第186章  司令官はカガリ


 

 アークエンジェルに運び込まれてきジンHMの姿はマードックたちに驚きを与えていた。全身に数え切れないほどの傷があり、無数の戦闘を潜り抜けたかのようだ。とりあえず機体に取り付いたマードックたちはハッチの開閉機構が破壊されてハッチが開かなくなっている事に気付き、背面の脱出ハッチも死んでいるのを見て仕方なく外部から脱出ハッチを吹き飛ばす事にした。外部から脱出ハッチの火薬に点火して吹き飛ばし、パイロットを引きずり出そうというのだ。
 作業はすぐに実行され、小さな音を立てて背面の小さなハッチが吹き飛び、すぐに中からパイロットスーツ姿の人間が転がり出てきた。

「いきなり乱暴な事をしてくれるな、もう少し穏便な方法を使ってくれると思ってたんだが」
「あん、お前どっかで会った事ねえか?」

 ヘルメットを脱いだアスランを見てマードックが怪訝そうな顔で首を捻る。それを聞いてアスランは困った顔をしながら昔に一度来た事があると答えた。そしてアスランは警備の兵が構えるアサルトライフルの銃口を一瞥した後、格納庫に既に入っていたシャトルを見てあれに乗っていた女性はどうしたのかと聞いた。

「ミーアは、あのシャトルに乗っていた女性は何処に?」
「ああ、あれに乗ってたお嬢ちゃんなら艦長が相手してる筈だぜ。でもあの嬢ちゃん、ラクスとかいう歌手にそっくりだな」
「まあ、色々と事情がありまして」

 詳しい事情を話したくないアスランは言葉を濁した。マードックも深入りしようとはせず、話はそれで終わる筈であったが、そこに帰還してきたデルタフリーダムがエアロックから格納庫にベッドごと移動してきた。間近でデルタフリーダムを見たアスランはそれに複雑な視線を送っている。
 だが、それが騒動の始まりであった。移動中の機体のコクピットハッチがいきなり開き、キラが飛び出してきた。キラはアスランを見つけるとハッチの縁を蹴って一気に彼の元へと飛んでくる。それをアスランは少し困った顔で見ていたが、キラから明確な敵意を感じ取って咄嗟に身構えてしまった。
 そして、アスランはその予感が正しかった事をすぐに証明する事になった。キラはアスランの傍に着地すると、迷うことなく右拳を振るってきたのだ。それを左腕で払って防ぐと、そのまま腕を掴んでキラを捕まえた。

「キラ、お前いきなり殴りかかってくるとはどういうことだ?」
「アスラン、よくも僕の前にのこのこと顔を出せたね?」
「こんな所で恨み言か、だがそれを言うなら俺にも言いたい事は幾らでもあるぞ」
「ああ僕もだよ、だから後で言いたい事を言ってやるさ!」

 キラはアスランの腕を振り解くと、力任せに彼の左頬に右拳を叩きつけた。それをアスランは防ぐ素振りも見せずに黙って受け、上半身が大きく流されるが、それだけであった。大して効いていないかのようにその顔には余裕のある笑みが浮かんでいる。

「無重力下での格闘戦の訓練は受けていないようだな、重力下と同じつもりでやっても腰が入らないから軽くなるんだ!」

 そういってアスランは上半身の動きだけで器用に体を動かし、キラの腹に強烈なボディーブローを叩き込んだ。それは先ほどのキラの一撃とは比べ物にならない重い一撃で、キラは体をくの字に折り曲げて苦悶の表情を浮かべている。

「キラ、お前は格闘戦は素人みたいだな。そんな様で俺に殴りかかるとは、舐めるにも程がある」
「悪いね、もっと舐めてて喧嘩をした事も滅多に無いよ!」

 アスランがやって見せた上半身の捻りを使ったパンチをキラも繰り出し、アスランの左頬に痛烈な一撃を入れた。先ほど見ただけの動きを再現された事にアスランは驚きを隠せないでいたが、同時に納得してもいた。こいつは何時もそうだ、俺たちが時間をかけて身につける技術を簡単に吸収して自分の物にしていく。天才などというものを認めたくは無いが、キラは恐らくそういう存在なのだろう。
 だが、だからといってただ真似ただけの素人に負けてやるつもりは無い。これでもアカデミーを主席で卒業したエリートなのだ。当然白兵戦でも誰にも負けなかった。そのプライドをかけて、アスランは拳を握り締めた。


 格納庫で拾ってきたザフトのパイロットとキラが喧嘩を始めたという知らせはすぐにマリューの元に届き、驚いたマリューは数人を伴って格納庫へと急いだが、そこで彼女が見たのは見事に顔を張らせて漂っているキラとアスランの姿であった。

「ええと、何があったのマードック曹長?」
「それがですねえ、顔を見るなり殴り合いが始まったとしか」

 呆れた顔で漂っているキラを見るマードック。何もこんなになるまで殴りあわなくてもと思っているのだ。そしてマリューは漂っている気絶した2人を交互に見やって、キラを自室に、敵のパイロットを医務室に放り込んでおけと連れてきた警備兵に命じた。




 キラたちによって回収されたアスランとミーアはアークエンジェルに収容され、そのままボアズにあるプラント攻略艦隊司令部の元へと送られる事になった。アスランはフレイのウィンダムに壊れたジンHMごと運び込まれてコクピットハッチを引き剥がすことでようやく外に運び出されたのだが、中でアスランは完全に気を失っており、急いで医務室に運び込まれて手当てが行われていた。幸いにして傷は打撲と破片による軽度の裂傷程度で心配するほどではなかったが、それでも暫くは目を覚まさなかった。
 ミーアはアスランに言われた通りに渡されていた手紙をアークエンジェルの艦長であるマリューに渡し、マリューはそれをアズラエルに渡していた。作戦行動に関わらないことでなら彼が最上位にあるからだ。
 手紙を受け取ったアズラエルはそれに目を通すと僅かに顔色を変え、珍しく興奮した様子でマリューに急いでボアズに戻るようにと指示し、自分は手紙に何度も目を通している。それが何なのか周囲の者は興味津々という様子であったが、アズラエルはそれを見せてやる事は無かった。
 ただアズラエルは何故かキラにだけは声をかけた。キラは自分の部屋で目を覚ましていたようで、アズラエルは自分の私室へとキラを伴って移動していた。キラを招き入れたアズラエルは冷蔵庫からブランデーを取り出すと、グラスについでそれを口に入れた。

「ふう、久しぶりに上手い酒が飲めましたよ」
「あの、何の用ですか?」
「ああ、そうでした。僕らが待っていた便りが遂に来ましたよ」

 アズラエルは持っていた手紙をキラに渡した。受け取ったキラは手紙を開いて目を通し、その表情を徐々に驚愕へと歪めていった。

「アズラエルさん、これは!?」
「ラクスさんたちは無事に相手方と合流できていたようですね。これでこちらも行動を起こせます」
「良かった、ラクスは無事だったんだ」
「そういう事ですね。彼女は僕の与えた仕事を果たしました、次はこちら
の番のようです」
「でも、プラントへの早期侵攻は取りやめになったんじゃ?」

 上層部の命令でこのままボアズで援軍を待つ、というプランが採用されたのではなかったか。そう聞いてくるキラに、アズラエルは状況が変わったと答えた。自分には特定の条件下における優先指揮権が与えられており、今がその状況だと答えた。

「密かに進められていたプラント講和派との終戦工作、それに関する状況が成立した場合に限り僕は作戦に口を出す権限を得るのですよ」
「じゃあ、早期侵攻も可能なんですか?」
「絶対とは言えませんが、不可能を可能に出来るかもしれません」

 全軍を動かす事は無理かもしれないが、一部を動かす事なら出来るかもしれない。アズラエルはこれでプラントを完全破壊しなくても済むかもしれないと言う。それはキラにとって久し振りに明るいニュースであった。

「さて、それではアスラン・ザラから話を聞きに行くとしますか」
「ア、 アスランにですか?」
「嫌そうですね、君の友人ではなかったんですか?」
「友人だった、ですよ。お互い何度も殺しあってます」
「なるほど、戦争の生んだ悲劇という奴ですか」
「……世界中で色々と酷い物を見てきましたよ。僕の事くらい、大した物じゃないです。フレイみたいに目の前で父さんを殺された訳でも無いですしね」

 キラは表情を翳らせて過去を振り返り、そして軽く頭を振ってそれを追い出した。この戦争で経験した多くのことは、覚えていたい記憶ではない。ヘリオポリスからここに来るまで色んな物を見てきた。何処に行っても戦火に追われる人が居て、大勢の犠牲者がその辺りに転がって腐臭を放っていた。助けを求めてくる人も居たが、その人たちを助ける力は自分には無くて、多くの人が目の前で殺されていった。平和だった筈の故郷は指導者の決断で戦火に焼かれてしまった。
 どうしてこんな所に来てしまったのか、今となっては考える意味も無いことだが時々考えてしまう。ヘリオポリスにアスランたちが攻めてこなければ、あそこでカガリと出会わなければ、ストライクの格納庫に行ったりしなければ、考えても無駄な事だが、そうしてもそんなことを考えてしまう時はある。
 キラはアズラエルの後について歩きながら、過去を延々と振り返っていた。




 夢を見ている、何故夢と思うのかは分からないが、とにかくこれは夢だと分かる。オーブに侵攻してきた地球軍を相手に俺はオーブ軍に参加して戦っていて、何故かキラと手を組んでいる。そして足付きに乗って宇宙に出て、プラントで父上と喧嘩した挙句に脱走してラクスが現れて……そうだ、何もかもが有り得ないから夢だって分かるんだ。何よりラクスはもう死んだ筈だから……。
 あれ、ラクス、何でそんな悲しい目で俺を見るんだ。やっぱり俺を恨んでるのか、引き戻してやれなかった俺を。あ、待て、何処に行くんだラクス、待ってくれ、また俺を置いて何処かに、て俺が置いていかれるって足速すぎだろ。

「ま、待ってくれ、ラクス!」

 必至に追いかけた俺は彼女を捕まえようと手を伸ばして、確かに何かを抱きしめた。そこでようやく俺は何時の間にかベッドの上に居る事に気付いた。周囲には見た事の無い顔が沢山並んでいて、それが地球軍の制服を着ている事からここが少なくともザフトでは無いということを教えてくれている。
 ここは何処だろう、という疑問に答えをくれたのは、新たに入ってきた見た事のある2人の男であった。そう、元ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルと自分にとって最大の敵キラ・ヤマトだ。

「キラ、それにムルタ・アズラエル……」

 俺は2人の登場に声を無くしていたが、入ってきた2人も何故か驚愕で硬直していた。いや、正確にはアズラエルの方がニヤニヤ顔になっていて、キラのほうがなんだか顔を真っ赤にして殺意のオーラを迸らせている。何でキラは怒っているんだろうと疑問に思っていた俺のすぐ傍で、何処かで聞いたような声が聞こえてきた。

「あ、あの、アスラン?」
「あれ、フレイ?」

 はて、そういえば俺は何を抱きしめていたんだったか。その疑問に答えを得るべく、アスランは腕の中にある物体を離して確かめて、そしてピシリと音を立てて固まってしまった。自分が抱きしめていたのはフレイだったのだ。
 なんと言うか命の危険を感じてしまっているアスランと顔を赤くして呆然としているフレイ、誰もが硬直している中で、キラがずかずかと入ってきてアスランからフレイをもぎ取ってしまった。

「返せ、フレイは僕のだ!」
「ちょ、ちょっと待てキラ、今のは別にそういう訳じゃ……」
「フレイから何度も聞いてるよ、君の女性遍歴はね。ラクスも入れれば4股5股なんだって、それで今度はフレイまで!」
「人聞きの悪い事を言うな、俺は昔からラクス一筋だ!」
「いいや、だいたい君は昔っからそうだ、女と見れば下級生上級生に先生まで構わずに声を掛けてただろ!」
「過去を捏造するなあ!」

 医務室でいきなり口喧嘩を始めた2人。怒涛の展開の医務室に居た軍医や衛生兵、警備の兵士は唖然としてしまっている。その中でアズラエルだけは1人腹を抱え笑い転げていて、通りかかった兵士が何事かと壁際から中を覗き込んでいる。
 そして2人の喧嘩の中心に居て、しかも何事かと集まってくる兵士たちの好奇の視線に晒されていたフレイは段々と我慢の限界に近づいていた。外の連中は好き勝手なことを言っていて、痴情の縺れだの元彼かだのともう滅茶苦茶だ。そして堪忍袋の緒が限界に達した時、フレイはポケットから迷う事無く約束された勝利のスコップを引き抜いた。

「いい加減に、しなさ――いっ!!」
「ブボァ!?」
「な、何で俺まで!?」

 キラとアスラン、コーディネイターでも間違いなくトップクラスの能力を誇る2人でさえ見切れぬ銀色の閃光は、2人の意識を一瞬で奪い去っていた。




 その後、アークエンジェルに1機のシャトルが突っ込むように着艦してきた。その乱暴なシャトルはオーブの物で、クサナギからカガリとユウナを運んできたのだ。シャトルのハッチが開いて出てきたカガリは出迎えに出てきたノイマンの胸倉を掴み上げると、アスランとかいう奴は何処だあと問い詰めてきた。

「おい、アスランとかいう凸野郎は何処にいる。今すぐ言わないとお前の将来は寂しい物になるぞ!」
「ちょ、ちょっと待って、まだ目を覚まして無いんですって!」

 ノイマンはカガリの出鱈目な脅しにちょっと待てえと思いながらも、色々と過程をすっ飛ばしてアスランが現在医務室のベッドにキラと仲良く横たわっているという事実だけを伝えた。
 それを聞いたカガリは早速自分も医務室に行こうとしたのだが、それはまさに奪取をかけようとしたところで背後からサイに羽交い絞めにされて止められた。ノイマンについてカガリの出迎えに来ていたようだ。

「ま、待てカガリ、お前怪我人に何する気だ!?」
「怪我人に会いに病室に行くとしたらお見舞いに決まってるだろ」
「嘘付け、目に明らかな殺気が走ってたぞ!」
「ちっ、中々やるようになったな、サイ」

 自分の殺気を人目で見抜くとは、この男もやるようになったものだ。そしてジタバタと暴れるカガリを更にカズイが正面から両足首を掴んで宙に浮かせ、完全に動きを封じてしまう。スカートを履かないカガリが相手だから出来る荒業であった。だが、1国の国家元首にこんなことをして良いのだろうか。もしフレイに対してやったら死刑は免れまい。
 そしてジタバタと暴れるカガリに続いてシャトルから今度はボロボロのユウナとアマギも出てきた。

「サ、サイ君、そのまま離さないでくれよ」
「ど、どうしたんです2人とも?」
「いや、面目ない。カガリ様をお止めしようとして逆にこの有様です」

 アマギが青痣作った顔を引き攣らせながら笑っている。どうやらここに来るまでに死闘を演じていたようだ。カガリがここに来るまでに一体どんな騒動がクサナギを襲ったのだろう。



 だが、カガリが案内された先の医務室からは何故か怒鳴りあう声が聞こえてきていた。その片方は聞き間違える筈も無くキラの声だ。そして相手のほうは聞いた事があるような無いような、そんな声であった。

「そもそも元はといえばお前が悪い、ヘリオポリスでストライクなんかに乗っているから俺がこんな苦労してるんだ!」
「あれは成り行きだって言っただろ。それにそれより先に攻めてきたのはそっちじゃないか!」
「ちょっと2人とも、いい加減にしなさいよね!」
「そうよ、アスランも落ち着いて」

 フレイの声とラクスの声がキラとその相手を止めようとしているが、2人は聞いている様子はなく、口論を続けていた。

「いいや、オーブが連合のMS開発なんかしてたのが悪いだろ!」
「それはカガリに言ってくれ、僕はただのオーブ市民だぞ!」
「いや、あの代表は怒らせると後が怖そうだから遠慮する」
「なんだカガリが怖いのかい、だらしないね君も」
「お前だって、お前だって俺みたいな目にあえばなあ……何だ、この悪寒は?」
「妖気、のようなものが?」

 何やら子供の喧嘩をしているようだが、それを聞いていたカガリはズカズカと廊下を歩いて医務室の扉に手をかけ、勢い良く開いた。ちなみにこれは自動ドアのはずである。

「みぃつけたぞお、凸野郎〜」
「な、カ、カ、カ、カガリ・ユラ・アスハ!?」
「私の恋路を邪魔した恨み、今こそ晴らしてくれん!」

 それはまごう事なき八つ当たりであった。ついでに言うとアスランには何を言われているのかさっぱり分からなかった。

「ま、待て、なんの事だ。俺が君に何をしたというんだ!?」
「忘れたとは言わさねえ、私が海岸で告白しようとした時、思いっきり空き缶ぶつけて妨害しただろうが!」
「うっわ、アスランそれは酷すぎるよ。何処まで残酷なんだ君は?」
「サイテーね」
「極悪人って奴ですかねえこれは、人として最低ですよほんと」
「アスラン、貴方って……」
「待て待て待て、好き勝手な事を言うな。ミーアも信じるな。特にブルーコスモスの盟主には言われたくない!」

 あんたには言われたくは無い、と態度で示しながらアズラエルに抗議をし、そして過去を掘り返すように暫し記憶を振り返って、どうしても思い至る所穴が無くて幾度も首を捻っていた。

「すまん、本当に覚えてない。一体何時の話だ?」
「夏の少し前のオーブでだよ!」
「夏前の、オーブ?」

 はて、俺はそんな季節にオーブに行った事があっただろうか。その頃といえば確かマドラスを出て、一度本国に戻って、そして……そして、どうしたんだったか。そういわれればオーブに行った様な気がするが、そこで何があったのかがどうしても思い出せない。どうにも記憶にもやがかかっているような。

「駄目だ、オーブに行ったような気はするんだが、何があったのかさっぱり覚えてない。記憶がすっぽり抜け落ちてるようで」
「ぬわんだとこの駄目男!」
「ああ、はいはいそこまで。カガリさんの個人的復讐は戦後にでも焼くなり煮るなりじっくりとやってください」

 カガリまで加わって収集が付かなくなったのを見てか、アズラエルが間に入って喧嘩を止めた。そしてアズラエルはカガリになんでここに来たのかと聞くと、カガリはアスランとかいう奴をアークエンジェルが拾ったと聞いたから来たんだと答え、全員からおいおいという突込みを受けてしまった。
 そしてカガリが渋々あてがわれた椅子に腰を下ろすと、アズラエルはアスランに何があったのかと尋ねた。促されたアスランは頷いて何があったのかを話した。ミーアに助けを求められ、ゼム・グランバーゼクから彼女を庇って逃げ出し、ザフトから追われる身になった事。それを助けてくれたのがユウキ司令であった事。彼の手引きで本国から脱出し、ここに辿り付いた事等をだ。

「それで、つまり貴方はユウキ司令にこの手紙を押し付けられてプラントから命からがら逃げ出してきた、と」
「はい、俺は別にプラント内のザラ派と繋がっている訳じゃありません」
「ふむ、これは予想外と言うべきですかね」

 医務室の椅子に腰掛けてアズラエルは同じくベッドに横たわっているアスランから話を聞いていた。アスランの話を聞いていたアズラエルは正直なんて運の無い男だろうと同情してしまっていたが、おかげで必要な情報が手に入っているので彼の身の上については黙っている。
 そして一通り聞き終えたアズラエルはなるほどと頷くと、懐から手帳を出して幾つかメモをし始めた。そんなアズラエルにアスランはおずおずと気になっていることを問いかける。

「あ、あの、地球軍はこのままプラントに?」
「うん? ああ、大丈夫ですよ。貴方が持ってきてくれた手紙のおかげで状況が動きましたから、此方はもう1つの計画を実行に移す事になります」
「もう1つの計画?」
「ええ、プラントの講和派の政権奪取を助けて、この戦争をプラントの完全破壊前に終戦に持ち込むという計画です。上手く行けば救出されたパトリック・ザラに再び議長の座に返り咲いて貰って終戦ですよ。そしてこの戦争を引き起こした張本人たちを吊るし上げる、それがこの計画の最終目標です」
「父上を救出って、どうやって死んだ人間を?」

 アスランの問いにアズラエルは怪訝そうな顔になったが、すぐにああと頷いて教えてやった。

「ああ、そういえば何も知らないのでしたね。パトリック・ザラは死んでいません。ラウ・ル・クルーゼに誘拐されてクライン邸に監禁されているのですよ。それの救出がこの計画の最重要課題なんです」
「何故、そんな事を」
「さあ、私はクルーゼではありませんから。大方此方との講和を進めていたことが邪魔だったとかそんな理由でしょう」
「でも、そんな理由で議長を誘拐するなんて。クルーゼ隊長はザフトでも指折りの指揮官で、最高の待遇を受けていた人がどうして、なんの不満があってそんな事を?」
「まあ、普通はそう思いますよねえ。僕たちもそう思っていましたから、事の本質が見えなかった」

 そう言ってアズラエルは足を組むと、両手を足の上で組んで少し体を前屈み気味にした。

「ラウ・ル・クルーゼにはザフトの英雄としての顔以外に別の顔があります。僕たちの調べでは彼はザルクと呼ばれるテロ組織のリーダーであり、この戦争のずっと以前から地球とプラントの対立を煽るように活動していた事が分かっています。そう、この戦争を誰よりも望んでいたのは彼だという事です。その端末はブルーコスモスやザフトにも伸びていました」
「クルーゼ隊長が、テロ組織のリーダー?」
「そう、それも地球とプラントの共倒れを狙うほど大胆な」

 まさか、という顔をするアスラン。だがそう言われればとアスランには過去のクルーゼから感じた違和感がそれだったのかと納得する部分もあった。クルーゼには色々と黒い噂が絶えなかったし、実際に部下をやっていた頃にも彼から時々狂気のような物を感じてもいた。だが噂は所詮噂であり、根拠の無い妬みの類だろうと思っていたし、狂気のような物も戦争をしている以上変化も仕方の無いことだ、という風に解釈していた。
 だが、あれが本当に狂っていたのだとしたら。ミーアはクルーゼとゼムが地球とプラントが共に滅びるとか話してたと言っていたが、それが敵国の有力者の口からも出てきた。プラントでのユウキたちの異常な行動や組織力もアズラエルの言葉を裏付けている。自分たちの知らない所でそんな戦いが行われていたとは。

 アスランが黙り込んで考え込んでしまったのを見たアズラエルは視線をそれまでじっと聞いていたカガリたちに向けた。

「聞いての通りです、事態は僕たちが望んでいた方向に動き出しました。地球軍はプラントへの早期侵攻を行い、パトリック・ザラ救出作戦を支援する事になります」
「話は分かったけど、そんなに上手くいくのか。地球軍は早期侵攻は止めて増援待ちの筈だろ?」
「何とかするように努力しますよ、ササンドラ大統領から権限も委譲されていますしね」

 アズラエルには特定の状況下でのみ発動できる権力があった。それはプラントのレジスタンスから連絡があり、パトリック・ザラ救出作戦の決行が確実になったと判断された時に発動するもので、それまで密かに進められていた交渉が表に出る時を意味する。

「ですが、素直に従わない者が出て拗れる可能性もあります。その時にはオーブは賛成に回って貰えますよね、カガリさん?」
「まあ、私もこの件には前から関わっているからな、その時はあんたの話に乗ってやるさ。アマギ、オーブ全艦隊に出撃準備をさせておけ。プラントで1戦やるだけの準備で良い」
「了解しました、カガリ様」

 敬礼を残してアマギが医務室を飛び出していく。それを見送ったユウナはまだ頭を抱えているアスランに同情するような目を向けていた。この事態の急変に頭が付いて来れないのだろう。無理も無いと思う。死んだと思っていた父親が実は生きていたと知らされて、犯人は自分の上官だった。しかもパトリックの元部下や同僚たちが地球と接触してこの戦争を終わらせる準備をしていたというのだ。自分が彼の立場だったら性質の悪い冗談だと思うだろう。
 そしてアズラエルはやる事があると言って医務室から出て行き、ノイマンも忙しくなりそうだと言って艦橋へと戻っていく。事態が動き出したという事が誰にも肌で感じられだしたのだろう。カガリはこのままアークヱジェルでボアズに行くといい、ユウナは艦隊に戻って私の変わりを頼むと告げる。それを受けてユウナもシャトルへと向かっていった。

 カガリは先の戦いで収容されたというステラの顔を見にベッドの脇に行き、軍医に幾つか質問をした後で椅子に腰掛けているシンの肩にぽんと右手を乗せて話しかけた。

「ステラの容態、良くないんだってな」
「ああ、助けるにはプラントに連れて行ってステラの体に手を加えた奴を捕まえないといけないらしいんだ」
「……まだ希望はあるさ。これからプラントへ今すぐ部隊を出すように話し合いをしてくる。これが纏まれば、すぐにプラントに向かう事になるぞ。そうしたらお前がプラントまでの道を切り開けよ」
「でも、間に合うかどうか。ステラの体はどんどん悪くなってるそうだし」
「間に合うように祈るしかないな。お前に出来る事は、邪魔する奴を片っ端から叩き潰す事だよ。その時は頼むぞシン」

 シンの頭をポンポンと叩いてその場を離れ、カガリはフレイの傍に行った。その顔には僅かに不安が垣間見えている。

「これで、戦いにケリがつくかしらね?」
「どうだろうな、上手くいけばその可能性もあるが」

 フレイの言葉にカガリは曖昧に頷いた。この計画が上手くいく可能性は決して高くは無い、いやユウキたちが捉えられ、プラントを完全破壊するという方法しか取れなくなる可能性の方が高いだろう。ユウキたちが失敗すれば地球軍は問答無用で無制限攻撃をプラントに加える。多数の核ミサイルや反応ミサイルがプラントに放たれ、あの巨大な砂時計を全て打ち砕く事になるだろう。
 もし失敗したら、その不安がどうしても拭えないカガリであったが、ここまで来たのだ。最後の勝利を信じて今は進むしかない。

「なあフレイ、この作戦、上手くいくよな?」
「カガリ?」
「頼む、上手くいくと言ってくれ」
「……ええ、大丈夫よ、あんたが何時もの自信過剰を無くさなければ上手くいくわ」
「悪かったな、自信過剰で」

 親友の皮肉交じりの応援にカガリは苦笑いを浮かべて頷いた。そして椅子から立ち上がると、両腕をコキコキと鳴らしてベッドの方を見た。そこではまたキラとアスランが口喧嘩を始めている。

「お前ら、さっきから煩いぞ!」
「だ、だってカガリ、アスランが!」
「何を言っている、悪いのはお前だろう!」
「やかましい、そんなにケリつけたいなら私がやってやる。お前らそこで空気椅子やれ!」

 カガリに怒鳴られた2人は慌ててベッドから降りると壁を背に空気椅子の姿勢になった。それを確認したカガリは医務室備え付けのコップに水を入れると、それぞれの頭に載せる。

「よし、この水を零した方の負けな」
「か、カガリ、それは地味に苛酷じゃないかい!?」
「男なら頑張れキラ、あっちは文句も言わずにやってるぞ」

 見ればアスランは涼しい顔で空気椅子をやっていた。そして横目でキラを見やって、フッと見下したような笑いを浮かべる。

「どうしたキラ、この程度で音を上げるなんて情け無い奴だな」
「……良いだろう、受けてやるさ」

 もう完全に意地の張り合いになっている。カガリとフレイは呆れ顔で医務室を後にし、軍医たちも自分の仕事に戻っていった。そしてどうして良いか分からないミーアは困った顔で不安げにきょろきょろしていたのだが、それを見たフレイが仕方ないという風に彼女に声を掛けて医務室から連れ出した。何処か空き部屋にでも入れておいて許可を受けた人間しか入れないようにしておけば彼女が誰かに襲われる心配も無い。
 だが、見れば見るほどミーアというこの女性はラクスにそっくりで、自己主張の激しい胸を除けば同一人物にしか見えない。

「本当にラクスにそっくりね、顔も声も」
「顔は、その、整形です。声がそっくりだからと言われてスカウトされて、ラクス様の影武者をやってくれって言われて。アイドルに憧れてたから、ラクス様に代わってトップアイドルになれるっていうから引き受けたの」
「ラクスの代わり、ねえ」

 アイドルなんてそんなに良い物だろうかとフレイは思ってしまう。そんな息苦しい生活が楽しいとは自分には思えないのだが、まあ人の好みはそれぞれだろう。






 アスランのもたらした情報を元にアズラエルは連合軍にプラントへの早期侵攻を提言した。それと同時にそれまで水面下で進められていた計画も明らかにされ、ハルバートンたちは水面下でそんな交渉が行われていたのかと驚いている。

「我々が戦っている時に、そんな交渉をしていたのか。しかもブルーコスモスが一枚噛んでると?」
「おかしな話では無いでしょう、始めた戦争は終わらせなくてはいけない。その為の条件交渉です」
「別に不満を言っているわけではない、それが政治家の仕事だという事も分かっている。軍人と政治家の職分は分かっているつもりだ」

 アズラエルの話を聞いたハルバートンは別に不満を漏らしたりはしなかった。その程度の分別は持っているのだろう。だが、彼に理解できないのはアズラエルがその話に絡んでいるということだ。何故ブルーコスモスの盟主がプラントとの講和に関わっているのだ。
 この疑問をぶつけられたアズラエルは隣に座るカガリと顔を見合わせ、そして小さな声で笑い出した。まあそうだろう、彼らの疑問ももっともだ。

「まあ、そうでしょうね、僕をブルーコスモスの盟主としてしか見ていなければそう考えるのも分かります」
「どういうことかね?」
「僕はブルーコスモスの盟主である以前のロゴスのメンバーなのですよ、提督。ロゴスはプラントの完全破壊を望んではいないのです。勿論僕もね」
「つまり、商売上損になるからプラントは残したい、という事かね?」
「まあ平たく言えばその通りです、まだプラントの建造費も取り戻していませんしね。それに戦後の再建計画を考えればプラントの生産力を失う事は避けたいのです」

 商売人、としての論理でプラントの破壊を否定するアズラエルに軍人たちは一様に迷惑そうな顔をした。政治側の方針である以上軍人は従うしかないが、そんな余計なハンデを背負わされてはたまったものではない。計画ではミサイルの有効射程に入り次第核攻撃を加え、プラントを完全に吹き飛ばすことも視野に入れていたのに、これでは犠牲の多い接近戦をするしか無いではないか。
 だが、ハルバートンはアズラエルの要請に難色を示した。彼の提案を実行するには問題があるというのだ。

「理事の要請を受けるのは吝かでは無いが、2つの問題がある」
「何です提督?」
「まず、この要請は大西洋連邦の部隊にしか効果が無い。他の国の部隊は大西洋連邦の指揮下にあるわけではないのだ。そしてもう1つは、すぐに出撃できる状態では無いということだ。援軍が到着するまで出撃を認めず、と連合軍総司令部からの命令を受けたので、出撃準備よりも損傷艦の修理などを優先したのでね」
「……つまり、出たくても出れないと?」
「そういう事だ。大西洋連邦の部隊で、しかも今すぐ出れる部隊となるとごく一部に限られてしまう。何しろ私が率いていた第2集団はジェネシスの直撃を受けて大損害を出しているのでね」

 大西洋連邦系の部隊は第2集団に集中している。その第2集団が吹き飛ばされたのでは、アズラエルの要請を実行したくても出来るものではない。自分に与えられた指揮権はあくまで連合軍総司令部から与えられたものであり、その範囲を越える事は出来ないのだ。連合軍総司令部の作戦方針に反する命令を出すことが出来るのは直接の指揮下にある大西洋連邦の部隊に限られる。
 この辺りの指揮権の煩雑さが地球連合の弱点だ。個々の部隊はそれぞれの国家に属しており、命令系統は連合軍とそれぞれの国の2種類が平行して存在している。一応連合軍総司令部の命令が優先されるという建前はあるが、現実には必ずしも守られているわけではないのだ。
 だからハルバートンにはユーラシアや東アジアといった国々の部隊にアズラエルの要請に従って出撃するよう命令を出す権限は無い。判断するのはそれぞれの国の指揮官という事になる。
 ハルバートンの促されてそれぞれの国の艦隊司令官たちは考え込んでしまった。誰も余裕があるわけではないし、そんな要請を受けて部隊を前に出したらどれだけの被害を受けるかわからない。戦後の力関係を考えれば兵力をすり減らしたくはなかった。

 だが、そんな誰もが自分が貧乏くじは引きたく無いという空気を引き裂くような威勢のいい声が会議室の中に響き渡った。

「良いだろう、私がオーブ軍を率いて行ってやる!」
「カガリ代表!?」

 声を上げたのはオーブの代表にしてオーブ軍の総指揮官、カガリ・ユラ・アスハであった。その視線は列席している諸将や部隊指揮官たちを一瞬だが圧押した。

「この戦争を将来に禍根を残さない形で終わらせる、最良の選択であると私は信じる。だから私は喜んでオーブ軍をこの作戦に投入しよう」
「で、ですが、プラント側が成功するかどうかは賭けですぞ。そんなリスクを背負う事は無いでしょう!?」
「そうです。それに過去の遺恨と言われますが、プラントを完全に吹き飛ばしてしまえばその危険は無くなりますぞ」
「そうです、それにわが国はザフトに本土を蹂躙され大勢の犠牲者を出している。国内にはプラントの連中を皆殺しにしろという意見が多い」
「それだけではありません、エイプリルフール・クライシスをお忘れですか。あの惨劇で何億人死んだと思うのです。プラントの人口2000万では釣り合いが取れませんよ」

 各国の提督や指揮官たちは口々にプラントを救う為に自分たちが血を流すのは馬鹿げているとカガリに抗議してきた。実際に地球が蒙った被害は天文学的なものであり、プラントに対する復讐を求める声は大きなものとなっている。本国政府は当然の声を虫は出来ないだろう。
 だが、カガリは彼らを睨むように見回し、そして大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

「なら良い、オーブ軍と大西洋連邦の動ける部隊だけでやろう。ハルバートン提督、それで構わないな!?」
「お、お待ちくださいアスハ代表、先ほども言いましたが、大西洋連邦軍にもすぐに動かせる部隊は僅かです。今から取り掛かっても全軍が動けるようになるまでには時間がかかりますぞ」
「じゃあ動ける部隊を寄越せ、志願を募るから集まった奴に優先して出撃準備をさせれば良い!」
「それは、少数であれば不可能ではありませんが……」

 それは無茶だとハルバートンはカガリを止めにかかる。幾ら弱体化したとはいえ、プラント本国にはまだそれなりの部隊が残っている筈だ。そんな所に少数で飛び込んだら返り討ちにあいかねない。
 そんな無茶な作戦に1国の元首を行かせたとなれば国際問題になりかねない。だからハルバートンは彼女を止めようとしたのだが、アズラエルはそんなハルバートンに無駄だと言った。

「無駄ですよハルバートン提督。彼女はウズミ氏譲りの頑固な性格でしてね、一度決めたら梃子でも引きません。ねえユウナさん?」
「勘弁してください、アズラエル理事」
「ですが理事、彼女はオーブの代表なのですぞ。そんな方に少数で突っ込めと言われるのですか?」
「まあ、まずは志願者を募るとしましょう。志願者は纏めてひとつの部隊として再編成され、アスハ代表の指揮下に置かれる。諸提督方もそれに異論はありませんかね?」

 アズラエルの言葉に各国の最高指揮官たちは顔を見合わせ、そして渋々頷いた。部隊を出すのは嫌だが、何処かで落とし所を探す必要もある。それを考えればこの辺りが妥協点だろうと考えたのだ。
 それを受けてカガリは改めて会議室の全員を見回し、改めて参加者を募った。カガリが主に見たのは小部隊の指揮官たちであり、将官級の提督たちには余り期待していないことが伺える。
 そしてその視線を受けて真っ先に立ち上がった人物を見て、カガリはニヤリと口元をゆがめた。

「第8任務部隊が同行します。既に全艦艇が応急修理を完了していますし、哨戒任務に付いていましたから補給もある程度は受けていますから、すぐに出られます」
「ラミアス中佐、本気かね?」
「はい少将、私はこの作戦には掛けるだけの価値があると信じます。数奇な運命ですが、私もアスハ代表や、代表の周りに集まった人々を見てきましたから」
「……そうか、君がそう判断したのなら、仕方があるまい」

 この戦いの中でマリューは信じるに足る何かを見てきたのだろう。そうまで言うのならやらせるしかない、ハルバートンは頷いて口を閉ざし、他の者を見る。するとマリューに続いていくつかの任務部隊や小部隊の指揮官たちがカガリに同行を申し出てきた。その中にはユーラシアや赤道連合といった国の部隊もある。そしてアルビムと極東連合も協力を申し出てきた。アルビム艦隊の指揮官の隣に座っているイタラが愉快そうな顔で此方を見ている。

「カガリ嬢ちゃんには何かと世話になっているでの、うちからも部隊を出させて貰うぞ」
「我々も、ヤマトとムサシが未だにプラント本土の近くにあります。彼らを迎えに行かなくてはなりません」
「すまない、オーブ代表として礼を言わせてもらう。ハルバートン提督、構わないだろうな?」

 カガリに念を押すように言われたハルバートンは、肩を竦めて頷いた。好きにしろと言うのだろう。それを見たカガリはハルバートンの部下たちにすぐに補給の準備にかかれと指示を出し、ユウナには集まった部隊を急いで再編成しろと命じた。方針が決定して会議場から次々に人が飛び出していく。そんな彼らを見送りながら、ハルバートンはアズラエルに話しかけた。

「理事、失礼ですが、貴方は本当にアズラエル理事なのですかな。少なくとも私の知っている理事はもう少し酷薄な性格だと思いましたが?」
「最近、よく言われますよ。随分甘くなったと。私も彼らの影響を受けたということでしょうね」
「彼らとは、アスハ代表ですかな?」
「いえ、カガリさんだけではありませんよ。そうですね、貴方はSEEDという言葉を聞いた事はありますか?」
「SEED、まあ名前くらいなら。人類の進化する因子、とかそんな物でしたな」
「ええ、そうです」

 アズラエルはハルバートンが知っていた事に少し驚きながら頷き、改めてカガリを見た。カガリは複数の軍人に囲まれてあれこれと話をしている。あんな子供が艦隊を纏めて敵の本拠地に乗り込もうというのだから、目の前で起きているのでなければ何処の映画の話だと聞き返していただろう。
 しかし、結果的に見ればカガリが地球軍を率いてプラントに向かうわけだが、プラントでは結果的にラクスがキーマンとなってパトリック救出作戦が動き出した。そしてカガリの元にはキラやシンがいる。もしかしたらアスラン・ザラもそうかもしれない。SEEDを持つ者が段々と集まってきているようだ。

「ジョークにしては少々出来すぎてますね。本当にSEEDを持つ者が時代を動かすと言うんですか?」

 イタラはそう言っていた。勿論彼はそれが正しいとは信じたくなかったのだが、こうも続いてくると流石に冗談では済まない物を感じてしまう。本当にそんなものが世界に影響を与えてきたというのだろうか。



 出撃が決まって意気揚々とアークエンジェルに帰ってきたカガリは早速医務室に向かって多分眠り姫に付いているだろうシンに朗報を伝えてやろうと思ったのだが、勇んで医務室に入った彼女が目にしたものは、男の意地の張り合いであった。

「ど、どうしたんだいアスラン、震えてるよ。もうギブアップかい?」
「ふん、何を言ってる。お前こそ今にも倒れそうな顔をしているじゃないか」
「何を言ってるんだい、まだまだこれからさ」
「俺だってまだ余裕だぞ」

 キラとアスランは未だに空気椅子を続けていた。既に顔は真っ赤で体はプルプルと震えている。頭に載せたコップの水も波打っているが、未だに零してはいないようだ。
 馬鹿もここまでこればいっそ立派と言うべきか。カガリは呆れた顔で2人を交互に見やったあと、匙を投げるように両手を肩の高さで左右に開いていた。もう好きにしろと言いたいのだろう。




後書き

カガリ プラントはどうした?
ジム改 次に持ち越した、許せ。
カガリ ええい、情けない奴め。
ジム改 かくしてカガリの指揮で艦隊はプラントに向かう事になりました。
カガリ ふ、遂に私が艦隊司令官か、悪くないな。
ジム改 でも数が少ないけどな。
カガリ それでも1個艦隊くらいにはなるだろ。
ジム改 いや、2個艦隊規模かな。でも寄せ集めだから数ほど強くは無いけど。
カガリ それでも気分的にはOKだ。オーブじゃこんな大艦隊は指揮できないからな。
ジム改 まあ金持ちというだけで大規模な艦隊を編成する人口は無いからな。
カガリ ところで、プラントにはどれくらいの戦力が残ってるんだ?
ジム改 実はまともに戦えるのはボアズの生き残りくらいで、後は雑魚。
カガリ 何でそんなに弱い?
ジム改 戦える戦力の大半はボアズに集中していたから。あそこを抜かれたらプラントに勝機は無いのだ。
カガリ それでも戦う気なんだな。
ジム改 戦争はどうやって終らせるかの方が難しいもんなのだよ。
カガリ 無条件降伏なんてやったら洒落にならないしな。
ジム改 そういうこった。それでは次回、最後の戦いの準備に入るプラント、エザリアは評議会にシーゲル・クラインを呼び寄せる。ユウキたちは作戦を決行し、それぞれの仕事に散っていく。そしてカガリ率いる艦隊がプラントに姿を現す、プラントの命運を掛けた戦いが遂に幕を開ける事に。次回「明日の為に」で会いましょう。

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