第193章  大いなる誤算



 

 戦いは何時果てるとも無く続いているように思えた。いや、実際には大して時間は経っていない・ジェネシス発射までのほんの僅かな時間でしかないのだから。だがその僅かな間に地球軍が受けた損害は信じられないほどに膨大な物であった。第8任務部隊も既にドミニオンを大破されて放棄しており、クルーはアークエンジェルに収容されている。地球軍の中でも最強と称えられる第8任務部隊でさえ大きな犠牲を支払っているような状況では、他の部隊の損害は考えるのも嫌になるほどだ。
 MS隊は突撃する度にフリーダムの砲撃に足を止められ、ジャスティスとザクの殴り込みを受けて散らされてしまう。散らされた後は数が多いゲイツやザクウォーリアの攻撃を受けて各個撃破され、集団ごと壊滅させられてしまう。それは過去のメビウス対ジンの絶望的な戦力差がそっくり再現したかのようである。
 ザルクは高性能な機体に非常に優れたパイロットが乗り込んでナチュラルの大軍を少数で相手をする事が出来る。それはまさに、ザフトがジャスティスやフリーダムといったMSを生み出した際に掲げたコンセプトであった。皮肉な事に、ザフトが目指したドクトリンはクルーゼの手によって完成されていたのだ。
 だが、ここに来て事態が更に動き出した。それまで事態の急展開に付いていけず、戸惑った状態で動けないでいたザフトがエザリアの命令を受けて動き出したのだ。それまで地球軍に対しては互角以上に戦っていたザルクであったが、ここに来て更にザフトの全軍まで加わるのは流石に笑っては済ませられない。
 ザフト動く、の知らせを受けたロナルド艦長はどうしたものかと考え込んでいた。あと少しでジェネシスは発射可能になる。それまで持たせられれば勝ちなのだから、もう少し前線部隊には頑張ってもらうべきかと考えていたのだ。

「発射まで何分だ?」
「あと10分です!」
「あと少し、粘って貰うしかないか」

 あと少しでジェネシスが発射できる。あと少しで長年の努力が実を結ぶ。そう考えればここで逃げる事は出来ない。今戦っている奴らには悪いが、命を捨てて貰うしかないだろう。
 ロナルド艦長はマイクを取ると、全部隊にとにかくあと10分持ち堪えろと命令を出していた。

「ロナルドだ、ジェネシス発射まで後10分、その間何としても支えてくれ!」

 あと10分、明確な目標を与えられたことでザルクの将兵は奮起した。後10分支えられればこちらの勝ちだ、地球を道連れに全てを滅ぼす事が出来る。その確信が彼らに力を与え、地球軍の遮二無二な突撃を支えさせる事となる。
 しかし、この時ザルクの中で致命的な変化が起きている事に気付いた者は誰もいなかった。ロナルドはもとより、クルーゼやアンテラでさえも気付けなかった小さな、だが決定的な変化が起きていた。




 それまで地球軍やザフトの一部の部隊を相手にしていたユーレクはゲイツR1機で文字通り獅子奮迅の働きを見せていたが、ここに来てようやくプラントがクルーゼを討伐するべく動き出した事を知った。通信でザフト部隊にエザリア・ジュールの名でジェネシスを強奪したクルーゼを倒し、ジェネシスを取り戻すように命令が出たのだ。

「プラントも状況を理解した、という事かな。となると、私も次の仕事をせねばならんという事か」

 少し離れた所からザクウォーリア部隊が大口径ビームキャノンを発射してきているが、それはユーレクにとっては何ほどの脅威でもなかった。1機だけ正確な射撃をしてくるのが居るが、他のが大した事無いので恐ろしいとは感じないのだ。
 ザクウォーリア隊を翻弄していたユーレクのゲイツRが戦場から離れて行く。それを見たディアッカはビームキャノンを右腕で振り回して逃げて行くゲイツRに文句をぶつけていた。

「おい、いきなり逃げるんじゃねえ。この借りを返させろ!」

 ディアッカは自分が訓練していた連中で編成された防衛隊のMS隊を率いており、防衛隊司令部の命令を受けてジェネシスを守るクルーゼ隊に攻撃を加えていたのだが、自分の隊を含む防衛隊のMS隊は先のゲイツRのような出鱈目に強いクルーゼ隊のMSに阻まれ、消耗を重ねていたのだ。
 あのゲイツRも信じ難い動きを見せて性能に勝る筈のザクウォーリア装備のエルスマン隊を翻弄し、2機を撃墜、4機を撃破している。ディアッカが怒鳴り散らすのも当然と言えるだろう。


 ディアッカ隊をあっさり振り切ったユーレクは途中でであったダガーやM1、オリオンなどを適当にあしらいながら回避してカリオペの傍にまでやってきて、艦にアーバレストを寄越せとロナルドに要請した。
 要請を受けたロナルドは傭兵風情に関わりあってる暇は無い、勝手に使わせろと部下に命じてすぐに通信を切らせた。カリオペはジェネシスの発射にかかりきりであり、他所事をしている暇は無いのだ。
 勝手に持っていけと言われたユーレクは嫌われたものだと苦笑いしたが、すぐに格納庫から押し出されてきたアーバレストを見てそれを掴み取り、機体に接続してバランスを調整すると目標宙域目掛けて移動を開始した。





 ツクヨミに旗艦を移したカガリは全体の状況の把握に努めていたが、ザフトがこちらに向けて動き出しているという知らせを受けて首を傾げてしまった。最初は自分たちを攻撃してくるつもりかと疑ったのだが、どうやらそうでもないらしい。

「なんだ、どういうつもりだあいつら?」
「通信を傍受した所によると、どうやらジェネシス攻撃に参加してくれるようだね。まあ敵の敵って事で、お互い無視が一番じゃないかな」

 通信班が持ってきた用紙に目を通したユウナが現在の状況をそう推察し、カガリがなるほどと頷いて全軍にあいつらは無視しろと指示した。

「しっかし、向こうは上手くいったのか?」
「敵じゃなくなったところを見ると、上手くはいったと思うよ。後はジェネシスを止めてクルーゼを捕まえれば終戦さ。その後は本国の再建っていうもっと大変な仕事が待ってるさ」
「まあそっちはそっちで何とかするさ。幸い大西洋連邦と極東連合、スカンジナビアが援助に応じてくれたから資金繰りの目処は立ちそうだし」
「それはロンド・ミナの努力の賜物だろ。全く、あのプライドの高い御仁がよく金策なんかに動いてくれたと思うよ」

 帰ったら何言われるか分からないなあと胃の辺りを手でさすりながらユウナがぼやく。そう、本国に残ったミナは内政をホムラに任せ、自らは国外でオーブ再建のための支援を各国に求めて回っていたのだ。元々ミナは腹芸が得意なので外交向きの人材であり、内政向きのホムラとは適材適所で仕事を分け合ったのだ。
 ただ他国に助けを請うという仕事は重要な事ではあったが、他人に頭を下げて回るという仕事はプライドの高いミナの性格を考えると表面冷厳と、内心ではマグマのような怒りが煮立っているに違いない。そしてその捌け口とされるのは大抵自分なのだ。それを思うとユウナは憂鬱な気分になってしまうのであった。

「でもまあ、援助の確約を取り付けてくれたんだし、愚痴くらいには付き合ってやらないとバチが当たるかな」
「何をブツブツ言ってんだユウナ?」
「いや、ロンド・ミナは良い仕事をしてくれたなって思っただけだよ」

 適当に誤魔化してユウナはオペレーター席の方に飛び、そこでアークエンジェルの状況を尋ねた。

「アークエンジェルはどうなった、第8任務部隊の突撃は成功したのかい?」
「いえ、核ミサイルは阻止されたそうです。ドミニオンは大破して放棄され、第8任務部隊は後退しています。現在はMS隊の突撃が行われているとの事です」
「MS隊、ね。こりゃ流石に不味いかな?」

 最期の核ミサイルも阻止されたと知ったユウナは表情を曇らせた。これでジェネシスを完全破壊する術は無くなった事になる。あとはローエングリンしかないが、残念ながらそれを装備している艦はどれもボロボロになっている。
 流石にこれは手詰まりかとユウナは渋面を作ってしまったが、その型をカガリがぽんと叩いた。

「そう深刻になるなって、まだ私達は負けたわけじゃない」
「それはそうだけど、ジェネシスを破壊する手もそろそろ無くなってるよ。通常攻撃だけじゃあの装甲は破れないだろ?」
「だから深刻に考えるなって、こういうときは大抵何とかなるもんだ」

 何処からその自信が出てくるのかユウナは聞きたかったが、こういう場面ではカガリの胆力はユウナに勝っているようで、少なくとも表面上ではカガリは動揺を見せてはいない。それは彼女の成長を表す物なのだろう。
 そして、ユウナも予想しなかった援軍がこの戦場に姿を現した。遠くから飛来したビームがジェネシス周辺のアンチビーム粒子の壁を貫いて本体に突き刺さり、表面で次々に弾かれて飛沫となって消えていった。超遠距離からの大口径砲による砲撃、それも複数艦からのものと思われるそれは、すぐにツクヨミから確認が取られた。

「超大型艦1隻を確認、シナノと思われます!」
「ボアズから追ってきたのか、よく間に合ったな」
「ヤマト級は巡航性能にかけては並ぶ船が無いと聞くからね。単独で駆けつけてくれたんだろう。でも、やはりヤマト級の砲撃は圧巻だな」

 たった1隻で戦艦1個戦隊レベルの砲撃を加えているシナノの砲撃力は凄まじい。その荷電粒子砲は直撃すればナスカ級を1撃でスクラップにしてしまうほどの威力であり、現在これを防げる装甲、防御システムは存在しないとまで言われている。唯一効果的なのがアンチビーム粒子による減衰で、大西洋連邦などではもしこれと戦う事があればアンチビーム粒子を積めたミサイルを大量に放って砲撃出来なくさせる、などというプランが出された事がある。
 いずれにせよ、シナノの参加はジェネシスに対して効果的であった。放たれた荷電粒子砲はジェネシスを守るアンチビーム粒子の壁を抜けて装甲に達し、1次装甲を打ち据えている。今はまだ撃ち抜けないようだが、距離を詰めればいずれ抜けるようになる。それにこのまま撃ち続ければ粒子も薄くなり、防御力が落ちる。


 このシナノの登場はただでさえザフトの加入で余裕を無くしていたザルクに過大な負担を強いる事となった。何しろヤマト級は従来の戦艦の常識を超えた性能を有する、明らかに世代が1つ違う怪物だ。その有効射程は現用の如何なる艦載砲をも遥かに上回り、破壊力においても桁が違う。つまりザルクが有するどのような兵器も現在砲撃中のシナノに対して反撃出来ないのだ。何しろまともに有効射程に入ってきてさえいないのだから。
 ロナルドのこの砲撃に対しては打つ手が無く、歯噛みして悔しがっている。ザルクが絶対的な優位を誇る戦闘用コーディネイターが駆るMS隊も相手があんな遠くでは使いようが無いからだ。戦場に機体が届かないというMSの欠陥がここに来てはっきりと出た形になった。

「仕方が無い、あれは無視しろ。アンチビーム粒子を撒布し続けて防御力を高めれば良い!」
「ですが艦長、あれは極東連合の戦艦です。極東連合にはあの武器が」
「……反物質ミサイルか!?」

 極東連合だけが保有している反応兵器型のミサイル、その破壊力は核兵器にも匹敵するというとんでもない代物で、核と違って破壊したらその場で大爆発を起こすという特性を持っている。これを発射されたら流石のジェネシスの装甲も破られるかもしれない。

「奴の観察を続けろ、もしミサイルを発射してきたら最優先で叩き落せ!」
「しかし、この混戦でどうやってミサイルを落とすんです。クルーゼ隊長も手一杯のようですし」
「……そういえばさっき、あの傭兵が来てたな。奴を迎撃配置に就かせろ。奴は今何処に居る?」
「ユーレクをですか。彼なら……ジェネシスの正面、砲口部に向かっています。丁度シナノのいる方ですね」
「なら丁度良い、奴にやらせておけ」

 これ以上そちらに構っている暇は無い。そう言外に込めてロナルドは指示し、戦いの指揮へと戻った。ザフトはまだ届いていないが、それ以前に勝手に出てきた連中が戦いに加わってきていて一部で押し込まれだしているのだ。よりにもよってこの勝手をした連中はベテランが多く、梃子摺らされている。
 既にジュール隊を中心とする20機ほどの部隊と、本国防衛隊の一部の部隊が地球軍とは協力せずにザルク部隊を攻撃している。このおかげで大分味方は苦戦を強いられていた。今はこれを何とかするほうが優先されていたのだ。



 
 後退を開始した第8任務部隊と入れ替わるように他の艦が前に出ようとする。多数のストライクダガーやダガーLがザルクのジャスティスやフリーダムに挑みかかり、数で押し潰そうとするが、既に連合軍に圧倒するだけの数は残ってはいない。2機のストライクダガーを仕留めて防衛線を破ったジャスティスが旧型戦艦に向かっていき、護衛艦と共に作り上げた濃密な弾幕を強引に突破して取り付くとビームライフルを叩き込んで中央部を穴だらけにしてしまった。
 そのジャスティスは爆発に飲まれないようにすぐに離脱して行く。それを追って火線が集中され、機体に幾つもの火花が散る。だが強靭なPS装甲はイーゲルシュテルンの75mm高速弾の直撃に耐え切ってジャスティスを弾幕の中から離脱させる事に成功していた。威力を増す一方の地球軍の対空砲火から攻撃機を生還させるという点に関してはPS装甲は画期的な防御力を提供しているといえる。だが、戦果を確認したジャスティスのパイロットは弾薬庫付近に叩き込んだにも拘らず爆発四散する様子も無い戦艦の姿に罵声を放っていた。
 アークエンジェル級ほどではないが、対空砲火の強化と合わせて地球軍艦艇は防御力も強化されていて、かつてのように容易く撃沈するという事はなくなっているが、それは戦うごとに強化されているような印象を与えてくれていた。実際に地球軍艦艇のパイダルパートの装甲は厚くなっていて、更に爆発を避けるための工夫も進化している。外観はそんなに変わっていなくとも性能は確実に向上していたのだ。
 しかしそれでも所詮は基本設計の古いネルソン級であり、改修を受けているといっても限界がある。続いて突入してきた他のMSに滅多打ちにされてその戦艦はすぐに主砲が沈黙し、あちこちから金属が燃焼する煙を上げ始めた。

「これで7隻か、戦艦は粗方叩いたと思うが、他に居るか!?」
「新型戦艦が何隻か残ってる、あいつを叩くか!?」

 ジャスティスやフリーダム、ゲイツRやザクウォーリアのパイロットが未だに前進を続けているワイオミング級戦艦の群れに向かって行く。それはアークエンジェルに変わって突入している戦艦部隊で、物凄い対空砲火の弾幕を張り巡らせてMSを近寄らせないでいる。単純な砲火力ならアークエンジェルさえ凌ぐ怪物なのだ。それだけにザルクも攻めあぐねていたが、ワイオミング級戦艦もビーム主体の砲の為にジェネシスに有効打を与えられないでいた。

 だがそちらに向かおうとしたジャスティスのパイロットは、横合いから襲い掛かってきたシグー3型のビームサーベルの一撃をシールドで受け止める事になった。

「貴様らあ、何をふざけた事をしている!」
「この声、イザーク・ジュールか!」

 あの特務隊に属していた、現在のザフトにおいて屈指のエースパイロットの1人。それが出てきたという事にジャスティスを駆るパイロットは衝撃を受けていた。まさかこんな時にこんな奴が出てくるとは。
 彼に続いて2機のザクウォーリアが突っ込んできて、続くように更にザフトのMSが襲い掛かってくる。ザフトがここまで入ってきたのだ。
 イザークに狙われたジャスティスのパイロットはビームサーベルの一撃を避けた後に続いて撃ち込まれて来た重突撃機銃の至近からの連射をまともに浴びてしまい、これは不味いと感じて一度下方に逃げる事にする。だが、逃げた先にはイザークに続いて突っ込んできたザクウォーリア2機がいて、待っていましたとばかりにビーム突撃銃を放ってきた。それに機体を何箇所か抉られたジャスティスが必至に逃げようとするが、追撃してきたイザークのビームサーベルに背後から斬り付けられ、バックパックを破壊されて爆発を起こし、勢いのままにどこかに飛ばされていってしまった。




 この戦いを遠くから映像で眺めていたギルバート・デュランダルは、興味深そうな顔で戦いの推移を見守っていた。クルーゼの計画はまたしても後一歩という所で邪魔が入り、今はそれを達成できるかどうかの瀬戸際のような戦いが続いている。
 それはクルーゼの運命のようなものなのだろうか、それとも世界がまだ滅びという運命を拒絶しているのか、デュランダルにはそれがとても気にかかっていた。彼はプラントの科学者らしくなく物事には運命というどうしようもない理不尽な力が働くものだと考えており、クルーゼが成功するにせよ失敗するにせよ、それもまた運命の定めた結果だろうと考えて何の手も打っていなかったのだ。

「ラウ・ル・クルーゼが失敗するのならば、人類にはまだ未来があるということだが、その未来はどういう試練を私たちに与えるのだろうね。君はどう思うんだい、ゼム?」
「何を悠長な事を言っている。パトリックが出てきたせいで、私の身が危ういというのに!」

 電話機のモニターの向こうでは必至の形相のゼム・グランバーゼクが喚き散らしている。彼はクルーゼの腹心として彼の目的に協力してきていたが、それもまた彼の目的の為の手段に過ぎなかった。まあクルーゼ自身もゼムが何らかの目的があって近づいて来た事は承知のうえで手を貸してもらっていたのだからお互い様であるだろうが、このままでは自分の身が危うくなってしまう。

「だから私は言ったのだ、さっさとパトリックを始末しろと!」
「今更喚いても仕方があるまい、君もいい加減に観念したらどうだね?」
「何を言う、それでは人類の進化を観察できないではないか。この戦争はナチュラルの種としての変化を加速している、その先に何があるのかを見るまでは死ぬわけにはいかん!」
「確かに、君はその為にラウに手を貸したのだからね。アルカナムを継ぐ者としては自分の研究の成果を見届けぬままに獄中の人となるのは無念だろうな。だが私には君を助ける術は無いという事くらい分かっているだろう?」
「だから、暫く匿ってくれと言っているのだ。頃合を見てプラントから脱出するまで!」
「ふむ、私は別に構わないのだが、君がここまで来られるかな?」

 そういってデュランダルは薄く笑い、白ワインを注いだグラスを口に傾けた。モニターの向こうのゼムは焦った様子で通信を打ち切り、モニターが黒一色に戻る。それを薄目で見た後で、デュランダルはグラスを置くと手元のコンソールを操作してモニターに自分の研究テーマであるデュスティニープランを表示させた。それは遺伝子情報から職業適正を割り出し、それに応じた職に人々を就ける事で社会的な問題を解消しようというとんでもない代物であったが、彼は本気でこれに取り組んでいたのである。
 彼はその為の手段として政界に進出し、最高評議会のメンバーになることまで考えていた。自分の能力を考えれば遠からず声がかかる筈であり、かからなければそれ相応の手段を使うまでだから。

「ラウ、君が負けたのなら、それは私の望む未来への展望が開けるということなのかな。それは私にとっては望ましい事ではあるが……」

 だが、そう上手くは行かないかもしれない。クルーゼの往く道を阻んだであろう少年少女たち、かつて誰かが言っていたSEEDを持つ者かもしれない彼らが自分のもたらすであろう変化を拒否するかもしれないから。
 そうならないように手を打つつもりであるが、次に彼らと戦うのは自分かもしれない。そう思うと、デュランダルは内から込み上げてくる自嘲を抑えられなくなっていた。世界は何時もこうやって動いている、それは彼の理論にとって不都合な物ではなかったからだ。



 

 プロヴィデンスとナイトジャスティス、ヴァンガードが激しくぶつかっている。ナイトジャスティスは細身の剣を右手に持ってプロヴィデンスに接近戦を挑んでいたのだが、クルーゼでさえ目を見張るほどの素早い動きで胸部に斬り付けたら見事なくらいあっさりと折れてしまい、斬りつけたアスランと斬られたクルーゼの双方が唖然としてしまっていた。

「お、折れたぁ!?」
「ふ、ふははははは、何だアスランそれは、随分と貧相な剣だな!」
「ま、まだまだ。ビームサーベルだってある!」

 悔し紛れに怒鳴りながらビームサーベルを抜いたが、内心では何て使えない剣だと愚痴っていた。実はアスランはトツカノツルギという剣は突き刺し用で切り裂くのには向かないという事を知らなかったので起きた事故であったが、まあ戦場で簡単に折れるような近接専用の武器では頼り無いのでアスランが怒るのも当然ではあるのだが。
 ビームサーベルを手に襲い掛かってくるナイトジャスティスであったが、それに対してクルーゼはドラグーンによる四方からの砲撃で回避を強要し、近づかせる事さえしなかった。その攻撃に耐えかねてアスランがフレイに助けを求めるが、フレイの方はフレイで敵のジャスティスと戦っていてそれどころではないようだ。
 そしてクルーゼはアスランの相手をしながら、もう一方の厄介者の方にも気を配っていた。先ほどから時々粒子砲を放ってくるキラのデルタフリーダムだ。流石にアスランの相手をしながら同時にドラグーンを嗾けるほどの余裕は無いので、なるべくジャスティスを盾にするように動いて射線を取らせないようにしているが、時々アスランを巻き込もうとしているかのように撃ってくるのだ。今もデルタフリーダムから放たれた荷電粒子の奔流が射線上の全てをプラズマ化しながら襲い掛かり、ナイトジャスティスを危うくその辺に漂うデブリの仲間入りにしてしまうところだった。

「キラ、お前さっきから俺に当てようとして撃ってないか!?」
「何言ってるんだ、君がこっちの射線上に飛び込んできてるんだろ!」
「とにかく危ないから撃つな、クルーゼは俺に任せておけ!」
「さっきからまともなダメージも入れられないくせに何言ってるんだか」
「やかましい、お前はジェネシスでも撃ってろ!」
「さっき2度撃ったよ。確かに1次装甲は破ったけど、2次装甲は破れなかったんだ!」
「砲身が溶けるまで撃ち続けてろ!」

 正面にはクルーゼのプロヴィデンスがドラグーンを展開させながら攻撃を加えてきて、背後からはキラのデルタフリーダムが洒落にならない威力のビームを叩き込んでくる。そんな最悪の状況の中でアスランは必死にクルーゼと戦っていたのだ。

「くそ、卑怯だぞクルーゼ!」
「半分は言い掛かりのような気もするが、戦場に卑怯があるのかねアスラン!?」

 焦るアスランを嘲笑いながら攻撃を加えるクルーゼであったが、続いて襲い掛かってきたヴァンガードの一撃には焦りを見せて回避していた。

「俺を無視すんな!」
「ちっ、確かヴァンガードだったな。こいつは厄介だが、片方のシールドを無くした状態で私に挑むか!」

 こいつのゲシュマイディッヒパンツァーは厄介であったが、既に片方を失っている。無傷の時でも勝てなかったのに、傷ついた状態で勝てると思っているのか。クルーゼは余裕を持って3基のドラグーンを振り向けてこれを仕留めようとし、ドラグーンがクルーゼの意思に従ってヴァンガードを包囲してビームを放つ。
 しかし、そこでクルーゼは余裕の笑みを崩さざるをえなくなった。何とヴァンガードは死角からのドラグーンの一撃を易々と回避して見せたのだばかりか、反撃に右腕から放ったレーザーで1基を撃ち落して見せたのだ。

「何だと!?」

 それまでキラとフレイくらいしか相手することが出来なかった筈のドラグーンによるオールレンジ攻撃。このヴァンガードは防ぐ事は出来ても回避したりはそうそう出来なかった筈、しかも死角から撃ったのに回避して見せただけでなく、反撃して撃ち落されてしまった。
 まさかこのパイロットも戦いの中で空間認識能力を発現させたのか、そうクルーゼは思ったのだが、それは間違っていた。シンは空間認識能力になど頼ってはいない。彼はアルフレットでさえ瞠目するような天賦の才能、状況の変化に対する対応能力の高さでこのドラグーンの動きに対応できるようになってきたのだ。

「おっし、段々動きが追えるようになってきたぜ!」

 クルーゼがアスランに向けたドラグーンも呼び戻してヴァンガードに向けたが、ヴァンガードは飛来するビームを上手く偏向させて自分を守り、あるいは回避し、レーザーガンで反撃してドラグーンを撃ち落している。それはマグレでもなんでもなく、完璧にクルーゼのドラグーンの動きが分かっているという事であった。

「貴様、どうしてドラグーンに反応出来る!?」
「俺の師匠がよく言ってたんだよ。ガンバレルやフライヤーがどんなに凄くても、使ってる奴は1人の人間だってな!」

 だから動きに癖が出る、空間認識能力があっても人間の頭が一度に処理できる数には限度がある。ガンバレルやフライヤーのような武器を使う奴は、ついつい相手の背後、あるいは真下といった死角から止めの一撃を放つようになってしまう。これは人間の心理的な問題で、実際にこれは極めて有効な攻撃手段だ。普通は分かっていても死角から撃たれたら反応するのは困難で、キラやアスランでも必至に回避するのがやっとの有様だ。
 だがシンは違った。クルーゼにも理解不能であったのだが、シンは分かっていても回避出来ないような攻撃も回避していたのだ。いや、ゲシュマイディッヒパンツァーで防ぎ、反撃のタイミングを作る事もある。シンは幾度かクルーゼと戦ううちに、クルーゼのドラグーンを動かす癖を身体で理解してしまったのだろう。この能力がシンの急成長の秘訣であり、多くの連合エースたちが認めたシンの強さなのだ。
 動きの癖を掴まれてはドラグーンの脅威度は激減する。奇襲効果が無ければドラグーンはビームを何度か撃てるだけの、直線的な動きしか出来ない鈍い砲台でしかないからだ。地球連合のフライヤーはこの点でドラグーンに勝っており、半自律攻撃兵器なのである程度自分で勝手に動くからドラグーンより動きを読み難い。
 そしてシンはこの手の兵器のもう1つの欠点も良く知っていた。シンは幾度と無くフレイやフラガを相手に模擬戦を経験していたので、この手の兵器が持つもう一つの弱点、パイロットの対応能力を圧迫する手に出たのだ。それは極めて簡単な方法で、格闘戦を挑む事である。そうする事で敵にこの手の兵器を操作させる余裕を無くさせる事が出来るのだ。


 槍を手に距離を詰め、格闘戦を挑んできたヴァンガードにクルーゼは焦りを見せた。それははっきりとドラグーンの動きに出ており、それまで素早く動き回っていたドラグーンが途端にぎこちない動きをしだしたのである。
 アルフレットが気が散るからと否定していたこの手の兵器の弱点、戦闘中に意識を複数に向けなくてはいけないという欠点をシンは見事に突いたのだ。
 そしてシンはクルーゼにとっては何とも戦い難い相手であった。シンの動きには統一性が無く、ただがむしゃらに動いているように見える。それは正規の訓練を受けた期間が短かった為であるが、その出鱈目さがクルーゼに動きを読ませない効果を持っていた。先読みがし辛い、というのはドラグーンを使う上では厄介な事なのだ。
 更にキラとアスランもいる。これはたまらないと思ったクルーゼは、アンテラに助けを求めた。

「何処にいるアンテラ、こちらに来て私を支援しろ!」
「クルーゼ、申し訳ありませんが、こちらも手が離せません。厄介な相手が出てきました」
「厄介な相手だと、お前がか!?」

 クルーゼは驚いた。アンテラの強さはザルクの中でもTOPに位置する最強の戦闘用コーディネイターだ。彼女に確実に勝てるようなパイロットはクルーゼの知る限りユーレクくらいだろう。そのアンテラが梃子摺っているというのか。
 この時アンテラが戦っていたのはフィリスのインパルスであった。任務を終えて出てきたフィリスはカタパルトの加速を得て戦場に打ち込まれるようにして駆けつけ、ジェネシスに迫った所でアンテラのインパルスに掴まったのだ。
 2機のインパルスは好位置を取ろうと激しい機動を繰り返し、推進剤の輝きが混戦下の宇宙に弧を描いて行く。それは凄まじい技術と技術のぶつかり合いであったが、互いに中々隙を見せない為に延々とそれを続ける羽目になってしまっていた。

「フィリス、何時までこんな事を続ける気です。それでは私は倒せませんよ」
「別に倒す必要はありませんよ、私1人で貴方を拘束できれば、他のMSがジェネシスに届きますから」
「……合格です、よく考えてますねフィリス」
「ジュール隊長の下で苦労しっぱなしでしたから」

 お互いに上司に苦労させられている同士な為か、一瞬2人の間に何とも言えない空気が漂ってしまう。そしてすぐにそれを振り払うと、フィリスはビームライフルを向けて2度放った。それをフィリスは簡単に回避して反撃したが、フィリスは既にそこにはいなかった。
 大きく横に動くフィリスのインパルスを狙ってアンテラはライフルを動かすが、別のジンが放ってきた76mm弾を回避して狙いを狂わされてしまう。

「アンテラさん、こんな事して何になるんです。もう止めてください!」
「今更止まるとでも思っているんですか。20年に及ぶ私達の復讐が遂に果たされるという時に、何を馬鹿な事を!」
「復讐って、そんな事で人類全部を滅ぼさなくても良いじゃないですか!」

 フィリスがライフルを向けて3度放つが、アンテラは急激に距離を詰めるとビームサーベルを手に横薙ぎに斬り付ける。フィリスはそれをシールドで受け止めると、機体を後ろに下がらせた。

「そんな事して、アンテラさんは楽しいんですか、気が晴れるんですか!?」
「当たり前でしょう、望みを叶えて喜ばない者がいますか!?」
「じゃあ、私達の前で何時も笑ってた、あの優しかったアンテラさんは誰なんですか!?」

 シールドを前に出して体当たりを仕掛け、それは一瞬動きが鈍ったアンテラのインパルスの胸部に直撃してそれを吹き飛ばした。まさか入るとは思っていなかったフィリスは驚いてしまい、折角の追撃を仕掛けるチャンスを逃してしまう。そして大きく下がってしまったアンテラのインパルスを怪訝そうに見ていたフィリスは、罠ではなく本当に様子がおかしいという事に気付き、彼女の動揺を察した。

「アンテラさん、もしかして本当は嫌なんじゃ?」

 そうでなければこの反応の説明がつかない。アンテラは今の状況を望んでいるわけではないが、クルーゼに手を貸しているのだろう。何故そうしているのかは分からないが、そうならば話し合う余地があるのではないか。
 そうフィリスが期待を抱いた時、通信機から味方の驚いたような声が聞こえてきた。

「おい、何やってるんだあいつ!?」
「あれ、敵機じゃなかったのかよ!」

 それは戦場をひっくり返すような巨大な変化であった。そう、フィリスの見ている前でジェネシス正面に設置されていた巨大なミラーに目で見えるような巨大な亀裂が入ったのだ。一体何が起きたのか、地球軍の放った核ミサイルなりが命中でもしたのかと思ったのだが、走査したインパルスのセンサーが捉えたのは尖塔状の1次反射ミラーの正面でアーバレストを構える1機のゲイツRの姿であった。
 それはユーレクのゲイツRで、この巨大なジェネシスにあって本体に較べれば脆いミラーユニットを狙って最高の貫通力を有する大口径レールガン、アーバレストを使用したのだ。搭載している弾を全部叩き込むことでミラー正面から内側へと抉り取り、ミラー全体に走るような巨大な亀裂を幾つも作り上げたのだ。
 砲を降ろしたユーレクは満足げに頷き、そして背後で輝く地球を見た。

「これで、ジェネシスは発射できん。依頼は果たしたぞジーナ」

 アーバレストを切り離して放棄したユーレクは、オーブで分かれた友人とその娘の顔を思い浮かべてもう一度満足げに頷くと、センサーの警報を聞いて視線を周囲を監視するモニターに向けた。そこにはザルクのMSが映っていて、明らかな殺気を自分に向けてきている。まあ当然だろうなと思いながら、ユーレクはライフルのエネルギー残量を確かめた。

「死出の餞だ、最強の戦闘兵器の力、存分に味あわせてやろう」





後書き

ジム改 遂にジェネシスが発射不能になりました。
カガリ やったのはキラじゃなくてユーレクかよ!
ジム改 彼は昔から怪しい動きしてたでしょ。
カガリ まあクルーゼの味方って感じじゃなかったがな。
ジム改 でも今回、キラとアスランは何もしてないな。
カガリ つうか喧嘩しかしてねえぞ。クルーゼの相手はシンがしてるし。
ジム改 昔からシンは地味に要所で出番掻っ攫う男だからな。
カガリ アスランは折角新型手に入れたのになあ。
ジム改 アスランは技量なら3人の中で一番なんだけどねえ。
カガリ 実は一番強い種持ちってフィリスなんじゃないのか?
ジム改 一応対等の条件ならフィリスはキラやアスランより弱いのは間違いないぞ。
カガリ でも、次回クルーゼは怒るだろうなあ。飼い犬に手を噛まれたわけだし。
ジム改 まあそれは色々あるんだが、まあ次回でな。
カガリ それでは次回……白紙なんだけど?
ジム改 問題ない、そういう事だ。

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