第128章  包囲網を突破せよ


 

 プラント本土にあるクライン邸。かつての評議会議長の邸宅であり、現在は反逆者の家屋とあって警察に徹底的に捜索された後、立ち入り禁止処置を受けて放置されている。言うなれば本国内の空白地帯だ。特権階級がゆえに貴重なプラント内の敷地を贅沢に利用し、広い敷地を有するこの屋敷は周辺の住民からは隔離された特異な環境の下に置かれているのだ。
 この公式上では司法局の管理下に置かれているはずの建物は、現在では武装した警備員らしき連中に管理されている。これがクルーゼの私兵である事を知る者は居ないと言っても良い。全員が表向きは司法局の局員だからだ。
 そして更に恐ろしいことに、ここには公式には暗殺されたことになっているプラントの最重要人物の1人、パトリック・ザラが監禁されていた。灯台下暗しとはまさにこの事で、流石のジュセックやユウキもまさかこのような所に監禁されているとは思いもよらなかったのだ。
 このクライン邸に監禁されたパトリックは一日中TVのニュースを見たり、新聞や雑誌などを持ってこさせては目を通していた。クルーゼが外部と接触しうる行為以外ならば全てを認めていた為、パトリックはあらゆる手段で情報を入手し、それを元に状況を推測していた。マスコミが報じる情報には必ずベクトルがかかっており、真実そのものである可能性はかなり低いのだが、それでも複数の情報に目を通せば多少は真実に近づいてくる。パトリックはそうやってプラントの情報を頭に叩き込んでいた。まあ、その結果としてプラントがどんどん苦境に追い込まれていることを悟ってしまっているのだが。
 ただ、このクライン邸においてパトリックは、監視している局員たちを困惑させるような行動をとっていた。パトリックは何故か、彼らが出す食事をいつも平気な顔で平らげ、食後のコーヒーも残さず呑んでしまうのだ。そこには危険を感じているような様子は微塵も無く、焦りも苛立ちも、不安も見られない。この事を不思議に思った1人がパトリックにこの事を問い質した事があったが、その答えは彼を更に驚かせるものであった。

「あの、議長、貴方は食事に毒が盛られていると考えたことは無いのですか?」
「何をつまらん事を。そのようなことをする気なら、最初から生かしてなどおくまい。クルーゼは生きた私に用があるのではないのかね?」
「それは、そうなのですが……」

 はっきりと言い返されてしまい、局員は困惑してしまった。普通の人間なら毒殺の危険くらいは考えるだろうに、それをつまらんと切って捨てるとは。それに普通は監禁されていれば運動量が減って食欲も落ちるだろう。そもそも精神的に追い詰められて食事が喉を通らないことの方が多いはずなのだ。
 この疑問に対してパトリックは、常軌を逸した答えで返している。

「決まっているだろう。私が救出されたとき、衰弱して弱っていたら困るからだ。市民の前に衰弱した姿など晒せるか」

 この男はいずれ助けが来て、再び市民の前に立つ日が来ると思っているのだろうか。いや、思っているどころではない。そう確信しているのだ。どのような状況でも諦めるとか、絶望するということが無いのだろう。そうでなければ黄道同盟を纏め上げ、理事国の圧政下からプラントを解放するなどという運動をすることは出来ない。
 普通に考えればパトリックの考えは余りにも愚かだ。誰もが一笑して相手にしないことだろう。だが、パトリックはプラント市民から鋼鉄の巨人と呼ばれ尊敬を集めた建国の元勲であり、理事国との闘争に勝ち抜いてきた英雄なのだ。普通に考えれば正気ではないと言われるような愚かな発想であっても、彼が口にすれば冗談と笑う事が出来なくなる。
 パトリック・ザラはこの絶望的な状況にあってなお、まだ死んでも腐ってもいなかった。





 アークエンジェルで行われている狂気の宴会。それは最初からいきなりトップスピードで走り抜けるような凄惨な宴会となってしまった。具体的に言うとマリューを中心とするグループが酒を手に暴走してしまったのだ。色々とストレスが溜まっていたらしい。マリューの呑み方に付き合わされた男どもが次々に撃沈されて床に沈んでいくさま傍から見ると中々に恐ろしい。
 こんな騒動の中で、キラとカズィはサイたちと久し振りに顔をあわせていた。

「キラ、生きてたんだな。オーブが落ちた時は駄目かと思ったよ」
「サイ、オーブ以来だね」

 がしっと右手で握手を交わす2人。フレイをかけて喧嘩もしたが、今では昔のように仲良くやっているようだ。まあ、将来その事を酒の席で話題に出したサイがキラを苛めたりする事はあるかもしれないが。
 だが、ここでキラとカズィは何故かジュースのコップを手に椅子に腰掛けたまま、まるで鬱病でも発病したかのように元気が無いトールと、その隣に座ってこれまた元気が無いミリアリアを見てどうしたのかとサイに問い質していた。いつもならトールは率先して騒ぐフラガの同類であり、ミリアリアも呆れ混じりではあっても騒ぐ時は騒ぐタイプなのだが、その2人が何故かそろって元気が無く、心細げに寄り添っている。
 これを不思議に思うのは当然だろうが、問われたサイは困り果てた顔で2人を少し離れた所に引っ張っていき、そこで事情を話した。それを聞いた2人はなるほどと頷いたものの、カズィはともかくキラは困った顔で2人の方を見ている。

「ミリィは分かるけど、トールまでそこまで落ち込まなくてもなあ。MSでこれまで戦ってきたんだから」
「おいキラ、お前少し慣れすぎなんじゃないか?」
「……そうかもね」

 キラの言い方に不安そうな顔をするサイ。キラはこれまでの戦争で殺し殺されるという行為に慣れ過ぎてしまったのではないかと不安に駆られたのだ。そしてキラはそのサイの問い掛けに反論できなかった。そうかもしれないと自分でも思うことがあるからだ。
 だが、だからこそ現実を知っているとも言える。火炎放射器で焼き払うのが残酷というのは分かるのだが、キラはこれまでの戦いで同様の光景を幾度も目にしている。ヘリオポリスではMSから逃げ回る市民を見た。地球降下では避難民のシャトルが目の前で爆発し、ヨーロッパでは市街戦の真っ只中を生身で逃げ回ってもいる。それからも多くの戦場を渡り歩いてきたキラからすれば、同じように戦い抜いてきたトールが今更そんな事でショックを受けているのが意外に思えたのだ。トールもドゥシャンベで市街戦を経験していたりと、修羅場を幾度も潜っているだろうに。
 だが、このトールとキラの違いが人殺しに慣れているかどうかの差と言える。フラガは慣れると辛いぞとキラがMSに乗るのを暗に非難した事もあるが、その不安が現実のものとなってきているのだ。

 キラとカズィが困った顔を向け合い、サイが途方に暮れた顔をする。流石に人を励ますなどということがキラやカズィに出来るわけが無い。こういう仕事はもっと人生経験豊富な人間の仕事の筈なのだ。どれだけ人殺しが上手くなっても、2人は別に人を諭せるような立派な人間ではない。
 だが、悩んでいる3人の下にとんでもないのがやってきた。悩んでいたキラにいきなり変な物体Xが絡み付いてきたのだ。

「うわ、何だ何だ!?」
「うふふふ、キラァ〜〜〜、どうしたもっと呑めよぉ〜〜〜」

 物体Xと思ったのはカガリだった。しかも呑み過ぎでかなり酔っている。キラは酔っ払いに絡み付かれたのだと悟って迷惑そうにカガリを引き剥がそうとした。

「ちょっとカガリ、今真面目な話を……イダダダダダダッ!?」

 引き剥がそうとしたキラであったが、頭から来た強烈な痛みに悲鳴を上げてしまった。いつの間にかカガリが右手でキラの髪を掴んでいたのだ。だがキラが悲鳴を上げてもカガリは髪を離してくれない。まあ酔っ払いに文句をぶつけても聞いてくれるはずは無いのだが。
 そして更にとんでもないことが発覚した。カガリを追うようにやってきたユウナが珍しく焦りに表情から余裕を無くしていたのだ。しかも何故か両手に衣服のようなものを持っている。

「カ、カガリ、直ぐに服を着ろ。そんな格好で抱き付くんじゃない!」
「ユ、ユウナさん?」

 はて、服を着ろとはどういう意味でしょう。というか抱き付くのは許すのか。キラはハングアップ直前の頭でその意味を考えた後、恐る恐る自分にもたれかかってくるカガリを見た。そのカガリは上着を脱ぎ捨てて上半身はスポーツブラのみ、下半身もズボンを半分ずっているというなんともすごい姿だったのである。

「てっカガリ、不味い、それは不味いよお!?」
「んだよお、飯が不味かったか〜〜〜?」

 駄目だ、まったく聞いてくれてない。というか状況が理解できてない。典型的な嫌な酔っ払い状態のカガリを前にキラは泣き喚いて助けを求めることしか出来なかった。まさかカガリを殴り飛ばすわけにもいかない。
 ユウナとサイとカズィがカガリを引き剥がそうとするが、これはキラが悲鳴を上げたので止めざるを得なかった。無理に引き剥がせばキラの頭は無残な禿山になってしまいかねない。だが何とかしないわけにも行かず、サイは焦った声でトールとミリアリアを呼んだ。

「ト、トール、ミリィ、ちょっと手を貸してくれ。カガリを引き剥がすんだ!」
「サイ、お願いだからもっと丁寧にやってえええ!」

 このままではキラの頭はデンジャラスな状態になってしまう。それが分かるだけにキラもサイも必死になっていた。その必死さが伝わったのか、トールもミリアリアもやってきてカガリの手を引き剥がしにかかる。

「カガリ、この手を離して、駄目だってば!」
「……何となく禿げたキラは見てみたい気もするけど」
「ミ、ミリィさん!?」

 何となく本気で言っているミリアリアにキラが吃驚している。もしかしてミリアリアは敵に回るのだろうか。見れば右手がなんだかワキワキと怪しい動きをしているような。
 本気だ、本気でミリアリアは誘惑に捕らわれている。というかだんだん負けてきている。それを察したキラは顔面蒼白になって助けを求めだした。

「ま、待ってミリィ、それだけは止めてええ!」
「……クス」
「ちょっとおおおおお!?」

 ミリアリアの目に危険な光が走ったのを見たキラが絶望の声を上げた。このままキラの頭は乱伐された直後の山と化してしまうのだろうか。誰もがそう思ったとき、カガリの体がようやくキラから離れ、キラはかろうじて事無きを得ることが出来た。ミリアリアは残念そうに舌打ちしたりしているが。
 カガリを引き剥がしたのはユウナだった。そしてズボンを引き上げ、脱ぎ捨ててきた上着をサイに手を貸してもらって着せようとしている。

「カガリ、だから酒はほどほどにしとけとあれほど!」
「五月蝿いなあ。お前は何時から私の保護者になったんだあ〜?」
「そうだね、オーブを離れてからかな。キサカ一佐の苦労が身に染みて分かるよ」

 自国の国家代表が他所で恥を晒すのを阻止するのも補佐役の仕事なのだろうか。という疑問はあるが、キサカ亡き後はこうしてユウナがフォローに奔走しているのだった。カガリは酔っ払ってフラフラしているが、今度はトールの方を見てビシッと指差した。

「トール、暗い、暗いぞおぉ」
「な、何だよおい」
「私が明るくしてやろう〜」
「ちょっと待てお前、触るな押しかかるなあ!」

 カガリの酒癖は絡み上戸だったらしい。今度はトールに絡み付いている。それを見たミリアリアが眦を吊り上げてトールからカガリを引き剥がそうとしてカガリと喧嘩になってしまった。それをサイとトールがおろおろしながら止めに入ってカズィが流れパンチを食らってもんどりうって倒れている。
 この騒動を引っ張られまくってめちゃくちゃになった頭を撫でながら起き上がったキラが呆れた顔でユウナに話しかけた。

「カガリって、酔っ払うとこうなんですか?」
「ああ、強くも無いくせに出されると呑むんだよ。まあ呑みすぎれば寝るんだけど、今回は呑み方が中途半端だったかな」

 結局シャツだけ着せるに留まったユウナは持っている上着やらを見て溜息を漏らしていた。何でこんな気苦労背負い込まなくちゃいかんのだろうと今更ながらに色々と思うところがあるらしい。

「ホント、キサカ一佐は優秀な人材だったよ。カガリに付き合って世界中駆け回れたんだから」
「惜しい人を亡くしましたね」
「全くだ」

 カガリに何かと迷惑をかけられまくりな2人は揃って溜息を漏らした。
 そんな2人を差し置いてカガリはミリアリアと喧嘩しながらなにやら薀蓄をたれていた。どうやら説教上戸の気もあったらしい。ますます最悪である。

「トールゥ〜、お前は馬鹿だ、すっごく馬鹿だ。キラ並に馬鹿だ。分かってるかぁ〜?」
「馬鹿馬鹿言うな。酔っ払いに言われたくない!」
「私は酔ってないぞ〜」
「どう見ても酔ってるって!」
「いいからトールから離れなさいよ!」

 これだから酔っ払いはと怒鳴るトールだったが、カガリは聞いていなかった。ついでに言うとミリアリアも聞いていなかった。

「戦争が悲惨だなんてのはだなあ、当たり前なんだよ。だから銃を撃った事もない奴は駄目なんだ」
「何だよ、見ても無いお前に言われたくない!」
「私だって戦場に居たんだぞお、甘く見るなぁ〜。良いかトール、そういうのはなあ、戦争終わらせりゃとりあえず一区切りするもんなんだ。分かったかぁ〜?」

 とりあえず酔っ払いがそんな事言ってもなあと言われるだけだろうが、まあ言っていることは間違ってはいない。戦争が終わってもしばらくは混乱が続いて多くの悲劇が起きるだろうが、とりあえず戦時ほどの犠牲は出なくなる。1日で千人単位の死者が出ることも、MSや航空機が圧倒的な破壊力を持つ兵器を使う事も、火炎放射器の炎が焼き払うなんてこともなくなる。それは治安活動には不要な攻撃力だからだ。戦争が終われば装甲車と歩兵で大半の仕事は事足りる。
 戦争を終わらせれば一区切り、そう言われたトールは引き剥がそうとする手を止めていきなり勢いを無くしてしまった。確かにそうだと理解できてしまったのだ。伊達に16歳で大学生やってたわけではない。
 トールが暴れなくなったのを見たカガリが不満そうな顔をしている。面白くないのだろう。そこにやれやれとやって来たキラがミリアリアと一緒に引き剥がしにかかったのだが、その時カガリに変化が生じた。なにやら急に青い顔をして苦しそうになったのだ。それを正面から見てしまったキラとトールはどうしたのかと思ったが、すぐにある最悪の答えに達して青褪めてしまった。酔っ払いが暴れればどうなるか、その回答がここにある。

「ま、待ってカガリ、トイレならあっちだよ!」
「こ、ここはヤバイ、止めてくれえええ!」
「もう駄目ぇぇ……」

 キラとトールの懇願など酔っ払いに届くはずもなく、カガリはついに我慢の限界を迎えてしまった。その瞬間キラとトールの顔が恐怖に引き攣り、ほとばしる怪しい輝きに断末魔の絶叫が響き渡った。その光景を目の当たりにしてしまったユウナとミリアリアの顔はその惨状に顔を逸らし、サイとカズィは迷う事無く距離をとっている。
 この後しばらくの間、この事件はキラとトールにトラウマとなって刻み込まれ、夜な夜な苦しめ続けることとなるのだった。




「ハートはいつも、全開無敵〜〜!」

 特設ステージの上ではマユラがマイクを持って熱唱していた。聞いてる奴らは何の歌かは分かっていなかったが、もう場の雰囲気と勢いに流されてひたすら騒ぎまくっている。その中にはスティングやアウルの姿もあった。この2人はシャニやクロトよりも上手く艦のクルーに溶け込んでいるようだ。
この喧騒の中で椅子に腰掛けてゆっくりとしているガタイの良い男と青い髪の女性が居た。

「まあ、たまにはこういうのも悪くはないだろ?」
「久しぶりに顔をあわせたのに、宴会というのもどうかと思うわ」
「海外旅行にでも来たと思えばいいさ。この御時世、コーディネイターが安全に遊べる場所ってのは少ないぜ」
「それはそうですけど」

 アルフレットとクローカー、久しぶりの夫婦の再会であった。オーブの技術者と大西洋連邦の軍人という無茶苦茶な生活環境にあった2人は当然ながら生活上の接点が少なく、別居状態と言っても良いほどの縁遠い生活をしている。
 だが、それで2人の間が疎遠になったかといえばそんな事は微塵も無く、会えば何時も暖かな空気が2人を包んでいる。余人の追随を許さぬような困難を乗り越えて結ばれたという結束なのか、2人の絆はいつまでったても強固に結ばれている。
 フラガなどはこの2人の事情を知っていたので、邪魔しないように周囲から人を遠ざけるようにわざわざ手を回していたくらいなのだが、アルフレットはそんなフラガの配慮を台無しにするかのように平然と騒がしい所に妻を連れまわしていた。今もこのくそ五月蝿いコンサートを聞いていたのだ。
 そんな2人の所に、料理の皿を手にハムハムと食べ歩きをしているステラとシンガやってきた。シンは筋骨隆々のごついおっさんを見て臆したようにその足を止めてしまったが、ステラはアルフレットを見て嬉しそうに近づいて行ってしまった。

「アルフレットだっ」
「何だステラじゃねえか、どうした?」

 アルフレットはとてとてと近づいてきたステラの頭を撫でてやり、ステラはそのごつい手の感触に目を細めて嬉しそうに撫でられている。気持ち良いのだろうか。そんな少女を見てクローカーが不思議そうに夫に問いかけた。

「あなた、この娘は?」
「ああ、アークエンジェルのパイロットだ。一応フラガの部下だよ」
「こんな小さな娘が、パイロットを?」

 クローカーは驚いたが、それを口にしたアルフレットの顔にわずかな寂寥感がさしたのを見てそれ以上問うのを止めた。夫がこういう顔をするときは、理不尽だがどうしようもない事情がある事が多いからだ。だからクローカーは何も言わず、代わりにバッグからハンカチを出して食べ物のソースなどで汚れているステラの口の周りを拭ってやった。
 知らない人にそんな事をされたステラは嫌そうだったが、アルフレットの手が惜しいのか逃げる事はしなかった。そしてクローカーがハンカチを仕舞い、アルフレットが手をどけてステラに舞台のほうを指差して言った。

「どうだステラ、お前も歌ってこい」
「でも、また怒られない?」

 実はステラは良く歌って踊る。それはまあ問題は無いのだが。所構わず気が向いたらやるので周囲から注意を受けることが多いのだ。ステラも最初は反発していたのだが、フラガたちまで言ってくるようになって仕方なく我慢するようにしている。
 この経験からまた怒られるのではないかと思ったのだが、アルフレットはそれを豪快に笑い飛ばしてしまった。

「心配すんな、何時もは場所を弁えねえから怒られたんだ。今日は騒いで言い日なんだから、あそこでなら歌って踊って良いんだよ。第一俺が許可したんだ、文句言われたら俺が相手してやる」

 どこまでも豪快なアルフレットの約束に、ステラは嬉しそうに頷いて皿を近くのテーブルに置いて舞台に行き、シンの腕を引っ張りながら次は私と大声で言いながら人込みに割って入っていった。それを見た周囲の観客が歓声を上げている。ついでにステラに腕を引かれていたシンは人込みにもまれてあっという間にボロボロにされていたりする。
 それを見たアルフレットはクローカーになんでもないかのように問い掛けてきた。

「なあクローカー、フレイの屋敷って、広いんだったよな?」
「ええ、私も引っ越した時はしばらく空いた口が塞がらなかったくらいに」
「そうか。ならもう1人くらい増えても、問題は無いかな」
「あなた?」

 アルフレットが何を言っているのかすぐには理解できなかったクローカーだったが、その視線を追ったことでそれを察し、少しだけ困った顔になった。

「あなた、お人よしが過ぎると思いますよ。それにフレイの了解も得ないと」
「ああ分かってる。それにアズラエル財団に話を通さねえといけねえしな」

 憂鬱そうに顔をしかめるアルフレット。アズラエル財団と聞いてクローカーは驚いたが、それであの娘が常識から外れた境遇に居るのだと理解できてしまった。アズラエル財団といえばブルーコスモスとの繋がりで知られる世界最大の財閥の1つだ。こことかかわっているというのなら、おおよそ碌な状況にはあるまい。
 そして、だからこそアルフレットは関わってしまうのだという事もクローカーは知っていた。この男の融通の利かなさは筋金入りであり、自分と結ばれる前の騒動ではブルーコスモスに命を狙われながらも遂に折れる事無く、ブルーコスモスを逆に根負けさせて当事上官だったサザーランドが両者を説得して事無きを得たくらいだ。理不尽が許せない性格でもあり、また極度のお節介焼きでもある。更に一度決めたら殺されても曲がらない頑固さまで持ち合わせている。そんな男だからこそこの時代にあってクローカーと結ばれたのだろう。
 だが、そんな頑固者であっても彼は人望があった。フラガやキースのような扱い難い連中でさえアルフレットには敬意を払い、命令に素直に従ってくれる。そのためにアルフレットは余人を持って代えられない人材として大西洋連邦内にその存在を知らしめている。サザーランドなどがその性格に手を焼きながらも大きく評価しているのもその為だ。

 そしてステラがステージに上がり、マイクを手に歌いだしたのだが、それは何時も歌っていたような良く分からない歌ではなく、海をテーマにした何だかもの悲しい歌であった。その染み至るような歌詞に観客たちの歓声が止み、静かに聞き入っている。実はステラはすごく歌が上手で、それだけに観客に聞き入らせる不思議な力があるのだ。
 アークエンジェルに居た頃は何時も踊りながらリズムの良い歌を口ずさんでいたのに、アークエンジェルを離れていた間に何か心境の変化でもあったのだろうか。




 この喧騒の中で、ナタルはワイングラスを手に人を探しながら歩いていた。オーブの連中が来ているという事はキースも戻ってきているということであり、久しぶりに会えると期待してやって来ていたのだ。だが何故かキースの姿はどこにも無く、ナタルは会場を歩き回る羽目になっていた。
 そんなナタルに声をかけてきたのは、何故か椅子の上で伸びているシャニとクロトを介抱しているオルガだった。

「よお艦長、何しけた面してんだ?」
「別に何でもない。それより、2人はどうした?」
「ああ、飯の中に爆弾が混じってたみたいでな。こいつら以外にも何人か殺られたよ」
「またラミアス艦長か」

 マリューは何故か料理を他人に食べさせたいようで、機会を見ては自作を混ぜてくる。おかげでこういうイベントでは被害者が後を絶たないのだ。ナタルが右手で顔を押さえて肩を落とすと、オルガは近くのワインのボトルとグラスを掴んでナタルにひょいっと差し出してきた。

「これ持ってけ。キースならそこのウィングから外に出てるからよ」
「な、何を言っている。私は別に……」
「ああ、はいはい。いいからさっさと行けって」

 オルガの配慮に顔を赤くして文句を言うナタルだったが。オルガは取り合わずにボトルとグラスを押し付けて扉の方に追いやってしまった。それにナタルは口先でだけ文句を言い、オルガに軽く流されながら扉を開けて外に出る。するとウィングの柵に背中を預けるようにして空を見上げながらタバコを吸っているキースが居た。
 キースは扉が開く音に視線を降ろし、そこにナタルが居るのを見て口にしていたタバコを指で掴んだ。

「タバコ、消したほうが良い?」
「いえ、構いません」
「そう?」

 なら良いかと呟いてキースは再びタバコをくわえた。そして大きく煙を吸い込んだ後、タバコの火を指でもみ消して携帯灰皿に入れてしまう。

「まあ、何て言うか、久しぶり艦長」
「はい、本当に久しぶりです。戻ってきたのならこちらに顔を出してくれても良かったのに」
「いや、これでも結構忙しかったんだよ。事務手続きとか色々ね」

 ナタルに責めるように言われてキースは焦った声を出してしまう。何しろ自由オーブ軍には人手が足りないので、本来なら軍事顧問でしかないキースでさえさまざまな事務仕事やら何やらを引き受けさせられているのだ。本来ならそこまでやる義理は無いのだが、この辺りはカガリとの付き合いもあって引き受けていたのだ。
 だが、ナタルには不満であった。オーブ軍に残るのは仕方が無いとしても、こっちに来たときくらいは顔を出して欲しかったのだ。まあ女の我侭のようなものなので、仕事で動けなかったキースを責めるのは筋違いなのであるが、こういう時は理由の如何を問わず男が悪いのだと相場が決まっていた。
 ナタルはキースの隣に来ると、キースにグラスを1つ差し出した。それを受け取ったキースは珍しそうにナタルの手にあるボトルを見ている。

「艦長が呑むのは珍しいな」
「サブナックに押し付けられました」
「……あいつが気を利かすとは、変わったもんだ。昔はあんなに喧嘩腰だったのに」
「この艦に染まったんでしょう。ブエルやアンドロスはあそこまで気さくではありません」

 苦笑いを浮かべてしまう2人。アークエンジェルに来たころのオルガは何時も喧嘩腰で、人を寄せ付けない雰囲気を放っていたのだ。それがいつの間にか強化人間の纏め役をやっているのだから、人間どうなるのか分からない。
 しばらくそこでワイングラスを傾けていた2人だったが、やがてキースが口を開いてすまなそうに侘びを言った。

「すまない艦長、まだ艦に戻れそうも無い。自由オーブ軍はガタガタでね」
「それは承知しています。軍務ですから、謝る必要はありません」
「いや、そういう意味じゃなくてだね……」

 キース以上に鈍いナタルはキースがドミニオンの軍務に復帰できないことを詫びていると思ってそう答えたのだが、キースは別の意味で謝っていたりする。せっかく2人っきりなのだから、そばに居てやれないことを気にして侘びを口にしたのに、豪快に外してしまった。
 ナタルに気付いてさえもらえなかったキースはどうしたもんかねえと右手で頭をバリバリと掻き、なんだかどうしようもないという空気を醸し出している。それを感じ取ったナタルが急激な変化に戸惑いを浮かべている。この2人はどこまで行ってもこうなのだろうか。


 この2人を遠くから覗いている連中が居た。彼らは双眼鏡を手にこのイベントを観察していたのだ。

「むう、久しぶりの再会だからキス位すると思ってたんだが、そんな気配全然無いな」
「当たり前です。ナタルはまだ大尉とはまともにデートをしたことも無いんですよ」
「あれ、一緒に遊園地に行ってなかった?」
「マドラスの時はフレイさんとキラ君を心配して見に行っただけだそうです」
「あいつらはハイスクールのカップル並か?」
「今時ハイスクールの学生でももっと進んでますよ、2人とも不器用すぎますから」

 見ていたのはフラガとマリューだった。艦橋からちょうどナタルたちの居るウィングが見下ろせたのだ。こいつらはこいつらで何をやっているのだろうか。





 この騒ぎが起きているころ、アズラエルはシンガポールの財団関係のホテルで1人の男と会っていた。アズラエルが同行者を一切排除して会談をしている事から関係者はよほどの重要人物と会っているのだろうと話し合っているのだが、その内情を知る者は居なかった。
 そのアズラエルが会っていたのは、確かに重要な人物であった。その社会的な地位を考えれば大西洋連邦とユーラシアの首脳同士が会談しているにも等しいだろう。アズラエル財団の会長ムルタ・アズラエルと話をしていたのは、スチュアート財団の会長であるヘンリー・スチュアートだったのだ。。
 だが、会談に臨んでいるアズラエルはひどく不機嫌そうであり、逆にヘンリーはへらへらと笑っている。この2人はよほど相性が悪いのだろうか。

「ヘンリー、世界の情勢は分かっているのでしょう。何時まで日和見を決め込むつもりですか?」
「まあ気が向くまでだね。それに大西洋連邦の要求する軍需生産量は満たしてるはずだけど?」
「より一層の協力をしようとは思わないんですか。この戦争、そろそろケリをつけて復興を始めないといけないんですよ」

 アズラエルとしては世界の陰の支配者とも言われる巨大財閥の1つであるスチュアート家が積極的に関わってこない事に腹を立てていたのだ。この戦争は儲けが少なく、時として大損をする事さえある。そんなわけでアズラエルはこの戦争をさっさと終わらせたいと思っていたのだ、それには更なる力が必要となる。そんな力を持っているのがこのヘンリーなのだが、ヘンリーは戦争に加わるのを嫌がってさっぱり手を貸してくれないのだ。

「別に私に言わなくても、ロスチャイルドやロックフェラーに言えば良いじゃない」
「あっちはあっちで勝手にやってますよ。僕は貴方にも金と人を出して欲しいといってるんです」

 その気になれば小国くらいなら経済的に破滅させることさえ可能なほどの力を持つ2人であるが、この場で交わされている言葉はどう聞いても子供の喧嘩半歩手前という感じだった。人目が無い分2人とも地で話しているせいだろうが、程度が低いことこの上ない。
 しかし、この場で語られている内容は世界の行方を左右しかねないものだ。もしヘンリーが積極的に介入することになれば、それは連合軍の飛躍的な強化を意味する。そうすればプラントは早期に降伏し、戦争が早く終わるかもしれない。だがヘンリーは興味が無さそうだった。
 
「なんと言われても私は君の要請で金を出す気は無いよ。知ってるだろ、私は君が気に入らないって」
「それはこちらとて同じです。ですがこれは世界の命運を左右することです、個人的な感情は抜きにしませんか?」
「……君の言葉とも思えないねえ。暫く会わないうちに、少し変わったかい?」

 ヘンリーの知るアズラエルは全てに金とコーディネイターへの憎悪を優先させる男だったはずなのだが、先ほどアズラエルは世界の命運に関わるから手を貸せと言った。それは自分の知るアズラエルが口にするような言葉ではない。
 ヘンリーの意外そうな問い掛けに、アズラエルは苦笑いを浮かべてソファーに深く腰を下ろして視線を窓から見える軍港に向けた。そこからはアークエンジェルの姿が見えるのだ。

「まあ、なんと言いますか。目の前で奇跡とか希望の力とかいうものを幾度も見せ付けられましてね。私も陳腐な伝説を信じたくなったんですよ」
「陳腐な伝説?」
「ええ、SEEDを持つ者です。ひょっとしたら、そんな御伽噺の世界に出てくるヒーローをリアルで見れるんじゃないかと」
「……やっぱり変わったよ、君」

 まさかまだ実物を見たことさえない、一部の研究者などが提唱しているだけの与太話を信じるような人間ではなかったはずなのだが。そんな夢物語を真顔で語るとは、いったいどういう切欠があってこの男は変わったというのだ。
 もっとも、ヘンリーもSEEDには興味を持っている。マルキオの周囲から流れてきた情報からキラとカガリがSEEDを持つ者である可能性があると知り、2人に接触したくなってアークエンジェルに同行したこともあるくらいだ。だが、結局2人がSEEDを持つ者なのかどうかを見極める事は出来ず、そんなものはやはり夢物語なのだと考えていたのだ。
 胡散臭げにアズラエルの表情を伺っていたヘンリーであったが、アズラエルはスコッチをグラスに半分ほど注いで両手で暖め、そして面白そうな顔でヘンリーを見てきた。

「僕から見れば、貴方も変化したように思えますがね。貴方も会ったはずでしょう、彼女たちと。貴方も感じたはずですよ、カガリさんたちの人を惹き付ける不思議な力を」
「それはまあねえ。でも、君はカガリさんがそうだと思ってる訳?」
「僕だけじゃありません。イタラ老も同じ意見です。貴方も彼女たちの傍から周りに目を向けてみれば納得できますよ。それに、イタラ老に彼らがSEEDかもしれないと吹き込んだのは貴方だったのでは?」

 カガリを中心として集まっている人々は余りにもおかしい。あの周りに居ると誰もが気がつけば彼女たちのペースに巻き込まれてしまい、彼女たちの考えに感化されてしまう。カリスマとでも言うのか、それがSEEDを持つ者の力なのかもしれない。あの不思議な力で多くの人を惹き付け、そして巨大な力を束ねていく。
 だが、カガリにはそれがあるが、キラにはそれが無い。キラも確かに周囲の人に何かしらの影響を与えているが、それはカガリのように強烈なものではないし、世界に影響を与えるようなものでもない、彼の特徴は圧倒的な戦う力にしか見られないからだ。あるいはSEEDとは人によって発現する力が違うものなのだろうか。
 アズラエルはグラスのスコッチを口に運び、その熱さに顔を緩めながらヘンリーにキラたちに会えと勧めてみた。

「貴方もカガリさんたちと行動してみなさい。多分僕の言っていることが理解できるでしょう」
「今日は驚くことばかりだ。まさか君からこんな理想論を聞かされて、更に行く道まで示されるなんてね。でもなるほど、君をそこまで変えたというなら、信じるに足るのかもね」

 あのアズラエルをここまで動かす少年少女の力、それがSEEDを持つ者の力だというのなら、ヘンリーも確かに見てみたかった。基本的に彼は好奇心の塊であり、面白い事、珍しい事に目が無い。ついでに言うとジャーナリストの本質を愛していて、その強大な力を持って世界に真実を漏らす事を趣味にしている。
 だが、ヘンリーもSEED理論くらいは知っている。SEEDを持つ者がいるのなら、調停者も居るのだろうか。彼らが出現したのなら、世界は変わるというのか。

「なるほど、確かにこれは、面白い」

 確かに自分もカガリには不思議と入れ込んでいた。カガリが島に来た時、もし自分の問い掛けに彼女の答えを返せたなら、それが指導者として自分の目に適うのならば手を貸しても良いとさえ思ったのだ。戦争に加担する事無く、最後まで傍観者であろうと考えていた自分が、どうしてかカガリには手を貸してやろうと思っていた。
 自分も彼女の力にいつの間にか惹き付けられていたのだろうか。そう思うと、なるほどアズラエルの言う事も馬鹿には出来ない。また面白い事になりそうだと考えてヘンリーは楽しそうに笑い出してしまった。あの子供たちに関わっていれば人生退屈せずにすみそうだ。





 台湾攻略戦はいよいよ終盤を迎えていた。もう稼動MSも無く、わずかな車両と歩兵用火器で最後の抵抗を続けていたザフトであったが、すでに生存者の大半は傷病兵であり、戦いを継続するのは不可能になりつつある。いや、物資は当に底をついており、戦闘は不可能と言ってもいい。
 包囲している極東連合軍と大西洋連邦軍はもう戦闘能力を残していないザフトに再三に渡って降伏勧告をしているのだが、ここまでひたすら連合軍の放火に追われ、傷病兵を抱えて山岳部を砲弾の恐怖に怯えながら逃げ回った挙句に南端に追い込まれた彼らには、連合軍の声は届いていなかった。ここに来る途中でバルク司令は拳銃自殺をしており、残されたのは僅かに生き残った少数の隊長と大勢の新兵となった為に指揮系統が完全に崩壊してしまい、降伏勧告を受けてもどうすれば良いのか判断が出来なくなったのである。
 連合軍はこの南端に立て篭もっているザフトの生き残りに対する包囲を完全なものとし、幾度にも渡る降伏勧告を無視されたことでいよいよ総攻撃に出ようとしていた。大西洋連邦陸軍のスコッジマン中将と極東連合の宮崎中将はこれに先立って憂鬱な顔を向け合っている。正直言って、この総攻撃は気が進まないのだ。

「後は命令1つで機甲部隊を突入させる事が出来るが、敵の大半は20未満の子供で、しかも多くが傷病兵だ。おまけに装備は劣悪で話にならん。突入を命令すれば、確実に虐殺になるな」
「ですがこれ以上先延ばしにも出来んでしょう。本国からも早くケリをつけろと言ってきていますし」
「……そうだな、止むを得ないのだが」

 別に先延ばしにしていたわけではないが、かなり慎重に動いていたことは確かだ。おかげでこちらの被害は無視できるほどに小さく、負傷者は即座に手当てを施して後方に送る余裕がある。
 しかし、その時前線に変化が生じた。ザフトを包囲していた洋上艦隊から敵襲の報が入り、迎撃戦闘が勃発したのだ。スコッジマンと宮崎はすぐに始末できると考えていたのだが、続いて届けられた迎撃部隊苦戦中という知らせと増援の要請に驚く事になる。

「馬鹿な、敵はどれほどの大部隊を送り込んできたのだ!?」

 すでに台湾周辺の制海権は完全に連合が押さえている。北太平洋は常時多数の駆逐艦や哨戒機が監視の目を光らせ、潜水艦の活動する余地など無いはずだ。その監視網を大艦隊が突破してきたとでも言うのだろうか。だが前線から送られてきた返答は、彼らの考えを粉々に打ち砕くようなものであった。

「突入してきたMSは10機程度。水陸両用機も数えるほどですが、迎撃に出た戦闘機やMSが蹴散らされました!」
「ふざけるな、10機程度のMSが突破して来ただと!?」
「はい、敵MSはジャスティス型2機、フリーダム型1機を主力とし、ディンとM1で編成されています。迎撃に出たダガーでは歯が立ちません!」
「ジャスティスとフリーダムだと、あの宇宙で猛威を振るってる奴か」
「目的はおそらく、包囲された残存部隊の救出でしょうな」

 敵は槍の穂先を相当強力な部隊で固めてきたらしい。だが生きて返すつもりも無く、周囲から部隊を呼び集めて殲滅するように命令を出した。これを受けて絶望的なまでの大軍が突入してきたザフト部隊を迎撃するために集まりだしたのだが、この後起きた戦いは連合軍を恐怖させるに足るものとなった。ザフトMS隊は群がる連合MSを食い止め、潜水母艦が海岸に接岸するための進路を啓開してしまったのだ。



 このとき突撃してきたのはアンテラとアスランのジャスティス、そしてルナマリアのフリーダムを先鋒とするMS隊であった。これに後続するようにディンやフライトユニットを装備したM1が突入してくる。これに対して連合も多数の戦闘機と空戦パックを装備した105ダガーなどで迎え撃ったのだが、アスランたちはこの迎撃部隊を突破し、沿岸付近の洋上艦隊に襲い掛かったのだ。

「アスランは私とともに洋上艦艇を沈めます。ルナマリアと他のMS隊は周辺の戦闘機の掃討を。潜水母艦突入のために道を切り開きます!」
「アンテラ参謀、あの大軍に突っ込むんですか!?」
「潜水母艦を突入させなければ我々の敗北です、付いてきなさいアスラン!」

 アンテラのジャスティスが対空砲火の弾幕へと突っ込んでいき、アスランが一瞬の気後れの後それに続いて突入していく。それを阻止せんと対空砲火の弾幕と対空ミサイルが盛大な迎撃をしたのだが、ジャスティスを阻止するには足りずに突入されてしまい、数隻の駆逐艦が攻撃を受けて炎上させられていた。
 このジャスティスが切り開いた海域に潜水母艦が突入していき、沿岸の岸壁に座礁の危険を冒してぎりぎりにまで近づいていく。時折潜水母艦の近くで水柱が吹き上がるのは水中でMS同士が交戦しているのだろう。
 潜水母艦の上に上がったディアッカのバスターとミゲルのゲイツが見える目標に手当たり次第に砲撃を加えていき、更に戦闘が激化していく。

「こりゃ良いや、どっちを見ても敵だらけだぜ!」
「ああ、これなら狙う必要も無い。撃てば敵に当たるさ!」

 ディアッカとミゲルが引き攣った声で駆る口を交し合っている。こうでもしないと周囲を埋め尽くす敵の大軍のに圧倒されてしまいそうだったのだ。気を抜けばたちまち挫けて戦意を喪失してしまいそうな絶望的な状況の中で、2人はひたすら威勢の良い事を口に出し合って自分を鼓舞し続けていた。

 台湾攻防戦は、その最終局面でザフトの熾烈な反撃を受けることとなった。それはザフト地上軍の最精鋭部隊による強襲であり、連合軍は久しぶりにザフトの恐ろしさを味合わされる事になる。だが、戦いはまだ始まったばかりだ。台湾を包囲する連合軍はなお圧倒的な大軍であり、アスランたちといえども無限に戦えるわけではない。アスランたちの戦闘力が持つ間に撤退が完了するか、それとも連合の数がアスランたちの戦闘力の限界を超えるか、その壮絶な力比べが今始まったのだ。




後書き

ジム改 福井監督のガンダムってどんなのかなあ。
シン  いきなりだな。
ジム改 あれ、カガリはどうした?
シン  あいつだったら呑み過ぎでまだ吐いてる。
ジム改 なるほど、じゃあ助手は出来んわな。
シン  ところで、俺の活躍は何時なんだ?
ジム改 活躍と言われても、君ライバルとか居ないし。
シン  じゃあ……レイとか。あいつとは戦った事ないし。
ジム改 どうせならアスランとかグリアノスとかユーレクとは言えんのか?
シン  いや、アスランはともかく、後の2人は化け物だろ。
ジム改 酷い言われようだ。それじゃあアルフレットはどうなる?
シン  あれはもう人類じゃない。ナチュラルなのにどうしてあんなに強いんだよ?
ジム改 いやあ、戦史を調べれば実際に居るんだよ、化け物ってのは本当に。
シン  マジかよ?
ジム改 トップエースの記録を見ると人間とは思えんぞ。NTだと言われても納得してしまう奴も居る。
シン  俺もそういう風になれるんだな。
ジム改 ……シン、偉大なエースになりたければもっと頑張らないと無理だぞ。
シン  よし、とりあえずアスランに勝とう。そうすればエースを名乗っても良い筈だ!
ジム改 まあ、多分ね。それでは次回、台湾を巡る攻防は激化の一途を辿る。群がるダガーとオリオンの大群にアスランたちは必死の抵抗をするが、全てを防ぐことは出来ない。そこに更に連合の潜水艦部隊が現れ、モラシム隊が決死の迎撃に出る。そして宇宙ではザフトとラクス軍がいよいよ動き出すが、ラクス軍には居る筈の無い部隊の姿があった。次回「錯綜する宇宙」でお会いしましょう。


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