第179章  ボアズ攻略戦



 

 ザフトが待ち受けるボアズ要塞に攻撃を加えてきたのは、地球軍第1集団であった。3個艦隊120隻の大艦隊で、後方に輸送船団と護衛部隊を分離させた後でもなお70隻ほどが前進してくる。
 これに対して出撃した艦隊を率いていたウィリアムスは指揮下の各部隊に命令があるまで絶対に撃つなと厳命し、MS隊も周辺に待機させてじっと近付いてくる大軍を見守っている。
 その大軍を前にウィリアムスはどうしたものかとじっと考えていた。

「目の前に居る部隊だけでも此方の総力に匹敵する大軍だな。さてどう戦ったものか?」
「提督、後方の部隊から無数の光点が分離しました。艦載機を出したようです」
「やれやれ、一体何機持ってきたのだろうな。数を確認できるか?」

 ウィリアムスの問いを受けて観測班が観測した光点をコンピューターで解析し、大まかな数字を割り出したがそれはうんざりするような数字であった。

「20隻ほどの艦艇からMAらしき小型機動兵器が出撃したようです。数は推定で350から400機」
「MA母艦がファントムを出した、という事だな」

 観測班の報告を聞いてウィリアムスが呟く。地球軍は随分前から輸送船を改造したMA母艦を量産して配備しており、艦載機の数を補ってきていたが、MSの配備以降はこれに無人MAのファントムを搭載して戦場まで運ぶ事が多くなっている。1隻辺り20機ほどを搭載できるので地味に厄介な存在となっていた。
 それが大量投入されたようだ。恐らくは前に出てきた戦闘艦には有人機が搭載されているのだろうが、こうなると目の前の部隊だけで700から800機程度のMSとMAを持ってきていると見た方が良いだろう。

「無人機とはいえあれだけ出てこれば厄介なことこの上ないが、だが逃げる訳にもいかん。各部隊に伝達、所定の計画に従い、本隊はこれよりNフィールド外縁に進出して迎え撃つ!」

 ウィリアムスの命令を受けて40隻ほどの部隊が前進を開始した。敵に較べると遥かに小勢であるが、これでもボアズに集まったザフトの戦闘艦艇の実に半数に達する大軍である。ただ、その半数を地球軍から鹵獲した深緑色のドレイク級やネルソン級が占めている辺りにザフトの苦境が見て取れる。
 そして前進したザフト艦隊は両翼を開くと地球軍の前に壁を作り上げ、MSを展開させて迎え撃つ態勢を作り上げた。これに対して地球軍は艦隊陣形を方陣から崩さず、真っ向から勝負を挑もうとしている。数の差に絶対的な自信があるのだろう。実際迎え撃つザフトからすれば津波を押し止めようとしているのではないかと錯覚したくなるような圧力を感じている。
 本隊の中で一翼を担うグラディス隊の姿もあったが、ミネルバの甲板でその光を壁としか形容のしようが無い大軍を目の当たりにしたルナマリアは震え上がってしまった。しかもその数はどんどん増えている。

「何よあれ、幾らなんでも限度って物があるでしょ……?」
「まだ全部が来た訳じゃない、怯むなよルナ。それよりもビームキャノンの用意を」
「わ、分かってるわよ」

 レイが怯むルナに窘めるような声をかけてくる。それが彼なりの励ましなのだとは分かるのだが、どこかひねた印象を与えるのは彼の日頃の行いのせいだろうか。だが言われたとおりにルナはブラストインパルスが両手で保持している長距離砲撃用のビームキャノンを地球軍へと向けた。これはフリーダム用に開発された長射程大口径砲で、ザク用に開発が進んでいるウィザードシステムの1つ、ガナーウィザード用の主砲、オルトロスのベースとなっている砲だ。今ではザフトの主力長距離砲として活躍している。
 レイもフリーダムのビームライフルをマウントラッチに固定してビームキャノンを構え、迫る地球軍の大艦隊に向けていた。

「レイ、レイは勝てると思う?」
「さあな、俺は全力で戦うだけだ」
「そうなんだけどさ、こういう時は嘘でも安心するような事を言ってくれるもんじゃない?」
「安心する為に俺に気休めを言って欲しいのか、ルナは?」
「そりゃ、私だって女の子ですから、不安な時は優しい言葉の一つも欲しいですよ〜だ」

 拗ねたように文句を言ってくる親友に、レイは意外そうに問い返した。そう言われたルナはムッとして言い返したが、それを聞いたレイはおかしくなって笑い出してしまう。

「くっくくく、ははははは!」
「何よ、笑う事無いじゃない!」

 こいつこんな時だけ笑いやがって、と思いながらルナマリアが文句を言うが、レイは全く聞いていなかった。ただ2人が喋っていると、何時もの怒鳴り声が飛んできてお喋りを中断させた。

「レイ、ルナマリア、無駄口を叩くな!」

 マーレが2人の回線に割り込んでそれ以上のお喋りを止めさせた。それでレイはやれやれと黙り、ルナマリアは嫌そうな顔で回線を切った後で幾つかの罵声を漏らしている。マーレ・ストロードは腕は良いのだが、その性格ゆえに人望は無かったのだ。



 敵の数は絶望的だった。ウィリアムスでさえ内心の怯みを抑えきれず、額にうっすらと汗を浮かべているくらいだ。だが彼は精神力でそれを押さえつけて平静を保ち続け、ゆっくりと右手を肩の高さまで上げた。
 それが持つ意味を理解した艦橋のクルーの間に緊張が走る。いよいよ本格的な戦いが、プラントの存亡を駆けた決戦が始まろうとしているのだ。誰もが口を開かず、じっと自分の受け持ちの計器だけを見つめる中で、ただ敵との距離を告げる声だけが響いていく。そして戦術スクリーン上に表示された敵艦隊がイエローゾーンからレッドゾーンに侵入したとき、ウィリアムスは勢い良く右手を振り下ろした。

「撃て!」

 命令を受けてザフト艦隊が一斉に溜め込んでいたエネルギーを開放した。高エネルギー火線集束砲がプラズマを叩きだし、レールガンが強靭な弾丸を発射する。ランチャーからは次々にミサイルが発射されて敵艦隊に向かって行く。
 そしてそれとほぼ同時に地球軍からも砲火の火蓋が切られた。ビームやミサイルが驟雨のように飛来し、ザフト艦艇に襲い掛かる。敵の攻撃に対して両軍はアンチビーム爆雷と対空砲火の弾幕で対抗して無数の輝きを生み出した。それは迎撃された砲火の輝きと、迎撃に失敗した不運な艦艇の最後の輝きである。
 そして両軍の艦載機が一斉に加速し、砲火の上下を抜けて敵艦隊に迫ろうとして、そのまま激突した。ザフト側は約250機、地球軍は約600機という大軍同士の激突で、宇宙における戦いでは最大規模の大軍同士の激突となった。
 ザフトはゲイツやジンHMの機動力に物を言わせて何時ものように敵の側面や背面に回りこもうとしたのだが、今回は戦場がそれを許さない。自分に向かってきたストライクダガーを急激な加速と旋回によって振り切り、そのまま右側面からビームを叩きこもうとしたゲイツは移動した先で新たなファントムと遭遇していた。また別のジンHMはファントムを擦れ違いざまに重斬刀で叩き切ったのだが、離脱した先でストライクダガー3機に捕まって袋叩きにされている。
 機動力を生かして一撃離脱をした先にもまた敵がいる、という状況がザフトを窮地に追い込んでしまった。この状況では機動力よりも火力重視のゲイツRの方が威力を発揮できている。狙う的には事欠かないので数機で砲撃をすれば大きな戦果が上げられたのだ。
 そしてこういった乱戦下で物を言うのはやはりジャスティスであった。極端なまでに接近戦に特化されたジャスティスは乱戦下ではまさに死神であり、群がるMSやMAを次々に仕留めている。
 このジャスティスの背中を守っているのがフリーダム部隊だ。背中からせり出す4門の砲を用いたフルバーストは多数の敵を相手取るのに最適な装備で、複数機のフリーダムが生み出す砲撃に地球軍のMSやMAが続けて撃破されている。

 
 核動力MSの圧倒的な性能でザフトは局所的な優位を手に出来ていたが、全体としては劣勢を強いられていた。桁違いの性能を持つ超高性能機であるこの2つのMSであったが、やはり配備数が少なく全体に配備することが出来なかったのだ。その少ないMSをウィリアムスは1つに纏める事で大きな戦力としていたのだが、これがもし大規模に運用されていればこの戦場を支配できたかもしれない。
 だがフリーダムとジャスティスの配備数増加を阻んだのは生産能力の不足ではなく、パイロット不足だった。その超高性能を扱えるのは優れたコーディネイターに限られる。量産型は試作型よりは大分改善されているのだが、それでもエース級の能力が要求される。指揮官ではないパイロットから凄腕を集めて優先配備していたのだが、結局大部隊を編成するだけのパイロットは揃わず、核動力MSの主力はザクに移行してしまった。此方はジャスティスやフリーダムほど強力ではなかったが、ベテランなら使いこなせる性能になっていて此方が核動力MSの主力となっている。
 この場に投入されたジャスティスは14機、フリーダムは10機、ザクは34機で、ザフトが保有する機体の大半が投入されている。残っているのはクルーゼ隊やグラディス隊、ジュール隊といった特殊な部隊に配備されている機体くらいだろう。本当ならジャスティス、フリーダムとにも30機以上の数を投入できる筈であったが、これまでの戦いで消耗を重ねてこの数まで減ってしまったのだ。
 60機近い核動力MSの攻撃力は凄まじく、これが集中配備されている宙域では地球軍は完全に圧倒されていた。そこに投入されていた地球軍のMSやMAは次々に撃破され、ただ残骸を量産するだけに終わっている。
 だがそれ以外では地球軍が数に物を言わせて押し切ろうとしていた。元々数では倍以上の差があり、幾らザフト側が敢闘しても泥沼の消耗戦に引きずり込まれるのは避けられない。
 そして地球軍にも恐ろしい部隊は混じっている。モーガンのガンバレル・クライシスに率いられたガンバレル・ストライク部隊が立ち向かってきたザフトMSをガンバレルで確実に仕留めていき、レナの乗るカタストロフィシリーズ3番機ロングボウは狙撃専用機としての特性を生かした正確な狙撃で1機、また1機とMSを落している。
 ロングボウは核動力の大出力を生かした長砲身リニア砲を主砲とし、ザフトのアーバレストと同じ様な思想で生まれた砲を使っているMSだ。ただあれほど貫通力は凄くなく、代わりに命中率と安定性を獲得している。これまでのカタストロフィ・シリーズと較べると地味な存在に見えるが、NJ影響下でも十分な命中精度を得る為に強力な索敵、照準システムが搭載されている。この機体の電力はこれらの機器とリニアガンに使われているのだ。




 激戦の渦中に身を置いていたミネルバは4基の主砲を振りかざしてとにかく目に付いた敵に砲撃を加えながら戦場を駆け抜けている。周囲には艦載機を配置して敵機の接近を阻止していたが、困った事に何故かミネルバは孤立状態にあった。

「セン・トー、オレルアンの姿がありません、はぐれたようです!」
「それじゃあ本艦は単独で突出してるのかっ!?」
「ナスカ級では付いて来れないわね。仕方が無いんだけど、2番艦が間に合ってれば……」

 メイリンの報告にタリアが難しい顔をしている。アーサーは単艦で突出してしまったという事態に焦った声を上げているが、これは誰も気にしていない。副長が結構小心者だというのはミネルバでは知られた事実だからである。
 タリアは未だにドックで建造中の2番艦が間に合っていれば戦隊を組む事が出来たのにと悔やんでいたが、そればかりでは何も始まらない。このまま戻るよりは進む方がマシだろうと考えた彼女は全速前進を命じ、正面の敵を撃破して後退すると命じた。

 砲撃をしながら前進するミネルバの右舷を守っていたルナマリアは、艦が後退するどころか前に出て行くのを見て驚いていた。まさか艦長はこのまま突撃する機なのだろうかと。

「ちょっと、どういう事!?」
「今退いたら追撃を受ける、と考えたのだろうな。だがこのままだと弾が無くなるぞ」

 インパルスの隣でフルバーストを繰り返していたレイのフリーダムであったが、恐ろしいペースで弾を使ってしまっており、補給に戻らないと拙いかと考えていた。だが戻ろうにも敵は数え切れないほどに居るので戻る暇が無い。とにかく撃ちまくるしかないのだ。
 だが、それまで群がる敵機を追い払っていたレイのフリーダムにいきなり直撃の閃光が走った。胸部に幾つもの火花が走り、弾き飛ばされてミネルバに激突してしまう。

「レイ!?」

 ルナマリアが驚いてフリーダムの安否を確かめようとしたが、迫る敵機がそれを許さなかった。警報がコクピットに響き、ルナマリアが周囲を確認すると見慣れない新型2機が迫ってきている。照合をかけて弾き出された回答に彼女は舌打ちした。

「ウィンダム、ナチュラルの最新型、何でこんな時に来るのよ!」

 ブラストインパルスのケルベロスをウィンダムに向けて放つが、ウィンダムはトリガーを引く前に左右に散って照準から外れた。直後に放たれたビームが空しく宙を貫いていき、ルナマリアは慌ててケルベロスからミサイルに切り替えて左右に散ったウィンダムに放つ。それはNJ影響下でも多少の誘導能力があるので2機のウィンダムを追尾して行ったのだが、ウィンダムはCIWSで迫るミサイルを撃墜してしまった。
 その僅かな時間でケルベロスをしまい、ビームライフルとシールドを手にするルナマリア。肩のレールガンを放ってウィンダムを回避させ、逃げた方にビームを放つ。それはルナマリアがアスランから教わった射撃テクニックの1つで、効果的な手であった。
 今回もそれは成功し、回避した先に撃ち込まれたビームは正確にウィンダムの胸部に直撃した。それを見たルナマリアは撃墜を確信してもう1機に意識を向けようとしたが、それは甘すぎる判断だった。直撃を受けたウィンダムの胸部でビームは止められ、致命傷にはならなかったのだ。増加装甲として追加されたAB装甲は地味だが良く役目を果たしてくれている。
 ルナマリアは驚いてそのウィンダムを見て、僅かに煤けた程度の胸部装甲に怒りの声を上げていた。

「何よそれ、ビーム食らっても平気なんて反則じゃない!」

 ルナマリアは出鱈目だと喚いたが、それで敵機が消えてくれる訳ではない。2機のウィンダムはガウスライフルから高速弾を放ってきて、インパルスの重装甲に火花を散らしてくる。フリーダム以上の重装甲のおかげで大きな被害は無いが、連続する着弾にパイロットは振り回され、装甲自体も削られていく。ルナマリアも反撃するのだが思いのほか動きが良く、防御力も高いウィンダム2機を同時に相手に戦えるほどの技量は彼女には無かった。
 衝撃に口の中を切り、血の味が広がっていく。堪りかねたルナマリアは他の味方に助けを求めたが、何故か誰も助けには来なかった。隊長のマーレを呼んでも返事が来ない。ミネルバのCIWSが40mm弾を放って牽制射を加えてくれたが、全く役に立っていない。

「くっそ、通信機が壊れたって言うの。何で誰も来ないのよ!」

 ルナマリアは半泣きでシールドを前に構えながら必至に逃げようとするが、直撃弾に両肩のレールガンと左のケルベロスを破壊され、遂にはシールドの一部が砕け散った。それを見て恐怖に青褪めたが、唐突に連続した射撃が止み、ウィンダムが回避運動に入った。そしてウィンダムに向けて立て続けにビームとレールガンが浴びせられ、1機がライフルごと右腕を失って後退していく。
 その支援砲撃が誰のものであるか、確認するまでも無かった。

「レ、レイ、助けるんならもっと、は、早く助けてよっ!」
「煩いぞルナ、泣き言なら後にしてくれないか」
「泣いてなんか、無いわよ馬鹿!」

 声が思いっきり涙声だろうがと思ったが、これ以上突っ込むと後で殴られるからここで止めにしておいた。クローンとはいえ撲殺は流石にごめん蒙りたい。
 そしてレイはルナに艦に戻ってシルエットを交換して来いと言って下がらせると、どうしたものかと正面を見据えた。まだまだ敵の数は多く、とてもではないがこのままでは防ぎきれそうに無い。

「無理をしてでも旗艦なりを叩かないと、持たないか」

 だがその旗艦の前にはまだまだ厚い壁が立ち塞がっている。ミネルバのローエングリンなら壁を崩せるかもしれないが、チャージと照準の間にこっちが撃沈されかねない。どうしたものかとレイは考えたが、これといった打開策はなかった。せめて艦のMSの支援が得られればと思うが、隊長のマーレをレイは全く信用していなかった。マーレはインパルスのパイロットの座を狙っているようだが、その為にルナを亡き者にしようと考えているのが見え見えだったのだ。
 このままでは不味い事になる、それが分かっていてもどうしようもない現状にレイは苦しんでいたが、ここから脱出するには助けが来るのを期待するしかない。だがそれまで生きていられるかどうか、レイには自信がなかった。



 戦いが消耗戦になりつつあるのを見たウィリアムスは渋い顔をしている。ここで消耗戦になったらザフトは間違いなく負けるからだ。何故なら地球軍にはまだ2つの艦隊が残っているが、ザフトにはもう次は無い。だから地球軍はここで相打ちになっても問題は無いのである。
 それを知っているのか、地球軍はひたすら攻撃を繰り返している。彼等の望みは消耗戦なのだろう。それが彼等にとって最善で、自分たちにとって最悪の選択なのだから。

「マーカストはどうした、まだ来ないのか!?」
「もう少しで目標宙域に到達します!」
「あと少しか、何とか粘れ、沈むなよ!」

 味方の被害が物凄い勢いで増えていくのにウィリアムスは焦っていた。作戦の第一段階はとにかく自分が敵の前進を食い止め、一定時間ここに拘束する事にあるのだが、このままでは味方が来る前に自分たちが磨り潰されてしまう。とにかくマーカストが来るまで持たせようと考えていたウィリアムスであったが、流石に待つ余裕を無くしていた。

 


 

 この時、マーカストが率いている別働隊15隻は大きく戦場を迂回しながら地球軍の右側面に到達していた。高速のナスカ級だけで編成された高速部隊であり、マーカストの能力を最大限に生かせるように特別に戦力を集めたのだ。
 地球軍の大艦隊を見据えながら、マーカストは愉快そうに笑っていた。これだけ派手な戦いは彼の長い戦歴でも久しぶりの事だからだ。

「ははははは、これは良い、的には事欠かんぞ。見渡す限り全部敵だ!」
「て、提督、笑い事ではありません!」
「これが笑わずにはいられるか!」

 窘めてきた部下にマーカストは八つ当たりをぶつけ、全軍に突撃を命じた。

「ウィリアムスの苦労に報いてやるか。全軍突撃、敵の中央を突破して陣形を突き崩すぞ!」

 ナスカ級のリニアカタパルトから待ってましたとばかりにゲイツRやシグー3型、ジンHMが飛び出していく。此方には核動力MSこそ配備されていないが、その任務上から精鋭パイロットが優先配置されているのでかなり高い戦闘能力を有している。ただベテランパイロットたちには欠陥品と噂されているザクへの機種転換を拒む者が多く、ザクは数機しかいない。
 むしろシグーの全てが高性能ながらもエース級の腕が無ければ使いこなせないと言われる3型に統一されている辺りにその凄さが伺えるだろう。核動力機を得る資格がありながらもあえて乗り慣れたシグーを選ぶパイロットも多かったのだ。その実績は凄まじく、現場からは兵器としての総合点でジャスティスやフリーダムを凌ぐという評価さえある。
 これらのMSを迎え撃ったのは地球軍のストライクダガーとダガーLの大部隊であったが、双方のMSが交差した後には多くの地球軍MSの残骸が漂っている。戦場の戦果の何割かはごく一部のエースの手によって上げられる物だが、その法則はここでも健在なようだ。
最初の一戦を終えたゲイツやシグーにすぐさま後続のダガーやファントムが襲い掛かる。数だけはとにかく圧倒的に地球軍の方が多いのでザフトは常に多数の敵を相手取らなければいけない。
 だが彼等は怯んだ様子も無く、勇んでこの大軍に向かっていく。多くの戦場を潜り抜けてきた彼らには今更怯むような状況ではないのだ。1機当たり3機から4機を引き受けて戦場を駆け回り、高速性を生かして敵機を振り回す者も居れば、接近戦に自信があるのか重斬刀やビームサーベルを手に果敢に挑んでいく者も居る。また余程の凄腕か、正確なビームライフルの射撃で逃げながら追撃してくるMAを次々に落しているゲイツRも居る。
 MS隊の獅子奮迅の働きでダガー隊を粉砕したマーカスト隊が切り開かれた穴に突進し、傷口を広げに掛かる。この一撃を受けた地球軍は艦列を乱し、側面からの圧力に耐えかねたかのように形を崩していく。その為に動きが鈍くなり、艦隊の前進は止まってしまった。

「敵の動きが止まりました!」
「よし、このまま反対側に突き抜け、一度戦場を離脱するぞ。MS隊にも遅れるなと伝えろ!」

 ここを好機とばかりに攻めに出るマーカスト。だが、その勢いを止めるかのようにいきなり強力なビームが叩きつけられてきて、突進しようとしていたナスカ級が慌てて進路を変えた。
 何事かとビームの放たれてきた方を見た彼等の前に、ザフトにとっては疫病神の代名詞のように言われている特徴的な戦艦の姿が現れ、マーカストを唸らせた。

「よりにもよって、アークエンジェル級か」
「2隻居ます。こちらに艦首を向けています!」
「我々を通さないつもりか、小癪な真似を……」

 マーカストは腹立たしそうにそう呟いたが、すぐに迷う事無く全軍に後退を告げた。アークエンジェル級に勝てないとは言わないが、相当に梃子摺る事は確実だ。そこで足を止められれば周囲の艦艇の砲撃を受けて自分たちが全滅してしまう。
 今はまだ無理をする段階ではない、それを知っているマーカストは大きな被害を出す前に逃げ出す事にしたのだ。敵の動きを止める事が出来ればとりあえずの目的は達成したのであり、無理な戦果拡大を図る必要は無いのだから。



 

 地球軍の行き足が止まり、ザフトが後退した事で戦闘は一時中断となった。勿論全てが終わった訳ではないが、この時間は両軍共に補給と負傷者の後送を行い、戦力の再編成をする時間なのだ。
 ボアズの周辺まで後退したザフト艦隊はそこで応急修理と補給を受け、負傷者を大急ぎで要塞に搬送して補充兵を受け取っている。その光景を見ていたイザークは最初の戦いに参加させてもらえなかった事に腹を立てていただけに、かなり苛立っていた。

「酷い有様だな、敵の動きを止めたというが、此方もボロボロじゃないか!」
「善戦した方ですよ、地球軍は最初から総力戦を仕掛けてきたそうですから」

 苛立つ上官をエルフィが宥めていたが、イザークの怒りはおさまりそうにも無い。いつもならイザークを宥めてくれるフィリスが今は艦橋におらず、格納庫でインパルスの最終点検を行っている。
 ジュール隊は予備戦力として手薄なEフィールドに配置されており、こちらから敵が来た際には寡兵を持って敵を迎え撃つ任務が与えられている。別にイザークたちが煙たがられている訳ではなく、その実力を認められたからこそ手薄なフィールドの防衛を押し付けられていたのだ。
 他にもSフィールドとWフィールドを守っている部隊も居るが、もしこれらのフィールドから大部隊が入ってきたら守りきるのは不可能だ。イザークたちとしては自分の任務の重要性を理解はしていたのでどんなに助けに行きたくても離れる事は出来ず、結果としてフラストレーションを溜め込んでいたのである。

「エルフィ、Eフィールドに敵が侵入してくる様子は無いのか?」
「今のところ、発見はされていません。偵察機からの報告もありません」
「ミラージュコロイドを使っている形跡は?」
「感知器にも反応がありませんし、赤外線反応も捉えられてはいません。同様に赤外線捜査にも反応がありませんし、居ないと考えて良いと思います」

 ミラージュコロイドは赤外線を通してしまう。その欠点から熱源探知や赤外線探知は有効なのだ。またミラージュコロイド粒子そのものを感知する装置も開発され、要塞周辺に散布されている。これらは基本的にパッシブシステムであるが、より積極的に探し出す為のアクティブシステムとして赤外線照射型の捜査システムも登場していた。元々は艦艇用の最終照準補正用であった赤外線捜査システムを元に広域索敵システムとして開発され、索敵機や哨戒衛星などに搭載されて姿を消した敵を探すようになっている。海で使うソナーの宇宙版のようなものだ。
 第8艦隊のプラントに対する直接攻撃を許した後、ザフトはミラージュコロイドへの警戒を強めてこれらの索敵機器の開発を急いでいたのだ。それは報われ、ボアズ戦を前にどうにか必要な数をそろえる事が出来たのである。


 敵が来ないのならば仕方が無い。イザークは不機嫌さは隠せなかったが、とにかくエルフィにそれをぶつける事は止めて別の事をアデス艦長に聞いた。

「ガルム隊は、出せるんですか?」
「輸送艦隊から準備は完了していると報告は来ていますが、役に立つかどうか。パイロットはMSを扱えないような若輩者ばかりです」
「しょうがないでしょう、訓練期間が取れなかったんですから。もし敵がボアズに迫ったら、出す事になります」
「…………」

 不本意ではあるが仕方が無い、そう言うイザークにアデスは考え込むような顔をして、そして視線を窓から見えるボアズへと向けた。

「ダナン、お前はどう思う?」

 ザフトには少なくなった古参の船長であり、コーンパイプが似合う飲み仲間でもあった男の事を思い浮かべながらアデスは呟く。ガルムを搭載した輸送艦オルマト号を指揮してボアズの近くに居る筈だが、こんな急造MAと少年兵を任された事に内心穏やかではないだろう。
 そしてアデスは頭を振って気持ちを切り替えると、哨戒に出ているMS隊との回線を開かせた。少し待って、ジャックとシホがモニターに現れる。

「ジャック、どうだ様子は?」
「現在のところ、敵機の姿は確認できません。ただ地球軍が散布したジャマーの影響があるのか、Eフィールド外縁部は殆ど通信索敵機器が機能しません」
「連中の小部隊がかなり彼方此方に出没していたからな。NJでなくとも数を使えば十分な脅威になるか」
「現在アテになるのは光学だけです。シホでも駄目だと言ってますから、MSじゃ無理でしょう」

 ジャックとシホは2機でEフィールド外縁で有人哨戒をしていたのだが、幸いにして未だに敵部隊を見つけることは出来ないでいた。今進入されればザフトはひとたまりも無いのだから。
 だが、哨戒していたシホが納得のいかない様子でアデスに疑問をぶつけてきた。何故敵は主力が居ないE,S,Wフィールドから進入してこないのだ。それを問われたアデスもそれは疑問に思っていたのだが、

「何故奴等は手薄な場所に来ないの、か。確かに疑問ではあるが、奴等にもそれほどの余力は無いのではないかな?」
「そうでしょうか、まだ地球軍には大量の部隊が居る筈ですが」
「ではまだ到着していないだけだろう。今は気にしてもしょうがない、分かったなハーネンフース」
「……了解です」
「よし、あと20分で交代だ、もう少し頑張ってくれ」

 そう言ってアデスは通信を切り、軽く息を吐いて自分で肩を揉んだ。

「確かに、来ないのは不自然だな」

 シホにはああ言ったが、アデスも確かに疑念を深めてしまっていた。何故奴等は来ないのだ。まさか、Nフィールドは囮で他の部隊が既に回り込んでいるか、直接プラント本国に向かっているのではないか。
 だがそれを確かめる術も無ければ、防ぐ戦力も無い。もう同時に二箇所で戦う力はザフトには残ってないのだ。貧乏というのは嫌な物だと、アデスは何とも言えない気持ちで噛み締めていた。




 その頃、格納庫ではフィリスがインパルスの最終チェックを終えて、ドリンクを手にザクの傍で所在無さげに漂っているステラを捕まえて話をしていた。

「ステラちゃん、貴女ここに来る前は何処に居たの?」
「何処って?」
「ここに来る前に、どこかで訓練してたとか、何かしてたとか、何でも良いわ、教えてくれない?」

 そう言われてステラはドリンクのチューブを加えながらう〜んと唸り、眉を寄せた。どうやら悩んでいるようだ。そしてステラはポツポツと自分が覚えている事を教えてくれた。

「う〜ん……目が覚めたら、ベッドに寝てた。長い髪のおじさんとお面のおじさんが居て、機械が一杯あった。大きな真っ黒な猫も居たよ」
「髪の長いおじさんにお面のおじさん?」

 誰だろうと思ったが、ステラは知らないようだ。これまでの付き合いでこの娘が嘘をつくはずが無いと分かっているから確信がもてるのだが、さて誰なのか。お面を被ったおじさんには何となく心当たりがあるのだが、彼はおじさんと言われる年ではない筈である。

「ステラちゃん、お面のおじさんってどんな人だった?」
「んっとねえ、金色の髪で、皺があって、お面取ったら凄く怒ってた」
「名前は分からない?」
「……一緒に居たお姉さんがクルウゼとか言ってたと思う。お面のおじさんはおじさんじゃないって凄く怒ってた」

 思い出しながら教えてくれるステラ。だがそれを聞いたフィリスは頭痛がしてきた頭を両手で抱えてしまっていた。ちょっと待て、お面のおじさんとは本当にクルーゼの事だったのか。となれば一緒に居たお姉さんとはアンテラの事だろう。髪の長いおじさんというのが誰だかは分からないが、クルーゼの協力者の1人に違いない。だが、この娘はクルーゼの仮面を毟り取ったのだろうか。中々にすごい事をしたものだ。
 だが何時までも悩んでいる訳にもいかない、まだ知りたいことは沢山あるのだから。

「それで、他に何か覚えてない?」
「ううん、後はすぐここに連れてこられたから」
「そっか、仕方ないわね」

 ここに来る前の記憶が無いというのがどうにも気になる、まさか記憶操作などという技術が存在するのだろうか、という疑問を持ったが、それを確かめる術はフィリスには無かった。どうやら聞きだせるのはこれだけだと思ったフィリスは少し残念そうにドリンクのチューブを口に含んだが、いきなりステラが何か思い出したかのようにチューブから口を離して顔を上げた。

「シン……?」
「どうしたのステラちゃん、シンって?」
「分かんない、でも前に槍付きの強い奴と戦った時、しつこく声かけてきて、それ聞いてたらそれが浮かんできた」

 何とも要領を得ない答えであったが、槍付きの強い奴というのは多分ステラを執拗に狙ったアークエンジェルのMSの事だろう。情報では確かヴァンガードとかいう名称の機体だ。そのパイロットの声を聞いてそれが浮かんできたという事は、その声の持ち主の名前なのだろうか。
 だが、何故連合のパイロットの声にステラが反応するのだ。一体どういう繋がりがあるというのだろうか。
 そんな事を考えて悩んでいると、艦内に警報が鳴り響いた。Nフィールドの敵が前進を再開し、更にEフィールドに敵の別働隊が侵入してきたというのだ。戦いは第2ラウンドを迎えたのである。



後書き

ジム改 第2ラウンド開始。
カガリ まだ1/3しか来てないのにこの有様か。
ジム改 それでもザフトは良くやってるぞ。まあ核動力MSのおかげでもあるが。
カガリ で、オーブ艦隊は何時来るんだ。
ジム改 多分次かなあ。
カガリ 今度こそオーブ艦隊の見せ場があるんだろうな?
ジム改 …………。
カガリ まて、まさかまたうちは噛ませ犬なのか!?
ジム改 だ、大丈夫だ、ザフトにも弱い部隊は居る。
カガリ それはオーブが弱いって事かあ!?
ジム改 いや、弱くは無いぞ、強くも無いけど。
カガリ ところで、うちには超高級機は無いのか?
ジム改 残念ながらムラサメはスーパーメカカガリでデータ収集中だから無理だ。
カガリ いや、アカツキとか。
ジム改 残念ながら、そんな予算は何処にもありません。ひょっとしたらフレームくらいはあるかもしれんが。
カガリ 私用のMSは結局無いのかなあ。
ジム改 欲しければルージュでよければ。
カガリ 今更何が出来るんだよ!?
ジム改 それでは次回、第1集団の再攻勢に必至に応戦するザフト。ウィリアムスは用意していた策を駆使して必至に防衛線を維持し、歴戦の隊長たちが勇名に恥じぬ働きを見せる。だが地球軍の数は減るどころか、徐々に増えていくのだった。次回「知将と名将と」で会いましょう。

次へ 前へ TOPへ