第177章  開く扉


 

 3月28日、ボアズ基地を守る多数の前衛基地はほぼ同時に攻撃を受けた。10隻程度の地球艦隊が各地の基地を急襲して来たのだ。既に戦力をボアズ基地に集中させていたこれらの基地には碌な戦力は無く、僅かな守備隊と通信・索敵部隊程度しか持たなかった基地は次々に蹴散らされていっている。
 その中で比較的粘ったのは大規模中継基地として整備され、まとまった補給を受けていたクリント基地であった。ここにはまだ4隻の艦艇と20機ほどのMSも残っていたので激しく抵抗する事が出来たのだ。
 最初この基地を襲ったのは第3任務部隊であったが、予想外に激しい抵抗をしたクリント基地を攻めあぐね、第8任務部隊に応援を求めたのだ。これを受けてアークエンジェルを中心とする第8任務部隊がクリント基地に現れ、攻撃に加わった事でクリントの命運は決した。
 クリント基地に侵攻したマリューは艦隊には無理をさせずに長距離からの砲撃を行わせ、クリントの攻略はMSと海兵隊に任せる事にした。要塞攻略部隊の指揮はフラガが取る事になり、多数の艦載機がクリント基地に向かって迎撃のMS隊と交戦を始めている。マリューは艦隊に第2波の用意をさせながら、基地を離脱する艦艇に注意するように指示を出した。

「今回の目的は敵戦力の各個撃破よ。この基地に残る敵兵力を叩き潰し、可能なら敵の増援も叩きます」
「26駆逐隊とドミニオンがボアズ方向に移動を完了しています、見逃す事は無いでしょう」

 CICからパルが敵を見逃すような事は無いだろうと私見を述べたが、マリューは念には念を入れろと注意を促した。過去に幾度も地球軍はザフトの奇襲を受けて大きな犠牲を払ってきており、今回も何処から出てくるか分からないのだ。

 マリューの不安を他所にドミニオンと第26駆逐隊は封鎖を上手く達成し、こちら側に逃げてきたドレイク級駆逐艦1隻を血祭りに上げていた。基地の守備隊は既に逃げ腰であり、投降してくるシャトルも居る。
 
「前回来たときに較べて抵抗が殆ど無いな、敵は既にここを放棄していたのか?」
「そのようですね、MSの数も少ないですし」
「敵は全力をボアズに集めている、という事か。ボアズの戦いは厳しい物になりそうだな」
「艦長、第26駆逐隊司令バジルール少佐より通信です」
「……何の用だか、まあ良いこっちに回してくれ」

 ナタルは艦長シート脇にあるモニターで通信を受け取り、モニターに映った兄の顔を見て何とも嫌そうな顔をした。

「おいおいマイシスター、対面早々随分不機嫌そうじゃないかい?」
「一体なんの用です兄上、最速かつ簡潔に要点だけお願いします」
「ふ、つれないなナタル。これがツンデレって奴かな?」
「切りますよ?」
「ああ、待て待て。駆逐艦で網を張ったが、引っ掛かるのは脱出しようとしたシャトルや小型艦艇ばかりだ。戦闘艦艇は先の鹵獲されたらしい駆逐艦1隻だけで、どうにも手ごたえが無い。降伏勧告をしてさっさと終わらせた方が良いのではないか?」

 兄は性格はいい加減だが、頭は悪くない。さっさとナタルと同じ結論に達していたようだ。ナタルも言われるまでもなくそうした方が良いとは思っていたのだが、それはマリューの仕事であって自分に出来ることではない。だが進言くらいは良かろうと思い、アークエンジェルへの回線を開かせた。


 包囲されたザフト部隊は必至の抵抗を見せているが、それもフラガたちが突入するまでであった。自分たちと同数以上の数、それも半数くらいは現時点で最強レベルのMSに乗った超エース級パイロットという地球軍の切り札が襲い掛かってきたのだから勝負になる訳が無い。20機ほどのジンや深緑色に塗り直されたストライクダガーが抵抗らしい抵抗も出来ずに蹴散らされていく。
 重突撃機銃を撃ちまくりながら逃げようとするジンを粒子砲で跡形もなくケシ飛ばしたキラは周囲を見回し、彼が居ないという事を確かめて落胆の色を見せていた。

「出てこないのかい、アスラン?」

 アスランには負け続けているので一度勝っておきたいのだが、何故かアスランはここの所ずっと姿を現さない。アスランが所属していたと思われる部隊とは交戦しているのだが、何故かアスランは居なかった。部署が変わったのか、自分以外の誰かに倒されたのかは分からないが、このまま彼が出てこないままで全てが終わってしまうのはどうにも悔しい物があった。
 そんな事を考えていると、フラガが動きが止まっているキラに声をかけてきた。

「おいキラ、このままクリント内部を押さえるぞ。付いて来い」
「フラガ少佐……了解しました」
「何だ、何だか気が抜けてるな?」
「いえ、その……抵抗が弱すぎる気がして」

 まさかアスランが居ないのが残念だった、などと言えるはずも無く、キラは適当な事を言って誤魔化した。フラガも別にキラの返事をおかしくは思わなかったのか、キラの振った話に乗ってきている。

「ああ、どうやら戦力の大半が引き抜かれてたらしいな。多分ボアズに主力が集まってるんだ」
「じゃあここに居るのは唯の偵察部隊ってところですか」
「そういうこった。マリューもここで手間をかける気は無いらしいから、さっさと宇宙港を押さえて海兵隊を突入させるぞ。丁度いい予行練習だ」
「分かりました」

 フラガに続いてキラもクリントの対空砲火の中へと突入していった。この後1時間ほどに渡ってクリントは抵抗を続けたが、ナタルの進言を受けたマリューがトーラスへの攻撃を一時中止させて降伏勧告を行い、10分後これを受諾してトーラスは降伏している。このような残敵掃討戦は各地で発生し、ザフトに地球軍の圧力を感じさせていた。





 クリントの陥落と前後して月やグランソート要塞から大艦隊が出撃していた。プトレマイオス、ダイダロス、グランソートの3基地周辺に集結した艦隊が一斉に別の方向に動き出したのだが、それぞれが100隻を超える大艦隊であり、プトレマイオス基地に強行偵察に出てきたジャスティスのパイロットはその威容に声を無くしていた。

「何て数だ、これがナチュラルの力なのか……」
「隊長、本国への送信終わりました!」
「よし、撤退するぞ。こんな所に長居は無用だ」
「隊長、上方より敵機です!」

 強行偵察型ジンが左のマニュピレーターで上の方を指差し、その直後に上方から降り注いだ大量のビームを受けて破壊されてしまった。
 それを見たジャスティスともう1機の強行偵察型ジンが慌てて回避運動に入ったが、今度は艦隊から猛烈な対空砲火が放たれてきて2機の機体に無数の火花が散った。あまりに密度の高い砲火に回避運動を行う余地さえなかったのだ。
 無数の75mm弾を全身に受けたジン強行偵察型が殆ど一瞬で粉々に分解され、文字通り木っ端微塵となって部品を宇宙にばら撒いている。PS装甲を持つジャスティスは破壊される事は無かったが、装甲の対応できるレベルを超えた連続した衝撃に耐え切れなかったようで変形しない筈のPS装甲が無数の凹凸に歪み、貫いた弾丸が内部機構を破壊していた。
 それでも何とか弾幕を抜け出した辺りにその驚異的な対弾性能を見る事が出来るだろうが、その直後に今度は20を超えるストライクダガーの襲撃を受け、周囲から次々にビームを叩き込まれる羽目になった。流石にジャスティスを与えられただけあってパイロットの腕は良かったのか最初の攻撃を何とか回避したジャスティスであったが、最初のダメージで本来の動きが出来なくなっていた為に全てを回避しきれず、幾度かの直撃を受けて撃墜されてしまった。

 ジャスティス撃墜の報告を受けたハルバートンは隣に立つホフマン大佐にこのまま予定通り進軍するように指示し、目を閉じて考え込んだ。

「切り札の核動力MSを偵察機に使ってまで此方の戦力を調べに出てきたか。ウィリアムスの仕事だろうが、奴がボアズに居たら楽は出来そうも無いな」

 ザフトの人材は確かに枯渇してきている。それはザフトの抵抗が弱まっている事からもはっきりと感じ取れる事実だ。恐らくは地球での戦いでベテランの兵士を大量に消耗した事が響いているのだろう。最初から宇宙軍に回されていた古参兵は多かった筈だが、地球から部隊を引き揚げる作戦で無理を重ねたザフトは宇宙軍のベテラン部隊を磨り潰してしまい、もう効果的な作戦を取れなくなっている。
 もしザフトに有力な部隊が十分な数残っているなら、思い切って月基地に先制攻撃を仕掛けてくる事くらいはしただろう。確かに艦隊を磨り潰す事になるだろうが、月基地を壊滅に追い込めれば地球軍の宇宙での活動は著しい制限を受け、プラントの安泰は暫く確保できるのだから。

「まあ、このまま無事にボアズに付く事は出来んだろう。仕掛けてくるとしたらL5宙域に入った頃かな?」

 要塞に篭るより自由度の高い外洋で遊撃戦を挑んでくるだろうと予想したハルバートンは艦隊のMSの半数を対MS戦装備で待機させる事にした。自分がザフトの指揮官ならそうする。艦隊は自由に動いてこそ威力を発揮する物で、固定砲台として運用すれば唯の的になってしまう。艦艇は要塞固定の砲台に較べるとどうしても脆いからだ。
 だが、結局ハルバートンの予測は外れる事になる。ザフトはL5に入っても仕掛けては来ず、じっとボアズ要塞に篭って動かなかったのだ。



 ウィリアムスが放っていた偵察部隊からもたらされた通信は、確かに本国とボアズ基地にも届いていた。だがその知らせはザフトに絶望を与えていた。プラント本国ではこの報せを受けてただちに最高評議会が招集されたが、その第一報に彼等の顔色はこれ以上無いほどに悪くなっていた。
 軍部を束ねるグルードが送られてきた第1報を議員たちに告げ、地球軍のプラント侵攻が開始されたのだと突きつけている。

「これは情報部が掴んでいた地球軍のプラント侵攻作戦、エルビスに間違いないでしょう。戦力は此方の予想を遥かに超えていますな」
「ザフトの現有戦力で、防ぎきる事は可能かね、グルード議員?」
「アルマフィ議員、それは無意味な質問かと思います。地球軍の予想される戦力はボアズの戦力の3倍を超えると推察されますので、質の面で優位に立てなくなった今の状況では勝利は困難です」
「では、ボアズは落されるというのか?」

 タッド・エルスマンが眉間に深い皺を作りながら深刻そうな声で聞いてくる。それはプラントにとって最終防衛線が破られる事を意味しており、もう間に遮る物は無くなる。後はヤキン・ドゥーエを頼りに戦うしかないだろうが、それではプラント本土も戦場になってしまう。そうなれば全てのプラントが短時間で破壊され、此方は文字通り全滅するしかなくなるではないか。
 この問いに対して、グルードは目を伏せて黙り込んでしまった。それが暗黙の肯定である事を示しているのは明白で、エルスマンは青い顔で頭を抱え、テーブルに突っ伏してしまった。
 もはや勝機は無い、後はどれだけの条件で講和、いや、条件付の降伏をするかだ。誰もがそれを理解している。これまで頑なに主戦論を唱えてきた強硬派のユーリ・アルマフィやジェレミー・マクスウェル、ルイーズ・ライトナーらも何も言えなくなってしまい、穏健派のアイリーン・カナーバやアリー・カシムらはそら見たことかという態度で強硬派議員たちを嘲る目で見ている。
 そして重苦しい沈黙が支配する議場の中で、オーソン・ホワイトが議長であるエザリア・ジュールに控えめに提案を出してきた。それは絶望している彼等に共通する提案であっただろう。

「議長、ここに至っては、地球連合に講和を打診する必要があるのではないでしょうか?」
「講和、だと?」
「降伏と言ってた方が正しいかもしれませんが、勝てない勝負を続けて本土を蹂躙される愚を犯すべきでは無いと思いますが」

 彼は強硬派寄りの思想を持つ中立派であったが、ここに至っては降伏も止むなしという結論に達したようだ。だがその意見に頷く者は誰も居なかった。誰もがその意見の正しさを認めながらも受け入れられないで居たのだ。いや、正確にはジェセックとグルードは振りをしているだけなのだが。
 エザリアはホワイトを怒鳴りつける事も称えることも無く、暫しじっと胸の前で腕を組んで考え込んでいる。そして同席しているザフトの士官に意見を求めた。

「クルーゼ、ザフトとしては勝算はあるのか?」

 ユウキに変わって議長の補佐官の1人に就任していたクルーゼがエザリアに意見を求められて立ち上がり、壁にあるパネル上に表示されている宙域図を棒で指しながら説明を始めた。

「地球軍は間違いなく全力でボアズを攻略し、ここをプラント侵攻の足掛かりとすると思われます。恐らくはボアズで一度補給と整備を行うでしょうから、ボアズ陥落からプラントに来るまでには一週間程度の時間が空くと思われます」
「つまりボアズは持ち堪えられないわけだな。それで、その口ぶりでは何か策があるようだが?」

 エザリアの期待を込めた声に、クルーゼは端末を操作して幾つかのデータを表示させた。それを見た議員たちの顔に驚愕が広がっていく。

「ボアズを占領した地球軍は当然の事ながらここに主力を集結させる筈。これをジェネシスでボアズごと撃ち抜き、壊滅に追い込みます。これが現在取りうるベストの作戦でしょう」
「君は、ボアズの友軍を囮に使えと言うのか?」
「それ以外に勝つ算段が出来ません。戦争である以上、切り捨てることも必要かと。ジェネシスを使用後、本国の部隊を持って残存部隊を撃破し、地球に第2射を向けて降伏を迫れば逆転も可能でしょう」
「だが、ジェネシスはまだ完成に至っていない。使用できるミラーも3枚のみ、これでやれると言うのか君は!?」

 ユーリ・アルマフィが軍需担当としてクルーゼに無茶だと言うが、クルーゼはそれを鼻で笑うような仕草で返し、別に完成させる必要は無いと告げた。

「3度撃てる程度にまで仕上げていただければ十分です、どうせ敵には何度撃てるかなど分かりようもありませんからな」
「脅しに使えれば良い、と言うのか?」
「この手の兵器はそういうことに使ってこそ最大の効果を発揮しますからな。1度撃てば敵は簡単には近づけなくなります」
「だが、そんな間に合わせで上手くいくのか。1発撃つたびに故障するかもしれんのだぞ」
「その都度直して頂くしかありますまい。この作戦にはプラントの命運が掛かっています、多少の無茶は止むを得ないかと」

 大量殺戮兵器とは脅しにしか使えない、いや、脅しに使ってこそ最大の威力を発揮する。使ってしまえば敵の報復を呼び、相打ちになってしまうからだ。だから極端に言えば1度撃てれば意味があるのだ。
 ジェネシスをもって地球軍を脅し、時間を稼いで降伏を迫るというクルーゼのプランはプラントが勝利を得られる唯一の手であったろうが、それに対してジェセックが初めて口を開いた。
 
「クルーゼ君、もしもだが、もし地球軍が第1撃を受けても向かってきたら、どうするのかね?」

 ジェネシスを受けても怯まなかったらどうするつもりだ、そう問われたクルーゼは一瞬二の句が告げなかったが、すぐにそれを苦笑に変えるとジェセックの問いに呆れたような声で返事を返した。

「そんな決断が出来るのは余程の大馬鹿か、稀代の英雄だけでしょうな」

 普通の軍人はそんな無謀な行動には出ないとクルーゼは付け加え、ジェセックも納得したように頷いてそれ以上は口にしなかった。だがもしこの時ここにキラたちが居たら口を揃えて反論しただろう、地球軍の上層部にはとんでもない馬鹿が幾人も居るんだと。




 ボアズ基地司令部は集められた情報を分析し、地球軍の大まかな戦力を予想して報告したのだが、その知らせはザフトの予想を超えるものだった。

「3つの基地からそれぞれ100隻程度の大艦隊が出撃した、だと。確か3日前にプトレマイオスから合計100隻以上の大部隊が出撃したんじゃなかったか?」
「それは間違いありません」
「しかもグランソート要塞から出撃した艦隊には超大型戦艦1隻が含まれているそうです。これはヤマト級でしょうな」
「あの化け物、プラントに姿を現したと聞いていたが、此方にも居たのか」

 ヤマト級戦艦に対する対抗手段は未だにザフトには無い。あれほどの化け物を生み出した極東連合には敬意さえ払う者が居るくらいだ。だが敵に回せば唯の疫病神でしかない。これは直接プラントを狙いそうな動きを見せているが、間違いなくこれもボアズに来ると彼等は判断していた。

 敵艦隊出撃の知らせは直ちにボアズ基地全域に伝達され、各部隊が迎撃配置に付いた。恐らく地球軍は数日内にボアズに来襲すると予想されており、準備をしておかなくてはならなかったのだ。
 だがこの報せを受けた各部隊の指揮官たちの顔色は悪かった。イザークのその1人で、ヴェザリウスの艦橋で渡されたデータに目を通しながらしきりに溜め息をついていた。

「隊長、そんなに溜め息をついていては幸せが逃げますよ」
「アデス艦長、これを見れば溜め息も出てきますよ」

 イザークは窘めてきたアデスに書類を渡し、そして頭を抱えてしまう。アデスは書類に目を通した後、目を細めてそれを隣に居たフィリスに見せた。そしてフィリスは書類に目を通して顔色を変えてしまった。

「空母20隻、戦艦50隻、駆逐艦150隻、輸送艦30隻が新たに出てきた予想される敵戦力、ですか。桁違いの大軍ですね」
「送られてきた映像から推察される分析結果だそうだから、実際にはそれ以上だろうな。総数は予想では400隻以上になるだろうという事だ」
「ボアズ基地の艦艇は何隻でしたかね?」
「輸送船や仮装巡洋艦まで入れれば150隻は超えるだろうな。まともな戦闘艦は80隻程度か。」
「しかも戦闘艦の半数は地球軍からの鹵獲艦ですしね。もうナスカ級やローラシア級は主力と言えなくなってきました」
「情けない話だな、大量消耗に補充が追いつかないとは。だが何とかするしか無いだろ。艦隊配備の500機のMSと要塞の300機のMSを合わせれば800機、ザフトとしては空前の大軍を集めたんだ」
「地球軍のMS・MAは軽く2000機を超えていますよ、これが初陣というパイロットも居る状況でどこまで頑張れますか?」
「それでも戦うだけだ。フィリスは戦力の配置を確認しておいてくれ、アデス艦長は艦内を掌握して動揺を抑えるように」

 指示を出してイザークは艦橋を出て行った。それを見送ったアデスはフィリスに肩を竦めてみせ、艦内を見回ってくると言って彼も艦橋を出て行く。そしてフィリスは視線をもう一度手元の書類に落し、そしてふうっと重苦しい息を吐いた。

「間に合うんでしょうねラクス。頼みますよユウキ隊長、サカイさん」

 プラントに残っている仲間たちに期待するしかない自分の立場にフィリスはやりきれない思いを抱えてしまったが、イザークたちだけを前に出して自分だけプラントに残る訳にもいかず、こうして出てきたのだ。だが、大局的に考えればフィリスはイザークたちを切り捨ててでも本国に残って作戦を進めるべきだったろう。ボアズに来てしまったら、もうプラントの仲間と共に行動する事はできないだろうから。
 溜め息を1つ漏らして、フィリスは物資の確認をするべく端末を操作してクルーに指示を出し始めた。今度の戦いは長期戦どころか、一度交戦したら最後、補給に戻れるかどうかさえ分からない戦いになると予想されている。だから必要な物資を確保しておく必要があるのだ。

「ですけど、これだけ落ち着いてるっていうのも変な気分です。地球から延々と逃げ続けたせいで慣れてしまったのかしら?」

 これまでに幾度も絶望的な状況と向かい合ってきたフィリスとしては、もうこの状況でも焦らなくなっていたのだ。ある意味不幸と言うべきだろうが、実戦慣れしているとも言える。



 旧特務隊のメンバーはフィリス同様に大体落ち着いており、敵戦力を聞かされても他の兵たちのように動揺は見せていなかった。エルフィは何時もと変わらぬ明るさで食堂に入ってお菓子作りをしているし、シホもセンカと共にMSの整備を手伝っている。センカはシホがこの状況下でも落ち着いている事に軽い驚きを感じていた。

「たいしたもんだね、シホは。怖くないのかい?」
「怖くない訳ではないんですが、オーブから逃げる時もこんな感じでしたから」
「地球か、私は降りた事無いんだけど、酷い戦いの連続だったそうだね」
「そうですね、酷い戦いでした。補給も援軍も無しで、敵は倒しても倒しても無限に押し寄せてくる、そんな戦いです」
「それが今度はボアズで、か。いっそ降伏したほうがマシなのかもね」

 もはや勝ち目などありはしない。それならばいっそ降伏してプラント本土決戦だけは避けたほうが良いのではないか、そうセンカは思っているようだ。シホも内心ではそれが最善の手ではないかと思っていたが、それに頷くには彼女も戦火を潜り抜けすぎていた。今更降伏して助命を請うような真似は彼女のプライドと、そして失ってきた仲間の命が許さなかった。
 ここに来るまでにナチュラルもコーディネイターも、余りにも大量の血を流しすぎたのだ。もうはっきりと白黒つけなくては止めたくても止められる物ではない。どれだけ頑張っても勝ち目は無いし、このまま行けばプラント本国が戦火に蹂躙されると分かっていても、降伏する気にはなれなかった。

「降伏なんかしたら、これまでに死んでいった同胞に合わせる顔がありません」
「私だって降伏なんかしたくないけどさ、本国に居る2000万を危険に晒すのはどうかと思うよ」
「…………」
「私は父さんや母さんを意地の為に危険に晒したくはないんだ」

 そう言って、センカは別のゲイツRへと移動していった。それを見ることもせずじっと手元に視線をとしていたシホは彼女の言葉に頷きそうな自分を必至に否定していたのだ。そんな事は無い、プラントは必ず守って見せる、ここで敵を食い止めて見せると。そうすれば本国の家族は安泰なのだと必至に言い聞かせながら。



 厨房で後片付けを終えたエルフィは手を洗い終えて、食堂に出てきた。外したエプロンを畳みながら椅子に腰掛け、向かい合うように座っている男にテキパキと淹れたコーヒーを差し出し、自分もコーヒーにクリープを入れて一口啜った。

「それで、話って何ジャック?」
「あ、ああ、その……もうすぐ決戦だなって」
「そうね、これが最後のコーヒーになるかもしれないわね」

 エルフィとしても流石に今回は生き残れるかどうか、自信は無かった。敵の数は此方の数倍だと聞く。そんな大軍を相手に勝てるわけは無いし、最悪逃げることも出来ずに全滅と言うことも考えられる。
 どうせ死ぬならアスランと一緒の戦場で死にたいと思ってしまうエルフィであったが、まあ仕方が無いかと諦めを感じてしまってもいる。彼女も1年以上も戦い続けて大分磨耗していたのだろう。

「お互い、良くここまで生きて来れたわよね。覚えてる、初めてザラ隊に配属された時の戦いを?」
「ああ、ヨーロッパでナチュラルの反抗作戦を食い止めようとした時だったよな。あれから暫く足付きを追い掛け回して、あっちこっち転戦したんだったな」
「ええ、忙しかったけど退屈はしなかった。色々と面白い事件にも恵まれたし」
「今思い返せば、戦争中だったけどあの頃は輝いてたよなあ」

 元々はザラ隊の新人としてフィリスと一緒に配属されたのだ。あの頃はまだ新人で、経験も少なかったから唯の足手纏いだと扱われて、イザークなどには何度も邪魔だと邪険にされてきた。
 それが今では特務隊という特殊な上位組織に身を置くエースパイロットとなって、イザークの下で戦っているのだから人生どうなるか分からない物だ。
 暫く昔話に花を咲かせていた2人であったが、やがてエルフィがコーヒーを飲み干したところで話を切り、用件を問い直した。

「それで、話って何。まだ仕事残ってるからそろそろ戻らないといけないからさ」
「あの、だからその……」
「変ね、どうしたのよジャック?」

 ジャックの様子は余りにも挙動不審で、エルフィが訝しげな顔をしている。ジャックとの付き合いももう1年以上になるが、こんなに怪しい彼は初めてだ。一体何をしに来たというのだろうか。
 見ている前で暫くモジモジと何だか不気味な動きをしていたジャックであったが、やがて意を決したようにずいっと大きく身を乗り出してきて、吃驚したエルフィが身を引いてしまった。

「エ、エルフィ、その……」
「な、何よ?」
「今更こんな事を言のも何だというか、言ったからといって状況が変わる訳でもないと言うか、どうせ玉砕すると分かってるんだから言うだけ無駄だと分かってもいるんだが、多分言っとかないと色々後悔しそうだからというか……つまりだ!」
「つまり?」
「つまり、その……俺はお前が好きなんだよ!」

 一息に言い切って、ジャックは残っていたコーヒーを一息に飲み干して無造作にカップをソーサーに戻した。何だかかなりとんがった大きな音がした気もするが、今のジャックにそれを気にする余裕は無い。
 一方言われた方はと言えば、此方は頬を赤くしているがジャックほど挙動不審に陥ってはいなかった。何だか困惑しているように見える。

「……一応聞いておくけど、ドッキリとかは?」
「俺にこんなネタでジョーク飛ばす甲斐性が有ると思うか?」
「無いわよね。あったらとっくにシホとデートしてるだろうし」

 ジャックの答えに頷き、エルフィはどうしたものかと悩んでしまった。実のところ、これまでジャックの好意に全く気付いていなかったのでいきなりそんな事を言われても困ってしまうのだ。何しろこれまでアスラン一筋でずっときたのだから。
 どう答えたら良いかで頭の中がごちゃごちゃになってしまったエルフィは困り果てた顔を歪に笑い崩すという何とも器用な事をしていたのだが、何故かジャックは対照的に大きく息を吐いて背を伸ばし、妙に晴れ晴れとした顔になっていた。

「おっし、言うだけはちゃんと言ったぞ。これで心残りも無い」
「ちょっと、何よそれ?」
「いや、言っても玉砕するのは分かってたしさ。でも言わずに最後の決戦に行くってのもなんか嫌だったから、言うだけ言っときたかったんだ。まあ俺の我侭だ」

 次の戦いでは生きて戻って来れない、そうジャックは感じているようだ。だから思い残す事の無いように言うだけは言っておきたかった、心残りを無くしておきたかったから。だがそんな理由で告白された方はたまったものではない。これではまるで遺言を托されたようなものだからだ。
 エルフィは食堂から出て行こうとするジャックの背中に突き刺さるような声をぶつけて呼び止めて抗議した。

「ちょっと待ちなさいよ、何よそれ。勝手に死ぬなんて決め付けないでよね!」
「いや、だって敵の数はこっちの数倍だって話しだし、無理だろ」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない。いい、返事は戦いが終わってからするから、聞くまで勝手に居なくならないでよね」

 いきなりそんな事を言われても困るが、それですっきりと死なれるのはもっと困る。本当にジャックが死んだらまるで自分のせいみたいに思えてしまうではないか。だから返事が聞きたかったらまたここに戻って来いと言い返して、エルフィは怒ったようにエプロンをテーブルに叩きつけて大股で食堂から出て行ってしまった。
 残されたジャックはこういう反応をされるとは思ってなかったようで、どうしたら良いか分からずに暫くぼうっとした顔で椅子に座り続けていた。はっきりと断られるか、笑って流されるかだと思っていたのだが、まさか真面目に受け取ってもらえるとは。

「ひょっとして、少しは脈ありだったのかな?」

 もしかして全く望み無しではなかったんだろうか。そんな期待を抱いてしまったジャックは、何だか急に元気になってこれからも頑張ろうと自分を励まして1人で盛り上がっていた。その物凄く怪しい姿が食堂におやつを取りに来た少女によって目撃され、戦いを前にジャックが壊れたとヴェザリウス艦内に騒動を巻き起こしていた。





 ボアズで迎撃準備が進んでいた頃、プラントではクルーゼ率いる増援部隊の出撃準備が整おうとしていた。そして本国防衛隊司令部では本土に残留している部隊の指揮官たちが集められて本土決戦に備えた作戦の説明が行われ、その際にボアズを囮とする出鱈目な作戦の説明も行われていた。
 これを説明した司令官のユウキには当然の事ながら質問がぶつけられたが、ユウキもそれに答えることは出来なかった。今の彼は中枢から外された、唯の司令官の1人に過ぎないのだから。
 だが、その中からアスランがユウキに何とも答えにくいことを聞いてきた。

「ユウキ司令、ジェネシスを地球に発射した場合、地球の環境が破壊されかねませんが、それは自給自足が出来ないプラントにとっても破滅を意味しませんか?」
「アスラン、それはだな……」
「少なくとも父はその事を懸念していました。評議会はその事を考慮して今回の作戦を承認したのでしょうか?」
「ザラ議長は君にジェネシスの事を話していたのかね?」
「はい、核動力MSの事と共に聞かされていました」

 あのパトリックがこの話をしていたとは思わなかったユウキは驚いたが、それだけアスランを信頼していたという事なのだろう。そしてアスランはジェネシスの危険性と、今回の作戦がもたらしかねない破滅的な未来を理解しているという事も分かった。アスランはジェネシスという兵器の光と闇を知っているのだ。
 だが、ユウキはその辺りに関しては統合作戦本部から何の説明も受けてはいない。一介の軍人が考えるような内容ではないからだ。

 結局ユウキの話は各部隊の指揮官たちの疑問を払拭する事はなく、単に自分の仕事を説明されるだけに終わった。アスランはこの作戦の危険性に気付いていたが、自分に出来ることは無いと諦めている彼はこれ以上食い下がる事もなく、どこか疲れた様子で防衛隊司令部を後にした。
 そのままとぼとぼと歩いていたが、途中の掲示板に張り出されているポスターを見て足を止めた。そして少し考えた後で講堂でミーアが慰問コンサートを開いていたなあと思い出し、控え室に顔くらい出していこうと思って行く先を変えた。

「しかし、前言ったことを少しは意識してくれたのかな。ハイレグ衣装じゃなくて普通のアイドル系になってるし」

 あのキツイ食い込みのハイレグ衣装ではなく、露出を抑えたフレアスカートの衣装になっている。アスランとしてはこっちの方が安心して見られるのでありがたいし、お色気路線でなくても可愛い系で十分行けるとポスターを見て考えていた。



 そのミーアはコンサートを終えて控え室の方に戻ろうとしていた。無理を言って新しい衣装を用意させてもらったが、観客たちにはこれはこれで好評だったようでコンサートは大成功に終わっていた。
 アスランに言われて衣装を直してみたが、この成功でミーアはアイドルとしてやっていく自信を深めていた。実はお色気路線で売れてるだけではないかという不安がずっと付き纏っていたので、この成功は彼女にとって大きな一歩であったのだ。
 しかし彼女が控え室の扉に手をかけたとき、中から話し声が聞こえてきた。その片方は前に聞いた事がある、自分を勧誘に来たゼムという男の声で、もう一方はクルーゼ隊長の物だった。何で2人が控え室に居るのだと疑問に思ったミーアであったが、中から聞こえてきた話は彼女を凍りつかせるような物であった。

「では、全ては予定通りですな」
「ああ、ジェネシスの発射も承認された。これで地球軍は戦力の何割かを失い、そしてジェネシスの第2射なり3射なりで地球を焼き払えば、ナチュラルも怒りに駆られてプラントに侵攻してくる。地球とプラントはともに滅びる事になる」
「もし失敗したとしても、疲弊しきった双方には天槌を止める事は出来ない。地球が滅びればどのみちプラントも滅び去る」
「ああ、パトリック・ザラにはしてやられそうになったが、結果的には此方の計画通りだ。人類は滅び、我等の復讐は達成される」

 何を言ってるのだ、人類が滅びるとか、全て予定通りとか、訳の分からない事を話している。確かクルーゼはザフトの軍人の筈だが、これではまるでプラントが滅亡する事を願っているようではないか。中からは2人が楽しげな声でなおも物騒な事を話し合っていて、お芝居の台本か何かではないかと思えるほどにミーアには非現実的な会話であった。
 だが、そんな考えも続いてゼムが言い出した話によって打ち切られてしまう。ゼムはミーアにとって更に恐ろしい事を言い出したのだ。

「エザリア議長も上手く踊ってくれましたな。ラクス・クラインのクーデターも渡りに船でした。替え玉もよくやってくれましたが、あれはどうしますか?」
「もう用は済んでいるからな。さて、どうするかな」

 もう用は済んでいる。その言葉にミーアは凍りつくような恐怖を感じてしまった。まるで映画やドラマに出てくるような会話であるが、まさかそんな物を現実で、しかも自分が直に聞く事になろうとは。しかもその中にはまるで自分を物のように扱うような内容まで含まれている。
 この流れからすれば、用済みとなった自分は殺されるのではないか。そんな事を考えてしまったミーアは焦燥に駆られ、ノブから手を離して足を縺れさせながらそこから逃げ出した。だがその時に大きな音を立ててしまい、中の2人に気付かれてしまう。中から扉が開けられてクルーゼとゼムが廊下に出てきて周囲を見回すと、角を曲がっていくピンク色の髪と白い衣装が目に入り、それで誰だかすぐに分かってしまった。

「やれやれ、困ったお嬢さんだ。立ち聞きとは行儀が悪い」
「迂闊でしたな、マネージャーとして付けておいた見張りは何をしていたのか。すぐに捕らえます」
「頼む、私はボアズに行くから後は任せるぞ。余り事を大きくするな」
「善処いたしますが、もしかしたら警備隊を動員するかもしれませんな」

 ゼムが若干の焦りを見せながら駆け出していく。それを薄笑いを浮かべながら見送ったクルーゼは、ミーアの件をゼムに押し付けて自分は気にする風もなく車を待たせている正面玄関へと歩いていった。

「運命とやらは最後まで私を楽しませるのだな。この一石、どういう結果を呼ぶののやら。だが既に終末への扉は開かれた、この流れはもう誰にも止められんさ。そう、誰にもな」

 そう呟いて、クルーゼは大きな声で笑い出した。人がどれだけ足掻こうが、もう滅亡へのカウントダウンは始まっているのだ。この流れを止められる物など居る筈が無い。核の炎がプラントを焼き、ジェネシスの光が地球を焼くのだ。
 自分の手で作り出されるであろう最終戦争の姿を思い浮かべて、クルーゼは悦に浸っていた。



後書き

ラクス  ええ、今日は私が後書きを務めます。え、何時もの2人はどうしたか? それは秘密ですわ。
クルーゼ ふふふ、何故か今日は私もここに居るのだよ。
ラクス  実はここに出るのが一番台詞が貰えるという事に気付いたんです。
クルーゼ その通り、種のラスボスたる私とて出番が欲しいと思う時もある!
ラクス  そもそもSEEDのヒロインたる私の出番が少なすぎですわ。
クルーゼ いや、君は結構好き勝手に暴れてたから満足ではないのかね?
ラクス  足りませんわ、世界を相手に縦横無尽に暴れなくてどうします。
クルーゼ ……私よりも君の方が悪そうなのは気のせいかね?
ラクス  気のせいですわ。
クルーゼ そこできっぱり断言できるのは流石と言うべきか。
ラクス  ところで、クルーゼ様はこれからどうされますの?
クルーゼ うむ、とりあえずボアズで暴れてくる。ムウとも決着を付けたいしな。
ラクス  思いっきり負けそうな気がするんですけど?
クルーゼ その時はその時だよ、私はもう勝ち負けを超越したところに居るのだ。
ラクス  既に手段が目的と化してますわね、この人。
クルーゼ それでは次回、逃げ出したミーアを追うゼム、ミーアを助けて追われる身になったアスラン。アスランはようやく状況を理解したが、このまま捕まる訳にもいかずプラントからの脱出を図る。そして遂に地球軍はボアズへの攻撃位置に集結し、攻撃を開始した。次回「アスラン脱走」でまた会おう。
ラクス  …………これって浮気でしょうか?
クルーゼ アスランは君が死んだと思ってるから仕方ないのではないかね?

 

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