第166章  複雑な気持ち


 

 少女は道に迷っていた。連れて来てもらった見慣れない建物の中を歩き回っていたのだが、何処を見ても同じような作りで、しかも無駄に広いこの建物の中はまるで迷路のようだ。
 心細くなった少女はベソをかきながら歩いていたが、扉は何処も押しても引いても開かず、外に出ることが出来ない。しかも擦れ違う人も無く、ひっそりと静まり返る寒い廊下にはただ自分の足音が響くのみ。
 自分の足音が寂しく木霊する廊下で少女はとうとう泣き出してしまったが、その時いきなり1つの扉を引いたら開いた。その中は廊下と違ってとても暖かく、大きな机や本が一杯入っている本棚が置かれていて、真ん中に変な分厚いマットのような物付きの台が置かれている。少女は部屋の中へと入っていき、一番暖かそうなマットの中を覗き込み、そこがとても暖かいのを確かめてゴソゴソと潜り込んでいってしまった。

「ううう、今日は一段と冷えるなあ。気象管理システムが壊れてるんじゃないのか?」

 アスランは寒い寒いといいながら部屋に入ってきた。腕にはお菓子や飲み物が入っている袋が下げられており、コートを脱いでハンガーにかけた彼は急いでコタツに入ろうとしたのだが、突っ込んだ足が何かにぶつかる感触に驚いてしまった。しかも小さな悲鳴まで聞こえてくる。
 何事かと思ったアスランの見ている前で、コタツのアスランが入っている所とは別方向からゴソゴソと女の子が這い出してきた。金色の髪をしたなかなか可愛い女の子だ。女の子はう〜と唸りながら自分を威嚇しているが、どうやらこの娘を蹴ってしまったらしい。
 だが何故こんな所に女の子が居るのだ。ここは軍の初等訓練校でありこの部屋はその校長室だ。どう考えてもこんな女の子がやってくるような場所ではない。

「君は何処から入ってきたんだ?」
「う〜〜っ」

 とりあえず聞いてみたが威嚇されるだけで全然答えてくれそうも無い。仕方が無いのでアスランはコタツに入ったままどうしたものかと考えをめぐらせ、そして袋からお菓子を取り出すと少女に差し出して見せた。少女はなおも警戒していたが、アスランの手からひったくる様にしてそれを奪うとパクパクと食べだした。
 それを見ていたアスランは少女が食べ終わるとまたお菓子を差し出し、それを少女がまたパクパクと食べていく。2人はコタツに入ったまま暫しその動作を繰り返していた。





 朝8時少し前、首長府へと出勤してきたユウナは何時もどおりに執務室に向かうつもりで首長府に入ったのだが、そこでユウナは何時もと雰囲気が違う事に気付いた。何だか全体的にピリピリしているというか、異様なまでの緊張感が建物の中に充満しているのだ。
 どうしたのかと思ったユウナは受付の女性に何かあったのかと問いかけたが、女性は周囲をきょろきょろと見回した後、小声でカガリがおかしいのだと教えてくれた。

「それが、昨日からカガリ様の様子がおかしいんです。妙に不機嫌といいますか、とにかく気が立っていらして、それが全体に影響してるんです」
「カガリが? 昨日は何かあったのかい?」
「いえ、私は何も知りません。ユウナ様はご存じないのですか?」
「僕の方にも何も知らせは来て無いんだけどなあ。何か個人的に揉め事でもあったのかな?」

 また面倒な事に、と思いながら執務室は後回しにして首長室に向かう事にするユウナ。その背中に大勢の職員たちの期待の視線を背負いながら彼は歩いていく。こういう時、カガリを宥めて機嫌を直すのは何時もユウナの仕事なのだ。そのストレスを発散するために時々カガリをからかって遊んでいる訳だが、これまではこれで上手く行っていた。だが、今回は些か事情が違ったのである。
 首長室に向かったユウナはノックをして中に入ったが、そこに居るカガリを見たユウナは一瞬、首長の椅子に獰猛な獅子が腰掛けているかのような錯覚に囚われてしまった。カガリは物凄く不機嫌そうで、同じ部屋に居る秘書たちが脂汗を流しながら凝固していた。
 だがカガリは、ユウナが入ってきた途端にそれまでの猛烈な不機嫌オーラを嘘のように掻き消し、何時ものようにごく普通の態度でユウナに声をかけていた。

「よおユウナ、おはよう」
「あ、ああ、おはよう。今日は何時もより早いじゃないかカガリ、どうしたんだい?」

 ヤバイ、これは非常にヤバイ、これまでのカガリとの長い付き合いからユウナはカガリの怒りのボルテージが限界を超えて振り切れていることを悟っていた。何があったのかは知らないが相当にストレスを溜め込んでいるようだが、この状態のカガリに殴られると痛いではすまないのでどうした物かと暫し思案を巡らせる。

「……外に出してキラ君辺りに被害を担当してもらうのがベストか、だが失敗したら逆効果になりかねないし」
「うん、何か言ったかユウナ?」
「いや、大した事じゃないさ」

 ユウナは誤魔化すと秘書たちに目配せして出ていくように伝え、それを受けた秘書たちは助かったと言わんばかりに頭を下げて早足に部屋から出て行った。それを見送ったユウナはさてどうした物かと悩んだが、悩んでも名案などは浮かばず、直接問いかける事にした。

「カ、カガリ、今日は何だか機嫌が悪そうだけど、何かあったのかい?」
「…………」

 ユウナがそれを聞いた途端、カガリの表情が一変した。努めて普通を装っていた顔に怒気と疑惑の色が浮かび、じとっとした目で自分を睨んでくる。何があったかは知らないが、原因はどうやら自分にあるようだとユウナは悟ったが、その理由を聞くのは怖かった。なんと言うか、今にも噛み付かれそうな怖さがある。
 だがここ最近ではカガリを怒らせるような真似をした覚えはあんまり無いので、一体なんで怒っているのか、ユウナには皆目見当がつかなかった。



 同じ頃、オーブ軍のオノゴロ基地ではフレイが新人パイロットたちの訓練を監視しているフリをしながら物思いにふけっていた。昨日見たソアラとユウナの密会、もし本当に婚約だとか言うのなら、自分はソアラを祝福してやれば良いのだろうか。それともカガリに対する裏切りだとユウナを糾弾すれば良いのだろうか。
 ソアラは自分にとって何時も傍にいた家族であり、姉のような存在だ。美人で頭も良く、飛び級で大学で経済学を学んでいるような、何でメイドなんかやってるのか謎な女性だ。本人曰く「私がアルバレスだからです」という事なので、理屈ではなく伝統なのだろうが。
 そのソアラが誰かと恋に落ちたというのなら応援してあげるべきなのだろうが、ユウナの婚約者のカガリは親友なのだ。フレイはこの2つの間で板挟みになってしまい、身動き取れなくなっていたのである。

「はあ、参ったわよねえ。まさかユウナさんとだなんて……」

 どちらの味方も出来ない状況に追い込まれたフレイの悩みは深刻であった。あまりの深刻さに延々と悩みこんでしまい、新兵たちへの指示を出し忘れていて彼らがマラソンで死に掛けるほどに。


 そしてキラとシンは今日も元気に訓練に励んでいる。愛機は無いので本土で借りたM1Bを使っているのだが、実戦経験を積み上げてアルフレットの地獄の猛特訓を受けさせられてきた2人の強さは半端な物ではなく、見ている他のパイロットたちが唖然としている。
 元々能力的にはアルフレットが瞠目するほどの潜在能力を秘めていた2人だったが、それを見向いたアルフレットが徹底的に鍛えた事で化け物レベルにまで強くなってしまったのだ。最大の問題は2人ともまだまだ力技で押すことしか出来ない事だろうか。頭を使わなくても勝ててしまう為に戦術的な思考が中々身に付かないのだ。アルフレットに何度怒られてもその辺りは変わらなかった。
 だから今、オーブの演習場で戦っている2人は物凄く速く動いていたが、その動きは直線的で力押しの正面対決を繰り返しており、見た目は派手だったが実力者同士の勝負と言われるとどうにも疑問符が付くものだったりする。まあ普通のパイロットにはそんな差など分からないので問題無しなのだが。
 そのぶつかり合っている2機を観戦していたマユラは呆気に取られながら隣にいるアサギにあれは本当にM1なのかと問いかけてしまった。

「ちょっと、M1ってあんなに動けたの?」
「フレイだって無茶苦茶やってたんだから、やろうと思えば出来るんでしょうね。M1ってダガーL並に動けるって話しだし」
「私たちとは出来が違うって事か」

 それを認めるのは悔しいが、目の前で繰り返されている戦闘を見てしまっては怒る気も失せてしまう。これはもはや常人の及ぶような戦いではないのだから。
 そしてこの模擬戦からデータを取っていたクローカーは、大西洋連邦から送られていたヴァンガードとデルタフリーダムの戦闘データを検証して2人の凄まじい戦闘能力に畏怖さえ感じてしまっている。特にシンの成長は異常な速さだ。オーブ開放作戦前のシンと今のシンでは別人としか思えないほどの能力向上を見せている。

「アルの特訓を受けて技量が向上した、というのもあるんでしょうけど、ここまで伸びるなんてね。この子、ヴァンガードの全てを引き出せるのかもしれない」

 ヴァンガードはその本来の性能をクローカーによって意図的に封印する事で人間が扱える兵器として完成されている。つまりこれの本当の性能を引き出せる者は人間と呼べる存在ではない。彼女の知る限りコーディネイターにさえそんな者は居ない筈なのだ。もしかしたらキラならば可能かもしれないが、彼はフリーダムに拘ったので横滑り的にシン・アスカがパイロットに選ばれたのだが、当時の彼ではヴァンガードの性能を引き出すことは不可能であり、その封印が解かれる事は無かった。
 だが、それは過去の話だったようだ。シンの成長は著しい。いやキラやフレイ、トールたちもシンほどでは無いがまだまだ伸びている。だがもしシンがヴァンガードの封印を解くような事があれば、果たして彼の身体は持つのだろうか。

「ヴァンガードにかけた封印はパイロットの操縦能力に応じて解除されるようにセットしてあるから、解けてしまう可能性はあるわ。でも、まさかシン君がここまで伸びるなんて」

 完全に排除してしまうべきだったのだろうか。ヴァンガードという破綻した性能を持つ機体の能力を排除する事を惜しんでしまった、技術者としての甘さがそれを躊躇わせ、ソフトウェアによる封印という中途半端な処置に留めてしまった。
 だが、それと同時にクローカーは夫が常に楽しそうであった理由を自ら確かめることも出来た。なるほど、これほどの才能を持つ部下を鍛えていたというのなら、あの特訓好きが喜ばない訳が無い。叩けば叩くほど伸びる、そんな言葉を目の前で実演されたのだろう。
 だが、測定器の表示から目を離して演習場の様子に目を向けたクローカーは、そんなに凄い2人だとはとても思えない戦いぶりに笑みをこぼしている。2人が使っているM1はボロボロになり、判定中破という有様になっていたのだから。

「キラさん、足引っ掛けるのは反則でしょう!?」
「シンだって弾切れのライフルで殴ってるじゃないか!」
「先にシールドを棍棒代わりにしたのはそっちでしょうが!」

 射撃戦ではなく、ライフルや盾をつかったどつきあいを始めているキラとシン。それはとてもエース同士の戦いとは思えぬその戦いぶりは、見ている者たちを違う意味で唖然とさせていた。まあ、お互いに凄まじいまでの回避能力を持つがゆえに射撃武器を使い果たしてしまい、格闘戦をするしかなくなったのであるが。実戦でも彼らは武器が無くなれば平気でライフルを鈍器代わりにするので、彼らにしてはこれは当たり前の行動だったりする。



 そしてその日の夜、フレイは思い切ってソアラに尋ねたのである。ユウナとはどういう関係なのかと。それを聞かれたソアラは彼女にしては珍しく動揺し、それがフレイにただならぬ関係を連想させた。ちなみにシンとマユはこっそり室内を伺っている。
 ソアラは動揺したものの、すぐにそれを隠して何のことかとフレイに聞いてきたが、フレイがホテルで2人が会っているのを見たと答えると、はあっと溜め息を漏らしてフレイに詫びた。

「申し訳ありませんお嬢様、実はお嬢様が軍務に付いておられた間に、ユウナ様が私に声をかけてくるようになられて」
「そうだったの。でも、ユウナさんはカガリさんの……」
「はい、補佐官です。補佐官が勝手にそんな人事を進めて良いのかと言って断っているのですが、ユウナ様も中々諦めてくれないものでして」
「……あれ?」

 何だか微妙に自分の考えていた話と違うなあ、と思ったフレイはどういう事なのかと詳しく話を聞いた。ソアラの答えによるとユウナは現在のオーブ政権の深刻な人材不足を解消するべく、カガリの経済部門の顧問として自分を迎えたいと申し込んできたのだという。だが自分にはこの別荘の管理の仕事があり、そんな事をしている暇は無いと断っていたのだ。それに対してユウナは必要なら此方で管理人を用意するから、少しで良いからカガリをサポートして欲しいと食い下がっていたのだという。
 ユウナはソアラが短期間でオーブ経済に食い込んできたその手腕を見込み、ぜひオーブの経済立て直しに協力して欲しいと三顧の礼を持って迎えようとしたのだ。特にこれから本格化するだろう外資の浸透による経済支配に対する防衛手段が必要なのだ。だがこの事をいきなりカガリに話しても受け入れる訳は無いので、話を纏めてから事後承諾という形にしようと企んでいたらしい。
 それを聞いたフレイはそういう事だったのかと納得し、ホッとしてぐったりと椅子の背凭れに身体を預けてしまう。それを見てソアラは一体どうしたのかと主に問い、自分がユウナに結婚を申し込まれていると勘違いしていたと言われて小さな声で笑い出してしまった。

「お嬢様、私はまだ20ちょっと前ですよ。幾らなんでもこの年で結婚なんて考えていませんよ」
「そうなんだけどさあ、ユウナさんのあの話を聞いちゃったら勘違いするでしょう」
「それにユウナ様の好みはロングヘアーの清楚な女性だそうで、私のようなショートヘアは外れると思います」
「でもカガリもショートだし、ガサツよ?」
「その辺りはどうなのでしょうね。カガリ様も最近は髪を伸ばされているようですし」
「カガリが好きなのはキースさんの筈だけど?」

 カガリがユウナを好いているなどとは思えないフレイは首を傾げているが、ソアラはそれを見たまたくすくすと笑い出し右手の人差し指を立てて軽く揺らし、フレイにベタなことを語った。

「お嬢様、女心は複雑なものですよ」
「何よお、ソアラは誰かを好きになった事があるの?」

 これでも私は好きな人が居るんだからね、という感じで言い返したフレイであったが、言い返されたソアラが動揺するどころか平気な顔で有りますよと返して来て、フレイを吃驚仰天させてしまった。

「えええ〜っ! 何処でよ、ソアラって男なんか興味ないって感じだったのに!?」
「ふふふ、それはお嬢様にも内緒です」

 驚愕から立ち直れ無い様子のフレイの質問をさらりとかわし、それではと言い残して部屋から出て行ってしまう。それを唖然とした顔で見送ったフレイは頭を左右に振って椅子に座り直し、気を落ち着ける為に紅茶を啜る。だが動揺はさっぱり収まらず、フレイの混乱は翌日まで続いたのである。



 そしてこの騒動はソアラから事情を聞かされたユウナがカガリに話をする事で決着を見た。単に経済面のカガリの顧問として招こうとしていただけで、色恋沙汰ではないと告げられたカガリは顔を真っ赤にしてユウナを怒鳴りつけている。

「何で私がお前の色恋沙汰をいちいち気にしなくちゃいけないんだよ!」
「あれ、違ったのかい。昨日から妙に不機嫌そうで、ソアラさんからカガリが勘違いしているかもって聞かされたんだけど?」
「そ、そんな訳あるかあ。はお前なんか、何とも思っちゃいないんだからなっ」

 そう怒鳴って机の上にある物を手当たり次第に投げてきたので、ユウナは慌てて部屋の外に逃げ出してしまった。その後も暫くカガリの感情の爆発は収まらなかったらしく、ユウナは書類は全部補佐官室に回すようにと各部署に通達している。
 ちなみにユウナはこの日の午後に正式にアルスター邸を訪れてフレイに暫くソアラを化して貰えないかと申し込み、フレイはソアラの好きにすれば良いと言って彼女の意思に任せることにしている。ただこの時、フレイはユウナにカガリの事をどう思っているのかと尋ねていた。それに対してユウナは肩を竦め、今はそんな気は無いと答えている。

「僕は16歳の女の子を相手に恋愛ゴッコをするつもりは無いよ。それに今はそんなことに現を抜かしていられる状況でも無いしね。まだ暫くは政務と軍務が全てさ」
「じゃあ、カガリとは親が決めただけの関係で、今は唯の上司と部下だと?」
「まあそうだね。カガリも君たちと一緒に国に帰ってからは別人のように頑張るようになってくれたし、支える側としても遣り甲斐があるしね」

 カガリに対してまんざらでも無い評価をしているらしいユウナ。だがその返答にフレイがなるほどと頷いてアールグレイの入った紅茶のカップを手にした時、彼のポツリと漏らした言葉が耳に届いた。

「だがまあ、あと数年したら分からないかな」
「……え?」
「ああいや、なんでもない。気にしないでくれ」

 独り言を聞かれたユウナは少し慌ててそれを誤魔化し、自分の紅茶にブランデーを少し多めに入れて口に運んだ。それを見たフレイは何だかなあと思いながらも、まあ良いかと割り切って紅茶の残りを口に運んだ。他人の色恋沙汰は楽しいが、余り首を突っ込むのは野暮というのもだと分かるくらいにはフレイにも分別が備わっていたのだ。





 クリントに対する地球軍の攻撃は小規模ではあったものの毎日、あるいは1日おきに繰り返されていた。敵はローテーションを組んで毎日違う部隊が押し寄せているようで、常に10隻未満の艦隊がやってきてはビームとミサイルを浴びせかけ、MSやMAを出してザフトに迎撃を強要する。
 クリントに展開するザフトはこの攻撃に対してよく抵抗をしていたが、日に日に戦力をすり減らされていくのは避けられなかった。本国から時折物資を積んだコンテナがクリントに向けて射出されてくるものの、軌道計算を間違えて届かない物、途中で地球軍やジャンク屋、海賊などに発見されて奪われてしまう物も多くアテにはならないでいる。
 今のところクリントはどうにか持ち堪えているが、これが何時までも持たないことは明白であった。特にMSの消耗は激しく、補充部品が不足して稼動機の維持が困難になってきている。整備部隊では修理可能な改修機をあえて廃棄扱いにして部品取りにし、健在機を維持しているような窮状だ。
 更に将兵の消耗が洒落にならないレベルに達している。毎日のように繰り返される攻撃はクリントの外壁を削り、内部機構にダメージを与えていく。その被害で戦死した、あるいは負傷した将兵の補充は無く、欠員が出ている部署が続出している。その為に一部のブロックを放棄し、閉鎖する事で人員を別部署に回しているくらいだ。
 その中でも最も人手が足りていないのがパイロットで、MSの数に対して交代要員の数が不足し、1人で毎日出撃するという過酷な状態に置かれているパイロットが出てきているのだ。


 今日も攻撃が繰り返されていたが、クリント基地は反撃を抑えて弾薬を節約している。MSの発着ゲート周辺を守る為の弾薬が欠乏すると、MSが補給に戻れなくなるからだ。この司令官の判断は間違っているとはいえなかったが、それはMS隊に更なる過酷な戦いを強いる事になる。
 クリントの正面では20機ほどのジンやゲイツが5割り増しほどのストライクダガーを相手に必至に抵抗を見せている。ただザフトには要塞からの支援は余り無かったが、地球軍は後方の艦隊が濃密な砲撃支援を提供してくれていた。
 今も1機のゲイツRがクリントの傍で3機のストライクダガーに包囲され追い詰められている。機体各所には弾痕やビームが掠めた焦げ跡が見られ、目に見えて動きが悪くなっている。その苦戦を見た仲間のゲイツRが助けに入ってきた。

「アヤセ、無事か!?」
「オリバー!?」

 オリバーのゲイツRが2門のレールガンを交互撃ちして1機のストライクダガーを牽制して引き剥がしにかかったが、その時アヤセのゲイツRが胸部左側に被弾し、左腕ごともぎ取られてしまった。その衝撃でアヤセのゲイツRはクリントの岩壁に叩きつけられ、動かなくなる。
 それを見たオリバーがアヤセの名を叫びながら助けに入ろうとしたが、それを邪魔するように2機のストライクダガーが進路を塞いでくる。それを見たオリバーは激昂して重突撃機銃をばら撒き、ストライクダガー2機に何発かの直撃の火花が散る。それは撃墜するには至らなかったが、2機を怯ませて退かす程度の効果はあった。
 2機が怯んだ隙を突いてその場を駆け抜けようとし、行き掛けの駄賃とばかりに残弾の少なくなった重突撃機銃の銃口を機体をぶつけるようにしてストライクダガーの頭部に突き刺し、トリガーを引いて残弾を全部叩き込んでやった。これでストライクダガーは胸部の上半分をズタズタにされて破壊され、オリバーはアヤセの援護に入ろうと先を急ごうとしたが、その視線の先ではアヤセのゲイツRに止めを刺そうとライフルを向けるストライクダガーの姿があった。

「アヤセェ!」

 慌ててレールガンを向けようとしたが、照準が間に合わない。アヤセのゲイツRが爆発する姿が脳裏に過ぎったオリバーは青褪めたが、その時、通信機からアヤセの絶叫が聞こえてきた。

「動けったら、動けぇ――っ!!」

 その時、それまで機能停止して擱座したとしか思えなかったゲイツRが最後の力を振り絞るように動き出し、ビームライフルをストライクダガーめがけて放った。そのビームは狙い過たずストライクダガーを射抜き、これを破壊する事に成功する。そしてそれを最後に、アヤセのゲイツRは完全に停止してしまった。
 仲間を相次いで失った最後のストライクダガーは不利を悟って逃げていく。その頃には戦闘全体も終息に向かい、敵機は自分の艦隊へと引き上げていっていた。ザフトは今日もどうにかクリントを守りきったのだ。
 しかし、この戦いでアヤセのゲイツを含めてまた何機かのMSが失われ、幾人かのパイロットが帰ってこなかった。この日、稼動MSは当初の4割を下回り、パイロットの数は半数近くまで減少してしまった。



 このクリントの奮戦は本国の軍人たちを動かした。隊長や提督の中からクリントへの補給作戦の意見具申が多数提出され、上層部も無視出来なくなってきたのだ。クリント放棄を決定した筈の作戦本部も内部からの激しい突き上げに方針の変更を余儀なくされ、エザリアにクリント救援の作戦案を上申する事になる。これを受けたエザリアは現在構築中のボアズの絶対防衛線の戦力を動かさない事、を条件にこれを認めた。
 許可を受けた作戦本部は救援を具申してきたウィリアムスにこの条件を伝え、作戦の立案と実行を命じた。これを受けたウィリアムスは早速ボアズ防衛線とは関わりの無い部署、直接指揮下の機動部隊や本国防衛隊、ヤキン・ドゥーエ駐屯軍、そしてそれ以外の教練部隊などから戦力を抽出して編成する事になった。
 ウィリアムスはまず自分が統括する機動戦力、ナスカ級とローラシア級で編成された高速打撃部隊から兵力を抽出し、幾つかの部隊を遊撃任務から外して陽動部隊を編成する。更に本国防衛隊とヤキン・ドゥーエ駐屯軍に配備されている鹵獲艦などの2線級艦艇を集めて護衛部隊を編成し、輸送艦を守らせる。パイロットの不足は教練部隊で再訓練中の地球からの帰還組から使える者を集めて無理やり補うしかない。

 最大の問題は指揮官だった。ウィリアムス本人は作戦全体の総指揮があるので今回は陣頭指揮が出来ないのだ。何しろ作戦本部がウィリアムスに丸投げという無責任な事をしてくれたせいでとにかく人がいない。
 だが、幸いにして人材は確保できた。作戦本部の無責任はウィリアムスにかなりの裁量権が与えられた事を意味しており、ウィリアムスはボアズ防衛線に配置されていない人材を掻き集められたのだ。まあそれらの多くは閑職に回されていた事を意味するのだが、その閑職に居る人材は、パトリックが暗殺されるまではユウキらの指導で第一線でザフトを支えた指揮官たちだったのである。
 更にウィリアムスから協力を求められたユウキも全面的に手を貸してくれて、自分の空き時間の全てを使って作戦立案に手を貸してくれた。更にユウキの呼びかけで元部下たちが集まり、かつてパトリックの補佐官として活躍した元作戦部長とそのスタッフの協力を受けた事で計画は細部まで驚くべき速さで纏め上げられ、エザリアや作戦本部が介入する暇を与えなかった。
皮肉な事に、この補給作戦だけはザフト最盛期の質が再現されたのである。ユウキの立案した作戦で動く実戦部隊の指揮官にはエザリアの許可を受けて提督職に復帰してきたマーカストが加わり、陽動部隊の指揮をとることになる。指揮下の隊長にも昔馴染みが集まり、陽動部隊にはかなり豪華な人材がそろう事になった。
だが問題は輸送部隊であった。此方も指揮官にはそれなりの人材を配したが、護衛の数と質が少々問題になった。ただでさえベテランパイロットは少ないのに、その多くは前線に回されていて後方には居ないのだ。そんな訳で何処からかパイロットを集めてこなくてはいけないのだが、ユウキはここで後方で飼い殺しにされている教官などの一部を呼ぶ事にした。せめて指揮官クラスにはそれなりの人材を配置したかったのだ。


 だが、これはユウキが集めるまでも無かった。ユウキやウィリアムス、マーカストが集まって何かの作戦を始めたらしいという噂を聞きつけた連中が自分から一枚噛ませてくれと集まってきたからだ。ある者はエザリア人事によって左遷されたエースパイロットだったり、あるいは後方に下がっていた元パイロットなどであり、その腕を生かす場も与えられずに無聊を慰めてきた彼らにとって、久々の実戦の場が貰えると喜んで集まってきたのだ。
 イザークも先の戦いで艦隊を手酷く痛めつけられて動けないという理由でインパルス持参での参加を申し込み、ユウキ隊長を苦笑させていた。彼がエザリアの息子でありながらエザリア派とは呼べない位置に居る事は、軍上層部の中では奇妙な常識となっているくらいだ。
 そしてイザークはそこで懐かしい顔と再開した。

「デュラント、それにディアッカも。お前らも来てたのか」
「よおイザーク、久しぶりだな」
「何だ、お前も来たのか。物好きだな」

 ユウキの参集に応じて集まってきたパイロットたちの中に顔馴染みを見つけたイザークが声をかけて歩み寄る。それにディアッカとデュラントが応じ、久しぶりの再会を祝した。それを見たユウキも苦笑してしまい、そんなに死に急ぎたいのかと笑って問い掛けている。

「全くどいつもこいつも、死ぬ可能性の方が高いってのを分かってるのか?」
「いやいや、今の上層部の作戦で死ぬよりは、ユウキ隊長の作戦で死ぬ方がまだ納得できそうだったんで」
「そうだな、まだマシだよな」
「おいおいお前ら、私の前で上層部批判とは感心せんなあ」

 目の前で現在の上層部を批判しているディアッカとデュラントにユウキは笑顔を少し引き攣らせたが、別にそれ以上は何も言わなかった。そして3人の参加を受け付け、少し残念そうにぼやいた。

「ふむ、どうやらアスランは未参加か。あいつも来てくれれば心強かったんだが」
「あいつは来て無いんですか?」
「ああ、まあ声をかけた訳ではないがな。来てくれる、と思っていたんだが」

 ユウキは残念そうに呟いたが、それを聞いたイザークが俺が呼んできますと言って部屋から出て行こうとした。それを見たユウキが慌てて静止し、あいつも暇じゃないんだろうと言ったのだが、それに対してはディアッカがそんな事は無いと答えていた。

「いや、あいつ結構暇だって言ってましたよ。やる事なんて無くて校長室でお茶飲んでるか庭木の世話をするくらいだって」
「……じゃあ何で来ないんだ?」
「大方今回の募集を知らないんでしょうよ。あいつ口コミの情報とかにはトンと疎いですから」

 アスランだからなあ、と笑って言うディアッカ。それを聞いたイザークは今度こそ飛び出していき、ユウキとデュラントがまさかなあ、という顔を向け合っている。幾らアスランが抜けているとはいえ、そこまでボケては無いだろうと思うのだ。



 こうしてイザークはアスランを引き摺りだすためにエルフィを連れてアカデミーにやってきたのだが、彼はここで早くも不機嫌になっていた。一緒に連れてきたもう1人の同行者が行方不明になっていたのだ。

「全く、だから俺は連れてくるなと言ったんだ!」
「でも、艦にはフィリスさんも居ませんし、他にステラちゃんを任せれる人がいないですから」
「だからって何でこっちに連れて来るんだ。あんな奴はその辺の保育所にでも入れとけ!」
「いや、ザフトのパイロットをそんな所に送るのは体面の問題とか、いろいろと……」

 艦に残していては他のクルーの迷惑になる、と考えてエルフィがステラを同行させたのだが、イザークが難色を示したとおり早くもステラは騒動を起こしてしまった。この広いアカデミーの一体何処に行ったのかと暫く探し回った2人であったが、結局見つからずアスランに頼んで全校放送で迷子捜索をする事にした。校内には大勢の訓練生がいるから特徴を伝えれば捕獲できるだろう。
 校長室にやってきたイザークはノックをすると、返事を待たずに扉を開けて中に入っていった。

「アスラン、突然で悪いんだが、ちょっと全校放送を……」

 中に入るなり用件を切り出そうとしたイザークは、校長室の中を見て絶句して固まってしまった。それを見たエルフィも中を覗き込み、同じくあんぐりと口を開けて固まってしまう。中では全く予想外の光景が広がっていたのだ。

「そうか、昔の事は何も覚えて無いのか」
「うん」
「それで、今日は何でここに?」
「ガラの悪い隊長って人とエルフィお姉ちゃんと一緒に来たの。でも気がついたら1人になってて」
「エルフィは分かるが、ガラの悪い隊長?」

 はて誰の事かと考えたアスランは、すぐに怒鳴ってるイザークの姿が思い浮かび、あいつだろうなあと納得して湯飲みのお茶を啜った。ステラはハムハムとお菓子を頬張り、ほのぼのとした空気が流れていた時、いきなりノックの音が響いてイザークたちが入ってきて、そのまま入り口で固まってしまった。振り返ったアスランが緩みきった顔で久しぶり〜と声をかけたことで硬直が解けたのか、いきなりイザークがステラに詰め寄っていった。イザークは相当に怒っているようでステラは怯えて涙目になっている。

「お前は、何でこんな所にいるんだ!?」
「あ、あ、あったかそうだったから……」
「あったかそうだったから、って何だそれはあ、だからあれほど離れるなと言っただろうが。俺がどれだけ心配したと!」
「ふえええええ、ごめんなさいいぃ!」
「御免で済んだらザフトはいらんわ、罰として今日はおやつ抜きだこのボケェ!」

 校長室で雷を落としまくるイザーク。その剣幕に怯えていたステラはおやつ抜きといわれてベソをかいているが、イザークは容赦するつもりは無いらしく撤回はしなかった。
 そしてイザークはアスランを振り返ると、向かい合うようにコタツに足を突っ込んで無造作に煎餅を掴んでバリバリと齧った後、アスランに用件を切り出した。ちなみにエルフィはステラと向かい合うようにコタツに入っている。

「アスラン、こいつが迷惑をかけたようだな、すまん」
「いや、構わないさ。いきなりコタツの中に居たときは驚いたがな」
「コタツの中?」

 何だそりゃとステラを見るイザーク。ステラはイザークの見ている前でコタツに身体を突っ込み、頭だけ出して丸くなっていた。

「ステラはコタツで丸くなる〜」
「丸くなる〜じゃない、身体を出せ馬鹿もん!」

 イザークがステラの両肩を掴んでコタツから引きずり出し、きちんと座らせてまたガミガミと説教を垂れてステラを大人しくさせ、少しぐったりした顔でアスランに話の続きを話し出した。

「アスラン、お前は知っているか。今ウィリアムス提督がクリント救援の部隊編成をしてるのを?」
「いや、初耳だが」
「そうか、やっぱりな。実は部隊編成をしたくても上の命令で精鋭部隊は引き抜けなくてな、手空きの連中に志願を募ってるんだ。それでお前を誘おうかと思って今日は来たんだが」
「志願、俺を誘う?」
「ああ、ディアッカやデュラントも来ている。ユウキ隊長やマーカスト提督もな。数は大した事無いが、質ならザフト最高の部隊が編成されているんだ。だからお前も来い、アスラン」
「だが、俺が動くと議長が難癖を付けて来るだろ。不味くないか?」
「それは心配するな、母上の命令は絶対防衛線の部隊以外から兵力を揃えろ、だからな。お前は後方の人間だ」
「それで納得すれば良いんだが」

 話を聞き終えたアスランはお茶を啜って湯飲みを戻し、どういう作戦なのかを聞いた。イザークはアスランの問いに対してユウキから聞かされていた概要を説明し、エルフィに持たせていた資料をアスランに渡させた。
 それを一読したアスランはなるほどと頷き、この作戦に最適の兵器が有ると口にした。

「ユウキ隊長の牽制部隊だが、これに最適の兵器が今第3開発局で先行生産されている。丁度良いから実戦テストに使ってもらうか」
「丁度良い兵器?」
「ああ、俺が開発局と一緒に開発していた簡易MSというか、MAなんだがな。こういう仕事をさせるならゲイツより役に立つと思うぞ」
「ほおう、そいつは助かるな。ではお前がそいつのテスト部隊を纏めろよ」

 イザークはアスランが参加するという前提で話を進めていたのだが、それを聞かされたアスランは気が進まない様子で、ずずずとお茶を啜ってポツリと本音を口にした。

「俺はもう前線から外れた身だし、議長と揉めるのも嫌だし、ここ居心地良いから出たく無いし、イザークが指揮を取ってくれないか?」
「3番目のが本音かああ!?」

 戯けたことを言ったアスランに激昂したイザークが両手でコタツを跳ね上げ、ちゃぶ台返しをアスランに叩き込んだ。お茶やお菓子ごとコタツに押し潰されたアスランが悲鳴を上げ、エルフィが吃驚している。ステラはめちゃくちゃになったお菓子を悲しそうに見ていた。
 イザークはコタツの下敷きになったアスランを引っ張り出すと胸倉掴んで起こし、ガミガミと文句を立て並べだしたのだが、何故かアスランはぐったりしたまま反応しない。それを不思議に思ったエルフィがアスランをじっと見ると、彼の頭に瘤があるのに気付いた。そして床に転がっている湯飲み。

「あの、ジュール隊長、ザラ隊長気絶してません?」
「大体お前は弛みすぎっ……なんだとエルフィ?」
「ですから、気絶してるんじゃないですか?」

 言われて見てみれば、確かにアスランは目を回して気絶しているではないか。それを知ったイザークは今度こそ額に血管浮かべて鬼の形相になり、アスランの襟首掴んでブンブンと振り出した。

「起きろこの馬鹿野郎、貴様何時からそんな軟弱な身体になったあ!?」
「駄目ですジュール隊長、それじゃ死んじゃいますよ!」
「アスランがこれくらいで死ぬようなタマかあ!?」
「そんな事言って死んだらどうするんですか。ほら、苦しそうに唸ってますよ!」
「なに?」

 確かにアスランは何だか苦しそうに唸っている。うわ言でもう勘弁してくれとか言っているし、何だかヤバイかなと察したイザークも仕方なくアスランを降ろした。そして近くの水道でバケツに水を汲んで持ってきて、廊下に出したアスランにそれっをぶっ掛けて目を覚まさせた。冷水をもろに浴びたアスランは吃驚して飛び起き、そして周囲をきょろきょろとっまわしている。

「あ、あれ、ここはアカデミーか?」
「そうだ、夢でも見てたかアスラン?」
「イザーク? ああ、そうか夢だったのか。良かった」

 アスランは心底ホッとした顔で安堵の息を漏らしている。それを見たイザークが一体何を見てたんだと聞くと、アスランは憂鬱そうな顔で夢の内容を語ってくれた。

「いや、それが何でか良く分からないが俺がミネルバに乗り込むことになって、ルナやレイや、あとシンって奴を部下にして地球軍と戦う夢だったんだ。しかし部下は言う事聞かないし、足付きやラクスは敵だし、なんか無茶な命令ばっかり来るしで気苦労ばかり……」
「何だ、特務隊時代のお前そのものだな。昔の事が夢に出たんだろ」
「……なるほど、そうかもな。でもなんで遺伝子研究所のデュランダル所長が評議会の議長だったんだか?」
「さあな、お前の夢なんか俺が知るかよ。それよりアスラン、こいつにサイン頼む」
「あ? ああ……」

 アスランは言われるままにイザークが差し出した書類の示された場所にボケた頭でサインをし、それをイザークが畳んでポケットにしまうのを見てそれは何なのかと聞いた。するとイザークはにやりと悪人チックな笑みを浮かべ、今回の作戦への参加申込書だと告げた。それを聞いたアスランは顔色を蒼くし、嵌められた事を悟った。

「イザーク、お前俺を陥れたのか?」
「ふん、そんなに弛んでるからあっさり騙されるんだ。戦場で叩き直されて来い、お前は参加決定だからな」

 勝ち誇った顔でアスランに参加を告げてイザークは校長室へと戻っていった。それを追ってアスランもトボトボと諦め顔で戻り、復旧しているコタツに足を突っ込んで暖を取りながら、ふと気になった事をエルフィに問いかけた。

「ところで、何でエルフィがイザークと一緒に。フィリスはどうしたんだ?」
「それが、フィリスさんはアンヌマリー隊長に仕事を手伝うよう頼まれているそうで、ジュール隊の装備が再建されるまで一時的にアンヌマリー隊長の手伝いに出てるんです。それで私が」
「なるほどな。でもそれじゃあ、ジュール隊の方は良いのか。再建中なら事務仕事が凄いだろ?」
「……そうなんですが、その、ジュール隊長がシホにやっておけって」
「……終わるのか、シホで? あいつ仕事は丁寧だが物凄く遅いだろ」
「そうなんだが、まあ、帰ったら遭難してるかもなあ」

 その途端、部屋の中に寒々とした空気が漂った。アスランとエルフィだけではなくステラまでが据わった目でイザークを見ており、イザークは何か文句でもあるのかと逆切れを起こしてしまっている。不発に終わったギャグは寒いものだ。
 ただ、イザークのギャグは当たっていたりする。この頃書類の山の中で遭難していたシホはお茶を手に労おうとやってきたジャックによって発見され、埋まっていた所を救出されていたのだから。




 ザフトが新たな作戦を用意していた頃、地球でも大きな動きがあった。ようやく大西洋連邦がプラント本土進攻に条件付で同意し、地球連合軍総司令部は艦隊をプラントに進めることが可能になったのだ。
 だがその前にやらなくてはいけない事が有る。後顧の憂いを断つ為、クリントを攻略しておく必要があるのだ。この厄介な敵の処理を、司令部は自分たちが持つ最強の手駒をぶつけることで解決する事にした。そう、第8任務部隊である。





後書き

ジム改 遂に動き出す地球軍、ザフトはこの未曾有の大軍を食い止め、プラントの平和を守れるのか!?
カガリ クリントは大変なのに、どいつもこいつも。
ジム改 アスランたちはもう十分に戦った気もするけどな。
カガリ さて、それでは私もそろそろ宇宙に上がる準備をするか。
ジム改 まあ、そろそろ行かないと終盤の大舞台に間に合わないしな。
カガリ それで、我が軍はどれだけの陣容を誇っているんだ?
ジム改 イズモ級3隻にフブキ級が8隻くらい。
カガリ …………
ジム改 あ、固まってる固まってる。
カガリ ええと、6隻の20隻にならない?
ジム改 オーブの何処にそれだけの建艦能力があるのか?
カガリ そうだ、ミナならきっと貯め込んでるに違いない!
ジム改 いや、流石に戦艦は無理だろう。
カガリ じゃあアカツキ作らせろお!
ジム改 金が無いというに。それでは次回、宇宙に戻る事になったキラたち、カガリもオーブ軍を指揮するための準備に入る。そしてラクスもアズラエルとの約束を胸に新たな旅立ちへ。だが宇宙ではザフトのクリント補給作戦が発動し、地球軍が久しぶりのザフト艦隊の動きに対応して動き出していた。次回「決意を胸に」でお会いしましょう。

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