第131章  余所者の定め


 

 プラントにはさまざまな陰謀が渦巻いている。エザリアは自分の政権を維持する為に、そして戦争を継続するために反対派を弾圧しているし、僅かとはいえ残っている穏健派はエザリアを引き摺り下ろそうと工作している。そしてジュセックらは囚われのパトリックを探し、そしてラクス派は自分の望む形で戦争を終わらせる為に勢力の拡大を続けている。だが、そんな中で一際深い闇で動く者たちも居た。
 かつてパトリックが進めさせていたコーディネイターの出生率を上げるための研究が行われていた施設で研究を行っていた技術者、ギルバート・デュランダルという男が居る。そして彼の邸宅には、今1人の男が訪れていた。クルーゼの側近であるゼム・グランバーレクだ。現在はエザリアの顧問のようなことをしている。
 ゼムはデュランダルと向かい合うように椅子に腰を降ろし、彼にいくつかの話を持ちかけていた。それを聞いたデュランダルは持っていたグラスの中のワインを揺らし、目を閉じて考え込んでいる。

「クルーゼの計画はそこまで進んでいるのか」
「はい、ザフトの弱体化が予想以上に速いのが気がかりですが、何とかなりましょう」
「……しかし、彼はラクス・クラインまで利用するつもりなのか。欲が深いな」
「利用できるものは利用するまで、そういう事です」
「ふむ、彼から見れば私も君も駒の1つか」
「そういう事です」

 デュランダルはグラスのワインを一口含み、そして面白そうに軽く肩を震わせた。それを見てゼムはデュランダルにひとつの質問をしてきた。

「貴方は我々の同志ではない。なのに、どうしてクルーゼ隊長との交友を続けられるのです。我らの目的も知っているでしょうに」

 人類を破滅させるのが最終目標であるクルーゼ派の目的を考えれば、破滅願望とは縁遠いデュランダルが協力してくれるのはおかしい。むしろ当局に通報して自分たちを逮捕するはずだ。もし彼が知っている事を話せば自分たちは間違いなくザフトによって殲滅されてしまう。
 だが、デュランダルは何故かおかしそうに肩を振るわせ続けていた。まるでその質問が愚問だとでも言うかのように。

「なに、私も興味があるのだよ。人は自分で未来を掴めるのか、それとも誰かが未来を決めてやら無くてはいけないのかね」
「貴方も、クルーゼ隊長と同様に怖い人ですね。世界を自分の理想の通りの姿にしたいのですか?」
「私だけではないさ、他にも居るだろう?」
「……まあ、そうですな」

 デュランダルの反論にゼムは肩を竦めてそれを認めた。そう、この世界には他にもそういう人間が結構居るのだ。
 そしてデュランダルは空になったグラスを置くと、足を組んでゼムに朗報を伝えてきた。

「そうそう、頼まれていたラクス・クラインの替え玉だが、理想の素材が見つかったよ。今処置を進めているところだ」
「そうですか。間に合いそうですかな?」
「それは戦局次第だな

 ゼムの嬉しそうな問いにデュランダルはそっけなく返した。彼にとっては別に重要な事ではないのだから当然だが、これがクルーゼの次なる手の1つとなる。エザリア政権を補強するために多少の小細工が必要になり、その為の工作を彼は進めていたのである。




 オーブの難民キャンプにたびたび足を運んでいたフレイは、ようやく自分を助けてくれた男の足取りを掴み、彼がよく居るというバラックを訪れていたのだが、そこでフレイは予想もしなかった人物と顔をあわせる事となった。何しろそこに居たのは歌手として有名なエレン・コナーズだったのだから。
 何故ここに居るのかと問われたエレンは笑って難民たちの慰問を請われてやってきて、逃げ遅れてしまったのだと答えている。

「小さい娘もいたし、下手に逃げ回るよりここに留まった方が良いと思ったのよ」
「そうですか……」

 エレンと向かい合うように腰を下ろしたフレイは安物の紅茶を口にして喉を湿らせ、そしてぐるりと室内を見回す。そこは世界的な歌手がすんでいるとは思えないほどみすぼらしい部屋であり、生活の苦しさが伺える。
 そこでフレイはオロファトの市街地に移らないかと薦めたのだが、エレンはそれを笑顔で拒否している。ここに居る人たちを見捨てていく事は出来ないし、今更どこに行っても同じだろうと答えている。だが、ここよりはまだ市街地の方が治安も衛生状態もマシだと言ってフレイは食い下がった。

「ジーナちゃん、でしたか。あの娘も危ないんですよ。私だって、その、ユーレクさんという人が通りかかってくれなかったら今頃は……」
「そうね、それは認めるわ。でも、私はここに留まります。あの子が戻ってこれる所はここしかないから」
「あの子? ここしか無いって?」
「あら、少しお喋りが過ぎたかしら」

 言われた事の意味が分からないフレイに、エレンは煙に巻くように曖昧な笑みを浮かべてごまかしに走ってきた。それを見たフレイは事情を聞きたいと思ったが、それを問う言葉は口から出てこなかった。こういう態度に出た大人は絶対に口を割らないと、これまでの経験でよく知っていたからだ。
 だあらフレイはぶすっとした顔で紅茶を口にしていたが、何故かどうしても引っかかるものを感じていた。あの誤魔化した時のエレンの目が、どこかで見た事があるように思えてならないのだ。

 どこでみたのだろうと首をかしげるフレイ。そのフレイの仕草に笑みを浮かべたエレンは、フレイに1つの質問をしてきた。

「フレイさん、貴女はどうして軍人に?」
「私、ですか? 私は……」

 その問いに、フレイは表情を翳らせて俯いてしまった。あれは自分の犯した過ちでしかなかった。だが全てを否定する気にもなれない動機でもあった。父親を失って狂気に憑かれていたとはいえ、あれは自分の本当の気持ちであったからだ。復讐心とは何者にも勝る強い衝動である。
 フレイが答えないのを見たエレンは、そう、とだけ呟いてそれ以上聞こうとはしてこなかった。彼女もまたゲリラに加わって戦場に身を置いた事があり、その出生もふざけた物だ。そんな彼女だから、フレイが軍に入った動機も何となく察する事が出来てしまった。そういう理由で戦場に来る者は、決して少なくは無いのだから。

 そんな事を話していると、1人の男が部屋へと入ってきた。脇に紙袋を抱えたつなぎ姿の男は、前にフレイを助けてくれたあの男、ユーレクであった。





 ラバウルに殺到するザフト。その先頭に立つのはアスランのジャスティスとフリーダム、フライトユニットを搭載したM1B、そしてグゥルに乗ったゲイツに乗ったゲイツとシグー3型だ。バスターを失った後、ディアッカには乗り手が無かったシグー3型が与えられていたのだ。この機体はその高性能ゆえに乗り手にも相応の腕が要求されるため、地上では乗りこなせるパイロットが少なかったという事情があった。
 ディアッカは数少ないこれを扱えるパイロットだったのだが、ディアッカ自身はこのシグーに乗って困り果ててしまっていた。バスターの防御力に慣れていた彼は、シグーの装甲が頼りなくて仕方がなかったのだ。しかもこのシグー、もう専用シールドの補給が無く、機動性の低下を覚悟してオーブ製のM1用シールドを装備している。まあこれは他のシグーやゲイツも同様になってきているのだが。
 突入したアスランたちの前にはスクランブルしてきたスカイグラスパー隊や、空戦パックにオーブの技術を投入して改良した新型ストライカーパック、ジェットストライカーを装備した105ダガーが出てきた。

「105ダガーか。だがスピードはこれまでのものより速い、改良してきたのか?」
「アスラン、どうする?」

 イザークのM1Bがジャスティスの隣に付く。それをみたアスランはにやりと笑うと、ビームライフルで前を指した。

「俺たちの仕事は防衛線に穴を開けて味方の突破を助ける事だろ!」
「となると、やっぱり正面突破か!?」

 アスランの回答に笑いながら返し、イザークが機体を敵に向けて加速させる。結局特務隊は何時も無茶をすることになるのだが、今回は極めつけの無茶の1つだろう。わざわざ迎撃に向かって少数機で突撃していくのだから。
 アスランとイザークが突っ込んで行くのを見たルナマリアが右手で頭を押さえて驚愕に目を見開いてしまった。あの2人は何を考えているのだ。

「ちょっと、隊長たちは死ぬ気なの!?」
「無茶をしなくちゃいけないのさ、援護しろルナ!」
「ジャックさん!?」
「あいつ、何時の間にあんなに熱血になったのかしら?」
「エルフィさん、私たちも行きましょう!」

 ジャックの下駄履きゲイツが敵部隊に突撃していき、それエルフィとシホが続いていく。それを見たルナマリアがまたまた仰天し、そして慌ててマルチロックオンシステムを起動する。

「ああもう、この隊に居たら命がいくつあっても足らないわよ!」
「慣れろルナ、この隊に居る限りこれからもずっとこうだぞ」
「別の部隊に転属したい、出来れば栄転で!」
「クルーゼ隊長にでも直訴するんだな」

 呆れた声を残してルナの隣に居たレイのゲイツが突入していく。そしてルナマリアが後方から援護射撃を開始した。彼女のフリーダムは装甲の修復が完了しておらず、今回は前に出るなと言われていたのだ。
 フリーダムの誇るマルチロックオンシステムが多数の目標を続けてロックし、そのうちから狙いやすい目標をコンピューターが選別して照準を合わせていく。そしてフリーダムの制圧砲撃が開始された。



 このフリーダムの援護射撃の中を7機のMSが駆け抜けていく。途中で立ち塞がろうとした少数のMSや戦闘機は容赦なく落とされ、洋上から対空攻撃をしてくる艦艇にも被害が続出していく。
 この特務隊の後に続いて多数のジンやゲイツ、ディンといったザフトMSが突入していく。その中には多数のM1やストライクダガーが含まれていて、更にこれらの部品を取り付けたキメラのようなジンやゲイツの姿も多い。いや、既にザフト製MSは本来の部品のみで動いている機体の方が珍しいという状態なのだ。ゲイツの多くにはジンの部品が使われているし、ビームライフルやシールドもほとんどがM1用のものに変わっている。補給が途絶えたことで本来のライフルやシールドが枯渇し、オーブで生産されるオプションを装備できるように改修されているのだ。
 皮肉な事にM1用の装備を与えられたゲイツは機動性が若干低下したものの、ライフルの小型化によって取り回しが大幅に改善され、大型のABシールドによって防御力も向上している。これによって攻防の性能は僅かだが向上していた。最も純正部品の枯渇によって機体毎に性能がばらつくという危険な状態なので、多少の改善など大した意味は無かったが。



 アスランたちが迎撃に出てきたMS隊を叩き落している間に、ザフトMS隊は輸送船団と物資集積所に襲い掛かろうとしていた。これを叩けばオーブへの侵攻そのものが困難となるし、集積されている物資を破壊すれば全てがやり直しとなる。
 だが、彼らの前には予想外の相手が立ちはだかっていた。周囲の洋上艦隊が湾外に退避しようとする中で、湾内に踏み止まって防空戦闘を続けている艦隊があったのだ。そのマストにはためく旗を拡大して確かめたアスランは驚愕してしまった。

「7色の地に海竜だと、アルビム連合か!?」

 7色はアルビム連合を結成する7つのスフィアを意味し、海竜は地球を示す。これは自分たちが地球の一員であると内外に主張する旗だ。その艦隊が輸送船団とザフトMS隊の間に割って入り、ザフトを迎え撃とうとしている。その後部甲板からは105ダガーが飛び立ち、迎撃の態勢をとっている。物資集積所の周辺ではロングダガー隊がやはり出てきていた。彼らは混乱から立ち直れないでいるラバウルの連合軍の中にあって、真っ先に組織的な迎撃を開始しようとしていた。
 これを見たクルーゼは不愉快そうに自分の前に出てきた105ダガーを睨み付けている。こいつらは自分の計算を狂わせ兼ねない危険な存在だからだ。ナチュラルとコーディネイターは互いに滅ぼし合ってもらわなくてはいけないのに、こんな所にそれを否定し、共存の道を探る連中が居るのだから。

「面白くないな」
「クルーゼ隊長、どうします?」

 アンテラのジャスティスがクルーゼのゲイツの隣に来る。クルーゼは彼女の問いに不機嫌そうな声ではっきりと答えていた。

「目障りだ、蹴散らせ!」
「了解しました」

 クルーゼの怒りの意味を理解しているアンテラは特に何も言わず、淡々とそれを受け入れた。クルーゼの命令を受けてアンテラが各部隊の号令を発し、ザフトMS部隊がアルビム連合のMS隊に向かっていく。
 同じコーディネイターでありながらプラントに弓引く裏切り者どもを決して許すな。それがザフトの考えであり、兵士たちの心情だ。その裏にはこれだけの力を持ちながら、どうして敵に回ったのだという疑問もある。これだけの戦力をプラントに貸してくれていれば、自分たちはここまで追い詰められる事も無かったのに。
 だが、クルーゼに怒りには別の意味もあった。そう、ここに同行してくれると思っていたもう1人のエースがこの場に居ないのだ。

「ユーレクめ、この作戦への参加を断りおって、奴が居ればこの程度の守りなど容易く蹴散らせたものを……」

 ユーレクは何故かこの作戦への参加を拒否していた。元々最高のコーディネイター、キラ・ヒビキ以外には興味を示さない男であり、彼が居ないのなら参加する気が起きないというのも分かるのだが、この場に居てくれればどれだけの戦力となった事か。



 そして、迎え撃つアルビム連合もまた必死だった。彼らには彼らなりに退けない事情がある。旗艦に座乗していた指揮官は部下の兵たちに悲壮な覚悟で命令を発していたのだ。

「全軍に告ぐ、退いてはならない。他の諸国軍が体勢を立て直すまで、なんとしても我々が食い止めるのだ。我々が地球で国を持ち、生きていく権利は言葉でも金でもなく、血で掴み取るしかない。我々が地球に生きる仲間である事を身を持って証明するのだ!」

 アズラエルの心変わりによってブルーコスモスの姿勢は微妙に変化し、アルビムなどの地球連合に協力的なコーディネイターには連合諸国は多少の寛容を見せるようになっている。だがそれはあくまで上位者の寛容であり、連合のコーディネイターたちはあくまで生きる事を許された奴隷に過ぎないのだ。
 この状態を打破しなくてはいけない。自分たちは敵ではなく味方なのだ。共に地球に生きていく人間なのだと認めてもらう事がアルビム連合に参加しているスフィアと、そこに生きるコーディネイターたちの悲願だった。

 だが、これは容易な事ではない。過去の歴史を振り返ってもこれは言葉や金では決して得る事は出来ない。白人が世界を支配した時代は話し合いで終わったのではなく、銃と血によって終わらせられた。植民地の住人は膨大な犠牲を支払って支配者たちを追い出し、独立を掴み取っている。WW2では日系部隊の活躍が有名だ。自由も平等も与えられるものではなく、自分で勝ち取らなくては意味が無いのだ。これはアルビム連合の中心であるアルビムの指導者、イタラの考えでもある。
 アルビム連合は自分たちの生存権をアズラエルの慈悲に縋るのではなく、鉄と血によって掴み取る道を選んだのだ。ジョージ・グレンから続いてきた憎悪と流血の連鎖を断ち切れるのは言葉ではなく、ただ鉄と血のみ。それが過去の歴史から学び取った解決策である。



 自分たちが仲間である事を身をもって示さなくてはいけない。地球を守る不退転の意思を身をもって示す事で故郷と家族、友人の安定を掴み取るという覚悟を持ったアルビム連合軍はクルーゼの想像を超える頑強ぶりを示した。アルビム連合軍はその強さで連合内でも定評があるが、それはこの死を恐れぬ覚悟から来ていたのだ。
 クルーゼは簡単に蹴散らせると考えていたアルビムのMSや艦隊がまったく退こうとしない事に焦りを見せ始めていた。時間は連合軍の味方であり、時が経てば経つほどザフトは不利になっていく。もし敵の主力が立ち直って反撃に出てきたら、逆にこちらが撃破されてしまうのだ。
 焦ったクルーゼは潜水艦隊に再度のミサイル攻撃を命じると共に、海中を進んでいるモラシムのMS隊はどうなっているかと洋上にカメラを向けて、そこに幾つもの水柱が立っているのを見てしまった。敵は海中でも迎撃に出てきていたのだ。

「おのれぇ、アルビム風情が……」

 自分の計算が崩壊していくのをクルーゼは実感していた。そしてその怒りを目の前を飛ぶ105ダガーに向け、ビームを続けて叩き込んでこれを叩き落してしまう。105ダガーはラミネート装甲の採用でビームには強いのだが、流石に何発も叩き込まれれば貫かれてしまう。
 クルーゼ以外でもアンテラのジャスティスは105ダガーの群れを蹴散らしているし、他のジンやゲイツも数に者を言わせて敵の数をすり減らしている。しかしザフト側の犠牲もゼロではなく、確実に1機、また1機と叩き落されている。既にザフトのパイロットは数で勝っていても敵を圧倒できなくなっているのだ。
 更に洋上艦艇からの対空砲火の弾幕も濃密だった。この戦争ではそれまで対空兵器の主力だったレーダー誘導のミサイルが極端に精度を低下させた為、光学や熱源、レーザーを用いた近接防空戦が主流となっている。当然対空ミサイルも近接戦闘用であり、長距離迎撃などは過去の物となった。 
 そんな時代にあって見直されたのが速射砲だった。従来の艦砲は時代遅れで、半ば伝統的に装備されていたに過ぎないのだが、ミサイルの効果の激減に伴ってこれが有効性を増す事になった。速射砲は中口径の砲弾を連射する事が出来るので空を飛ぶMSに当てる事が可能なのだ。MSは戦闘機ほど速くはないし、的も大きいので砲で狙い易い。従来の近接防御火器は30mm程度であり、流石にMSには効果が薄い事も艦砲の見直しに繋がった。
 アルビム連合の所有する艦艇は大西洋連邦のお古が中心であるが、時代に適応できるよう改修されているので、複数艦で速射砲による弾幕を張り巡らせる事が出来た。高速で飛来するリニアガンの砲弾はMSの薄い装甲など容易く貫通してしまう威力がある。
 ベテランなら対空砲火の弾幕を掻い潜る術を知っている。クルーゼたちは対空砲火に当たらないように巧みに動きながら目標を目指しているが、これが初陣という新兵や片手で数えるくらいしか実戦を経験していないパイロットは運に頼るしかなかった。彼らは定石どおりの回避運動さえ上手くこなせないのだから。
 グゥルに乗ったジンやゲイツが洋上艦艇を銃撃しようと降下していくが、艦砲の弾幕に囚われて砕かれるジンやゲイツが続出した。その多くは真っ直ぐしか進めない未熟なパイロットの機体だが、中には不運な一撃で落とされるベテランの機体もある。アルビムの洋上艦隊も損傷艦が続出しているが、ザフトMSの被害も馬鹿にならないものとなっていた。





 基地が大混乱に陥っている中で、アルビム連合の奮闘は確かに他の部隊の助けとなっていた。ドックで点検を受けていたアークエンジェルの艦橋ではマリューが慌しく指示を出し、サイとミリアリア、チャンドラが混乱している戦況で必死に情報を集めている。そして格納庫からはMS隊が出撃しようとしていたが、そこで問題がおきていた。格納庫からフラガが焦った顔で艦橋に報告を入れてきたのだ。

「おい、ステラが居ないぞ。どこに行ったか知らないか!?」
「ステラちゃんが!?」

 フラガの報告にマリューが驚いた声を上げたが、これにはミリアリアがあっさりと答えをくれた。

「あ、ステラだったらタケミカヅチに遊びに行きましたよ」
「……あ、そうなの」
「まあ、なら良いか。カガリならステラにM1貸しそうだし」

 ミリアリアの答えにマリューが脱力し、フラガがしょうがないなあという顔で納得する。そしてフラガはクライシスで出ると伝えて通信を切った。それを見たマリューはふうっと息を吐くと、サイに司令部との通信は繋がらないのかと聞いた。

「サイ君、司令部はまだでないの?」
「駄目です、回線が混乱していて、維持できません」
「しょうがないわね、第8任務部隊は独自の判断で迎撃を開始します」

 司令部が動けないのでは仕方が無いとマリューは呟き、独自に動く事にした。とはいえ艦は整備中で使えないので、艦載機を出して管制をするくらいしか出来ないのだが。ただ数次の改装によって指揮管制能力が大幅に向上しているアークエンジェルの管制能力は極めて高く、混乱する戦場にあってアークエンジェルの指揮に組み込まれていく部隊は多かった。本来なら越権行為であるが、前線ではしばしばこのような緊急処置が現場レベルの判断で行われる事がある。
 マリューはとにかく動ける部隊を取りまとめ、応急で再編成してアルフレットとフラガに預ける事にした。現場で指揮するとなるとやはりこの2人の大エースの信頼感が大きい。他の部隊のパイロットたちもこの2人の勇名には敬意を払うようで、指揮がしやすくなる。
 だが、投入できる部隊の事情はお寒い限りだった。他の部隊のMSの大半はストライクダガーであり、これに僅かな105ダガーやデュエルダガー、バスターダガーが含まれる。頼みの第8任務部隊も2機のクライシスはともかく、強化人間はオルガのカラミティが出れるだけで、後の4人はMSが整備中で訓練に使っていたストライクダガーを使うしかない。トールに至ってはアークエンジェルに戻ることが出来ず、新兵たちと共に防空壕に避難していた。
 だが、この迎撃戦の中で、敵情を把握しようと頑張っていたパルは、すぐにとんでもない事に気付いた。

「艦長、このこっちに向かってくる先頭集団、もしかしたらまたあいつらかもしれません」
「あいつらって、まさかGを盗んだ連中の事?」
「断定は出来ませんが、この手の強行突破はあいつら良くやってましたから。それに戦い方も」
「……もし本当にあいつらなら、面倒な事になるわね」

 自分たちを追撃してきたあのストーカー紛いの連中は毎回毎回手を出してきては叩きのめされて逃げ帰っていたのでともすれば雑魚っぽいという印象がアークエンジェルクルーにはあったりするが、あくまでアークエンジェルから見ての話で一般部隊が相手取れば大変な脅威なのだ。こんな状況で殴り込まれたらどれだけの被害が出るか分からない。

「MS隊は!?」
「アルビムのロングダガーが迎撃していますが、押されています。フラガ少佐とリンクス少佐の隊はまだ編成中!」

 MS管制をしているミリアリアがマリューの問いに答える。流石にジャスティスが相手ではロングダガーといえども苦しいらしい。マリューは苦々しく頷いてモニターに映し出された前線の様子を睨み付け、忌々しそうに呟いた。

「やってくれるじゃない、この代償は高くつくわよ」

 連合軍の一大集結地に喧嘩を売るなどという暴挙をやらかしてくれたのだ。こんな舐めた真似をしてくれた相手には相応の報いをくれてやらなくてはいけない。




 アルビム連合の激しい抵抗はザフトの予定を緒幅に狂わせている。この状況は地上でも同じだった。アスランたちを先頭に殴りこんだザフトは倉庫ブロックや地上施設に対する無差別攻撃を行おうとしていたのだが、彼らは高性能なロングダガーに苦しめられていた。元々強化人間用の機体であり、その性能はダガーとは思えないほど優れている。それがコーディネイターに操られて出てきたのだからたまったものではない。
 アスラン自身は3機のロングダガーを仕留めて行きがけの駄賃とばかりにドック施設を砲撃していたのだが、敵の想像を超える抵抗振りに舌を巻いていた。こいつらは完全に死兵だ。ここで倒されるのを躊躇わないから恐ろしく強い。

「これじゃこっちが押さえ込まれる。イザーク、そっちはどうだ!?」
「こっちも手一杯だ。こいつら逃げるって事を知らないのか!?」
「このままじゃ敵が立ち直るぞ!」

 ジャスティスが投じたビームブーメランがロングダガーの右腕を肩から切り落とし、擱座させてしまう。だがそれで周囲のMSが怯む様子は無く、包囲を崩す事も無い。その勇猛な戦いぶりには敵であっても賞賛したくなるほどだ。だが、どうしてという疑問がアスランにはあった。

「何故だ、どうしてお前たちはそこまでナチュラルのために戦うんだ。俺たちが侵略者だからなのか?」

 そんな疑問が僅かな隙を生んだのか、1機のロングダガーが突っ込んできてシールドチャージをしかけてきた。MSの重量にぶつかられたジャスティスはとっさにどの場に踏み止まり、両足が悲鳴を上げる。アスランもその衝撃に顔を顰めながら、相手に接触回線で質問をぶつけてしまった。

「どうしてお前たちは俺たちと戦うんだ。俺たちは敵じゃないだろう!?」
「黙れ、お前たちがこんな事しなければ俺たちが戦争する必要も無かったんだ!」
「先に手を出してきたのはナチュラルだ、ユニウス7の悲劇を忘れたのか!?」
「それはそっちの都合だ、俺たちには関係が無い。お前らのせいで俺たちは近くの街に出る事も出来なくなったんだぞ。俺たちが積み上げてきた物を叩き壊したのはお前らなんだよ!」

 ゼロ距離でイーゲルシュテルンが発射され、ジャスティスの機体表面に無数の火花が散る。その攻撃でジャスティスの装甲の一部に異常が発生し、コクピットに警報が鳴り響く。どうやら装甲の一部が撃ち抜かれたらしい。

「くそっ、修理が完全じゃなかったか!?」

 先の台湾戦のダメージが抜け切らない機体ではやはり無理があったらしい。イーゲルシュテルン程度に撃ち抜かれたのだからその部位の防御力はジン以下だったのだろう。ロングダガーの方は力比べを止めてビームサーベルを抜いて斬りかかろうとしている。それを確かめたアスランは咄嗟に左手を直接相手のコクピットに突き入れ、パイロットを殺す手に出た。接触回線で一瞬相手の悲鳴が聞こえ、その顔に苦渋の色が広がる。
 崩れ落ちたロングダガーを見下ろしてアスランはやりきれない思いを抱え込んでしまった。何で地球で同じコーディネイター同士が殺し合わねばならないのだ。この戦争はナチュラルが仕掛けてきたものなのに、なんで同胞同士が血を流さねばならないのだ。

「俺たちは、プラントの為に戦っているはずだ。でも、それはコーディネイターのための戦争とは違うというのか……」

 敵にもコーディネイターが居て、自分たちを敵だと言って攻撃してくる。これまで必死に否定したくて、でも常に目の前に突きつけられ続けてきたこの戦争の現実、それはプラントと地球という構図であった。本当はヘリオポリスの時にキラが敵に回った時にその可能性に気付くべきだったのだ。だがそれを否定し続けて、オーブでマユと会って、とうとう今日に至っている。結局、自分がやっていることは地球への侵略だったのだ。
 だが、もう止まる事は出来ない。戦況は最悪というしかないが指導部が戦争継続を叫んでいる以上は戦うしかないのだ。それに、ここで戦うのを止めればプラントは復讐の念に燃えるナチュラルによって滅ぼされかねない。フレイはブルーコスモスの盟主はそんな事は考えていないと言っていたが、それをそのまま信じるほどアスランは純真ではなかった。
 だが、割り切る事の出来ない葛藤は存在する。そんなもやもやとした物を抱えながらアスランはビームライフルの照準を新たなダガーに合わせるのだった。




 敵襲を受けてタケミカヅチに戻ろうとしたキラは、途中でM1に乗ったステラとヴァンガードに乗ったシンと合流する事が出来た。他にも数機のM1やダガーLの姿があり、どうやらすぐに出せるMSを洗いざらい出してきたようだ。

「シン、タケミカヅチは?」
「避難するとか言って出てったよ。俺たちは使えるMSに乗ってきただけ」
「よくヴァンガード動いたね。調整中じゃなかった?」
「調整が終わってて、丁度良いから乗ってって実戦テストしてくれって言われたんすけど、これ壊れたりしないっすよねえ?」
「さ、さあ、それはちょっと僕には……」

 なんだか酷く不安そうなシンの問い掛けにキラは引き攣りまくった声で返した。実のところ、ヴァンガードはクライシスをベースとした実験機という類であり、大西洋連邦で開発中の時期主力MSウィンダムの武装バリエーションのテストベッドという役割を負わされてもいる。要するにヘリオポリスの5機のGのように、複数の目的に分けた実験機を作ってデータを取り、量産型にそれを反映させるのが狙いなのだ。まあカタストロフィ・シリーズは対フリーダム、ジャスティス用という意味合いもあるので性能は破格であるが。
 この実験機というのは信頼性に難がある。いや、ヴァンガードの場合は信頼性云々以前に機械として問題があった気がしないでもないが、とにか何時壊れるか分からない。不具合箇所の不安もあるので出来れば使いたくは無い。キラのフリーダムとてオーブでの改修を受けた際に膨大な不具合箇所が洗い出されて改良されたのだから。
 だが、タケミカヅチが出港したということはフリーダムに乗り換える事は出来そうも無い。こうなればダガーLで頑張るかとキラが呟いた時、ステラが素っ頓狂な声を上げた。

「あれ?」
「どうしたの、ステラ?」
「さっきのおっきい平らな船、止まったよ?」
「止まった?」

 どういう事だと其方を見ると、確かにタケミカヅチは止まっていた。というか、なにやら船が喫水線より上に上がっていて、傾いているのではないだろうか。暫く悩んでいたキラであったが、その疑問にダガーLに乗っていたエドワードが答えてくれた。

「ひょっとして、座礁したのか?」



「おいこらトダカ、これはどういうことか納得いく説明をしろぉ!?」

 タケミカヅチの艦橋ではカガリが怒髪天を突く勢いで怒っていた。勿論タケミカヅチ艦長のトダカ一佐にそんな説明をしている余裕はなく、艦底部から届けられる被害報告に必死に対応していた。だが放っておかれたカガリの怒りは留まるところを知らず、今度はユウナにその矛先を向けてきた。

「ユウナ、これはどういうことだ!?」
「どうも座礁したみたいだねえ。多分サンゴ礁に乗り上げたんだろ。さっきからの報告を聞いてると、船底に穴が開いたみたいだし
ね」
「ざ、座礁だあ!?」
 オーブがその威信をかけて建造した国防の要、大型空母タケミカヅチは完成して初めての実戦で何をすることもなく、いきなり暗礁に乗り上げて動けなくなるという笑えない姿を晒す事になったらしい。まあ沈没ではないので工作艦を使って浮揚修理を施す事は可能だろうが、座礁するというのは船乗りにとってはかなり不名誉な事である。ちなみに、サンゴ礁は非常に鋭く、艦艇を容易くナイフのように切り裂いてしまう。
 そしてカガリは艦橋で怒鳴り散らしていた。まさか自分の乗艦が回避運動をしたら座礁して動けなくなるとは。これではカガリが怒るのも無理は無く、オーブにただ1隻残された主力艦艇を初陣でガラクタにしてくれたトダカにカガリは文句を言い続けていた。トダカにしてみてもこれでは言い訳の仕様がなく、カガリに言われるがままになっている。まあ初めて来た狭い湾でいきなり戦闘運動などやったのだから仕方が無いとも言えるのだが、トダカはそれは言わなかった。どんな事情があれ、座礁は船乗りの恥でしかないから。

 ユウナは怒鳴り散らすカガリを放っておいてやれやれと呆れ顔のまま通信仕官にティリングのホウライに通信を繋がせ、ティリングに後の指揮を任せることにした。

「悪いね准将、こっちは動けなくなったよ。これから司令部は地上に戻るから、艦隊の指揮を任せる」
「せっかくの大型空母が、何て様ですか」
「まあ、その辺りの愚痴はまた後でね。今は1隻でも多くの艦を守って欲しい」

 ユウナはティリングに後事を託して通信を切った。後を任されたティリングは苦みばしった顔のまま幕僚を振り返り、肩を落としている。

「どうも、オーブ艦隊の総旗艦になると祟られるようだな。ミズホは自爆して、タケミカヅチは座礁だ」
「そしてその度に司令が臨時指揮官にされて苦労を背負い込むわけですな」
「そのようだ、全く私も運が無い」

 どうしてこう面倒な仕事ばかり押し付けられるのだろうとぼやきつつ、ティリングはオーブ艦隊に湾外への退避を命じた。悪いが航空支援も水中部隊の支援も無い状況では座礁したタケミカヅチを守る事は出来ない。タケミカヅチの艦載機も艦が傾いてしまっては発艦は無理だろう。MSは出せる機体だけ出港前に出してきているはずだ。
 オーブ艦隊は座礁して動けなくなったタケミカヅチを置いて湾外へと逃れていく。それは旗艦とカガリを見捨てる行為であったが、幸いにしてザフトは座礁した艦艇になど目はくれなかった。座礁した艦はどうせ動けないので、まだ動いている艦艇を沈めた方が良いのだ。





 タケミカヅチが座礁したのを見たキラは仕方が無くオーブMS隊に湾岸への展開を命じた。悲しいかなここには正規の軍人扱いの人間ではキラが最上位だったのだ。実はキラ、カガリの身内贔屓で今では1尉の肩書きを貰っていたりする。まあ普段では馬場1尉が指揮を取ったりするのだが、今回は彼も居ない。だからキラが指示を出すという困った状況がおきてしまった。
 まあ通常の戦いであればキラの指示でも余り問題はないのだが、今回はいささか事情が違った。キラたちが向かった先には恐ろしく厄介な敵が居たのである。


 この頃にはアルビム連合の部隊は壊滅状態になっていた。空中に展開した105ダガーも水中のディープフォビドゥンも地上のロングダガー隊もその数を半数以下に減らし、洋上艦艇も多くが大破、撃沈されている。この被害を見た周囲の部隊はアルビム連合に後退する様に言っていたのだが、彼らはその場に留まり続けて頑強な抵抗を続けている。その余りのしぶとさにはさすがのクルーゼでさえ辟易していた。

「一体何がこいつらを動かすのだ、何故ここまでがんばれる!?」

 その異常な抵抗にクルーゼが苛立ちを言葉に乗せて吐き出し、狙った105ダガーにビームを叩き込む。だが105ダガーも簡単には当たってくれず、上下に機体を振って照準を外している。それにクルーゼが熱くなりかけたとき、いきなり近くに居た味方のゲイツが4機も落とされた。
 それが何かと思う間もなくコクピットに接近警報が鳴り響き、スカイグラスパー隊が上から下へと降下していく。とうとう空軍機が出てきたのだ。そしてその中に特徴的なエメラルドグリーンの輝きを発する機体を見て、クルーゼが忌々しげに怒鳴った。

「また貴様か、キーエンス・バゥアー!」

 フラガと共にある連合有数のアーマー乗りにして、最高のシップエース。それがまたしても邪魔をしてきたのだ。そして更に凶報は続く。

「クルーゼ隊長、新手です!」
「アンテラか、何を慌てている?」
「新手は例のクライシスを中心としたMS隊ですが、かなり速いです!」
「ちぃ、私とアンテラでクライシスを押さえるぞ。地上のアスランたちはまだ目的を達せられないのか!?」

 自分たちも輸送船団をなかなか叩けないでいるのだが、そんな事は知らないとばかりにアスランの不甲斐なさを詰るクルーゼ。それを聞いていたアンテラは眉間に皺を作って通信を切ると、迫り来る連合MS部隊に向かっていった。狙うのはエンディミオンの鷹の駆る紫のクライシスではなく、その隣を飛ぶもう1機のクライシスだ。



 そして地上ではアルビム連合が頑張っていた戦場に遅ればせながら守備隊のダガーや他の部隊のダガー、そして戦車部隊が援護に駆けつけようとしていた。アスランに率いられたザフトMS隊は建物の影から湧き出すように続々と現れる連合のMSや戦車に押し返されている。
 そんな中でもアスランのジャスティスを中心とする特務隊は頑張っていた。群がる連合MSを確実に撃ち減らし、敵を撃退していた。こういう状況で頼れるのはやはりフリーダムで、圧倒的な火力で敵機を目に付く傍から破壊している。更にその砲火の一部はドック施設に及んでおり、いくつかのドックを含む湾口施設に被害を与えていた。そのうちの何発かは偶然にもアークエンジェルのドックを直撃し、貫通したビームや砲弾がアークエンジェルの船体に被害を与えるなどのラッキーヒットもあった。
 ただ、いい加減残弾の欠乏が見えてきていた。ジャスティスとフリーダム以外のMSはバッテリーも心配しなくてはいけない所まで来ている。ここにいたって限界を感じてきたフィリスがアスランの傍に来て撤退を進言してきた。

「ザラ隊長、これ以上は危険です。もう弾もバッテリー残量もありません。敵も立ち直ってきていますよ」
「分かってるが、クルーゼ隊長から撤退の指示が無いんだ」
「こちらから進言するべきです。潜水母艦が沈められたら降伏するしかなくなります!」

 フィリスの進言にアスランは少し迷った。クルーゼは話の分からない男ではないが、どちらかというと部下からの進言に不機嫌になるタイプだ。特に最近はそういう傾向が強くなっているように感じるので、アスランが進言しても聞き入れてくれるかどうかと思ったのだ。だが悩んでいてもいい考えは浮かばず、フィリスの薦めに従って通信を入れようかと思ったとき、いきなり事態が急変した。

「隊長、カラミティ型です!」
「何だと!?」

 エルフィの悲鳴のような声にアスランが慌てて周囲を確認すると、洋上を1機のカラミティがホバーで駆けながら周囲の味方を手当たり次第に砲撃している。他にも数機のマローダーが出てきてカラミティを援護するように展開し、味方を掃射している。あんなMSがまだ居たのだ。
 空にはクライシスの姿もあり、ラバウル基地が反撃に転じてきたのが分かる。これ以上は不味いと感じたアスランは急いでクルーゼに通信を繋いだ。

「クルーゼ隊長、敵の反撃が激しさを増しています。これ以上の交戦は危険です!」

 このままではこちらの被害も凄まじい物となる事を感じとったアスランはそう言ったが、クルーゼの答えはアスランの期待を裏切るものであった。いや、ある意味予想通りというべきだろうか。

「ここまで来て何を言っている。ここで敵に多少でもダメージを与えておかないと、オーブに侵攻してくる。いや、一気にカーペンタリアまで抜かれるかもしれんぞ!」
「ですが、我々が全滅してはオーブの防衛そのものが困難に……」
「とにかく、お前は集積された物資を焼き払え。それがお前の仕事だ!」

 そう言ってクルーゼは通信を切ってしまった。アスランは雑音だけとなった通信機に呆然とした視線を向けていたが、すぐに気を取り直すとサブカメラにラバウル基地の地図を表示させて物資が集積されていると考えられる倉庫を表示させた。

「ここからだとまだ距離があるな。敵も集まってきてるし、行ったら戻れるかどうか」

 それでもあそこを叩けばオーブに敵が来るのを暫く遅れさせる事が可能かもしれない。だがそれをアスランがイザークとフィリスに伝えたら、2人がそろって反対してきて面食らってしまった。

「俺は反対だぞ、お前が死んだら誰が指揮を取る!?」
「そうです、指揮官が死に急がないでください。それでしたら私が突っ込みます!」
「だが、お前たちの機体ではたどり着く事も出来ないぞ。それともルナマリアを突っ込ませる気か?」

 M1やゲイツでは死にに行くだけだ。幾ら2人の技量が凄くてもこればかりはどうしようもない。だが、それにイザークたちが反論するよりも先に1機なりフィリスのゲイツが直撃を受けて仰け反った。

「フィリス、大丈夫か!?」
「……胸部に直撃を受けました。操縦系統に異常発生、脱出します!」
「分かった、イザークに拾ってもらえ!」

 フィリスが落とされた。それでようやく頭が冷えたアスランは味方の残存機を確かめ、既に味方も全滅状態なのをたしかめて愕然としてしまった。気付かないうちに戦況はここまで悪化していたのか。
 もう迷っている暇は無い。そう決断したアスランは、イザークに命令を出した。

「イザーク、全員を母艦に撤退させてくれ。俺が集積地を叩いてくる!」
「おい待て、無茶だアスラン!」
「これ以上ここに留まったら撤退も出来なくなる。これしかないんだ。後は頼んだぞ、イザーク!」

 そう言ってアスランは飛び出した。それを見たイザークはアスランの無鉄砲ぶりに文句を怒鳴り散らしたが、すぐにそれを収めると言われた通り自分たちに付いてきた全軍に撤退を命じた。

 そして地上を一気にホバーで駆け抜けようとしたアスランだったが、数機のダガーを仕留めたところで厄介な敵にぶつかってしまった。そこにはM1を含んだ新たなMS対が居たのだ。

「M1、オーブの部隊か!?」
「ジャスティスだって!?」

 先頭に居たキラのダガーLが慌ててビームライフルを向けるが、僅かな時間で懐に入ってきたジャスティスのビームサーベルの一閃でライフルを両断されてしまった。そのスピードに驚く間もなくシールドで殴られ、弾き飛ばされてしまう。フレイのM1の時もそうだったが、ジャスティスとM1やダガーLでは勝負にならないほどの性能差があるらしい。
 吹き飛ばされたキラに変わってステラとエドワードのM1が挑んだが、この2機もまるで歯が立たなかった。エドワードはシールドを頭部に突きこまれて潰されて戦闘不能になり、ステラのM1はジャスティスの体当たりをシールドで受けたものの、そのまま押し込まれて踏ん張っていた左足が圧し折れ、転がってしまっている。

「強い、まさかアスランなのか?」

 ダガーLを起き上がらせたキラが軽く頭を振って正気に戻らせる。ジャスティスとはこれまでも幾度か交戦しているが、ここまで速いジャスティスはキラの知る限り1機しか居ないのだ。
 この圧倒的な強さに他のオーブMSが怯みを見せて下がりだす。それを見たアスランは相手を更に怯えさせるために転がっているM1の胴体部を踏み砕こうとした。何時もならここまで残酷な攻撃はしないのだが、この状況ではハッタリの意味で効果がある。
 ジャスティスのパワーならM1の装甲など容易く踏み抜ける。その証拠にM1の装甲はたちまち悲鳴を上げ、中に居るステラは恐怖の悲鳴を上げている。それを聞いたキラが慌ててビームサーベルを抜いて助けにこうとした時、その横を1つの巨大な砲弾が通過していった。そしてそれは正確にジャスティスを捉え、これを吹き飛ばしたのである。

「何だ、クライシスか!?」

 連合のMSは多種多様だが、ジャスティスを吹き飛ばせるようなパワーを持つのはクライシスだけのはずだ。ならばまた新手のクライシスが出てきたのかと思ったアスランだったが、そこに現れたのはクライシスではなく、オリオンのように槍を装備した、だが全く違う新型機であった。そう、シンのヴァンガードだ。見ればその槍に抉られたのか、ジャスティスのシールドが無残にも大穴を開けられている。
 そしてシンはステラのM1を庇うようにジャスティスとの間に機体を割り込ませると、突撃槍とシールドを構えなおした。

「こいつ、女の子踏み潰そうなんて、とんでもない奴だ!」
「あ……シン?」
「大丈夫ステラ、動けるなら退いてくれ」
「う、うん!」

 ステラのM1が動き出し、後ろに下がっていく。だがダメージは大きいのか、頼りない動きだ。それを後部カメラで確かめたシンは、ジャスティスの動きに注意しながらキラにここは任せろと言った。

「キラさん、こいつの相手は俺がする。ヴァンガードなら戦えるはずだから」
「シン……大丈夫かい?」
「キラさんがフリーダム使えないんじゃ、俺がやるしかないでしょ。何とかしますよ!」

 威勢の良いシンにキラは少し考えたが、M1やダガーLでは足手まといにしかならないのでシンの言葉に従うことにした。アスランのジャスティスはオーブ本土戦でフレイのM1を真っ向勝負で圧倒したのだ。模擬戦では自分とフレイはM1でほとんど互角だったのだから、自分がこのクラスのMSで戦えば同じ結果になるだろう。
 キラはシンの言葉に頷くと、仲間にここを迂回するように行ってダガーLをヴァンガードの隣に移動させた。

「キラさん?」
「僕は残るよ、シン1人じゃ心配だしね」
「ああ、そうですか。どうせ俺はヒヨッコですよ」

 キラの言葉にすねたような声で返すシン。それを聞いたキラは苦笑し、そしてジャスティスを見た。これは自分の意地のようなものなのだ。アスランが目の前に居るのなら、.一戦もせずに逃げる事は出来ない。黙って通り過ぎるには2人の間には色々な事がもう多すぎるのだから。




後書き

ジム改 哀れ、オーブ軍。
ユウナ 他人事みたいに言ってくれるねえ、諸悪の根源の癖に。
ジム改 またカガリじゃないのか?
ユウナ いや、今ちょっと私的制裁の嵐が吹き荒れてるから。
ジム改 …………
ユウナ タケミカヅチは高いんだぞ。あれが無いとうちは政治的に不味いんだ。
ジム改 まあ、オーブに空母は分不相応だろう。無茶苦茶高いし。
ユウナ ところで、今後どうなるんだい?
ジム改 とりあえず損害しだいでオーブ戦は延期だな。
ユウナ 無傷ではなんだよな?
ジム改 流石に無傷って事は無いねえ。全ての攻撃を完璧に防ぐ事は不可能だし。
ユウナ まあ、ザフト側の被害も馬鹿に出来ないけどね。
ユウナ 僕は早くオーブに帰って自分の枕で寝たいんだけどねえ。
ジム改 ……枕ってな。
ユウナ いや、枕ってのは重要だよ。
ジム改 それは認めるけどね。それでは次回、反撃に出た連合にザフトは劣勢を強いられる。クルーゼの命令を無視するアスランだったが、キラとシンに邪魔されて後退がおぼつかない。そして宇宙では連合の艦隊を襲撃して回る海賊騒動が起きていた。次回「クルーゼの敗北」でお会いしましょう。

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