184章  約束の場所


 

 戦場からやや離れた宙域、戦闘が起きていない辺りに数隻の輸送船の姿があった。オルマト号と、ダナンの求めに応じて同行してくれた輸送船だ。戦闘艦の姿はなく、僅かな数のMSが護衛している。どの船も被弾の跡が生々しく残り、ここに車での道のりが決して楽な物ではなかった事を教えている。
 ここはガルム隊の回収予定ポイント、ダナンが待つと約束した宙域なのだ。その厳つい顔には何の表情も浮かばず、ただじっと目を閉じて何かを待っている。
 そこにユーファがボードを手にやってきて、船長に報告をしてきた。

「船長、直撃を受けた区画の封鎖は完了、空気の流出は止まりました。火災の心配もありません」
「そうか」
「死者は3名、負傷者は重軽傷7名、行方不明5名、全て直撃を受けた左舷格納庫の要員です」

 ここに来るまでにオルマト号はMSの放ってきたバズーカ弾を食らい、左舷格納庫前部に大穴を明けられたのだ。その被害で付近に居たクルーは全員が行方不明となり、宇宙服を傷つけられた全員が死亡したのだ。負傷者は衝撃波を受けて何かに叩きつけられて骨折をしたり打撲を受けた者だが、幸いにして宇宙服は無事だった。
 報告を聞き終えたダナンは何も言わず、ただ静かに頷くだけであった。その内心はユーファには窺い知ることは出来なかったが、立ち去ろうとした時にダナンはガルムは戻ったかと聞いてきた。問われたユーファは足を止めて振り返ると、首を左右に振った。

「未だに1機も。でも、Eフィールドではまだ戦闘が続いています」
「そうか……」

 それだけ聞けば十分だったのか、またダナンは黙り込んでしまった。その態度がガルム隊を待ち続けるという彼の覚悟を何よりも雄弁に物語っているようで、ユーファは困った顔をしながら戻っていった。
 その船団をここまで守ってきたのはたった4機のゲイツRだった。それはジャックたち3人のゲイツRであったが、彼らだけでは到底守りきることは出来なかっただろう。船団がここに辿り付けたのは4機目のゲイツRの参加のおかげであった。

「流石に、オーブで俺たち全員を1機で全滅させた男、か」
「自信無くすわね、ただの傭兵なんでしょ、あの人」
「ザラ隊長より強いんじゃないでしょうか」

 かつてオーブ攻略作戦で特務隊は1機のM1Bと交戦し、一方的な戦闘の末に全滅させられた事がある。その相手が今同じ場所に居る男、ユーレクであった。オーブ戦後に彼はクルーゼの誘いでザフト側に雇われ、その後はザフトとしてその凄まじい力を見せ付けてきた。
 そして今、彼は何故か自分たちに同行を申し出てくれて、その凄まじい強さで敵を蹴散らしてここまで連れて来てくれたのだ。ただのゲイツRが1機でまるでフリーダムのような強さを発揮する様は、ゲイツRとはここまで強かったのかと3人に思い知らせてくれた
 彼は自分たちの恩人だ。それは分かるのだが、その余りの強大さが3人に恐怖を与えていた。その凄まじい強さは恐怖の対象にしかならなかったのだ。




 センチュリオンを庇うようにプロヴィデンスとの間に割って入ったキラは、センチュリオンの機体に触れてフラガの生死を確かめた。通信が繋がらないだけではないかと期待をかけたのだ。

「少佐、フラガ少佐!?」
「聞こえてる、心配するなまだ生きてる」
「良かった、機体がボロボロで通信が繋がらないから駄目かと思いました」
「ちっ、通信機もイカレたか。それに戦闘も無理だな、悪いが先に戻らせてもらうぞ」
「はい、ここは僕が支えます。誰か、フラガ少佐を守ってアークエンジェルに!」

 キラはフラガを味方のMSに守らせて後退させ、自らはプロヴィデンスの相手をしようと考えていたのだが、この時既にプロヴィデンスも離れていっていた。幾らクルーゼでもフラガと交戦した後に更にキラの相手をする余裕は無いと考えたのだろう。だが、キラにはここで彼を逃がす理由はなかった。これまでの彼が得た情報から、クルーゼを倒せばこの戦争の終結にかなり近づくことがほぼ確実だったから。
 だが、距離を詰めようとしたデルタフリーダムの四方から幾条ものビームが襲い掛かり、デルタフリーダムは慌てて大半を回避し、一部は光波シールドで受け止めていた。

「これは、フライヤーみたいな攻撃端末!?」

 ザフトが同様の兵器を投入している事はキラも承知していたが、なるほどこれがそうなのか。感覚に優れるキラであってもギリギリの回避を余儀なくされるオールレンジ攻撃を前に、フラガはよくこれに対抗できたなと場違いな感心をしてしまう。
 だが、攻撃をしているクルーゼの方も穏やかではなかった。フラガならばともかく、キラが自分のオールレンジ攻撃を回避しているというのは心情的に納得しがたい物があったのだ。

「幾ら最高のコーディネイターとはいえ、6基のドラグーンの攻撃を躱すのか。私やムウのような力も無く、ただ反応速度だけで?」

 凄まじい力を持っているのは知っていたが、これほどだったとは。なるほどあのユーレクが敗北を喫したのも頷ける。
 こんな化け物に関わっていられるか、クルーゼはそう割り切ると、ドラグーンにデルタフリーダムを牽制させて一目散に逃げていった。




 ジェネシスの攻撃を受けて地球軍は統制を無くしていた。誰もが何が起きたのか理解できず、突然味方の大軍が消滅してしまった事に恐慌状態に陥っていたのだ。高級士官は情報を貰っていたからあれの正体を察していたが、自分の仕事に手一杯でそれを分かりやすく説明してやる余裕は無かった。 
 オーブ艦隊もあの脅威の兵器を目の当たりにして混乱をきたしていたが、こちらはカガリの一喝を受けて多少は落ち着きを取り戻していた。専制君主というシステムのおかげか、首長の命令には無条件で従うという日頃の習性のおかげだろう。
 カガリの声で落ち着きを取り戻したオーブ艦隊は統制を回復しつつあり、艦長たちがそれぞれの部下に指示を出してMS態をまとめつつあった。
 そんな中でカガリはユウナを呼ぶと、顔を寄せて小声で先ほどの攻撃の正体を確認してみた。

「おいユウナ、先のアレって」
「ああ、恐らくジェネシスとかいう兵器だろうね。威力に偽り無しってところだ」
「すぐに次を撃ってくると思うか?」
「何とも言えないけど、これだけの威力だ。そう簡単に次を撃ってこられたらたまらないよ」
「……すぐには来ない、という前提でやるしかないか」

 ジェネシスに関する細かい情報を持たない以上、次が何時来るかは勘で判断するしかない。月からの続報が届くまではすぐには来ないという前提で進めるしかないとカガリは決断したのだ。
 カガリが決断すればオーブ艦隊の動きは速い。艦隊はカガリの判断に従って直ちに陣形を整え、EフィールドからWフィールドを目指して進撃を再開する。既にその進路上にはまともな戦力は残っておらず、ただ敗残の艦隊の姿があるのみだ。
 だが、そのオーブ艦隊に向かってまだミサイルを放っていなかった生き残りのガルムが五月雨に襲い掛かってミサイルを放ってきた。オーブ艦隊は艦砲とCIWSによってこれを迎撃し、M1Aをもってガルムを叩き落しにかかっている。
 次々に撃墜されるガルムたちを守ろうとイザークたちが突入してくるが、これも数が少なすぎてM1Aの壁を抜けられなかった。ただM1Aの多くを引き付けることには成功しており、ガルム隊を守ることには成功していた。

「攻撃を終えたガルムは撤退しろ、回収ポイントに向かうんだ!」
「嫌です、僕らだってパイロットです。ナチュラルのMSなんかに!」
「馬鹿野郎、お前らの腕とガルムじゃMSの相手は……」

 無茶をする若年パイロットを怒鳴りつけようとしたイザークであったが、それが終わる前にそのパイロットは乗機ごと失われてしまった。ベテランが乗っていればガルムはMA並の機動力を生かしてジンと対等に渡り合える事が分かっているが、若輩のパイロットが乗れば当然MSに対抗など出来ない。
 イザークは先ほどのガルムを撃破したM1Aを狙って2度ビームを放ち、片足を破壊した所で距離を詰めてビームサーベルを胴体に突き込み、撃墜した。この状況で復讐などしている場合かと自分の中の冷静な部分が訴えていたが、今回は激情がそれを上回った。そして改めて自分の周囲を確かめたイザークは自分に付いてきているMSの数が10機を割り込んでいる事を知り、悔しそうに左手で壁を叩いた。

「くそ、あれだけ居たのに、今じゃこれだけか!?」
「はぐれた機体も居るはずです、全てが撃墜された訳じゃないですよ隊長」
「センカは何処に行った、落とされたのか!?」
「いえ、先ほどまでは一緒でした。場所は分かりませんがシグナルは受信出来ていますから、何処かで戦っている筈です。他にも何機か居るでしょう」

 オーブMS隊に肉薄する間に多くの者が脱落していった。今イザークに付いてこれたのは一部の優秀なパイロットか、運の良い者たちだ。フィリスは実力によってここまで来たのだ。
 しかし、10機に満たない数では幾ら優秀でもどうにもできなかった。オーブ艦隊には10隻以上の艦艇と100機近いM1Aがある。一度にこれだけの数を数機のMSで相手にすることなど出来る筈が無いのだ。出来るとすればプロヴィデンスくらいだろう。
 イザークは必至にM1Aを振り切ろうと急激な加速をし、卓越した射撃技術で正確無比な射撃を放って敵機を確実に撃破している。しかし1機を撃破しても周囲にはまだ何機ものM1Aが居て攻撃を加えてくるので、これをまた必至に回避して引き離そうと無理な機動を繰り返す。
 その隣ではやはりフィリスが同じような事をしているのだが、回避した先にまた敵が居るのでやはりどうにもならなかった。しかも時が経つごとにM1Aだけではなく、ストライクダガーやダガーL、バスターダガーといった大西洋連邦のMSも加わってきており、状況はだんだんと悪化していた。


 だが、この時イザークたちにとって助かったと言うべきか不運だったと言うべきか、アンテラ率いるMS隊がEフィールドからWフィールド側に押し込まれてきて、結果的にオーブ艦隊との戦いに巻き込まれてしまった。
 しかし、なし崩し的に部隊の指揮を取らされていたフレイは自分たちが敵に引きずられたと考えていた。先ほどまでは数の有利を生かしてほぼ互角に戦えていたのだが、乱戦に巻き込まれれば先ほどまでのような統制の取れた戦いが出来なくなる。特にオーブのMS隊はオーブ軍人である自分が言うのも何だが高くは無い。
 それに、それが分かっても自分にはどうにも出来ない。今自分も目の前に強敵を迎えていて対策を考えている暇がなかったのだ。

「ザクモドキが1機で私と五分以上、イザーククラスの相手ってことね」

 自分も一応エースの端くれとして相応の自身を持っているのだが、その自分がここまで押さえ込まれるとは。3基のフライヤーによるオールレンジ攻撃を見事に回避して距離を詰め、他のザクモドキとは少し異なる装備で自分とウィンダムを追い詰めてくる。
 このザクモドキ、正確にはザクウォーリアはビーム突撃銃を持っているだけで、あとはトマホークやミサイルで武装している。だがこいつはエクステンショナルアレスターのバリエーションと思われる有線アンカーのような武器を左腕に装備しており、高周波ソードと思われる実剣まで持っている。ザクの試作型か試験装備を装備したMSらしい。

「あのワイヤーに掴まりたくはないし、高周波ソードなら接近戦はしたくない。ならガウスライフルで射撃戦しかないじゃない!」

 幸いウィンダムは軽量な分ザクより速い。距離をとるのは不可能ではないのだが、問題は敵の信じ難い反応の速さと動きの良さだ。それはコーディネイター並と評されるフレイから見ても凄いと思わせる動きだ。だがどうしてもフレイには引っかかる事があった。それは敵の動きが、ザフトらしくないという事だ。
 ザフトのパイロットを相手にしているというより、まるで連合のパイロットを相手にしているような感じがするのだ。それも自分たちのようなパイロットではなく、オルガたちの相手をしているような感じがしてならない。

「強化人間なの。何人かザルクに売られたって聞いてたけど、もしかしてその1人なの?」

 ステラやアウルが居たのだ。それ以外の強化人間が敵に居て自分の前に出てきても不思議ではない。だが、敵が強化人間ではないかと思ってしまった事でフレイの動きが僅かに鈍った。その一瞬を相手のパイロットは見逃さず、放ってきたワイヤーをシールドに絡ませてきた。それが何を意味するのかフレイが理解する間もなくいきなりコクピットに警報が鳴り響き、シールドを持つ左腕が機能しなくなった。上腕部との回路が閉ざされ、過負荷を示す表示が出てくる。
 それらを見てフレイはこれが何であるのか、やっと理解した。頭部機関砲をワイヤーに向けて放ち、これを千切って急いで距離をとる。

「まさか、あのワイヤーって過電流を流してショートさせるの!?」

 何てシンプルで変わった武器だ。だが格闘戦用の装備としてはビームサーベルなどより厄介かもしれない。ビームサーベルや実剣は盾で防ぐ事が出来るが、これは盾に巻きついて通電して機体機能の一部を奪ってきた。ビームサーベルのような一撃必殺の威力は無いが、確実に相手にダメージを与えられるという点では厄介な装備だといえる。
 少なくともこれでフレイはシールドを上手く扱えなくなった。左腕自体は動くので盾を動かす事は出来るが、下腕部が動かないから細かい位置取りが出来ないのだ。
 あれの範囲には入ってはいけない。そう学んだフレイは、これまでよりも更に慎重に距離を測りだした。



 そしてイザークはこの最悪の状況下で更に酷い目にあおうとしていた。必至にM1Aやストライクダガーを追い払っていたのに、そこに地球連合最強のMSの一角を占めるウィンダムが現れたのだ。ウィンダムは防御力がやや劣ることを除けばベースとなったクライシスを多くの面で同等か上回る高性能な量産機で、ザクウォーリアよりも厄介なMSだとしてザフトの脅威の的となっている。
 そのウィンダムが自分の前に現れ、高速で距離を詰めてきて近距離からビームライフルを放ってきた。その射撃はどう見ても牽制で、明らかに接近戦を狙っているとイザークは見抜いたが、それを避ける事が出来るほど周囲にスペースはなかった。
 十分に距離が詰まった所でライフルを腰にマウントしてビームサーベルを抜き、斬りかかってくる。それをシールドで受け止めてビームライフルで始末しようと考えたイザークだったが、ウィンダムはイザークのシールド防御を読んでいたのだろう、いきなりサーベルの軌道を変えて上半身から下半身に攻撃を切り替えてきた。それを見たイザークは慌てて機体を前に出し、ぶつける事で無理やりそのサーベルを回避する。だが体当たりを受けたウィンダムはシールドで殴りつけることでインパルスを引き剥がし、横薙ぎにビームサーベルを振るってきた。
 それをビームライフルを捨てた右手で相手の腕を押さえ込むことで防ぎながら、イザークはこの密着状態でこれだけ動く敵パイロットに感嘆の呟きを漏らしていた。

「やるな、この俺を本気で焦らせた奴は久しぶりだぞ!」
「そんなボロボロの機体で俺の相手が勤まると思ってんのか。さっさと降伏すりゃ命は助けてやるぜ!」
「出来るかな、このイザーク・ジュールを相手に!」

 ウィンダムを蹴りつけて距離をとり、ビームを至近から無照準で2発放つ。勿論当たりはしなかったが、警戒したウィンダムはシールドを構えて追撃のタイミングを逃した。距離を離した方がイザークには戦いやすかったので、とにかく自分のペースに引きずりこもうと考えたのだ。
 しかし、その計算は脆くも崩壊する。距離を離した所でインパルスのコクピットのロックオン警報が鳴り響き、焦ってランダム回避に入る。直後に大型のロケット弾が3発至近を駆け抜けていき、射線を追ったイザークはそこにカラミティを見つけて流石に冷汗を流した。
 イザークを砲撃して射撃を邪魔したのはオルガだった。新型のインパルスとサシで戦おうとするトールを助けに来たのだ。

「おいトール、お前の腕じゃそいつとサシはヤベエから止めときな!」
「それって、俺が弱いって言ってないか?」
「なんだよ、強いとでも思ってたか?」

 からかうように笑い出すオルガに、トールは憮然として文句を立て並べ、そして暇そうだから手伝えと言ってイザークに向かっていった。




 このイザークとは逆の立場に置かれたのがシンだった。最初はステラを捕獲しに来た筈なのだが、ステラのザクウォーリア以外にもザクやゲイツRが現れてヴァンガードに襲い掛かってきたのだ。特にザクの動きにはシンは覚えがあった。前にアメノミハシラで交戦したザクだ。
 オーブの駆逐艦を1隻沈めたガザートは次の獲物を探していたのだが、その時見慣れないMS、ヴァンガードを見つけたのだ。あれが足付き搭載の異常に強力なMSである事はすぐにコンピューターの検索で判明し、久々に楽しい獲物が出てきたと喜び勇んでガザートは部下を元なってヴァンガードを狙う事にしたのだ。
 狙われたシンは今度こそステラを捕まえられると期待していたのに、邪魔が入ったことで激怒していた。何でこんな時に邪魔をするんだお前らは、という苛立ちが動きを単調にしていたが、それでも鬼気迫る勢いで動きでガザートたちを蹴散らそうとしている。
 しかしガザートの部隊も戦闘用コーディネイターで編成された反則のような部隊であり、幾らシンとヴァンガードでも流石に無理がある勝負であった。ヴァンガードの卓越した防御性能のおかげでどうにか戦えていると言った方が良いだろう。実際、シンが焦る以上に相手をしているガザートたちの方が焦っている。

「何なんだこいつは、俺たち4機を相手に、何でこんなに持つんだ!?」

 高周波トマホークを手にして切りかかるが、それはシールドに止められて暫く拮抗し、そしてシールドが両断されてしまうが、すでにヴァンガードはそこには居ない。ガザートはすぐに腰からレールガンを突き出して射撃を加えたあ、しかしそれも両肩の稼動シールドに阻まれて機体には届かない。
 あの射撃に反応されたガザートは焦りを見せて下がり、ビーム突撃銃を構える。だが、ゲシュマイディッヒパンツァ−を備えるヴァンガードにはMSレベルのビーム兵器は通用しない事は先ほどからの攻撃で散々に思い知らされている。パイロットだけではなくMSも反則だ。それがガザートの感想であった。
 だが、そんな隙の見えない敵であったが、そんな化け物にも弱点があった。クルーゼがジュール隊にくれてやった玩具が乗ったザクウォーリアに対しては、ヴァンガードは明らかに動きが悪かったのだ。まるで撃墜する意思が無いとでも言うかのように、攻撃も致命傷を与えないように気を使っているのが丸分かりだ。

「……どういう理由かは知らないが、あいつ、あのガラクタを無傷で鹵獲する気だな」

 あるいはあれに乗っているガラクタの知人か何かで、相手に気付いて助けようとでも考えたかだ。そうと分かればやりようはある。ガザートはステラのザクウォーリアを利用して状況を有利に持っていく手を考え始めた。



 全体の戦闘は終結に向かっている。ザフトは戦場を離脱しかけており、地球軍も混乱から未だに立ち直ってはおらず、組織的な追撃を行える状態には無い。そして生き残っている最先任の将官として全体の指揮をとり、ボアズの制圧と統制の回復に努めている。彼にも追撃の意思は無いようだ。あるいはウィリアムスの戦死が彼からやる気を奪ってしまったのかもしれない。
 ハルバートンからの命令を受けたマリューも戦線の縮小を図ろうとしていたのだが、そこにミリアリアがとんでもない知らせを伝えてきた。

「艦長、フラガ少佐のセンチュリオンが大破、こちらに帰還しているという事です!」
「ムウが……戻れるのミリアリア!?」
「センチュリオンとの通信は途絶していますが、護衛機からは自力で動いていると」
「分かったわ。パル、周辺の警戒を強化。ムウの着艦を絶対に妨害させないで。カズィ、医療スタッフを格納庫に!」

 そしてマリューは格納庫に内線を繋ぐと、マードックに大破したセンチュリオンが帰艦してくるから受け入れ準備を取るように命じた。それらの指示を出し終えると、マリューは左手を右手で包むようにして胸の前で組み、恋人の無事を無言で祈っていた。
 そしてそう待つ事はなく、センチュリオンはアークエンジェルに帰還してきた。周囲には3機のストライクダガーが付いており、周囲に警戒をしている。センチュリオンの姿はお世辞抜きでも悲惨な物であり、良くここまで戻れたものだと感心してしまう。
 その姿を見たマリューは顔面蒼白になっており、完全に声をなくしている。指揮官にあるまじき姿ではあったが、それを咎めるような輩はこの艦橋には居なかった。面白そうな顔で眺めているおっさんは居たが。
 そして格納庫では映像で状態を確かめたマードックが着艦は不可能だと判断し、側舷ハッチから突き出したネットで受け止める事にした。だが、1つだけ問題がある。原子炉が果たして無事かどうかだ。動いている事から未だに稼動しているようだが、ネットに受け止めた衝撃に耐えられるかどうか。
 しかし、この問題に対してはマードックはフラガに賭けるしかないと割り切っていた。

「心配するな、少佐ならネットにぶつかる前に原子炉を停止させてくれる。そう期待しようぜ」
「ですが、もし停止していなかったら!?」
「その時は全員仲良くお陀仏かもな」
「そんなぁ〜〜」

 班長の何のフォローにもならない答えを聞いて整備兵たちは悲鳴を上げていたが、それでもちゃんと捕獲ネットの準備は終えていた。そして誰もが固唾を呑んで見守る中で、ダガーに抱えられて減速しながらセンチュリオンはゆっくりと捕獲ネットに突っ込んだ。
 捕獲ネットに捉えられたセンチュリオンは完全に停止しており、フラガが動力を停止した事を物語っている。その機体を急いで格納庫に運び込み、完全に閉鎖して与圧をした後でマードックはコクピットを外側から強制解放した。もしかしたらパイロットスーツがダメージを受けている危険を考慮したのだ。
 開放されたコクピットから大量の金属やガラスの破片、そして玉状の血が流れ出し、マードックは自分の予感が正しかった事を悟って慌てて中を覗き込む。

「少佐、大丈夫ですかい少佐!?」
「ああ……まだ……きてる」

 コクピットの中には鋭利な金属の破片を腹に突き刺したフラガが居た。コクピットの中はところどころが爆ぜて酷い有様であり、良くこれで操縦が可能だったなと感心してしまうくらいだ。
 マードックはフラガを固定しているベルトをナイフで切り、他の整備兵と共にフラガをコクピットから連れ出すと、駆けつけてきた医療スタッフに彼の身を預けた。そしてパイロットスーツを切り開いて負傷の治療を始めた軍医にマードックは助かりそうかを問いかけた。

「どうだい先生、少佐は助かりそうかな?」
「全身に幾つもの破片が突き刺さってるが、腹部の物は内臓にまで達してるな。この出血でよく今まで動けたもんだ。すぐに医務室に運んで緊急手術をしなくては」
「それで、どうなんです?」
「手術をしてみないと分からん。だが、このままでは長くは持たんな」

 軍医はマードックに投げやりに答えると、担架に固定してフラガを急いで医務室へと運んでいく。それを見送ったマードックは部下にセンチュリオンを外に出して念の為放射線漏れを調べるように言い、自分は内線でマリューにフラガの状態を伝えた。フラガが瀕死の重傷と聞かされたマリューは蒼白になったまま今にも倒れそうなほどに危うく見えたが、軍医がこれから手術をすると言っていたと伝え、まだ死んだわけでは無いとフォローをしておいた。
 この後、マリューはアークエンジェルを後退させて艦の安全を確保している。前に出てオーブ艦隊を援護する事も出来た筈だが、戦闘の衝撃がフラガの手術に影響を及ぼす事を恐れたのだ。




 それは超人的な活躍と言うべきか。SEEDを発現出来る訳でもない、ユーレクのような超人でも、クルーゼやレイのような空間認識能力がある訳でも無い。唯のコーディネイターでしか無い筈のイザークがウィンダムと激しくぶつかりながらカラミティの砲撃を避け、レイダーの放ってくる破砕球を避けて蹴りつける。
 たった1機でエース級3機の乗る高性能MSを相手に戦えている。インパルスという超高性能MSを使っているとはいっても、それは驚異的な事であった。それを傍で見ていたフィリスはSEEDを持たない筈のイザークが見せる凄まじい強さに感嘆しているほどだ。

「凄い、あれがジュール隊長の本当の実力」

 凡人であるイザークはアスランという超えられない壁と、フレイなどの自分たちに劣らぬ強さを見せるナチュラルとの出会いで自分を変えていった。その彼が選んだ道は絶え間ない研鑽で自らをひたすら高めていくという道で、それはグリアノスが辿った道を進む事に他ならなかった。
 彼と同じ高みにまで上れるかは分からないが、少なくとも今のイザークの姿はあのオーブでアークエンジェル隊を単機でボロボロにし、キラとシンを同時に相手取って翻弄した鬼神を髣髴とさせるものがある。相手をしているトールとオルガ、クロトが追い詰められた顔をしていることからも、今のイザークがどれほど凄いことをしているのかが分かるだろう。
 だが、相手にしなくてはいけない敵が増えるにつれて、その活躍にも限界が見えてくる。放たれたビームや砲弾が機体の何処かを抉るたび、確実に戦闘力が減っていく。ライフルの弾が尽き、近接防御システムが空撃ちし、対艦刀が歪むまで戦ったインパルスの機体はもうボロボロであったが、それでもなお周囲の敵を寄せ付けない凄みがあった。
 しかし、遂に決定的な一撃がインパルスを襲った。カラミティの放ったスキュラが右足を半ばから吹き飛ばしたのだ。その衝撃でインパルスの姿勢が崩れ、大きな隙が出来る。

「今だ、やれトール!」
「うおおおおおおおっ!!」

 その隙を見て突っ込んだトールが右手に持つビームサーベルを振るった。インパルスもせめてもの抵抗か、シールドを無くした左手をビームサーベルを受け止めるように突き出してくる。だが、ウィンダムのビームサーベルはその腕を易々と切り裂き、胸部を左肩から半ばまで達した所でようやく止まった。そしてすぐにトールのウィンダムが離れ、そしてすぐにインパルスは上半身が爆発を起こして消えていった。




 シンは怒り狂っていた。敵は信じられない事にステラを盾にするように動き、自分からの反撃を封じに出たのだ。こっちがステラを撃てないという事を見抜いたのだろうが、腹立たしい事この上ない。今のステラは自分たちの味方だろうに、その味方を平気で盾に使うとはどういう連中なのだ。
 だが、それが有効である事を認めないわけにはいかなかった。何しろ自分はステラを盾にする敵にチャージをかけることも出来ないのだから。

「くそっ、どうすりゃ良いんだ。ステラを盾にされないであいつらとの距離を詰める手は無いのかよ!」

 誰かが助けに来てくれれば可能だろうが、それは期待できそうも無い。フレイもトールも自分の相手で手一杯だ。ならば自分がやるしかないのだが、どうにかなりそうな言い知恵は浮かんでこなかった。

「ああもう、何でも良いから手は無いのかよ。あのクソッタレどもを串刺しにする手が!」

 やけくそになって声を上げるシン。それは自分の無力さを詰る叫びであったが、その叫びに答える者が居た。

「シン、状況はどうなってるの!?」
「キラさん!?」

 いきなり敵部隊を荷電粒子の束が貫いていく。それに撃墜されたMSは居なかったが、至近を通過した粒子の衝撃で2機が弾き飛ばされている。その破壊力はガザートたちを明らかに怯ませていた。
 クルーゼに逃げられたキラはシンの援護をするために戻ってきたのだ。ステラを見つけたことは知っていたので、その手伝いを出来ればと考えていたのだが、どうやら状況は余り良くないようだ。敵は1機のザクウォーリアを盾にしているように動いており、それに対してシンが手をこまねいているのを見れば何が起きてるのかは一目瞭然だろう。

「シン、人質に取られたのか!?」
「あいつら、ステラを盾にしてるんです。それで手が出せなくなって」
「なるほどね。こういう時はフラガ少佐やフレイのフライヤーがあれば便利なんだけど、居ないんだから僕たちでやらないとね」
「手があるんですか?」
「うん、ステラを盾に出来るのは片方に対してだけだから、左右から同時に仕掛ければどちらかは邪魔されずに叩ける」
「それでステラを奪い返せば良い、か。それで行きましょう!」

 上手く行くかどうかもう少し考えたほうが良い、フラガやフレイが居ればそう言って止めただろうが、残念ながらこの2人は頭脳労働担当では無かった。とにかくこれでいってみようと決めた2人は同時に左右に動き、ガザートたちはそれに対して分かりやすい手に出た。ガザートのザクがザクウォーリアを盾にしながらヴァンガードに向き合い、残る5機がデルタフリーダムに全力で攻撃を加えてきたのだ。
 ヴァンガードの防御性能を思い知っている彼らはヴァンガードを撃っても無駄だと分かっており、まだ攻撃が効きそうなデルタフリーダムに攻撃を集中する事にしたのだ。ビームライフルとレールガンを多数振り向けられて集中射撃を受けたキラが慌てて光波シールドを展開して防御に入り、近づけなくなる。それを見てシンはこうなったら自分が、と覚悟を決めてチャージモードを起動し、突撃に入った。
 物凄い速さで突っ込んでくるヴァンガードにガザートは驚いてビーム突撃銃を連射したが、それは悉くがヴァンガードに当たる前に逸らされていく。ビームは無駄だと分かっているのに繰り返した事をガザートは悔いてすぐにレールガンに切り替え、射撃した。これはヴァンガードを捉えたが稼動シールドに阻まれて直撃しない。そして距離を詰めたヴァンガードが槍でザクのわき腹を狙い、レールガンの砲身一門を破壊する。
 懐に入られたガザートは流石に焦った、ザクでもこいつとの格闘戦は自殺行為だと分かるのだ。これを相手にするには長距離から攻撃できる実弾火器が絶対に必要なのだ。それも複数の砲が。 
 不味い、これは不味い、戦士の勘がこのままでは勝てないと警告を発している。今の装備ではこいつには勝てないと。だがこんな化け物が相手では逃げるのも容易ではあるまい。ではどうすれば良いのか、それを考えたガザートは、ヴァンガードが1機のゲイツRを真っ二つにしたのを見て咄嗟に思いついた手を使った。
 シンはゲイツRを仕留めたところで狙いをザクに変えようと思ったのだが、その時彼が目にしたのは、ザクのレールガンでバックパックを撃ち抜かれたステラのザクウォーリアであった。

「な、何で、ステラは味方なのに……?」

 いきなり味方の筈のザクから撃たれて、ステラは混乱していた。どうして、仲間の自分をいきなり撃ってくるのだ。さっきはいきなり背後から押さえ込まれ動きを封じられ、まるで盾にするように扱っていたし、何でどうして?
 そんなステラの疑問に答える声は無く、ザクは手に持つビーム突撃銃を自分に向けてロックオンしてきた。警報がコクピットに鳴り響き、確実に訪れる死の予感にステラの目が見開かれ、恐怖に声を無くしてしまう。
 そしてガザートが放った連続したビームがザクウォーリアに突き刺さると思われた瞬間、高速でその間に割り込んだヴァンガードがゲシュマイディッヒパンツァーでその全てを逸らせていた。
 敵が自分を庇ってくれた、その理由が理解できず、ステラは混乱していた。何故、どうしてさっきまで自分を襲っていたMSが自分を助けてくれるのだ。どうして、なんでこのMSは何時も自分に向かってくるのだ。

「どうして、ステラを守って……シン……?」

 僕が守るから……シンという名を呟いた時、そんな声が頭の中をよぎった。これは、誰が言ったんだろう。シン、どうして知ってる気がするんだろう。違う、気がするんじゃなくて、知ってる。そうだ、シンは、ステラを守ると約束してくれた人の名前で……。

「シン?」

 何かが思い出せそうな気がする、そう、何時も何故か頭の中に残っていた、見た事の無い筈の海の蒼さと波の音と共に何かが。
 だが、その時いきなり激しいショックが体を襲い、視界が暗転して意識が遠のいていってしまった。だが、薄れ行く意識の中でステラは何時も見えなかった光景、海から突き出ている2本の足を垣間見ていた。


 ヴァンガードはそれまでの動きとは比較にならない加速性能を発揮し、あっという間に敵のザクとの距離を詰めてしまった。ガザートは余りの速さに対応できず、完全に懐に入られている。そのメインパネルには戦闘モードと表示されているが、シンは全く気付いていないようだ。
 そしてシンは急激過ぎる加速に危うく目を回す所だったが、目の前に敵が居るのを見て迷わず突撃槍を突き刺した。その一撃でザクの左肩を完全に破壊し、残りの4機が驚愕したように退いていく。

「な、なんだ、突然動きが変わった?」

 ガザートは急に速くなったヴァンガードに戸惑っていた。これまでも速かったが、今の動きは異常だ。あんな加速をしてどうして四肢が分解しないのだという疑問が浮かんでいる。
 そして変化はそれだけではなかった。突撃槍はそれまでは唯の高周波槍であったのだが、今は穂先の少し下辺りから2枚の斧状のビームの刃が形成されている。これまでも切り払いに使える槍であったが、より攻撃力を増したのだ。その姿はもう槍というより斧槍という姿になっている。
 もう綺麗に退こうなどという考えは吹き飛び、ガザートは部下を連れて真っ直ぐに戦場からの離脱を図った。あれには長距離砲は無いようだから、もしかしたら逃げ切れるかもしれない。


 ヴァンガードは逃げていく敵機を追う事はせず、じっと警戒していた。デルタフリーダムも戻ってきてヴァンガードの隣に付き、動こうとしないステラのザクウォーリアに粒子砲を向ける。

「さて、と。どうするシン?」
「キラさん、何をするんです!?」
「撃つ気は無いよ。でも、まだこの娘は敵だからね、一応警戒しとかないと」

 助けはしたが、まだ味方と決まったわけじゃない。いざとなれば達磨にして抵抗できなくして持って帰ろうと考えていたキラだったが、シンは慌ててそれを止めてステラに話しかけた。

「ステラ、大丈夫だよ。この人が襲ってきても俺が守るから」
「シン、変な事言わないでよ。フレイにでも聞かれたらまた変な誤解されるじゃないか」
「それはキラさんの日頃の行いが悪いからでしょ」

 キラは少し怯みを見せながら抗議したが、言い返してきたシンに反論することが出来ずにぶつぶつと愚痴を立て並べだした。キラが何も言ってこないのを見たシンは改めてステラに話しかけたが、何故か返事が無い。
どうしたのかと不審に思ったシンは直接ステラの様子を確かめるべく外に出て手動開閉装置でハッチを開けて中を覗き込み、シートの上で痙攣しているステラを見つける事になる。その様子にシンは覚えがあった。そう、強化人間は薬の投与や一定の処置を受けなければどうなるのかを、アメノミハシラで目にしていたのだから。





 戦闘は終結した。ボアズ周辺からはようやく戦火が消え、戦いは次の段階並行している。殺す為の戦いから生かすための戦いへと。それまで武器を手に敵を殺していたMSが、今は生存者を求めて宇宙を捜索し、漂流者や破損した機体に取り残された生存者を見つけては回収して回る。それは宇宙という戦場では暗黙の了解となっている勝者の義務であった。 
 アークエンジェルは駆逐艦4隻を伴ってEフィールドに入り、負傷者の収容を行っている。通信士のカズィは周辺の艦隊との間の交信に躍起になっていて、CICの方は周囲で動き回るMSの管制で大忙しだ。ひょっとして戦闘中よりも急がしいのでは無いだろうか。そんな騒ぎの中で、1機のストライクダガーが変な物を抱えてアークエンジェルに着艦してきた。それはコスモグラスパーの機首部分で、コスモグラスパーは機体が破壊された場合は機首が分離して脱出ポッドとなるように設計されている。これもその機能のおかげで生き残れたパイロットを乗せているのだろう。
 だが、その生存者を確認したサイは驚いて聞き返し、そして表情を輝かせてマリューを振り返った。

「艦長、ダガーはキースさんを抱えて着艦しました!」
「大尉って、もしかしてまた落とされてたの?」
「そうみたいですね。でも怪我1つ無くてピンピンしてるらしいですよ」
「道理でヴェルヌ攻撃に向かった後、音沙汰が無い訳ね。まああの人は慣れてるから気にもして無いでしょうけど」

 マリューの呆れたような言葉に艦橋の全員が笑い出す。キースが撃墜され慣れているというのは彼らにとっては常識であり、落とされたからといっても余り心配はしていなかったりする。伊達に墜落王などとは呼ばれていないのだ。
 そして笑いが収まった後でノイマンがマリューに医務室に行って来たらどうかと薦めた。

「艦長、後は自分でもどうにか出来ますから、ちょっと少佐の様子でも見てきたらどうです?」
「何言ってるのノイマン、艦長が艦橋を離れられると思うの?」
「少しくらいなら構いませんよ。それに、心配でしょうがないんでしょ」
「そうそう、それにここで我慢されて艦橋で惚気られたら俺たちがたまりません」
「パル、余計なことは言わないで!」

 マリューが顔を赤くしてからかってくる部下を怒鳴りつけると、キースの無事をドミニオンに伝えてやれと指示を出して艦橋から出て行った。それを見送ったノイマンはマリューに変わって指示を出し始めたが、そこにいきなりキラが救護スタッフの準備を要請してきた。

「こちらキラ・ヤマト。今から帰艦します、医療スタッフを待機させておいて下さい!」
「どうしたヤマト、負傷か?」
「違います、ステラ・ルーシェを奪還したんですが、薬が切れたようで様子がおかしいんです。とにかく準備をお願いします!」
「わ、分かった、準備しとく。すぐに戻ってこい!」

 なにやら切羽詰った様子のキラにノイマンは急いで格納庫の医療スタッフに指示を出したが、それを終えるとアズラエルを見た。アズラエルはそれまでじっと何かを考え込んでいたが、キラの話を聞いて顔を上げ、そしてノイマンの視線に気付いてそちらを見る。

「ドミニオンに連絡してブーステッドマンの担当医師をこちらに寄越させて下さい。それと、この件は外部に漏らさないよう徹底してください」
「どういう事です?」
「残念ですが、軍機で教えてあげられないんですよ。まあ、ラミアス艦長は知ってるてことで勘弁してください」

 アズラエルはそう言って誤魔化し、ちょっと様子を見てくるといって自分も艦橋から出て行った。




 ガルム隊の帰艦をじっと待つオルマト号。だが既に周囲には仲間の船の姿は無く、最後の1隻も遂に諦めて反転、プラントへと戻っていく。それを見た副長が未だにじっと待っている船長を見た。

「船長、我々もそろそろ帰還しませんと。ここも安全ではありません」
「……戦闘の光が消えて、どれだけ経つ?」
「もう1時間近く経っています。これ以上はもう時間の無駄ではないかと思われますが」
「そうか、そうだな」

 これ以上待って部下を危険に晒すことは出来ないか。そう呟き、ダナンはプラントへ帰還すると命令を下した。それを受けて直ちにオルマト号が針路変更に入り、護衛についているジャックたちにも戻るように指示が出る。それを聞いたジャックたちが悔しそうにオルマト号に着艦していったが、その時オルマト号のレーダーが接近する機影を捉えた。

「レーダーに機影多数確認!」
「敵機か!?」
「今識別を確認して……味方です、ガルム隊が帰ってきました!」

 オペレーターの歓喜の声に誰もがボアズの方を見る。するとポツポツと小さな光がこちらに向かってくるのが確かに見えた。拡大映像が表示され、ガルムの特徴的な機体がスクリーンに映し出される。その中には少数だがジンやゲイツ、フリーダムにインパルスの姿もあった。

「おお、帰ってきたのか!」
「船長、直ちに収容作業に入ります!」

 ユーファが嬉しそうに弾んだ声を出して返事を待たずに指示を出している。それを見たダナンはパイプを取り出すとタバコに火をつけ、大きく煙を吸い込んで吐き出した。そして一息ついたところで自分を見る副長の視線に気付き、視線を合わせる。

「船長、待っていた甲斐がありましたな」
「……もし彼らが帰って来た時、そこに本船の姿が無ければどんな気持ちになるか。それを考えると、どうしても引き返すという決断が出来なかった」
「分かります」

 それだけで十分だった。副長はダナンに敬礼をして自分の持ち場に戻り、艦を戻してガルムの収容を始めさせる。損傷機は捨てていいからとにかくパイロットだけは収容しろと徹底させていた。
 仲間が帰ってきたのを見てジャックたちが格納庫から飛び出してきたが、その中にフィリスのインパルスはいてもイザークのインパルスの姿は無い。それを確認したジャックはまさかと思い、慌ててエルフィとシホにも確かめた。だが見間違いではなく、やはりイザークのインパルスの反応は無かった。

「ジュール隊長も、戻れなかったのかよ」
「戻れたのは残ったMSの1割以下のようですね、余程の激戦だったんですよ」
「だからって、全滅しなかっただけマシ、何て思いたくないわよ!」

 帰還機の数を数えたシホにエルフィが涙声で文句をぶつける。ザラ隊から一緒にやってきた仲間がまた1人失われたのだという喪失感が容赦なく彼女を打ちのめしている。
 だが、落ち込む彼らにユーレクが良く見ろと声をかけてきた。

「おい、帰ってきたインパルスが何かを抱えているぞ。泣く前に良く確かめろ」
「え、インパルス?」

 言われてフィリスのインパルスを拡大してみると、確かにインパルスは両手で何かを抱えている。それが何であるのか、インパルスを良く知っている3人にはすぐに分かった。そう、インパルスのコクピットブロックユニットだ。フィリスにインパルスが健在な以上、それが誰の物であるのかは言うまでも無い。


 イザークが生きていると分かったジャックたちが歓声を上げている。その声を通信機から聞きながらフィリスは少しからかうような含みを持たせた声で抱えているコクピットブロックに話しかけた。

「インパルスの無駄の極みのようなシステムのおかげで命拾いしましたね、隊長」
「やかましい、そんな事言われなくても分かってる!」

 イザークは即座に怒鳴り返してきたが、それは怒っているというよりも不貞腐れているという感じであり、フィリスの正しさを認めながらも素直にそれを受け入れられないのだろう。だがインパルスが売りにしていたコアブロックシステムの持つ生存性の高さが皮肉な事にそれを否定していたイザーク自らによって証明されてしまったのだ。トールによってシルエットが破壊された時、インパルスのフェイルセーフシステムが働いてシルエットからコクピットブロックを切り離して射出、パイロットを保護したおかげでイザークは九死に一生を得ることが出来、フィリスに回収してもらえたわけだ。
 


 こうしてボアズを巡る戦いは終結した。結果としてはザフトは投入していた戦力の8割を喪失するという甚大極まりない損害を蒙り、もはやプラント本国を守る力も無いことは明らかであった。
 だが地球軍もザフトの5倍以上という大軍を動員しながら第1集団の戦力半減、第2集団の第7艦隊の壊滅という損害を受けており、実質2個艦隊強という数だけならザフトを超える損害を受けた事になる。地球軍の勝利に見える戦いであったが、それはコーディネイターの抵抗力の凄さを証明する戦いでもあったのだ。
 この損害にプラント侵攻軍の指揮権を継承したハルバートンは建て直しの時間を与えず即座にプラントに進むべきだと主張したが、他の指揮官たちや連合軍総司令部の賛同を得ることが出来ず、アッヘルザム基地やダイダロス基地に避難する予定だった第1、第2艦隊を合流させて戦力を補充後に出撃するという作戦が採用されている。
 上層部の命令には逆らうことも出来ず、仕方なくハルバートンはいくつかの小部隊を編成してプラント方向の威力偵察を行わせる事にした。その中にはほ無傷だったアークエンジェルの姿もあり、駆逐艦を護衛に伴ってプラント方向に赴く事になる。そして、彼らはその道中で奇妙な再開をするのだった。



後書き

ジム改 ボアズ戦終了、今回は長かった。
カガリ 次回は久々に政治の話になりそうだな。私の出番か。
ジム改 いや、次回はアスランだろう。
カガリ でも地球軍も1日は動けないのか。下手するとジェネシスがまた発射されないか?
ジム改 まあその時はその時だな。
カガリ あれ来たら私たちが吹っ飛ぶだろ!
ジム改 まあそれよりも先にアスランが無事にたどり着けるのかだな。
カガリ 何気にディアッカ、初めて1人で目立てるシーンだな。
ジム改 今までイザークとセットだったからな。
カガリ 更にトールが始めてイザークに勝ったな。
ジム改 まあ3人がかりでボコれば幾らイザークでもねえ。
カガリ イザークも強くなってたんだなあ。
ジム改 最近は指揮官の面が強かったから目立たなかったけど、地味に強いんだ。
カガリ さて、それじゃ次回、ジェネシス2射目に向けて準備を進めるプラント。ラクスたちも動き出す。ボアズを占領した地球軍は補給と修理を行いながら、これからどうするかを話し合う事に。アズラエルは長距離通信で裏側の話をする。一方、偵察に出たアークエンジェルはその先で1機のシャトルを発見する。次回「再開」でまた会おうな。

次へ 前へ TOPへ