第196章  朽ちし者達


 

 先の戦いの混乱が一段楽した後、ザフトは大急ぎで内部資料を調べ直す事になった。クルーゼが支配していた頃に彼が何を持ち出したのかを調べる必要があったのだ。何しろ彼はエザリアの側近という立場を利用して膨大な物資と装備を自分の部隊に回していたのだが、その詳細は誰にも分からない。
 先の戦いでザルクは書類上でクルーゼの部隊に渡った数を超えるほどの核動力MSを装備し、出鱈目な戦闘能力を有するパイロット多数を擁していた。あれは一体何なのか、どこからあれだけの装備が出てきたのか、それを調べなくてはいけなかったのだ。
 その作業はもしかしたら地球軍の迎撃よりも困難であったかもしれない。ザフトの後方勤務部門の全職員が総出であらゆるデータを読み漁り、とにかくおかしな所を調べだして回った。その結果ザフトの軍事プラントの工廠からの出荷数と納入数が一致しないという事が判明し、合わせて調達部門に潜んでいたクルーゼの協力者数名が割り出され、逮捕されている。
 そこから割り出された帳簿と合わない物資や装備の大半は先のジェネシスを巡る戦いの中で確認されていたが、まだ5隻の輸送艦と3隻のローラシア級、それに20機ほどのザクウォーリアが行方不明となっている事が分かった。これは確認できただけであり、艦艇はともかくMSはこれ以上の数が流れている事は疑いない。いや、ジャンク屋などから入手していれば艦艇ももっと保有しているかもしれない。
 だが、問題はそこではない。問題なのは確認された物資の中にあった2基のフレアモーターである。大質量物体の移動に使われるフレアモーターは厳重に管理されている筈の物資なのだが、こんな物まで持ち出されていたとは。
 これを持ち出したということは、クルーゼは何かを移動させる予定があるという事だが、一体何を移動させるつもりなのだろうか。この戦争では多くのコロニーや要塞が破壊され、遺棄されているのでそういった塊には事欠かないので、何処を探せば良いのかさえも見当が付かない。
 だがこれを聞かされた地球軍の方はザフトのように見当も付かない、では済まされなかった。過去にザフトはアラスカ基地攻略の為に小惑星をフレアモーターで移動させて落下させるという戦術を使用した事があり、一撃でアラスカの防空システムが壊滅するという大損害を与えている。
 あの時は効果をアラスカに限定する為に隕石のサイズを小さくし、落下速度などにも気を使っていたからあの程度の被害で済んだのだ。これが地上の被害など気にしなければもっと巨大な物体を、より効果的な目標に叩きつければ良い。サイズが大きければそれだけで地球は居住不能になってしまうだろう。


 クルーゼの目標を考えれば、次の手は恐らく最も単純かつ効果的な隕石落とし、そう判断した地球軍は持てる総力を投入して地球圏全域の捜索を開始する事になったのだが、それは容易な事ではない。特に地球を取り巻くように形成されたデブリベルトの捜索は不可能に近い。
 だが不可能とも言えず、連合軍総司令部はあるだけの艦艇と哨戒艇を各地の基地から出撃させ、とにかくやれる限りの事をする事にしたのだ。しかし、仮に発見できたとしても本当に阻止する事が出来るのかどうか、一度動き出した大質量物体は止める事も破壊する事も困難なのは言うまでもない。仮にもしヤキン・ドゥーエが地球への落下コースにのれば、阻止する手段は非常に限られてくる。
 だが無い訳ではない、1つの手段としては月基地からの隕石破砕用レーザー攻撃がある。だが最大の規模を誇るプトレマイオス基地の砲台がジェネシスによって失われてしまった為、これには余り期待できない。他の手段として考えられるのはメテオブレイカーの使用である。これは昔から存在する兵器で、地球に向かう隕石を直接破壊する為の爆弾のようなものだ。だが妨害を受ける状況下での使用は考慮されておらず、敵の攻撃に晒されながら設置するとなれば相当の困難が予想された。

 このため、サザーランド准将は捜索部隊に続いて隕石破砕用の部隊編成にまで着手する事となり、本当に過労死しそうな勢いで働かされていた。有能な男であったが、アズラエルに近かった事が彼の不幸であった。




 そうだな、ラクスの話をしようか。ラクスの作る飯は不味い、そう洒落にならない不味さだ。なんと言うか頼むから勘弁して欲しい、特に創意工夫と新メニューは禁句だ。最近は戦場と食卓のどっちがまだマシなのか真剣に悩んでいる。
 ん、どうした、何をそんなに怯えている。何、後ろだと、後ろに何が……


「ま、待てラクス、笑顔で迫ってくるのは怖いぞ。というかその肩の動いてる黒い羽は何!?」

 がばあっとソファーの上で上半身を起こしたアスランは、あれっという顔で室内を見回していた。そこはザフトでは何処でも使われているごく普通の執務室で、どうやらソファーに寝かされていたらしい。ここは何処だろうと思っていると、入り口の扉が開いてディアッカが入ってきた。

「よお、目が覚めたかアスラン」
「ディアッカ?」
「ここは俺の執務室だから安心しな、まあ普段使ってないから埃っぽいのは我慢しろよ」
「俺は……どうしてここに?」
「何だよ、覚えてないのか。お前ほら、地球軍の方からこっちに帰ってくるゲートでエルフィやルナに待ち伏せされてたろうが。ラクス・クラインにルナの妹も居たぜ」
「ラクス……」

 言われてようやく思い出したアスランは胃が馴染み深い悲鳴を上げだすのを感じてしまった。そうだった、俺は彼女達から一斉にプレッシャーをかけられてそのまま意識を持っていかれてしまったのだった。
 頭を抱えてしまった自分に対してディアッカは呆れた顔で水の入ったコップを差し出してくれた。それを受け取り、ちびちびと口をつけていく。胃に流れ込んでくる冷たい感触が何とも心地良かった。
 そしてディアッカは自分と向かい合うようにソファーに腰を降ろすと、少し据わった目で自分を睨んできた。

「なあ、お前の後ろに隠れてたあのラクス・クラインは誰なんだよ。あれってお前が連れて逃げたラクスだろ?」
「…………」
「だんまりか。言えない事情があるんだろうけどよ、少しくらいは良いんじゃねえの。せめてどっちが本物かくらいは教えろよ」
「……こっちに居た方が本物だ、違いは何となく分かるだろ?」
「ああ、あのクルーゼ隊長との戦いの最中のアレを見せられればな。呼びかけ1つで戦いの流れを変えるなんて、目の前で見せられてもまだ信じられないからな」

 ラクスがザフトに呼びかけた途端、それまで地球軍との共闘に難色を示していた部隊がクルーゼたちに攻撃を加えだしたのだ。それは彼女の言葉に感銘を受けなかった者には何とも奇異な物に映った事だろう。
 だがその理由はアスランにもさっぱりであった。元々彼女には優れたカリスマがある、それは長い付き合いでアスランにも良く分かっているのだが、あれはそういうレベルではない。あれではまるで神様か何かの類だ。ラクスは何時からあのような異常な力を身につけたのだろうか。
 アスランが力なく首を左右に振るのを見たディアッカはやれやれと肩を竦め、自分用に用意したコーヒーを口に含んだ。安物の官給品だけあって美味くは無かったが、これも慣れてしまえば悪くは無いと感じるから不思議だ。
 だが、一口飲んでカップを口から放したところで、ディアッカはアスランが自分をじっと見ている事に気付いた。

「ん、どうかしたか?」
「俺の分は出してくれないのかと思って」
「それくらい自分でやれよな」

 この野郎、出世街道進むうちに淹れて貰うのが当たり前になっていやがったな、と頭の中で呟きながらディアッカはコーヒーをアスランにも淹れてやった。そして当然の如く、エルフィの淹れてくれたコーヒーよりそれは不味かった。




 ステラを研究所に送り届けた後、トールたちはアークエンジェルの待つ宇宙港へと戻ってきた。研究所に残すステラの事が気にならないわけではなかったが、今回は連合の海兵隊が研究所に入っているし、連合の強化人間関係の技術者達もデータを得る為に入っている。何か余計な事をしようとしてもすぐに発見される筈だ。少なくとも自分たちが居るよりも頼りにはなるだろう。
 だがステラを残す事にシンとトールはかなり何色を示した。シンはステラに友情以上の感情を抱いているようだし、トールも懐いていた女の子をこんな所に残していくのは反対であった。しかしシンはフレイに説き伏せられ、トールはミリアリアに無言の圧力をかけられて渋々引き上げてきたのである。
 しかし、帰ってきた彼らはそこでようやく、また1人友人が帰ってこなかった事を知った。帰還してきた被弾機の損傷状態を確認していたマードックに自分たちの機体の状態を確かめに行って、そこでカラミティの未帰還を知らされたのだ。

「カラミティが、戻ってない?」
「ああ、カラミティが撃墜された所を目撃した奴も居るらしいから、落とされたってのは確からしいぜ」
「ちょっと待ってください、それじゃオルガは!?」
「残念だが、帰ってねえらしい。多分戦死だろうな」

 マードックの残念そうな声にフレイとミリアリアは顔を見合わせて俯いている。決して親しかったというような間柄ではなかったが、それでも彼は幾度も共に戦った戦友であった。特にフレイにとっては105ダガーが撃墜された際に助けて貰った事もある、いうなれば恩人だ。あの口の悪い豪快な男が帰ってこないなどとはこれまで考えた事もなかっただけに、その衝撃は小さな物ではなかった。一方でシンはオルガとほとんど接点が無かっただけに、彼の死にもほとんど動揺は見せていなかったが。
 しかし3人とは異なり、トールはオルガとは友人であっただけに驚愕していた。冷静さを欠いたトールはマードックに掴みかかり、使える機体は無いのかと迫った。

「お、おやっさん、今すぐ出せる機体は無いのかよ!?」
「機体って、何する気だお前は!?」
「決まってんだろ、オルガを探しに行くんだよ。あいつがそう簡単に死ぬ訳無いんだ!」
「俺の話を聞いてたか、撃墜を確認してる奴が居るんだよ!」

 誰も撃墜される瞬間を見ていなければ、あるいは撃墜後に脱出を確認していれば生存を期待する事が出来る。だがオルガの脱出は確認されていないのだ。宇宙空間での撃墜は戦死と同義語に近い、コスモグラスパーとは異なりMSには脱出装置などは無く、生存生はさらに低いのだから。キースのように何回撃墜されても生還してくるようなのは例外中の例外なのだ。
 マードックに説き伏せられたトールは遂に諦めたのか無理やり自分を納得させたのか、肩を落としてトボトボとアークエンジェルの方に歩いて行ってしまった。それをどうしたものかと見送ったフレイとミリアリアであったが、マードックに今はそっとしておけと言われて仕方なく追うのは諦めた。
 そして、そこで周囲を見回した2人は改めてこの戦いの被害の大きさを思い知らされてしまった。宇宙港に回収されてきた友軍機の残骸の数が出鱈目に多く、その中から多数の負傷者、戦死者がコクピットから引っ張り出されていたのだ。
 自力で帰還出来た者はこの戦いでは幸運な部類なのだ。アークエンジェルの艦載機が全機生還していたのは彼らの実力の高さと運の強さをまざまざと示している。しかし今はそれが自慢というよりも負い目に感じられてしまい、2人も追われるようにしてアークエンジェルへと戻っていってしまった。
 それを見送ったマードックは経験積んでる筈なのに、何時までたっても人死にには慣れねえ奴等だと小さく笑って仕事に戻ろうとして、まだシンが残っている事に気付いた。

「なんだ、お前は戻らねえのか?」
「戻ってもやる事もないんだ、こっちで何か手伝いますよ」
「そりゃ助かるが、子供にやって貰うような仕事は……おし、MSで外からのデブリ回収をやってくれ。パイロットなら余裕だろ」
「それじゃ、なんか使えるMSを下さいよ」
「おう、それじゃあっちに行ってくれ。俺に言われたって言えば分かる筈だ」

 マードックに言われたシンは気軽にそれを引き受けてワーカーMSの方へと向かっていった。これは戦闘で酷く損傷して戦闘には使えないと判断されたMSを作業用に修復したもので、外観上ではかなりバラツキがある。まあジャンクパーツの寄せ集めみたいなものなので動けば問題無いという事だ。
 しかし、これを使って宇宙に出たシンは、そこでデブリ回収の苦労を存分に味あわされる事となった。今回回収していたのは大きな塊であるMSや艦艇の残骸ばかりであったが、それでも戦闘とは勝手の違う作業にシンは戸惑い、上手く作業できずに散々な目に合うのであった。




 次なるクルーゼとの戦いを前に、プラントから1人の男が去ろうとしていた。ザフトに雇われていた傭兵のユーレクだ。彼はジェネシスの発射を阻止した事に対するボーナス分を上乗せされた報酬を受け取った後、連合側の許可も得てプラントを去ろうとしていたのだ。連合軍とザフトは次の戦いにも参加してくれないかと多額の報酬を餌に誘ってきたのだが、ユーレクはそれを固辞して去る事にしたのだ。
 暫く戦いから離れてのんびりしようかと考えながら荷物を手に宇宙港を歩いていると、備え付けの椅子に座って本を読んでいる男にいきなり足を引っ掛けられてしまった。いきなり引っ掛けられてユーレクは危うく転びそうになったが、たららを踏みながらどうにか踏ん張って見せる。そして突然攻撃してきた相手を睨みつけると、そのプラント美味い物巡りを読んでいた男は本から顔を上げると、ニヤリと口元だけで笑った。

「どうした、最高の戦闘用コーディネイターともあろう男が、足元がお留守とは驚きだぞ」
「貴様、何者だ?」
「おいおい、俺の事忘れちまったのかエイト。昔はあんなに可愛がってやったのになあ」
「……そういう事か、今はキーエンス・バゥアーとか名乗っているんだったな」
「お前はユーレクだったな。傭兵をやってると聞いてたが、随分と荒稼ぎしてるようだな」

 キースはベンチの隣を何度か叩き、座るように促す。そこにユーレクが腰を降ろし、キースに何の用だと問いかけた。

「私に今更何の用なんだキーエンス・バゥアー?」
「キースと呼んでくれ。それに、用が無くちゃ呼び止めちゃいけないのか、昔馴染みだろうに」
「昔、か。私達の過去は最悪の思い出だと思うのだがな」
「でも思い出には違いないさ。切り捨てたいような過去でも、幾つかは忘れたくない物がある。多分エレンにもな」
「エレンか、彼女は今どうしている?」
「娘と月に行ったって連絡があったな。お前も連絡手段くらいは用意しておいた方がいいぞ」

 まあ自分もエレンの生存を知らず、オーブで偶然出会うまでは全く連絡を取っていなかったのではあるが。言われたユーレクは苦笑しながらすまないと詫びを入れ、キースに自分が良く利用している傭兵の溜まり場近くにある郵便局の私書箱の所在を教えた。ここに連絡を送ってくれれば自分がチェックできると。
 だが、私書箱と言われたキースは面食らってしまっていた。今時なんでそんな連絡手段しかないのだろうか。

「仕方があるまい。仕事柄、私は一箇所に留まっていないのだから」
「まあそりゃ俺もだが、もう少し真っ当な仕事をしたらどうだ?」
「忠告は感謝するが、私にはこれが性に合っているようでな。正規軍に入って規律に縛られるつもりは無い。それに、死ぬのならば戦場でというのが望みでな」
「それは分かるがな、俺たちはキラを殺す為だけに作られた戦闘兵器だ」

 調整体、ブーステッドマンやエクステンデッドのベースとなった最初の強化人間であり、最高のコーディネイターを始末する為に生み出された純粋な戦闘兵器だ。その改造のバリエーションは実に豊富であり、キースのように体の中身を対G能力強化の為に人工物に取り替えた者も居れば、ユーレクのように戦闘用コーディネイターに手を加えた者もいる。こんな出鱈目をしたのもそれだけキラを恐れていたということであるが、結局キラに拮抗できたのはユーレクだけであった。
 そのユーレクが戦いの中にしか生を見出せなくなったのも仕方が無いだろう。彼は自嘲を込めて自ら怪物と名乗り、各地で傭兵として猛威を振るってきたのだ。

「それで、これから何処に行くんだ?」
「とりあえず月に行くつもりだ。そこで暫く静養した後はまだ決めてないが、死ぬ前に一度くらいは火星に行ってみようかと思っている。もう長くは無いからな」
「長くは無い、か」

 ユーレクは自分より若く、キラと同年代の筈なのだが、既にその外見は30代半ばというところだろうか。成長抑制剤を投与してはいないと聞いていたが、この調子では後数年すれば初老の域に届いてしまうだろう。
 だがユーレクは成長抑制剤を使って僅かでも寿命を延ばす事より、このまま朽ちていく道を選んでいる。その前に戦場で滅びたいと思っているのだろうが、さてどっちが速いのだろうか。

「さて、それでは失礼する。次はエレンも交えて会いたいものだな」

 キースが口を閉ざし他のを見てユーレクは荷物を手に腰を上げ、再び歩き出した。その背中にキースは黙って拳を突き出して親指を立て、ユーレクは振り返らぬままに開いている左手を軽く持ち上げて幾度か振って答えていた。

 


 プラントの中でも外でも混乱が続いている中で、ミーアをアークエンジェルに戻したキラは許可を貰ってプラントの中に入り、そこで昔から見たがっていた物の前に立っていた。エビデンス01、そう、かつてジョージ・グレンが木星探査の際に持ち帰ってきた地球外生命体の化石と言われている物だ。その実物を前にしてキラは、かつてバルドフェルドという男が言っていた言葉を思い出していた。

「確かに、鯨には見えないよなあ」

 というか、大昔の三葉虫とかそっちの類にすら見えるこの謎の巨大な化石を前に、キラはなんでこれが羽クジラという愛称なんだろうと少し真剣に考え込んでしまっていた。そして、そこでじっと悩んでいるといきなり誰かに背中を叩かれ、吃驚して軽く前に跳ねてしまう。

「ひょっひょっひょ、観光かのキラ・ヤマト?」
「な、何だイタラさんですか、脅かさないでくださいよ」
「そりゃ悪かったの、よっぽど集中しとったんじゃな」

 おかしそうに笑ってイタラはキラの隣に立ち、同じようにエビデンス01を見上げる。

「思い出すのう、これを前に興奮していたジョージの事を」
「興奮していた?」
「まあな、地球外生命体の証拠を見つけてきたと大はしゃぎしておったよ。まあ科学者なら当然と言えるかな」

 地球外生命体の存在を立証する証拠、それは大昔から議論されてきた永遠のテーマ、地球外生命体は存在するのかという命題に決着をつけるものとなった。そう、地球外生命体は実在した、地球はこの宇宙で唯一生命を育んだ星では無かったのだ。
 この決着は世界に混乱をもたらした。ただでさえコーディネイターという化け物の出現が世界に混乱を起こしていたのに、この新たな事件はその混乱に拍車をかけたのだ。その結果として地球圏における宗教的な権威が崩壊してしまい、倫理という概念も揺らぐ事態を招いてしまう。その代わりに高まったのが人類をナチュラルとコーディネイターに分けて考える新しい形のナシュナリズムで、ブルーコスモスを代表とする多数の過激な勢力が躍進したのだ。

「これを持ち帰った事は学術的には大きな意味があったのだが、せめてコーディネイターの混乱が一段落してからにするべきじゃったんじゃろうな。まあ、長い事外宇宙に出ておったジョージに地球圏の事情を察しろというのも無理な話なんじゃが」
「ですが、知る事を恐れていては進歩はありえないのではないでしょうか、イタラ様?」
「シーゲルかの?」

 やってきたのはシーゲル・クラインであった。彼は何時も評議会に出る時に着ていた服に着替え、警備員を伴っている。キラとも面識があるシーゲルはキラを一瞥して穏やかな笑みを浮かべると、イタラに一礼して近づいてきた。

「お久しぶりですなイタラ様、まさか貴方がプラントにいらっしゃるとは思いませんでした」
「儂は地球の方が性に合っておるでの。それに儂のようなジジイがおらん方がお前らも気楽で良いじゃろ」
「何を仰いますか、何度プラントへ招いてもそっけなく断っていらしたでしょうに」
「ふん、儂は最高評議会特別顧問なんて長ったらしい肩書きも堅苦しい生活も御免なんじゃ!」

 苛立っている様子のイタラにシーゲルは肩を落としてしまっている。イタラがジョージ・グレンの友人であり、最古参のコーディネイターと呼べる存在であることは年配のコーディネイターたちの間では少しは知られている事だそうで、プラントも彼の権威をアテにして何度も招いていたのだ。だがイタラはプラントに行くなど御免だと言って悉く固辞し、地球に残ったコーディネイターたちを纏めて新たなスフィアを作り上げてしまった。
 地球上でアルビムというコーディネイター共同体を作り上げ、さらに同様の各地での同様の活動を支援してコーディネイターの生存圏成立を確実に進めてきたイタラの手腕は大したものだ。今でこそ現場から退いて後見人的な位置に居るが、その影響力は今でも大きな物がある。アズラエルやヘンリーも彼には礼儀を弁えて接するくらいだ。

 あのシーゲルが下手に出ているのを見てキラは驚いていた。シーゲルがプラントの最高評議会議長という一番偉い地位に居た人間である事はキラでも知っているが、そのシーゲルでも頭を下げるほどにイタラは凄かったのか。彼のイメージではイタラは軽い調子のおかしなスケベ爺さんでしかなかったのだが。いや、多分これはアークエンジェルのクルー全員に共通するイメージであるだろう。何しろ暇さえあれば艦内の女性の尻を追っかけているのだから。

 そしてシーゲルはキラを見ると、深々と頭を下げて謝罪してきた。

「すまなかったなキラ君、娘のしでかした不始末をどうか私に免じて許して欲しい」
「い、いえ、そんな、シーゲルさんに謝って貰わなくても、僕は別にラクスを恨んだりはしてないですよ」

 ラクスを恨んでいない、というのは本当だ。フリーダムを奪う手引きをしたのはラクスであったが、アラスカ救援に向かう手段を求めたのは自分だ。おかげでアラスカの戦いに駆けつける事が出来て、アークエンジェルを救援するのに間に合ったのだから。確かにその後にオーブが侵攻される原因ともなったが、それはラクスと組んでいたマルキオやウズミにも責任がある事だ。
 ただ、この件でラクスがどう処罰されるのかはキラにとっても気になる事であったので、この事をシーゲルに問い質した。

「あの、ラクスはこれからどうなるんですか?」
「うむ、アレの立場は微妙でな。公式にはラクスは過激派に誘拐されて協力させられていた、という事になっているそうでね。フリーダム強奪からクーデターに至るまでの責任はラクスには無い、という事になっているのだよ」
「それじゃ、ラクスは無罪という事に?」
「いや、そうもいかん。確かに公式に処罰するのは難しいが、何らかの形で責任は取らせねばならんだろう。だが、それを決めるのはエザリアの役目だ」

 期待の篭ったキラの問いをはっきりと否定し、娘には罰を受けて貰うと言い切るシーゲル。その言葉にキラはやはりかと残念そうな顔をしたが、プラント側からすればラクスを無罪放免など冗談ではないのだろう。
 そしてシーゲルはエビデンス01を見上げると、コーディネイターの目指す目標の一つを語った。

「プラントのコーディネイターは何時か地球圏を飛び出し、外宇宙を目指す事を1つの目標としている。そう、いつか生きたエビデンス01に、地球外生命体に出会うことを目標にな」
「この化石は、人類が外宇宙を目指す為の道標だと?」
「我々はそう考えているのだよ、それがジョージ・グレンに託されたコーディネイターの存在理由の1つだと信じてね。元々はジェネシスもその為の物だった」

 ジェネシスは外宇宙航行用宇宙船の一次加速用の点火用に建設されたレーザー発信機が原型だ。それを急遽軍用に転用したためにあのような巨大で目立つ代物になってしまった。最初からガンマ線レーザー砲台という計画で開発していたらもっとコンパクトに纏めていただろう。
 プラントのコーディネイターにはより進化した存在である自分たちは地球を飛び出し、外宇宙へと羽ばたくべきだと考えている勢力があり、その数は少しずつ増えている。そこにはナチュラルとの軋轢に嫌気がさした者という理由もあるのだろうが、外宇宙を目指すという行為に象徴的な意味を見出しているのだ。
 だが、実際にはこの計画は決して順調に進んでいるとは言えない。そもそも外宇宙航行用の宇宙船さえまだ設計も出来ていないのだ。フレアモーターを用いてコロニーを丸ごと宇宙船にしてしまおうという案もあったのだが、細かな動きは不可能で、何かあった際の回避運動などは不可能であり、危険が大きすぎるという事で却下されている。それに幾ら循環システムの確立による自給自足を可能としたコロニーでも、全てを賄う事は出来ないという問題もある。それが解決出来るなら食糧問題などとっくに解決しているのだから。
 だが、この化石の意義を説くシーゲルに対してキラは随分と醒めた声でこう答えた。

「僕はそんな風には思えません。ううん、人間はまだ宇宙に出るべきじゃなかったんです」
「出るべきではなかった、だと?」
「コーディネイターは地球を出て外宇宙を目指す優れた人類なんだ、それってやっぱりおかしな考えだと思うんです。それに宇宙に出たからって僕たちの何が変わったんですか?」
「それは……」
「やってる事は同じじゃないですか、宇宙に出ても僕たちは同じ事を繰り返してる。きっと外宇宙に出ても同じ事を繰り返しますよ、宇宙船の中で仲間割れを起こして、戦う事になる」

 外宇宙に飛び出したとしてもいずれ内紛が起きて脱出した者達は滅びる、キラはそう思っていた。それはクルーゼが自分に突きつけた言葉で、自分はそれを否定できなかった。確かに奴の言う通り、このままでは人類は滅びてしまうのかもしれない。少なくともキラは全ての人間が分かり合える、と信じる事は出来ない。
 そしてシーゲルもイタラもキラの予想を否定する事は出来なかった。現にプラントは多くの裏切り者を出したし、地球連合も一枚岩ではない。現在でこそ大西洋連邦とユーラシア連合の中は良好であるが、ついこの間までは敵同然の対立をしていた。そして現在は東アジア共和国が新たな敵として大西洋連邦とユーラシア連合と対立をしている。東アジア共和国の裏切り行為はラクス軍残党から発覚しているのだから。
 人類の歴史は戦いの歴史だ。かつての大航海時代においても長期の航海の果てに船の中で反乱が起きて自滅したというエピソードは枚挙にいとまない。同じ事が外宇宙に出た船団の中で起きる可能性は大いにあるだろう。幾ら宇宙に出ているとはいえ、地球という人類の故郷から離れれば必ず望郷の念が生じるだろうし、長期の航海による不満や事故などで中の人々が暴走する可能性は極めて高い。
 この外宇宙を目指す航海の旅の困難さは旧世紀の頃から指摘されていた事で、宇宙に出るのが当たり前となった今では困難の度合いも低くなってはいるが、それでも困難な事に変わりは無い。未だ光速の壁を破る事はおろか、亜光速航行さえ実現していないのに太陽系を出るなど無謀もいいところだ。
 宇宙への進出は戦争をより悲惨な物へと変えた、少なくともこれまでの結果を見る限りではそうとしか思えない。だから今ではキラはこう考えてしまうのだ。

「僕たちは、どうしてこんな所に来てしまったんでしょうね?」

 幾度も自分に問いかけ続けた疑問をエビデンス01に向かって口にし、キラはその場を離れていく。だが身を翻したキラに対して、イタラが問いかけた。

「お前さん、この戦いが終ったらどうするのかの?」
「え……それは勿論、オーブに戻りますよ」
「ならいいんじゃが、ちと気になる話を耳に挟んだんでの」

 誘うようなイタラの言葉に、キラは何も言わず俯いて立ち去っていってしまった。その後姿を見送りながら、イタラはアズラエルから聞かされたあの話が本当だという事を確信してしまった。

「自分の存在が次の争いの火種になるから、その前に居なくなるか。間違ってはおらんのじゃろうが、お嬢ちゃんたちはきっと悲しむぞ?」

 既に去ってしまったキラに向けてイタラは問いかける。本当にそれで良いのかと、考え直した方が良いのではないのかと。キラの決意を変える事が難しいとは分かってはいるのだが、それでもイタラはキラが思い止まることを期待していた。




後書き

ジム改 かくしてユーレクは去り、人類は対クルーゼ戦の準備に邁進するのであった。
カガリ キラ、死亡フラグ立てまくってないか?
ジム改 クルーゼに反論出来なかったのはキラも同意見だったから。
カガリ クルーゼに言われなくてもキラは消える気だったのか。
ジム改 キラの身体は宝の山だからねえ。
カガリ キラの身体を調べれば最高のコーディネイターを量産できるってか。
ジム改 それだけじゃないさ、それを元に様々な派生形を作ることも出来る。
カガリ でも、最終決戦にユーレクがいないのはなあ。あいつ1機でクルーゼ倒せるだろ。
ジム改 実はジャスティスでも使わせれば勝てる。
カガリ じゃあ出せよ。
ジム改 あいつはジョーカーだから駄目。
カガリ たくっ。それじゃ次回、デブリベルトを外れ、動き出すユニウス7。隕石落下を阻止する為地球連合は総力を結集する。そしてプラントからは使える高速艦艇にメテオブレイカーを搭載してユニウス7追撃に向かわせる。次回「復讐者の執念」で会おうな。

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