第125章  戦姫の帰還


 

 事件のあった日の翌日、フレイとアスランはオノゴロ島に来ていた。オノゴロ島に行く事は規制されており、ザフトに許可を申請して受理されなくては行く事は出来ない。だがフレイはこの問題を大胆な方法で解決していた。そう、アスランを連れて行ったのだ。
 最初にこのことを頼まれたアスランは難色を示していた。オーブ軍人であったフレイは特にオノゴロ島行きを許可され難い立場にある。そんなフレイを連れて行くのは厄介ごとを自分から抱え込むも同じなのだ。
 だが、この答えを予想していたフレイはなんとも大胆な行動に出た。ソファーに腰掛けてフレイの話しを聞く気は無いというように露骨に背中を向けたアスラン。そのアスランにフレイはくすっと笑い、後ろから軽く首に手を回してしな垂れかってきた。いきなりしな垂れかかられたアスランは吃驚仰天してしまっている。

「フ、フレイ、いきなり何を!?」
「おねぁい、アスランだけが頼りなのよ」
「い、いや、だからそれはだな……」

 後ろから流れてきて顔にかかる赤い髪と、女性の甘い香りと化粧品の香りがアスランから平常心をどんどん奪っていく。ついでに首の後ろに感じる2つの柔らかい何かが更にアスランを追い込んでいく。
 そしてフレイは、アスランが予想通りの反応をした事に内心でニンマリしていた。この手はかつてキラを篭絡する時に使った悪女系甘えっ子モード、要するに色仕掛けで、キラには非常に効果的であった。実はキラは結構女好きで助平である事をこの時の経験からフレイは知っていたりする。

「私を助けると思って、ねっ」

 そう言って、そっとアスランの頬に軽く触れるようなキスを送る。それが決定打となった。硬直したままごくりと喉を鳴らし、そして顔を赤くしてさも仕方ないなあという風を装ってフレイの頼みを受け入れてくれた。

「しょ、しょうがないな。軍が徴用した連絡船を使えば行けるから、ちょっと準備してくる」
「わあい、ありがとうアスラン」

 アスラン・ザラ、堕落の瞬間であった。



 こうしてオノゴロ島に渡った2人は、その足で負傷者が収容されている病院に足を運んだのだ。途中で幾度も検問を潜る事になったが、ここでも特務隊隊長という肩書きは大きく物を言い、2人は何の問題も無く病院に辿り着けたのだ。アスランもこの頃になると嵌められた事に気付いていたが、今更帰るとは言わなかった。
 病院にやってきた2人はそこで手続きを取り、入院しているアスカ家の人たちが居る病室に足を運んでいた。この病院は元々オーブの軍病院であり、働いているスタッフは軍病院の者がそのまま就いている。これもホムラが送り込んだオーブの協力の証だ。当然ザフトの兵士も多いのだが、やはり赤服のアスランは目立つ。ついでに言うと患者やスタッフの敵意に満ちた視線もある。
 その健康に悪そうな視線を浴びせられながら廊下を歩いていた2人は、やがて教えられた病室にまでやってくる事が出来た。表札を確かめたフレイは扉をノックした。すると中から聞きなれた声が聞こえ、開けられた扉から顔をのぞかせたのは懐かしい顔だった。

「久しぶりね、マユちゃん」
「あ……フ、フレイお姉ちゃん!?」

 マユはフレイを見て驚き、そして表情を輝かせて抱きついてきた。フレイもそれを受け止めて頭を撫でてやり、久しぶりの再会を喜んでいる。

「ご免ね、探すのに手間取っちゃって」
「ううん、来てくれて嬉しいです」

 そしてマユはフレイを病室に招き入れたのだが、その隣に居る赤いザフトの軍服を着た男に怯えたような顔をしてフレイを見た。

「お姉ちゃん、あの……」
「ああ、これは無視しといて良いわよ。空気だと思って気にしないで」
「…………」

 フレイの言い様にアスランは不満そうに口を尖らせていたが、流石に空気は読んだのか口には出していなかった。マユは不安そうにちらちらとアスランを見てはフレイの服の裾を掴んでいる。その怯えた態度を見てアスランは笑顔を露骨に引き攣らせていた。
 そしてフレイはマユの母親の隣の椅子に腰掛け、まずシンの事を伝えた。カガリがテレビに出たことからシンの乗ったシャトルは無事にアメノミハシラに到着したようだと伝え、シンも多分アメノミハシラに居るのだろうと。残念ながら生死の確認は出来ないが、これは母親とマユを喜ばせるニュースだった。 
 そしてフレイは、あれから何があったのかを聞いていた。母親はあの後ザフトの攻撃から逃げ回っていた事を話し、その途中で避難民が逃げた地区にもザフトの攻撃が及んだ事を話した。その攻撃で自分が怪我をし、夫が死んだ事も告げられ、フレイは何も言えなくなってしまった。守りきれなかったのは自分たちオーブ軍なのだから。
 マユも怪我をしたそうなのだが軽傷であったらしく、傷はもう完治しているらしい。ただ、その関係でマユが何処かの施設に移らなくてはいけないという話を出された時、フレイはならうちで預かろうかと申し出た。

「マユちゃんなら知らない仲でも無いですし、うちは部屋は幾らでも余ってますから、良かったらですけど」
「でも、迷惑じゃないですか?」
「大丈夫ですよ。それに、守りきれなかったのは私たちオーブ軍の責任ですし」

 済まなそうに言うフレイに母親は少し複雑な顔をしていた。守り切れなかったという意味ではオーブ軍を恨む気持ちは確かにあるからだ。だが責める言葉を出すわけにもいかず、困った顔をするに留まっている。
 そして母親はフレイに娘を預ける事には同意したのだが、1つだけ懸念を告げてきた。それはフレイと一緒にやってきたアスランのことだ。フレイは彼は自分の敷地内にある建物の1つを接収して使っているザフトの隊長だと紹介しており、アルスター邸にはザフトが居るという事になる。その事がどうしても不安なのだ。
 その事を問われたフレイはなるほどと頷いてアスランを振り返り、そして大丈夫だと太鼓判を押した。

「大丈夫ですよ、アスランには子供を襲うような度胸も甲斐性もありません」
「あの、そこまではっきり断言されると、ちょっと悲しいものがあるんだが」
「何よ、じゃああるの?」
「…………」

 問い返されたアスランは無言で視線を窓の方に向けてしまった。それでアスランを黙らせたフレイは今度はマユのほうを見て、マユにどうするかと問い掛ける。マユは不安そうにアスランを見た後、どうしようと母親に問い掛けた。流石に8歳の少女に決めろというのは難しい。
 問われた母親は少し迷ったものの、施設に入れられるよりはマシだろう思い、マユにフレイと一緒に行くように伝えた。これでマユは暫くアルスター邸に住む事になり、母親の傍を離れてオロファトに行く事になる。母親が1人になってしまうが、親心としては娘の安全の方が優先されるようだ。
 こうしてマユはフレイと一緒にオロファトに移る事になったのだが、その道中ずっとフレイから離れず、アスランに敵意に満ちた視線を向けていた。その視線を向けられ続けたアスランは精神的に疲労し、オロファトに向う船の中でマユが寝てしまったのを確かめてからようやくホッと一息ついている。

「ふう、まあ侵略者だから恨まれるのは仕方ないかもしれないんだが、気分の良いものじゃないな」
「そう、ね」
「でもまあ、侵略者じゃなくても地球じゃコーディネイターは何処に行っても同じ扱いだったかもしれないけどな」

 地球でのコーディネイター差別の酷さは戦前から問題になっていた事であり、別に戦争が無くても敵意の目を向けられたかもしれないと語るアスラン。それを聞いたフレイは、些か気分を害してしまった。

「アスラン、この娘はコーディネイターよ」
「……え?」
「この家族はオーブ在住のコーディネイターなのよ。だからアスランを恨んでるのは侵略者だからよ」
「そう、なのか?」

 この娘はコーディネイターだと言われて、アスランはショックを受けていた。まさか、自分達は同じ同胞からさえ恨まれるようになってしまったのかと。これまでのザフトは名目的にはプラントの独立達成と同時に、地球で苦しめられている同胞の救出という物もあったからだ。それがまさか助ける筈の同胞に憎まれ、敵意を向けられるような事態になるとは。これはプラントの戦争遂行の大儀そのものが揺らぐ事実である。マドラスでオルセン一家と出会ってこういう生き方をする同胞も居るのだと知ってはいたのだが、あれは珍しい例だと思っていたのだ。多くの者はプラントへの移住を望んでいると信じていた。
 アスランはガクリと肩を落として近くの座席に腰を落とし、オロファトに到着するまでずっと無言でいた。彼にとってこれは無視できない衝撃であり、これまでの自分達を否定されかねない事実であった。キラが敵に回った時はどうしてコーディネイターがナチュラルの味方をするのだと言った彼であったが、現実はこうだ。キラと同じように戦争に巻き込まれたコーディネイターが自分達を憎み、敵意の視線を向けてくる。
 この時、この戦争はコーディネイターとナチュラルという構図から、いつの間にかプラントと地球という構図に変わっているという事を、アスランも初めて実感したのである。それはプラントが完全に孤立した事を意味していた。





 アスランたちがどっかのんびりした日々を送っている間にも、地球連合は着々と反撃を進めていた。アフリカのヴィクトリア基地を狙ったユーラシア連合と大西洋連邦の攻撃はなお継続されており、ヴィクトリアとカーペンタリア間の連絡線を巡って連合の海軍部隊とザフトの海軍部隊が日夜戦火を交えている。ザフトは潜水母艦にゾノやグーンを搭載して投入しているのだが、連合側も負けじとディープフォビドゥンを量産して投入している。
 最初は連合側の被害も大きかったのだが、連合がマダガスカル島を奪還してからは連合が有利に戦いを進めるようになっていた。ここを拠点として対潜艦隊が多数活動し、空軍基地からは対潜哨戒機が飛び立つようになって潜水艦狩りが活発になり、反比例してザフト潜水艦隊の活動は衰えている。この潜水艦隊の衰えには先のオーブ戦において大西洋連邦が行ったカーペンタリア攻撃の被害がある。あれでドックなどの修理、整備施設を叩かれた為に潜水母艦が整備、補給を受けるのが難しくなり、多数の艦が整備待ちで空しく埠頭に繋留されている有様だ。まさか整備不良の艦を戦闘に出すわけにもいかず、ザフトは少数の艦とMSで多数の連合艦隊に挑むという自殺的な戦闘を強いられている。
 ただ、それでもザフトは頑張っていた。戦力比にして10倍以上の連合軍に果敢に戦いを挑み、劣勢ながらも連絡線を何とか維持していたのだから。このザフトの超人的な戦闘に業を煮やした連合軍は、遂にアルビム連合に戦力派遣を要請する事になる。これまで大洋州連合との戦いを主に担当していたアルビム連合であったが、その戦闘力の高さはさすがコーディネイターと言わせるもので、大洋州連合との戦いはかなり有利に進んでいる。連合軍上層部はこの際コーディネイターの助けを借りてでもインド洋の制海権争いに勝利する道を選んだのだ。これにあわせて連合軍上層部はアルビム連合から連合軍総司令部に何人か軍人を受け入れることが決定されていた。
 これはアルビム連合が地球連合内でその重要性を増し、存在を認められたことを意味する。これまでは独立国としては扱われていなかったのだが、とうとう連合軍総司令部に部屋を与えられ、その戦略決定に口を出せるようになったのだ。これはコーディネイターの地位が向上している事を意味していて、アルビム連合のコーディネイターたちは喝采を上げていた。


 これによりアルビム連合の潜水艦隊がインド洋に出撃し、ザフトの潜水艦隊に大損害を強いる事になった。ザフトとは違って他の友軍と共同で動けるおかげで圧倒的に有利な状況で戦うことが出来、多くのザフト潜水艦が海の藻屑となっている。この被害でザフトは制海権を喪失し、事実上アフリカと大洋州を繋ぐ海路は破壊された事になる。これによりアフリカのザフトはビクトリアからの脱出しか道が無くなり、その焦りから混乱を来たす事になる。




 そしてシンガポールにはオーブ解放作戦の為に部隊が集まっていた。第8任務部隊もここにやってきており、ドック入りしてカオシュン攻略戦の傷を癒している。乗組員には久々の休暇が出され、軍務を離れてシンガポールの街に遊びに出ている者が多かった。既にここは赤道連合の完全な制圧圏下であり、ザフトの襲撃を受ける心配の無い場所なのだ。だから安心して骨休めが出来る。流石に今回ばかりはマリューやナタル、ロディガンといった責任者達も艦を離れて休暇をとっていた。それ程先のカオシュン攻略戦は心身ともに疲労する戦いだったのだ。
 その中でサイたちは街のショッピングモールに繰り出して久しぶりに遊び倒していた。今日はパワーからオルセン兄妹が声をかけてくれて、サイとトール、ミリアリアにクロト、スティングが来ている。他の強化人間達は大西洋連邦の施設で調整を受けているらしい。この辺りの事情はサイたちには教えられていないのだが、フラガが教えてくれた限りでは強化人間は時々身体の状態を確かめる為に特殊な検査を受けなくてはいけないらしいのだ。今回はオルガたちがその検査を受けに行っているらしい。
 子供達を連れて遊びに出たセランとボーマンであったが、彼等が子供達を誘ったのには訳があった。2人はアルフレットからサイたちを気晴らしに連れ回してやってくれと頼まれていたのだ。先のザフトの異常な戦いを見てミリアリアは情緒不安定になり、トールは精神的ショックで自閉症気味になっていたからだ。後送するほど酷くは無いのが救いだが、それでも何らかのケアは必要だろうと考えたアルフレットが2人に頼んでいたのだ。資金面は何とかするから気にせず遊びまくれ、と。
 こうしてセランとボーマンは子供達に声を掛け捲り、こうして街に出ていたのだ。

「いやー、やっぱりたまには軍服を脱いで街に出ないとね。オイルに塗れて青春終えるのはやっぱりご免だわ」
「お前は工具が恋人じゃなかったのか?」
「兄さん、2度と喋れないようにその口縫い合わせよっか?」

 兄妹は相変わらずの応酬を繰り返しながら歩道を歩いている。すると、その背後から少し恨めしげな声が2人に投げ掛けられた。

「あの、中尉、軍曹、どうして僕までここに来てるんでしょう?」
「何よイレブン、艦でぼーとしてるよりマシでしょ」

 そう、2人の少し後ろを歩いていたのはイレブン・ソキウスだった。彼はいつも通り艦で待機していようと思ったのだが、何故か2人に見つかってそのまま連行されてきたのだ。艦に閉じ篭りっきりは健康に良くないとかわけの分からない事を言われて連れ出されたイレブンはセブンに助けを求めようと思ったのだが、こういう時に限って彼は不在であった。
 こうして彼は不承不承2人に連れられて街へと出てきたのだ。しかしまあ、昔のイレブンを知る者には驚愕するべき変化と言える。ソキウスは戦闘用コーディネイターであり、戦うことしか知らない兵器だった筈なのだ。それが今では人に連れ出されたとはいえ、こうして誰かと一緒に出かけているのだから。

 そしてサイはまだ元気が無いトールとミリアリアに時折声をかけては元気付けようとしていた。だがそれはサイの空回りで終わる事が多く、サイの苦労は絶えなかった。

「トール、ミリィ、あれ見ろよ、ブリジストンの新型が出てるぞ」
「ああ、そうだな」
「…………」
「あ……あははは」

 商店のウィンドウに飾られている自転車を指差して注意を引くが、トールは乗ってこなかった。ミリィに至ってはトールの腕に手を回してくっついたまま一言も喋らない。前のトールならウィンドウに張り付いて騒いでいただろうに、ここまで落ち込むとは。またも空振りに終わった事でサイは小さく溜息を漏らし、どうしたものかと空を見上げている。

「こういう時、キースさんが居てくれたらなあ」

 あの男ならきっとトールとミリィを立ち直らせれるような言葉を持っているに違いない。だから早く帰って来て欲しいとサイは切実に思っていた。
 その時、なんだか変な声が聞こえてきた。見れば歩道脇の小さな広場に人だかりが出来ており、台かなんかの上に立っている男が拳を振り上げて何か演説をしていた。それが何かと思っていると、なんだか忌々しそうな声でセランが先を急かしてきた。

「3人とも、こんな所さっさと抜けるわよ」
「え、でも……」
「ほら、あんな連中の話なんか聞かなくても良いから」

 どうやらセランは彼等が気に食わないようだ。ボーマンは苛立たしげに見ている。それで気になって彼等の声に耳を傾けたサイは、すぐにその理由を理解する事が出来た。その演説はコーディネイターの脅威を訴えて、彼等を根絶する為に戦おうと呼びかけるものだったから。どうやらブルーコスモスの街頭演説らしい。

「こんな所でも、ブルーコスモスか」

 今では地球連合軍にはコーディネイターが相当数入っている。アルビム連合に至ってはコーディネイターの国家のような存在だ。この世界情勢の中ではもうコーディネイター根絶などただの妄想にしかなりえないというのに、彼等はまだ諦めていないのだろうか。
 サイがそんな事を考えていたら、ミリアリアがはじめて口を開いた。

「……あの人たちが言う戦争を続けたら、またカオシュンみたいなことになるの?」
「ミリィ?」
「もうやだ、あんな戦いはしたくない」

 ザフトの狂ったような特攻と、それが薬物によるものだという現実。そして連合の行った焼夷兵器の無差別投入による殺戮の様子がミリアリアの脳裏を過ぎり、あの時の恐怖を蘇らせてしまう。あれはもう戦争ではない、ただの狂気の発露でしかなかった。そしてミリアリアはその狂気に精神を蝕まれてしまったのだ。その影響は今も彼女を苦しめている。
 震えるミリアリアの肩をトールが抱き寄せてやり、ミリアリアがトールに身体を預けている。それはサイの目には昔のキラとフレイの姿に重なって見えてしまい、慌てて頭を左右に振ってそれを振り払う。まさか、そんな事は無いと自分に言い聞かせながら。
 だが、サイの目は正しかった。2人は抱えこんでしまった心の傷を舐め合うような状態になっていたのだ。だから酷く不安定で脆い状態が続いている。だが残念な事に、こんな心の闇を察する事が出来るほどにサイは人生経験を積んでいるわけではなかった。

 暗い雰囲気を纏っている2人から離れたサイは、どうしたもんかとクロトとスティングに相談してみた。だが多分人選を激しく間違っている。聞かれたクロトは露骨に迷惑そうな顔をし、スティングは何で俺に聞くんだよと答えている。まあ答えてくれるだけスティングはまだマシだろうか。

「そんな事言わずに何か無いか考えてくれよ。あれじゃ次の戦いでトールが死んじゃうだろ」
「そんなの僕には関係ないね、弱い奴が悪いんだろ」

 クロトは全く取り合う気が無いようだ。スティングの方は腕組みをして少し考え込んでいたのだが、結局何も浮かばずに首を横に振っている。この面子ではトールを立ち直らせるような知恵は出てこないようだった。




 トールとミリアリアをサイたちに任せてしまった男、フラガは軍港の近くにある酒場でアルフレットと酒を交えながらこれで良かったのかと話をしていた。今回のことはアルフレットが進めたことなので、フラガは不安ながらも受け入れていたのだ。

「でも、良かったんですか、あいつ等に任せて?」
「何でもかんでも大人が出張るもんでもねえだろ。それにな、あいつ等はもう手を引いてやらなくちゃいけねえ新兵じゃねえんだ。自力で立ち直らねえといけねえ時期だよ」
「そりゃまあ、トールも今じゃベテランって言えるくらいに修羅場は潜ってますがね。この間の戦いはきつかったと思いますよ」
「だからさ。これから先にだって同じ事があるかも知れねえんだぜ」

 グラスに注いだスコッチを傾けながらアルフレットは言う。トールはもうなんでも自分達がしてやらなくてはいけない新兵ではないと。それはフラガにも分かるのだが、それでもあいつらは16歳の子供なんだと彼は言う。どんなに場数を積んでいても、子供には割り切れない物があるだろうと。
 フラガの話にアルフレットは頷いてはいた。フラガの言い分にも一理はある事を認めているのだ。自分のやり方は、下手をすればトールが立ち直れなくなるかもしれない危険な手だという事も。

「だが、それじゃなんて言うんだ?」
「俺たちが恨まれりゃ良いんじゃないでしょうか。自分は命令に従っただけだって思わせれば」
「そりゃ意味がねえだろ、あいつ等は自分のやったことにじゃなく、敵のしてきた事にショックを受けたんだからよ」

 自分のしでかしたことで立ち直れなくなっているのならやり様はあるのだが、今回は敵の自殺攻撃を見て立ち直れなくなっているのだ。こういう時は本当に対処に困ってしまう。
 実は殴りつけたりして無理やり立ち直らせるという方法もある。戦場神経症患者に対する効果的な対処法として昔から存在する手法で、有名なところだと第2次世界大戦でパットン将軍が兵士を殴りつけて無理やり立ち直らせたという物がある。ただ、近代に入ってからは人道という概念が入った為、この方法は最後の切り札というものとなっている。殴るとスキャンダルになるようになったのだ。
 アルフレットもフラガもいよいよという時が来ればこの手を使って無理やり気合を入れてやる気ではいた。そうしないとトールが死ぬからだ。もうすぐ始まるオーブ解放作戦までに立ち直ってくれなければ、いよいよ強硬手段に訴える必要も出てくるだろう。


 しかし、彼等の抱えていた悩みは彼等とは全く関係の無い所かややって来る騒々しい連中によって解決する事になる。そう、宇宙から奴等が帰ってくるのだ。あの何かと騒動を起こす困った双子とその仲間達が。





 オーブ解放作戦に先立って、カガリの派遣部隊への参加が連合軍総司令部から要請された。まあ政治的な意味合いの強い要請ではあり、カガリが軍隊を引き連れて国土を奪還しに戻ってきたというパフォーマンスを狙っての物ではあるが。
 カガリはこれを受けて一部の部隊を引き連れて地上に降りる事にした。アメノミハシラには先のザフト艦隊との交戦で壊滅した連合の第5、第6艦隊の残存艦と第8艦隊から分派された戦闘部隊が入っている。損傷艦などは修理を受けているが、健在艦はそのまま防衛に当たっているので戦力的にはかなり充実している。ザフトには流石に再度の侵攻をかける余力は無いだろうという判断から、カガリはアメノミハシラを離れる事にしたのだ。
 後の事は元々ここを居城としていたミナが引き受ける事になっており、カガリ自身はユウナやキラ、シンといった主要なスタッフやパイロットを連れてグアム基地に降下し、そこからシンガポールの部隊に合流することになっている。


 この決定に伴い、今後の事を話し合う為にカガリは必要と思われる人間を呼び集めて会議を開く事にした。まあ必要な人間と言っても、自由オーブ軍にはそれ程重要人物が沢山居る訳ではないのだが。
 その召集がかけられる中で、キラはシンたちと共に食堂でなにやら目をウルウルさせていた。彼の前のテーブルにはホカホカと湯気を立てるハンバーグセットが置かれている。

「うう、アメノミハシラに来て以来、初めて食べるハンバーグだ」
「やっと補給が来ましたからねえ」

 シンがしみじみと呟く。そう、アメノミハシラはザフトに封鎖されていてずっと補給が受けられない状態が続いていたので、物資がすっかり欠乏していたのだ。そのため水や食糧は切り詰められ、優先的に物資を回されていた筈のキラたちでさえ満足な食事はしていなかった。特にキラやシンは育ち盛りなのでこれはかなり堪えていたのだ。
 この久々の御馳走は連合から送られた補給によって持ち込まれた食料のおかげであった。パナマのマスドライバーはまだ動いていないが、建設を進めていたフロリダのケネディ・マスドライバーが遂に完成し、物資を上げられるようになったのだ。その規模はまだパナマの物ほど大型ではないのだが、順次拡張されてカグヤを超える世界最大規模のマスドライバーになる予定らしい。
 このケネディから打ち上げられた物資がアメノミハシラに入り、アメノミハシラの修復は急速に進んでいた。豊富な物資で倉庫も満たされ、キラたちは久々に豪華な食事が出来たのだ。

「うう、最近はずっと高カロリービスケットや軍用レーションばかりだったからなあ」
「そうですよねえ、あれ不味くて不味くて」
「そうそう、何度地球に行ってジャンクフードを食べ歩きたいと思ったか」
「わかるっすよその気持ち」

 変な所で年相応の子供なキラとシンであった。そしてナプキンつけてフォークとナイフを手にしたステラがじれったそうに2人を急かしてくる。

「キラ、シン、早く食べようよっ」
「ああ、そうだね、それじゃあ……」
「「「いっただきま−」」」

 笑顔満面でみんなで頂きますを言おうとした3人だったが、その平和な食堂にいきなり物騒な怒鳴り声が飛び込んできた。

「キィラァァァァ、手前会議室に来ないで、何こんな所で何油売ってやがる!」
「カ、カガリ!?」
「集れって言っただろうが。さっさと来い!」

 ずかずかと足音も高くやってきたカガリはそのままキラの襟首の裏側を掴むと、ズルズルと引き摺って行ってしまった。

「ま、待ってカガリ、ハンバーグが、僕のハンバーグが!」
「やかましい、こっちは忙しいんだよ!」
「じゃあせめて一口だけでも!」
「ガキみたいな我侭言うな、一応お前は士官なんだぞ!」
「じゃあ降格で良いから、後生だから手を離してえ―――っ!!」
「聞く耳もたんわ。ステラ、キラの分食って良いぞ、私が許す!」
「カガリ―――ッ!?」

 ズルズルと引き摺っていかれたキラは最後まで悲痛な声を上げ続け、それは食堂の扉が閉まると同時に唐突に途切れた。防音は完璧のようだ。それを見送ったシンとステラは無言なまま顔を見合わせたが、とりあえずさっきのは見なかったことにして食事を再開する事にした。キラには悪いが関わらない方が懸命だと思えたのだ。

「じゃあ、ステラは2つ食べるね!」
「まあ残すのも勿体無いしな、良いんじゃないか」
「わーい」

 目の前に並べられた2つのハンバーグセットに喜びの声を上げてパクパクと食べまくるステラ。それをじっと見ていたシンは、何故かニコニコと怪しい笑みを浮かべていたりする。重度のシスコンであった彼は、マユと離れて以来胸の中にぽっかりと開いた空白を抱えていたのだが、今ではそこをステラが埋めていた。年不相応に低い精神年齢を持つステラはシンの中にあるシスコンという性癖を刺激し、彼に保護欲を駆り立てさせていたのだ。




 だが、その重度のシスコンという特性は、彼を危険な道へと引き摺り込む危険性を孕んでいた。ふと気がつけば、いつの間にかシンの隣に見慣れぬ黒髪の額が広い赤い軍服を着た男が座っていた。

「妹萌え、それもまた1つの姿か」
「だ、誰だあんた?」

 こんな奴は見た事が無い。そもそも何時の間に隣に座ったのだとシンが不思議に思っていたら、今度はシンを挟んで反対側から別の男の声が聞こえた。

「僕はドリーミングに君を誘いに来たんだよ」
「え?」

 慌ててそちらを振り向けば、そこにはカズィが座っていた。グラスに満たされた水を右手で持ちながら、軽く揺らしている。

「ド、ドリーミング?」
「君には資質がある。いずれこちら側に必ず来るよ」
「そうさ、俺のように素直になれば良い」

 左右から誘いの声をかけられたシンは動揺していた。いや、妹萌えと断言された事に対するショックもあったが、それ以上にこの状況のおかしさに対して動揺していた。何故周囲に誰も居ない。一体何がどうなっているんだ。

「何がどうなってるんだよ、俺はそんな変な連中の仲間にはならないぞ!」




 その瞬間、視界がいつもの食堂に戻った。目の前では突然立ち上がって訳の分からない事を叫んでいるシンを見て呆然としているステラが居て、周囲からは何事かという視線が向けられている。

「シン、どうしたの?」
「……いや、何でもないんだ。ふいに変な衝動がね」
「シン、変?」

 なんだか様子がおかしいシンを、ステラは首を傾げて見ていた。




 会議室ではカガリが集ったメンバーに今後の方針を話していた。地球に降り、オーブを奪還する作戦に協力すること。その間の宇宙軍の指揮はミナに一任する事。必要が無い限り宇宙軍は自衛に徹する事などが通達されていく。
 ただ、参加者の顔色は悪かった。いや、正確には怒っていると言うべきか。その原因はさっきから会議室内にずっと流れているシクシクという鬱陶しいBGMのせいであることは疑いようが無い。そう、カガリに引き摺ってこられたキラは会議用の丸テーブルに突っ伏すなりずっとシクシクと鬱陶しい泣き方を続けていたのだ。
 これにカガリはこめかみに青筋を浮かべ、ミナは先ほどから杖を持っている手がプルプルと震え、ユウナはいつでも逃げられるよう少し腰を浮かし気味にしている。あの2人の堪忍袋の尾はそんなに長くも頑丈でもない事を良く知っているのだろう。
 そして、早くもカガリが切れた。

「キラ、お前何時まで泣いてやがる、いい加減鬱陶しいぞ!」
「だって、僕のハンバーグがぁ……」
「泣くな、今度私が作ってやる!」
「カガリが作ると生焼けで腹壊すからいい」
「何だとお!?」

 実はカガリ、その短気な所が災いして料理をすると大抵半生状態だったりする。かつてそれを食べさせられたキラは半生のハンバーグを口に運び、見事に腹を壊して医者の世話になったのだ。この辺りが最高のコーディネイターの限界であるらしかった。
 それ以来、キラはカガリの料理は口にしなくなっていた。いや、ラクスのように食べたら命に関わるとか、フレイのように食べたらトイレから出て来れなくなるとかいう理不尽な物ではないからまだ改善の可能性は残されているのだが、生憎とカガリの性格に起因しているので改善は絶望的であったりする。
 だがカガリにも人並みに作れるようにはなりたいという意地はあったようで、時々アルスター邸に赴いてフレイと一緒にソアラから習ってはいたのだ。フレイの方はしょっちゅう教えられていたおかげかだんだんと上手くなっていたのだが、カガリは時々しか来れなかったので余り上達していない。
 戯言をほざいてくれたキラにカガリが姉の愛の鞭、と称する私的暴行を加えるのを見ていたユウナはやれやれと肩を落とし、隣のミナを見る。

「どうします?」
「まあ、仕方があるまい。本土を奪還するならカガリが加わっていた方が何かと都合が良い」
「ですが、こっちは大丈夫ですかね。僕たちだけならまだしも、キラやシンまで連れてくってのは戦力が低下しすぎるんじゃ?」
「何、もうザフトにここにちょっかいを出してくる余力は無いだろう。大西洋連邦経由の情報だが、ザフトは先の作戦に参加した部隊の大半が暫く動けない状態らしい」
「奴等もギリギリの所で頑張っていたという事ですか」
「そのようだな。指揮官はあのウィリアムスだったそうだし、ザフトはあの戦いに文字通り戦力を注ぎ込んでいたんだろう」

 連合軍は先の地球軌道付近で行われた艦隊決戦を戦術的には大敗したものの、戦略的にはこちらの勝利だと評価していた。確かに第5、第6艦隊の壊滅は痛かったが、まだ月には4個艦隊が残っているのだしパナマには再建された第1、第2艦隊が打ち上げを待っている状態だ。
 連合はこの損害の穴を埋める事が出来る。だがプラントでは事情が違う、プラントの戦争遂行能力は国力に較べると高いのだが、それでも地球連合とは比較にならない。連合は喪失した艦艇を補充し、更に増強までしてくるのにプラントは損傷艦の補修を行うので手一杯になってしまう。先の戦いでザフトは大勝利を収めはしたものの、多くの艦が損傷して帰還している。これを修理するので手一杯になってしまったのだ。更に参加した多くのベテラン兵士を喪失した為、人材面でますます窮屈になってしまっている。
 これらを考えれば、ザフトはもう戦力を送り込む事は出来ないと考えられた。送り込めたとしても嫌がらせ程度の事しか出来ないだろう。

 ユウナはなるほどと頷き、そしてキラにスリーパーホールドをかけて落とそうとしているカガリを見て少しだけ観察した後、どっと疲れた顔で声をかけた。

「カガリ、その辺にしておきなよ。代表がはしたないぞ」
「やかましい、この大馬鹿野郎に一度思い知らせてやるんだ!」
「そういう事はズボン履いてる時にしとくんだね。珍しくスカートなんか履いてるんだから、見えてるよ」
「……え?」

 見ればいつの間にかタイトスカートが捲くり上がって太ももどころか下着まで見えてしまっている。カガリはキラを放り出すと顔を真っ赤にして慌ててスカートを両手で引き下げ、上目遣いに恨みがましい目でユウナを睨みつけていた。もっとも、羞恥心で真っ赤な顔でやっているので迫力はゼロなのだが。

「ユ、ユウナ、お前見ただろ?」
「……ふっ、心配しなくて良いよ、色気が皆無でまじまじと見るほどのものじゃブボァ!?」
「テメエ、見といて何だそれはあ!?」

 電光石火の右アッパーが一撃でユウナを宙に舞わせ、そのまま床へと落ちていく。そしてカガリはユウナの腹の上に馬乗りして襟首掴んで上下に揺さぶりだした。

「そりゃフレイとかに較べりゃ負けてるけど顔だってスタイルだって並より上だって自信はあるんだぞ。それを何だ、色気が無いとか大根足とか寸胴とか散々言いやがって!」
「そ、そこまで言った覚えは無いけど……」
「どうせ私は色気なんて無いさ、悪かったなあ!」
「ならもう少し色気のある下着を付ければ良いだろ。あと髪も伸ばしてくれると嬉しいかな」
「そりゃお前の趣味だろうが!」

 ユウナをがんがんシェイクしているカガリ。どうも色々と鬱憤とかストレスとかが溜まっていたようだ。この惨状を1人じっと耐えて見物していたミナは、とうとう耐えかねたのか深々と重苦しい溜息を漏らし、ガックリと頭を垂れてしまった。

「栄光の我が城も、今では保育園か……」

 ロンド・ミナ・サハク、そのこれまで保ってきた矜持が遂に限界を迎えたらしい。この現実を受け入れ、敗北を認めたのだ。まあ匙を投げたとも言う。

 こうしてカガリは本土から上がってきた連中を率いてアメノミハシラを離れ、シンガポールに集結中の自由オーブ軍地上部隊と合流、これを統括するのだ。装備の大半は置いていく事になるが、フリーダムは持って行くことになっている。キラの能力を発揮できる機体はオーブにはこれくらいしかないのだ。他のパイロットは地上で大西洋連邦から供与された機体を使い、機種転換訓練を受けた後に実戦に投入される事になる。
 ただ、赤道連合にあるモルゲンレーテの支社では持ち出されたデータからM1の部品の製造ラインが整備されており、新品のM1も受領できるらしい。これが自由オーブ軍にとって数少ない朗報と言えただろう。





 地球を発ったラクスは若干の遅れを来たしてはいたものの、無事にL4宙域に到達していた。ここでラクスはメンデルに向う別のジャンク屋の船リ・ホームに移乗し、メンデルに向っていた。
 この船のリーダーであるロウ・ギュールはダコスタの知り合いで、メンデルの拠点化にも色々と手を貸してもらっていた人物である。ジャンク屋ギルドにはマルキオを通して様々な仕事を頼んでいるが、ロウは個人的な遊戯で動いてくれた数少ない相手である。それだけにダコスタは彼を信頼して最後の出迎えを任せていたのだ。
 リ・ホームに乗り込んだラクスとダコスタは、ロウたちの出迎えを受けてそのまま船の中へと入っていった。

「出迎え苦労様です、ロウ・ギュール様」
「なあに、これも仕事さ、気にしないでくれ」

 ラクスの謝辞に照れくさそうに応じ、そして樹里に言って客室へと案内させた。それを見送ったリーアムが脇を通り過ぎようとするダコスタに声をかける。

「地球では、何か収穫はありましたか?」
「いや、たいした物は無いな。スカンジナビアのメッテマリット様が協力を約束してくれたのがせめてもの救いさ」
「そうですか」

 リーアムの質問に答えたダコスタは早足にラクスの後を追っていき、残されたリーアムは少し戸惑い気味の顔を壁を背にしているプロフェッサーに向けた。

「どう思います?」
「私に聞かれても困るわね。一度請けた仕事に疑問を持たない方が良いんじゃないの?」
「貴女は最初からこの件に関わるのを嫌がってましたから、何か言いたい事でもあるんじゃないかと思いまして」

 リ・ホームのメンバーの中ではただ1人マルキオが持ってきたこのラクスに関わる仕事に懐疑的で、最後まで拒否し続けていたのがプロフェッサーだ。ロウたちは乗りかかった船だと言い、マルキオに対する信頼もあって仕事を続けているのだが、プロフェッサーはこの仕事から手を引きたがっていたのだ。
 リーアムに問われたプロフェッサーは鬱陶しげに前髪を右手で掻き上げると、腕組みをしてロウとリーアムを交互に見た。

「連合とプラントを軍事力で黙らせてでも講和を実現させるなんて、可能だと思う?」
「そんなのやってみないと分からないだろ。それに、戦争を終わらせようってのは悪い話じゃねえさ」
「そうですね。今まで誰も終わらせようとしなかったんですから、それを言い出した彼女には個人的に協力してやりたいです」
「……本当にお人良しね」

 国を相手に海賊レベルの組織が戦争を吹っかけようというのだ。まともな人間なら正気の沙汰ではないと思うだろうに、目の前の2人はそんな事を言い出した人間に好意的なのだ。まあジャンク屋にはこういう物好きな人間が多く、多くの人間がラクスに協力してあちこちの戦場跡から様々な装備をサルベージしたり、物資を横流ししたりしているのだが。
 プロフェッサーも戦争を終わらせるというラクスの考えには理解を示しているのだが、軍事力を手段として選んだのは間違いだと考えている。別に平和は言葉から生まれるとかの理想論を振りかざしているわけではなく、現実的ではないという理由からだ。確かにラクスの理想に共感して集ってくる者は多い。ジャンク屋が手を貸しているのだから様々な人々がこの事を知って集ってきている。自発的に集った人々だけに当然士気は高く、それなりに強力な武力集団ではあるだろう。
 だが、あくまで武装勢力としての話だ。海賊レベルの武力ではないだろうが、国家を相手取れるようなものではない。1国の正規軍とは素人の寄せ集め集団でどうにかできるようなレベルではない。まして、現在は戦争中なのだ。邪魔をするような連中は情け容赦なく潰しに来るだろう。
 もしプラントなり連合なりがラクスを敵と看做して攻撃してきた時、自分達は巻き込まれて徹底的に叩かれかねない。確かにジャンク屋ギルド所属の者はその安全を保証されてはいるが、状況を考えればそんな物は何の役にも立ちはすまい。

「私は今すぐ手を引くべきだと思うわね」
「ザフトが出てくるとでも言うんですか? ジャンク屋に手を出せばギルド本部から正式な抗議が行きます。国際問題ですよ」

 リーアムが考えすぎだろうと言うが、この安全保障には大きすぎる欠陥があった。そう、ジャンク屋を攻撃して正式な抗議が出されたとしても、誰がそれを元に加害者を裁くというのだ。今は戦時下であり、中立を保っている勢力は今ではスカンジナビア王国だけだがまさかスカンジナビアに制裁を求めるわけにもいくまいし、仮に要請しても拒否されるだろう。
 主権国家を裁けるほど強大な力は存在しない、これが国際条約の構造的欠陥だった。戦時下に置ける紳士協定や戦時条約がある程度守られるのは、これが戦争の無秩序な拡大を防ぐのに有効であり、守った方が双方にとってメリットが大きいから守られるのだ。大量破壊兵器を含む条約禁止兵器は応酬しあえば双方とも滅びてしまうから条約で禁止する、捕虜の扱いも明文化したほうが分かり易いし、始め方や終わらせ方なども必要だから明文化されてきたのだ。だからこれらの条約は完全ではない物の、お互いに必要であるが故に一定の拘束力を発揮している。
 だがジャンク屋ギルドを守る力は存在しない。もし彼等が敵だと看做されれば、ジャンク屋を叩き潰す事に何の躊躇いがあるだろうか。今でさえ武器の拡散による地域紛争の拡大などの問題が出ているのだから、むしろ好機と見て潰しにかかる可能性さえあるのだ。
 そうなる前に逃げた方が良いのではないかとプロフェッサーは考えていたのだが、ロウたちはラクスのやっている事に好意的なようで、まだ暫くは関わり続けるつもりらしい。 
 プロフェッサーはやれやれと腕組みをしたまま溜息を漏らすと、壁から背を離して艦内へと戻っていった。



 リ・ホームに乗ってメンデルに帰ってきたラクスは、服装をいつもの私服から戦う決意を込めた装束に替えていた。それは陣羽織にも似ていたが、実用性より見栄えをとった服であった。その恰好で彼女はエアロックからダコスタが操縦するフロート・ボートに乗ってメンデルの宇宙港に入ってきた。
 宇宙港の中では大勢の兵士たちが作業をしていたが、入ってきたラクスを見てある者は歓声を上げて帽子を振り、ある者は軍人らいし敬礼をしている。ここに集っているのは皆ラクスの理想に共感してやってきた者たちで、ラクスに忠誠を誓う者たちだった。その出自は様々で、かつてはザフトや連合軍に所属していたプロの兵士も居る。オーブ軍から離脱して加わってきたウズミを信奉していた兵士たちも加わっている。
 彼等に対して軽く右手を上げて答えながらラクスは宇宙港の反対側、メンデルの中へと入っていく側の床に降り立ち、そこから宇宙港全体を見回した。そこには20隻を超える戦闘艦艇と多数のジャンク屋の船が入港している。戦闘艦の多くはジャンク屋が引っ張ってきた戦没艦で、複数の同型艦から部品を集めて使える艦をサルベージして作られた物だ。その為か連合の艦艇が多いが、中にはローラシア級の姿もある。その全てが誤認を避ける為に白系統の塗装を施されていた。
 そしてメンデルに居たマルキオと、彼が連れてきたラクス派のエースであるプレア・レヴェリーやジャンク屋の紹介でやってきたカナード・パルス、ジャン・キャリーなどの姿もある。
 これがラクスの持つ力だった。ジャンク屋の協力を取り付け、アズラエルから資金を得て、プラントから盗用した技術力を投入した成果が目の前の光景だ。廃棄されたメンデルコロニーはジャンク屋の努力で軍事拠点へと生まれ変わり、このような工廠機能を有する宇宙港や、各種兵器を生産する兵器プラントを有するようになっている。
 この光景を見ながら、ラクスは感慨深そうに目を閉じた。ようやくここまで来た、多くの苦労を重ねてきて、遂にこれだけの力を手にすることが出来たのだ。賛同してくれる荷とも着実に増えているし、このまま行けば連合とプラントにとって無視できない第3勢力を作り上げる事は可能と言える段階にまで来ている。
 ラクスは隣に控えているダコスタを見ると、嬉しそうに表情を綻ばせた。

「ダコスタさん、ここまで来たんですね」
「はいラクス様」
「これだけの人たちが集まってくれる。この戦争を終わらせたいと願う人は沢山居たんですよ」
「ここだけではありません、プラントにも地球にも大勢の同志が居ます。ターミナルも我々に手を貸してくれています」

 そう、ダコスタの言う通り自分達の仲間は世界中に居る。確かに戦争を止めるにはまだ足りないかもしれないが、無視できるほど小さな力ではないつもりだ。上手く使えば連合とザフトに一泡吹かせるくらいは出来るだろう。
 だが、そこでラクスは少しだけ表情を曇らせた。

「これで、キラとアスラン、フィリスが居てくれれば磐石だったのですが」
「居ない人間を悔やんでも仕方がありません。今ある力でできる事をしましょう」
「……そうですわね。いずれ3人とも私たちの考えを理解してくれるでしょうし、今は待ちましょう」

 そうだ、3人ともSEEDを持つ者なのだから、自分の考えを何時かは理解してくれる筈だ。フィリスは一度去ってしまったが、もう一度手を取り合える日が来るとラクスは信じていた。

「そうです、一度フィリスと連絡を取ってみましょう。ダコスタさん、お願いできますか?」
「まあ、手紙くらいでしたら可能でしょう」
「ではお願いします」

 ニッコリと微笑んで頷き、ラクスはメンデルの中へと入っていった。それにダコスタが続いていく。そしてこの日より、ラクス派は自分達の理想実現に向けて具体的な行動を起こすようになるが、それはこの戦争を更に混沌とした状況へと導いていくことを意味していた。




後書き

ジム改 これでカガリが地上に行って、話が動くぞ。
カガリ ラクスって、ひょっとしてうちより強力な軍持ってないか?
ジム改 似たような物だと思う。
カガリ でも、初めてラクス派の具体的な姿が出てきたな。
ジム改 これがラクスの誇る実戦部隊だ。
カガリ ドム3人衆は居ないのか?
ジム改 俺はあいつ等知らないから出せん。出すと面白そうではあるが。
カガリ ラクス様の為にーとか言ってたらしいからな。
ジム改 リアルで居たら怖いけどな。
カガリ いや、世の中探せば結構居る気がする。
ジム改 やな話だな。
カガリ では次回、地上に降りた私はシンガポールでアークエンジェルと合流し、オーブ軍を指揮下に収める。そこで私たちはアズラエルと久々に顔を合わせるんだが。一方、ザフトは連合を混乱させる為にまた新たな動きを起こす。次回「先陣を駆ける者」でまた会おうぜ。

 

次へ 前へ TOPへ