第143章  パーティーナイト




 プラントに迫る連合の艦隊と、それを迎え撃つザフト。それは小規模な艦隊であったが、それでもザフトは大苦戦をしていた。真空の宇宙を連合のダガーとザフトのゲイツが駆け抜け、火線を交えながら激しくぶつかっていく。その戦場を特務隊のパイロットたちは果敢に駆け抜けていた。いや、ここで迎撃をしているのは特務隊を中心とする部隊だったのだ。
 ジャックは迫るストライクダガーにアレスターを放ってシールドにぶち当てバランスを崩したところにビームライフルを叩き込んで撃墜し、一度混戦から距離を取ろうとした。

「数がいるな、隊長、敵は後何機なんです!?」
「敵艦隊は殆ど沈黙した。MSもあと少しだ、頑張ってくれジャック!」

 後方の艦にいるアスランがジャックの求めに答えて情報を寄越してきた。言われて見ればいつの間にか艦砲射撃は止み、MSの数も減っている。戦いそのものが終わろうとしていたのだ。さっきまで沢山いたような気がしたが、どうやら戦場で機が昂ぶっていただけらしい。
 そこでホッと気を抜いていると、エルフィとシホのゲイツが近づいてきた。

「ジャック、まだ気を抜かないでよね。戦闘中でしょ」
「そうですよ、油断大敵ですジャックさん」
「分かってるよ」

 相変わらず2人は煩いなあと思っていたら、いつの間にか周囲にはディアッカたちも集まってきていた。どうやら戦いは終わっていたらしい。それを確かめたジャックはアスランの帰艦の指示を受けて戻ろうかと思ったが、その時レーダーが新たな敵影を捉えた。

「え、何ですか、まだ敵がいる?」
「シホ、数は?」
「そ、それが……」

 シホが絶句している。それを疑問に思ったジャックがもう一度聞こうとしたとき、コクピットに警報が響き渡ってモニターに多数の光点が表れた。その数はどんどん増えていき、モニターを埋め尽くすまでに増えていった。

「お、おいおい、これ全部……?」
「全部敵艦、だよな。100や200どころじゃないぜ」

 ディアッカも震える声を出している。目の前に現れた敵は数え切れないほどであり、あれが全部きたら戦うどころではないだろう。一体地球軍はどれだけの大軍を用意してきたというのだ。 
 それでもとにかく戦う準備をしようとしたとき、無数の敵艦隊から膨大な量のビームが放たれ、ジャックの視界を埋め尽くしてしまった。その最後の光景にジャックは目を見開いて絶叫を上げていた……。




「ジャックさん……ジャックさん?」
「…………ん?」

 ぼんやりする頭とボケる視界。そして目の前にいる心配そうな顔をしたシホ。あれ、さっき攻撃を受けて全滅した筈なのに、何でシホが目の前にいるんだろう。ボケまくった頭で考えたジャックは、とりあえずシホにそれを聞いてみることにした。

「あれ、俺たち死んだ筈じゃ?」
「はあ? いえ、ちゃんと全員生きていますが」
「……そっか、良かった」

 安堵の余り、ジャックは目の前のシホに抱き付いてしまった。抱きしめられたシホは顔を真っ赤にしてパニックを起こしている。

「あ、あの、ジャックさん、私はそのここはそういう場所じゃなくてああいえ別に嫌というわけじゃなくてでもそのあの!?」

 パニックを起こしてはいるが暴れてはいないシホ。そのうちにだんだん頭が覚醒してきたジャックはシホから離れると、あれっという顔で周囲を見回した。そこは会議室のような場所で、仲間たちが苦笑しながらこっちを見ている。そしてホワイトボードの前に立っているアスランが噴出すのを堪えるような顔で肩を震わせていた。

「あ、あれ?」
「ジャック、クリスマスにこんな所で会議をさせてるのは悪いと思うが、そういうのは2
人っきりの時にやってくれないか?」
「え、そういうのは?」
「ジャック、あんたまだ寝ぼけてるでしょ、隣見なさいよ隣を」

 エルフィに言われて指差されている方を見ると、シホが湯気でも出てそうなくらいに真っ赤な顔をして完全に心ここにあらずという状態になっていた。

「ふ、ふにぃ……」
「あんた、寝ぼけてシホに抱きついてたのよ。それでシホってばパニック起こしちゃって」
「お、俺がそんな事を?」
「人前で大胆だったわよ。で、一体どんな夢見たのよ、随分うなされてたけど」

 シホもうなされてるジャックを見て心配して起こしていたらしい。それでジャックはさっき見た夢の話をすると、笑っていた仲間たちも流石にシンと静まり返ってしまった。夢だとはいえ、それはもう笑い飛ばせるジョークではなく、起こりうる現実かもしれないのだから。

「プラントに迫る数え切れないほどの敵艦隊、か」
「そんな深刻になるなよアスラン、夢だろ夢」
「ああ、確かに夢だ。だがな……」

 地上で雲霞の如き大軍で押し寄せてくる連合軍を相手にしてきたアスランたちにとって、それはもうジョークで済むことではないのだ。あれが宇宙でも再現されれば、現在のザフトの戦力では食い止める事は出来ないだろう。ジャックの見た夢は夢であるが、正夢になりかねない危険な想像であるのだ。
 ジャックの夢が夢で終わって欲しい、そうアスランは考えていた。そうとでも思わなくては、これから訪れるであろう未来には到底対処できないだろうから。アスランはイザークとフィリスが抜けて弱体化した特務隊でどうやって今後戦っていくか、それを話し合う為に今回の会議をしていたのだから。





 それは信じられない光景であった。それはまさにブラックホールの体現、膨大な質量を飲み込んでなお次が入っていく無限の穴。どう考えても入るはずが無いほどの量が小さな身体へと消えていく様は、見ている者を驚愕の状態から呆然へと突き落とすだけの凄さがあった。

「ハムハムモグモグ……おかわり!」
「はい、どうぞ」

 ステラの前にソアラが新たな肉まんの乗った皿を滑らせる。それを見たステラは嬉しそうな顔でそれを頬張り、おいしそうに租借している。その隣には大食らいの男たちが並んで座って同じように肉まんを口に運んでいたのだが、彼らは次々に倒れていき、今では残っているのは海兵隊の巨漢やヘンリーといった連中だけとなっていた。その彼らもかなり苦しそうで、ペースはガタ落ちしている。
 そして恐ろしい事に、ステラの隣には彼らを超える量の空いた皿が積み上げられていたのだ。

「も、もう駄目だ……」

 最後まで頑張っていたヘンリーと海兵たちも遂に崩れ落ち、司会をしていたノイマンは高らかにステラの勝利を宣言して彼女の手を持ち上げた。

「優勝はステラだ――!」
「嘘だああああ!?」

 ノイマンの宣言と共に宙を舞うチケット。どうやらステラに賭けた者は殆ど居なかったらしい。まあ普通は小柄で小食そうなステラに賭ける奴などそうは居まい。そんな中でステラの食欲を知っていたキースなどはちゃっかり配当金を受け取ってホクホク顔だったりする。
 そんな騒ぎの中で、最後の客たちがやってきた。自分のところのパーティーを終えてやっと遊びに来れたカガリたちだ。だが、車を降りて会場に入ったカガリはそこで暢気に飯を食っているアズラエルとヘンリーを見て怒りの声を上げていた。

「ちょっと待てこらあ、私の誘いを無視しておきながら手前らなんでここに居やがる!?」

 そう、カガリはアズラエルやヘンリー、イタラといった面子にも招待状を配っていたのだが、彼らは全員参加していなかったのだ。まあ仕方が無いかとカガリも残念がっていたのに、何でこいつらはフレイの方のパーティーで寛いでいるのだ。
 このカガリの怒りの声に対して、問われた連中は飄々とした態度でさも当然の如くふざけた事をほざいてくれた。

「決まってるじゃないですか、こっちの方が楽しいからですよ」
「そうだよねえ、やっぱりパーティーってのは楽しまないといけないよ。カガリさんの方に行ったら政治の裏舞台になってさぞかし息苦しいだろう?」
「だから僕たちはこっちに来たんですよ、料理は上手いし酒も上手い。しかも笑えるイベントも絶えないと、まさに最高の条件です」
「ようするに遊びたかったからこっちに来たって訳かよ!?」

 何ともまあ馬鹿馬鹿しい理由だが、これが真理かもしれなかった。少なくともこの2人は真面目にそう考えてこっちに来ていたのだろう。カガリはやれやれと肩を落とすと、自分も近くに置いてあるワイングラスを掴んでその中身を口の中に流し込み、そして目を見開いた。

「何だこれ、凄く美味いぞ!?」
「それはまあ、アルスター邸のワインセラーから持ち出したワインですから。私やヘンリーも色々と寄贈したので結構豪華になってますよ。今のオーブじゃ飲めない代物がどっさりです」

 これが世界でも五指に入る巨大財閥の力ですよと嫌らしい笑いを浮かべるアズラエル。それにカガリが悔しそうに歯軋りをし、ヘンリーが肩を震わせて笑っている。そしてミナは幾つめかのグラスを開けて、真面目な顔で物騒な事を呟いていた。

「すばらしい、最高のワインだな。後でワインセラーから失敬するとしよう」
「いや、それじゃ泥棒ですよミナ様」

 ユウナに突っ込みを入れられて、ミナは少し残念そうに新たなグラスへと手を伸ばした。




「僕に話って、何ですか?」

 人気の無い場所にまで一緒に歩いてきて、キラはマルキオに何の用なのかを聞いた。いや、本当は大体の見当は付いているのだが、聞かずにはいられなかったのだ。そしてマルキオはキラにとって予想通りの事を言ってきた。

「キラ・ヤマト。貴方はどうしてラクス様にその力を貸さないのです?」
「……やっぱり、その事ですか」

 フリーダムを渡された時、ラクスは自分が協力してくれるものと思っていたようだった。だから自分ははっきりとラクスに協力するつもりは無い事を告げていたのだが、彼女はまだ諦めていなかったようだ。
 しかしまさかマルキオが来るとは思わなかった。もっと別の、ラクスの仲間が接触してくる可能性ならキラも考えていたのだが、まさかマルキオが直接やってくるとは考えていなかった。
 だからキラはこの誘いを断る気でいたのだがマルキオが続けて切り出した話には流石に動揺せざるを得なかった。

「ザフトはこちらの動きに気付いてきているようです。プラントに潜伏している同志からはエザリア議長がラクス様がメンデルに居られる事に気づいたらしいという知らせが来ました」
「じゃあ、ザフトはラクスを攻撃するんですか?」
「恐らくそうなるでしょう。今ラクス様を失えば、世界は破滅へと向かうだけとなります。その流れを止める為にも、貴方にラクス様を助けて欲しいのです」
「でも、僕はオーブの人間です。オーブ軍に入って、僕の守りたい人たちの為に戦ってます。勝手にここを離れるなんて出来ません!」

 それはキラにとって決して譲れない事だった。確かにラクスはキラにとって恩人と言える相手だが、だからと言ってここから助けに駆けつけられるわけが無い。そもそもザフトが本気で攻撃してきたら自分ひとりで防ぐ事など不可能なのだ。マルキオは何を考えて自分に協力を持ちかけてきたのだろうか。
 オーブ軍人だから動けないというキラにマルキオは失望の色を見せた。そのような答えを期待はしていなかったのだろう。

「貴方は自分の考えで動こうとは思わないのですか。SEEDを持つ貴方が流れに身を任せ、誰かに動かされるままでいると?」
「……違いますよ。僕は、僕の意思で戦ってるんです。誰に言われたんでもない、僕が決めた戦いです。そのために僕はオーブ軍に居て、ザフトと戦っています」

 最初は状況に流されただけの戦いだった。だから嫌で嫌で堪らなかったし、その辛さを誰も分かってくれないと苦しんでいた。だが今は違う、戦う理由を自分で見つけ出した。だから迷う事無く戦場に出て戦えるようになり、仲間と肩を並べて前に出れるようになったのだ。
 しかし自分にとってラクスが恩人である事も確かであり、このままマルキオの話を聞かなかったことにしてすますのはさすがに気が引けてしまったので、キラはこの話をカガリに持っていくことを告げた。

「カガリに相談してみます。もしカガリがラクスを助けろと言うのでしたら、その時はラクスの元に駆けつけますよ」
「キラ君、君は……」
「それが僕に約束できる全てです。それに僕は、SEEDとかいう訳の分からない物を理由に戦う気にはなれません」

 それがキラの本心だった。マルキオに背を向けて歩き去っていくキラ、それを光を無くした目で見送ったマルキオはこの事態に焦りを覚えている。SEEDを持つ者が世界の為でも人類の為でもなく、己のエゴの為に戦うというのは彼の打ち上げたSEED理論からはかけ離れた行動だ。彼はキラもラクスのように世界の為に動いてくれる、自分たちの理想に理解を示し、協力してくれると信じていたのだ。
 何故彼は自分たちに手を貸してくれないのだ。いや彼だけではない、アスランもフィリスも、SEEDを持つ者たちは皆自分の道を勝手に歩んで行ってしまい、バラバラになってしまった。人間の次なる可能性を秘めている筈の彼らがどうしてこうもバラバラになるのだと疑問を口にしていると、それに答える声があった。

「それが彼らの選んだ道だからではないかの?」
「その声は、イタラ老ですか?」

 まさかという顔をするマルキオ。そして樹木の陰から姿を現したのは、マルキオの予想通りイタラであった。

「彼らも人よ。自らの意思で信じる物、掴みたい未来を選んだとしても何も不思議ではあるまい」
「ですが、彼等はSEEDを持つ者たちです。その彼らが何故対立しなくてはいけないのです?」
「求める物が異なれば対立も起きようて。人とはそうやって前に進むものじゃろうが」

 マルキオはSEEDを持つ者に未来への希望を見出し、救世主と定めた。だがイタラは彼らは所謂英雄であり、単なる歴史の1ページの登場人物でしかないと思っている。この2人はともにSEEDを持つ者を特別な存在と認めながらも、その捉え方には大きな差があったのだ。
 だから2人は相容れない。共にSEEDを探求しながらも全く異なる答えを手にした2人では相容れるはずが無いのだ。


 イタラの言葉に黙り込んでしまうマルキオ。答えが無いのを見たイタラもまた何も言わず、黙って彼に背を向けてパーティーの方に戻っていってしまった。





 そしてパーティーも終わりを迎え、参加者たちはそれぞれに帰り支度をしだした時、フレイが友人たちを温泉に誘った。オロファトの海岸に面した山の斜面に広大な敷地を持つアルスター邸であるが、その敷地内に温泉の源泉が有るというのだ。一般には公開されていない温泉で、アルスターの縁者が友人にしか開放されていないものだという。
 この話を持ちかけられた友人たちは喜んでこの招きに応じた。何でも男湯も有るということで男性陣にも誘いがかけられ、彼らも喜び勇んでこれに応じている。だが、これがオーブ史に記録されぬ凄まじい戦いの幕開けになるとは、流石のフレイも予見する事は出来なかった。



 早速温泉にやってきた彼らは男湯と女湯に分かれて行ったのだが、男湯でいきなりイタラがとんでもない事を言い出したのだ。

「諸君、儂らは今温泉に居る。そして温泉と言えばなんじゃ!?」

 何だか妙に気合の入っているイタラ。この訳の分からない質問に湯気で完璧に曇ってしまった眼鏡を人差し指でついっと押し上げながらサイが湯の中から立ち上がり、差も当然の如く答えてくれた。

「それは勿論、覗きでしょう」
「左様、君は分かっておるようじゃな。他の者たちもこれで儂らの使命が分かったじゃろう!?」
「あ、あの、まさか本当にやるつもりですか?」

 キラがマジかよという顔でイタラに聞くと、何故か周囲から強烈な殺気混じりの視線を叩きつけられてしまった。それまるで敵に向けるかのような強烈な視線で、キラがビクッと身を竦めてしまう。
 そしてイタラではなくアズラエルが何とも情け無さそうな声を出してキラを諌めてきた。

「何を戯けた質問をしているのですか君は、温泉といえば覗き、これはもう定番中の定番でしょう」
「そ、そうなの、かな?」
「君も男でしょう。今あそこには沢山の美女、美少女が裸でたむろしているのです。これはまさに神が与えたもうた千載一遇の好機。これを生かさぬは神の意に背く行いでしょう」

 まるで世の絶対の真理を得が如き自信に満ち溢れ、言い切ったアズラエルにキラは圧倒されてしまった。そして恐る恐る周囲を見回すと、サイもトールもカズィもヘンリーもユウナもエドワードもボーマンもノイマンたちも立ち上がってヤル気満々という顔をしていた。
 その気勢に完全に飲み込まれたキラ。そしてヘンリーに止めの一撃を入れられ、彼もまた落ちてしまった。

「まあ、無理についてくる必要はありませんよ。私たちは向こうで女の子たちを拝んできますから、君はここでそれを想像して悔しがってなさい」
「い、行かないなんて言ってないでしょう。僕だって健全な男子ですよ!」

 フレイの裸を見た事があるキラだが、それはそれ、これはこれという事らしい。まあ年頃の健全な男子としては普通の反応と言えるだろう。彼も青春の情動に突き動かされる1人の若者だったという事だ。
 そして1人、片隅で頭を抱えて悩んでいた男の子、シン・アスカは頭の中で様々な方法をシミュレートした挙句、遂に最も危険なカードを引き当ててしまった。

「い、いかん、覗き魔どもを止めに行かないと。というわけで今から僕も行って来る!」

 頭の中でアホな計算式を成立させたシンもまた、大馬鹿野郎たちの後を追って男湯の外へと駆け出していってしまった。所詮は彼も1人の男だったという事だろう。


 かくしてまるで戦場に行くかの如き気合をもって女湯に向かう男たちを、湯に浮かべた盆の上に置いた猪口に注いだ酒を口に運びながらアルフレットがまあ頑張れやと呟いて見送っていた。

「でも、何人が生きて辿り付けるかな。あそこは殆ど要塞だぜ」
「なら止めれば良かったじゃないですか」

 同じく風呂に残っていた男、キースが手拭を頭に乗せて気持ちよさそうにしながらアルフレットにつっこむと、アルフレットは苦笑いをして首を横に振った。

「まあ、良いじゃねえか。温泉に来たら覗きをしてみたいってのは、男なら誰でも一度は考える浪漫だからな」
「それはまあ、否定はしませんが」
「それより、お前は行かなくて良いのか。バジルール艦長もあそこに居るんだろうが?」
「まっ、艦長は堅物ですが意外と少女趣味なとこがある可愛い人でして。覗きに行ったなんて事がばれたら愛想を尽かされてしまいます」
「なるほど、な。手前もやっと覚悟を固めたって訳だ」

 まるで自分の事のように嬉しそうに頷いて、アルフレットは酒をキースに勧めてきた。それを笑顔で受け取ったキースはぐいっとそれを飲み干して、そしてふうっと息を吐く。

「色々悩んだんですよ。何時拒否反応が起きて死ぬか分からない改造人間の俺が誰かを隙になって良いのか、彼女の気持ちに答えて良いのかって。でも、隙になっちまったものはどうにもならないんですよね」
「何青臭い事言ってやがる。そんな弱気じゃこれから先守っていけねえぞ。俺のが長生きしてやるって位の気概を持てよ。俺なんざ女房を手にする為にブルーコスモスの上官に噛み付いたんだぞ」
「そんな真似が出来るのは隊長だけですよ」

 だが、その話に救われた部分があったのも確かだ。そしてキースの考えを変えさせたのがシンとステラの姿だった。強化人間の持つ運命を教えてやった後もシンのステラに対する態度は全く変化せず、それまでの友達関係を続けていた。いや、ステラはますますシンに懐いていた様で、その姿にキースは逆に心動かされてしまったのだ。
 だが、覚悟を決めてもまだ言い出せないでいる自分はやはり臆病なのだろうか。そんな事を思いつつ、キースはアルフレットが注いでくれた酒をまた口に運んだ。遠くから聞こえてくる銃声と爆発音をBGMとしながら。



 ソアラがそれに気付いたのは警備システムからの警報だった。何者かが女湯に迫っているのだ。急いで制御ルームに駆け込んだソアラは、警備システムが送ってきた映像を見て頭痛を堪えるよな顔になり、そして全ての警備システムに起動命令を出した。

「キラ様にアズラエル様、サイ様までですか。男湯の殆ど全員が動いたと見て良さそうですが、まさかここまで侵入されるとは」

 警備システムは既にかなりの部分を突破されてしまっている。まさかあの程度の人数にこれほどの力があたとは。もしかしたら最終ラインを突破されるかもしれないと考えて、最後の手段を使うことにした。



「うわああああああああ!?」

 オルガが片足を吊り上げられて持ち上げられていく。パルが左右から襲ってきたボールの直撃を受けて崩れ落ちる。そして四方からのセントリーガンから放たれ鎮圧用ゴム弾の十字砲火を受けてアズラエルがボロ雑巾のようになった。
 女湯までの途中の森はまさに地獄だった。彼方此方に無数の罠が仕掛けられ、突入してきた男たちが次々に倒されていく。ある者はセントリーガンの餌食となり、ある者は地雷を踏んで吹き飛ばされてしまう。そしてある者は落とし穴に嵌って一瞬で掻き消えてしまった。ここはまさに仕掛け罠の宝庫だったのだ。
 もっとも、野生動物相手にこのトラップ群は作動しない。これはセンサーで人間を確認した時だけ起動するトラップなのだ。
 この膨大な数のセントリーガンに森の中を駆けて行くキラたちは驚くを通り越して呆れ果ててしまっていた。ここはトラップの巣窟だ。一体どういう意図があってこれほどの防御を敷いたというのだ。

「あ、アルスター邸は何処の軍事施設なんだ。一体何の為にこんなに沢山の武器が!?」
「気をつけろキラ、また来るぞ!」

 新たなセントリーガンが樹木の陰に設置されているのを見つけ、サイが警告を出す。それを聞いてキラとトール、サイが左右に散ったが、一番運動能力が低かったカズィがこれに撃たれた。沢山の弾を受けたカズィがボロ雑巾のようになって倒れ、それを見たサイが辛そうに顔を逸らす。

「くそ、カズィまで……」
「サイ、カズィの犠牲を無駄にしちゃいけない。進むんだ!」

 トールが声をかけて間に出ようとしたが、次の瞬間彼の姿が消えてしまった。それに目を疑ったキラがそこに行くと、そこには落とし穴があって下の方からトールの悲痛な声が聞こえてきた。

「ふ、深くて出れない。助けてくれキラ!」
「トール!」
「しかもなんか足元が粘々して気持ち悪いというか、なんか変な液体が入ってるう――!?」

 何だか分からないが、とにかくトールは切羽詰った状態にあるようだ。それを見たキラはサイと顔を見合わせ、そして小さく頷いた。

「トール、君の犠牲は無駄にしないよ。僕たちは必ず女湯に辿りついてみせる!」
「ああ、行くぞキラ、もうすぐだ!」
「おい、ちょっと待てよ!?」

 穴の底から抗議の声を上げるトールだったが、それは2人の友の耳に届く事は無かった。彼らは既に女湯めがけて爆走していたのだから。
 そしてこの2人よりずっと凄い化け物が森の中を駆け抜けていた。木々の間を駆け抜ける小柄な人影、猿と見紛うばかりの身のこなしを見せるその人影こそ、アルビムの妖怪イタラ老であった。

「ひょっひょっひょ、甘い甘いぞお嬢ちゃん、この程度では儂は止められぬ!」

 だが、イタラの前にも強大な敵が現れた。トラップを物ともせずに駆け抜けていたこの妖怪爺が温泉まで後一歩というところまで来たとき、いきなり横合いから襲い掛かられて慌てて後ろに下がった。イタラがそのまま進めば恐らく居たであろう予想位置を貫くようにして一本の棒が突き出され、そしてメイド服を身にまとった若い女性が現れる。

「やはり、イタラ様にはこの程度のトラップは通用しませんか」
「ひょっひょっひょ、誰かと思えばソアラちゃんかの。これはまた随分と物騒な歓迎じゃな」
「申し訳ありませんが、ここから先は男子禁制でございます。お客様といえどもお通しするわけには参りません」

 そう言って棒を構え直すソアラ。その隙の無い構えにイタラは額に汗を浮かべ、慎重に間合いを取った。それまでギャグでしかなかった筈の展開がここだけいきなりシリアスに引き戻されてしまい、周囲から激しく浮いてしまう。

「……ソアラちゃん、なにも覗きくらいで其処まで目くじら立てんでも良いと思わんか?」
「残念ですが、お嬢様の肌を殿方にお見せするわけには参りません」
「じゃが、聞いた話じゃキラ君と一時期同棲しておったそうじゃが?」
「……なんですって?」

 それを聞いた途端、ソアラの雰囲気が変わった。それまでは1人の武道家としての研ぎ澄まされた敵意を向けてきていたのに、いきなりそれが殺意に変わったのだ。それを向けられたイタラが顔色を青褪めさせてじぶんの失言を後悔するが、ソアラはイタラの様子など気にしてはいなかった。

「どういうことでしょうか、正直に知っている全てを教えて頂きたいのですが?」
「ま、待てソアラちゃん、そんな怖い顔せんでくれんか、儂はか弱い年寄りじゃぞ?」
「私はどういう事かと聞いているのですよ、イタラ様?」

 軽いジョークでボケようとしたのだが、ソアラはそんなジョークには付き合ってくれなかった。その殺気だった目を見たイタラは、今度ボケたら命に関わるという事を悟ってアウアウと喘いでいる。
 だから、イタラは素直に知っていることを吐いてしまった。それを聞いたソアラはイタラをトラップに放り込んで拘束し、急いで温泉へと戻っていった。木に逆さに吊るされてしまったイタラはその処遇の悪さにシクシクと鬱陶しく泣いている。

「ううう、これは老人虐待じゃよ。もう少し年寄りを労わらんといかんぞソアラちゃん」



 戦場を駆け抜けた男たちの手はいよいよ温泉に届こうとしていた。森の木陰から温泉の建物を見たキラとサイはラストスパートをかけた。あと少しなのだ、ここで脱落する事はできない。
 だがその時、彼らの隣をイタラに匹敵する変人が駆け抜けていった。

「どうしました2人とも、私が先を越しちゃいますよお!」
「ヘ、ヘンリーさん!?」

 ヘンリーは2人を追い越して森の中を駆けていった。その速さにキラとサイが驚くが、それは盾を持っているせいかもしれなかった。

「おいキラ、ヘンリーさんが持ってるの、アウルじゃないの?」
「ヘンリーさん、何てえげつない手を……」
「人間1人抱えてあの速さか、実はかなり力持ちなんだなあの人」

 さすが世界中をその足で駆け回った自称ジャーナリスト、体力もなかなかに優れていたらしい。そして遂にヘンリーは温泉に辿りつき、弾除けとして使ったアウルを捨てて扉を破ろうと体当たりを仕掛けようとして、そのまま扉に弾き返されて玉砕してしまった。
 その様を目の当たりにしたキラとサイが驚き、そして悟った。この温泉施設すら防御施設なのだと。

「まさか、扉に装甲板が入ってるのか!?」
「キラ、壁を攀じ登るんだ!」

 サイが壁を登れと言って森を飛び出し、キラがそれに続く。そして壁の縁に手をかけて攀じ登ろうとしたサイが、そのまま何故か動こうとしなくなってしまった。

「サイ、どうしたの?」
「キラ、この壁はくっつくぞ。触るな!」

 どうやらとりもちの様な効果を持った壁であるらしい。それを聞いたキラはここまでやるかとアルスター邸の偏執な防御システムに恐れをなしたが、ふとサイの頭の上を見た。そこまでの高さは大した物ではなく、飛び越える事は不可能ではないと思える高さだ。

「……サイ、ごめんね」
「え?」

 一言謝ってキラは飛び上がり、まずサイの頭に着地した。そしてそこを足場にまた跳躍し、遂に壁を乗り越える事に成功したのだ。だが、さあようやく温泉に飛び込めたと思ったのに、そこには予想していた裸の美女美少女の姿は無く、誰も居ない静かな露天風呂があるだけであった。

「あ、あれ?」
「あら、良くあの警備システムを突破できたわね。さすがキラ」
「……え?」

 視線を風呂場から建物の方に移すと、そこにはスコップを手にしたフレイと金属バットを手にしたカガリが凄惨な笑顔で立っていた。その後ろには怒ってる人やら呆れてる人やらが立ち並んでいる。
 そしてカガリが殺気立った顔でキラに質問をぶつけてきた。

「キラ、ここまで来れたお前にせめてもの権利をやろう。どういう死に方がしたい?」
「ええと、僕が死ぬのはもう確定事項なの?」
「女湯に男が入ったら即決即断即実行で死刑と私の中で決まってるんだ。首長の意思は国の意思だからな」

 バットの銀色に輝くボディを左手でポンポンと叩きながら言い切ったカガリ。それを聞いたキラは空を仰ぎ見ると、ひとつだけ質問をした。

「ねえ、なんで服を着てるの?」
「あのな、外であれだけ爆音や銃声、悲鳴が聞こえれば不審に思っても当然だろうが」

 なるほど、警備システムとの戦いを考えればむしろ当然の事と言うべきだったか。観念したキラは、望む死に方を口にした。

「じゃあ、最後はみんなで温泉に入ってその中で溺死という死に方で……」
「ふざけんな!」
「死んできなさい!」

 最後まで言わせて貰えず、キラはフレイとカガリのダブルスイングを食らって壁の向こう側へと吹っ飛ばされてしまった。ここに女湯覗きに参加した全員が玉砕をしたのである。キラに制裁をした2人は顔を見合わせて苦笑いをすると、少しだけ嘘をついたことをこっそりとキラに詫びた。

「本当は、音じゃなくて密告者なんだけどね」
「あいつが本当の勝者だたのかもな」

 実はキラたちが来るずっと以前にこの温泉に辿りついていた者が居たのだ。フレイたちが入浴中に飛び込んできたその男、シン・アスカの登場に彼女たちは最初硬直し、そして無数の桶を投げつけてシンをボロボロにしたのだ。だが、彼は気絶する前にキラたちがここに向かっている事を伝えたのである。ここで彼がまだ子供でしかも気絶したことは幸いであった。起きていて、もう少し成長していればミナはシンを縊り殺していたかもしれなかったから。
 何故後から出発した彼がキラたちより先にここにたどり着けたかというと、彼はキラたちのように森を突っ切ったりはせず、普通に道を走ってきた為だ。道には当然監視カメラが仕掛けられているのだが、それを監視するべきソアラはイタラの迎撃に出てしまっていた。普通の道にはトラップは仕掛けられておらず、シンは回り道をしながらもキラに先んじる事が出来たのだ。
 これを聞かされたフレイたちは急いで更衣室で着替え、こうして待ち構えていたわけである。結果的に女湯に飛び込んで彼女たちの裸体を拝む事が出来たのはシンだけとなり、勝者はシンだったといえるだろう。


「お〜い、誰か助けてくれ〜」
「寒いよ〜、蚊が多いよ〜」

 森の中からはトラップにかかって身動きできなくなった者たちの悲痛な声が聞こえていたが、彼らが解放されるには女性たちの怒りが解けるのを待たなくてはいけなかった。



 そしてその夜は、街に多くの恋人が溢れかえって何とも甘い空気が漂っていた。キラはお詫びと言ってフレイと一緒に街に繰り出し、トールはミリィの怒りを静めるために散財を強いられながらも楽しげである。ノイマンはセランをナンパして成功し、パルやチャンドラに勝利の笑顔を見せて自慢げにし、2人を悔しがらせている。エドワードはマユラにヘコヘコと謝りながら一緒に山を降りた。病院ではマリューがフラガと一緒にクリスマスを祝っている。キースはナタルを夕食に誘って2人でレストランに向かい、カガリはユウナに引き摺られて公務へと戻っていった。
 それは次の作戦を前にした最後の一時である事を誰もが分かっている。分かっているからこそ誰もが今日という日を楽しんでいるのだ。


 そんな中で、アルスター邸で目を覚ましたシンは奇妙な物を目にする事になる。目を覚ましたシンが隣を見ると、そこにはステラが椅子に座ったまま自分のベッドに前のめりになって寝息を立てている。それはまあ良い。というかシンにとってはむしろラッキーかもしれない。
 問題なのはその隣にふわふわと浮いている体がオレンジ色の大きな眼をした意味不明の物体Xであろうか。細長い触手のようなものをふわふわと揺らしている。着ているのはサンタクロースの服だろうか。その物体Xはシンを見ると、右側の触手を上に上げてみせた。

「やあ、メリー・クリスマス」
「…………」

 喋った。しかも無茶苦茶渋い声だ。これは生き物だというのだろうか。こんな愉快で、しかもぺらぺらな物体がだ。そしてその物体Xは持ってきた袋から箱を取り出すとステラの隣に置き、そして改めてシンの方を見てきた。

「君も欲しいかね。でもプレゼントは良い子にしか送られないのだよ?」
「……いや、そもそもお前はなんだよ?」
「見れば分かるだろう、私はサンタクロースだ。サンタでなければ何だと言うのかね?」

 その姿でサンタと言われても、と思うシンであったが、文句言ったら何されるか分からないのでうんうんと勢いで頷いてしまっている。そしてサンタと名乗った物体Xはよいしょと袋を担ぎ直すと、窓へとふわふわと移動していった。

「やれやれ、煙突の無い部屋というのは不便だ。おかげでこうして窓から出入りしなくてはいけない。サンタの苦労も考えて欲しい物だ」

 そう言って物体Xは窓から外に出て行った。それを見たシンは慌てて窓から外を見て、物凄い速さで去っていく8匹の猫に曳かれて空を翔る橇を目撃した。シンは呆然としてそれを見送り、そしてこれは夢なんだ、早く目を覚まさないととか呟いて再びベッドに入ってしまった。



 眼を覚ましたシンが隣を見ると、そこではステラが熊のぬいぐるみを抱いて嬉しそうにしていた。それを見たシンはホッと安堵の息を漏らしたが、その視界に開けられた箱と見覚えのある包装紙、そしてリボンを見たシンは絶句してしまった。まさか、あれは夢に出てきたあの物体Xが置いていった箱の……。

「あれは夢だと言ってくれえええええ!?」
「ふえ、どうしたのシン?」

 いきなり絶叫を上げたシンに、ステラは眼を白黒させてしまった。こうしてクリスマスは終わり、強化人間たちは大西洋連邦本土へと帰還することとなる。そしてそれは、1つの事件の始まりでもあった。




後書き

ジム改 クリスマスは元気なのでした。
カガリ 私はクリスマスも仕事なのか。
ジム改 頑張れ首長。
カガリ 私は年頃の女の子だぞ。少しは遊ばせろ!
ジム改 遊んでるじゃん。
カガリ いやこう、もう少し甘くてロマンチックな展開とか?
ジム改 相手出来てから出直してください。
カガリ 誰か出せ、近日中に!
ジム改 誰かと言われてもな。サイとかカズィは?
カガリ ……もうちょっとメイン級にならないか?
ジム改 メイン級だと人がおらん。
カガリ ううう、私はこのまま叔母さんになってしまうのか。
ジム改 心配するな、嫌でもそのうち政略結婚させられるから。
カガリ それはそれでちょっと嫌なんだが。
ジム改 それでは次回、出撃していくドミニオンとパワー。キースはドミニオンを離れて本土へと帰還する。そしてシンは決意を秘めてカガリの前に現れた。一方、プラントではクルーゼがラクス討伐の為の艦隊を編成していた。次回「星は大天使に」でお会いしましょう。

カガリ ところで、最後のあれは何だ?
ジム改 初出じゃないぞ、前に一度アスランが目撃した事がある。


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