第156章  揺れる想い


 

 オノゴロ島を出港していくオーブ洋上艦隊。それは修理がなったタケミカヅチを中心に護衛艦10隻を従えた、そこそこに本格的な空母機動部隊だ。更に大西洋連邦からやってきていた大型輸送艦2隻と護衛の駆逐艦6隻がこれに続いている。彼らはオーブでカーペンタリア攻略の為の兵器を積み込んでいったのだ。
 この船団を見送ったユウナは、一緒に見送りに来ていたエリカ・シモンズに話しかけていた。

「あれは、ちゃんと使い物になるのかい?」
「テスト状態でもあれだけの性能を見せたのです、大丈夫でしょう。ただ、パイロットはどうでしょうね?」
「大西洋連邦はソキウスとかいう連中を乗せて対処するらしいけど、壊さずに返してくれれば良いんだけどね」
「でもユウナ様、本当に宜しかったのですか、カガリ様の了解を得なくても?」
「カガリは今赤道連合に行ってるからね、こんな事で余計な気を回させる事も無いさ。一応この件は僕に任されてる事だし」

 ユウナはエリカに気にするなと答え、踵を返してモルゲンレーテの工場の方に歩いていった。それを見送ったエリカは視線を海へと戻し、輸送艦に視線を釘付けにする。

「あんな物を前線に送る事になるなんてね」

 それは僅かばかりの嫌悪が混じった言葉だった。

 


 そしてモルゲンレーテの工場へと入ったユウナは、そこでクローカーが担当しているブロックへと足を運び、そこのハンガーに固定されている機体を見上げて感嘆の声を漏らしていた。

「驚いたな、もうここまで修復したのか」

 そこには1機のMSが固定されている。それは何故ここにあるのかが分からないMS、ジャスティスであった。オーブは先に行われたオーブ開放作戦において撃墜された2機のジャスティスを回収していて、それをレストアすることで修復していたのだ。これを担当していたのがクローカーである。
 作業を監督していたクローカーはユウナの声を聞いてそちらを向き、何時の間にか入り込んでいたユウナに厳しい視線を向けてきた。

「ユウナ様、勝手に入られては困ります」
「一応上層部の許可は取ったんだけどね。まあ次から君のアポも取る事にするよ。それより、随分と作業が進んでるじゃないか」
「部品の状態が良かったからです。レストア自体はそれほど困難ではありませんでした。フリーダムを修復した時の経験も生きてますよ」
「そうか。それで、データは取れそうかい?」
「数日後にはデータ取りを開始できます。上手く使えばエリカさんが担当しているM2とムラサメにも役立つでしょう」

 オーブ軍はジャスティスの接近戦での強さに着目し、軽MSに分類されるM1の次世代機、M2にデータを流用しようと考えていたのだ。既にフリーダムのデータは揃っており、これにジャスティスが加われば理想的な機体が作れると考えたのだ。
 その為のデータ取りが間もなく始まる訳だが、問題はデータを取り終えた機体だ。クローカーはデータの収集後に、このジャスティスもデルタフリーダムのように改造する気でいたのである。キラがデルタフリーダムでも勝てない相手がいるという話を聞かされた彼女は、ジャスティスをベースとした接近戦闘型MSの構想を練っており、それを実行する気になっていたのだ。

「でもこれ、戦後すぐにジャンク屋が漁りに来てたのには驚いたよ。そりゃまあ彼らには仕事なんだろうが、戦争終わった直後からそんな事されても困るよねえ」
「相当数の残骸が持っていかれたそうですね。連合軍の回収部隊と揉め事を起こして戦闘になりかけた事もあったとか?」
「ああ、あの時は焦ったねえ。何でか知らないけど僕のところにジャンク屋と連合軍の双方から苦情が殺到して、慌てて駆けずり回されたよ。まさか戦争終わってすぐにゴミ漁りに来るなんて夢にも思わなかったし、ここオーブ国内なんだけどねえ」

 オーブ開放作戦が終わって僅か2日後にはもうジャンク屋が現れて破壊された兵器をあさりだしたのだが、これに対して参加した各国の軍隊が自国の兵器に対して権利を主張し、うちの装備に手を出すなと言ってジャンク屋を締め出そうとしたのだ。まあ兵器とは高価なものであり、直せば使える物を他人にくれてやるような馬鹿は普通は居ない。
 だが、ジャンク屋には恐るべき特権がある。そう、自分たちのマークを貼り付けたジャンク品は全部自分たちの物、という恐るべき特権である。何でこんな特権を彼らが持っているかというと、実は良く分からない。
 ただ連合の回収部隊がオーブ開放作戦の被弾機を回収していたら、そこにジャンク屋が現れて残骸を横取りし始めたのだ。それに対して回収部隊が追い出しにかかってジャンク屋側が連合軍の許可は得ていると拒否し、遂には双方MSまで持ち出して衝突寸前になったのだ。
 あの時は連合側の指揮官もぶち切れていたようで、構わないから殺ってしまえと部下をけしかける場面まであったらしい。もし武力衝突になっていたらジャンク屋の装備で歯が立つ筈が無いのだから、虐殺になっていただろう。慌てて駆けつけてきたユウナが一瞬即発の空気の中で連合軍の指揮官を宥めすかし、ジャンク屋に回収を許可するエリアを設定するから来てくれと言って強引に引き剥がしたのだ。ジャンク屋側は当然抗議していたのだが、ユウナは強制連行同然の方法で彼らを連れ去ったのである。

「ところでこれ、改造は上手く行くの?」
「もうプランは出来ています、デルタフリーダムよりは良い機体になると思いますわ」
「そりゃ、信頼性抜群の設計で」

 デルタフリーダムが成功作だというのなら、この世に失敗作の兵器など有りはすまい。機体の性能が出鱈目でナチュラルはおろか、コーディネイターですらまともに動かせないような機体は兵器としては完全な欠陥機だろう。
 だが、戦後を睨めばこのような技術的挑戦のような機体にも意味はある。兵器としては使えなくても、そこから得られた技術はきっと将来オーブを支える物となるのだから。

「でも、誰か使える人を探さないとねえ。ヤマト1尉と並ぶようなパイロットなんて、どこに居るかなあ?」

 機体を作るのは技術者の仕事だ。ならばパイロットを探してやるのはユウナの仕事だろう。だがキラ級のパイロットなどそうそう居る筈も無く、さて何処を探せば良いのだろうかとユウナは頭を悩ませる事になる。
 そこで、ふとユウナは思い出した。ここで最終調整をしていたもう1機の化け物MSとそのパイロットの事を。

「そういえば、フラガ少佐は今日だったね、あのセンチュリオンとかいう機体はもうカグヤかい?」
「ええ、流石にカタストロフィ・シリーズだけあって良い機体でしたわ。ヴァンガードよりも大分改良されていてナチュラルでも動かせるようになっていましたし」
「量子通信使用の誘導兵器の母機、という事だったね。役に立ちそうなのかい?」
「テスト上では問題ありませんが、端末は宇宙でしか運用できませんから、本格的なテストは月基地でのことになりますね。半自立無人攻撃端末フライヤーが6基、それに自機の防御用の無線攻撃端末ガンバレルが6基の合計12基の端末を同時に操作することを可能とした機体です。パイロットさえ確かなら強力な機体ですが、うちの亭主くらいの力が無いと宝の持ち腐れですね」
「だからフラガ少佐か。でも、連合も変な機体ばかり作るねえ」
「恐らく我々やザフトと同じなんですよ。大西洋連邦も次世代機に必要なデータを集めているんです」

 カタストロフィ・シリーズはその全てが技術研究機としての側面を持つ。ヴァンガードは対ビーム戦闘対応の格闘戦機で、デルタフリーダムは汎用性を持たせてはあるものの、砲撃型となっている。そしてセンチュリオンは空間認識能力を持ったパイロット用の機体だ。
 他にもNJ影響下での中距離砲撃戦に能力を発揮する3番機シューティストが第7艦隊で運用されているし、主戦機使用である5番機ウォーハンマーの開発も順調に進んでいる。これらからデータを得た機体はどういう姿になるのだろうか。



 その頃、センチュリオンと共に宇宙に上がろうとしていたフラガは、オーブで仲良くなった女性たちと笑顔でお別れをしていた。沢山の女性に囲まれてだらしなく相好を崩している。
 もしその姿をマリューに見られたら極刑は免れないであろう姿は幸いにしてマリューに見られる筈は無い。彼女は宇宙にいてここまで目が届く事は無いのだから、フラガは宇宙に上がるまでの僅かな時間でせっせと独身人生の最後を謳歌していたのだ。もし誰かがマリューに垂れ込んだら彼は明日の朝食を食べる事は出来まい。
 そして女性たちと別れたフラガは荷物を担ぎ直すと、視線を深い蒼さを持つ空へと向け、眩しそうに目を細めた。

「さてと、アークエンジェルは元気かね。待ってろよマリューさん」

 とりあえず彼は誠実さとかそういう言葉を勉強した方が良いだろう。





 月基地では帰還した艦艇が整備と補給を受け、乗組員は上陸して休暇を取っている。サイとトール、カズィとスティングは連れ立って基地にある市街地区画に遊びに行ってしまっていた。男同士の集いでキラも誘われていたのだが、キラは片付けたい仕事があるといって今回は断っていた。
 キラはデルタフリーダムのコンピューターに記録されているデータから先の対ヴェルヌ戦のデータを取り出し、地球軍がすでに持っていたミーティアとの交戦記録のデータも回してもらってデータ検証を行い、FCSプログラムの修正をしていたのである。
 椅子に腰掛けてじっとモニターを見ていたキラは映像データと開いているウィンドゥの中で流れていく数値をじっと見つめ、自分にとって必要な修正値にアタリをつけている。

「動きはキースさんと同じ一撃離脱型かと思ってたけど、ビームサーベルでの格闘戦までするんだな。主な戦法はミサイルを大量に発射する事みたいだけど、どうやって誘導してるんだろ?」

 自分たちの時もそうだったが、ミサイルの誘導システムがどうにも分からない。ただアークエンジェルのイーゲルシュテルンやレーザー機銃でズタズタにされているところを見ると、防御力は高くないようだ。粒子砲で一撃で破壊できた事から偏向シールドのようなソフトキル防御も施していないようなので、スピードが防御力の巨大な武器庫とでも言うべき機体なのだろう。
 だがこのスピードは脅威だ。対G性能が改善されたのか、パイロットの体がこの加速に耐えられるようになったようだ。キース並の速さで動き回られては射撃をするのも簡単ではない。特に艦砲では追いきれないだろう。

「ストライクダガーなんかの第1世代機のシステムじゃ追いきれないな。ダガーLかウィンダムでないと……何とか合わせられるかな?」

 プログラムを弄りながらキラはその面倒さに辟易している。FCSの咄嗟の改良は砂漠などでもやっていたが、今回の難易度はあれとは比較にならない。何しろシステムの性能を上げようとしているのだから。
 だがそんな事がそう簡単に出来る訳は無く、キラは疲れを感じて一休みするかと呟き、脇に置いてある冷めたコーヒーを口にした。
 そして視線を周囲に走らせたキラは、ヴァンガードの傍にじっと佇んでいる人影を見つけ、おやっと思ってその人影に声をかけた。そこに居たのは、シンだったのだ。声をかけられたシンは一瞬ビクリと反応したものの、呼んだのがキラだと分かってホッとした顔で近付いてきた。

「脅かさないで下さいよ、マードック班長かと思ったじゃないですか」
「また何かやらかしたのかい?」

 よく機体を壊して帰ってくるシンは整備班に怒られる事が多いのだ。その事を笑いながら揶揄されたシンはそんな事して無いですよと口を尖らせ、そして何をしてるのかとキラの端末を覗き込んだ。

「何です、これ?」
「ああ、前に戦った大型MAとの戦闘データを元にFCSのプログラムを修正しているんだ。前は機体が付いていけなかったけど、今度は対応できるようにしておかないとね。でないと今度はアークエンジェルが沈むかもしれない」
「へえ、パイロットなのにそんな事もするんすか」

 シンは物珍しそうな顔でモニターをしげしげと見詰め、そして苦笑いして顔を離した。

「俺にはさっぱり分からないなあ。良くこんなのやれますね」
「僕は学校じゃこういうのが専門だったからね、慣れてるんだ」

 そしてキラは少し休もうかと言ってシンを誘って休息室へと移り、そこでドリンクを買ってベンチに腰掛けた。

「ところでシン、君はこんな所で何をしてたんだい。サイたちとは行かなかったの?」
「なんか、今日は行く気にならなかったもんで。何なんでしょうね……?」
「何か、悩みでもあるのかい?」

 キラはシンの様子に少しおかしさを感じ取っていた。戦場に慣れてきたせいでかえって情緒不安定になっているだけかもしれないが、なんと言うか、昔の自分と似たような脆さをシンに感じ取っていたのだ。
 キラに問われたシンは暫く何も言わなかったが、やがてポツポツと内心を口にしだした。

「……色々、怖くなってきて。これまでなんとも思ってなかったのに、今じゃ人殺しをしてるんだって実感できるようになっちゃって、これで何人も平然と殺せる自分が怖くなって、自分も何時死んでもおかしくないんだってやっと分かって……怖いと感じ出したんです」
「分かるよ、最初の必死な時間が過ぎて落ち着いてくると、少し周りが見えるようになるからね」

 シンの感じている恐怖は誰もが潜るベテランへの道だ。自分も地球に降りてそうなった事はある。ただ自分の時は今のシンほど余裕が無かったのであまり表に出てはいなかったが。

「それに、ステラもいつか、敵として出てくるって思うと……アウルの時みたいに、知らずに殺してるんじゃないかって」
「……シンは、何でステラの事をそんなに気にするんだい?」
「ま、前に約束したんですよ、守ってやるって。それだけです!」
「ふうん、それだけなんだ?」

 からかい雑じりに聞き返すキラ。その口調にシンがますます顔を赤くして言い返し、そしてまたキラに笑われている。シンにはまだ自分がステラをどう思っているのか、よく分かっていないのだろう。もう数年すれば自分の気持ちが理解できるようになるのだろうが、シンの反応は実にからかい甲斐がある。
 キラも何時もは言われる側なせいか、今日は珍しく意地悪に聞き続けていた。まあ彼がこういう話題で優位に立てるのは相手がシンのような子供だった時くらいなのだが。
 だが、一頻りシンをからかった後で、キラは真面目な顔をしてシンにひとつの忠告をした。キラにはシンが、まるで自分と同じ道を歩もうとしていると思えてしまったのだ。そう、あの地球軌道での戦いの時に起きた、今も忘れる事が出来ないでいる最大のミスと、その後の戦いの日々と同じ道を。

「シン、守ると約束したんなら、必ず守るんだ。その約束を守れなかったら、一生後悔するよ」
「キラさん?」
「僕は守れなかった、目の前でシャトルが爆発したんだ。その事は今でも心に深く突き刺さったナイフになって僕を苦しめてる。多分、一生僕はあの瞬間を忘れられないよ」

 あの悲劇を繰り返さない為に戦っているキラだが、これが本当に正しいのかという迷いは頭の片隅で常に繰り返している疑問だ。だが戦わなければ戦争は終わらせる事は出来ず、戦わなければ誰も守る事は出来ない。戦う事で敵側に同じ悲劇を与えているのは確かだが、戦わなければ自分の周りの人が不幸になる。
 そして人は、他人よりも身の回りの人を優先するのだ。それは当然の事であり、誰にも非難される類のことではない。だが、それで本当に良いのだろうかという迷いは完全に消える事はなく、幾度か人に問いかけた事もある。そしてキラが出してきた答えは何時も同じだった。何度迷っても何時も同じ場所に戻ってきてしまうのだ。そう、今は戦うしかないのだ。

 だが、自分がそうだからといってシンにも同じ道を歩ませたいとは思わない。いや、自分がそうだからこそ、代償行為の意味もあってシンには約束を守らせたいと思っているのだ。

「アルフレット少佐やフレイも注意してくれてる。2人は何でかは分からないんだけど、戦場で知っている人がいると分かるみたいなんだ。だから2人に期待すると良いよ」
「何で分かるんすかねえ。アルフレット少佐は絶対人間じゃないからまだ分からないでも無いですが、フレイさんは何で?」
「僕には分からないよ、聞いてみたら?」
「いや、一度聞いたんですけど、何となく分かってしまうって答えられて、電波でも受信してるのかって聞いたら殴られました」
「ああ、やっぱりそう思った。僕も同じ事言って殴られた事あるよ」
「ですよね、あれって傍から見ると絶対に受信中の危ない人ですよね」

 我が意を得たりとばかりに頷くシンと、楽しそうに笑っているキラ。だが彼らは気付いていなかった。キラが休み返上で仕事をしていると聞いたフレイが軽食を差し入れようとここに近づいている事を。その後格納庫でどういう惨劇があったかはあえて触れないでおこう。





 プラントにも夜は来る。外から入る光を制限して人工的に夜を作り出すのだが、こうやってコロニーに住むものは昼と夜の感覚を維持しているのである。そして今日、アスランは珍しく正装でレストランの駐車場に車を止めて、車内でじっと今日の相手の到着を待っていた。
 今日の昼ごろ、明日は休日でアスランはガルムのテスト以外にする事も無いなと考えながら庭木の剪定をしていた。オーブに滞在中にアルスター邸で暇つぶしに身につけた趣味の1つで、彼の美意識に不思議と馴染んだのか長続きしているようだ。その腕は中々のもので、手が入れられた庭木は見事なラインに整えられている。
 脚立の上でそんな事をしていると、食事の為に外に出ようとしている教官たちがアスランに声をかけてきた。

「やあ校長先生、ご苦労様です」
「ああ、ギルバート先生にアーウィン先生」
「校長、実は僕たち今夜飲みに行こうかと話してたんですけど、良ければ校長もどうです?」

 2人の男性教官に誘われたアスランは軍手を脱いで脚立を降りると、済まなそうな顔で断った。

「残念ですが、今日は行けそうも無いんです。ラ……ラクスに夕食にと誘われてまして」
「おや、そうでしたか、いやこれは失礼」
「婚約者が相手では仕方が無いですね、また次の機会に」
「ええ、その時は遠慮なく」

 婚約者、と言われて一瞬アスランの笑顔が引き攣ったが、2人はそれに気づく事はなく何処に食べに行くかと話しながら歩いていってしまう。それを見送ったアスランはふぅっと重い息を吐き出し、近くのベンチにドサリと腰を降ろして膝の上に両肘の乗せて掌を組み、そこに顎を乗せた。

「婚約者、か。本当はラクスが裏切った時に解消されてるんだがな」

 公式発表されたわけではないがパトリックとシーゲルはアスランとラクスの婚約を密かに解消しており、アスランにもその事は伝えられていた。だがそれは世間の同様を押さえ込むためにわざと公表は避けており、今でも表向きには2人は婚約者という扱いなのだ。
 だが、本当のラクスは既に戦死しており、これから会わねばならないのは偽者のラクスだ。顔が似ているというだけの偽者とどうして自分が会わねばならないのだろうと思うし、これまでもそう考えていたから会おうとはしなかったのだが、とうとう向こうから接触を求めてきてしまい、仕方なくアスランは応じていたのだ。
 そして一度校長室に戻ろうかと思って立ち上がったアスランの元に、ここ最近で聞きなれてしまった声が聞こえてきて、アスランはビクッと肩を震わせてしまった。

「ザラ校長〜、良かったら一緒にお昼食べませんか〜!」
「メ、メイリン……」

 アカデミーにやってきて以来、自分に何かと接触してくるこのルナマリアの妹は、今やアスランにとって一寸した脅威になっていた。何しろルナマリアの妹だけあって積極的な面があり、顔に似合わず押しが強い。対人関係ではどちらかと言うと受身なアスランにしてみればこういう女性の方が相性が良い筈なのだが、心身ともボロボロになる事が多い彼にはエルフィやフィリスのような支えてくれる系の方がありがたかったりする。
 しかもメイリンは友達と一緒に行動している事が多く、アスランは今日も数人の少女に囲まれてあたふたしていた。彼自身も16歳の少年と呼んで良い年齢なのであるが、その精神は前線での苦労と精神的負担ですっかり磨耗してしまい、メイリンたちが若い女の子に見えるようになっていたのである。



 そんなアスランであったが、偽者と婚約者として振舞うのはエザリアから命じられた彼の仕事でもある。だから断る訳にもいかなかった。何だかんだ言っても彼は軍人根性が染み付いており、命令に逆らうという事は滅多に無い。言い換えればクルーゼの命令に逆らったのはそれほど我慢できない命令だったという事だ。
 そしてそこで待つ事1時間、予定時間を30分ほど過ぎて1台の高級車が駐車場に入ってきた。そして停車した車から1人のピンク色の長い髪を持つ少女が降りてくる。それはアスランにとって見慣れていて、だが全く違う女性であった。
 ラクスに良く似た少女は車から降りて自分の方に歩いてくるアスランを見ると、顔を輝かせて喜びを表していた。

「初めまして、アスラン・ザラです」
「まあ、TVで見たよりずっとカッコ良いんですね。会えるのを楽しみにしていたのよ」
「は、はあ?」

 目の前の少女はアスランの予想外の反応を示してきて、彼は戸惑ってしまった。エザリアの手駒としてプラントの市民を騙しているような女なのだからもっと高圧的だったり狡猾そうな対応だと思っていたのだが、目の前の彼女の反応はまるでラクスの格好をしたメイリンのようだ。
 戸惑ったままどういう行動に出たら良いか迷っているアスランの右腕に自分の左腕を絡ませてきたラクスの偽者は、顔を寄せてきて小声でそっとアスランの耳に語りかけていた。

「私はミーア、ミーア・キャンベルよ。2人っきりの時はミーアって呼んでね」
「ミ、ミーア、さん?」
「さんはいらないの、ミーアて呼んで」
「あ、ああ、ミーア、ね」

 彼女の勢いに押されてアスランはコクコクと頷き、ミーアは満足そうに頷いてさあ行きましょうとアスランの腕を引っ張ってレストランへと入っていく。そのラクスと同じ顔ながらラクスとは全く違う少女に、アスランは戸惑うというよりも混乱してしまっていた。


 店の中で料理を注文し、それが来るまでの間にアスランはミーアにどうしてこんな事をしているのかと問いかけた。それを聞かれたミーアは政府の人間にスカウトされたのだと答え、顔は整形したと答えた。

「元々は声の仕事をしてたの。それで、声がラクス様にそっくりだって言われて、暫くの間ラクス様の代役をして欲しいって言われたの」
「君は、本物のラクスの事は知ってるのか?」
「ううん、知らない。私は会った事は無いし、今どうしてるのかも聞かされてない。クルーゼっていう隊長さんはザフト内部の反逆者に利用されてるって言ってたけど。私が代役をする前のニュースでそんな事を言ってたでしょう」
「……そうか、そうだよな」

 アスランは肩の力を抜いて椅子の背凭れに身体を預けて天井を見上げた。ラクスの代役でしかないミーアが裏の事情まで聞かされているはずが無い。表向きにはラクスは国内の反逆者に誘拐され、無理やり協力させられていた。そしてそれをクルーゼが救出してきたという事になっているのだから。
 細かい事は一切知らせず、ただラクスの代役をやらせるのが一番都合が良く、機密も守りやすい。ミーアも知らない事はばらしようが無いからだ。彼女はただ、自分はラクスだと言い続けていれば良いのだ。

 目の前で自分に嬉しそうに話題を振ってくるミーアに対しては違和感はあるが好感を抱いてしまったアスランは、ふとあることに気付いてしまった。もしこの戦いが終わったら、ラクスの求心力はかえって邪魔になる。エザリアにとってラクスが必要なのは戦争をしている今だけなのだから。戦争が終われば不要となったミーアはどうなるのだろうか。
 いや、ミーアだけではあるまい。戦争が終われば自分もエザリアにとって邪魔となる存在だろう。力を衰えさせたとはいえ、ザラ派の中心的な存在である自分もエザリアの政権基盤を揺るがしかねない危険因子だ。戦争中だけにこれ以上の混乱を恐れて今は何もしないのだろうが、全てにケリがつけば、エザリアに自分も排除されるかもしれない。

「……こんな事を考えたくは無いんだがな」
「え、何が?」

 アスランの呟いた言葉にミーアが何の事かと首をかしげ、アスランは慌てて誤魔化してワイングラスに手を伸ばした。そして、そういえばラクスとはこういう場所には来た事がなかったなと思い出し、自分の不甲斐なさを少しだけ恥じてしまった。ラクスはどうしてあんな暴挙に出る前に婚約者である自分に相談してくれなかったのかと悩んでいた事もあるアスランだったが、こうやって考えてみるとラクスが自分に相談してこなかったのは、ラクスが自分を信じ切れなかったせいだと分からなくも無い。
 そんな苦々しさを酒で紛らわせようとして、アスランはもう一度ワインを口にした。別に酒が好きな訳ではないが、こういう時にはこれは実に都合が良い物だった。

「だから、私もっとラクス様の事を知りたいの。少しでも彼女に近付きたい、だから色々とラクス様の事を教えてください、アスラン」
「……ラクスに近付きたい、か」

 その言葉の意味を彼女は分かっていない。ラクスに近付くという事は、それだけ引き返せない所にまで嵌り込んでしまうことだというのに。

「いや、君はそのままでいてくれ」
「え、どうして?」
「君はミーア・キャンベルだろう、どんなに頑張っても、ラクス・クラインにはなれないよ」

 そう言ってアスランは運ばれてきた料理を口に運び、ミーアは不満そうに口を尖らせている。その様子はラクスとは違う年相応の少女の物で、アスランは何故か安堵して口元を綻ばせてしまった。ラクスはこんな仕草は見せなかったからだ。もし彼女がこんな風に年相応の仕草を頻繁に見せてくれていたら、もしかしたら自分はもっとラクスとの中を深められたかもしれない。
 そんな後悔を胸にしまって、アスランはミーアの抗議を聞き流し続けていた。何というか、声だけ聞いているとラクスが本当に文句を言っているようであり、アスランは不思議な嬉しさを覚えていたのだ。




 だが、アスランがミーアと食事をしていた頃、評議会ではザフトの幹部を交えて今後の戦略を話し合っていた。統合作戦本部からやってきたギブスン作戦部長は現在のザフトの戦力と兵力配置、そして地球軍の戦力とその配置を壁に設置されているモニター上に示して、戦況が以下に絶望的かを語っていた。

「地球軍は第1から第8までの艦隊の再建を完了し、地球からも間もなく2個艦隊が上がってきて月基地に加わると思われます。先に半壊した第5、第6艦隊も再編されたようで、正規8個艦隊が揃うことになります。羨ましい物量ですな」
「ザフトにはそれをどうにかする事は出来ないのかね?」

 タッド・エルスマンが敵に対する賛辞に苛立ったように質問をぶつける。敵が大軍なのは今更確認するまでもなく、問題なのはザフトにこれに対処する力があるのかどうかなのだ。
 この問いにギブスンが返答に詰まっていると、穏健派のカシムとカナーバがここぞとばかりにザフトが自慢していた金食い虫の事を問い詰めにかかった。

「そうだ、フリーダムとジャスティスはどうなっている。あれがあればナチュラルなど寄せ付けないのではなかったのかね?」
「それにミーティアやヴェルヌもです。あれは1機でナチュラルの艦隊をくいとめられると豪語していたではないのか?」
「……残念ながら、ジャスティス、フリーダム共にナチュラルとの戦闘で消耗を重ねております。一時期は大いに活躍したのですが、敵にも新型が出てくるようになると思うような戦果が上がらなくなっております。ヴェルヌも3機が敵の攻勢を食い止める為に実戦に投入されましたが、緒戦で1機を喪失しました」

 つまりジャスティスやフリーダムは無敵のMSではなく、頼みのミーティアやヴェルヌも弾が当たれば落ちるという事だ。量産型でさえ1機作るのに普通のMSの10機分のコストがかかるといわれるジャスティスやフリーダムは確かに強いのだが、敵の数に飲み込まれて送り込まれた機体はどんどん消耗している。こんな事なら全ての資材と資金をゲイツRに振り向けるべきではなかったのか、とさえ思われていたのだ。
 更に1機作るのに戦艦1隻分のコストが必要とまで言われるミーティアやヴェルヌもだ。これさえあれば戦線を支えられると豪語していたのに、結果はこのざまだ。ザフトはもう、ナチュラルを止められないのだろう。

「どうするのかね、頼みのジェネシスはまだ完成していないのだろう?」

 カシムがエザリアを筆頭とする強硬派議員たち見る。彼らが戦争をここまで長引かせたのだという怒りが穏健派にはあったが、穏健派もラクス・クラインの反逆という事件を起こしているのであまり強い事も言えない。
 そんな責任の擦り付け合いになりかけた場の空気を、ジュセックが強引に吹き散らした。

「今更どうするもなかろう、ザフトにはナチュラルを止められる自信があるのか否か、それだけではないのかカシム?」
「それは、そうですが……」
「ならばエザリアを責めても仕方があるまい」

 そう言ってカシムとカナーバを黙らせたジュセックは、どうなのかとギブスンに問いかけた。問われたギブスンは暫し逡巡したものの、ジュセックの視線に耐えかねて胸の内を語りだした。

「仮にナチュラルが今すぐ総力を挙げて侵攻してきた場合、現有戦力では持ち堪える事は困難です。ザフトが最後の一兵まで戦っても、敵の本土攻撃を食い止める事は不可能でしょう」
「では勝ち目は無いと?」
「いえ、ナチュラルが今すぐ侵攻してくるという事はまずありえません。敵は慎重に此方の戦力を削ぎ落としにかかっています。現在仕掛けられている消耗戦も此方の兵力を削る為の物ですから。ナチュラルは我々を過大評価しているようです」
「ふむ、ジェネシスが完成するまで敵が待っていてくれればな」

 それは余りにも他力本願な未来であった。ナチュラルは既にジェネシスの存在に気づいている筈だ。第8艦隊の本土攻撃の際にその姿を晒しており、少なくとも何かの巨大建造物を建設しているということは確認している。あれからナチュラルが何の調査もしていない筈が無いのだ。
 それまでに何とかパトリックの居場所を突き止めなくてはいけない。そう考えているジュセックを他所に、エザリアはジェネシスの建造状況を皆に語っていた。

「ジェネシスの建造は80%まで完了している。あと2ヶ月もあれば試射にこぎつけられる筈だ。そうなれば月基地も殲滅できるし、地球も焼き払える」
「プトレマイオス基地か。だが、最近のナチュラルは裏側のダイダロス基地を拡張していると聞くが?」

 ヘルマン・グルードがエザリアに月基地の変化を告げる。彼は国防委員であり、パトリックの熱烈な信奉者であった。ゆえにパトリックからの信頼も厚く、彼から講和計画を打ち明けられていた議員の1人でもある。彼自身はプラント有利の形で戦争を終わらせるというプランに賛同していたので協力していたが、パトリックの死後はエザリアに従って国防に力を注いでいた。ただ、パトリックの時ほどには情熱を感じられなくなっている。
 だが軍事に関してはパトリックからも信頼されていただけに専門家と言える男で、様々な情報を手にして敵の動きもそこそこ把握している。ダイダロス基地の強化が何を意味しているのか、彼には何となく察しが付いていた。ナチュラルはジェネシスの存在に気付いているどころか、その能力さえ察しをつけているのだと。
 プトレマイオス基地は直接砲撃される恐れがある。ならばプラントからは見えないダイダロス基地に拠点を移して安全を確保するというのは当然の流れだ。そしてそれを可能とするだけの資材を宇宙に上げるだけの輸送力をナチュラルは取り戻してきているのだろう。

ヘルマンの疑問にエザリアは最初絶句し、そして苛立った様子で口を噤んでしまう。尽きの裏側に手を出すだけの力はもうザフトには無いのだ。
 エザリアは既にジェネシスによる一発逆転に賭けている。というよりそれ以外に現状を打開する術が無いのだ。だがこれは強硬派の中にもさまざまな不協和音を呼んでいる。ヘルマンはこの通りエザリアに対しては不満を持っているし、ジェレミー・マクスウェルも疑問を持っている。個人的な復讐心があるユーリやルイーゼなどはエザリアに従っているが、彼らとてここまで情勢が悪化すれば流石に考えるところはある。




 とにかく2ヶ月の時間を稼ぐ、それがプラント評議会の出した結論であったが、それにはどうすれば良いかをザフトに問い掛け、ザフトはこれに対して戦力の更なる増強を求めた。前線をあと2ヶ月持ち堪える為にはとにかく兵士が、特にMSに乗るパイロットが必要だった。
 これを受けたエザリアは必要なあらゆる処置を認めると回答を出し、統合作戦本部は地球から戻ってきてゲイツなどに機種転換するために訓練をしている者たちと、アカデミーの生徒の卒業を繰り上げるという決定を下した。前に一部の優秀者が選抜されて送り出された事はあったが、今回はそれを上回る大量動員である。
 未熟でも機体に慣れていなくても構わない。その身体でもって2ヶ月間ナチュラルの侵攻を食い止めれば良いという、ジェネシスを前提とした戦略が確実にザフトの主軸に据えられようとしていたのだ。

 会議が終わった後で、残っていたジュセックはエザリアにどうしても聞いておきたい事を問いかけた。そう、シーゲル・クラインの事だ。

「エザリア、ラクス・クラインの容疑が消滅したのなら、どうしてシーゲルは開放されない?」
「彼には別の容疑がかけられていて、そちらで取調べ中です。どうやら色々と裏側でプラントを脅かしかねない事をしていたようで」
「容疑だと、何をしていたのだ?」
「核動力MSの試作機、ドレッドノートがジャンク屋の手でプラントから運び出されようとした事がありまして。それはどうにか阻止されたのですが、その背後関係を追っていくうちにたどり着いたのがシーゲル・クラインとマルキオ導師だったのです」
「……そういう事があったのか」

 どうやらシーゲルはシーゲルで色々と不味い事をしていたらしい。彼は彼なりに考えがあったのだろうが、戦時中にやるべき事では無いだろう。
 そういうことでは仕方が無いかとこの場での追求を諦めたジュセックであったが、最後にもう1つだけ質問をした。

「エザリア、プラントには既に20代から10代後半の若者が枯渇している。このような事を続けていては、例え勝ったとしても我らに何が残るのだ?」
「勝てれば、未来が手に入ります。負ければ我々は戦前以上の苦しみを受けるのですから。コーディネイターがコーディネイターとして生きられるのはここしかありません」
「……そうかもしれんが、人が無くて国が残る、それは本当に勝ったと言えるのかね?」

 その問いに、エザリアは答えなかった。答える事が出来なかったのだ。エザリアにとってはこの戦争に勝利する事こそがコーディネイターの未来に繋がると信じてプラントを指導していたのだが、その戦いがプラントの未来を奪うかもしれないなどと言われては答える事は出来なくても仕方が無い。エザリアにも本当は分かっているのだろうが、もう引き返せないのだろう。
 そしてジュセックもそれ以上はエザリアを追い詰めはしなかった。彼女もプラントのために必至になっているという事は分かっていたから。



 だが、この決定はプラント内に残る正気の人間たちに更なる反感と絶望を与える事になる。そんなふざけた戦略があるかと罵倒する半面で、そこまで追い込まれたのかという落胆もあるのだ。
 そして更にごく一部の人間は、パトリック・ザラとシーゲル・クラインの生存を信じて賢明に所在を探している。彼らは少しずつ慎重に、確実に真実に迫ろうとしていたが、それが間に合うかどうかはまだ分からなかった。




後書き

ジム改 地球側とプラント側の状況が全然違うなあ。
カガリ 私は何時の間にか会談に行ってたのか。
ジム改 一応仕事はしないとね。その間にユウナがあれこれやってるけど。
カガリ タケミカヅチねえ。あれ直ったんだ。
ジム改 船底が傷ついただけだからな。
カガリ それでジャスティスまで作ってたのか!
ジム改 まあデータ取りだけどな。いずれまた出てくるさ。
カガリ 私用に調整してくれないかなあ。
ジム改 くれてやっても良いが、アスランには勝てないぞ?
カガリ ディアッカに勝てれば良い。
ジム改 ディアッカも一応上から数えた方が早いエースなんだがな。
カガリ え、イザークの引き立て役の雑魚じゃないのか!?
ジム改 否定はしないが、はっきりと言うかね。
カガリ 私の活躍を邪魔するもんは全て敵だ。
ジム改 それではキラやアスランも?
カガリ …………ふっ。
ジム改 こ、こいつ、マジだな。
カガリ それでは次回、最強の敵に蹂躙されるカーペンタリア。ラクスはメッテマリットと会い、彼女に助けを求める。そしてプラントでは新型戦艦が遂に完成した。アスランはガルムのテストを繰り返していたが、統合作戦本部の決定を聞かされて激怒する事に。次回「ミネルバ竣工」でお会いしましょう。


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