第167章  決意を胸に


 

 オーブ軍の兵器廠にやってきていたキラは、そこでフレイの義母、クローカーに幾つかの事を相談していた。キラはデルタフリーダムの更なる改良を頼み込んでいたのだ。だがそれを受けたクローカーは困った顔をしていた。

「改良と言われても、デルタフリーダムはアレで完成された機体よ。現状ではあれ以上の改善箇所は余り無いけど?」
「粒子ビーム砲を連射可能にして欲しいんです。あの威力は凄いんですが、単発じゃ強い敵は相手に出来ないんです」
「キラ君、そんな事したら砲身が溶け落ちるわよ。そんなに連射したければ威力を落したビームを発射するセーフモードを使うのね。あっちなら連射可能よ」
「セーフモードって、何ですそれ?」

 その瞬間、クローカーがじとっとした目を向けてきて、キラはビクッと身を引いてしまった。

「キラ君、デルタフリーダムのマニュアル、ちゃんと全部読んだのかしら?」
「え、ああ、マニュアルなら必要な所を流し読みしておきましたよ」
「……キラ君、私はちゃんと全部読んだのかしら、と聞いたんだけど。これだから機械慣れした子は」

 慣れた人は適当にマニュアルを読んで大体理解してしまうので、きちんと熟読する人はあんまり居ない。キラもその類なのだろう。だからデルタフリーダムの武装説明を一部すっ飛ばしていたようだ。まあMS用のビーム砲で出力調整で複数の射撃モードを設定するなどという事は珍しいので、説明書を全て読まなければ知らないという事もありえるのだが。
 あははは、と焦った顔で誤魔化し笑いをするキラに、自分も説明が足りなかったとクローカーも呆れ混じりに呟き、この件をこれ以上追求する事はしなかった。

「フリーダムの粒子砲は極東連合のヤマト級戦艦の主砲を小型化した物なの。まあ威力は艦砲とは比較できないけど、それでもMS用としては破格ね。そして、オリジナルと同じようにデルタフリーダムの粒子砲も出力調整と発射する重金属粒子の量を絞って連射を可能としているのよ。なまじ大出力に耐えられる砲身だから、連射しても冷却性能は十分、欠点は大型火器だから取り回しが悪い事よ」
「取り回しの悪さは散々に思い知らされてますが、セーフモードの威力はどれくらいですか?」
「対MSなら過剰なくらいよ、どんなMSの装甲でも撃ち抜けると保障してあげる」

 クローカーは威力に関しては太鼓判を押してくれた。それを聞いてキラは安心したが、結局取り回しの悪さは改善できないと分かってガックリとしてしまった。
 そして今度はクローカーが質問をしてきた。フレイはどうしたのかと聞かれたキラは、フレイならガーディアン・エンジェル小隊の仲間のところに行っていると答えた。そう、フレイは今でこそアークエンジェルにいるが、まだにカガリの直属部隊であるガーディアンエンジェル小隊の隊長を外されている訳ではない。彼女は昔の仲間に会いに行っているのだ。
 最も、フレイが知らない間にガーディアンエンジェル小隊は中隊規模にまで拡大していたりするのだが。




 そしてアルスター邸ではラクスが出立の準備をしていた。アズラエルからプラントに行く算段が整ったと伝えられ、すぐにでも立つ事にしたのだ。アズラエルがあんな条件を出してきた以上、無駄に出来る時間など1秒も無い。
 とはいえ、旅行鞄にそれらを詰めていたのはソアラである。残念ながらラクスには荷物を整理して鞄に詰め込む、などという事は出来そうも無かったのでソアラが変わりにやっていたのだ。

「荷物はこれで全てです、替えの下着や変装用の服なども入っていますので、無くさないで下さい」
「はい、何から何まですいません」
「それと、これはお嬢様と私からの餞別です、あって困る物ではないでしょう」

 そう言ってソアラは使い切り型のクレジットカードを差し出した。これは入力されている額までは何処でも現金を引き出せる物で、ジャンク屋などが好んで使うアイテムだ。受け取ったラクスはカードの中身を表示させ、その丸の数に驚いてしまった。

「こんなに沢山!?」
「お嬢様からは気にせずに使ってくれ、との事です。このご時世、多少の現金は行動の自由を得る為にも必要でしょうし」
「ありがとう、ございます。大事に使います」

 ラクスはソアラに頭を下げたが、ソアラはそれに小さく頭を下げて応じ、そして背を向けて部屋から出て行こうとしたが、扉を開けたところでソアラは振り向かずにラクスに話しかけた。

「お嬢様の客人ですからお世話していましたが、私も一般的な地球人としてプラントのコーディネイターが嫌いです」
「ソアラさん、貴女もそんな事を仰るのですか?」
「当たり前です、貴女たちは何でもユニウス7ユニウス7と騒ぎますが、エイプリルフール・クライシスでどれだけの地球人が死んだかご存知ですか。あの記憶を持つ者に、プラントに好意を持てというのは無理な話ですよ」

 そう言い残してソアラは部屋から出て行った。そして残されたラクスはソアラが言い残したエイプリルフール・クライシスという言葉に辛そうに視線を落して立ち尽くしている。それはシーゲルが核の変わりに地球にNJを打ち込んだ事で起きた未曾有の災害の事だ。エネルギーを失った地球は全てのインフラを破壊され、それに伴う混乱であっという間に億単位の犠牲者が出た。
 あの災害が地球にブルーコスモス思想が蔓延する原因となった。地球人はプラントとコーディネイターを憎悪し、この戦争がここまで憎悪の応酬になったのもそんな理由からだ。ラクスは戦争の根源に両者の憎悪があることを理解はしていたが、それがどれほど深いものであるのかまでは察していなかったのかもしれない。



 部屋から出たソアラは、額に浮いている汗を袖でそっと拭っていた。疲れではない、何か分からない、まるで心に踏み込んでくるような感覚に彼女は耐えていたのだ。

「何なの、あの娘は。私は何時からあの娘の事を……?」

 ソアラはラクスにああは言ったものの、ラクスを嫌いではなかった。いや、むしろ好きになりそうだった。だがそんなはずは無いと必至にそれを振り払っていたのだ。すぐに部屋から出てきたのもこの部屋にいたらラクスに捕まってしまいそうだったのが怖かったからである。





 一寸した騒動があったものの、オーブは地球連合軍に参加するための準備を進めていた。地球連合の意見がプラントへの侵攻という形で統一された事により、全ての国に攻撃に協力する義務が発生した為である。オーブはまだアメノミハシラにイズモ級戦艦3隻、フブキ級駆逐艦8隻を残している為、地球連合艦隊に加わる資格を持っている。
 今回の作戦においてはカガリは周辺の反対を押し切って自ら艦隊指揮を取る事を表明しており、クサナギを旗艦として使う為に簡易な改装を施させている。
 カガリがオーブを離れることに関しては閣僚のみならずキラやフレイといった友人たちまでが強硬に反対した。カガリの身に万が一の事があれば、今のオーブにとっては致命傷になりかねないのだから。だが一度決めたら決して曲がらない頑固さはまさに父譲りとでも言うべきか、カガリの頑固さもまた筋金入りであった。決断するまでは散々に迷うくせに、一度決断したら中々意見を曲げはしない。補佐官のユウナの言う事は比較的聞いてくれるのだが、何故か今回はユウナは諦め顔で反対しようとはせず、既に不在自の行政代行の手続きを始めていたりする。
 ちなみにこの時のユウナは幾度と無く人材不足を嘆き、筋も道義も投げ捨ててホムラ様に出て来て貰おうかな〜、などと呟いていたりする。ウトナも古狸で有能な政治家だが、現在のオーブで最高の政治家はやはりホムラであるから。彼なら自分たちが不在の間にもオーブの再建を確実に進めてくれる。ただ彼はプラントのオーブ支配に手を貸した売国奴というレッテルを背負って隠居した身であり、担ぎ出すには相応の言い訳を考える必要があったのだが。


 そして同時にラクスもオーブを離れる事になった。やる事が決まった以上、何時までもオーブに留まっている訳にはいかない。一刻も早くオーブに戻り、パトリック・ザラを救出しなくてはいけないのだ。だがどうやってプラントに戻るのか、それをラクスは全く知らなかったのだが、ラクスが招かれていた首長府の一室で彼女は驚くべき人物と顔を合わさせられることになる。その部屋には他にもラクスとの別れを惜しんでカガリやキラたちも集まっていたのだが、良いのだろうか。
 アズラエルがその部屋に連れてきたのは、かつての在オーブ武官であったジェラルド・サカイ武官だったのである。かつてザラ派の人間であり、その職務への忠実さと誠実な人柄をジェセックに信頼されていた男である。ゆえにパトリックの進めていた和平交渉の窓口として抜擢され、オーブ戦後はその知っている秘密の重要さから自ら姿を消し、現在はジェセックの作り上げたスカンジナビア・ルートの地球側の窓口の1つとして活動してきた男だ。

「彼はサカイ武官、パトリック・ザラの和平交渉の実務を担っていた人間の1人です」
「その方がどうしてここに?」
「貴女に同行して、プラントにいるパトリック・ザラを救出して和平交渉を成立させようとしている勢力と接触させてもらう為ですよ。パトリック・ザラの和平交渉の動きは未だに死んではいません、志を継いだ人々がまだ残っているのです」
「まさか、私たち以外にまだそんな方々が残っていると?」
「ええ、ジェセック評議会議員を中心とする、旧ザラ派の一部勢力が。彼らはエザリアやクルーゼの目すら欺き、大西洋連邦との交渉を継続していたのです。そして大西洋連邦とジェセック議員との間で合意点が見出されていました。昨日私が出した条件は彼らの努力があったからこそ出せた物です」

 アズラエルはラクスとの話の後、ササンドラ大統領と直接話して彼に事情を説明し、今回の計画を持ちかけたのである。プラントと命運をそんなチップにするのはどんな物かとササンドラも難色を示した計画であったが、プラントとの間で講和を成立させるにはパトリック・ザラに出てきて貰うしかないのも事実だ。エザリアは数度に渡る地球側からの和平提案を悉く蹴っており、武力による侵攻しかないとササンドラも腹を括ろうとしていた矢先のアズラエルの提案は、彼を悩ませるだけの魅力を持っていた。

「だがアズラエル、本当に上手くいくのか。パトリック・ザラが生きているなど、未だに信じられん」
「私にだって確証が有るわけではありませんよ。ですが、今はこれ以外にプラントを破壊せずに済むカードがありません。こちらの出した講和条件を受諾しないのでは地球市民も納得しないでしょう?」
「エザリアよりはパトリックの方が手強いが、話が分かる、か。だがラクス・クラインが成功する可能性はどれほど有る。それにこの話、簡単に言ってくれるがどれ程の手間だ?」

 ササンドラはラクスを全く信じていなかったし、プラント内部のクーデターの成功する可能性も全くアテにはしていなかった。そんな不確かな物をアテにして国策を決定するほど彼は愚かな政治家ではないのだ。
 だが、その計算高さと実利主義ぶりで政治家連中からさえ嫌悪と賞賛を向けるアズラエルが何故かそんな愚かな行為をしている。彼はラクスに賭けると言い、自分にそんな愚かな提案に乗るように言ってきたのだから。自分の知る限り、アズラエルはそんな妄言を口にするような男ではなかった筈なのだが。それに、最近になってアズラエルは些か丸くなった印象を受けるようになった。一体何がこの男を変えたというのだろうか。

「アズラエル、何故お前がそんな提案をしてくる。昔のお前ならプラントに無条件降伏か滅亡かの2択を強要して、滅亡させていただろうに?」
「そうですね、まあプラントの滅亡はロゴスにとって都合が悪い、というのが1つ」
「1つ?」
「もう1つは、信じさせられてしまった、という所でしょうか?」
「…………」
「何です、その気持ち悪い物でも見ているような顔は?」



 このようなやり取りのあと、ササンドラはプラントへの侵攻に同意して大西洋連邦の立場を示す事になる。だが彼もまたプラントの殲滅は望んではおらず、アズラエルの提案に乗る形でラクスのプラント帰還とクーデターの成功に手を貸す事になった。こうして大西洋連邦からスカンジナビア王国に秘密裏に話が通され、サカイ武官を含む人材がラクスの元に送られたのだ。
 つまり、今回のラクスの派遣はアズラエルの単独の動きではなく、大西洋連邦が動いての物だったのだ。アズラエルは単純に賭けと言っていたが、アズラエルといえども個人の力だけで成し得るような謀略ではなかった。実際、アズラエルが提案してからラクスを送り出すまでの用意を整える期間の短さは特筆物であり、今回の件で大西洋連邦がどれ程無理をしたかが窺い知れる。
 アズラエルはサカイに話をするように促し、サカイはラクスたちを前にプラントで進められている計画を語った。パトリックが失われ、シーゲルが失脚した後もジェセックを中心とするザラ派はなお活動を続けていた事、既にグルード議員、ユウキ隊長、アンヌマリー隊長といった要人が同士として加わっている事、プラント内部には表に出ないように少しずつ同志が増えている事、そして大西洋連邦と講和条件が大筋で合意に達している事を伝えた。
 これを聞かされたラクスは驚愕し、カガリは目を白黒させていた。どういう事なのだそれは、自分たちが必至に戦っている間に大西洋連邦はそんな話を進めていたというのか。

「どういう事だよこれは、アズラエル!?」
「別に驚くほどの事ではありません、これが政治です」

 裏切りじゃないのかとさえ言いたそうなカガリの前で、アズラエルは平然と言い放った。

「前にパトリック・ザラが地球との講和を進めていた、という話をしましたね。それがさらに深いところで進んでいた、それだけの事ですよ。表では本気で戦って、裏では落しどころを探す、そういうものです」
「だけど、前線じゃ今も大勢が死んでるんだぞ!」
「仕方がありませんよ、戦争なんですから。それともなんですか、どちらかが滅ぶまで戦えとでも言うつもりですかカガリさん、それは政治家の考える事じゃありませんよ。軍人の仕事が戦う事なら、政治家は始める事と終わらせる事が仕事です。カガリさんがオーブを守ろうとしたように、ササンドラ大統領もジェセック議員もただ自分のやるべきことをやっているだけ」

 前線で兵士が死んでいる間に政治家は終わらせる算段をするだけだ、政治家にとっては言い換えれば兵士の命や兵器とは戦争が続く間に支払うチップのような物でしかない。だから昔から政治家なんて碌な者ではない、と揶揄されてしまう。
 カガリがアズラエルに食って掛かっている間に、キラとフレイはラクスにどうするのかと聞いていた。この話を聞いて一緒にプラントに行くのかと。

「良いのラクス、これが本当なら、貴女は自分を否定されるかもしれないのよ」
「そうだよ、プラントの人たちと合流した途端に酷い目に合わされるかも」
「……そうですね、私のやってきた事は、この方々には唯の妨害でしかなかったと思います。ですがその責は甘んじて受けます、その覚悟は持っていますから」
「ラクス、君は……」
「でも、それは全てが終わった後、戦争が終わった後です。全てが終わった後ならば、私は黙って審判の場に立ちましょう」

 キラは信じられない思いでラクスを見た。自分たちを見返すラクスの目には嘘は無い、彼女はその覚悟を固めているのだ。そしてキラは、ラクスの目にあの時の強さが戻ってきている事を悟った。あのフリーダムを自分に渡した時の、怖いラクスが帰って来ている。その顔を見てしまったフレイは女である筈なのに声を無くして見惚れている有様だ。
 そう、かつて多くの人々を魅了し、その言葉と笑顔で惹き付けてきた尋常ならざるカリスマが戻ってきていたのだ。メンデルの敗戦以降、失われていた彼女の異常な力が再び彼女を包んでいる。進むべき道を見つけたことで、再び本来の彼女が戻ってきたという事だろうか。
 ラクスは自分をぼうっとした顔で見ているフレイに魅力的な笑みを返し、それを見たフレイが慌てた様子で視線を逸らしてしまう。
だがここで顔を逸らして恥ずかしい、と感じるだけで済んだフレイもやはり異常な人間だと言える。普通の人間はこの笑顔を見た途端、心の中にまでラクスに踏み込まれてしまう事があるのだから。その絶大な魅力、カリスマがラクスが多くの人々を陶酔させ、動かす事が出来た秘密なのだ。その力はあのアズラエルさえ惹きつけたのである。

 かつてのラクス軍の兵士たち、ダコスタやヒルダたちはそういう者たちだった。かつてのフィリスもそうだったのだろう。オーブにきたラクスは覇気と共にその力を無くしていたが、旅立とうとする今になって再びその力が戻ってきたようだ。人の力とはその心の有りようによって変化する物なのだろうか。

「キラ、フレイさん、シン君、カズィさん。信じてください、私はプラントを助けて見せます。私を信じ、戦ってくれた人々の為にも私は逃げるわけにはいきません」
「いや、俺は実はまだ良く分かってねえんすけど、ラクスさんが成功すればプラントを攻撃しなくても済むってのは分かったんで、俺は応援してますよ」
「僕のシンと同じだよ、戦争が終わらないと僕の夢にも進めないしね」

 シンはラクスがプラントの歌手だと聞かされてマユと一緒にサインを貰ったりしていたので、ラクスに対しては好意的であった。カズィも悪い感情は持っていないようで、ラクスを好意的に送り出している。
 その時、会議室のインターホンが来客を告げた。それがあのアルビム連合のイタラだと聞かされて室内のアズラエルを除く全員が驚いたが、アズラエルはやっと来たかと苦笑いしている。
 そして入って来たイタラは、笑いながらカガリたちに挨拶をしてきた。

「ひょっひょっひょ、久しいの皆の集」
「爺さん、何しに来たんだよ?」
「アズラエルに無茶言われてのう、アルビム軍から出来の良いパイロットと整備兵、陸戦要員を提供してくれときおった」
「正直大変でした、アルビム連合の兵力はかなり少ないですから、ここでいきなり精鋭を引き抜かれるとなって各地のスフィア代表が何処から引き抜くのかって。意見が纏まらなくてイタラさまが強引に割り当てを決めたくらいです」

 イタラに続いて入ってきたアーシャが一同に軽く会釈して、アズラエルに持ってきた資料を渡す。それにざっと目を通したアズラエルは、イタラに感謝の言葉を口にしてその資料を自分の書類入れに入れてしまった。そしてアズラエルはラクスを見やり、貴女に同行する実戦部隊が到着しましたよと告げた。まさかプラントにナチュラルの兵を入れるわけにはいかず、コーディネイターをわざわざ用意したのだ。この件でアルビム連合に借りを作る事になったが、仕方があるまい。

「此方から提供する戦力はアルビム連合の精鋭部隊です。装備は向こうで用意してもらうとして、人材を貴女と一緒に送ります。輸送船で送れるのは、これが精一杯ですね。アメノミハシラにスカンジナビア王国の民間輸送船、という名目の密航船が待機していますので、貴女たちはそれに乗ってプラントに潜入して下さい。後は現地でジェセック議員らと合流し、行動してもらいます」
「はい、分かりましたわ。そして後は放送局でも占拠して、パトリック・ザラに表舞台に出てもらうのですね」
「その通り、あなたの声には従わずとも、パトリック・ザラになら従う者は多い筈ですから」

 パトリック・ザラは死んだ事で本物の英雄となった。プラントには今でも彼を惜しむ声が少なくはなく、彼に対して忠誠を誓っている政治家や軍人もかなり多い。そのパトリックが出てくれば、プラントは穏健派とザラ派によって大勢を占めることが出来るはずだ。その後にクルーゼとその仲間を拘束すれば良い。
 そしてイタラ老はキラたちの傍にやってくると、1人1人の顔をじっと見詰め、そしてキラとシンをまじまじと見詰めていた。

「キラ・ヤマト、お前さん少し変わったのう。だいぶ男らしい顔をするようになったか?」
「それって、これまでは女みたいな顔だったてことですか?」
「いや、女々しくて鬱陶しいって意味じゃ」

 情け容赦の欠片も無い台詞を吐いてくれるイタラ。その一言に深く胸を抉られたキラがガクリと肩を落として落ち込むのを無視してイタラは今度はシンに声をかける。

「お前さんみたいな小僧が、何で戦争なんかしとるんじゃ。名声か、復讐か、それとも弱みでも握られとるのか?」
「何でって言われても、何でだろ。その場の勢いというか、最初は攻撃してくるザフトに我慢出来なくなってMSに乗って、後はそのままズルズルと」
「ふむ、成り行きという訳か」
「あと、ステラに守るって約束しちゃったから、かな」

 最後のは気恥ずかしそうに呟いたが、それを聞いたキラとカズィが思いっきり後ろからシンをどつき、そしてスケベ親父臭い笑みを浮かべてわざとらしい噂話モードに入ってしまった。完全にシンを苛めて楽しんでいる。まだ14歳のシンにはこれをスルーするような高等スキルは望むべくもない。
 だがイタラは、そんなシンを見て少し困った顔で眺めていた。なんと言うか、コメントに困っているような様子だ。



 やるべきことは決まった。終戦への道はようやく示されたのだ。これを聞いたラクスとカガリが力強く頷き、キラたちが喜びの表情で顔を向け合う。そしてわいわいと騒ぎ出す子供たちを見ながら、イタラは微笑ましそうにアズラエルに声をかけた。

「信じられん光景じゃな、SEEDを持つ者たちが集まっておる。それも同じ所を見て、同じ場所に進もうとしておるよ」
「驚異的なカリスマを持つラクス嬢、指導者として天賦の者を持つカガリ代表、そして戦士として天賦の資質を持つキラ・ヒビキとシン・アスカですか」
「恐ろしいまでの成長じゃ、カガリ嬢ちゃんもキラ・ヒビキも出会ってまだ数ヶ月じゃというのに、あの時とはまるで別人と化しておる。じゃがあの小僧は、シン・アスカが何なのかが分からん」
「分かりませんか、貴方にも?」
「分からんの、あの小僧には見える物が多すぎる。カガリ嬢ちゃんのようでもあり、キラ・ヒビキのようでもあり、でも全く別の者のようにも見える。可能性を感じさせるとでも言えば良いのかの」
「可能性、ですか?」

 イタラの言葉は全く要領を得ない物ばかりであり、本来ならアズラエルも一笑するか首を傾げるところだが、何故かアズラエルはそれに頷きを返していた。それはアズラエルにも同感であったからだ。シン・アスカのこれまでの行動に関してはアズラエルも個人的に色々聞かされており、彼がキラ以上に無鉄砲で、極めて個人的な感情で動く人間だと知っている。
 だが、シンの無茶な行動や馬鹿な行動は愚かではあったが、それを咎めはしても嫌悪する声は出てこない。彼の動機は常に単純であり、そして潔い。キラが悩み、時に後退しながらも前に進んできたのに較べると、シンは余りにも真っ直ぐで振り返らないのだ。キラが躊躇い、間違わないようにと気をつけて歩いてきたとすれば、シンは間違っているかどうかは二の次で、失敗など恐れもせずとにかく前に進んでいる。だがそれを何と表現すれば良いのか。
 いや、イタラにもアズラエルにも本当は分かっていたのだ。そういう人間を何と表現すれば良いのか。だがそれはキラたち以上に滑稽な存在で、そして最も予想の付かない存在、ある意味キラ以上に危険かもしれない。そう、そういう人間を人は愚者というのだ。
 だが、そういう人間は時として奇跡を起こすのである。失敗を恐れないから、ただ真っ直ぐに決めた目標に愚直に邁進できる愚者だからこそ、あらゆる絶望の中で砂粒のように輝く奇跡を掴み取れるのだ。そう、何の才能も無いのにミリアリアを守ると言ってパイロットに志願し、今も宇宙で必至に訓練を重ねているトールがそうであったように。


 だが、こうなって来るとアズラエルはプラントに居るという2人のSEEDを持つ者、アスラン・ザラとフィリス・サイフォンにも興味が湧いてきてしまった。一体彼らはどういう可能性を見せてくれるのか、そしてこの6人が揃った時、彼らはどのような選択をするのか。そのひょっとしたら歴史の節目になるかもしれない瞬間に、自分も立ち会いたくなってしまったのだ。

「僕も、宇宙軍に同行しますかねえ。これを見逃したら一生後悔しそうです」
「ほう、お前さんも同じ事を考えとったかのう。儂も歴史的瞬間を見てみたいよ」
「では一緒に行きますか。特等席の2つ3つくらい、用意できます」
「ほっ、そりゃ嬉しいのう。ついでにパトリック・ザラとも会っておきたいしのう。随分昔にあいつと語り合ったテーマについて、儂なりの答えが出たでな」
「パトリック・ザラと語り合ったテーマ?」

 何だそれは、という顔をするアズラエル。それを聞いてしまったキラやラクス、カガリも話すのを止めてイタラとアズラエルの方を見てくる。イタラ老は昔にパトリック・ザラと話しあうような機会があったのだろうか。
 室内の全ての視線を向けられたイタラは目を閉じて杖で一度軽く床を小突き、そして重苦しい声で簡潔な答えを口にした。

「儂らコーディネイターとは、一体何なのか、じゃよ」





 キラやラクスたちが宇宙に戻ろうとしている時、プラントではクリントに補給物資を届ける計画が実行に移されようとしていた。集められたのは数個部隊程度の少数に、纏まった数の輸送艦である。
 総指揮をとるウィリアムスはユウキやマーカスト、アスランなどを含む歴戦の高級士官を集めてどうやって地球軍の目を欺くかについて議論を交していた。これまでの戦いのデータから、ザフトの動きはプラントの制宙権を出た辺りから完全に把握されている事が確実と考えられており、奇襲を成功させる事は最初から諦めている。となれば囮を使って地球軍の目をひきつけている間に輸送部隊を突入させるか、あるいは迎撃部隊を自力で突破するかになる。
 このプランを提示したユウキは、これ以外で何か良い案は無いかと一同に問うた。それを受けて会議室の全員が難しい顔で考え込んだが、名案は出てこなかった。だがそんな中で、アスランが意外な作戦を提示してきた。

「ユウキ隊長、地球軍ですが、奇襲で僅かばかりでも混乱させられれば輸送艦隊は突入できますか?」
「それは、此方からクリントはそう遠くないからな。多少でも時間が稼げるなら成功率は上がるだろう。だが、どうやって奇襲をするんだ?」
「地球軍の裏をかきます。ザフトのこれまでの戦闘形式は艦隊でMSを運び、艦隊の支援の下でこれを突入させるというものでしたが、今回はMSによる長距離攻撃を仕掛けます」
「MSによる長距離攻撃だと。だが、ザフトにはそんな巡行性能を持つMSは無いだろう。仮にたどり着けたとしても、そんな長距離攻撃をすれば往復だけでどれだけの迷子を出すか」

 アスランの作戦は確かに意表をつくものだったが、余りにも無茶な代物だ。MSは元々艦隊の手足となって動く攻撃端末であって、MS単独で索敵攻撃をするようには出来ていない。だからMSにはそんな巡行能力は無いし、航法装置も搭載されていない。余程のベテランならば天測航法で移動する事も可能だろうが、それでも迷子になる可能性は高いのだ。こんな代物で要塞などの固定目標を狙うならまだしも、常に移動している艦隊を狙うなど自殺行為だ。
 これは宇宙軍にとっては常識であり、アスランの意見は他の指揮官や参謀たちから正気かと疑いの目を向けられる結果を招いている。だがアスランは取り乱す事は無く、用意していたデータを端末に挿して呼び出し、壁の大型モニターに表示させた。それを見た参加者たちはその異形の姿、MSの上半身にMAをくっつけたような姿に驚いていた。

「これはZGMF−441ガルム、第3開発局と自分が共同で開発してきたプラント防衛用の簡易MSです」
「だがアスラン、これはまるでMAではないか。こんな物を使って何をしようというのだ?」
「先ほど進言しました、敵艦隊に対する長距離奇襲攻撃です。このガルムは新兵用に開発されたもので、ナチュラルの技術を導入して操縦システムの大幅な簡易化を達成していますが、同時に哨戒任務を実施する為の長大な航続距離と、高度な航法、索敵システムを持っています。更に新兵には戦闘と航法同時は荷が重いだろうと考え、複座機となっています」
「長大な航続距離と、航法と索敵システム、そして複座、こんな機体をザフトが開発していたとはな」

 従来のザフトの設計思想からは全くかけ離れたこのガルムに参加者たちが信じられない顔をしている。それに対してアスランは頷きつつ、少し辛い顔でそれは違うと言った。

「違います、この機体はザフト開発局の物ではなく、元々はジンの開発者であるクローカー技師が残したジンの後継機なんです。プラントを守る為により必要な能力を備えた防衛用の機体、それを現在の状況に合わせて改良したのです」
「クローカー技師の設計なのか、これが。ではこれが噂で聞いたもう1つのシグーか」

 ウィリアムスが興味深そうに機体のデータを見つめ、そのコンセプトに唸っている。これは宇宙で運用することに特化した迎撃兵器だ。ジンはプラントを守る為に有り、侵略に使ってはならない、と言ってプラントを去ったクローカーだが、なるほどその信念が伺える機体だ。
 そしてアスランは詳細な作戦案を画面に表示させる。それはイザークが無理やり引きずり出したあの腑抜けたアスランが立案したとは思えない代物で、短期間でよく仕上げたとユウキをして賞賛させる物だった。ザフトの赤い死神はまだ錆びてはいなかったのだ。

「ガルム隊は輸送艦に搭載して別行動をとり、囮艦隊を迎撃する為に出てくるだろう地球軍の艦隊を襲います。輸送艦はガルムを出したら本国に戻り、ガルム隊は攻撃成功後に別の輸送艦に合流ポイントにて拾って貰います。成功すれば地球軍は混乱し、暫く動きが止まるでしょう」
「そこを囮部隊が叩けば、被害を与えて撤退させる事も不可能ではないか。その隙に輸送艦隊を送り込み、増援と物資を降ろして素早く撤退、成功すれば理想的だな」
「敵の出方にもよりますが、正規艦隊が出てくるなどという事は無いでしょう。一か八かよりは可能性が有ると思います」
「……分かった、君の案を採用する。このプランを補強する形で作戦を立てるとして、何か良い案は無いか?」

 ユウキはアスランの提案を採用し、これを改善する方向で意見を求めた。方針が定まった事で参加者たちの頭も整理され、幾つかの意見が出されては議論されていく。今必要なのは無いもの強請りをする事ではない、現有戦力での成功率を少しでも上げることだ。
 この作戦会議はザフトの本道からは外されたはみ出し者の寄り合いであったが、それはザフトの黄金期を支えた最良の人材が集まっているという事でもある。最高の実戦指揮官たちと最高の作戦参謀たちが知恵を絞って出しあった意見が作戦を更に高度な物へと変え、精錬していく。途中から戦術コンピューターを用いた図上演習までが加わるようになり、敵がどうう動くかのシミュレートまで並行で進められていく。
 そしてそれは、唯の補給作戦とは思えない代物へと変貌を遂げてしまった。これだけの作業を短時間で終えてしまう辺りにコーディネイターの凄さが有るだろう。ナチュラルなら何日もかかる筈だ。

 完成した作戦案を吟味したユウキは、たった一晩でよくこれだけの物を仕上げられたと自分たちを褒めてやりたい心境になってしまった。だが不思議と疲れは無く、むしろやり遂げたという達成感だけがある。
 完成した作戦案は、常識で考えれば無茶苦茶な物だ。プラントや要塞が地球軍に監視されている事は確実であり、大規模な部隊が動けば間違いなく察知される。
 ではどうすれば良いのかという問題に対して、彼らは全軍を2隻ずつの小艦隊に小分けし、輸送艦を同行させて時間をずらして全く別方向に出撃するという欺瞞を行う事にした。纏まって動けば軍事行動と見られるだろうが、近隣への輸送便や哨戒部隊としか思われないだろう。
 分散出撃した艦隊は予定されたポイントで部隊ごとに集結し、時間が来たら次の段階へと移行させる。第2段階でボアズからマーカストの囮部隊が出撃し、地球軍を引きずり出す。これの位置を囮艦隊が周囲に発信し、アスランがガルム隊を率いて出撃するのだ。ガルム隊の奇襲後の戦果を見てマーカスト隊が攻撃を加え、敵に打撃を与えて後退させる。
 その隙に輸送艦隊がクリントに入り、物資と増援を降ろして逃げ帰るのだ。一寸した航法ミス、あるいはタイミングのズレが致命傷を呼びかねない危険で綱渡りな作戦であったが、彼らは自分たちならこれを遂行できるという自信を持っていた。



 作戦が決定した為、彼らは早速自分の部隊の元へと散っていった。作戦開始までに時間が無く、一刻の猶予も無いからだ。だがアスランは席に腰掛けたままじっと動かず、作戦計画の書類をじっと見つめている。
 会場に残っていた3大幹部、ウィリアムスとマーカストとユウキは詰めの打ち合わせをしていたのだが、残っているアスランを見てどうかしたのかと問い、アスランは周囲を確認して誰も居ないのを確かめた後、ウィリアムスに疑問に思っている事を尋ねた。

「提督、たかだかクリントまで補給をするだけで、ザフトはこれだけの作戦を実行しなくてはいけないほどに追い詰められていたんですね」
「ああ、君が左遷される前はまだクリントは後方拠点として機能していたが、今ではあそこがプラントを守る最前線になっている。ここが落されればボアズまで遮る拠点は無くなり、ザフトは機動防御を行う為の最後の拠点と縦深を失う事になる」

 機動防御は少ない兵力で効果的な防御を行う事が可能であり、現代戦では防御戦略の基本的な形と1つとなっている。だがこれを遂行するのに絶対に必要な条件が前線における難攻不落の防御拠点と、後方に広がる縦深である。防御拠点は敵の後背を遮断する存在となり、敵の侵攻部隊に無言の圧力を加える事が出来る。今のクリントを地球軍が完全に無視することが出来ないのもその為だ。だが、それは同時に孤立無援で敵の攻撃に晒される事態が有り得るという事を意味し、それだけに難攻不落の防御力が求められる。
 そして縦深は侵攻してきた敵部隊を迎え撃つ為の遊撃部隊が敵を捕捉する空間として必要である。これが無いと遊撃部隊が敵を捉える前に重要拠点を攻撃されてしまうからだ。

 クリントを無くせばボアズが事実上の最前線となり、プラントも敵の攻撃に晒される事になる。そしてもしボアズが落ちれば、ここを拠点に地球軍はプラント本土に大部隊を送り込んでくるだろう。ボアズの陥落はプラントの命運に直結していると言っても良い。そのボアズを守る壁が、今では陥落寸前のクリントだけになってしまったとは。

「私が前線を離れてまだ1ヶ月程度ですが、たった1ヶ月でこの有様ですか」
「これでも前線部隊は必至に努力したのだ、アスラン」

 呆れたようなアスランの言葉にウィリアムスが不快そうに言い返したが、アスランは別にウィリアムスたちを卑下している訳ではなかった。ただ、ザフトとは、プラントとはこんなにも脆い組織だったのかとしみじみと感じていたのだ。

「私は、オーブから叩き出されるまではまだ負けたわけではない、と思っていました。宇宙に上がってからも地球周辺で押さえ込めると思って戦っていました。ですが、気がつけばもうボアズも危ない状況とは」
「……アスラン、君は我々の不甲斐なさを糾弾しているのかね?」
「いえ、そうではありません。ただ空しくなっただけです」

 そう、空しいのだ。あの地球での膨大な消耗戦は何だったのか。アラスカで、パナマで、オーブで、台湾で散っていった大勢の兵士たちは、地球の各地で敗退し死んでいった兵士たちは全て無駄死にだったのだろうか。一部を切り捨ててまで兵力を宇宙に引き上げたのに、それは何の役にも立っていない。
 このままプラント本土を戦火に晒したら、オーブで身体を張って逃がしてくれたグリアノス隊長になんと言って詫びればいいのだ。彼の家族に危害が及ぶような事があれば、自分の命をもって詫びなくてはとさえ思っている。グリアノスから受けた借りはそれほどに大きい。
 アスランはもう一発逆転など信じてはいない。ジェネシスがどういう兵器か、パトリックから聞かされて彼も知っている。その破壊力は確かに強大であり、地球に向けて発射すればナチュラルを壊滅させられるかもしれない。だがそれはプラントの滅亡を意味しており、最悪の場合でもナチュラルは残るだろうが、プラントのコーディネイターは間違いなく殲滅される。つまり相互確証破壊が完全には成立しない勝負になる。

「この際、地球に降伏するのも手ではないでしょうか?」
「何を言い出すのだ、アスラン!?」
「そうだぞ、言葉を慎め。今のプラントは、何処で誰に聞かれているか知れんのだ」

 ウィリアムスが彼らしくない怒鳴り声を上げてしかりつけ、ユウキがそっと耳打ちするように盗聴の可能性を示唆する。それにアスランは頷いたが、アスランはこそこそするつもりにはなれなかった。彼は別に今の地位にも権力にも固執していなかったので、奪われる事を恐れていない。むしろエザリアの耳に入るなら好都合とさえ感じている。

「このままズルズルと戦って無条件降伏をするより、何らかの条件をつけて降伏した方がマシではないか、と最近思うんです。もはや勝算も立たないでしょうし」
「アスラン、お前という奴は……」

 ユウキがしょうがない奴だと言いたげに呆れた声を漏らしたが、それ以上咎めようとはしなかった。彼も考えないではなかったからだ。だが彼は本国防衛隊司令であり、もう戦略に口を出せる立場ではない。だからどうしようもないと匙を投げていたのだ。
 それに、彼はジェセックを中心とする講和派の一員でもある。その彼から見ればアスランの見識は正しく、味方に引き入れたい人物だ。だが彼は手を出せない。アスランだけではなく、ウィリアムスやマーカストもだ。恐らく事情を打ち明ければ彼らは協力してくれるだろうが、彼らは余りにも目立ちすぎる。だから彼らには話を持ちかけられないのだ。
 ユウキが黙っているのを見てウィリアムスも苦笑しながらそれ以上は止める事はせず、椅子に腰掛けてマーカストに声をかけた。

「ザラ校長はああ言っているが、どう思うねマーカスト提督」
「……どうもこうも無い、軍人は命令には従うものだ。議長が戦えと命じるなら戦うしかあるまい。それがシビリアン・コントロールという物だろう」
「まあな、軍人には政府の決定した方針を覆す事は出来んか」

 ウィリアムスもマーカストも軍人であり、政治家では無い。そして軍人は政府の決めた方針を守るべきなのだ。それを破った時、軍は本当の意味で単なる暴力装置に成り下がってしまう。だからウィリアムスもマーカストも軍人としての職分を超えてまで動いてはいない。だが、それは彼らに計り知れない忍耐を要求したのだ。
 ここにいる全員がこのままではプラントは遠からず敗北すると確信している。だが今のところ、ユウキ以外に現状を打破する為の道を見出せてはいなかった。ここにいる全員が先が見えすぎる不幸な軍人なのだ。


 こうしてアスランたちはクリントに対する補給計画を発動する事になる。だが、幸か不幸か、ザフトの精鋭が動き出したのと同時に、連合の最強部隊も動き出そうとしていたのだ。これまでよりも更に強力となって彼らは戦場に戻ってこようとしていたのだ。



後書き

ジム改 決戦の時迫る!
カガリ 私もいよいよ宇宙だなあ。出番も増えそうだ。
ジム改 でもクサナギの艦橋だけどな。
カガリ ふっ、何時かユウナの目を盗んでこんな事もあろうかと用意しておいた新型を出せば良い。
ジム改 何時の間にそんな物を作ったんだ?
カガリ オーブを侮るなよ、こっちにはフリーダムの全データがあるんだ。
ジム改 技術のコピーってそんな簡単には出来ないぞ。
カガリ ザフトはやってないのか?
ジム改 オーブの技術を手に入れたザフトに、それが伺える部分があるか?
カガリ そりゃまあ、確かに。VPS装甲くらいか。
ジム改 まあ他所の技術なんて手に入れても参考くらいにしかならんのよ。
カガリ これで次回はいよいよキラたちも宇宙に上がるのか。
ジム改 ようやく第8任務部隊の全艦が揃うぞ、長かったなあ。
カガリ うちにもそんな部隊が欲しいなあ。それじゃ次回、集まった精鋭たちは戦場に向かう。プラントで起きた動きを察知した地球軍は警戒を強める事になるが、彼らは敵の動きを読むのに遅れてしまう。それはウィリアムスの術中に落ちる事を意味していた。そしてキラたちも遂に宇宙に。次回「プラントの為に」で会おうな。

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