第134章  オーブ開放作戦


 

 撤退が決定したザフトは直ちに撤収の準備に入った。それはアスランたちが戻ってくる前から続けられたもので、アスランたちが帰ってきた時には宇宙港周辺に膨大な物資と兵員が集まってきていた。
 だが、輸送機を降りたアスランはそこに集められている物資の多さ、そして兵員の少なさに驚きを感じていた。オーブ駐屯の兵士はもっと多い筈だ。なのに兵員を載せるべきシャトルには次々に物資や兵器が運び込まれ、貴重な格納庫が埋められていく。ただでさえ全員を逃がすだけのシャトルは無いというのに、一体何をしているのだ。

「馬鹿な、何をやっているんだ、こいつらは!?」

 輸送機から駆け出したアスランは近くに居る兵士を捕まえてこれは何だと問いかける。その兵士は司令部からの命令で戦闘可能な部隊を優先的に宇宙に逃がすという命令が出され、自分たちはそれに従っているだけだと答えたのだ。つまりこれはクルーゼの命令という事になる。
 これを聞かされたアスランは怒り心頭に達し、近くに止めてあったジープを無断借用するとエルフィまで置いていくほど慌しく司令部に行ってしまった。置いていかれてしまったエルフィが途方に暮れた顔でそれを見送り、そして両手を腰に当てて困った顔になってしまった。



 司令部にやってきたアスランは歩哨の制止を振り払って中に押し入り、クルーゼの執務室に乗り込んできた。クルーゼの執務室には黒服を着た参謀や司令官が何人も居て忙しそうに動き回っていたが、怒りの形相で入ってきたアスランに驚き、その迫力に押されるように道を明けている。
 だが、そのアスランの行く手を黒服を着た女性士官が遮った。

「アスラン、入室を許可した覚えはありません。下がりなさい」
「退いてください、俺はクルーゼ隊長に聞きたい事があるんです!」

 アンテラに帰るように言われたアスランだったが、アスランは全く引く様子を見せず、力強い目でアンテラを見返している。それを見たアンテラがもう一度退室するように言おうとしたが、それをクルーゼが遮った。

「まあ良いさ、交渉の結果の報告は受けているが、一度は話しを聞かねばならんし、呼ぶ手間が省けたというものだ」
「ですが、クルーゼ隊長」
「構わん、通したまえ」

 クルーゼに言われたアンテラは仕方なくアスランに道を譲り、アスランは足音も高くクルーゼの前に来ると両手をデスクに叩きつけて怒りを露にした。

「どういう事ですか、戦える部隊だけを宇宙に逃がすというのは!?」
「ふむ、その事か。言わなくては分からんかね?」
「当たり前です。シャトルの数はただでさえ足りないというのに、何故物資など積んでいるんです。宇宙での迎撃用のMSは分かりますが、後のスペースは将兵の収容に当てるべきです!」
「動ける兵は連れて帰るさ、それだけのスペースは確保してある」
「私が言っているのは各地から逃れてきた傷病兵の事です。まさか、彼らを置いていくというのですか!?」

 クルーゼがやっている事は友軍将兵の切捨てだ。多くをカーペンタリアの病院に後送したとはいえ、オーブにはオーブ攻略後から駐屯していた2万に加えてアジア全域に広がっていた戦線から必死に後退し、どうにかここまで逃れてきた敗残兵3万以上が残っている。そのうち動かせそうにない重傷者が2万近くにもなる。クルーゼはそれを置き去りにし、戦える3万強だけを連れ帰るつもりなのだ。
 これが納得できないアスランはクルーゼに強硬に抗議をしたが、クルーゼはアスランの声などどこ吹く風とばかりに相手にしてはいなかった。

「残念だが彼らを連れ帰る余裕は無い。本国は宇宙での決戦に備え、1人でも多くの戦える兵士を必要としているのだよ。戦えない兵士を連れて帰ってなんの役に立つというのかね?」
「貴方は、人の命を数字でしか考えられないんですか!?」
「アスラン、これは戦争なのだよ。そして指揮官とは時として残酷な決断をしなくてはいかんのだよ」

 これは戦争という現実に対処するために必要な犠牲なのだというクルーゼ。アスランも軍人としての理性はクルーゼの正しさを認めてはいたが、感情がそれを激しく拒絶するという葛藤に苦しんでいた。
 目の前で肩を震わせて感情を押させ込んでいるアスランを見て楽しげな笑みを浮かべたクルーゼは、余裕の態度を崩さずに話を続けた。

「アスラン、君が稼ぎ出した時間は2日だ。いや、もう1日過ぎているから残り今日1日だな。この間は攻撃を受けないという保障があるからこそ私は全力で撤退の準備をさせているが、それでも傷病兵の搬送に回す時間の余裕は無いのだよ。それとも、君には彼らを脱出させる手立てがあるのかね?」
「それは……」
「傷病兵は1人辺りに広いスペースが必要だ。限られたシャトルに彼らを乗せれば、まだ戦える兵が取り残されるのだ。これは仕方がないことなのだよ。まだ戦いは続くのだ、プラントを守るために今は一部を切り捨てねばならん。分かってはくれんかな?」

 クルーゼにあれこれと正論を突きつけられたアスランは拳を震わせてあらぶる感情を押さえ込むと、形だけの敬礼を残して部屋から出て行った。アスランが出て行ったのを見送ったクルーゼがやれやれと肩を軽く上下させ、アンテラに目を向ける。

「困ったものだ、状況判断があれでは指揮官として失格だな」
「アスランは残酷に徹しきれない性格ですから。自分を基準に考えてはいけませんよ、クルーゼ隊長」
「……アンテラ、君の一言には時々例えようも無いほど鋭いナイフが仕込まれているようだね」

 自分が優しい人格者だと思っているわけではないが、流石にそこまではっきりと言われてしまうとちょっとは気にしてしまうクルーゼであった。どうやらアンテラに言われると少しは思うところがあるらしい。
 だがすぐに表情を引き締め、クルーゼはアンテラにモルゲンレーテの事を確かめた。

「アンテラ、モルゲンレーテの地下の件はどうなっている?」
「旧世紀の20キロトン級弾頭の傍にNJCを設置する事になっています。作業は全てザルクのメンバーが行いますから問題は無いでしょうが、宜しいのですか、こんな事をすれば本国が黙っていませんよ?」
「エザリア議長の内諾は得ている。心配するな」

 アンテラの心配を不要と言って捨てるクルーゼ。それにアンテラはまだ心配そうであったが、それ以上は何も言おうとはしなかった。クルーゼは一度言い出したら退こうとしない男である事は、彼女も良く知っていたのだ。




 この時、ユーレクはエレンの家に来て明日にはここを離れると告げていた。それを聞かされたエレンは残念そうだったが、ザフトが撤退するから一緒に宇宙に行くと言われては仕方がない。

「でも、貴方も無駄に律儀よね。負けると分かってるくせに付いていくなんて」
「仕事は仕事だ、仕方あるまい」

 エレンのからかう言葉にユーレクは無愛想に返していた。この男はどこでもこんな態度なので今更エレンも気にもしないのだが、別れる時くらい寂しげなものを感じさせてもいいのにとは思ってしまう。
 だが、止める気にはならなかった。ユーレクが戦いの申し子であり、戦いの中でしか生きられない兵器である事は彼女も良く知っているからだ。だが、その前に聞いておきたい事があった。

「貴方、何時まで戦うつもりなの?」

 そう、何時まで戦い続けるつもりなのだ。こんな負け続ける戦いを何時まで。ユーレクの力は凄まじい。それは3ヶ月前のオーブ防衛線において、ザフトが彼1機に蒙った被害の大きさを見ても分かる。ユーレクのM1は1機で文字通り獅子奮迅の活躍を見せ、ザフト侵攻ルートを1つを潰してしまったほどだ。その後に破竹の進撃を続けていたイザークたちを単独で蹴散らしている。
 キラのフリーダムが余りにも目立っていた為にユーレクの活躍は日陰のものとなっているが、実はザフトの受けた被害はキラよりもユーレクにうけた物の方が多いのだ。これだけの力を地球軍に貸せばこの戦争はもっと早く終わる筈なのに。
 だが、この問いに対してユーレクは何を分かりきった事を、と言いたそうな顔をしてエレンを見てきた。

「戦いがある限りだ。私は戦う為に作られたのだからな、それ以外の生き方は出来ん」

 そう、ユーレクは戦う為に作られた、キラを殺す為だけに作られた最強の兵器なのだ。故に彼は戦いの世界に身を置き続け、今日までずっと戦い続けてきた。その背負っている業はキラやキースをも上回るだろう。
 椅子から立ち上がり、纏めておいた荷物を手に取ったユーレクは家から出て行こうとするが、エレンがそれを引き止めた。

「娘には、ジーナにはお別れを言わなくても良いの。あの娘随分あなたの事気に入ってたわよ?」
「……必要無い、心配しなくとも用があればまた来る」

 自分は死ぬ事は無いと確信しているかのようなユーレクの言葉にエレンは面食らってしまったが、ユーレクらしいとも思ってしまった。そしてもおう引き止める気も無くなり、行ってらっしゃいと送り出してやった。
 送り出されたユーレクは家の外に出たところでちらりと背後を振り返り、そして荷物を背負い直して歩き出した。その口元には僅かに楽しげな笑みが浮かんでおり、瞳にはかつての強烈な眼光が蘇ってきている。それはかつてキラを追い回していた時の目だった。

「さて、宇宙に上がる前に野暮用を済ませておくか」





 仮宿舎にしているアルスター邸に戻る途中でアスランはオロファトの病院に顔を出してみた。オノゴロの軍病院では到底収容しきれなかった重傷者たちがオロファトの病院に搬送され、手当てを受けているのだ。通路には処置を施された将兵が無造作に座らされており、その間を忙しそうに医師や看護士が駆け回っている。ザフトは手に負えない数の負傷者たちをオーブ政府に預けたのだが、もしザフトが撤退すれば彼らはどうなるだろうか。
 その事に思いを馳せて、アスランは身震いしてしまった。オーブ人がザフトを憎んでいない筈がなく、現在の支配者である自分たちが居なくなれば、蓋を外された彼らの怒りは間違いなく残される彼らに向く事になる。2万の傷病兵が復讐の贄として供されようとしているのだ。

「冗談じゃない、そんな事させる訳にはいかない。だが……」

 だが、どうする事も出来ない。自分には作戦を変更する権限は無く、命令を出す事も出来ない。シャトルの数は有限であり、全員を乗せる事はどのみち不可能なのだ。それにクルーゼを説得する事も出来そうに無い。となれば誰か、オーブ関係者に彼らの保護を求めるか、あるいは誰かが最後まで残って治安を維持し、連合に無血開城するかだ。
 無血開城するなら自分が最後まで残るという手もあるのだが、多分それはクルーゼが許可しない。だが連合に降伏するために残るなどという指揮官が他にいるとも思えない。ザフトの指揮官には戦って死んだ方がマシと考える人間が多いのだ。
 そうなるとオーブ関係者で、しかも信用の置ける人間にあらかじめ病院周辺の治安の確保と傷病兵の保護を求めるのが一番確実な手となるのだが、ホムラに頼んで警察を出してもらうのがいいのかどうか、アスランは判断が付きかねていた。国民がホムラに従うかどうか疑問だったし、これまでザフトに抵抗を続けているレジスタンスはホムラの意思に関わり無く動くだろうと思えたからだ。となると、頼れそうな相手をアスランは知らなかった。流石にレジスタンスに知り合いなど居ないのだから。フレイに頼んでもオーブ軍が解体された今では意味は無いし。


 頼み事を抱えてアルスター邸に戻ったアスランは、そこで奇妙なものを目にする事になった。なにやら空から女の子の楽しげな笑い声のようなものが聞こえてきて、地上でエルフィが感心した顔で、シホとフィリスが羨ましそうな顔で見上げている。彼女らが何を見上げているのかと空に目をやったアスランが目にしたものは、ミグカリバーの背に何かのベルトで固定されて空を飛ぶマユ・アスカの姿であった。その周囲には4羽のデボたちが追随するかのように飛んでいる。
 この余りにも現実離れした光景に、アスランは呆然と空を見上げ、そしてこの現実を否定するかのように右腕で目をこすってしばたかせ、そして空にやっぱり子供を乗せたミグカリバーが飛んでるのを見てガクンと顎を落とし、そしてがっくりとその場に膝を突いてしまった。
 そんなアスランの事など見向きもせず、フィリスとシホは心底羨ましそうな顔で空を見上げていた。

「良いですねえ、あれ。私もデボたちと一緒に飛んでみたいです」
「そうですね、私も同感です、フィリスさん」

 余程デボたちと一緒に空を飛びたいらしいフィリスとシホ、その顔はもう危険な人と見まごうほどに緩み、なんだか普段のキャラクタ−を崩壊させている。だが彼女たちは乗れないのだ。デボたちに乗るには重量制限という厚い壁が存在し、2人では重すぎて飛べないのである。実は複数羽で紐で吊り上げるという恐るべき方法もあるのだが、余りにもシュールなので断念されたプランだ。

 ちなみにこのマユを乗せて空中散歩というプランはソアラが考えたもので、引き篭もっていたマユを外に引っ張り出す為に考えたものだったらしい。そのためにミグカリバーに協力を求め、ミグカリバーを中心とするデボ軍団がマユの部屋に突入して強引に乗せて空に飛び立ったという誘拐同然の騒ぎがあったという。
 とりあえず、雀に誘拐された経験を持つのは歴史上マユが初めてだろう。





 ラバウルから出港していく連合の大艦隊。その先陣を切るのはアークエンジェルを中心とする打撃艦隊だ。アークエンジェルにはタケミカヅチの代わりにカガリが将旗を上げており、臨時に全軍の総旗艦という役割を与えられている。まあ地球連合の中でも最強の戦艦の1隻であり、高度な指揮通信設備を持つので旗艦には最適である。
 だが、この艦には第8任務部隊司令部が入っているのだ。まあ司令部といっても完全な急造司令部であり、司令官のマリューには直属の参謀などは無く、サザーランド准将が自分の参謀を連れ込んで臨時に司令部を作っていたりする。サザーランドが来るまではナタルが参謀長代わりで、その他の士官たちが参謀紛いのことをしていた。
 このアークエンジェルにカガリが参謀を連れて入ってきたのだ。おかげでアークエンジェルは俄かに大所帯となり、アークエンジェルは勲章を胸に付けた士官が沢山うろつくという異常事態を迎える事になった。
 なお、人手が全く足りないのでサザーランドが連れてきた平参謀たちが雑用全般を賄うという屈辱を味合わされていたりする。エリートの自分たちが何でコピーやお茶汲みをしなくちゃいかんのだと愚痴るものもいたのだが、流石に司令部の仕事を艦のクルーにやらせるわけにもいかず、彼らは愚痴を漏らしながらこの仕事をしていたのだ。

 そしてアークエンジェルではヘリオポリス組が久しぶりに揃ってウィングに出て、オーブがある方向を見つめていた。カガリがアークエンジェルに将旗を掲げたのにあわせてキラとカズィもアークエンジェルに臨時に編入されていたのだ。マリューはカズィを通信士として迎え、サイをCICに戻した。これで欠員が少し埋まった事になり、マリューは大喜びしていた。欠員の補充を中々受けられないのは連合もザフトも同じなのだ。また、キラのフリーダムはアークエンジェルの開いているハンガーに固定されている。アークエンジェルは予備機も入れれば8機は搭載可能なのでまだかなり余裕がある。ステラもこれを機にアークエンジェルに復帰していた。シンは鍛え直してやるとか言われてアルフレットに引き摺られてパワーに連れて行かれてしまった。
 ウィングから海風に吹かれながらキラは懐かしそうにサイ、トール、ミリアリアと見回して、そしてオーブのほうを見た。

「もうすぐオーブだね。これでフレイも加わったら、みんなでまたパーティーでもしようか」
「そうだな、今度はフレイの家で盛大にやろうぜ。会費はフレイ持ちでな」
「フレイに聞かなくて決めていいのかな?」

 キラの提案にトールが大賛成してくれて、サイが笑顔を引き攣らせている。カズィが進行は任せてと言い、ミリアリアが料理を作るといってトールに止められる。みんなオーブを自分たちで取り戻せるということで興奮気味になっているらしい。どんなに問題が多くても、大西洋連邦軍に参加していても、やはり故郷は1つなのだろう。
 だが、ここでミリアリアがキラの前で人差し指立ててなんだか邪な顔をしてとんでもない事を聞いてきた。

「ところでキラ、オーブ取り返したら、フレイとどこかに遊びに行くのかしら?」
「え、い、いきなりなんでそんな事!?」
「だって、キラたちってマドラスの遊園地以来一度もそういうことしてないんでしょ。だったらねえ、戦火に引き裂かれた恋人がようやく再会するなんてドラマみたいなシチュなんだもの、ビシッと決めるのが男よねえ?」
「あ、あははははははは」

 ミリアリアの嗾けるような薦めにキラは引き攣りまくった笑いで誤魔化そうとしたが、ミリアリアはずいっと顔を近づけてきてキラを追い詰めてくる。それにキラが押し負けかける前にトールがミリアリアを引っぺがしてくれた。どうにか助かったキラはやれやれと安堵の息を漏らし、口論しているトールとミリアリアをわざと見ないように海の方に目を向けた。

「デート、かあ。そういえば一度も誘った事無かったなあ」

 そういえばなんで誘わなかったんだろうかと考えてキラは、自分がただの甲斐性無しだからという周囲の一致した評価にたどり着いてしまい、ガクリと肩を落としてしまった。だが、それでも3ヶ月ぶりに会えると思えば嬉しさが込み上げてきてしまい、なんだか表情は不気味な笑みを浮かべる事となってしまった。




 埠頭に立って出港していった打撃艦隊を見送ったアズラエルは、背後に立つ自分の会社の人間を振り返って報告を求めた。それに答えてスーツ姿の男が手帳を手にアズラエルにいくつかの報告をしていく。それを一通り聞き終えたアズラエルは顎を右手でさすり、暫く考え込んだ。

「ジブリール君も頑張ってますねえ。前の会合で釘刺した事で活動を控えたかと思っていましたが、ちゃっかり地道に動いてましたか」
「はい。その成果も順調に上がっているようで、大洋州連合やアフリカでは反コーディネイター感情が高まっているようです」
「オーブもそのようですしね。さてさて、どうしますか」

 言われたとおり過激な事は控えているようだが、面倒な事をしてくれたと言わざるをえない。ラバウルの連合軍には先のザフトの攻撃を全滅覚悟で食い止めたアルビム連合に対して見方を変えた将兵も多く、コーディネイターは敵という括りからプラントは敵だがアルビム連合は味方という考え方が生まれ始めている。
 世界の流れは変わろうとしているのだ。プラントのコーディネイターを憎むのは構わないが、その憎悪が味方に向くのは困る。アズラエルはこれまでジブリールらの強硬派を上手く利用して地球諸国の反コーディネイター感情を煽ってきた訳だが、方針を転換した今となっては彼らは無用のトラブルを起こす邪魔者でしかない。
 アズラエルにとってブルーコスモスは道具なのだ。だから使える時は使っていたが、用が無くなればさっさと切り捨てようと考えてしまう。だがその名前が持つ無言の圧力の意味も大きいので完全に縁を切るのも勿体無く、扱いやすい駒にしてしまおう考えている。そういう意味では強硬派には消えて貰って穏健派に残ってもらった方が今後は何かとやりやすくなるだろう。

「ジブリール君には悪いですが、暫くおとなしくして貰いましょうか。少々おいたが過ぎるようですし、財界を通じてジブリール家に圧力をかけましょう」
「ですが、ジブリール様の抵抗も予想されますが?」
「なに、彼の強硬姿勢には迷惑している財界人は多いです。話を通せば乗ってきますよ。悪い芽は早めに摘んでおかないとね」

 ジブリールとアズラエルでは家柄も企業としての格も違いすぎる。両者が本気でぶつかれば負けるのは間違いなくジブリールだろう。そしてそんな勝負でジブリールに味方するような企業がいるわけが無い。可能性があるとすればジブリールがブルーコスモス強硬派を糾合して武力闘争に乗り出すくらいだが、そうなればロゴスは容赦なく軍を投入して叩き潰しに出るだろう。ロゴスの支配力は政財界に広く及んでいるのだ。


 だが、ジブリールはアズラエルの力だけでも対処できる問題だった。問題なのはもっと別のところにあったのだ。それを聞かされたアズラエルは悔しそうに臍を噛み、水平線を睨みつけている。

「南米の独立運動派にザフトの援助が行われている。そして東アジアがプラントと接触を繰り返している、ですか」
「東アジアの方はかなり巧妙に動いているようで、現状では証拠と言えるものはありません。ですが、もたらされている情報の大半がそれを証明しています」
「先の台湾戦でも露骨なサボタージュをしてくれましたしねえ。おかげで大西洋連邦と極東連合にかなりの犠牲が出ました」

 台湾戦で東アジア共和国軍は序盤でこそ台湾海峡越しにミサイルと重砲による支援砲撃、そして空軍基地から大量の作戦機を投入して援護してくれたのだが、後はあれこれと言い訳をして援護を断り続けていた。そして終盤になってザフトの救出部隊が現れた時にも東アジア軍は支援要請を断ってきた。そのために空母を南に移動させていた大西洋連邦軍と極東連合軍は航空機の支援をほとんど受ける事が出来ず、MSと戦車での迎撃を展開して膨大な犠牲を出してしまった。
 この台湾戦でのサボタージュに対して地球連合諸国は東アジア共和国に猛烈な抗議を行ったのだが、東アジアの代表であったチャン大佐はのらりくらりと躱すだけで抗議にまともに取り合おうとしなかった。それどころかカオシュンのマスドライバ−が破壊された事に対する文句を言い出し、東アジア共和国はこれの再建に全力を投入する事になるなどという無茶苦茶な事を言い出す始末だ。
 これらのふざけた行動と言動を繰り返した事で、地球連合無いので東アジア共和国のプレゼンスは急激に低下した。ただでさえ赤道連合やアルビム連合、オーブ、極東連合の加入でその価値を減じていた国だったが、それでもこれまでは地球で第3の大国にして古参の加盟国ということでそれなりに扱われていたのに、とうとうその地位から放り出されそうになってしまった。

「加盟国の増加が、東アジア共和国に危機感を持たせてしまいましたかね?」
「そうかもしれませんが、それは東アジアの都合でしょう。我々には関係はありません。まして裏切りを許容する理由にはなりますまい」
「それはそうですが、この2つの問題は私ではなく政府の仕事ですね。ロゴスとしての対応を考える必要は在りますが、一度ササンドラ大統領と会談をする必要がありそうです」

 流石に事が政治や外交に及ぶとアズラエルといえども易々とは独断専行は出来ない。確かに国に圧力をかけて自分の意見を押しとそうとはするが、彼が直接何かをする事は出来ないのだ。アズラエルがサザーランドらのブルーコスモス系の高級軍人を使って軍を動かす事は可能だが、アズラエル個人には指揮権は無い。よってアズラエルの命令を軍人が聞く必要は無い。世の中とはそうなっているのだ。
 これらの無理を可能にする為にサザーランド達がいるわけだが、流石に外交となるとアズラエルにも自由にはならない。東アジアはアズラエル財団の影響力が余り及ばない地域なので思い通りにならないのだ。かといって軍事力で脅すのも不味く、アズラエルとしては情報を流す事で大統領に政府として動いてもらうしか対処法が無い。これがユーラシアならば侵食しているブルーコスモス系の議員や軍人を動かす事も出来るのだが。

「まあ仕方がありませんね。とりあえず今後も監視を続けていくとして、私はオーブに行くことにします。何か変化があったら至急知らせてください」
「承知しております」
「それと、ラクスさんの方はどうなっていますか?」
「それが、其方は状況が把握できておりません」
「把握できない?」

 部下の答えにアズラエルが不快そうな顔になり、それを見た部下が慌てて言い訳を口にしだした。

「そ、それが、ラクス・クラインはL4に拠点を築いているようなのですが、その保有戦力も活動内容も何一つ知らせてこないのです」
「知らせて来ないから分からない、というのは怠慢を取り繕う理由にはなりませんよ。調べるのが貴方たちの仕事です」
「はっ、申し訳ありません!」

 アズラエルは無能な部下や失敗した部下には徹底的に冷酷になる。ただ1度の失敗で首を飛ばされた者がどれだけ居るだろうか。平謝りしてくる部下をアズラエルは一瞥しただけで視線を水平線に戻し、つまらないものでも見ているような顔になっていた。

「謝っている暇があったら情報を持ってきなさい。次の定時報告までに何の成果も挙げられないようなら、分かっていますね?」
「も、勿論です、次の報告では必ずラクス・クラインの情報を入手してまいります!」

 アズラエルの言葉に僅かな安堵を見せ、部下は一礼して逃げるようにこの場から去っていってしまった。もしアズラエルの気が変わって更迭などということになってはたまらない。
 その姿を見もせず、アズラエルは水平線に視線を向けたまま部下の報告を考えていた。部下にはああ言ったが、アズラエルとしては支援者に何も言って来ないというのがどうにも面白くは無い。しかもラクスはその掲げている理想から最終的には自分の敵となる事がほぼ確実なだけに、自由になる軍事力を必要以上に保持すれば連合に対して敵対的な行動に出る事も考えられるのだ。
 まあこの世界、所詮は打算による協力であり完全な味方など期待する方が馬鹿なのだからラクスが独自の動きをとることも当然予想はされていたのだが、それでもやはり面白くは無い。これ以上訳の分からない勢力が増えて見えない所でこそこそ動き回られてはたまらないのだ。
 もしラクスが完全に敵に回るようなら後顧の憂いがないよう徹底的に叩き潰さなくてはいけない。アズラエルはそう考え、今後の予定に幾つかの修正を加えることにした。今後を考えれば余り不確定要素は増やしたくないのだ。





 クルーゼからのオーブ脱出作戦の詳細を伝達されたプラントからは大慌てで艦隊が出撃しようとしていた。再編成などする暇も無く動ける部隊を呼び集めただけの寄せ集め部隊で、とにかく地球軌道に到達できれば良いという無茶苦茶な作戦である。
 これを受けた各部隊はどうやって地球圏に到達するかで話し合っていた。既に地球軌道の制宙圏は地球軍に押さえられており、この包囲を突破して地球に達するのは容易ではない。しかも脱出してきたシャトルやコンテナを回収するにはそれなりの時間がかかるのだ。ヴィクトリアから脱出してくる部隊の回収は先のウィリアムス率いる艦隊が挙げた戦果で航路を確保したので可能になっているが、今回はそう簡単にはいくまい。
 この命令を受けた各部隊の指揮官たちが出した結論は、艦隊を編成せず部隊単位で分かれて行動するというものだった。こうすれば敵に発見されにくくなるし、万が一見つかっても食われるのはその部隊だけで済むというのだ。これはいくつかの部隊が必ず犠牲になるが、いくつかの部隊は目的地に到達できるというある程度の犠牲を前提とした作戦であった。後方の司令部はともかく、既に前線の戦闘部隊は地球軍を相手に易々と勝てるなどとは考えては居ない。
 ただ、この作戦を実行に移す前に1つの陽動作戦が実行に移される事になり、作戦に参加する指揮官たちをほっとさせてくれた。これはマーカスト提督が越権行為で参加部隊から抽出した部隊を自分の隊も含めて3つ集め、8隻の艦隊を編成して月面のオーブ領コペルニクスを狙うというものだ。コペルニクスには駐屯しているオーブ軍は少なく、この市は間違いなく連合軍に助けを求める筈だ。それで月基地から艦隊が出撃してくれれば地球への援軍は無くなるという計算であった。

 マーカストの陽動艦隊の出撃を待って出発した回収部隊。その部隊の中には輸送艦も含まれており、アスランを地球に運んだオルトマ号も含まれていた。このような任務に足の遅い徴用船まで投入するところにザフトの余裕の無さが現れている。オルトマ号の艦橋ではダナン船長が渋い表情で正面に小さく見える地球を見据えている。

「やれやれ、つい1年前は普通にあそこまで行けたのに、今じゃ行って帰ってくるだけで命がけだな」
「仕方がありません。ウィリアムス提督が地球軌道で地球軍に大勝を収めたとはいっても、まだまだ向こうの方が数は多いんですから」
「挙句にフロリダで建設中のマスドライバーが稼動、極東連合の種子島マスドライバーも加わって月基地の機能は完全に回復したらしいし、踏んだり蹴ったりだな」

 部下との景気の悪い話にダナンはますます渋い顔になってしまった。これがお先真っ暗という状況だろうか。だがどの道地球軌道にまで行って脱出してきたシャトルやコンテナを回収して帰ってこなくてはいけないのだ。しかも途中には地球軍が敷設した機雷があったり哨戒部隊がうろついていたりする。これらと遭遇しない幸運を神に祈るしかないのだろう。





「そう、オーブを出て行くんだ」

 アスランから撤退の話しを聞かされて、フレイは少しほっとした顔をしていた。やはりザフトがオーブから出て行くというのは嬉しいのだ。どうやら新年はオーブが主権を取り戻した状態で迎えられそうである。
 フレイが嬉しそうなのを見たアスランは苦笑いをしていた。アスランにしてみればせっかく占領したオーブから叩きだされる訳であり、軍事的な敗北を意味するのだから当然だが、それをフレイにぶつける気にはなれなかった。
 その代わりのようにアスランは現在抱えている悩みをフレイに打ち明けてきた。

「だが、全員は不可能だ。傷病兵は置いていくことになっている」
「…………」
「上層部の決定だった。俺にはどうする事も出来なかったよ」

 アスランはフレイに同意も何も求めてはいない、ただ一方的に喋っている、いや、愚痴を言っているだけだ。フレイはそれに気付いていたが、黙ってダージリンを口にしていた。アスランも隊長という立場上、部下に言えない事もあるのだろう。
 だんだんヒートアップしてきたアスランはとうとうクルーゼにまで文句を付け始め、フレイはそれに時折頷いたり相槌をいれながら紅茶を啜り、カップが空になったところでわざと少し大きな音を立ててカップをソーサーに戻した。その音にアスランがはっとした顔になってフレイを見る。

「目が覚めた、アスラン?」
「あ、ああ、すまない、少し感情的になったみたいだ」
「そうね、あんなふうに誰かを悪く言うアスランは初めて見たかも」

 くすくす笑いながらフレイはソーサーに戻したカップをテーブルに置き、椅子から立ち上がった。

「まあ、ようするに貴方は残していく兵士の事が心配だから何とかならないかって言ってるのね?」
「いや、何とかしたいのは山々なんだが、何ともならないだろ。ザフトが居なくなったら誰が治安を守るんだ?」
「オーブにだって警察があるわよ。それに元オーブ軍の軍人だって居るわ。みんな確かにザフトが嫌いだろうけど、ホムラ様が指示を出せば従うわよ」

 アスランは知らなかったが、ホムラはレジスタンスの後援者であり、高い支持を得ている。彼が命令すればレジスタンスの兵士たちはザフトの傷病兵が抵抗しない限り保護してくれるだろう。そして警察力はホムラの正規の命令で動かす事が可能なのだ。
 そしてフレイもオーブのレジスタンスの中でそれなりの地位に居る。だからアスランの愚痴を聞いてやる事は可能なのだ。

「私からホムラ様に頼んであげるわ。ただしオノゴロ島だけは無理よ、あそこはオーブ自治政府の手からが及ばないところだから」
「ああ、それは大丈夫だ、オノゴロ島なら民間人も居ないからな。進駐してきた地球軍に虐殺されたりしなければ」
「カガリが帰ってくるんだもの、大丈夫よ。あの娘はどうしようもないくらい馬鹿で真っ直ぐな正義の味方なんだから」
「フレイ、君はアスハ代表と友達か何かなのか。前から思っていたんだが、彼女の事を話す時凄く気安いんだが?」

 自国の代表を何でそうも軽々しく呼べるのだろうと不思議に思うアスランに、フレイはとんでもない事を話してくれた。それがアスランの中にある閉ざされた記憶の扉を開放してしまうことになる。

「だって、私はカガリの友達だもん。これでも半年以上の付き合いなのよ。まあ出会いはかなり険悪だったけどね」
「まあ、かなりざっくばらんとした性格に見えたからな。一度馴染めばそういう風になれるのかもしれないが」
「そうなのよねえ、おかげで私も苦労したわ。お姫様のくせに口より先に手が出るし、前にアスランを拾ってきた時なんか、アスランぼこぼこにしてたものねえ」
「俺を、ぼこぼこに?」

 はて、そんな事があっただろうかと記憶の糸を手繰ったアスランは、あのオーブ軍将官の制服を来た颯爽とした金色の少女の顔が、キラを撃墜した時に自分にライダーキックをかまし、拳銃で自分を散々殴りまくってくれたあの暴力女とダブった事で驚愕し、ガクンと顎が落ちてしまった。その顔はかなり間抜けだったが、アスランにはそんな事を気にする余裕は無かった。

「ま、まさか、あの自由オーブ軍代表と凶暴ライダーキック女は同一人物だったのか!?」
「……シンも言ってたけど、ライダーって何なのよ?」

 呆れ混じりに聞くフレイ。まあ答えは期待していないが。シンもこの問いに対しては漢のロマンがどうとかの訳の分からない事を言っていたりする。


 些か混乱してしまったが、どうにか落ち着きを取り戻したアスランは冷めてしまった紅茶を一息に飲み干してどうにか気を落ち着けた。もっとも、その飲み方はフレイにはかなり気に障るものだったようで、不機嫌そうな顔でアスランを見ている。最もアスランはそれに全く気が付いていないようで、思い出したようにそれまでとは全く関係の無い話をしてきた。

「そうそう、向こうでキラにあったんだが」
「え、キラと?」
「ああ、お前が無事だと知らせてきたんだが、もう知ってたみたいだな、驚かなかった。むしろ俺とお前の関係を疑ってたみたいだったな」
「……へえ、そうなんだ。私たち恋人でもないのに、何で浮気の心配なんてされなくちゃいけないんだか」
「いや、それはこう、男の純情と言うかだな……」
「良いのよアスラン、後で直接確かめるから。ふふふふふ」

 あらぬ嫌疑をかけられたフレイはかなり不機嫌そうであったが、アスランはどうしても首を傾げてしまう。こういう問題に対するキラとフレイの反応に余りにも差があるのだ。フレイは何時も自分とキラは恋人じゃないという態度を取り、キラとその周辺は2人を恋人として扱っていた。この反応の差は何なのだろうか。アスランはキラが1人でまた斜め上に勘違いでもしてそう思い込んでいるんだろうと思ったりしていたのだが。
 だが、カガリの話を考えると2人は日ごろからいちゃついていた様なので、何でそれでこんなに反応に差が出るのだろうとアスランは考え込んでしまっていた。


 そんな事を考えていた時、2人が居た部屋にソアラが息を切らせて駆け込んできた。

「お嬢様、大変です。外を、海をご覧ください!」
「ソアラ?」

 何時も沈着冷静なソアラにしては珍しいと思いつつ、フレイとアスランは窓から海のほうを見やって、水平線に見える無数の船影に驚いてしまった。あれが何であるか、考えるまでも無い。

「馬鹿な、どうして地球軍の艦隊があそこに居る。今日はまだ停戦中の筈だぞ!?」

 地球の洋上艦隊が姿を現したことに約束が違うと声を荒げたアスランであったが、地球軍は別に約束を破っているわけではない。オーブの領海ぎりぎりのところに艦隊を展開させているだけで、別に攻撃してきているわけではないのだから。ただ、あからさまな挑発行動ではある。
 地球軍の意図は火を見るよりも明らかだ。停戦期限と同時に準備を終えた大軍を一斉に侵攻させてくるつもりなのだろう。ザフトからは手出しできないのを承知で彼らは目の前で堂々と上陸作戦準備を整えるつもりなのだ。もしザフトが逆上して手を出してくれば、それこそ好都合とばかりに総攻撃に出てくるに違いない。
 もっとも、アスランは怒っているがここに現れたのはまだ先遣の威力偵察艦隊であり、本隊はまだ到着まで少しかかる。それでもイージス艦2隻、巡洋艦6隻、駆逐艦16隻という大艦隊ではあるが。勿論海中には潜水艦隊が居て展開を始めている。
 連合は馬鹿正直にラバウルで待っているつもりなど無かったのだ。彼らはザフトをここから逃がすつもりなどは無く、むしろ壊滅させる好機と見ていたのである。元々オーブに展開しているザフトの実情はオーブに潜入しているスパイやレジスタンスからもたらされる情報で正確に把握されており、まともに戦う戦力などは残っていない事が分かっている。2日間の停戦は完全にカガリに配慮した政治的な譲歩でしかない。
 このままでは明日の午前中には連合の総攻撃がオーブのザフトに向けて実施されるのは確実だ。アスランは顔色を無くして部屋から飛び出していき、後に残されたフレイとソアラは顔を見合わせて頷いている。

「ソアラ、私は夜になったらオノゴロ島に行くわ。貴女はホムラ様にザフト傷病兵の保護を頼んできて」
「お嬢様?」
「アスランが私に愚痴を言うくらい気にしてたからね、私も少しくらいお節介してあげようかなって思ったわけよ」
「ですが、警察だけだ足りるでしょうか?」
「レジスタンスから治安維持に兵士を出してもらうわ。後はやってきた連合軍に引き継げば何とかなるわよ。ブルーコスモスの方はフーバーさんが身元を洗ってくれてるから、決起前にこっちで制圧する予定だし」
「ブルーコスモスまで?」
「混乱に乗じて妙な事されちゃ困るでしょう。前のパーティーの時なんて私が殺されかけたのよ」

 どうやらフレイは先のパーティで焼き殺されかけた事を相当に根に持っているらしい。レジスタンスがその方向で動くというのなら、ホムラも相当に怒っているのだろう。そういえばここ最近ブルーコスモスのアジトが幾つか摘発されていた事を思い出したソアラは、背後にレジスタンスが暗躍していたのだろうかと考えてしまった。
 まあ、実際にはレジスタンスに協力していた大西洋連邦戦略諜報部から飛ばされてきたデビット・フーバーが集めた情報の中にブルーコスモス関係のものがあって、それを元にオーブの警察が動いただけなのだが。情報関係の人間からはブルーコスモスはただのテロ組織として扱われているようだ。フーバー自身はレジスタンスが持つネットワークから膨大な情報を収集しており、それを吟味して本国に送っているらしい。



 そのフーバーはといえば、海岸沿いの自宅から沖合いに現れた艦隊を見て楽しげな笑みを浮かべていた。彼は大西洋連邦から軍の動向をある程度知らされており、ホムラにも伝える役割を負わされているので情勢を把握していたのだ。
 地球連合軍の大艦隊がオーブに現れた以上、オーブの開放は目前に迫ったといえる。

「さてさて、これで私の仕事は終わりですかな。後は戦争屋さんたちの仕事だ」

 裏方の仕事は舞台を整える事、舞台が整ったのならもう自分の仕事は終わり。後は戦後の事なので、それはまた別の仕事となる。これが表には出ない情報屋の仕事なのだ。決して表に出る事は無い報われない仕事ではあるが、情報関係者は顔が表に知られると仕事がしづらくなるので仕方がない。
 ただ、フーバーには幾つか気になることがあった。それは自分が収集していた情報と本国から送られてきた情報とを比較整理していた時に目に付いたものだったのだが、それがどうしても気になっていたのだ。

「大洋州連合がモスポール状態で保管していた旧世紀の核弾頭が大量に強奪された、か。もう3ヶ月も前の情報だが……」

 地球諸国にはAD世紀に生産された膨大な量の核兵器が今も存在している。これらの多くは旧式化によって解体の方向に向かっていたのだが、中にはこのようにモスポール状態で厳重に保管されていたものもあるのだ。特に大西洋連邦はその技術力と国力によって状態の良好な核弾頭を大量に保有しているが、大洋州連合もそれなりの数を持っていたのだ。それが強奪されたというのだから連合諸国の情報機関は総出でこれの行方を捜していたのである。
 この弾頭の行方が長い事不明だったのだが、どうやらオーブに持ち込まれたらしいという事が分かってきている。ザフトはこれをマスドライバーで宇宙に上げ、プラントに持ち帰ったのだろうか。となると強奪したのはザフトなのだろうか。その辺りは良く分からないが、面白くない情報であるのは確かだ。
 そしてフーバーが手にしているレジスタンスから集めた情報の中に、非常に気になるものがあったのだ。レジスタンスにはオノゴロ島でザフトに協力している作業員やオーブ政府関係者なども加わっていて、実のところザフトの動きはかなり筒抜けになっている。それに未だに気付かない辺りがザフトの防諜能力の欠如なのだが、それに気付いたからといってもすぐに対処できるものでもない。
 そうしたルートから流れてきた情報の中に、NJCがオーブに持ち込まれたという情報があったのだ。NJCそのものはもう秘密でもなんでもない代物であり、元々防諜がザル同然のザフトを考えればこうした機密が外に漏れてくること自体は不思議というほどではない。問題なのは、核弾頭が持ち込まれたオーブにNJCが送られてきたという事だ。単純にオーブ配備の核動力MSの交換部品という事も考えられるが、最悪のケースを想定するのが彼の仕事だ。

「オーブで核を爆発させるつもりかね?」

 ありえない事ではない。侵攻してきた地球軍を核で纏めて吹き飛ばすというのは政治的にはともかく、軍事的には最も効果的な作戦だろう。現在の地上における連合とザフトの戦力差を考えればそれはありえない作戦ではない。人間追い詰められればなんでもするようになるのだ。
 だが、本当に核を使うつもりならば何とか阻止しなくてはいけない。こんな所で爆発させられたら自分も一緒に吹き飛んでしまうではないか。

「一応、本国に知らせておくかねえ。今から間に合うかどうかは分からんが」

 外部への有線通信は中継局を押さえられているので不可能となっている現在、連絡を取る手段は時折やってくる連絡員頼みなのだが、それが次に何時来るのかは定かではない。そうなるとこちらで動くしかないだろうが、この状況下でどこにあるか分からない、いやもしかしたら単なる杞憂かもしれない核弾頭を探さなくてはいけないのだ。その困難さを考えると頭が痛くなってしまい、フーバーはだらけた顔で面倒くさいなあと呟いてしまった。



後書き

ジム改 いよいよ次回からオーブ開放作戦の開始だ。
カガリ 核が爆発してオーブ滅亡作戦になりかねないんだが?
ジム改 その時は滅亡した国の復讐のために立ち上がるんだな。もしくは世紀末覇者を目指すか。
カガリ 私に北斗神拳でも使えってのか?
ジム改 いや、お前になら出来そうだ。
カガリ そういうのはクルーゼとかラクスとかに任せる。
ジム改 いや、あっちはどっちかというと暗黒面に落ちた方々に近いし。
カガリ 私には黒王号が似合うってのか!?
ジム改 うむ、お前ならあの背中に届く日がきっと来る!
カガリ 来るわけあるかああ!
ジム改 駄目か? そうすれば将来地球を支配しても誰もが納得するぞ。
カガリ 私は別に地球を支配なんぞしたくは無い!
ジム改 まあそれは未来の楽しみで。それでは次回、遂に時間が来て開始される連合の総攻撃、カグヤだけは守りきろうとオノゴロを戦場にするザフト。上陸した連合軍は黄金の破壊神の姿に恐怖する。キラとアスランも己の意地をかけて激突する。そして最後のシャトルを飛び立たせる為、ザフト最強の男がアークエンジェルの前に立ち塞がった。次回「悲しい決意と勇気と」でお会いしましょう。

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