第140章  悲しい決意


 

 南洋に浮かぶ島国オーブ、その軍事要衝であるオノゴロ島の海岸では、ランニングシャツに短パンというスタイルの一団が死にそうな顔で海岸を駆けていた。その先頭ではランニングシャツに軍用ズボンというスタイルのごつい親父が掛け声を上げて一団を引っ張っている。

「おら、何しにそうな顔してやがる。もっと声を張り上げねえか!」
「しょ、少佐は、元気、ですね!?」
「当たり前よ。このくらいでへたばる様じゃパイロットはやれんぞ」

 超音速機が登場した頃の話だが、俗に戦闘機パイロットは30代前半で寿命を迎えると言われている。長い事戦闘機のGに耐えて酷使された体が限界を向かえ、何らかの障害を負うことが多いからだ。通常はそうなる前に地上勤務に移るのだが、稀に障害など出る気配も無く乗り続ける化け物もいる。まあ対Gスーツの改良などを含む対G技術の向上で安全性が高まったこともあり多少は寿命も延びているのだが。
 アルフレットは40を過ぎているのだが、その筋骨隆々の身体は年による衰えを全く感じさせない凄さがある。こんな身体を作らなくてはパイロットはやっていけないのだろうかと思わせる姿だ。
 そしてそのランニングシャツの集団の中に、死にそうな顔で必死に付いていっているキラの姿があった。これまで全くこういう訓練をしていなかったキラの体力は決して十分な物ではなかったらしい。アルフレットは死にそうな顔で息も絶え絶えなキラを見返すと、眦を吊り上げて怒鳴りつけた。

「おら、何くたばってんだ。ゴールはまだ先だぞ!?」
「ふぁ、ふぁ……い……」
「何だその死にそうな声は、もっとシャキッとしろシャキッと。まだ若くてコーディネイターの癖にだらしねえぞ!」

 若者たちと同じメニューをこなしながら平然としているアルフレットの姿に、キラは戦慄を覚えずにはいられなかった。この人はひょっとして自分以上の化け物ではないのか。ナチュラルなのになんでこんな人間とは思えない生物が生まれてくるのだ。コーディネイターの自分の身体より向こうの方が優れてるんじゃないのか。
 など等の疑問が頭の中を走馬灯のように駆け抜けては行きえていき、そして薄れゆく意識の中でキラは青い空が視界に広がっていくのを感じていた。

「おいこら、何勝手に気絶してやがる。起きろ坊主!」

 マラソンの途中でキラは力尽き、砂浜に崩れ落ちてしまった。それを見たアルフレットが怒鳴りつけたがキラはピクリとも反応せず、すっかり死にかけていることが分かる。それを確かめたアルフレットはしょうがねえ奴だと呆れつつ、倒れたキラを背負って再び集団の先頭に立って走り出した。このマラソンは彼の体力トレーニングも兼ねていたのだ。
 しかしこの男、本当に化け物なのではないだろうか。


 マラソンを終えて基地に戻ってきた若いパイロットたちが次々にその場に倒れていく。アルフレットも背負ってきたキラを放り出してやれやれと軽く肩を揉み、耳に聞こえてきた聞き慣れた轟音に空を見上げた。空には沢山のスカイグラスパーが飛んでおり、エメラルド色をした機体を先頭に編隊を組もうとしている。どうやら編隊飛行の訓練をしているようだ。
 その特徴的な機体を見たアルフレットは楽しそうに笑うと、右手を振り上げてその編隊に手を振ってやった。

「はははは、キースの奴も張り切ってるな。俺も負けてられん」

 何だか物騒な事を呟いてアルフレットは倒れているパイロットたちの方を見た。そして口元に残酷な笑みを浮かべ、恐るべき命令を出したのである。

「何時まで寝てやがる。次は腕立てだぞ。起きねえ奴は水でもぶっ掛けて無理やり起こせ!」
「もうちょっと休ませてください――っ!!」

 若者たちの悲鳴が基地に木霊する。とりあえずこの悲鳴が聞こえなくなるまでアルフレットの特訓は続くだろう。そう、アルフレットはキースらの評価通り、無類の特訓好きだったのである。



 後方から補充でやってきた新米パイロットたちを率いての編隊飛行訓練を終えて戻ってきたキースはヘルメットを抱えてキラたちの様子を見にやってきたのだが、キラたちがトレーニングをしている筈のフェンス裏のコートには無秩序な魚河岸にでも迷い込んだかと錯覚させるような有様で、人間が死屍累々と転がっていた。ところどころにトレーニング用のバーベルなどが転がっているのが怖い。そしてその中で、1人じっと逆立ちをしているアルフレットの姿があった。

「隊長、何ですかこれ?」
「おおキースか。坊主と一緒に補充パイロットを鍛えてやってたんだが、どいつもこいつもだらしねえなあ。みんな潰れちまいやがった。これじゃ先が思いやられるぜ」
「……隊長、補充兵は訓練期間を短縮してるんですから、昔みたいなペースでやったら潰れるに決まってますよ。基礎体力がそんなに高くないんですから」
「馬鹿野郎、そんな甘い事言ってたら実戦で死ぬだけだぞ。鍛え方が足りねえなら今ここで少しでも鍛えるべきだろうが。ここならまだ死なねえんだ。後でもっと訓練しとけばなんて後悔しても取り返しはつかねえよ」
「それは耳にタコとイカが数珠鳴りになるくらい聞かされましたよ」

 キースもまたアルフレットの教えを受けた者の1人だ。だからアルフレットの考えている事は良く分かる。しかし、訓練校から出てきたばかりの補充兵にアルフレットの拷問のような特訓はまだ早すぎるだろうと考えていた。
 キースから咎めるような目を向けられていたアルフレットは居心地が悪そうに身じろぎし、地上に足を下ろして立ち上がると首を左右に幾度か曲げてほぐし、分かった分かったと片手を振って示した。

「ああ、明日からはもう少し手心を加えるとしよう。MSの操縦訓練もあるしな」
「そうして下さい、何人かさっきからピクリとも動いてませんよ」
「心配すんな、生きてるよ」
「相変わらずですねえ」

 アルフレットの相変わらずな性格に、キースは呆れた声で呟いてしまった。昔は自分もこうやって鍛えられたのだ。あの頃の自分は復讐心に駆られてただ強くなりたい一心でアルフレットの拷問のような扱きに耐え続けたものだった。フレイもまた父の敵を打ちたい一心で自分の特訓に歯を食いしばって付いてきた。一途な思いは何物をも上回る力となるのかもしれない。
 




 フラガの入院している病院に見舞いに来たマリューとナタルは、これからの事を話しながら病院の廊下を歩いていた。
 大西洋連邦とオーブの工作艦によって浮揚されたアークエンジェルは、オノゴロ島の軍港にまで運ばれ、そこでドックに入渠する事となった。幸い右舷機関部以外は大した被害は無く、右舷機関部と推進ユニットをそっくり付け替えれば戦線復帰できる。修理完了までそんなにかからないと聞かされたマリューは安堵して報告書をナタルに突っ返し、困ったものだと愚痴をこぼした。

「アークエンジェルが動けないとなると、カーペンタリアにはドミニオンとパワーだけで行く事になるわね」
「はい、そうなりますとロディガン少佐が先任将校という事で指揮権を引き継ぐ事になります」
「まあそっちは心配してないわ。貴女が命令違反なんてするわけないもの」

 軍人の型に嵌っているナタルが上官命令に背くわけが無い。この問題に関してはマリューはナタルを信頼していた。
 しかし、ナタルはマリューの安心に何だか脱力してしまい、もう一枚の書類をマリューに差し出した。

「それが、状況は余り良くは内容なのです」
「どういう事よ?」

 ナタルの様子のおかしさに軽く首を傾げたマリューは書類を手にとって目を通し、ナタルの不安の原因を知った。確かにこれではナタルが憂鬱になるのも無理は無い。それは第8任務部隊への新たな任務と、強化人間6人の一時帰国の指示だったのだ。

「強化人間6人を調整の為送り返せって、戦力が低下しすぎるじゃない。アークエンジェルなんてパイロットがゼロになるわよ?」
「とりあえず補充のパイロットは送って貰えるようですが、戦力低下は避けられません。と言いますか、これではパワーとドミニオンの戦力は通常の部隊並みまで落ちます」
「そうね。パワーからアルフレット少佐を外してアークエンジェルに編入し、アークエンジェルは修理完了次第パナマ基地から宇宙に上がれ、か。無茶苦茶なスケジュールだわ」
「本国の目は既に宇宙に向いているようです。各地の戦力が続々と引き抜かれて宇宙に上げられていますから」
「宇宙でも決戦の時は近い、か」

 地上の戦いが残敵掃討レベルになっている事はマリューにも分かっているが、ザフトを侮ると手痛いしっぺ返しを食らう事になる。過去に連合は幾度と無くそのザフトの恐ろしさを味わい続けてきた筈なのに、ここで手を緩めると言うのだろうか。
 だが、マリューの不安は杞憂かもしれない。連合のMS生産はザフトからすれば信じられない規模で進められており、地上に残っているザフトが相手なら数で押し潰す事は十分に可能だ。既に地上に残るザフトの保有戦力は地球連合が地上に展開させている戦力の1割にも届くまいから。
「カーペンタリアに向かうのは2個洋上艦隊にドミニオンとパワー、赤道連合軍と極東連合軍か。たしかにカーペンタリアのザフトを叩くには過剰すぎる戦力だけど、集まるまでにはまだ少しかかるわ」
「それは仕方がありません。オーブには物資がありませんから、またオノゴロに物資を集積しなくてはいけませんから」

 戦争とは現場で戦うだけではない。いや、現場で殺しあうのは最後の最後だけであり、戦争の大半は物資と兵員の移動によって行われる。圧倒的な輸送力と物資、そして運用ドクトリンを持つ地球連合諸国は負け続けながらも戦線崩壊を起こさなかった。これは連合の底力だと言える。対するザフトは戦場で勝ち続けながらも弱っていき、遂には連合に逆転されてしまった。これは損害を埋めるだけの生産力と輸送力、つまり戦争遂行能力が著しく劣っていた為だ。
 もしザフトがオーブ開放作戦と同規模の作戦を実行に移すとしたら、その準備には半年はかかるだろう。スピットブレイクなどはそうした作戦であった。だが地球連合は他でも同規模の作戦を複数箇所で遂行しつつも2ヶ月とかからずにこの準備を完了し、実行に移してきた。これが国力の差という物だ。

 だが、パイロットに関してはマリューはそれほど心配はしていなかった。強化人間3人が抜け、フラガが病院送りになったとしてもトールは復帰出来そうだし、サザーランドを通じてカガリがマリューに戦力の提供を申し出てきたからだ。そう、元アークエンジェルのパイロットだったキラとフレイをオーブ軍が本格的に参戦するまでの間、一時的にこちらに編入させて欲しいと言ってきたのである。
 サザーランドもこの話には乗り気であり、マリューもありがたい申し出だと感じていたので喜んでこれを受けようと思っている。あの2人にトール、そしてアルフレットが来るなら強化人間とフラガの穴を埋めてお釣りが来るほどだ。強化人間もすぐに戻ってくるだろうし、宇宙に上がっても何の不安も無い。

「まあ何とかなるわよ。それより、貴女の方こそドジってドミニオン沈めたりしないでね」
「失礼ですね、私かラミアス艦長より戦闘指揮には自信が有ります!」
「ふふふ、そうね、元アークエンジェルの鬼副長だものね」
「う、ぐ……」

 マリューにからかわれてナタルは言い返せずに詰まってしまった。アークエンジェルではマリューが飴でナタルが鞭の関係にあったことは確かであり、クルーからは鬼のように恐れられていた事も確かだ。ドミニオン艦長になってキースと組むようになってからは多少丸くなったようだがまだまだキツイ印象は拭えていない。
 少し拗ねてしまったナタルを見て、マリューは昔の悪い癖を呼び起こしてしまった。

「ところでナタル、バゥアー大尉とは最近どうなの?」
「ど、どうとは?」
「やあねえ、決まってるじゃない。少しは関係進んだわけ?」
「い、いえ、それはまだ……」
「まだ? まだって何処まで? もうベッドインしたの?」
「そそそそんな訳無いでしょう。まだキスも……!」

 マリューに売り言葉に買い言葉という感じで勢いでとんでもない事を口走ったナタルは言った後ではっと気付き、慌てて口を押さえてしまう。だが、それを聞いたマリューは何とも言えない邪な、いじめっ子の顔でナタルの顔を舐めるように見ていた。

「ふっふ〜ん、そうなんだあ、大尉も駄目な人よねえ。キラ君と一緒にフラガ少佐に教えてもらった方が良いんじゃない?」
「そ、それは駄目です。大尉が少佐のような女好きの浮気性になったらどうするんですか!?」
「ナタル、貴女もなかなか言うわね」

 まさにマリューの悩みの種である問題だけに、ナタルが本気で嫌がる気持ちが良く分かってしまい、何となく墓穴を掘ってしまったマリューであった。
 そしてようやくフラガの病室の前にきた2人は扉をノックしようとしたのだが、中から聞こえてきた声にその手を止める。

「だからさ、今度の休みにどう、一緒に?」
「フラガさん、怪我人なんですからもう少し安静にしてないと」
「大丈夫だって、こんなのすぐ治るさ」
「もう、エッチなんだから」

 それが聞こえた時、廊下の空気が凍りついた。マリューから放たれた殺意にナタルがビクッと反応して身を引き、脂汗を流してじりじりと後ずさっていく。そして周囲にいた患者や看護士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ散ってしまう。そしてナタルも距離をとったところで身を翻して逃げ出してしまった。その背後で扉が開く音と、フラガの悲鳴が聞こえたような気がしたが振り返ることは無かった。


 そしてその後何があったのか、目撃した少数の関係者は頑なに口を閉ざして語ろうとはせず事件は闇に葬られる事となった。目撃者の1人ナタルはキースにだけは語ったようだが、キースもまた多くを語ろうとはせず、真相は遂に明かされることはなかった。
 ただ、フラガの外傷が新たに数十箇所にわたって追加された事実のみが存在している。奇跡的なことに入院期間は延長されなかったそうだ。





 オノゴロ島の居住区は完膚なきまでに破壊されてしまい、オノゴロ島の住人は他の島に分散して新たな住居を与えられたり、施設などに仮宿舎を提供してもらっていた。中には知り合いの家に泊めてもらう者などもおり、アスハ家の親子もアルスター邸に泊めてもらっていた。
 だが、ここでは父親の死を知らされたシンが心の傷を抱えたまま居場所を無くしてしまっていた。声をかければ返事をするし、食事などもちゃんと取っているので心配するほどではないだろうが、やはり喪失感が大きいのだろう。だがシンはまだマシな方である。オノゴロ島の戦いに巻き込まれた市民の中には家族の誰かを失った者が多く、その中には家族全員を無くして天涯孤独の身となり、親戚や施設に身を預けた者もいるからだ。そういった人たちに比べれば母親と妹が迎えてくれたシンはまだマシであったといえる。
 実のところシンは父親の死を聞かされたとき、逆上して暴れまわった挙句に捕虜収容所のザフトを殺してやると息巻いて飛び出そうとしたのだ。それはソアラに取り押さえられて阻止されたのだが、彼を静めたのはフレイの体験談であった。父親を亡くしたシンだったが、フレイもまた目の前で父親を殺され天涯孤独の身となった過去がある。そして復讐に走ったのだが、その体験を聞かされたシンは怒りを向ける方向を見失ってしまい、虚脱状態になってしまったのだ。
 そのままどこか空虚な状態が続いていて、アルスター邸にも何だか重い空気が流れている。ここに居を移したアルフレットは無理やりシャキッとさせようとしたのだが、クローカーに笑顔で駄目出しされて渋々諦めている。


 そのアルスター邸に変化が訪れた。ここに元気印の女の子が遊びに来たのだ。邸宅までの坂道を元気に駆け上がってきたステラは、門の所で落ち葉を退けていたソアラを見つけて駆け寄ってきた。

「あ、お姉さんだ!」
「あ……ステラ様、でしたか?」
「うん!」
「お久しぶりですね、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「シンに会いに来たの」

 元気の良いステラにソアラも朗らかな笑みを浮かべて応対していたが、シンに会いにきたと聞かされて僅かに表情を曇らせた。彼に会わせていいものかどうか考えてしまったのだ。
 だがステラはそんな事情など露知らず、どこに居るのかを聞いてくる。その問いに断る事が出来ず、ソアラはそこまで案内してやる事にしてしまう。だが、そこでソアラは表現し難い物を見る事となった。シンは何時ものように海岸沿いの斜面の草むらで横になり、ぼうっと空を見つめていたのだが、その隣にはミグカリバーを含む4羽のデボたちが一緒に日向ぼっこをしていたのだ。シンはそれに気付いていないのか、邪険にする様子も無かった。
 それを見たソアラはやはりまだ無理かと考えてステラを連れて戻ろうと思ったのだが、隣を見たときには既にステラの姿は無かった。それに驚いて周囲を見回そうとしたソアラの耳に、全く予想もしていなかった嬌声が飛び込んできたのである。

「これ何、大きな鳥。何これ何!?」

 ステラはソアラですら気付かぬ間にデボたちにしがみ付いて遊んでいた。突然の奇襲を受けたデボたちがパニックを起こして逃げ惑っているが、ステラはそのうちの1羽を捕まえて物珍しそうな顔で見ている。その目はピカピカと輝いていて、もう興味津々という様子だ。
 自分ですら気付かぬ間にあそこまで移動したステラにソアラは驚いて暫し呆然としていたが、我に返ると慌てて止めに入ろうとした。だが、ソアラが動く前にミグカリバーが捕まったデボを奪い返してチュンチュンと激しく抗議のようなものをしだした。それは傍から見ると雀に警戒されているように見えるのだが、ステラは何故かきょとんとした顔でふんふんと頷いたり首を傾げたりしている。

「居候って何? 空気読めって?」

 何でこの娘はデボと会話をしているのだろうか。相変わらず何処かおかしな娘である。

「いえ、そもそもなんで雀の言ってる事が理解できるんでしょうか?」

 自分でさえブロックサインを理解するくらいしかできないというのに。
 だが、この騒ぎは大きな効果があった。流石にすぐ傍でこんな大騒ぎが起きては落ち込んでいたシンも無視する事は出来なかったようで、唖然とした顔でステラとミグカリバーを見ている。そして右腕で目をこすった後、もう一度じっと目の前の2人を見つめてその場から立ち上がった。そしてステラとミグカリバーが見送る中、シンはソアラに頼み事をしてきた。

「すいません、疲れてるみたいなんで栄養剤もらえますか?」
「申し訳ありませんが、目の前のそれは現実ですので薬を飲もうが医者にかかろうが消すのは無理ですよ。薬の種類によっては違う方向で見えなくする事も可能ですが」

 どうします、と聞かれたシンは首を横に振って拒否した。流石に麻薬を使うのは嫌なのだ。しかしこれが現実だとすると、この巨大雀やそれと会話をしているステラは全て本物なのだろうか。

「いや、現実って、こんな雀が居る訳ないでしょ!」
「オーブ原産の新種、という扱いになっております」
「んな訳無いでしょ、こんな不思議生物が居てたまるかぁ!」

 どうやらシンの中にある常識というものがデボスズメという存在を受け入れられないらしい。まあその気持ちが分かりそうな者は沢山いるのでシンがおかしいわけではあるまい。これを受け入れているアルスター邸の面々の方が適応力が有りすぎるのだ。
 ソアラはシンの傍まで来るとその肩をポンポンと叩き、そして力なく首を横に振ってそっと庭の一角を指差した。それをシンが目で追うと、その先ではマユがデボたちと戯れている姿があり、シンはその場でガックリと膝を突いてしまった。

「マ、マユまでこんな不思議生物になついて……」
「慣れた方が良いですよ。慣れれば楽になりますから。こう色々と」
「それって諦めるって事じゃねえかよ!?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるシン。それを軽く受け流して誤魔化し続けるソアラ。それを見ていたステラは右手人差し指を唇に当てて少し考えて、ミグカリバーににぱっと笑いかけた。

「シン、元気になった」
(後ろを向いてても仕方がねえ、苦しくっても前を向いて生きていかなきゃならねえのさ)

 ミグカリバーの薀蓄にステラはまた首をかしげている。どうやら彼女には言ってる事が理解できなかったようだ。ステラは学校にでも行って勉強でもした方がいいのだろうが、生憎と強化人間には人権は無いので教育を受ける権利は無かったりする。たまにナタルが先生の代役をして読み書きを教えたりしているのだが、それが実を結ぶのはまだずっと先のことだろう。





 ボアズからようやく本国に帰還して来たアスランたちは、統合作戦司令部に出頭して報告をするアスランを除いて全員が家族の元に戻っている。アスランは隊長という事で本部に出向かざるを得なかったのだ。
 これにはエルフィが副官として同行しようと申し出たのだが、アスランは報告をするだけですぐに済むと言ってエルフィを帰している。実際そうなると思っていたのだ。だが事態はアスランの想像を超える物で、アスランは本部に入ってから報告をするまでに1時間以上も待たされる羽目になったのである。これがアスランに対するエザリア派の対応であった。
 アスランにとっては面白い事ではなかったが、自分が激発すると特務隊全体に迷惑がかかるので黙ってい耐えていたりする。この辺りの精神的な成長振りはライバルであるキラとは雲泥の差と言うべきだろうか。
 ようやく地球方面を担当している地球攻撃軍司令部に通されたのだが、そこでの司令官の話はアスランの神経を逆撫でしてくれた。

「オーブも陥落したか。もう少し粘れないものなのかね。貴重な兵力を投入した傍から消耗されてはたまらんよ?」
「……失礼ですが、司令は前線の状況をご存知なのですか?」

 この司令官はヨーロッパや台湾、東南アジア、オーブで現地部隊がどれほど頑張ったのか理解していないのだろうか。確かに兵士を消耗したのは否定できない事実だが、消耗したくて消耗したわけではない。各地で補給を立たれ、孤立して各個撃破された責任は補給ルートを維持できなかった司令部の戦略ミスだろうに。司令部がもっと早く地球放棄を決定し、兵力の引き上げを始めていればこれほどの犠牲は出なかった。
 とはいえ、本国の方針が地上を捨て駒にして時間を稼ぎ、本国の守りを固める為の時間稼ぎにあることは公然の秘密だ。アスランもそれくらいは知っており、この司令官の言葉が単なる自分への嫌味である事は容易に察する事が出来る。だが、これは地上で必死に頑張ってきた兵士たちを侮辱する物であった。

 アスランに問われた司令官はその問いに不愉快そうな顔をしたが、一応頷いてみせた。前線の様子を知らないなどと問われて否定できるような司令官は普通は居ない。だが、アスランはこの男が前線の状況など全く理解していない事務屋だと考えていた。エザリア派には元々後方勤務関連の人間が多く、前線部隊にはザラ派が多い。

「前線の苦境は理解しているつもりだ。しかし、与えられた戦力で最善を尽くすのが君たちの仕事だ。違うかね?」
「その通りです。そして私たちは最善を尽くしてきました」
「この結果でかね? 口で何と言おうとも、結果が伴わなければ意味は無い」
「…………」
「今は兵士を調達するのも難しい。余り無駄使いはせんで欲しい物だな」

 この言葉にアスランは危うく激発しかけた。後方では兵士の命は数字でしかないかもしれないが、前線ではそれは1つの存在なのだ。共に戦ってきた仲間を、信頼できる上官や同僚を、生き残れる事を期待して鍛えてきた部下を、祖国防衛の情熱を胸にやってきた子供たちを、自分の目の前で散っていった兵士たちをこの男は無駄遣いと言ったのだ。前線指揮官としてはこれほど許しがたい言葉もあるまい。もし自分に権限があるなら階級を剥奪して前線に放り込んでやるところだ。その目で直に見れば少しは考えも変わるだろう。

 結局アスランはこの司令官の嫌味に耐えるだけで手一杯になり、彼に何かを言い返すことはしなかった。司令官もアスランが何も言い返さないことに飽きてしまったのか、すぐにアスランを開放している。
 アスランは司令部を後にすると彼にしては珍しく路上に唾を吐き、後方の無理解に対する悪態を漏らしながら軍事ブロックを後にした。この後彼は地図を頼りにまずミゲルの実家を訪ねていた。ミゲルの家には母親が居て、アスランを見るとあっさりと家の中に通してくれた。ミゲルが送ってきた写真などでアスランのことは知っていたらしい。
 今に通されたアスランはミゲルの母に彼が戦死した時の詳しい状況を伝え、彼を連れ帰れなかった事を隊長として詫びた。ミゲルの母はアスランの話に数度に渡って頷き、そして礼を言ってきた。

「あの子の事を話しに来てくれて、ありがとうございます」
「いえ、礼を言われるようなことでは。ミゲルは友人でしたから当然です」
「ふふ、ザラ隊長はあの子が手紙で伝えてきた通り、義理堅い方ですね」
「ミゲルがそんなことを?」

 ミゲルからの手紙には隊の仲間の事も色々書かれていたそうで、アスランの事も上官として信頼できる男だと書かれていたという。
 そして彼女はここ最近の戦死者の多さについてアスランに尋ねてきた。何でも近所の家でも身内から軍に志願した者が沢山居るそうなのだが、ここ最近多くの家に戦死通達が届けられているというのだ。墓地には遺体の無い墓が溢れ、土地が足りなくなって拡張が図られているという。この戦死者の異常な増加から、戦争は不利になってきているのではないかと噂になっているという。
 アスランはこれについては黙秘した。一応戦況に関する情報は統制されており、なるべく外部への流出を避けようというのが軍の方針なのだ。最も、地球軍のプラント本土への直接攻撃や物資の不足、募兵年齢の引き下げなどの情勢を見れば戦局が不利になってきている事は容易に想像できる状況ではある。前線では知る由も無かったが、本国には既に厭戦気分が広がっていたのだ。


 この後教えられたミゲルの墓を参り、アスランは今度はグリアノスの家に赴いた、。グリアノスは戦争の前は塗装業を営んでいたそうだが、現在は奥さんが子供を抱えながら店を経営しているようで、従業員3人を抱える店舗に辿り付く事が出来た。
 店の40歳くらいの従業員は軍服の少年が入ってきたのを見て訝しげな顔になったが、奥さんに会わせて欲しいと頼むとすぐに奥に入って呼んできてくれた。出てきたのは恰幅のいい30歳前後に見える女性で、ペンキに汚れた作業着が何だか似合っている。奥さんはアスランを見ると軍人さんが仕事の依頼かいと聞いてきたが、アスランは首を横に振り黙って懐から取り出した写真を差し出した。
 それを受け取った奥さんは驚いた顔になり、アスランに事情を聞いてくる。

「これを、何で君が?」
「グリアノス隊長の残された物です」

 そう言って写真を差し出すアスラン。受けとった奥さんはその写真を見つめた後、t空強い目でアスランを見てきた。

「うちの人は立派だったかい?」
「……はい」
「そうかい、ならそれで良いよ。わざわざ来てくれて済まなかったね」
「あ、あの……」

 奥さんはグリアノスは立派だったと聞いたら、それで納得してしまったようでそれ以上は聞こうとはせず、また奥に引っ込もうとしてしまう。それを見たアスランが慌てて声をかけて引き止めてグリアノスの最後を伝えようとしたが、奥さんはそれを遮ってきた。

「あの人が言ってたんだよ。これからの戦いはますます厳しくなる、俺ももう帰れないかもしれないってね。だから覚悟は出来ていたよ。あの人が最後まで臆病者じゃ無かったって分かっただけでも十分だよ」

 そう言ってアスランを止めてしまうと、奥さんはさっさと店の中に引っ込んでいってしまった。それを呆然と見送ってしまったアスランは困り果てた顔になってしまったが、今更もう一度引っ張り出すわけにもいかず、もう一度頭を下げて店を後にした。




 2人の家を訪ねた後、アスランは両親の墓の前にやってきていた。白い墓石には母の名前の上に父の名前が新たに刻まれ、名目上2人が共に眠っているということになっている。たとえ遺体が無くとも、ここは墓なのだ。
 アスランは墓の前に花を添えると、両親に今の不安を語りかけた。

「父上、母上、プラントは確実に追い込まれています。かつてザフトを支えた人材の多くは閑職に追われ、前線は宇宙にまで押し戻されようとしています。我々には食い止める事は出来ないかもしれません」

 同格と認めて色々相談しているイザークに対してすらここまで本心を打ち明けた事は無い。口に出して言う事など出来ないような本心だ。アスランの見立てではザフトはもうこの戦争に勝利する事など出来はしない。絶好のチャンスはアラスカかパナマだったのだが、それが駄目ならオーブの時点で終わらせるべきだった。だがもう対等の講和を望む事は出来ない。出来るとすればプラントとそこに住むコーディネイターの命の保障を条件に降伏するくらいだろう。
 ナチュラルは数だけではなく、質の面でもザフトを超えようとしている。ジャスティス、フリーダムは確かに強力な機体であるが、オーブでは4機投入して2機喪失、1機大破という被害を受けた。極めて高コストで運用の苦労も多いMSまで使っても結果はこのざまだ。開発当初はこれ1機で敵の1個艦隊を食い止めえるとまで言われていたが、実際にはそこまでの力は無くエース級が使って部隊1つを相手取れるというくらいだ。ルナマリアが使った時は数機を相手にするのが手一杯だったりと、パイロットの技量で著しく能力に差が出て困る。

「父上、政治家というものの重要さを私も痛感するようになりました。父上やシーゲル様が指導していた頃には考えもしなかったような問題がプラントの中に蔓延って、今では国内にはかつての活気は無く、市民は怯えています。前線部隊は上層部への根強い不信感を持って、乖離は進むばかり。父上が死んでたった5ヶ月でこの変化です」

 昔から対立はあったが、それは前線での戦いに支障を出すような物ではなかった。ザラ派やエザリア派、クライン派などの派閥対立は存在していたがそれでもザフトの勝利という目標を目指して団結していた。これはコーディネイターの優れた団結などではなく、シーゲルやパトリックの優れた指導力の賜物だったのだろう。エザリア政権になってから表面化した対立は元々存在していた物がパトリックたちという巨大な重石が取れたことで噴出したプラントの亀裂だったのだろう。
 軍事的には敗北への道を転がり落ち、政治的には様々な派閥が互いの足を引っ張り合っている。これは歴史上に幾らでも前例を見つける事が出来る亡国への最短コースだろう。軍事的に多少優越した技術、思想があろうとも、超人的な天才が現れてもこのような状態では戦う事は出来ない。逆に言えば国内がある程度纏まっていれば多少不利でも戦う事はできる。
 開戦した頃のプラントは概ね一枚岩に纏まっていた。だから国力比では比較する事も出来ない弱小勢力でありながらプラントは優れた人材と高性能な兵器、新戦術といった要素で新しい時代の戦争を地球連合に強要する事が出来た。これに対応できなかった地球連合は良い様に叩かれ、一時期は地球の半分を失うという失態を犯したのだ。
 しかし、プラントは逃げきれなかった。確かにザフトは新しい戦争のやり方でそれまでの戦術を過去の物としてしまったが、地球連合も無能ではない。膨大な物量を使って先進的なザフトを食い止めているうちに研究を進め、ザフトの持ち込んだ新しい戦争に対応できる力をつけてしまった。こうなる前にケリを付けられなかった時点でプラントは負ける運命だったのだろう。
 だが、まだ負けたわけではない。確かに状況は苦しく、最後の勝利を掴む事は出来ないかもしれない。だが軍が抵抗を止めれば誰がプラントを守るというのだ。どれだけ不利であっても、勝利の可能性がゼロであっても戦いを止める事は出来ない。軍は政府が戦争を終わらせてくれるその時まで戦わねばならないのだ。

「見ていてください、私も父上が守ろうとしたプラントを最後まで守りますよ。それでは、生きていたらまた来ます」

 これから最前線に戻るということを考えると次に来る機会があるかどうか分からない。そう思うと何時に来るとはどうにも約束しづらいアスランであった。何しろこれから宇宙に上がってくる地球連合がどれほどの大軍を揃えてくるのか、想像するのも怖かったから。
 その時ふと地球で聞いた話を思い出したアスランは、それまでの暗い気分が一転して明るくなるようなネタを思いついてしまった。

「ああでも、もしこれだけ大見得切って本当に父上が生きていたら、何だか馬鹿みたいですよね」

 ははははと笑うアスラン。勿論そんな話を信じていたわけではないが、そんな話を冗談にしてでも気持ちを紛らわせたい時はあるのだ。ただ、その死んだ筈の当人がクライン邸でのんびりコーヒーを啜りながら新聞を読んでいると知ったら、彼はどういう反応をするのだろうか。





 本国に帰ってきたイザークはその足でエザリアの元を訪れていた。エザリアはまだ執務中であり、イザクークを取り巻きの軍人や役人が押さえようとしたがイザークはこれを押し切って執務室へと入ってきた。
 扉を壊すような勢いで入ってきたイザークにエザリアは驚き、そしてイザークの身体に捕まって押し留めようとしている部下たちの姿に何があったのかを察して呆れたため息を漏らし、部下に下がるように指示してイザークを招き入れた。

「よく戻りましたね、イザーク」
「戻りましたね、ではありません。説明していただきたい!」
「説明?」
「私を特務隊から切り離した事です。何故この時期に特務隊を弱体化するようなことをするんですか。それにアスランたちをそのまま最前線に送り込もうとした事もです!」

 イザークは特務隊を磨り潰そうとするようなエザリアのやり口がどうにも納得できなかったのだ。何だかんだ言っても真っ直ぐな性根のお男であり、直情傾向も手伝って曲がったやり口は身内が相手でも許せない。
 イザークに問われたエザリアもまた厳しい顔になり、イザークの問いにはっきりと答えていた。

「地球に残した部隊の回収を進めるには航路と打ち上げ軌道の制宙権を押さえる必要があるのは分かりますね。その為には出来る限り強力な部隊を送り込んでナチュラルを押さえる必要がある」
「それなら宇宙軍の精鋭を投入すればいいでしょう。地球から戻った部隊には休養が必要な筈です!」
「時間も人手も足りないの、宇宙軍の精鋭といってもナチュラルとの戦いでだいぶすり減らされている。グリアノスが戻れなかったのは計算外だったわ」
「もっと早く撤退させてくれていれば、オーブの将兵を全て引き上げる事は出来ました!」
「引き上げるのは無理だったわ。一気に兵を動かせばナチュラルも動いてしまう」

 エザリアはあくまで戦略的な要求からの判断だと主張するが、イザークにはそうとは思えなかった。譲ってオーブの撤退が遅れたのはそうかもしれない。だが、アスランを強引に前線に送り込もうとしたのは異常だ。帰還したばかりの装備も消耗しつくした部隊をすぐに前線に投入しても役に立つわけが無いのだから。
 だから、イザークはエザリアが全く別の目的を持っていると考えていた。軍事的に考えて非常識な要求であるこの命令も、政治的な面から見れば全く違う答えが見出せるのだ。そしてイザークは政治的な動きに興味は無かったが、理解が出来ないほど馬鹿ではなかった。伊達にアスランと並んで政治的な立場を押し付けられているわけではない。

「母上、まさかとは思いますが、アスランを邪魔者と扱っていませんか?」
「…………」
「答えて下さい。ユウキ隊長、マーカスト提督らの良将を重要な部署から外したのも、アスランを本国から遠ざけるのも母上の政治的な立場の安定の為ではないのですか?」

 エザリアの政治的な立場はかなり不安定だ。パトリックの爆殺という悲劇による政治的な空白を生めるための後釜として就任したエザリアは別に後任としては問題は無かったのだが、その政治的な手腕は明らかにパトリックに劣っていた為にザラ派の軍人や官僚から冷たい眼差しを向けられていた。
 エザリアが政権を掌握し、プラントの全てを自由にするにはこれらのザラ派を切り崩す必要があった。有能だが目障りなザラ派を次々に左遷し、自分に従う者を要職につけるという露骨な派閥人事を敢行したのもその為だが、おかげで前線に居た自分たちがどれほど苦労したか。台湾なども無駄な時間稼ぎなどせず、さっさと撤退させていればあれほどの犠牲も出ず、ミゲルも戦死することは無かったのに。
 だがもうそれを言っても仕方が無い。イザークとしては過去を蒸し返すのではなく、これからの戦略をどうするのかを聞きたかったのだ。今のようなザラ派外しを続ければザフトは力を発揮できぬままにナチュラルに叩き潰されてしまう。
 イザークに今後の事を聞かれたエザリアは今後の戦略の概要を説明した。だが、それはイザークの予想の遥か斜め上を行くもので、暫し絶句してしまった。

「……ち、地球に住む生物を殲滅し、ナチュラルを滅ぼすですって?」
「そう。そのために私たちはγ線レーザー砲、ジェネシスの建造を進めています。これが完成すれば戦争は私たちの勝利です」
「馬鹿な……」

 母上は気がふれてしまったのか。説明を受けたジェネシスは本国からの発射で一撃で地上の半分を焼き払う事が可能な戦略兵器だということで、効率で言えばNBC兵器とは比較にならない。確かにこれがあれば地球を滅ぼせるだろう。だが、こういう兵器は脅しに使ってこそ意味があるもので、実際に使ってしまったら全てを無くしてしまう。第一地上を焼き払って生物を死滅させてしまったら、自給自足が出来ないプラントは今後どうやって生きていくというのだ。一度失われた環境は取り戻すのに百年単位の時間が必要になるというのに。
 母上は、評議会は戦争に勝利するという目先の利益しか見えなくなり、プラントの独立とコーディネイターの生存権を確保するという戦略目標を見失ってしまったのだろうか。いや、それともエザリアは最初からそれを目指していたのだろうか。パトリック・ザラがアラスカかパナマの時点でナチュラルと講和し、戦争を勝ち逃げで終わらせるつもりであった事はアスランから聞かされているが、エザリアはそういった考えは無く、ナチュラルを滅ぼして戦争を終わらせるつもりなのだろうか。

「母上、貴女はどういう戦後を描いておられるのか教えてください」
「決まっています、人類という言葉がコーディネイターを示す未来よ」

 どうやら本当にナチュラルを滅ぼすつもりでいるらしい。イザークは確かにナチュラルを見下している典型的なコーディネイターだが、別に滅ぼそうとまでは考えていないし、ナチュラルでもとんでもない奴がたまに居る事を戦場の経験で思い知らされている。そんなことを考えてもしナチュラルに情報が漏れれば、彼らは間違いなくプラントとそこに住むコーディネイターを殲滅しようとするに違いあるまい。もし自分がナチュラルの立場ならば安全保障上の問題から間違いなくそうするからだ。
 余りの事に二の句を告げないでいるイザークに対して、エザリアは更にとんでもない事を言い出した。それはザフトを磨り潰す計画であった。

「ジェネシス完成まで順調に行ってもあと3ヶ月はかかります。その間、なんとしてもナチュラルを食い止めなくてはいけません。その為には兵力は少しでも多く必要なのです。その為に暫くの間制宙権を押さえなくてはいけません。アスラン・ザラにはその為に身体を張って頑張ってもらうのです」
「……ザフトを、磨り潰すおつもりですか?」
「ザフトはプラントを守る為の存在ですよ。兵士は志願してきた以上、そう扱われる覚悟は持っているでしょう」

 それは政治家や軍司令官としての言葉だった。ザフトを戦略目標の為に磨り潰すというエザリアの言葉は指導者としては正しかったが、前線で戦い続けてきたイザークにすれば傲慢としか思えない言葉である。ただ、それでもイザークはエザリアの言葉に反論はしなかった。軍人は政治家の決定に黙って従うものだと訓練時代に散々叩き込まれており、もはや魂に刻まれたような絶対の縛りとなっているから。
 それに、エザリアに意見できるのは統合作戦本部の本部長たちの仕事であり、自分は息子だという立場を利用した越権行為をしているに過ぎない。ただ、この考えは早めに転換して欲しいとは思っていた。


 息子が黙ったのを見てエザリアは別の命令をイザークに伝えた。イザークを隊長に任命し、新たにジュール隊を編成するように伝えたのだ。

「旗艦はかつてラウ・ル・クルーゼが使っていたヴェザリウスを使いなさい。アデス艦長とは顔見知りでしょう」
「はあ、それはまあ、昔の上官ですから。ですが、そうなるとクルーゼ隊長はどうされるのです?」
「クルーゼは私直属の遊撃艦隊の提督になります。これは特務隊とは別に作られた部隊で、20隻ほどの艦艇で編成する予定です」

 なるほど、クルーゼは既に新たな任務についていたわけだ。だが使い慣れたヴェザリウスをあっさり手放すとは、何があったのだろうか。クルーゼの考えがさっぱり分からないイザークとしては今更であるが、一体クルーゼは何を考えているのだろうか。彼の周辺には最近妙な連中が増えているという事もあり、イザークもアスランと同様に彼に対して不信感を抱いていたのだ。


 エザリアの考えを聞いたイザークは執務室を後にしたが、彼はプラントの前途に漂う暗雲を感じずにはいられなかった。エザリアはナチュラルを食い止められると思っているが、それが甘い考えであることを彼は良く知っている。今日は引き下がるが、いずれまたエザリアに訴えようと彼は考えながら評議会ビルから去っていった。
 だが、イザークはここで母を止めなかった事を後に後悔する事になる、地球連合はイザークの考えていたよりも早く動き出したのだ。




後書き

ジム改 キラは生き残れるのだろうか。
カガリ 戦場に出る前に過労死しそうだな。
ジム改 まあ大丈夫だ、最高のコーディネイターだし。
カガリ こういう時だけそれ使うんだな。
ジム改 一応ポテンシャルだけは最高だから、叩けば伸びるのは確実だし。
カガリ ところでタケミカヅチは何時ごろ直るんだ?
ジム改 一応ラバウルでドック入りしてる。まあ魚雷食らったわけじゃないからすぐ直るさ。
カガリ 早く直せ、カーペンタリア戦に間に合わせたい。
ジム改 カガリ、幾ら洋上艦隊は残ってると言ってもMSは無いぞ?
カガリ レップウを積んでいくさ。M1は数が揃うまで待ちだ。
ジム改 なるほどね。それでは次回、ロウがミナにラクスとカガリの会談を申し込む。一方、クルーゼはエザリアにラクス軍の情報を伝え、討伐を薦める。そしてオーブではカーペンタリア攻略の準備が進められると同時に、クリスマス気分が広がりだす。アルスター邸でパーティーの準備が進む中でシンは。次回、「クリスマス・イブ」でまたお会いしましょう。
カガリ だんだんキラの主役の立場がシンに食われてないか?
ジム改 一応シンも主人公だし。

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