第133章  再会は突然に


 

 オーブに帰還したザフトは直ちに戦力の再編成に入ったが、指揮を取ったジュディはその消耗した戦力に暗澹たる思いに囚われてしまった。先の奇襲に参加した部隊の消耗は3割を超えるほどで、もう戦闘に使用できない機体を含めれば損害は半数を超えるという甚大なものとなっている。まあ、その中には規格の合わない部品を使った事による機体の故障もあったりするが。
 グリアノスを手伝っていたフィリスとシホ、ジャックも困り果てていた。オーブの兵力を限界まで削って実行されたラバウル奇襲作戦がこんな形で失敗したのだから当然だが、残存戦力ではザフトはオーブの防衛も不可能と言わざるを得ない有様となってしまったのだ。
 この被害を集計した報告書を手にしたエルフィはトホホ顔でグリアノスにそれを手渡してきた。それを受け取って目を通したグリアノスも流石に表情を曇らせている。

「まさか、ここまで酷い状況とはな。クルーゼの賭けは高くついたか」
「はい、現在オーブ防衛線に配備されている稼動MSは100機に届きません。頼みの綱はオーブ軍から鹵獲した戦車と戦闘機です」
「連合の戦力はどれくらいだったかな?」
「敵信傍受から得られた情報をみると、空母1隻を含む20隻ほど戦闘艦と輸送艦40隻ほどが被害を受けて脱落したようですから、1個艦隊相当が消えたと判断できます。これを見ればラバウル奇襲もそれなりの戦果かを上げたように思えますが、まだ空母を中心とする機動艦隊が3つ、それに続いて揚陸船団と護衛艦隊、補給艦隊がありますから、総数はこちらの何倍になるか」
「ようするに、敵は沢山って事ね」

 グリアノスの求めに応じて報告書を読み上げるフィリスであったが、それを聞いたグリアノスは言葉をなくして空を見上げてしまい、代わりにジャックが皮肉さを交えて感想を口にした。
 実際、ラバウルで作戦行動可能な艦艇は大西洋連邦と極東連合という世界第1位、そして第3位の海軍大国が参加する作戦で、ここにさらに赤道連合やアルビム連合といった国々の艦隊も集まり、総数はまだ200隻近い数が残っている。こんな大艦隊が大挙して押し寄せてきたら在オーブザフトなど容易く殲滅されてしまうだろう。
 もうオーブは守りきれない。その事が認識できてしまった4人は流石に何も口にすることが出来ず、重苦しい空気の中でただ黙り込むだけとなっしまった。



 この救いようの無い状況にあって、クルーゼはジュディとアスランに新たな作戦の通達を出していた。新たな作戦と聞かされた2人は最初焦りと苛立ちを見せたが、その内容を聞かされて表情を緩めた。それはオーブからの撤退作戦だったからだ。
 クルーゼの部屋には副官とも言えるアンテラがいるが、これはまあ問題は無い。だがその部屋にはもう1人、窓際で佇む傭兵がいるのが些か奇異ではあったが、クルーゼもアンテラも全く気にしていないことから2人もその事に関してはなにも言わなかった。

「オーブを放棄する。ラバウルの連合軍に十分なダメージが与えられなかった以上、ここを守りきる事は不可能だ。敵が来る前に兵を退く」
「賛成します、今の戦力では防衛は自殺と同義ですから」

 クルーゼの言葉にジュディが全面的に賛成するのは初めての事ではなかろうか。だが、クルーゼの話は終わっていなかった。いや、むしろここからが本題と言える。オーブからの撤退の時間を稼ぐためにクルーゼは連合の足を止める必要があると言うのだ。これは自分たちに敵を足止めする攻撃をしろということかと2人は思ったが、クルーゼはそんな事は言わなかった。

「ジュディ・アンヌマリー、君はオーブ内から全ての物資を集め、脱出シャトルに詰め込んでおいてくれたまえ。兵員も脱出準備を始めさせるんだ」
「分かりました」
「アスラン、君には連合の足止めをするための使者となってもらうぞ」
「は、使者ですか?」

 いきなり何の話だと思ったアスランだったが、それをクルーゼに説明されてアスランは顔色を青褪めさせてしまった。

「連合軍はトラック泊地から艦隊を呼び寄せているようだ。これが合流次第オーブに侵攻してくるだろう。君はその前にラバウルに飛び、連合軍との交渉に当たってもらう」
「交渉と言われても、どうやってですか。こちらには取引材料がありませんが?」

 現在の連合軍に対して自分たちにどのような取引材料を提示出来ると言うのだ。自分たちはもう俎板の上の鯉にも等しいほど無力で、連合軍は暴風などの天災にも等しいほどの圧倒的な力を持っている。この連合軍に対して、クルーゼはどのような取引材料を提示するつもりなのだ。
 この質問に対し、クルーゼは驚くべき回答を返してきた。

「材料はオーブの国土そのものだ。もし交渉に応じなければ、我々はオーブ全土を焦土に変えて見せる」
「ちょ、ちょっと待ってください。それはオノゴロ島以外の島も戦場とするという事ですか!?」
「その通りだ、奴らには草1本渡さんよ。オーブ人全てが人質となるさ」
「そんな事をしたら、ユニウス7を何十倍にも拡大した惨劇となりますよ!?」

 オーブ本土には何百万という人間が狭い国土にひしめく様に住んでいる。そんなところで決戦など挑んだら市街地が全て破壊されてしまうだろう。確かにここまで出せば連合も譲歩するかもしれない。今ではオーブ残党が自由オーブ軍と名乗って連合に参加しており、彼らが難色を示す事は確実だからだ。
 大西洋連邦辺りが自由オーブ軍の考えを無視して攻撃に踏み切る可能性はあるが、連合軍という性格を考えれば同盟勢力の考えを完全に無視する事も無いよう思える。
 ただ、この交渉はアスランの良心を著しく刺激した。幾らなんでも民間人と占領地の現地資産を人質にして交渉を行うなど、卑怯にもほどがあると思ったのだ。戦争には確かに卑怯はない、卑怯などと言っている方が馬鹿を見るという状況ではある。だが、それでもルールはあるのだ。それを無視すれば戦争は際限の無い暴力の応酬となり、収拾のつかないものとなってしまう。
 だが、クルーゼはアスランの反対を退けてサイド命令をしてきた。

「アスラン、これは命令だ。オーブ自治政府の人間を同行させるから、すぐに出立したまえ」
「……機体はどうしますか?」
「流石にジャスティスは不味いだろうから、輸送機を使いたまえ。あらかじめ連絡は入れておくが、念の為機体には赤十字マークを入れてこう。悪いが護衛は途中までしか付けられん」

 残念ながらラプターでは到底ラバウルまで届かない。この輸送機は丸裸でラバウルに行くことになる。断る事が出来ないと悟ったアスランは渋々これを引き受け、すぐにその準備にかかるために部屋を後にした。それに続いてジュディも退出していき、部屋にはクルーゼとアンテラとユーレクが残された。
 クルーゼは仮面を外して目頭を押さえると、アンテラに別の指示を与えた。

「アンテラ、モルゲンレーテ本社の地下に設置した核弾頭、いつでも起爆できるようにしておいてくれ」
「あれを使うつもりですか? ですが、先ほどアスランに伝えた条件では……」
「方便だよ。あれで時間を稼ぎ、我々が脱出後にカグヤごとオーブを吹き飛ばすのだ。オーブのインフラを残しておけば我々にとって必ず災厄となる」
「それはそうですが……」

 どうにも気が進まない様子のアンテラに、クルーゼは再度命令を伝え、アンテラが仕方無さそうに頷いて退室していく。それを見送ったユーレクが冷たいまなざしをクルーゼに向けていた。

「核か、そんな物を勝手に使用すればプラントでの立場が不味くなるのではないのか?」
「何、ブルーネストを考えればカグヤを渡すわけにもいかんからな。その辺を理由にすれば何とでも言い訳は出来る」
「……全てが自分の思い通りに進むとは思わん方が良いのではないか?」
「君が私の心配をする必要は無いさ。君はただ、敵を食い止めてくれれば良い」
「…………」

 ユーレクは小さく呆れた吐息を漏らすと、クルーゼに背を向けて部屋から出て行ってしまった。それを見送ったクルーゼはやや疲れを感じさせる動作で仮面を身に付け、視線を窓の外へ向ける。

「君と違って時間が無いのだよ、私にはね」

 それは誰に向けた呟き出会ったのだろうか、クルーゼの漏らした言葉に答える者は無く、室内にはそれっきり沈黙が垂れ込めることとなった。






 ザフトから交渉を持ちかけられたラバウル基地ではどうするかで話し合いが行われた。これは謀略であり、ザフトの時間稼ぎに過ぎないとする者もいれば、単に降伏条件の確認に来るだけではないかと楽観的な見通しをする者もいる。とりあえず受け入れるかどうかが焦点となったが、結局これは受け入れる事となった。話し合い自体は別に損ではないし、相手の出方を見るのも悪くは無い。どうせ出撃にはまだ1日はかかるのだ。
 許可された事で早速輸送機に乗ってアスランはラバウル基地へとやってきた。随員はオーブ自治政府から派遣されたスケープゴートの木っ端役人が2人に、アスランの副官であるエルフィの3人である。護衛を付けようかとジュディが言ったのだが、アスランは敵地に行くのだから、相手にその気があったら護衛など何百人いても無駄だと告げて最小限の人数で行くと答えて出立して来た。
 この輸送機は昼ごろにラバウルの飛行場に降り立っている。途中からは連合のスカイグラスパー戦闘機が護衛をして飛行場まで先導してきたのだが、護衛されていた側は正直何時攻撃されるかと気が気でなかったらしい。





 出撃準備が進められるラバウル基地では、忙しい人たちは死にそうなほど忙しかったのだが、暇な人たちは本当に暇そうにしていた。もっぱら死ぬほど忙しいのはマリュ−やナタルたちで、暇そうにしているのは戦闘以外に仕事が無い強化人間たちや、準備がとっくに終わってしまっている連中であった。
 そんな中で暇そうにしていたアウルとスティングはアークエンジェルの格納庫上甲板でパラソルを立て、椅子に腰掛けて最後の休暇を楽しんでいたりする。ぶっちゃけやることが無いのだ。アウルは暇そうにジュースに挿したストローからジュースを啜り、スティングは雑誌に視線を落としている。

「なんつうか、暇だな。他の奴らは何してんだ?」
「ムウは司令部に行ってる。艦長たちは出港準備の指揮をしてる。オルガはシャニとクロトを連れて暇つぶしに訓練をしてるよ」
「ステラはどこ行ったのさ?」
「さあな、俺も聞いてない」

 なんだか愚痴っぽいアウルの問い掛けに気の無さそうな返事を返すスティング。それでも一応答えているのは彼の人の良さだろうか。
 だが、そんな2人の耳にどこかで聞いたような声が聞こえてきた。

「シン〜、海でバーベキューするの、早く行こ〜!」
「待ってってば、まだキースさんたち来てないだろ」
「先に行くの、待ってると暇だから!」

 どうやら海岸でオーブ軍の連中が騒ぐつもりらしい。あちらはもう準備が終わったのだろうか。だが、それを見たアウルがなんだか不機嫌そうな声を出してスティングにあいつは誰かと聞いてきた。

「なあ、あいつ誰だよ?」
「確かオーブのパイロットで、ステラの知り合いだったな。最近はよく一緒に居るのを見る」
「何でステラがあいつと一緒に居るんだよ?」
「俺が知るわけないだろ、直接あいつに聞けよ」

 不機嫌そうなアウルに感化されたのか、スティングまで不機嫌そうな声で返す。それで場の雰囲気が一気に悪くなりかけたのだが、その場に現れれた第3者がとんでもない事を言い放ってくれた。

「ふふふ、焼いてるわねお2人さん」

 突然すぐ傍からかけられた声にアウルとスティングがビックリして其方を見る。そこにはいつの間にかやってきていたミリアリアが居て、勝手に余っている椅子に腰掛けて予備のグラスにジュースを注いでいる。一体何時の間にここに来たのだと2人が驚いている。

「まあ気持ちは分かるけど、焼餅はみっともないわよ?」
「誰が焼餅だ、馬鹿なこと言うなよな」
「まあまあ、ムキにならないならない」

 ミリアリアにからかわれてムキになって反論するアウル。それを見たミリアリアは心底楽しそうに笑っていて、ますますアウルが怒っている。
 そんな2人を見て呆気に取られていたスティングに隣にトールがやってきて、軽く詫びを入れてきた。

「悪い、ミリィはこういう話に目がなくてね」
「何だ、お前らも暇組みか?」
「もう仕事は終わったからね。後は出撃を待つだけさ」

 そしてトールはまだ下の方で騒いでいるステラたちを見降ろし、表情を綻ばせていた。

「良かったじゃんか、ステラにも同年代の友達が出来たみたいで」
「別にあいつが誰と何してようが、俺には関係ない」
「そうか、その割には何時も心配してあれこれ気を使ってたみたいだけど?」
「ぐ……」

 トールに突っ込まれたスティングは雑誌で顔を隠してしまった。それを見たトールは苦笑を浮かべ、視線を海の方に向けた。順調に行けば明日にも出撃するはずであり、今日が最後の休暇となるだろう。
 今度の戦いはこれまでとは意味が違う。自分の故郷であるオーブを取り戻すための戦いなのだ。そう考えると、これまでよりも随分と気が楽になってくる。やはり大義名分とは重要なのだ。何のために戦うのかがより明白になり、士気の向上に繋がる。
 甲板の上で背筋を伸ばしながら、今日はミリィを誘ってどこかに行こうかな、何て事をトールは考え出していた。戦争に行く前くらい、羽目を外しても怒る者は居ないだろうから。

 


 アスランたちが降り立った飛行場にはご丁寧にもストライクダガーが6機も遠巻きに配備されていて、ビームライフルの照準をこちらに向けている。たかが輸送機1機にご大層な事だとアスランなどは思ったが、同行しているオーブの文官2人は血の気を無くしていた。まあ彼らにこういう場所で気丈に振舞う胆力を求めるのは無理があるから仕方が無い。
 飛行場に降りたアスランとエルフィ、そしてオーブの役人2人の前に護送用の車が止められ、武装した兵士と仕官が降りてきてこの車に分かれて乗れと言われ、それに素直に従って分乗していく。1人が1台に乗り、左右に武装した兵士がつくというなんとも物々しい状態であるが、コーディネイターの戦闘能力を考えればおかしいと笑うことも出来まい。なお、この車は完全防弾使用で下手な装甲車並の防御力を持っている。
 4人を乗せた車はラバウル基地司令部ビルの前で止まり、4人は左右を兵士に挟まれた状態で中へと通される。その集団に職員が奇異の視線を向けてくるが、代表であるアスランは全く我関せずを決め込んでいた。むしろその後ろを歩くエルフィや同行してきた役人の方が萎縮してしまっている。
 そして彼らが通された会議室には、いかにも偉そうな軍人が5人とスーツ姿の男、オーブの軍服を来た士官が2人腰掛けていた。ここまで自分たちを連れてきた兵士たちは敬礼を残して部屋から出て行き、後には連れてこられた4人が残される。その4人に、軍服姿の眼光の鋭い仕官が椅子に座るよう薦めてきた。

「そんな所に立っていないで、座ったらどうかね」
「…………」

 それにアスランは無言で頷き、椅子を引いて腰掛けた。それに続いてエルフィたちも腰掛けたのだが、エルフィは目の前のマフィアのようなスーツを着たどう見ても怪しい男が怖くて仕方がなかった。
 そして、アスランは目の前にいる椅子を勧めてきた長身痩躯の男に対して口を開いた。

「ザフト特務隊隊長、アスラン・ザラです」
「大西洋連邦軍所属、オーブ解放軍作戦参謀のウィリアム・サザーランド准将だ。君の話す相手は私ではなく、其方におられる自由オーブ軍代表にしてオーブ解放軍総司令官のカガリ・ユラ・アスハ代表だろう」
「カガリ・ユラ・アスハ代表?」

 サザーランドにそう言われて彼が示した方を見たアスランは、そこに座っている金髪の自分と年がそう変わらないであろう女性を見て、記憶の奥深くからこみ上げてくる違和感を感じて首を傾げてしまった。何故だか見覚えがあるような気がしたのだ。しかも何故か顎に鈍痛を感じる。

「失礼ですが、アスハ代表はどこかで私とお会いした事がありましたか?」
「いや、私は見たこと無いぞ」

 自分の質問を一言で切って捨てるカガリに、アスランは気のせいかと思い直して交渉を切り出すことにした。

「実は、ザフトにはオーブを無血開城する意思があります」
「何だと!?」

 その言葉にカガリが驚いて腰を浮かしたが、それをユウナが肩を押さえて静止し、そしてわざとらしく咳払いをしてユウナがアスランにどういうことかを問うた。

「オーブを無血開城ね。それはありがたいんだけど、条件は何かな?」
「オーブ駐屯のザフトが撤退するまで、攻撃を延期していただきたいのです」
「それは虫が良すぎるよ。こちらは君たちを短時間で殲滅するのに十分すぎるだけの戦力を持ってる」

 アスランの出した条件を話しにならないと笑い飛ばすユウナに、他の軍人たちも同感だと言うように頷いている。それは当然だろう。確かにオーブを戦場にするのは連合にとっても嬉しい話ではないのだが、だからといってここでザフトを無傷で宇宙に帰せばそのツケは大きな物となって宇宙での戦いで返ってくる。弱った敵は後顧の憂いが残らないよう止めを刺すのが常識なのだ。
 だが、この条件をすんなり連合が受け入れる筈が無い事も当然であり、ザフトがそれを理解してない筈が無い。問題なのはこの先の話なのだ。アスランは気が進まない表情でクルーゼの言った話を目の前の参列者に告げた。

「クルーゼ隊長は、この提案が受け入れられない場合にはオーブ全土を用いた焦土作戦も辞さない決意を固めておられます。玉砕を覚悟した戦いを考えておられました」
「焦土作戦だと、オーブを灰にするつもりか!?」

 それには流石にカガリが激昂し、ユウナも顔色を変えた。オーブ全土を焦土に変えるなどというのはオーブ人である彼らには到底容認できる事ではない。これが大西洋連邦やユーラシア連邦のような広大な領土を持つ大国ならば焦土作戦は意味がある。広大な縦深を確保できる国なら占領された地域のインフラを完全破壊し、占領軍に与えるメリットをゼロにする事は大きな意味があるからだ。特に補給線が細く、現地調達に頼る面があるザフトはこの手を使われるとかなり困る。
 だがオーブは島国だ。その領土は狭く、インフラを破壊されれば再建は著しく困難となる。何しろワンセットしかないので、別の土地にあるインフラを使って再建資金を稼ぐという事が出来ないからだ。
 この脅しには流石にカガリもユウナも困り果て、どうしたものかと連合軍の高官たちと顔を見合わせている。この弱気な態度にアスランが内心上手く譲歩を引き出せるかと安堵しかけたのだが、その安堵を同席していた私服の男が打ち砕いた。

「まあ、オーブのインフラが破壊されてもうちが再建事業を手がけますけどね」
「貴方は?」
「ああ、これは失礼を。私は連合軍需産業理事を務めていますムルタ・アズラエルといいます。君にはブルーコスモスの総帥と名乗った方が分かり易いでしょうかね?」
「ブルーコスモスの総帥!?」

 その自己紹介にアスランが驚愕の声を上げ、エルフィがガタガタと震えだす。ブルーコスモスの総帥といえばコーディネイターにとっては最も憎むべき存在であり、同時に最も恐ろしい存在だ。これまでにどれほどのコーディネイターがブルーコスモスのテロに倒れただろうか。ユニウス7の悲劇もブルーコスモスの暴走だと言われているくらいだ。
 激発するかと懸念したサザーランドが警備の兵に目配りして飛びかかれるように待機させるが、幸いにしてアスランは激発する事は無かった。大きく肩を上下させ、内心の嵐を懸命に鎮めたアスランは意識して落ち着いた声を出す。

「オーブを貴方が再建させると?」
「ええ。どうせ戦後は再建事業がスタートしますからね。オーブにもそれなりの支援が行われるでしょうから、私には新しいビジネスチャンスが訪れるわけです」
「そこに住んでいた人々は戻りませんが?」

 物は直せても失われた命は戻らない。そういうアスランに、アズラエルは薄笑いを浮かべた。何を馬鹿げた事を言っているのか、そう顔が言っている。

「地球全土を戦場にしたのですよ、今更その程度の犠牲を連合が恐れるとでも思うのですか?」
「……数百万人の人命が失われても構わないと?」
「オーブが落ちれば地上の戦いは終結したも同然です、戦争が終わるのならその価値はあるのではないでしょうか?」

 アズラエルのまるで動じた様子の無い態度にアスランは内心で焦っていた。まさかオーブ人数百万の命をあっさり切り捨ててくるとは想像もしていなかったのだ。勿論相手がこちらの要求を丸呑みするとも思ってはいなかったが、それなりに有効なカードになると思っていた。それがカードにならないと言われると、アスランにはもう返す言葉が存在しない。
 そしてさらにアズラエルはアスランを突き落とすような事を口にした。

「それに、オーブ全土を破壊し尽くす事など出来ませんよ。ラバウルには短時間でオーブに戦力を送り込めるだけの高速輸送能力があります。そんな話を聞かされた以上、予定を早める必要がありますね」
「いや、それは……」
「サザーランド君、1時間以内に出せる部隊はありますか?」

 オーブへの即時侵攻を口にしたアズラエルに、アスランは顔色を変えてしまった。そんなアスランの狼狽など気にも留めずにアズラエルはサザーランドにすぐ動ける部隊を問い質す。
 問われたサザーランドはしばし考え込むように視線を彷徨わせ、大雑把な数字を切り出した。

「すぐ出せる輸送機は30機という所でしょうか。1機辺りMS2機を積めますので、やろうと思えばオーブに60機を投入することが出来ますかな。それに空中給油機を使って空軍機が100機ほどでしょうか。もう少し待っていただければさらに多く投入できますが」

 60機のMSと100機の航空機が1時間以内に出撃してオーブに襲い掛かってくる。そんな事になればオーブのザフトにどれだけの抵抗が出来るだろうか。しかも連合には無限の増援があるのに、こちらには援軍は1兵も来ないのだ。
 どうにもならない現実を突きつけられてアスランは黙り込んでしまい、エルフィはおどおどとアスランとアズラエルの顔を交互に見ている。



 だが、ここまで話してアズラエルはいきなり会談の方向性を変えに出た。アスランとエルフィに別室で待機を求め、連合の人間だけで今後の対応を決めたいと伝えたのだ。これを受け入れて2人は別室に向かい、残された高官たちはどうしたものかと顔を見合わせている。
 先ほどはああ言ったアズラエルであったが、アスランたちが出て行った途端にふうっと大きく安堵の息を漏らし、自分を物凄い目で睨んでくるカガリに弁明のような事を口にしだした。

「こちらから弱気を見せるわけにはいかなかったんですよ。その辺りを理解して欲しいですね、カガリさん」
「ほお、私はオーブ人の命なんて一山幾らの代物と言ってるように聞こえたんだがなあ?」

 額に青筋浮かべて怒りを露にしているカガリ。椅子から立ち上がろうとするのをユウナが隣から肩を押さえつけることで懸命に押さえ込んでいる。カガリにしてみれば自国の国民を虫けらのように言われて腹の虫が治まらない状態なのだ。
 カガリの怒気をまともに受けて顔を引き攣らせているアズラエル。それを見てわざとらしく咳払いをしたサザーランドが話を現実に引き戻しにかかった。

「ですが、本当に無視するわけにもいきますまい。脱出の容認は不可能としましても、何らかの譲歩を見せる必要はあるのではないかと」
「でもねえ、人質取られたら譲歩ってのは不味い手だよ。脅しに一度乗ったら向こうを付け上がらせるし」
「アズラエル様、オーブは同盟国ですぞ」

 サザーランドの窘めるような言葉にカガリがうんうんと頷いている。他の高官たちも同盟国の国民を見捨てるような作戦はどうかと難色を示し、アズラエルは両肩の高さまで両手を挙げて降参の意を示した。

「はいはい、分かりましたよ。ではどうするのですか?」
「2日の停戦が妥協点ではないかと」
「それで納得しますかね?」
「納得しなければ、オーブには悪いですが今度こそ総攻撃ですな」

 一定の譲歩はするが際限の無い妥協はするつもりが無い。それがサザーランドの考えらしかった。カガリはまだ不満そうであったが、大西洋連邦が譲歩を見せた事でとりあえず矛を収めている。
 サザーランドの出した条件は、他国の参謀たちも作戦の準備期間を考えれば許容範囲であると考えたのか概ね賛同の意を示していた。ただ、ユウナはサザーランドの案に注文を付けてきた。

「サザーランド准将、オーブとしては国民の安全が第一です。条件にはオノゴロ島の住民の退去も盛り込んで頂きたいのですが」
「ザフトにそれだけの余裕がありますかな?」
「本土でザフトに協力しているホムラ様を使えば可能でしょう。オーブは島国ですから民間船舶が豊富です」

 ユウナが出した注文は別に軍事に関わるものではなかったので、特に反対も無く加えられることとなった。これで交渉条件が定まり、アスランとエルフィが呼び戻される事になる。


 会議室に戻った2人はサザーランドが提示してきた条件を元に頭の中で計算し、脱出にかかる日数を考えて表情を曇らせた。どう計算しても足りないのだ。それに装備を全て捨てて人間だけを送ったとしてもシャトルは到底足りない。残念だが回収に来てくれそうな船舶には心当たりが無いので往還シャトル以外ではプラントに辿り着けないのだ。
 せめてもう2日は欲しいと思ったアスランはその事を連合に申し入れたが、それはにべも無く却下されている。4日も時間を与えるなど冗談ではない。
 断られてしまったアスランは困った顔でエルフィと顔を見合わせ、2日でどれだけの兵力を逃がせるか考えて絶望してしまった。その時間では全ての兵員は脱出させられない。どれだけの兵が地上に残され、連合の攻撃で虐殺される事になるのだろうか。だが断れば明日にもオーブにミサイルが降り注ぎかねない。ラバウルからオーブは船で半日もかからないのだから。
 2日という時間を拒否して今日という日を失う事も出来ず、アスランは渋々2日という条件を受け入れた。その代わりにザフト兵のオノゴロ島への撤退と在オノゴロ市民の避難を受け入れさせられる。
 これで話が終わり、アスランとエルフィは乗ってきた飛行機の準備が出来次第オーブに戻ることとなった。兵士が扉を開け、アスランが肩を落として退室していく。だが、部屋出て廊下に出たところで彼は意外な人物を目撃する事となった。彼はアスランの姿を見るなり慌てふためいて柱の影に隠れようとしている。その柱はどう見ても人間が隠れられるようなサイズではないのだが。

「……何をしてるんだ、キラ?」

 流石に呆れた顔で問いかけるアスラン。それを受けてキラは渋々アスランの前に出てくる。アスランたちを連れて行こうとしていた兵士たちはキラをどかそうかと思ったのだが、その襟にオーブ軍の1尉の襟章が付いているのを見て困ったような顔をしている。流石に士官を怒鳴りつけるわけにはいかないのだ。
 暫くじっと睨みあっていたキラとアスランだったが、先にキラが視線を外して背後の兵士たちに自分が飛行場まで連れて行くから外してくれと言い出した。護送の兵士たちはそれは困ると言ってキラの頼みを拒絶しようとするが、キラは頑固に譲ろうとしない。
 そんな所で騒いでいれば当然ながら人目を引くことになり、会議室から出てきたアズラエルたちも何事かとそこにやってきてしまった。

「何をしてるんです、君たちは?」

 アズラエルに聞かれた兵士はキラがこの2人を護送すると言って聞かないのだと告げ、何とかして欲しいと暗に頼んでくる。だが、それを聞いたアズラエルは面白そうな顔になってとんでもない事を言い出した。

「良いでしょう、ヤマト1尉に護送をして貰いましょうか。あ、僕もついでに見送ってきましょうかね」
「アズラエル様、それはいけませんぞ!?」

 驚いたサザーランドがアズラエルを止めようとするが、アズラエルは一度言い出したら聞かない男なので今回もサザーランドの意見を全く聞いてくれなかった。サザーランドは仕方無さそうに引き下がるが、アズラエルに護身用の拳銃を渡していた。
 サザーランドの黙認を得たアズラエルは3人に声をかけて歩き出したのだが、いつの間にかその隣にはカガリがやってきていた。

「アズラエル、お前何考えてるんだ?」
「個人的な興味ですよ。カガリさんこそ何しに来たんです?」
「面白くなりそうだからだ」

 はっきりと言い切られてしまい、アズラエルはなるほどと頷いてカガリが来る事を受け入れた。自分も似たような動機なのでカガリを否定できなかったのだ。その後ろではトホホ顔のユウナの肩をキラがポンポンと叩いている。

「大丈夫ですよ、カガリだって考えがあるんですって」
「そうかなあ、僕にはただ面白そうだから付いてってるようにしか見えないんだけど?」
「あ、あははは、思い込みが過ぎますよ」

 ユウナの愚痴にキラは引き攣った笑いを浮かべ、カガリの事は自分が守りますからと言ってユウナを慰めていた。ユウナは自由オーブ軍の再編成もしながらカガリの面倒まで見ているので気苦労が絶えず、最近は目に見えて疲れが酷くなっている。そのうち倒れるんじゃないかとオーブ関係者の間で噂になっており、彼の体を誰もが気遣っている。もし彼が倒れたら誰がカガリの面倒を見るというのだ。
 そしてそんなキラに同情されているユウナを見ていたサザーランドとアスランの目には何故か妙に同情の色が出ていたりする。何かと苦労の多い物同士、他人事とは思えない何かを感じているのだろう。





 外に出た5人は飛行場に送るための車の前に立ったが、ここでカガリが飛行場まで歩くかと言い出した。距離的には遠くは無いので問題は無いのだが、敵国の軍人にこの基地の中を歩かせるという馬鹿げた提案を出したカガリにアスランとエルフィが驚いている。
 勿論カガリがそんな問題を考慮に入れていたわけは無く、単純に気分で言い出したのだろう。呆れたキラがカガリをたしなめようとしたが、ここには馬鹿がもう1人居た。アズラエルまで賛成してしまったのだ。
 これで健康の為と称して5人の怪しすぎる集団が司令部から飛行場までの短い道のりをテクテクと歩いていくというジョークとしか思えない光景が出現することとなる。同行していたオーブの文官たちは素直に車に乗っていったので、この5人の非常識ぶりがさらに際立っている。尚、後でこのことを聞かされたサザーランドは頭痛を訴えて医者のところに行ってしまったそうだ。

 その道中で、それまでずっと沈黙し続けていたキラとアスランはようやく口を開いた。これまではアズラエルとカガリが積極的に話していて、エルフィが表情を引き攣らせまくりながらそれに応対していたのだ。彼女にしてみれば敵とはいえVIP2人を相手に話す事などこれまで無かった事なのだ。

「こうして直接顔を合わせるのはラクスの時以来、かな?」
「そうだね。ヘリオポリスからここまで、随分迷惑を蒙ったよ」
「それは俺だって同じだ。お前のせいでどれだけザフトが苦しんだか。しかもフリーダムまで盗んでいった」
「ヘリオポリスでGを盗んだ君たちが言う台詞じゃないだろう?」

 にこやかな笑顔で言葉のナイフを振り回す2人。アスランは顔の筋肉だけで不気味な笑みを浮かべながらも広い額に1本、また1本と青筋が増えていき、キラは一見すると何時もの笑顔だが、瞼が痙攣でもしているかのようにぴくぴくとゆれ続けている。それはどう見ても友達の再会ではなく、恨み骨髄に達する敵を前にした反応だった。
 だが恨み言を何時までも口にし続けても仕方が無いと思ったのか、アスランが矛を収めて話題を切り替えてきた。

「フレイだが、オーブで元気にしている」
「どうして君がフレイの事を?」

 フレイが無事息災なのは軍の情報部から流れてきた話で聞いていたのだが、何でその事がアスランの口から出てくるのだ。フレイとアスランには接点が見出せないのだが。
 なんだかキラの顔が浮気を心配する男そのものとなり、隣で見ていたアスランはおろか様子を伺っていたアズラエルたちまでが噴出すように笑い出してしまった。笑われたキラはぶすっとした顔になり、拗ねた顔でカガリに文句を言ってくる。

「何だよカガリ、何がおかしいのさ?」
「おかしいもなにも、あの顔は最高だったぞ。まあ心配しなくてもフレイの浮気はまず無いって」
「あの、この人はフレイさんの何なんです?」

 カガリの言葉に笑いを収めたエルフィが不思議そうに聞いてくる。

「うん、お前までフレイを知ってるのか?」
「ええまあ、フレイさんは私たちが借りている建物の大家さんですから。ザラ隊長のつてだったそうですけど」
「何でフレイがザフトの隊長と知り合いなんだ? あいつの交友関係も良く分からんなあ」
「ジュール隊長やグリアノス隊長とも会った事があるみたいでしたし、フレイさん顔広いですよ」

 カガリにしてみれば昔にあれほどコーディネイターを憎んでいたフレイにどうしてそんなに沢山コーディネイターの知り合いが居るのだろうと不思議に思ってしまう。まあ、フレイと彼らの接点はかなり奇妙なものなので想像しろという方が無理だろうが。

「まあ、フレイはキラの彼女なんだよ。私の前でしょっちゅういちゃついてるから結構腹立つけど」
「カ、カガリ、僕は別に……その……」

 キラは顔を赤くしてカガリに抗議しようとしたが、その声はすぐに小さくなって可聴領域を下回ってしまう。その反応にカガリとアズラエルが大笑いしたが、何故かアスランとエルフィは意外そうな顔を向け合わせていた。

「あれ、フレイさんって確か……?」
「いや、俺は何となく分かった気がする。多分キラが悪い」

 前にフレイが彼氏は居ないと言っていたのを思い出してエルフィはどういうことかと訝しがり、アスランは顔を赤くしているキラを見て何となく事情を察してしまった。だが、珍しく鋭い洞察力を見せたアスランに何故かエルフィはじとっとした目を向けていて、アスランはどうしたのかと聞いてしまった。だが、問われたエルフィは知りませんと怒ったように返し、足音も高く早足に歩いて行ってしまった。
 それを見たアスランはどうしたのかと首を傾げていたのだが、これをみたカガリは呆れた声でアズラエルにこいつら駄目だと話していた。

「類は友を呼ぶって言うが、こいつら駄目駄目だな」
「全くですが、まあまだ子供ですし、これからですよ。20代半ばも過ぎれば少しは利口になりますって」
「何言ってんだか。お前だって人の事言えないんだろうが」
「何言ってるんですか、私はちゃんと妻子が居ますよ」

 カガリに何他人事みたいに言ってんだと言われたアズラエルは心外そうにそう言い返す。だが、その言葉はカガリにとてつもない衝撃となって伝わり、カガリは何を言われているのかさっぱり理解できなかった。

「は、妻子、誰に?」
「何言ってるんですか、私にですよ。私は既婚ですよ」
「……は、ははははは、またまた、冗談きついぜ」
「徹頭徹尾失礼な台詞ですねえ、ほらこれが写真です」

 不満そうな顔でアズラエルがポケットからパスケースを取り出し、中の写真を見せる。そこにはカーディガンを着たアズラエルと一緒に栗色の髪の綺麗な女性と、その女性にしがみついている女の子が写っていた。

「えっと、綺麗な人だな。この子供は?」
「ああ、娘です」
「……利発そうだな」

 アズラエルにこんな奥さんと子供が居るなどとはこれまで夢にも思った事は無かったカガリは、その写真を見て頭をハンマーで殴られでもしたかのような衝撃を受けてしまい、くらくらする頭を抱える羽目になってしまった。





「じゃあな、次に会った時こそお前の命日にしてやるぞ」
「はははは、相変わらず冗談が下手だね、君は。出来もしない事ばっかり」

 そう言って親友は再会の約束を交わしあい、また別れたのである。とりあえずどの辺りに友情が感じられるのかはまあ置いておいて貰いたい。だが、飛行機に上がるタラップに足をかけようとしたアスランに、キラが躊躇いを振り切るようにこれまで気にしていた人たちの事を訪ねてきた。

「アスラン、ラクスは、シーゲルさんは今、どうしているんだい?」
「……何故そんなことを聞くんだ?」
「僕にフリーダムを渡したラクスや、そのお父さんだよ。今どうしてるか気になるんだ」

 その質問はアスランにとっても正直言うと答えたくない類のものであったが、それでも彼は足を止めてキラに答えてくれた。

「ラクスは今、反逆罪で追われる身だ。どこに居るのかは俺にも分からない。シーゲル様はラクスの件で拘束されて、こちらも所在不明だ」
「そうか……」

 アスランの答えに肩を落とすキラ。そんなキラにアスランは何か言いたそうな顔をしていたが、アズラエルが口を開く前にアズラエルが声をかけてきた。

「アスラン・ザラ君、こういう噂をご存知ですか。パトリック・ザラが生きているのではないか、というものですが?」
「……何の冗談、ですか?」
「いえいえ、あくまでプラントから流れてきた、出所不明の噂ですよ」

 アスランの問いにあくまで噂だと返すアズラエル。そのアズラエルの態度にアスランは不審の目を向けていたが、やがて踵を返してタラップを上がっていってしまった。
 輸送機からタラップが離れ、滑走路に入っていくのを見送っているアズラエルに、キラが先ほどの噂の事を聞いてきた。あれはどういう意味なのだと。それを聞かれたアズラエルは苦笑いを浮かべてキラを見下ろしてくる。

「何、そういう噂があるだけです。彼が何か知ってるんじゃないかと思ってかまをかけたんですが、どうやら何も知らないようですね」
「どこから出てきた噂なんです、それ?」
「ん? ああ、プラント評議会の議員から、大西洋連邦大統領に流された情報ですよ。その情報をとある知人がリークしてくれました」
「はあ!?」

 いきなりプラント評議会や大西洋連邦大統領を出されたキラは完全に面食らってしまった。どうして現在戦争をしている国同士の代表者がそんな情報の取引をしているのだ。
そのキラの驚きようが余りにもおかしかったのか、アズラエルはくくくっといやらしい笑い方で笑い、そしてキラに少しだけ希望の感じられる話をしてくれた。

「まあ、世の中馬鹿な人や暴力優先の人ばかりではないという事です。世の中には現実的に戦争を終わらせようと影で動き回る人も居るんですよ」
「アズラエルさんも、そうなんですか?」
「私は金勘定で動きますが、まあこの戦争はそろそろ終わらせたい側ですよ。その為にも君たちには頑張って貰わないといけませんがね」

 そう言い残して、アズラエルも踵を返して空港から出て行ってしまった。それを見送ったキラの顔には珍しく晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいて、何かが晴れたような印象を与えさせる。アズラエルの話を聞いて何かの迷いが晴れたのだろうか。



 なお、アズラエルの妻子に関しては意外な事にキースがその件について情報を持っていた。何でもブルーコスモス時代に会った事があるらしい。キースによると、アズラエルの奥さんはいろんな意味で凄い人であるそうだ。





後書き

ジム改 ザフト地上軍最後の日が迫る!
カガリ もうすぐオーブに帰れるな。
ジム改 まあオーブには碌な戦力が残ってないから、攻められたらひとたまりもないんだけどね。
カガリ 帰ったら私は正式に代表に就任か。よし、就任したらまず!
ジム改 まず、何?
カガリ 祖国解放の英雄として私の巨大な像を建てるか!
ジム改 ちょっと待て、お前はどこの最悪系独裁者だ!?
カガリ 冗談だ冗談、そんな物作らないって。
ジム改 まったく、でかいカガリならスーパーメカカガリがあるだろうに。
カガリ 本当に出てくるのか、あれ?
ジム改 まあ役立つかどうかは未知数だけどな。ちなみにコストはM1が20機分。
カガリ ちょっと待てこら!
ジム改 これの開発には世界最高の金持ちが2人ほど絡んでいるからな。
カガリ 無駄だ、壮大な無駄遣いだ。そんな金あったらM1を20機作れよ!
ジム改 まあ、全くの無駄でもないんだけどね。培われた技術は生きてるし。
カガリ ほんとかねえ。
ジム改 それでは次回、宇宙に脱出を開始するザフト、だがその脱出プランはアスランを激怒させるものであった。プラントからは救出艦隊が編成されて出撃する。だが予定期日を前にして連合の大艦隊がかつてのオーブ領海ぎりぎりの所に姿を現した。その海を埋め尽くす大艦隊を見たザフトに絶望が広がっていく。次回「オーブ開放作戦」でお会いしましょう。


次へ 前へ TOPへ