第194章  未だ朽ち果てず


 

 ジェネシスのミラーが破壊された、巨大なミラーにひびが入る瞬間は戦場の何処からでもはっきりと目にする事が出来た。その瞬間を目撃した者は、聞こえる筈の無い巨大な物が砕ける轟音を聞いたような気がしていた。
 その瞬間を目撃したザルクの兵士達は皆呆然としてしまっていた。あと一歩、あと数分でこれまでの苦労が報われたというのに、ここまで来てどうして邪魔が入るのだ。それも邪魔をしたのは敵ではなく、クルーゼの雇っていた傭兵である。つまり身内の裏切り者に背後から刺されたようなものだ。
 こんな結果で納得できる者が居るわけが無い。暫しの放心はすぐに怒りへと取って代わられ、何機ものザルクのMSがユーレクのゲイツRに向かっていき、そして返り討ちにあっていった。ゲイツRがジャスティスやフリーダムすら屠る様は何だか詐欺のような光景であったが、その出鱈目をやってしまうのがこの男であった。


 だが、この状況下でなお自分を見失わない者も居た。クルーゼはジェネシスが使用出来なくなったのを悟ると、キラたちが吃驚している隙を突いて3人を振り切り、ロナルド艦長に全軍を撤退させるように命じたのだ。

「ロナルド、全軍を予定集結ポイントにまで撤退させろ。作戦は失敗だ!」
「クルーゼ隊長、ジェネシスが……」
「呆けている場合か。あれはもう使えん、ならば第2案に切り替えるまでだ。幸い敵の戦力はズタボロだ、今ならまだ逃げ切れる!」

 戦力が残っているうちに下がれ、そう怒鳴りつけてきたクルーゼにロナルドはようやく我を取り戻して撤退の準備を始めた。幸いにして地球艦隊には既に碌な戦力は無く、ザフトもMSばかりで逃げる艦艇を追撃する事は出来ない。今撤退を開始すれば連合もザフトも追ってこれないのだ。
 暫しの間戦いそのものが止まっていた戦場に信号弾が打ち上げられ、ザルクに属する艦艇やMSが戦場から離脱する動きを見せる。それを見て連合やザフトも阻止しようと追撃の動きを見せようとしたが、既にこの時点で戦闘力を残している部隊はほとんど残ってはいなかった。連合軍は幾度にも及ぶ無謀な突撃によって大半の艦艇が中破、ないしは大破という惨状であり、壊滅という状態さえ通り越して殲滅寸前という有様だ。MS隊はまだそれなりに動けるが、MSだけでは逃げる艦隊は追えない。
 そしてザフトはというと、こちらは艦艇の被害こそ少なく未だに戦力を残してはいたのだが、ザフトの実情を考えれば追撃など不可能であった。何しろMS隊の半数は新兵であり、これが初陣という者も少なくは無い。こんな連中を率いてでは幾らマーカストでも統制をとる事は不可能である。それに整備状態も悪い艦が多く、下手をしなくても追撃中に航行不能になる艦が続出する恐れがあった。

 だから連合とザフトは艦隊の追撃は諦め、逃げれそうもない位置に居るMSを潰しにかかった。ジャスティスやフリーダム、ザクやザクウォーリア、ゲイツRといったMSを1機ずつ分断して押し包んで袋叩きにしだしたのだ。強化人間が乗っていようと戦闘用コーディネイターが乗っていようと、1機ではやれる事に限界がある。完全に包囲され、逃げた先にもまだ敵が居るという状況では力の発揮する事も出来ない。
 撤退の指揮をとっていたロナルドは健在艦を1隻でも多く戦場から離脱させる為に努力していたが、こちらにとって最大の敵は長距離から大威力の荷電粒子ビームを連射してくるシナノであったろう。既に地球艦隊は壊滅状態であり、ザフトは出遅れているので振り切るのは簡単だが、シナノは現在の世界で最高の巡航性能を持ち、攻防の性能では比較しうる艦が無いような化け物だ。ただ質量が巨大なので惑星間航行用の推進装置を追加した状態で無ければ最大速度は遅い部類に入るので、全速で逃げれば振り切れない相手ではない。
 ロナルドはとにかく最大戦速で予定されている集結ポイントに向かうように各艦に命令を出していたのだが、シナノの射程は洒落にならないほどに長く、他の艦ならとっくに最大射程外にいる筈なのに正確な砲撃が飛んできて、直撃を受けた艦が唯の一撃で粉微塵に粉砕されていく。

 そしてその背後でMS同士の最期の小競り合いも続いていた。追撃してくる地球軍やザフトのMSをまだ元気なザルクのMSがアンテラの指揮を受けながら食い止めていたのだ。クルーゼが何処かに行ってしまったので彼女が纏めるしかなかったのだが、こういう時はクルーゼよりも彼女の方が上手くやれるので問題は無いかもしれない。
 しかし、問題は追撃してきている部隊の中にフレイやイザークなどの歴戦のエースたちが混じっている事であった。彼らを振り切る事は容易ではない。かくいうアンテラ自身もどうにかフィリスのインパルスは振り切ったものの、今度は地球軍のガンバレルを背負ったクライシスに掴まって交戦していた。このクライシスはかなりのベテランが使っているようで、ガンバレルを上手く使って退路を塞ぎながら攻撃を加えてきている。アンテラは知らなかったが、それはモーガン・シェバリエの駆っているクライシスであった。

 しかし、この戦いの中で猛威を振るったのは意外にもフレイのウィンダムであった。彼女はウィンダムを持ってしても手を焼く戦闘用コーディネイターの駆るジャスティスやフリーダム、ザクを相手に普通の戦い方では勝てないと考えて、とんでもない戦法を編み出していたのだ。それは、ある意味大昔から続く伝統的な戦術、特攻である。
 勿論フレイがウィンダムごと突っ込んでいるわけではない。彼女はフライヤーを脳波制御で目標に突っ込ませるという、フライヤーをミサイル代わりに使う戦術を土壇場で考え付いたのだ。NJの干渉下であろうが様々な欺瞞装備を使用しようが、パイロットが自分で誘導して突っ込んでくる特攻に対しては何の役にもたたない。これを防ぐには特攻機を確実に破壊するしかないのだ。その特攻をフレイはフライヤーという無人機でありながら人間の意志で動かす兵器を用いてこの時代に再現して見せたのだ。
 PS装甲で身を守り、強大なパワーと絶大な火力を持つ核動力機といえどもこんな質量の塊に無人機特有の高速で突っ込まれた挙句、内部の弾薬を一斉に爆発させられては持ち堪える術は無い。例え装甲が耐えられても内部が持たず、機体が砕かれたりパイロットが中で死亡している。少なくとも戦闘不能になる程度のダメージを与えられる事は確実だ。
 だがフレイの方も無事とは言えなかった、フライヤーは脳波制御で動くだけにそのフィードバックは直接彼女の精神にダメージとなって跳ね返ってくる。フライヤーを特攻させる度に彼女には大きなダメージが返ってきて、彼女はそれに耐えなくてはならなかったのだ。

 このフレイに与えられるダメージはアークエンジェルからでも簡単に分かった。ミリアリアが観測しているパイロット達のコンディションモニターではフレイは心身ともに疲労しきり、とても戦闘に耐えられるような状態ではない。

「艦長、フレイを下がらせてください。このままじゃ倒れますよ!」

 それを見ていたミリアリアがマリューにそう進言するが、マリューは苦い顔でそれを却下していた。

「そうしたいけど、まだステラちゃんのウィンダムの収容が終ってないわ。この戦いがもう少し下火になるまで頑張って貰うしかない!」
「大体、何でこの船の周りで小競り合いが続くんですか!?」
「アークエンジェルが一番突出してたから仕方が無いわね。ところでサイ、ステラちゃんの方はどうなったの?」
「どうも元に戻ってきたみたいです、暗示の効果は一時的だって話は本当みたいですね」

 エルフィとシホの協力を得たトールとスティングに拘束されたウィンダムの中のステラは、最初こそ激しく暴れていたのだが、段々と上書きされた暗示が効果を無くしたようで、今では訳の分からない様子で中破した状態の自機をトールとスティングに運んで貰っていたのだ。

「何で、何時の間に壊れたの?」
「ああ、後でじっくり説明してやるから黙ってろ」
「スティング、怒ってる?」
「たりめえだろうがボケ!」

 とことんまで不機嫌そうなスティングの様子にステラは顔中に?マークを貼り付けて首を傾げていた。どうやら暗示に支配されていた間の記憶はすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。
 そしてその背後を守るようにしてトールのウィンダムがエルフィとシホのザクウォーリアを牽制していた。一応敵ではないようだが、まだ味方だとも限らない。確かに停戦は成立したのだがこいつ等がそれを守るという保障は何処にも無いのだ。
 アークエンジェルから数門のイーゲルシュテルンを向けられているエルフィとシホはどうしたものかと通信機越しに顔を見合わせている。もしこの艦が自分たちを敵だと判断すれば、一瞬で自分たちは撃墜されかねない。
 最もこれは彼女らだけではなく、このプラント宙域のあちこちで起きている状況であった。あちこちでザフトと地球軍が睨みあいに近い状態に陥っている。ザルクが居る間はとりあえずそれの相手をしていたのだが、居なくなったのなら次の敵はお互いになるからだ。幾ら停戦が成立したとは言ってもすぐにそれを信じられるほどにお人よしな人間はそう多くはない。
 だがそれでも衝突に至っていないのは、復帰してきたパトリックと地球軍を率いてきたカガリの影響力がそれだけ大きかったという事なのだろうか。異常なまでの緊張感が漂ってはいるものの、戦いは確かに止まっているのだ。

 もっとも、違う意味で激戦中の人間もいたのだが。アークエンジェルの艦橋で頭を抱えて悶絶している不気味な男が1人居たのだ。

「あああ、フライヤーはうちがデータ取りも兼ねて供与した物なんですよ。凄く高いんですよ、それをミサイル代わりに使うなんてなんて勿体無い!?」
「MS1機よりは安いじゃろうが?」
「比較対照に問題あり過ぎですよ、それにあれは戦闘機より高いんです!」
「ジャスティスやフリーダムと引き換えなら割に合うじゃろうが。それに実戦データが欲しくて持ち込んだんじゃから消耗は覚悟の上じゃないのかの?」
「データ取りの為に供与したんであって、ミサイル代わりに持ち込んだんじゃないんです。データとって壊れるならまだしも、あれじゃ開発目的と何の関係も無いじゃないですか!」

 フライヤーは量子通信端末によって操作される半自動攻撃端末であり、将来的には戦艦やステーション、コロニーの迎撃、防衛用の無人戦闘機に発展させる為の雛形として期待がされている。今はまだ空間認識能力を持つパイロットによる思考制御を受けなくては兵器としては不完全な代物であるが、いずれは普通のオペレーターからの命令を受けて操縦できるようになる筈なのだ。
 だがあれでは期待したようなデータが取れない。フライヤーはミサイルとして開発したのではないので、体当たりさせるような使い方は考えていなかったのだ。確かにあの質量と速度で突っ込めば大抵の物は壊せるだろうが、余りにも高価すぎるミサイルになってしまう。
 フレイが思いついた戦術は確かにコストだけ見れば取引としては割に合うが、作った側であるアズラエルとしては勘弁して欲しい戦術であった。





 ザルクが退くにつれて戦いは下火へと変わっていく。戦う相手が居なくなったからだ。キラとアスラン、シンも退いてしまったクルーゼを見送ったあと、それぞれにやるべき事をする為に散る事にした。

「俺はザフトに戻る、クルーゼがこのまま終るとは思えないからな。とりあえずウィリアムス提督を手伝って戦力の再編成をしないと」
「俺は船に戻りますよ。ステラが心配だし、ザフトが襲ってこないとも限りませんから」
「そうか、それじゃあ次は敵同士になるな。ああ、ミーアには危害を加えないでくれよ」
「大丈夫っすよ、艦長はあの性格ですから。んでキラさんはどうするんです?」

 アスランとシンが何も言わないキラのデルタフリーダムを見る。するとキラは2人に向かってクルーゼを追うと答えた。

「僕はあの人を追うよ、まだ追いつけるかもしれないしね。あの人は放っておけない」
「……勝てるのか、お前だけで?」
「勝てるか、じゃないよアスラン。勝たなくちゃいけないんだ」

 キラはクルーゼが向かった方向、ジェネシスの先端部の方目掛けてデルタフリーダムを発進させていった。それを見送ったアスランとシンは僅かな逡巡を見せていたものの、すぐにそれぞれの目的地に向けて飛び去って行った。




 ジェネシスの1次ミラーの先端部で起きていた小規模な戦いは既に終っていた。周囲には破壊されたザクウォーリアやジャスティス、フリーダムの残骸が漂い、その中を1機のゲイツRが健在な姿で漂っている。
 ユーレクはもう挑んで来る者が居ない事を確かめて、僅かに肩の力を抜いていた。ザルクのMSは手強い相手で戦いがいがあったが、今は別にやりあいたい相手でもない。今彼は待っている相手が居たのだ。それは確実に近付いてきている。そう、この力のおかげでユーレクは感じる事が出来るのだから。

「そうだろうな、お前は怒るだろうな、クルーゼ」

 ユーレクは近づいてくる強烈な怒気を確かに感じ取っていた。そしてそれが確かな形となって自分の前にやってきた時、彼はこの事態を愉快な物に感じている自分におかしさを覚えていた。これは中々に珍しい体験と言わずにはおられない、何しろ自分が自分を殺しに来るのだから。
 目の前までやって来たプロヴィデンスはいきなりドラグーン数基を展開させると、自分に通信を求めてきた。特に断る理由も無いので回線を開くと、一見何時もと変わりないクルーゼがモニターに姿を現した。

「クルーゼか、どうかしたかね?」
「ぬけぬけと言ってくれるなユーレク、まさか君が裏切るとは私も予想出来なかったよ。君は契約に忠実な男だと思っていたからな」
「おいおい、傭兵は信用度が第一だぞ。そんな根も葉もないデマは止めてくれないか」
「では何故ジェネシスのミラーを破壊した、貴様は私に雇われているのだぞ?」
「クルーゼ、お前は勘違いをしているようだが、私はお前に雇われた覚えは無いな。私との契約事項をよく思い出してみろ」
「……なんだと?」

 言われてクルーゼはオーブでの彼との契約の時の事を思い出していた。そう、あの時は確か。

「相変わらず愛想が悪い男だな。どうだ、もう一度私の元で働いてみないか。戦う機会には事欠かないと思うが?」
「......それは、私に前のようにザフトに雇われろ、という事か?」
「まあそういう事だ。オーブは負けたのだから、君の雇用契約も終わったのだろう?」
「......良かろう。では、これからはザフトのために戦うとしよう」
「結構、待遇については以前と同じで良いだろう?」
「構わん、武器と戦場、そして行動の自由があるならな」

 そう、クルーゼは自分の部下という形で契約をしたつもりであったが、ユーレクは確かにクルーゼの為ではなくザフトに雇われ、ザフトの為に戦うと言っていて、クルーゼ自身もその条件で承諾していた。はっきり言って詐欺紛いのやり口ではあったが、一応ユーレクは嘘は言っていなかった。
 だが、それでクルーゼが納得出来る訳が無い。クルーゼは自分が騙されたと考え、怒り心頭に達してユーレクのゲイツRにドラグーンを放ってきた。

「舐めた真似をしてくれたなユーレク!」
「ふむ、自分が勝手に勘違いしていたのに逆上して攻撃してくるとは、理不尽な事だな」

 向かってくるドラグーン1基を正確な射撃で撃墜してみせ、そして3基による左右と上方からの射撃をあっさりと回避してみせるユーレク。キラやアスランにはあれほど有効だった戦法もユーレクには効果が無いようで、クルーゼは苛立ちに顔を歪めていた。

「き、貴様……」
「忘れていたかクルーゼ、私は怪物なのだよ、他に通用したといっても私に通じるとは思うな」

 それはクルーゼの苛立ちを更に煽る事になったが、ユーレクは意に介さなかった。実際にクルーゼと同等の空間認識能力を持ち、身体能力ではクルーゼを圧倒しているユーレクにとってはドラグーンは別に恐ろしい武器ではない。戦う為だけに生み出された最強の怪物の強さはオールレンジ攻撃すら寄せ付けなかったのだ。
 やはりユーレクは強い、知ってはいたが、こうしてじかに相手をしてみるとその凄さが嫌になるほど分かってしまう。元々ナチュラルとしては稀代の天才と言うべきアル・ダ・フラガをベースとしてあらん限りの技術を注ぎ込まれて完成された化け物なのだ。最高のコーディネイターとして作られたキラと較べても戦闘能力に関しては上回るだろう。
 だが、自分と同じ、いやそれ以上に悲惨な境遇にあるはずのこの男が、どうして自分の敵に回ったのかがクルーゼには理解できなかった。キラ・ヒビキとの戦場を奪われるのを恐れたのか、それとも余程魅力的な報酬でも約束されていたのだろうか。

「ユーレク、何故君が私の敵に回ったのか聞かせてもらえないかね。一体何を報酬として貰ったのだ?」
「そんな事を聞いてどうする、貴様には何の意味も無い事だろうに?」
「そうでもない、君を釣れるほどの餌というのが気になってね。キラ・ヒビキの首でも貰うのかな?」
「……いや、今はそんな物には興味が無いな。私は代価を得て仕事をしただけだ」
「ほう、一体幾ら貰ったのかな?」
「そうだな、人形1つ、というところか」

 人形1つを代価に自分たちの長年の努力を潰された、そう聞かされたクルーゼは呆然としてしまっていた。まさか、こいつはそんな代価で世界を救ったというのか。
 自分たちの長年の努力をそんな理由で無駄にされたと知ったクルーゼは僅かな間の喪失状態から脱すると、すぐに沸きあがってくる怒りの感情が自分の中を支配してしまい、ユーレクに対して全力で攻撃を加えだした。

「ユーレク、貴様が報酬次第で何でもやる事は知っていたが、ここまでふざけてくれるとはな!」
「契約に忠実な良心的な傭兵だと言って欲しいのだがな」

 ドラグーンの動きが鋭さを増し、回避が困難なように攻撃を加えてくる。その鋭さを増した動きから、クルーゼの集中力が更に増した事が伺える。余程自分に対する殺意が増しているのだろう。だがそれでもドラグーンでは自分は倒せないとユーレクには分かっていた・自分とクルーゼ、そしてレイの間には同じ人間から作られたクローンの為なのか、際立って強い感応力が働いている。その力のおかげでクルーゼの動かすドラグーンの攻撃はユーレクには手に取るように分かってしまうのだから。

 ドラグーンを使った奇襲では倒せない、それを理解したクルーゼはビームライフルを手に近接戦闘を仕掛けた。ユーレクは確かに化け物だが機体は所詮ゲイツRでしかなく、しかもこれまでの戦闘で消耗している。MSの性能の差を生かした攻撃でなら勝てると考えたのだ。
 それは正しい選択だったろう。どんなに優れたパイロットでも着たい性能の限界を超える事は出来ないのだから。幾らユーレクが凄くてもプロヴィデンスほどの火力や加速性能、防御力をゲイツRで発揮する事は不可能であり、これらを生かした勝負でなら勝てるとクルーゼは踏んでいる。
 そして実際にユーレクは速度で有利な距離を維持しながらビームライフルとドラグーンで攻撃してくるクルーゼ。その猛攻を前にしたユーレクは、何故か嬉しそうであった。

「お前が私を倒すのかクルーゼ……それも良いかもしれんな」

 同じ存在に殺されるのならば仕方が無い、そんな気がしてしまったのだ。だが、そんな感傷も近づいてくる新たな気配によって消え去ってしまった。最後の最後まで彼は舞台から降りないつもりであるらしい。

「キラ・ヒビキか、私の死に場所を取らないで欲しかったのだがな」
「ち、彼が来たか!」

 ユーレクが感じられるのならばクルーゼにも当然感じ取れる。そしてすぐに背後から飛来した強力な荷電粒子ビームがプロヴィデンスの至近を貫いていき、装甲に焼け焦げたような跡を作り出した。

「キラ・ヒビキがもう来たのか、今は君は邪魔だ!」

 ユーレクの相手をしながら更にキラもとなると、クルーゼにとってはかなり分の悪い勝負になる。残念ながらプロヴィデンスはユーレク相手だと相性が悪いMSのようで、今のままでも短時間で押し切る事は出来そうにないと分かっただけにキラの出現はクルーゼにとって最悪の状況を生み出したとも言える。ここで彼が取れる選択肢は2つしかなかった。新たにキラも相手取るか、負けを受け入れて引き下がるかである。

「……ええい、仕方が無い、命拾いをしたなユーレク!」
「退くのかクルーゼ、このまま最期まで私に付き合ってくれても良いと思うのだがな」
「私にはまだやるべき事があるのだ、ここで死ぬわけにはいかん!」

 そう怒鳴ってクルーゼはユーレクのゲイツRから距離を取った。この時クルーゼは追撃して来るだろうと予想していたのだが、何故かユーレクはクルーゼを追撃しようとはせず、離れて行くのを見送っていた。それがクルーゼには不可解であったが、ユーレクにはちゃんとした理由があった。そう、ザフトからの命令はジェネシスの発射を止めろというものであって、クルーゼたちを殲滅しろというものではなかった。傭兵でしかないユーレクは命令以上の仕事をする気は無かったのだ。ザルクやクルーゼと戦ったのは襲われたから自衛しただけの事で、別に彼から攻撃した訳ではない。

「後の事はキラ・ヒビキに任せれば良かろうな。しかし……」

 逃げて行くプロヴィデンスの推進剤の輝きを眺めながら、ユーレクは自嘲気味な笑みを浮かべてしまっていた。

「また、死に損なったか」

 別に死に損なったからといって自殺するようなつもりはなく、これからどうしたものかと考え込んでしまった。自分の仕事はもう終ったのだから、次は何処に行こうかと思案を巡らせ出した時、近づいてくる新たな、何故か覚えがある気配にそちらにカメラを向けて、そして今度は驚きを浮かべてしまっていた。そこに映っていたのは、地球軍でもその名を知られているエメラルドグリーンのコスモスグラスパーを先頭とした編隊だったのだ。




「いい加減諦めて投降しろ、このボケェェ!」

 イザークのシグー3型がザルクのザクが振るう高周波トマホークの大降りを相手の腕をライフルを捨てた右手で受け止め、暫しの間拮抗する。だがパワー差があるためにすぐにザクが押し切りそうになり、イザークの顔に僅かな焦りが浮かんだが、その攻守はトマホークを握る右手を助けに駆けつけたザクウォーリアがビームトマホークを一閃して右腕を切り落としてしまった。

「ジュール隊長、無理しないで下さい!」
「オリバー、お前か!?」
「私も居ますよ!」

 アヤセのザクウォーリアがザクのバックパックを切り離し、機体の推進力の大半を奪い去る。武器と機動力を無くしたザクはこれで諦めると3人は思ったのだが、驚いた事にこのザクは逃げる事も戦う事も不可能と悟った途端、自爆装置を起動してきた。突然抵抗を止めたザクの様子に不信感を抱いたイザークが自体を悟って慌ててオリバーとアヤセに逃げるように怒鳴った。

「逃げろオリバー、アヤセ、こいつ自爆する気だ!」
「ちょ、冗談でしょ!?」
「アヤセ、急いで!」

 事態の変化に戸惑っていたアヤセのザクウォーリアをイザークとオリバーが掴んでこのザクの傍から急いで逃げ出す。そしてすぐにこのザクは原子炉の暴走を起こして自爆、100mほどの火球へと変わってしまった。プラント製の原子炉は恐ろしい事に自爆可能となっているのでこのような芸当が出来るのだ。元々は相手側への鹵獲防止の為のシステムであったが、ラクスがフリーダムを流してしまったので無意味な物となってしまった。
 今回はその装置の存在を知っていたイザークがすぐに気付いたから良かったものの、気付かなかったら3機とも吹き飛んでいたところだ。

「あ、危なかった」
「なんでMSが核爆発するんですか!?」
「仕方ないだろ、そういう事も出来るように作ってあるんだから!」
「普通、しないように作りません?」

 なんでMSの動力を自爆できるように作るんだ、という疑問をぶつけるオリバーとそんな怖い物作るなあと怒鳴っているアヤセ。2人から疑問と怒りをぶつけられたイザークは俺が知るかあと怒鳴り返していたが、実は知っていたりする。ただそれが味方を信用していないプラント内の内部事情によるものだったこともあって、人に言えるようなものではなかったのだ。当初は鹵獲防止用であったが、強奪事件以降では身内の敵への警戒心が増したのだ。だがまさか第2のフリーダム強奪が起きないように外部操作で自爆させる計画があったなどとは部下には言えまい。
 だがそれがあればザルクのクーデターもすぐに封じ込められたわけで、それを考えると惜しい事をしたかもしれない。だがそんな事をしたら兵士達の士気がどん底にまで下がった可能性もあるわけで、微妙な所かもしれない。

 このようにザルクのMSの中には鹵獲されそうになると自爆して果てる者が続出していて、誰かを逮捕して尋問しようと考えていたザルとや連合の指揮官達の思惑通りにはなっていなかった。何しろ核動力MSは核爆発まで起こすので迂闊に近付けないのだ。
 だが全てが上手く行った訳ではなく、中には損傷の衝撃で気を失っている間に鹵獲された者、機体の損傷の為に自爆すら出来なかった者、最後の最後になって怖くなって投降した者など、僅かではあったが捕虜になった者も出ていた。この後の彼らの運命は捉えられた部隊によって別れる事になるが、全般として地球軍に捕らえられた者の方が運が良かったと言える。ザフトの中には裏切り者に対して猛り狂っている者もおり、拷問を受けて殺された者も少なからず居たのだから。



 追撃してきたキラはユーレクとの戦いを切り上げて自分に向かってくるプロヴィデンスを確認すると、迷う事無く粒子砲を発射した。如何なるMSでも撃破できる荷電粒子の奔流をプロヴィデンスが大きく左に動いて回避し、反撃とばかりにビームライフルを2度放つ。

「キラ・ヒビキ、何故君は私と戦う。自分が何者か知っているだろうに!」
「決まっている、貴方を止めなくては世界が滅ぼされるからだ!」
「無駄な事だ、私を止めても人はいずれ滅ぶ、私は滅びの1つでしかないのだからな!」
「人はそんなに愚かじゃない、今みたいに必ず途中で気付くさ!」
「今更気付いても手遅れだ、既に時は遅い、世界は人の憎しみが満ち溢れているのだからな!」
「違う!」

 粒子砲の一撃がドラグーン2基を纏めて吹き飛ばし、キラは空になったカートリッジを交換する。そしてプロヴィデンスに距離を詰められないように慎重に相手の動きを見定めながらあと何発撃てるかを頭の中で数えていた。

「残り2つ、全力だと撃てて9発ってところか、やれるかな?」

 プロヴィデンスは巨体に似合わず動きが速い。フラガやフレイもそうであるが、高度な空間認識能力を持つ者はこちらの位置を把握する能力だけではなく、異常なほどに反応速度が速いのだ。それはどうやら身体的な物からではなく、空間認識能力に関係しているらしいのだが未だに良く分かってはいない。
 クルーゼもそうなのだろうが、実に厄介な相手だ。荷電粒子砲はビームとしては弾速が遅いとはいえ、普通はそうそう回避できるものではないはずなのに彼らは平気で回避してくれるのだから。

「でも、このまま好きにさせるわけにはいかないんだ!」

 ここで仕留めないと何をするか分からない、再起出来ないように始末しておくべきだとキラは考えていた。勿論それにはこれまで散々な目に会わされ続けたという個人的な恨みも入っているのだが、まあクルーゼを止めなくてはいけないという目的は間違ってないから問題はない。
 だが、問題なのはクルーゼが逃げの一手に入っているという事だ。クルーゼはドラグーンを使って牽制を加え、デルタフリーダムの足を止めたら距離を取るという事を繰り返している。やがてドラグーンは制御不能になって動きを止めてしまうのだが、その間にプロヴィデンスは遠くに行ってしまっている。小賢しいが有効な手である事をキラは認めないわけにはいかなかった。

「逃げるのか、貴方はこれだけの事をしておいて!」
「捲土重来という言葉があるのだよ、ここで死ぬ訳にはいかんのさ!」
「何でそこまで恨み続けられる、クローンに生まれたからって、ほとんどの人は関係ないはずだ!」
「君がそれを言うかね、私以上に間違った存在である君が、あってはならない生き物が!」
「僕は恨んじゃいない、復讐なんて考えてない!」
「今はそうでも、いずれ君もそうなる。君の正体が知られれば誰もが君の秘密を狙うようになるだろう。あるいは恐怖し、抹殺しようとするかだ。君は人の欲望と畏怖を刺激する居てはならない存在だからな!」

 クルーゼの声に段々と悦に入ったような響きが混じってくる。キラの声に必死なものが混じってくるのがクルーゼの残虐性を刺激しているのだろう。

「知れば誰もが望むようになるさ、君のようになりたいと。そして君の秘密を巡って人はまた争うようになる!」
「人はそこまで愚かじゃないさ!」
「どれだけ否定しようが無駄だ、人の欲望は留まる所を知らないのだからな。この世界を見れば分かるだろう、人はコーディネイターなどという欠陥品の超人に安易に飛びつき、その結果がこの様だ。この欲望が人を滅ぼすのだよ、この流れはもう誰にも止められん!」

 クルーゼの一言一言にキラは段々と言い返せなくなっていた。自分の力が周囲の者の恐怖を煽る、というのは既に幾度も経験してきている。アークエンジェルの仲間達でさえ昔には自分の戦いぶりに震え上がったほどだ。彼らの反応はごく一般的なもので、余り気にしていなかったトールやフレイのような反応を期待するほど今のキラは世間知らずではなかった。
 だからこそキラはクルーゼに反論出来なくなっていた。自分の存在そのものが危険な物である、という認識は自分自身にもあったし、過去にアズラエルなどの権力者達からその事を指摘された事もある。そう、自分はこれからの世界にとって不安定要素の1つであると。
 言い返せなくなったキラは無理にでも追撃しようという意思が薄れてしまい、クルーゼに逃げる隙を与えてしまった。粒子砲による牽制射を受けなくなったプロヴィデンスは一目散に逃げ去っていき、やがてデルタフリーダムのセンサーにも捕らえられなくなってしまう。それを確認したキラは疲れた顔でヘルメットを外し、汗で濡れた髪を右手で何度かガシガシと掻きまわした。

「僕が危険だなんて、そんな事、言われなくても分かってるさ」

 クルーゼの言葉を噛み締めながら、キラは虚ろな目で戦火が下火になっているプラント宙域を眺めやり、そこに傷つきながらも健在な姿を留めている砂時計の群れを見ながらキラは奇妙な空しさを感じてしまっていた。これまでプラントを打倒するために戦ってきていたのに、いざそこに来た時にはそれを守る為に変わっていたのだから。





 このキラとクルーゼの戦いが最期であったかのように、プラント宙域からは戦闘の光は消え去った。残っているのは弱体か著しいザフトと、集結を開始した地球軍である。勿論地球軍も著しく消耗しているが、この状況は地球軍に圧倒的に有利であった。もうすぐ月から向かっている第1、第2艦隊がプラント宙域に侵入する事が分かっており、彼らはすぐに戦力を数倍に膨れ上がらせるのに対して、プラントにはもう一欠けらの増援もありえないのだから。だからザフトは指揮下の部隊に決して地球軍に発砲するなと厳命し、その活動を警戒と被害を受けたコロニーの救助作業に振り向けたのだ。
 戦いが終ったのを見たエザリアは急いで国内の状況の把握を行うべく部下達にあれこれと指示を出していて、それを暢気な顔で眺めながらパトリックがシーゲルとジェセックにどうしたものかと話しかけた。

「本当に大変なのはこれからだな」
「戦後処理か、地球は我々にどんな無理難題を吹っかけてくるだろうな?」
「大半を我々は失う事になるかもしれんが、タダでくれてやるつもりはない。せいぜい高く売りつけてやるのが私達の仕事だろう」
「そうだな、私達は最期まで貧乏くじを引く事になるようだ」
「自分で好き好んで引いているのだ、文句を言うなシーゲル」

 長老格3人は今の対処をエザリアたちに完全に任せて、自分たちの頭の中では既に戦後処理の交渉を始めていた。この交渉はある意味戦争指導以上に厄介な仕事となることが確実であり、それをやれるのは自分たちだけであると彼らは考えていたのだ。
 そのために必要なカードは決して多くはないが、何も無いわけではない。ラクスに関わる地球側のトラブルやヤキン・ドゥーエ、未だ地球側が持たない数々の技術など、決して頼りになるとは言えないが多少は使い物になるものが残っているのだ。

「さて、そろそろ宇宙港に行くとするか。地球側の代表者を受け入れねばなるまい。失礼が無いようにな」
「失礼が無いというなら、お前は不味いだろうパトリック。結構やつれているぞ?」
「貴様こそ不味いのではないかシーゲル、エイプリルフール・クライシスを引き起こした戦犯なんだからな」
「2人ともそのくらいにしておけ、どうせ戦後に仲良く戦争犯罪人として法廷に立つんだからな」

 くだらない皮肉をぶつけ合っているパトリックとシーゲルにジェセックがどっちも同じだろうがと言って止めさせようとしたが、言われた2人はお前も一緒に来るんんだと言い返していた。




後書き

ジム改 ザルクは大きな犠牲を支払ってプラントから撤退したのでした。
カガリ シヴィライゼーション4買ったせいで更新遅れまくったぞ?
ジム改 そんな細かい事を気にしちゃいけないな。
カガリ 廃人が言い訳するんじゃねえ!
ジム改 趣味の関係で納得出来る勝ち方が出来ないと気が済まないんだよ。
カガリ まだ拡張パックも入れてないくせに。
ジム改 とりあえず遊び倒したら拡張パック使おうと思って。
カガリ 廃人街道まっしぐらじゃねえかこのボケ!
ジム改 ひ、酷い……
カガリ やかましい、それじゃ次回、地球軍の艦隊を向かえ、半ば保障占領されるプラント。地球圏全域でザルク残党の捜索が始まり、アプリリウス1では停戦から講和に向けての予備交渉が行われる事に。だがそこでアズラエルたちが突きつけた条件はシーゲルたちを鼻白ませる物だった。次回「平和への道」で会おうな。
ジム改 平和か?

次へ 前へ TOPへ