといった。

「施設の規模が、また拡大しているようだが?」
「はい、各地で激戦が繰り広げられておりますから、それだけ難民も増えるという有様でして」

 収容所の責任者は焦りの色を浮かべて弁解がましいことを口にする。この収容所の資金を出しているのはこの男なので、施設が拡大して出費が増えていくのを気にしているのかと思ったのだ。
 だが、責任者の予想に反してジブリールは怒ったりはしなかった。

「まあ、仕方があるまい。世界の状況は私も知っている」

 ジブリールの言葉にホッと安堵の息を漏らす責任者。もしこの男の機嫌を損ねたりしたら、最悪予算をカットされてしまう。そうなったらこの施設は維持できなくなり、難民達は路頭に迷うのだ。
 ジブリールは一通り施設を視察した後、収容されている難民達のリーダーたちが集められた狭い集会所に赴き、そこでリーダーたちと面会していた。ジブリールは彼らと握手を交わした後、ここでの生活について問い質している。問い掛けられたリーダーたちは戸惑った顔を向けあい、そして恐る恐る要望を切り出してきた。

「ここで生まれた赤ん坊がおりますが、これから冬にかけて寒くなります。せめて赤ん坊とその母親には暖かい部屋と十分な食事を取らせてやりたいのですが」
「ほう、赤ん坊がな」

 要望を受けてジブリールは少し考え込んだ。その右手人差し指が座っている椅子の肘掛をリズム良く叩いている。そこで少し考え込んでいたジブリールは、程なくして仕方あるまいと呟いた。

「まあ良かろう。食糧事情は何処も切迫しているから難しいが、防寒対策がしっかりした施設は早急に作らせよう」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、赤ん坊がここでか。戦争も長引いたものだ……」

 この戦争が始まって1年半も経つのだと思って、ジブリールは静かに目を閉じている。これまでのことが頭の中を駆け抜けているのだろう。そして目を開いた彼は、リーダーたちに希望の持てるような話題を切り出した。

「諸君、今連合はコーディネイターどもを地球から叩き出すための反攻作戦を開始している。既にヨーロッパ、南アジアからはザフト勢力は撤退し、カオシュン基地も間も無く陥落する。そうなれば北半球は我々の手に戻るだろう」

 このジブリールの言葉に、リーダーたちは顔色を変えた。その顔には驚きと、故郷に戻れる日が見えてきたのかという期待が見て取れる。そしてそれは、ジブリールが期待していた反応であった。

「カオシュンを奪還して北太平洋を取り戻せば、主力は南太平洋に向くことが出来る。そうなれば大洋州連合をザフト後と叩き潰し、地上の戦火を終わらせる事が出来るだろう。あとはプラントごと宇宙の化物どもを葬り去るだけだ」
「我々は、故郷に帰れるのでしょうか?」
「戦争が終われば、復興事業が始まる。それが進めば戻れるだろう。この戦争を早く終わらせる為にも、君たちの更なる協力が必要なのだ」

 ジブリールは戦時生産への更なる協力と、不足している兵員補充の為に志願兵を彼等に求めた。ザフトを叩くには兵力が幾らあっても足りず、連合軍は国内から志願兵を必死に集めている。そんな中でジブリールは難民から募兵を募るという手段で多くの兵を集める事に成功していた。彼等は故郷を取り戻すという使命感とザフト憎しという感情を持っているので、士気が高くて訓練にも熱心な良質の兵士に仕上がる。
 今回も収容所のリーダーたちは戦争が連合有利に傾き、ザフトが地上から叩き出されようとしている現状に期待感を持ったようで、ジブリールの要請に快く応じていた。自分達が頑張ればそれだけ早く戦争が終わり、プラントを叩き潰せる。そういうはっきりとした希望が持てるのなら人は頑張れるのだ。





 台湾にあるカオシュン宇宙港、かつては東アジア共和国の宇宙への階段として機能していたこの基地は、今ではザフトのアジアの軍事拠点として機能している。しかし今、この基地の命運は風前の灯となっていた。そう、カオシュン周辺は連合軍の洋上艦隊に完全に包囲されてしまったのだ。
 カオシュンの封鎖そのものは1月ほど前、オーブ陥落頃から始まっていた。海路を洋上艦と潜水艦、航空機で封鎖され、軌道上からの補給は連合艦隊の徹底した迎撃にあって一度も届いてはいない。その為にカオシュン基地は深刻な物資不足に陥っており、カオシュン守備隊は飢えに苦しむようになっていた。
 これはその日の早朝に初めて発覚した事であった。ここ最近になってカオシュン周辺で極東連合の対潜艦隊が暴れ回るようになり、水中部隊の被害が激増していた事もあって周辺の哨戒さえ疎かになっていたのだが、気がついた時には空母や揚陸艦を多数擁する連合の大部隊が現れていたのだ。
 カオシュンの司令部は急いでマスドライバーの破壊準備に入った。こうなった以上、本国から送られていた自爆用の爆薬を急いでセットし、マスドライバーを吹き飛ばさなくてはいけない。もしこれを奪われたらザフトのオペレーション・ブルーネストは瓦解してしまい、プラントに連合の大部隊が雪崩れ込む事になる。自分達の退路を断たれたとしても、これだけは渡せないのだ。
 カオシュン基地のバルク司令は全軍に警戒配置に付くよう命令したが、実際の所、勝てるとは思っていない。放棄が決定され、装備と人員の一部を封鎖前に宇宙に上げてしまい、その後は補給が途絶、そして毎日繰り返された嫌がらせのような消耗戦で物資を消耗しつくし、残された将兵は飢えに苦しめられているというカオシュンにはまともに戦う力など無いのだ。だが、多少の手傷を負わせる事くらいは出来る。

「参謀、宇宙から下ろされたあれは、幾つある?」
「グングニールですか、確か2基ありますが、どうするのです?」
「敵の上陸部隊を潰す。敵の上陸地点を割り出して配置しておけ」
「ですが、それでは現地の部隊もMS以外の全ての装備を失います。その後の後続を支えられませんが?」
「構わん、これが敵に最大の被害を与えられる方法だ。それとも君には訓練も終了していない兵士と、小銃さえ全員に行き渡っていない装備でどうにかできる策があるのか?」

 そんな物があるはずが無い。だが、グングニールの起動にはMSが必要で、しかも大きいので的になり易い。果たして敵がくるまで無事でいられるのだろうか。いや、それ以前にグングニールに敵が引っ掛からなかったらどうするのだ。これの存在は既にパナマで知られているのだから、多少の対策くらいはしているだろうに。
 しかし、参謀にもこれ以上の策は浮かばず、黙って敬礼をしてバルクの前から去って行った。それを見送ったバルクは自分の椅子に座りなおすと、引き出しから1枚の命令書を取り出し、それに目を通した。それは本国の統合作戦本部からの命令書で、内容は今読んでも腹立たしい物だった。

「最後の一兵になるまで抵抗し、持って祖国への献身を果せ、か。それが最後の勝利に繋がるのなら幾らでも死んでやるが……」

 ベテランの兵士と最新装備を引き抜き、残されたのは旧式機材と現地での鹵獲品、そして素人同然の新兵だ。一体この装備でどうやって連合軍に抵抗して見せろと本国は言うのだろうか。
 だがやらなくてはいけない。ここで踏み止まり、マスドライバーを破壊しなくては、プラントが危ないのだから。若い兵士たちには悪いが、軍に入隊した以上運命だと諦めてもらうしかないだろう。
 かつて、敗退を重ねた連合軍が拠点に踏み止まって玉砕していくのをザフトは笑っていた。負けると分かりきっている戦いで命を捨てるなんて、ナチュラルはやっぱり馬鹿だなと。だが、いざ自分がその立場に立たされてみると、あの時のナチュラルの気持ちが良く分かった。馬鹿とかそういう問題ではなかったのだ。ここで敵を止めなくてはいけないという使命感が彼等を頑強に踏み止まらせていたのだ。その立場になってみて、ようやくバルクもそれが実感できた。国に残してきた家族を思えば、何がなんでもここで敵を食い止めようという気になってしまう。その為になら悪魔に魂を売り渡すような行為も辞さない覚悟だ。
 それに、バルクの持ちコーディネイターとしての矜持もあった。ナチュラル如きに降伏など出来るかと考えていたのだ。このバルクのプライドが、カオシュンの戦いをこの戦争の中でも最も悲劇的な戦いにしてしまう事になる。




 翌朝、海上のアークエンジェルからじっとカオシュン基地を見ていたサザーランドは、不気味なほど静かなカオシュン基地に内心で首を傾げていた。今頃蜂の巣を突付いたような騒ぎだろうと思っていたのだが、何故か敵に動きはなく、迎撃に出てくる様子も無い。一体どうしたと言うのだろうか。

「上陸させて、縦深陣地で戦うつもりなのか?」

 ありえない話ではない。敵の戦力はこちらより少ない筈で、打って出てきても殲滅されるのみだと敵の司令官が判断した可能性は十分ある。過去の戦訓を顧てもしっかりと陣地構築された防御拠点を攻略するのは容易ではなく、敵の10倍以上の大軍を持ってして数ヶ月に渡る戦闘を強要された事例さえ存在するのだから。
 しかし、サザーランドは作戦を変えるつもりは無かった。変える必要など無いのだから。

「アーガイル伍長、掃海部隊からの報告は?」
「機雷は確認できない、と言ってきました」
「そうか、機雷を敷設して上陸阻止を図ると思っていたのだがな」

 機雷の用意が無かったのか、敷設する時間や人手が足りなかったのか、あるいはその両方か。サザーランドはククッと笑うと、軍帽を被りなおしてマリューを見た。

「よし、では始めるとしようか。艦長、攻撃開始だ」
「了解です、大佐」

 マリューがサザーランドの命令を受け、バリアントの連続発射を命じた。アークエンジェルのバリアントは常識外れの巨砲であり、対地砲撃に使用すればこの世の地獄を生み出す事が出来る。アークエンジェルに続いてドミニオン、パワーも砲撃を開始し、上陸予定地点に次々に着弾の光と土煙が上がっている。その破壊力は地形を易々と変えてしまいそうなほどであった。
 これに続いて駆逐艦、巡洋艦からの対地ミサイル攻撃が始まった。上陸予想地点に敵がいるかいないかに関わらず、徹底的に叩いてしまおうという意思が感じられる攻撃だった。
 この対地攻撃で威力を発揮したのが大西洋連邦の改装巡洋艦だった。巡航ミサイルの命中率が激減した為に光学照準が見直されるようになり、VSLを使ったミサイル主体の装備を変更し、対地、対艦砲撃用の大口径リニアガンを搭載した艦艇である。巡洋艦と言ってもAD世紀の戦艦並の排水量を持つ大型艦であり、リニアガン型の12インチ3連装砲塔3基を装備していて、直接照準で浮上しているザフトの潜水母艦を撃沈する事を目論んでいる。他には対潜能力が大幅に強化されており、水中MS狩りにも威力を発揮する。
 この12インチリニアガンは6秒おきに発射が可能というふざけた砲で、長射程、大威力の砲撃をもって狙った地域を短時間で滅多撃ちにすることが出来る。洋上艦というプラットフォームだからこそ搭載可能な脅威の新型砲である。





「カオシュンが攻撃を受けているだと!?」

 アルスター邸のリビングでフレイと寛いでいたアスランは、別館からやってきたミゲルの話に驚愕していた。まさか、敵はヨーロッパとアフリカであれだけの攻勢に出ていながら、まだ部隊を動かす余裕があったというのか。
 信じられないという顔をするアスランに、ミゲルは淡々と事実を伝えていた。

「足付き3隻を含む、数え切れないほどの洋上艦隊が台湾の周辺を完全に包囲しているらしい。既に攻撃は開始されたらしくて状況は分からないが、あそこは放棄が決定されていたからな。多分今日中には落ちるだろう」
「援軍は出さないのか!?」
「今の所、クルーゼ隊長からは何も命令は無い。他の部隊がどう出ているのかは分からないが……」

 恐らく、クルーゼを含む上層部はカオシュンを見捨てているのだとミゲルは考えていた。そしてそれは無言農地にアスランにも伝わったようで、顔色を怒りに紅潮させている。そしてアスランは自分の制服の上着を掴むと、部屋から出て行こうとした。

「アスラン、何処に行くんだ!?」
「決まっている、司令部にだ。クルーゼ隊長に直談判する!」
「お、おい、ちょっと待てアスラン!」

 部屋から出て行くアスランを追ってミゲルも部屋から出て行った。それを見送ったフレイはいきなりの事態の変化にキョトンとしていたが、すぐにふうっと小さく息を吐くと、カップを手にとってアールグレイを口にした。

「……カオシュンが攻撃を受けている、か。連合軍はもうそこまで来たんだ」

 赤道連合、極東連合が参戦した今、カオシュンは文字通りの孤島となった。ここを叩き潰せば北太平洋は連合の完全な制海権下に置かれ、全軍を南太平洋に振り向ける事が可能となる。つまり、オーブに連合軍が戻ってくる日も近いという事だ。
 アスランの話ではヨーロッパは陥落して、連合軍はアフリカに攻め込んでいるらしいし、地球からザフトが叩き出されるのは時間の問題のようだ。もしかしたらクリスマスを待たずにオーブは解放されるのでは無いだろうか。

「でも、そうなるとこの生活ともお別れ、なんだよね」

 少し寂しそうにフレイは呟いた。アスランたちが来てからの生活は賑やかで、退屈しない毎日であった。それはフレイにとって決して嫌な時間ではなかったのだ。勿論彼等は敵であり、何時かは敵としてまた戦う事になる相手だとは分かっていたのだが、それでも彼等を憎む事は出来なかった。M1隊の大勢の教え子を殺され、ここでの新しい生活を滅茶苦茶にした相手なのだが、各地で悲惨な戦場を見続けてきた彼女はこれが戦争に負けるという事なのだと理解してしまっている。
 でも、憎む事は出来なくても戦う事が出来てしまう。自分でもどうしてかは分からないが、もしその時が来たら、自分はアスランたちと戦い、そして殺す事が出来ると分かっているのだ。こういう事に慣れ過ぎてしまったのかもしれない。

「人を殺す事は、何時までたっても嫌なんだけどな」

 そう、MSに乗って以来多くの敵を倒してきたフレイだが、これだけ戦い続けても人を殺すという行為には抵抗感がある。もう昔のように引き金を引くのを躊躇うような事は無いが、それでも気持ちは重くなるのだ。マンガ等にあるような、人を殺す事に何も感じなくなるという事は彼女には無かった。実はキースなどは何も感じなくなっているのだが、彼の場合は磨耗し切っているせいだろう。

「M1隊の準備を急がせないと、連合軍が何時来ても良いように」

 そしてフレイは立ち上がると、窓から外を見た。窓から見下ろす形になるオロファトの街には夏が近づいている事を示すかのように強い日差しが降り注ぎ、少し景色が揺らいでいる。ここは南半球なので、フレイが住んでいた北アメリカ大陸とは季節が逆なのだ。

「……アイルランドは、今頃雪かな」

 先祖の故郷であり、現在も避暑地として別荘がある北の島国を思い出して、フレイはそっと空を見上げていた。




 そして、アスランたちが住居としている別館ではシホが洗濯したシーツを干そうと籠を抱えて外に出てきて、そこで何やら木で作ったベンチに腰掛けて書き物をしているディアッカを見つけてしまい、物珍しそうに近付いていった。

「ディアッカさん、何してるんです?」
「ん? ああこれか、こいつは俺の宝物だ」
「宝物?」
「そう、この戦争での体験をまとめた手記を書いてるの。戦後になったら出版して一儲けしようと思ってね」
「ああ、なるほど」

 戦争の体験談を出版するのかと理解してシホはどんな内容なのかとディアッカの手帳を覗き込んだ。

『……あれは激しい戦いだった。オーブを巡る戦いの中で味方は海岸にも辿り着けずに次々に撃破され、残骸を晒している。それを見た俺は仲間が止めるのも聞かずに飛び出した。俺の呼びかけに答えた愛機バスターに乗って海岸防衛戦に先陣を切って突入し、その圧倒的な火力を生かして海岸防衛戦に突破口を切り開いて……』

「…………体験談?」

 タイトルは「我が心のバスター」とある。とりあえず何処から突っ込めば良いのだろうかと悩んでしまうシホ。というか、これを本当に出版するつもりなのだろうか。幾らなんでもこんな怪しげな妄想小説を買ってくれる出版社があるとは思えないのだが。

「そ、そうです、ジュール隊長は何処に?」
「ああ、あいつだったら今日もオノゴロ島に行ってるぜ。M1の機種転換と模擬戦に明け暮れてるよ」
「またですか?」
「ああ、あのユーレクとかいう傭兵に負けたのがよほど悔しかったんだろうな。こないだもあいつに挑戦してボコボコにされてたぜ。通算12連敗中だったかな」

 先のオーブ戦でイザークはユーレクに完膚なきまでに叩きのめされ、何も言えなくなる様な敗北をきっしたのだが、その屈辱を胸に彼は今でもせっせと訓練に励んでいるらしい。その様は鬼気迫るほどであるが、未だにユーレクには歯が立たないようで、次こそはと叫ぶ日々が続いている。最近では独力での向上には限界があると悟ったのか、M1隊のエースだったフレイに訓練に付き合ってくれと頼んでいるらしい。

 そして木陰ではレイが相手と向かい合うようにテーブルに向って腰掛けてチェスをしていた。右手でポーンの駒の頭に手を乗せた状態でじっと考え込んでいる。手を離せばその手で良いという事になるからだ。

(もう良いのかい?)
「いや、まだだ」
(考えても無駄だぜ、あと5手でつみだ)
「…………」

 相手に言われてもまだ考え続けているレイ。その顔には何時になく真剣な表情があり、彼がどれだけ追い込まれているのかが分かる。その一方で相手はもう余裕の様子で豆などを食っている。
 チェス盤を照らす出す午前のその平和な一時の中で、何故かエルフィはどんよりと落ち込んでいて。ルナマリアは頭痛を堪えるように額を押さえ、ぐったりと項垂れていた。それに気付いたシホがどうしたのかと声をかける。

「どうしたのルナ、頭痛?」
「いえ、まあ頭痛といえば頭痛ですか」
「大丈夫、お薬貰ってきましょうか?」
「いえ、大丈夫です、原因はこれですから……」

 ルナマリアが震える指でチェスをしている連中を指差す。指差されたレイは何故俺たちが、と言いたげに首を傾げて見せた。

「どうしたルナ、何故俺たちを見て頭痛がする?」
「あんたねえ、少しは自分がおかしいと思わないわけ?」
「何が?」

 本気で分からないらしいレイがまた首を傾げている。それを見てルナマリアは遂に我慢の限界に達したようで、右手で髪をかき回しながら立ち上がると、その右手人差し指をビシッとレイの対戦相手に突きつけた。

「それよそれ、あんた何で雀とチェスやってるわけ!?」

 そう、レイの相手はミグカリバーだったのだ。一体どうやって摘めるのか不明だが器用に嘴の先で駒を摘んでいるその姿はどう見ても雀じゃない。しかもかなり強かった。ルナマリアにおかしいだろと言われたミグカリバーはといえば、こちらは特に気にしたふうもなく、平然としている。

(お嬢ちゃん、チェスに人だ雀だなんてのは関係ないぜ)
「そうだぞルナ、彼は凄腕だ」
「そういう問題じゃないでしょ!」

 うがああ、と喚き散らすルナマリア。それを見たレイはすまなそうにミグかリバーに侘びていた。

「すまない、ルナは時々壊れるんだ」
(なあに、若い頃はそういうもんさ。男は細かい事にいちいち怒ったりしねえもんよ)
「なるほど、そういうものか」
「雀の言う事に感心してるんじゃなあああいっ!」

 というかなんで雀と意思疎通出来なくちゃいけないのよお、と叫ぶルナマリア。まあ、ミグカリバーのブロックサインを理解できるようになってしまったコーディネイターの高い知性がもたらした、ルナマリアの悲劇であった。
 もっとも、この事で苦しんでるのはルナマリア1人であり、他の面子は気にしていないか、ミグカリバーを通じて雀と話が出来るという事を素直に喜んでいたりする。多分ルナマリアが一番常識人なのだろう。他の連中はどうも順応性が高すぎる変人だらけであったらしい。
 シホはこのやりとりに何も言う事が出来ず、困った笑顔で話を逸らすようにどんよりとしているエルフィに声をかけた。

「それで、エルフィさんは?」
「……昨日さあ、オノゴロ島での仕事終わった後にフィリスさんとルナを誘って男の子達のグループと遊びに行ったのよ」
「ああ、私は仕事が残ってたので行けなかったアレですね」

 シホは仕事が丁寧すぎて何時も遅れてしまう。その時も1人仕事が終わらず、エルフィたちには先に行ってもらっていたのだ。結局シホは参加できなかったのだが、何があったというのだろう。
 この話が出てそれまで怒っていたルナマリアまでもが意気消沈してドサリと腰を降ろし、エルフィのように項垂れてしまう。

「シホの穴を偶然居たジュディ隊長を誘ったんだけど、そしたらジュディ隊長、きちんと化粧してビシッて服まで決めてきたのよ」
「大人の色香って言うんですかね、なんか勝てないって思い知らされたんですよ」
「フィリスさんは美人なのに可愛い系の服で来るから、ジュディ隊長と対比で凄く目立っててね。男の子達は2人にばっかり構ってて、私たちなんて路傍の石扱いよ」

 どうやら、女として何かに完敗してきたらしい。それで2人は朝から不健康な暗い雰囲気を背負ってどんよりとしているわけだ。時々胸がどうとか言い合っているのが怖い。

 そしてこの場の最後の住人であったフィリスは1人寝椅子に体を預けてこの喧騒に対して我関せずを貫いていたのだが、パタリと本を閉じると、視線を海の方に向けた。

「こういうのも、平和と言うんでしょうかね?」





 カオシュン周辺の沿岸には地獄が生まれていた。地球軍は沿岸をミサイルと空爆で荒ごなしに叩いた後、歩兵と車両を満載した揚陸艇を送り込んできたのだ。これはグアムで訓練を積んでいた第4海兵師団だった。これに対してザフトは何百発と撃ちこまれたミサイル、何千発と投下された爆弾攻撃に耐え切った沿岸陣地で攻撃を加えてきた。じっくりと構築された陣地は砲撃や爆撃では破壊できないのは軍事上の常識なので、敵が生き残っていたことは別に驚くような事ではない。
 揚陸艇を援護するようにまたミサイル攻撃と爆撃が再開される。地下破壊弾などの陣地爆撃に有効な爆弾も飴霰と投下されているのだが、これでも沈黙した陣地はほとんど無かった。どんな兵器でも当たらなくては意味が無いのだから。
 しかし、支援の効果か思わしく無いのに揚陸艇の被害は少なかった。ザフトの攻撃は見た目こそ派手だったのだが、さっぱり当たらなかったのだ。これには上陸部隊を率いていた将軍達もどういう事だと首を傾げてしまっている。
 そしてもう1つの謎は、MSが出てこないことだ。ザフトの主力はMSであって沿岸砲台や戦車ではない。一体MSは何処に居るのだ。

 様々な疑問はあったが、とりあえず揚陸艇は海岸に次々に乗り上げて行き、歩兵と車両を次々に吐き出していった。揚陸されたヴァデッド戦車がトーチカにリニアガンを叩き込み、障害物を踏み潰して前進していく。その背後を歩兵が付いていくという形で沿岸から内陸に橋頭堡を確保しにかかった。
 この上陸部隊に対してザフトは小銃と対戦車ミサイルを手にした歩兵部隊で対抗して来た。装甲戦力はジンの姿はまばらで、主力はヴァデッド戦車らしい。これが鹵獲品なのか、それとも親プラント国から購入した品なのかまでは分からない。しかし、この歩兵部隊の抵抗は微弱な物だった。対戦車ミサイルは戦車の側面、可能なら背面から当てなくては何の効果も無い。強力極まりない砲塔正面と車体正面装甲には直撃しても煤けるだけなのだ。しかも正確に当てるには至近距離にまで近付く必要がある。開けた場所ならともかく、実際には障害物が多くて射線がとれないことが多いからだ。オマケに昔と違って誘導システムが当てにならないので、ミサイルとはいっても無誘導のロケットと変わらなくなっている。このため当てるにはかなり近付く必要があったのだ。まあ、レーダー全盛だった時代でもミサイル担いだ歩兵はかなり接近する必要があったのだが。
 こんな肉薄攻撃には高い技量と勇気が必要とされる。良く訓練されたベテランの兵士であっても対戦車ミサイルを担いで戦車に肉薄するのは自殺と一緒だと愚痴るくらいに対戦車歩兵とは危険な兵科だ。それを訓練もまともに終えていない新兵がやらされるのだから、その結果は言うまでも無い。
 戦車はセンサーの塊だ。迂闊に近付けばたちまち感知されて戦車砲を叩き込まれてしまう。そしてそれ以外にも随伴歩兵が周囲に展開しているので、これを排除しなくてはいけない。随伴歩兵がいなければ対戦車歩兵は比較的容易に戦車の後方に回り込める。

 この随伴歩兵とザフト歩兵の戦いが随所で発生するが、これはザフト歩兵にとって一方的な虐殺となった。訓練不足の歩兵が不足する装備で完全な機甲部隊に立ち向かったのだから当然の話だが、彼等は随伴歩兵とぶつかっては次々に射殺され、あるいは戦車の車載機銃に掃射され、対戦車榴弾を叩き込まれて吹き飛ばされていく。戦車砲から放たれる対戦車榴弾の威力は大きく、一撃で狙った付近に潜んでいた兵士が遮蔽物ごと吹き飛んでいく。特に随伴歩兵が投射してくる発煙弾を目印に戦車が砲を放つのが効果的で、ザフト歩兵は引き裂かれた屍を随所に晒してみるみるその数を減らしていた。
 この戦車に対してザフト歩兵は自暴自棄になって戦車の正面射界から対戦車ミサイルを放ち、何発かが戦車を直撃するが、戦車の正面装甲と砲塔正面装甲は対戦車ミサイルに対してはほぼ無敵を誇る。これは対戦車戦闘の常識で、側面や背面から撃っても行動不能に追い込むのが精々である。よほど当たり所が良くなければ撃破など出来ない。MBTとはそれだけの防御力を与えられ、戦場では歩兵の盾となる事を求められる車両なのだ。

 ただ、前進していく連合軍はそこで大きな問題にぶつかる事になった。自分達が倒していた敵歩兵を前進していくにつれて自分の目で見る事になったのだが、そこに倒れていたのは30代、40代の精鋭とは言えない中年兵だったり、あるいは15歳前後の年端もいかない少年少女だったのだ。しかも全てがやつれていて、彼等がどんな状態に置かれていたのかを如実に教えていた。
 この惨状を目の当たりにした経験の浅い兵士たちは大混乱に陥ってしまった。経験豊富な兵が払底しているのは連合も同じで、今回上陸作戦に投入された海兵師団の兵士たちはこれが初陣という兵が多い。下士官には経験を持つ兵士を昇進させて割り当てているが、彼等でさえショックを隠せない者が多い。
 兵士は殺人機械ではなく、普通の人間なのだ。確かに訓練によって人を殺す事に抵抗を感じにくくはされるが、それでも人間を殺す事への抵抗感を失くす事は不可能である。まして正規訓練を終えただけの新兵達には耐えろと言う方が無理だろう。しかも目の前に転がっている敵の多くは年端もいかぬ子供とあっては、罪悪感に押し潰される兵が続出するのも仕方が無い。
 これは先に行われた欧州奪還作戦でも同じで、ユーラシア軍は膨大な数の戦場神経症患者を出し、半数ほどの兵士を入れ替える羽目になった。


 だが、多くの兵を戦意喪失で後送しながらも第4海兵師団は橋頭堡を確保し、内陸へと進んでいく。その後方から支援の為にMSを満載した第8任務部隊の3隻が続き、強力なエアカバーを提供していた。
 マリューは地上部隊の護衛用に各艦から1個小隊、3機ずつを発進させて戦車隊の後詰として投入している。どういうわけか敵はMSを出してきていないのだが、何時出てきても良いように念のため出していたのだ。さらに後方の洋上艦隊にも多数のMS母艦があるのだが、こちらは一部が投入されているだけで主力は艦の中で待機している。それ程に敵の抵抗は微弱だった。
 アークエンジェルの艦橋からこの戦況を見ていたサザーランドは、余りの抵抗の弱さに正直驚いていた。1月に渡る封鎖で弱体化しているだろうとは思っていたが、まさかここまで弱っていたとは。

「ザフトはここまで弱体化していたのか。想像を遥かに超えている」
「地上ではエネルギー切れで放棄された戦車や装甲車、ジンが鹵獲されているようです。敵はバッテリーの充電する電力も枯渇しているようですね」

 マリューが集計されてきた情報に目を通してサザーランドに報告する。サザーランドの見ているモニターにも同様のデータが表示されているので、彼は鷹揚に頷くだけだったが。しかし、この冷徹と言われる男をして、この戦場は眉を顰めさせるものだった。

「敵は、降伏するタイミングさえ見出せないような素人のようだな。各所で無駄な抵抗を続けては玉砕を繰り返している」
「捕虜が殆ど出ていないのは、そのせいでしょうか?」
「恐らくな。ザフトはどうやら末期症状のようだ」

 こんな戦い方をするようではザフトももう終わりだとサザーランドは考えていた。こんな兵士を使い捨てにする戦いは軍組織の衰弱を早めるだけであり、反抗に必要な兵力を消耗するだけだからだ。もうザフトは、限界を超えたのだろう。
 これなら予定を繰り上げて攻勢に出ても良いかもしれないと思った時、いきなり変化が起きた。いきなり見ていたディスプレイが異常をきたしたかのように白濁し、周囲のオペレーターたちが慌てふためいている。何が起きたのかと視線を外に向けたサザーランドの目に飛び込んできたのは、周囲でコントロールに異常をきたしたかのようにフラフラと飛んでいる戦闘機と、地上で動かなくなった戦車とMSだった。

「何が起きた!?」
「どうやら、強力なEMP兵器を使ったようです。戦車や戦闘機隊は手動操作で後退できますが、MS隊は動けないようです!」
「周辺の部隊と連絡がつきません。通信機を破壊されたようです!」

 ミリアリアとサイが状況を報告してくる。EMP兵器と聞かされたサザーランドは、それが何であるのかすぐに察する事が出来た。

「パナマで使った奴か。連中はカオシュンにも運び込んでいたのか!」

 悔しそうに罵り声を上げたサザーランドは、後方の洋上艦隊の様子をサイに尋ねた。それを受けてサイが通信を交し、洋上艦隊は無事だという返事を返すと、洋上艦隊にMS隊を出撃させるように指示した。幸いにもアークエンジェル級3隻はEMPの中でも大したダメージは無かったようで、このまま前線に留まる事が出来る。
 しかし、敵はそれを待ってくれなかった。ガタガタになった前線にこれまで温存していたらしいジンとディンとバクゥ、ヴァデッド戦車が打って出てきたのだ。

「敵です、ジンとディンとバクゥ、戦車も居ます!」
「ザフトめ、このタイミングを待っていたな。ラミアス艦長、MSを出すんだ!」
「今出ます!」

 MSは全て動けないと思っている2人は焦った声を出していたのだが、そこにミリアリアが驚いた声で報告を回してきた。

「友軍機が2機、迎撃に出ました。これはクライシスです。フラガ少佐とアルフレット少佐です!」
「クライシスは耐えたのか!?」

 さすが超高級機、あのEMPの嵐にも耐え切ったというのか。見ればIWCPを背負ったアルフレットのクライシスと、ミサイルパックを背負ったフラガのクライシスが突入してくるザフト部隊に突入していた。
 この2機の突撃を見たマリューが鋭い声でパルに砲門を開くように命じた。

「クライシスだけに任せるわけにはいかないわ。アークエンジェルの全火力を持って増援が来るまで戦線を支えます。ドミニオン、パワーにも連絡、全艦前進!」
「了解、全ての砲とランチャーに動力伝達します!」
「チャンドラ曹長、敵部隊の動きを戦術スクリーンに出して頂戴、敵部隊の出鼻を挫きます!」

 マリューの命令でCICのチャンドラが敵戦力の分析を始める。その結果が随時正面上部の大型スクリーンに表示されていき、敵が死力を尽くした反撃に出てきたことが見て取れた。これを見たマリューは迷う事無く自分達の正面、最も敵戦力が多い辺りに狙いを定めた。

「全艦の砲撃を集中する。照準は本艦に連動、全艦全力射撃30秒!」

 マリューの命令を受けてアークエンジェル、ドミニオン、パワーのゴッドフリートにバリアント、ミサイルランチャーが一斉に放たれた。砲は砲身が焼ききれそうな連続射撃を開始し、ランチャーにも次々に新しい弾が装填されていく。アークエンジェル級3隻が火力を集中した事による破壊力は絶大で、着弾点に居た敵は瞬く間に引き裂かれ、ただの残骸に成り果てていった。
 この無茶苦茶な火力を見たアルフレットとフラガは、凄まじい破壊力に目を丸くしていた。

「おいおい、流石に気の毒になるぞ、あれは」
「桁違いの火力ですねえ。改装してますます化物じみてきたなあ」

 元々強力だったアークエンジェル級だが、バッチ2型への改装によって火力はおよそ4割増しに強化されている。その火力は1隻でザフトの1個部隊を叩けるのではないかとまで言われるほどだ。現在の連合軍でこの艦に撃ち勝てるのは極東連合のヤマト級だけだろう。だがこれは宇宙艦なので、地上には降りる事が出来ない。そういう意味では最強はアークエンジェル級と言えるかもしれなかった。

 そして、集ってくるジンやバクゥを迎撃していた2人の前に、いきなり他のMSとは比較になら無いほど良い動きをするジンとバクゥの部隊が現れて攻撃してきた。バクゥが左右に散って走り回りながらミサイルを発射してくる、あるいはブレードで斬りつけて来る。そしてジンが重突撃機銃を撃ちながら重斬刀で斬りつけて来る。
 これは全て連携した動きで、フラガとアルフレットは初めて本気で対応する事になった。クライシスの装甲は耐熱防御は完璧と言えるほど徹底されているのでミサイルは無視し、重突撃機銃をシールドで受け止める。そして迫ってくるバクゥに対してアルフレットは背負っている砲を連射して撃破し、弾幕を突破した敵には対艦刀で相手をする。アルフレットはシールドはノーマルを好む為、攻防シールドは装備せずストライクと同じシールドを持っている。このシールドでバクゥのビームサーベルを受け止め、対艦刀で切裂くのだ。
 そしてフラガはミサイルパックから放ったミサイルで次々にバクゥを仕留めていた。無線誘導できるミサイルは有線の時よりも遙かに射程が延びたので、中距離で敵を仕留めることが出来る。バクゥ部隊はまさか誘導兵器が復活している等とは夢にも思わず、飛来したミサイルに次々に脚部を、胴体を破壊されて擱座していった。MSは誘導兵器が使えない状況で始めて活躍できる兵器であり、誘導兵器を使われたらただのでかい的でしかないという常識が、ここに復活していた。

 そして攻撃がジン部隊に移り、次々に擱座して動かなくなっていく。重突撃機銃ではクライシスを撃破するのは困難で、直撃を出しても装甲に弾かれて兆弾になるだけだ。これに対してクライシスの砲撃は一撃でジンに致命傷を与えてしまう。これはもう戦闘ではなく、一方的な虐殺としか言えないだろう。ザフトが最後の賭けに出たのに、それがたった2機のMSを突破できないでいるのだから。
 しかし、それでもザフトの数が性能の差を乗り越えた。膨大な犠牲を出しながらクライシスに迫ってきたジンの1機がアルフレット機の側面から突っ込み、重斬刀の一撃でリニアガンの砲身を1つ叩き折ってしまった。このジンはその直後に対艦刀で撃破されたが、次々に襲い掛かってくるジンに流石のアルフレットも辟易してしまっていた。
 更に、この圧倒的多数を相手にした戦闘はクライシスの継戦能力をあっという間に奪ってしまった。アルフレットは残弾とバッテリーが限界に達しているのを確かめて舌打ちし、フラガに後退を指示する。

「こいつは不味いな、退くぞフラガ、押さえきれん!」
「りょ、了解!」

 フラガの方もミサイルを撃ち尽くしてしまい、攻撃力ががた落ちしていたのでこれ以上は戦えなかった。ミサイルパックは恐ろしいほどの威力を見せているが、装弾数の少なさゆえに弾切れも速いのが欠点だ。これは有線時代から変わっていないらしい。
 この頃になるとアークエンジェルたちから出撃してきたトールたちが戦線に加わっていたので、2人が後退しても何とかなる。だが、2人が退きたくても何故か敵はそれを許そうとはせず、自殺的な突撃を繰り返していた。それは余りにも不可解な突撃で、迎撃しているパイロット達は押され気味になっている。

「おいオルガ、こいつらおかしいぞ!?」
「ああ、分かってる。どうなってんだ!?」
「ウザ過ぎ……」

 ジンやバクゥがこちらの攻撃にもまるで怯んだ様子を見せずに突っ込んでくるのを見てクロトが怯み、オルガが顔を顰め、シャニが嫌そうな顔をしている。敵は死ぬ事を考えていないかのような自殺的な攻撃を繰り返していて、それだけに牽制が役に立たない。さらに勢い、というよりも理解し難い不気味さが強化人間である3人さえも気後れさせていたのだ。
 この異常な攻撃におかしさを感じたアルフレットはアークエンジェルに通信を入れ、サザーランドに後退を進言した。

「大佐、どうにもこいつらおかしすぎる!」
「ああ、こちらでも確認している。ザフトはカミカゼを始めたのか?」

 周囲のディンやラプターが空母から発艦してきたスカイグラスパー隊と交戦しているのだが、敵機の中には意図的としか思えない体当たりをしてスカイグラスパーを道連れにしている機体がある。それらはアークエンジェルにも来ていて、イーゲルシュテルンの弾幕を突破したディンが1機体当たりを成功させていた。数十トンの重量物がぶつかった時の衝撃は物凄く、アークエンジェル全体が大きく振動したのだ。まあ、所詮はMSがぶつかっただけなので、装甲は抜けなかったのだが。
 この異常としか言えない敵の戦い方に連合軍将兵に畏怖が広がっていくのを感じていたサザーランドは、これ以上の攻撃続行を諦め、アルフレットの進言を入れて後退を命令した。橋頭堡を中心に物資の揚陸をし、態勢を整えて改めて攻撃を再開しようというのだ。

「しかし、一体何なのだ、ザフトの戦い方はおかしいとしか言えんが……」

 各隊の指揮官達が撤退の指揮をとる中で、サザーランドは敵の不可解すぎる反撃に違和感を隠し切れないでいた。ザフトは確かに連携を取るのが苦手で、戦場では個々の部隊が独自に動き回るという遊撃的な戦いをする事が多い。当然無茶としか言えない攻撃をしてくる事も多かった。だが、それでもザフトがカミカゼ・アタックを仕掛けてくるような事はなかった筈だ。それがどうして急に、しかもこんな組織的に仕掛けてきたのだろうか。

「まあ、捕虜を尋問すれば、何か分かるだろう」

 今はそれ以上考えようが無いと割り切り、サザーランドは次の作戦の立案に入った。前線指揮をする彼には休みなど無いのだ。しかし、この後に判明した事実に、サザーランドは衝撃を受けることになる。




後書き

ジム改 カオシュン攻略戦発動!
カガリ 私たちは出番無しか。
ジム改 ここ暫く出ずっぱりだから満足だろう?
カガリ まあな。後はヒロインらしいシーンがあれば。
ジム改 …………。
カガリ 何故黙る?
ジム改 いや、うちの読者でお前をヒロインと認識してる人がどれだけいるのかな、と思って。
カガリ 貴様のせいだろうが!
ジム改 まあまあ、世界の中心にいるんだから贅沢言うなって。
カガリ 次の出番は何時だあ。というか、オーブ奪還には参加できるのか?
ジム改 どうだろうねえ。宇宙の戦況次第か。ザフトも核動力機を量産してるし。
カガリ その時こそオーブ軍の実力が発揮できるんだな?
ジム改 いや、前座で蹴散らされて終わる気がするが。
カガリ と、特訓だ、特訓して実力を上げるんだ。月月火水木金金で!
ジム改 鬼だなこいつは。それでは次回、形振り構わぬザフト、その狂気に連合軍は気圧され、圧倒的な大軍でありながら各所で押し返されてしまう。オーブではアスランがクルーゼに救援に向かう許可を求めるのだが。そしてラクスはメンデルに戻ったが、ここにも戦いの時が迫ろうとしていた。次回「狂気の戦場」でお会いしましょう。

次へ 前へ TOPへ