第192章  終末へのカウントダウン


 

 TV局から主だった者たちを同行させて評議会ビルに姿を現したパトリックを見た人々は誰もが自然と道を開けていた。誰もがこの男を議長と呼び、そのことを疑問に思っている様子も無い。それだけ新議長のエザリアに人望が無かったという事だろうが、鋼鉄の巨人と呼ばれたこの男の存在感も大き過ぎたのだろう。
 議場に足を踏み入れたパトリックは、そこで自分に期待と困惑の眼を向けている議員達を見回した。そして議会を説得してくれたらしいジェセックとシーゲルに僅かな笑みを浮かべて頷いて、円卓に肘を突いて項垂れているエザリアの傍に歩み寄った。

「どうした、らしくないではないか。何を落ち込んでいるエザリア?」
「……ふふふ、落ち込みもするさ。クルーゼの本性にも気付かず、奴に乗せられるままに議長の座に付いて、奴の言いなりになって利用されていたのだからな。挙句の果てにこの様だ」

 クルーゼの掌で踊らされ、奴の権力を強化して陰謀の成就に一役買ってしまった身としては、もう弁明の言葉さえない。パトリックが生きていたのなら潔く議長の座を明け渡し、彼に処分を委ねる事が最期の矜持を守る道だろう。
 だが、パトリックは誰もが予想もしなかった事を言い出した。

「馬鹿な事を言うな、国の代表は内心でどれだけ追い詰められていてもそれを表に出してはいかんのだ。自分を殺して全ての重荷を背負って余裕を浮かべて見せるのも議長の仕事だぞ」
「議長は貴方だろう、私は国の行く道を誤らせた愚か者だ」
「愚かな事を言うな、経緯はどうあれ、お前は正規の手続きを踏んで議長に就任したのだ。自ら望んでその座に就いた以上、最期まで議長としての責任を果たすのがお前の役目だ」
「お待ちくださいザラ議長、まさか貴方は!?」

 エザリアが議長だと言い出したパトリックにユウキらが避難の声を上げたが、パトリックはそれを視線だけで押さえ込んだ。クルーゼに囚われていたとはいえ、その眼光の圧倒的な威圧感は些かも衰えてはいなかった。
 そしてユウキたちを黙らせたパトリックは、改めてエザリアにこれからどうするのかの決断を委ねた。パトリックに問われたエザリアは全軍にジェネシス発射の阻止をザフトに命じ、それを受けて軍高官の1人が議場から飛び出して行く。それを見送ったパトリックは、やれやれと疲れた声を漏らして手近な椅子に腰を降ろした。

「ふう、私も年だな。後は若い者に任せてそろそろ隠遁の準備にでも入るか。なあシーゲル、ジェセック」
「そうだな、それも良いかもな」
「実は私は老後に備えて釣りの出来る湖の畔に新しい家を買っていてな。どうだ、今度一緒に釣りに出ないか?」

 評議会の年寄り3人組が状況を無視していきなり老後の事を話し出したせいで、その場にいる全員が唖然としてしまっていた。こいつ等は神経が図太いのか、それともどこか壊れているのか。
 ただパトリックがエザリアを議長として認めてしまったことで、彼を立てて状況を改善しようと考えていたユウキたちは完全に足元を掬われた形となってしまった。まあ確かに停戦は成立したのだから目的は達したのだが、その後の終戦に向けた戦いをエザリアに任せて大丈夫なのか、クルーゼを重用してこの事態を招いた責任はどうするのかと悩みの種は尽きない。いや、そもそもその相談をしている奴の中にある意味戦犯な筈のラクスが加わっていたりするので、パトリックの行動を別にしてもとっくに滅茶苦茶なのだが。


 そしてアプリリウス1の本国防衛隊用の宇宙港からは1機のMSが飛び出そうとしていた。ザフトの最新鋭MSであるエールインパルスだ。それはパトリック救出作戦に参加していたフィリスの物で、パトリックの救出後にこちらに戻って戦場に向かおうとしていたのだ。
 整備兵たちがフィリスの無茶な要求に答えてどうにか出撃できる容易を整え、パイロットスーツを着てやってきたフィリスに最新の情報を渡している。

「ザラ議長は議会に入ったようだ。現在ザフトは戦場から離れていて、ジェネシスを守ってた部隊と地球軍が激突している。何でか知らんがジェネシスが発射態勢のままらしい」
「クルーゼの仕業、でしょうね。まさかこれだけの事が出来るなんて……」
「推進剤は満タン、武器も揃ってる。カタパルトを併用して加速すればすぐにジェネシスに着く筈だ」
「分かりました、すぐに行きます」

 クルーゼを止めなくてはいけない、奇跡的にここまでたどり着けたのだから。最後の最後であの男の望みを成就させるようでは、これまでの自分たちの努力は何だったのかという事になってしまうではないか。

 




 パトリックの突然の登場にザフトは混乱していた。あれが本物である事はパトリックの登場に追随するように評議会からも戦闘中止命令が出たことから間違いないのだろうが、だからといって地球軍を信用していいのだろうか。現に奴らはジェネシスへの攻撃を続行していて、ジェネシスを守る部隊と戦闘を続けている。
 停戦すると言いながら戦闘を続けている地球軍を見て、ザフトの中にはジェネシスを守る友軍を助けに行こうとする者が出始めている。目の前で同じザフトが戦っているのだからこれは当然の反応と言えるが、評議会からの正式な命令が出ている以上動くべきではないという者も居る。特にこのパトリック救出に関わっている隊長たちは動くべきではないと主張し、両者は睨み合い状態になっていた。また中にはどうしてエザリア議長を超えて評議会から命令がくるのだという疑問を口にする者もいた。一応ザフトのTOPは形式上では議長であって評議会ではないので、評議会議員とはいえザフトに命令する権限は無いのだ。まあ実際には言われれば従うのだが、今回に限っては流石にエザリアが出て来ない事を不思議に思う者が多かったのだ。だがこの問題はエザリアの名で正式に停戦の指示が出された事で解決する事になるが、今度は別の問題が持ち上がろうとしていた。
 そんな混乱の中でも状況はどんどん動き、クルーゼがジェネシスの制御を奪って地球を撃とうとしているという事が分かって混乱に拍車がかかった。ザフトの一部が周囲の制止を無視してジェネシスへと向かったのだ。




 そんなザフトの混乱などもはや眼中に無いのだろう。地球軍はジェネシスに向けて総力を傾け、ジェネシスを守るクルーゼたちは発射までの時間を稼ごうと必至の抵抗をしている。
 だが先のジェネシスへのローエングリン一斉射撃のために無理をしたおかげでオーブ艦隊は壊滅状態になっていた。旗艦クサナギは大破して漂流しており、旗艦を移されたツクヨミも無傷ではない。カガリはツクヨミに将旗を掲げた後全軍に再度のローエングリン用意を命じたが、それはユウナに止められていた。既に動けるのはツクヨミと駆逐艦3隻のみ、しかも無傷の艦は無いという状況だ。それにジェネシス周辺には先ほどの一斉発射後に大量に撒布されたアンチビーム粒子が漂っていてローエングリンを阻んでいる。
 しかし、通信でザフトの協力者からジェネシスの制御が奪われた事、恐らくクルーゼがジェネシス本体にある管制室から発射をしようとしているのだろうという情報を受け取り、直ちに教えられた場所目掛けて攻撃を集中するように指示を飛ばす。だがクルーゼたちがそれを阻もうと猛攻を加えてきて、ジェネシス周辺は俄かに戦いが激しさを増す事となった。

 本来ならば数で圧倒する地球軍の方が有利な筈であった。だがクルーゼ隊は相当数の核動力MS、ジャスティス、フリーダム、ザクを保有しているようで、数で勝る地球軍の猛攻を支え切っていた。情けない話であるが、圧倒的大軍で迫る地球軍に対して絶対的な性能上の優位を持って立ち向かうというコンセプトはこの状況で最大限の効果を上げていたのだ。そう、クルーゼの擁するザルクのパイロット達には捨てられたプラント製戦闘用コーディネイターやその原型となった処分された筈のメンデル製戦闘用コーディネイター、そしてジブリールから購入したエクステンデッドが沢山居る。彼らの手で運用された核動力MSは持てるポテンシャルを最大限に発揮して地球軍を蹴散らしていたのだ。

 この強大な敵を前にマリューはオーブ艦隊に変わってアークエンジェルのローエングリンと残っている核ミサイルで管制室を撃とうと考えていた。その為に第8任務部隊を呼び集めて強行突破を図ろうと考えている。既に核、反応ミサイルは大半を使い果たしているが、まだ残弾が少しはあったのだ。

「全艦集結、突撃陣形を!」
「艦長、まさか艦隊特攻をする気ですか!?」
「それ以外に現状を打開する術があるの。あの装甲とアンチビーム粒子を抜くには近づいてあるだけの火力を叩き付けるしかないわ!」

 驚くノイマンに特攻のような戦術を用いるというマリュー。あれを止めなければ地球は文字通り壊滅状態になってしまう、自分たちの双肩の何十億の人命がかかっているというカガリの言葉は決して誇張ではない。自殺的な攻撃だとは分かっているが、命を懸ける価値のある突撃だとマリューには思えたのだ。
 だが、アークエンジェルには地球連合の要人が2人も乗り込んでいる。せめて彼らを降ろすべきではないか、そうパルやチャンドラが具申してきたが、艦橋に人の迷惑など考えた事もないかのように椅子にふんぞり返っているアズラエルとイタラは気にするなと答えていた。

「多少の危険は覚悟の上ですよ、お気になさらずに」
「それにここはクライマックスに向けての特等席じゃからな、最期まで見物させて貰うわい」

 状況が分かってるのかあんたらは、という視線を複数向けられながら、2人は余裕の態度で相変わらずふんぞり返っていた。
 それを見てマリューはカズィに全艦に突撃隊形を取るように伝達するように命じた。更に他の隊に突撃を援護するように求める。マリューの要請を受けた各部隊はザルクの防衛線に穴を開けるための攻撃を開始し、再び戦場が激しく動き出した。

 オーブ艦隊に変わって第8任務部隊が突撃をかける、そう知らされたほかの部隊はとにかく彼らの突破口を切り開くため突入路周辺に攻撃を加えて敵を近づかせないように努めた。MSもあるだけここに投入して突入の援護をさせようとしたのだが、これをやろうとした時にいきなりザフトの部隊が地球艦隊に背後から攻撃を仕掛けてきた。

「なんだ、あいつら戦闘を中止したんじゃなかったのか!?」
「知るかよ、現に撃ってきてるんだ!」

 撃たれた地球艦隊、実質大西洋連邦艦隊であるが、彼らの一部が反転してこれを迎え撃ちに入った。攻撃してきたザフトの一部であった事から一部の跳ね上がりの行動だと思われたが、それでも敵には違いない。大方自分たちとの停戦など承服できない、復讐心に駆られた連中であろうが、武器を向けてくる以上は叩き潰すつもりであった。
 この時命令を無視して地球軍に攻撃を仕掛けたのはザフトでも名の知られた隊長の1人であるサトーを中心とする部隊で、ナチュラルに対する憎悪の塊のような連中であった。クルーゼたちとはまた相容れない思想の持ち主なのでクルーゼの味方とはいえないが、ナチュラルとの停戦など受け入れられない、という理由で襲い掛かったのだ。
 だがサトーたちの数は多くない。地球軍は一部の部隊を割く事でこれを叩き潰し、残る総力でジェネシスを潰しにかかった。だがクルーゼたちの壁は彼らの想像以上に厚く、突入した部隊はたちまち大損害を蒙る羽目になった。

 第8任務部隊を守るように2隻のワイオミング級戦艦が管制室との直線上に居る数隻の艦艇に砲撃を集中し、数度の斉射で立ち塞がっていたナスカ級1隻を廃艦同然にしてしまった。その開いた穴にバスターダガーと超高インパルス砲を装備したダガーLが砲撃を加え、敵が穴を塞がないようにする。その穴に向かって第8任務部隊の艦艇が突進していった。
 突入する部隊の先頭に立っているアークエンジェルには当然ながら放火が集中されていて、流石に頑強なアークエンジェルであっても無事では済まず、たちまち被害が積み重なってきた。

「直撃、第3居住区画に損傷が及びました。艦長、このままじゃ射程に辿り付けませんよ!」
「被害箇所のクルーを退去させて、隔壁を閉鎖。空気を抜いて窒息させ消火させなさい!」
「2番ゴードフリート被弾、使用不能です!」
「キールセン被弾、落伍します!」

 随伴していた護衛駆逐艦が直撃を受け、よろめくように離れて行く。どうやら直進出来なくなったようだ。これで突入してきているのはアークエンジェル級2隻に駆逐艦5隻になった。他にも後続している部隊はあるが、瞬く間に磨り減らされているという事実に変わりは無かった。パワーでさえ推進器を損傷して落伍しているのだから。
 このままでは射点につく前にこちらが全滅してしまう、それが分からないマリューではなかったが、ここからでは陽電子砲は届かないのだ。かといってミサイルも迎撃を受けてしまう、どうしたら良いのかと悩んだマリューであったが、既に出せる戦力は出し尽くしているので、もう小細工をする力は何処にも無かった。力技で突破するしかないのだ。

 しかし、この時ドミニオンのナタルから恐るべき提案が持ち込まれた。ドミニオンが盾になるから核ミサイルの射点に達したら迷わず撃てと言ってきたのである。それを聞かされたマリューはナタルに正気かと問うたのだが、ナタルの答えは変わらなかった。

「ドミニオン1隻で地球が救えるなら安い代償ですよ。限界が来たら総員退艦させますから、拾ってください!」
「でもナタル、危険過ぎるわ!」
「2隻とも目標に届かないよりは1隻が確実にミサイルを発射するべきです!」

 そう言ってナタルはドミニオンをアークエンジェルの前方に置き、アークエンジェルに向かうビームやミサイルを艦そのもので受け止める構えをみせた。最も被弾の多くなるであろう艦首方向の乗員を退避させて隔壁を降ろし、火災防止の為に空気を抜いてしまっている。ナタルはドミニオンが助かるとは思っていないのだ。
 このアークエンジェルの盾になっているドミニオンには当然ながら突撃を阻止しようとするザルク艦隊の砲撃が集中していた。ドミニオンもあるだけの火器を使って防戦に努めているが、立て続けの直撃を受けたドミニオンはたちまち砕かれていった。
 もはや数える気にもならないほどの被害報告を受けたナタルは被弾箇所の隔壁を降ろしてとにかくクルーを後方に逃がし、脱出させる事を優先させていた。艦を捨て駒にする予定なので、予定宙域まで持てば良いと完全に割り切っているのだろう。
 とにかく沈まない事しか考えていないアークエンジェル級戦艦はしぶとかった。クルーゼに変わって艦隊の指揮を取っているカリオペのロナルド艦長もその頑丈さに流石に辟易しているくらいだ。既に反撃らしい反撃も出来ないほどに滅茶苦茶に破壊されているのに、未だに沈まずに前に進んでいるのだから。

「どういう作りをしてやがる、あの化け物は!?」

 地球の艦艇は全般的に同世代のザフト艦より頑丈に作られている、というのが一応の常識である。これはザフト艦が空母的な性格を重視して艦内に巨大な格納庫を持つ為で、隔壁が少ない上に可燃物が多いという弱点を抱えているので被弾に弱いのだ。
 だがアークエンジェル級以降の大西洋連邦製の艦艇、アークエンジェル級とワイオミング級の頑丈さはそういうレベルではない。何発ビームやレールガンを叩き込んでも堪えた様子を見せない化け物ぶりだ。一体どういう造りをしているのだろうか。その中でも最も有名なアークエンジェルをザフトが死神扱いするのも当然だろう。
 だがどんなに頑丈でも不死身ではない。立て続けに被弾したドミニオンの姿は既に原形を留めてはおらず、ただ前に進むだけの金属の塊に変わろうとしていた。特に砲火が集中した艦の前方は無残な有様になっている。
 その周囲ではレイダーを初めとする数機のMSが懸命の防空戦を繰り広げている、せめてMSだけは近付けまいと必至の防戦をしているのだ。特にクロトは続けて2人の仲間を失った事もあってか、かなり感情的になっている。

「待ってろよオルガ、お前の道連れを1人でも多く増やしてやるからな!」

 オルガを殺したのはクルーゼであったが、そんなことはクロトにはどうでも良かった。今は1人でも多くオルガとシャニの所に叩き込んでやる、そう決めていたのだ。既に破砕球を無くしたレイダーの火器は少なかったが、それでもまだ並のMSを上回る攻撃力があるので群がってくるゲイツやザクを蹴散らせている。
 レイダー以外にもソキウスの駆るウィンダムやソードカラミティなども居るので、度身ニオンを守る戦力はかなり充実しているのだが、襲い掛かる敵の数が多すぎて流石に対応しきれないのだ。
 その戦いの中で横合いから1隻のローラシア級がレールガンを放ちながらら突撃してきた。体当たりをするかのような勢いで突っ込んできたその船は、船体そのものを盾としてドミニオンを止めるつもりなのかもしれない。もし体当たりでもされたら流石のドミニオンでも終わりだ。
 しかし、そのローラシア級はいきなり上面にある艦橋や主砲を爆砕されてのたうち回った。そしてそのローラシア級の上方から高速で下方に駆け抜けていった1機のエメラルドグリーンのコスモグラスパーが居た。その姿を見たドミニオンのクルーが歓声を上げていた。あれはドミニオンのクルーが誰よりも頼りにしている戦闘隊長の機体なのだ。歓声に包まれた艦橋の中でナタルも目にうっすらと涙を浮かべてしまっている。

「キース……」
「艦長、バゥアー大尉が戻ってきてくれました!」
「敵艦、進路がずれました。推進器を破壊されたようです!」

 連合軍最高のシップエースの名は伊達ではない事を証明するかのように、キースはローラシア級を一瞬で無力化してみせたのだ。撃沈には至らずとも、砲と艦橋、推進器を潰された船は何ほどの脅威にもならない。これまでに何隻もの船を沈めてきたキースにはローラシア級は慣れた相手なので、何処を撃てば無力化できるのかを身体が覚えているのだ。
 下方に駆け抜けたキースは大きく弧を描いて機体の向きを変えると、ドミニオンを砲撃している次の船を狙って再度突撃を仕掛けるべく隙を伺いだす。その獲物を狙う眼差しに晒されたザルク艦の艦長たちはゾッとしてそのコスモグラスパーに注意を向けざるをえなくなった。あのエメラルドの死神に狙われたら無事では済まない、それはザフトの艦長全てに植え付けられた強迫観念で、ザルクの艦長たちもその例外ではなかったのだ。

 指揮をとっていたロナルドは艦隊の中を悲鳴のような通信が駆け巡るのを聞いて落ち着けと声を枯らして呼びかける事になったが、それは容易には収まりそうも無かった。だがそれも無理はないと思う、自分もエメラルドの死神の名を聞けば心穏やかではないのだから。

「ボアズでエンディミオンの鷹はクルーゼ隊長が仕留めたらしいが、まだ猛禽が残っていたか」
「艦長、味方が崩されています。どの艦も浮き足立っていますよ!」
「相手が相手だから無理もない。MS隊に奴を始末させろ、出来ないなら近づかせるな。各艦には突進してくるアークエンジェル級を何としても沈めろと伝えるんだ!」

 だが浮き足立った味方の統制を回復させるのは容易ではない。その混乱の間隙を突く様にして大破したドミニオンの背後からアークエンジェルが躍り出てきて、全ての砲を撃ちまくりながら突進してきた。その様はまるでビームもミサイルも弾き返さんとするかのような勢いで気圧されたようにザルクの艦が下がって行く。
 そしてキースは前に出たアークエンジェルの傍に機体をつけると、艦橋に通信を繋いできた。

「ラミアス司令、俺が前に出ます、続いて下さい!」
「大尉、でも、出来るのMA1機で?」
「フラガ少佐が居ないじゃ仕方が無いでしょ!」

 アルフレットもフラガも居ないのなら、ここ一番で身体を張るのは自分の仕事だ。そう言ってMSの壁に向かって行くコスモグラスパーを見て、マリューは動けるMSは続けと命じてアークエンジェルを進めていった。

「パル、核ミサイルの用意は!?」
「6発全弾装填済みです、現在軌道計算中、もう少し待ってください!」
「待てないわ、すぐ射点に付くのよ!」

 2度目のチャンスは無い。それはマリューにも良く分かっていたので必至に形相を浮かべてパルを急かした。ノイマンは神懸り的な操艦で艦への被弾を押さえ、サイやミリアリアは声を枯らして付近の味方への指示を出し続けている。誰もがもう満身創痍なのだ。
 そして、彼らの努力は遂に報われた。ドミニオンが身を盾にして攻撃を受け止めてくれたおかげで、アークエンジェルはどうにか核ミサイルを発射する予定ポイントに辿り着こうとしていた。既にボロボロではあったが、まだどうにか戦う余力は残している。パルが必至にミサイルの発射コースを設定しているが、マリューは目の前で撃たれまくっているドミニオンの事が気が気でない様子で、パルにまだ撃てないのかと急かしている。そして遂に計算が終わり、それを告げられたマリューは迷わず発射を命じた。

「よし、全弾発射!」

 アークエンジェルのミサイルランチャーから6発の核を含む16発のミサイルが発射されてジェネシスへと向かった。だがこの攻撃はクルーゼに読まれていたようで、彼はミサイルの射線上にドラグーンを展開して待ち構えていたのだ。
 味方のMS隊に地球軍のMS隊を押さえ込ませて身の安全を確保していた彼は、アークエンジェルから放たれたミサイルに全神経を集中させてドラグーンをコントロールしている。

「涙ぐましい努力だ、陽電子砲が封じられたなら核しかないだろうが、その為に身を挺して味方の戦艦を辿り着かせるとはね。出来ればその献身に敬意を払って見逃してやりたいのだが、そうもいかんのだよ」

 放たれたアークエンジェルの牙は6つ、その全てをクルーゼはドラグーンを用いて同時に撃墜してみせた。残りの囮の10発はあえて見逃し、ジェネシスの装甲に当たって空しい光を発するだけに終わらせている。殊更そうする事でアークエンジェルのクルーに絶望感を与える狙いであったのだ。実際それを目の当たりにしたマリューたちは余りの事に絶望してしまっている。
 最期の核ミサイルが阻止された、それはそれまで必至に戦っていた地球軍の士気を一気にどん底にまで叩き込むだけの衝撃であった。地球軍の艦艇もMSも動きを止め、輝かなかった核ミサイルの残骸が漂う方を見ている。それを見たクルーゼは心底おかしそうに笑い出していた。
 だが、クルーゼの余裕もそこまでであった。それまで余裕を見せていたクルーゼであったのだが、いきなり通信機に聞き慣れた声が聞こえてきたのである。

「ザフトの皆さん、地球軍と共にジェネシスを止めて下さい。あれを撃たせてはなりません!」
「ラクス・クラインだと、今更何を?」

 何故今になってラクスがザフトに語りかけるのだ。パトリックやエザリアならともかく、なぜあの女が。
 クルーゼの疑問に誰が答えるでもなく、ラクスの訴えは続いた。それを聞いたクルーゼは何を馬鹿なと思ったのだが、その嘲りの表情がすぐに驚愕に歪む事になる。信じられない事に、それまで動こうとはしなかったザフトの主力が動き出したのだ。

「ふざけるな、何故憎悪でぶつかり合っていた筈のザフトが、あんな小娘の言葉1つで動く!?」

 憎しみで戦っていた筈なのに、ラクスの一言でそれを忘れられるとでも言うのか。あの小娘には魔力でもあると言うのか。この最終段階で自分の策略が崩されていくのを目の当たりにしたクルーゼは怒りの表情を浮かべていたが、その意識はすぐに別の方に向けられた。ジェネシスに迫る気配にようやく気付いたのだ。その気配に覚えがあったクルーゼは心底嬉しそうな顔で期待をそちらへと向けた。

「最期まで私を止めようとするのか、キラ・ヤマト!」

 どうやら足付きの核攻撃が失敗した事でMSによる接近戦を仕掛ける事にしたようだ。地球軍も形振り構わずジェネシス阻止に出てきている、それを見てクルーゼはまた愉快そうに笑い出していた。人類の最期の時を避けようと懸命に足掻く様がおかしくて仕方がなかったのだ。だが既に彼らにジェネシスを破壊する術はない、先ほどのアークエンジェルの核ミサイルを見る限りではもう連中には一撃でジェネシスの装甲を破る術は無いと見て良いだろう。ラクスの呼びかけでザフトが動いた事は計算外であったが、今更動いても間に合いはしない。もうジェネシスの発射を止める術は無い、この勝負にザルクは勝ったのだ。





 この混戦の中でトールのウィンダムとスティングのマローダーがステラのウィンダムを止めようと懸命に頑張っていた。乱戦に巻き込まれた彼らは2機でステラを止めようとしていたのだ。
何とか動きを止めてアークエンジェルに持ち帰りたいと思っているし、最低でも味方を殺すような事だけはさせてはいけない。その決意を持って2人はステラに立ち向かっていたが、致命傷を与えてはいけないという縛りが2人を大苦戦させていたのだ。

「おいスティング、器用にバックパックのスラスターだけ壊せないか!?」
「んな器用な事できる訳ねえだろ、と言いたいとこだが、何とかしねえとな」
「じゃあ動き止めてくれ、もう一度俺が斬り込むから!」
「いっそシンを呼び戻したらどうだ、あいつのヴァンガードなら止めれるだろ?」
「あいつはジェネシスに突撃かけてるんだ、今呼び戻すわけにもいかないって。ここは俺達の踏ん張りどころだろ!」
「そりゃそうだな!」

 マローダーがリニア・ガトリングでウィンダムの動きを止めようと再び弾をばら撒いて逃げ道を塞ごうとする。残弾のカウンターが恐ろしい勢いで回っていき、あっという間に弾切れになりかねない勢いでばら撒いてしまっているが、その盛大なばら撒き方のおかげでステラはスティングが望んだ方向へと逃げざるを得なくなった。
 狙った方向に逃げた所を狙ってトールのウィンダムがビームサーベルを持って上段から斬りつけた。接近戦に持ち込めばまだマシに戦えるという計算からであったが、それは少々甘い計算であったらしい。叩きつける様に振るわれたビームサーベルをステラは左腕のシールドで受け止めたかと思うと、間髪入れずに右手に取ったアーマーシュナイダーを胴目掛けて突き刺そうとしてきた。
 だが、その手はいきなり撃ち込まれて来た銃弾に弾かれてしまった。続けて数発被弾したウィンダムがたまりかねた様に離脱して行く。そして重突撃機銃を持った1機のシグー3型が傍に現れた。

「こんな所で仲間割れしてる場合か、この馬鹿どもがぁ!」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは……あれ、何処かで?」

 聞いた事のある声だと思ったトールは数瞬過去に思いを馳せて、すぐにその答えを得た。そうだ、あれはアークエンジェルをずっと追いかけ続けてきたあのしつこい奴らの中で、デュエルを盗んだ奴の声だ。

「ああ、お前はあのデュエルのしつこい盗人ストーカー男か!」
「誰が盗人ストーカーだ、誰が!?」
「今はお前の言い訳に付き合ってる暇は無いんだ。俺達はステラを止めなくちゃいけないんだからな!」
「……なんだ、あいつまた人様に迷惑かけてるのか?」

 何でステラのことで話が通じるのかはお互い突っ込む事はせず、同時にふうっと疲れた溜息を漏らしてしまった。そしてイザークは手を貸してやろうと言い、付いて来ている部下達を残した。

「よし、エルフィとシホ、ここに残ってあの馬鹿を取り押さえるのを手伝ってやれ。あいつの担当はお前らだから慣れてるだろ」
「いやあの、ジュール隊長?」
「ステラちゃん、MS戦だと私達よりずっと強いんですけど?」
「そうですよ、ステラちゃん取り押さえられるのはジュール隊長かフィリスさんくらいです」

 エルフィとフィリスは無茶言うなたと抗議の声を上げたが、イザークは気にした風も無く戦場をライフルで示した。

「じゃあ俺が残るから、お前らプロヴィデンスやインパルスの相手するか?」
「……すいませんでした、命令に従います」
「い、いえ、向こうの方がもっと怖いです」

 あのクルーゼやアンテラの相手をするくらいなら、誰でも喜んでステラのウィンダムの相手をするだろう。むしろイザークはシグー3型であれの相手をする気なんだろうか。
 イザークは残るジャックとオリバー、アヤセを連れてクルーゼたちが待つ戦場に向かっていった。イザークは母を利用した挙句にプラントを破滅に追いやろうとしたクルーゼに一矢報いなくては気が済まなくなっていたのだ。もっとも同行させられているアヤセは生きた心地がしなかったのだが。

「オ、オ、オリバー、あんなの勝てるわけ無いわよね、絶対無理だって!」
「アヤセ、流石に僕らにあれの相手しろとは言わないって。僕らの仕事は他の奴だよ」
「でもでも、クルーゼ隊長の部隊ってエース級だらけなんじゃないの!?」
「まあその辺は状況に応じてだろうね」
「何であなたはそんなに落ち着いてられるのよ!」

 1人で悪い方向に走りまくっているアヤセを宥めながら、オリバーはそれは君が慌てまくってるせいで僕が慌てる暇が無いからだよ、と心の中で突っ込みを入れていた。そしてそんなほのぼのとした空気にジャックがようやく割ってはいった。

「はいはいそこのボケと突っ込み、じゃれあうのはそのくらいにしとけ、来るぞ」

 ザクウォーリアやゲイツRが自分たちの方に向かってくるのを見たジャックが銃を向けている。それを見てオリバーとアヤセも慌ててライフルを向けたが、それを放つ前に通信が飛び込んできた。

「おいそこのゲイツR、手を貸してくれるなら敵味方識別信号をこっちに合わせとけ、でないと背中から撃っちまうぞ!」
「あ、ああそうだったな」

 言われて慌てて3機が信号を指定されたパターンに合わせる、流石に背中から撃たれてはたまらない。

「おっし、それじゃ行くぞ。ああ、俺はボーマン・オルセン中尉だ。なんかあったら面倒になる前に俺を呼べ!」
「ああ、これはどうも色々とすいません」

なんだか親切な地球軍のパイロットにジャックはついつい頭を下げて礼を言っていた。微妙に立場の弱い常識人同士、何か通じる物があったのかもしれない。

 


 そして、この時敵の防衛線を突破してジェネシスに迫るMS隊がいた。僅か数機の部隊であったが、クルーゼたちの防衛ラインを突破してジェネシスに取り付こうとしていたのだ。それはキラのデルタフリーダムを中心とする10機ほどの部隊であった。その中にはシンのヴァンガードやアスランのナイトジャスティス、フレイのウィンダムも含まれている。

「アスラン、管制室は本当にここで良いんだね!?」
「ああ、前に一度視察させて貰った事がある、間違いない筈だ!」
「でもキラさん、本当にこいつの装甲を撃ち抜けるんですか?」

 向かってくるザクウォーリアを突撃槍で牽制しながらシンが疑わしげに聞いてくる。デルタフリーダムの火力の凄さは分かるが、目の前で多数の艦による陽電子砲の集中砲撃を受けても持ち堪えたような化け物だ。そんな装甲をMSの火器で破れるものだろうか。
 だがキラはデルタフリーダムの火力には自信を持っていた。一点に対して正確に何度も撃ち込めば必ず破れると考えている。そしてキラに付いて来た連中もその可能性に賭けてここまで来たのだ。

「とにかく、キラさんは粒子砲を使わないようにして下さいよ、それが最期の頼みの綱です!」
「露払いは私達に任せて、キラは無理しないで。1発でも食らったら終わりなんだからね!」

 進路を切り開こうと2基のフライヤーを伴ったウィンダムとヴァンガードが敵機に向かって行く。この作戦の全てはデルタフリーダムと粒子砲の精密射撃にかかっている。その精度を出すためにデルタフリーダムは被弾して故障する可能性させ避けなければいけないのだ。
 しかし、付いて来てくれた仲間の数が少なすぎたかもしれない。大量に集まってきたクルーゼのMS隊に対してまともに戦えるのはアスランとシン、フレイの3人のみで、他のパイロット達が駆るストライクダガーやM1は自分のみを守る事で精一杯の有様だ。いや、彼らを相手に逃げ回れるだけでも凄いと言うべきだろうか。


 1機で2機のジャスティスを相手取っているアスランはナイトジャスティスの独特の武器を使って優勢の勝負をしていた。アメノミハシラで開発されていたゴールドフレーム系の装備を組み込まれたナイトジャスティスは他に類を見ない装備の塊で、流石のクルーゼの部下達もデータに無い武器による攻撃には手を焼いているようだ。
 ジャスティスは距離を取ればビームライフルとランサーダートを用いた射撃を加えてきて、距離を詰めればビームサーベルと右腕に装備されているマガノイクタチという鉤爪が武器となる。これは使用時だけ腕から突き出してくるという隠し武器でもある。
 その背中には当初はリフターユニットの代わりにマガノイクタチと呼ばれる特殊なコロイド粒子兵器が装備される予定であったが、核動力MSにエネルギー吸収装置をつけても意味が無いということで中止され、代わりに建造途上で放棄され、予算不足を理由に開発中止となったアカツキ用の試作宇宙用パックであるシラヌイが装備されている。
 ザフトのMSをレストアした機体にオーブで開発されていた数々の機体から掻き集めたパーツを適当に組み込んで仕上げられている辺りに、この機体の性格が見て取れるだろう。まさにこれは世界で最も高性能なガラクタなのだ。元々クローカーが道楽紛いにやってたプランだからジャンク品の塊であって当然なのだが。
 オリジナルのジャスティスを上回る機動性をもってジャスティス2機を翻弄し、得意の接近戦で撃破しようとする。アスランはこの滅茶苦茶なMSを何処まで動かして良いのか不安であったが、意外に操縦応答性は素直で機体は特に何処も分解する事は無く、自分の無茶な操縦によく答えていた。

「凄い、新型なのに何処にも異常が出ない。武器も全部使えるし、これの何処が完成度の低い実験機なんだ、十分に使えるじゃないか?」

 1年以上前に奪ったイージスはすぐにまともに動かなくなって出撃させるのも一苦労だったが、これは何処もちゃんと動いている。やっぱり拾い物や盗品を使うのは良くないという事なのだろう。

「いや、それとも実はプラント製の製品が思っていたほど品質が良くないという事なのか。そういえばプラント製の部品を使うようになってからイージスも故障が増えたような?」

 プラントの技術力の優位に何となく疑問を抱いてしまったアスランは、生きて戻れたら信頼性って物をもう少し重視するように技術開発部に改めて進言しようと決めていた。



後書き

ジム改 1日が30時間あったらな、と思う時が無いですか?
カガリ 何をいきなり言い出すんだお前は?
ジム改 時間が無い、年末進行なんて大嫌いだ。
カガリ んな事私が知るか。
ジム改 しかし、書いてて何だがやっぱりザルクの強さは反則過ぎたな。
カガリ ザフトの1部隊なのに私達全部を相手に出来てるぞ?
ジム改 まあ多数の戦闘用コーディや強化人間抱えてるから、MS戦じゃ有利なんだけど。
カガリ でも一番反則なのはクルーゼだろ。
ジム改 ドラグーンは反則です、残念ながらキラでも止められない。
カガリ ところで、ナイトジャスティスってガラクタなのか?
ジム改 そうとも言う、廃物利用の再生怪人だから。
カガリ アスランは最期までまともなMSには乗れなかったんだな。
アスラン ちくしょおおおおおおおおおっ!!
ジム改 今泣きながらランナウェイして行ったぞ?
カガリ 放っとけ、腹が減れば帰ってくる。
ジム改 扱いがぞんざいだな。


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