第189章  俺たちの選んだ道だ


 

 プラントに侵攻したカガリ艦隊と、それを迎え撃ったザフト。ザフトが頼みの綱とした機雷原はカガリが許可した核ミサイルと反応兵器の使用によってなす術もなくまとめて吹き飛ばされてしまい、敵を食い止める助けにはならなかった。この作戦の目的を考えれば核兵器の使用は余り良い選択とは言えなかったが、ジェネシスの第3射前にこれを無力化しなくてはいけないという最重要目標の前には止むを得ないことであった。機雷原などに時間を割くわけにはいかなかったのだ。
 機雷原を突破されたザフトは艦隊を温存してMSと浮遊砲台による迎撃を行っていたのだが、カガリ艦隊も全艦載機を持ってこれに応戦し、戦いは最初からいきなり総力戦の状態となった。ザフトが本土防衛戦という事でヤケクソ気味な士気の高さを見せるのに対し、カガリ艦隊の将兵も明確な目標を与えられて士気が向上している。ゆえに両軍とも退こうとはせず、激しい消耗戦が繰り広げられる事となった。
 だが、そこでザフトは地球軍の思わぬ動きに焦る事になる。ザフトは地球軍の攻撃目標を絞ることが出来ず、プラント本土とヤキン・ドゥーエ、ジェネシスの3ヶ所全てを守るように兵力を展開させている。これは何処を攻撃されても終わりだという問題から起きた兵力配置であり、特に最重要目標であるプラント本土の正面に重点的に艦艇とMSを配置していたのは止むを得ないところだろう。ザフトはヤキン・ドゥーエへの重点配置を求めたのだが、政治的にそれは出来なかったのだ。
 だが地球軍はプラント本土はおろかヤキン・ドゥーエにさえ目もくれず、一直線にジェネシスを目指した為にプラント本土側の守備隊が遊兵化してしまった。地球軍は最初からジェネシスの破壊しか考えていないと悟ったザフトは急いで全軍をこちらに振り向けたのだが、本土側の部隊が間に合わないことは誰の目にも明らかであった。
 
 ヤキン・ドゥーエは配備されていた10隻の艦艇と200機のMSの全てを持って地球軍の側面を襲うべく出撃しようとしていた。ジェネシス正面の部隊が敵を食い止めてくれることを祈るばかりであるが、それが可能かどうかは微妙な所であった。
 ヤキン・ドゥーエから出撃するMS隊の中にはジュール隊も含まれていて、イザークは指揮下に残っている戦友たちを前に1つだけ訓示を残した。

「いいかジャック、エルフィ、シホ、この最期の戦いで言うのはおかしな命令かもしれんが、可能な限り命を使い延ばせ。絶対に死ぬな」
「あ、あのジュール隊長。それはちょっと難しい命令な気がするんですが」

 ジャックがおいおいという顔で上官の命令に突っ込みを入れたが、イザークは真顔だった。彼はフィリスに言われた言葉を信じていたのだ。

「俺にも何が何だかよく分からんが、フィリスがアプリリウス1からの放送を聞けと言い残していったんだ。それで何がどうなるのかは俺も良く分からんが、あいつの残していった忠告だ、何か意味があるんだろう。だからそれを聞くまでは絶対に死ぬな」
「フィリスさんが、ですか」
「フィリスさんが言うんでしたら、何か訳があるんでしょう。信じて待ちましょうか」
「……お前ら、俺が言った事よりもフィリスの言う事を信じるんだな」

 少し寂しそうなイザークの呟きにジャックとエルフィとシホが慌てて適当なフォローを並べていたが、それが余計にイザークを落ち込ませていたりする。それを聞いていたイザークの小隊員であるオリバーとアヤセは、なんか凄い所に来てしまたなあとしみじみと感じてしまっていた。

「何て言うか、さすが元特務隊だね。いろんな意味ですごい人達だ」
「オリバー、お願いだから貴方はこうはならないでよね」

 この部隊に来てから常識という物をどこかに忘れそうになりそうで怖かったアヤセは、オリバーにもこっち側に居てくれと少し切実に願っていた。だが彼女は知らない、特務隊メンバーも一部を除いて昔はみんな普通の軍人さんであったという事を。





 突入したカガリ艦隊は最初から1つの明確な目的を持って艦隊を動かしている。それはジェネシスをとにかく発射不能に追い込むこと。その為には核、あるいは反物質兵器を叩き込む事が必要だと考えられており、混成艦隊の中でも最大の陽電子砲を揃えているオーブ艦隊がジェネシスをローエングリンで撃つという作戦を立てている。流石にミサイルを撃っても届かないと考えられたのだ。そのために他国の艦隊はそれぞれの国の部隊ごとに分かれてオーブ艦隊の盾になるという予定で動いている。その中で前衛を努める第8任務部隊はジェネシスまでの風穴を開ける矛としての役割を与えられていた。

「正面に敵MS多数確認。機種が滅茶苦茶ですね、傭兵かもしれません」
「なんだろうと敵だって事は同じよ。ドミニオンとヴァーチャーに伝達、全艦ローエングリン用意、正面を薙ぎ払うわ!」
「か、艦長、こんな接近戦で使う気ですか!?」
「多少の被害は覚悟のうちよ、いいから急ぎなさい!」

 マリューの命令で3隻のアークエンジェル級の艦首にローエングリンの砲口が迫り出してくる。正面にいるのはMSばかりであり、発射されたローエングリンを防ぐことは出来ない。あのフォビドゥンのゲシュマイデュッヒパンツァーでさえ防ぎ切れなかったのだから。
 勿論向こうのすぐにそれには気付いたのだが、それに対しては第8任務部隊とオーブ艦隊の艦載機が対応した。

「ジンやゲイツが数機来たくらいで、アークエンジェルを落とせると思うのか!?」
「キラ、そういう事言うとまた寄ってくるわよ?」

 右舷側で粒子砲の速射で向かってくるザフトMSを散らしているデルタフリーダムの横に赤いウィンダムが付いてガウスライフルで粒子砲を回避したMSを1機、また1機と残骸へと変えていく。
 左舷側では同じくスティングのマーローダーとトールのウィンダムがコンビを組んで同じように敵機を阻んでいる。そして正面では最強の防御力を持つヴァンガードがゲシュマイディッヒパンツァーを全力で展開して正面からのビームを悉く防いでいる。
 圧倒的とも言える数の守備隊を食い止めているキラたちの力は凄まじいと形容するほか無いものだと言える。守って貰っているマリューたちですらその強さには驚くしかないのだ。

「本当に、すごい子達ね。ムウが居ないのに良くここまで」
「ずっと、頑張ってきましたからね」
「艦長、ローエングリンのエネルギーチャージ完了、撃てます」
「よし、正面のMS隊に退避を命じて。退避完了と同時にローエングリン発射!」

 信号弾を見た味方のMSが急いで避退し、3隻が装備する6門のローエングリンが咆哮する。放たれた陽電子の本流が斜線上のあらゆる物を爆発させ、消し飛ばしていく。圧倒的な破壊力を持つエネルギーの奔流は一瞬にして艦隊の前方に道を切り開いた。
 その道に向かって艦隊が突入を開始し、傷口を広げにかかる。このまま一気にジェネシスへ抜けようというのだろうが、マリューの思惑は途中で頓挫する事になった。それまで勢いよく先陣を駆けていたヴァンガードが、横合いから襲い掛かってきたゲイツRに止められたのだ。大きな戦斧を叩き付けられたシンは何とか最初の一撃を回避したが、そのまま至近から放たれたビームを受けて慌てて後退する事になった。ヴァンガードの持つ対ビーム防御はクライシス譲りの物なのでMSのビーム程度では1撃で破壊されるようなことは無いのだが、問題はこの相手がゲシュマイディッヒパンツァーを向けるよりも早くビームを撃ってきたという事だ。

「槍持ち、確かヴァンガードとかいうMSだったな。カナード・パルスやアスラン・ザラさえ退けた貴様の力、見せて貰おうか」
「こいつ……まさかキラさんやフレイさんが言ってた、あのゲイツなのか!?」

 ユーレクの事はシンも聞かされていた。遺伝子操作技術が生み出してしまた最強の戦士だと。その強さはキラやアルフレットすら凌ぎ、ゲイツRでクライシスやカタストロフィといった地球軍最強のMSと互角に渡り合う超人だと。

「冗談じゃない、こんな奴をアークエンジェルに通せるかよ。あそこにはステラが居るんだ!」

 出来る事なら2度と使うな、と言われていた奥の手をこんなに早く使う事になるとは思わなかったシンであったが、もし最悪の予想が当たっていれば手を抜けるような相手ではない。
 果たして自分で勝てるのか、恐怖に滲んでくる汗を感じながら、シンは槍を構えなおした。

 

 圧倒的な性能を持つ3隻のアークエンジェル級戦艦は前線に進出できる装甲空母としての役割も与えられており、部隊を問わずにMSが次々に補給の為に着艦してきている。今もダガーLが着艦してきて、そのまま整備用ベッドに押し込まれている。

「おーし、バッテリーの交換急げ。弾薬の搭載忘れるな。機体のチェック急げ。直ぐに次が来るんだ、グズグズするなよ!」

 マードックの掛け声が格納庫に響き渡り、整備兵たちの威勢の良い声が返ってくる。ダガーLのベッテリーベイからバッテリーが引き抜かれ、充電が完了した別のバッテリーが挿入される。ビームライフルが外されて予備のライフルに交換され、イーゲルシュテルンの弾薬箱が交換される。その間に機体に点検プログラムが走り、重大な損傷を受けていないかどうかの検査が行われるのだ。あわせて消耗したシールドも新品に交換される。基本的にシールドは消耗品で使い回しが効かない。
 これらのバックアップを目の当たりにしたアスランは、その余りにも迅速で贅沢な補給の仕方に驚きを隠せないでいた。隣に居るイタラがおかしそうな顔でアスランを見上げている。

「凄い、地球軍はこんな豊富な支援装備と予備部品を持ってるのか……」
「ザフトの台所事情は厳しかったのかの?」
「厳しいと言いますか、バッテリーやライフルの交換なんて考えられませんでしたよ。そもそも一度補給に戻ったら再出撃は困難でした。大抵充電中に終っていましたから。こんなに早くザフトでは補給は出来ません」
「まあ地球軍だって外した部品を使い回し取るよ。特に今回は積めるだけ積み込んできたようじゃしの」
「これだけの物量は羨ましいですよ。これだけの支援態勢がザフトにもあったら、俺たちはもう少し戦えていました」
「正面戦力だけ整えても勝てはしないということが、ようやく実感できたという顔じゃな。どうして儂らが地球軍に味方したのかも少しは理解できたかの?」

 ジャスティスやフリーダムといった超兵器を投入したはいいが、遂にまともな艦隊随伴型の補給艦を作れなかったのがプラントだ。確かに凄い技術力を持っていたのだろうが、やはり体力差が有り過ぎたということだろう。ザフトは持てる全てを正面装備につぎ込んでいたが、地球軍はMS運用を始めてまだ1年程度なのにもうこれだけの事が出来る様になっている。MSの設計そのものにも整備、運用の簡易化が考慮されており、徹底した規格統一で何処に行っても一定の補給は受けられる。
 だがザフトは違う、とにかく高性能を追求してそれ以外は無視する傾向がある。部品も互換性などが余り考慮されていないので母艦に戻れないと修理出来ない事さえあるのだ。こういった部分にも地球とプラントの地力の差が見て取れる。まあこれには地球軍のMSの大半がストライクダガーを基点とするダガー系で固められていた事も大きいのだが。ザフトはジンからザクまでに4回の機種更新を繰り返したが、どれも設計が違うので色々と問題が多かったのだ。
 補給と点検を終えたダガーLが出撃していき、入れ替わるようにストライクダガーが格納庫に入ってくる。それにまた整備員が取り付くのを見ながら、アスランはイタラに1つの質問をした。

「イタラ代表、1つ質問があるのですが」
「なんじゃい、答えられる事なら答えてやるぞ?」
「昔、父から貴方の事を聞きました。ジョージ・グレンの古い知り合いでコーディネイターについて研究している科学者だと。貴方はコーディネイターが何故生まれてきたのかを調べていると言っていました」
「まあそうじゃの、パトリック・ザラとも昔に話をしたことがあったが、あの時は喧嘩別れに終ったぞ」
「俺はこの戦争で迷うようになりました。コーディネイターは本当に人類の進化した姿なのかどうか」
「なるほどの、儂ならそれを知っておるかもしれんと言いたい訳か」

 イタラはカッカッカと愉快そうに笑うと、アスランに鷹揚に頷いて見せた。

「まあ研究の末に答えは得ておるよ。正しいかどうかの保証は無いが、まず間違ってはおらんじゃろうて」
「……俺たちは、一体何なんです。ジョージ・グレンはどんな明日を見ていたんですか?」
「いや、これにはジョージは関係ないの。コーディネイターが何なのか、それはアルカナムというジョージを作り出した組織を調べていかねば分からん事じゃ」

 そう言って、イタラはアスランに語りだした。何故コーディネイターが生まれる事になったのか。コーディネイターはどんな目的を与えられていたのか。だが、それはコーディネイターという存在そのものを否定するかのような内容であった。

「人類はこれまで進歩を重ねてきたが、進化はしておらん。当然じゃな、生物の進化とは環境の変化に適合する過程で起きる最適化であって、生物の頂点に立ち環境をある程度自分の都合の良い様に変えるような人類には進化の必要性が薄い」
「それは分かります。ですが、宇宙に出たことで一部に異常に空間認識能力を高めた人間が現れだした、これは1つの進化なのでは?」
「その通り、アルカナムもそう考えた。故に彼らは人類の進化を加速させるには環境の変化、つまり外敵が必要だと考えおった。だがまさか宇宙人を探してきて攻め込ませるわけにもいかんという事で彼らが考え出したのが……」
「コーディネイター、という訳ですか。つまり今の事態はコーディネイターの存在意義に沿ったものだと?」

 人類の脅威としてコーディネイターが生み出されたのならば、今の激しい闘争状態はまさに彼らの望んだ状態なのだろうか。そしてその対立の中でナチュラルの中に自分たちを凌ぐような能力を見せる人間が現れたというのだろうか。
 だが、この問いにイタラは首を横に振った。

「いや、恐らくは違うじゃろう。コーディネイターが人類の脅威となる事は望んでおったじゃろうが、ナチュラルに取って代わろうとするようになるのを望んでおったとは思えん」
「ですが、プラントには2000万が暮らしています。これは当然起こりえた事態でしょう?」
「儂の考えでは、コーディネイターがここまで増えたこと自体がアルカナムにとっては予想外の事態だったと思うのじゃ。彼らはコーディネイターの数が増えることを望んではいなかったと儂は見とるよ」
「何故です、何か理由があるんですか?」

 アスランは自分が苛立っているのを感じていた。コーディネイターを生み出した連中がコーディネイターが増える事は望んでいなかった。だがコーディネイターという存在が人類の脅威となる事は望んでいた。ならばコーディネイターの数が増えるというのは脅威を求めるという観点からは必要なことの筈なのに、何故そんな結論が出るのだ。
 このアスランの問いに、イタラは初めて憂鬱そうに小さな溜息を漏らした。彼もこの結論を心のどこかで拒否したいと思っているのだろう。

「コーディネイターの数が増えることを望んでおったのならば、どうしてコーディネイターの生殖能力は異常なまでに低いのかな。そんな問題は真っ先に解決を図っておる筈じゃ。遺伝子を操作して超人を作る技術があるのに、生殖能力の低下に気付かないなどという事は無かろう」
「それは……」
「コーディネイターの生殖能力の低さは予期せぬ遺伝子操作の弊害などではなく、ジョージ・グレンの段階から意図的に操作されていた結果だと儂は考えておるよ。コーディネイターが過剰に増える事が無いように、そして自然と滅び去るようにな」

 それはコーディネイターという存在の否定にも等しい答えであった。コーディネイターは人類の可能性でも進化した姿でもなく、ナチュラルの進化を促す為の道具にすぎなかった。しかもいずれ自然消滅するように予め準備までしていた。考え方としては生殖能力を奪った雌を利用した害虫駆除に近いと言えるだろう。
 それはアスランにも受け入れ難い説であった。もしこれを受け入れてしまえば、コーディネイターにとって滅びは避けられない未来という事になる。例えこの戦争に勝利しても、自分たちには明日は無いという事になる。

「父上にも、その話を?」
「勿論したとも。まああいつは激怒して席を立ったがの」
「でしょうね、父上はコーディネイターの未来を信じていましたから。いつか出生率の低さも解消できる筈、というのが父の口癖でした」
「パトリックも自分の信じる未来を持っておったからの。勿論、儂が間違っていて彼が正しかったのかもしれん。このまま努力を重ねれば問題を解決できるのかもしれん」

 イタラはシーゲルの目指した未来を否定はしない。彼の目指した先に未来があるかもしれない、可能性を信じるという事を彼は否定しないのだ。あるいはコーディネイターの全てを解き明かし、原因の根源を正す日が来るかもしれない。
 そしてイタラは、この説を公表する気は無かった。こんな説を公開しても誰も喜ばないし、公表したところで何が変わる訳でもない。イタラの説を知るパトリックはコーディネイターの未来を信じて邁進し、シーゲルはナチュラルとの共生による穏やかな消滅を模索したが、どちらも未だに成果を上げているとは言い難い。

「儂の話を聞いたパトリックとシーゲルはそれぞれに自分なりに何かを始めたが、お前さんはこれからどうする。それとも何もせず、成り行きを見守るか?」
「……どうすれば良いでしょうか?」
「聞くほど選択肢は多くないじゃろ。ここに残って成り行きに任せるか、MS強奪してザフトに戻るか、カガリ嬢ちゃんの話に乗るか、好きなのを選べばええ」

 そう言ってイタラは飄々とした態度でアスランを置き去りにして通路を飛んでいってしまった。途中で何やら女性の悲鳴が聞こえたような気がしたが、アスランはあえて気にしなかった。イタラの言う通り、自分の選択肢はそう多くはないからだ。そしてその中から何を選ぶのかは、悩む必要もない事の筈だった。

「……くそっ、今更逃げれる訳が無いだろうが」

 アスランは悔しそうにそう吐き捨てると、近くの内線を取る為に通路を移動し始めた。ここまで来てしまった以上、後に引ける訳がなかった。

 それを見送ったイタラは、覗き見をしていた別の男に声をかけた。

「お前さんはどう見るの、アズラエル?」
「彼も今は思うままに走った方が良いでしょう。しかし、彼はこれから何を選ぶんでしょうね?」
「それは儂らの知った事ではないじゃろ。まあ、ここまで来たら成り行きを見守るだけじゃて。それじゃ艦橋に戻るとしようか」
「そうですね、後は彼らに任せるとしますか」

 舞台は整えてやった、あとは俳優の仕事だ。2人はそんな気楽さを共有しながら並んで艦橋へと戻っていった。




 無数の光がヤキン・ドゥーエの正面を彩っている。カリオペの艦橋からその輝きを愉快そうに見つめながら、クルーゼはロナルド艦長に計画は予定通りかどうかを尋ねた。

「ロナルド、ジェネシスのコントロールの方はどうなっている?」
「万が一に備えて、ヤキンの管制室からこちらに移す準備は完了しています。ただしこちらでは能力が不足していますので、発射には手間取る事になりますが。ミラーの交換はあと2時間ほどで完了します」
「まあそれくらいは仕方があるまい。それで現在の戦況は?」
「こちらをご覧下さい」

 ロナルドの指示でメインモニター上に宙域図が表示され、両軍の現在の動きが表示される。地球軍はザフトの倍近い艦艇で突入してきたようであるが、MSの数で見るとザフト側が勝っている。だがザフトはパイロットの技量が劣るようで、地球軍のMS隊の前進を止められないようだった。
 だがクルーゼの注目しているのはそこではない。彼は自分の手持ちの戦力が予定されたポイントに配置されているかどうかを確かめていたのだ。

「ザルクの部隊はジェネシスを守るように展開を完了しているようだな」
「はい、傭兵隊は地球軍とジェネシスとの間の直線上に配置しておきました。あと、ガザートがMS隊を率いて傭兵隊の傍に展開しています。何でも借りを返したいとか」
「ガザートの奴め、ボアズで槍を使うMSに負けたことが余程悔しかったと見えるな。あれは来ているのか?」
「先頭を行くアークエンジェル級戦艦の露払いを努めております。他にもフリーダムなどが確認されて居ますので、これは足付きだと思われます」
「足付きか、ヘリオポリスで取り逃した獲物にここまで祟られるとは。逃がした魚は大きいというが、これは極め付けの難物だった」

 たかが戦艦1隻とMS1機に何ができるかとたかを括っていたのだが、まさかそれがここまで厄介な相手になるとは。こうなると知っていればあの時に援軍を呼び寄せて全力で叩き潰しておくのだったと後悔してしまうが、今更言っても後の祭りである。

「このままではジェネシスにまで突破されてしまいかねないな。私もプロヴィデンスで出るとしようか」
「護衛はどうします?」
「心配するな、ガザートたちも居る。それにアンテラの隊を連れて行くつもりだ。君はこのまま防衛線を維持し続けろ、何があってもジェネシスには近づけるなよ」
「分かりました」

 ロナルドに後を任せてクルーゼはMS格納庫へと向かった。そこではプロヴィデンスが何時でも出られるように準備されていて、アンテラ率いる核動力MS隊もスタンバイしている。
 アンテラはやって来たクルーゼの傍によると、本当に行くのかと問うことで暗に再考を求めたのだが、クルーゼはアンテラの配慮を完璧に無視していた。

「いくぞアンテラ、これが最期の戦いになるだろう」
「……どうしてもキラ・ヒビキとの決着をつけると?」
「ムウは後送されたようだからな。となれば、私にとって戦いたい相手は彼しか居ない。ユーレクに取られる前に私が殺させてもらうさ」
「ですが、貴方がもし負ければ計画その物も失われかねません」
「その時はその時だ。私が負ければ人類は救われる、私が勝てば人類は終る、シンプルで実に分かり易いではないか」

 クルーゼは心底愉快そうに笑うと何時も通りにパイロットスーツ無しでプロヴィデンスのコクピットに入っていく。それを見送ったアンテラは何を言っても無駄だと悟り、仕方なく自分もインパルスの方に向かった。

「計画は順調に進行中、か。本当にこれで良いのですか、クルーゼ?」

 人類全てを巻き込んだ破滅の為の計画、それは確かにザルクが目指す目標ではあったが、前からアンテラは本当にこれで良いのだろうかと悩むようになっていた。
 戦闘用コーディネイターとして作られて、その存在がコーディネイターという存在に問題提起となりかねない事が分かった途端に廃棄されそうになった過去は今でも暗い炎を掻き立てる記憶であったが、生来の性格からか今では怨念が大分薄れて正気に戻ってきていたのだ。
 だからこの計画そのものに疑問を感じるようになっていたのだが、さりとて抜けるには深く関わり過ぎていて、未だに彼女はここに居た。そしてクルーゼはそんなアンテラの揺らぎに気付いていたが、彼はそれさえも余興の1つとして放置していたのだ。彼女が裏切るのならば、自分の運などその程度の物と考えていたのである。




「このまま防衛線を破ります、ダガー隊は僕に続いてください!」

 デルタフリーダムのエグゾスター粒子砲が発射され、射線上にいる全てをなぎ払う。荷電粒子に引き裂かれたジンが、ゲイツが部品を撒き散らして吹き飛ばされ、防衛線に風穴が開く。そこに向かってストライクダガーやダガーLが突入していくが、彼らは割って入ってきたGに似たMS、ハイペリオンに押し戻されてしまった。
 ザフトが雇っていた傭兵隊はよく防衛線を支えていた。特に一部のパイロットは驚異的な強さを発揮してよく地球軍のMSを食い止めていたが、その数は戦闘とは関係ない理由で少しずつ減っていた。戦いがはっきりと劣勢になった時点で逃げ出す者が出てきていたのだ。
 基本的に彼らはプロであり、本来ならばそう簡単に逃げ出すという事は無いのだが、流石にここまで劣勢となってはそういう者も出てくる。元々彼らはプラントに忠誠を捧げるザフトではないので、仮にプラントが滅ぼされても困る訳ではない。
 こうして傭兵隊は義理堅い奴が貧乏くじを引くという笑えない状況となって、急激に弱体化していった。ザルクの部隊も少数入ってはいたが、圧倒的な数の差を前にしては戦闘用コーディネイターというアドバンテージも意味を成さなかった。
 味方が居なくなっていくのを見たカナードは流石に焦っていた。このままではどう考えてもこちらが負けるのは明らかであったが、キラ・ヤマトを倒さずして逃げることなど出来るはずも無い。

「くっそお、奴のフリーダムはあそこに居るのに、邪魔ばかりしやがって!」

 群がるように襲い掛かってくるダガーやM1、オリオンにレギオンといった地球軍の主力MSをカナードは口汚く罵っていたが、もはやハイペリオンはボロボロであった。このような消耗戦では頼みの光波防御帯も全力で使うことが出来ず、シールドのように小刻みに使うことでどうにか使い伸ばしている。ビームサブマシンガンも既に残弾に限りが見えている有様では、ストライクダガーが相手でも苦戦は避けられなかった。幾らカナードがすごくても武器を消耗し尽くせば戦う事は出来ないのだから。
 カナードはキラと戦いたいからという理由だけでクルーゼに付いてきたような男だったので、キラと戦えなければ意味が無いのだ。だが彼は今、キラの相手をするどころかその辺の雑魚相手に追い掛け回され、逃げ惑うという屈辱を味合わされていたのだ。

 この時カナードを追い詰めていたのは以外にもユーラシア軍のレナンディー大尉、あのカスタフ作戦でアークエンジェルにやってきたデュエルのパイロットであった。

「ハイペリオンはバッテリーの消耗が早すぎるのが弱点だ。徹底的に戦いを長引かせてあいつを消耗させてやれ!」

 ハイペリオンが敵に渡っている、という知らせは第8任務部隊から全軍に報告が回っており、これを製作したユーラシア連邦が試作機ゆえの欠陥があることを伝達していたのだ。当然その対策も既に立てられており、ユーラシア軍がこれに当たる指揮を取るのは当然だったろう。
 量産型のレギオンは様々な改良を受けてハイペリオンほどの防御力は無いが遥かに長く戦えるようになっている。確かにハイペリオンは強いが、実際には様々な欠陥を抱えた完成度の低い機体なのだ。
 



 ヤキン・ドゥーエに展開していたMS隊と宇宙艦隊は肩透かしを食らった格好になった。MS隊の主力はここに置かれていたのだが、地球軍は予想に反してヤキン・ドゥーエを抜けてプラントを目指すというコースは取らず、ヤキン・ドゥーエの傍にあったジェネシスに直進したのだ。
 これを見て守備隊は急いで出撃、これを追撃にかかったのだが、こちらに対して地球軍のおよそ半数が展開して壁を作り、ジェネシスに向かう部隊を通そうと食い止めにでた。ジンやシグー、ゲイツの大群が突入して迎撃に出てきたダガーの壁を抜けようとするが、その大半がダガーの壁を抜けられずに乱戦に巻き込まれてしまい、艦隊に届く事はなかった。
 そんな中で突破を果たした少数の部隊の中にジュール隊が含まれていたのは、彼らの実力を証明する物だったろうか。だが突破した彼らの前に現れたのは、2枚目のダガーの壁であった。

「ジュール隊長、またダガーですよ!?」
「分かってる、これじゃ艦隊に辿りつくのは……」

 数で勝るのに突破できない、ここまでザフトは弱体化したのかと思うと情けない気持ちにさせられたが、それでも突破しなくてはいけないのだ。イザークは意を決すると声を上げて艦隊へと突っ込んでいった。



 カガリ艦隊はザフトの防衛線を力づくで切り崩し、ひたすらにジェネシスを目指していた。アレを止めることが出来れば地球軍の勝ちは揺るぎ無いものとなるし、敵も必至になってそれを守るとする。それに主戦場をこちらに設定することでプラントそのものを戦火から守るという狙いもあった。
 突入を指揮していたカガリは周辺を駆逐艦に守らせながら、自らをクサナギの艦橋においてじっと椅子に腰掛けている。彼女は人を引っ張るという点では天賦の物を持っているが、戦場での指揮となると出番は余り無い。作戦指揮はユウナが取っているし、戦闘指揮はユウナの補佐をしているアマギがやっている。クサナギそのものも指揮は艦長のトダカの仕事だ。

「カガリ、アークエンジェルから月からの通信が回されてきたよ。アッヘルザムのサザーランド准将からで、月の第1、第2艦隊がプラント攻撃の為に出撃したそうだ」
「そうか、私たちが負けたらそいつらがプラントを掃除する事になるんだろうな」
「だと思うよ。多分、核弾頭搭載型ミサイルを持ってきている筈だしね。まあそれは僕らも同じだけど。反物質兵器をこれだけ揃えた艦隊は他には無いよ」

 カガリ艦隊には極東連合の艦隊も参加しているが、この部隊には大量の反応弾頭ミサイルが配備されていて、これだけでプラントを全て吹き飛ばすことが可能だ。他にも大西洋連邦の艦艇には全て核ミサイルが配備されており、参加しているMA母艦のドゥーリットルには大型核ミサイルを装備したメビウス部隊、ピースメーカー隊が用意されている。
 この全てを無差別に投入すればプラントとそこを守るザフトを容易く殲滅することが可能であったが、プラントを破壊し尽くすわけにはいかないのだ。だから犠牲を承知でこんな接近戦を挑んでいる。全ては最後の最後で笑う為に。

「アマギ、ジェネシスへの攻撃は?」
「ジェネシス正面に強力なMS隊が展開しているようで、突破出来ないでいます。大西洋連邦艦隊はドゥーリットルを中心とする艦隊を編成してザフト艦隊と激突していて、我々に対する壁になってくれています。おかげでヤキン・ドゥーエ方向からの追撃はありません。それに第8任務部隊は前衛としてジェネシス防衛線に突入しています」
「よし、じゃあローエングリンでジェネシスを撃つ。トダカ、クサナギを前に出せ!」
「ちょっと待ったカガリ、旗艦を前に出す気かい!?」

 クサナギを前に出せと命じたカガリを止めようとするユウナであったが、一度決めたカガリが意見を翻すことは滅多に無い。加えてクサナギのローエングリンはジェネシスの装甲を破れるのではと期待されている最強の艦載砲だ。大西洋連邦艦隊がザフトの主力を防いでくれている以上、オーブ艦隊が前に出てローエングリンを使うしかない。
 ユウナはなおも説得を試みたが無駄に終わり、仕方なくクサナギ所属のガーディアンエンジェル隊を呼び戻し、エドワードの直衛隊と共にクサナギを守らせる事にした。だが、すぐに彼はその程度の戦力ではクサナギを守り切れない事を悟った。前方で戦っていたMS隊からプロヴィデンスを中心とする新手の出現が伝えられたからである。



 プロヴィデンスの登場によってジェネシスを目指していたMS隊の突撃は完全に止められてしまった。ドラグーンによるオールレンジ攻撃はMS戦における常識を根底から覆しかねない驚異的なものであり、全方位から飛来するビームを回避できるようなパイロットは滅多にいない。
 そしてその滅多に無い筈のパイロットの1人であるキラはデルタフリーダムを持ってこれに立ち向かっていたのだが、劣勢を強いられていた。僅かではあるが空間認識能力を発現させているキラは周囲のドラグーンの位置をある程度感じることが出来たのでこれの攻撃を回避する事は出来たのだが、反撃に回る余裕が無かったのだ。加えてこの戦場にはクルーゼ以外にもキラの命を狙うMSがいた。カナード・パルスのハイペリオンである。
 キラの苦戦を見てシンが援護に入ろうとしたのだが、これはガザートの率いるザルクの部隊に阻まれた。

 キラの苦戦を見たトールとフレイは助けに行きたかったのだが、最前線に出てきているアークエンジェルを守るので手一杯で、とてもではないがそちらの援護には回れなかった。

「敵の数が多すぎるわ、トール、何とか前に出られない!?」
「無理言うな、こっちも敵を遠ざけるだけで手一杯なんだ!」
「こっちもだ、それにそろそろバッテリーが持たん!」

 トールとスティングが、こちらも必至なんだよと悲鳴のような声が返ってくる。ザフトのMSはもう1機1機はさほど脅威とは呼べぬほどに弱体化していたが、それでもこれだけ数がいれば手に負えない相手ともなる。
 アークエンジェルも20を越すジンやゲイツに襲われていて、トールの小隊が必至にそれの相手をしている。パワーから来ているボーマンたちは前に出て敵と戦っていたが、やはり相当な数がこちらに来ているようだ。

「もうこいつら、アークエンジェルばっかり狙って!」
「そりゃこんな白くて目立つ船、狙われるよな!」

 3基のフライヤーが1機のジンを狙って背後や上方から砲撃を加えて狙った方向に回避させ、そこにフレイがガウスライフルを叩き込んでスクラップへと変える。既に彼女は2基のフライヤーを無くしていたが、母艦の傍なのですぐに補充を受けることが出来ているので今回はフライヤーが無くなるという事は無かった。
 だが落としても落としても敵機はやってくる。余程このアークエンジェルを沈めたがっているようだ。

「人気者は辛いわね。トール、ここは私が持たせるから、何とかキラたちの援護に回れない!?」
「俺もそうしたいんだけど、お前とスティングだけじゃ支えられないだろ。それに行くなら俺よりお前の方が良い!」
「援軍が来てくれないと、どうしようもないの……」

 敵ほどではないが味方の数も少しずつ減っている。カガリたちのオーブ艦隊をジェネシスに突入させる為に盾となるというのがマリューの方針であったが、第8任務部隊だけではやはり力不足だったのではなかろうか。だがカガリ艦隊の主力はザフトの残存艦隊全てを相手にしているのでこちらには来られない。
 どこかにまだ自由に動ける味方は居ないのか、フレイが必至にそれを捜し求めた時、アークエンジェルから通信が入った。

「トール、フレイ、スティング、今から予備のウィンダムを出すわ!」
「ミリィ、何処にパイロットが居たのよ!?」
「ステラが出るのよ。トールの隊に回すから、誰かキラの方に回ってって艦長が言ってるわ!」
「分かった、フレイが行ってくれ。ここは俺とスティングでやる!」

 話を聞いたトールが迷う事無くフレイに行くように言い、フレイはステラを戦わせて大丈夫なのかと思ったが、それよりも今はキラたちだと割り切るとそちらに向かって急いだ。




「幾らなんでも出鱈目だ、これだけの砲台を1人で全部操ってるのか!?」

 四方八方からビームを叩きつけてくるドラグーンの攻撃を前に回避に専念するしかないキラ。余りにも的が小さすぎて取り回しが悪い粒子砲では狙い難く、まして固定砲のバラエーナでは狙いようも無い。
 一度に10を超す小型の砲台が動き回り、ビームを叩き込んでは移動している。それはフライヤーほど複雑な動きはしていなかったが、フライヤーより遥かに小型な為に非常に狙い難かった。加えてフライヤーとは違ってビームを撃ってくるのもデルタフリーダムには相性が悪い。カタストロフィ・シリーズの中ではデルタフリーダムだけがPS装甲装備機であり、対ビーム防御が弱いのだ。
 それでもセーフ・モードにした粒子砲でビームを連射し、数基のドラグーンを破壊してみせる。だが劣勢を跳ね返すには至らず、光波シールドで必至に身を守るという状況が増えてきた。

「どうしたキラ・ヒビキ、君の力はその程度ではあるまい、最高のコーディネイターがこの程度だとでも言うのか!?」
「いきなり周波数合わせてくるな変態仮面!」
「貴様、一体何処でそんな……アスランか、アスランだな。おのれあいつ!?」

 自分は変態でも変態仮面でも無いと主張しながら一層激しい攻撃を加えてくる。どうやら本気で怒らせてしまったようで、キラは内心で激しく後悔しながら必至に回避を続けていた。だが、それまで暴れ回っていたドラグーンがいきなり続けて2基背後からの攻撃を受けて撃墜されてしまった。

「なに?」
「僕じゃない、何処から!?」

 見れば何時の間にかフライヤーが現れてドラグーンを狙って攻撃を加えている。そしてプロヴィデンスの機体表面に火花が走って弾き飛ばされてしまった。

「キラ、一度距離をとって粒子砲を!」
「フレイ、助かった!」

 フレイのウィンダムがプロヴィデンスに続けて銃撃を加えて更に何発もの命中弾を送り込んだが、プロヴィデンスのPS装甲は余程頑丈なのかガウスライフルを通さなかった。あるいはより強靭なVPS装甲に交換されているのかもしれない。
 それでもフレイが2機の間に割って入った事でデルタフリーダムが後退する余裕が生まれ、少し距離を取ったところでノーマルに戻した粒子砲を発射した。流石にこれはたまらなかったのか、プロヴィデンスが大きく後退して距離を取る。

「ええい、MSのくせに出鱈目な威力の砲を使いおって。どういうエンジンを積んでいるのだ!?」
「クルーゼ、足付きが近くまで出てきました。私はそちらに回ります!」
「アンテラか、分かった、そうしてくれ」

 ユーレクやガザートと共にシンの相手をしたりクルーゼに向かおうとする他のMSを食い止めていたアンテラのインパルスがアークエンジェルに向かおうとする。だがそのとき何かを思いついたのか、クルーゼがアンテラに変わるように言った。

「いや待てアンテラ、私が足付きを叩こう。お前は暫くキラ・ヒビキの相手を頼む」
「はあ、それは構いませんが」
「奴の目の前であの忌々しい船を沈めてやろうと思ってな」

 相変わらず悪趣味だなとアンテラは思ったが、止める事はせず黙ってキラの相手をする事にした。どうせ止めても止めないだろうし、アレは敵なので止める理由も無い。
 クルーゼが向かったアークエンジェルの方ではシンのヴァンガードを中心とするMS隊がクルーゼの部下たちを相手に激戦を演じていた。ヴァンガードはユーレクのゲイツと交戦し続けていたのだが、既にゲシュマイディッヒパンツァーの片方を支持腕の半ばから切り取られて失っていて無くしており、シンが苦戦しているのが伺える。

「ヴァンガードをここまで追い込むなんて、化け物かよ。これじゃ補給にも修理にも戻れない!」

 左手に持っているガウスライフルの弾は無く、突撃槍にも損傷が見られている。機体各所にはビームサーベルによる焼け焦げた跡が生々しく残り、一度艦に戻って整備兵に機体を預けなくてはいけないところだろう。特にゲシュマイディッヒパンツァーの修復は急務だと言える。だが今ここで自分が抜けたら壁に大きな穴が開くことは容易に察することが出来たので、退くに退けなかったのだ。
 どうしたら良いのか、そう悩むシンの耳にミリアリアの鋭い警告が飛び込んできた。

「シン、急いでそこから離れて!」
「え?」

 考えるより先に体が動き、直後にそれまでいた場所を周囲から複数のビームが貫いていった。一体何がと思ったシンであったが、それが何か分かる間もなく更にビームが襲い掛かり、偏向場がビームを逸らして機体への直撃を防ぐ。それは半分偶然の産物であったが、ビームが何も無いところから放たれたのを見たシンは混乱してしまっていた。

「何だ、ミラージュコロイドで消してるのか!?」
「違うわシン、ドラグーンっていう小型の砲台よ。目で追うのは難しいから索敵モニターで追って、こちらかデータを送るから!」

 ミリアリアの報告に続いてデータが転送され、周辺を監視する索敵モニターに特徴的な色合いの光点が多数表示された。これがドラグーンだというのだろうか。

「無理っすよ、こんな小さいのどうやって見つけろって言うんですか!?」
「頑張ってって言うしかないわ、フラガ少佐が居れば任せるんだけど!」

 この手の無人砲台の相手がどれだけ厄介かはメビウスゼロのガンバレルの頃から分かっていることだが、これだけ多数の砲台を同時に操るとは信じ難い。それだけクルーゼの力が傑出しているのだろうが、その威力は艦隊周辺を守るMS戦の流れさえ変えようとしていた。それまでやや優勢だったのに、プロヴィデンスのドラグーンが味方のMSを1機、また1機と撃破していくせいで段々とこちらが不利になってきている。
 マリューはこのままでは不味いと考えて危険を承知で艦載機を集めてクルーゼを叩くように命令を出す。多少無理をしてでもアレを止めるのが先だと考えたのだ。それを受けてシンがドラグーンを無視してプロヴィデンスを狙い、クルーゼが向かってくる槍持ちを狙ってビームライフルとドラグーンのビームを放ったが、その全てが当たる前にあらぬ方向に逸れていくのを見て驚いた。

「ほう、エネルギーを偏向できるのか。話には聞いていたがたいしたものだな。だが……」

 薄く笑ってクルーゼはドラグーンのビームを四方から放った。正面や背後、下方から向かってくるビームにシンは泡を食って回避運動を取り、ビームを回避する。それはヴァンガードの弱点を突いた攻撃であった。

「やはりな、全周防御ではなかったか。同時に他方から撃たれれば対応し切れないのだな」

 1対1の戦いに主眼を置いているヴァンガードは相手が1機ならば無類の防御力を誇るが、多数の敵を同時に相手にするような状況には向いているとは言えない。これまではそこまで多数に襲われるという経験がなかったので問題にはならなかったが、プロヴィデンスはこのヴァンガードの弱点を的確に突いてこれるMSであった。
 だが、そこでクルーゼは群がってくる新手の攻撃に晒される事になった。マリューの命令を受けてウィンダムだけではなく、ドミニオンからカラミティとレイダーまでもが集まってきてプロヴィデンスに集中攻撃を加えてきたのだ。

「けっ、何だあの変なの背負った変なMSはよ!?」
「変って言うなら僕らのも相当なもんだと思うけどね」
「一言多いんだよクロト。おいシン、ここは俺たちに任せてアークエンジェルに戻って直してこい!」
「す、すんません、後頼みます!」

オルガのカラミティがバズーカとビームの連射を浴びせかけ、クロトのレイダーが破砕球を投げつける。それらを回避したプロヴィデンスにビームサーベルを持ったトールのウィンダムが接近戦を仕掛けた。それをシールドで受け止めたプロヴィデンスにシールドを叩きつけたが、プロヴィデンスが右腕でそれを受け止めて力比べに入った。

「背中の変なのを壊せれば、ドラグーンは使えなくなるんだろ!」
「その通りだが、出来るのかな君たちに!?」

 押し込まれたシールドを逆に押し返して、クルーゼはトールのウィンダムを思いっきり蹴りつけて弾き飛ばした。更にシールドから突き出した大型ビームサーベルで串刺しにしようとしたが、それはカラミティの砲撃で邪魔をされた。

「大丈夫かトール、機体は!?」
「あ、ああ、何とか大丈夫。でもなんてパワーだよアレ、フリーダム以上だぞ」
「片手でウィンダムを吹き飛ばすとは、出鱈目な代物だな。フラガのおっさんが負けたのも分かるぜ」

 クライシスの量産型であるウィンダムはパワーもかなり強い、カラミティなら押し切れるだろうが、片手で弾き飛ばすなんて芸当が出来るような相手ではないのだ。それをあっさり弾き飛ばすとは。
 ドラグーンを一度呼び戻して収容しているドラグーンを見ながら、トールとオルガはこんな奴に勝てるのかと不安を隠しきれなくなっていた。フラガでさえ苦戦を強いられたというフライヤーと似たような装備でありながら全く異なる特性を持つ無人兵器の威力を彼らは改めて思い知らされていたのだ。




後書き

ジム改 フラガもアルフレットも居ないせいで誰もクルーゼを止められない事態に。
カガリ こいつこんなに強かったのか。
ジム改 元々クルーゼ+プロヴィデンスは最強クラスなのだよ。
カガリ こいつと張り合ってたフラガって凄かったんだ。
ジム改 伊達にエンディミオンの鷹じゃないぞ。それに大量のフライヤーとガンバレルがあったし。
カガリ で、これ止められるのか?
ジム改 もしオーブ軍に来られたら確実に何隻か沈むな。
カガリ M1じゃやっぱり無理かあ!?
ジム改 でも心配するな、本当にボコられるのは次回だから。
カガリ あの、ひょっとして私がピンチ、死亡フラグ?
ジム改 それでは次回、ザルクの攻勢に押されるカガリ艦隊、キラたちが必至にザルクのエースを止めようとするが、ザルクの力は圧倒的な物があった。クルーゼの置き土産に窮地に立たされるシン。そしてプラントからの援軍も駆けつけて、カガリ艦隊が窮地に立たされる事に。被弾の炎の中から最期の騎士が姿を現す。次回「曙光」でお会いしましょう。

 

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