第174章  過ぎた日の記憶


 

 月のコペルニクス基地に帰還した第8任務部隊は、そこで補給と整備を受ける傍らでクルーには休暇が出され、多くのクルーは基地に有る慰安施設に赴いたり、遠出をして近隣の市街地に出向いたりしている。
 だがそんな中でも仕事がある者は居るもので、ドミニオン艦載機部隊の隊長であるキースは数少なくなった歴戦のMA乗りとしての経験を生かして若いMAパイロットたちの訓練をしていた。
 とはいえMAに乗った訓練ではなく体力作りをしたり内臓を鍛える為に逆立ちをしたりという基礎訓練である。MAエースはフラガやアルフレットなどを例外とすれば、基本的にはキースのような一撃離脱型のパイロットに多い。これは一撃離脱こそが接近戦闘能力に優れるMSに対してMAの最大の特徴である最高速度と加速性能を生かせる戦法だからに他ならない。MSに対してMAは回っては駄目で、ひたすら大火力に物を言わせて戦場を駆け抜けるのが常識となってきている。
 連合のMA戦術はこのようにシフトしており、それに伴ってパイロットの養成プログラムも変化してきた。そしてMAパイロットの生存率が向上してきた事でパイロットの技量も全体的に向上してきており、機体がコスモグラスパーに更新された事もあってMA部隊は連合の戦力の一翼を担うまでに回復してきている。
 ザフトが折角完成させたガルムの運用に苦労しているのは地球軍のように運用ノウハウを持たない為で、地球軍は豊富なノウハウを持っているのでこのように敵に合わせて戦術を変化させる事も出来る。
ザフトはこの戦争をMSで始めたのだが、それ以外の戦い方を持っていなかったのだ。まあ出来て間もない新造組織では仕方の無いところである。

 このアーマー部隊の訓練を監督していたキースは、そこでナタルと一緒に書類仕事をしていた。

「すいませんキース、手伝わせてしまって」
「しょうがないでしょ、書類が溜まってるんだから。それにまあ、訓練の監督なんて暇なもんだから」

 やる事のスケジュールは決まっており、キースはただそれらの進行を見ているだけが仕事だ。これでは暇なだけなので、ナタルが話し相手になってくれるのは嬉しかった。艦では艦長と部下という立場があるので、恋人としての気分を出せるのは艦の外だけなのだ。まあそう思ってるのは当人たちだけで、ドミニオンのクルーはバカップル呼ばわりしているのだが。
 そのまま暫くナタルはちらちらとキースの様子を伺いながら書類整理をしていたのだが、ある程度仕事が片付いてきたところで思い切ってキースに問いかけた。

「あの、キース、1つ聞いても良いですか?」
「ん、なに?」
「メンデルコロニー、何故行かなかったんです?」

 そう問われたキースは走らせていたペンを止め、顔を上げて恋人の顔を見た。

「どうしていきなりそんな事を?」
「いえ、なんだかアズラエル理事の誘いを断ってからずっと、何か悩んでいるような顔をしていましたから」

 そう言われてキースは少しムッとしたが、直ぐに苦笑に変えてペンを置き、訓練中の新兵たちに一時休憩を告げて解散させた。そして疲れた顔で新兵たちが訓練場から出て行くのを見送って、キースはナタルのほうを見た。

「別に迷ってる訳じゃないんだが、なんて言えば良いのかな。あそこには辛い記憶しか無いんだよ」
「確か貴方が調整体にされた研究所、でしたよね」
「ああ、俺や俺の仲間を好き勝手に改造してくれた、忌々しい場所さ。俺にとってはあそこは呪われた場所なんだよ、だから近付きたくないんだ」

 そう言って、キースは昔話を始めた。メンデルで何が行われていたのか、誰も知らないところでどんな研究が行われていたのか。それは世界のほんの一握りの人間だけが知っている世界の真実の断片、キースもごく一部だけ知っている世界の真実。それはジョージ・グレンに関する神話のような物であった。




 それは愚かな科学者たちの探究心から始まった。未知なる可能性を、人の進化を求めた科学者たちは幾つもの可能性を検討し、様々な予測を立てたが、それらは全て予測でしかない。何時しか彼等はシミュレーションではなく、進化した人間をこの目で見たくなった。その欲望を押さえられなくなった彼等は、自分たちで人間の進化を速めようと考えた。そのために科学者たちが選んだ手段は、人間の遺伝子操作という当時の倫理観では決して許されない行為であった。
 それは当然ながら難航した。何しろ遺伝子を操作して別種の新人類を作り出そうというのだ、遺伝子治療やオリンピックの為の強化改造などとは訳が違う。しかもそんな研究は当時の世界では何処でも違法であった為、彼等は密かにそれを進めていた。無数の受精卵を非合法に入手し、膨大な実験を繰り返していった。その過程で一体幾つの命が失われたのだろうか。この実験を知る者は当然政府なり財界にも居ただろう。そうでなければ何処かで発覚しただろうし、資金も手に入るまい。あるいは軍事転用も考えられていたかもしれない。遺伝子操作された兵士がどれ程の物となるかは、現在のザフトを見れば明らかなのだ。
 そしてその実験の中から幾人ものコーディネイターの試作品が生まれていったが、研究段階の遺伝子操作が生み出した人間モドキでしかない彼等は余程幸運に恵まれなければ長くは生きられず、その多くが1歳の誕生日を迎えるまでもなく死んでいった。
 どれだけの犠牲を重ねただろうか、やがて彼等の狂気の研究は1つの成功例を生み出してしまう。その完成度に狂喜した彼等はその実験体をジョージ・グレンと名付け、英才教育を施していったのだ。
 そして彼等はその実験体を世に放った。自分たちの生み出したモルモットが世界でどういう扱いを受けるか、どれだけの業績を上げるかを確かめたくなったのだ。こうして世界はジョージ・グレンという稀代の天才を迎えたのである。




「とまあ、これがジョージの誕生秘話、という奴じゃな」

 腰を降ろしたままで、イタラは淡々と過去の神話を語った。それは誰もが知りたいと願っていた事、ジョージ・グレンの過去であった。それは別におかしな話でも、これといった突飛な内容でも無い。遺伝子操作などという研究の実態を考えれば、その過程で膨大な犠牲が出ている事は当たり前なのだ。医薬品の新薬がどれだけ動物実験を重ねて成果を残そうと、最後は人体実験をしてみないと人間に使えるかどうかは分からないのと同じだ。人間を弄るのなら人間を使わなくては正確なデータは取れないのだから。
 そしてイタラは話を続けた。ジョージ・グレンを作る前後において幾つもの新技術が生まれていった。遺伝子改造に関わる副産物として生まれた様々な新薬と、遺伝子治療のデータなどだ。何処をどのように弄ればどのような変化が出て、人間にどのような影響がおきるかをこの数々の実験が明らかにしてくれたのである。結果として後天的な放射線障害などの治療がある程度可能になったりしている。

「特にこれらの遺伝子実験の中で大きな成果と言えたのが、人間のクローニングと不完全ながらも人口子宮の完成じゃな。現在でも違法とされておる人間のクローンはこの頃にすでに生み出されておったのじゃ」
「何で、そんな事を?」
「まあ色々と理由はあったんじゃろうが、一番の理由は技術的な興味じゃろうて。科学者が動く最大の理由は常にこれじゃよ。実験したり作ったりしたいんじゃ」

 そんな理由でコーディネイターが誕生したというのか。だが、それでジョージ・グレンの秘密は分かったが、何故彼が自分の製法を開かしたのかが分からない。そんな事をして何の意味が有るというのだ。この事を問われたイタラは、珍しく苦虫を噛み潰したような苦渋の顔になってしまった。

「ジョージも、利用されただけなんじゃろうな」
「どういう事です?」
「さっきも言ったじゃろう、科学者は実験したいと。儂も真相は知らんが、大体の予想は出来る。奴等はコーディネイターの数が増えたらどうなるのか、その変化を実験してみたくなったんじゃろう。もしくはコーディネイターを増やして何かを起こそうとしていたか、じゃな」
「コーディネイターが増えて起きる変化?」
「そうじゃ、今の世界を見れば分かるじゃろう。この世界はコーディネイターが生まれたせいで滅茶苦茶になっておる」

 そう言われて、その場にいた全員がはっとして顔を見合わせた。確かにそうだ、今の世界情勢はそれまでとは全く異なる、異質とも言える状況に陥っている。この戦争はある意味で同じ人間同士の戦争では無い、人間と人間に似た何かが激しく戦っているのだ。宇宙人の襲撃とかいう事態でもなければ起きようも無いはずの戦争がこの戦争なのである。
 これはしょうがない事だと誰もが思っていた。生まれてしまったコーディネイターたちの数が増えてしまった以上、この激突は避けられないものだった。コーディネイターとは世界というパズルの中に入ってきた、決して噛み合わさらないピースでしかなかったのだから。
 しかし、そこでトールが疑問をぶつけてきた。コーディネイターなんかが出てこれば世界がめちゃくちゃになる事くらい予想できなかったのかと。何故ジョージ・グレンは発表してしまったのかと。その問いに対して、イタラは表情を暗くした。

「今の世界の有り様は、奴等の望んだ物じゃろうて。人類の進化の探求が奴等のテーマじゃからな。コーディネイターという外敵の出現が人類の進化を促す、そう考えたんじゃろう」
「じゃあジョージ・グレンも?」
「いや、あいつは悪い意味で人間を信じ過ぎておった。奴はデータを公開してもこんな世界になるとは考えておらんかったんじゃ。人はそこまで愚かではないと信じておったよ」

 信じていたから、あんな事をしてしまった。だから彼は必至になってナチュラルとコーディネイターの対立を避けようと努力し続けたのだ。自分のやってしまった事の意味をようやく理解できたから。

 だが、イタラの話はキラとアーシャに衝撃を与えていた。コーディネイターとはジョージ・グレンが夢を託して生まれた存在ではなく、この世界に変化をもたらす為に生み出された異分子でしかない。それはコーディネイターという存在の否定であった。

「どういうことなんですか、イタラ様。何処にそんな証拠が!?」
「アーシャ、儂も全てを知っておる訳じゃない。もちろんこの話にも証拠は無い、ただの推論じゃよ。じゃが儂は自信を持っておるぞ、奴等の尻尾くらいには手が届いたとな」
「奴等?」
「アルカナム、そう自称しておる科学者集団じゃよ。わしやジョージを造りおった狂人どもじゃ」

 イタラはそこで一度ふうっと息をつくと、なにやら肩の荷が下りたかのように少しだけ表情を緩めた。そしてイタラはアズラエルを見やり、皮肉げに口元をゆがめた。

「アズラエル、お前さんは色々と知りたがっておったのう?」
「ええ、ブルーコスモスにとっては全ての元凶とも言うべき相手でしたからね。その所在が明らかになったところで捨て駒を特攻させて吹き飛ばしてやろうと思ってたんですよ」

 アズラエルもアルカナムの存在を知ったのはブルーコスモスに関わるようになってからの事だ。ジョージ・グレンを作り出した科学者の抹殺はブルーコスモス強硬派にとっては至上命題であり、血眼になって探していたのだ。その過程でアズラエルはアルカナムという組織を知ったのだが、それが何処にあって、どういう構成人員なのか未だに分からなかったのだ。ただ彼は、ジョージ・グレンの研究に第3次大戦のアメリカ合衆国が関わっていたらしい、という事までは独自に調査していた。
 その過程でアズラエルはジョージ・グレンと繋がりがある人間、イタラを発見したのだが、彼は既にヘンリーと個人的な知人なっていたので迂闊に手を出す事が出来ず、仕方がなく放置していたのだ。まあ、その後ヘンリーを通じて妥協的に話し合う事もあったのだが。ブルーコスモスが地球上のスフィアを攻撃しなかった背景にはそんな事情もあった。
 それまで腕を組んで壁に背を預けていたアズラエルであったが、自分にとっても興味がある話が出てきたことで壁から離れ、イタラに続きを促した。

「聞かせてもらいましょうか、アルカナムの事を」
「良かろう、何時かは話す約束じゃったからの。ここは絶好の舞台じゃて」

 腰を上げてイタラは歩き出した、それに続いてキラたちも歩き出す。途中で伺える研究棟の様子はなんだか不気味で、本当にお化けでもいそうな雰囲気だ。施設の奥へと進みながらイタラは自分の知っている事を話し出した。アルカナムとはAD世紀の頃から続く科学者の結社であり、秘密、神秘を意味する言葉でもある。その意味の通り組織の全容を知る者はイタラでさえ心当たりがなく、既に組織として機能しているのかさえ定かでは無い。あるいは組織としては既に滅んでおり、僅かな生き残りが蠢動しているだけかもしれない。いや、それとも全く別の組織と化しているか。
 この組織は科学者たちが自分の願望を叶えるために存在しており、通常であれば出来るはずが無い研究などに手を染めていたという。アルカナムが組織として動いた事はイタラの知る限りではコーディネイターに関する事だけだが、自分の知らないところで別の騒ぎを起こしている可能性も否定できないという。
 自分はジョージ・グレンの後で彼のデータを参考に作られた多数の試作型の1つであり、後に彼が世界に公表したコーディネイターの遺伝子構造データはそれらの改良を加えられた物で、厳密にはジョージ・グレンの物とは違うそうだ。だが彼がオリジナルという点は変わらない。

「儂は試作品の中では安定しておったおかげでこうして生きていられる訳じゃが、他は酷い物じゃったよ。そして儂はいきなり研究所から見知らぬ土地に放り出されておっての。結構苦労させられたもんじゃ」
「……つまり、貴方はアルカナムが今何処で何をしてるのかはさっぱり知らないと?」
「一度放逐された儂に接触など取ってくる訳がなかろう。仮に顔をあわせたとしても向こうはこっちを知らんじゃろうしな」
「それじゃ役に立たないじゃないですか」
「いやいや、儂は1人怪しい人間を知っておるぞ。お前さんたちも知っておる有名人に1人おる。どう考えてもおかしな人間がな」
「おかしな人間?」
「僕たちも知ってる有名人?」

 誰だろうとアズラエルやキラが首を捻っている。キラも心当たりが無いようで首を捻っているが、それを見たイタラはおかしそうに笑って誰かを教えてくれた。

「1人おるじゃろうが、マルキオという男がの」
「マルキオ導師が、ですか?」
「確証は無いがの。じゃがあの男はただの坊主ではあり得ないほどの事をしておるよ。ジャンク屋やターミナルの創設に関わったり、連合とプラントの間を取り持ったりの。どうもラクス嬢に戦力や物資を流してもおったようじゃな。それにあやつが発表したSEED理論といい、坊主というにはおかしな所が多すぎる。少なくとも個人の力でやれる事では無いぞ」
「……でも、ラクスやシーゲルさんやウズミ様も信頼してたような人ですよ。そんな人がそんな変な組織に関わってるなんて信じられませんよ」
「儂も奴が悪人だとは思っとらんよ。人類を救いたい、というのも真実じゃとは思う。じゃが、それでも奴には説明が付かん事が多すぎるんじゃ、多分奴は何かを知っておる」

 キラにはどうにも信じられなかった。少なくとも彼の知るマルキオは人当たりの良い、善人と呼べる人物であった。多くの人々に慕われていて、この世界の現状を憂う人格者であった筈だ。
 そのマルキオが世界を実験場に見立てて何かをやっていたというのか。マルキオの穏やかな表情を思い出しながら、キラはそれをどうしても受け入れられなかった。信じたくなかったのだ。
 だが、そのキラの考えをヘンリ―が打ち砕いてしまった。

「それはどうだろうねえ、マルキオ導師はメンデルとも関わりがあったようですし、私にも知る事が出来ない手段でラクス・クラインに面倒な人間を譲渡したりしてたようだし」
「面倒な人間?」
「私も知ったのはつい最近なんだけど、空間認識能力を持ったクローン人間を調達していたようなんだ。クローンの存在は別におかしくはない、そこのアズラエルたちも作って使おうとしたからね。ただ、そんな簡単に作れる物でも、ホイホイと調達できる物でも無い筈で、そんな代物を彼は何処から手に入れたのか」

 プレアの事を言われてアズラエルがわざとらしい咳払いをしている。彼の開発にはアズラエル財団も一枚噛んでいたのだ。まあ誤魔化しているつもりなのだろうが、今は誰もそれには突っ込まなかった。そんなレベルの話では無いからだ。この世界にはクローン人間が存在していて、しかも別に特別な存在では無いというのなら、自分たちの常識が覆ってしまう。
 だが、それを聞かされたキラは驚かなかった。彼はクローンが存在する事を知っていたのだ。

「知っています、クローン人間が存在する事は。僕も会った事がありますから」
「ほう、誰です?」
「ユーレク、そう名乗っている傭兵で、僕を超える強さを持ってる人です。最後の調整体で、クローン人間をベースにした戦闘用コーディネイターだと言っていました」
「最後の調整体、8番目に君も会ったわけか。でも、良く殺されませんでしたね?」
「何度か殺されかけましたよ。でも、何とか撃退してきました。今はザフトにいるみたいですけど、何か別の目的があるようでした」

 やはりヘンリーもユーレクを知っていたのか。彼の反応からキラはそう察したが、それに突っ込みはしなかった。そんな事をする前にトールの引き攣った悲鳴が聞こえてきたからだ。
 何があったのかと彼の視線を追った先は、標本らしい人間の一部や胎児のような物が納められたケースが多数並んでいる部屋であった。まあ遺伝子研究所となれば医療機関の一種でもあるから、こういう物も普通に有るだろう。遺伝子操作で生み出した実験体は貴重なサンプルであるし。
 中に入ったイタラはサンプルの1つを手に取った。それは子供の背中に歪な翼とでも言うべき器官が備わった物で、どういった操作が施されたのか容易に察する事が出来る。人間に鳥の遺伝子なりを組み込んだのだろうが、無茶な実験で被験体が直ぐに死んでしまったのだろう。

「これは、中々好き放題していたようじゃのう」
「まるでファンタジー小説ですね、デミヒューマンでも作ろうとしてたんでしょうか?」

 アズラエルも棚をしげしげと眺めている。よくもまあここまで出鱈目が出来たものだと感心しているように見えるが、少し苛立っているようにも見える。彼はこういう研究には批判的なのだろうか。それをキラが問うと、アズラエルは眉間に皺を寄せた。

「まあ、私もブルーコスモスなんて団体に加わったくらいにコーディネイター嫌いですが、遺伝子操作という行為そのものに嫌悪感を持ってもいます。医療目的ならまだしも、人間を改造するなんて異常ですよ」
「コーディネイター全盛のこの時代でそれを言いますか?」
「こんな時代だからこそ、誰かが言わなくてはいけないんですよ。倫理観を無くした人間がどういう事をするか、目の前の物を見れば分かるでしょう」
「でもテロはやりすぎだと思いますけどね」

 キラの容赦ない皮肉にアズラエルは苦笑いを浮かべて話を打ち切った。こんな事を今更話してもしょうがないのだ。もう世界はこういう行為を止められないほどにおかしくなっているのだから。
 だが、この話を引き継ぐようにイタラがキラを見て口を開いた。

「少年よ、ここに陳列されている物は、お前さんにも関係しておるのだぞ」
「僕にですか?」
「コーディネイターの中でも規格外のポテンシャルを持つお前さんの体じゃ、相当の手が加えられておるじゃろうて。それだけの事をする為の実験データを得るための犠牲がこのサンプルたちじゃろうな」

 前にイタラは言った事がある。キラにはハエやゴキブリやプラナリアが使われていると。あの時はジョークで済ませていたが、今回はもうジョークでは済むまい。だが他の動物の遺伝子を組み込むという研究は遺伝子操作の研究テーマの1つでもあり、別におかしな事ではない。ただキラの場合、それが非常に多岐に渡って行われた可能性が有るというだけだ。
 だがそんな事は当人にとっては問題ではない。自分の体にこんな実験の処置が施されているなどと真顔で言われては流石に冷静ではいられまい。しかもこんな狂気の研究の果てに自分が生まれたのだなどと知れば、並の神経では耐えられる筈も無い。キラは顔色を青くしてよろめき、慌てたアーシャに支えられている。だがキラはその手を強引に撥ね退けると、悲痛な声を上げた。

「それじゃあ、それじゃあ僕は何なんですか、何で、何を願って作られたんですか!?」
「……それを知っとる奴はもう墓の下じゃよ。それにお前さんが縛られる必要はあるまい」

 イタラはユーレンの思惑など気にするなと言うが、キラは葛藤を顔に出して激しく動揺している。それを見たヘンリーはイタラとアズラエルを見た後、もう戻ろうと全員に告げた。

「まあ、今回はここまでにしておきましょう。アズラエル、いいかな?」
「調査はそちらの仕事ですから、野次馬の僕は構いませんよ」

 アズラエルがそう答えたので、ヘンリーは全員を促して来た道を戻りだした。それを見送ったアズラエルはまだ資料室に残っているイタラを見返し、本当に知らないのかと問うた。

「本当に何もご存じないので?」
「……知る必要の無いことじゃ、あの少年に悲しい運命が多すぎるでの」
「そうですかねえ、彼、結構恵まれてると思いますよ?」

 そう答えてアズラエルも歩き去っていく。報告は後でヘンリーから聞けば良いので彼はここでこれ以上する事も無い。元々アズラエルがここに来た理由はヘンリーたちの回収と、キラに生まれ故郷を見せて反応を見たいという個人的な好奇心からであった。しかし、結果としてキラの反応はアズラエルの期待を裏切る物であった。キラはアズラエルが思っていたほどにはショックを受けなかったのだ。
 少し残念そうに歩き去っていくアズラエルの方を見ず、じっと手にしているサンプルの入ったケースを見つめるイタラ。その目には深い悲しみがあった。狂気の実験の果てに過剰なまでの遺伝子操作を施され、人間からではなく機械の子宮によって育てられたキラは果たして人間と呼べるのか、そういう議論さえ起こりかねない。それは世界に更なる混乱を呼ぶ事
になるだろう。彼はまさに宝の山なのだから。
 いっそ憎めるような男であれば、傲慢であったり自己中心的で始末した方が良いと思えるような人間であればどれほど良かったか。そうであれば彼の正体が漏れる前に始末してしまえただろうに。

「夢、か。確かに人は夢が無くては生きられまい。じゃが、それが良い方向に向かうとは限らんのじゃよ」 

 鳥を見て、空を飛ぶ事に憧れて人は飛行機を作った。空に浮かぶ月を見上げて、何時かあそこに行きたいと願って人は宇宙ロケットを作った。そしてアルカナムは人類の進化の可能性を追い求めて遺伝子操作された超人、ジョージ・グレンを作った。
 そういう意味ではキラもまた、ジョージ・グレンを目指して作られたと言える。だがそれに自分の子供を使うのはどうだろうか。妻の哀願を無視して平然と実験に供するような男が今生きていないというのは、あるいはキラにとって幸運だったのかもしれないとさえ思う。
 だが、科学者としての夢だけならまだ良かった。キラも納得は出来ないだろうが、理解はするだろう。科学者とは自分の目指す物に盲目になり易いから。だがユーレン・ヒビキがジョージ・グレンの再現を目指したのはもう1つの理由があった。

「言える訳が無かろう、自身の名誉欲の為に親が子供まで犠牲にしようとしたなどと、な」

 ジョージ・グレン級のコーディネイターを誕生させたとなれば遺伝子工学研究者としてユーレン・ヒビキの名は不動の物となる。その欲望の為に自分が使われたなどとキラが知る必要は無い、イタラはそう考えていたのだ。まだ科学者が夢を見て暴走した、と思った方が割り切れるだろうと。
 ここには人の欲望が満ちている。その残滓が今も残っているような気がして、イタラはサンプルを戻すと早足に部屋から出て行った。




 その頃、外では騒ぎが起きていた。周囲に放っていた哨戒部隊がメンデルに接近してくるMSを発見して報告を寄越してきたのだ。これを受けてパワーのロディガン艦長は迎撃準備を命じると共に、接近するMSに緊急用の全域周波数で何者かを誰何した。
 この問いに対して返ってきたのは、驚くべき物であった。そしてそのMSも彼等に驚愕を呼んだのである。

「艦長、未確認機より返答がありました」
「なんと言っているのだ?」
「それが、質問のようです。キラ・ヤマトはいるか、と」
「キラ・ヤマト?」

 それはアークエンジェルのフリーダムのパイロットの名だ。何故彼を探しているのか聞きたくなったロディガンは通信回線を回すように言い、自分の回線から相手に理由を聞いた。

「何故そんな事を聞く、君は何者なのだ?」
「俺が何者かはどうでも良い、質問に答えてもらおうか」
「どうやら君は、相当な無礼者のようだな。聞きたいことがあるなら相応の礼儀を守るべきだろう」
「……どうやら話す気は無さそうだな。良いだろう、ならば話したくさせてやる!」

 それと同時に未確認機が加速する。そしてその機体を照合していたオペレーターは、はじき出された結果に驚きの声を上げた。

「これは、ユーラシア連邦の試作機、ハイペリオンです!」
「ハイペリオン、あのビクトリア攻略戦で投入していた機体か」

 ガンナーザウートのアーバレストに手を焼いたユーラシア連邦は、保有する最強の防御力を持つ機体、ハイペリオンを投入してこれに対抗しようとしたのだ。その時の情報ではハイペリオンでさえアーバレストは止められなかったそうだが、自分たちにはそんな物は無いのだ。果たしてアルミューレ・リュミエールと呼ばれる全面光波シールドをどう攻略するか。

「ボーマン中尉に迎撃指示を出せ。それとアークエンジェルに緊急通信、敵が現れたと!」

 まさか友軍機と交戦する事になるとは思わなかったが、ロディガンは迎撃指示を出してパワーの火器システムを起動させた。相手が誰だかは知らないが、ここを通す訳にはいかないのだから。


 群がってきたMSを見てハイペリオンは奇妙なユニットを機体の周囲に展開させる。それがなんであるか分からないボーマンは集中攻撃を指示したが、それは全て展開された光の壁に阻まれてしまった。それがなんであるかはボーマンにもようやく分かったが、流石に信じ難いものがある。

「光波シールド、あれだけの規模でか!?」
「ボーマン中尉、四方から攻撃を仕掛けます。セブンは左に、僕は右に!」
「分かった、気をつけてイレブン!」

 2人のソキウスが乗るウィンダムが左右に散って攻撃を仕掛け、3機のマローダーが猛射を浴びせかける。だがその全てを光波シールドは受け切ってしまった。あれはどういう防御力をしているのだろうか。
 更にバリアとでも形容すべきシールドの内側からビームの砲撃が行われてくる。どういう原理かは知らないが、あれは内側からの攻撃は通してしまうらしい。この攻撃は奇襲となってソキウスたちのウィンダムにダメージを与えた。

「くっ、右腕をもがれました、戦闘不能です!」
「此方は左足を持っていかれましたが、まだやれます!」
「セブンは後退しろ。くそ、MSの火器でどうにかできる相手じゃない。パワーの砲撃で何とかしてくれ!」

 これじゃどうにもならないと考えてボーマンは支援を求めた。だが、艦砲でMSを狙うのは流石に至難であり、どうにも対応に困っているところに、やっと援軍が到着した。


 敵機襲来を告げられたマリューはフラガとシンに迎撃を命じ、フレイとスティングには直衛に残るように指示した。これを受けてフラガとシンは戦闘宙域に向かったのだが、そこで行われている戦闘は彼等の目を疑わせる物であった。

「おいおい、何だよありゃ!?」
「ビームシールドの中に、MSが居る?」

 シンが呆れた顔で呟いている。ビームジールドの中に居る、そう表現するしかない敵機がそこには居たのだ。周囲をウィンダムやマローダーが飛び回って銃弾を叩き込んでいるが、全く効いている様子が無い。しかも無茶苦茶な事に向こうからはビームが飛んでくるとあっては、どうやって対処すれば良いのだ。

「おいおい、シン、なんか良い手はあるか?」
「そういうのは隊長が考える事じゃないんですか少佐?」
「いや、俺はそういうの苦手だし」

 フラガは困った声を出した。彼のセンチュリオンは多数の敵を同時に相手取れる強力なMSだが、これといって強力な火器を搭載しているわけではない。ああいうのの相手はセンチュリオンには向かないのだ。

「デルタフリーダムだったら粒子砲で一撃っぽいですけどね」
「まあキラが居ないんだし、俺たちで何とかするしかないよなあ」

 そう言ってフラガはフライヤーを展開させて砲撃を強化する。新手の出現を見たハイペリオンのパイロットは苛立ったが、それがドラグーンに似た武装であると気付いて楽しそうに笑い出した。

「良いだろう、相手をしてやる!」

 一度こういう相手と戦ってみたかったハイペリオンのパイロット、カナード・パルスはセンチュリオンに向かおうとしたが、その眼前にMA並の速さで迫るMSが現れた。それは槍を手に一直線に向かってくる。

「馬鹿が、アルミューレ・リュミエールを破れるものか!」

 カナードはハイペリオンの防御力に絶対の自信を持っていた。これを破れる武器があることは知っているが、そんなものを食らうほど自分は間抜けでは無いという自負も有る。だから自分に突っ込んでくるこのMSを嘲笑ったのだが、このMSはカナードの予想を超えるMSであった。
 ぶつかるような勢いで向かってきたMSの持つ槍はアルミューレ・リュミエールに一瞬止められ、そのまま溶けるかと思われたのだが、信じ難いことにこの槍はそのままビームの壁に食い込もうとしている。ビームの流れに圧力が勝るか、それとも対ビームコーティングが効果を無くすかというギリギリの勝負が続き、シンが気合を込めて雄叫びを上げた。

「くっそお、届けぇ!」

 シンがそう叫んだ時、ヴァンガードのコンソールモニタに一瞬変化が現れた。必至になっていたシンは気付いていなかったが、そこにはこう表示されていた。閉鎖装置開放、動力バイパスを接続します、と。
 その途端、ヴァンガードの推力が跳ね上がった。シンもいきなりの衝撃に驚いている。だがそれでパワーが増したヴァンガードの槍は均衡を破って
中に飛び込み、防御帯発生器の1つを支えるケーブルを切断してしまった。これでバリアの一角が破れ、無敵の装甲に穴が開いてしまう。ただヴァンガードの槍も限界だったのか、プラズマの光を発して途中からボロボロになっていたが。
 自慢の防御システムを破られたカナードは舌打ちしてハイペリオンをヴァンガードから離した。このバリアを破られた以上、これだけの数を同時に相手にする事は出来ない。熱くはなっていてもその程度の判断は出来た。

「ちっ、まさかアルミューレ・リュミエールを破るとはな……」

 ヴァンガードの姿をその目に焼き付けながら、カナードは周囲からの砲撃を回避しながら離脱していった。それを見てフラガは追撃を止めさせ、艦隊の方に戻るように指示する。

「もう良い、退かせれば十分だ。戻るぞシン!」
「ういっす。でもなんだったんすかね、あれ?」
「俺が知るかよ。とにかく退かせれば十分さ」

 フラガは敵の正体は気にせず、さっさと引こうとしている。シンもそれに付いて行ったが、シンにはどうにもあの敵が気にかかっていた。なんと言うか、嫌な予感がしていたのだ。こう、学校で不良に目を付けられたかのような悪い予感が。


 アズラエルたちを回収したアークエンジェルはメンデルを離れ、僚艦と合流する為に外洋に向かった。艦載機も収容され、フレイは戻ってきた仲間たちをデッキで迎えていた。

「お帰りキラ、トール。中どうだった!?」

 入るときはあれほど嫌がっていたのに、やっぱり気になるようでフレイは2人に中の様子を尋ねたが、尋ねられた2人は共に青い顔をしていてフレイの問い掛けに迷惑そうな顔を向けてきた。

「悪いフレイ、俺は思い出したく無いから聞かないでくれ」
「え?」

 そう言ってトールはさっさと艦内へと消えていき、フレイは少し不安げな顔でキラを見た。

「キラ、何かあったの?」
「……ごめんフレイ、ちょっと疲れたから、今日は部屋に戻るよ」
「あ、ちょっとキラ?」

 キラはフレイの呼び止める声を無視して艦内へと行ってしまう。それを呆然と見送ったフレイは、中で一体何を見てきたのかと不安に駆られてしまった。あそこはキラの生まれ故郷だと聞いた事があるが、やはり良くない物があったという事だろうか。

 この後、第8任務部隊は月のプトレマイオス基地に戻る事になる。そこで彼等は地球軍のプラント侵攻作戦が発動した事を知ることになるが、その前に彼等は最後の休暇を楽しむ事になる。





 プラントでは地球軍の侵攻に備えて防衛の準備が進められていたが、その中で1つのトラブルがあった。地球から上がってきたパイロットたちを宇宙向けに再訓練している最中に事故があったのだ。編隊飛行の訓練をしていた彼等は無重力下での動作にまだ慣れておらず、上手く動けなかった事が禍した。
 彼等が編隊を組んで飛んでいたとき、いきなり本土防衛隊に配備されている迎撃衛星の1つからシーカー波が放たれ、訓練機をロックオンしたのである。突然コクピットに響き渡った警報に吃驚した彼等はどういう事かと教官に問い合わせたが、教官も何がなんだか分からなかった。こんな話は聞いていなかったのだ。
 そして彼等が何が起きたのか理解する前に衛星からミサイルが発射された。地上で実戦を経験した事がある彼等は回避運動に入ろうとしたのだが、宇宙に不慣れな彼等では上手く機動する事が出来ず、次々にミサイルを受けて爆散していく。
 こうして宇宙に13の光が生まれ、訓練部隊に回されていた貴重なジンが多数失われる事になる。


 この事件は直ちに調査されたが、その結果判明した原因は余りにも情け無いものであった。練成期間が短縮されたのはパイロットだけではなく、整備兵などの技術職全般に及んでいるのだが、十分な訓練を受けずに現場に配置された彼等の技量は稚拙な物で、彼等の手によって整備を受けた迎撃衛星の敵味方識別装置は見事なくらいに誤作動し、近くを通りかかったジンを敵機と誤認して攻撃を加えてしまったのだ。
 この報告を聞かされた本国防衛隊司令レイ・ユウキは頭を抱えたくなったが、そんな事をしても事態は解決しない。ただザフトがここまで弱体化したのかと嘆きたくはあったが。

 「とにかく全ての衛星を再チェックさせるしかないな。それとMSや艦艇も一度調べた方が良いだろう。ベテランを酷使する事になるが、このままでは爆弾を抱えているような物だ」

 問題ばかりがおきるこの部署でユウキはアスランに勧められた良く効く胃薬が常備品になってしまった我が身を呪いながら、薬の瓶を手に取った。だがその蓋を開けようとしたとき、インターホンが鳴ってユウキに電話が来ている事を告げた。誰からだとユウキが聞くと、ジュール隊のフィリス・サイフォンからだという。何の用だろうと思いながらユウキは繋ぐように指示したが、これが彼等にとって最大のジョーカーを呼び込む電話であるとは全く思っていなかった。


 この騒動はプラントに残っていた部隊にもショックを与えており、ザフト全体で装備の再点検が始まっている。そのために事務仕事が激増しており、指揮官クラスの者は休む暇も無く働かされている。
 フィリスもそんな忙しい人間の1人であったのだが、大量の書類に埋もれている時にいきなり電話が鳴り、苛立ちを隠せないままに受話器をひったくるように手に取った。

「はい、此方ジュール隊です。どちら様ですか?」

 声にも苛立った気分が強く出ている。だが、その受話器から聞こえてきた声は苛立つフィリスを一瞬で冷ます声であった。

「お久しぶりです、フィリス。お元気でしたか?」
「……何の冗談ですか、もう死んだ筈ですよ?」
「気付いて頂けたようで嬉しいです。私はこうして生きていますよ、今プラントに居ます」
「ど、どこに居るんですか。いえ、それよりも貴女、自分がどういう立場なのか分かっているんですか?」
「分かっています、プラントの状況も、何もかも。今は昔の隠れ家の1つに居ますわ。それよりもフィリス、頼みがあるのです」
「頼み、貴女が私に今更何の用が有るというんです。私は貴女の理想とは決別したんですよ」

 フィリスは電話の先の相手、ラクスとは既に袂を別っている。そのラクスが今更何の用が有るというのだ。また理想がどうとか言い出したらこのまま切ろうと思っていたのだが、ラクスが告げてきたのはフィリスの予想外の答えだった。

「詳しい事は電話では話せません、こちらに来ていただけますか。会って話せばきっと分かって頂けると思います」
「何で私が会わないといけないのです、これでも色々と忙しいんですよ」
「プラントを救う手立てを伝えるためにです、その為に私はプラントに戻ったのです」
「プラントを、救う手立て?」
「はい、ですからフィリス、ユウキ隊長かジェセック議員を連れてきて下さい。お願いします」
「……その2人の名を出すという事は、満更冗談でもなさそうですね」

 ジェセックとユウキは地球との講和を密かに進める勢力の中心人物だ。その2人を出すという事は、ラクスはこの動きをしているという事になる。その上でプラントを救う手立てが有るというのならば、無視する事も出来なかった。
 フィリスは出会う場所をラクスから聞き、ユウキに電話を入れてこの場所に来てくれるように頼み、更にイザークにはユウキから呼び出されたから後を頼むと言って事務所を飛び出していった。フィリスに仕事を任されたイザークは膨大な書類の山を前に絶望を浮かべていたという。こんな時に限ってエルフィもシホも出かけて留守だったのだ。


 フィリスが指定されたのは地図上では存在していない筈の小さな建物であった。何故地図に残されていないのかを知っている2人はその意味を考えて警戒しながらそこに入っていく。もしかしたら罠かもしれないのだ。
 だが警戒していたような待ち伏せなどは無く、中にはラクスの姿は無い代わりに別の男が居た。その人物に見覚えがあったユウキが驚いている。

「サカイ、お前何故ここに!?」
「久しぶりだなユウキ、また会えて嬉しいよ」
「ユウキ隊長、お知り合いですか?」
「ああ、私の同期で、ザフトの人間だ。ザラ議長の命を受けてオーブの駐在武官として赴任して大西洋連邦との交渉をしていた筈だが、オーブ戦を境に行方不明になっていた」

 その男がどうしてここに居るのだと驚愕を隠そうともしないユウキの肩を叩いて、サカイは2人を誘った。

「来てくれ、ラクス・クラインに会わせよう」
「ラクスは今何処に?」
「プラントの地下だ。俺なら万が一踏み込まれてもそうそう知ってる奴は居ないが、彼女では目立ちすぎる」
「なるほど、そういう事か。だが地下となると、彼女は迷宮を知っているのか?」
「そのようだ。俺も噂くらいは聞いた事があったが、本当に有るとはね」

 サカイが床の板を外すと、そこには細い穴が開いていた。人間がもぐりこめる程度の物で、そこにあると聞かされていなければ全く分からないだろう。そこにサカイに続いて入り込んだ2人は、意外に広いチューブ状の通路へと出た。

「これが、迷宮か」
「ああ、ラクス・クラインがプラントに潜伏していた時に使用した隠れ家らしいがな。こんな通路がプラントの中には無数に走っているそうだ」
「なるほど、道理で見つからなかったわけだ」

 ラクスの逃走経路が全く追えなかった訳が分かり、ユウキは納得して頷いている。そして2人は通路の途中にある扉から中に入り、そこにある小さな部屋で、自分たちを呼びつけた女性と対面する事が出来た。

「お久しぶりですね、フィリス」
「……ラクス、本当に生きていたんですね。顔を見るまではと思っていたのですが」
「フィリス、そんなに心底残念そうに言わなくても」

 自分が生きている事をとても残念がってくれている親友の姿に、ラクスは笑顔を引き攣らせまくっていた。



後書き

ジム改 メンデルでキラは自分を作った故郷で変な話を聞かされたのでした。
カガリ でもキラって、結局ジョージ・グレンの再現以外には意味は無かったんだな。
ジム改 まあね、一応軍事転用という目的もあったわけだが、ユーレンにとっては名声目当てだ。
カガリ クルーゼも資金繰りの為に作ったんだよなあ、酷い親父だ。
ジム改 アナクラムも出てきたけど、ぶっちゃけザルクの方が凄いんだよなあ。
カガリ でもやってる事はザルクより迷惑じゃないか?
ジム改 そうだな、どっちも迷惑だが世界に対する悪影響はこっちのが酷いな。
カガリ ラクスもやっとプラントに帰って、後はパトリックを助けるだけだな。
ジム改 エルビス終了までに間に合えば良いけどねえ。
カガリ ふ、次回はいよいよ私も宇宙組だ、だから大丈夫だ!
ジム改 その根拠の無い自信は何処から出るのやら。それでは次回、カガリが月にやってきた。悩みを抱えて欝モードのキラ。どうしたら良いかと悩むフレイに、カガリはホワイトデーを理由に誘えといって嗾ける。ホワイトデーを知らないフレイはカガリの言うままに動いてしまう。というか14日は過ぎているのだが。フレイの想いは周囲を巻き込んで巨大な騒動を呼び込んでしまう。次回「パトリック・デイ」で会いましょう。


ジム改 ところで、実は今回ボツにしたネタがある。
カガリ なんだ?
ジム改 うむ、実はキラが改造された理由、当初は名誉欲じゃなかったんだ。
カガリ なんだったんだ?
ジム改 じつはユーレンはバイク好きの特撮マニアだったというネタで行こうかと。
カガリ ……ライダー?
ジム改 流石にこのシーンでギャグは拙いと思って変更したんだがな。


 

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