第148章  結末は悲劇と共に


 

 再建が進むカグヤ宇宙港、マスドライバーこそ再建されていないが、往還シャトルによる発着機能と管制機能は取り戻していたのだ。このおかげでアメノミハシラとの航路も再開される事になり、宇宙コロニーからの避難者がオーブ本国へと帰還するようになっている。ヘリオポリス以外にもL3にはオーブのコロニーがあり、数十万の人間がそこに居住していたのだが、戦火の拡大に伴って宇宙は危険と判断され、カガリが本国への帰国を命令したのだ。
 もっとも、カガリの命令が出る前から一部は自主的に月のコペルニクスに避難を始めており、カガリはここの防衛力を強化する必要に迫られていた。その為に本国で生産されたM1Aをシャトルで送り続けていたが、これと同時に物資も輸送していた。
そして、そのシャトルに混じって人員を輸送する旅客機も運行されるようになり、その便の1つにはちょっとした有名人が乗り込もうとしていた。

「申し訳ありませんエレン・コナーズさん、こんな仕事を依頼してしまって」
「いえ、宇宙旅行に出る気分です、ユウナ補佐官」

 宇宙に上がるシャトルに乗り込もうとしていたのはエレン・コナーズとその娘、ジーナであった。そこそこ名の知られた歌手であるエレンにユウナはコペルニクス市での慰問コンサートを頼んだのだ。その見返りに彼はオーブに在住する難民の保護を約束していた。

「コペルニクスまではオーブ軍が責任を持ってお届けします。ご安心ください」
「……安心、ですか。こんな時代に、安心できる場所があるのかしら?」
「出来るように、我々も努力しています。なに、何時までもこんな戦争は続きません。もうすぐ終わりますよ」

 それは決して気軽な口約束ではなく、ユウナの確信であった。もう戦火は地球から去ろうとしており、連合軍は宇宙で大反抗にでようとしている。弱体化したザフトにこれを食い止めることは出来ないだろうから、戦争はもうすぐ終わるのだ。
 今この時も地球と宇宙の何処かで戦いが起きているだろうが、少なくともオーブ本土は安全な後方地帯となり、地球連合軍の南方の拠点として機能しながら国土の再建を行っていた。大西洋連邦や極東連合からの援助もあり、再建は軌道に乗っている。おかげでカガリは死ぬほど忙しくなっているが、まあそれは嬉しい苦労であるだろう。





 パナマから撤退した南アメリカ軍の動向は大西洋連邦の放った偵察機によって逐一報告され、彼らがメデリンに集結している事はアークエンジェルに伝えられていた。これを受けたアークエンジェルは進路をメデリンに向けると共に、パナマ基地に集結している空挺MS部隊の出撃を要請した。流石にアークエンジェルだけでは敵を叩くのは困難だから。
 メデリンに逃げ込んだエドたちは被害を調べ、その損害の多さに流石に困り果てていた。損害箇所の補修も満足に出来ず、弾薬の補給も殆ど受けられない有様では流石のエドも戦いようが無い。

「参ったなあ、補給無しじゃ幾ら俺でも戦えないぜ」
「おまけに空軍は燃料の不足で再出撃は困難、ディンも推進剤の補給が来るまで飛べないときたわ。だからあれも落とせないのよ」

 ジェーンが空を指差す。そこには偵察用ポッドを機体下部に搭載し、上部にレドームを背負った偵察型のスカイグラスパーが飛んでいる。元が戦闘機だった為にガンカメラなどを内蔵できなかったようで少々不恰好になっているが、スカイグラスパーがベースだけあって高度を上げながら真っ直ぐ逃げればディンだろうとラプターだろうと振り切れるという利点があり、生存性は高い。この撃墜が困難な偵察型の登場によって地上のザフトの動きは連合に筒抜けとなってしまい、ザフトの被害は激増したのである。
 今回もMSでは効果的な攻撃が出来ない5千メートル以上の高空から地上を観察しているようで、ジェーンは忌々しそうにそれを見上げている。あの高度に効果がある砲などMSは持っていないのだ。ビームは減衰して届かないし、火砲は全て射程外だ。地対空ミサイルを使おうにもNJのせいで誘導が出来ない。対空型ザウートなら5千メートル以上の敵も落とせるのだが、アレは南アメリカには無い。

「放っておけよ、もう俺たちの居場所はばれてるんだからよ」
「でも、気分悪いわ」
「気にしても仕方が無いって。それより、これからどうするか考えようぜ。敵はすぐに来るからな」
「まあそうだけどさ、相手が悪すぎるんじゃないかい。私は会った事無いけど、リンクス少佐は化け物だって聞いた事があるよ。それにアークエンジェルの連中も桁外れてるし」
「その辺は気にしても仕方がねえさ。まっ、少佐は俺が相手してやるよ」

 あっけらかんとした態度でそう言い、エドはハハハハと笑いながら臨時の司令部として接収したホテルに入っていった。ホテルの中には南アメリカ軍の将兵やザフトの兵士たちがたむろして物資の配分や迎撃の為の配置で揉めていて、あちこちに怒号が飛びかている。そんな中を飄々としたエドはわざと大股で歩いていき、適当に兵士たちに声をかけていく。声をかけられた兵士たちは慌てて敬礼をしてこの英雄を見送り、彼が去って行った後は頭が冷えたのか、怒号が飛び交う事はなくなっていた。
 その変化を背中で感じながらエレベーターに入ったエドは扉を閉めて8階のボタンを押すと、フウッとため息を漏らした。

「英雄ってのも疲れるもんだな。こんなに色々背負い込むのは俺には似合わないって思ってたんだが、今更降ろす事も出来ん」

 もともと軽い男で通り、周囲に伝わる恐ろしげな異名と風評と実像とのギャップで初めて見た者を驚愕させるエドであるが、同時にそれなりの責任感は持ち合わせている。一度背負った物を簡単に放り出せるほど面の皮の厚い人間ではなかった。そして、その律儀な部分が彼の不幸だったと言える。軍事力に頼らずとも、戦争が終われば外交交渉で独立を得られた可能性もあったのだ。
 南米は大西洋連邦にとって領有するだけのメリットは少なく、従属国として独立させておいた方が面倒が無くて良いのだ。南米は元々政情不安な土地で、かつての南アメリカ政府も続発する民族紛争や武装した犯罪勢力との抗争に苦しめられている。バラバラだった南米を無理やり統合した為に政治的な不安定さが露呈していたのだ。まあ、その問題は多くの国家が抱えていた物で、大西洋連邦や極東連合、大洋州連合といった統合前から安定していたブロックを纏めた国々はともかく、他は全て問題を抱えていると言える。
 そういった国々が曲がりなりにも国内を纏められたのは、プラントという新たな脅威の登場にあった。古来より混乱する国内を纏める最も効果的な方法は共通の敵を生み出す事であり、分かり易い敵は人心を纏め、団結させる効果がある。その丁度良い対象とされたのがコーディネイターを集めたプラントだった。宇宙の化け物が地球に住む自分たちを滅ぼして地球を支配してしまうかもしれない、というプロパガンダは大きな効果を上げたのだ。


 その結果が今の状況を作り出したのだが、それはもう過去の事だろう。現在の南アメリカは大西洋連邦を敵として団結し、戦っているのだから。例えこの戦争に勝利できたとしても、待っているのは民族間の対立による絶望的な内戦だとしてもだ。
 祖国解放という大義の為に立ち上がったエド、その姿に勇気付けられ、立ち上がった多くの兵士たち。南アメリカ政府の掲げた旗の下に集まった多くの人間が、独立を勝ち取る為に戦っている。全ては南アメリカ政府の要人と自分が始めた事なのだ。だから、自分からそれを投げ出す事は出来なかった。
 この独立戦争の準備そのものは南米が併合された頃から始まっていた。当時はエドは関わっていなかったのだが、ザフトのパトリック・ザラが主導して支援をしてくれていたのだ。南米でザフトが補給に苦しみながらも長期にわたって大西洋連邦と戦い続けられたのは南米側の協力があったからに他ならない。そしてその準備は着々と進み、戦力的にも充実してきた頃になってエドという象徴的な存在が帰ってきたのだ。
 ただ、南アメリカ政府まだ蜂起するつもりはなかった。彼らはせめて大西洋連邦の主力が宇宙に出るまで待ちたかったのだが、それをプラントと南米の旧国家勢力の対立構造が許さなかった。プラントは陽動としての南米の蜂起を望んでいたし、国内の民族間の対立が政府に早期の武力蜂起を強要していた。南米は統合前の国々の枠組みから来る民族対立が根強く、その主導権争いが激しい。これはユーラシアや東アジア、赤道連合などの他国も同様であり、無理やり統合したツケは民族や宗教の対立という形で現れている。こういった負の遺産に苦しめられない国のほうが珍しいのだ。



 エドは自室で自分の椅子に腰を降ろし、机からテキーラを取り出すと無造作にそれをラッパ飲みして熱い息を吐く。胸のつかえを纏めて吐き出すかのように。

「アークエンジェルと隊長、か。俺の最後の相手としてはちと贅沢な気もするな」

 まだ来ると決まった訳ではないが、エドは彼らが来ると確信していた。自分はここに来るまでに大西洋連邦に大きすぎる打撃を与え、南アメリカ政府は自分の存在と戦果を誇大に宣伝してきた。それはプロパガンダであり、切り裂きエドの勇名は過剰な伝説と共に広まっている。大西洋連邦は当然ながら英雄を叩く事で南アメリカ軍の士気を挫く事を狙ってくるだろう。成功すればこれほど単純で大きな成果を上げられる手は無いのだから。
 そして今、パナマにはそれを確実に遂行できる連合最強の部隊が居るのだ。アレが出てくることは確定事項だと言っていいとエドは考えていた。
 ただ、エドはこの戦いで犠牲になるだろう大勢の人間のことを気にしていた。自分と共に立ち上がってくれた多くの南アメリカの将兵たち、大西洋連邦の兵でありながら自分の考えに賛同し、加わってくれた者たち。そして自分の説得に応じてくれたジェーン、彼女たちのことを考えるとエドは胸を痛めていた。どうにかして助けてやりたいが、1戦交えなければ敵も味方も納得は出来ないだろう。そしてザフトの兵たちは戦いを止めはしまい。
 どうすれば犠牲を減らせるか、エドは腕を組んで背凭れに身体を預け、じっと考え込んだ。その中にはこの独立戦争の幕を引くという意味も込められている。自分が率いているこの部隊が敗北したとき、独立戦争もまた終わるのだということをエドは理解していたから。





 メデリンが包囲されるのにはそれほどの時間を必要とはしなかった。アークエンジェルを旗艦として上空を埋め尽くした輸送機からはストライクダガーではなく、新型のダガーLの大部隊が降下してメデリンの周辺に展開を完了し、空軍の戦闘機隊が制空権を完全に押さえている。
 そして、アークエンジェルではマリューが困った顔をしていた。MS隊を率いるアルフレットがマリューに降伏勧告を進言していたのだ。

「頼む、エドに降伏するチャンスをやってくれないか?」
「少佐、本国の命令は切り裂きエドの抹殺です」
「サザーランド准将の命令は分かってるって。でも、あいつを出来れば殺したくねえんだ。責任は全部俺が取るから!」
「と言われましても……」

 マリューは困った顔で操舵士のノイマン中尉を見た。今では彼が副長のような役回りであり、相談役でもある。だが、事が事だけにノイマンも何も答えられなかった。アルフレットの言っていることは坑命罪に問われかけない危険を孕んでいる。確かに現地の指揮官はマリューであり、彼女には降伏勧告を出す権限がある。だから勧告をするのは良いのだが、上層部はエドを抹殺しろと言っているのだ。そのエドを助けて良いのだろうか。
 だが、アークエンジェル内での発言力の頂点に居るのはアルフレットだったりする。やはり最年長の士官で歴戦のウルトラエース、上層部を前にしても引かない胆力と圧倒的な貫禄もあって、誰もが頭が上がらない存在となっているのだ。サザーランドがフラガが負傷療養中の間だけとはいえアークエンジェルの重石役として配属したのは伊達ではないという事だろう。
 結局マリューはアルフレットの進言に根負けしてこれを受け入れ、一度だけ降伏勧告を送っている。別に返事を期待した訳ではないが、エドはこれに返事を返してくれた。通信モニターにエドワード・ハレルソンが現れ、敬礼をしてくる。

「俺が切り裂きエドだ。あんたがアークエンジェルの艦長さんかい?」
「はい、マリュー・ラミアス中佐です」
「まさか、こんな美人が艦長さんとはな。俺もそっちに乗っておけばよかったかな」

 はははははと大声で笑うエドに、艦橋にいるクルーが唖然としている。そんな中でアルフレットが呆れた顔になっていた。

「おいエド、そんな話をしにきたわけじゃねえだろ?」
「はっはっは、少佐は相変わらず真面目だな」
「お前と違って、ふざける時と場所を弁えてるだけだよエド。今の状況は分かってるんだろうが」
「そりゃまあ、街の周囲にMSがうじゃうじゃ居るのはね。よくこんだけ集めたもんだと感心してますよ」
「お前に勝ち目は無い、どうするべきかは分かってるな?」

 アルフレットの声に相手を震え上がらせるような迫力が混じり、CIC席に居たミリアリアが怯えたように縮こまっている。だが、モニターの向こうのエドはそれまでのふざけた雰囲気を消して真剣な顔になった。

「悪いが、降伏はしないぜ」
「エド!?」
「俺は南米の英雄なんだよ。誰に頼まれたんでも無い、俺が自分で選んだ道だ。なら最後まで行くべきだろ、少佐」

 自分で選んだ道なら、最後までただ進むのみ。そこにもはや迷いは無く、如何なる運命も受け入れる覚悟がある。その覚悟を感じ取ったアルフレットは拳を震わせたが、それ以上説得しようとはしなかった。元々説得など受け入れる男ではない。

「馬鹿野郎が、最後まで頑固を貫かなくてもよ」
「あんたに言われたくないな。でもまあ、降伏勧告は嬉しく思ったぜ、ありがとよ」
「…………」
「ああ、出来れば他の奴らの事を頼む。死ななくても良い奴が沢山居るからな」

 それだけ伝えて、エドは通信を切った。それを見たアルフレットはその場で床にドサリと腰を降ろし、気落ちしたように項垂れてしまう。それを見たマリューは、エドとの関係を問うた。

「少佐、あの、切り裂きエドとは?」
「短かったが、俺の部下だった事がある男だ。もう殆ど残っていない、俺の戦友さ」

 アルフレットは開戦の頃からずっと戦い続けて、今も生き残っている数少ないベテランパイロットだ。翼を並べて戦ったパイロットの大半は戦争初期に失われ、ガンバレル部隊もフラガなどの僅かな生き残りを除いて大半がグリマリディで戦死した。各地で多くの部隊を率いて戦ってきた彼だが、その中で多くの部下を亡くしてきた彼にとって、エドワード・ハレルソンは数少ない生き残りだった。
 フラガやキースがそうであるように、アルフレットもまた戦友を大事にする男だ。エドは南米が併合されてから加わった男だが、昔は翼を並べて空を駆け抜けた仲間だったのだ。その残り少ない戦友を手にかけなくてはいけないのだから、アルフレットの苦悩は大きいだろう。

「あの時、パナマで勢いで仕留めときゃ良かったぜ。そうすれば後悔だけですんだのにな」
「少佐、なんでしたら、切り裂きエドはキラ君かシン君にでも任せますか。あの2人なら多分勝てるでしょう?」
「……いや、俺が相手をするさ。やらなくちゃいけないなら、俺が相手をする。それがエドに対するせめてもの義理だ」

 立ち上がると、アルフレットは踵を返して艦橋を出て行った。それを見送ったマリューは目を閉じると、疲れたように背凭れに身体を預ける。

「かつての戦友が、仲間が殺しあうなんてね。こんなにやりきれない戦いは初めてだわ」

 戦友同士が殺し合わねばならない事もある、それが戦争だと言ってしまえばそれまでだが、何でこんな事にと思わずにはいられない。そしてこれからもこんな戦いが続くのだろうか。



 艦橋から出て通路を格納庫に向かって歩いていくアルフレット。その途中で彼は養女の姿と、その彼氏候補の姿を見た。

「父さん……」
「よお、どうしたお前ら?」
「あの、少佐。戦うんですか?」
「……ああ、戦う事になった。すぐに総攻撃が始まるから準備してろ」

 それだけ伝えてアルフレットは2人の脇を取りすぎようとしたが、その腕をフレイが両手でしっかりと掴んできた。その強さにアルフレットが養女を見ると、フレイは心配そうな顔で自分を見上げている。

「ミリィから聞いた、敵の中に父さんの仲間がいるって」
「戦えるんですか少佐、昔の仲間と、戦友と?」
「たく、ミリアリアもお喋りだな。CICから内線を入れてたのか」

 呆れと苦笑を交えてアルフレットは開いてる左手で頭を掻くと、2人に覚悟を伝えた。

「戦うさ。あいつの最後の挑戦だ、受けてやらないとな」
「でも少佐、知り合いと戦うなんて、それで良いんですか!?」
「言いも悪いも無い。俺は大西洋連邦の軍人で、あいつは南米の英雄。立場が変わればこうなる事もあるのさ。誰が悪いんでもない、こうなっちまったんだ」
「それで納得できるんですか!?」

 かつての仲間と戦う辛さはキラが誰よりも知っている。昔の親友だったアスランと対決し、幾度も殺しあった事があるのだから。その辛さに幾度も泣き、この不条理に苦しみ続けた。今でこそその現実を受け入れられたが、アルフレットはどうなのだ。
 しかし、アルフレットはキラが思っていたよりずっと強く、強靭な男だった。彼はキラの声に珍しく暖かかな笑みを見せると、その大きな手でキラの頭をぽんと叩いて答えてくれたのだ。

「なあ坊主、世の中ってのは納得できる事ばかりじゃねえのさ。世の中には理不尽と不条理が満ちてて、何時も誰かが泣いてるんだ。俺の女房も自分には何の責任も無い事で、コーディネイターってだけで出生を隠して日陰を生きてきた」
「…………」
「でもな、俺たちはそんな世界で生きていくしかねえんだ。どんな悔やんだって過去は変えれねえし、今やれる事にも限界はある。どれだけ頑張ってあがいてもどうにもならねえ事はあるんだよ。大人になるって事は、そういった理不尽と折り合いをつけるって事さ。今回だってそうだ、エドが説得に応じなかった以上、俺が戦うしかねえんだ」

 それは、まだキラやフレイには受け入れがたい事かもしれない。彼らはまだ世の中には正義があると信じていたい年頃だから。誰もが最初はそうなのだ。そして彼らは世の中にはごく稀に自分の信じる正義が存在する事を知っている。
しかし、世の中の大半はアルフレットの言うように理不尽なものなのだ。この戦争でもそんな理不尽は数え切れないほどにあった。キラとアスランが戦い、フレイの父が殺され、キラが守りたかった少女はシャトルと共に死んだ。地球でも多くの死を見てきた。死ななくても良かった筈の人が戦争に巻き込まれて大勢死んだのだ。
アルフレットが格納庫の方に歩いていくのを見送ったフレイは、不安そうに隣に居るキラの手の取った。

「……父さんの背中、悲しそうだよね?」
「うん、顔には出してないけど、苦しんでるんだと思う」
「でも戦うんだ。男の人って、みんなそうなのかな?」
「そう……かもしれない。僕もアスランと戦う覚悟が出来たからね」

 アルフレットも、そして自分も旧友と戦う覚悟は出来てしまう。フレイもアスランと戦う覚悟は出来ているが、フレイと2人とでは状況がまるで違いすぎる。もしフレイにサイやミリアリアを殺せと言われたら、多分彼女は殺せないだろう。それをアルフレットはやれると言っているのだから。
 そんな悲しい事を自分を押さえ込んでやろうとしているアルフレットの背中は、とても悲しそうだった。大人になるという事はそこまで我慢に我慢を重ねなくてはいけないのだろうか。そう思うと、フレイは少し悲しくなってしまった。

「ねえキラ、これからもずっとこうなのかな。父さんみたいに苦しまなくちゃいけないの?」
「そうかもしれない。でも、そんな人を減らす事は出来るさ。その為にカガリたちが頑張ってて、僕たちがいる。戦争を終わらせれば、こんな悲劇は確実に減らせるんだ」

 だから、今は戦うんだ。そう言って。キラはフレイの肩を右手で抱き寄せた。世界では何時も誰かが泣いている。それを無くす事は出来ないけれど、減らす事は出来る。そう信じてカガリは政治の世界で頑張っているのだ。そして自分たちにできる事は戦う事だけ、だから戦って勝って、この戦争を終わらせるのだ。その先には今度は世界を復興させる戦いが待っているが、それはきっと遣り甲斐があるに違いないのだから。




 そして、とうとう総攻撃が開始された。せめてもの配慮でメデリンの非戦闘員は避難させられ、無人となった街には南アメリカ軍とザフトだけが残っている。そこめがけてヘリで運ばれてきた重砲部隊が一斉に砲撃を開始したのだ。敷き並べられた重砲の群れが叩き出す砲撃は圧倒的な弾量を叩きつけ、街を瓦礫へと変えていく。その攻撃力は圧巻だった。
 これに対して南アメリカ軍の反撃は無く、じっと耐えているようだ。マリューは出てこない事に悔しがっていたが、砲撃が止んだのを見てMS隊に突入を命じる。それを受けてダガーLやバスターダガー、デュエルダガーが突入していく。その中には少数だがマローダーやストライク、デュエルといった高級機も混じっている。
 そして、アークエンジェルから発進したキラたちもアルフレットを中心にして突入していった。

「良いか、こういう場所では待ち伏せが中心だ。曲がり角では細心の注意を払え、あと狙撃にもだ。どっから弾が飛んでくるか分からんぞ!」

 アルフレットはそう指示しながらも自分はどんどん前進して行き、待ち伏せしていたジンやストライクダガーを逆に撃破している。何であの人は分かるんだろうかとキラとトールとシンが不思議がり、フレイが苦笑している。フレイも何となく分かるのだが、説明できないのだ。
 だが、フレイは視線を後ろに向けて、黙って付いてくるマローダーに声をかけた。スティングは黙り込んだままこれまで一言も話していないのだ。その理由は察しが付くだけにフレイも心配そうに声をかける。

「スティング、2人の事まだ考えてるの?」
「ああ、幾らなんでも遅すぎるからな」
「大丈夫よ、サザーランド准将が探してくれてるっていうし」
「そうだと良いんだがな」

 フレイの励ましにもスティングは気分を変えられる事はなかった。強化人間の特殊性をアズラエルからある程度聞かされているフレイとしては彼の心配も分からないではない。研究所で変な実験に使われて無いか、調整が失敗して廃棄されたのではないか、など等と碌でもない想像が浮かんでしまうほど、強化人間を囲む環境は悪いのだ。
 だから心配するなといっても無理な話であり、フレイもそれ以上声をかけられなくなってしまった。




 街中の戦いは最初こそ苦戦したものの、既に掃討戦の様相を呈していた。元々数が違う上にMSの性能の差も大きい。これで負けるはずは無いだろう。アルフレットたちも微弱な抵抗を排除して進んでいき、街の中央部に達しようとしていた。

「敵の数、少なくないかな?」

 シンが疑問を口にする。確かに思っていたような抵抗はなく、まるで敗残兵を追い掛け回しているようだった。でもこの程度の敵なのだろうか。そう感じてしまうのだ。そしてそれは、キラたち全員が感じている疑問だった。
 そして、すぐにその疑問は正しかった事が証明される事になる。警戒しながら先頭を進んでいたアルフレットと、後方を守っていたフレイが殆ど同時に警告を出したのだ。

「お前ら、全員散れえ!」
「みんな、散開!」

 叫ぶや否やクライシスとウィンダムが動き、一瞬遅れてトール、スティングが動いた。そしてキラが粒子砲を構え、シンのヴァンガードがシールドを手に前に出ると、そこにビームと銃弾が殺到してきた。向けられたビームは悉く捻じ曲げられて直撃はせず、銃弾は3枚のシールドに弾かれて機体には届かなかった。ヴァンガードの防御性能は桁外れていて、こういうときは仲間の盾となれるのが強みだ。
 シンが前に出て守りを固めたところでキラがプラズマ砲とエグゾスター粒子ビーム砲を発射する。プラズマと重金属粒子の束が叩き出され、射線上の建物を粉砕して隠れているMSを燻りだす。この砲撃で飛び出してきたジンやストライクダガーを遮蔽を取っていたフレイとトールのウィンダムのガウスライフルが次々に撃ち抜き、スティングのマローダーのビームガトリングが掃射する。それはさながら狩りのような光景であったが、まだこれだけの敵が隠れていたという証でもある。
 そして、アルフレットは遂に探していた相手を見つける事が出来た。敵の群れの中からソードカラミティの姿を見つけ出したのだ。近くには試作ザクとフォビドゥンブルーの姿もある。

「居たな、エド。随分待たせやがって」

 エドを見つけたアルフレットは挑発の意味を込めてリニアガンを数発近くに叩き込み、相手の注意をこちらに向ける。それを見たエドは、アルフレットの挑発に乗ってきた。

「よお少佐、来てくれたのかい」
「ああ」

 そう言って、アルフレットはビームライフルを捨てて対艦刀を手に取る。エドのソードカラミティと戦うのなら砲撃戦の方が有利に戦えるのに、彼はあえて接近戦を受けてたつつもりなのだ。
 そしてアルフレットの左右にシンとキラが付こうとしたが、それはアルフレットが止めさせた。

「お前らは手を出すなよ、これは俺とあいつの我侭だ!」
「何言ってんすか、3人がかりでボコった方が確実に!?」
「……シン、下がるよ」
「キラさん!?」

 アルフレットに言われてシンは食い下がったが、キラはシンを引き摺って一歩下がった。それにシンは抵抗したのだが、キラはそれを許さずに退いていく。ただ、アルフレットに1つだけ確認をした。

「少佐、フレイは目の前でお父さんを殺されてます。もう一度同じ思いをさせないでくださいよ」
「ふん、誰に言ってやがる。俺が死ぬ訳ねえだろうが」

 キラの言葉を威勢良く笑い飛ばして、アルフレットのクライシスは前に出る。それをジェーンのフォビドゥンブルーが遮ろうとするが、やはりソードカラミティが脇に押しやってしまった。彼もまたこの古風な勝負を望んでいたのだ。

「ジェーン、あのおっさんとはサシでやりたいんだ」
「エド、あんた何を考えて!?」
「悪いな、やらせてくれよ。少佐は俺と戦いに来てくれたんだ、ナチュラル最強のおっさんの挑戦なんて光栄だろ?」
「……たく、男ってのはどうしてこう……」

 馬鹿馬鹿しいその意地とプライドにジェーンが呆れ果てた声を漏らし、視線をクライシスの背後にいるMSに向ける。どうやら狙いをキラたちに定めたらしい。だが見られた方はといえば、自分たちに向けられた殺気に戸惑っていたりする。

「あのフォビドゥンみたいなの、僕たちを狙ってるみたいだけど?」
「1機で俺たち同時に相手する気ですかね?」

 幾らなんでもそれは無理だろうと敵ながらその無謀さに呆れてしまう2人。たぶん自分たちの強さを知らないのだろうが、さてどう対応したものか。アルフレットの勝負に水をさすのではないだろうかと心配しているのだ。
 だが、それは杞憂だった。アルフレットは構わないと先に言ってきたのだ。

「お前ら、俺たちの邪魔をされないよう奴らを押さえ込んどけ。すぐにケリが付くからそれまでで良い」

 そう言って、アルフレットは4門の砲を一斉にソードカラミティに放った。それを合図とするかのようにソードカラミティも動き、アーマーシュナイダーを投げナイフのように投げてくる。
 そして2機は対艦刀を持って激突した。力比べは新型のクライシスの方が僅かに上のようだったが、足回りの関係でソードカラミティの方が踏ん張れるようで、機体性能はほぼ互角と言える状態になっている。
 そして周囲のMSも動き出した。試作ザクがレールガンをウィンダムに放ち、フォビドゥン・ブルーが鎌を手にフリーダムに斬りかかってくる。味方のダガーLと敵のストライクダガーやジン、ゲイツがぶつかり合う中で、キラとシンは同時にフォビドゥンブルーを狙って襲い掛かった。
 フォビドゥンブルーの鎌が前に出てきたヴァンガードのシールドに止められて火花を散らし、突き出された突撃槍を後ろに飛んで回避する。そして仕切り直そうとしたジェーンは、何時の間にかヴァンガードの右後方に移動していたフリーダムが大型ライフルを構えているのを見て驚愕に目を見開き、慌てて両肩のゲスマイディッヒ・パンツァーを前に向ける。そしてキラはフォビドゥン・ブルーをロックオンした。

「1機で来るなんて、何考えてるんだ!」

 粒子砲が守りに入ったフォビドゥン・ブルーに重金属の荷電粒子を叩きだし、フォビドゥン・ブルーの偏向シールドがそれを逸らしてしまおうと反発する。ジェーンもこのフォビドゥンブルーの特徴を計算に入れてまず砲撃型MSに見えるフリーダムを狙ったのだろうが、その計算は今回は甘すぎるものだった。粒子砲と偏向シールドがパワー勝負をして、パワー負けしたのは偏向シールドだったのだ。
ゲスマイディッヒ・パンツァーのコロイド発生器が負荷に耐えかねてオーバーヒートし、その途端シールドは粒子砲の直撃を受けて気化、蒸発しながら機体から千切り飛ばされていく。その衝撃でフォビドゥンブルーは宙に浮き、そのまま横転するようにしてダイチに叩きつけられて動かなくなってしまった。
この破壊力を目の当たりにしたシンは流石に唖然として、フリーダムの持っている粒子砲を物騒な物を見るような目で見ていた。

「それ、凶悪な武器ですね」
「偏向シールドでも止められないなんて、アズラエルさんもとんでもない武器を送ってきたなあ。これならヴァンガードでも一発かな?」
「それはどうすかね。パワーだけならこっちはフリーダム以上っすよ」

 ヴァンガードはフリーダムやジャスティス以上に強力なジェネレーターを搭載しているので、ゲシュマイディッヒ・パンツァーの磁界強度もフォビドゥン系とは比較にならないものがある。その絶大なパワーがヴァンガードに無敵とも言えるほどの防御力を与えているのだ。まあ、余りにもパワーがありすぎてリミッターを設けて能力を落としていては本末転倒なのだが。
 そんな事を言い合いながらフリーダムは流石に物騒な粒子砲はしまい、ビームサーベルとプラズマ砲を使った接近戦に切り替えて向かってくるジンを切り伏せる。そしてシンのヴァンガードも向かってきたゲイツを狙って槍を突き出したが、初撃はサイドステップで回避され、シールドのビームクローを叩きつけて来る。これをヴァンガードの偏向シールドで防御し、ゲイツはパワー負けして後退しようとするが、それを見逃さずシンは追撃にでた。退いたゲイツが突き出してきたシールドごと左腕を槍で突き刺して破壊し、横薙ぎに振るった槍の柄でゲイツを叩き伏せて破壊してしまう。
 そしてもう一方の雄である試作ザクはスティングのマローダーに援護されたフレイのウィンダムに完全に押さえ込まれていた。フレイはシールドを無くしているようだが、試作ザクのほうは全身に幾つもの傷を作っている。

「もう、いい加減に、諦めなさいよ!」
「……まだ、負けたわけではない」
「この状況で、まだそんな事を!」

 ガウスライフルが唸りを上げて高速弾を叩きだし、ザクがスパイクシールドでそれを受け止める。だがその銃弾の持つ運動エネルギーは圧倒的で、シールドを持つ左腕は既に悲鳴を上げている。千切れ飛ぶのも時間の問題だろう。




 そして、ソードカラミティとクライシスの対決は周囲に比べると意外なほど静かだった。余り剣も交えず、砲火の応酬もなくじっと剣を構えたまま佇んでいる。そして2人の間を爆風が駆け抜けたとき、2機のMSは同時に動き出した。だが動いたのはソードカラミティの方が一瞬速く、振り下ろされたレーザー対艦刀がコンバインドシールドに叩きつけられてこれを両断して、そのまま機体へと襲い掛かった。

「終わりだ、少佐!」

 勝利を確信したエドがそう叫ぶが、それはすぐに驚愕に変わった。左腕に対艦刀が当たった途端、クライシスから膨大な煙が吹き上がったのだ。そして対艦刀は、クライシスの左腕に止められてしまっていた。対艦刀の運動エネルギーはシールドに止められてしまったようで腕の装甲を抜けてはいない。

「まさか、何でだよ!?」
「悪いな、レーザーとかにはクライシスは滅法強いんだ」

 対艦刀の実剣で左腕をひしゃげさせながらも、クライシスはその一撃に持ち堪えて見せた。クライシスの持つ対ビーム防御はプラズマ砲を前提とした耐熱装甲と冷却剤による強制排熱システムにあるが、これはプラズマ砲と同様にエネルギーで対象を焼くレーザーにも効果的なのだ。勿論無限に耐えられる訳ではないが、戦闘中の一瞬を凌ぐには十分すぎるものだ。
 シールドと左腕で対艦刀を止めたアルフレットは、右腕に持っていた対艦刀でソードカラミティの胴体を両断した。自爆装置などへの誘爆はなかったようでソードカラミティは爆発などは起こさず、上半身は大地に転がって2度バウンドしてとまり、下半身は立ったままの状態でそこに置かれている。だがコクピットは完全に両断されており、切り裂きエドが死んだ事は確実だった。南米の英雄はここに倒れたのだ。



 これがこの戦いの終結を次げた。切り裂きエドの戦死を聞かされた南アメリカ軍の兵士たちは多くが武装を解除して投降し、コートニー率いるザフトの一部は戦場を脱出していった。アークエンジェルを中心とする部隊はMS隊からの報告を受けて前進を開始し、歩兵部隊による市街地の制圧に掛かっていく。戦闘は既に殆ど終結しており、歩兵の仕事は敵兵の捕縛くらいであったが。
 この捕虜の中にはフォビドゥンブルーから重症ながらも救助された白鯨、ジェーン・ヒューストンもいる。エドワード・ハレルソンは遺体は残らなかったようで、ソードカラミティからは何も遺品は回収できなかった。
 だが、そんな生存者の救助作業の中で、キラは予想もしなかった人間を見つける事になった。シンが撃破したゲイツのコクピットハッチをMSで剥がし、中を覗き込む。そこにはコクピット内の爆発で重症を負ったパイロットが居たのだが、その人物を引きずり出してヘルメットを取ってやったキラは、その顔に見覚えがあることに気付いた。

「君は、確か……そうだ、アウル・ニーダじゃないか!?」

 キラは何でこんな所にと驚き、慌ててこのことをアークエンジェルに伝えた。連絡を受けたは吃驚してマリューに対処指示を求め、マリューはすぐにアークエンジェルに収容して手当てを施す事を指示する。これ受けて地上班が回収に向かったのだが、連れ帰られたアウルの容態はかなり悪く、手当ての施しようが無いと軍医が告げてくるほどだった。
 報せを受けてスティングはすぐに帰還したのだが、駆けつけたスティングがベッドに駆け寄って声をかけたとき、アウルは信じられない答えを返してきた。

「アウル、おい、しっかりしろ。何で南アメリカ軍なんかに居たんだお前!?」
「……誰だよ、お前…馴れ馴れしいな?」
「誰だよって、何言ってんだお前。俺だよ、スティングだ!」
「スティ……ング? 知らねえよ……」

 冗談ではないようだ。本当にスティングを知らないと言っているらしいアウルに、その場に居た全員が困惑気味に顔を見合わせていた。

「ど、どういうことよ、何があったわけ?」
「僕に聞かれても……」
「俺たちの事はともかく、スティングの事も覚えてないとはな」

 フレイとキラ、アルフレットは何がどうなってるのかさっぱり分からず、困惑した顔を向け合っている。軍医はマリューたちから質問攻めにあって苦しんでいたが、彼にも何も分からないので困り果てている。
 結局、この症状について解答のようなものが得られたのは、サザーランドが連絡を入れてきたときであった。労いの言葉を送ってきたサザーランドに、マリューは事情を話して何か知らないかと聞いたのだ。これを聞かされたサザーランドは驚き、彼の知っている情報から回答と言えるものを導き出してくれた。

「記憶を操作された、か?」
「記憶を操作?」
「強化人間に施すマインドコントロールの1つだ。ドミニオンの3人は強力だが制御が利かず、使い辛かったが、アウル・ニーダのような新型はメンテナンスベッドという装置を使う事で記憶を制御し、制御し易くすることが可能なのだ」
「そんな、記憶を操作するなんて!?」
「落ち着けラミアス中佐、まだ続きがある。このメンテナンスベッドは開発はされたのだが、強化人間の開発が凍結された事で廃棄された筈だったのだ。替わりにオルガ・サブナックたちのような薬物投与が施されているのだがな」

 サザーランドの説明では、アズラエルが儲けが無いといって強化人間の開発を中止した事が切っ掛けであったらしい。製造された少数の強化人間のうち、戦力として使い物になるレベルのものは軍に貸与され、実用に満たないものは治療を施した上で施設に預けているという。
 そんな事情もあって、強化人間関係の技術は現在運用されている物のバックアップ用以外は全て廃棄処分という方向で進められているはずだった。幾ら戦争の為とはいってもやはり非人道的との謗りを免れない研究であり、ブルーコスモスの倫理にも抵触する部分がある研究なので内外の批判を免れない。そこまでのリスクを負ってまで進めるには割が合わないということで、この研究は中止、凍結が決定されたのである。
 だが、この決定の後にブルーコスモスの強硬派の1人、ロード・ジブリールが強化人間関連の技術を他所に流していた事が発覚したのだ。アウル・ニーダやステラ・ルーシェもこのルートで他所に売却されたものだと考えられている。
 これを聞かされたマリューは激怒したが、サザーランドは苦々しい顔でマリューに続きを伝えた。

「だが、ジブリール殿を排斥する材料とはならんのだ。アウル・ニーダとステラ・ルーシェはジブリール殿の傘下にあるロドニア研究所のものだからな。あの2人はジブリール家の資産という扱いになる。個人資産をどう処分しようとジブリール家の自由だからな。軍に対する貸与契約の更新もキャンセルされていた」
「ですが、南アメリカ軍に戦力を流すなんて!」
「それに関して追求があるだろうが、余り期待はしないでくれ。ザフトに流れるまでの間にジャンク屋などの代理業者が入っていたらそれまでだ」

 ジャンク屋ギルドの所有物にしてしまえば、それに対して各国は権利を主張できなくなる。ふざけたルールであるが、そういう仕組みが存在する以上それを悪用する人間が出てくるのも必然だろう。あらかじめジャンク屋に代理店のような事をしてくれる人間を確保しておき、ジャンク屋を経由するようにすれば密売などを安全かつ合法的に行う事が出来るのだ。国家が介入できないという事は、この仕組みを利用すれば武器だろうと麻薬だろうと安全に流通させる事が可能なのだから。
 このルートを使ってエクステンデッドを貨物としてジャンク屋所有物として流し、南アメリカなりザフトなりに売却されたとすれば、その流れを追跡する事は不可能になるのだ。国家の介入を許さないという事は、警察を含む公権力が及ばないという事なので査察も出来ないからだ。
 だが、アズラエルはこの件をこのまま放置はしないだろうとサザーランドは考えている。たとえ追求が難しくともジブリールが流したのは確実であり、アズラエルはこれ以上彼の我侭を許すとは思えないからだ。ブルーコスモスの範疇で動く分には容認していた彼だが、事が政治や軍事に影響を及ぼしてくるとなれば容赦はすまい。




 エドを倒した事でアークエジェルは南アメリカ軍追撃の任を解かれ、パナマから宇宙に上がる事になった。丁度ビクトリアからザフトが脱出しようとしているようで、これを回収するためのザフト艦隊を阻止する事が宇宙に上がってのアークエンジェルの最初の任務となりそうである。
 だが、パナマまでの道中のアークエンジェルの雰囲気は暗かった。収容して手当てを施した甲斐もなく、アウル・ニーダは戦傷が元で息を引き取ってしまったのだ。結局彼は最後まで自分の周りに居る人間が自分の仲間達だということを思い出す事はなく、眠るように息絶えてしまった。その最後は苦しんだ様子はなく、それだけが唯一の救いだったと言えるだろう。
 だがアークエンジェルのクルーにとっては何ともやりきれない思いであった。自分の仲間が記憶を操作された挙句に敵に回って自分たちと戦い、そして自分たちに倒されたのだ。こんなふざけた戦いがあって良いのかとトールなどは激昂したほどである。
 そしてアウルを直接手にかけたシンはショックから未だに立ち直れず、自室に閉じこもっている。普段は陽気なアルフレットさえ珍しく気難しい顔をして、展望室でベンチに腰掛けながら空を見上げているくらいだ。
 しかし、戦争は彼らの傷心が癒える為の時間を与えてはくれなかった。アークエンジェルが宇宙に上がる予定の2月上旬には、地球軌道でザフトとの新たな会戦が予想されているのだから。




後書き

ジム改 南米戦終了。
カガリ たった2話かよ!?
ジム改 別に長引かせる理由も無いし、主目的は裏方の動きだからねえ。
カガリ アウルが敵に居たとはなあ。
ジム改 戦いはますます激しさを増すのだ。そろそろキラとアスランの再戦もあるし。
カガリ アスランのジャスティスはパワーアップしないのか?
ジム改 そんな暇と資材はザフトには無い。まあ多少はしてるけどな。
カガリ 貧乏暇無し状態かよ。
ジム改 アスランたちは強いから馬車馬のように働かされてるのだ。
カガリ 超過勤務手当ては出ないのに頑張るねえ。
ジム改 おかげでアスランは過労死しそうだったりする。
カガリ まあ何時もの事だな。
ジム改 ひでえ扱いだな。それでは次回、宇宙に上がるためパナマで準備をするアークエンジェル。アメノミハシラにやってきたロウたち、そこでラクスは一組の母娘と出会う。そしてアスランは回収部隊に参加する為にプラントに帰還していたのだが、その宇宙港でクルーゼに伴われるラクスそっくりの女性と出会うことに。次回「星の歌声」でお会いしましょう。

 

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