第182章  宿業の果て


 

「諸君、バカップルが憎いと思うかあ!」

 その掛け声に、建物を振るわせる呼応の雄たけびが木霊する。ここは地上から上がってきたパイロットたちを宇宙用に再訓練している教導部隊の1つだった筈だが、今や嫉妬団の巣窟と化していた。
 怪しげな頭巾で顔を隠した集団が広大な室内を満たしている。それは善良な一般市民であれば間違いなく通報するだろう危ない集団であった。少なくとも軍隊には見えない。だがここは間違いなく軍事施設であり、ここに居るのは全員ザフトの服を着ている。ここ最近は嫉妬団が撲殺ライフル女と呼ぶ天敵の襲撃が無い為か、順調に勢力を拡大していたのだ。
 団長のイザークが不在の間に副団長のディアッカは精力的に活動し、地球からの帰還兵たちに嫉妬思想を広め、団に取り込んでいたのだ。相変わらず要らない所で有能な奴である。
 元々は短期間で再訓練を終える為には団結が必要だ、とかいう訳の分からない理由で嫉妬思想を広めていたのだが、何時しかそれが組織拡充の巨大な助けとなってしまったのだ。まあおかげでディアッカの教え子たちは全員が機種転換を完了し、本土防衛の任に付く事が出来ているのだが。
 ディアッカの出したこの戯けたプランが通ってしまう辺り、ザフト上層部にも嫉妬団の団員がいるのは疑いようが無い。


 だが、そんないつもの集会に水がさされた。団員の1人が砲議会から連絡が来ていることを告げてきたのだ。それを聞いたディアッカは集まっている同胞たちに詫びて解散させ、自らは仕方なさそうに通信室で命令を聞くことにしたのだが、モニターに現れた相手を見て不審の色を浮かべた。そこに現れたのは参謀本部の役人でも軍人でもなく、あの胡散臭いエザリアの補佐官だったからだ。

「ディアッカ・エルスマン、直ちに動ける部隊を準備して待機させろ。君が指揮するんだ」
「どういう事ですか、敵はまだボアズでは?」
「反乱だ、プラントから脱走しようとしている者が居る。現在捕えようとしているが、宇宙に出られる可能性があるのだ。地球軍にでも合流されて情報を流されては困るのでな」
「それなら本国防衛隊があるでしょう。こっちは教導隊ですよ、そんな仕事をする部隊じゃありません」

 ディアッカはこの胡散臭い男の命令を聞く気は無かったのでユウキに押し付けようとしたが、それはゼムが許さなかった。彼は本国防衛隊など当てにならないと言い切り、ディアッカに重ねて出撃を命じてきたのだ。
 そうまで言われては仕方が無く、ディアッカは出撃命令を受領した。だが、その前に聞いておく事があった。

「ところで、脱走した奴は誰なんです。俺を指名って事はそれなりの相手だとは思うんですが?」
「ほう、察しが良いな。流石はエルスマン議員のご子息だけの事はある」
「……早く教えてもらえませんかね?」

 嫌みったらしい言い方にディアッカは気分を害し、一刻も早くこの男との会話を打ち切りたかったので先を急かした。だが、それを聞いたディアッカは何が何でも断っておくべきであったと後悔する事になる。

「そうだったな。脱走犯はアカデミー校長のアスラン・ザラだ」
「…………冗談、でしょ?」

 アスラン・ザラ、現在のザフトにあって最高のパイロットの1人に数えられる、赤い死神。プラントへの忠誠心が厚く、誰よりもその将来を真剣に憂いていた苦労性の戦友。その男とディアッカは戦わねばならなくなったのだ。





 第3集団がザフトの部隊を蹴散らしながらボアズへと迫る。ジュール隊も例外ではなく、10倍以上の大軍を相手にすることなど出来る筈が無かった。イザークは必至に艦隊を後退させ、MS隊に敵機を近づかせるなと激を飛ばしていた。それにMS隊は良く答えて迫るメビウスやストライクダガー、オリオンを食い止めていたが、多勢に無勢でそれが実を結ぶ事は無かった。多くのMSやMAがフィリスたちの守りを突破して艦艇に襲い掛かり、撃沈する艦が相次いでいるのだ。
 余りの被害の大きさにイザークは歯噛みしたが、どうにもならない。ヴェザリウスも自分の身を守るだけで精一杯なのだから。
 そして、更に最悪の通信がヴェザリウスに届いた。

「ジュール隊長、ボアズが援軍を出すと言ってきました!」
「援軍だと、何処にそんな船やMSがあるんだ!?」
「それが、ガルム隊を全力投入すると……」
「ガルムだと、今頃になってあんな連中を使うつもりか!?」

 オペレーターの伝達にイザークは激発した。ガルムはMSにも乗れないような未熟な兵士が使うことを想定して開発された急造簡易MS、というよりMAで、対艦攻撃機として位置付けられている。だがベテランが使えばそれなりの物だが、新兵が使っては特攻機にも近い機体だ。ましてこのような乱戦下で使用して良い物ではない。
 今敵艦隊に向かってもミサイルを放つ暇も与えられず、敵機に捕まって全滅させられるのがオチだ。それを司令部は分かっているのだろうか。
 イザークがそれを問い質そうと考えた時、オペレーターは次の報告を持ってきた。

「隊長、ボアズより輸送船団が前進を開始しました」
「本気で使うつもりなのか、あれを!?」
 
 正気か、と言いたげなイザークであったが、確かにそれまでボアズの近くで身を潜めていた輸送船が要塞を離れてこちらに向かってきている。数隻の駆逐艦は見えるが、あの程度の護衛では死ににくるだけだ。
 事ここに至って、イザークも遂に決断を下した。細かな指示を出しているアデスを見て、その決意を告げる。

「艦長、俺も出ます!」
「何ですと、それでは艦隊は!?」
「輸送船団はガルムを出した後、回収ポイントに向けて移動する筈です。アデス艦長の指揮で輸送船団を守りつつボアズを離脱してください」
「それでは持ち場を放棄する事になります。敵前逃亡と取られかねませんぞ!?」
「どうせもう、持ちませんよ」

 狼狽するアデスに自嘲さえ感じさせる声でイザークは言い返し、アデスは二の句が告げなくなって絶句してしまった。絶句しているアデスにイザークはもう一度指示を重ねて伝え、艦橋を飛び出していった。それを見送ったアデスは呆然としていたが、肩を落とすと帽子を被り直して船団護衛のために艦隊を動かし始めた。


 ボアズを出撃した輸送船団は無数の敵艦隊にゆっくりと近づいていた。これらの輸送船は全てガルムを満載していて、格納庫から1機、また1機とガルムが押し出されるようにして宇宙に出てきている。外に出たガルムはゆっくりと艦から離れると、それぞれの指揮官機の元へと向かって定位置に付いていく。カタパルトなど装備してないので迅速な発進も出来ないのだ。
 全ての艦が一度にガルムを出すと収拾がつかなくなるので順番に機を出している。所詮は輸送船であり、管制能力など無きにも等しいのだ。順番を待っている船の中にはオルマト号も居たが、ダナン船長は何とも浮かない顔をしていた。

「ふぅむ、沢山居るなあ」
「船長、出撃2分前です。格納庫の空気を抜きます」
「宇宙服の確認は?」
「終わっています。格納庫の要員以外は機密区画に退避しました」
「そうか……」

 ダナンは艦長席から立ち上がると、マイクを取って発進準備中のパイロットたちに繋がせた。そして一呼吸置くと、ダナンはパイロットたちに彼なりの訓示をし始めた。

「船長だ、これから出撃するにあたって、君たちに言っておく事がある。この戦いはプラントという国を守るための戦いだ。その為に多くの将兵が今も戦っている。君たちもまもなく出撃し、前線で戦っている戦友たちに加わる事になる。君たちの仕事は敵機の迎撃を掻い潜り、敵艦にミサイルを叩き込んで無事に帰還する事だ」

 何を今更分かりきった事を言うのか、とパイロットたちは思ったが、それに多くの者が頷いていた。これは祖国防衛の戦いだ。自分は国を守るために命を懸けているのだと誰もが自分に言い聞かせているのだ。
 だが、ダナンの話はこれで終わりではなかった。彼は少しの間を置くと、パイロットたちに1つの約束をしたのだ。

「戦場に向かう君たちに、私から約束できる事は1つだけだ。本船はギリギリまで回収ポイントで君たちを待っている。だから、必ず生きて帰って来い!」

 ダナンの約束を合図に、ガルム隊の発進が始まった。比較的大型のオルマト号には16機のガルムが詰め込まれていて、1機、また1機とガルムが送り出されている。それを見送りながらダナンはユーファに航路を訪ねた。

「ユーファ、航路はあるか?」
「目の前を見て聞いて頂けます、船長?」
「……やはり、Sフィールドに出て大きく迂回するしかないか」
「ですが、それでも敵の追撃は受けますよ?」
「あの大軍に突っ込むよりはマシだろう」

 ダナンは宙域図を見ながら迂回航路の指示を出していき、航法士が急いで計算を始める。とにかくオルマト号はガルム隊を収容するべく回収ポイントに到達しなくてはいけないのだ。
 輸送船部隊の動きは一定してはいない。それぞれの船がばらばらに動いている。部隊そのものが寄せ集めの集団であり、指揮系統と言えるものが無かったのだ。階級も無いので誰が誰に従うということも出来ない。この場にあるのは階級ではなく、人望と船長としての経験であった。ダナンは人望があった方のようで、オルマト号の出した本船に同行されたしという発行信号に従うように付いていく船が沢山出ている。
 結果的にはダナンのようにSフィールド側への脱出を試みたルートが正解であった。それ以外を目指した船は艦砲に撃たれるにせよ、MSに襲われるにせよ、無事に脱出できた船は1隻も無かったのだから。





 ボアズ周辺を巡る戦いは決着へと向かっていた。もはやウィリアムスにもマーカストにも打てる手は無い。正面にはハルバートンが率いる第2集団があり、正面と上下に展開してこちらの動きを押さえ込んでいる。これだけでもボアズの全軍に匹敵する戦力であるというのに、背後に第3集団を迎え、後退していた第1集団も進撃して来た。もはやザフト艦隊は自分たちの数倍の地球軍に半包囲されているのだ。
 各部隊の隊長たちはもはやそれまでの纏まった陣形を維持する事が出来ず、崩れだした勢いのままに自分の隊を動かし始めている。このままでは完全に包囲されるという恐怖が隊長を、艦長を、個人を動かしてしまったのだ。こうなってはもうウィリアムスの声も届かない。ザフト艦隊は事実上崩壊してしまったのだ。
 一度崩れだした勢いは止められない。崩壊していく自分の艦隊を困った顔で眺めていたウィリアムスは、どうしたものかとマーカストに相談していた。

「どうするマーカスト、どうやら負けたようだが」
「本国に戻るしかあるまいな。まあ、逃がしてもらえればだが」
「1隻でも多くの艦艇を逃がすべく全力を挙げるのが我々の仕事だろうな。最も、どれだけ頑張れるかは分からんが」

 現在自分の指揮下に残っているのは20隻にも満たない。こんな数では防衛線を敷く事も出来ないだろう。それに今更僅かな部隊を逃がしても本国の陥落は避けられない。ならばいっそ降伏して将兵の命だけでも救おうか、などという考えさえ浮かんでしまう。
 だがすぐにそんな考えを振り払うと、マーカストとどうやって部隊を確実に、しかも戦力を維持しつつ秩序を保って後退させるかを話し合いだした。とにかく今は生き残る事だ。しかし、そんな事を話し合っていた彼らの元に、本国から1つの暗号通信が届けられた。

「本国から、今頃になってなんだ?」
「それが、ボアズ残存戦力はSフィールドより速やかに脱出し、本国に帰還せよと」
「……Sフィールド、か。確かにそこしか脱出路は無いわけだが、どう思うマーカスト?」
「普通に考えればおかしくはない。だが、あの噂がな」

 マーカストが表情を曇らせ、ウィリアムスも苦々しい顔になる。それはプラントを出てくる前に耳に挟んだ噂。あくまでも噂であったが、ボアズを囮にしてジェネシスを使う計画がある、というとんでもない噂である。事の真偽は確かめられなかったが、もしそれが本当なら、この命令は地球軍をSフィールドに集めようとする本国側の作戦ではないのか、という疑いがあったのだ。

「どうする?」
「従うしかあるまい。噂がどうあれ、我々にはそこ以外に脱出路は無いのだから」

 忌々しげにマーカストは答えてくれて、ウィリアムスもしぶしぶ頷く。そう、たとえ本国の思惑がどうあれ、もうそれ以外に選択肢は残されていないのだ。だから望む望まぬに関わらず、彼らはSフィールドからの脱出を選択したのだった。



 Nフィールドに突入した第8、第10任務部隊は周辺を制圧しながら海兵隊の突入を開始していた。第10任務部隊のレギオンと第8任務部隊のウィンダムやマローダーが宇宙港への突破口を開こうとザフトの防衛線に果敢に切り込んでいる。
 そこからEフィールド側には第10任務部隊が展開していたが、そこにマリューの命令で支援に入っていたフラガは新手に遭遇していた。第10任務部隊はレギオンを装備する極めて強力な部隊である筈だが、それがいきなり奇襲を受けて次々に撃墜されたのだ。

「畜生、カルメンが落とされた!」
「なんだ、敵は何処に居る!?」
「後ろからビームが来たぞ、何がどうなってんだ!?」

 他のレギオン隊が何が起きたのか分からずに混乱をきたしている。その間にもまた1機が撃墜され、混乱に拍車がかかる。そこにEフィールド側から襲い掛かってきたザフトが切り込み、混乱して連携を崩されていたレギオン隊を蹴散らそうとする。
 その混乱の中でフラガは周囲に動く何かに気付いた。彼にはそれに見覚えがあったのだ。

「中々セコイ手を使ってくれるじゃないの、ええ、クルーゼ!」

 ビームライフルを向けて見えない何かを撃つ。それは正確には見えないのではなく、視覚で捉えるのが困難なほどに小さい物体だったのだ。ビームの直撃を受けたそれが1つ、また1つと撃ち落されていき、更にフライヤーがフラガが狙っているターゲット、ドラグーンに攻撃を加えだす。フラガのターゲットをフライヤーも敵と認識したのだ。
 センチュリオンの周囲でフライヤーとドラグーンの熾烈な空戦が発生し、なんだか現実離れした戦いが生起する。その中で、フラガは近づいてくるプロヴィデンスを見据えていた。そしてある程度近づいたところで向こうから通信が送られてきた。フラガは通信機を操作してそれを受け入れ、カメラに荒い画像ながらクルーゼの姿が現れる。

「久しぶりだな、ムウ・ラ・フラガ」
「何の用だクルーゼ、近頃馴れ馴れしいぞ」
「全ての終わりが近づいているのだよ。だが、このまま君が死んでしまっては私としても色々と不本意なのでね。やはり決着というのは付けておきたいだろう?」
「何を言ってるのか知らないが、俺にはただのストーカーにしか思えんね。迷惑なだけだ!」
「奇遇だな、私もいい加減ウンザリしているのだよ。あの幼少の頃、貴様に会った時からな!」
「だから何を言ってんのか、分からねえよ!」

 ビームライフルを向けて2連射し、プロヴィデンスから距離をとる。そして素早くフライヤー2基を向けたが、これはドラグーンに邪魔をされてしまった。クルーゼは自分のどラグーンと互角以上のドッグファイトを見せるフライヤーに楽しげな笑みを零し、アンテラに邪魔をするなと命令した。

「アンテラ、私はムウと決着をつけることにする。君は部下を連れて他の敵に当たれ、私達の邪魔をさせるな」
「ですが、よろしいのですか。時間をかければ我々もジェネシスに吹き飛ばされますよ?」
「その時は私を置いて逃げるが良い。人類の最後を見れぬのは些か心残りだが、ムウと決着をつけるチャンスを逃すのはもっと惜しいのでね」
「……分かりました」

 そこまで執着するのでは仕方が無い、Sフィールドに向かう艦隊を離れてEフィールドに留まったのはクルーゼがフラガを感じたからであり、決着に固執するのもその因縁を考えれば仕方の無い事だ。説得を諦めたアンテラは他のザルクのメンバーを連れて第10任務部隊のMSや艦艇に襲い掛かり始めた。

「ガザート、部下を連れて艦を沈めなさい。残りは私と一緒に敵MSやMAの相手を。クルーゼ隊長に敵を近づけないようにしなさい」
「了解。でも良いんですか、そっちの主力はガラクタばかりになりますよ?」
「まあスウェンも居るし、何とかなるわよ。心配してくれるなら早く仕事を終えてこっちの援護に回って頂戴」

 アンテラの指示でMS隊が展開していく。それはただクルーゼの個人的な決闘の為の戦いであったが、それに疑問を挟む者はいなかった。可能ならEフィールドのMS隊も呼び寄せたかったのだが、こちらは敵の迎撃と艦隊の防御で手一杯になっていて出来なかったのだ。だから元クルーゼの部下だったイザークから無理を言って何機かMSを貸して貰うだけであった。

 
 この時アンテラたちが戦っていた宙域にはNフィールドで交戦していたMSが流れ込んできていた。ルナマリアのインパルスとレイのフリーダムも必至に後退していたのだが、追撃してくるヴァンガードのしつこさは2人の予想を超えたのもであった。何でか分からないがインパルスを集中的に狙ってきて、それをレイが牽制している。

「しつっこい男ね、嫌われるわよ!」
「ルナ、今度は一体何を言って怒らせたんだ!?」
「何よレイ、それじゃ私がいつも一言多いみたいじゃない!」
「みたい、じゃないくてそうだろう」

 レイはこの同僚の口の悪さのせいでこれまで何度とばっちりを食らっただろうかと思い出そうとして、余りにも心当たりが多すぎてすぐに止めてしまった。なんだか悲しくなってきたのだ。
 そして一方のシンはといえば、こちらはルナマリアが発した一言がどうしても許せなかったようで、怒りの炎を燃やしてインパルスを追い回している。

「俺の家族を殺した手前らに、父さんの悪口を言われるのは我慢できないんだよ!」

 どうやらルナマリアは売り言葉に買い言葉か、とにかく場の勢いでシンの死んだ父親を侮辱してしまったようだ。それが彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。怒りに身を任せて種割れまで発動させてしまったシンの強さはもうルナマリアでどうにかできるレベルではなく、レイの援護を受けても逃げる事だけで精一杯だったのだ。伊達に地球軍で一番扱い難いヴァンガードを任されているわけではない。
 だがこのままでは落とされてしまう。どうした物かと考えたレイは、近くにアンテラたちが来ている事に気付いてそちらに助けを求めることにした。ザルクの部隊ならば戦闘用コーディネイターが多数居る筈だから。

「ルナ、もう少し持たせろ。今助けを呼ぶ」
「助けのアテなんてあるの!?」
「無ければ言わない。良いから頑張れ」

 そう言ってレイはアンテラに通信を繋ぎだした。とにかく今は助けが欲しかったから。しかし、ここで彼は予想もしなかった援軍を受け取ることになる。



 宇宙港周辺で最後の抵抗が続いている。ジンやシグー、ゲイツが重突撃機銃や機甲突撃銃で懸命に集まってくるダガーを追い払おうと弾幕を張り巡らしている。宇宙港正面にはザウートの改修機と思われるMSが移動砲台のような事をしながら対空砲火を打ち上げている。どうやら地球に送られる予定であった各種ザウートに簡易スラスターを増設して要塞の砲台にしているらしい。少数であるが対空型やガンナー型の姿もあった。
 これらのMSが生み出す弾幕は物凄い物であったが、こういう場所で物を言うのがPS装甲やラミネート装甲を持つGや光波シールドを持つレギオンである。ヴァーチャーとパワーから出てきた6機のマローダーがボアズに着岸し、シールドを正面に向けながらリニアガトリング砲やビームガトリング砲を宇宙港に向け、猛烈な射撃を加えている。ザフトMSも反撃しているのだが、重突撃機銃や機甲突撃銃ではこれらのマローダーを落とすのは困難だった。
 眼前から飛来するビームや50mm弾を食らってジンやゲイツが機体を一部をもぎ取られて無様に転がり、あるいは後方に下がっていく。既に効果的なビームライフルは使い果たしたのか、ビームで反撃してくる機体は少なかった。
 そして止めとばかりに着岸してきたデルタフリーダムが宇宙港の防御線に向けて粒子砲を発射してきた。放たれた荷電粒子の奔流がフリーダムの正面に居た不運なジン2機とザウート1機を遮蔽を取っていた岩ごと吹き飛ばし、風穴を開けてしまう。
 その砲撃に驚愕したのか、動きが止まってしまったザクが迷いも無く突入してきたデルタフリーダムが振るったビームサーベルに胴体を両断され、上半身がどこかへ飛ばされてしまった。

「僕が先陣を切ります、続いてください!」

 デルタフリーダムが自ら切り開いた穴をこじ開けるべく突入していく。それに続いてウィンダムやレギオンが前に出て、宇宙港正面の守りを一気に叩き潰しに出た。



 ボアズ表面の凹凸を必至に抜けていくジンHMが居る。それを追うように2基のフライヤーが飛んでおり、時折リニアガンを放ってMSの動きを止めようとしている。
 もはや武器も無くして孤立したのだろう、ジンHMの動きには焦りしか見えない。時折機体を岩にぶつけている有様で、普通に戦えばメビウスと対して変わらないフライヤーなどに負ける筈が無いのにその事にも気づいていない。
 そして逃げた先で、いきなりジンHMは岩陰から現れたウィンダムのシールドに頭部を強打され、姿勢が崩れた所でそのまま岩に押し付け、ビームサーベルをコクピットに突きつけた。

「終わりだ、降伏しろ。直ぐに出てこなければコクピットを焼き払う!」

 それはトールのウィンダムであった。その脅しに屈したのか、内側からカバーが爆発して弾け飛び、中からパイロットが出てくる。それを開いている左手で掴むと、フライヤーを伴ってやってきた真紅と白のウィンダムを見上げた。

「おっし、追い込みご苦労さんフレイ」
「落とした方が楽だったわよ」
「艦長が何機か捕まえて捕虜を取れって言うんだから仕方が無いだろ。それより、弾とバッテリーは大丈夫か?」
「うん、補給はしてきたから。スティングは?」
「今補給中。弾を貰いに行ってるよ」

 マローダーは直ぐに弾切れを起こすのが欠点だ。その火力は大きな魅力であるが、やはり問題ではないだろうか。まあ既に揚陸艦が接岸して海兵隊が内部に突入しているので、もう戦闘は残敵掃討戦のレベルなので愚痴っていられるのだが。
 トールが捕まえたパイロットを海兵隊に預け、フレイもガウスライフルの残弾を確認し、トールに周辺警戒に戻ろうと声をかけて移動する事にしたが、その時いきなり通信機に複数の悲鳴が飛び込んできた。

「こちらTFS101、敵MS隊と交戦中、援軍を求める!」
「こちら102だ、ジャスティスが来た、増援を!」

 TFS101、第10任務部隊のMS隊だ。まだ敵に精鋭部隊が残っていたというのだろうか。

「トール、新手が来たみたい。私たちも!」
「ああ、スティングには後から来てもらうか。でも第10の方にはフラガ少佐が居た筈だけど、苦戦してるのかな?」
「……とにかく行きましょう、嫌な予感がするわ」
「止めてくれよ、フレイの嫌な予感は洒落にならないだろ!」

 フレイやフラガが異常なまでの勘の良さを持ち、冗談交じりに超能力者などと呼ばれる事もある。それだけにフレイがこんな事を言い出すと本当にそうなる確率が高いので、トールは悲鳴を上げてしまっていた。
 フレイは狼狽したトールに笑いながら謝っていたが、感じ取れる気配には焦りを隠せないで居た。

「まさか、ラウ・ル・クルーゼ。それに他にも?」

 クルーゼの気配は幾度か感じた事があるから分かる。他にも幾つか覚えのある気配が近づいてくる。それが何であるのか察したフレイは、キラとシンを呼び寄せる事にした。自分とトールだけでは歯が立たないと思ったから。
 だがその時、フレイは見てしまった。艦隊に突入してきていたザフトの新型戦艦からドミニオンに陽電子砲が放たれるのを。




 最初にミネルバの接近に気づいたのはヴァーチャーであった。ナスカ級を凌ぐ速度で迫る大型戦艦をレーダーが捉えたのだ。直ぐにそちらに艦首を向けてゴッドフリートを放ったが、その敵艦はゴッドフリートの直撃に持ち堪えて見せた。

「敵は前に襲ってきた新型艦です!」
「ミネルバ級、とかいう奴か!」

 突入してきたミネルバから反撃のビームが放たれ、ヴァーチャーに2発が直撃する。ラミネート装甲がそれを受け止めていたが、ミネルバがまっすぐに突っ込んでくるのを見てまさかと思い、そして急いで回避を命じた。ミネルバは特攻してきたのだ。
 急激に艦を動かしてミネルバとの衝突を避けるヴァーチャー、ミネルバはヴァーチャーに更にビームを叩き込みながら擦れ違っていき、ヴァーチャーはミネルバが抜けた後で怒ったように回頭しようとする。だがそれを妨げようと2隻のナスカ級が砲撃をしてきて、ヴァーチャーはそちらの対応をせざるを得なかった。
 ヴァーチャーが抜かれて次に襲われたのはパワーだった。ロディガンはバリアントとゴッドフリートを連射しながら敵艦の頭を押さえようとしたが、ミネルバはアークエンジェル級よりも速く、しかも小回りが利くようで押さえ込めず、逆に側面に入られてしまう。
 側面に回られたロディガンは苦い顔で艦を回頭させる。アークエンジェル級は構造上の欠陥で側面に回られると対艦兵装が制限されてしまうのだ。

「スレッジハマー装填、奴を通すな!」
「艦長、ミサイルが来ます!」
「迎撃しろ!」

 ミネルバから放たれたミサイルをイーゲルシュテルンが弾幕を張って迎え撃つ。75mm弾に撃ち抜かれて次々に破壊されていくミサイル。だが全ては防ぎきれず、4発がパワーの船体を捕らえて爆発の光を放った。
 ミサイルを直撃させたタリアはこのままパワーを沈めてしまおうと考えたのだが、メイリンの声がそれを許さなかった。

「艦長、新手です。アークエンジェル級1隻が接近してきます!」
「反対側に居た2隻の片割れがもう来たの、やってくれるじゃない!」

 タリアはそれで決断した。このまま更に新手に向かい、反航戦を戦った後にSフィールド側に脱出すると。僚艦2隻にもそれを伝えさせ、タリアは全クルーに対衝撃用意を命じた。ミネルバの主砲が左舷を向き、迫るドミニオンにビームを叩き込む。
 ドミニオンはミネルバの突撃を見てすぐに駆けつけてきたのだが、到着した時にはヴァーチャーは突破されてパワーが被弾して流れていくのを見て驚き、そして気を引き締めた。やはりあれは手強いと。

「前に出てきた新型だな。ヴァーチャーとパワーを翻弄したのか」

 ドミニオンも負けじとゴッドフリートとバリアント撃ち返し、装填したスレッジハマー16発を一斉に発射する。これをミネルバが迎撃ミサイルとCIWSで迎撃して打ち落とし、旋回に入る。ドミニオンもミネルバの動きを見越して艦尾方向に回り込もうと砲撃をしながら動いていたが、ミネルバのタリアが狙っていたのはドミニオンの側面や背面に回りこむことではなかった。タリアが狙っていたのは付近を漂っていた大きな隕石だったのだ。
 だがそこに辿り付くまでにミネルバは連続した砲撃を受けて3発の直撃を蒙り、うち非装甲箇所を撃ち抜いた一撃が兵員室や倉庫を吹き飛ばした。その衝撃に艦が振るえ、艦橋にも悲鳴とアーサーの応急対処指示が響いている。

「アンカーを付近の岩に打ち込みなさい。隕石を軸に急旋回し、新たな敵艦にタンホイザーを発射、撃沈します!」
「アンカー射出、急旋回に入ります。総員何かに掴まって下さい!」

 ミネルバがアンカーを射出し、岩に突き刺さる。そのワイヤーが張られ、強烈な重量に必至に耐える。そしてワイヤーに引っ張られたミネルバは無理やり進路を変え、乗組員は物凄いGに顔を顰めながら必至に座っている椅子や固定されている机などにしがみついて衝撃に耐えている。ナチュラルでは出来ないであろう無茶苦茶な動きだった。
 ミネルバが隕石を利用して異常な旋回を見せた事にナタルは目を見開いて驚愕していた。まさか、こんな手があったとは。そしてその艦首中央に大型砲が出現しているのを見て声を無くしてしまった。

「艦長、敵艦は陽電子砲を出しています。照準は本艦!」
「か、回避だ!」

 オペレーターの悲鳴にナタルは慌てて回避を命じたが、間に合う筈もない。タンホイザーが光を放った瞬間、誰もが思わず目を閉じてしまった。ナタルも確実な死を前に思わず顔を逸らせてしまったが、何故か来る筈の衝撃がこない。どうしたのかと正面を見たナタルの目に飛び込んできたのは、タンホイザーの輝きを堰き止めている1機のMSの姿だった。

「フォ、フォビドゥン……無茶だアンドラス少尉!?」

 フォビドゥンがゲシュマイディッヒパンツァーを正面に向けて陽電子を周囲に逸らせている。補給の為に戻ってきたはずだが、艦を守るために咄嗟にドミニオンの正面に割り込んできたのだろう。1機のMSが艦載陽電子砲を食い止めているという光景は信じられないものであったが、それが決死の行為である事は明白であった。対要塞砲をMS程度の装備で防ぎきれる筈が無いからだ。
 操舵手は回避に舵を切ったままだったのでドミニオンはすぐにタンホイザーの射線上から離脱していく。それを見たシャニは機体のバッテリー残量を使い果たしたのを見て、妙にすっきりした笑みを浮かべていた。

「こういうのって、俺の柄じゃないよなあ」

 その直後、パワーダウンしたフォビドゥンを陽電子の輝きが飲み込み、大爆発を起こして消滅してしまった。
 フォビドゥンが消し飛んだ宙域を呆然とした顔でナタルが見詰めている。いや、艦橋の誰もがそうだった。自分たちが陽電子砲で撃たれた事も、それを仲間が助けてくれた事も、まだ信じられないような様子だ。
 だが、その宙域を高速でミネルバが駆け抜けていくのを見た時、それまでの空白が怒りに満たされていった。ナタルも例外ではなく、彼女らしくない憤怒を浮かべて艦上に任せた命令を発している。

「奴を逃がすな、必ず沈めろ。アンドラス少尉の敵だ!」

 ナタルの命令にクルーが答え、見事な急速回頭で艦をミネルバの方へと向ける。そしてゴッドフリートが旋回してビームを叩き込んだが、それはアンチビーム粒子の幕に阻まれた。それなばらとバリアントを連続発射して1発を直撃させたが、推進器にはダメージがなかったのかどんどん距離が離れていくのは避けられない。それでもナタルは追おうとしたのだが、それはマリューに止められた。

「ナタル、深追いし過ぎよ。定位置に戻りなさい!」
「ですが艦長、あれを逃がす訳には!」
「私たちの任務はボアズへ海兵隊を突入させる事よ、それを忘れないで。追撃はMS隊にやらせるわ」

 ナタルがマリューに正論で黙らせられる、という極めて珍しい光景にアークエンジェルとドミニオンの艦橋クルーたちが硬直している。それにナタルが言い返そうとした時、4隻の駆逐艦がミネルバを逃がすまいと進路上にミサイルの投網を投げかけた。

「艦長、大型の対艦ミサイルが来ます。回避軌道がありません!」
「なら落として、アーサー!」
「ディスパール撃ちます。CIWS、撃ち漏らしを仕留めろ!」

 迫る対艦ミサイルを迎撃ミサイルが打ち落とし、次々に爆発が起きる。その衝撃波が船体を揺らしたが、その爆発の中から4発がミネルバに迫り、2発がCIWSの弾幕を潜り抜けてミネルバの右側面から襲い掛かり、3番砲と艦首MS格納庫を吹き飛ばした。

「2発被弾、3番砲全壊、右舷格納庫も直撃です!」
「格納庫のクルーは!?」
「中央区画に退避中ですが、扉を閉めないと空気の流出が止まりません!」
「緊急システムはどうしたの!?」
「駄目です、開いた穴が大きすぎて役に立ちません。隔壁を下ろさせてください!」

 アーサーが切羽詰った顔でタリアに許可を求めてくる。だが、それをすれば格納庫が完全に真空になる。そうなれば宇宙服にダメージを受けた者を全て見捨てる事になる。だが隔壁を下ろさなければ艦内の空気が全て流出しかねない。
 タリアは逡巡も無くアーサーに許可を与え、隔壁を下ろさせた。残酷かもしれないが、やらなければ他のクルーが死ぬのだ。


 ミサイルを受けながらもミネルバが行き足を鈍らせないのを見て、攻撃を加えた第28駆逐隊のレイモンド中佐は残念そうな顔をしていた。

「機関部にダメージは無かったようだな。足を止めれば戦艦で袋叩きに出来ると思ったんだが」
「どうします、追撃しますか?」
「いや、これ以上は持ち場を離れる事になる。3隻の戦艦の借りを返してやろうと思ったが、欲をかくのはよすとしよう」

 彼としては妹に陽電子砲を向けた憎むべき敵を沈めてやりたかったのだが、ザフトの最新鋭艦はこちらの思っていた以上にタフだったらしい。レイモンドは陣形を崩された艦隊の姿を見て、1隻に随分コケにされたものだと呆れた顔で眺めていた。

「追撃はMS隊に任せよう。アークエンジェルの連中なら負ける事はあるまい」
「もし、負けたら?」
「その時は、誰も勝てないさ」

 アークエンジェルのMS対が勝てないような相手に自分たちだけで何が出来るんだ、と部下に言い返して、エドワードは駆逐隊を戻らせた。




 ボアズを巡る戦いはほぼ決着が付いた。ボアズ内部には地球軍の海兵隊が突入し、白兵戦が始まっている。ザフトの残存艦隊は最後の抵抗を見せているが、全体としてはボアズから撤退する動きを見せている。このまま壊走するかと思われたのだが、やはりウィリアムスたちが一部の統制を回復させて懸命に味方を逃がそうとしていた。
 この戦いはもう終わる、それを確信したハルバートンはこの次の事に思案を巡らせていた。追撃戦などは部下に任せておけば良いのだ。だが、そう楽観視していたハルバートンの下に緊急通信がもたらされる。それは月のサザーランドから送られてきた警告であった。それに目を通したハルバートンの顔色が一瞬で青ざめる。

「ジェネシスが、発射準備に入っているだと!?」
「提督、どういう事ですか!?」
「奴らがジェネシスでこのボアズを撃つ可能性があると言ってきた。艦隊を一時ボアズから離し、ジェネシスをやり過ごせとな!」
「馬鹿な、それではザフトは味方も巻き添えにする事に!?」

 そんな非常識な、と声を上げるホフマン。味方ごと撃つ軍隊が何処にいるのだとホフマンは言いたかったのだろうが、事態はそう単純ではない。もし敵が正気でないなら撃つ可能性を否定できないからだ。

「ホフマン大佐、全軍に艦隊陣形を開くように指示を出せ。万が一の時でも全滅だけは避けられる」
「本当に撃つとお考えですか?」
「この場合は撃つという前提で考えるほうが良いだろう。撃たれなければ良し、撃ってきても被害は最小限に留まる」
「ボアズに突入した部隊は?」
「そちらは、このままやってもらうしかあるまいな。今から撤退させる時間もない」

 ハルバートンはとにかく急げと副官をせかし、メネラオスの艦橋が喧騒に包まれていく。指揮下の艦艇に急いで指示を伝達し、何処にどの部隊が移動するのかを決めなくてはいけないからだ。だが、果たしてこの程度の対処でジェネシスの被害を減らせるのかどうか、誰にも確信は無かった。
 そして、そのような情報に接する事の出来ない末端のパイロットたちの戦いはなおも止む気配が無かったのである。




後書き

ジム改 ボアズはほぼ陥落しました。
カガリ …………。
ジム改 どうしたカガリ、珍しく考え込んだりして?
カガリ いや、何となくなんだけどさ。
ジム改 うむ?
カガリ これまでのパターンからすると、今度はジェネシス食らってクサナギが沈むんじゃないかな〜と思って。
ジム改 はっはっは、心配するなカガリ、それは無いって。
カガリ 本当か?
ジム改 本当だとも、そんなことしたらカガリも間違いなく戦死だぞ。
カガリ そ、そうだよな。こんな所で私が消える筈が無いよな。
ジム改 そうだともはっはっは。
カガリ はっはっは……本当に大丈夫だよなおい?
ジム改 未来は誰にも分からないのだよ、カガリ君。
カガリ やっぱり吹き飛ばす気じゃねえのか!?
ジム改 それでは次回……は、あえて無しって方向で。
カガリ ちょっと待てえ!?

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