第139章  キラの再訓練


 

 オーブに帰還したオーブ兵たちは、解放の熱気から開放された後には暗く沈んでいた。ザフトはオーブにある物資の大半を奪いつくし、国土は見る影もなく荒れ果てている。この現実を見つめたことで彼らは肩を落としてしまったのだ。そして中には身内が殺されていた者もおり、意気消沈してしまっている。その中にはヴァンガードのシン・アスカもいた。
 民間人でありながらここまで頑張ってくれたシンに礼と謝礼を送ろうとしたのだが、彼はそれを拒んでカガリと連絡を取ろうとさえしなかったのだ。これにカガリは腹を立てたのだが、フレイが事情を教えてくれてなるほどと頷いていた。

「そうか、親父さんが死んでたのか」
「ええ、オノゴロで防衛線が破られた後、避難の途中で巻き込まれたらしいわ。今はそうっとしておいた方がいいと思う」

 せめてもの救いは母と妹が無事だった事だ。いずれ悲しみは癒える、支えてくれる者が居ればいずれ立ち直る事が出来る。だが、シンはもう頼る事は出来ないだろうとカガリもフレイも考えていた。

「あいつも良いパイロットだったんだけどな」
「仕方ないわよ、シンは軍人じゃないし、まだ13よ。戦争に巻き込んだのがそもそも間違いだった」
「……そうかもな」

 シンの腕を惜しむ気持ちの強いカガリだったが、確かにフレイの言う通りだと思い直してシンを諦める事にした。それに、シン1人で戦争が終わるわけでもない。カガリは気持ちを切り替えると、キラはどうしたんだと聞いた。

「そういえば、キラとも連絡が取れないんだが、あいつは今何をしてるんだ?」
「キラだったら、今頃扱かれてるんじゃないかしら」
「扱かれる?」
「ええ、父さんにね。キラが自分から訓練をするなんて初めて聞いたわ」

 そう、キラはアルフレットの訓練を申し込み、アルフレットはそれを受けたのだ。キラが訓練してるというのはカガリも初めて聞いたことであり、興味津々という顔をしている。

「でも、あのキラが何で今更そんな事を?」
「さあ、私にも良く分からないわ。父さんはキラには弱点があるって言ってたけど、私から見れば強すぎるから分からないし」
「それがおっさんには分かるのか?」
「かもね。だって父さん、フラガ少佐もキースさんも私も歯が立たないくらい強いんだもの」

 そう、アルフレットの強さは規格外だ。反応速度は並のコーディネイターを凌ぐと言われた自分よりも速く動いていて、あの上官に対しても常に自分のペースを保ち続けるフラガやキースが尊敬するような男なのだ。あの男ならキラの弱点さえ見つけてしまうのかもしれない。
 だがフレイには気がかりな事があった。そう、キースは訓練好きな男だったが、アルフレットはキースに輪をかけたような特訓好きな男だったのだ。あの男は部下を鍛える事が生き甲斐のような恐ろしい部分を持っている。自分もアルフレットによって徹底的に技を叩き込まれたのだ。

「父さんは私にこう教えてくれたわ。女の私に力攻めは向かないから、技で戦うのが良い。だから徹底的に技量を磨けって」
「それで、今のお前があるのか?」
「まあね、だから私は小手先の技ばかり上手くなった」

 アルフレットの教えを守ったフレイは、アスランが相手でも渡り合えるほどの技量を持つパイロットに成長した。元々反応速度と射撃勘だけはずば抜けていた彼女だが、それを生かしてひたすら技を磨いた事で、こと技術に関しては地球連合でも指折りのパイロットにまで成長したのだ。ただ体は大の男には到底及ばず、激しい動きによる高機動戦闘は相変わらず苦手としているが。
 フレイをここまで強くしたアルフレットがキラを鍛え直すと言っているのだ。きっとキラは更に強くなるに違いない。それはこれからの戦いにおいて大きな力となる筈なのだ。

「さてと、それじゃ私もそろそろ行くわ」
「何処に行くんだ?」
「訓練に付き合うのよ。トールもキラには負けてられないってシミュレーションに励んでるし、足が治ったら鍛えて貰うんだって言ってたわ。だから私も付き合うの」
「お前の負けず嫌いも相変わらずだな」
「カガリに言われたくないわね」

 カガリの皮肉に笑顔で返して、フレイはツバメのように身軽に身を翻して部屋から出て行った。フレイに何処まで成長の余地があるのかは分からないが、まあパイロットが訓練をするというのは良い事なのでカガリも止める気はない。それに、今から訓練をしてもらった方がありがたいのだ。
 カガリは決めていたのだ、今のオーブの軍事力でどうやって連合に貢献するんかを。それはオーブが有する少数のベテランパイロットを大西洋連邦の部隊に独立部隊として組み込んでもらう事だ。その中の1つとして、カガリはアークエンジェルにキラとフレイを送るつもりであった。

「元々、あいつらはあの船の人間だったんだからな。古巣に戻るだけさ」

 あの2人なら問題なくアークエンジェルで戦っていけるはずだ。何しろずっとあの船で戦ってきたのだから。それに、あの2人にはあの船が似合うのだとカガリは思っている。
 だが、何時までも戦いを彼らだけに任せておくつもりはなかった。暫くは国土の再建に全力を上げなくてはいけないが、必ず最終決戦には間に合わせてみせる。オーブ軍をもう一度再建し、最後の戦いにはオーブの艦隊が一翼を担うのだと心の誓っていた。それが世界の安定とオーブの栄光を取り戻し、世界にその存在を示す道なのだと信じている。それがカガリの選んだ父とは違う、カガリなりの新たな戦略であった。





 その日、演習場では信じられない光景を目にする事が出来た。オーブ軍でも最強のパイロットであるキラの駆るM1Bがストライクダガーに良い様にあしらわれているのだ。あのキラがまるで歯が立たないという現実にオーブのパイロットや整備兵たちが唖然とした顔をしている。
 相手をしているのはアルフレットのストライクダガーなのだが、機体性能ではるかに勝る筈のM1Bが良い様に転がされている光景は滑稽を通り越してシュールとさえ感じさせるものがある。
 その中でも現実逃避に走りまくっていたのがエリカ・シモンズ率いるM1設計チームだったろう。自分が生み出した自慢のM1がストライクダガーに1対1で歯が立たないなどという物を見せ付けられたのだから。

 そして戦っているキラは、アルフレットの絶対的な強さに驚くというよりも信じられない気持ちであった。強いのは知っていたが、前にフリーダムで戦った時は互角に渡り合えていた筈なのに、何故こうも一方的になるのだ。

「何で、どうして一方的にあしらわれるんだ。相手はただのストライクダガーなのに!?」

 互いに武器は持たない。完全に素手での乱組みなのだが、キラのM1Bは幾度となく転ばされ、組み伏せられて無様に大地に伏せていた。ストライクダガーは綺麗な物なのに、M1Bの装甲はところどころ歪んで汚れが酷い。
 そしてアルフレットはキラを組み伏せながらキラの欠点を指摘してきた。

「坊主、お前は動きが直線的過ぎる。それに力業に頼りすぎなんだよ。だからこうなるんだ」
「そんな事言われたって、少佐が速すぎて捕まらないんですよ!」
「俺が速いだあ、何寝ぼけたこと言ってんだお前は?」

 掴みかかってきたM1Bの右腕を身体を沈めて躱し、そのまま左腕でM1Bの右腕を払い、無防備になったM1Bに右肩から相手の胸部にチャージをかけて押し倒してしまう。その衝撃にキラは目を回してしまった。

「や、やっぱり速すぎる〜」
「……はぁ、やっぱり手前は何にも分かってねえ」

 こっちが速すぎると主張するキラに呆れたため息をついてアルフレットはM1Bを離した。

「もう良い、降りろ。これからもう少し分かり易く教えてやる」
「あ、あい〜〜」
「おら、シャキッとしやれ!」

 目を回してるキラを叱り付けてアルフレットはストライクダガーを停止させ、ワイヤーでコクピットから地上に降りていった。訓練が終わったと見た整備兵たちがストライクダガーに駆け寄り、機体をハンガーへと搬送していく。
 演習場の範囲から外に出たアルフレットは、そこで見ていたエリカたちの引き攣った顔に出迎えられてちょっと身を引いてしまった。

「な、何だ。何だかえらく不機嫌そうだな?」
「……いえいえ、そんなことは有りませんわ。ただちょっとショックを受けているだけですから」
「まさか、M1Bがストライクダガーに圧倒されるなんて……」
「何か間違ってたのかなあ。性能じゃ装甲以外は全ての面で勝ってる筈なんだけどなあ」

 開発チームのメンバーらしい連中がさめざめと泣いていたり、先ほどのデータを見て頭を抱えていた。それを見たアルフレットはやれやれと呆れ顔になり、その前を歩き去ろうとしたが、そこに駆け足でフレイがやってきた。

「父さん、どうだった?」
「おお、まあ軽く揉んでやったよ。しかしまあ、相変わらず出鱈目な反応の良さと頑丈さだな。目も良いし、敵じゃなくて良かったぜ」
「でも、勝っちゃったの?」
「ああ、その辺りはこれから説明してやるのさ。丁度良いからお前も来な」

 アルフレットはフレイの肩を叩くと、一緒に演習場の外側に建てられている管制センターへと向かって行った。ここは演習のデータ収拾や指導などを行う施設で、今回の演習のデータも入っているのだ。




 管制室のブリーフィングルームの1つを借りたアルフレットは、キラとフレイを前にモニターに表示させたデータを使って説明を始めた。

「まず坊主、1つだけ言っておくが、手前は間違いなく俺よりも速い。フレイじゃ勝負にならねえほどお前の反応は優れてる。コーディネイターだとしても冗談だろと言いたくなるような速さだ」
「でも、さっき少佐に徹底的に負けましたよ?」
「ああ、それはこれから説明してやる」

 そう言って、アルフレットはモニターに2機のストライクダガーを表示させた。

「これはお前とフレイがダガーを使った時のデータだ。良いか、よく見てろよ」

 アルフレットがプログラムをスタートさせると、まずキラのダガーが動き出し、次いでフレイのダガーが動き出した。2機は全く同じ動きをしているが、明らかにキラのほうが速く反応して動作に入っている事が分かる。

「分かるか、坊主は見ての通り無茶苦茶反応が速い。フレイも速い方だが、坊主に比べたらずっととろくて鈍いって事になる」
「ううう、なんか悔しい」

 とろくて鈍いと言われたフレイは不満そうだったが、事実そうなので文句を言う事は出来ない。だが、動作が終わった時点でアルフレットはキラに質問をぶつけてきた。

「どうだ、何か気付いたか?」
「いえ、さっぱり?」
「私も分からない」

 アルフレットの問いにキラとフレイは揃って首を傾げてしまい、アルフレットはちょっと身を引いてしまった。こいつらやっぱり結構馬鹿なんじゃないのかと思ってしまったりしている。
 そして、気を取り直すように咳払いを1つ入れるとアルフレットは2人に分かり易く説明してくれた。

「つまりだ、坊主の方が速く反応してるのに、動作が完了するのは殆ど同じだって事だ」
「……あ、言われて見れば」
「そういえば殆ど同時に終わってるわね」
「たく、それくらい気づけよな。つまりだ、フレイは坊主より遅く反応してるのに、坊主と殆ど同時に動作を終えてるんだよ。これがどうしてか分かるな?」

 そう聞かれてフレイは理解の色を示していたが、キラはボケた顔で相変わらず首を傾げていた。それを見てアルフレットの中で何かがぶち切れ、胸倉掴み上げて怒りを露にしていた。

「手前は何処まで理解力がねえんだ。あれか、オーブ自慢のゆとり教育の弊害か、学歴社会の被害者とか言うのか、ああ!?」
「いや、多分そんなことはないと思うんですけど……」

 首を締め上げられて蒼い顔をしながら言い訳をするキラ。大西洋連邦出身のフレイはゆとり教育って何だろうと思ったが、アルフレットの様子からすると碌な物ではないようだというのは何となく分かった。
 キラを開放したアルフレットは仕方なくもう少し噛み砕いて事情を説明してやる事にした。

「つまりだ、お前のが速く動きだしてるのに動作が終わるのは殆ど一緒って事はだ、フレイの方が動作が効率的で速いって事なんだよ。お前より遅く動き出すのにお前に追いついているんだ。だからフレイはお前から見てやたら速く動けるように見えるんだ」
「えーと、それってつまり、僕は操縦がフレイより下手って事なんでしょうか?」
「ああ、これで分からなかったらバーベル背負ってマラソンさせてやろうかと思ったぞ」

 それを聞いたキラは青い顔をして震え上がってしまった。この男はやると言ったら必ずやる。先のMS戦の前にも散々基礎トレーニングと称して疲れ切るまで延々と山道を走らされていたのだから。あれで肺が裂けるかと思わされたのに、それを更に超えるトレーニングなどやらされたら死んでしまう。

「まあここまで言えば分かるだろ。手前に足りねえのは技術と知恵だ」
「あの〜、それって僕が下手糞で馬鹿だっていてませんか?」
「何だ、ようやく分かったか」

 やっと理解したキラにアルフレットはその通りだと大きく頷き、キラはショックを受けて項垂れてしまった。これでもMSパイロットとしてはそれなりの自負があったので、下手糞だと断言されるのは結構効いたのだ。
 そしてアルフレットは手を休めるどころか、更にキラの胸にナイフを付きたてるような言葉を次々と放っていった。

「手前の戦い方は反応の良さと圧倒的な速さ、身体の頑丈さに物を言わせた力技なんだよ。だから良い機体を使ってるときはそれでも良いが、性能が落ちると極端に弱くなる。M1やダガーだとフレイと互角くらいになっちまうのはそのせいだ。つまりだ、手前は素人なんだよ」
「素人、ですか?」
「そうだ、手前には技術も戦術もねえ。だからその勝ちてえって奴にも勝てねえし、俺に歯が立たねえ。手前は何時も同じ動きしかしないから簡単に先を読めるから、動きを知れば相手にし易いんだよ」

 アルフレットに素人呼ばわりされたキラは、反論の言葉が見つけられなかった。確かにフレイもシンも戦いの組み立ての上手さで勝負してくるタイプで、訓練などでは自分はそれに巻き込まれて幾度となく苦戦してきたのだ。それを自分は何時も速さで斬り返していたが、考えてみれば確かに技で技に返した事はなかった。常に圧倒的な速さと火力、これがキラの戦い方だったのだ。
 そう考えるとアスランは自分の動きを読んでいたのかもしれない。アルフレットに至っては完全にこちらの動きを見切り、常に先に先にと動く事で自分を翻弄して見せたのだから。

「とは言っても、手前は強い。呆れるほど強い。単純な力押しだけで俺に本気を出させるほどにな」

 キラは強い。それはアルフレットも良く分かっていた。実際に所、キラは本当に恐ろしい存在なのだ。フレイなどは能力的には反応速度と高度な空間認識能力から得られる先読み、射撃勘以外はちょっと鍛えた少女と言うレベルでしかない。全体としてみれば優れた運動能力を示すバランスの良いトールの方がパイロットの資質は上だと言える。その弱点を技術と頭でカバーしているフレイは、キラとはパイロットとしての立ち位置がまるで正反対なのだ。だからフレイは機体の性能に余り左右されず、常に実力相応の強さを発揮する事が出来る。M1でもアスランのジャスティスの相手が出来たのはそのせいだ。
 これに対してキラは生来の圧倒的な能力に物を言わせた力押しをする。自身が持っていた圧倒的な反応速度、強靭な身体による対G能力、常人とは比較にならない五感の良さ、そして高度な頭脳から来る判断力とコンピューター知識を使った機体調整能力などだ。キラは自分の機体をその場の状況に合わせて即座に調整してしまうような人間離れした事をやってのけ、他者を寄せ付けない身体能力で機体の限界性能を引き出し、速さと鋭さで押し切るのだ。
 だが、そこにはその場の計算はあっても計画性は無い。アルフレットやフレイのように常に数手先を読んだ戦いの組み立てという物は無く、常にその場その場の対応を繰り返す。更に経験はあっても技術は無い為、動きも単調となってしまう。だからアルフレットのようなその速さに対応できるパイロットになると、キラはむしろ相手にし易いカモになってしまうのだ。ようするに、キラを相手にするというのは無人機を相手取るのに近い感覚となる。動きにバリエーションが無いのでどうう動いたら次になにをしてくるかが簡単に読めてしまうのだ。
 これではアルフレット級の相手には勝てない。アルフレットのような明らかに規格外、そう、戦場でエースと呼ばれたパイロットたちの中でも特に際立った実力を持つ超人を相手には絶対に勝てないのだ。このレベルのパイロットは零戦や隼でP−51を落としたり、スターファイターでイーグルに勝ってしまうという、カタログスペックを無視した強さを見せ付けてくれる。まあそんな化け物はそうそう居ないのだが。

 アルフレットはモニターを消すと、キラを指示棒で指してこれからの訓練項目を伝えた。

「そういうわけでだ、お前に足りないのは技術と知恵だ。だがその前に一度基礎からやり直しをしてもらうぞ。とりあえず俺流の新兵用基礎訓練プログラムを毎日に、俺が用意したシミュレーターの相手をしてもらおうか」
「あの〜、それって僕が過労死しません?」
「心配すんな、これでも兵士を過労死させた事はねえよ。生かさず殺さずが特訓の妙だからな」

 鬼のような言葉だった。キラは顔を真っ青にして椅子の上で硬直してしまい、フレイが流石に引き攣った笑顔を浮かべている。フレイもキースに散々に扱かれたことがあるのだが、あのキースをしてあの人は鬼だと言わしめたアルフレットの特訓とは如何ほどのものなのだろうか。とりあえずキースやフラガなどは思い出すのも嫌だという感じで話してくれていたが。
 キラが硬直したのを見てアルフレットはフレイを見やり、一枚のディスクを渡してきた。それを受け取ったフレイはこれは何かと問うと、アルフレットは厳つい顔をニヤリと笑わせていた。

「お前は坊主と違って完全な技能派だからな。ひたすら戦い方を磨くのがベストだ。そいつはこれまでの俺の戦いの記録みたいなもんだが、ついでに戦い方の解説みたいな物も入れておいた。頭に叩き込んでおけば役に立つだろ」
「それは助かるかな、ありがと父さん」
「さて、俺はこいつを連れてまた走り込みに行くからまた後でな。今日はそっちに行くからよ。たまにはのんびり休まねえと体ががたついちまうよ」

 年寄りをこき使いやがってと愚痴るアルフレット。しかし、そうは言っていても現場から離れようとしないこの男は、やはり生粋のパイロットなのだろう。40過ぎてなおキラを超える実力を持つのだから恐ろしい話だ。
 そしてこの日より、キラの地獄のトレーニングの日々が始まるのである。最初は興味本位でオーブのパイロットたちも参加したのだが、ついてこれなくて屍の山を築いている。その光景を情けない目で見ているカガリの姿が印象的だったと、後にユウナが語っていた。





 キラたちがアルフレットに徹底的に鍛えられていた頃、モルゲンレーテの地下工場ではクローカーの手による大破したフリーダムの再改修が行われようとしていた。今回の戦訓を再検討したクローカーは、シグーにフリーダムの弱点を突かれた事を確認してどうしたものかと悩んでいた。

「シグーの戦闘力も異常としか言えないけど、接近を許したのが致命的ね。相手がこのシグーでなかったら十分勝てたと思うけど、やはりフリーダムは接近戦には向かないわ」
「そりゃ仕方が無いですよ、これは支援機です」

 先の戦いでフリーダムとヴァンガードを沈めたシグーの映像を見ていたクローカーは、その圧倒的なまでの強さに自分の夫、アルフレットの姿を重ねていた。彼女の知る限りここまでの圧倒的な技量を見せ付けてくれたパイロットはアルフレットだけであり、こと技量という面で見ればエンディミオンの鷹ムウ・ラ・フラガでさえ遠く及ばない。

「ザフトにもこんなパイロットが居たのね。こんな人が沢山いたらザフトは連合に勝てたかもしれないわ」

 彼女もコーディネイターであり、プラントの連中に対して多少は同情する気持ちを持っている。心の中ではこういうパイロットがもっと沢山いれば、ナチュラルに負けることは無かったろうにと思っているのだ。この超人級の技量は才能や能力といった天性の物ではない。本当の実力とは努力の積み重ねによる研鑽のみで得られる物だからだ。
 このような努力型のコーディネイターがもっと沢山いたら、ジンはM1やストライクダガーなどに負けはしなかっただろうに。
 クローカーはジンを開発したスタッフの1人だったが、ジンはプラントを守る力として汎用性と操縦性、拡張性を考慮して開発した物だ。その設計は優れた技量を持つコーディネイターの操縦にも十分対応できる物とされている。このジンを発展させたシグーがフリーダムに迫る動きを見せるのもポテンシャルの高さを考えればありえない事ではない。ようはその機体を使いこなせるかどうかなのだ。
 そういう意味ではキラもシンも機体の性能を使い切れているとは言えない。キラの戦闘データを見る限り、アルフレットのクライシスには恐らく勝てはすまい。

「でも、強引な動かし方でアルと戦えるって言うのも凄いわね。彼のポテンシャルはコーディネイターだとしても出鱈目って事か」

 つまり、コーディネイターを基準とした設計よりも更に一歩踏み込んだ設計をする事が可能となるという事だ。クローカーは知らなかったが、それはかつてメンデルで行われていた調整体や戦闘用コーディネイターに対する技術者の考えに通じる物であった。機体設計において1つのネックとなるのはパイロットだ。未だに人間に勝る制御システムを生み出せない以上、パイロットの限界が機体の限界となる。結局機械では人間の状況判断能力、咄嗟の対応能力には遠く及ばないのだ。コンピューターに出来る事はあくまでも入力されたデータ上の物であり、パターンを読まれればただのカモとされてしまう。連合が投入した無人機ファントムも最初こそ大きな威力を発揮したが、動作パターンを読み切られてからは落とされ易くなっている。
 クローカーはキラ専用機と言えるフリーダムを、この際キラの能力に合わせたMSとして改修してやろうかと考えていた。ジェネレーターの負担を考えればこれ以上武装を増やす事は現実的ではない。悪戯にジェネレーター負荷を増やせば機体が不安定になり、実用性が大幅に低下してしまう。PS装甲をオーブ製の新型PS装甲に換装するのが一番妥当だろうか。あとはFCSの改良と追従性、機動性の向上だろう。クローカーはフリーダムを砲撃能力の高い汎用機に仕上げようと目論んでいたのだ。

 だが、クローカーは1つだけ気にかかっている事があった。キラを訓練するといっていたあのアルフレットが、凄く楽しそうにしていたのが彼女には気にかかって仕方が無かったのだ。あのアルフレットが楽しそうという事は、キラは殺されかねないという事だからだ。


 このクローカーの悪い予感は当たっていた。この時キラは歩兵用の野戦装備30キロを背負って山中マラソンをさせられていたのであるが、体力には自身があるはずの彼であっても初めてでいきなりこんな無茶をさせられれば持たなかったようで、行程の半ばで力尽き、山中で胃液を大量に吐き出しながら無様に転がってしまい、同様の重装備を背負ったアルフレットに介抱されていたりする。この親父は歩兵でも十分やっていけるのではないだろうか。
 これを走り終えた後でまだまだ次のトレーニングが待っているのだが、果てしてキラは生きていられるのだろうか。
 




 オーブの敗戦により、プラントはいよいよ窮地に立たされる事となった。幸いにもオーブに駐屯していた将兵は予定よりも遥かに多く回収することが出来たのだが、あのグリアノスを喪失した事はザフト人事部に悲哀をもたらしている。
 そして生還したアスランたちには本国に帰還する事さえ許されず、ボアズで再編成の後すぐにビクトリアへの航路を維持する為の遊撃部隊として出撃する事が命じられた。この命令をボアズの司令部で受け取ったアスランは最初蒼白になり、そして彼にしては珍しく感情を荒げて命令書を渡してきた司令官に詰め寄っていた。

「どういう事ですかこれは。本国は我々を、特務隊を磨り潰すつもりですか!?」
「落ち着きたまえアスラン・ザラ。戦況は君たちを遊ばせておけるほど余裕が無いということだ」
「遊ばせるとは何ですか。特務隊は地上で連戦に次ぐ連戦で人員は疲労し、装備を全て失いました。ここまで必死に頑張ってくれた部下たちに暫しの休暇も与えないつもりですか!?」

 アスランはもう我慢がならなかった。これまで命令だから、軍人だからと必死に頑張ってきたが、その本国の無茶無策の為にミゲルを失い、グリアノスを失い、多くの将兵を目の前で失ってきたというのにまだ無茶をしろと言うのか。前線の兵士を全く省みない本国のやり方に流石のアスランもとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
 このアスランの剣幕に司令官も気圧されてしまった。今の地位も軍功を立てて掴んだ物ではなく、エザリア派の台頭によるザラ派外しの一環による派閥人事の賜物なのだ。エザリア派の軍人はザラ派に比べると質が劣るという問題があり、ザフトの総合戦力を落とす一因となっているのだが、だからといってザラ派を今更復帰させる事も出来ず、そのツケを前線に無茶を強いる事で補っている。
 アスランが本国に帰れなかったのも実はこの派閥騒動が絡んでいる。派閥人事で更迭されたザラ派の将校たちは不満を抱いているが、パトリックという求心力を無くして結束できずにいる。ザラ派の重鎮であったユウキやマーカストといった面々も現在のザフトを割る意思は無い様で、この対立構造とは距離を置いている。
 この状況でもしアスランがプラントに帰還すれば、このザラ派残党がアスランを担ぎ上げて結束しかねないとエザリアは考えており、アスランをわざと本国から遠ざけるという事をしていた。


 アスランは怒りに任せて抵抗をしたものの、結局は命令を拒む事は出来ず、特務隊を中心とする遊撃艦隊の編成に着手する事になる。しかしただでは退かず、徹底的に正論を吐き続けてどうにか全員に僅かばかりの本国帰還と休暇を認めさせている。本来なら本国で1月ばかり静養と訓練をした後、再編成された部隊に配属という手順を踏むべきであり、最前線で戦い続けた部隊を撤退した直後に再編して戦場に再投入するなどあってはならないのだ。それにアスランはグリアノスとミゲルの家族に会わなくてはいけないという個人的な理由もある。このまま最前線に送られては、それが果たせなくなってしまうではないか。
 この件に関してはアスランを本国に戻すなと命令されていたボアズ司令官としては譲歩したくは無かったのだが、ザフトの中堅を固めているザラ派の力を考えると完全に無視するわけにもいかなかったのだ。確かに司令官級にはザラ派の姿は少ない。残っていても大半は重要度の低い部署に回され、力を失っている。しかし軍を支えている中堅どころ、隊長や艦長、後方の課長辺りはザラ派の士官で固められている。TOPを挿げ替えた事でザフトは混乱しているのに、更に中堅まで入れ替えたらザフトは身動きできなくなってしまう。流石のエザリアもそれは自殺だということは理解していたようでそこまでは手をつけていなかったのだが、そのおかげでザラ派は未だに隠然たる勢力を持ち続ける事となった。
 アスランはそのザラ派の求心力となる可能性があり、だからこそエザリアはアスランを本国から遠ざけたかった。可能なら特務隊からも解任し、全く影響力を持たない部署に左遷してやりたかったのだ。だがそれはアスランの功績を考えると難しく、今も苦々しい思いで特務隊隊長の任を任せていた。

 ただ、その中で何故かイザークだけは特務隊から切り離され、1人だけ本国への帰還とジュール隊隊長への栄転が命じられていた。イザークはこの命令に不満を持っていたのだが、彼もまた軍人にとって命令は絶対なりという本分を持っていたので、渋々この命令に従って本国に帰還することになる。ただ、彼は指揮官権限を利用して副官としてフィリスを同行させる事をボアズ司令部に認めさせ、特務隊隊長であるアスランの承諾も得て彼女を伴って本国に帰還している。この宇宙港での別れ際に、イザークは初めてアスランに母への不信感を伝えていた。

「アスラン、俺は母上のやり方がどうにも危うく思えて仕方が無い。今回の召還にもきっと何か裏があると思う」
「イザークにしては珍しいな、母上を疑うのか?」
「アスラン、俺は真面目に話をしているんだ!」

 自分の話を誤魔化そうとするアスランにイザークは僅かに感情を荒げてしまった。その剣幕にアスランも表情を改め、周囲をそっと伺う。

「イザーク、言いたい事は分かるが、聞かれたら誤解されそうな事を口にするなよ。今は色々と物騒だからな」
「ああ、分かっている。とにかく俺は一度母上に会って事の次第を確かめてみるつもりだ。ついでにフィリスに裏の事情を探ってもらう。あいつは何でか知らんがそういう事も得意だからな」
「……まあ、そうだろうな」

 イザークは何でか知らんがというが、アスランにしてみればフィリスは元々ラクスが送り込んできたスパイのような物だったわけで、彼女が裏の事情を探るのに長けていたとしても不思議でもなんでもない。確かに彼女なら今プラントに何が起きているのか、詳しい事を掴んでくれるかもしれなかった。
 そんなことを離していると、移送用シャトルから早く搭乗してくれと催促がかかり、アスランはイザークに右手を差し出した。

「また会えることを楽しみにしてる。それまで死ぬなよ」
「ふっ、それは俺の台詞だ。俺は後方に下がるが、お前は前線勤務なんだぞ」
「なに、陰謀渦巻く後方より、前線の方が気楽かもしれんさ」
「なるほど、違いないな」

 アスランの冗談に苦笑いを浮かべ、アスランの右手を強く握り返した。

「それじゃあな。あいつらを頼む」

 そう言い残して、イザークはシャトルの方へと飛んでいった。それを見送ったアスランお前に今度はフィリスが現れ、略式の敬礼をしてくる。

「それでは、私もこれで」
「ああ、イザークのフォローを頼むよ。余り無理はしないようにな」
「……その事なのですが」

 フィリスはアスランに顔を寄せると、耳元にそっと囁くような声で自分の下に舞い込んできた情報をアスランに伝えてきた。

「私の元に、ラクスからの手紙が来ていました。こちらで纏めて受け取った物の中に紛れていたのですが、彼女は私ともう一度話したいと言って来ました」
「ラクスが。どうして今頃?」
「分かりませんが、ラクスの方も上手く行っていないのでしょう。どうします、接触しろと言うのでしたら接触してみますが?」

 そう問われてアスランは少し考えた。ラクスはプラント内で反逆を起こし、父親を暗殺した憎むべき相手であるが、同時に本当にラクスが暗殺したのだろうかという疑問も彼の中にはある。地球でアズラエルから聞かされた、パトリックは生きているという噂の真否を尋ねたかったのだ。それと、フレイが言っていたブルーコスモスにもプラントとの講和を容認する勢力があり、アズラエルも講和容認派だという事をラクスに伝えてやりたかった。アスランはラクスがそういった事を知らずに動いているのではないかと思っていたのだ。

「……接触してみてくれ。俺も彼女と話がしたいと思っていた。今度はもう少し、ゆっくりとな」
「そうですか、分かりました」

 ラクスと話がしたいと言ったアスランにフィリスはクスリと笑みを零し、アスランの傍から離れてシャトルの方に行ってしまった。シャトルのエアロックではイザークが待っていたが、何故か妙に嬉しそうなフィリスに怪訝そうな顔になっている。

「どうした、嬉しそうだな?」
「そうですか? ふふ、そうかもしれませんね」
「何だ、変な奴だな」

 訳の分からない事を言うフィリスにイザークは首を傾げたが、フィリスは気にせずにニコニコしていた。アスランは気付いているのだろうか。あの時ラクスと話がしたいといった時、はっきりと分かるほど表情に心配そうな色が浮かんでいたのを。その声に相手の身を案じる気持ちが出ていたのを。

「うふふ、私はエルフィさんとどっちを応援するべきなんでしょうね」
「何の話だ、一体?」
「気になさらないで下さい、貴方には分からない女の子の楽しみというものです」
「はあ?」

 フィリスの話に訳が分からないという顔をするイザーク。だが、そんな反応だから貴方には分からないなどと言われてしまうのだ。


 こうして、アスランとイザークは別の道を歩む事になった。本国に召還されたイザークは新たにジュール隊編成を命じられて隊長職につくことになるが、アスランには更に過酷な運命が訪れる事になる。




 そして、プラントでは宇宙に引き上げてきた将兵を再編成し、宇宙軍の再建が急ピッチで進められていた。ナスカ級高速艦の量産が進められていたが定数を満たすには足りず、鹵獲した連合の戦艦や駆逐艦を改修した艦が後方部隊を中心に配備されており、一部は戦力の不足する前線部隊にまで回されている。連合製の艦はバランスは良いのだが足がザフト艦に比べて遅く、統一した艦隊運動が出来ないという弱点がある。これは戦力的に著しい問題を抱える事となる為、鹵獲艦は鹵獲艦だけで部隊を編成している。ただし敵味方識別の為、鹵獲艦は他のザフト艦と同じグリーン系の塗装に塗り替えられていた。
 これと合わせてMSの量産も進められていた。本来ならゲイツに切り替わっている筈のラインではライン変更による生産の停止を嫌い、未だにノーマルのジンやジンHMの生産が行われ、次々に機体を吐き出している。ジンは生産性、信頼性、操縦性などで不満が出ない完成された機体であり、新兵にも扱い易いとあって前線部隊から配備の要求が耐える事が無い。ゲイツは強力なのだが操縦性にやや難があり、生産性もジンに比べると悪い。
 また、一部ではベテランから絶大な支持を集めているシグー3型の生産も行われている。これはコストがやや高いが、一部のエース級パイロットからはジャスティスやフリーダム以上の評価を送られている隠れた名機となっている。
 そしてザフトが決戦兵力と位置付けているジャスティス、フリーダムの量産も進められていた。既に量産型の数は50機を超えており、運用艦の配備が間に合わないという笑えない事態を招いている。まあ一部はボアズやヤキン・ドゥーエの防衛隊に回されているのだが。
 そしてザフトが期待をかけていた試作ザクは生産を止められ、量産型であるザクウォーリアの生産も間近に迫っていた。ザクウォーリアの先行生産型が既にロールアウトしており、一部はデータ取りの名目で特務隊に送られる事が決まっている。これは試作ザクの機体スペックをほぼ再現したバッテリー形MSで、完成すれば如何なる連合MSにも勝てると期待をかけられている。
 そして、ザフトが技術の粋をかけて生み出そうとしている次世代型MSの構造試験機も工場の中で産声をあげようとしていた。その機体をインパルスという。




後書き

ジム改 キラ、何となく死にそう。
カガリ 実は模擬戦を除けばキラって、訓練ってしてないんだよな。
ジム改 フレイやトールは対G訓練や体力強化、勉強なんかもしてるんだけどね。
カガリ 私は一応正規の教育を受けてるぞ。
ジム改 ちなみに、没案ではこんな感じだった。

アル 「手前はバンクしかで出来ねえのか!?」
キラ 「そ、そんな事言われたって!」
アル 「お前はバンクからバンク、何時も同じパターンだ。だから読み易いんだよ!」
キラ 「仕方ないじゃないですか。僕にはこれしかないんだから!」
アル 「それで手前は良いのか!?」

ジム改 とまあ、こんな感じだった。流石に不味いから没にしたけど。
カガリ 当たり前だボケェ!
ジム改 とまあ、こんな感じでキラは訓練に精を出してもらうのだ。
カガリ まあ私も歩兵の真似事が出来るくらいの訓練はしてるけどな。
ジム改 そういやお前は歩兵だったな。でも馬鹿だったぞ?
カガリ 無茶は若さの特権なんだよ!
ジム改 そしてキサカやユウナの酒や薬の量が増えていくわけか。
カガリ さ、流石にもうあんな事はしないぞ。
ジム改 やったらユウナに縛り上げられてミナに再教育されるぞ。
カガリ やらないってば。でも、フリーダムの改修予算は出せるのかなあ?
ジム改 まあ頑張ってくれ。
カガリ オーブの台所は火の車なんだよ!
ジム改 まあ気にするな。それでは次回、アルフレットの特訓でボロボロにされるキラ。AAはドックで修理を受け、第8任務部隊には新たな任務が伝えられる。そしてシンもまた。アスランは短い休暇を使ってグリアノスとミゲルの実家を訪ねる。そしてイザークはエザリアから驚くべき戦略を伝えられ、激怒する事に。次回「悲しい決意」でお会いしましょう。

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