13章  砂漠での決着


 プラントに戻ったクルーゼ隊。アスランはそこで得られた休暇を生かして母の墓参りをしていた。ここ最近は軍務で忙しくて中々来れなかったのを気にしていたからだ。花束を手にユニウス7の犠牲者達の遺体の無い墓が並んでいる墓地を歩いていく。
 そして、母の墓の見える通りまで来た時、墓の前に立つ人物に気が付いた。

「父上?」

 そこにいたのは、パトリック・ザラだった。常に評議会で辣腕をふるい、この戦争を指導している強硬派の実質的なリーダー。
 パトリックもアスランに気付いたのか、アスランの方を見た。

「お前か。レノアの墓参りか?」
「はい、父・・・・・・いえ、国防委員長閣下」

 敬礼をするアスランにパトリックは苦笑し、敬礼など不要だと身振りで示した。それを見てアスランが困惑した表情を作る。父は戦争が始まって以来、常に公人としての立場を示し続け、自分にもそれを要求し続けて来たのだから。だが、今目の前にいるのはザラ国防委員長ではなく、自分の父、パトリック・ザラに見えた。

「ふふふ、レノアの墓の前でまで堅苦しくせんでも良い。そんなことはレノアも嫌だろう」
「父上」

 パトリックは母の墓の前から一歩引くと、アスランに場所を空けてくれた。アスランは母の墓の目に立つと、持ってきた花束を添え、目を閉じて冥福を祈る。そして、振りかえって父を見た。

「父上、執務の方は宜しいのですか?」
「私とて、仕事より優先することはあるさ。レノアの墓参りに勝る仕事などありはせんよ」

 はっきりと言いきる父に、アスランは改めて父がどれだけ母を愛していたのかを思い知らされた。もしかしたら、自分が疎かにしていた間も父は激務の間にここを訪れていたのではないだろうか。
 パトリックは久しく見なかった笑顔を見せると、アスランを食事へと誘った。

「まあ、偶然とはいえお互いに時間が取れたのだ。どうだ、これから食事でもせんか。話したいことも色々あるしな」
「ええ、そうですね」

 アスランは穏やかな顔で頷いた。父の顔をこんなに穏やかな気持ちで見られるのは随分久しぶりだったのだ。
 2人は墓地の近くにある小さなレストランで食事をとる事にした。もともとパトリックもアスランも華美を好むタイプではない。母が生きていた頃は家で食事をしたものだが、今はお互いに会うことさえ難しい身だ。
 パトリックは赤ワインを手にアスランに今のプラントの実情や今後の方針を語って聞かせた。それを聞かされたアスランが驚く。

「オペレーション・スピットブレイク。アラスカ強襲作戦ですって?」
「ああ、すでに評議会には提出された。そう遠くないうちに可決されるだろう」
「ですが、アラスカの防備はこの上なく堅固だと聞いています。堕とせるでしょうか?」
「私はやれると思っている。この作戦が成功すれば連合も弱気になり、停戦に応じるかもしれないからな」

 パトリックは赤ワインを口にし、グラスを置いた。その目にはやや疲れが見て取れる。プラントの国防をその身に背負っているのだ。その心労たるや、想像を絶するのだろう。

「クラインの言うことも分かる。確かに我々は何時までも戦っている訳にはいかない。資源も生産力も兵役人口も劣るからな。だが、一度始めてしまった戦争だ。負けて終わる訳にもいかんだろう」
「ですが父上、何処で戦いを終わらせるつもりなのですか?」

 アスランの問いに、パトリックは難しい顔になった。

「私としては今の段階で戦争を止めても構わないと考えている。我々は十分過ぎる勝利を収めたし、連合が我々に妥協を示せばそこで終わらせられるのだ」
「では、地球側は未だに強硬な姿勢を崩してはいないと?」
「ああ、奴らはまだ負けたとは考えていないらしい。だからこそのスピットブレイクなのだ。これで総司令部を失えば、流石に奴らも強気の姿勢を崩さざるを得ないだろう」

 パトリックが何故こんな作戦を打ち出したのか、アスランにも理解できた。確かにこれなら連合の弱気を引き出せるかもしれない。これが最後の犠牲となるなら、無茶にもそれなりの意味があることになるだろう。
 パトリックの話はまだ続く。

「評議会も、軍も、民衆もこの戦争に勝てると思っている。私の演説が招いた結果なのだが、皮肉なものだ。舌禍とでもいうのか、自分で煽った世論に自由を奪われるとはな」

 苦笑しながら赤ワインをグラスの中で揺らす。多分、アスランに語っているのがパトリックの本音なのだろう。

「だから、奴らの側に弱気を見せてもらわねばならん。そうでなければ終戦へ持っていくのは難しい。クラインの言うことは間違ってはいないが、理想に走りすぎているのだ。奴のやり方では軍も民衆も納得しまいし、評議会の支持も得られないだろう」
「シーゲル様は、その事を?」
「無論、奴とて理解しているだろう。理解した上で言っているのだ。シーゲルの言い分も必要なものではある。私が主戦論を唱え、奴は非戦を唱える。それでこれまで評議会はバランスをとってきたのだ」
「ですが、今は主戦論が台頭している」
「そう、だからこそ頭が痛い。シーゲルも次の選挙で落選すれば評議会を追われるだろう。そうなれば戦争という流れを止めるのは不可能になる」

 パトリックの顔に苦悩の色が浮かぶ。アスランは自分の置かれている状況など、父に較べればどうと言うことのないほど軽い問題だと気付かされた。
 アスランとパトリックはレストランを後にすると、暗くなった道を並んで歩いていった。2人でこうして歩くのも随分久しぶりだ。

「そういえばアスラン、ラクス嬢とは、最近会っているのか?」
「いえ、忙しくて中々時間が取れないもので」
「それはいかんな、明日にでも会ってやれ。次は地球なのだろうが」
「は、はい」

 顔を赤くして答えるアスランをみて、パトリックは小さな声で笑いだした。息子の不甲斐なさを指摘し、自分はそんなに臆病でも甲斐性無しでも無かったぞと説教を垂れる。だが、もしこの事を妻、レノアが聞いたらどう指摘してくれただろうか。

 ひとしきり近況を語り合った後、パトリックは言い難そうに重要な話しを切り出した。

「・・・・・・お前には話しておこう。プラントは連合との戦いに勝利する為、2つの切り札の開発に着手した」
「切り札ですか?」
「そうだ。1つはジェネシスという強力なエネルギー兵器だ。地球を直接攻撃出来る射程と威力を持っている。もう1つはNJCを搭載した核動力MSの開発だ」
「核動力、ですって・・・・・・」

 アスランは絶句した。プラントはあらゆる核エネルギーを無条件で放棄した筈だからだ。今では使われているのは戦艦用のレーザー核融合炉ぐらいのものだろう。特にアスランは核で、血のバレンタインで母を失っており、核への憎しみが強い。

「何故です、プラントは全ての核を放棄すると言ったではないですか!?」
「私とて分かっているのだ。誰があんなものに好き好んで同意するものか」

 パトリックの声は苦々しさに満ち、彼自身が不本意であった事を教えている。無理も無い。自分の妻の命を奪ったのはその核なのだから。

「だが、やむを得なかった。連合のMS開発がはっきりした事で、評議会の中からより強大な戦力を求める声が高まったのだ。彼らを落ち付かせるには、それなりの材料を示す必要があったのだ」
「その為のNJC搭載MSと、ジェネシスですか」
「ああ、だが、NJC搭載MSはともかく、ジェネシスだけは不味いのだ。あんな物が完成する前にこの戦争を終わらせなくてはならん」

 真剣に語る父の横顔に、アスランも早くこの戦争を終わらせねばという思いを強くしてしまう。パトリックはアスランを見やり、念を押すよう言った。

「アスラン、その為にもお前には頑張って貰わねばならない。頼むぞ」
「・・・・・・はい、父上」

 頼み込むパトリックに、アスランは力強く頷いて見せた。

 

 砂漠の虎、アンディ・バルトフェルドは出撃準備を整えていた。アークエンジェル発進の報を受け、レセップスの出撃を命じたのだ。戦力は少ないが、ジブラルタルからの補充を受けて多少は回復している。バクゥはほとんど壊滅状態であり、稼動機は僅かに3機でしかない。これにバルトフェルドのラゴゥと、補充で送られてきたザウートが2機と、宇宙から落ちてきたイザークのデュエルが加わる。
 だが、バルトフェルドは苛立っていた。

「なんでザウートなんか寄越すかね。バクゥは品切れか!?」
「ジブラルタルの方も大変らしいです。ヨーロッパで攻勢に出るそうで、そちらに兵力が回されてるそうですから」
「ふん、狙いはバイコヌール宇宙基地か。旧式のマスドライバーだね」
「はい。小型の物なら宇宙にまで上げられます。それを奪取するか、破壊したいと」

 軍の方針は理解出来る。だが、これから決戦という時に厄介な事になったものだ。更にバルトフェルドにはもう1つの頭痛の種がある。クルーゼ隊のイザーク・ジュールだ。赤を着ているだけあってそれなりの腕なのだろうが、地上での実戦経験がないパイロットなどどれほどの役に立つか。

 だが、戦わなくてはならない。アークエンジェルは動き出したのだ。方角は北東。どうやら東地中海を目指しているらしい。相手がどういう成算を持ってヨーロッパを目指すのかは分からないが、その進路にバルトフェルドは意外さを隠せなかった。

「目的地はトリポリか、チェニスかな」

 まさかそう動くとは思っていなかった。ヨーロッパには強力な部隊が展開している。まさか自分から虎口に飛びこむと言うのだろうか。

「どうしますか。イタリアの友軍に任せるという手もありますが?」

 ダコスタが控えめに提案してくる。その裏にはこの戦力ではあの艦を沈めるのは難しいという現実がある。出来ればこのまま見送りたかったのだ。
 だが、バルトフェルドがこの意見をいれないこともまた分かっていた。この上官は戦いたがっているのだから。
 ダコスタはもう一つ、厄介な問題を報告した。

「実は、イザーク・ジュールはもう到着しているのですが」
「ほう、そうなの。じゃあ一度顔合わせしなくちゃね」

 バルトフェルドは何でもない様に答えると、立ちあがってレセップスの甲板を目指した。甲板ではすでにデュエルとザウートが降ろされ、艦内に搬入する作業が行なわれている。その中に目立つ赤いパイロットスーツを来た銀髪の青年がいた。彼はこちらに気付くと駆け寄ってきて敬礼をした。

「イザーク・ジュールであります」
「ご苦労さん、アンドリュー・バルトフェルドだ。空からのダイブから海水浴か、ご苦労だったね」
「・・・・・・バルトフェルド隊長、足付きは今何処に?」

 バルトフェルドの言葉に反感を覚えつつ、イザークは1番気になっている事を問い掛けた。ダコスタはこのイザークという少年に反感をもったが、上官が何も言わない以上、自分が口にするべきではない。もっとも、この上官はこの程度で怒るような人間ではないとダコスタにも分かっているのだが。


アークエンジェルでも決戦を決意していた。砂漠の虎はかならず仕掛けて来る。それがマリュ−を含めた全員の統一見解であった。だから出撃準備は入念に整えている。ゲリラが攻撃参加したがっていたが、これは断っている。はっきり言ってはなんだが、ゲリラの戦力では開けた場所での正規軍どうしの戦いに役に立つ訳がない。変わりにサーブからの頼みでカガリとキサカを乗せることになった。何故この2人をとマリュ−は疑問に思ったが、キースがそれを受け入れるように進言したのだ。
 艦橋に戻ってマリュ−とナタルはそのことをキースに問い掛けている。その答えは至極簡単なものだった。

「あそこで受け入れないと、ゲリラたちが無理してでもついて来そうだったんで。多少妥協してでもそれだけは避けたかったんです」

 2人の部外者を受け入れてでも身軽に戦いたい。それがキースの理由であった。だが、この事がとんでもない事件を引き起こしてしまう。

 航行するアークエンジェルのレーダーは少し前から自分たちを追尾してくる機影に気づいていた。艦船らしき反応が2つ。考えるまでもなく、レセップスと随伴艦だろう。マリュ−は艦内電話を取ると格納庫に繋いだ。

「フラガ少佐、バゥアー大尉のスカイグラスパーは直ちに発進、付近の偵察を頼みます。ストライクの発進は暫く待って!」
「了解、ムウ・ラ・フラガ、ソードパックで出る!」
「同じく、キーエンス・バゥアー、ランチャーパックで出ます!」

 フラガとキースのスカイグラスパーが出撃して行く。恐らくは最強の航空部隊だろう。2機のスカイグラスパーが出てすぐにフラガからの通信が入って来る。

「こちらフラガ、敵はレセップスに駆逐艦が1隻、ヘリが何機か出てきてる。バクゥが3機に似たようなのが1機だ。あと、レセップスにザウートが2機と、なんでか知らんがデュエルがいる!」
「デュエルですって!?」

 マリュ−は驚いた。まさか、デュエルがこんな所にいるとは。ナタルがCICから指示を出す。

「ゴッドフリート、バリアント発射準備、艦尾ミサイルランチャーにウォンバットを装填。イーゲルシュテルン全基起動!!」
「了解!」

 素早くCICクルーが動いていく。各種兵装に弾が込められ、ゴッドフリートがこちらに迫るレセップスを狙う。そしてストライクも出撃して行った。
 キラはフラガからの情報を元に敵の動きを大まかにに把握している。まことに制空権というものは大きい。レセップスを飛び立ったヘリ部隊は何も出来ずにフラガとキースに全滅させられたようだ。

「少佐、キラの援護は俺がします。少佐はレセップスを!」
「分かった、堕とされるなよ!」

 キースの言葉に頷き、フラガは機体をレセップスに向ける。フラガはスカイグラスパーの大火力を使ってレセップスと駆逐艦を仕留めるつもりでいた。ザウートとデュエルが煩いが、地上ではそれほどの脅威とはうつらない。
 それとほぼ時を同じくしてキラのストライクとバクゥが戦闘を開始した。3機のバクゥが激しく動きながら攻撃してくる。それをキラは上手く避けながらビームライフルの一撃で的確に仕留めようとする。上空からキースのスカイグラスパーが援護してくれるのでこれまでよりも遥かに戦いやすい。アークエンジェルの方は敵艦隊と互角に戦っている様だ。
 その時、キースの警告が飛び込んできた。

「キラ、気をつけろ、でかいのがそっちに行くぞ!」
「でかいの?」

 バクゥではないのだろうか。キラが緊張して辺りを見まわすと、すぐにそれは姿を現した。オレンジ色の、バクゥより一回り大きなサイズを持つ4足MS。明らかに今までのバクゥとは違う動きを見せる

「これは隊長機・・・・・・あの人か!」

 キラはシールドとライフルを構えなおすとバルトフェルドのMS、ラゴゥへと挑んで行った。

 アークエンジェルではストライクが敵の新型と応戦している為にバクゥが1機迫っていた。イーゲルシュテルンがそれを狙うが機敏に動くバクゥにはなかなか当たらない。逆にバクゥの砲撃で傷つけられる有様だ。
 そんなアークエンジェルの中で、カガリが勝手な行動を起していた。格納庫に来たカガリは無断でハンガーに固定されているシグーのコクピットに乗りこんだのだ。気づいたマードックが慌てて声をかける。

「おい、何してるんだお嬢ちゃん!」
「機体を遊ばせておく余裕なんかないだろ!」

 咎めるマードックに怒鳴り返し、カガリは機体を起動させた。

「私がこいつで出る!」
「馬鹿を言うんじゃねえ。お前は訓練も受けてねえじゃねえか!」

 マードックがなおも食い下がるが、カガリは機体を起動させると歩かせ始めた。何で動かせるのかとマードックは思ったが、それよりももっと大きな問題がある。

「止めろお嬢ちゃん、死ぬつもりか!」
「いいから早くハッチを開けろ。でないと内側から破るぞ!」
「おい、正気かお前!?」

 だが、言って止まる様子は無さそうだ。76mm重突撃機銃を手に歩き出す。仕方なくマードックはハッチを開けさせた。
 カガリが出撃した事は直ちに艦橋に伝えられ、マリュ−とナタルが驚愕する。幾らなんでも無茶苦茶だ。

「ちょっとカガリさん。何を考えてるの、すぐに戻りなさい!」

 マリュ−が命令するが、カガリは聞く様子もなかった。

「戦わなけりゃ殺されるんだよ!」
「それは素人に動かせる機体じゃないわ!」
「やってみなくちゃ分からないだろ!」

 カガリは砂漠に降り立ち、そこで早くも自分の目論見の甘さを露呈した。所詮は実戦の洗礼を浴びていないOSである。固い地盤の上でならそれなりに動けただろうが、砂地の上で動く事など考慮されてはいなかった。たちまち砂に足を取られて上手く動けなくなるカガリのシグー。

「おい、なんだよこりゃ!?」

 カガリは驚いて闇くもに機体を操作したが、それは余計に状況を悪化させるだけだった。艦橋からそれを確認したマリュ−がそれ見たことかと言わんばかりに右手で顔を覆い、ナタルが舌打ちして援護を命じる。シグーに迫るバクゥにウォンバットが撃ち込まれ、バクゥを牽制した。その間にミリアリアが通信でフラガを呼び出す。

「フラガ少佐、キース大尉、すぐに戻ってください。カガリがシグーで勝手に出撃して、追い詰められてるんです!」
「なにぃ、あの馬鹿、そんな事やったのか!?」
「キース、お前が戻れ!」

 驚いて機体を反転させるキース。対空砲火を放っていたデュエルは逃げ出したとしか思えないのスカイグラスパーに文句を言っていた。

「逃げるな、俺と戦え!」

 キースが戻ってきて見ると、砂に足を取られたシグーにバクゥが襲いかかっていた。ミサイルを受けたのか、機体から黒煙が上がっている。右手に持つ重突撃機銃を懸命に撃っているが、姿勢が悪い上に慌てているのだろう。まともな照準さえしていないようだった。キースはシグーに通信を繋いで声をかけた。

「おい、カガリ、まだ生きてるか!?」
「あ、ああ、なんとかね」

 いささか落ちこんだ声が返ってきた。だが、その声も今のキースには怒りを掻き立てるものでしかない。

「この大馬鹿やろうが。帰ったら覚悟してろ!」

 それだけ言って通信を切ると、キースはシグーを狙うバクゥに狙いを定めた。スカイグラスパーの固定武装である中口径キャノンと砲塔型の大口径キャノンを発射する。牽制が狙いだったので攻撃はバクゥの前面に砂埃を巻き上げただけに終わったが、こちらに気づいたバクゥはカガリのシグーから離れた。
 大口径砲の残弾を確認したキースは動き回るバクゥを見やると、アークエンジェルに通信をいれた。

「副長、バリアントでバクゥを狙ってくれ。こっちで動きを押さえ込む!」
「了解しました!」

 ナタルの返事を聞いて再びスカイグラスパーを反転させる。高速で動くバクゥにアグニは当て難いが、中口径キャノンと機銃で進路上を狙い撃つ事でその足を止めようとする。幾ら早くても2次元的な動きしか出来ないバクゥがスカイグラスパーの攻撃から逃れるのは困難だ。容易く動きを封じこまれてしまう。
 バクゥの動きが止まったのを見たナタルは鋭い声で命じた。

「バリアント1番2番、てぇ!」

 大口径レールガンが撃ち出され、瞬時にしてバクゥを粉々にしてしまう。直撃という訳ではないだろうが、戦艦の装甲さえ容易く貫通するバリアントの至近弾を受けたのだ。MSの装甲など紙のようなものでしかない。
 バクゥを片付けたアークエンジェルは高度を取り、今度はレセップスとの砲撃戦を開始した。ゴッドフリートがそちらに向けられ、艦尾発射官に対艦ミサイルのスレッジハマーが装填される。そしてキースは再びレセップス攻撃に戻っていった。


 ラゴゥとの死闘を繰り広げるストライク。ラゴゥの装備する強力なビーム砲がストライクを襲うが、キラはそれを巧みに躱しながらビームライフルを放っていた。だが、ラゴゥはたえず位置を変えて狙いを絞らせない。
 動いた先に上空から砲弾が降り注いだ。フラガのスカイグラスパーが上空から援護してくれているのだ。

「キラ、残ってるのはそいつだけだ!」
「フラガ少佐、それじゃあアークエンジェルは!?」
「無事だ。駆逐艦も沈めて、レセップスも動かなくなった!」

 フラガの声には安堵の響きがある。アークエンジェルはこの戦いに勝ったのだ。まだデュエルとザウートが1機づつ残っているが、これは砂漠では悲しいほど足が遅いので楽に振り切る事が出来る。後はこのラゴゥを片付けるだけなのだ。
 キース機も駆けつけて来た事で戦況は圧倒的になった。バルトフェルドは2機のスカイグラスパーの攻撃を躱しながらキラのストライクの相手もしなくてはいけなくなり、対処し切れなくなっている。すでにレセップスのダコスタには退艦命令を出した。もうこの戦いは自分の私戦でしかないのだ。
 その時、遂にキースの放ったアグニがラゴゥのビーム砲を吹き飛ばした。爆発の衝撃が機体を激しく揺さぶり、アグニの余波が上面を醜く焼けただらせる。

「やられたか!」
「どうするのアンディ?」

 愛する男に問い掛けたアイシャ。

「君は脱出しろ。アイシャ」

 アイシャはチラリと彼を見て、笑って言った。

「そんな事するくらいなら、死んだほうがマシね」
 
 思わずバルトフェルドは微笑んだ。

「君も馬鹿だな」

 バルトフェルドは苦笑した。まったくい、どうして自分の周りには器用に生きられる人間が少ないのだろう。自分が勝って気侭に生きてきた分、回りの人間が自分を反面教師にでもしたのだろうか。
 だが、まあいいさ。最後を彼女と共に戦い、逝くというのも悪くはない。
 アイシャを振り返り、その顔を目に焼き付けた。

「・・・・・・なら、最後まで付き合ってくれ」
 
 バルトフェルドはラゴゥを突っ込ませた。このMSと2機の戦闘機に勝てるとは思っていない。だが、せめて一矢報いたかった。残された最後の武器、ビームサーベルを展開させる。

 突っ込んでくるラゴゥに、キラはビームサーベルを構えた。これが最後の勝負だろう。上空からは2機のスカイグラスパーが猛禽の如く襲いかかってきている。ラゴゥがストライクを切り裂こうと突っ込み、ストライクは身を沈めてそれを避ける。振られたビームサーベルが前肢を2本とも切り裂き、ラゴゥを砂丘にめり込ませる。それで戦いは決した。動けなくなったラゴゥのコクピット部分にフラガが大口径砲を撃ちこみ、ラゴゥは爆発四散してしまった。

「・・・・・・バルトフェルドさん、あなたは、どうして?」

 破壊されたラゴゥの残骸を見下ろし、キラは小さな声で彼の名を呼び、聞きたかった事を問い掛けた。どうしてあなたはここまで戦ったんですかと。

 

 こうして砂漠の虎との戦いは終わった。残存部隊は後退していき、カガリのシグーはストライクによって回収された。帰ってきたカガリを待っていたのは怒り心頭という状態のキースであった。足音も高く歩み寄ってくると、いきなりカガリの右頬を拳で殴りつける。小柄な体が災いしてか、思いっきり吹っ飛ばされるカガリ。
 キラたちは驚きのあまり呆然としていたが、我に返ると慌ててキースの体を押さえた。まだ憤懣収まらない様子のキースは、放っておいたら倒れているカガリに蹴りくらいいれそうだったからだ。

「止めてください、キースさん!」
「離せキラっ!」

 キラが全力を出して押さえこもうとしたが、キースはナチュラルとは思えない力でキラの縛めを振り解こうとしている。キラは訓練された軍人の体をナチュラルと甘く見ていたのだ。きちんと訓練すればナチュラルとて素人のコーディネイターに負けたりはしない。ましてキースはその戦法上、桁外れなGに耐えられる体を持っているのだ。だが、それでもこの力は異常だとキラは思った。
 キラは堪らず回りに助けを求めた。フラガやマードックら整備兵が駆けつけてきてキースを押さえつけ、やっと動きが止まる。

「キースさん、女の子相手に何考えてるんですか!?」
「男も女も関係あるか。こいつはやって良い事と悪い事の区別もつかないらしいからな。言って無駄なら体で覚えさせるしかないだろう」
「だからって、殴る事はないでしょう?」
「死んでから後悔しても遅いんだよ!」

 キースの怒声にキラは吃驚した。死んでから後悔しても遅い。キースは何時もこう言う。後から後悔しても遅い、死んでからでは意味がない。過去の体験から来る教訓なのだろうが、普段が普段だけにこういう時のギャップには驚かされる。フレイやトールを鍛える時の容赦の無さも、この辺りに理由があるのだろう。
 ようやく起き上がってきたカガリがフラガに何か言い返そうとするが、キースの視線に射竦められて何も言えなくなる。キースは起きあがったカガリに酷く冷たい声で聞いた。

「何故勝手に出撃した。お前は訓練を受けていなかったはずだ?」
「・・・・・・あそこで黙っているなんて、出来なかったんだよ」

 顔を背けながらカガリは答えた。誰かに守ってもらうだけという状況に我慢できないタイプなのだろう。だが、キースはそれで許すつもりはなかった。訓練もしていない、しかも民間人が勝手に軍の装備を動かしたのだ。キラの時の様にこちらから要請したというのではない。

「お前のおかげでシグーは見ての通りボロボロだ。もう練習機にさえ使えない。トールやフレイに施してきた訓練も無駄になったわけだ」
「・・・・・・で、でも・・・・・・」
「しかも、俺はお前を助ける為にレセップスへの攻撃を中止する羽目になった。もしその間にレセップスの砲撃がアークエンジェルに当たってたら、死傷者はどれくらいになったかな」

 キースの問い掛けに、カガリは答える事ができなかった。キースやフラガの実力は先ほどの戦闘で見せつけられている。自分が出ていかなくても戦局には何の影響もなかっただろう。いや、むしろキースの言う通り足を引っ張っただけだった。
 キースは体の力を抜くと、近くにいた兵にカガリを独房に放り込んでおく様に命じた。キラが文句を言うが、これが正規の軍人だったら銃殺ものだと言って黙らせる。そして、キースはキラ達を振り払うと格納庫から歩き去ってしまった。それに少し遅れて落ち込んでいるカガリを兵士が連れていく。

 キースとカガリが去った事で整備兵たちは自分の仕事に戻っていった。キラはフラガにキースの言ったことを問い掛けてみた。

「フラガ少佐、キースさんの言ったことは、正しいんでしょうか?」
「まあ、正しいと言うか、正論だな。言い方はきつかったけどな。だが、お嬢ちゃんを心配して言ってることは確かだぜ」
「それは、分かります」

 キラは頷いた。キースがカガリの身を心配しているのはよく分かる。だけど、あそこまできつい言い方をしなくてもしなくてもいいのではないだろうか。それを口にすると、フラガは小さく笑った。

「キラ、お前はまだ戦争の本当の酷さを知らないんだな」
「そんなことは・・・・・・いえ、そうかもしれません」

 キラは俯いた。自分はあの幼女達を守れなかった。あれはキラには心が壊れそうなほどに辛かったが、キースやフラガはそれ以上の酷い現実を見続けて来たのだろう。でなければキースのあの目は出来ないだろう。

「キース俺も、守ろうとしてるのさ。自分の手の届く範囲でな。トールやフレイを鍛えてたのも、少しでも生き残れる様にと考えてのことだ。お嬢ちゃんを殴ったのだってそうさ。本気で怒ったからな」
「フラガ少佐は、なんで戦うんです?」
「俺か・・・まあ、昔はいろいろあったが、今は仲間を守るためかな。そして早く戦争を終わらせたいからかな」

 それは、キラの戦う理由とも同じであった。もしかしたらキースと自分は似ているのかもしれない。だが、キラはどうしても違和感を感じてしまう。キースと自分にはなにか、決定的な違いを感じてしまうのだ。キースはなぜ戦いに身を投じたのだろう。何時か、その理由を聞いてみたかった。

 

 ようやくアークエンジェルはヨーロッパに向けて進路を取った。トリポリに出て、地中海を突破し、イタリア南端を掠めてブカレストを目指す。運がよければどこかで補給部隊を送ってもらえるかもしれない。
 果たして、キラ達を待つのは何なのだろうか。