第172章  夢の痕


 

 第7任務部隊が戦場から離れるにつれて、戦いの光は段々と少なくなっていった。双方共に戦力を引きあげにかっていたのだ。戦いは戦艦を沈められた地球軍の敗北という形であったが、ザフト側も少なく無い犠牲を支払わされていた。アスランたちの立てた作戦はそれなりに上手く機能してはいたが、出てきた相手が予想以上に強かったのが禍したといえる。
 そんな中で未だに前線に留まって戦いを続けている連中も居た。精鋭が殿に残って味方を逃がすのは何処でも見られる光景であるが、ここで戦っていた部隊は多くが両軍のエースたちだった為に周囲から見ると異様なほどに派手な戦いが繰り広げられていた。
 しかし、この戦いに幕を引いたのは第8任務部隊本隊の出現であった。ミネルバの襲撃で遅れていた本隊であるが、ようやく戦場に姿を現したのである。艦隊から砲撃が開始され、艦載機が出撃してくる。それを見たイザークはビームサーベルを手に襲い掛かってくるウィンダムの一撃をシールドで受け止めながら、撤退の信号弾を打ち上げた。

「ここまでだ、フィリス、部隊を下がらせろ。俺が殿をする!」
「隊長、幾らなんでもこの部隊相手には無茶です!」
「無茶でも何でも良い、早くやれ、時間が無い!」

 ビームサーベルを受け止めながら、イザークは相手の機体に蹴りをくれて軽く押し返し、反撃にビームライフルを放つ。蹴り飛ばされたウィンダムは姿勢を崩していたので防御できなかったのだが、胸部の装甲がビームを受け止めて撃墜にまでは至らなかった。衝撃で弾き飛ばされただけだ。
 地球軍のMSの防御力はヘリオポリスで捕獲したGの頃からそうであったが、ザフト製MSに較べてとにかく高い。ストライクダガーでもジンより頑丈であったし、105ダガー以降のMSになってくると対ビーム防御力まで持ち合わせるようになっている。そして厄介なのがオーブの技術供与で作られているABシールドだ。ザフトではフリーダムやジャスティスから採用されるようになったが、ラミネート装甲製で防御力に劣っている。
 イザークはその防御力を忌々しく思っていたが、そのウィンダムの強さにも驚きを隠せないでいる。信じられない事だが、このMSのパイロットは自分に付いて来れていたのだ。

「裏切り者のコーディネイターが乗ってるのか、それともフレイみたいな常識外れが乗ってるのか。もしナチュラルなら自信を無くしそうだな」

 フレイに限らず、ナチュラルにも凄まじい強さを持つ奴はいる。その事をイザークはヘリオポリス以来の長い戦いの間に学んでいたが、それでも彼はコーディネイターの優位性を信じていた。だがこうもしょっちゅう出会うようになると流石に自信も砕かれ始めていたりするのだった。
 まあ、実際にはトールはイザークより弱いはずなのだが、地球軍の技術力が両者の能力差を縮めてしまったためにイザークは手強い敵が現れたと思ってしまったのだ。
 そして戦っているトールは幾度めかの被弾でクラクラしてくる頭で、これは拙いかと考え始めていた。この新型は前に目にしていたが、まさかここまで性能が違ったとは思わなかった。もしかしたらヴァンガードやデルタフリーダムより高性能かもしれない。特にダッシュ力はヴァンガード並みの速さだ。

「あの装甲、ガウスライフルの弾を弾いたな。オーブじゃフレイがジャスティスの装甲を破ったって聞いたけど、こいつはジャスティスより頑丈なのかよ?」

 信じがたいことだが、ザフトはフリーダムやジャスティス以上の攻防の性能を持つ化け物を投入してきたのだ。実際にはシルエットの換装でフリーダムやジャスティスといったMSの特徴を単機で再現できるMSであるが、装甲はより新型のVPS装甲なので両機より上回っている。 
 これを相手にトールはウィンダムでよく頑張ったと言えるのだが、流石にスペックで2回り以上は上の化け物を相手取るのは無理が有り過ぎたようだ。先に此方が壊れかけている。致命傷こそ負っていないが、そろそろ艦に戻ってマードックに頭を下げないといけないくらいに危険な状態になっている。

 一度距離を取ろうかと考えてトールが機体を下がらせる。下がらせながらトールは追撃されるのを予想して回避運動に入る用意をしていたのだが、予想に反してインパルスはトールを無視し、見当違いの方向にビームライフルを向けてビームを連射していた。そして少し遅れて反撃するように強力なビームが続けて飛来して、インパルスはトリッキーな動きで回避運動をした後で一気に逃げて行った。
 それを呆然と見送ったトールは、高速で近付いてくる味方機の信号に気付いてようやく理由を悟った。カラミティとフォビドゥンが駆けつけてくれたのだ。

「何だトール、ボコボコじゃねえか。情けねえ奴だな!」
「オルガ、助けに来たのかからかいに来たのか、どっちだよ!?」
「はん、馬鹿にしに来たに決まってんだろ。まあ雑魚は引っ込んでな。後は俺が相手してやるからよ!」

 そう言ってカラミティがバズーカを撃ちながら前に出て、フォビドゥンがカラミティに少し遅れて付いていく。こちらは余りやる気が無さそうだ。
 そこで一息ついたトールは周囲を見回し、戦闘が終結に向かっている事を知った。既に敵の姿は周囲には無く、戦いは散発的なものになっているようだった。



 この時、フラガは援軍に駆けつけてきたフリーダムを相手に苦戦を強いられていた。フラガはフライヤーがあれば勝てると思える相手だと思っていたが、生憎とここにはフライヤーは無い。仕方なくガンバレルで対抗しようと考えたのだが、ガンバレルの射程ではフリーダムの砲撃距離には対応は難しく、センチュリオンは放たれる砲撃を必至に回避し続けている。
 加えてフラガにはもう1つ気になっている事があった。それは先程から頭の中に入ってくる気配だ。フラガはそれを良く知っていたが、同時に何かが違うとも感じていた。そう、ラウ・ル・クルーゼと同じ、だが奴では無い人間があそこには居るという事だ。だが、そんな事がありえるのだろうか。

「ちぃ、面倒な奴等だな!」
「あのMAが付いてなければ大した事無いんだね?」
「うっさいクロト、余計な事は言わなくても良い!」

 フライヤーが無いとセンチュリオンは唯のMSだ。その事をクロトに突っ込まれてフラガはムキになって反論していた。4基のガンバレルも相手が砲撃型の装備を持ってるせいで近付いてきてくれず、宝の持ち腐れになっている。

 そしてセンチュリオンの相手をしていたフリーダムを使っているパイロット、レイ・ザ・バレルもフラガを感じていた。自分と同じ力を持った存在が目の前に居ると彼も感じたのだ。これまでにも幾度か感じたこの気配の持ち主を、レイはクルーゼから聞いて知っていた。

「ムウ・ラ・フラガ、フラガ家の最後の生き残りか」

 それは彼にとって特別な意味を持つ存在。この世界で彼が憎む一族の生き残りが目の前にいるのだ。そう思うと彼はここでこのMSを仕留めたいという衝動に駆られてしまったが、今からがここに来たのはそんな事をする為ではない。

「ルナ、潮時だ。早く後退しろ」
「え――っ、だってまだ1機も落してないじゃない。折角虎の子のブラストインパルスまで出したのよ!?」
「敵の本隊が来た、急がないと孤立して置いていかれるぞ」
「ああもう、後一歩なのに。レイ、その時は助けなさいよ!」
「……勘弁してくれ」

 何で俺はこいつと出会ってしまったんだろう、そう何十回目かの自問自答をしながら、レイは退路を考え出した。最悪の場合、ルナを引き摺って逃げなくてはいけないだろうから。



 一方、クロトは破砕球片手に敵のゲイツRと渡り合っていたが、こいつはちょこまか動いて一度として当たってはくれなかった。最初から勝つ気は無いようで反撃は消極的であったが、自分の攻撃を悉く回避されるのはなんだか腹が立つ。

「鬱陶しいんだよ、いい加減に消えろ!」

 口部からビームを放ってみるが、それも易々と回避されてしまう。それを見たクロトはますます逆上して攻撃を続けるが、頭に血が上った状態の攻撃が通用する筈もなく、悪戯に時間を無駄にしていた。
 本来ならもう切り上げても良いはずなのだが、フラガたちが退けないのは偏にシンのためである。シンがステラを捕まえて引き摺ってくるまでの間、ここを持たせようとしていたのだ。
 だが、その問題のシンがステラを止められなかった為にフラガたちを窮地に追い込んでしまった。シンはステラが乗っているザクウォーリアを落そうと思えば落せるのだが、もし一撃入れてザクウォーリアに致命傷を負わせてしまったら、と思うと迂闊な攻撃も出来ず、ひたすら捕獲しようとしては逃げられていたのだ。困った事にステラの反応速度は種割れ起こしたシンに対応できるほどに引き上げられているので、とにかく上手く逃げ回ってくれる。
 シンは加速性能を生かしてザクウォーリアを捕まえようとするのだが、ザクウォーリアは水の中の魚のようにすいすいとヴァンガードの手から逃れ、距離を取って突撃銃を撃とうとしている。その姿は傍から見ると変質者から逃げ回っているようにも見えたりする。少なくとも捕まえられようとしているステラははっきりと身の危険を感じていた。

「……しつこい奴、嫌い!」
「だから逃げないでくれって、俺だよ、シンだって。思い出してくれステラ!」
「ステラに変態の知り合いなんて居な……ううん、1人しか居ない!」

 居ないと力強く否定しようと思ったのだが、頭の中を変なお面被った変質者が過ぎってしまい、慌てて言い直した。近距離通信で声をかけてくるのも鬱陶しかったが、何故かそれを切ろうとは思わなかった。この声が聞こえるたびにステラの中で何かが疼いていたのだ。

「……知らない、やっぱり覚えてない。でも知ってる気がする?」

 何で、と悩むステラ。知らない筈なのに、知っていると頭の片隅で何かが叫んでいる。その不快感がステラを苦しめていた。
 そしてシンは再びステラを捕まえようと突撃をかけようとしたが、その正面にいきなり1機の白いMSが割り込んできて慌ててブレーキをかけた。そして一瞬の間に間合いに入ってきた白いMS、フォースインパルスはビームサーベルを取ると袈裟懸けにヴァンガードを斬り付け偏向シールドとの干渉を起こしていた。

「何だ、何なんだこいつは、邪魔するなよ!」

 シンはやっと手が届くところにステラを捉えたのに、それを邪魔しに現れた新型に怒りを露にしていた。そういえば前もこのMSに邪魔をされた。乗っている奴は同じ奴かもしれない。
 だが、それは前にシンを邪魔したパイロット、イザークのMSではなく、後方で撤退の指揮を取っていたフィリスの物であった。彼女は後退が遅れているディアッカたちを連れ戻しに来たのだ。
 更にもう1機のフォースインパルス、ミネルバ隊のレイ・ザ・バレルも現れ、此方はルナと一緒にセンチュリオンとレイダーの相手をしてくれている。

「ディアッカさん、デュラントさん、ステラちゃん、回収限界が近いです、退いてください!」
「フィリス、イザークたちは?」
「後退しました。残ってるのはクリントから出てきた一部のMS隊だけです!」
「クリントからのMS隊、か」

 それを聞いたディアッカは、ひょっとしたらアカデミーで会ったあの2人が居るかなと思い、そちらに行くことにした。

「悪いフィリス、俺はそっちの援護をして向こうの艦に拾われるわ。後でクリントで合流って事にしといてくれ!」
「え、ちょっとディアッカさん、何言ってるんですか!?」

 驚くフィリスだったが、ディアッカは答える事もなくそちらに行ってしまった。まあディアッカほどのパイロットならば自力で航法をしてクリント艦隊と合流できるだろうが、フィリスはその勝手な行動に憤慨していた。全く、どうしてうちのパイロットはこう自分勝手なのだろうか。
 そして仕方なくフィリスは他の2人を退かせながら自分も後退しようとする。しかしそれはヴァンガードの妨害を受けた。あのとんでもない槍を右腕で振り回しながらインパルスとの距離を詰めてくる。この機体だけはインパルスでも振り切る事は難しい。
 既に追撃する様子が無い他の2機はともかく、これをどう振り切るかとフィリスが思案を巡らせようとした時、至近距離だからか敵の声が通信波に乗って流れてきた。どうやら専用回線ではなく汎用回線を使っているらしい。だあ、そこから聞こえてきた声はフィリスを驚かせる物だった。

「待て、返せよ、ステラを返せ!」
「ステラちゃんを、返せ?」

 何故地球軍のパイロットがステラの事を知って居るのだ。しかも返せとは、まるで彼女が前に地球軍に居たかのような事を言う。そんな事がある訳が無いのに。

「……確かに私たちは彼女の素性を何も聞かされていない、ただ軍の人事局から訳有りだからと送られてきただけ」

 ステラにはおかしい所があった。あの常識の無さと情緒の不安定さ、精神的にも年齢不相応に幼い。ただ身体能力は並のコーディネイター以上であり、パイロットとしては不満は無かった。だが何よりもフィリスがおかしさを感じていたのは、彼女が定期的に大量の薬物を医務室で投与されている事だ。軍医が使わせているのだから彼女に必要な物なのだろうが、薬物投与が必要な人間がどうして軍に居るのだと前から思っていた。
 この問題をフィリス以上に問題にしたのがイザークで、彼はすぐに軍上層部に掛け合ったのだが、彼女の素性は軍機という事でこれ以上の詮索さえ封じられてしまった。探ろうとするだけで軍規違反なのだから手の出しようが無いのだ。
 だが、そこでフィリスは思考を打ち切った。今はそんな事を考えている場合ではない。

「貴方に付き合っている暇はありません!」

 インパルスが左腕にマウントされていたシールドを放って左腕でエクスカリバーを抜き、ヴァンガードの槍に叩きつける。ヴァンガードの槍は対ビームコーティングによってビームには強かったが流石にこの手の武器を耐えるほどの強度は無く、一撃で折れ曲がってしまう。
 ヴァンガードの最大にして殆ど唯一の武器といっても良い突撃槍を封じられたシンは、それでも諦めずに右腕のレーザーガンとシールドガトリング砲でインパルスの相手をしようとしたが、インパルスは急激な加速で大きく距離を取ってきた。牽制にビームさえ放ってきてシンの足を止めており、更に一瞬出遅れたことでヴァンガードは完全に置いて行かれてしまった。
 それを見たシンは慌てて追撃に入った。運良くステラを見つけたのだ、ここで逃げられたら、もう2度とこんなチャンスは巡ってこないかもしれない。

「返せ、返せったら、ステラを連れて行くなよ!」
「1人で追ってくる、そんなに大事なんですか、あの娘が?」

 まるで自分が悪人になったかのような後味の悪さを覚えながらも、フィリスは逃げに入った。後ろに退いたルナマリアに支援を要請し、ケルベロスが諦めないヴァンガード目掛けて放たれ、直撃弾がヴァンガードの偏向シールドに反発して吹き飛ばした。それを見たフィリスは戦場を離脱し、態勢を立て直したシンは追撃しようとしたがそれはクロトに止められた。

「もう止めろって、諦めろよ。行っちゃっただろあいつら」
「でもあそこにステラが居るんだ、居るんだよ!」
「ガキ1人になぁに熱くなってんだか。それにお前、そんなMSでどうやって追う気だよ?」

 ヴァンガードの突撃槍は折れ曲がり、ゲシュマイディッヒパンツァーは過負荷で高温になっている。もう何発も耐えられないだろう。更に連続する戦闘で推進剤も心許なくなっている。もう戦闘続行は不可能だった。
 シンはコクピットの中で幾度か罵声を放っていたが、やがてそれも小さくなり、大人しくなっていく。それを見たフラガはクロトにアークエンジェルまで曳航していくように言い、自らは殿に残って念の為警戒配置に付く事にした。

「目の前に居たのに助けられなかったってのは、辛いよなあ」

 シンの悔しさを考えて、フラガはどうしたものかと考えてしまった。それにこの作戦もだ。第7任務部隊を月に送る為の護衛部隊を割いて、尚攻略作戦を続けられるのだろうか。この作戦はこれで終わりだと、フラガは何となくそう予想していた。




 戦いの流れが終結に向かった、誰もがそう感じていた。戦場から少し離れたところで人外魔境なレベルの戦いを繰り広げていたキラとユーレクも同様で、両軍のMSが混戦状態を脱して統制を取り戻そうとしている。それが再攻勢の物ではなく、撤退の為である事は明白だった。

「ふむ、双方共に逃げに入ったか。まあ潮時ではあるが」

 些か残念そうに呟くユーレク。彼のザクウォーリアは至る所に焦げ跡を作っており、致命傷こそ負っていないものの大破と言って良い有様になっている。良くこれでまだ動けている物だ。
 過去の戦いではユーレクは性能で劣るMSを使ってキラと互角以上に戦っている。つまりユーレクの方がパイロットとして強かった訳なのだが、今回は同じ条件でユーレクが押されている。それはキラという人間が強くなっている事を示していた。この短期間で目に見えるほどの技量の向上を示していたのだ。

「流石は最高のコーディネイター、それでこそ怪物の敵手として相応しい!」
「僕は、貴方の趣味に付き合うつもりなんか無い!」

 デルタフリーダムが粒子ビーム砲をノーマルモードで発射する。MSなら直撃せずとも余波だけで引き裂き、直撃すれば跡形もなく気化してしまう重金属粒子の奔流がザクウォーリアに放たれる。
 しかしザクウォーリアはこれを回避して見せた。これまでの戦いでユーレクはこの砲の危険範囲を大まかに掴んでいるようで、機体を焦がされるような事も無い。

「貴方こそ何時までこんな事を続けるんだ。フレイに渡した手紙が本当なら、倒すべき敵が誰なのか、貴方には分かってる筈だ!?」
「勘違いしてもらっては困るな、私は傭兵なのだよ。傭兵が雇われた以上、雇い主の主義主張は関係ない。契約内容に違反しない限り傭兵は雇い主に従うものだ」
「その為に世界が滅びても良いんですか!」

 両肩のプラズマ砲を向けて連射する。強力なビームが続けてザクウォーリアを襲うが、怒りで撃ちまくっているせいか照準は甘かった。おかげでユーレクは軽々とそれを回避している。だが反撃は無い。既に突撃銃を失っていたのだ。

「まあ、折角世界の危機を伝えてやったのだ。せいぜい頑張るのだな。君が勝てば世界は救われる、負ければ世界は終わる、分かり易くて良いだろう?」
「変える力があるくせに、貴方って人は!」
「怒りで熱くなりすぎているぞ、感情を制御できなくては戦場では生き残れん。もう1人の君にも勝つ事は出来んぞ!」

 そう言うと、ユーレクは逃げるのを止めていきなり加速して襲い掛かってくる。それを見たキラはプラズマ砲で迎え撃とうとしたが間に合わず、ショルダーシールドによるチャージをまともに受けて吹き飛ばされてしまった。
 悲鳴を上げて吹き飛ばされるキラ、その隙にユーレクは機体を翻して逃げて行った。確かにキラは強くなったが、流石に駆け引きではまだまだユーレクの方が上のようだった。

「逃げた……なんで?」

 向こうの方が優勢だったはずなのに、何故逃げたのだ。キラはユーレクの行動を理解できないでいた。ヘルメットのバイザーを開けて空気を大きく吸い込み、胸の中のモヤモヤした物を吐き出したキラは周囲の様子を観察し、戦闘が終結しつつあるのを確かめて気を抜いたが、まだフレイが戦っているのを見てそちらの援護に向かう事にした。どうやら最後の敵集団の相手をしているようだが、梃子摺っているようだ。
 この時フレイはSEEDを発現させたオリバーーの相手をしていた。最初こそ動きの変化に戸惑ったのだが、慣れてしまえばそう怖い相手でもないと気づき、機体性能と経験の差に物を言わせて圧倒し始めている。敵のエース級と幾度も戦い続けてきたフレイとは違い、オリバーはこれが初めての対エース戦であった。そしてそれは、オリバーに超エースと呼ばれるレベルの人間の実力を思い知らせる戦いとなった
 だがそこにディアッカのゲイツRがオルトロス砲を持って加わった事でフレイの優位も消えた。長距離から正確に飛来するビームはフレイにとっても脅威で、砲撃を受けるたびに必至に回避することを強いられている。
 敵が退くのを見たオリバーは追撃しようとしたが、それを止める声が通信機から飛び込んできた。サブモニターの1つに赤いパイロットスーツを着た男が映し出される。

「おっと、これ以上は駄目だぜ。さっさと退きなって」
「え、貴方は?」
「おいおい、アカデミーの卒業式で会ったじゃないの。アスランと一緒に居たディアッカ・エルスマンだよ」
「……あ、あの赤服着てた色黒の柄の悪い人!」
「そういう覚え方はちょっと酷いんじゃないの。まあ今はそんなこと言ってる場合じゃないよな。早く退きなよ、逃げられなくなるぜ」

 オルトロスで装甲の青い部分を真紅に塗ったウィンダムを牽制しながらそう告げるディアッカ。彼には急ぐ理由があった。戦闘は終結に向かっているからこのままでは孤立するという事もあるが、それ以上にこの近くで行われていた化け物同士の戦いが終わったのを確認していたのだ。このままではあのフリーダムモドキがここに来てしまう。

「あれの相手は御免蒙るよなあ」

 俺はまだ人間レベルだ、と思っているディアッカは、キラのデルタフリーダムを相手にするのは勘弁して欲しいと思っていたのだ。ディアッカに促されてオリバーも仲間たちと共に退いていき、頃合を見てディアッカも下がっていく。これが戦闘の幕引きであった。





 戦闘の終結はマーカスト艦隊の窮地も救った。第7任務部隊に浴びせかけられていた砲撃が突然止んだのは、艦隊が敵のMA隊の攻撃を受けていたからだった。エメラルド色の有名なコスモグラスパーを中心に6機のMAが艦隊に襲い掛かり、砲撃を妨害し始めたのだ。数が少なかったザフト艦隊はこのMAの迎撃に全力を上げる事になったが、MSの大半を前線に向けてしまっていた為に直衛機は僅かであり、MAの跳梁を止められなかった。
 ザフト艦艇も最近になって対空銃座の設置を始めるようになり、エターナル級以降の新造艦には最初から装備されるようになっている。ローラシア級やナスカ級にも順次増設されていたのだが、やはりノウハウを持たないザフトでは効果的な防空システムを構築できなかったようで、その対空砲火は薄いものであった。少なくともキースから見ればそれはザルの様な弾幕だったのだ。

「対空戦闘の訓練も経験も足りないぜ。ただ対空砲を付ければ良いというものではないんだよ!」

 対空砲火とは綿密に計算された弾幕を張り巡らして敵機に攻撃を断念させることがその狙いだ。撃ち落す事はあくまでも二の次であり、対空砲火だけを頼りにして敵機の攻撃を防ぎきる事は不可能に近い。
 それをザフトは理解していなかったようだ。理屈だけを頼りに対空砲を増設したようだが、それが作り出す弾幕はキースには大した物とは映らない。アークエンジェルに較べればザルもいいところだ。
 ガトリング砲の作り出す弾幕を易々と掻い潜ってナスカ級の1隻に近付いたキースはミサイルを叩き込み、更にガトリング砲で掃射しながら駆け抜けていく。放たれたミサイル2発を受けたナスカ級が直撃弾に身震いし、砲火が止んでしまう。
 攻撃を終えたキースは一度艦隊下方へ駆け抜け、大きく旋回して別方向から仕掛けようと隙を伺いだしたが、彼が再度の攻撃を加える事はなかった。ザフトのMS隊が引き返してきたのだ。


 このキースたちに狙われたマーカスト艦隊は多くが何らかのダメージを受けてしまたものの、幸いにして中破以上の被害を受けた艦は無かった。、敵機が退いていくのを見てマーカストは指揮官席で安堵し、味方機の回収作業を行うように命じた。どうやら戦いは終わったようだ。




 この戦いは結局、第7任務部隊の壊滅という惨憺たる結果に終わった。第7任務部隊は主力である戦艦1隻を撃沈され、1隻を大破させられている。その他の艦艇も何らかの被害を蒙っており、航行不能に陥った艦も多い。これを月に戻す為にマリューは第8任務部隊の艦を割いて曳航と護衛をしなくてはいけなくなったが、そうなると第8任務部隊は所属艦の半数を持っていかれる事になってしまう。その戦力で第7任務部隊を壊滅させた敵に勝てると思うほど、マリューは自惚れてはいなかった。

「撤退、ですね。一度月基地に戻り、補給と修理を受けて再出撃しましょう」

 第8任務部隊司令官としての、それがマリューの決定だった。ナタルたちも仕方が無いかと応じ、第8任務部隊は第7任務部隊を後送するための準備に入ることになったのだが、ここにオブザーバーとして参加していたアズラエルがマリューに変な頼み事をしてきた。

「ラミアス司令官、ちょっと頼みがあるんですけどねえ」
「頼み、ですか?」
「ええ、クリントに行かないんなら、この船をL4に向けていただけますか。ちょっとそこに用事があるものでして」
「L4宙域?」

 完全に見当違いの方向だ。何でそんな所に行かなくてはならないのかと問うマリューであったが、アズラエルはそこで遊んでいる男を拾う約束が有るという、まるで軍艦をタクシーか何かと勘違いしているような事を言ってくれる。
 だがマリューは軍上層部からこの男の言う事には可能な限り便宜を図るよう命じられており、断る事は出来ずに渋々頷いた。

「分かりました、それでは一部の艦を割いて急行します」
「頼みますよ。ああそうそう、月から僕宛の暗号通信が来るはずなんで、僕に送ってくださいね」

 それだけ言ってアズラエルは口を閉じ、マリューたちは憂鬱そうに編成作業に入った。結局この任務にはアークエンジェルのほかに無傷だったパワーと1個駆逐隊が同行する事になり、第7任務部隊の護衛はドミニオンのナタルの指揮の下、他の艦艇で行う事になった。
 だが、これはマリューたちにとっては無意味な作業であったが、当のアズラエルにとってはそれなりに意味のあるものであった。アズラエルはこの戦争とは全く別のところで彼なりの戦いをしようとしていたのだから。

「ヘンリー、何か良い成果が上がっている事を期待させてもらいますよ。変な連中に嗅ぎ付けられる前に事を進めませんとね」




 アズラエルが向こうといった先、L4宙域にある廃棄コロニー群では変な連中が1つのコロニーを探検していた。そこでは戦闘の痕があり、破壊された艦艇やMS、MAといった兵器の残骸が彼方此方に漂っている。そこはかつてラクス軍が拠点として使っていた廃棄コロニー、メンデルである。ラクスたちはここを基地として使用してはいたが、あえて内部の研究施設には手を出していなかったようで、内部は割と綺麗な状態で残されている。クルーゼたちもここには触れなかったようだ。
 その研究施設の中を今、3人の男たちがライトを手に歩いていた。

「メンデル、ですか。私は来たのは初めてですが、薄気味悪い施設ですねえ」
「ひょっひょっひょ、そりゃまあ、何年も前に閉鎖された施設じゃからのう。それにここは人の業が染み付いておる、不気味でも仕方が無いわな」
「イタラさま、怖い事言わないで下さいよ」

 荷物の入ったリュックを背負って歩いているアーシャがビクッとして周囲を見回しているが、それを見たイタラは面白そうに大笑いしているだけだった。もしお化けとかの類がいるのなら、こんなところよりも地球の方がはるかに沢山出会えるだろう。こんな時代で今更そんな事を気にしても仕方がるまい。

「ですが、本当にこんな所に真実があるんですか。今まで誰も調べに来なかったっていうのも信じられませんが、それにしてもねえ」
「わしも確信は無いがの。じゃが何かはあるじゃろうて。何しろここはユーレン・ヒビキの研究所だったところじゃからの」
「クルーゼの正体を探っていくうちに、まさかアルカナムが出てくるとは思いませんでしたよ。しかしキラ君といい、クローンといい、ジョージ・グレンといい、何でこんな事を?」
「お前さんはそれを調べてるんじゃろうが。ほれ、さっさと行くぞ」

 イタラはヘンリーとアーシャを連れて更に奥へと入っていく。そこに何があるのか、彼は知っているのだろうか。





 その頃、地球からプラントに向かう民間航路を外れたデブリ宙域に近い辺りで1隻の貨物船がザフトのローラシア級と思われる艦船の砲撃を受けていた。やり口を考えればどう考えても海賊か何かの類と思われるのだが、多数のMSを装備し、更に装備が統一している事がこの連中が海賊風情では無い事を教えている。
 閻魔号と書かれた貨物船はデブリを巧みに避けながら必至に航行していたが、軍艦と貨物船ではやはり逃げきるのは難しいようでだんだんと距離が詰まっている。

「船長、駄目だ振り切れねえ!」
「どうします、船長!?」

 部下の船員たちが慌てた様子で艦橋にじっと佇む小山のような筋肉の塊に指示を求めるが、船長は何も言わずじっと何かを考えていた。そしてその様子を見ていた乗客のラクスとサカイは大丈夫なのかと不安そうにしていたが、突然目を開けた船長が2人の客を見て問いかけてきた。

「お前等、儂を信じられるか?」
「ど、どういうことでしょうか?」
「これからちょっと度胸がいる操船をする。儂を信じられねえなら捕まるだけだが、どうする?」

 それは、信じれば振り切れるという自信の現れであった。一帯何をするつもりなのかは知らないが、このまま捕まる訳にはいかないのだ。ラクスは少し逡巡した後、船長に頷いていた。
 それを見た船長は無骨な顔に野太い笑みを浮かべると、部下たちに発破をかけて自ら操舵器を握った。

「せ、船長、まさかとは思いやすが、デブリに突っ込む気じゃ!?」
「他にあれを振り切る手があるのか?」
「ま、マジですかい!?」

 船員たちはその答えに悲鳴を上げたが、この船長は冗談など言う男ではない。船員たちは顔色を変えて慌てて船内に対ショック姿勢をとるように命じると共に、手空きの全員で周囲を監視しろと指示が飛んだ。なんと閻魔号はデブリベルトの中に突っ込んでローラシア級を振り切るつもりなのだ。
 その無謀極まりない動きを見て驚いたのは、閻魔号の船員よりもむしろ追撃していたローラシア級の方だった。艦長が正気かと言わんばかりに目を剥いて驚いている。

「馬鹿な、デブリに衝突して自滅するだけだぞ。奴等は自殺する気か!?」
「艦長、どうしますか!?」
「追撃するしかあるまい、我々の任務は閻魔号の撃沈と、あの男の抹殺だ。ようやく捕まえたのに逃がす訳にはいかん!」

 艦長は閻魔号を追ってデブリ帯に突入するように命令したが、彼は直ぐにそれを後悔する事になる。速度を落とさずにデブリ帯に突入した閻魔号を追って中に入ったは良いが、たちまち周囲に浮かぶ岩や戦争デブリにぶつかって艦が悲鳴を上げだす。艦にぶつかる障害物が装甲板に傷を作り、時にはそれを破りかねない衝撃をもたらす。
 その無数の障害物が漂う危険な宙域を、信じられない事に閻魔号は速度を落とさずに駆け抜けていた。まるで障害物の間に道でもあるかのようにこの船はどんどん進んでいく。
 このような状況では流石に追撃など出来るはずも無く、程なくして閻魔号はローラシア級を振り切ることに成功した。そのままデブリの中を進んでいき、完全に行方を晦ませてしまう。暗礁宙域の中で一度見失えば再発見することは奇跡としか言いようが無いので、彼等は窮地を脱する事に成功したのだ。
 追っ手を振り切った船長は舵を部下に任せると、ふうっと息を吐いて右手で肩を叩いていた。

「気張りすぎたな、肩が凝っちまった」
「あの、あの追っ手はザフトの物だったのでしょうか?」
「いや、あれは儂を追ってきた連中だな。どうせまたターミナルの連中だろう」

 ターミナルと聞いてラクスの顔が強張った。その組織についてはラクスもある程度の関わりがあったのだ。そう、自分の後援組織としてターミナルは存在していたのである。

「な、何故ターミナルがこの船を。それにまたという事は、前にも狙われた事があるのですか?」
「それはお前等が気にするような事じゃねえ。もう用は済んだ、さっさと部屋に戻ってな」

 ラクスの問いを艦長は拒否し、船員に命じて2人を部屋へと下がらせた。それにラクスは不満そうであったが、この船長に文句を言うのはかなり怖いので言う事が出来ず、サカイに流されて艦橋から出て行った。
 しかし、この時ラクスの中では疑念が渦巻いていた。一体どうして自分の後援組織だったはずのターミナルが独自に動いているのか。どうしてこんな所で、しかもこの船を狙って動いていたのか。いや、そもそもターミナルとは何だったのか。
 これまで考えた事も無かった事、自分を助けてくれた数々の組織は一体何だったのだろうか。その疑問に彼女は延々と頭を悩ませる事になる。




 戦闘が終わった後、マーカスト艦隊はクリント基地に入港していた。既に到着していた輸送部隊が物資の搬出作業をしており、武器弾薬や食料、医薬品の納められたコンテナが次々に荷揚げされている。先にアスランたちの輸送船も入っており、入港してきたカトゥーンを埠頭で待っていた。
 その様子を見ながらカトゥーンから降りてきたマーカストは自分の幕僚やイザーク等のメインスタッフにアスランを加えて直ぐにクリント基地司令部へと足を運んだ。司令部では憔悴している物の、多少の安堵が見受けられる司令官が満面の笑顔でマーカストを出迎えてくれた。

「マーカスト提督、良くここまでこれましたな。あなた方の勇気に敬意を表します」
「いや、今回の計画に多くの者が賛同してくれたからだ。私は大した事はしとらんよ。それより、随分と酷い事になっているようだな」
「はい、基地機能は既に半減しており、将兵ももう死傷率5割以上になっています」
「壊滅状態、か」
 
 マーカストは瞑目してクリント守備隊の兵士たちの冥福を暫し祈り、そして司令官に自分たちと一緒にボアズまで後退しないかと提案した。ここに残っていても玉砕するだけであり、それくらいなら今残っている戦力をボアズに合流させた方が良いとマーカストは言う。だが、司令官は首を横に振った。

「ありがたい申し出ですが、我々は最低でもあと1週間、ここで敵を食い止めなくてはなりません。それが我々の受けている命令です」
「だが、それでは玉砕だぞ?」
「止むを得ますまい、それがザフト上層部の決定ですからな。ですが、我々がここで時間を稼げばそれだけ本国の守りも強化されるのです、無駄ではありますまい」
「……分かった、仕方があるまいな」

 上層部の命令を前線部隊の判断だけで覆す事は出来ない。それが軍の指揮系統というものであり、守られなければ大変な事になってしまう。
 だが、そこでそれまで黙っていたフィリスが口を挟んできた。

「あの、宜しいでしょうか?」
「何かね、フィリス・サイフォン?」

 マーカストが娘のような年齢の少女に顔を向ける。フィリスはイザークの部下であるが今回の作戦ではマーカストの幕僚の1人でもある。今回は部隊の再編成や物資の確保などで多大な貢献をしてもらっていた。そのフィリスがクリント司令官に提案をしたのだ。

「部隊を後退させるのは無理でも、傷病兵の後送なら構わないのではないでしょうか。傷病兵は足手纏いでしかありませんし、この基地では満足な治療も受けられないでしょう。ですがボアズや本国に送ればマシな治療が受けられます」
「なるほどな、それくらいなら本国も文句は言うまい」

 傷病兵を後送する程度で目くじらを立てる奴はいない、そう言うフィリスにマーカストも頷き、基地司令にどうだと問いかける。基地司令もその提案には心を動かされたようであり、マーカストにお願いすると頭を下げてきた。

「確かに、それくらいならば構いますまい。事後承諾になりますが、よろしくお願いします」
「では直ぐに準備に取り掛かろう。空荷になった輸送艦の格納庫を使えば十分に収容できる筈だ。重傷者は各艦の医務室や兵員室で収容する」
「ですが提督、敵艦隊も近くにおります。あれが来るかも知れませんが?」
「作業が遅れたなら、一戦する覚悟をしておく必要があるな」

 それはもし作業が遅れたら、敵艦隊と戦うというマーカストの決定だと幕僚は察し、急いで収容作業の準備をする為に司令部を飛び出していった。この司令官はやると言ったらやる、傷病兵を積んだ輸送部隊を守りながらアークエンジェル級と戦うなど冗談ではないのだ。
 幕僚が飛び出して行った後で、イザークはマーカストに問いかけた。もしこの事を理由に上層部に糾弾されたらどうするのかと。現在の上層部はエザリア派であり、エザリア本人が認めたとはいっても彼等が納得した訳ではない。異分子であるザラ派のマーカストを排除する理由に使われるかもしれないのだ。
 だが、その心配に対してマーカストは気にするなと気楽そうに答えてくれて、イザークの目を丸くしてしまった。

「まあ、その時はその時だ。今更しがみ付くほど惜しい地位でも無いからな」
「……申し訳、ありません。母上のせいで」
「別に貴様が謝ることではあるまい。それに、まだやる事は多い、お前も早く行け」

 マーカストに促されてイザークも司令部から出て行く。それを見送ったマーカストは基地司令の肩を掴んで物陰に引き込むと、周囲に聞こえないように期日が来たら直ぐにここを放棄しろと勧めた。そう言われた基地司令は迷いを見せていたが、マーカストはナチュラルは1月もしないうちに大攻勢に出てくると言い、そうなればここは玉砕するか、スキップされて孤立するだけだと。もうここには地球軍を脅かせるだけの機動戦力など残っていないのだから。
 しかし基地司令はこれには頷かなかった。彼はウィリアムスやマーカストのような気骨のある軍人ではなく、与えられた職務に忠実なだけの職業軍人だったのだ。だがそれだけに命令無しでは動けないタイプだったのである。

 だが、この部屋にはまだ客人が残っていた。アスランである。彼はマーカストのスタッフでも幕僚でもなかったのでここに残っていたのだ。その彼が彼なりの考えをマーカストに語りだした。実はこれまでずっと発言していなかったのも、これまで延々と考え込んでいたからだったりする。

「提督、これは私の私見ですが、地球軍はここには来ないかもしれません」
「ほう、どうしてそう思う、アスラン?」
「地球軍はここを橋頭堡として欲しがっていたようですが、同時にここに機動戦力が配置されている事を警戒した為に攻撃を続けていた筈です。そして今回現れた敵はあの足付きの部隊、恐らくこれは攻略部隊だった筈です」
「そうだとして、それがどうかしたのか?」
「私は足付きと何度も戦いました。だからあれの行動はある程度読めるという自信があるのです。あれは味方が窮地に陥っている時、それを見捨てるような行動はしないでしょう」

 アークエンジェルの指揮官は見捨てられない甘さを持っている。これが他の指揮官であれば壊滅した艦隊を捨て置いてクリント攻略を優先するだろうが、あの艦の指揮官ならばそういう行動はすまい。恐らく壊滅した艦隊を護衛して味方の基地まで後退する筈だ。アスランはそう読んでいた。
 




 宇宙港では久しぶりに多くの艦艇が入港していて、湾口は賑やかになっていた。守備隊将兵も久しぶりの友軍と届けられた物資に笑顔がこぼれ、顔見知りを探して動き回っている者もいる。
 入港していたミネルバからはルナマリアとレイが出てきて、宇宙港で指示を出しているイザークとフィリスに声をかけていた。

「あ、ジュール隊長にフィリスさん、久しぶり!」
「どうも、ご無沙汰してます」
「おうお前等か、まだ生きてたんだな」

 イザークがやってきた2人に右手を上げて答え、久しぶりの再会を祝う。そしてそこに若いパイロット2人を連れてディアッカがやってきた。

「よう、無事に帰ってきたぜ」
「ディアッカ、お前また勝手に動いたんだってな。フィリスが怒ってるぞ」
「別に良いですよ、もう慣れましたし」

 もはや諦めの境地なのか、この件に関しては何も言わないフィリス。だが決して許した訳では無いぞという怒りの空気が滲んでおり、ディアッカの額に脂汗が浮かびだす。そしてフィリスはディアッカと一緒にいる2人の少年少女に微笑みかけた。

「久しぶりですね、オリバー君にアヤセさん。アカデミー以来ですけど、元気でしたか?」
「は、はい、サイフォン先輩!」
「さっきはディアッカさんのおかげで命拾いしましたけどね。あのまま戦ってたら殺されてました」

 2人はフレイのウィンダムを中心とするMS隊に苦戦を強いられていたが、途中から砲撃で支援してくれたディアッカのおかげで窮地を救われたそうだ。ちなみにフィリスに微笑まれたオリバーは顔を赤くして照れていて、アヤセに靴を踏まれていたりする。
 それを聞かされたフィリスはディアッカを見てしょうがなさそうな顔をし、それを見たディアッカは助かったと感じてどっと肩を落とした。
 その後彼等は何処で何をしていたのかを笑い混じりに話しあったりしていた。ルナがインパルスのパイロットになった事で隊長のマーレ・ストロードに目を付けられている事をレイが話した辺りでは流石に笑ってはいられなかったが。

「ちょっとレイ、余計な事言わないでよ」
「だが事実だからな。インパルスがミネルバにテスト目的で配備された時、グラディス艦長に相談を受けたアンヌマリー隊長がルナを推薦したんだが、マーレ隊長は自分がインパルスのパイロットに選ばれると思ってたから不満なんだ」
「ミネルバも大変なんだなあ」
「なんなら俺から一言言ってやろうか。そんな奴、俺が手を回せば黙らせられるぞ」

 ディアッカが同情したように言うが、ルナマリアは気にして無いと手をパタパタ振って誤魔化している。だがレイがこんなことを言うくらいだから、ルナマリアが受けている圧力は相当な物なのだろう。余程の事が無ければレイが自分から他人に関わるような事はしない人間だからだ。
 そしてイザークはこれでも実はかなり偉い。白服来た隊長ではあるが、提督級の戦略会議に出席を許される立場だからだ。ザフト内の地位では先任のタリアより上だと言える。その俺が苦情を出せばマーレとかいう奴もこそこそした真似は出来なくなるだろうとイザークは考えたのだが、それもルナは拒んだ。あんな奴に負けたくないそうだ。
 そう言われては仕方が無いと思ったか、イザークもそれ以上は無理強いしてこなかった。そして話題を別の方に振ろうとした時、デュラントがここに集まってる連中に文句をつけてきた。

「おいお前等、忙しいのに何群れてサボってるんだよ?」
「サボってるって言うなよお、なんだか俺たちが悪いみたいじゃん?」
「いや、悪いだろどう見ても」

 デュラントに言われてディアッカが抗議してくるが、デュラントはそれを一言で切って捨ててサボってる奴等をじろりと見た。その視線を受けた者達は1人の例外も無く視線を逸らせ、デュラントと目を合わせないようにしているあたり、自覚はあったようだ。
 そしてデュラントに連れられてやってきたステラはフィリスを見ると嬉しそうな顔で近付こうとしたが、そこに見慣れぬ顔を見てビクッと足を止めてしまった。そしてビクッと反応された相手、ルナマリアは見慣れぬ女の子が自分を見ていきなりフィリスの背中に隠れたのを見て、額に太い欠陥を浮かべてしまった。

「な、何でそんなに怖がってるのかしら?」
「それは多分、ルナも凶暴性を察したんだろうな、勘の鋭い娘だ」
「誰が凶暴よ誰が!?」

 怯えるステラの反応を分かり易く解説してやったレイは、口は禍の元という格言を身をもって学習する羽目になった。ちなみにステラがルナマリアを怖がった理由はレイの指摘した通りであったようで、レイの洞察力を褒めるべきかステラの野性の感を褒めるべきかでイザークたちは暫く議論を交わしていた。


 この後、幸いな事に第8任務部隊はクリント基地に来襲する事はなく、マーカスト艦隊は補給物資を降ろし、代わりに傷病兵を積み込んだ輸送船団を護衛してボアズへの帰途に付く事になる。
 マーカストたちはクリントの守備隊が無事にボアズに引き揚げてくれる事を期待していたが、彼等は直ぐにそんな事を考えている余裕を無くしてしまうのであった。第7任務部隊の壊滅という被害を受けた地球軍はザフトの戦力が回復してきていると考え、これ以上の時間を与えない為にこれまで準備を進めてきたプラント侵攻作戦「エルビス」を発動させたのだ。



後書き

ジム改 書いてて思った、ひょっとしてディアッカがエース級を退けたのって初めてか?
カガリ 前にあったかもしれんが、噛ませ犬の印象が強すぎるからなあ。
ジム改 思えば不憫な奴だ、ザラ隊でもイザークと並ぶ実力者なのに。
カガリ でも下手に活躍するとミゲルと同じ目にあいそうだしなあ。
ジム改 イザークを庇ってキラにぶった切られる、とか?
カガリ いや、トールにぶった切られる。
ジム改 ……ザフトレッドなのに。
カガリ 流れ弾で戦死したミゲルの方がもっと酷いと思うが。
ジム改 まあ確かに。
カガリ それでは次回、L4宙域でメンデルに入るアークエンジェル、そこでキラたちはヘンリーたちと合流するが。アスランたちは本国に戻り、任務に復帰することに。そしてフィリスはユウキたちの組織に加わっていく。色々と酷い目にあいながらもラクスもようやくプラントに帰還した。次回「メンデル」で会おうな。
ジム改 ところで、結局お前とキラはどっちが姉か兄なんだ?
カガリ 私が姉に決まってるだろ。あいつが弟だ、文句があったら戸籍を改竄してやる。
ジム改 …………。

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