第19章  連合のコーディネイター


 

 作戦開始までいよいよ2日に迫った。各部隊の動きは活発になり、物資が各基地に積み上げられていく。この作戦に負ければヨーロッパから連合勢力は、いや、ナチュラルは叩き出されてしまうだろう。それが分かっているだけに、その士気は高い。
 そんな時に、アークエンジェルクルーに作戦説明の為の呼び出しがかけられた。AAの士官と、MSパイロットにである。ブカレスト基地の会議室にやってきたマリュ−達は、クライスラー少将と数人の士官の出迎えを受けた。
 クライスラーは入って来たマリュ―達を見て頷いた。

「来たか、ラミアス少佐」
「少将、この時期に我々に説明したいこととは、一体?」
「それを今から説明する。まあ、腰掛けてくれ」

 クライスラーに椅子を進められた一同は各々が好きな椅子に腰掛けていく。全員座ったのを見てクライスラーが作戦図を軽く叩いた。

「アークエンジェルには先鋒を務めてもらう。とは、前にも言ったな」
「はい、それは伺ってますが」
「それでだ、君達が目指す目標は、ここだ」

 それは、イタリア半島の付け根近くにあるザグレブ基地だった。ヨーロッパのザフト軍の拠点としてはジブラルタル基地に次ぐ規模を持つ一大軍事基地である。当然駐留している部隊も多い。ここに戦艦1隻で突っ込めというのは流石に自殺行為でしかない。

「閣下、本気で言っておられるのですか!?」

 マリュ―が顔色を変えてクライスラーに問い掛けた。だが、クライスラーは右手でマリュ―を制した。

「もちろん何も無しで突っ込ませる訳ではない。それなりの部隊は付けるし、君には最強の部隊を率いてもらうことになる」
「最強の部隊?」
「そう、アークエンジェルには一時的にデュエル2機、バスター1機が追加配備されることになる」

 抑揚の無い口調だったので、マリュ―には最初、その言葉の意味が分からなかった。変わりにナタルが驚いて立ち上がっている。

「G3機を更に追加配備ですか!?」
「そうだ、手持ちのMS全てを君達に預ける。作戦終了までだが、これだけの戦力があればザフトの大軍を蹴散らすことも不可能ではないだろう。パイロットもこちらで用意してある」

 クライスラーは視線を転じた。それを受けて先に室内にいた士官達が立ちあがる。

「スコット准尉であります。ディエルに搭乗します」
「同じく、レナンディー中尉であります」
「ハウプトマン准尉であります。バスターに搭乗しています」

 いずれもまだ若い士官だ。貴重なMSを任されるのだからそれなりの実力なのだろうが、マリュ―にはいささか不安が残る。隣にいるフラガも心配そうだった。

「君達、実戦の経験はどれくらいあるの?」

 フラガの問いに返ってきた答えは絶望的なものだった。レナンディー准尉だけがそこそこの経験を持っているだけで、後の2人は数回しか実戦を経験していないと言う。機体は凄くても頼りにはならないと言うことか。
 ナタルはキラとフレイを見た。キラは経験が豊富だが、フレイはこれがはじめての実戦となる。残念だがこの3人にはフレイの事を任せることはでそうもない。だが、キラに任せる訳にもいかないのだ。彼には文字通り先鋒を担ってもらうことになるのだから。

「・・・・・・アークエンジェルの砲火の傘の下にいさせるしかないか」

 ナタルはキースに頼まれたことを考えていた。酒を飲んだ夜、キースは自分にフレイを頼むと言ったのだ。ブランデーを傾けつつ、キースは自分にこう言ったのだ。

「俺はスカイグラスパーで制空権確保に全力をあげなくちゃいけない。流石にMSの支援にまでは手が回らないだろう。頼む、アークエンジェルでフレイを守ってやってくれ」

 キースは何故かフレイの事を気にしている事が多い。訓練にもそれが見て取れる。死なせたく無いという上官としての思い遣りを超えて、何か必死さを感じさせるほどだ。彼にとってフレイとはそうまでして守りたい存在なのだろうか。だが、それならMSになど乗せず、艦の中に閉じこめておけば良いのにと思う。だが、その質問の答えはナタルには理解し難いものであった。

「あの娘が望んだ事だ。その決断を軽んじてはいけない」
「ですが、それでは無駄死にをさせる事になりますが?」
「そうさせない為に頼んでいるんだ。あの娘は、答えを探し求めている。その答えを戦場に立つことで見出せるかもと考えたんだろう」
「答えを、探し求めている?」

 ナタルは不思議そうに問い掛けた。それはどういう意味なのだろうかと。だが、キースはそれには直接答えはしなかった。

「フレイに直接聞いて見るんだね。俺が言う事じゃないだろうし」

 そう言って、キースはブランデーの満たされたコップを一気に煽った。琥珀色の液体が喉を流れていき、熱く焼く。その飲み方に、ナタルは感嘆と同時に不思議な感じがした。今のキースは、何か苦痛を飲み下そうとしているように見えたからだ。


 キースに頼まれなくとも、最初からナタルはフレイを守るつもりでいた。戦友といえど必要とあれば切り捨てるのがナタルという軍人の筈だったが、ここにきてすっかり戦友愛というものに目覚めてきたらしい。自分でも自嘲してしまうが、戦場に少女を送り込む者の責任として、その力の及ぶ限りにおいてフレイを守って見せるとナタルは誓っていた。

 


 マリュ―達の不安を余所にクライスラーの説明は続いていく。アークエンジェルは第6軍の先鋒として投入。そのまま真っ直ぐにザグレブ基地を目指す。第6軍に属するクライスラーの第48装甲師団がアークエンジェルとともにザグレブ基地を目指す事になる。航空支援は濃密に行うが、制空圏争いでは負けるかもしれないと言う。
 参加兵力は兵員100万人。25個師団、航空機1500機、陸上戦艦、駆逐艦60隻が投入される事になっている。ユーラシア連邦の総力を上げた作戦といえるが、実際にはこれでも一気にジブラルタルを落すとまではいけないのが現実だ。MSとはそれほどまでに恐ろしい兵器である。
 作戦説明を聞き終えたマリュ−は不安そうな顔で隣に座るフラガを見た。無理も無い。艦長になって1月と少ししか経たないのにいきなりこんな大作戦に参加しろと言われるのだから。フラガは人好きのする笑みを浮かべてマリュ−を見た。

「心配するなって。俺達がついてる限り、アークエンジェルは沈まないよ」
「・・・・・・そうでしょうか?」
「俺とキースとキラが信じられないか。多分今のアークエンジェルの戦闘チームは連合最強だぜ」
「それは、分かりますが」

 マリュ−の不安は晴れない様だ。フラガは苦笑するしかない。このままだと、マリュ−は遠からず胃痛で倒れるんじゃないかと心配してしまいそうになる。

 作戦会議が終わった所でキラはフレイを捕まえた。フレイは立ち止まったが、キラと視線をあわせようとはしない。何時からだろうか、顔を合わせるだけでこんなに辛くなってしまう様になったのは。

「フレイ、もう一度聞くけど、どうしてもデュエルに乗るの?」
「・・・・・・ええ、乗るわ」
「僕は、君に乗って欲しくないよ。フレイ、僕じゃ君を守り切れないと思ってるの?」

 そうかも知れないとキラは思う。自分はすでにあの幼女を守り切れず、父親も守れなかったのだから。だが、フレイは首を左右に振った。

「違うわ。キラは凄いわよ。私もMSの訓練を受けてみて、その事が良く分かったわ」
「じゃあどうして?」

 キラの疑問に、フレイはようやくキラの目を見た。その目には、何かの決意があった。

「あなたが悪い訳じゃないわ。ただ、私は私の為にMSに乗るのよ」
「自分の、為?」
「そうよ。私は、私なりの答えが欲しいの」

 それだけ言って、フレイは歩いて行ってしまった。残されたキラは呆然とその背中を見送っている。フレイの求める答えとは一体なんなのだろうか。


 去って行くフレイを見送っていたキラは、背後から強烈な嫌悪の視線を感じて思わず振りかえった。すると、レナンディー中尉とハウプトマン准尉がまるで汚いものでも見るような目で自分を見ているのに気づいた。

「・・・・・・ふん、コーディネイターの分際で味方気取りとはな」
「堪らねえんだよ。いつ背中から撃たれるか分かったもんじゃねえ」
「なっ?」

 キラは驚いた。まさか、こんなに明確な敵意を味方から向けられるとは思ってもみなかったのだ。余りの衝撃と込上げてくる怒りと悔しさに二の句が次げないでいるキラを無視して2人は部屋から出ていった。残されたキラは、なんでコーディネイターというだけでここまで差別されなくてはいけないのだと悲しい思いを抱えながら俯いた。これからも自分はこんな思いをしなくてはいけないのだろうか。
 悩むキラの肩をいきなり誰かが叩いた。

「よう、君がストライクのパイロット?」
「え、ええ」

 振り向けば、先ほど紹介されたデュエルのパイロット、スコット准尉がいた。年は20歳を越えたあたりだろう。

「聞いたよ、君もコーディネイターなんだってな」
「君もって、じゃあ、あなたも?」
「ああ、コーディネイターだよ。両親がナチュラルでね、両親を守りたくて軍に入ったんだ」

 赤毛を短く刈った青年は、にこやかに笑いながらキラに右手を差し出してきた。キラは嬉しそうにそれを握り返す。

「正直、連合ではコーディネイターは肩身が狭いからな。同胞に会えたのは嬉しいよ」
「僕もですよ」
「君も苦労してる口かい。まあ、気持ちは分かるよ」

 そこまで言って、スコットはフレイが出ていった扉を見た。

「さっきの娘は、君の彼女かい?」
「・・・・・・だと、嬉しいんですけどね」

 キラは辛そうな顔になった。スコットはそれを見てすまなそうな顔になる。

「悪い、聞いちゃまずかった様だな」
「いえ、構いません」

 そうは言うものの、キラの表情は冴えない。スコットは頭を右手で掻くと、キラの肩を叩いて作戦室を後にした。残されたキラは誰も居なくなった部屋に1人で佇み、じっと何かに堪え続けている。その内心を知る者は誰もいない。

 


 アークエンジェルに搬入されてくる2機のデュエルと1機のバスターを見て、格納庫にやってきたサイ達は目を丸くしていた。自分たちをあれだけ苦しめたGが3機も新たに配備されたのだから当然だが、これで数的にはアークエンジェルに配備される予定だった機数が揃った事になる。
 格納庫に来たサイ達がベッドに固定されていく機体を珍しげに見ていた。

「へえ、デュエルにバスターだぜ」
「連合って、MSの量産はじめてたのね」

 サイの感嘆の言葉に、ミリィが自分なりの感想を続ける。2人の声を聞きつけたマードックがサイ達のほうを見た。

「おーい、お前等。見てるのは良いが、邪魔すんじゃねえぞ!」
「分かってますよ、マードック曹長!」

 トールが元気に答えを返した。4人はマードックの邪魔をするまいと少し離れた所に移る。すると、そこにカガリがやってきた。

「おお、また沢山MSがあるじゃないか」
「なんだ、カガリか」

 サイがカガリを見て顔を顰める。どうもサイはカガリが気に入らない様だ。出会いが悪かったのだろうか。カガリはそんなサイにむっとした顔をするが、口に出して文句を言うのはどうにか堪えた。たんにキサカがジロリと見ているので怖かったのかもしれないが。

「しかし、MSが5機か。これから大きな戦いにでも行くのか?」
「お前なあ、一応そういうのは軍規とか言うのになるんだから、言える訳無いだろ」

 サイが呆れ口調で言う。カガリは今度は文句を言ってきた。

「なんだよ、良いじゃんか、教えろよ」
「そんなに知りたいならバジルール中尉とか、キースさんに聞けよ。あの人達の方が詳しいからさ」
「じょ、冗談じゃない。キースなんかに聞いたら何されるか分かったもんじゃない!」

 カガリは目に見えて慌てふためいて見せた。どうやらカガリはキースがすっかり苦手になっているらしい。これまでにもキースには散々説教されており、便所掃除までさせられているのだから。

 


 アークエンジェルに搬入されたMS部隊は、さっそく訓練を行う事になった。ナタルの指揮で部隊行動を行ない、連携を高めようという狙いがあったのだが、この訓練で3機中2機のMSがまるで使い物にならない事が早くも露呈してしまっていた。レナンディー中尉のデュエル、ハウプトマン少尉のバスターは基本動作をするのがやっとで、その動きはフレイにさえ及んでいなかったのだ。スコット准尉のデュエルだけはまともに動いていたが、キラには及ぶべくも無い。
 余りに未熟な集団に、ナタルは額を押さえた。

「艦長、これじゃ足手纏いもいい所です。まだアルスター准尉の方がマシですよ」
「そうね。OSが悪いのもあるでしょうけど、訓練が不足してるわ」
「ですが、彼らはアルスターよりも長い訓練を受けています。それであの動きですか?」

 ナタルの不満は大きい。決定的な戦力を得たと思っていたら、まさかこんなに中途半端な代物だったとは。だが、艦橋にいたフラガがMS隊を弁護した。

「まあそう言うなって。フレイは俺やキースがみっちり鍛えた上にキラが教えてる。加えてあのOSはキラの手が入った改良型だ。成長が早くても当然なのさ」
「それは分かりますが・・・・・・」
「それに、役に立たないって事は無いでしょ。一応MSなんだし」

 そう、幾ら動きが悪いと言っても、あのXナンバーの量産機なのだ。その性能差でジンぐらいなら圧倒出来る筈なのだ。だが、それでもナタルには安心材料とはならない。性能を過信する事がいかに危険な事か、彼女はよく理解していた。なにより性能で著しく劣るメビウスでジンを平然と堕としていたフラガやキースが言っても説得力が無い。この2人は腕で性能差を覆して来たのだから。

 フレイはキラの訓練を受けることでどうにか機体をまともに動かす事は出来るようになっていた。射撃もなんとか様になって来てはいる。その向上ぶりには教師達も驚いているほどだ。才能があったのだと認めるしかないのだろう。今回アークエンジェルに集結した5機のGの中ではキラ、スコットに続く戦力となることはほぼ確実である。
 ただ、1つだけ問題があった。それは、フレイはこれが初陣だということである。初陣の兵士はその実力を発揮できない。訓練で良い結果を出せても実戦で竦んでしまえばそれまでなのだ。
 デュエルのコクピットを降りて訓練での疲れを見せるフレイに誰かが話し掛けてきた。顔を上げれば、それはスコット准尉だった。

「よう、大丈夫かお嬢さん?」
「だ、大丈夫、まだやれます」
「元気だねえ。でも、無理しない方が良いぜ。俺やキラみたいにコーディネイターって訳じゃないんだろ?」

 スコットの言葉にフレイは驚愕してスコットを見た。この男もコーディネイターだというのか。父を殺した憎いコーディネイターだと。

「あなた、コーディネイターだと言うの?」
「珍しいだろ。連合兵士のコーディネイターなんてさ」

 珍しいどころではない。フレイは連合軍にコーディネイターが居るということを初めて知ったくらいだ。表情に恐れさえ見えるフレイに、スコットは寂しさを感じてしまう。

「怖いか、俺が?」
「・・・・・・当たり前でしょう。私はナチュラルよ、コーディネイターに襲われたら抵抗も出来ないわ」
「・・・・・・そうだな、確かにその通りだ」

 ナチュラルとコーディネイターの間には決定的な差があるのだ。その差がナチュラルに無意識の恐れを抱かせる。スコットはその現実をこれまでに嫌というほど思い知らされているから今更ショックは受けない。
 だが、フレイの顔に浮かぶ表情は少しおかしかった。嫌悪だけではない、迷いと戸惑いもそこには浮かんでいたのだ。何かを悩んでいるのだろうか。

「何か、悩みでもあるの?」
「な、なに言ってるのよ。そんな訳無いわ。コーディネイターのくせに、馴れ馴れしくしないでよ!」
「俺は駄目でも、キラなら良いのか?」

 スコットの問い掛けに、フレイは今度こそ意外な表情を作った。その顔に走ったのは、怯えと悔恨。そして寂しさ。それらが混ざり合ったとでも言うべき、複雑な表情を浮かべたのだから。
 スコットはそんなフレイを見て、気さくな笑顔を浮かべた。

「満更でもないってか、その顔だと?」
「・・・・・・ゎょ」
「ん、何だって?」
「違うわよっ!」

 激情のままにそう怒鳴りつけると、フレイは立ち上がってアークエンジェルの中に駆けて行ってしまった。それを見送ったスコットはくすぐったそうに表情を緩める。

「やれやれ、初々しいねえ。認められない恋心ってか?」
「そう思うかい?」

 後ろから話し掛けられてスコットは軽い驚きとともに振り返った。そこには黒い髪の青年士官がいる。年は自分と同じくらいか。最初は誰かと思っていたが、すぐにその顔をブリーフィングルームで見たことを思い出し、慌てて敬礼した。

「こ、これは、キーエンス・バゥアー大尉でしたか」
「そんなに固くならなくても良い。この艦はフレンドリーな気風でね。おかげで俺は気楽でいさせてもらってる」

 キースはスコットの傍にくると、フレイが駆けて行った通路を見た。

「君は、コーディネイターだという事だな」
「はい」

 スコットは少し身構えた。一体何を言って来るつもりなのだろか。

「どう思うね、彼女と、キラを?」
「どうと、言われましても、見ていて飽きない2人だとは思いますが」
「なるほど、確かにそうだな」

 スコットの答えにキースは小さな声で笑い出す。スコットはそんなキースを不思議そうに見ていた。

「大尉、2人のことが、何か?」
「だって、気になるでしょ。ナチュラルとコーディネイターのカップルなんて、前代未聞だぜ。俺としては生暖かく見守ってやってる訳よ」
「な、生暖かくですか」

 中々に良い性格をしているらしいこの上官に、スコットはいささか表情を引き攣らせた。エメラルドの死神と謳われるパイロットのことは聞いていたが、ここまで軽い男だったとは。
 だが、何か言おうとしたスコットより先にキースは口を開いた。

「まあ、俺としてはだ。可愛い教え子がどういう道を選ぶのか、とても興味がある訳だ」
「・・・・・・上手くいくと、考えているのですか?」
「それは俺にも分からない。ただ、もし上手くいくなら、という期待はあるね」

 キースは遠い未来に思いを馳せるような表情になった後、急に真面目な顔になってスコットを見た。その顔は先ほどまでの緩さが消え、軍人のそれになっている。

「准尉、死ぬなよ。君のデュエルはキラのストライクに次ぐ戦力だ。君が欠ければ、作戦の成功が覚束なくなる・・・・・・仲間が死ぬのは良い気分じゃないしな」
「・・・・・・はい」

 スコットは姿勢を正すとキースに見事な敬礼を施した。キースは苦笑してそれに敬礼を返した。この時、スコットはこの男を信頼できる上官と認めたのだ。軍人にはさまざまなタイプがいるが、部下の命をどれだけ重んじてくれるかは重要なファクターである。なにより、コーディネイターの自分を仲間と言ってくれた。部下の命を大事にしてくれる指揮官には兵士は自然と付いていくものなのだ。

 スコットとキースが話している所に、キラがやってきた。

「キースさん、スコットさん、何をしてるんですか?」
「いんや、大した事じゃないよ」

 ふざけた調子で返すキースに、スコットがジト目で突っ込んだ。

「当人を前に大した事じゃないで済ますつもりですか?」
「はっはっは、この事は秘密なんだよ、准尉」

 何気に階級を出して牽制するキース。キースがこういう誤魔化しかたをする時は大抵碌な事を考えていないので、自然とキラの視線が冷たくなる。

「今度は何企んでるんですか、キースさん?」
「ああ、酷いぞキラ。お前は俺をそんな目で見てたのか?」
「みんな僕と同意見だと思いますけど」

 嘆くキースに、キラは同情の欠片もない答えをする。それを聞いたキースは悲しそうな顔でしゃがみ込み、床にのの字を書き出した。

「いいんだ、俺なんてどうせ何時も撃ち落とされてばかりだし、ボケキャラだし、そのうちみんなに役立たずとか言われて捨てられるんだ」

 見ていて鬱陶しい事この上ないので、キラとスコットはキースをあっさりと無視してどこかに行ってしまった。そのせいでキースは何時までもその場でのの字を書きつづけ、余りの鬱陶しさに我慢できなくなったマードックに文句を言われるまでしゃがんでいたのである。
 

 

 格納庫から逃げ出したフレイは、そのまま感情に任せて走り続けていた。別に目的地があるわけではない。ただ足を止めたくなかったのだ。だが、狭い艦内でそんなことをしていたら誰かにぶつかるのは当然で、フレイは十字路で誰かにぶつかって通路に身を投げ出してしまった。
 ぶつかられた方も態勢を崩したが、転倒するのは避けていた。

「いたたた、もう、艦内で走りまわるなんて、何考えて・・・・・・」

 ぶつかられたのはマリュ−だった。相手に文句を言おうとして、起き上がらないフレイにいささか心配そうな視線を向けている。だが、助け起そうとし近づいた時、その耳に嗚咽が聞えてきて眉を顰めた。

「アルスター准尉、大丈夫?」

 10以上も年下の少女が目の前で泣いているのだ。マリュ−の性格上無視することもできなかった。だが、最初は怪我でもしたのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。なにか別の理由があるようだ。

「どうしたの、なにかあったの?」

 マリュ−はフレイを抱き起こと、顔を覗き込んで問い掛けた。だが、フレイは返事をしない。ただ泣いているだけだ。どうにも様子がおかしいというか、平静を失っているように見える。マリュ−は辺りを見まわして誰もいないのを確かめると、フレイを立ちあがらせた。

「何かあったみたいね。私の部屋に来なさい。話くらい聞くわ」

 女の勘とでも言うか、マリュ−はフレイを放っておけなかった。MSパイロットがこの状態では使い物にならないという判断も僅かにあったが、泣いている女の子を放っておけないという気持ちが強い。
 フレイを部屋に入れたマリュ−はフレイを椅子に座らせると、コーヒーを入れたカップをフレイに渡した。フレイは泣き止んではいたが、まだ落ちこんでいるようだ。マリュ−はフレイと向かい合う様にベッドに腰掛けると、フレイの顔を見る。

「何があったの、ヤマト少尉と喧嘩でもしたの?」

 その問い掛けに、フレイは力なく首を横に振っている。マリュ−は首を傾げながらもじっとフレイが口を開くのを待った。そして、フレイがようやく口を開く。

「・・・・・・キラは、優しいんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私なんかに、凄く・・・・優しくしてくれるんです。自分の方が辛いのに、苦しいのに、他人の事なんか気にして・・・・・・」

 この状況でなければただの惚気話に聞えるだろうが、声と表情、そして纏っている雰囲気がそれを裏切っている。どういうわけかは分からないが、フレイにはそれが苦しむ原因になっているらしい。

「優しいのに、なにか不満なの?」

 また首を左右に振る。不満ではないのに泣いてしまう。マリュ−にはフレイが何を言いたいのか分からなかった。
 だが、フレイが漏らした一言には流石に眉を顰めざるを得なかった。

「私には、優しくしてもらう資格なんか無いのに。むしろ、憎まれて当然なのに」
「憎まれて当然って・・・・・・」

 マリュ−は絶句した。何があったか知らないが、自分を憎まれて当然などと言い出すとは、余程の理由があるのだろう。マリュ−はベッドから立ちあがるとフレイの肩を抱いた。

「・・・・・・余程の事情がある見たいね。今は詳しくは聞かないことにするわ。でも、誰かに聞いてもらった方が楽になることもあるわよ。私なら何時でも相談に乗ってあげるから、気持ちの整理がついたらまたいらっしゃい」
「か、艦長・・・・・・」

 泣きそうなフレイに、マリュ−は頼もしげな笑顔で頷いた。それでフレイの感情は堰を切ったように流れ出した。涙を流し、声を上げて泣きながらマリュ−に抱きついてしまう。 
マリュ−は大声で泣くフレイの頭を優しく撫でてやりながらも、何も問い掛けることはなかった。何時か自分から話してくれるまで、聞こうというつもりは無いのだろう。そして、聞かない優しさがフレイにはこの上なく嬉しかった。

 気を落ちつかせたフレイは涙を拭うと立ち上がった。マリュ−も立ち上がり、部屋から出ていくフレイを見送る。

「艦長、すいませんでした、見苦しい所を見せてしまって」
「子供がそんなこと気にするものじゃないわね。でも、何があったかは聞かないけど、頑張りなさいよ」
「・・・・・・・はい、そうします」

 フレイはマリュ−に頭を下げると自室の方に歩いていった。といってもキラの部屋なのだが。カスタフ作戦参加に伴って正式にMSパイロットとなったフレイは一応准士官となっており、個室が与えられているのだが、彼女はまだキラの部屋にいる。今の所それを誰も咎めてはいないのだが、もしかしたら自分から出ていく事になるのかもしれないとマリュ−は思った。
 艦橋に戻ろうと踵を返したマリュ−は、すぐそこに意外そうな顔で立つナタルがいる事に気付いた。

「ナタル、どうかしたの?」
「いえ、通りかかっただけです。それより艦長、アルスター准尉がどうかしましたか?」
「・・・・・・ええ、ちょっとね。あの娘、なにか複雑な事情を抱えてるみたいよ。かなり悩んでるわ」
「悩む、ですか。キ・・・バゥアー大尉も同じ事を言ってましたが」
「バゥアー大尉が?」
「はい、アルスター准尉はなにか、答えを求めていると。それを得る為に戦場に立とうとしていると」

 ナタルの言葉にマリュ−は考えてしまった。戦場に彼女の求める何があると言うのだろうか。それがどういう答えかは分からないが、キラとフレイ、2人の間にあるギャップを埋めるなにかだという事は想像がつく。
 しかし、キースがそこまで子供たちのことを考えてくれていたとはマリュ−は思わなかった。自分が巻き込んでしまったという罪悪感が常に根底にあっただけに、手が回らないでいた子供たちを見ていてくれたキースにマリュ−は内心で感謝した。


 そして、遂に連合軍のヨーロッパ反攻作戦が開始される。クライスラー少将の直接指揮する第48装甲師団が先頭に立ち、アークエンジェル隊もその中に含まれている。戦争がはじまって以来、幾度も繰り返されてきたおろかな行為がまた繰り返されようとしている。ただ、1つだけ違うのは、攻める側と攻められる側が逆だという事だろう。
 今回、攻め込もうとしているのはナチュラルの側であった。ザフトはこれまでの常勝に、ナチュラルが反攻に出てくるとは夢にも思っていない。その勝者の傲慢につけこむのも今回の狙いであった。


 


後書き
ジム改 さあ、次回はいよいよカスタフの開始だ。フレイ初陣でもある。
カガリ 私の影、薄いなあ
ジム改 G兵器5機は、実際にあったらかなり怖いだろうなあ。ジンでは対処不能だし
カガリ しかも掃除のおばちゃんだし
ジム改 さあ、5機のGはどうなるのでしょうか。生き残るのは誰だ?
カガリ くおらあ! 人の話を聞けぇ!!
ジム改 うおっ、何を怒ってるのかね、カガリ?
カガリ 私の出番はどうした。私は掃除のおばちゃんじゃないぞ!?
ジム改 キサカやカズィよりマシだろう?
カガリ 比較対象が間違ってるだろ!
ジム改 むう、贅沢な奴め。ラクスだって出番無いのに
カガリ あいつは後半出番多そうだから良いだろうが!
ジム改 とは言ってもなあ、当分はキラとフレイ、アスラン、キースで進める予定だしなあ
カガリ じゃあ、それまで私は掃除をしてろと?
ジム改 いや、ちょこちょこ出番はあるよ
カガリ ・・・・・・・まあ良い、今の所は信じておいてやろう
ジム改 ・・・・・・・・・・(なんか、段々栞に似てきたような気が)
カガリ ところで、艦長がフレイの味方になってないか?
ジム改 人情家という設定らしいし、良いでしょ?
カガリ 良いけどさ。あと、フレイの探してる答えってなんだ?
ジム改 まだ秘密。でも、彼女の成長にとっては不可欠な要素だよ
カガリ まあ、すぐに分かりそうだし、いいか
ジム改 では皆さん、またそのうち会いましょう
カガリ 私の活躍を信じてくれよな!