第187章  明日の為に


 

 地球軍が迫るプラントではザフトが本土決戦の準備を進めていた。警察と地上部隊が民間人のシェルターへの避難誘導を進め、僅かでも生き残る確率を上げようと最後の足掻きをしている。だが地球軍の攻撃の目的がもしプラントとそこの住人の完全な殲滅であれば、シェルターなどなんの意味も無い。核兵器の無差別使用をされれば脱出の暇もなく消し飛んでしまうからだ。
 既にボアズに対する光学による監視は開始されており、彼らが動き出せばすぐにこちらに伝わる事になっている。既にその中の一部に出撃準備の動きがあることは掴んでおり、観測データから予想される数はボアズに集まっている地球軍全体からみれば僅かであったが、それでも本国に残存するザフト艦隊の2倍近い大軍だろうと推察されている。
 MSの数の差は本土配備の部隊を加えられるので此方が勝るだろうが、その多くは未熟であったり、あるいは地上から上がってきて未だ宇宙戦に不慣れという理由でボアズ戦に参加させなかった部隊であり、ボアズに集めていた精鋭部隊を撃破した地球軍相手に役に立つとは思えなかった。
 この状況下にあって、最高評議会はこれからどうするかで意見が割れていた。徹底抗戦して奴らに最後の意地を見せてやろうと主張するものと、屈辱に耐えてでも未来に希望を残すべきだと主張する者とにである。
 もはや勝ち目が無い事は誰にも分かっていたが、それでも中々意見は纏まらなかった。プラント建国の元勲たちを相次いで失った今の評議会には負け方を知らない若い議員ばかりが残り、戦争を終わらせる道を見つけられなかったツケがここにまで来てしまった。

 この事態に陥って、遂にエザリアは決断をした。ラクスのクーデター以来ずっと監禁していたシーゲル・クラインを釈放し、評議会に呼び寄せたのだ。前任者に現職が頼るなど情け無い話しではあったが、もはやそんなことを言っていられる状況ではない。
 評議会に現れたシーゲルはかなりやつれてはいたものの、議長をしていた頃の堂々とした風格は未だに失われてはおらず、衰えたという印象を周囲に与えはしなかった。席に腰を降ろしたシーゲルは円卓を見回し、そこにジェセックとグルードの姿が無いのを見て2人はどうしたのかとエザリアに聞いた。

「ジェセックとグルードはどうした、リコールでもされたか?」
「いや、連絡が取れないのだ。どこかで事故なり事件なりに巻き込まれたか、あるいは逃げ出したか」
「ジェセックは逃げ出すような腑抜けではない、何か意味があるのだろう。それより、今の状況を説明してくれないか。一体どうなっているのだ?」

 シーゲルに請われてエザリアは目でユーリ・アルマフィを促し、ユーリは立ち上がって現在の状況を簡潔にシーゲルに説明した。だがそれを聞き終えたシーゲルは怒りに顔を高潮させ、両手を円卓に叩きつけて罵声を放った。

「一体貴様らは何をしていたのだ、ボアズが敵の大攻勢を受けて陥落し、頼みのジェネシスは修理中だと!?」
「お、落ち着いてくださいシーゲル・クライン!」
「黙っておれカナーバ。私が収監されて半年、その短期間でどうしてこんなに状況が悪化しているのだ。貴様らはどういう戦争指導をしていた!?」
「奴らの戦力回復のペースが此方の予想を遥かに上回っていたのです、敵の畳み掛けるような攻勢に我々は押し切られたのです」

 カナーバに続いてカシムが苦し紛れのような言い訳をしたが、そんなことは理由にならない。戦争指導をしていたのは評議会であり、エザリア議長なのだ。敗戦の責任は全て彼らにある。しかし、自分やパトリックが指導していた頃はどうにか優勢を確保していたというのに、この短期間で本国まで攻め込まれているとは、一体これまで何をしていたのだろうか。

「それで、私を司法局の分厚い壁の中から出してくれた理由は何なのだエザリア?」
「貴方の知恵を貸していただきたいのですシーゲル・クライン、貴方ならこの状況でどう立ち回りますか?」
「どうするかだと? ふん、この状況下で打てる手など1つしか無い。今すぐ地球軍の使節を送り、講和を申し出る事だ」
「それではプラントは失われます!」
「では聞くが、勝ち目があるのか。今の本国の戦力ではボアズの敵艦隊に勝てはしまい!?」

 シーゲルは声を荒げて居並ぶ議員たちを睨みつけ、エザリアに罵声をぶつけた。その声に対して言い返せる者は1人も居なかった。少なくともシーゲルが指導していた頃は優勢であったのに、その優勢を失わせたのは自分たちなのだ。
 だがエザリアは簡単に講和は出来ないとシーゲルに告げた。既にジェネシスを使用して地球軍に大きな被害を与えているし、地球からの撤退戦ではBC兵器の使用などもやっている。もはや彼らが自分たちを許すことは無いだろう。
それにジェネシスの第2射の準備も進めている。これのミラー交換が完了すればジェネシスで敵の主力を叩く事も、月基地を潰す事も、地球に向ける事も出来るのだ。そうすれば奴らも動く事が出来なくなり、話し合いを行うことも出来る筈だ。
地球の人類そのものを人質に取れるというエザリアの作戦は狂気の産物としか思えないものであったが、追い詰められた指導者が陥りやすい陥穽だとも言える。エザリアは敗戦という現実を前にして完全に自制心を失ってしまったのだろう。
当然ながらシーゲルはこの暴挙を諌めたが、エザリアは聞こうとはしなかった。もはやこれ以外に奴らを止める術は無いと言い切り、その後に講和を結ぶという戦略に固執したのだ。




 クルーゼは不機嫌であった。ここに来て微妙に予定を狂わせかねない不安要素が次々に出てきたからだ。プラントに帰還したクルーゼはアスランとミーアの脱走を許し、更に追撃にも失敗したゼムを問い詰め、何故こうなったのかを説明させた。ゼムは苦し紛れのような言い訳をしていたが、それはクルーゼを満足させることは無く、激しい罵声を浴びせられてすごすごと引き下がっている。
 更にクルーゼはアスランを巡る騒動の中で彼を助けた人間が居る事に気付いていた。アスランを巡る騒動に関するデータを自分で確かめたクルーゼは、アスランの逃亡から脱走に至るまでの経緯のおかしさにすぐに気付いたのだ。途中までは闇雲に逃げていただけなのに、いきなり危険を犯して宇宙港を目指し、閉鎖されていた港にあった登録外のシャトルを使って脱出してみせた。しかもシャトルには戦闘可能な状態のジンが搭載されていたという。
 アスランが用意していたのならば最初から宇宙港に逃げていた筈だ。となればこれは別の誰かが用意した物で、アスランに渡したという事になる。プラントの中には自分の情報網に引っかからない組織があるとでもいうのだろうか。
 だが、一体何者が組織したというのだ。しかも自分にその存在を秘匿してのけたとは、余程のやり手が組織を纏めているということを意味している。
 ここに着て新たな不安要素が出現した事にクルーゼは不機嫌であったが、それを表に出さないように努めていた。その仮面の下に隠されたクルーゼの表情を読み取れる者など居ないと言って良かったのだが、流石にこの男までは騙せなかったようだ。そう、パトリック・ザラまでは。
 パトリックは長い軟禁生活でだいぶ憔悴した様子はあったが、その瞳に宿る力強さは以前とて変わっておらず、肉体の消耗とは裏腹にその精神は些かの衰えも無いことが感じ取れる。その威圧感は入室したクルーゼが一瞬怯んだほどである。

「どうしたクルーゼ、えらく機嫌が悪そうだが?」
「いえ、そんな事はありませんよ。もうすぐ地球軍がプラントに雪崩れ込んできますしね」
「そうか、いよいよプラント最期の時が迫ったか。だが、それではお前の希望は叶いそうも無いな。プラントの完全敗北終るのではないか?」
「そんな事はありませんよ、もうすぐジェネシスの第2射の準備が整います。それを地球に向ければ、全ては終わりですよ。直接被害で地球の半分は焼かれ、残りも多量のガンマ線で放射化した世界で滅び去ります」
「そうか、全ては予定通りか。だが何故かな、私には貴様が喜んでいるようには見えん。むしろ前よりも追い詰められているように見えるぞ?」

 パトリック・ザラの問い掛けに、クルーゼは苛立ちを隠そうともせずに彼に近づくと胸元を掴み、そのまま締め上げるように持ち上げた。

「あまり余計なことを言わないで貰おうか。自分が私に生かされているだけの存在だという事を自覚した方がいいぞ、パトリック・ザラ」
「……ふむ、では黙るとしよう。飼い主を怒らせてはエサが貰えなくなってしまうからな」

 パトリックが口を噤んだのを見てクルーゼは手を離し、そして口元を引き攣らせながらパトリックにアスランが脱走したことを告げた。

「アスランがプラントから逃げ出しましたよ、追撃部隊を振り切って地球軍に投降したようです」
「ほう、あいつがな」
「困ったご子息ですな、最後の最後で臆病風に吹かれるとは」

 そういってクルーゼは部屋を出て行こうとしたが、最後にパトリックを振り返り、嘲るような笑みを浮かべた。

「それでは議長、最期の時をお楽しみ下さい。このプラントが核の炎の中に消えていくまでの、僅かな時間をね」

 そういい残してクルーゼは出て行ったが、その扉をじっと見ていたパトリックは一度目を閉じ、そして視線を窓の外に向けて呟いていた。

「最期の時、か。それはどちらの時間なのだろうな、クルーゼ」

 クルーゼは間違いなく焦っている。自分の所に突然やってきたのも内心の動揺を押さえきれなかったからだろう。少なくとも自分が知っているラウ・ル・クルーゼはあんな男ではなかった筈なのだが、自分が軟禁されている間に随分と変わったものだ。まるで敗者のような様になっている。
 そして、アスランが脱走したという話を聞いてもパトリックは全く動じていなかった。彼は自分の息子が仲間を裏切ったり、命を惜しんで逃げ出すような卑怯者では無いと良く知っていたから。

「あいつめ、一体何を考えているのやら」

 まさかただ巻き込まれて逃げるしかなくなっただけ、という事までは想像できず、パトリックはあの馬鹿息子が何を考えて逃げ出したのだろうと暫し考え込んでしまった。やることが無い彼には考える時間だけは腐るほどあったので、こんな風に考え込んでしまう癖が付いてしまっていたのだった。





 地球軍がプラントに迫る中で、誰も知らない計画もまたスタートしていた。プラントの地下に集まったレジスタンスはパトリック救出作戦を実行しようと準備をしていたのだ。集まっている人数は思いの他多く、50人ほどにもなっている。全員がアサルトライフルや軽機、ミサイルランチャーなどで武装している。他にも銃こそ持っていないがジェセックなどの姿もあった。
 ユウキも自らライフルを担ぎながら彼らの前で計画の実行を伝えた。

「遂に決行の時が来た。我々の目的はクライン邸に軟禁状態にあるパトリック・ザラ議長の救出と、政権の奪還にある。ザラ議長に再び評議会を束ねて貰い、地球連合との戦いをまず休戦に持ち込むこと、それがこの作戦の最終的な目標だ。ザラ議長の健在を地球軍に示せば彼らは攻撃を中止する手筈になっている。此方の戦力は少ないが、プラントに住む2000万の人命を救う為にも頑張って貰いたい」

 ユウキは全員の顔を1人1人見ながらそう締めくくり、場所をジェセックに譲った。

「まず君たちにはこんな無謀な作戦に参加させる事を詫びさせてくれ。そしてこの作戦にプラントの存亡がかかっている事を理解して貰いたい。私はこれから評議会に戻り、パトリックが救出された時に評議会を先導する為に備える。ここに居ない仲間たちも自分の仕事の為にそれぞれの場所で待機している筈だ。だから君たちも仲間を信じ、最期の希望を掴み取る為に全力をつくしてくれ。以上だ」

 ジェセックの演説が終ると同時に兵士たちが一斉に敬礼を返し、作戦が遂に発動した。作戦の指揮はユウキが直接取り、アルビム連合から送られてきた兵士とユウキが集めてきた信頼の置ける兵士たちが彼に従ってクライン邸に突入する事になる。
 だが、その中にどう考えてもおかしな人間が混じっていた。兵士から何やら銃の使い方を教えて貰っているラクス・クラインだ。ジェセックは何やら疲れたような顔でラクスに本当に行く気なのかと問いかける。

「ラクス嬢、もう一度聞くが、本気で行く気なのかね?」
「はい、この件は私にも大きな責任がありますから。それに、最期まで見届けたいのです、この戦いの結末を傍から」
「……君のそういう頑固な所は、父親に良く似ているな」

 説得は無理だと悟ったのか、ジェセックはそれ以上は何も言わなかった。代わりにグルードに対して幾つかの指示を出した。

「グルード、君はユウキ君と共に行け。パトリックがそのままTVに出ても疑う者が出るだろう。だが君が隣に居れば箔が付く、それは信用に繋がる筈だ」
「分かりました。ですが、評議会の方はジェセック議員お1人で大丈夫ですか?」
「案ずるな、何とかしてみせる。それに私より君の方が危ないのだぞ」
「お気遣いは無用です、これでも軍事訓練を受けた経験もありますので」

 グルードは笑いながら自分のライフルを軽く叩いた。彼はパトリックの熱心なシンパで常に軍服を着ているような男であるが、その外見の通り軍人としての訓練も受けていたりする。そうでなければ流石にユウキと共に突入部隊に加わったりはしないだろう。
 今回の作戦では畳み掛けるようなハッタリが勝負だ。周囲を自分のペースに引き込み、流れを自分たちに引き摺り込んでプラントの民衆とザフトこちら側に付かせる事が肝だ。その為には評議会の議員がパトリックの傍で彼に従って見せるパフォーマンスも必要となる。
 そしてユウキがグルードとラクスに装備一式が装着された防弾ジャケットを渡し、2人にザフトの動きを説明した。

「ザラ議長の健在を公表すると同時にアンヌマリー隊長らの、こちら側の指揮官たちが一斉に離反しこちら側に付く事になっています。そうすれば迷っている連中もこちら側に流れるでしょう」
「地球軍も約束を守っているならばこちら側に味方してくれる。そこでクルーゼがパトリックを誘拐した事などを明かし、奴にこの戦争の責任を押し付ける流れを作り上げる」
「つまり、クルーゼ隊長を悪者にして責任問題を有耶無耶にしてしまおう、という事ですわね」

 ユウキとジェセックの話にラクスがポンと両手を合わせて茶々を入れ、グルードを含む3人を一瞬硬直させてしまった。

「ま、まあ、そうとも言うな」
「ラクス嬢、人事のように言っているが貴女も一応国家反逆罪の罪人の筈だったのですよ。エザリア議長の工作の為に罪そのものが消滅していますが」
「影武者を立ててラクス・クラインは誘拐されて無理やり利用されていた、という事に公式になっていますからねえ。今更実は反逆者でした、とは言えません」

 エザリアがミーアを利用して人心を掌握しようとした過程でラクスの罪状は全て抹消されていたりする。まあ公式発表を考えれば当然の事であり、エザリアはラクスは死んだと思っていたので当然の処置でもあったろう。まさか本人が平然と生き残ってて再びプラントに舞い戻ってきているとは想像も出来ていない。
 そういう理由もあって、パトリック復帰後にラクスの処遇をどうするかではジェセックたちの間でも悩みの種となっていた。少なくとも彼女が地球から連絡員として危険を犯してプラントに戻ってきた事は彼らから見れば立派な功績である。だが同時に彼女の起こした数々の騒動が現在の苦境の一因である事も確かだ。ラクスが奪い去ったザフトの戦力があれば地球からの撤退をもう少し上手くやれたというのがユウキの考えである。
 だが今はそんな事を言っている時ではない。ユウキは咳払いをすると気を取り直して作戦開始を全員に告げ、ジェセックに握手を求めた。

「議員、評議会の押さえはお願いします。私はこれからザラ議長を放送局にお連れ致しますので」
「ああ、頼んだユウキ司令。お互いに全力を尽くそう」

 ジェセックはその手を握り返し、成功を誓い合った。ここまで慎重に慎重を重ねて準備を進めてきたのだ。それも地球連合とさえ話を付けての、地球全体を巻き込んだ壮大な終戦工作である。失敗するわけにはいかない。
 そして彼らはそれぞれの目的地へと散っていった。ある者は議会に、ある者は地下に、それぞれの戦場へと向かっていったのだ。




 プラントの内部蠢く様々な策謀など知りもしないザフトの前線部隊は必至に最後の抵抗を試みるべく準備を進めていた。残り少なくなった機雷が敷設艦によって敷設され、運ばれてきた隕石が障害物として地球艦隊の予想侵攻コース上に置かれていく。こんな物でも射線を妨害する程度の事は出来るのだ。
 これらの指揮をしているのはボアズから残存部隊を撤退させてきたマーカスト提督であった。本国の作戦本部はこの指揮を最初ユウキに任せようとしたが、評議会がハーヴィック提督を押したことで事態が拗れてしまった。結局この騒動は任命された双方がマーカスト提督に指揮を任せたいという希望を出したことで収まり、マーカストは妥協の産物として本国防衛戦の指揮を取る事になった。これは前線部隊が望んだ形でもあり、ウィリアムスがボアズで戦死した今となってはザフト最高の指揮官が彼である事に異論が出なかったのだ。
 マーカストは自分が防衛戦という任務に向いているとは思えなかったが、多くの指揮官が任せてくれるのならばとその大任を引き受け、最期の準備を進めていた。勝てるとは彼も思って居なかったが、せめてザフト最後の戦いを飾るべく全力をつくすつもりではあった。


 この戦いにはジュール隊もヤキン・ドゥーエ駐留の部隊として参加する事になっている。インパルスを失ったイザークにはもはや回される新型機が無く、シグー3型が回されている。他のボアズから後退してきたパイロットたちのMSも機体が全損と判断されてゲイツやシグーに乗り換えた者が多い。最新型のザクウォーリアにはベテランの多くは乗った事が無く、これを使うことは出来なかったのだ。
 ジュール隊はヤキン・ドゥーエ配属の際に再編成され、エルフィとジャック、シホの3人を中心に新たに8機のジンHMがパイロット共に送られてきた。センカは新しい部隊の隊長として転属しており、ジュール隊を離れている。

「アヤセ、この書類をバーンズ隊に回して。あ、こっちもお願い。シホ、弾薬の確保は出来た?」
「エ、エルフィさん、ちょっと待ってください、早すぎますよっ」

 アヤセが書類の束を抱えてパニックを起こしてしまっている。その隣のデスクではオリバーが電卓を叩きながら必至に何かの計算をしているし、シホは内線の受話器を手に相手と言いあいをしている。オリバーとアヤセはジュール隊に配属されていたのだ。
 だが2人は早速エルフィの事務仕事に付き合わされてしまい、その仕事のペースに振り回されていた。何しろ敵が数時間後には来ると予想されていたので、武器弾薬の割り当てさえ纏まっておらず、各部隊による奪い合いの状態になってしまっている。その中でエルフィはその事務処理能力をフルに発揮し、他部隊に先んじて大量の物資を確保して回っていたのだが、その為に他の仲間たちが扱き使われる嵌めになっていたのだ。全ては貧乏が悪いのである。

 そして、この再編と人事で何よりもイザークを激怒させたのはフィリスを本国防衛隊に引き抜かれたことであった。この最終局面で一体何を考えているのかと上層部に詰め寄ったほどである。だがこれはユウキ隊長直々の要請であると言われただけで彼は門前払いされてしまい、イザークは苛立ちを抑えきれない様子で再編された部隊の訓練をさせていた。
 そこにフィリスが転属の挨拶に訪れたのだが、彼女に対してイザークは散々愚痴をぶちまけていた。どうやら相当に上とやりあったようだと分かったフィリスは苦笑を浮かべていたが、すぐに真面目な顔に戻ると彼に重大な要件を告げた。

「隊長、これからお話しする事は内密でお願いできますか。決して外部に漏らさないと約束してください」
「何だ、今更だな。何か隠し事でもあるのか?」
「はい、全てを話すことは出来ませんが、とても重大な事です。隊長、もしアプリリウス1から全域周波数で放送が行われたら、それを聞いて下さい。それはプラントの命運に関わる放送です」
「……フィリス、お前何を知っているんだ。ここ最近のプラントでは妙な事が時々起きるが、それに関係しているのか?」

 ここ最近のプラントではイザークの視点から見ておかしな事が多すぎる。ザラ議長の暗殺に始まってザフトの異常とも取れる地上での暴走、クルーゼのBC兵器使用から本国の異様な空気、評議会のチグハグな行動にラクスの反逆と、その後の彼女の奇跡的な救出劇、そして遂にはアスランがそのラクスを人質に脱走したという。
 アスランがどういう男かはよく知っている。たとえプラントが滅亡の縁に立っていたとしても逃げ出すような男では無い。アスランが脱走したと聞かされたときのイザークがまず疑ったのは、性質の悪い冗談ではないかという事だ。そしてそれが事実と知った後もそれが臆病からではなく、何らかの理由で脱出せざるを得なくなったのではないかと思っていた。今のプラントではアスランという存在はただの厄介者なのは明白であったから。
 フィリスは何かを知っているのではないか。イザークが感じているおかしな事の中にはフィリスの時々見せる不自然さにもある。フィリスは時折妙な不自然さを感じさせる時があり、何かを隠しているような印象を与えていた。これまでは気にしないでいたが、もはやそうも言っていられなくなった。

「フィリス、お前は何か俺に隠してるな。前から時々そんな気はしてたが、一体何を知っているんだ?」
「それは……今は言えません。ですがあと少しで分かるはずです」
「それは俺たちや、プラントを裏切る行為じゃないんだな?」
「それは勿論です、全てはプラントを救う為の行動でした。それだけは信じてください」
「……アスランは、どうなんだ。知っているんだろう?」

 アスランは本当に脱走したのか。その答えをイザークは欲していた。そしてフィリスはイザークが望んでいた答えを返してくれた。

「ザラ隊長は巻き込まれただけで、この件には無関係でした。あの人は注意を引きますから、意図的に外していたんです。今回の脱走も事故に巻き込まれた挙句の緊急避難のようなものでした。ディアッカさんが追撃に出たそうですが、連合の援軍が来て取り逃したそうですよ」
「……まあ、アスランらしいと言えばアスランらしいか。相変わらず不幸に好かれてるようだな」
「はい、私もあの人は祟られてるんじゃないかと思う時があります」
「全くだ、俺に言ってくれればお守りの1つや2つ貸してやるのに」
「いえ、隊長のコレクションだと余計に呪われそうなんですが?」

 イザークの趣味やコレクションの数々には色々と怖い目に合わされて懲りているフィリスは、何で持ち主には被害が無いんだろうかと理不尽さに怒りを覚えていた。実はイザークが何か持ってくる度にザラ隊やジュール隊は不可思議な現象に見舞われてその都度酷い目にあっていたのだが、何故かイザーク本人はその現象に気付くこともなく、なんの被害も受けなかったのである。
 今もイザークは引き出しから五芒星形の石を取り出して、1つくらい厄払いに貸してやるのにとぶつぶつ言っている。それを見たフィリスはまだそんな物を痛くなってきた頭を右手で押さえて深い深い溜息をついた。
 そしてイザークはお守りを引き出しに戻すと、フィリスの目を見て大きく頷いた。

「これまで俺はずっとお前を信頼して、副官を任せてきた。そのお前が言うんだ、信じよう」
「隊長、ありがとうございます」
「……全部片付いたら全員集めて食事にでも行くか。アスランやディアッカも呼んでな」

 イザークは珍しく穏やかな顔でフィリスに敬礼し、フィリスもイザークに最敬礼を返した。そして、必ずまた帰ってくると言い残して彼女もインパルスと共に本国防衛隊へと移動していった。愛用の対物ライフルHMA−102と共に。





 ボアズでは先発するカガリ艦隊の編成が完了し、補給が終るのを待つだけとなっていた。第8任務部隊の各艦も修理を完了し、出撃準備に入っている。だが先のボアズ戦で受けた被害は決して小さなものではなく、戦闘隊隊長であったフラガが負傷して後送され、主力の1人であったシャニが戦死するなどの甚大な被害を受けている。
 特にフラガの後送は大きな問題となり、マリューは新しい隊長を任命する事になったのだが、この件に関しては誰を選ぶのかは迷う必要は無かったのだが、誘うという段階で大きな問題があった。そう、第8任務部隊にはフラガに匹敵する戦歴と実績を持つパイロットなどキーエンス・バゥアー大尉しかいないのだ。
 だが、彼はドミニオンの戦闘隊長でもある。この人事を発令したら彼をアークエンジェルに引き抜く事になるのだ。そうなったらナタルが怒るだろうなあという予想くらいは当然出来た。
 そしてやはりと言うべきか、命令を受けたキースは仕方が無いという様子でアークエンジェルに移ってきたのだが、何故か一緒にランチに乗ってやって来たナタルがどう見ても不機嫌そうな顔で彼の隣に立っているのを見たマリューは顔を引き攣らせてビクッと一歩身を引いてしまった。

「ナ、ナタル、なんでここに?」
「いえいえ、艦長にちょっと話があっただけですよ。別に大尉を引き抜かれた事に対する苦情を言いに来たわけではありません」
「そ、そうなの。それで話って?」
「いえ、ここでは言い難いので艦長の部屋にでも」

 どう見てもキースのことで文句言いに来たのがバレバレなナタルに、マリューはかなり気圧されていた。キースが絡んだ時のナタルは怖い、というのがマリューがこれまでの経験から学んだ事である。
 なにやら黒いオーラを背負ったナタルに引き摺られるようにして行ってしまったマリューを見送ったキースはマードックにコスモグラスパーの点検を頼んだ後、医務室にフラガを見舞いに向かった。
 フラガはベッドの上で暇そうにしており、やって来たキースを見て嬉しそうに上半身を上げて手招きしてきた。

「よお、来てくれたか」
「少佐の後任にされましたよ、全く迷惑な話です。今頃艦長はナタルに散々に愚痴を言われてますよ」
「そりゃ俺のせいじゃない、と言いたいが俺のせいかなあ」

 フラガが困ったなあと右手で後頭部を掻いている。この後多分マリューから愚痴を言われ続けるという運命が待っているのだろう。だが、キースは少し真面目な顔をするとフラガに体の方は本当に大丈夫なのかと聞いた。

「おやっさんに聞きましたよ、原子炉から漏れた放射線がコクピット内にまで届いていたって。幾らパイロットスーツを着てたとは言っても、なんの影響も無かった訳が無いんですから」
「……ああ、まあ軽度の被爆だな。命に別状は無いし、早期に治療すれば後遺症も残らないレベルだよ。これから地球に戻って病院にぶち込まれて、退屈な日々を送るのさ」
「それくらい我慢してください。たく、こんな時でも口が減らないんだから」

 キースはフラガの元気さに呆れたような顔になり、そしてポケットに入れていた物をフラガに放った。それを両手でキャッチしたフラガはそれを見て不思議そうな顔をしている。

「キース、こいつは?」
「センチュリオンに付けてあったエンブレムだそうですよ。カタストロフ・シリーズは特別製で個別の物が作られたそうで。あれ、修復不可能で廃棄される事になったんです。それでアレのただ1人のパイロットだった少佐に記念だからって整備班からのプレゼントだそうで。放射化はして無いそうですから持ってても大丈夫ですよ」
「本当だろうな、実はガンマ線出したりしてないよな?」
「まあ多分大丈夫ですよ」

 そんな事を言われても俺は知りませんよ、と答えるキースにフラガは本当に大丈夫なのかと不安そうな顔で受け取ったエンブレムを見ていた。そして暫くそれを手のひらでもてあそんでいたのだが、それをサイドテーブルに置くとキースに後を頼んだ。

「悪いが、あいつらを頼むわ。ここまで生き残ったんだ、このまま地球に帰してやらないとな」
「分かってますよ、キラたちを巻き込んだのは俺たちですからね。責任は取らないと」
「あと、アークエンジェルも頼む。これから先は俺がマリューを守ってはやれないからな」
「いや、その話だと俺はナタルの居るドミニオン優先なんですけど?」

 そんな話まで持ってくるなよとキースは呆れた顔で上官に突っ込みを入れていた。




 最後の調整を終えてカガリはクサナギに戻ろうとしていた。随員として同行していたユウナの他にアズラエルやイタラ、アスランの姿もある。彼らはこれからプラントに向かうために上層部と最期の話し合いを終えて宇宙港に戻ろうとしていたのだ。

「しっかし、よくこんなに早く再編成が終ったよな。半日はかかると思ってたぞ」
「はっはっは、この僕が急げって言ったんですよ、当然じゃないですか。遅れたら何人かの未来が閉ざされてたところです」
「宇宙港で必至に指示出してた奴らか。お前って奴は」

 そんなことで権力乱用するなよとカガリは言ったが、ある意味何時もの事なので今更驚きは無かった。ユウナもやれやれという様子で、呆然としているのはアスランだけだ。

「ああ、気にしないでくれザラ校長、理事はこういう人なんだ」
「そ、それは前にお会いした際に分かってはいますが、ブルーコスモスの盟主がこんな軽い性格だとやっぱり違和感が拭えません」
「ほっほっほ、まあ伝え聞くイメージだけじゃとそうじゃろうな。じゃが安心せい、こいつは伝え聞くとおりの立派な極悪人じゃ、このイタラが保障してやるぞ」
「イタラさん、立派な極悪人ってなんですか?」

 それは褒めてるのか貶してるのかどっちだよと聞き返すアズラエルにイタラは褒めとるように聞こえたなら耳鼻科に行く事を進めている。それを聞いたアズラエルが頬を引き攣らせているが、反論はしないところを見ると本人も良く分かっているのだろう。
 だが、アスランにはどうしても腑に落ちないことがあった。何故アズラエルやイタラがプラントを助けようとしてくれるのだ。カガリもオーブを一度滅ぼされているのに、どうして無理をしてくれる。今の地球の惨状を考えればプラントに対する報復は当然だろうに。幾ら利益のためとは言っても、信じがたいものがある。
 そんなアスランの戸惑いなど気付くことも無く、アズラエルはカガリにとんでもない提案をしていた。

「そうです、どうせならパトリック・ザラの救出戦に息子さんにも参加して貰いましょうか」
「何だそりゃ?」
「絵になると思いませんか、囚われの父親を助けに息子さんが軍隊引き連れてやってくるなんて定番でしょう?」
「定番というより茶番だろそりゃ?」

 だが悪くは無いと思ったのだろう、カガリは少し考えて、ユウナにそういえばと声をかけた。

「そういえばクローカーが変なの持ち込んでたな、ジャスティスを改造した奴」
「ああ、オーブで拾った残骸をベースに組み上げたジャスティスのジャンクの事だね、確かまだ起動テストに成功して無いって聞いてるから、使えるかどうかは分からないよ」
「後ろで突っ立ってれば良いさ、それくらいなら出来るだろ」
「まあ出来るとは思うけど、クローカー博士がそんな欠陥品を使わせてくれるかなあ」

 クローカーもコーディネイターだ、やはり完璧主義というか、独特のプライドを持っている。彼女は彼女なりに自分の作品に対するポリシーのようなものがあり、欠陥品を誰かに使わせる事を良しとはしない。少なくともすんなりとは使わせてはくれないだろう。

「まあ、その辺は私から直接話すさ。それで良いか、アスラン・ザラ?」
「え、ええと……ジャスティスを修復したということですか?」
「ああ、そういう事だ。オーブに何機か転がってたし、宇宙での戦いでも何機か拾ってたからな。そのジャンクをクローカーが集めて使える機体を仕上げようとしたんだ。まあザフトの核動力機の研究用に使えそうだったんで許可したんだけどな」
「クローカー博士が作ったジャスティスですか、それは是非見てみたいですね。キラのフリーダムのように強化されているんですか?」
「ああ、それはどうかなあ。アレの改修をやったのもクローカーだけど、どっちかって言うと一点強化型になったからなあ」

 デルタフリーダムは砲撃力を極端に強化した、現在の世界では最強の砲撃用MSとなっている。その主砲であるエグゾスター粒子ビーム砲は既存のMS用火器を圧倒する破壊力を持っている。
 あの方向性でジャスティスを改造されたら、ヴァンガードのような超接近戦型MSが出現するのではないだろうか。それを聞かされたアスランは少し考えさせて欲しいと迷いをこめて答えている。実はアスランはバランスの良い汎用機を好むタイプなので、そんな一点特化型は好きではないのだ。


 とりあえず皆でそのジャスティスを見に行く事にしたカガリたちであった。だがクサナギが係留されている埠頭にやって来た彼らは、そこでクサナギからアサギらのオーブの女性パイロットたちとなにやら話しているフレイと出会った。

「あれ、何してるんだフレイ?」
「あ、カガリ。ちょっとガーディアンエンジェル隊の現状を聞きにね。何時の間にか数増えてて驚いたわ」
「フレイが居なくなった後、私とマユラを隊長に2個小隊に拡張されて中隊編成になったからね。もっとも、腕はまだまだだけど」

 アサギが部下たちを振り返って苦笑を浮かべている。彼女たちはオーブ本土奪還後に戦力化された新人パイロットたちで、フレイがアークエンジェルに移動した後に再編成されたガーディアンエンジェル隊に配属されてきたらしい。元々ガーディアンエンジェル隊はカガリ直属の近衛隊のような部隊であり、今回はカガリがオーブ軍を率いて宇宙に出るという事から規模を拡大され、クサナギの配属とされた。
 一応オーブの女性パイロット候補生の中から優秀な者を選抜したということであるが、女性パイロット自体が少ないので選抜したと威張れるほど優秀ではなかったりするのだが。
 オーブではヘリオポリス事件から軍に志願する者が増えていたのだが、特に本土奪還後には大勢が軍に流れ込んできた。オーブは平和ボケしていたが、流石に自分たちに危害が及べば目が覚める者も出てきたのだ。
 勿論今でもオーブの理念を声高に叫び、連合と同盟を結んでプラントに攻め込んだカガリを激しく糾弾する者も多い。特にマスコミや知識人などにその傾向が強く、TVや新聞は総出でカガリを責め立てていた。もっともこの動きにはウズミ政権時代の厳重な報道規制に対する反発も入っているのであるが。
 ただ国民の多くは国土を奪還したカガリを支持しており、今のところ内政には影響は及んではいなかった。国家反逆罪で軟禁状態に置かれていたホムラの再起用も事前にユウナが行っていた裏の事情のリークのおかげか、反発は少なかった。

「そろそろお昼時だし、アークエンジェルに帰ろうと思ってね。ミーアさんを食堂に案内しないといけないし」
「ミーア・キャンベル、あのラクスの偽者だよな。あいつはこれからどうするんだ?」

 カガリはアスランを振り返ってどうするのかと聞いたが、問われたアスランもこれについては困り果てるしかなかった。

「分からない、現政権が続いていたらプラントには戻れないが、仮に父上が復権しても微妙な立場に置かれる事になる。多分、彼女にはもうプラントに居場所は無い」
「やっぱそうだよなあ。となると、どうするかだよな」
「まあその辺は彼女の希望に沿うとしましょう。亡命を希望するならそれで良いですし、プラントに戻りたいなら方法が無い訳でもないですから」

 アズラエルが彼女の希望を聞いてからその辺は考えようと言い、他の連中も頷いてこの件は後に持ち越しとなった。そしてアスランがミーアを艦から降ろしてボアズに置いておいて貰えないかとアズラエルに頼むと、アズラエルは軍に言って部屋を確保させることを約束した。

 

 彼らが案内されたクサナギの格納庫では1機のジャスティスがベッドに固定された姿で佇んでおり、現在も数人の作業員がメンテナンスハッチを開けて何かをしている。外観上でも変化があり、ジャスティスを元に地球軍の技術で強化を施された改修機であることが一目で分かる。
 カガリたちがやってきたのを見たクローカーは作業の手を休め、どうしたのかと声をかけてきた。

「カガリ様、一体何事ですか?」
「ああクローカー、実はこいつを使わせて欲しいんだ」
「アヴェンジングエンジェルをですか?」
「また随分と物騒な名前だな。そのジャスティスモドキをこいつに使わせて欲しいんだ。政治宣伝として格好のネタだからな」
「……アヴェンジングエンジェルです。それは構いませんが、これはまだ起動テストにも成功したことが無いガラクタですよ。今からテストしても動くとは思えません」

 クローカーが困った顔でカガリとユウナに説明している。だが、そんな説明など興味無しという様子のアズラエルとイタラはアスランにとりあえず乗ってみたらどうだと勧めていた。持ち主の意向を無視して好き勝手やってるこいつらやクローカーに食って掛かっているカガリ、そしてそれを宥めているユウナを見たアスランは、何処に行っても世の中はこういう連中で満ちているんだなあとしみじみと感じてしまっていた。
 そしてまあ結局の所、カガリが言い出したらユウナでは止められる筈も無く、クローカーもユウナが押し切られたのを見て渋々アスランによるテストに同意した。アスランはあまり乗り気ではなかったのだが、やはりコクピットに入ればパイロットの血が騒ぐのか、早速起動シークエンスに入った。コクピット内の配置がザフト製のそれと同じである事にアスランはすぐに気付いた時、クローカーの声が通信機から聞こえてきた。

「どう、使い方は分かるわよね?」
「ええ、ザフトのMSと基本レイアウトが同じですから。これはオーブ製じゃないんですか?」
「ええ、違うわ。フリーダムを改修する際にコクピットブロックも載せ変えたんだけど、その時の余り物を組み込んだのよ。残念ながら拾ったジャスティスは全部コクピットが破壊されていてね」
「それは、MS戦ではコクピット狙いは常套手段の1つですから当然ですよ。でも、フリーダムの改修って何の事です?」

 何だかデジャブのようなものを感じながらアスランは起動シークエンスを完了してみたが、何故か起動はしなかった。手順は間違っていないのにおかしいなと思ったアスランであったが、クローカーが話してくれた内容でその意味が理解できた。

「キラ君のデルタフリーダムよ。何でかあのフリーダムも不安定でね、コクピットシステムを丸ごと載せ変えてようやく安定したの。まあ試作機だっていう事だから仕方が無いんでしょうけど」
「……キラのフリーダムって事は、ひょっとして?」

 何故か不安定だった試作機のフリーダム、それを聞いたアスランの脳裏には天啓の如く全ての事情の答えが浮かんだ。デジャブを覚えたのも当然だ、このコクピットは自分の遣っていたジャスティスと同じ物なのだから。
 それでこれが動かない理由も分かった。これがアレと同じだというのならば、同じ欠陥を抱えているに違いない。アスランはコクピットの中を探し回り、自分が座っているシートの裏側に固定されているバールを見つけることが出来た。それを手に取ったアスランは、懐かしささえ感じながらクローカーに今から起動させると伝えた。

「今からジャスティスを起動させます、気を付けていて下さい」
「今からって、どうやって動かすの?」
「これを動かすにはコツがいるんです」

 そういってアスランは適当な場所めがけて適当な力加減でバールを叩きつけた。その音を聞いたクローカーは吃驚して何をしたのかと大声を上げたが、その直後に計測機器を担当していた整備兵たちが驚きの声を上げた。

「これは、ジェネレーターが起動しました!?」
「そんな馬鹿な、各システム正常に起動中、アヴェンジングエンジェルが動きました!」
「そんな、どうして急に?」

 今まで動かなかったジャスティスが何故、と疑問を口にするクローカーにアスランはバールの事は言わない方が良いだろうなあと考えていた。過去の経験上、この手の科学者とか技術者は自分の常識外の事態に直面するとパニックを起こしたりするからである。
 だが、まさかまたこんな機体に乗る事になるとは、何で自分はこういう欠陥品にばかり縁があるんだろうと、我が身の星回りの悪さに今更ながらに肩を落としてしまった。

「あれかな、やっぱり赤ってのは縁起が悪いのかな。これからは緑をパーソナルカラーに変えてみるかな」

 これで出る時は期待を緑に塗ってみようかなと考えながら、アスランは期待のチェックを進めていった。彼がPS装甲に色は塗れないという事に気付くのは、機体を降りて装甲がダウンした時であった。




「そうなんだ、プラント政府の要請でラクスの代わりをしてたの」
「ええ、私もアイドルってのに憧れてたから、ラクス様の代わりなら夢が叶うと思って引き受けたの」
「気持ちは分かるわね。でも、それじゃあこれからどうするの。流石にプラントには戻れないんでしょ?」
「多分、戻っても殺されると思うから。帰る場所も無くなっちゃった」
「じゃあ、オーブに来ない。私からカガリに頼んで身分とか全部偽造して別人として生きれるようにしてあげるから。住む所が決まるまでは私の家に止めてあげるわよ」

 フレイはミーアを食堂に案内する傍ら、彼女にラクスの偽者を演じていた経緯について話を聞いていた。ミーアが語った内容はまあおかしな物ではなく、たんに支持率が落ち目のエザリア政権が人気取りの為に始めただけなのだろうということも容易に察することが出来る。
 そしてフレイは彼女にこれからの身の振り方を尋ね、その気があれば自分が支援すると申し出ていた。それを聞いたミーアは意外そうな顔をし、そしてどうしてと聞き返してきた。

「どうして、そんなに親切にしてくれるんです。私コーディネイターなのに?」
「う〜ん、コーディネイターだっていうのは、昔は気にしてたけど今じゃどうでも良くなってるから。コーディネイターって変な人ばっかりだし」
「へ、変な人?」
「そう、キラやアスランなんてゴキブリ並みにしぶといし、イザークたちは天然馬鹿だし、イタラお爺ちゃんはスケベだし、シンは重症のシスコンだし、まともな人の方が少ないかなあ」

 それはフレイの環境がおかしいとミーアは思ったが、突っ込む前に2人は食堂に付いてしまった。食堂では最期の食事を楽しもうと大勢のクルーが集まっており、フレイは中をきょろきょろと見回して仲間たちを見つけるとミーアの手を引っ張ってそちらに向かった。

「居た居た、探しちゃったわよ」
「遅いよフレイ、早く持ってこないとメニュー全部なくなっちゃうからね」

 カズィが列を指差してはやく並んだ方がいいと勧めてくる。それを見たフレイはミーアを先に座らせると急いで列に並んだ。
 そして取り残されたミーアは不安そうな顔で座っている周囲の連合軍人たちを見たが、彼らはミーアの顔を見て何やら首を捻っていた。

「う〜ん、やっぱ似てるよなあ」
「確かに、ぱっと見じゃ区別つかないよなあ」
「良く見えるとラクスさんより髪が少し癖っ毛ね。それに……」

 サイとトールが感心したように頷いている隣で、ミリアリアがじーっとミーアの胸に強烈な視線を向けていた。その視線に気付いたミーアが両手で胸を隠しながら身を捩って視線を避けようとするが、ミリアリアの強烈な視線に変化は無かった。そしてその視線は今度は帰ってきたフレイの胸にも注がれ、フレイはどうしたのかと首を傾げている。

「ど、どうかしたミリィ、何だか邪な視線を感じるんだけど?」
「フレイ、あんたの胸また大きくなってない?」
「そ、それは今が成長期なんだから……」

 いきなり何て質問をしてくるのだとフレイは顔を赤くしてしまったが、ミリアリアはフレイの抗議など全く聞いておらず、涙目でトールの方を見て感情の赴くままに喚き立てだした。

「大体この艦はおかしいのよ、ナタルさんも大きいし、艦長なんてシリコン入れてるとしか思えないわ。フレイは年下なのに私より大きいし、ステラだって絶対に大きくなるわよ。そして今度はラクスの巨乳なそっくりさんですって、何よこれ私に対する当てつけ、挑戦? 良いわよ、胸の大きさが戦力の決定的な差じゃないてことを教えてやるわ!」
「ま、待てミリィ、そんな事を食堂で言うんじゃない」
「トール、トールは大きさなんて気にしないわよね?」
「い、いや、無いよりはあった方がグハッ!?」
「トールの裏切り者――!」

 強烈な右ストレートで恋人を撃沈してミリアリアはいじけながら自分のトレーに残っているマッシュポテトをフォークでザクザクと突き刺していて、向かい合うように座っていたサイとカズィとキラが威圧されたかのように縮こまって肩を寄せ合っていた。

「あ、あのミリィさん、そんなに気にしなくても……」
「よせキラ、今声をかけたら危ないぞ」
「そうだよ、あのミリィの目はヤバイって」

 トールの無残な姿を見ながら、男どもは情け無いことを口にしながらそれ以上ミリアリアを刺激しないように気配を殺しながら残りをそそくさと口に掻き込んでいた。そしてフレイは目を丸くしているミーアを見て、くすくすと笑い出していた。どうやら彼女にとって、この艦の中は驚きと新鮮さに満ちているようであった。




後書き

ジム改 遂に出撃するカガリ艦隊、遂にプラント本土が決戦場になるぞ。
カガリ いよいよラストだ、最終決戦だな。
ジム改 お前らが頑張ってジェネシス食い止めないと地球は本当に終るぞ。
カガリ プレッシャーかけるなあ!
ジム改 でも事実だ、ちなみにステラの命もかかってるので時間も無い。
カガリ でもプラントを救えるのは私たちじゃねえぞ!
ジム改 だから皆で頑張らないといけないんだ、誰かが失敗したらそこで終る。
カガリ SEED持ちでも目の前のことしか対処出来ないんだな。
ジム改 人間は神様にはなれないのだよ。
カガリ じゃあキラとかアスランの不死身は何だ?
ジム改 アレはギャグ体質だから。
カガリ ギャグに逃げるなあ!
ジム改 それでは次回、出撃するカガリ艦隊、ザフトもヤキン・ドゥーエに残存部隊を集めて最期の抵抗を試みる。最期の時を前にクルーゼはザルクのメンバーを集めて最期の準備を進める。そしてヘンリーはオーブに移ったというマルキオの家を訪れるが。次回「プラント本土決戦」でお会いしましょう。

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