第129章  錯綜する宇宙


 

 地球連合の宇宙における前線は、哨戒と迎撃基地を兼ねたステーションや小惑星基地を幾つも配置し、ここを拠点としてザフトとの戦争を遂行している。これらのステーションには常時1個戦隊程度の艦隊と30機程度のMS、MAで防衛されている。ザフトの本格的な攻撃を受ければ苦戦は免れないが、ある程度は持ちこたえられる防御力を持っている。少なくともこれまでの戦いではそうであったし、これからもそうだと考えられていた。
 だが、それは突如として過去のものとなってしまった。これらの前線基地の幾つかが次々に連絡を絶つという事態が起きたのだ。それらを調べに行った部隊は完全は解されたステーションと全滅した守備隊を確認しており、回収されたブラックボックスから得られた映像データから新型の大型MAの攻撃を受けたらしいということまでは判明しており、連合軍はステーションの防衛戦力の増強と、救援要請に即座に駆けつけられる任務部隊を幾つか編成している。
 しかし、これらの対策を嘲笑うかのように新たな襲撃は発生した。


 それはポーラ・スターと呼ばれているステーションで発生した。周辺を哨戒していた哨戒機が高速で接近してくる2隻のエターナル級を発見したのだ。その後連絡は取れなくなり、撃墜されたものと判断されている。
 これを受けて基地司令部は直ちに迎撃体制を取らせた。配置されていた戦艦と駆逐艦が警戒配置に付き、MSとMAが前衛として展開する。この迎撃部隊にはこれまでの解析から得られた情報が渡されており、未知の大型MAが大量のミサイルによる飽和攻撃のようなものを仕掛けてくる事を全員が承知していた。オーブのフリーダムがNJ影響下の戦場でもある程度の有効性が確保されている複数目標同時処理によるロックオンシステムを搭載していることが分かっており、これを搭載したMAであるのだろうと考えられていたのだ。
 飛んでくるのがホーミングミサイルであると最初から分かっていれば対処は出来る。これまでの部隊は誘導弾が使えるとは思わなかったから不覚を取ったのだと誰もが考えており、手品の種が分かれば恐れることは無いと考えていた。
 しかし、そんな彼らの自信は表れた2機の大型MAの攻撃を受けたことで木っ端微塵に打ち砕かれることになる。2機の新型を見たMSやMAは勇んでこれに挑んでいったのだが、MAから発射されたミサイルの数は1機当たり80発近くにも達する。これは駆逐艦1個戦隊に匹敵する攻撃力だが、この全てがNJ影響下で正確に誘導されるというのだから恐ろしい。
 迎撃に出たMS隊はこのミサイルに次々に食われていった。複数のミサイルに追われたストライクダガーがイーゲルシュテルンでミサイルを破壊しながらも空しく直撃を受けて爆発の中に消えていき、あるいは四肢を?がれて吹き飛ばされていく。
 瞬く間に撃ち減らされた迎撃機であったが、それでも半数近くは生き残ってミサイルのシャワーを突破してきた。この生存機の数に大型MAの動きに動揺が見られる。これまでの戦闘でこれだけの数が生き残ったことは無かったのだろう。
 そして連合MS隊は迷う事無く大型MAに接近戦を挑むべく距離を詰める。MAは懐に入られると脆いというのは連合のメビウスがザフトのジンに散々な目に合わされて思い知らされた教訓なのだ。それはこの化け物であっても例外ではあるまい。確かに速いし火力も大きいが、懐に入ったMSを排除する術はあるまい。

「全機突入しろ、飛び込めばあのミサイルは当たらん!」

 隊長機の命令を受けてダガー隊がMAの攻撃を回避しながら距離を詰めていく。MAはMSが突入してくるのを見て突き出した2本の腕のような部分を動かして砲撃を加えてくるが、流石にそんな攻撃ではMSは簡単には落ちない。
 更に悪い事に後方の艦隊もMSの突入を援護するかのように砲撃を加えてくる。足の速さが売りのMAであるが、その進路上に艦砲で弾幕を張られては加速で逃げることも出来ず、速度を殺して旋回に入らざるをえない。その僅かな隙を突いてダガーが突入して行ったのだが、ここでこのMAは驚くべき動きを見せた。MSを振り切れないと悟ったMAは迎撃の構えを見せ、なんとそれまでビームを撃っていた両腕らしい部分に巨大なビームサーベルを発生させたのだ。これに驚愕したダガーが動きを止めたのを見たMAがその巨大なビームサーベルを横薙ぎに叩きつけ、ダガーが突き出したABシールドごと両断してしまった。
 ABシールドが何の役にも立たないのを見たダガー隊が怯んだように僅かに後退する。いくらなんでもこの火力は反則ではないか。


 そして、このMA隊に遅れて更に8機のMSが突入してきた。4機のジャスティスと4機のゲイツで編成された部隊で、残り10機程度まで撃ち減らされたダガー隊にはこれを食い止めることは出来ず、蹴散らされていく。
残されたのはメビウスに守られた艦隊であったが、こちらもMS隊を失っては大した抵抗も出来ず、大型MAと8機のMSに成す術も無く殲滅されている。この後ポーラ・スターも破壊されてしまった。

「敵基地の完全破壊を達成、脱出艇を含む敵勢力の完全な殲滅を確認しました。もうエネルギー反応はありません」
「そう、何時もながら圧倒的な火力ね」

 この戦果を確かめたエターナルのタリアは投入したMS隊と2機の大型MA、ミーティアに撤退を命じた。どの機体も無傷ではなく、被弾の跡があるのを見たタリアが肩を落としてアーサーを見る。

「作戦完了、アーサー、後で被害報告を頂戴」
「了解です」

 アーサーがコンソールに向かう。それを横目で見たタリアは目を閉じると、憂鬱そうに背凭れに背中を押し付けた。ミーティアのテストと次の作戦のための準備を兼ねたステーション基地の襲撃であるが、ミーティアの存在を知られない為に口封じ目的で攻撃した基地の人員は例外なく皆殺しにしている。これは連合軍だけが対象ではなく、グラディス隊の姿を見た者全てが対象となっている。
 実際、この作戦の合間にたまたま遭遇した民間船1隻、ジャンク屋の船3隻が巻き添えで血祭りに上げられていた。彼らは国際法を出して抗議をしてきたのだが、死人に口無しとはよく言ったもので、彼らは2機のミーティアと4機のジャスティスに襲い掛かられ、碌な抵抗も出来ずに撃破されている。
 ただタリアにはこれは面白い作戦ではなかった。機密保持の必要性は分かるのだが、沈没する艦から退艦した将兵が乗った脱出艇まで撃沈するというのは船乗りの良識に反する。宇宙戦艦に乗り込んでいるとはいえ船乗りであり、その気質は海軍に近いものがあるからだ。脱出した兵を撃つのは船乗りとしての美学に著しく抵触する。だからタリアは内心でかなり不満を抱えているのだ。
 それに、今回の戦いは今までとは違っていた。連合軍は明らかに待ち構えていたし、MS隊はミーティアのミサイル攻撃予想していたようだった。

「ミーティアの攻撃に対応してこられたわ。思ったより早かったわね」
「これで4箇所目です、ナチュラルも警戒していたのでしょう」
「でも、向こうはミーティアのミサイル攻撃を知ってたみたいよ。撃墜数がガクンと落ちてる」
「情報はどこからでも漏れるものです。生存者が居たのか、あるいは機器のデータが生きていたのでしょう」

 撃沈した艦艇や破壊した艦載機のデータをサルベージしたのだろうとアーサーは考えていた。それに戦闘で相手を皆殺しにするのは容易ではない。宇宙服を着ていれば多少の時間は持つのだし、艦艇やステーションにも空気が残っているブロックがあったかもしれない。それらに人が残っていれば救助される可能性がある。完璧な機密保持など不可能なのだ。
 アーサーの意見にタリアは渋々と頷き、そして大きく息を吐いて艦隊にプラントへの帰還を命令した。どのみちもうミーティアの弾薬も使い切っており、これ以上戦うのは不可能になっていたのだ。それに4回も実戦を経験させればテストとしては十分だろう。これ以上無理をすることも無いと考えて、タリアは撤退することにしたのだ。





 台湾を巡る戦いの最後は混乱によって締めくくられようとしていた。圧倒的な大軍による包囲を少数のザフト艦隊が突破し、南端に追い込まれた敗残兵を収容しようとしている。これに対して連合軍は待機させていた少数のストライクダガーを差し向けたのだが、異常なまでの強さを見せ付ける数機のMSによって食い止められるという屈辱を味合わされている。
 この連合軍を支えているのはアスランたち特務隊の面々に加えてアンテラやグリアノス、ジュディといったトップエースたちである。いずれも一騎当千の実力者であり、機体性能を加味すれば現在のザフト地上軍にあっては世紀部隊数個分に匹敵する戦力と言えるだろう。何しろエースが駆るジャスティスが2機にやや落ちるがフリーダムが1機居るのだから。
 ストライクダガー隊はこの部隊に対して一斉に突撃を加えたのだが、彼らはまずルナマリアのフリーダムの弾幕射撃に晒されることになる。マルチロックオンシステムによりルナマリアが使ってもかなりの命中精度をたたき出すフリーダムの攻撃力は大きく、数で勝るダガー隊が動きを制限されている。この動きが止まったダガーの群れにアスランとアンテラのジャスティスが飛び込んで次々に数を減らしていく。ストライクダガーは接近戦ではジャスティスの良い鴨でしかなく、無為に残骸を晒す羽目になっている。なまじ懐に入られたために同士討ちの恐れがあって射撃武器の使用が制限されてしまうのも痛い。
 この2機ほどではないがやはりダガーの群れに飛び込んで暴れまわっているのがグリアノスのシグー3型とジュディのゲイツR、そしてイザークのM1Bだった。これらは攻撃力で劣るものの技量はやはり凄まじく、ダガー隊を撃ち減らしている。特にグリアノスのシグー3型は強く、重斬刀で1機、また1機とダガーを切り伏せて回っている。
 これらの突入組みを支援していたのがディアッカのバスターとミゲルのゲイツ、そして同行してきたジンやゲイツだった。ディアッカとミゲルの2機は乱戦には加わらず、もっぱら砲撃支援に徹している。ディアッカが対装甲榴弾砲による面制圧を行い、ミゲルが精密射撃で確実に落とすという手に出ている。
 連合軍は戦車は多かったのだが、やはり強力な部隊をそっくり南に持っていかれてしまったのが響いており、MSの数が決定的に不足していた。特にストライクダガー以上の強力なMSが居ないのが大問題となっている。
 大西洋連邦軍はダガー隊がズタズタにされるのを見て怯んだかのように後退していく。距離をとらなければ戦車隊はMSの餌食にされてしまうからだが、それを許さずに急追したグリアノスがヴァデッドを何両か始末してしまった。




 ザフトの新手の異常なまでの強さを見たスコッジマンは苛立ちをテーブルに叩きつけて全軍に生かして帰すなと檄を飛ばしていたが、MSの不足という現実は如何ともしがたい。もはや残敵掃討レベルの段階であり、部隊は逐次引き上げてシンガポールに送っていたのも響いている。
 だが、極東連合の部隊はまだ残っていた。スコッジマンは宮崎に極東連合のオリオンを出すよう求め、宮崎はこれを受け入れて前線から下がらせていたオリオン部隊を前に出すことにしている。事実上、これがオリオンの初めてのザフト精鋭部隊との戦闘となる。そして同時に、ザフトの前に新たなる強敵が現れた瞬間でもあった。

 海岸の敵を押し返したアスランは後方の潜水艦部隊に早く兵員を収容するように求めたのだが、潜水艦部隊からは動けない兵が多くて少し時間がかかると返答が来てしまい、苛立ってコンソールに握り拳を叩きつけてしまう。一時的に引いたとはいえ、敵の方が圧倒的に多いのだ。態勢を立て直して正攻法で攻められたら、いくらこちらが精鋭でもまともな勝負などできはしない。面で押してこられたら点でしかない自分たちが全てを止める事は不可能なのだから。そしてもし潜水母艦が叩かれれば、自分たちもまた退路を立たれて降伏を余儀なくされる。
 そしてこのアスランの悪い予想は、程なくして現実のものとなった。センサーが新たな移動物体を多数検知し、敵の反撃が始まったことをアスランに教えてくれる。そして稜線の影から現れたMSを見たアスランは、その見慣れないMSに警戒の色を濃くしてしまった。

「何だあれは、ダガーじゃないのか?」

 連合軍のMSといえば大半がダガー系列機だ。欧州ではユーラシアがレギオンという強力な機体を投入してきたが、これでさえストライクダガーをベースとしたカスタム機だった。
 だが目の前に現れたのは明らかにダガー系とは異なるMSだ。いやM1とも異なる。これらとは異なる、まったく新しいMSなのだろう。右肩には多連装のミサイルランチャーを装備しているのが確認でき、あれで海岸を焼き払われたら膨大な犠牲者が出ると想像して顔色を青くしてしまう。ロケットシステムや重砲が未だに攻撃してこないのは、こちらの攻撃が完全な奇襲となったので慌てて後退したせいで、まだ陣地の移動が済んでいないのだろうか。それとも用意が無かったのか。
 
「ミサイルなど撃たせん!」

 ミサイルを撃たせるわけにはいかないとアスランがジャスティスを突っ込ませる。距離を詰めて接近戦に持ち込もうというのだ。これを見た新型、オリオンはビームライフルを向けて撃ってきたが、ストライクダガーと同じビームライフルを1門装備しているだけであり、10機やそこらのビームライフルの砲撃などアスランには何ほどの脅威でもない。だが、まさにアスランが両肩のビームキャノンの照準をオリオンの1機に向けたとき、いきなりその照準を遮るように1機のMSが飛び出してきた。

「何っ!?」

 突然の事に驚いたアスランが砲撃を止めて回避運動に入り、それまでジャスティスが居た場所を1機のオリオンが高速で突き抜けていく。それは概観こそミサイルランチャーを背負ったオリオンと同じであったが、ミサイルランチャーの変わりにレールガンを背負い式に装備し、右腕には見慣れない長槍のような武器を持ち、左腕にはやはり見慣れない丸盾を装備している。
 そしてこの機体は1機ではなく、複数居るようだった。距離を詰めてきたジャスティスの行く手を阻むように次々と姿を現したそれは10機ほどだろうか。どうやらミサイル装備型に対する前衛機のような役割を持っているらしい。

「格闘戦を考えられたMSか。ジャスティスには厄介な相手だな」

 ジャスティスの強みは接近戦、とくに格闘戦における機動性と運動性の圧倒的な高さにある。兄弟機のフリーダムでもこの点はジャスティスに遠く及ばない。そして基本的にこういうMSは連合には少なかったのだが、ここに来てとうとう連合にもそういうMSが現れたようだ。
 しかし、あの槍は何なのだろうか。ビームサーベルが登場して以来、実剣はどうしても不利になっている。何しろビームサーベルに実剣はたやすく両断されてしまう上に、PS装甲機にも無力だからだ。だがジャスティスのコンピューターはあの槍にエネルギー反応を検出しており、あの槍が重斬刀のような力任せだけの武器ではないことをアスランに教えている。何らかののエネルギーを纏わせたエネルギーの熱量と実剣の重さを兼ね備えた武器でも開発したのだろうか。



 こうした光景は海岸の各所で見られていた。槍を持つオリオンがミサイルの援護を受けながら海岸線へと押し出し、ザフトMSを包囲していく。アスランやアンテラのようなジャスティスを駆るパイロットはまだしも、ジンやゲイツ、M1を使うパイロットはかなり苦戦していた。このオリオンは彼らがこれまで交戦してきたMSとは格1つ違うMSで、Gシリーズに近い強さを持っている。何しろ胴体部だけとはいえPS装甲を持ち、量産機としては破格の防御力を持っている。これに加えてM1の設計を参考にしたおかげか、機動性も中々のものだ。クローカーが設計したためか、ダガーというよりもM1に近いMSとなっているらしい。M1の防御力の不足をPS装甲の採用で補った、というコンセプトの機体と言えるだろう。
 槍を手に突入してくるオリオンの群れを相手にしたイザークとジュディは明らかに苦戦していた。腕は2人とも超一流だが、相手が多すぎたのだ。その隣の戦域でオリオンの間をシグーで飛び回り、ビームサーベルで1機、また1機と仕留めているグリアノスが出鱈目なのであって、普通は3機以上を同時に相手取るなど自殺行為なのだ。
 イザークのM1Bは突き出される槍の穂先から必死に逃げ回っていた。最初はただの槍と思っていたこれが、一撃でABシールドを貫通するのを見た事で間違っても直撃を受けてはいけないと判断し、ひたすら逃げ回っている。更に距離をとろうとするとミサイルのシャワーが降り注ぐのでそれも難しい。
 この攻撃に逃げきれないと悟ったイザークはたまりかねてディアッカに助けを求めていた。

「ディアッカ、こいつらを対装甲榴弾砲で掃射してくれ。このままじゃ殺られる!」
「そうしたいんだが、こいつらPS装甲みたいで弾をはじき返しやがる!」

 既にガンランチャーの弾を受けたオリオンが吹き飛ばされたものの起き上がってくるのを見ているディアッカは、以後は火線収束ライフルで戦っていた。PS装甲機は敵に回すととにかく厄介なのだ。

「まさかこんなMSを出してくるなんてな。ジンと戦車ばっかりだったここの守備隊じゃ歯が立たないはずだぜ」
「ああ、本国でも新型の開発が進んでるらしいが、ナチュラルの方が配備が速いじゃないか!」
「そりゃまあ、あっちは一杯居るからなあ。複数の計画を同時に進められるのさ」

 コーディネイターにとっては悔しいことだが、ナチュラルは複数の国家があり、それぞれがある程度の兵器開発能力を持っている。極端なことを言えばどこかの国が機体を開発し、別の国が装備を開発するということで開発期間を短縮する事も出来るのだ。全てを自前でやら無くてはいけないプラントとは地力が違う。
 連合にMSが登場した途端に戦局は変わった。それまで圧倒できていた戦いがいきなり伯仲した勝負になり、ザフトは多くの犠牲を支払うようになった。その損害を連合は埋めることが出来たが、ザフトは開いた穴をほとんど埋められない。この差は既に地上軍の崩壊となって現れていたのだが、とうとう装備の面でも差が出てきたようだ。

「くそぉ、まだ 撤退は終わらないのか。バッテリ−が持たん!」

 オリオンの突き刺しを、レールガンの砲撃を懸命に回避しながらイザークは悲鳴のような声を上げた。M1Bはジンやデュエルより強力なMSでありバッテリーも高性能だが、それでもこう激しく動き続ければすぐにバッテリーが上がってしまう。ジャスティスやフリーダムではないのだ。
 だがまだ潜水艦部隊は多数の傷病兵を船内に運び入れている真っ最中であり、脱出には今しばらくの時間が必要であった。


 この戦いで最大の活躍を見せているのは意外にもルナマリアであった。とにかくフリーダムの面制圧能力は高く、迫るオリオンの大群を1機で食い止めていた。何しろPS装甲にABシールドを持つのでミサイルやレールガンは何とか耐えられるので、余り走らずに移動砲台に徹することで稜線から姿を現したオリオンを片っ端から撃ちまくることが出来るのだ。
 ただ、それでも敵の数は多く、何時まで持つかは不透明だったが。元々腕は余り良くないので、押し込まれたらおそらく持たない。
 ルナマリアは次々に姿を現すオリオンや戦車に怖気づきそうになっていた。これまでの戦いでは確実に周囲に味方が居た。自分より凄腕の頼れる先輩がサポートしてくれたのだが、今回は自分を助けてくれる味方は1機も居ない。誰もが自分の事で手一杯でこちらに助けに回る余裕はなさそうなのだ。
 
「たくっ、落としても落としてもキリが無いじゃない。一体何機居るのよ!?」

 マルチロックオンシステムがあっても、フリーダムの砲は5門しかない。同時に10の目標は撃てないのだ。いくら強力なMSでも単機ではやはり限界というものがある。特に今回は1機でも通したら負けなのだからとにかく不利な戦いなのだ。
 


 ザフトの新手の意外な善戦にズコッジマンと宮崎は困った顔をしていた。まさかこのような残敵掃討の段階でこれほどの被害を受けるとは想像もしておらず、このままでは自分たちの責任問題となりかねない勢いで被害が拡大している。
 被害を拡大しているのは2機のジャスティスと1機のフリーダムである事は言うまでも無い。特に2機のジャスティスは強く、オリオンを一度に10機くらい相手に戦って見せている。この核動力MSの圧倒的な強さは宇宙軍からの報告で一応知ってはいたのだが、実際に目の当たりにするとその凄まじさに背筋が冷たくなってくるような気さえする。
 だが対応をしなくてはいけない。既にストライクダガー隊を壊滅させられ、ここでオリオンまでも壊滅させられれば自分たちは良くて左遷、悪くすれば予備役編入となりかねないのだ。部下の命と自分たちの保身を考えた2人は急いで東アジア共和国に連絡を取り、空軍の出動を要請している。だがなぜか東アジア共和国側は要請を拒否してきた。すぐに出動できる作戦機が無いというのが理由だが、台湾で戦闘が起きているという時に作戦機の準備が無いというのはどういう事なのだと2人は激怒していた。

「東アジアめ、何を考えてるんだ!?」
「第3艦隊の空母を1隻残しておいて貰うんでしたな。まだ台湾各地の空港は使えません」
「貴国の空軍は使えませんか。南西諸島には幾つか飛行場があったと記憶しているが?」
「有るには有るのですが、数が少ないのです。ここまで作戦半径に収めている作戦機となりますと、増槽を付けたスカイグラスパーがどうにかですからな」
「くそっ、こういう連中の相手はアークエンジェル隊に押し付けるものなんだが……」

 同盟国の役立たずぶり詰り、そしてアークエンジェルがここに居ない事を残念がるスコッジマン。アークエンジェルを旗艦とする第8任務部隊、アークエンジェル級3隻でもって地上を暴れまわっている最強艦隊がここに残っていてくれれば、この程度の連中すぐに始末してくれるというのに。何しろあの艦隊には連合最強レベルのパイロットがごろごろしていて、配備されているMSも超高級機が揃っている。特にあのアルフレット・リンクス少佐はポートモレスビー基地の戦闘ではジャスティスを撃退しているのだ。
 だが居ないものをねだっても意味が無い。どうしたものかと悩むスコッジマンを横目で見た宮崎は、窓に近寄って外に視線を向けた。

「笹井中尉、突破口を切り開いてくれよ」

 戦場で頑張っているオリオン隊には極東連合が誇る凄腕が居る。彼の小隊ならジャスティスを押さえてくれるのではないかと宮崎は期待していた。



 この時宮崎が期待していたオリオン隊はもうすぐ戦場に到着するというところまで来ていた。槍装備のオリオンは1機だけで、列機はレールガン装備だがビームライフルを手にしていた。
 この小隊を率いているのが笹井中尉だが、彼はモニターの中で縦横無尽に暴れまわるジャスティスの圧倒的な強さに正直驚いていた。極東連合にMSが配備されたときには、これでようやくわが国も大西洋連邦やプラントに追いついたと喜んだものだたが、プラントはあんな強力なMSを実戦に投入してきていたのだ。

「参ったな、あれはオリオンじゃ勝てんかもしれんぞ」
「中尉、やる前から弱気は禁物ですよ」
「分かってるよ、西沢」

 部下の西沢少尉に窘められた笹井は軽く言い返した後、どうするかを考えて指示を出した。

「俺と大田が援護するから、西沢が突っ込め」
「まっ、何時も通りって事ですね」
「装備を考えればそうなるからな」
「五月蝿いぞ、さっさと行け!」
「了解です、中尉!」

 笹井に怒鳴られた西沢が笑いを交えて答え、槍を構えて接近戦を挑んでいく。それに続く笹井と大田が左右に散りながらビームライフルとレールガンによる援護射撃を加え、ジャスティスの動きを封じに出る。
 この3機に狙われたのはアスランであった。これまでのオリオンよりも明らかに動きが良い連中の登場に僅かに表情を険しくして応戦をするが、正確に飛来するビームと砲弾が動きを大きく制限してくるために行動の自由を奪われてしまった。

「良い射撃だ、こいつらにも出来る奴は居るな」

 正確にこちらの動きを封じる射撃にアスランが舌を巻いている。そして動きが止められたところに槍を手にしたオリオンが突っ込んできて格闘戦を仕掛けてきたのだが、これがまたアスランを苦しめた。速いのではない、上手いのだ。まるで背中にも目があるかのように位置取りをしてくる。優位な位置を占められないアスランは戦いの主導権を奪われてしまい、思いがけない苦戦を強いられてしまった。
 ジャスティスでもこの新型との接近戦は面倒な戦いとなる。この槍はPS装甲どころかABシールドさえ削り、穴を穿つ威力がある。しかもリーチが長いのでこちらが中々懐に入れないのでビームサーベルの間合いに入れないでいる。そして相手の技量が一流となれば、いくらアスランでも手を焼くのだ。援護に回っている2機からは容赦の無い砲撃が加えられて、ビームはシールドで止めてレールガンは装甲を頼りに耐え凌ぐ状態が続いている。
 更に悪い事に、一度は撤退させたストライクダガー隊がヴァデッド戦車を連れて戻ってきた。補給と再編成を完了したのだろう。

「潜水母艦、まだ出れないのか!?」

 もう限界だと判断したアスランが悲鳴のような声で確認を求める。いくらジャスティスでもこのままでは押し切られてしまうのは確実だ。既にアスランだけではなく全員が急げと催促を飛ばしていたのだが、今回はようやく違う答えが返ってきた。

「そろそろ終わりそうだ。其方も引き上げてくれ!」
「分かった、これから後退する。そっちも信号弾を上げるんだ!」
「今上げる。遅れたら置いていくからな!」
「何とか戻るさ!」

 やっと後退できると知ったアスランは安堵していた。もうこいつらを止める必要は無いと判断し、力任せに目の前のオリオンを押し戻して機体を飛行させる。ここに踏み止まらなくいてはいけないという制約があったからこそジャスティスは苦戦を余儀なくされたのであって、行動の自由が与えられれば飛行能力を持たないオリオンを振り切るのは簡単なのだ。まあ逃げるとも言うのだが。
 目の前で空に舞い上がったジャスティスに、格闘戦をしていた西沢は唖然としてしまった。身の軽い機体だとは思っていたが、まさかあの重量で空を飛べるとは思わなかったのだ。ディンという空戦型MSは知っているが、あれとはまるで違うはずなのに。

「MSが飛ぶのか!?」
「空軍は何をしてる。サンダーセプターはどこに行った!?」
「落ち着け西沢、太田、空軍機は飛行場がまともに使えないから制空権を押さえられん」

 空を飛んで逃げるジャスティスに地上から砲撃を加えながら罵声を浴びせる部下2人を笹井が窘めるが笹井も悔しい事には変わりなかった。何しろ3機がかりで1機を落とせなかったどころかあっさりと取り逃してしまったのだから。それもストライクダガー相手の模擬戦では圧倒的な強さを見せ付けたこのオリオンがである。
 あんな連中を相手に巻き返しを開始しているのだから、大西洋連邦の軍事技術力はやはり侮れない。実際、大西洋連邦の開発した機体の中にはあれらの化け物を相手に出来るMSも有るというのだから。

「2人とも、まだ戦闘可能か?」
「太田機、レールガンは3割残ってますが、ビームエネルギーがありません」
「西沢機、突撃槍が強度限界です。刃もボロボロになりました」
「俺ももう弾が無い。ここまでだな」

 3機が弾を使い果たしてもあれは落とせなかったという事だ。残念だが今回は引き下がるしかないらしい。だが、次にあったらこうはいかないと3人は考えていた。まだ戦争は続くのだ、どこかできっとこの借りを返す機会はあるだろう。その時こそ叩き潰してやると3人は話し合いながら後方へと下がっていった。




 撤退準備を完了して脱出に入る潜水母艦部隊、その進路を切り開くモラシム率いるゾノとグーン。それを食い止めようとするディープフォビドゥン隊はいたずらに犠牲を増やす不味い戦いをしていた。何しろ近隣の潜水艦部隊が連携も何も無く集まってきているだけなので、戦力の逐次投入の見本のような戦いをしていたのだ。おかげでモラシムたちに次々に撃墜されていた。
 このモラシム隊の活躍で突破口を切り開き、陸戦部隊が潜水母艦に飛び込んでくる。殿に残っているのは空を飛べるジャスティスとフリーダムだ。

「生き残ってる奴は艦に逃げ込んで。MSは捨ててもいいがパイロットは生き残りなさい!」

 最後尾を守るアンテラが重突撃機銃で上空からヴァデッドを掃射しながら命令を出す。既に装備を使い果たしており、撃破された友軍機の火器を拾って使っている有様なのだ。このアンテラの命令を受けて生き残ったMSが潜水母艦に退いていくが、それを逃がすまいとする大西洋連邦の戦車やMSの追撃で何機かが撃破されてしまう。その中にはディアッカのバスターも居た。左足をビームに撃ち抜かれたバスターがもんどりうってその場に転がり、擱座してしまう。
 それを見たイザークが慌てて駆け寄ってきた。

「ディアッカ、大丈夫か!?」
「ああ、なんとかな」
「バスターはもう無理だ、降りろ、拾ってやる!」

 バスターのコクピットから出てきたディアッカをM1Bが掌で拾い上げ、それをミゲルのゲイツが援護している。

「イザーク、早くしろ!」
「今行く!」

 M1Bがディアッカを拾って駆け出し、それに続いてミゲルのゲイツが撤退しようとするが、そのゲイツの頭部がいきなり吹き飛んだ。直撃を受けたのだ。その衝撃で仰け反ったゲイツの胴体に更に直撃の大穴が開き、胴体部品を撒き散らしてゲイツの上半身と下半身が分かれて転がる。
 それを見たイザークは一瞬足を止めたが、すぐに潜水艦へと駆けていく。それにディアッカが抗議の声を上げた。

「イザーク、ミゲルが!?」
「無駄だ、コクピットが吹き飛ばされたのを見ただろう!」

 コクピットがレールガンか何かの直撃を受けたのだ。パイロットの生存の可能性など考えるだけ馬鹿馬鹿しい。ミゲルは戦死したのだ。




 撤退の開始はアスランたちにとって最後の試練だった。殿を勤めるという事は攻撃が集中するという事でもあり、2機のジャスティスと1機のフリーダムに連合軍の砲撃が集中されて機体に兆弾の火花が絶えない。
 空を飛ぶアスランとアンテラのジャスティスがビーム砲で牽制を加える中で、ルナマリアのフリーダムが限界に達しようとしていた。機体各所が直撃の衝撃でガタガタになっていたのだ。コクピット内に響く警報にルナマリアが半泣きになってアスランに泣きついてきた。

「ザ、ザラ隊長、もう持ちませ〜ん!」
「くそっ、退けルナマリア、後は何とかする!」
「すいません、お願いします!」

 ルナマリアのフリーダムが慌てて後退していくが、推進器もいかれたのか不安定な飛び方をしている。どうやら本当にガタガタになっていたらしい。それを見たアスランがアンテラにどうするかと問いかけた。

「アンテラさん、どうします!?」
「もう少し頑張ります。潜水母艦が潜行するまでの時間を稼がないと!」
「その後は、ジャスティスで海に飛び込むんですか!?」
「そういうことよ。無茶だけど付き合いなさい、アスラン!」
「了解です!」

 2機のジャスティスが空を舞い、地上を走るダガーを砲撃し、海上を駆け回る駆逐艦を狙って砲撃する。連合も対空砲火を撃ちまくっているが、やはり空を飛ぶ相手を落とすにはこちらも空を飛べないとどうにも苦しかった。
 こういう時にこそ空母が欲しかったのだが、残念ながら空母は全て南太平洋戦線に持っていかれてしまい、東アジア共和国は意図的としか思えないサボタージュをしていて作戦機を出してくれない。ここに戦闘機や対潜哨戒機があれば戦いはぐっと楽になるというのに。
 だがそれでも洋上艦隊とMS隊は頑張った。ジャスティスの妨害を掻い潜って逃げていく潜水母艦に攻撃を加え、これに直撃を出しているのだから。潜水母艦は多少の直撃お受けも何とか潜れるのだが、問題なのは曳航してきた輸送筒だろう。こちらは本当に潜水機能があるだけの物資運搬用の単なる耐圧殻であり、穴が開いたら潜れない。もし水中でヒビが入れば成す術も無く水没してしまう事になる。
 この輸送筒には大勢の傷病兵が収容されているのだが、これに直撃が相次いだ。何しろ潜水母艦1隻当たり複数の筒を曳航しているのだ。そこに駆逐艦が速射砲で砲撃を加え、地上からは戦車やMSが砲撃を加える。撃ち込まれる砲弾が耐圧殻に穴を穿ち、直撃したミサイルが一撃で外壁を砕いてしまう。その中にすし詰めにされた兵士たちの運命は悲惨の一言に尽きるだろう。
 だがそれでも潜水母艦は潜行を開始する。幾つかの筒は曳航索を切断されて洋上に取り残されるが、幾つかは穴が開いたまま水中へと引きずり込まれていく。輸送筒の制御は母艦側からしか出来ず、彼らにはどうしようもなかったのだ。開いた穴から流入してくる大量の海水を見て恐怖に目を見開き、そのまま濁流に飲み込まれてしまう。五体満足であれば船外に泳いで出る事も不可能ではなかっただろうが、多くは体を負傷して動く事も難しい。
 それでも潜水母艦は1隻残らず全てが潜行に成功した。それを見たアスランとアンテラも一気に海へと突っ込み、海中を進んで潜水母艦に収容される。だが全てが無事に逃がしてもらえたわけではなく、洋上艦隊が一斉に発射した対潜魚雷を受けて1隻が船体に複数の直撃弾を受け、船殻を破壊されてそのまま海底へと送り込まれてしまった。
 この戦いで取り残された輸送筒は連合軍に鹵獲され、そこに詰め込まれていた兵士たちは全員捕虜となっている。皮肉な話だが、ここで連合軍に捕らわれた者は全員極東連合の病院で手当てを受け、多くが命を繋ぎとめる事になる。友軍に救われた兵たちとどちらが幸運だったのか、難しいところだろう。



 アースロイルにボロボロのジャスティスを帰還させたアスランは、ふらつく足取りで格納甲板に降り立った。流石に今回は無茶しすぎたのだ。見上げたジャスティスのPS装甲はベコベコに凹んでおり、見るも無残な有様となっている。ジャスティスの強靭なPS装甲といえども無限の防御力を持っているわけではないのだ。繋ぎ目がひしゃげ、変形しているのを見てアスランは表情を引き攣らせている。もう少し直撃が多かったり当たり所が悪ければジャスティスでも落とされていたかもしれない。

「こいつは酷いもんだな。PS装甲って言っても過信は禁物か」
「まあそうですね。こいつはあくまで頑丈な装甲で、絶対壊れない装甲じゃないですから。それにほら、向こうの方が凄いですよ」

 アスランのぼやきに笑って答えた整備兵が別のハンガーを指差す。そこにはルナマリアのフリーダムが立てかけられており、こちらは既に装甲が爆ぜて内部構造が覗いていた。こちらは完全に装甲を撃ち抜かれていたらしい。

「ビームじゃありませんよ、砲弾です」
「MSのレールガンか、戦車のリニアガンか。ナチュラルの砲も侮れないな」
「元々MSの装甲にそこまで期待するのが無茶なんですよ。戦車の正面装甲と比べりゃ紙同然の薄さなんですから」
「だからこそのPS装甲だろ」

 整備兵の肩をぽんと叩いてアスランがそこから離れていく。ハンガーに並んでいるMSはどれもスクラップ直行という感じに壊れており、生還したといっても2度と使えそうも無いMSが並んでいた。
 その中で、イザークのものと思われるM1Bがあり、その足元でディアッカがヘルメットを床に叩きつけて怒りをぶつけていた。イザークはヘルメットを小脇に抱えたままM1Bの足に頭をつけている。
 どうかしたのかとアスランが近づいていくと、その肩をグリアノスに掴まれた。

「グリアノス隊長?」
「アスラン、ミゲル・アイマンが戦死した。ジュールたちが直撃を確認している」
「ミゲル、が?」

 まさか、と思って他のハンガーを見回すが、確かにミゲルのオレンジのゲイツの姿は無かった。だがまさか、あのミゲルが落とされる訳が無い。そう信じたくてアスランは何度も格納庫の中を見回し続けた。グリアノスに止められるまで。

「……惜しいパイロットだったな、アイマンは」
「そんなはず無い、あいつが、ミゲルが帰ってこないなんて。だってあいつ、俺と互角にやりあえるほど強かったんですよ。そんな奴がナチュラルなんかに!」
「アスラン、どんな凄腕でも、まぐれ当たりの1発で戦死するものだ。お前も戦場を渡り歩いてきたなら、分かっているはずだ。仲間を亡くしたのも初めてではあるまい」
「それは……」

 ラスティ、二コルの顔が頭をよぎり、アスランの動きが止まる。そしてヘルメットを床に叩きつけて肩を振るわせ出した。

「馬鹿野郎、こんな所で戦死してどうするんだ。まだ戦いは続くのに、人手は幾らあっても足りないのに……」

 次々に優秀な人材が居なくなってしまう。そしてそれは残された者へ更なる負担となって圧し掛かってくるのだ。アスランは涙を零してその場に膝をつき、ミゲルを罵る言葉を漏らし続けた。
 その姿は人間としては合格と言えるのだろうが、指揮官としては失格だろう。指揮官は兵士を数字で見なくてはいけない。指揮官は常に冷静であって、感情に流されない指揮が要求されるのだ。しかし、グリアノスは特務隊の隊長という、司令級の権限を持つアスランが部下の死に涙を流しているのを見て納得したように頷いていた。

「お前がもっと偉ければ、生きてる奴は多かったかもしれんな」

 バルク司令は上からの命令で降伏をせず、全滅を覚悟しての抵抗を続けていた。おかげでそこそこの数の敵を引き付けてくれたのだが、その見返りとして数千のザフト兵士の命では割が悪すぎる。
 全てはパトリックが居なくなってからおかしくなった。パトリックが居た頃はこんな玉砕を命令するような事は無かったし、そもそも前線に無理を強いるような戦況でもなかった。上層部もユウキをはじめとする有能な人物が多く、その作戦指導は概ね信頼されていたのだ。それがエザリア政権に変わって以来おかしくなった。前線に無理を強いる強引な作戦が増え、とうとう玉砕を命じる事態にまでなったのだ。上層部が前線の兵隊を数としか見なくなるとこういう事になり易い。おそらく現場を知らない人間が作戦指導をしているのだろう。
 グリアノスとしてもこの救出作戦は将兵の信頼を繋ぎ止める為にやらなくてはいけないと考えてクルーゼに押し通したのだが、払った犠牲に見合う成果があったとは思っていない。この作戦に参加した貴重なベテランの兵士たち、その何割が失われたかは分からないが、得た物はクルーゼが言う通り何の役にも立たない傷病兵たちだ。彼らはザフトにとってはただの重荷でしかなく、このまま死なせておいた方がトータルで見れば正しい判断だろう。だがそれを容認できない人間もいる。そういう事なのだ。


 


 結局、この戦いでザフトは投入したMSを8機失い、潜水母艦を帰路で更に1隻失い、合計で2隻が未帰還となった。収容できたのはたった2000人の傷病兵で、2隻の潜水母艦と8機のMSとは引き換えとしては余りにも割に合わない取引となっている。台湾南部に残っていた傷病兵は4000人に届かないという数だったと推察されており、成功率は5割程度といえる。
 オーブに辿りついた傷病兵たちは軍病院に入れられ、一部は再建が進んでいるカーペンタリアに送られている。帰ってきたグリアノスとジュディ、アスランはクルーゼから辛辣な言葉をかけられ、怒りを必死に押さえ込むことになる、何しろクルーゼの言ったとおり、無事には帰ってこれなかったのだから。
 報告書に目を通し終わったクルーゼは、それを机の上に放ると面白そうに口元を歪めながら3人を見る。

「まあ、予想していたよりは沢山帰ってきた訳だし、これ以上追及するのはよそう。君たちには別の任務があるわけだからね」
「別の任務?」

 グリアノスが問い返す。クルーゼは両腕を胸の前で組むと、背凭れにのけぞった姿勢で3人に次の作戦を伝えた。

「ナチュラルの部隊がラバウルに集結している。我々はこれを襲撃し、船を沈めるのだよ」
「それに、我々が参加すると?」
「無茶です、人も装備もボロボロなんですよ!?」

 余りにも無理がありすぎると言うジュディとアスランだったが、クルーゼはそんな意見には耳を貸さず、間に合わせろと冷たく言い放っている。元々この作戦はグリアノスたちがクルーゼに無理を通して強行したのであり、その被害はグリアノスたちに責任がある。クルーゼにしてみれば余計な作戦で被害を出したグリアノスたちの責任なのだから、無理をしてでもこっちの作戦に手を貸せと言いたいのだろう。
 作戦をごり押しされた3人は結局断る事が出来ず、不承不承引き受けて執務室を後にしている。そして隣に通じている別の扉から出てきたアンテラが、クルーゼに窘める様な事を言った。

「クルーゼ、流石に今回は無理が過ぎます。私のジャスティスも修理が間に合うかどうか」
「何、ユーレクもいる。君は次の作戦には同行しなくてもかまわんさ」
「……クルーゼ、私は強引過ぎると言っているんです。余り無理をすれば、計画に支障が出ますよ」
「やれやれ、相変わらず君は口煩いな」

 クルーゼは苦笑しながらアンテラの方を見て、デスクの引き出しから一枚の書類を取り出した。

「まあ心配するな。ザルクの方からも準備は進んでいるという報告が来ている。ただ時間を稼ぎたいだけさ」
「ジェネシス完成までの、それともユニウス7の?」
「両方さ。まあ保険の方は発動しなくても良いのだが、最後くらい景気付けの花火が見たい気はするね」

 クルーゼは書類を席を立ってアンテラに手渡すと、トイレに行って来ると言って部屋から出て行った。それを見送ったアンテラは書類に目を通し、そしてフウッと憂鬱げな吐息を漏らして窓の傍により、夕日が射すオーブの街並みに視線を向けた。

「綺麗ね。でも、あの人にはこの景色は映らないみたい」

 書類にはクルーゼの部下たちが用意している戦力と蓄積された物資などが記されている。それはアンテラは知らなかったが、ラクスが用意している戦力とは比較にならないほどに強力なものであった。世界に復讐しようとするあの男は、その最後の日を夢見てずっと昔から準備を進めてきている。その執念深さに世界は対抗できるのだろうか。

「これからどうなるかしらねえ」

 まあ自分はクルーゼに味方している人間だから、クルーゼの目標達成に全力を挙げるだけなのだが、果たして最後に絶っているのは誰なのか、それを見届けたいと思っていた。せっかくこんな時代に生まれてきたのだから、それくらいは確かめないととアンテラは思っていたのだ。




後書き

ジム改 オリオン初登場、でも強さは微妙!
カガリ 強いのか弱いのか。相手が悪かっただけな気もするし。
ジム改 量産機としてはゲイツより強い、やはりPS装甲が大きい。
カガリ でも、こいつ2種類あったんだな。
ジム改 単に武装の付け替えなんだけどね。ミサイルランチャー外してレールガンにしただけ。
カガリ 火力は結構大きいんだよな。M1なんかビームライフルだけだし。
ジム改 ただ、オリオンの強さはパイロットも大きい。この国はベテランが揃ってるから。
カガリ 最近参戦したばっかだからなあ。
ジム改 同じ条件のオーブは滅茶苦茶にやられたけどな。
カガリ うるせえ、うちだって最初から援軍が来てれば勝てたんだい!
ジム改 まあ、君のとこは社民党が政権取ったような状態だったからねえ。
カガリ 言わないでくれ、マジに頭が痛くなる。
ジム改 ミーティアも遂に投入、連合の被害は大きい。
カガリ あれうちにも欲しいなあ。
ジム改 くれてやってもいいが、1つだけ大問題がある。弾が無いぞ。
カガリ ……やっぱり貧乏は嫌だなあ。
ジム改 それでは次回、ラバウルに集結した連合軍。アークエンジェル級戦艦や原子力空母の姿に連合軍将兵の士気が高まっていく。大作戦に向けていよいよ大軍が集結する中で、それぞれはそれぞれの仕事に励んでいた。だが、その慌しい基地に降り注ぐミサイルのシャワー。そして上陸してくるMS。クルーゼの挑戦に、キラたちはどう立ち向かうのか。次回「奇襲、ラバウル」でお会いしましょう。

 

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