第190章  曙光


 

 マルキオの傍に立ち、ヘンリーは問いかけた。今アルカナムは何処で何をしているのか、構成員はどれだけ居るのか、知っている事を全て教えて貰いたいと。だが、それを問われたマルキオは何故かおかしそうに笑い出していた。

「何かおかしいですか?」
「ええ、アルカナムにまで届いた貴方の情報収集能力には脱帽しますが、流石にそこから先までは何も知らないようですね。良いでしょう、お教えしましょう」

 笑いを収めると、マルキオは語りだした。今の世界を生み出した、諸悪の根源とも言える組織の顛末を。

「もうアルカナムという組織はありません。アルカナムはジョージ・グレンの告白を機に解散したそうです」
「解散した、そうです?」
「はい。まず勘違いをしないで頂きたいのですが、私はアルカナムではありません。ただ、アルカナムのメンバーだった方に師事した事があるだけです」

 アルカナムは既に存在せず、そのメンバーも自分が知る限りでは全員が既に他界している。彼らは人類の進化の可能性を求めてコーディネイターという脅威を作り出し、ジョージ・グレンが思惑通りにそのデータを公開した事で目的を達し、個々に状況の観察に入ったらしい。ジョージ・グレンというファクターを通す事で誰も自分たちの思惑に気付かず、世界には予定通りにコーディネイターが増える事になった。ただコーディネイターがここまで増えすぎた事は予想外の事態であった。
 
ただ、自分のようにアルカナムの知識を受け継いだ人間はどこかに居るだろう。自分は宗教界を抜けて新しい寄辺を探している時にアルカナムのメンバーだったという男と出会い、その知識を受け継いだ自分はSEED理論を完成させ、SEEDを持つ者という救世主を定義したのだと。
 そして自分はSEEDを持つ者を探し、新たな秩序の確立を模索し続けた。その過程でアルカナムの残滓を利用し、ターミナルという情報を共有する相互支援組織を作り上げ、膨大な情報を集める事にも成功した。そして新しい秩序の為の下準備をしながら新しい存在を探し続け、遂にその存在を探し当てたのだ。

「それが、ラクス・クラインという訳ですか、導師?」
「ええ、彼女は私が求めていた、人々を纏められる力を持っていた方でした。ラクス様ならばこの狂ってしまった世界を正す事が出来る、そう信じたのですよ」
「ですが、彼女は失敗した。キラ君たちは彼女の作る新しい世界ではなく、今の世界とそこに生きる人達を選んだ」
「……それは私にも誤算でした。何故SEEDを持つ者同士で戦うなどという事になったのか、私にも分からなかった。新しい進化の因子を持つ選ばれた人間同士で争いあうなどという事がどうして起きたのか」

 マルキオのSEED理論では彼らは人類の進化の可能性であり、世界を導く存在の筈なのだ。それがどうして対立しあうなどという事になったのか、マルキオには理解できない事態であった。
 だが、ヘンリーにはそんな事は関係なかった。今知りたいのはアルカナムの残りが何を企んでいるかだ。

「導師、貴方の言われた後継者たちが何処で何を企んでいるのか、本当にご存じないのですか?」
「残念ながら、アルカナムのメンバーは解散後はお互いの連絡を完全に絶っていたそうなのです。あれはあくまで人類の進化の可能性を探求する為だけに存在したもので、ジョージ・グレンの告白によってその役割を終えたのだと言っていました」
「つまり、誰が知識を継いでいるのかも、何処で何をしているのかも全く知らないと」
「そういう事です、ご期待に添えなくて申し訳ない」

 全く身じろぎもせず、こちらを見向きもせずに謝罪するマルキオに、ヘンリーはそっと右手を伸ばした。だがその手はマルキオを貫いて反対側に突き出てしまう。その手が貫通する瞬間にマルキオの姿がぶれたのを見たヘンリーは顔を顰めた後、やはりかと呟いたいた。

「立体映像とは、手の込んだ事を」
「備えあれば憂いなし、ですよ。最近は身の危険を感じる毎日ですので。アズラエル理事は私の事が大層お気に召さないようで、刺客を差し向けられました」
「それはそうでしょうね、貴方のしでかしてくれた工作のせいでこの世界の混乱が拡大したのですから」

 既に戦後を見据えて動き出しているアズラエルたちロゴスにしてみれば、ラクスを唆して世界の混乱を拡大させてくれたマルキオは危険要素でしかない。加えて世界各地で様々な要人と手を組んで色んな活動をしていた。南米でシーゲルと組んでナチュラルとコーディネイターの共存を前提とした隠れ村を作ったりしていたのだ。
 だが、地球上で余計な事をされてはロゴスとしては色々と迷惑だったのだ。しかもそれらの中には政情不安を引き起こしかねないような活動も含まれていた。今ではむしろ邪魔な存在となったブルーコスモス過激派と彼ら共生派は同じテロリストとして弾圧されていたのだ。
 その共生派、プラントで言うところのクライン派を支援し、遂にはラクスの決起にまで至らせたマルキオをアズラエルは将来の禍根であると考え、始末しようとしていたのだ。他のロゴスもそれを止めようとしていないので、マルキオの居場所はもう地球上にはなくなったと言えるだろう。

「導師、これからどうなさるおつもりです。なんでしたら私からアズラエルに口をきいて差し上げましょうか?」
「ご心配には及びません。今の世の中、隠れる場所には事欠きませんから」

 一体今何処に居るのやら、と思いながら助け舟を出したヘンリーであったが、マルキオは逃げ切れる自信があるのかそれを断った。そしてマルキオの姿は唐突に消え去り、その場に静寂が訪れる。そして暫くして数人の武装した者たちが家から出てきた。

「屋内には誰もおりません。コンピューターの類は全て破壊されております」
「この映像装置以外は、か。本当に用意周到なことだ」

 殺害はしないまでも、ヘンリ−もマルキオを捕らえてしまおうという事くらいは考えていたようだ。ヘンリーはやれやれと近くの手摺に腰を降ろすと、どうしたものかと空を仰いでしまった。

「参ったな、これは長い鬼ごっこになりそうだぞ」
「すぐに捜索を開始します。ですが、マルキオ導師の味方は世界中に居ますから、簡単には……」
「ああ、分かっている。気長にやるさ、ロゴスも私も短気じゃあない」

 マルキオの味方は世界中に居るが、ロゴスの手も世界中に伸びている。彼がロゴスの手から逃げ切れるかどうか、ヘンリーはこれからを想像して少しだけ楽しそうに表情を緩めていた。

 


 

 アークエンジェル隊が大苦戦を強いられていると知ったカガリは、そちらへの援軍を出す事はしなかった。自分たちがやるべき事はわきまえていたのだ。アークエンジェルが命を賭けて敵を食い止めている間に、自分たちがジェネシスを潰すのだと。

「M1隊は正面の敵だけを片付けろ、艦隊はローエングリン発射準備だ!」
「でもカガリ、このままじゃ第8任務部隊が潰されるぞ!?」
「それが作戦だ、向こうは向こうで頑張って貰うしかない。急げユウナ!」

 血走った目でユウナを睨みつけるカガリ。それを見たユウナは一瞬怯みを見せ、そして全艦艇にローエングリン用意を伝達した。それを聞きながらカガリは瞬きもせずじっと正面のジェネシスを見据えている。全ての犠牲はこの攻撃を成功させる為にあったのだ、総自分に必至に言い聞かせながら、カガリは歯を噛み締めて内から込み上げてくる感情を必至に押し殺していた。




 それを表現するならば、絶対的な強さとでも言うべきか。無数のドラグーンを同時に操作しながら立ち塞がる全てを撃砕していくプロヴィデンスを止められる者など何処にも居なかった。キラですら止められない相手を誰が止められると言うのか。シンはユーレクのゲイツRとの戦いに拘束され、他のエースたちもクルーゼの連れてきた戦闘用コーディネイター部隊を前に劣勢を強いられている。
 プロヴィデンス1機を止めれば流れも変わる、というのが彼らの共通認識であったが、問題はそのプロヴィデンスが止められない事だった。第8任務部隊の名だたるエースたちうを手玉に取るような相手をそうそう止められる訳が無いのだが、今もトールとオルガ、クロトの同時攻撃をものともせずに攻撃を加えてきている。

「この野郎、いい加減落ちろよな!」
「クロト、無理に突っ込むな!」

 破砕球を回転させてビームを防ぎながらプロヴィデンスとの距離を詰めるレイダーを止めようとしたオルガであったが、頭に血が上っているクロトには届かず仕方なく砲撃でプロヴィデンスの足を止めにかかる。連続発射された砲弾とビームがプロヴィデンスを襲い、一瞬でもその動きを止めるかと思われたのだが、プロヴィデンスはその砲撃を全く意に介さないかのように回避して見せてレイダーの放った破砕球をシールドで弾き返してチェーンを掴み、力任せに振り回した。
 レイダーが引っ張られてプロヴィデンスのほうに引き寄せられていく。クロトは慌てて逃げようとしたが、パワー差が大きすぎて引き摺られてしまう。

「クロト、チェーンを切り離せ!」
「だ、駄目だ、こいつはビームサーベルじゃ簡単に斬れないんだよ!」
「クソッタレ、ならこいつで破壊してやる!」

 ビームを防ぐ破砕球のチェーンを一瞬で破壊する手段はレイダーには無い。元々切り離すような設計でもない。その頑丈さが仇となってプロヴィデンスに引き寄せられてしまった。それで仕方なくオルガがカラミティのスキュラでチェーンを撃って破壊してやろうとしたのだが、その照準の為に動きを止めたのが仇となった。動きを止めた所を狙ったかのように3基のドラグーンがカラミティの周囲に現れ、オルガが回避に入る間も与えずにこれを撃破してしまった。それを見たクロトは必至に仲間の名を呼んだが、もう通信機から返ってくる声は無かった。
 カラミティを破壊したクルーゼはさらにレイダーも仕留めようとしたのだが、そこにヴァンガードがチャージモードで突っ込んできて槍でチェーンを切断してしまった。

「おお、ナイスだシン!」
「クロトさんは下がって、こいつは俺が!」

 高周波ブレードでチェーンを切断したシンは再びプロヴィデンスに挑んでいく。それを迎え撃とうとするクルーゼもドラグーンを戻してヴァンガードを撃ちまくるが、シンはゲシュマイディッヒパンツァーを上手く使って容易に隙を見せなかった。
 だが、プロヴィデンスに襲い掛かろうとしたところでまたあのゲイツRに邪魔をされた。横合いからの体当たりで槍の穂先をそらされ、至近からビームサーベルを振るってきたのだ。それをシールドで受け止めたシンは流石に腹が立ってきていた。

「くそっ、何でこんな時に出て来るんだこいつは。こっちはあいつの相手で手一杯だってのに!」
「手一杯か、まあそうだろうな、君は何も分かっていないようだ」
「何だ、話しかけてきた?」
「君達は戦い方というものを知らない、それでは私は勿論、クルーゼにも勝つ事は不可能だ」
「て、敵にそんな事言われたくない!」

 ゲイツRを跳ね飛ばして右腕のレーザーを発射したが、その射線上には既にゲイツRの姿はなかった。いや、何時の間にか敵機は背後に回りこんでいてライフルを突きつけている。その動きの良さを見てシンは、悔しいがこのパイロットは自分より遥かに格上であると認めざるをえなかった。
 だがそんな戦いを暫く続けた時、アークエンジェルから信じられない連絡がミリアリアからもたらされた。それを聞いたシンは耳を疑い、思わず聞き返してしまった。

「なんだってミリアリアさん、ステラがどうしたって!?」

 それは、ステラの急を告げる知らせであったのだ。




 アークエンジェルは多数の直撃弾に身悶えていた。周囲から降り注ぐ大量のビームが船体を何度も叩き、その都度装甲に吸収されるように消えていく。強靭なラミネート装甲を前にドラグーンは決定的な武器とはなりえなかったのだ。勿論装甲には耐久限界があり、いずれこの装甲も破られる。だがそれは今すぐではなかった。

「ええい、なんという装甲だ。これだけのビームを受けても持ち堪えられるとは」
「クルーゼ隊長、俺達が接近戦を仕掛けます!」

 3機のゲイツRやザクウォーリアがアークエンジェルの対空砲火の中へと突っ込んでいくが、そのうちの1機が1機なり正面に出てきたウィンダムの放ったビームにザクウォーリアが貫かれて撃破されてしまった。それで慌てて退きに入った2機のゲイツRの片方がアークエンジェルからのイーゲルシュテルンの弾幕に絡め取られて粉々に引き裂かれ、もう1機は懐に飛び込んできたウィンダムのビームサーベルにすれ違いざまに切り裂かれてしまった。

「ステラ、病み上がりなんだから余り無理はするなよ」
「大丈夫。それより今はあの変なのを何とかしないと!」
「ああ、分かってる。でもあの小さいビーム砲を何とかする方法が無いんだ、あれさえ止められれば、何とかならない事も無いんだけどな」

 ドラグーンさえなければあれはただのMSだ、トールはそう感じていたが、そのドラグーンが余りにも強すぎた。そしてプロヴィデンスはドラグーンを一度しまうと、ビームライフルを撃ちながら2機のウィンダムめがけて突っ込んできた。その振るわれたビームサーベルをトールはどうにか回避し、ステラがビームサーベルで切りつける。そのステラのウィンダムの振るったサーベルをシールドで受けたクルーゼは、そのままパワーに物を言わせてウィンダムを盾代わりにしてアークエンジェルに押し込んでやった。それを見たマリューはイーゲルシュテルンを向けることが出来ずにトールとスティングに排除を命じたが、2機が動くよりも先にプロヴィデンスはステラのウィンダムごとアークエンジェルに突っ込んだ。

「ったあい、あちこちぶつけたあ」
「……その声、ステラ・ルーシェか、生きていたのだな。だが何故私に銃を向ける。君は私のの手駒のはずだがね?」
「離せ、お前なんか知らない!」
「ふむ、記憶操作が解けたのか。まあ仕方があるまいな」

 所詮は機械を使った仮初の支配、手を離れれば解けてしまうのを止むを得ない。だが、それはそれで面白いとクルーゼは思った。ならば、もう一度書き換えれば良い事。クルーゼはもし他人が見れば寒気を感じるような歪んだ笑みを浮かべると、ステラに用意されていた言葉を聞かせてやった。

「しょうがない娘だな。やはり使えないガラクタは、捨てるしかないのかな?」

 そう言ってプロヴィデンスはウィンダムを開放すると、迫ってきたウィンダムとマローダーから離れるように別の敵に向かっていった。トールはステラがプロヴィデンスに銃撃しないことを不審に思いながらも無事を確かめに近づこうとしたのだが、その銃口が自分に向けられたのを見て驚愕してしまった。

「ス、ステラ、何を!?」

 だが、呼びかけてもステラの答えはなく、ただ闇雲に銃撃を加えてくるばかり。トールは何がどうなったのか分からずにアークエンジェルにどうしたのかと問いかけたのだが、返ってきたのはミリアリアの声ではなくあのドミニオンからやって来た研究者の声だった。

「ケーニッヒ中尉、どうやら彼女にはマインドコントロールも施されていたようだ」
「何だよそれ?」
「一種の暗示のようなもので、記憶操作と似たような物だと思ってもらえればいい。相手の意識を自由に操る技術の一つだ」
「でも、ステラのはもう解けてたんじゃなかったのか!?」
「ああ、記憶操作の方はな。だがこれはまた別のトラップだ。恐らく何らかのコマンドワードを設定されていて、それを聞いたら発動するようにされていたんだろう。全く陰険な手口だ」
「それで、対処法は!?」
「無い。ただ洗脳などとは違ってこういうのは長くは持たない筈だ。時間が経てば回復するだろうし、何らかのショックで戻る可能性もある。だが最善の手は無力化してアークエンジェルに連れてくる事だ」
「無力化しろって言われても、そんな簡単に出来るなら苦労しないよ!」
 
 もしステラが全力で抵抗してくるなら無傷で無力化するのは容易では無い。彼女が動かずにいてくれるなら手足をぶった切って達磨状態にして持ち帰ることも可能だが、抵抗をされる状況では下手をすれば致命傷を与えかねない。
 如何すればいいんだという悩みを抱えながら、トールはビームサーベルをウィンダムへと向けた。だが出来るのか、自分にそんな器用な事が。そんな悩みを抱えた状態で正確な攻撃が出来る訳が無いと頭では分かっているが、悩まずにはいられない。フラガやアルフレットならやれるかもしれないが、自分にはそんな技量は無い。

「参ったな、俺でやれるのかそんな事?」

 こういう時、何時もなら助けてくれたであろう人たちは今ここには居ない。アルフレットとフラガは負傷し、キースはMA隊を率いて敵艦隊に向かっている。もう自分でやらなくてはいけないのだ。




 アークエンジェルが窮地に陥っていた時、キラとフレイはアンテラのインパルスに苦戦を強いられていた。このインパルスはクルーゼのドラグーンのような奇策こそ使ってこなかったが、素早い動きと正確な射撃、そして見事な位置取りによって2人を翻弄していた。
 キラは粒子砲の射線上に常に友軍機を巻き込むように動くインパルスに苛立ちを隠せないでいたが、同時にその動き方に嫉妬交じりの賞賛を隠せなかった。

「何であんなふうに動けるんだ、周囲のMSの動きが分かってるみたいだ!・」
「空間認識能力じゃないわ、周りを常に良く見てるのよ。気をつけてキラ、このパイロットは義父さんレベルよ!」

 アルフレットの強さは総合力の強さだ。個々の能力で劣っていてもそれ以外の部分で補ってしまう。だからどんな相手にも戦えるし、多数を相手取っても負けない。フレイも同様の強さを持っているが、流石にアルフレットのような化け物ではない。だが、このインパルスのパイロットはそういう強さを持っているようだった。
 それに、キラもフレイも気付いてはいなかったが、2人とも本来の実力を出せてはいなかった。敵を突破できないという焦り、アークエンジェルが危ないという焦り、そしてこの戦いに世界の命運がかかっているという重圧が彼らから本来の強さを奪っていたのだ。
 アンテラはキラの強さが前に見たほどでは無いという事にすぐに気付いていた。その理由は分からなかったが、おかげでどうにかこの2機を同時に押さえる事が出来ている。しかし、彼女には彼女の迷いもあった。本当にこのままで良いのだろうか、人類を滅ぼしてしまって本当に良いのか、彼女は迷っていたのだ。

「クルーゼ、これで本当に貴方は良いのですか?」

 そんな迷いを抱えながら、アンテラはインパルスを動かしていた。それでもクルーゼの為にこの2機を止めなくてはいけないという矛盾したものを抱えながら。




 先鋒を務めていたアークエンジェルが止められた事でカガリ艦隊全体の行き足が鈍った。そのためにコロニー群の防衛からこちらに回ってきた部隊の一部がどうにかジェネシスの防衛に間に合い、カガリ艦隊に猛射を加えてきた。また本国から回ってきた別の部隊はヤキンからの敵を食い止めていた大西洋連邦の艦隊に向かい、こちらと激しい戦いを繰り広げている。
 20隻ほどの戦闘艦が大西洋連邦の防衛線に攻勢を仕掛け、大西洋連邦艦隊がそれを向かえうっている。ザフト艦隊の主力はどうにかこれを突破してジェネシスを守りに回りたかったのだが、大西洋連邦艦隊の中には最新鋭戦艦のワイオミング級が2隻も含まれており、火力面では圧倒されていた。ローエングリンが無い事を除けばワイオミング級の火力はアークエンジェル級さえ上回るもので、ザフトの鹵獲した地球軍の艦船やナスカ級、ローラシア級では撃ち合えば間違いなく沈められる。
 だがアークエンジェルが苦戦しているという知らせが地球軍に与えた衝撃は想像以上だった。あの無敵のアークエンジェル隊を苦戦させるような敵がまだ残っていて、先方隊は未だにジェネシスの守りを突破出来ないでいる。その焦燥感が徐々に優勢な筈の大西洋連邦艦隊を後退させていた。
 大西洋連邦の守りを抜けてジェネシスに向かおうとしていた艦隊の中には当然のようにミネルバの姿もあった。護衛の艦載機に守られながら突破を試みているミネルバには当然ながら多数の地球軍のダガーが押し寄せていたが、これらは対空砲火と数機のMSによってどうにか食い止められていた。
 その中でも特に物を言っていたのがルナのブラストインパルスとレイのフリーダムだ。その火力はまさにこういう場面でこそ役に立つもので、猛烈な火力で敵機を蹴散らしていた。

「もう、こいつら後から後からと、いい加減にしなさいよね!」

 ルナが口汚く罵りながら砲撃を続けていたが、その隣で撃ちまくっていたレイはゆっくりとミネルバから離れようとしていた。彼もそろそろザルクと合流しようと思っていて、この乱戦は絶好のチャンスに思えたのだ。

「すまないなルナ、俺が言え事じゃないが、死ぬなよ」

 レイは自分の友人になってくれて、そして今日まで戦ってきた戦友に詫びを入れながらミネルバから離れようとしたのだが、その時いきなり通信機からルナの悲鳴が飛び込んできた。

「ちょ、ちょっと、多すぎるってば。レイ助けて――っ!」
「……ええい、世話を焼かせるなと何度言えば分かるんだルナ!」

 仕方なく機体を反転させてレイはインパルスに群がっているダガーにフルバースト射撃を加えた。




 地球軍の守りが崩れだしたのを見たザフトは勢いに乗ってさらに突撃を加え、これを突き崩そうとしている。その様子を見たクルーゼはジェネシス発射までの時間が稼げそうだと愉快そうに笑い、カガリたちは不味いと表情を顰めている。

「カガリ、味方の士気が落ちて崩れだしてる。このままじゃ不味いよ!」
「どうされますか、カガリ様!?」

 ユウナとアマギが指示を求めてカガリを見たが、カガリは組んでいた腕を解くとトダカ艦長に全軍に通信回路を開くように命じた。

「繋ぎました、カガリ様」
「カガリ、何を言うつもりなんだい?」
「黙ってろユウナ、ここで踏み止まらなかったら地球は終わりなんだ」
「カガリ様、アスラン・ザラを乗せたシャトルが着艦許可を求めてきました。ジャスティスを使わせてくれといっています」
「好きにさせろ、こっちは忙しい!」

 カガリはユウナを黙らせると、マイクを手にとって崩れ始めている全軍に呼びかけた。

「退くな、今の私たちに後退は許されない、私達は世界を救いに来たんだぞ。私達の背後には地球がある。あそこには100億の人間がいて、家族や友人がいるんだ。いいか、私達は1人当たり数十万人の命を背負っているって事を忘れるな!」

 そこでカガリは呼びかけを止め、じっと味方の動きを待った。艦隊がこのまま崩れていくようならば、それが人類の最期となると思いながら。そして、艦隊はカガリの期待に応えてくれた。

「カガリ様、後退していた部隊が踏み止まりました。反撃に転じています!」
「ふう、どうやらみんな分かってくれたみたいだな」

 カガリはどっと肩の荷を降ろしたように肩を落としてマイクを手放し、手に滲んでいた汗を裾で拭った。自分の言葉に一瞬とはいえ全世界の命がかかっていたのかと思うと今更ながらに重圧に押しつぶされそうになったのだ。
 だが、カガリの言葉は確かに大勢を動かして見せた。それは一度敗走しようとしていた部隊を踏み止まらせるという奇跡を起こしてみせたのだ。地球軍がいきなり反撃に転じたのを見たザフトの指揮官達は信じられないものを見たかのように驚愕を隠せないでいる。まさか、あのまま壊走すると思われた敵がどうして急に立ち直ったのだ。

 そしてそれは、状況を楽しんでいたクルーゼさえも驚かせた。彼の頭の中では地球軍が立ち直るのは完全に想定外の事態だったのだ。

「馬鹿な、何故士気が崩壊していた地球軍がいきなり立ち直った。一体誰が奴らを奮い立たせたのだ!?」

 クルーゼは地球軍の消えかけていた勇気の炎が再び燃え上がったのを感じ取っていた。彼のもつ力がそこまで感じ取ってみせたのだが、なまじそんな力を持つだけに彼には目の前で起きた事が恐怖さえ呼び起こす事に思えたのだ。
 いや、誰がというのは愚問だったろう。この場で彼ら全員を率いているのはあのオーブの小娘なのだから。

「奇跡を起こしたというのか、あの小娘が。本当にSEEDを持つ者なのか!?」

 そんなふざけた奴が存在してたまるか、と吐き捨ててクルーゼはプロヴィデンスをクサナギに向けた。救世主など存在するものか、人類の進化の可能性など、そんな物を認める訳にはいかない。
 クルーゼに続いて数機のザクウォーリアが続き、オーブ艦隊の艦載機の迎撃を受ける。多数のM1Aがクルーゼの前に立ち塞がって、あっという間にドラグーンの餌食となって消えていた。キラでさえ手を焼いたドラグーンを相手に弱体化が著しいオーブのMS隊が歯が立つ訳がなかった。

「ユウナ様、敵の新型が来ます!」
「M1Aでは対処し切れないか?」
「既に3機の反応が消失、今オノギの機体が消えました!」
「敵は少数なのにこれか。仕方ない、正面のエドワードの隊とガーディアンエンジェル隊を回して食い止めさせろ」
「いや待てユウナ、MS隊は現在の配置に留まらせろ、このままローエングリンの射程にまで突っ込む」
「カガリ、それは!?」
「無茶は百も承知だが、あれを壊せなければ無理をした意味が無くなるんだ。友軍が敵を食い止めてくれている間に、オーブ艦隊はなんとしてもローエングリンの射程に辿りつく。たとえこの艦が沈んでも他の艦は任務を達成するように伝えろ!」

 決して曲がらぬ鋼鉄の意志を感じさせるカガリに、ユウナは仕方なく全軍にそれを伝達させ、とにかくジェネシスを目指して突っ込むように指示した。カガリがそう決めたのならば自分たちは従うしかないのだ。
 カガリの命令を受けてオーブ艦隊が遮二無二突進を始め、ジェネシスの前に立ち塞がるザフト艦隊、いや正確にはザルク艦隊に攻勢を仕掛けた。それはただ一点突破だけを狙った戦術で、流石のザルク艦隊もその圧力に耐えかねたように壁を崩しだしていた。
 ザルク艦隊を纏めていたカリオペは突進してくるオーブの駆逐艦に砲撃を加えていたのだが、カリオペも2発被弾して艦を退がらせるしかなくなっていた。

「クルーゼ隊長、このままでは防衛線を抜かれます!」
「もう少し持たせろ、今敵の旗艦に取り付くところだ。MSが邪魔だが雑魚ばかりだ!」

 クサナギとの間に割って入ってきたフブキ級駆逐艦を撃沈してプロヴィデンスがクサナギへと迫る。それを阻もうとM1Aが向かっていくが、一瞬足止めするだけで次々に撃破されている。だが彼らの無謀な行動は確かにクルーゼの行き足を止めてはいたのだ。
 クルーゼはこのM1A隊の愚かな挑戦に苛立ちを隠せなかったが、それでもその狂気の様な特攻を蹴散らし続けていた。そして遂にドラグーンの射程内にクサナギを捉えた。

「沈め、忌まわしい船が!」

 防御に割り振るドラグーンさえ回して草薙を攻撃するクルーゼ。8基のドラグーンがクサナギに纏わり付き、ビームを連続して船体に叩き込んでいく。アークエンジェルのような防御力を持たないクサナギはこの攻撃に耐える事が出来ず、次々に装甲を破られて被害が内部に及んでいった。
 各所からの被害報告に必至に対処指示を出していたトダカであったが、一度に多数の直撃を受けてしまって対処が追いつかなかった。なまじ旗艦であっただけにクサナギが被害担当艦のような役回りになってしまたのだ。

「駄目ですユウナ様、艦内各所でプラズマ雲と火災が発生、被害の拡大を食い止められません!」
「ドラグーンを撃ち落せないのか!?」
「イーゲルシュテルンの半数以上がすでに機能停止状態です。MS隊は敵MSの迎撃で手一杯!」
「……クサナギは、もう無理か?」
「残念ながら、旗艦としての任務には耐えないかと。カガリ様を連れて司令部をツクヨミに移して指揮を継続してください」

 クサナギ級戦艦がこうもあっさり沈むのかとユウナは暫し言葉をなくしたが、我に返るとカガリにランチに移るように頼んだ。それを受けてカガリは艦橋の中を見回したあと、小さく頷いて踵を返した。

「トダカ、無理だと思ったら艦を捨てろ。せめてクルーだけは連れて帰れ」
「承知しております」

 カガリの言葉に頷いてトダカが敬礼を返し、それを見ずにカガリは艦橋を後にしていった。それを見送ったユウナはトダカを見ると、そっと右手を差し出した。

「艦長、カガリの無茶につき合わせてすまなかったね。でも、もう一仕事頼むよ。それと艦と運命を共にってのは無しだよ、オーブ軍にはもう君を死なせてやれる余裕は無いんだ」
「随分と買いかぶられた物ですな」

 些か照れ笑いを浮かべながらトダカがユウナの手を握り返し、カガリ様を頼みますと言ってユウナを送り出した。そしてユウナも艦橋を出て行こうとしたのだが、また新たな衝撃で艦が揺れ、ユウナはバランスを崩して近くのコンソールにぶつかってしまった。

「ど、どうした!?」
「艦首部に被弾、格納庫全部が破壊されました!」
「格納庫の要員は!?」
「分かりません、既に連絡もつきません!」

 艦内の回線さえ既にズタズタになっているらしい。全員に宇宙服は着せてあるので放り出されても生きてはいる筈だが、果たしてどれだけ生き残っているか見当もつかない。ユウナも窓から無残に引き裂かれた格納庫を見て顔を顰めていたが、その艦橋の前にプロヴィデンスが表れたのを見て絶句してしまった。
 そしてクサナギの艦橋の前に現れたクルーゼは顔を被虐交じりの笑みに歪めながら、シールドについている大型ビームサーベルを振りかざした。

「さらばだ、計画の不安要素は、ここで消え去るがいい!」

 狂気を感じさせる笑い声を上げながらクルーゼはそれを振り下ろそうとしたのだが、下方から飛来した何かがシールドを直撃してシールドを接続部から引き千切り、さらに衝撃で機体もクサナギの正面から弾き飛ばしてしまった。
 クルーゼはすぐに機体を立て直し、一体何が自分を攻撃してきたのかとクサナギの方を見る。すると、クサナギの格納庫に開いた穴から1機の赤いMSが姿を見せていた。

「M1ではない。あれはまさか、ジャスティスか?」

 外装や武装など、多くの点で違いはあるが、あれは確かにジャスティスだった。こちらに向けている左腕には細い槍のようなものをマウントしたシールドユニットが装備されている。それは地球軍では既に廃れた筈のランサーダートであった。
 ランサーダートを放ってクサナギを救ったのはアスランのアヴェンジング・エンジェルであった。ランサーダートはオーブ軍では未だに研究を重ねられ、PS装甲にさえ有効な実弾兵器として完成度を高められていたのだ。そう、この機体にはオーブで開発されていた数々の新兵器が研究用に組み込まれていたのだ。アスランは格納庫からゆっくりと離れると、近くの装甲を触って接触回線で艦橋に話しかけた。

「こちら、アスラン・ザラ。艦橋は無事ですか?」
「あ、ああ、助かった、ありがとう」

 腰を抜かしていたユウナはアスランの声に呆けた顔で礼を言った。まだ自分が生きている事が信じられないような顔をしている。そしてトダカに助け起こして貰うと、アスランにあれを艦から離してくれと頼んだ。

「アスラン君、あの変なMSを艦から引き離してくれ。クサナギはもう戦闘に耐えられない」
「了解しました、やってみます」
「アヴェンジング・エンジェルは実験機で完成度が低いし、テストも碌にすんでいない。そんな機体を使わせてすまないな」
「なに、俺はこれまでずっとまともなMSに乗れた事の方が珍しいなんて軍人生活でしたから。もう慣れっこですよ。それよりも、1つだけ頼みがあるんですが」
「言ってくれ、聞ける頼みなら聞こうじゃないか」

 この状況を何とかしてくれるならユウナは何でもしてやるつもりだった。オーブへの亡命の世話だろうがプラントへの援助だろうが。だが、アスランが頼んできたのはある意味予想外のものであった。

「機体の名前を変えたいんですよ、アヴェンジング・エンジェルなんてなんか物騒ですからね。これでも縁起を担ぐ方なんですよ」
「……く、はははは、はははははははははっ、良いさ、好きな名前にするといい。それを正式名称にしてあげるよ!」

 ユウナは腹を抱えて笑い出しながらアスランの求めを快諾した。まさかこんな状況でこんな笑える条件を出してくるとは思わなかった。ユウナの許可を受けたアスランは嬉しそうに頷くと、腰に固定されている実体剣をカメラで見ながら、考えた新名称を大声で告げた。

「ナイトジャスティス、出撃します!」

 クサナギからクローカーの手で生み出された3機目の核動力MSが飛び立った。それは一直線にプロヴィデンスに向かっていき、ビームライフルを放ちながらこれをクサナギから追い払っていく。それまでのM1Aとは比較にならない機動性とパワーを有する新手の出現に流石のクルーゼも驚いている。

「馬鹿な、何故いきなりこんなMSが出てくる。そんなパイロットがまだオーブにいたのか!?」
「いいえ、オーブには居ませんでしたよクルーゼ隊長!」
「その声、アスランか!?」

 無線周波数を合わせてきた敵機から聞こえてきた声は、アスランのものであった。至近距離に踏み込んでビームを放ってくるジャスティスの動きの良さにクルーゼが必至に距離を取ってドラグーンを呼び戻す。13基のドラグーン全ての攻撃に晒されたアスランが逆に回避に専念させられる事になり、舌打ちをした。

「ちっ、これがドラグーンか。キラたちが梃子摺るわけだな」
「これもザラ議長の肝いりで開発されたコーディネイターを守る為のMSだよ。まあ私くらいにしか使えない機体だがね」
「黙れ、ならばなおの事、貴様がその機体を使う事は許されない。父上を欺き、プラントを破滅させようとした貴様を俺は許さない!」
「ほぉう、これは驚いたな」

 クルーゼは感心したような声を出した。まさかあの愚鈍なアスランがそこまでの事を知りえていたとは思わなかったのだ。だが、そこでふとクルーゼは疑問に思ってしまった。プラントから逃げ出すまでアスランは自分の事に気付いていなかった筈。もし気付いていればあの性格ではじっとなどしてはいられまい。となると彼は地球軍の元に逃亡した後にそれを知ったという事になる。
 そこでクルーゼははっとなった。まさか、地球軍は自分たちの計画に気付いているというのか。アスランがこの短期間で情報を得るには地球軍から教えて貰うくらいしかない。それに気付いたクルーゼはここに至ってようやく地球軍の動きの強引さの理由に気付いた。彼らはプラントを倒すためにここに来たのではない、自分の計画を頓挫させる為にジェネシスを潰そうとしているのだと。

「だが、もう遅い。ジェネシスのミラーの換装はもうすぐ終る。今更間に合いはしない!」
「どうかな、もうオーブ艦隊はローエングリンの射程に入ったぞクルーゼ!」
「何だと?」

 クサナギに気を取られている間に旗艦交代の為に残っていたツクヨミを除くオーブの残存艦隊がジェネシスをローエングリンの射程に捕らえていたのだ。駆逐艦の艦首部に設置されていたローエングリンの輝きが宿り、陽電子の束がジェネシスに向けて次々に放たれた。それは途中のゴミやガスに反応して強烈な輝きを発しながらジェネシスに直進し、ジェネシス本体を正確に捉えた。それを見たクルーゼが驚愕を浮かべ、カガリたちの顔に歓喜の色が浮かぶ。だが、すぐにそれは絶望にとって変わられた。ローエングリンの直撃を受けた筈のジェネシスは確かに大きなダメージを受けていたのだが、ズタズタになった外装の下に次の装甲らしい部分が現れたのだ。
 ジェネシスが無事なのを見たクルーゼはホッと胸をなでおろし、そして勝ち誇ったように事情をアスランに説明しだした。余程焦ったようで少し声が上ずっていたが。

「ふう、無事だったか、危なかった」
「これは、多重装甲!?」
「ふははは、そうだ、第8艦隊に一度攻撃された後、更に防御力を高めるべく外装を多重式に変更し、対ビーム防御用にアンチビーム粒子まで撒布してあったのだ。そう簡単に壊せると思ったか!」
「なら、お前を倒した後にジェネシスを直接破壊してやる!」
「君に私は倒せんよ、アスラン!」

 腰にある剣を抜いて左腕に装着し、接近戦を仕掛ける覚悟を決めたアスラン。シールドが無い分向こうの方が不利だと判断したのだ。だが、間に合うのか。例えクルーゼを倒せてもジェネシスを止められなければ全ては終ってしまうのだ。
 そして無情にも、突出したオーブ艦隊はザルクと徐々に駆けつけてきたザフト艦隊の集中砲火を受けて1隻、また1隻と沈黙し、あるいは沈没している。あの最後の一撃に全てをかけていたのに、その賭けに失敗してはもう余力はなかったのだ。ツクヨミに移乗したカガリも壊滅していくオーブ艦隊を見て顔色を変え、初めて絶望を見せてしまている。
 ナイトジャスティスをドラグーンで包囲しながら、クルーゼは勝ち誇った声でアスランに現実を突きつけてやった。

「これが現実だよアスラン。世の中に奇跡などは有りはしない、あるのはただ不条理な現実だけなのだ。貴様たちがどんな希望に縋ろうが、我々に勝てはしないのだ!」
「違う、まだ俺たちは負けてない!」
「いいや、もう負けているさ。ジェネシス発射まで後僅か、頼みのオーブ艦隊も無く、君の前には私がいる。この状況で何が出来る、誰が状況を変えられる、奇跡など起きはしないのだ!」

 心底嬉しそうにアスランに現実を突きつけるクルーゼ。自分の言葉でアスランが絶望していくのが楽しくて仕方が無かったのだろう。そして事実アスランは突きつけられた現実を否定できず、最期の希望を失いかけていた。クルーゼの思惑通りにもう駄目なのかもしれないと思ってしまったのだ。



 しかし、まだ最後のカードが残っていた。この状況をひっくり返しかねない最期の希望が、もっとも細く頼りなかった最期の藁が残っていたのだ。
 それはアプリリウス1からの通信波という形でもたらされた。全域周波数でアプリリウス1から放送が行われたのだ。それはプラントに居る全ての者たちの耳に確かに届いた、最後の最後で盤をひっくり返す力強い声であった。

「忠勇なるザフトの諸君、そしてここまで辿り着いた地球連合軍将兵の諸君、双方の祖国への忠誠と勇気をここに称えよう。私はプラント最高評議会議長、パトリック・ザラである」



後書き

ジム改 遂にパトリック復活。
カガリ オーブ艦隊壊滅したぞおい!?
ジム改 そりゃ遮二無二突っ込めばねえ。
カガリ あああ、この再建にどれだけ時間と金がかかるんだよお〜。
ジム改 何年後かねえ。
カガリ ……終戦時にザフトから残存艦船を接収して穴埋めようかなあ。
ジム改 お、お前、鬼か?
カガリ 政治の世界は私を大人の女に成長させたのだ!
ジム改 まあやろうと思えば出来るけどね、プラントには断れないし。
カガリ ところで、アヴェンジング・エンジェルの名前変わったぞ?
ジム改 アスランは最初から嫌がってたからな、復讐天使なんて物騒だろ。
カガリ でも、ナイトジャスティスも何かアレな名前だろ。
ジム改 祖国の危機に駆けつけるヒーローは魔術師でも僧侶でもなく、騎士と相場が決まってるのだよ。
カガリ そんな理由なのかよ!?
ジム改 それでは次回、プラントの外で戦いが起きていた頃、プラントの中でも戦いが始まっていた。パトリック・ザラを助ける為にユウキたちがクライン邸に突入する。慣れない銃を構えながら自宅に帰ってきたラクスがその中で出会ったのは。次回「蘇る巨人」で会いましょう。

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