164章  ラクスの決意


 

 クリント基地周辺で多数の戦闘の光が輝いている。連合軍の攻撃がトーラスに続いてクリントにも行われだしたのだ。連合軍は後方に母艦を置き、MSを発進させて攻撃をかけるだけに留めていたが、数次に渡るMSの襲撃はクリントの防衛力を確実に磨り減らしていた。
 クリントはトーラスよりも大分善戦しているようで、未だに要塞に敵機が取り付くようなことは無かった。ザフト側は意外に良好な装備を持っているようで、MSはゲイツRで完全に統一されていた。だが艦艇はローラシア級が3隻あるだけで、あとは鹵獲された駆逐艦が6隻配備されているに過ぎない。宇宙港の中はここが中継拠点として活用されていた時に較べれば寂しい限りの有様である。
 ゲイツ隊は2、3機で編隊を組んで地球軍の小隊に対抗するようにしていたが、入れ替わり繰り返しやってくる地球軍の攻勢に息切れが見え始めていた。敵は部隊を複数に分けて攻撃しているのに、此方はいつも全力で迎え撃っているのでだんだんと消耗が進んでしまうのだ。

「敵4波、後退していきます!」
「ハンセン隊長より、補給の為帰還したいと要請が来ています!」
「……もう限界か。わかった、半数を戻らせて補給を受けさせろ。残りは警戒待機だ」

 機体だけではなくパイロットももう限界を超えているだろうとは思うが、まだ警戒配置を解く訳にはいかなかった。補給に戻った所を狙った攻撃も行われているからだ。
 だが、戻ってきたゲイツ隊を見た整備兵たちは言葉を無くしてしまった。どの機体も随所に被弾の跡を刻み、無傷の機体など1機も見当たらない。弾痕ならまだマシな方で、四肢が吹き飛んでいる機体、バックパックを破壊されている機体も多い。中からパイロットが出てこない機体は外部からコクピットが強制開放されるのだが、殆どの場合はパイロットが重症を負っていた。
 帰還時に着地に失敗して格納庫のセーフティーネットに受け止められる機体も多い。中には最初から無事な帰還を放棄し、基地の整備兵が放った牽引ワイヤーで機体を固定してもらう者も居る。後者は技量未熟な者か、損傷が酷くて着地できないと判断したものだ。
 この激戦の中で幸運にも怪我1つ無く生還してきたパイロットの中には、アスランに別れを告げてきたオリバーとアヤセの姿もあった。赤服を与えられるだけあって技量はそれなりの物があったようだ。

「オリバー、そっちはどうだった。私は戦果ゼロだったわ」
「僕もだよ、右も左も分からなくてパニック起こしてた」

 敵味方の区別が付かなくて味方からも逃げ回ってたよと苦笑いを浮かべて白状するオリバーであったが、アヤセのほうも似たようなもので遼機が助けてくれなければ落とされていたと語った。
 2人はドリンクを口にしながらキャットウォーク上から作業中の格納庫を見下ろし、使える機体が後何機あるかと数えてしまっていた。どう見てもすぐには出れそうもない機体が多く、再出撃で来そうなのは戻ってきた機体の半数以下ではないだろうか。

「ねえオリバー、私たち、次は勝てると思う?」
「何だよ急に、何時に無く弱気だな」
「……あと最低2週間、ここで持ち堪えるなんて出来るの。攻撃を受けてたった3日でこの有様なのに」

 そう、ここの守備隊は最低あと2週間ここに踏み止まって敵を食い止めなくてはならない。その間は何があろうとも彼らはここから撤退できないのだ。だが地球軍の攻撃の凄まじさはアヤセの想像を超えていた。ザラ校長は地球軍の力を侮るな、奴らは自分たちと同等の強さを手にしている。と言っていたが、その通りだった。話に聞いていたようなジン1機で蹴散らせたというナチュラルの姿は何処にも無く、自分たちを相手に互角に戦って見せている。
 自分たちがこの3日間持ち堪えたのは此方が守備側だったからだ。それに地球軍は艦隊を前に出さず、もっぱらMSとMAによる攻撃を繰り返している。最初の攻撃は3日前、2度目の攻撃は今日行われているが、この調子で数日置きに攻撃を繰り返されたら、自分たちはすぐに戦力を磨り潰されてしまうだろう。たとえMSとパイロットが堪えられても武器弾薬が底をついてしまう。
 アヤセの問いにオリバーは答える言葉を持たなかったが、今やるべき事は分かっていた。今は生き残る為に最善の努力をする事しか出来ないのだ。

「今は頑張るしかないさ、とにかく生き残る為に頑張ろうぜ」
「……うん、そうだね」

 オリバーの芸の無い答えに、アヤセは暗い表情のまま頷いた。
 そして、今日4度目のサイレンが格納庫に鳴り響いた。敵機の接近がアナウンスで流され、MS隊に緊急発進が命じられる。それを受けて補給作業中だったMSが慌ててメンテナンスベッドからカタパルトの方へと移動させられだした。まだ補給が終わっていない事に抗議するパイロットも居たが、それが受け入れられる事は無い。動かせる機体は1機でも出撃させるしかないのだ。
 オリバーとアヤセは顔を見合わせると、頷きあってそれぞれの機体へと向かっていった。そうだ、今はとにかく戦って戦って生き残る事なのだ。




 クリントに地球軍の幾度目かの波状攻撃が行われた頃、プラント本国ではエザリア・ジュールが息子の殴りこみに近い訪問を受けていた。エザリアはアポも無しにやって来たイザークに仕方が無いという感じで通すように言い、人払いをして息子とその付き人を通した。
 数分後、議長室にイザークと補佐のエルフィが姿を現し、エザリアは息子に何の用なのかを聞いた。

「それで、一体何をしに来たのですイザーク?」
「人事の件で要望を申し込みに来ました、母上。このままではザフトは持ちません」
「……また、アスラン・ザラですか?」
「それだけではありません。マーカスト提督やユウキ隊長といった方たちもです。このままではザフトは一気にボアズまで抜かれますよ!」

 イザークはデスクに両手を叩きつけて威嚇するようにエザリアに叫んでくる。その無礼な態度にエルフィはオロオロしていたが、完全に母子の状態になっている2人の間には割って入ることは出来ず、手の出しようがなかった。
 そしてエザリアはイザークの話を理解していない訳ではなかったのだが、イザークの考えの青臭さに軽い頭痛を感じていた。派閥人事の煽りを受けて左遷されたザラ派の将校たちであるが、これは軍部を政治の下においてコントロールし易くなるという意味も持っている。派閥に属さない者より派閥の下にいた者の方が動かし易いのだ。これは会社などでも同じである。ましてエザリアは国民の支持を受けて政権を得たのではなく、あくまでも横滑りで権力の座に座っているに過ぎないのだから。
 だが、現実問題としてこのままでは2ヶ月と待たずに地球軍はプラントに雪崩れ込んでくるかもしれない。まさかトーラスがただ一度の攻撃で落とされるとは思っていなかったのだ。ザフト内部が面倒な事になってしまうが、実力のある旧ザラ派の高級士官を登用して前線部隊を強化する必要はエザリアとしても考えざるを得ない。残念ながらエザリア派では最も有能とされるハーヴィックでもウィリアムスやマーカストに較べれば見劣りするのだ。
 だが、アスランやユウキとなるとそう簡単な話ではない。彼らは下手に動かせば厄介な連中に面倒な動きを起こさせるかもしれない危険な存在だ。そんな彼らを作戦部の中心に戻したり精鋭部隊を預けて前線に出したりしたら、必ずザラ派再起の中心になってしまうだろう。折角叩き潰したのに再起されては元も子も無いのだ。だが派閥争いでプラントが滅びてしまっては全てを無くしてしまう。それはそれで困るのだ。
 黙りこんでいる母親に対してイザークは更に語気を強めて彼らの復帰を重ねて要請し、エザリアはイザークの説得と頭の中での利害計算、そして現在の戦局を考慮したうえで渋々一部の前線指揮官に関しては考慮する事を約束した。

「分かりました、一部仕官の前線復帰や前職への再任は考慮しましょう。このまま負けたのでは全てを無くしてしまいますから」
「統合作戦本部は?」
「そちらは駄目です、軍令と軍政の中枢を割りたくはありませんから」

 あくまでもエザリア派による軍部の統括を目指すエザリアにイザークは失望を隠しきれなかったが、そのメリットが理解できないほどに愚鈍では無いことが彼の不幸だった。彼はエザリアが一部の復帰に同意してくれた事でとりあえず満足し、母の前を辞したのである。
 その帰り道でエルフィはアスランがこれで前線復帰してくれると喜び、イザークにも良かったですねと言ったが、イザークはエルフィほど素直には喜んでいなかった。

「いや、母上はああ言われたが、アスランが精鋭部隊の隊長として復帰する事は無理だろう。アスランは動かさないか、良くても適当な警備部隊の隊長勤務辺りだろうな。マーカスト提督は復帰させてもらえそうだが」
「では、ユウキ隊長も?」
「ああ、本国防衛隊から動かさないだろう。あの人が作戦本部に復帰してくれればもう少しザフトは上手く動けるようになるんだがな」

 ユウキが作戦を立てていた頃はザフトはもっと上手く戦えていたのだ。艦艇や部隊の配置が実に巧みで、少数の兵力を効率的に運用することで敵の多数が集まる場所に上手く此方も兵力を集めて対抗していたのである。ザフトはこれまで質だけで地球軍を圧倒してきた訳ではない、要所要所での効率的な兵力集中を守ってきたから質の差を生かせたのだ。
 それを実践してきたのがパトリックが組織した統合作戦本部のスタッフであり、ユウキのようなパトリックを補佐してきた軍人たちだ。彼らは集積された情報から地球軍の動向を的確に読み切り、部隊を動かしてきた。コーディネイターとしての高い知性をフルに発揮したこの指導部はザフトの力を限界まで引き出して見せたのだ。
 それがパトリックと共に失われた時、ザフトの退潮は始まった。パナマの段階で既に限界ギリギリのところでかろうじて優勢を保っていたのに、それを支えていた土台が崩されてしまたのだから当然といえば当然なのだが、それを失ったザフトの衰退は余りにも速かった。

「だが、まだ負けた訳じゃない。まだザフトは戦える力を残している、まだ手遅れじゃない筈だ。そうだよな、アスラン」

 大西洋連邦の気候に合わせられているおかげで冬真っ最中のプラントの鉛色の空を見上げて、イザークは小さな声で呟いた。





 地球軍が奪還したビクトリア宇宙港からは続々と部隊が宇宙に打ち上げられていた。地上での戦いは概ね終息したので、残敵掃討に一部を残して余剰部隊は続々と宇宙に上がっていたのだ。そんな打ち上げ部隊の中にはアークエンジェル級戦艦の2隻、ドミニオンとパワーの姿もあった。
 打ち上げようのブースターを併用してリニアレールで射出される事になる2隻の戦艦はサイズがサイズだけに準備にも時間がかかっているが、艦内のクルーは打ち上げに備えた各種装備の固定に忙しかった。打ち上げとなれば相応のGがかかるのは当然なので、もし固定されていない物があったら大変な事になるからだ。特に艦載機は入念に固定されている。
 格納庫で整備班長の指示を受けてパイロットが機体を移動させ、ベッドに固定されたところで整備兵たちが固定用のワイヤーで雁字搦めにしていく。とにかく何があっても外れないようにという配慮だ。
 その整備兵に雑じってパイロットたちも作業を手伝っているのだが、オルガたちが作業着を着て一緒にワイヤーを張っている様は離れた所から見ているキースなどにはなんとも愉快な光景であった。あの手のかかった馬鹿どもが、随分と艦に溶け込んだものだ。

「まさに継続は力なり、だな。俺が口喧しく言い続けてきた賜物ってもんだ」

 1人で勝手に自画自賛をしていると、キャットウォークの上からクロトがサボってるなと文句をつけてきた。

「何やってんだよ、お前も少しは働けよな!」
「俺は監督役のつもりなんだがなあ?」
「こういう時は偉い奴が率先して手本になるべきじゃないの?」

 なんとも皮肉そうな口調で問いかけてくるクロト。その言葉にキースは小さく唸り、そして負けを認めて両手を軽く挙げて作業員たちの列に加わっていった。実際のところ艦の幹部であり大尉のキースがこういうところで一緒に働くというのは少々問題があるのだが、それを咎めるべき艦長の目はここには無かった。


 そのころナタルはパワーのロディガン艦長と共に今後の計画について大西洋連邦宇宙軍司令部からの命令を受け取っていた。それによるとドミニオンとパワーは宇宙に上がった後プトレマイオス基地に向かい、そこで補給と訓練を受けた後、アメノミハシラを出撃したアークエンジェルと合流して次の作戦に赴く事になるという。
 この命令を受け取ったナタルはロディガンと顔を見合わせ、これ以降の予定は決まっていないのかと問うたが、それ以後の事は任務部隊司令官のラミアス中佐に命令書が渡っている筈だから合流後に彼女から聞くようにと言われ、敬礼してビクトリア基地司令部を後にした。
 だが、司令部を後にして艦に戻る途中で、ナタルは隣に腰掛けているロディガンにどうにも腑に落ちないと漏らしていた。

「どういう事でしょう、別におかしな所があるわけではないのですが、妙に消極的ではないですか?」
「今の戦況なら直接ボアズを付く事も不可能ではない、かい?」
「はい、既に極東連合がボアズを守る壁の1つ、トーラスを崩しているのです。このまま大軍を揃えてボアズを一気に叩いてしまえばクリントを含む他の前線基地は放っておいても立ち枯れる筈。そうすれば犠牲を抑えることも出来るのでは?」
「上層部は無理攻めは大怪我の元、と考えているのかもしれないな。あるいは別の理由があってあえてスキップをしないでいるのか」

 ロディガンは腕組みをして考え込んだ。戦略的に考えるなら周辺の出城を攻略しておくのは後顧の憂いを残さないという点で意味がある。だが、今のザフトは艦隊戦力をプラントの防衛に集中させており、これらの前線拠点には僅かなMSや航宙機が配置されているに過ぎない。クリントですら数隻のローラシア級や連合からの鹵獲艦が配置されているだけのようなのだから、後顧の憂いともなりはすまい。放置しておけばいずれ武器弾薬や食料、推進剤が切れて何も出来なくなるのだから。
 だが地球軍はボアズをすぐに攻略しようとはしていない。まるで時間をかけてゆっくりとプラントを攻略しようとしているかのように。単にこれまでのコーディネイターとの戦いでその力を恐れているのかもしれないし、そのせいで慎重になっているのかもしれないが、それにしても妙ではある。あるいは、全く別のところからの要求なのかもしれない。

「……政治、かな?」
「は、何がですかロディガン少佐?」
「いや、これは戦略上の動きではなく、政治的な動きではないかと思ってな」
「政治的な動き、ですか?」

 ナタルは首を傾げてしまった。残念ながら政治的な動きが出てくるとなると純粋な軍人であるナタルには把握しようも無いことで、考えがプツリと途絶えてしまうのだ。まあ一介の艦長でしかないナタルが政治の動きなど知っていても意味は無いのだが。
 だがそういう方向にも多少は理解があるロディガンは面白くも無さそうな顔で腕組みをしたまま視線を基地の外へと向けてしまった。地球軍が政治的な理由でプラント攻略に待ったをかけているとしたら、それは戦後のプラントの処遇について連合国内で意見が一致を見ていないということだ。ここにきて各国の利害の調整が付いていないのだろう。

「そんな理由で悪戯に兵士が死ぬというのは、嫌なものだな」

 政治の手段の1つとして軍事がある以上、政治的な要求が軍事的な要求に優先される事は当然なのだろう。だが、その代価として大勢の兵士の命が支払われるというのでは、前線で命を張る者には面白い話ではない。



 実のところ、地球軍の内部では強硬派に属するユーラシア連邦や東アジア共和国、南アフリカ統一機構といった国々と穏健派に属するオーブや極東連合、赤道連合といった国々の間で意見が分かれていた。大西洋連邦や大洋州連合、アルビムなどはどちらでも良いという態度を示しているが、強硬派はプラントに真っ直ぐ侵攻して無条件降伏を迫るべきだと主張し、穏健派は敵に条件付の降伏案を提示して考える時間を与えるべきだと主張している。
 この意見がぶつかり合って未だに統一する事が出来ず、連合軍総司令部は本国の意見に足を引っ張られて思い切った動きが出来ず、ボアズに大軍を送り込めないでいた。強硬派の東アジア共和国などは自分たちだけでボアズを落としてやろうかなどと言い出す始末であったが、それにはユーラシアもアフリカ共同体もうんとは言わなかった。これまで碌に前に出てこなかった東アジア共和国が威勢の良いことを言っても誰も相手にしなかったのだ。
 ただ、この流れは大西洋連邦がどちらかに付けば決着する問題の筈である。それがこうも長引いているのには大西洋連邦でも意見がまとまっていないという事をあらわしていた。





 カガリはまたしても不機嫌そうであった。フレイは家にいる皆を食事に誘い、ソアラが用意した食事を長テーブルで採ることになったのだが、その不機嫌オーラは隣に座っているユウナの笑顔を引き攣らせるほどであり、向かい合うように座っているラクスも居心地が悪そうに身じろぎしている。気にしていないのは状況を楽しんでいるアズラエルと、ワゴンと共に傍に控えているソアラ、そして状況を理解していないフレイとマユくらいであろうか。シンとシンの母、サクヤはラクス同様居心地が悪そうだ。
 全員が座ったのを確かめた後でフレイはラクスにソアラとアスハ一家を紹介し、カガリたちとアズラエルさんは知ってるよねと言って彼らの紹介は省いた。ラクスは紹介されたシンたちに挨拶をしたが、シンと目が合った時に驚いてしまい、どうかしたのかと周囲に不信げな目を向けられてしまった。
 フレイはカガリの不機嫌など何処吹く風とばかりに上機嫌な様子で、ラクスにこれまでどこに居たのか、何でここに居るのかと興味深そうに問い詰めている。だがそれを問われたラクスは答え辛そうな顔になり、助けを求めてカガリやアズラエルを見たが2人とも露骨にその視線を無視していた。カガリは誰が助け舟なんか出すかと無言で突き放し、アズラエルは面白そうだから放っておこうという感じである。
 2人に見捨てられたラクスはとうとう観念した様子で、フレイにこれまでの事を語りだした。プラントで戦争を終わらせようと同志を募ってクーデターを起こした事、それが失敗し、敗残の身で地球に流れてきてアズラエルに助力を求めた事、そのアズラエルがここに連れて来た事などを話した。
 ラクスの口から事情を聞かされたフレイはなるほどと頷き、これまでの疑問のいくつかが氷解したことに満足していた。

「なるほどね、それでプラントには偽者のラクスがいた訳だ」
「はい、おかげで私はプラントにそう簡単には戻れなくなってしまいました」
「しかも笑えない事に、どうもその偽者の方がプラントじゃ人気があるようですよ。何でも若くなったとか何とか」

 フレイとラクスの話にアズラエルが茶々を入れる。その途端、ラクスの前に置かれていた皿がフォークの置かれていた辺りでバキリと鋭い音を立てた。ラクスの笑みに何とも言えない凄惨な何かが宿り、真正面に居たフレイがビビッて仰け反ったりした。だがソアラはそんなラクスの様子など一行に気にする事無く、冷静に割れた皿を取り除いて掃除をし、新しい皿に料理を盛って置き直している。
 皿が交換されたところで場の空気を仕切り直そうとしたのか、フレイはあえて軽い感じで声を出した。

「そっか、それで行く当てがなくなってアズラエルさんやカガリにお金を集りに来たんだ」
「ま、まあ、平たく言うとそうなりますわね」

 フレイの身も蓋も無い表現にラクスの表情が露骨に引き攣ってしまった。ちなみにアズラエルとシンは笑いを堪えるのにかなりの労力を強いられているようで、顔が赤くなっていた。

「でも、さっきからラクスが言ってるSEEDって何?」
「ええと、それは説明するのが難しいんですが、人類の次なる可能性、優越性を持った進化の因子を持った人間の事をSEEDを持つ者、と言うのです。瞳に特徴があり、見分ける事は不可能ではありません」
「優越性? 進化の因子?」

 余りにも抽象的すぎてチンプンカンプンな様子のフレイに、ラクスは仕方なく分かるかどうか分からない小難しい話を始めた。フレイの隣ではカガリも仕方が無いなあという顔をしているが、実は彼女もSEED理論をさっぱり理解出来ていなかったりする。僅かに理解できた事と言えばSEEDを持つ者を救世主か何かのように祭り上げているという事だけだ。
 そしてラクスのSEED理論の説明が進むにつれてフレイは時折首を傾げ、マユは我関せずと食事をおかわりし、カガリとシンは顔に?マークを沢山貼り付けて目を回していた。情報処理能力の限界を超えたのだろう。大人組みは黙々と食事を続けている。
 そしてラクスの話が終わった後、カガリがぐったりした顔でラクスに文句を言い出した。

「すまん、私には何が何だかさっぱり分からん」
「そ、そうでしたか。これでもかなりかいつまんで分かり易く言ったつもりなのですが?」
「生憎と私はコーディネイターじゃないんでね」

 カガリがナチュラルに合わせた話にしてくれと抗議すると、シンが馬鹿にしたように鼻でカガリを笑った。

「駄目だなあ、それでもオーブの現代表なの?」
「んだとお、それじゃお前は分かったのかよ!?」
「俺は良いんだよ、唯のパイロットだから」
「ようするに分からないんだろ、コーディネイターのくせにお前だって馬鹿じゃねえか!」
「なんだとお、馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
「だああ、このクソガキ、ヘッポコパイロットの癖に!」
「誰がヘッポコだよ、この駄目代表、寸胴、役立たず、声ばっかりデカイだけの無駄飯ぐらい!」

 たちまちヒートアップしだすカガリとシン。売り言葉に買い言葉でどんどん熱くなっていく2人の罵声の応酬は留まるところを知らずこのまま殴り合いの喧嘩に発展するかと思われたが、それはフレイとマユの実力行使によって止められた。電光石火で振るわれたフレイのハリセンがカガリの脳天を打ち抜き、マユがシンの足を踵で思いっきり踏みつけた。

「カガリ、今ラクスの話を聞いてるんだから黙ってるの!」
「お兄ちゃん、さっきから煩いよ!」

 フレイとマユにどつかれた2人は顔を顰めながら黙り込んで睨みあいを始めたが、まあ黙ったのでそれ以上叩かれる事は無かった。そしてフレイは目を丸くしているラクスに続きを促し、ラクスは頷いて続きを話し出した。

「それで、私はSEEDを持つ者たちに協力を願いました。この世界を救うために力を貸して欲しいと。キラやアスラン、フィリスにカガリ様といった方々に」
「キラにアスランにフィリスさんにカガリ? この4人がそのSEEDとかいう優越した因子とかいうのを持ってるって言うの?」

 名前を聞いたフレイは驚いて隣でガルルルとシンを威嚇しているカガリを見やり、そしてキラやアスラン、フィリスを思い出してラクスになんとも言えない、酷くやるせない眼差しを向けた。

「あのさあ、それって何かの冗談か勘違いじゃないの。どう考えても進化とか優越とか無さそうなんだけど。キラは甲斐性無しだし、アスランは疲れた中間管理職まっしぐらだったし、フィリスさんは良い人だったけど、カガリはこれよ?」
「いえあの、そちらのシン君もそうなのですが?」

 シンもSEEDを持つ者だ、と言われたフレイはますます胡散臭い物を見る眼でシンを見やり、そしてラクスを見てふるふると頭を左右に振った。

「御免、悪いけどとても信じられない」
「……すいません、実は私の中でもちょっと自信が無くなってきてます」

 SEEDを持つ者、その実例が目の前にいるのは良いが、それがこんなのでは流石に自信も揺らぐというものだ。少なくとも今のシンやカガリを見て人類の未来とか優越因子とか言われて納得できる人間は居まい。
 すっかり落ち込んでしまったラクスを慰めてやろうかと必至に言葉を探すフレイであったが、何となくフォローする言葉が浮かんでこず、困った顔でアズラエルを見たが、こちらは状況を更に悪化させて楽しみそうなのですぐに却下し、そして新たな人間を混ぜる事を思いついた。

「そ、そうだ、キラも呼ぼうか?」
「え、キラもここに居るのですか?」
「ええ、私と一緒にアークエンジェルから帰ってきてるから。ソアラ、悪いけどすぐにこっちに来るように言ってくれる。文句言ったらあの事ばらすわよって言ってやって」
「承知しました」

 フレイに命じられたソアラは一礼すると退室していき、そしてフレイはフウッと一息つくとワイングラスに軽く口を付けた。

「あの、フレイさん、あの事とは?」
「え、ああ、何でもないわよ。ただああ言っておけば男なら思い当たる事が幾つかあるだろうから、すっ飛んでくるって事よ。男なんて叩けば埃の10や20出てくるんだから」

 ちょっとブスッとしながらラクスの問いに答えるフレイ。それを聞いた途端にアズラエルとシンとユウナが居心地悪そうに身動ぎしてわざとらしい咳払いをはじめ、カガリとマユにじろりと睨まれていた。
 そしてフレイはコホンと咳払いを入れると、ラクスにこれからどうするのかと聞いた。そう問われたラクスは俯いてしまい、これからどうしたら良いのか分から無いと答えた。

「これからどうすれば良いのか、私にも分かりません。もう行く当ても有りませんし、頼れる人も居ませんから」
「それなら行くあてが出来るまでうちに泊まる。うちなら部屋は幾らでもあるし、街とも離れてるから身を隠すことも出来るわ」
「ですが、それではこれまでやってきたことが無駄になってしまいます。多くの犠牲も出してきました」

 ラクスはこれからどうすれば良いのか分からないが、とにかく何かがしたいという何とも抽象的なことばかりを言う。この曖昧さにカガリは怒り、アズラエルやメッテマリットは付き合いきれないと匙を投げたのだが、ここでフレイは彼女らとはまったく別の事を言い出したのである。

「それなら、プラントに戻ってみる?」
「でも、プラントに戻ってももう私に出来ることは……」
「貴女には無くても、私にはやって欲しい事があるの。その為のお金が必要なら用意するし、船も何とか出来ると思うわ。ここには地球でも上から数えて何番目かの悪党のアズラエルさんがいるんだもの、多少の無理は通せるしね」
「いやあのフレイさん、否定はしませんがそうはっきり言われると僕としても些か傷つくんですけど?」

 アズラエルが小声で抗議したが、フレイは何処吹く風とばかりにそれを無視し、アズラエルを拗ねさせてしまう。そして話の内容がだんだんとシンたちに聞かせて良い類の物ではなくなってきたと判断したのか、ユウナがアスカ一家に退室を促した。だがそれにシンが難色を示した為、ユウナは使いたくは無かった奥の手を切り出した。

「しょうがないな、シン・アスカ三尉、君を拘束させてもらうよ。君は重大な犯罪を犯している」
「な、何だよ。俺が何したってんだよ?」
「君はさきほど、アスハ代表と散々に言い合っていただろう。アレが問題なんだ」
「何だよ、代表侮辱罪とか言うんすか?」
「いや、国家機密漏洩罪だ」
「へ?」

 何だそれ? という顔をするシンを引き摺ってユウナは部屋を出て行こうとし、最後に振り返ってカガリに決まったら教えてくれと言って出て行った。それを見送った一同は唖然としていたが、カガリが何が何だかという顔でフレイを見た。

「なあ、何が国家機密なんだ?」
「シンがカガリと言い合ってた奴じゃないの。ええと、何だったっけ?」
「この駄目代表、寸胴、役立たず、声ばっかりデカイだけの無駄飯ぐらい、ですわ」

 ラクスがシンの暴言の数々を思い出しながら並べてやり、一呼吸あけてカガリの凄まじい怒声が響き渡った。

「ユウゥゥゥナアァァァァ!! 手前そりゃどういう意味だあぁぁ!!」
「あははははははっは、ははは、だ、駄目です、死ぬ、笑いすぎて死ぬ、腹が捩れて……!」
「ぷくくく、ふふふふふ、くっ……」
「流石ユウナさん、カガリの扱いに慣れてるわ」

 意味を悟ったカガリが激怒を通り越して怪獣化し、アズラエルが腹を抱えて抱腹絶倒し、ラクスが笑いを堪えるのに必死になっている。そしてフレイは飛び出そうとするカガリの服の裾を掴みながらユウナのカガリをからかって無傷で逃げていった引き際の良さに感心してしまっていた。キラやアスランには無い危険回避能力だ。
 カガリの怒りが収まるのを待って、フレイはラクスに確かめて欲しい事が有ると良い、その場に居るフレイ以外の全員にとって驚愕するべき情報を語りだした。

「実はさあ、ええと、パトリック・ザラだったっけ。アスランのお父さんで前の議長とかいう人?」
「ええ、そうですが、ザラ議長が何か?」

 というか、何でフレイさんはアスランの事をこうも馴れ馴れしく呼んでいるのだろうとラクスは不思議に思ってしまった。まるでアスランを知っているかのような口ぶりだ。
 そんなラクスの内なる疑問などを知る筈もなく、フレイはラクスにとんでもない事を頼み込んできた。

「じゃあさ、この人がええと、そうそう、シーゲルさんとかいう人の家に捕まってるらしいのよ。ザルクだとかいう組織で、クルーゼとかいう人だったかな。その人に捕まったんだって。その人助け出してくれない。なんかこの人助けると戦争が終わるかもしれないんだって」
「…………は?」
「…………ええと?」
「…………ほえ?」

 フレイの話を聞いた3人は呆けた顔になり、まるで頭がハングアップでもしたかのようだ。その変化にどうしたのかとフレイが3人の顔を見回していると、3人は突然火が付いたかのようにフレイにマシンガンの如く疑問をぶつけてきた。

「な、な、な、何言ってるんですかフレイさん、パトリック・ザラは暗殺されたんですよ!?」
「フレイさん、貴女パトリック・ザラが何処に監禁されてるのか知ってるんですか!?」
「フレイ、お前なんでザルクとラウ・ル・クルーゼの事知ってんだ!?」

 3人が同時にフレイの切り出した話の無いように吃驚して質問をぶつけ、そして3人はお互いの顔を見合わせた。何でお前はそこに驚くんだと言いたげだ。

「アズラエル様、カガリ様、貴方たちも何か知っていたのですか!?」
「カガリさん、どうして貴女がザルクの事知ってるんですか!?」
「アズラエル、何だそれ、お前パトリック・ザラが生きてるって知ってたのか!?」

 ギャアギャアと言い会いを始める3人。その突然の変貌振りにフレイは自分が発した言葉の意味を理解して無いようで何が起きたかと目を白黒させている。その騒ぎのあまりの大きさに部屋に入ってきたソアラが今日はもう遅いので明日にして欲しいとキラが伝えてきた事を伝えに来たのだが、フレイには聞こえそうも無かったので後で報告する事にした。



 騒動に包まれたアルスター邸で何がどうなってるのか分からなくなってしまい、一度お互いが持ってる情報を整理して明日改めて持ち寄って整理しようという事になった。アズラエルは今日はラクスと一緒にこっちに泊まると言って残り、カガリはユウナに教育的指導を施して満足したのか、ユウナの襟首引き摺って帰っていった。その時の様子は見ていたシンが震え上がり、マユが怯えて泣き出すほどに激しい物であったそうだ。
 そして残ったアズラエルをフレイはソアラに命じて前に使っていた部屋に案内させ、ラクスはフレイが自ら前にアスランたちが使っていた離れの別館へと案内した。ラクスは案内された別館を見て物珍しそうな顔をしていたが、ここに3ヶ月ほど前までアスランたちが逗留していたのだと聞かされて驚いてしまった。

「アスランね、オーブを占領したザフト軍に居たのよ。特務隊って言って、部隊ごとここに泊まってたの」
「アスランが、この家にですか?」
「ええ、まあ占領軍だったから地球軍の奪還作戦で追い出されちゃったけどね。あいつとは色々と変な縁があるんだ、私」
「アスランが、そうですか」
「うん、ラクスってアスランの婚約者だったんでしょ。アスランは破談になったって言ってたけど、結構ラクスの事心配してたよ。ニュースとかの電波ジャック映像とか、何か貴女の話が入る度に心配そうにしてたもの」

 フレイの説明を受けたラクスは頷きながら建物へと入り、そこが人が住めるようにきちんと手入れされている事を知った。フレイの話ではアスラン達が去って行った後も来客用として管理しているらしい。
 フレイの案内でアスランが使っていた部屋に通されたラクスは、ベッドに腰を降ろすと初めて落ち着いたかのように肩を降ろして大きく息を吐いた。それを見たフレイは疲れてるみたいだから今日は早く休んだ方が良いと伝え、部屋を後にしようとしたが、それをラクスが呼び止めた。

「フレイさん、1つだけ、お聞きしても良いでしょうか?」
「何、何か足りない物があるんなら届けさせるけど?」
「いえ、そうではないのですが。その……フレイさんはどうして私に支援をしてくれるのです。私には貴女に何も返せる物がありません、私は本当に何も持ってないのですよ?」

 自分は無力だ、そんな自分に何故、と聞いてくるラクスに、フレイは何言ってるんだという顔をしてラクスに返した。

「別に見返りなんて期待して無いわよ。上手くすれば戦争が終わるかもしれない、私にはこれで賭ける理由には十分なの」
「……賭けるって、そんな無茶苦茶な」
「良いじゃない、無茶でも。やらずに後悔するよりやって後悔しろって言うしね」

 フレイはラクスを自分の個人的な考えで支援した事に微塵も後悔とか迷いとかいう物を抱いていないらしい。それが少しでも終戦に可能性に繋がるならやってみる価値はある、と言うフレイにラクスは呆然としてしまった。こんな事を言える人がこんな所に居たのだ。

「それにさ、ほら、前に私、アークエンジェルで貴女に酷いこと言っちゃったでしょ。その時の詫びと思って頂戴。それで貸し借り無し」
「……はい、ありがとうございます」
「ああもう、礼なんて良いの。それじゃ、また明日ね」

 フレイを照れ隠しをするかのようにラクスの前から早足に姿を消し、それを見送ったらラクスは腰掛けていたベッドにドサリと身を投げ出すと、そこで過去に思いを馳せた。プラントで地球との関係に苦悩する父の背中を見て育った事、その過程でナチュラルとコーディネイターの対立構造に悩み、でも答えに至れないもどかしさに苦しんだ過去。アスランを紹介されて、フィリスと出会って、マルキオに会って、そして…………。

「疲れている、ですか」

 そうかもしれないと思う。でも今はまだ立ち止まって休んでいる暇は無い、自分を逃がしてくれたダコスタたちの頑張りに報いる為にも、今はまだ休んでいる事は出来ないのだとラクスは自分に言い聞かせていた。自分の考えに賛同して立ち上がってくれた人たち、その彼らの死は、ラクスにとっては自らを縛る鎖となっていたのだ。
 そしてラクスはフレイが口にしたパトリックが自分の実家に監禁されているという話の事を考えた。もしフレイの言うことが本当なら、自分がプラントに行けば確かに救出する為の力となる事が出来るかもしれない。だが、問題はプラントに残っている同志がどれだけの規模を残しているかだ。まだ戦えるだけの力を残しているだろうか。

「地球軍に手を貸してもらう? アズラエル様が手を貸してくれるかどうか?」

 フレイの頼みで目標は出来た。プラントにさえ戻れればパトリックを救出する為にクライン邸に忍び込む事は自分には不可能ではない。だが1人では無理なのも確かなので、助けてくれる仲間が必要だ。それをどうすれば良いのかと悩みこもうとしたラクスだたが、フレイの別れ際の言葉を思い出してクスリと口元を綻ばせてしまった。

「やらずに後悔するより、やって後悔した方が良い、ですか」

 無茶な言葉だが、そうかもしれないと思えてしまう。そして一度そう思ったら、何だかおかしくなってきてしまった。そしてラクスは腹を決めた。アズラエルとカガリに頼んでみよう。その結果がどうであっても、とりあえず一度プラントに帰るのだ。
 そして決意を固めたラクスは、備え付けの棚から鋏を見つけるとそれを手にバスルームへと向かっていった。




 翌日、ソアラの案内で食堂に姿を現したラクスを見たアズラエルとカガリは愕然としてしまった。何と、ラクスのあの長かった髪が肩の辺りまで無造作に短く切られていたのだ。そのあまりの印象の変化にカガリがあたふたし、アズラエルもあんぐりと口を開けている。そしてラクスはそんな2人の動揺など気にする事もなくフレイの前の席に腰掛けると、シンたちはどうしたのかとフレイに聞いた。

「シン君たちは、どちらに?」
「ああ、シンたちは今日は同席しないわ。聞かれちゃ困る話も多そうだしね」
「そうですか、分かりました」

 ラクスはフレイの返事に頷くと、まだ固まっているアズラエルと驚愕から抜け出せないでいるカガリを見てラクスは改めて助けを求めた。プラントに戻ってパトリック・ザラを救出する為に実行戦力が欲しいと。まだ本国に残っている同志とも連絡を取って地下組織の支援を受ければクライン邸への潜入は十分に可能だと2人に伝えた。
 それを聞いたアズラエルはカガリと顔を見合わせ、そして硬直していた頭を左右に振ると少しだけフレイを見やり、そしてフウッと息を吐いた。

「初めて具体的に目標と手段を出してきましたね。その髪と良い、何か心境に変化でもありましたか?」
「はい、とりあえずやってみてから後悔するかどうか決めようと思いまして」
「何ですそれは?」

 アズラエルは何だそれはと顔に疑問符をつけたが、ラクスは何も答えずフレイと顔を見合わせてくすくすと笑うだけであった。その反応を見てアズラエルはますます首を捻っていたが、カガリは何だか呆れた顔になってラクスに話しかけた。

「まあ、お前がそう決めたんなら良いさ。パトリック・ザラを助けたいから手を貸してくれ、そういう事だな?」
「はい、アズラエル様からパトリック・ザラが終戦工作をしていたと聞いています。ならば少なくとも今のエザリア・ジュールよりはあの方に復帰してもらった方が終戦への道に近付ける、と信じる事にしました」
「なんだよ、それじゃ自分が間違ってたって認めるんだな」
「パトリック・ザラの邪魔をしたことが自分の愚かさから来る間違いだった事は認めますわ。ですが、私は自分の理想まで捨てたわけではありません」
「……分かった、お前は父上と一緒で筋金入りなんだな」

 匙を投げたと言いたげに両手を上げて、カガリはフレイを軽く睨んだが、フレイはスマイルでそれを跳ね返し、話の続きは食事が終わってからにしましょうと言った。それにカガリは渋々頷いて食事を再開しようとした時、ソアラがキラの来訪を告げた。それを聞いたフレイが通すように言い、ソアラに案内されてキラが室内に入ってきたのだが彼は室内を見渡すなり、開口一番でいきなり地雷を踏んだ。

「アズラエルさんにカガリじゃないか。2人ともまた仕事サボってるの。それとも実は凄く暇とか?」

 この直後、お前に言われたくは無いというカガリの怒声と共にごく僅かな助走から放たれた怒りのとび蹴りがキラを吹き飛ばして扉に叩きつけて粉砕してしまった。それを見たフレイが家の扉を壊さないでよねと文句を言ったが、あまり気にした風ではなかった。
 ちなみにキラはこの一撃を受けても痛いなあと言うだけで平然と起き上がってきていたりする。




 その頃、プラントではアスランが学校の校長室に地球で購入したコタツを持ち込み、蜜柑を段ボール箱から取り出してだらけきった顔で皮をむき出した。

「コタツは良いねえ、ナチュラルが生んだ文化の極みだよ」

 コタツの上にだらしなく顎を乗せてトロンと垂れた目をして、アスランは1人とても幸せそうであった。




後書き

ジム改 各キャラが持ってたパズルのピースが合わさりだした回でした。
カガリ なんか一気に謎に迫ってねえか?
ジム改 元々大半の情報はこっち側に流れてたからねえ。ただバラバラだっただけで。
カガリ もっと早く交換してりゃこんなに拗れなかったのになあ。
ジム改 まあ良いではないか、これでラクスもやるべき事が出来たし。
カガリ でもラクス、理想主義は抜けてねえぞ?
ジム改 良いんだよ、それを捨てたらラクスじゃない。
カガリ まあ私も譲れない物は持ってるからなあ。
ジム改 誰もそうだよ、譲れない物は誰にでもある。
カガリ でもこれで部隊は最終局面だな。いよいよ私も宇宙か。
ジム改 まあ自然とそうなるわな。でも次回はちょっと違う話になる。では次回、動き出すパトリック救出計画。これの支援を受ける代わりにアズラエルはラクスにとんでもない賭けを持ちかけてくる。アークエンジェルには待望の量産型ウィンダムが配備され、戦力が更に強化される事に。オーブではキラたちが仲間で遊びに出かけるが、その途中で彼らが見かけたものは。次回「ユウナ・パニック」でお会いしましょう。

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