第15章  ギリシアを越えろ

 

 海上を突破するアークエンジェル。敵の部隊が展開するギリシアはもう目前である。渡された資料から敵の基地やおまかな部隊配置は分かっているが、哨戒部隊に発見される事は覚悟しないといけないだろう。
 マリュ−は戦闘準備を命じた。

「全艦第1級戦闘配備。本艦はこれより、ブカレストへ向けて直進します。全包囲を警戒。敵の襲撃に備えよ!」
「全砲門発射準備、ヘルダート、アンチビーム爆雷装填、艦尾発射管にウォンバットを装填。何時でも使えるようにしておけ!」

 ナタルの指示で全兵装が発射準備状態にされる。続いてスカイグラスパー2機が発進して戦闘空中哨戒に入る。ここはもう敵の勢力圏なのだ。海上から陸上に入り、そのまま暫く何事も起きない時間が続く。このまま見つからなければ良いと誰もが思ったが、その希望は甘すぎた。

「レーダーに反応、敵機です!」

 パルの悲鳴のような報告が響く。間違い無い、敵の偵察機だ。これで敵部隊がやってくるのは確実だ。艦内に緊張が走る。それから丁度5分後。フラガから報告が飛びこんできた。

「敵だ、ディン2機、ザウート3機。それに戦闘ヘリが10機!」
「こちらでも確認しました。フラガ少佐、バゥアー大尉は迎撃を。ストライクは直ちに発進、艦の直援をさせて!」
「キラ、ストライク発進です!」
「了解、装備はエールで!」

 ミリアリアがキラに発進命令を伝達する。キラは答えると直ちに出撃した。そのままアークエンジェルの進路前方に出る。ディンとザウートの始末はキースとフラガのスカイグラスパーがやっていた。

「良いかキース、敵を仕留めるより、時間稼ぎを優先しろ!」
「分かってますが、ディンだけは落とさないと!」

 ランチャーパックを装備した2機のスカイグラスパーが大空を駆ける。それを2機のディンが撃ち落とそうとしていた。ディンは空中を飛行できるMSだ。これだけは仕留めないといけない。
 ディンのパイロットは小癪な戦闘機を撃ち落とそうとしたが、この戦闘機はいろんな意味で普通ではなかった。

「邪魔なんだよ!」

 フラガのスカイグラスパーがアグニを放ち、狙ったディンを一瞬で蒸発させてしまう。それに怯んで回避運動に入ったもう1機のディンは回りこんでいたキースのアグニによって仕留められていた。
 ディンを仕留めた2人は迷わず機体を反転させた。ザウートではアークエンジェルについて来る事は出来ないし、戦闘ヘリ如きを恐れる必要は無い。それよりももっと厄介な敵に対処するべきだろう。
 そして、2人の判断は正しかったのである。

「少佐、大尉、すぐに戻ってください。進路上にMS多数確認。すぐに戻ってください!」
「今戻ってる!」
「やっぱりいやがったか」

 フラガとキースは怒鳴り返して機体を加速させた。だが、それよりも早く前方の空域で幾つもの閃光が煌いたのである。

アークエンジェルの艦橋でマリュ−が命令を下した。

「副長、正面を掃射。敵地上部隊を制圧する!」
「分かりました。主砲、バリアント、てぇ−っ!」

 強力なゴッドフリートとバリアントが撃ち出され、地上に展開するMS部隊や戦車、装甲車部隊が爆発に飲みこまれていく。更に空中に居る戦闘ヘリや戦闘機、ディンやグゥルに乗ったジンなどに向けてウォンバットが撃ち出される。そして地上を行くストライクが敵MSと戦闘に入った。

「数が多い、どれだけいるんだ、ミリィ!?」
「あなたの前には少なくともジンが5機、ザウートが2機よ!」
「左右の敵は?」
「足の速さで振り切るって言ってるわ。あなたは前だけに集中して!」

 キラは正面を見据えた。ジンが向ってくるのが見える。キラはストライクを走らせながらビームライフルを放った。3射目で狙ったジンを捕らえ、四散させる。その間に4機のジンが左右に回りこもうとしていた。

「くそっ、ア−クエンジェルを殺らせはしない!」

 だが、ストライク1機で対処し切れる数ではない。キラはジンを更に2機仕留めたが、残る2機が懐まで入って来た。それに向けてイーゲルシュテルンが高速弾を叩き出し、ジンを狙い撃つ。
 そして更に敵の増援が現れた。

「更にMS8、全てディンです!」
「まだ居るの!?」

 マリュ−が信じたくない一心で叫んだが、それで敵が逃げてくれる訳ではない。ナタルはそのMSにゴッドフリートを向けさせた。

「ゴッドフリート照準、てぇ−!」

 ゴッドフリートが放たれ、2機のディンが吹き飛ばされる。その威力に驚いた残りのディンが左右に散るが、それに向けてウォンバットが放たれ、更に2機のディンが砕け散る。残る4機は各々の好きな所から一気に突入してきたが、イーゲルシュテルンとヘルダートの盛大な歓迎を受けてしまった。Gに乗ったクルーゼ隊の赤服パイロットが手を焼いたアークエンジェルの対空砲火だ。ディンが飛びこんで無事に済むわけも無く、1機がイーゲルシュテルンに捕まって蜂の巣に変えられた。そして残る3機が突入してきたが、また1機が今度は横合いからの強力なビームに上半身を消し飛ばされた。

「なんだ!?」

 驚いた1機のディンが動きを止めた途端、イーゲルシュテルンに絡め取られて撃墜された。残る1機は慌ててアークエンジェルから離れようとしたが、これも逃げ切る事はできなかった。再度装填されたウォンバットが発射され、このディンを撃ち落としたからだ。
 艦橋に少し安堵の空気が流れた所にミリアリアの嬉しそうな報告が響く。

「フラガ少佐機、バゥアー大尉機、戻ってきました!」

 キースとバゥアーのスカイグラスパーが戻ってきた。強力なアグニが地を走るジンに叩き込まれ、擱座させてしまう。完全破壊ではないが、こちらを追ってくることは出来ないだろう。
 キースはスカイグラスパーを旋回させながら地上で戦うキラに通信を繋いだ。

「キラ、大丈夫か!?」
「な、なんとか大丈夫です。でも、数が多すぎますよ!」
「こっちも上空援護を続ける。なんとか頑張れ!」

 だが、その僅かな時間がキースの油断だった。地上からジンが90mm対空散弾銃で狙っている事に気付くのが遅れたのだ。機体の周囲で炸裂する砲弾にキースは慌てて上昇をかけたが、間に合わずに損傷してしまった。機体内に響くアラームに顔を顰める。

「クソッ、こちらキース。被弾した。緊急着艦する!」
「了解しました。無事に帰ってきてください!」
「あたりまえだっ」

 ミリアリアの返事に答え、キースは被弾して動き難くなったスカイグラスパーをなんとかアークエンジェルに持ってきた。
 キース機被弾と聞いてナタルの顔色が僅かに変わった。椅子から腰を浮かし、ミリアリアに声をかける。

「バゥアー大尉が被弾だと。戻れるのか!?」
「大丈夫です、今着艦コースに乗りました!」

 ミリアリアの報告を聞いて、ナタルは目に見えて安堵した。それを横目で見ていたマリュ−がクスクス笑いをする。ナタルはマリュ−の意地の悪い笑い方にむっとした顔で問い掛けた。

「何がおかしいんですか、艦長?」
「いえ、あなたがやけに慌ててるから、ついね」
「大尉のスカイグラスパーは重要な戦力です。失ったらこの場の突破さえおぼつきませんから」
「本当にそれだけかしらね?」

 マリュ−の意地の悪い問い掛けにナタルは返答に詰まり、僅かに頬を染めた。それを見たマリュ−がなんとも楽しそうに笑顔を浮かべる。なんとわかりやすい反応であろうか。


艦橋でそんな話題が繰り広げられてるとも知らず、キースのスカイグラスパーはよろける様に格納庫に飛び込み、ネットに機体を受け止められる。そしてすぐに整備兵が駆け寄ってきた。

「急げ、すぐに直すんだ。10分で飛べる様にしろ!」

 マードックが機体を急いでネットから退かせ、修理に取りかからせる。キースは機体から降りるとマードックに駆け寄った。

「済まないが、装備はエールで頼む。キラのストライカーパックを交換してやりたい」
「分かりました」

 マードックが頷き、走り去って行く。キースは疲れた体を休めようと近くの箱の上にどさりと腰を下ろした。流石にこの大軍相手ではかなりキツイ。そのままグッタリしていると、格納庫の中にこういう時に聞きたくない声が響き渡った。

「離せキサカ、私はこんな所で戦わずに死ぬのはごめんなんだ!」
「だからと言って、また勝手にMSに乗るつもりなのか!?」
「艦長の許可を取ればいいだけだろ!」

 またカガリが出撃しようとしていた。キースはやれやれと立ちあがると、2人に声をかける。

「残念だが、デュエルのコクピットハッチは開かない様にしてある。どうやっても乗れないぞ」
「なんだと!?」

 カガリがキースを見て怒鳴る。キースはカガリに近づくとその頭に手を乗せた。

「もう少し俺たちを信じてみろ。大丈夫だ、この艦を堕とさせはしない」
「だけど、私1人が後ろで見てるだけなんてのは嫌なんだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 この娘は真っ直ぐ過ぎる。そして素直過ぎる。キースは苦笑すると、キサカを見た。

「あんたも、もっとしっかりこのじゃじゃ馬を捕まえておいてくれないと困るよ」
「努力はしてるのだが・・・・・・」
「まあ、頑張ってくれよ。傷物にしたら色々と不味いんだろう?」

 キースの問い掛けにキサカは驚愕し、カガリは凍りついた。その反応を面白がる様にカガリの頭に置いた手で髪をくしゃくしゃにしてやる。

「まっ、身分を隠したいなら偽名でも使うんだな。変装も無し、実名をそのまま使ってるじゃバレバレだぞ」

 まあ、それでもバレてないんだから、問題無しかねえなどと呟いてると、いきなりカガリにパイロットスーツを掴まれた。

「お、おい、頼むからその事は他の奴には言わないでくれよ!」
「ああ、その事か。心配すんな。誰にも言う気は無い」

 キースの答えにカガリは目に見えて安堵した。キサカも頭を下げている。キースは感謝される事に慣れてないので、こういう態度を取られるとむず痒くなってしまうのだ。少し困っていると背後からマードックが呼ぶ声が聞こえてきた。

「大尉、修理完了、何時でも出れます!」
「分かった、今行く!」

 キースは2人の前から走り去ると、再びスカイグラスパーのコクピットに収まった。そして発進準備を進める。

「キラにこいつを渡したらまた戻ってくる。ランチャーパックの準備を」
「分かりました」

 整備兵に準備を命じて、キースはスカイグラスパーを発進させた。キースが出る頃には新たな敵部隊が現れ、再び戦いが激化しようとしている。まだまだ敵の前線を突破するのは先の様だ。
 上空にザフト戦闘機隊の姿があるが、キースはそれを無視してストライクへと向った。すでにキラのストライクのバッテリーは限界だろう。

「キラ、エールパックを落とす。付け替えろ!」
「キースさん、助かります!」

 言ってる傍からストライクの機体が色褪せていく。PS装甲が落ちたのだ。キースはストライクの傍に行くとエールパックを低高度で落とした。投下されたエールパックは衝撃吸収用のエア−パックとパラシュートを展開する。ストライクは今のエールパックをパージし、投下されたエールパックを拾って装着して急いでPS装甲を展開させた。
 間一発で展開が間に合い、ストライクは撃破されるのを免れた。再び鮮やかな色を取り戻したストライクは敵に向けてビームライフルを放っている。それを見たキースはアークエンジェルに戻ろうかと思ったが、その前に一仕事しなくてはいけないらしいと悟った。敵の主力戦闘機であるラプターの編隊がこちらに向ってきているからだ。アークエンジェル周辺にも多くの敵機が取り付いている。

「やれやれ、やるしかないのかねえ!」

 スカイグラスパーの火力と機動性は最高だ。だが、敵機は見た限りでも10機は下らない。1機で相手をするのは大変だが、あいにくとここ最近の戦いは何時もこうだ。やるしかない。
 キースは気合を入れなおすと敵編隊に向かっていった。

 


 キラの部屋にいるフレイは頭から毛布を被って震えていた。艦が直撃の振動に揺られるたび、小さな悲鳴が漏れる。その瞳は強く閉じられ、今起きている戦闘から逃避しようとしている。
 フレイは怖かった。戦争が、死ぬのが。

『いや、私まだ死にたくない、死にたくない、こんな所で死にたくないの!』

 だが、どんなに祈ってもこの現実は変わらない。周囲は敵に囲まれており、いつ直撃弾がこの部屋ごと自分を吹き飛ばしてしまうか分からないのだ。次の直撃弾の衝撃が艦を揺らした時、フレイの口から悲鳴と共に1人の男の名前が漏れた。

「キラっ!」

 呼んでからフレイは驚愕した。何故、どうして自分はキラの名を呼んだのだ。利用するだけの道具でしかないのに。憎いコーディネイターなのに。
 だが、キラの名を出した時、確かに気持ちが落ちついたのだ。その現実がフレイを更に追い詰めてしまう。自分の復讐心が、父を奪われた怒りが徐々に失われている気がしたから。それは、何故なのだろうか・・・・・・・

 


 アークエンジェルの艦橋では敵編隊の攻撃にナタルが必死に対応していた。

「イーゲルシュテルン自動追尾解除、弾幕で敵に対応しろ。ウォンバット、ヘルダート発射!」

 ミサイルが一斉に発射され、イーゲルシュテルンの射程に入る前に敵機を次々に叩き落としていく。それを突破した戦闘機にはイーゲルシュテルンの弾幕が対応した。
 弾幕から離れた機体にはフラガのスカイグラスパーが襲いかかり、火力差に物を言わせて叩き落している。一対一の空戦でならフラガが負ける要素は何処にも感じられないほど、その技量は際立っていた。まさに異名の通り、戦場で敵を狩る鷹である。

「ちっ、こう数が多いとやりにくくてしょうが無いぜ!」

 機体を旋回させながら次の目標の上面に出て、機首のバルカンを叩きこむ。4本の火線が敵機に吸い込まれたかと思うと、敵機はバラバラに撃ち砕かれて地上へと落ちていった。フラガは戦果の確認などはせず、また別の敵機に向っていく。落した数など覚えてはいない。艦に戻れば教えてもらえるだろうし、そんな余裕は無いからだ。

「バリアント用意、ストライクを援護する。ゴッドフリートは前方で戦闘中のバゥアー大尉機の援護、味方を巻き込むなよ!」
「了解、照準します!」

 サイとトノムラ、チャンドラが照準計算を始める。急がないと手遅れになるが、戦闘中の味方を援護するのだから完璧な計算が要求される。程なくしてはじき出された照準所元にしたがってバリアント、ゴッドフリートが微妙に動いた。そして、ナタルの指示の元に発射される。
 発射されたバリアント2発が砲撃をしていたザウート2機を襲い、着弾の衝撃波でこれを爆砕してしまう。ゴッドフリートはキース機から少し離れた所を旋回していた4機の戦闘機を一瞬で蒸発させてしまう。決定的とは言わないが、確実に2人の負担は軽くなった。
 だが、ザフトはまだ諦めていなかった。そのプライドにかけてアークエンジェルを突破させまいとあるだけの部隊を形振り構わずに投入し始めたのだ。そして、ストライクの前に今度は戦車や自走重砲部隊、MLRS部隊までが展開しだしたのである。

 

 

 ギリシア方面でザフト軍が戦闘を行っているという報告は、連合軍部隊の知るところとなった。突然の事にブカレストの司令部でクライスラー少将が状況報告を求める。

「何が起きている、敵が動いたのか!?」
「いえ、どうもギリシアを強行突破しようとする友軍部隊がいるようです。かなりの数のMSがそちらに向ったと報告が」
「ギリシアを突破だと、誰がそんな事を・・・・・・」

 クライスラーはしばし考え、ようやくそれらしい連中に思い当たった。アフリカに降下してこちらに向うと言ってきた第8艦隊の新型戦艦のことだ。

「なるほど、アークエンジェルか。本当にここまで来たのだな」

 しばし考え、口元に面白そうな笑みを浮かべた。たった1隻でギリシアの敵を突破し、ここまでやって来ようとするとは見上げた度胸だ。クライスラーは電話を取り上げると、幾つかの指示を出した。

 連合軍前線部隊にも動きがあった。航空基地から次々に戦闘機が飛び立ち、戦車隊が敵に警戒心を起させるような大規模な移動を開始する。この動きはザフトをいたく刺激し、連合の反撃に備えて部隊の展開を始めたのである。これがクライスラーのアークエンジェルに対する援護であった。これで敵はアークエンジェルに対して兵力を割く事が出来なくなる。これがアークエンジェルを救う事になった。

 

 

 戦闘を開始して3時間。絶え間無く襲いかかってくるザフト軍の猛攻にさしものアークエンジェルも疲れが見え出した。キラのストライクの動きも鈍り、2機のスカイグラスパーも明らかに動きが悪くなっている。連戦の疲労が屈強なパイロットたちを蝕んでいるのだ。
 アークエンジェルがここに来るまでに破壊したMSの数は30を超えていた。撃破した数はその倍近くにもなる。戦闘機や戦車、攻撃ヘリは数えるのも馬鹿馬鹿しいほどだ。ギリシア方面のザフト軍が著しく弱体化したのは確実だろう。
 だが、アークエンジェルも満身創痍になっている。艦体には数え切れない傷がつけられ、黒煙を幾つもなびかせている。イーゲルシュテルンもミサイル発射菅も半数残ってはいない。

「艦長、本艦の戦闘力は半分近くまで落ちました。あと一度本格的な攻勢を受けたら!」
「分かっているわ、ナタル。でも、後少しなのよ。頑張るしかないわ!」
「・・・・・・・分かりました」

 ナタルも腹をくくるしか無いようだ。周囲にはまだ3機のジンが動き回っている。これを始末すれば多少は息がつける。だが、その僅かな希望もパルの悲鳴が掻き消した。

「新たな反応多数。航空機です。数は不明ですが、50は下りません!」
「・・・・・・くっ」

 マリュ−は正面の空域を睨みつけた。確かに雲の間から雲霞の如く戦闘機が現れている。あれだけの編隊を防ぎきる力はアークエンジェルには無い。それでもフラガとキースが果敢に挑もうとしたが、その正体に気付いたフラガが歓声を上げた。

「違う、あれは味方だ。連合のサンダーセプターだ!」

 連合の主力戦闘機、サンダーセプターが急降下して来て3機のジンにミサイルを叩きこんでいく。飽和攻撃に3機のジンは成す術も無く撃破された。
 アークエンジェルを囲む様に展開するサンダーセプターの大編隊に、マリュ−は立ちあがって口元を手で覆った。涙が零れるがそれを拭う事さえしない。ナタルでさえ安堵の余りCIC指揮官席でみっともなく半ばずり落ちている。そして、大歓声が艦を包んだ。

「味方だ、味方が来てくれたんだ!」
「ええ、助かったのよね、私達!」

 サイとミリアリアが涙を見せながらも喜び合っている。そしてマリュ−が全身で喜びを表しているミリアリアに指示を出した。

「ハウ二等兵、ストライク、スカイグラスパーに帰艦命令を。それと、ご苦労様でしたと伝えて」
「はいっ!」

 ミリアリアは嬉しそうに通信機を操作し、キラとフラガ、キースに帰艦を指示する。それに返ってきた返事は疲労の色が濃く、弱々しいものであった。あのフラガや陽気なキースでさえまるで死にそうな声を返してきたのだから、その疲労の度合いがわかるだろう。

 帰艦してきた3人はコクピットから降りるなり倒れこんでしまった。駆け付けてきた整備兵や手空きの兵に助け起されている。キラも格納庫に来ていたフレイに抱き起こされ、近くの資材の箱に背を預ける姿勢で座らせてもらっていた。

「キラ、大丈夫なの、キラ!?」
「だ・・・大丈夫・・・・・・とは、言えない・・・・よ」

 キラは弱々しい声で返事を返した。無理も無い。これだけの長時間戦闘など、初めての経験なのだから。フラガやキースは今はなんとか自分の足で立っている。だが、キースはキラの隣に来た所でどさりと座りこんでしまった。

「よお、生きてるかキラ?」
「な、なんとか・・・・・・」
「そうか、偉いぞ」

 キースはどうにか返事をするキラを珍しく賞賛した。それほどの激戦だったのだ、今日の戦いは。フレイは憔悴し切ってるキラを心配そうに見ていたが、すぐに何処かに駆けて行った。そして戻って来た時には2つの高カロリードリンクを持っていたのである。

「はい、キラ、大尉」
「あ、ありがとう、フレイ」
「すまん、助かるよ」

 キラとキースはありがたくそれを受け取った。そのまま暫く無言でドリンクを啜る。そして、キースが口を開いた。

「キラ、どうだった、初めての本格的な戦争は?」
「・・・・・・・辛いとか、戦いたくないとか、思う暇も無かったですよ」
「そういうもんだ。今日は無事に帰って来れたが、明日はどうなるか分からない。俺やお前だって、明日は帰って来れないかもしれないぞ」

 キースの脅しに、キラとフレイは衝撃を受けていた。自分が死ぬかもしれない。キラが2度と帰ってこないかも知れない。その事実を明確につきつけられたからだ。そして、今日の戦闘を考えれば、それは決して誇張ではないだろう。優れた性能を持つストライクでも決して完全無敵ではない。事実、今日は2度もフェイズシフト・ダウンを起している。フラガとキースのストライカーパックの支援が無ければ間違い無く死んでいただろう。

 死の恐怖がようやくキラを襲った。ガタガタと震えだし、歯が噛み合わなくなる。フレイはその姿に初めてキラに憐憫を覚えた。本当は弱いくせに可哀想なキラ、と。
キースはドリンクを口に含みながら片目でフレイを見た。フレイはそれを見てしばし逡巡した後、キラの頭を胸に抱いた。その目には不安と、迷いが浮かんでいる。キラはフレイのぬくもりに縋る様に小さな声で泣いていた。
 近くを通りかかった整備兵達が何事かとそちらを見て、やれやれと肩を竦め、あるいは冷かして去っていく。だが、2人にはそんな声は聞えていない。キラは死の恐怖から逃れる為にフレイに縋りつき、フレイは迷いに支配されていたのだから。
 艦橋から降りてきたサイ、トール、ミリアリア、カズィは震えて泣いているキラを抱きしめているフレイを見て足を止めた。サイは辛そうに顔を背け、カズィも気まずそうにサイを見ている。
 ミリアリアは少し戸惑いながらトールを見た。

「ねえ、どうするの?」
「う、うん・・・・・・」

 トールはキラを、フレイを見ていた。理由は分からないが、キラは恐怖に震えているようだ。あんなキラは見たことが無い。フレイに泣きつく様はまるで怯える子供そのものだ。そして、フレイもおかしかった。今のフレイはキラを抱きながらも、その目はキラを見てはいない。彼女の目は何も映してはいない。空虚なのではない。何か別の事で頭が一杯で、キラの様子を認識していないのだ。まるで、何かを悩んでいるかのように。

「・・・・・・本当にヤマアラシのジレンマなのか。それとも、そう見えるだけなのか」
「トール?」

 いきなり変な事を呟いた恋人に、ミリアリアはどういう意味かを問い掛けたかったが、トールはそれよりも早くミリアリアを見た。

「なに、どうかした?」
「う、ううん、なんでも無い」

 トールに聞かれたミリアリアは慌てて誤魔化した。なんと言うか、聞いてはいけない気がしたのだ。

 トールの見方は正しかった。フレイは悩んでいたのだ。キラはコーディネイターと殺しあって自分も死ねば良いという復讐心は今も確固として存在する。だが、キースに言われて初めて感じた恐怖、そう、恐怖だ、キラを失うという恐怖を感じたのだ。死ねば良いと思っている男が、いざ死んだらと思うとその喪失感が怖い。矛盾している。何故、どうしてこんな相反する気持ちが内心でせめぎあうのだろうか。
 父を守れなかったキラは許せない。降下後にシャトルを守れなかった事で泣くキラを見てもどうとも思わなかった。むしろ都合が良いとさえ思った。だが、砂漠も街で自分を庇ってくれた時はどうだったろうか。あの時は初めて銃撃戦に巻き込まれて、間近を通過すうる銃弾に震えあがり、抱いてくれるキラの腕に必死に縋る事でどうにか落ちつけた。あの時、必死に守ってくれたキラに、自分は感謝したのではなかったか。
 どうして、なんで、私がコーディネイターなんかに・・・・・・・・・・

 


 それぞれの想いを乗せて、アークエンジェルはギリシアを突破し、遂に友軍勢力圏下に到達した。ヨーロパ方面軍の拠点、ブカレストに達したのだ。だが、ここはすでに後方拠点ではない。もうすぐそこ、30kmにまで敵が迫る、最前線なのである。


機体解説

AGX−04ラプター
兵装  30mmバルカン砲×2
    多目的パイロン×6
<解説>
 ザフトの主力戦闘機。機動性能に優れており、完全な制空戦闘機として作られている。連合のサンダーセプターよりも優位に立つ高性能機だが、総合力では負けている。ザフトにはディンがあるので不用とも思えるが、高価なMSだけで戦線を維持出来る筈も無く、このような兵器が必要となる。MSに対抗出来るような兵器ではないのだが、実際にザフトの航空戦力の主力となっているのはディンでは無く、このラプターである。


FA−23サンダーセプター
兵装  20mmバルカン砲×4
    多目的パイロン×4
    爆弾搭載量4t
<解説>
 連合の主力戦闘爆撃機。対地、対空能力を持つ強力な機体だが、一対一の空戦ではラプターに対して不利である。ましてディンに対抗出来る機体では無い。だが、数だけは多く、大軍で相手を押しきるという戦術を多用する。旧式機でもあり、より新型の機体の開発が進められている。



<後書き>
ジム改 さあ、いよいよヨーロッパに着ました。
栞   えうう、私が出てません・・・・・・
ジム改 こら、作品が違うのに出て来るんじゃないの
栞   良いじゃないですか、私はここのマスコットガールなんですから
ジム改 何時からマスコットガールに?
栞   今この時点からです
ジム改 なんつう図々しい奴だ
栞   まあ細かい事を気にしちゃいけません
ジム改 大体、ミゲルはどうしたんだ?
栞   ・・・・・・・・・・・・・・・・・
ジム改 おい?
栞   ・・・・・・ふっ、彼なら今頃ポケットの中で自分の選択を悔やんでますよ
ジム改 またか、またやったのか!?
栞   ふっ、大人しく後書きを明け渡せば長生きできたのに。他かがコーディネイター風情が私に逆らうから
ジム改 まあいい、あいつはあいつでしぶといからな
栞   さて、なんかフレイさんが変わってきましたね
ジム改 まあねえ、彼女はこの話のメインヒロインだし、そろそろ変化が出て来ないと
栞   ヒロインですか、私みたいに強くいるんですね?
ジム改 いや、君ほど逞しくはならない予定だが
栞   それはどういう意味ですか!?
ジム改 言わないと分からないとは・・・・・・・