第138章  再会、そして……




 宇宙へと上がったアスランたちは、そこにも既に地球軍の手が伸びている事を知った。幾つものシャトル、そして輸送船の残骸が漂い、ローラシア級と地球軍の戦艦、駆逐艦が砲戦を行っている。そしてジンとストライクダガー、ファントムが制宙権を賭けて戦っている。
 そしてこの戦いの最中に船を止めて脱出してきたシャトルの回収をしている何隻もの輸送船の姿があった。どの船も格納庫が一杯になるまで退きはしないとでも言うかのようにその場に踏み止まっている。
 これを見たアスランはイザークにルナマリアのフリーダムを使えと言い、自らもジャスティスに乗って出撃しようとしたのだが、それをユーレクに止められた。

「何処に行くつもりだ。あんなスクラップ状態のジャスティスで宇宙戦が可能だとでも思っているのではあるまいな?」
「傭兵は引っ込んでいろ、これは俺たちザフトの問題だ!」

 自分を止めに出てきたユーレクをアスランは怒鳴りつけたが、ユーレクは引く様子を見せなかった。それどころかアスランを嘲るような笑みを浮かべ、イザークにフリーダムを寄越せとまで言ってきた。

「貴様たちでは荷が勝ちすぎよう。私が行く」
「どうしてだ、お前はただの傭兵だろう!?」
「グリアノスに貴様たちの事を任されているのだ。報酬分は働かねば信用に関わる」

 そう言うと、ユーレクはアスランたちに背を向けて後部格納庫の方に向かっていった。そこにはこれだけは遺棄するのは不味いという事で持ってきた2機の核動力MSがある。ただアスランの乗っていたジャスティスはエース級部隊と交戦した為、大破と言って良い有様となっている。使えるのは実質的にルナマリアが使っていたフリーダムだけとなる。
 だが、後部格納庫に向かうエアロックの扉に手をかけた所で何かを思い出したように動きを止めたユーレクは、懐から財布を取り出して中から一枚の紙片のような物を取り出してアスランの方に放って来た。無重力下で一直線に飛んできた紙片を受け取ったアスランは何を投げてきたのかとそれを見る。それはグリアノスとブルネットの髪の女性、それと2人の子供が写っている写真であった。
 何でこんな物をお前が持ってるんだという疑惑の目を向けるアスラン。それに対してユーレクは全く動じる事も無く、眉1つ動かさずに事情を話してくれた。

「前金代わりに寄越してきた財布の中に余計な物が入っていた、私には用が無い物だからお前が始末しておけ」

 どうやらグリアノスは確かめもせずに財布を放って寄越したようだ。それを受け取ったユーレクがそれを見つけてどう処分した物かと考え、アスランに押し付けたようだ。渡されたアスランはどうしようとイザークに相談してイザークを困らせている。言ってしまえばこれはグリアノスの形見とも言うべき物なのだ。となればグリアノスの家族に届けるのが筋なのだが、そんな仕事を引き受けたい者など居はしまい。
 アスランたちがパニックに陥っている隙にユーレクはさっさとエアロックを閉じてしまい、フリーダムに乗り込んでしまった。

「ふむ、こんなはした金で仕事をせねばならんとは、私も安く見られたものだな」

 しかし、口では愚痴りながらも、内心ではそんなに悪い気はしていなかったりする。フリーダムは現在の世界では最高のMSの1つであり、これに乗る機会はそうそう得られる物ではない。戦闘狂の気があるユーレクにとっては久々に楽しい気分になっていたのである。
 これでキラのような凄腕が相手ならば更に楽しいのだろうが、まあそんな幸運にはそうそう恵まれるものではない事はユーレクにも分かっているので、今はこれを使えることだけで満足していた。

 ハッチを開放して外に出たフリーダムは、この機体にとっては初めての戦場となる漆黒の世界を駆け抜け、地球軍の艦隊に向かっていった。これがどれほどの戦果を上げたのかは歴史には残ってはいない。ただアスランたちがオルトマ号に救出され、無事にプラントに脱出した事、そしてこの宙域で戦闘をしていた地球軍は、1隻の艦艇も月に帰還しなかったという事だけが記録に残されている。





 オーブ戦が終結し、戦いは殺すためのものから生かすためのものへと変わった。それまで銃を手に敵を殺そうとしていた兵士たちが、今度は負傷者を助ける為に必死になるのだ。司令官のカガリはザフト兵士も救助しろと命令を出してはいたのだが、この救助作業の最中に殺害されたザフトの負傷者は相当数に上る事が後の調査で判明している。これは助けに向かった部隊のモラルに左右される問題なのでカガリがどれだけ厳しく命令しても完全には防げなかったのだ。
 この騒ぎの中で多くの負傷者が回収され、その中には運が良いのか悪いのか、撃墜されたトールとフラガの名も入っていた。しかも何故か胴体撃たれた筈のトールはコクピットの機材に挟まれて右足骨折程度で済んでいたのに、右足ぶった切られて擱座したらしいクライシスから救出されたフラガは全身に複数の傷を負って重態となっていた。まあ命に別状は無く意識もあるので心配は無用らしいが、フラガは今回運が悪かったのだろうか。
 その場で即席の治療を受けたトールがジープでアークエンジェルまで搬送され、松葉杖つきながら元気に帰って来た時には艦の周辺で損傷状態をチェックしていたクルーが寄って集って無事を祝っていたものだ。まあやってきたミリアリアが大泣きしてしまった時には気不味くてみんな逃げてしまったのだが。

 そして、アークエンジェルではカガリがマリューと損傷した艦体を見上げてどうしたものかと話し合っていた。

「浮揚修理、出来ますか?」
「まあやりゃ出来るだろうけど、元々水上艦じゃないからなあ。まず水上滑走フロートを外付けして、何とか浮かせてドックまで運ぶ事になるな」

 カガリとしては恩義もあるアークエンジェルをこのまま廃艦にする気などはなく、意地でも再び宇宙に上げて見せると決めてはいたのだが、その困難さを考えると頭が痛くなるのだ。何しろこの巨体な上に元々これは水上艦ではない。沈没艦を引き上げるのとは訳が違い、条件は最悪に近いのだ。
 しかしここで悩んでいても仕方がなく、カガリは後ろに立つユウナに何とかしろと命じておいた。言われたユウナの方は何か色々言いたそうな顔をしていたが、カガリが抗議を受け付けてくれそうも無い事を悟るとガックリと肩を落としてしまう。その肩をサザーランドが何度も頷きながらポンポンと叩いていた。
 そして暫くして、副長代理のような扱いを受けているノイマンが艦の被害を集計して報告しに来た。

「艦は右舷機関部が載せ代えの必要がありますね。他は艤装が被害を受けたくらいで大した事はありません。浸水も無しです。クルーは死者12名、負傷者38名、うち6人が重症で病院の搬送しました」
「フラガ少佐とトール君もそれに入ってるのかしら?」
「あ、そうでしたね。その2人を入れると重傷者は14名ですか。あとフリーダム大破、ヴァンガード中破です。パイロットは両名とも無事ですけど、フリーダムはボロボロですよ」
「片腕吹っ飛ばされたんですってね。あのキラ君が追い込まれるなんて、世の中上には上がいるものだわ」

 キラの実力は化け物じみていた筈なのに、それを圧倒するような敵がいたのだ。もしかしたらトールとフラガを倒したのもあのシグーだったのかもしれない。討ち取れたからよかったものの、もし宇宙に脱出されていたら地球軍をさぞかし困らせたに違いあるまい。
 だが、地球軍にはもう1つの懸念材料があった。あのストライクルージュは宇宙港の傍に遺棄されていたのだが、これを使っていたパイロットは宇宙に脱出しているのだ。これのパイロットに関しては捕虜を尋問しても全く判明せず、誰が操縦していたのか不明となっている。ただもしこのパイロットが宇宙でより強力な機体に乗り換えた場合、どれほどの脅威となるか知れないのは確かだ。

 様々な懸案をとりあえず聞き終えたカガリは踵を返してオロファトに向かおうとしたのだが、ふとあることを思い出して足を止め、ユウナを振り返った。

「そういえばユウナ、フレイはどうした?」
「ああ、彼女なら捕虜の移送に当たっているよ。とりあえず湾口倉庫に収容して、後日収容所を決めることになるか」
「移送って、あいつこの戦いでずっと戦場に居たんだぞ、誰かに替わらせろよ」
「僕も休ませようとしたんだけどね、何でもアスランへの義理があるからオーブの捕虜の安全を確保しなくちゃいけないとか言ってたな」
「アスランって、まさか前に会ったあのアスラン・ザラか?」

 何でザフトの高級士官とフレイの間にそんな義理があるのだとカガリは首を傾げていたが、まあそういうのならやってもらえば良いかと思い、それ以上は何も言わなかった。そして今度はマリューの方を見る。

「それで、キラは何処に行ったんだ?」
「キラ君でしたら、リンクス少佐の所です。なんでも相談したい事が有るとかで」
「そっか、まあ良いや。じゃあ後でまたアークエンジェルに来るから、早めに呼び戻しておいてくれよ」

 カガリはそう言うと、ユウナにオロファトに行くぞと言って歩き出した。その隣にユウナが付き、顔を寄せて小声で話しかける。

「カガリ、アークエンジェルの浮揚修理は可能だと思うけど、その為にはドックを1つアークエンジェルに回す事になる。ただでさえオーブ軍は大損害を受けてるのに、そんな余裕があるのかい。これからを考えれば戦場にオーブ軍の姿が無いのは不味い」
「心配するな、私にも一応考えはあるさ。それに、私は暫く軍を動かすつもりは無い。今は再建に全力を注がないとな」
「……分かった、そこまで言うなら信じるよ」

 カガリが考えがあると言うのなら、補佐役でしかない自分がそれ以上何かを言う必要は無い。ただ代表を信じてオーブ再建に全力を尽くすのみだ。

「とりあえずは、何処から金を捻り出すかだね」
「まあな、首長家の在外資産を売り払ってもたかが知れてるし、こりゃいよいよアズラエルに私が身売りでもするしかないかな?」
「その台詞は4年早いと思うけどね。アズラエル理事なら君の身体よりあれに興味津々なんじゃないかな?」

 16歳の乳臭い子供に興味示すわけ無いだろとユウナが視線で笑い、そして丘の上に立つ黄金の覇王を見上げた。そう、たった1機でオーブ解放軍を食い止めて見せたこの巨人こそ、まさに宝の山なのだ。これに使われている技術をアズラエルは喉から手が出るほど欲しがるに違いないのだから、高値で売りつけてやれば良い。オリジナルはモルゲンレーテにあるが、どうせ資金不足で改良も発展も不可能なのだから。





 オーブは実に3ヶ月ぶりに本来の持ち主の元に戻った。自由オーブ軍を率いて凱旋したカガリは国民の歓呼の声に迎えられ、彼女は国民の声に手を振って応じながら、まず首長府に赴いた。ここがオーブの長が居るべき場所なのだ。
 そして、ここでは首長府に勤めている役人が総出で出迎えていた。彼らの顔を1人ずつ一瞥しながらカガリは幕僚を伴いながら奥へと進み、首長室へとやってきた。そこには数人の閣僚たちと共に降伏後のオーブを纏めてきた男、ホムラが居て、入ってきたカガリに満足そうな笑みを浮かべている。

「よく戻ってきたな、カガリ。もっと時間がかかると思っていたぞ」
「地球連合の力を借りられたおかげだ、自由オーブ軍だけじゃ何年かかったか分からない」

 ホムラの賛辞に答えて、カガリはホムラに右手を差し出した。だが、何故かホムラはその手を取ろうとはせず黙って首を横に振っている。その仕草にカガリが怪訝そうな表情を浮かべると、ホムラは仕方が無さそうに説明してやった。

「カガリ、私はザフトに協力してオーブを売った裏切り者で、お前はオーブを解放した新たな指導者なのだよ」
「何言ってるんだよ叔父貴、叔父貴がオーブをこれまで支えてくれて、レジスタンスまで組織してザフトに抵抗を続けてた事は知ってるんだ。功績を称えても糾弾する理由なんか何処にも無いだろ!?」
「いや、あるのだよカガリ。私を否定しなくては、国の再建は始まらない。私が残ればオーブの中に旧来の権力構造が残って、将来の禍根となるだろう。オーブの硬直化を招いた5大首長制を廃し、次の時代を作るのがお前の役目なのだ」

 自らを5大首長制、かつてオーブを支配した権力構造の終焉の象徴だと位置づけるホムラの言葉に、カガリはしばしの間頷く事は無かった。ただ身体を震わせて、その決断を下す事を否定し続けている。彼女にとってはホムラは残された最後の肉親といえる存在なのだ。血縁上はキラと繋がっているかもしれないが、実感としては物心つく前から傍にいたホムラの方がずっと近しい。そのホムラを処断しろというのだから、カガリが苦しむのも無理はあるまい。
 だが、決断から逃げる事は出来ない。ホムラは許しを請うつもりなどは無く、処罰される事を望んでいる。そして周囲の者たちもじっとカガリの言葉を待っている。もしカガリが許すと言えば彼らはそれを受け入れるだろうが、それは後に禍根を残しかねない。カガリの政治的な立場は未だに磐石とは言えず、ホムラを残せば政治的な対立構造を残しかねない。
 言わなくてはいけない言葉は分かっていても、それが口から出てこない。そんなカガリの苦悩を見かねたのか、ユウナがカガリの肩を軽く叩いてやった。それにビクッと反応して振り返ったカガリにユウナは小さく首を上下に振ってみせ、それを見たカガリの眼に一瞬とはいえ明らかな怯えが走ったのをユウナは見たが、何も口には出さなかった。
 そして、ついにカガリは決断した。震えこそ止まっていなかったが、彼女らしいはっきりとした声で命じたのだ。

「叔父貴を反逆罪で拘束し、柊館に軟禁しろ。後日正式な裁きを通達する」

 それは、事実上の首長家断絶の瞬間であった。カガリはアスハの養女であり、血縁上は正統ではない。そして彼女以外の首長家はロンド・ミナが居るだけで、彼女は中央に参画する意思は持っていない。そして彼女も養女であり、血統は完全に絶えるのだ。
 カガリの命令を受けて自由オーブ軍の士官4人がホムラを取り囲む。敬意の表れか手錠はかけていないが、それを咎める者はいなかった。そしてホムラはカガリを見て満足そうに頷いた後、ユウナの顔を見た。

「ユウナ、カガリを頼んだぞ。これは前を見る余り足元が見えなくなるから、上手く補佐してやってくれ」
「それはもう嫌というほど知っていますよ、ホムラ様」

 カガリの猪突猛進型の性格にはもう10年以上も困らされ続けてきたユウナである、それくらい言われるまでも無く知っていた。そしてそれを聞いたホムラはなるほどと楽しそうな笑みを浮かべ、そして後ろにつく兵士たちに目配せをして部屋から出て行った。



 ホムラを連行させ、ホムラと共にオーブを支えていた閣僚たちにも自宅で謹慎していろと命じたカガリは代表の椅子に腰をかけると、ふうっと重苦しい溜息を漏らした。ここを取り戻す為に戦ってきた筈なのに、そこに座っても全く嬉しいとは思わないのだ。それどころか肩にかかる重圧は増すばかりでどんどんプレッシャーだけが増していくような気がする。こんな椅子に父上は、叔父貴は平然と座っていたのだろうか。

「なあ、私は、本当にここに座っていても良いのかな?」
「いきなり何を言い出すんだ?」
「私はアスハの正当じゃあない。ただの養女なのに、ここに座っていても良いのかな?」
「別に良いんじゃないかい。国民も軍も君を支持してるし、僕やロンド様も君を支持している。基盤は十分に確保されてるさ」

 カガリの心配はユウナからすれば杞憂としか思えないものであった。カガリはオーブを取り戻した救国の英雄であり、軍はほぼ完全にカガリを支持している。国民が今後どう出るかは不透明であるが、選挙をしている訳ではないので軍と有力貴族を押さえておけば政権は確保できる。この辺りが大西洋連邦などの議会制民主国家とは違うところだ。
 そしてカガリは軍の自由オーブ軍の忠誠はもとより、ユウナやミナといった有力者を味方につけている。これで政権を失う恐れなど抱く必要は無いだろう。
 そんな不安など今のユウナにとってはどうでも良い事だ。今彼らが決めなくてはいけないのは今後のオーブの行く道である。その事を告げられたカガリは困った顔で壁にかけられている地図を見た。

「現在の世界情勢を説明してくれるか、ユウナ」
「そうだね、じゃあまずアフリカ戦線から……」



 オーブ開放作戦は終わったが、地球ではまだザフトの残存戦力が抵抗を続けている。その数はだいぶ減っているが、まだ30万前後がアフリカやオーストラリア北岸で頑張っていると見られている。アフリカにはビクトリア基地があり、オーストラリア北部にはカーペンタリアがあり、これらを拠点として抵抗を続けているのだ。
 だが、地球連合はもう地上での戦いの決着は付いたと判断しており、戦力を宇宙に向けだしている。パナマのマスドライバーの再建は完了し、既に物資の打ち上げは再開され、これがアメノミハシラに回収されて護衛部隊付きで月に送られているのだ。このアメノミハシラの存在で地球連合は月への補給路をより安全で確実な物とすることが出来たのだが、これはザフトが恐れていた事態の1つであった。
 そして更にフロリダのマスドライバーも稼動を開始している。これはケネディドライバーとも呼ばれるもので、現在は小規模な物だが将来的には世界最大規模の大型マスドライバーとなる予定だ。オーブのカグヤを無くした事は連合の今後の戦略に影響を及ぼすだろうが、致命傷というわけでもないのだ。
 更に宇宙ではザフトの前線基地であるボアズへの圧力が強められている。連合は周辺宙域に複数の小艦隊を展開させ、ザフトに消耗戦を仕掛けているのだ。ザフトの質も宇宙では確保されているので連合の被害も目視できない物があるが、ザフトは連合以上に焦りを見せている。何しろ彼らが失っているのは補充が効かないベテラン兵士であり、これが1人減るたびにザフトは確実に弱体化しているからだ。この調子で消耗すれば何れ破断点を迎え、地上の戦いのように連合の数にザフトの質は抗しきれなくなってしまう。


 この情勢下で負け組みからどうにかして脱しようとしているのが大洋州連合だ。アフリカ共同体は既に大西洋連邦、ユーラシア連邦の2大強国に敗北したにも等しく、既に国土の大半を失っている。勿論連合側の狙いはビクトリアであって、アフリカ共同体が潰されたのはついでに過ぎないのだが。ビクトリア周辺では地球連合の大部隊がザフトの守備隊と今なお激しい戦いを続けているが、増援を期待できない篭城は何れ陥落するもので、もはや決着は付いたも同然だった。そしてカーペンタリアにはオーブ開放作戦に参加した部隊の残存戦力を中心に再編成した部隊が当てられる事になっている。
 地上でザフトが敗退するにつれて親プラント国家の命運は尽きようとしている。元々プラントの軍事力を頼みにしていた国家群であり、ザフトが力を無くせば地球最強の大西洋連邦を含む連合諸国に抗する事など出来るはずも無い。この最悪の状況の中で大洋州連合は生き残りのために大西洋連邦と水面下での交渉を続けている。どこも生き残りに必死なのだ。
 そんな中で情勢に逆行するようにプラントに擦り寄っているのが東アジア共和国だ。大西洋連邦の情報部に動きを掴まれた事に気付いたのか大人しくしている様だが、既に調査は進められているようで連合内における東アジアの地位は急降下している。もしプラントとの秘密協議が発覚すれば連合内から追い出されるだけでは済まないだろう。元々地球連合はプラントの独立阻止のために生まれた集団で、友情とは無縁なのだから。
 ただ、地球連合の変化も著しい物があった。最初はプラント理事国で固められていた強硬派集団であったのだが、今ではオーブ、極東連合、赤道連合といった穏健派の国も参加している。そして最大の変化はコーディネイター勢力である国家規模の集団、アルビム連合が参加していることだ。これはアズラエルがブルーコスモス強硬派を押さえ込む事で可能となった偉業であったが、同時にプラント消滅後の残存コーディネイターの受け皿の確保という連合諸国の思惑もあった。戦後処理のことも考えないといけないのが政治なのだ。



「とまあ、こんな感じだね。もうプラントの命運は尽きたと考えて良いと思うよ」

 一通りの説明を終えたユウナはなんとも楽観的なことを口にしたが、それは別におかしな考えではない。情勢を考えればもうプラントにできる事は滅亡の日を少しでも先に延ばす為の抵抗を続けるくらいしかないのだ。それで連合の戦死者が増加すれば、何れ国民の反戦気運が高まって譲歩してくるかもしれないという他力本願な望みに繋ぐくらいしか手はあるまい。
 だが、カガリは1つ気にかかっていることがあった。それはフレイから送られてきた映像データと報告である。

「なあユウナ、プラントはどれくらいの核弾頭を持っているんだ?」
「核かい? それは、燃料用に低濃縮型ならそこそこ持ってるだろうけど、軍事用の高濃縮型は無いんじゃないかな。プラントも貴重な燃料を軍事転用はしないだろうし」

 地球と違って核以外には太陽光発電くらいしかエネルギー入手の方法が無いプラントにとって、戦前に輸入できた核燃料の量は死活問題だ。地球諸国ならバイオマス発電や旧世紀の化石燃料発電もあるが、宇宙ではそんなことは出来ない。その貴重な燃料を軍事転用する事はまず無いだろう。燃料用の核から軍用核を作る事は不可能ではないが、かなり無駄が多い。 

 しかし、もしザフトに核報復能力が有るとすれば些か不味い事になる。勿論プラントやボアズなどから発射されたのならば連合はすぐに発見して撃ち落してしまうだろう。ミサイル自体は割と発見しやすいものであり、まして宇宙のような広大な空間なら迎撃の時間は長く取れる。
 問題は艦艇等に搭載されて地球の近くで発射された場合だ。この場合は迎撃は殆ど不可能であり、大西洋連邦などはこれを恐れているから突入コース周辺に衛星を多数配置して防空に力を入れている。だが可能性は常に存在しており、確実な迎撃は不可能だといえる。そしてもしプラントが核を使用すれば、その時は連合は間違いなくプラントを完全に殲滅してしまうだろう。
 そしてカガリが机の上に置いた写真サイズのプリント用紙には、モルゲンレーテ工場の地下施設で発見された核弾頭の姿が破壊されたNJCと共に映っているのだ。

「こいつを大西洋連邦に見せたら、間違いなく激怒するよな」
「そうだろうね。まあアルスターには証拠隠滅を頼んでおいたし、見つけた連中にも緘口令を敷いてはあるけど」
「だが、情報は何処から漏れるか分からない。そうだろ?」

 カガリの何処か冷めた言葉にユウナは肩を竦めて首を縦に振った。そう、どれだけ秘密にしようとしても何れ何処からか漏れてしまう。どんなに隠し通そうとしても、たとえ証拠を隠滅し歴史書を改竄しても記者や歴史家は隠された真実を探り当ててしまう。そういうものなのだ。
 これを完全に秘密にしてしまうなら見てしまった者たち、つまりフレイたちの口を封じるしかないのだが、そんなことが出来る筈が無い。つまりこの情報は何れ漏れる。となれば漏れても良い様、あらかじめ手を打つしかないだろう。

「大西洋連邦とユーラシア連邦の大統領には話をしておくしかないか。秘密にしとくと後が煩そうだ」
「それに、アズラエル理事にもね。悪人だけど話は分かる人だし」
「あいつはもうちょっと世のため人の為に働こうって気にはならんかなあ」
「そりゃ無理だよ、拝金主義者だもの」

 アズラエルはお金至上主義者で、自分が損をするのは絶対に嫌という人物だ。だがそんな男では有るが決して頑迷固持というわけでもなく、損得勘定をきっちりとしてくるのでそのあたりを使えば話を通す事も難しくは無い。少なくともカガリやフレイは金に汚いが根は良い奴、という印象を持っている。勿論悪人であるという前提があるが。

「しかしまあ、何で核弾頭なんて物残していくんだか。おかげでこっちは良い迷惑だぞ」

 核弾頭のプリントを指で弾いて、カガリは忌々しそうに呟いて椅子から立ち上がった。こちらでの話はついたので、もう一度アークエンジェルに戻ろうと思ったのだ。勿論ユウナはこれに良い顔をしなかったが、カガリが忙しくなるのは明日からなので今日は何も口にはしない事にしていた。今日くらいは自由にさせてやらないと明日から愚痴を言われるだろうから。
 だが、部屋から出ようとしたところでいきなり足を止めたカガリは、何かを思いついたかのような顔でユウナを振り返っていた。

「そうだユウナ、フレイに連絡してアークエンジェルに来させろ」
「え、何でまた。彼女ならそのうち向こうに行くと思うよ?」
「馬鹿だなあ、キラとどういう再会イベントがあるか、見逃すのは惜しいだろうが」
「……野次馬根性丸出しだね」

 どうして女ってのはこう恋愛話が好きなのかねえと思いつつ、ユウナは内線に手をかけた。





 アークエンジェルの近くではオーブと大西洋連邦の工兵隊がどうやってこれを浮揚しようかと話し合いをしていたが、同時にアークエンジェルのクルーたちも必要な機材の運び出しをしていた。そんな中で、キラはアルフレットに訓練の申し込みをしていた。だが、頼まれたアルフレットは何でそんなことを言うのかと首を捻っている。

「俺に鍛えて欲しい?」
「はい、お願いします。キースさんもフラガ少佐もフレイも少佐に鍛えられたって言ってました。だから僕も!」
「と言われても、お前は十分強いじゃねえか。今更そんな事を言われてもな」

 下手したら自分より強いのではないかと思っている相手から鍛えてくれなどと言われても困ってしまう。アルフレットは自他共に認める大西洋連邦最強のパイロットであるが、その強さは積み重ねで得た物だ。そもそも強いパイロットとは短期間で作れる物ではない。特に技量というのはある程度以上になると中々向上はしないものだ。まあその僅かな差が結果となって現れるのだが。
 何でそんな話をしてきたのかと問うてくるアルフレットに、キラは悔しそうに先の戦いのことを話した。

「僕、どうしても勝ちたい相手がザフトに居るんです。でも何時も引き分けだったり、僕が負けたりで、今回もトールやフレイが来てくれなかったら僕が負けてました。それにフリーダムを使っててシグーにまでボロボロにされて……」
「勝ちたい相手ねえ」
「それに、僕が勝てなかった相手にフレイは良い勝負をしてたんです。守ってみせるって言った僕がフレイより弱かったら冗談にもなりませんよ」
「……それが本音か?」

 アルフレットは少し呆れてしまったが、同時におかしさも感じていた。守りたい女を守れるだけの力が欲しいというのはまあ男が頑張る理由としては納得できる類の物だ。アルフレットもこういう理由で頑張る奴は応援したくなる性質なので、キラの頼みを聞いたやろうとは思っていた。
 だが、キラが勝てない相手にフレイが善戦したという話にはアルフレットも悩んでしまう。2人をそれぞれ相手にしたことがあるアルフレットにしてみればキラは間違いなくフレイより強かったのだが、相性か何かの差があったのだろうか。先の戦いでフレイが使っていたウィンダムは基本性能では実験機であるクライシスに劣らない高性能機ではあるが、流石にフリーダムと比較すると総合点で見劣りするから機体性能の差とも言えない。
 だがでは何でそうなるのかと暫し考えたアルフレットは、あることを思い出した。それはキラとの戦いの最中に幾つか気付いたキラの欠点である。それは普通に考えれば気にするほどの物ではないが、自分クラスの相手に対しては致命傷となりかねない欠点と言えるものである。

「なるほど、その可能性はあるか」
「何がです?」
「いや、何でもねえ。お前の話は分かったから、明日もう一度来な。準備はしておくからよ」

 アルフレットはキラの追及を交わすと、腕組みをしてマードックたちの方に行ってしまった。キラはアルフレットが引き受けてくれたことで安堵の気持ちもあったりする。まあ最高のコーディネイターなどと言われる男が幾ら人間離れしているとはいえナチュラルにコーチを頼んでいるのは些か滑稽な姿ではあるが。
 なお、この時は喜んでいたキラであるが、彼は翌日からこの頼み事を激しく後悔する事になる。




「いや、流石にコクピットがひしゃげた時は死んだかと思ったよ」
「俺も目の前のパネルが爆ぜた時は駄目かと思ったぜ。いやお互い生きてて良かったよなあ」

 重症と伝えられていたトールとフラガは、夕焼けの中で意外なほどあっさりとワゴン車でアークエンジェルに帰ってきていた。まあトールは松葉杖で、フラガは車椅子状態であるが。怪我したトールを心配して病院に行っていたミリアリアもいっしょに帰ってきたのだが、こちらはなんだか疲れた顔をしていた。どうやら心配した自分が馬鹿だったという事らしい。フラガの車椅子はナタルが押していて、ジープを近くに止めたキースが小走りに駆け寄ってきている。
 そして返ってきたフラガのところにマリューが来ると、フラガは包帯だらけの右腕を軽く上げて軽い調子で挨拶してきた。

「よっ、艦長。何とか生きて帰ってきたぜ」
「貴方って人は、本当に何時も心配ばかりさせて……」
「ははは、わりいわりい。でもま、キースほどじゃないが俺も結構不死身だって分かっただろ」

 全身包帯だらけで言っても説得力に欠けるが、まあ生きて戻ってきたのだから良しとせねばなるまい。幸い回復すればまたパイロットには戻れるのだから。だが、調子に乗って明るく言っているフラガの頭をナタルが何処からか取り出した小さなハリセンで軽くがたいて、フラガが小さな悲鳴を上げた。

「な、何すんだよナタル!?」
「何すんだよ、ではありません。少佐はこの後また入院なんですから、余りはしゃがないでください。本来なら今も絶対安静なんですよ」
「まあ艦長に心配させたくないっていう気持ちは分かりますがね」

 ナタルとキースに突っ込まれてフラガがたじろいでしまう。まあこの姿で退院などと考える奴は居ないだろうが、無茶をしたものだ。流石にそれを聞かされたマリューも怒ってしまったのだが、マリューが引っ叩くよりも早く1つの弾丸がフラガの腹部を直撃した。

「グボゥ!?」
「ムウだムウだ、良かった〜〜〜!」

 ステラだった。フラガが落とされたと聞かされてずっと心配していたのだが、帰ってきたのを見て飛びついてきたらしい。ただ、重傷者に体当たりをするのは止めを刺すことになりかねないので止めた方がいい。
 突然のステラの乱入に驚いてしまって誰も動けない中、追ってきたらしいスティングとアウルがステラを引き剥がした。

「ステラ、ムウは重症なんだぞ!」
「あんまり手間かけさせるなよな」
「やー、離してアウル、スティング!」

 2人に拘束されてフラガから引き剥がされたステラはじたばたと暴れていたが、流石に男2人には勝てずそのまま連行されてしまった。だが体当たりを食らったフラガは結構青い顔をしていて、何となく逝ってしまいそうであったりする。
 このドタバタしたした場所に、ユウナに運転させたカガリがやってきた。そして周囲を見回してキラが居るのを確かめると大声で呼び付けてキースたちのほうに行く。

「相変わらずここは騒々しいな」
「お、アスハ代表、仕事サボって遊びに来たか?」

 このくそ忙しい時にのんきな顔でやってきたカガリを見てキースがからかうように言い、ナタルが少しムッとして、マリューが苦笑いしている。だがサボりと言われたカガリはムキになって反論していた。

「ち、違うって、私はただ現場の視察にだな!」
「そうなの、ユウナ?」
「いや、まあ、今日はそういう事にしてあげてます」

 キースに問われたユウナはやれやれという感じで答え、3人はなるほどねえと言って頷いている。それを見てカガリがますます熱くなって騒ぎ出し、呼ばれてやってきたキラは車椅子の上でなんだか天に召されそうな顔をしてぐったりしているフラガを見て固まっていた。
 そしてからかわれていたカガリががしっとキラの襟を掴み、右手で指差してここに来た訳を話した。

「も、もうすぐフレイが来るんだよ。こんな面白い物見逃せるか!」
「……え?」

 勢いに任せてカガリが放った言葉にキラはぴしりと音を立てて固まってしまった。そしてその大声を聞いたアークエンジェルのクルーたちがそれまで続けていた仕事の手を止め、ぞろぞろと集まってくる。それを慌てふためいた顔できょろきょろとキラが首をふて見回している。

「な、何、何なのみんなして!?」
「はっはっは、いや丁度休憩時間でな」
「嘘言わないでください――っ!」

 全く詫びれない様子のマードックにキラが両手振り回してパニック気味に抗議しているが、そんなことをすれば余計相手を楽しませるだけである。突如としてワラワラと集まってきたアークエンジェルの仲間たちにキラが慌てふためいていると、そこに急ブレーキの音を上げて一台の車が飛び込んできた。それは無茶な動きで無理やり車を止め、物凄い砂埃を上げている。
 そして、その助手席からフラフラしたフレイが、運転席からソアラが降りてきた。

「お嬢様、到着いたしました」
「あ、あ、ありがとうソアラ。でももうちょっと安全運転でお願い」
「とにかく急げと仰ったのはお嬢様ですよ」

 どうやらここまで余程の暴走運転をしてきたらしい。パイロットのフレイが眼を回しているのだから一体どういう運転をしてきたのやら。しかもこの車、どう見ても軍用としか思えない車輪を履いているし、外装は装甲が入っている。そもそもなんでソアラがここに居るのだなど、疑問は尽きない。
 だが、問題はそこではなかった。フレイが来たのを見たキラは顔を真っ赤にして固まってしまっていたが、その背中をサイにトンと押されてよろけるように前に出てしまった。

「サ、サイ?」
「こういうときは前に出ないと様にならないぞ、キラ」

 慌てているキラに爽やかな笑顔で退路を断つサイ。その後ろではミリアリアとトールとカズィがニヤニヤ笑いを浮かべていて、更にアークエンジェルのクルーたちやカガリたちまで何とも爽やかなスマイルを作っている。
 笑顔で逃げ道を塞いでいる仲間たちにキラは硬直してしまっていた。まさか、こいつらはこんな衆人環視の中でこの期に訪れるかもしれない恥ずかしいシーンをやれというのだろうか。もしくは流血の大惨事を。
 顔を真っ赤にして今度はフレイの方を振り返ると、フレイは涙をぽろぽろと零してこっちを見ている。それを見たキラはますます頭の中が真っ白になってしまったのだが、背後で楽しそうにしていた連中は何だか罪悪感が沸いてしまっていたりする。フレイの涙に、流石にからかう場面じゃ無かったかなあと今更ながらに考えてしまったのだ。


 そして、フレイが嬉し泣きをしながらこっちに駆けて来る。それを見たキラがようやく覚悟を決めてフレイを抱き止めようと両手を広げ、迎える姿勢をとった。赤く照らす夕日の中で、それは恋人たちの再会の一幕のとでも言うような美しい光景であった。それを見ていたアークエンジェルのクルーたちが珍しく感動に胸を打たれ、キラの笑顔が輝く。そして、フレイが飛び込んでくるタイミングにあわせて思いっきり抱きしめようとして……



スカッ



 そのまま手は空しく空を切り、キラの両手はそのまま自分の身体を抱きしめる事になった。あれ? とハングアップした頭がこの感触を疑問に思い、背後から聞こえてくるフレイの声をカガリの慌てふためいた声がやけに遠くに聞こえてくる。

「カガリ〜、会いたかった!」
「な、ちょ、ちょっと待てフレイ、抱きつく相手は私じゃないだろ!?」

 フレイに抱きつかれたカガリが慌てふためいている。カガリはフレイを親友だと思っているが、女に抱きつかれて喜ぶような趣味は持っていない。そして周囲の奴らはフレイに対してちょっと待てという眼を向けていた。だがフレイはそんな周囲の視線などお構い無しにカガリに抱きついている。
 だが抱き疲れたカガリは迷惑そうにフレイを引き剥がし、キラを指差して抱きつく相手はあっちだろときつく言っていた。

「だから、相手は私じゃなくて向こうだろ。何でこっちに来るんだよ」
「え……だって、その……私たち恋人じゃないからそんな恥ずかしい事出来ないわよ」

 カガリの叱るような言葉にぼそぼそと返事を返すフレイ。それを聞いたキラはびしりと石化してしまい、サイたちが同情した眼差しでキラを見ている。どうやらキラは捨てられたようだ。

「かわいそうね、キラ」
「ああ、まさかフレイにそっちの気があったなんてな」
「フレイにそっちの趣味は無かった筈なんだけどな?」
「僕のデータにも無いよ?」

 ミリアリアとトールが心底同情し、サイとカズィがおかしいなと首を捻っている。そしてフレイは周囲が戸惑っている中で、カガリに顔を真っ赤にして恥ずかしそうに事情を話し出した。

「だ、だって、その、私たち関係をリセットしちゃったから、もうそういう関係じゃないし」
「ああ、それは昔に聞いた事あるけど、そんなのもう関係ないだろ。まさかあの状態で恋人じゃないと思ってたのか?」
「でも、キラは何も言ってくれないし……私はリセットしよって言った時に好きだとは伝えたけど、リセットしちゃったから無しになってるし……」
「…………お前、意外と馬鹿で奥手だったんだな」
「わ、悪かったわね!」

 これだけの美人なら男関係には不自由しないと思っていたのだが、ひょっとして誰とも付き合ったことが無かったのだろうか。そういえばこれまでの付き合いでもキラとサイの揉め事以外にはそういう方面の話は全く無かったし、それ以前の話でも聞いたことが無い。サイもデートをしたことも無いと言っていた。
 なんだかどうしようもない空気が流れる中で、ミリアリアはフレイが言った言葉の中に看過し得ない物が混じっている事に気付いた。

「ちょっと待ったフレイ、あんた一度コクってた訳?」
「う、うん……一度だけだけど」
「それって、確か3月か4月の話よね。半年以上も前の事なの?」

 ミリアリアが殺意を感じさせる目でちらりとキラを見やり、キラが固まった状態のままピクリと反応する。つまり何か、こいつは女に先に言わせたまま半年以上も何も言わず、ずるずると関係を続けていたと言うのだろうか。

「……最低男ね」
「ああ、駄目駄目なろくでなしだな」

 ミリアリアとカガリがなにやら剣呑な気配を発しながらキラをボロクソに罵り、その都度キラがピクピクと反応する。どうやら彼なりに自覚はあるようだ。そしてカガリが額に青筋浮かべながらキラにどういう事かと聞くと、キラは油の切れた錆びた機械のような動きで首を回し、脂汗に埋め尽くされた顔で予想外のことを口にした。

「そ、そんな事、言ってたっけ?」
「…………」
「まさか、忘れてたとか?」

 この男、半年前の事件でフレイが何言ったのかを覚えていなかったらしい。まあ男なんてそんな物と言ってしまえばそれまでだが、女の方はこういうものを良く覚えている事が多い。そして男がそういう記念日を覚えてない事が発端で喧嘩となる事がある。この辺りは男と女の違いという物なのだろうか。
 その一言が許せなかったのか、カガリとミリアリアが殺気を撒き散らして両手をボキボ気と鳴らしてキラに近寄っていく。それをフレイが止めようとしたが、プレデター状態の2人は聞いてくれなかった。

「さあキラ、今ここで改めてコクるんだな」
「そうね、女を半年も待たせるなんて犯罪だわ」
「あ、あの、ええと……」

 キラは必死に誤魔化そうとしたが、プレデター状態の2人には何を言っても聞こえそうも無い。そしてちらりとフレイの方を見ると、こちらは真っ赤な顔で俯いてしまっている。それを見たキラは頭が真っ白になり、追い詰められた焦りで何も考えられなくなって最悪の行動に出てしまった。

「か、勘弁してよ――っ!!」

 キラはその場で回れ右をして全力で逃げ出してしまった。それを見たミリアリアとカガリが待てこの最低男と怒鳴って追いかけて行き、カズィとトールが大笑いして顔を見合わせている。そしてサイはまだ顔を赤くしているフレイに声を開けた。

「大丈夫、フレイ。余り怒るなよ、あいつも悪気は無いんだからさ」
「……ふん、キラが大間抜けの甲斐性無しなのは言われなくても分かってるわよ」
「そっか、そうかもな」

 サイにフォローされたフレイは恥ずかしそうにぷいっと横を向いてしまい、サイは頷いて楽しそうに笑い出してしまった。
 子供たちが笑っているのを見てマリューとナタルが若いって良いわねえと少し悔しそうだったり、ステラが告白って何かとスティングとアウルに興味津々で聞いて困らせてたり、マードックたちが子供らしいキラの反応大笑いしていたりと、ある意味何時もの彼らに戻っていた。

「でも、告白されないから恋人じゃないか。フレイさんも子供っぽいこだわりがあるんだねえ」
「お嬢様はあれで結構純情で乙女チックな部分がありまして。恋人になるならこう、というイメージが出来あがっていたようです」

 だから親が決めたサイが相手でも恥ずかしがっていたのだと、ソアラはユウナの少し呆れた感想に答えていた。




 ただ、1人だけそれどころではなかったりする。

「ああ、すまないがすぐにアークエンジェルまで救急車を頼む。フラガ少佐がもうすぐあの世に逝ってしまいそうなんだ」

 ステラに止めの一撃を食らった男、ムウ・ラ・フラガはせっかく引き返してきた冥府に人知れず逆戻りしようとしていた。ただ1人それに気付いていた男、キースが電話で救急車を呼ばなければ本当に危なかったかもしれない。
 なお、病院のベッドに放り込まれたフラガは、そこで何故か全殺しにされたキラが隣のベッドに居るのを発見する事になる。

「こ、こんな目に合わされるのは久しぶりで、リカバリーが追いつかな……」

 キラ・ヤマト、彼が人類以外に分類されるのはそう遠い事ではあるまい。




後書き

ジム改 とりあえず、次回からは少しシリアスに戻る。
カガリ こいつらってまだ告白してなかったんだな。
ジム改 読者視点じゃそうなんだけど、作中キャラは知らないからな。
カガリ ところで、私にはロマンスは無いのか?
ジム改 周りに男は一杯居るじゃん。好きなの選べ。
カガリ ……碌なのが居ないんだが?
ジム改 だがアスランとは縁が無いしな。
カガリ こうなったらナタルを倒してキースを手にしてやる!
ジム改 おお、その意気だ頑張れカガリ。
カガリ ……ところで、後方に下がるってことは私の出番は暫く無しか?
ジム改 ええ、それでは次回、キラの弱点に気付いたアルフレットはキラに過酷な特訓を課すことに。それはキラが今の壁を破る為に必要な事であったが、同時にキラは本気のアルフレットの恐ろしさを知る事になる。そして大破したフリーダムは再び改修を受けることに。次回「キラの再訓練」でお会いしましょう。
カガリ 待てこら、何で誤魔化す!?

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