第171章  月女神の抱擁


 

 オーブ首長府の首長室では、今日もカガリが政務にオーバーヒート寸前になりながらも懸命に頭を使っていた。彼女の下には補佐官のユウナを始とする有能なスタッフが少数ながら揃ってはいるのだが、国土はようやく復興の軌道に乗ったという所であり、まだまだ彼女の判断を必要とする場面は多い。特に問題となったのが国内に大量に流入していた難民の処遇と、徹底的に破壊されたオノゴロ島の再建、そして富の源泉とも言えるカグヤ・マスドライバーの再建だ。
 幸いにして資金は幾つかの財閥や大西洋連邦、極東連合などが貸してくれた為に初期投資は不足せずに済み、後は国内企業が揚げる利潤から再建を進める事が出来る。まあ返済が大変であるが、一部は貸主に国内における優遇処置などで代替している。技術立国であるオーブにとってこれは大きな痛手であったが、戦火に焼かれた国土を立て直す為には止むを得なかった。
 ただオーブにとってありがたかったのは、地球上において戦勝国の側に居られた事だ。そしてオーブと国境を接していた大洋州連合は寝返ったとはいえ、扱いは敗戦国に等しい。この大洋州連合から相応の領土割譲や賠償金、鉱山や海域利権の譲渡などといった戦後賠償を得ることが出来そうなので、これらの利権の一部を借金の返済に充てる事も出来そうだった。
 だが、カガリにとってより大きな問題は戦後復興ではなく、この混乱の中で水面下から忍び寄る禿鷹ども、大西洋連邦やユーラシア連邦といった大国の企業攻勢を防ぐ事であった。特に株価の暴落によって容易に企業買収が可能となった事が事態を著しく悪化させており、外国企業に買収されてしまう企業が幾つも出ている。幸いにして最も重要な軍需産業と宇宙開発関連企業はオーブという国の特殊性ゆえか半国営であり、こういった乗っ取りには強いのであるが、それ以外の企業が良いカモにされてしまいそうになったのだ。
 この攻勢に対処する為にユウナは三顧の礼どころか十顧の礼をもって大西洋連邦で磨かれた辣腕を持つ万能メイド、ソアラ・アルバレスをカガリの相談役として招いていた。最もソアラはどれだけ頼んでも首を盾には振らず、仕方なくユウナはフレイに懇願してどうにかソアラを出向させてもらったのである。これをフレイが飲んだのは、ユウナが懇願と称した泣き落とし攻勢に根負けしたかららしい。

 だがこれで最も不幸になったのはカガリだろう。ソアラは礼儀作法に関しては完璧であったが、同時に礼儀を弁えながらカガリの判断を糾弾し、これでもかというほどに凹ませていたのだ。
 特にソアラが問題としたのは、金融面でのカガリを補佐する専門家スタッフが少ない事だ。あらゆる面において深刻な人材難を抱えているオーブなのでスタッフが足りている部署が最初から無いのだが、金融財政をサポートするスタッフの不足は特に深刻だった。ユウナのような何にでも一定の能力を発揮する万能な人間も居るが、1人で2つの仕事を同時にやれるわけではない。
 オーブは首長制という制度を採用している事情から、企業の株式の何割かを王族や貴族が所有するという半国営の企業が非常に多いという変わった国であった。これが他国の侵食を防ぎ、オーブ経済の独立性を維持していたのだ。何しろ他国の投資会社がどれだけ資金を投じようと、最初から一定量を国が持っているのだから支配したくても簡単にはいかなかったのだ。
 このシステムが不公平であるとして大西洋連邦がオーブに制裁処置をとった事もあるのだが、オーブが要求に頑として応じなかった為に悪戯な消耗戦となり、大西洋連邦も遂に諦めたという過去もある。
 だが、この頑強なシステムの存在がそのままオーブの成長を妨げてもいた。閉鎖的なシステムゆえに緊張感に欠けてしまう結果を招き、有事に対処する人材が育たなかったのだ。この状況下にあってオーブは復興資金の確保の為にこのシステムの緩和を飲まされており、オーブ経済界に海外勢力の浸食が始まっていたのだ。
 この侵食を阻んだのがソアラだった。先手を打って外国が欲すると予想されるオーブの基幹産業、すなわち技術の最先端をいくモルゲンレーテなどの軍需産業の株式をアルスター家が大量購入していたのだ。この為に出遅れた外国の投資会社は歯軋りしながらそれ以外の会社を食い荒らしていたのだが、得られる儲けはたかが知れていた。


 ユウナはこのオーブの脆さを知っていたので、とにかく今を凌ぐ為に必要な能力を備えた人材を集めており、ソアラもそんな要求でカガリに付けられた臨時スタッフであった。だが参謀として、教育者としてのソアラはとにかく厳しく、カガリは食事中でさえ続けられるソアラの苦言の数々にげっそりしてしまっていた。
 そして更にカガリを追い込んでいる理由があった。ソアラが金融面でのカガリの相談役であるが、行政面でカガリの相談に乗ってくれる人物をユウナは招いていたのだ。それはオーブにとっては政治犯に当たる人物、離宮に軟禁されている筈のホムラであった。政治的に考えれば彼を釈放する事は当分不可能であったが、ユウナは秘密裏にホットラインを敷いて離宮と首長室を繋いでカガリの相談に乗ってもらう事にしたのだ。また、自分とカガリがオーブを離れている間の政務を影武者のように代行してもらう事も考えている。
 政治犯として軟禁した人間さえ密かに活用しなくてはならない辺りにオーブの苦しさがあるが、残るのがウトナだけでは流石に無理がありすぎるのだ。
 叔父としてのホムラは凡庸ではあるが温厚でカガリにとっても付き合い易い人物であったが、政治家としてのホムラは厳しかった。ウズミの陰に隠れてはいるが、ホムラもまた一国を支えられる手腕を持った政治家だったのだ。そのホムラが新たなオーブの指導者となったカガリを鍛えてくれていた。


 だが、これはカガリにとってはかなり過酷な日々であった。今日も周囲に散々に小言を言われたカガリがぐったりとしながら昼食を口に突っ込んでいると、同席していたユウナが呆れた顔で窘めてきた。

「カガリ、代表ともあろう者が何て顔だい。もっと気品とか威厳って物をだねえ」
「煩いぞユウナァ、お前まで小言かあ?」
「そんなに嫌なら宇宙に行かずに政務を真面目にこなせば良いだろう。軍の指揮は僕がするからさ」
「それは駄目だぁ、フレイたちに必ず行くって約束したんだぞ」
「だったら文句言わずにやるべき事をやっておくように。代表が国をほっぽり出して最前線なんて、本当なら絶対に許さないんだからね」
「分かってるからこうして頑張ってるんだろうが〜」

 カガリが艦隊を引き連れて前線に向かう事になったは良いが、それで政務が止まる事は許されない。カガリは出立する前にやるべき事を全てやり終えておく必要があったのだ。
 だが、カガリ以上にユウナは忙しかったのだ。カガリが離れている間にも政務に穴を開けないための数々の準備をして彼方此方駆けずり回り、必至に根回しを進めていたのだから。





 第7任務部隊を巡る戦闘は拡大していた。キラたちの参戦でMS同士の戦いは混戦と化しつつあり、双方とも一部の集団が指揮系統を保っていたのでどうにか秩序を保っている状態だった。
 ザフト側はフィリスが10機ほどのMSを束ねて距離を取ろうとしており、地球軍側はフレイが中心となってやはり10機程度のMSが集まっている。此方は後退しているワイオミングの後方に壁を作るように展開して敵を近づけまいとしている。
 この2つの集団の間で双方のMSは激突している。その中でも特に派手なのがキラのデルタフリーダムとユーレクのザクウォーリアの激突であったが、フラガとシンもザフトの精鋭を相手にかなり激しい戦いを繰り広げていた。たった2機のMSを落とせないザフトが弱いのではない、この2人が圧倒的に強かったのだ。
 ディアッカがオルトロス砲をヴァンガードに向けて発射したのだが、ヴァンガードに当たる前にプラズマビームは何かにぶつかったかのように進路を変えて曲がってしまう。流石のヴァンガードも衝撃で弾かれていたが、オルトロスでさえ曲げるという現実にディアッカは信じられない思いであった。

「どういうバリアだよ、こいつを弾きやがったぞ!?」
「落ち着けディアッカ、砲撃が駄目なら接近して仕留めるだけだ!」

 驚愕するディアッカを叱咤してデュラントがビームサーベルを抜いてヴァンガードに斬りかかるが、斬り付けようと距離を詰める前に彼はヴァンガードの槍を突き込まれ、一撃でシールドをもぎ取られてしまった。
 シールドを容易く貫通したこの槍に吃驚してデュラントは離れようとしたが、ヴァンガードはシールド裏に装備されていたガトリング砲を向けて撃ってくる。シールドを無くしたデュラントは必至に回避していたが、避けきれずに何発か貰ってしまった。これは落されるかと覚悟したが、後ろからディアッカが放った砲撃がヴァンガードを直撃し、これを弾き飛ばしてくれたおかげで命拾いした。

「た、助かったディアッカ!」
「あの槍を持ってるMSには迂闊に突っ込むなよ、一撃でPS装甲でも抜かれるぞ」
「お前等、こんな奴等と戦ってたのかよ……」

 デュラントは今更ながらに地球軍の強さを思い知らされた。腕も良いが、MSの性能も凄まじい。目の前のMSは核動力機に匹敵する性能を持っている。地球軍のMSにはジャスティスやフリーダムと互角に戦えるMSがあるという噂は聞いていたが、なるほどこれの事だったのだろう。
 しかし、これは冗談ではなかった。強力な大口径ビームさえ通用しないバリアを張り、手持ちの武器は此方のシールドを紙の様に貫いてしまう代物だ。更に強力なガトリング砲まで装備している。

「こいつは、反則じゃあないのか?」
「俺もそう思うんだが、戦場に反則は無いしなあ」
「やっぱアスランはジャスティスに乗せてこっちに連れてくるべきだったな。こういうのの相手はあいつがするべきだ」
「俺も同感だけどさ、そいつはちょっと情けなく無いか?」

 デュラントの弱音にディアッカは突っ込んだが、ディアッカも同感であった。こんな化け物の相手をゲイツRでするなど正気の沙汰では無い。



 その時、横合いから強力なビームが飛来してヴァンガードを球状の光が包んだ。ゲシュマイディッヒパンツァーがビームを逸らした光だが、そのビームの威力が余程強力だったのか、ヴァンガードが大きく吹き飛ばされている。
 一体何が撃ってきたのだと驚く2人であったが、ディアッカのコクピットに懐かしい声が聞こえてきた。

「ディアッカさ〜ん、まだ生きてる〜?」
「その声……ルナか!?」
「覚えててくれましたか、忘れられてたらどうしようかと思って心配しちゃいましたよ」

 現れたのはイザークやフィリスが使っているインパルスタイプのMSであったが、微妙に姿が違っている。こちらは背中に巨大な大砲を2門背負っていて、更にレールガンなども見受けられる。インパルスの砲戦使用型なのだろうか。

「ルナ、何だそのインパルスは?」
「ああ、インパルスの砲戦シルエットを装備したブラストインパルスですよ。私は前にフリーダムに乗ってましたから、その経験を買われたんです」
「……ちゃんと当てられるのか?」

 ルナマリアは無駄弾を撃つ事で知られるノーコンガンナーだという事は、彼女を知る者には周知の事実である。フリーダムに乗っていた時も性能に見合った戦績を上げられたとは言えず、膨大な無駄撃ちを繰り返していた。まあそれでも弾幕効果はあり、地球軍のMSや戦闘機を寄せ付けなかったという成果はあったのだが。
 ルナマリアは2門のケルベロスを正面に持ってくると、態勢を立て直したヴァンガードに照準を定めた。

「さあてと、ここからはこのあたし、ルナマリア・ホークが相手よ。私の出世の為にここで落ちなさい地球軍の新型!」

 自分の欲求に正直な女であった。
 そして狙われたシンはというと、何故か強烈な悪寒が背中を駆け抜ける感覚に震えていた。目の前に現れたインパルスから何故か言い知れぬプレッシャーを感じてしまったのだ。まさかこれがアルフレットやフラガが言っていた敵の気配を感じ取る、ということなのだろうか。
 その危機感から種割れまで起こしてしまったシンであったが、この状況はSEEDを発現させた彼にとっても楽な物とは言えなかった。


 ルナマリアの参入は状況を決定的に悪化させた。エース級が3機がかりとなると流石のヴァンガードでも対応しきれる物ではないのだ。元々1対1の戦いで絶対的な強さを見せるMSであり、多数を同時に相手取るような戦場を想定している訳ではない。武器が槍1本なので多数の目標に来られると対応できないのだ。
 まあ今はシールドにガトリング砲を追加しているのだが、所詮は牽制用の火器だ。この程度では大きな戦力アップにはならない。
 そして更に間の悪い事に、フレイからシンを焦らせる通信が届いてしまった。

「シン、どこに居るの、戻って!」
「フレイさん、こっちも急がしいんすよ!」
「こっちにステラちゃんが来たのよ、取り戻すんじゃなかったの!?」
「何だって。分かった、すぐにそっちに行きます!」

 ステラ、と聞いたシンはガトリング砲をブラストインパルスに向けて放った。3砲身ガトリング砲がイーゲルシュテルンと同じ砲弾を高速で叩きだし、直撃を受けたブラストインパルスの装甲表面に火花が散る。だがそれだけだった。VPS装甲に守られたインパルス型の対弾防御力はMSとしては群を抜く物であり、現用機の中では敵味方の中でも最高の防御力を持っている。その装甲を前にしては補助火器程度では牽制にもならないようだった。

「畜生、何て装甲してるんだあの新型!」

 とりあえずお前にだけは言われたくない、と誰もが思うだろう罵声を吐いてシンがヴァンガードを後ろに下げようとするが、何時の間にか左右に回り込んでいた2機のゲイツRが大口径ビームとレールガンを放ってきた。流石のヴァンガードもビームを曲げられるのは同時に2方向が限界であり、こういう風に他方向から撃たれると対応しきれない。
 シンは咄嗟に行った回避運動で直撃こそ避けたが、姿勢が崩れた為にブラストインパルスの続けての砲撃を偏向シールドで逸らす事に専念させられてしまった。ゲシュマイディッヒパンツァーが直撃する大出力ビームの圧力に悲鳴を上げ、コクピットに警報が鳴り響く。敵のビームに対抗する為にゲシュマイディッヒパンツァーにエネルギーが集中し、どんどん過熱しているのだ。このままでは回路が負荷で焼き切れてしまう。

「これ以上食らったら持たない、どうすりゃ良いんだ!?」

 ヴァンガードの加速性能に物を言わせて振り切るという手も考えたが、相手にも最新型のインパルスが居る。もし振り切れなかったら背後から撃たれて終わりだ。だからといってこのまま周囲から撃たれ続ければいずれ落されてしまう。シンは今更ながらに後ろをカバーしてくれる仲間の重要性を噛み締めていた。もう1機居てくれれば包囲される事はなかっただろう。
 そしてルナマリアはといえば、このまま押し切れば勝てるという感触を手にして喜んでいた。

「よっし、このまま落してやるわ。そして功績稼いで出世して、アカデミーに転属してやるんだから。エルフィが居ない今がチャンスなのよ!」

 ルナマリア・ホーク、何処までも前向きな女の子であった。エルフィにもこれくらいの積極性があれば、今頃アスランを落せていたかもしれないのだが。
 しかし、彼女の壮大な野望はもう少しというところで邪魔されてしまった。いきなり横合いから飛んできた棘付鉄球がブラストインパルスを直撃し、そのまま吹っ飛ばしてしまったのだ。

「な、何よ今のふざけた攻撃は!?」

 凄まじい衝撃に一瞬目を回したが、すぐに機体を立て直して周囲を索敵する。するとヴァンガードの同型機と思われるMSとレイダー型の2機のMSが何時の間にか接近してきている事が分かった。
 それはフラガのセンチュリオンとクロトのレイダーだった。MA形態で一気に距離を詰めたレイダーがMSに変形し、破砕球を放ってきたのだ。クロトは破砕球を戻したが、直撃した筈なのに平気そうな敵の新型に驚きを隠せないで居る。

「おいおいマジかよ、僕の攻撃が効かないのぉ?」
「クロト、ありゃインパルスってザフトの最新型だ。性能はレイダーより上だから気をつけろ!」
「ちっ、何でこう面倒なのが彼方此方に居るんだよ!」
「文句は後でキースにでも聞いてもらえ、今はあの3機をシンから引き離す!」
「はいはい、分かりましたよ。あんな小娘ほっときゃ良いのに過保護な事で」

 この3機を引き受けてシンをフリーにしてやる、それがフレイからフラガに出された要請だった。それがステラにシンをぶつけてやる、という考えからの物である事は明らかであったが、フラガもこれを受け入れていた。それが自分たちの負担を著しく増大させる物だと理解しながら。

「さあシン、さっさと戻ってステラを取り戻してこい。こんな雑魚どもの相手をしてる暇は無いだろ!」

 脚部に装備したスターファイアミサイル2発をゲイツRに向けて発射し、4基のガンバレルを起動してインパルスに向かっていく。MS単体での性能はカタストロフィ・シリーズとしては劣る部類に入るセンチュリオンであるが、それでもパイロットの技量を考慮すればルナマリアでは勝てる相手では無いだろう。何しろ相手はザフトの仮面の男ラウ・ル・クルーゼと互角に戦える連合屈指のエース、エンディミオンの鷹なのだから。
 しかし、この時フラガも予想もしないことが起きてしまった。何とフレイたちのほうに行った筈のステラのザクウォーリアがこっちに向かっていたのだ。

「ちょっと待てよおい、何でこっちに来るんだ!?」

 折角シンをステラにぶつけて捕獲してやろうと考えていたのに、これではこの3機で敵を撃退しつつステラを捕獲するという難事を抱え込む事になるではないか。

「不味い事になったな、マリューたちはまだかよ」

 ビームライフルを大砲持ったゲイツRに連射して追い払いながら、フラガは面倒な事になったと呟いていた。




 この時、戦場に向かっていた第8任務部隊は別の敵の砲撃を受けていた。それはナスカ級高速艦2隻に見た事の無い新型戦艦1隻という編成で、照合した結果ザフトが最近になって竣工させた新造戦艦ミネルバであることが判明した。情報部がもたらした詳細で宇宙専用艦であり、その戦闘能力はアークエンジェル級を上回ると想定されている。
 ミネルバは艦上の4基の連装ビーム砲を連射しながら距離を詰めてくる。これに対して第8任務部隊は横列のまま砲撃で対応しようとしたが、その速度と砲力はマリューの想像を超えていた。

「ナスカ級が置いていかれるって、エターナル級並に速いっていうの!?」
「そこまでじゃないようですけど、アークエンジェルより速そうですね。でもなんだかアークエンジェルに良く似てますねえ」

 操縦桿を握っているノイマンが接近してくるミネルバの望遠映像を見ながら、まるでアークエンジェルの改良型みたいな船だなあと場違いな感想を抱いている。対ビーム防御力もアークエンジェル並なのか、ゴッドフリートの直撃を受けても装甲は破れないようだ。

「ノイマン、艦を敵艦に向けて。ローエングリンを使います!」
「良いんですか、あれを撃つ時は動きが止まりますよ?」
「今のうちに沈めておきたいのよ」

 マリューはあの新型がこれ以上経験を積んで厄介な相手となる前に沈めてしまいたいと考えていた。しかし、マリューの命令を受けてノイマンが艦を敵艦に向けようとした時、レーダー手が敵艦の加速を伝えた。

「敵新型艦、更に加速しました。此方に突っ込んできます!」
「敵艦に変化あり、何かが艦首中央にせり出してきています!」

 ミネルバの艦首に大きな大砲が出てきている。それが何であるのかは分からなかったが、マリューは急いでアンチビーム爆雷の発射を命じる。それを受けてパルが部下に指示を出し、アンチビーム爆雷が周囲に発射されて粒子の幕を作り上げる。そして、ミネルバがその主砲と思われる大口径砲を放った。
 発射されたビームは正確にアークエンジェルを襲い、アンチビーム粒子に阻まれて盛大な光と放射線を発した。それを観測したチャンドラが焦った声でマリューにその砲撃の正体を報告する。

「対消滅反応を観測しました。あれは陽電子砲です!」
「どこまでもアークエンジェルのコピーってわけね、物騒な物持ってるじゃない」

 マリューが額に冷や汗を浮かべ、ノイマンが艦首を敵艦に向けてローエングリンの発射姿勢を取ろうとしたが、それをナタルが制してきた。

「ラミアス司令官、旗艦を下がらせてください。あれの相手は本艦がします!」
「ナタル、出来るの?」
「旗艦を沈められるわけにはいきません。大丈夫です、任せてください!」

 ドミニオンがアークエンジェルとミネルバの間に割り込むように前に出てくる。それを見たマリューはアークエンジェルを下がらせるように命令し、ドミニオンとミネルバが一騎打ちするという形になった。
 アークエンジェルが下がるのを見たタリアは悔しそうに舌打ちしたが、すぐに目の前の敵に注意を移した。

「アーサー、MS隊は敵を押さえてるの!?」
「マーレが上手くやってるようです。ですが此方も敵に取り付けていません!」
「ジャスティスとフリーダムでも圧倒できない、か。まあ良いわ。トリスタン1番から4番、目標を黒いアークエンジェル級に集中、確実に沈めなさい!」

 タリアの指示で4基の砲がドミニオンに向けられ、連続でビームを叩き出していく。それに反撃してドミニオンも3基のゴッドフリートを放っているが、砲数だけではなく発射速度でもミネルバは勝っているようであり、手数でドミニオンは押されていた。
 
 ナタルはドミニオンの艦橋で被弾の被害報告を受けていたが、このままでは拙いと察してアンチビーム爆雷を放ちつつ艦をミネルバの下方に沈みこませようとした。

「何とか奴の下腹に潜り込め。あの艦は他のザフト艦と同じく、下方には砲を持っていない。そこを狙って沈める!」
「ヴァーチャーとパワーが援護してくれています!」
「なら今のうちだ、急げ。それとスレッジハマー全弾発射しろ!」

 ヴァーチャーとパワーがゴッドフリートを連射してミネルバを引き付けようとし、ドミニオンがミサイルを発射して艦を沈ませる。それを見たタリアが艦をロールさせるように指示し、アーサーが迎撃ミサイルを用意する。

「ディスパール1番から5番装填、発射しろ。6番から10番はナイトハルトを装填、アンチビーム爆雷も用意!」

 ミネルバからミサイルが発射され、ドミニオンが放ったトリスタンを落していく。それでも4発が突破してミネルバに襲い掛かり、CIWSがこれを迎撃して撃ち落す。至近でのミサイルの爆発に艦が振動し、クルーが何かにしがみ付いてそれに耐えている。
 そして発射されたナイトハルトがドミニオンではなくヴァーチャーとパワーに向かう。2隻は回避運動を取りつつ迎撃を開始して僅かに砲撃が止み、その間隙を突くようにミネルバが第8任務部隊の鼻先を掠めていこうとするが、それを許さぬとばかりにドミニオンと後退したアークエンジェルが砲撃を加えてきた。

「敵艦からの砲撃、来ます!」
「このまま乱戦をするつもりは無いわ、全速で駆け抜けなさい、ここを離脱します!」
「アンチビーム爆雷を連続発射、次いでスモーク弾用意、敵の目から艦を隠すんだ!」
「MS隊に撤退の信号弾を上げます!」

 タリアがこのまま逃げると命令し、アーサーとメイリンが必要な作業をする。ミネルバから信号弾が打ち上げられると共にアンチビーム粒子が壁を作り、ゴッドフリートの火線を阻む。そして先の地球軌道の機雷封鎖作戦で使用されたジャミング効果と視界遮蔽能力を持つスモーク弾が投射され、ミネルバを第8任務部隊から隠した。

「あの時の煙幕、本格的に使い出したのね。パル、敵艦は!?」
「駄目です、見つかりません。ナスカ級2隻も戦線を離脱して行きます!」
「くっ、厄介な艦が出てきたわね。ミリアリア、MS隊は?」
「敵のMS隊が離れていくので、此方もケリが付きそうです。我が方の損害はウィンダム2機が中破、カラミティとフォビドゥンが小破です。敵の撃破は確認した物でゲイツタイプ2機です」
「……こっちが負けてたの?」

 いくら虎の子のアークエンジェルのMS隊を欠くとはいえ、地球軍でも最精鋭の自分たちが同数程度のMS隊に押されたというのだろうか。信じられない思いでマリューが問うと、ミリアリアはそんな事は無いと答えた。

「いえ、負けてもいません。細かい戦果は報告を待つ必要がありますが、此方の管制上では互角という感じでした」
「そう、仕方が無いわね。サイ、敵の新型のデータは取れた?」
「はい、性能的には此方のどの艦よりも上っぽいですね」

 サイは得られたデータを確認しながらマリューに答えている。それを聞いたマリューは興味深そうであったが、今はそれよりも先にやるべき事がある。技術者魂を押さえ込んでマリューは艦隊の再編成を命じた。



 アークエンジェルを突破したミネルバは敵から離れた所で僚艦と合流していた。彼等は本来ならまだ訓練航海中の筈であったが、アスランを通じたウィリアムスの要請で動いていたのだ。名目的にはあくまでも訓練中の偶発的な遭遇で通す事になっている。
 艦の被害状況を纏めていたアーサーが溜め息を漏らしながらタリアの元に報告書を持ってくる。タリアがそれに目を通していると、アーサーが疲れた顔で愚痴を漏らしてきた。

「艦長、もうこんな無茶は勘弁してくださいよ。まともに準備もしてなかったんですから」
「そうね、次はもう少し完全な状態で勝負したいところね。あの黒いアークエンジェル級、中々良い動きをしてたし」
「確か、ドミニオンとかいう艦でしたね。あの浮沈艦アークエンジェルで副長をやっていたそうです」
「なるほど、道理でね。次はやれるだけやってみたいところだわ」
「勘弁してくださいよ艦長」

 物騒な事を言い出すタリアに、アーサーはますます疲れた顔でゲンナリとした声を出してしまった。




 ワイオミングの後退を援護しているMS隊はフレイのウィンダムを中心として10機ほどが壁を作るように展開して敵の浸透を防いでいたが、それもフォースインパルスを中心とするMS隊が突入してくるまでだった。それが誰の機体であるのか、フレイは感じ取って流石に罵声を放ってしまった。

「イザーク、あんたはお呼びじゃないのよ!」

 よりにもよってイザークが来たのか、とフレイは苦々しさを隠そうともせずに吐き捨てるように怒鳴る。アスランやフィリスには流石に負けるが、イザークも半端な強さではない。ザラ隊の中ではbRの実力を持つ猛者なのだ。
 彼を相手にする事が不可能だとは思わないが、指揮を取りながらでは流石に無理だ。本来ならトールが指揮するべきなのだが、彼は嫌がってフレイに任せてしまっている。所詮は速成士官なのでまあ仕方が無いといえば仕方が無いのだが。
 幸いにして厄介なのはイザークだけだと思ったフレイだが、この場には彼を相手に出来るようなエースは居ない。となれば自分が行くべきだろうかと考えた時、トールのウィンダムが前に出た。

「フレイ、インパルスは俺が押さえる!」
「ちょっとトール、出来るの!?」
「やって見せるさ、信用しろよ!」

 そう言ってトールはザフト最強のMSに挑んでいった。それを見たフレイはトールの強気な言葉に一瞬キョトンとしてしまったが、すぐにそれは苦笑に変わった。まったく、少しは自重すれば良いのに。

「しょうがないか、こっちで時々援護してあげましょう」

 フレイのウィンダムにはバックパック上部に背負うようにして量子通信誘導のミサイルコンテナが装備されている。これがフライヤーの代わりなのだが、未だにフレイはこれを使ってはいない。敵の本格攻撃を受けたら切り札として使おうと思っていたのだが、これを使う時が来たようだ。

「でも、アークエンジェルはどうしたの。もう付いても良い頃なのに。それにキースさんのコスモグラスパー隊は何処に行ったのよ?」

 どうにもおかしい。来る筈の味方が何時までたっても現れず、更に同行していたはずのMA部隊までが姿を消している。まさかあのキースがそう簡単に落されたとは思えないから、別の目標を見つけて攻撃に向かったと考えるのが当然だろう。だが、一体何処に向かったのだ。既に後退している敵艦隊を追撃しているのかもしれないが。
 そんな事を考えていると、3時方向から別のゲイツR部隊が襲い掛かってきた。数はさほど多く無い上にボロボロの機体ばかりであったが、動きは悪くない。フレイはそちらに向けてミサイルを放ったが、敵機の先頭を行くゲイツRがこれを振り切って襲い掛かってくる。

「ちょっと、複合誘導弾を振り切ったって、まだこんな奴が居たの!?」

 複合誘導弾は短距離ではあるがNJ干渉下であっても目標を追尾する事が出来る地球軍の画期的なミサイルだ。主に追加コンテナパックとして運用され、目標を指定してやれば打ちっ放しで目標を追尾する。フレイなどの高度な空間認識能力を持つパイロットなら追加の量子通信端末を装備する事でミサイルを狙った目標に誘導してやる事さえ出来るのだ。
 この為に普通のパイロットが使ってもそれなりの命中率を誇り、空間認識能力者が使えば回避は不可能に近いとされるほどの強力な武器となるミサイルなのだが、このゲイツRはそれを全て回避し、自爆させてしまった。


 フレイに挑んできたのはオリバーのゲイツRだった。アヤセや他の仲間たちと共にイザークたちの援護に駆けつけてきたのだ。現れたのはたった7機のゲイツRであったが、連続する戦いの中で彼等はかなり実戦慣れしており、特にオリバーは飛躍的な速さで腕を伸ばしていた。
 そのオリバーはフレイの放ったミサイルを回避して自爆させると、ビームライフルを2度ウィンダムに撃って距離を詰めようとしている。

「ダガーじゃない、見た事も無い新型だ。さっきのミサイルといい、こんな武器をナチュラルが持ってたのか」

 オリバーはフレイのウィンダムがライフルとシールドを構えて迎撃態勢をとるのを見ると、機体をくるりと回すようにして2機分ほど上側に機体を跳ねさせる。クルックルッという擬音が聞こえそうな見事な機動でフレイの放った銃弾を空振りさせ、反撃のビームを放つ。それをフレイは回避したが、自分の射撃が簡単に回避されたのを見て唇を軽く噛んだ。

「今のを避けた? それにあの動き……」

 自分の射撃を避けるのは簡単ではない。それはキラやアルフレット、フラガといったパイロットも認めているし、アスランたちも実戦で思い知らされている。シンやトールでは模擬戦で蜂の巣にされたことが幾度あったかというほどだ。フレイは相手の動きの一瞬先を読んで撃ってくるので厄介な事この上ないのである。
 そのフレイの射撃を上手く回避したという事は、あのパイロットはフレイの読みの上を行ったという事だ。そんな事が出来るパイロットは殆どいない。そんな化け物がまだザフトに残っていたとは。

「私の知ってるパイロットじゃない。何でこんなときに出てくるのよ、もう!」

 せめてフライヤーがあれば、と思ったが、無いもの強請りをしても仕方が無い。フレイはミサイルコンテナを起動すると、照準合わせを始めた。確かに手強い相手だが、所詮はゲイツRだ。それにまさかキラやアスランより強いという事もあるまい。
 フレイが強力なゲイツRを押さえている間に第7任務部隊のMS隊がが他のゲイツRに攻撃を開始していた。数では此方の方が多いのだから、イザークたちに対処しながらこの新手にも対処する余力がこちらにはあったのだ。

「そんなボロボロのMSで出てくるなんて、正気かい!?」
 
 ストライクダガーのパイロットがスクラップから作り上げたと言わんばかりの惨状のゲイツRを見て馬鹿にする。実際その性能はかなり低下しているのでアヤセたちには不利な勝負であった。でも退く訳にはいかないのだ。クリントにやってきた補給部隊から作戦を聞かされた以上、見捨てることは出来なかった。
 戦闘艦2隻にMS8機という弱体な戦力で出撃してきた彼等の無茶は確かにイザークたちを助けただろうが、それは自分たちの戦力をすり減らす事を意味している。交戦したゲイツR隊はたちまち1機が四方からビームを撃ち込まれて撃墜されてしまった。
 仲間が落されたのを見たオリバーは歯を噛み締めて怒りを堪え、ウィンダムにレールガンを放つが、ウィンダムは巧みに動いて照準を絞らせない。そして向こうの射撃は正確無比であり、飛んでくる弾はゲイツRの装甲を容易く撃ちぬいている。こんな凄腕と闘うのは初めての経験となるオリバーは、その圧倒的な強さに焦っていた。

「何で当たらないんだ、何でこんなに動けるんだよ、ナチュラルなのに!?」

 絶対的な身体能力の差が両者の間には横たわっている。それだけは確かな事であり、同じように努力したならナチュラルがコーディネイターに勝てる可能性は殆ど無いと言っても良い。だが、世の中には例外というものが居るもので、目の前のパイロットはその稀有な例外だった。戦史上に稀に登場する化け物じみたエースパイロット、その類と彼は戦っていたのだ。
 そしてフレイとの戦いは、オリバーを急速に追い込む結果を招いた。目の前の敵は凄まじい強さで、仲間は1人、また1人と撃墜されている。それはオリバーにもその恐怖を感じさせるに十分すぎる物であった。
 そしてその悲鳴にアヤセの物が混じったとき、オリバーは遂に自分の限界という物を破ってしまった。何かが弾け、頭の中がクリアになっていく感覚が広がると共に、目から光が失せていった。そう、オリバーは極限状態からSEEDを発現させてしまったのだ。
 そして突然動きが速くなったゲイツRにフレイは驚き、慌てて距離を取ろうとしたが間に合わずに踏み込まれてしまい、ライフルを両断されてしまった。

「な、何よ、いきなり速くなるなんてどういう事!?」

 ライフルを無くしたフレイは仕方なくミサイルを放って距離を取ったが、放たれたミサイルは全て撃ち落されてしまう。信じられないが、目の前のパイロットは急に腕を上げたのだ。
 だが、困った事にこういうパイロットをフレイは3人も知っていた。その3人が3人とも化け物と呼ばれる類のパイロットである事も。それを思い出してフレイは背中を嫌な汗が流れていくのを感じてしまった。そう、このパイロットはキラたちと同じなのだ。

「冗談、じゃ無いわよ……」

 バイザーを降ろして浮かぶ汗をエアコンに吸い込ませて、フレイは呟いた。今日は厄日だと。




機体解説

ミネルバ級戦艦

兵装 連装ビーム砲×4
   4連装ミサイル発射管×10
   CIWS×12
   艦載機 9機

<解説>
 ザフトがアークエンジェル級に勝利する為に完成させた新型戦艦。当初はインパルスのシルエットシステムの母艦として運用される予定であったが、シルエットシステムが本来の姿と変わった為にミネルバの設計も変更が加えられ、地上作戦能力も排除されて完全な宇宙艦となった。
 インパルスのコアスプレンダー用の中央カタパルトは不要となり、その部分にトリスタン連装ビーム砲が設置され、更に副砲の火薬砲もトリスタンに変更され、火力が大幅に向上している。
 幾つかの改修の結果、宇宙戦艦としては非常にバランスの良い艦に仕上がっており、将来的にローラシア級に替わるザフトの主力艦となる事が期待されている。



解説

カガリ 私は最近ずっと不幸続きじゃないか?
ジム改 気にするな、お前は代表だからな。
カガリ ところで1つ聞きたいんだが、私が宇宙に出たらキラたちは戻ってくるのか?
ジム改 主人公艦は一応アークエンジェルでして。
カガリ ご都合主義で通すつもりなんだな?
ジム改 その辺は主人公特権ですから。
カガリ まあ良い、終盤に間に合うなら贅沢は言わん。
ジム改 あれ、今日は随分と殊勝だな。
カガリ この辛い日々から開放されるなら贅沢言うつもりは無いって事だ!
ジム改 性格的に首長に向いてねえなこいつは。
カガリ それでは次回、一度後退する地球軍。ザフトもクリントに撤退し、補給作戦は一応成功した。アスランたちは基地司令に自分たちと一緒にボアズに退く事を勧めるが。ヘンリーはメンデルを訪れ、そこの調査を進めて幾つかの真実を手にする。そしてラクスは傭兵らしき集団の襲撃を受けていた。次回「夢の痕」で会おうな。

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