第154章  夢から覚めて




 ザフトに対する大規模消耗作戦、フリントロックの発動に伴い、多数の遊撃部隊がザフトの前線哨戒基地を襲撃するようになった。この作戦には各任務部隊の参加も決定されており、第8任務部隊も出撃している。
 第8任務部隊は現在ではアークエンジェル級戦艦2隻に駆逐艦12隻、そして補給艦2隻という編成をとっている。これに地球のドミニオンとパワーが加われば全艦が揃う事になるのだが、未だに第8任務部隊は全艦が舳先を並べた事はなかった。とはいえ正式な旗艦であるアークエンジェルが到着した事もあって、第8任務部隊は初めて旗艦の式の下に戦いに赴く事になる。
 第8任務部隊の編成は司令部がそのままアークエンジェルの司令スタッフを兼任するという、本来ならば無茶苦茶な状況に陥っているのだが、これが地球軍の台所事情の現実でもある。特に正規艦隊に属さない任務部隊や哨戒部隊などは艦長と部隊司令が兼任というのが恒常的になっている。駆逐艦の艦長に中尉が割り当てられるなどという狂気の沙汰まで起きているのだ。
 まあ平時なら中佐のマリューは例え将校だったとしても戦艦の副長辺りだろうし、少佐のナタルは駆逐艦の艦長か平参謀辺りだった筈だ。つまりこんな長期消耗戦でなければありえない人事が横行していたのである。何しろ戦争というのは大量の士官が戦死するのですぐに補充が利かなくなる。階級が低い将校が割り当てられるならまだ良いほうで、末期症状を示すと全く関係ない部署の士官が連れてこられる事もある。幹部クルーが全滅したアークエンジェルが技術士官を艦長に据えたりただ1人の将校だった少尉がCIC指揮官になった例がこの最悪の部類に入るだろう。艦が沈まなかったのは奇跡といえる。
 この後、不幸な事にマリューは本職である技術部には戻れずに将校として扱われてアークエンジェル艦長として前線勤務をやらされ続け、結果的に経験を積み重ねて良い艦長になって出世街道に乗ったわけだ。これは周囲から見ればまさに羨むべき幸運であるが、少なくとも本人は技術本部でデータに囲まれる生活を今でも望んでいたりする。

 こんな変わった経歴を持つ司令官であるが、第8任務部隊の各艦長たちはマリューを乗艦として受け入れていた。まあ不満が全く無いわけではないだろうが階級上では上官であるし、アークエンジェルの戦歴には敬意を払わせるだけの物がある。ヴァーチャーの艦長であるイアン・リー少佐も表面的にはマリューの指揮に従う姿勢を見せていた。
 しかし彼らにマリューに対する評価を高めたのは、やはりあのアルフレット・リンクス少佐が一定の敬意を払っていたという点にある。その名声と上官を上官と思わぬ不遜な態度で知られる大西洋連邦のウルトラエースがマリューに従っているのだ、その効果は絶大だった。



 こうして第8任務部隊はザフトの前線基地であるステーションを目標として出撃し、途中で小さな遭遇戦を2度戦ってステーションを射程に収めることに成功していた。ザフトには既に制宙権を半ば喪失していたのだ。
 マリューはこの基地に対して距離を詰めた砲戦は避け、ミサイルによる長距離攻撃による破壊を目論んだ。相手は機敏に動けるわけでは無い基地であるし、ミサイルやビームを受けても小揺るぎもしない小惑星型でもない、ごく普通の人口建造物だ。装甲も施されてはおらず、ミサイルで簡単に破壊する事が出来る。
 パイロットたちはまだ出撃せず、ガンルームで待機している。距離が遠いのでMSを出す間合いではないし、敵がMSを出さなければキラたちには仕事は無い。彼らはガンルームのモニターで艦橋から送られてくる映像を眺めていた。

「今回は出なくても良さそうだな。俺たちは楽させてもらおうぜ」
「そうだね、何時もこうなら良いのに」
「ああ、宇宙に上がっていきなり2回も戦争して、月基地に付いたら休む間もなくまた出撃じゃ体が持たない」

 トールとキラが今日は楽だなあと喜び合っていて、フレイはこの怠け者どもがと2人を呆れた目で見て、いたりする。シンは出番が無いせいか暇そうな顔でドリンクを飲んでいるし、スティングは雑誌に視線を落としている。MSが出てこないなら自分たちの仕事は無いと分かっているのだろう。
 敵は此方の攻撃を受けたあとにようやく2隻のローラシア級で迎撃に出てきたが、それは余りにも数が少なすぎた。まあこの程度のステーションでは大した数がいるはずもなく、2隻もいたのかと驚くべきかも知れないが。
 2隻のローラシア級はステーションから出てきたMSを加えた総数13機のMSを加えて迎撃してきたが、これに対してマリューはファントムをぶつけて対処した。有人機は連続する戦闘でパイロットの疲労が大きく、なるべく使いたくない。彼女なりにキラたちに無理をさせ過ぎていると気にしているのだ。
 幸いに出てきた敵の大半はジンHMであり、4倍のファントムなら圧倒することが出来る。これで問題なく対処できると考えていたのだが、パルがおかしな目標を捕らえた。崩壊していくステーションから飛び出すようにして大型の高速機が出てきたというのだ。

「機種判別不能、新型のようです!」
「新型。でもこの動きは、まるでMA?」

 MSというよりMAのような直線的な動き。だがそのサイズは小型艦艇並で、とても正気とは思えない代物だ。そしてマリューはすぐにあることを思い出した。少し前に友軍のステーション基地を次々に襲撃していった謎の大型MAの事を。あれとは些か形状が違うが、これはあれと同種の兵器ではないのか。

「不味いわね、予定変更、MS隊を緊急出撃します。少佐の小隊をもってMAを迎撃、トール君の隊でMS隊を始末する。他艦の艦載機は新兵を守りながら艦隊防空を!」

 仕方が無い、という思いを抱きながらマリューはMSを出した。何処かで一度彼らに休暇を出してやりたいくらいなのだが、早くも出撃させることになってしまった。




 直ちに出撃したMS隊はマリューの指示通りアルフレット小隊を持って迫る大型MAを迎撃し、トールの小隊で敵MS部隊を叩き潰しに向かう。それは賢明な対処であったが、敵の性能はマリューの想像を超えた物だった。迎撃に出たアルフレットたちはその異形とも取れる姿に驚きを隠せず、最初唖然としてしまった。

「何だありゃ、頭にジンが張り付いてやがる!?」
「MAの制御をジンからやってるって事、でしょうか?」
「何でそんな無駄な事を。MAにコクピットを付けりゃ良いだろ。ジン1機が無駄じゃねえか?」

 MAの制御の為にわざわざジンを使うというコンセプトが理解できず、アルフレットとキラは困惑してしまった。MSとMAではパイロットに要求される能力が全く異なるので、どちらか一方の専属とした方が訓練には有利だ。今の連合パイロットのベテラン連中にはアーマー乗りの生き残りが多いが、彼らはMSに移ってからはMSにしか乗っていない。唯一レイダー乗りだけはMAパイロットとしての能力を要求されているが、あれは特殊な例だ。逆にキースなどは未だにMAに乗り続けている。
 幾らコーディネイターといえども性格の異なる機体を同時に乗れるようにするのは楽ではあるまい。それにジンのシステムであれほどの大型機を使うには負担が大きすぎるだろう。何であんな事を、と首を捻る2人に、シンが大声を出した。

「んな細かい事は後でいいっしょ。今はあれをスクラップにしてフレイさんたちの援護に行かないと!」
「お、おお、そうだった!」

 シンが槍を構えて加速をかけ、それに続いてアルフレットが側面に回るべく移動を開始する。そしてキラは粒子砲を使って狙撃しようと試みる。だが新たなる敵、ヴェルヌは3人の想像を超える速さで動き、照準を振り切りだした。そして機体各所から無数のミサイルを放ち、前方に伸びる2本のアームからビームを放ってくる。その火力は戦艦並の凄まじさだ。
 降り注いでくるミサイルの雨を見てアルフレットがあるだけの砲で弾幕を張り巡らし、シンが慌てふためいて回避運動に入る。ヴァンガードではこれだけの数のミサイルには対応し切れない。

「くそたっれ、なんて火力なんだ!」
「少佐、これじゃヴァンガードじゃ近づけませんよ。こいつはPS装甲じゃないんですから!」
「ああ、こっちもだ。キラ、デルタフリーダムでどうにかできねえか!?」
「さっきからやってますが、動きが速すぎます。キースさんほどじゃないですが、かなり速いですよ!」

 キラは既に粒子砲とプラズマ砲を交互に放って撃墜しようとしているのだが、速過ぎてFCSの見越し射撃が目標を捕らえられないでいる。これほどの高速目標と交戦した経験が無い為にパイロットも機体の対応できていないのだ。宇宙でのキースはこれ以上に速いのだが、キースを相手に訓練したのは殆ど地球でだったのでこれほどの加速はしていなかった。地球では大気という壁があるのだ。
 多分この敵の相手はキースが一番なのだろうが、今ここに彼はいない。キラは自分で頑張るしかなかった。幸いに粒子ビームの至近弾で目標の一部が欠落していくのを確認しているので、ヴァンガードやフォビドゥンのような偏向シールドは装備されていないようだ。ならば直撃を出せば確実に撃破する事ができる。

「当てれば落ちる、なら当てれば良いんだ!」

 照準をつけながら右手でコンソールを操作し、急いでヴェルヌのデータを処理していく。相手の移動データを元にFCSの設定を操作し、誤差を埋めていく。だがそれだけでは足りないと考えたキラは、シンとアルフレットに動きを止めてくれと頼んだ。

「少佐、シン、あのデカイのの行き足を止めてくれ。フリーダムじゃあのスピードには対応できない!」
「足を止めれば良いんだな!?」
「無理言ってくれるよな!」

 クライシスがヴェルヌの進行方向に弾幕を張り巡らし、ヴァンガードが突撃を繰り返す。しかし速過ぎて振り切られそうになり、中々その足が止まらない。
 しかし、それでもシンがヴァンガードのチャージモードによる加速力を生かしてどうにか距離を詰め、槍でヴェルヌの懐を刺し貫こうとしたのだが、驚いた事にヴェルヌはビームを放っていた両腕のようなアームから極太のビームサーベルを生み出して切りつけてきた。てっきり長距離砲だと思っていたシンは完全に意表をつかれ、偏向シールドで受け止める事しか出来なかった。
 だが、このビームサーベルの出力は偏向シールドの出力をかなり上回っていたようで、ヴェルヌのビームサーベルはヴァンガードの偏向磁場を押し破り、偏向シールドユニットを破壊してしまった。防げないと悟ったシンは咄嗟にシールドを切り離して逃げたが、ヴァンガードの鉄壁の防御が破られた事にはシンも動揺を隠せないでいる。

「ヴァ、ヴァンガードのシールドが破られるなんて!?」
「退けシン、シールド無しじゃヴァンガードは不利だ。後は俺に任せろ!」

 格闘戦専用機であるヴァンガードにとって、相手の攻撃を完璧に防ぐ防御力は命綱だ。それを失った以上、ヴァンガードの有効性は著しく低下したと言って良い。アルフレットはシンに退くように命じながら、自らはヴェルヌの進行方向に弾幕を張り続けてその足を止めにかかった。
 そうこうしているうちに艦隊にまで戦場が迫り、防空についていたMS隊がヴェルヌ迎撃に動き出した。それを見たアルフレットが慌てて彼らを止めようとする。

「下がれ、お前らじゃ死ぬだけだ。艦砲に任せろ!」

 ストライクダガーやダガーLがヴェルヌの前に立ちはだかろうとするが、それに対してヴェルヌは大量のミサイルを放ってこれを文字通り蹴散らした。隊長クラスはそれなりの経験を持っているのでミサイル攻撃を回避する事が出来たが、部下には新米が多く、彼らはこうの飽和攻撃を避けきれずに次々に撃破されていく。訓練度の差が残酷なまでに生存の可能性を分けたと言えるだろう。
 MS隊を蹴散らしたヴェルヌは足を止めずに艦隊に迫り、アークエンジェルめがけて突っ込んでいく。それに対してマリューはゴッドフリートによる迎撃を命じたが、余りにも速過ぎて此方も中々目標を捕らえられないでいる。放たれた対艦弾頭スレッジハマーが襲い掛かったが、これも目標を捕らえられない。
 そしてヴァルヌから放たれたビームがアークエンジェルを捉えたが、アークエンジェルの装甲はこれに持ち堪えて見せる。それを見たヴェルヌは無念そうに反対側に駆け抜けようとして、イーゲルシュテルンとレーザー機銃の掃射を受ける。大量の高速弾とレーザーに機体をズタズタにされたヴェルヌは加速を緩めずにそのまま離脱しようとしたが、防空圏外に出たところで小さな爆発が起こって加速が鈍った。どうやら推進器にダメージを受けたらしい。そしてそれは、キラにとって絶好のチャンスだった。

「ターゲット、ロック、行けえ!」

 トリガーを引き、粒子ビームが目標に放たれる。それは正確にヴェルヌの機体を貫き、搭載弾薬の誘爆を起こして木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
 それが戦いの巻く引きとなった。既にMS戦は集結しており、13機のザフトMSは大半が撃墜され、大破した2機が降伏して終わっている。ローラシア級2隻は逃亡する事も出来ずに撃沈されていた。
 戦いそのものは目的を達成したが、第8任務部隊は出てきた新型MAという問題に対応に苦慮する事になる。それは月の宇宙艦隊司令部にも送られ、キング司令長官らを青褪めさせた。既にミーティアと呼ばれる同様の新型の存在は確認されていたのだが、これはそれの量産型か何かだろう。
 問題は新型の登場ではなく、アークエンジェルの艦載機が対応し切れなかったという事だ。アークエンジェル隊は1隻で1部隊に相当する、とまで言われる艦であり、実際に宇宙に上がったところでザフトの艦隊と交戦、3倍の敵を圧倒して殲滅してしまったという実績がある。その最強部隊でも止められなかったとなると、現状の地球軍ではあれには対抗できないという事になる。
 この新型が大量に出てくる可能性を考慮し、地球軍は新たな戦術を模索する事になる。だが、それはきわめて困難であった。あのアルフレット・リンクスやキラ・ヤマトでさえ押さえ込めなかったようなMAを、彼らに遠く及ばない普通のパイロットたちにどうやって落とせというのだ。頼みの強化人間たちでもあの2人に比べればはるかに見劣りするのだから。
 だがやらなくてはいけない。地球軍は既存の兵器を使った戦術を研究すると共に、ミーティアの存在確認からすぐに開始されていた、これらに対抗できる兵器の研究開発を加速させる事になる。





 そしてプラントでは新たなる部隊の編成が急ピッチで進められていた。イザークはフィリスを使って大急ぎで旧特務隊のメンバーを掻き集めたのだが、手に出来たのはエルフィとジャック、シホという懐かしいメンバーだけであった。センカはヴェステンフルス隊のMS隊隊長として配属され、ハイネと組んで戦う事になった。ハイネは正式に新しい部隊の編成を命じられ、ヴェステンフルス隊を編成する事になる。
 ディアッカは今や数少ないイザークと並ぶベテランとして本国防衛隊の教導隊に配属され、新人のパイロットたちの訓練を行う事になった。そしてレイとルナはエザリアの命令でクルーゼが編成した新部隊、フェイスに配属されることになる。これはようするに特務隊の看板が変わっただけの部隊だが、特務隊より大規模で他部隊に対する上位部隊として特権的な力を持っている点で特務隊よりも強大だと言える。
 バラバラになってしまった特務隊の面々はそれぞれの任地で頑張る事になるが、そんな中でイザークとフィリスはジュール隊強化のために新たな新型MSを受領しようとしていた。ザクも不具合の改修が進んで大分実用的になってきているようだが、今回はザクではなく、むしろフリーダムやジャスティスの系列に属する機体である。
 開発局第1課、あのフリーダムやジャスティスを製造した部署でイザークはそれを紹介された。ザフトを守る新たなる剣、インパルスを。

「これが、インパルスか?」
「はい、まだデータを取るための試作機ですがね。こいつのデータを元に量産型が作られる予定です」
「それは分かったが、この合体機構というのは何だ?」
「ああ、機体中央にコアスプレンダーという戦闘機をコアとしてシルエットシステムという上半身と下半身の換装システムで機体が構成されていまして、シルエットの換装で様々な任務に対応しようというコンセプトに基づいて作られました。まあナチュラルのストライカーシステムをより発展させた、と思っていただければ良いかと」
「じょ、上半身と、下半身が、バラバラという事なんですか?」

 説明を聞いたフィリスが目を丸くして問い直し、イザークが絶句して呆然としている。それを見た技術者はこの期待の凄さに驚いているのだと思ったのか、得意げに説明を続けている。だが説明を終えたとき、返ってきたのは想像していた賞賛ではなく、イザークの怒髪天を衝く様な怒りの罵声であった。

「ふざけるな、貴様俺を馬鹿にしているのか。それとも何か、貴様らは俺たちに死んでこいと言っているのか!?」
「ど、どうしたんですか、何を怒って?」
「どうしたもこうしたもあるか。上下が分割する? コクピットが空を飛ぶ? 戦場でそんな稼働率悪そうな機体を運用できると貴様、本気で思ってるのか。戦場で合体なんぞしてたら動きが止まって良い的だ。それにそんな無駄な機構を組み込んだら機体強度は低下するし、重くなるだろうがぁ。もっと普通に役に立つ物を作れぇ!」

 イザークはこれまで戦争で新型機というのがどれほど信頼性に欠けるのかを骨身に染みて思い知らされている。奪取した4機のGは最初こそ威力を発揮したが、すぐに部品の不足と整備性の悪さで稼働率が低下して使い難くなった。特にイージスなどはまともに動かない日の方が多かった程だ。そして期待の新型、試作ゲイツも故障が多く、戦場で動作不良を起こして撤退という事も頻発した。そして試作ザクウォーリアに至っては機体の強度不足という致命的欠陥を抱えていた。アスランが受領した試作ジャスティスも故障が相次ぎ、遂にはカーペンタリアで大改修を施して幾つかの装備を捨て去ってようやく使い物になった。
 これらの過去の教訓から、イザークは新型機というものを全く信じれなくなっていた。ましてこんな技術屋の趣味としか思えない技術的挑戦の産物などイザークには自殺機にしか思えない。

「お前が、お前が乗って前線に出てみろ。こんなザクよりも脆そうな機体で戦えると本気で思ってるんならなあ。俺は機体が分解して戦死なんて死に方は御免なんだよ!」
「ま、まだそうなると決まった訳では……」
「ザクでもう起きてるだろうが、寝ぼけた事言うな!」
「大丈夫です、今度のは機体強度も十分な余裕があります。あとは動力源のデュートリオンシステムと大容量バッテリーの目処さえ立てばすぐにでも試作機を投入可能な状態ですから」
「それは全然大丈夫じゃないだろうがぁ!」

 技術者の襟首掴んでブンブンと振り回すイザークの剣幕に周囲の者は怯えたように身を引いていた。警備員も駆けつけてきたのだが、騒動の元凶があのイザーク・ジュールだと知って手を出せないでいる。そしてイザークを止められる筈のフィリスはというと、此方は騒動を無視して黙々と書類の方に目を通していた。彼女も怒鳴りたい気持ちはあったのだが、イザークがそっちを担当してるので自分はとりあえず必要な資料に目をとしているのだ。
 しかし目を通し終わったフィリスは資料の束をデスクに戻し、ふうっと小さくため息を漏らしてまだ暴行を続けているイザークのほうを見た。

「ジュール隊長、まあ、全く使えない機体という訳でも無さそうですよ。運用法次第でしょう」
「黙ってろフィリス、俺はこいつに現場の厳しさを叩き込んでるところだ!」
「そうですか、では終わったら教えてください。私は実機の方を見てきますから」

 まだ技術屋を折檻しているイザークを置いて、フィリスは格納庫の方に行ってしまった。彼女もイザークとの付き合いが長いせいか、大分彼の扱い方に慣れてきたらしい。こういう時は何を言っても聞かないので、さっさと用事を済ませるに限ると。
 ただ、フィリスはイザークほどこの機体を悪いとは思っていなかった。機体強度さえ確保されていれば被弾しても帰還してユニット換装をするだけで再出撃可能、というのはこれまでのMSには無い利点である。、まあザクのように分解するようでは困るので、その辺りはしっかりとしておいて欲しいところだ。
 格納庫に入って整備ベッドに固定されている新型機、フォースシルエットを装備したインパルスを見上げ、思っていたよりも見栄えは良い機体だという感想を抱いていた。予定では試作4機がジュール隊に運び込まれる事になっており、これ以外にも数機の試作機があるのだろう。だがしかし、フィリスはどうしても不満に思っていることがあった。

「こんな物より、フリーダムとジャスティスを回してくれた方が良かった」

 試作ゲイツのパイロットとして散々な目に合わされた経験を持つフィリスは、出来るならもう信用の置けない機体に乗るのは勘弁して欲しかったのである。


 フィリスが機体の視察を終わって戻ってきた時にもまだイザークは技師に対する抗議を続けており、フィリスは良くこれだけ罵倒の言葉が出てくるものだと場違いな感想を抱いていた。
 この後インパルスの開発について話し合いが持たれ、技術的挑戦を主張する開発陣に対して実用性を主張するイザークが幾度となく感情を爆発させてはいたものの、結局フィリスがイザークを宥めて合体機構、シルエットシステムはそのまま残される事となった。ただコクピット部分であるコアスプレンダーは廃止され、単純なジェネレーターとコクピットユニットを組み合わせたブロック構造とすること、いまだ実用化したとは言い難いデュートリオンビームによるエネルギー供給システムを廃し、従来の核動力炉を搭載する事などが取り纏められた。これに伴い戦場でのシルエット換装というコンセプトは切り捨てられ、艦内でユニットチェンジする方向に変えられる事になる。まあ地球軍でもストライカーパックを戦場で換装出来るのは一部の化け物だけで、艦内で換装しているのが実情なので妥当な判断だろう。
 新技術の幾つかの採用を見送った事でインパルスの開発は一気に加速する事になるが、皮肉な事にシステムの幾つかを単純化したことで実験機より大幅に実用性が向上する事になる。特にジェネレーターを従来型に換装した事は、本機の問題の1つであったエネルギー不足を解消することに繋がった。ようするに機体そのものは大体完成していたのだが、採用しようとしていた新技術の開発に手間取って未だに実験機の域を出れなかったわけだ。




 特務隊が解散するのに合わせて、手が空いているパイロットたちは解散前に遊びに出ていた。久しぶりにプラントに帰還したのであり、最後に遊びに出るのも悪くは無いと言ってディアッカが誘ったのである。残念ながらアスランはアカデミーの仕事でこれず、イザークとフィリスは開発局に行ってしまい、ハイネは部隊新設の事務手続きで死ぬほど忙しいので動けなかった。じゃあ何でディアッカがこの面子に居るかというと、ディアッカの事務能力を聞かされていた本国防衛隊司令のユウキが笑顔で送り出したからである。
 こうしてアプリリウス1の宇宙港前に集合となったのだが、定刻30分前に現れたのは生真面目が服を着て歩いているような少女、シホ・ハーネンフースであった。ワンピースにつばの広い帽子という軽装の彼女は軍服姿の時より魅力的で周囲の人目を引いていたが、シホはしきりに時計を確認して困った顔をしていた。もうすぐ約束の時間なのだが、まだ誰も姿を見せていないのだ。

「おかしいですね、ディアッカさんはともかく、エルフィさんやレイまで来ないなんて?」

 お調子者で軽薄、いい加減な奴という印象が強いディアッカに対してシホはどうにも好感を持てないでいる。そのイザークに迫る技量には敬服しているし、上官としても決して悪い男ではないのだが、どうにもあの性格には馴染めないでいる。だがら自然と評価も厳しくなってしまうのだが、エルフィとレイはシホから見ても真面目な人物だ。その2人までも未だに姿を見せないというのはどうにもおかしい。
 もしかして自分が時間を間違えていたのだろうかと不安になった時、ようやく宇宙港前の電車のホームからジャックが姿を現した。ジャックは自分を見つけると着た手を軽く上げて近づいてくる。

「よお、おはよう」
「ジャックさん、おはようございます」
「あれ、他の奴らはどうした。まだ来てないのか?」
「はい、もう時間なのですが、皆さん誰もいらっしゃらなくて」

 困り果てた顔をしているシホにジャックはしょうがないなあという顔で近くの時計を見上げ、そしてポケットから映画のチケットを取り出した。

「センカさんとレイは用事が入ったって連絡があったけど、エルフィとルナとディアッカさんはどうしたんだ?」
「もう時間ですよ。どうしますジャックさん?」
「ちょっと待て、今電話してみるから」

 携帯を取り出してエルフィの番号を呼び出して電話をかけるジャック。暫く待っていると、エルフィが出た。

「おいエルフィ、もう時間だぞ。今どこに居るんだ?」
「あ、御免ジャック。ちょっと仕事が入っちゃってディアッカさんとルナと一緒に出てるの。悪いけど今いるメンバーだけで行って頂戴」
「はぁ? おい、どういう事だエルフィ?」
「ああ、こっちも忙しいからもう切るわ。じゃあねジャック、楽しんできてね」

 そう言って一方的に電話を切ってしまたエルフィ。ジャックは困り果てた顔で携帯を切ると、事情を伝えてどうするかと聞いた。

「どうする、俺たちだけみたいだぜ?」
「そ、そうなんですか。どうしましょう?」
「どうしようねえ。シホも俺と2人っきりじゃ嫌だろうしなあ」
「い、いえ、そんな事はありません! むしろ嬉しいで……はぅ!」

 勢いでとんでもない事を口にしようとして、シホは慌てて自分で口を塞いでしまう。だが幸いなのかどうか、ジャックはそれを豪快に勘違いしてくれた。いや、自分に都合の良い方向に解釈したというべきか。

「ん、そう? まあシホが嫌じゃないんなら俺は構わないし、行くか」
「い、良いんですか?」
「美人とデートして嫌な気がする男はいないって」
「美、美美人って、私なんかフィリスさんに比べたらぜんぜん大した事なくて!?」
「いや、あの人と比較するのは色々と無理があるだろ」

 美人といわれてパニックを起こしているシホに、ジャックはフィリスと比べるなよと苦笑してつっこんだ。フィリスは長身でスタイルが良く、しかも凄い美人だ。それでいてコーディネイター特有の作られた造形美という美しさではなく、自然的な温かみを感じさせるという、ジャックなどからすれば高嶺の花という存在であった。
 まあそのフィリスはイザークに片思い中なのはイザーク以外は誰もが知っている事なのだが、あの超鈍感男はフィリスの好意に気付いているのかいないのか。全く関係に進展が見られないでいる。
 その事をジャックが笑い話として切り出したら、何故かシホは複雑そうな顔になってプイっとそっぽを向いてしまった。

「なんだ、シホはあの2人の事興味無しか?」
「いえ、興味はありますけど、ジャックさんも人の事言えないと思います」
「な、何で怒ってるんだ?」
「怒ってなどいません!」

 どう見ても怒っているシホはそのままズカズカと歩いていってしまい、ジャックは困惑した顔でその後を追っていった。そんな何処か余裕が無い2人だったから、彼らは自分の後をつけてくる数人の集団に全く気がついてはいなかった。



「なかなか良い雰囲気、上手くいったみたいですね」
「そうねえ。でも何で私たちはこそこそ後をつけてる訳?」

 ビルの陰から2人の様子を見ていたエルフィが満足そうに頷き、センカが何でこんな事をと聞いてくる。

「センカさんは嫌いですか、こういうの?」
「いや、他人の色恋沙汰ほど楽しい物は無いけどさ。でも良いの、あんたは?」
「シホはジャックが好きですから、後はジャックがあの娘の気持ちに気付いてあげれば上手く行きますよ」
「いや、そうじゃなくてね」

 センカは困った顔で後ろについてきているルナマリアとレイを見た。ルナマリアは呆れ顔であり、レイは彼にしては珍しく不満そうな顔をしている。ジャックの好きな相手はエルフィだという事くらい特務隊のメンバーなら誰でも知っていることだ。いや、アスランとイザークは気づいて無いかもしれないが。
 ルナマリアはエルフィの肩をポンポンと叩き、気付いていないのはあんたもだとつっこみを入れてやった。

「エルフィ、ジャックも相当に鈍いけど、あんたも相当に鈍いよ」
「何がよ?」
「だって、ジャックが好きなのは、ねえレイ?」
「俺に聞くな。俺は色恋沙汰には興味が無い」
「あんたも顔は良いんだから、もうちょっと若者らしくしなさいよね。あんたが好きって物好きも結構居るわよ」
「俺には関係ないことだ。大体、今日だって来る気はなかったのにお前が引き摺ってきたんだろう」

 どうやらレイは無理やり巻き込まれた口であったようだ。それで不満そうな顔をしていたのだろう。それにルナが文句をつけていたが、エルフィはそんな2人をニコニコしながら眺めていた。

「仲良いねえ、2人とも」
「どこがよ。それよりエルフィはジャックをどう思ってるわけ!?」
「え、ジャック? ジャックは大事な友達だよ」

 顔を赤くして怒鳴るように聞いてきたルナの問いにきょとんとした顔で答えるエルフィ。それを聞いたルナは迸るエネルギーの向ける先を見失って迷走しており、レイは右手で顔を押さえてふるふると左右に振っている。エルフィのボケに脱力すると共にジャックの不憫さに同情しているのだろう。
 そしてその騒ぎの外に居たセンカは呆れた顔をしながら、別の事を考えていた。

「そういえば、ディアッカは来なかったな。何してるんだろ?」

 彼女はまだ知らなかった、彼が嫉妬団副団長であり、本国の本部を立て直しているのだという事を。





 ポートモレスビー基地は大混乱に陥っていた。先に確認されたザフトの潜水艦隊の目的地が判明したのだ。彼らはアルビム連合の中心都市、アーモニアに向かっている事が付近を哨戒していた偵察機からの報告で判明したのである。
 アーモニアが攻撃されれば、同方面を担当している大洋州方面軍司令部の責任であり、ゴームレー大将は査問会送りにされかねない。それを恐れたゴームレーは直ちに援軍を派遣するように命令したのだが、ポートモレスビーからでは余りにもアーモニアは遠すぎ、艦艇ではとても間に合わない。ここから送れるのは空軍機のみである。加えてブスーコスモス派の将兵は露骨なサボタージュを行っていた。何でコーディネイターを助けなくちゃいけないんだという嫌悪感が彼らを突き動かしていたのだ。これは地球軍全体に広がっている反コーディネイター感情の強まりを示してもいた。
 ゴームレーはとにかく送れる部隊を送れと命じると共に、付近にいる部隊全てにアーモニア防衛を指令したのだが、間に合いそうな艦隊は少なかった。


 これを受けてドミニオンからも艦載しているスカイグラスパーとレイダーが急遽出撃することになり、キースが部下のパイロットたちに必ず俺について来いと訓辞をしていた。

「いいか、衛星が使えない今の戦いでは洋上の長距離飛行は機位を見失い易い。お前たちは俺の機体について離れるなよ。迷子になったら近くの基地に向かうんだ」

 スカイグラスパーのパイロットたちは経験が浅い。ベテランのアーマー乗りや戦闘機パイロットたちの多くはMSパイロットに転出し、現在のアーマー乗りや戦闘機パイロットには経験の浅い若輩者が多い。そんな彼らを率いて戦うのが現在のキースのような少数のベテランの役割となっている。
 そしてキースは、不満そうな顔でそっぽを向いているレイダーパイロットのクロトを見た。

「クロト、お前のレイダーも行くんだ。編隊を崩さないようにしろよ。お前もナビゲーション能力は無いんだからな」
「うっさいな、一度言えば分かるよ」
「そうなら俺も苦労はしないんだが、お前等は何度言ってもなかなか分からんだろ」

 スティングたちはもっと素直だったぞ、と言われてクロトはますますブスっとした顔になってしまい、キースはやれやれと肩を竦めて部隊を解散させた。今回の任務は空中給油機無しでの長距離攻撃となるので増槽を積めるだけ積み込むため、持って行ける装備は少なくなる。少ない装備でどれだけ戦えるかとキースは不安に思っていた。
 だから、クロトのレイダーにキースはどうしても期待をかけてしまうのだ。投入できる機体の中ではレイダーが最高の機体なのだから。

「クロト、今回はお前が主力だ。何時ものように勝手に暴れまわるなよ!」
「いちいち煩いんだよ!」

 念を押されたクロトは苛立った声で返し、コクピットに入っていってしまった。
 それを見ていたオルガは頭を掻きながら愛機に向かって歩いていくキースを見やり、そして馴染みになっている整備兵に俺は出れないのかと聞いていた。

「おい、カラミティを出す方法は無いのか?」
「ああ、ありゃ無理だって。輸送機じゃ足が遅すぎて付いていけない!」
「レイダーに何時もみたいに乗っていくのは駄目か!?」
「それじゃレイダーも届かないだろ!」

 整備兵はカラミティを出すのは無理だとオルガに言い切り、忙しそうに走っていってしまった。オルガは舌打ちして格納庫内を見回し、スカイグラスパーに増槽を取り付ける作業をしている整備兵たちとコクピットで調整しているパイロットたちを見る。

「ちっ、俺もレイダーにそときゃ良かったかな。こういう時は何も出来やしねえ」
「いや、君にはこの艦を守るという仕事があるぞ、サブナック少尉」
「あん?」

 後ろから自分の独り言に答える声をかけられて、オルガは少し驚いて振り向いた。そこにはこの艦の艦長であるナタルがいた。

「本艦もアーモニアに向けて出撃する。君とアンドロス少尉は2機で艦を守ることになるぞ」
「出撃って、ドミニオンじゃ間に合わねえんだろ?」
「戦闘には間に合わずとも、都市の被災者たちの収容は出来るし、第2波の迎撃は出来る。無駄にはならん」
「……ふん、分かったよ」

 オルガはナタルの言葉に不承不承頷き、格納庫から歩き去っていく。それを見送ったナタルは小さく笑うと、キースのスカイグラスパーへと歩いていった。




 地球連合が激怒してプラントの完全破壊とそこに住むコーディネイターの殲滅を叫びだすこの情勢で、この流れを止めようとする者たちの多くは無力だった。だが、無力な者には何も出来ない訳ではない。自分が無力と思っているだけで、実際には何か出来る事がある時もある。
 そう、彼女もそんな人間だった。戦いを忌避していた筈なのに、状況の推移に焦って短絡的な道を選んでしまったラクス・クラインも。
 TVから伝えられるニュースはプラントの殲滅を叫ぶ各国の民衆の声を伝え、連合諸国の政府は民意を背景にした行動を起こしている。ビクトリアのマスドライバーは修理が完了して稼動を再開し、各地に残っている中小のマスドライバーからは連日物資が打ち上げられている。ザフトの一大拠点となっていたジブラルタル基地の再建も進み、地球連合諸国の戦争遂行能力は急速に回復してきている。その原動力となったのはオーブからアズラエル財団に提供されたNJCで、各地で稼動を再開した原子力発電所が莫大なエネルギーを供給するようになって工場が稼動するようになったのだ。
 アズラエル財団はNJCをブラックボックス化して各国に供給したのだ。その為に非常に大型のシステムとして渡されており、MSなどへの転用は難しい代物となっている。これはアズラエル財団に莫大な利益をもたらし、その一部はNJCの提供者であるオーブにも流れてオーブ復興の資金源となっている。
 この核動力の復活に危機感を募らせているのがエザリアであり、そしてラクスだ。2人は共にこのままでは核兵器でプラントが滅ぼされてしまうと危惧していて、エザリアはジェネシスによって地球を先に滅ぼしてしまおうと考え、ラクスは地球連合を止める手段は無いかと考えている。
 だが、ラクスがどれだけ考えても彼女に出来そうな事は無かった。世界は力の論理で動いており、武力も財力も政治力も持たない自分では何の影響も及ぼす事が出来ないと嫌でも理解させられていたのだ。
 ただ、ラクスは一時期に比べれば活力を取り戻しており、前のように絶望して投げ出してしまうという事はしなかった。部屋に備え付けの机に向かって何か出来る事はないか、何かまだ道があるのではないかと必死に模索し、頭の中に浮かんできたことをメモ用紙に書き取ってひたすらに考え続けていた。
 最初はアズラエルをもう一度頼ろうと考えたが、今の自分ではアズラエルを振り向かせられないと諦めた。それに彼はブルーコスモスなのだ。そして次にオーブを考えたが、カガリを怒らせてしまった以上これも難しい。東アジア共和国は信用できる相手ではなく、父の母国であるスカンジナビア王国は世界から外れた位置にいる。プラントに戻っても同志とコンタクトをとる手段が無い。
 キラとは連絡を取る手段が無いし、今何処にいるかも分からない。アスランやフィリスはプラントに戻れば連絡を取ることは出来るかもしれないが、今更助力を請うことも出来ないだろう。
 一通りメモを見直したラクスは、疲れた顔で身体をドサリと机に倒れこみ、両腕を枕にして顎を乗せ、ふうっと思いため息を漏らした。

「こうやって周囲を見てみると、私には味方がまるで居ないのですね……」

 これまではダコスタがこうして色々と考えてくれていたのだ。そしてダコスタはこの困難な情勢の中で自分の思い付きを実行に移してくれて、その幾つかを成功させてくれた。まだ彼が生きていた頃は良くやってくれているとしか思わなかったが、こうして自分でやってみるとその困難さが身に染みてくる。ダコスタは本当に凄い事をしていたのだ。
 無力感と孤独感からまたため息を漏らして、ラクスは机の上においてある写真立てを見た。写真立ては2つあり、1つには少し幼い自分とアスランを中心に双方の家族が写っており、もう1つには自分の友人たちが写っている。そこにはフィリスの姿もあった。今は袂を分かってしまった婚約者と親友の姿にラクスは寂寥を感じると共に、今では2人の言った事の正しさが身に染みてしまう。自分の力で世界を変えられると思うなど、傲慢でしかなかったのだ。
 だが、弱気になっている事に気付いたラクスは起き上がると、頭をブンブンと左右に振って気合を入れなおした。

「いけないいけない、もうダコスタさんはいないんです。自分でやらないと」

 過去を懐かしむだけでは何も変わらない、その事をラクスは自分に言い聞かせ、もう一度考え込もうとしたが、やっぱり堂々巡りに陥ってしまい、仕方なく端末から何か新しい情報は無いかとニュースを引き出して目を通しだした。また何か状況が動いてはいないかと思ったのだが、そこでラクスは我が目を疑うような情報を目にしてしまった。

「アズラエル様が、ブルーコスモスの盟主から降りた!?」

 そう、あのアズラエルがブルーコスモスの盟主から降り、変わってロード・ジブリールが新たな盟主となったというのだ。ジブリール盟主はブルーコスモスの体制の立て直しを明言し、これまでのコーディネイターに対する甘い対応を取り止め、従来の強硬路線に戻す事にしたらしい。
 だが、これはアズラエルが現状でもなおプラントとの講和路線を維持している事を示している。アズラエルがその路線でいるから強硬路線に戻ろうとしたブルーコスモスと手を切ったのだろう。そしてそれは地球の全てがプラントの殲滅を望んでいる訳ではない事をラクスに教えていた。

「なら、アズラエル様と会う意味はあります。でもどうすれば、誰か仲介してくれる人は……」

 アズラエルと意見の一致を見れるなら、今の状況なら何らかの利害の一致を見ることは出来るかもしれない。でもアズラエルと会う機会がラクスには無い。アズラエルとどうにかして接触する方法は無いかと考えて、ラクスは昔にある人から言われたことを思い出した。困った事があったら、いつでも自分を頼れと言ってくれた女性を。

「メッテマリット様にお願いしてみましょう。もう一度アズラエル様と接触する機会を作って欲しいと、そしてプラントに残っている同志や、この戦争を終わらせようとしている人たちの情報を教えて欲しいと」

 メッテマリットは独自に情報ルートを所有しており、アズラエルやダコスタですら舌を巻く情報を持っている。彼女はその情報を材料として世界に影響力を持っているのだ。あるいは彼女なら、自分が知らないプラントの状況や、今現在も平和の為に裏舞台で戦い続けている人々を知っているかもしれない。
 この世に全知全能の存在がいるのならまた人に頼るのかと自分を笑うかもしれない。でも、これが今の自分に出来る最善の手だとラクスは考えていた。自分の力では何も出来ないが、メッテマリットやアズラエルといった人々の力を借りれば、まだ何かが出来るかもしれない。
 ラクスはこれからどうするかを決めると、通信機を借りる為にロウを探すべく椅子から降りて歩き出す。その足取りには、かつての力強さが戻ってきていた。




後書き

ジム改 ヴェルヌ遂に登場、ラクスも動き出した。
カガリ 最大の懸念はアーモニアが堕ちるかどうかだな。
ジム改 一応かなりの数のディープフォビドゥンやゾノやグーンを持ってるけどね。
カガリ でもあそこ、魚雷一発で破壊されるだろ?
ジム改 その通り、だから近づかせちゃいけない。
カガリ んな夢のような事出来るかあ!
ジム改 イスラエルなんかはそれをやろうとしてるけどね。国を守るにはミサイルの射程より広い安全地帯が必要だと言ってる。
カガリ 世の中から戦争が無くならないわけだな。
ジム改 そして遂に出てきたインパルス。
カガリ まあ前から影くらいは出てたが、核動力なのか。
ジム改 デュートリオンビームは無いけど、VPS走行モドキは付いてるぞ。
カガリ うちから盗んでった奴かあ!
ジム改 インパルスはオーブから分捕った技術のおかげで完成した機体だからな。
カガリ ライセンス料を請求してやるう!
ジム改 それは戦後にやってくれ。それでは次回、襲い掛かるザフト、迎撃に出撃するアルビム連合、コーディネイターとコーディネイターの戦いというありえない筈の戦いが今始まる。だが守る物があるアルビム連合の不利は否めず、大苦戦を強いられてしまう。次回「砕けた鳥篭」でお会いしましょう。


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