第197章  復讐者の執念



 

 デブリベルトに向けて放たれた多数の偵察機の群れ、それは偶然に期待するようなギャンブルであったが、グリーンランドの連合軍総司令部は一縷の望みを託して無謀な賭けを実行させた。そして運命の女神はこの賭けに微笑んでくれた。偵察機の1機が巨大な隕石の傍で活動する複数の艦船を発見したのだ。

「おい見ろよデニス、こんな所で働いてる奴らが居るぜ!」
「ザフトの船と、連合の船も見えますね。ジャンク屋にしてはマークをつけていません。今ここで活動してる艦隊も無い筈です」
「じゃあ決まりだな、あれは海賊か、あるいは俺たちが探してた奴らだ」

 勿論あんな大規模な艦隊を所有している海賊が居るわけもない。あれは自分たちが探していた目標、ザルクなのだ。そして彼らが取り付いているものが何であるか、傍目からでも良く分かった。そう、ユニウス7の残骸だ。上下どちらの陸地かは分からないが、凍りついた大量の水に都市の跡など、それを証明する痕跡が多数見られる。

「こいつは驚いたな、あいつら一体何やってんだ?」
「とりあえず、通信を入れた方が良いんじゃないですかジェイスン?」
「ああ、そうだな。やったぜ、俺たち帰ったら昇進と勲章間違い無しだ」

 通信席のジェイスン中尉は急いで通信機を操作して敵発見の報をアルザッヘルに送ろうとしたが、その時自分たちの機体に接近する複数の熱源反応をセンサーが捕らえた。コンピューターが反応をスキャンしてゲイツ型MSと答えを出す。

「逃げるデニス、ゲイツが来るぞ!」

 迫るゲイツRを見てジェイスンが声を張り上げ、デニスが機体を急降下させる。だが彼らは気付くのが余りにも遅すぎた。複数方向から迫ってきたゲイツRやザクから放たれたビームが偵察機の機体を捕らえ、推進器の1つを破壊してしまう。推進軸が崩れた機体は大きく曲がり、近くのデブリに激突して砕け散ってしまった。

「クルーゼ、連合の偵察機を撃墜したそうです」

 警戒配置に付かせていたMSからの報告を持ってアンテラがカリオペの艦橋から指揮を取っているクルーゼの元へとやって来た。幹部達と作業の段取りを打ち合わせていたクルーゼは書類から顔を上げると、アンテラに通信を送られたかどうかをたずねた。

「偵察機は我々の事を何処かに送信したのか?」
「残念ですが、短い電波が出されています。位置を逆探されない為にNJの使用もジャマーの撒布もしていませんでしたから」
「短い電波か。我々の事を送信しようとした途中だったという事だろうが、何処までの情報が流れたのだろうな?」

 ユニウス7の陸地の1つに集結したザルクの艦隊は12隻、MSは50機ほどにもなっている。その偵察機がこちらの全ての戦力を把握できたとは思えないが、こちらの情報が僅かでも流れていれば電波の発信源を追って所在を掴まれるだろう。すぐにも近くを遊弋している連合軍の艦隊が押し寄せてくるかもしれない。
 
「残念だが、余り細かい計算をしている暇は無いな。多少の効率低下は無視してフレアモーターを設置して点火させるぞ。作業を急がせろ」
「核弾頭はどうします?」
「地球への落着寸前での起爆が理想だが、まだ調整は無理だろう。とりあえず設置だけしておけ」

 クルーゼたちの狙い、それはユニウス7の陸地を質量兵器として地球に突入させ、さらに大気圏内での核爆発によって放射性物質を撒き散らす事であった。そうすれば地球は長期に渡って使用不可能になる。大質量弾の落下は容易に地球を氷河期に逆戻りさせ、しかも落ちてくる塵は核爆発の影響で放射化しているので長期に渡って放射線を撒き散らす事だろう。
 大洋州連合で行方不明になった核弾頭、そしてプラントから姿を消した核弾頭をクルーゼたちは最後の切り札として使うつもりだったのだ。

「アンテラ、敵もすぐにこちらの動きに気付くだろう。だが可能な限り地球に接近してから姿を現したいと思うのだが、どうかな?」
「分かりました、出来る限りデブリベルトの中を航行していきます。ですが、地球軍の迎撃の規模は分かりません、何処で遭遇するかまでは予測できませんよ?」
「その辺はザフトの情報である程度分かっている。連中はプラント攻略に用意できるだけの新鋭艦と新鋭MSを持っていった事が分かっているから、地球に残っているのは旧式艦を中心とする弱体な部隊だ」
「本当にそうなら良いのですが?」

 アンテラとしてはクルーゼの判断は甘すぎるのではないかと心配していた。地球軍の戦力は自分たちの想像を遥かに超えている、プラント攻略に主力を投入したのは確かだろうが、まだ余力を残しているのではないだろうか、アンテラはそう疑っていたのだ。
 そしてこの件に関してはアンテラが正しかった。この時地球軍が用意していた戦力は確かに十分な物とは言えなかったが、クルーゼが想像していたような弱体な部隊と呼べる規模ではなかった。




 クルーゼの予想は幸いな事に的中はしなかった。偵察機の報告はアルザッヘル基地には届いていなかったのだ。だから近くを遊弋していた地球艦隊がユニウス7を目指す事は無かったのだが、撃墜された為に定時連絡を送ってこなくなった事で異常を知らせる結果となった。
 定時連絡を食ってこないのは撃墜された証拠、とばかりにアルザッヘル基地に移動した宇宙軍総司令部は艦隊を偵察機の予定コースに向かわせ、彼らはデブリの中でデブリに衝突して大破したと思われる偵察機の残骸を発見する事になる。その事から最初は事故かと思われたのだが、機体を回収して調査した所ビームによる物と思われる弾痕が発見され、更には回収されたレコーダーにはザルクの物と思われるMSとの遭遇記録は発見した艦艇の事が出てきた。
 これらの情報を受け取ったアルザッヘル基地では偵察機はザルクを発見したが、連絡を寄越す間も無く撃墜されたものと判断した。だが問題なのは、彼らがここで何をしていたのかだ。デブリベルトの中がどうなっているのかは調査された事が無く、何が何処を漂っているのかは皆目見当が付かない。しかし、今回はそのデータが存在した。ここにはユニウス7の残骸があった筈なのだ。
 しかし、艦隊はその宙域にはそんな物は見当たらないと報告を寄越しており、ザルクがユニウス7を移動させた事は明らかであった。そしてそれが何を意味するのかも。

「奴らは地球にユニウス7を落とすつもり、という事だな」

 アルザッヘル基地で報告を受け取ったサザーランドは予想通りの展開だっただけに驚きはしなかった。地球への隕石落としについてはアラスカ基地防衛戦においてザフトが既に使用した事があるので、対処法の研究も行われている。その最大の目玉は月面基地に増設された隕石破砕用レーザー砲台群であり、地球に向かう隕石があればここからの砲撃で破壊してしまう事が可能だ。最大の規模を誇ったプトレマイオス基地は既に無いが、まだ他の基地の砲台は健在なのだ。
 ユニウス7が地球に向かってきても、このレーザーを集中使用すれば十分に破壊できる。ザルクの残存戦力ではこれを防ぐ手段は無いであろうから、確実に阻止する事が出来るだろう。

「よし、ユニウス7の予想航路を割り出し、艦隊を集結させてこれを叩け。ユニウス7はその後に始末すればいい」
「分かりました、直ちに近隣の部隊をそちらに回します」

 部下がサザーランドの下を走り去っていき、サザーランドはこれでザルクの跳梁も終わりだと楽観していた。だが、彼は大きな間違いを犯していたのだ。ザルクはザフトの最重要機密であったジェネシスに対して建造段階から周到に罠を仕掛けていた。そんな連中が、月に昔から存在していてすでに地球への隕石落としに対して迎撃に使われたような兵器を放っておく筈が無かったのだ。
 アルザッヘル基地を不気味な振動が襲ったのは、それから少ししてからであった。書類に目を通していたサザーランドは最初地震かと思い、そして月で地震が起きる筈が無いと思い直して何があったのかを問いかけた。

「サザーランドだ、何があった?」
「た、大変です准将。発電所で破壊工作が行われ、送電施設の一部が停止しました!」
「どういう事だ、発電所は厳重に警備されていた筈、それをどうやって突破した!?」
「はっきりした事は分かりませんが、かなり強力な爆薬が使用されたようで被害拡大を食い止めるのも難しい状況です。またこの爆発で付近の基地への電力供給が大幅に低下しました!」
「何だと、それでは砲台はどうなる!?」
「エネルギーの供給不足で、使用にはかなりの時間がかかります。連射も困難かと……」

 レーザーは連続して当てなければ意味が無い。熱応力による反発で対象を破壊するのが狙いの兵器なのだから、単発ではエネルギーの無駄遣いに終ってしまう。
 何故爆発が起きたのか、可能性を考えればそう多くは無いが、一番ありえるのは内部からの犯行だろう。随分前から職員か何かの名目で入り込んでいた破壊工作員が居て、ここぞという時になって任務を実行したのだ。爆発箇所を調べれば死体なりが出てくるかもしれないが、そんな物が見つかっても何の意味もあるまい。今問題なのは、地球を救う為の手段の1つが失われたという事だ。

「アメノミハシラに連絡、ステーションを基点とする第2防衛ラインの形成を急ぐよう要請するのだ。私はグリーンランドに事態を報告する」

 レーザー砲による迎撃が困難なら、正攻法による攻撃しかなくなる。大量の核兵器とメテオブレイカー、反物質兵器を投入して隕石を粉々にしてしまうのだ。
 必要な指示を出し終えた後、グリーンランドの連合軍総司令部への回線を開くように命じたサザーランドは、僅かに訪れた静寂の間に苛立ちを露にしていた。

「なんという失態だ、最重要施設の発電所にそんな人間を配置してしまうとは……」

 発電施設は軍に限らず、どのような組織にとっても最重要施設だ。その職員には当然ながら厳重な身辺調査が行われ、安全が確認されている筈だった。それがどうだ、こうもあっさりと工作員の潜入を許し、この重要な局面で破壊されてしまった。状況から考えてザフトではなくザルクの、それもナチュラルだろう。コーディネイターならば絶対にそのような重要施設には配置しない。例え味方のコーディネイターと確証があってもだ。
 だがナチュラルに対してならばそのような警戒は必要ない筈であった。ザフトはコーディネイターしか使っていない筈で、ナチュラルがザフトである可能性は限りなく低い。あるとすれば地球国家の裏切り者どもであるが、それは調査次第で発見する事ができる。
 その調査を掻い潜って発電所に入り込み、恐らく随分前から周到にこの準備をしていたのだろう。そうでなければ爆発物は定期チェックに引っ掛かっていた筈だ。クルーゼという男、たった一人でこの世界を手玉に取れるほどの才能の持主だというのだろうか。こちら側の怠慢もあったのだろうが、個人の復讐心だけでここまで世界を引っ掻き回して見せるとは。

「アズラエル様、我々は敵を過小評価していたのかもしれませんぞ」

 軍事基地の重要施設に前もって工作員を伏せさせておくほどに事前の準備を進めてから事を起こしたとなると、クルーゼは何年も前から地道に事を運んでいたという事になる。そんな計画にその場その場の対応では後手後手に回るのも当然だろう。だが今回は1つ後手に回る事が致命傷に繋がりかねず、サザーランドは焦りを浮かべていた。せめて地球に残っている戦力でユニウス7を守るザルクを相当出来ればいいのだが、それが出来なかった場合かなり苦しい事になるだろう。



 そのサザーランドが期待していた地球側の戦力は、所詮は二戦級戦力の寄せ集めなので頼れる様なものではなかったが、それでも僅かながら強力な部隊も含まれていた。アメノミハシラには各国の部隊が集まって寄せ集めの艦隊が編成されつつあり、指揮はオーブのロンド・ミナ・サハクがとる事になる。そのミナであったが、彼女はオーブの宇宙港で不満そうな顔をしていた。

「クルーゼとかいう奴、なんと気の効かぬ男か、あと少し待っておればあれを宇宙に持っていけたというのに!」
「まあまあ、そういきり立つなミナ、小皺が増えるぞ」
「聞き捨てならん事を言うでないわホムラ、私はまだ小皺など出来る年ではない!」

 眦を吊り上げ、顔を赤くして怒鳴るミナであったが、それだけ威圧感を見せても相手がホムラでは暖簾に腕押しであった。カガリと違ってミナの舌鋒を易々と流してしまう空気を持っている。
 ミナが不機嫌な訳は、彼女が私費を投じてある化け物を用意していたからである。何と彼女はオーブ軍人の誰もが見て見ぬ振りをしたい最強最悪の怪物、あのオーブ解放作戦で連合軍主力を食い止め、カーペンタリア基地を蹂躙したスーパーメカカガリを宇宙でも使えるように改修を進めていたのだ。完成の暁にはスペースメカカガリと名づけようと思っていたそれは、残念ながら未だに完成しておらず、宇宙に持って行くことが出来ない。これを使えないことをミナは大層残念がり、クルーゼに対して愚痴をぶちまけ続けている。ついでにイレブン・ソキウスを呼び寄せるのも間に合わない。どうも彼女はあの無感情なソキウスがあれに乗れと言われた時の嫌で嫌で仕方が無いという顔がえらく気に入ってしまったようで、イレブンを専属パイロットにしてやろうと企んでいたりする。
 だが、ホムラとしてはあれが使えない事にむしろホッとしていた。あんな物使ったらオーブが変な国だと誤解されてしまうではないか。これからは技術だけではなく観光でも海外から人を呼び込もうと考えているので、変な噂を立てられたくないのだ。

「しかし、勝算はあるのかミナ、敵は手強いのだろう?」
「何、これでも軍神と呼ばれる身、そう簡単には退かぬさ。それにこの戦いに敗れれば次は無いのだろう?」
「そう、だったな。後の事を考えても仕方が無いか」
「そういう事だ。さて、私はそろそろ宇宙に上がる、本国の事は頼んだぞ」
「任せておけ、住民の避難は既に始めている」

 最も、ユニウス7の落下の被害を考えれば避難したところでどの程度の効果があるかは疑問であったが。
 そして同じ頃、大西洋連邦からはケネディ・マスドライバーから幾つかのコンテナが宇宙に打ち上げられていた。迫るユニウス7とザルクを迎撃する為、大西洋連邦も形振り構わず切り札を投入する事にしたのだ。





 ユニウス7が移動を開始したという知らせはプラントにももたらされ、プラントに残る地球軍とザフトは急いで部隊を編成して地球に向かわせる事になった。状況から参加するのは全て高速艦艇に限られるので、地球軍は新鋭艦を投入しザフトはナスカ級とエターナル級を投入する事になる。ただ、損傷した艦も多いので出せる船の数は多くは無かった。地球軍は駆逐艦も出したかったのだが、航続距離の関係で無補給では届かないので諦めている。
 アークエンジェル級やワイオミング級といった新鋭戦艦にオーブ軍のクサナギ級、極東連合のヤマト級、ザフトのナスカ級とエターナル級などで編成された、随分と国際色豊かな艦隊が急遽編成される。だがヤマト級が余りにも巨大な為か、周囲の戦艦がまるで駆逐艦に見えてしまう。ザフトに恐れられたアークエンジェルですら小さく見えるのだから、この船の大きさは尋常なものではない。

 合計17隻の艦艇が急いで物資の搬入を始めている中で、MS隊の編成も始められていた。状況が状況だけに艦隊の中から使えるMSを掻き集めて熟練兵に与えて再編成が行われている。MS隊を纏め上げるのは月下の狂犬と呼ばれるモーガン・シェバリエ大尉で、残ったパイロット達の中では最古参と呼びうるパイロットだ。ユーラシアからの移籍組みだからこれまで余り重用されてこなかった彼だが、フラガなどのベテラン士官パイロットがいなくなった為に遂に彼にお鉢が回ってきたのだ。他にもレナ・メイリアなどが加わっている。
 MA隊の指揮を取るのはキーエンス・バゥアー大尉で、稼動するコスモグラスパー15機を束ねる事になっている。彼らの仕事は妨害に出てくるだろうザフトの艦艇を沈めることだ。その為にMA隊には特別に使用されなかった核弾頭の搭載が許可されている。

「シェバリエ大尉、いっそのこと俺たちで反応ミサイルでも積んでユニウス7に叩き込めば済むんじゃないですかね?」
「馬鹿言うなキース、アレ持ってるのは極東連合だけなんだぞ。あいつらに相談しに行くのか?」
「あの国の人に話すると結論出るまでに長いですからねえ」

 極東連合の人間は延々と無駄な話し合いを続けた挙句に結論を出さない事も多いので、こっちから見るとイライラさせられるのだ。頼むからもっとはっきりしてくれと頼んだ事も多いのだが、その頼みごとに対してまた話し合いだすので諦めた。前に一緒に仕事をした事のある笹井中尉は良い奴だったが、あの国の人間特有の問題からは無縁ではなかった。

 大西洋連邦、ユーラシア連邦、極東連合、オーブの4ヶ国を中心とする連合軍艦隊にザフトの部隊が加わってMSの数はどうにか100機程度に達した。指揮系統の統一が困難であることから連合軍とザフトは最初から別々の指揮で動く事になっており、ザフトから加わってくるミネルバとエターナル級1隻、ナスカ級3隻はマーカスト提督の指揮で動く事になる。エターナル級は当初1隻に改エターナル級も3隻がプラント防衛戦に参加していたのだが、今動けるのはエターナル級1隻にまで減っていたのだ。
連合軍の指揮はこれまでどおりカガリがとり、既にボアズから先発しているハルバートンの追撃部隊を追う形になる。向こうは既に出撃準備を整えてプラントに向かおうとしていた矢先の事であった為、即応する事が出来たのだ。
カガリもこの出撃に際しては気合が入っていて、グリーンランドを経由して届けられたサザーランドの要請にも快く応じていた。

「ああ、了解した。アメノミハシラは好きに使ってくれて構わない」
「感謝しますぞアスハ代表、これで仕事がやり易くなります」
「それで防衛線の構築は進んでるのか。後ユニウス7の落下までの時間は?」
「現在でデブリベルトを移動中のユニウス7を確認し、近隣の部隊を攻撃に向かわせています。これで防衛部隊を叩ければ楽なのですが、そう簡単ではないでしょうな。落下までの時間はまだ計算中ですが、5日はかからないかと」
「ここから地球まで4日か、ギリギリだな」

 今すぐ出れれば余裕を見れるが、まだ準備が終っていない。そもそも参加する艦艇とて損傷箇所が目立ち、作業員を乗せて出撃する状態なのだ。
 サザーランドとの通信を終えたカガリは振り返ってユウナを見ると、準備はどうなっているかをたずねた。

「ユウナ、出撃までどのくらいかかる?」
「あと6時間って処かな。物資の搬入も大変だけど、人員の再配置がね。参加する艦に他の艦から無事な人員を回して補充して送り出すなんて、無茶苦茶だよ」
「戦場に届いて砲を撃てれば戦力になるさ。船に慣れてないからとか、効率が悪いなんて事は地球が救われてから言ってくれよ」
「分かってるけどね、おかげでこっちの苦労は洒落にならないよ」

 愚痴の1つくらい言わせてくれよと呟いて、ユウナは仕事に戻った。確かに彼のいうとおり無茶苦茶なスケジュールであり、輸送艦からだけではなく損傷艦から物資を降ろして積み込みなおすなどという事までやってとにかく数を揃えている。元々プラントで一線
交えた後で更にもう一度などという事は予定に無かったのだ。第1、第2艦隊は無傷であったが、数隻のアークエンジェル級を除けばやはり今回の作戦には参加できず、乗組員も訓練不足という事で狙われず、仕方なく漂流者の捜索に使われている。これが月に残っていればすぐに地球に送れたのだが、ここに来るまでに推進剤を使ってしまったので補給をしないと出せないのだ。
 足の遅い船は要らない、それがカガリの決断で、ここから地球まで3日でたどり着いて見せろという要求から外れる船を外していったらこうなってしまったのだ。参加する艦艇には一次加速用の船外ブースターの取り付けも進められていて、全ての船が不恰好の大型ブースターを如何にも突貫作業で取り付けた、という感じで無造作にブースターを増設している。
 
「これで、この戦争は終わりにしないとな。そろそろ帰って国の再建をしないといけないし」
「おお、ようやくカガリにも首長の自覚が芽生えたようだね。何時もそうなら僕の苦労も半減なんだけど」
「やかましい、余計な事言うな!」

 何時も一言多い補佐官にいつか教育的指導をしてやると何十回目かの決意をした後、カガリは声のトーンを落として違う事を問いかけた。

「なあユウナ、もし首長制を廃止するって言ったら、お前どう思う?」
「なんだい急に?」
「いや、ちょっとな」
「……どういうつもりで言ったのかは知らないけど、辞めたいのかい?」
「い、いや、今すぐにどうこうって話じゃなくてだな」
「なら良いんだけどね。今辞められたらオーブは滅茶苦茶になっちゃうから、その時はミナ様を担ぎ出さないと」

 勘弁してくれよと言いたげな顔でユウナが言い返してくる。今ではユウナとミナは随分気安い間柄になってはいるが、彼女を首長に担ぎ上げて付き従うのはカガリとは違う意味で気苦労が多そうなので勘弁して欲しい。





 偉い連中が慌しく働いている中で、下っ端の少年は出撃前に気になる女の子を見舞っていた。別に彼に回される仕事も無かったので、デブリの回収を終えた後はやる事も無かったのだ。
 研究所にやって来たシンは何故か海兵たちの下品な笑い声を受けて病室へと通され、シンは音を立てないように気をつけながら扉を開け、コッソリと中を覗きこんでみる。そこではステラがパジャマを着て退屈そうにベッドの上で本を読んでいた。知り合った頃はまともに字も読めない少女だったのだが、教えられた事はどんどん吸収するという変な特技のおかげか今で本を読める程度にはなったらしい。普通に考えればとてつもない成長速度だろう。
 強いて問題があるとすれば、ベッドの隅に大きな黒猫が腰掛けている事だろうか。あれはなんだろうと目を瞬き、ゴシゴシと擦る。すると黒猫はこちらに右手を大きく振って綺麗に一礼してきた。それを見たシンは静かに扉を閉めると、窓の外を見ながら大きく深呼吸をしてもう一度扉を開いた。室内では先ほどのようにステラが本を読んでいて、先ほどの変な黒猫の姿は無い。あれは幻だったのだろうかと首を傾げ、中へと入っていく。

「ステラ、元気だった?」
「あ、シンだ、いらっしゃい!」

 すっかり退屈していたステラは来客に表情を輝かせて喜んでいる。それはまるで子供のような反応で、シンは微笑ましいやらくすぐったいやらでぎこちない笑みを浮かべる事になってしまう。
 手近にあったパイプ椅子を引っ張ってきて腰掛けると、何か変化はあったかと気になっている事を問いかけた。

「ステラ、ここに来てどんな事をされた?」
「う〜ん……薬を沢山と、変な機械に寝かされたかな」
「手術とかは?」
「してないよ」

 どうやら心配していたような酷い事はされていなかったらしい。まあそんな事があったら海兵隊に静止された上でこちらに連絡が入る筈だから当然といえば当然であるが、やはり不安はあったのだ。

「実はさ、今から出撃なんだ。多分2週間くらいで帰ってこれると思うんだけど、まだ良く分からない」
「戦争、終ったんじゃないの?」
「う〜ん、なんか俺にも良く分かんないんだけどさ。とにかく諦めの悪い連中が戦争続けてるんだと」
「……変なの」

 何でそんなに戦いたがるのか、言われたからやっていただけのステラにはさっぱり分からなかった。そして単純に家族の為に戦争に加わっていたシンにも理解できなかった。どうしてそうまでして戦争をしたがるのかは。この2人がお子様だから分からないと言ってしまえばそれまでだが、それは確信を突いた言葉でもあった。この戦争の総仕上げに臨もうとしている将兵の全員がそう考えていたのだから。何でクルーゼたちは未だに戦いを止めようとしないのだろうか、と。
 この歪みは、事の真相を知っている人間が真相を公にしていない事から起きた物である。ジェネシスを巡る戦いでクルーゼの通信波を拾ったパイロットやオペレーターは多かったのだが、断片的過ぎて何を言いたいのか理解出来た者もほとんど居なかった。別に知る必要も無い事、このままザルク諸共全てを歴史の闇に葬ってしまえば良い。それが真相を知るTOPの決定であった。



 シンがステラに暫く帰ってこれないと伝えて戻ってきた頃には物資に搬入作業などは大体終っていた。アークエンジェルの前ではマードックが檄を飛ばしていて、作業の仕上げをしている。その中には何故かパイロットなのにボードを手に検品に走り回っているフレイの姿もあった。

「あの人は何でパイロットなのに何時も雑用手伝ってるんだ?」
「そりゃ、最初は主計兵で雑用やらされてたからな」
「どぅおわ!?」

 いきなり背後から疑問に答えられたシンは吃驚して飛び上がって後ろを振り返り、ニヤニヤ顔のキースを見つけた。

「何だ、もう戻ってきたのか。まだ出発までには時間があるからステラの所に居ていいんだぞ、ん?」
「な、何ですかそれ。俺は別にそんなんじゃなくてですねえ!」
「ああはいはい、分かってる分かってる」
「だから変な想像すんなあ!」

 どう見てもからかって遊んでいるキースにシンは顔を真っ赤にして食って掛かっている。子供をからかって遊んでいる大人という構図であったが、それを察せるほどにはシンはまだ人生経験を積んではいなかった。
 だがシンが騒ぐので周囲の注目を集めてしまい、作業をしていたアークエンジェルのクルーから恨みがましい視線を向けられてしまった。

「ちょっと大尉、この忙しい時に遊んでないで下さいよ」
「キースさん、サボってるとナタルさんに言いつけますよ」
「はい、すいません」

 マードックとフレイに見咎められたキースは素直に謝るとトホホ顔で書類の束を脇に抱え直した。

「うわ、なんすかこの量?」
「この作戦に合わせて他の艦隊からパイロットを引き抜いて再編成する事になってな。こいつは俺の指揮下に入る連中全員のプロフィールだ。これから急いで頭に叩き込まなくちゃならん」
「指揮官ってそんなこともするんすか、大変ですね」
「なあに、俺なんか楽な方さ。総指揮官押し付けられてるシェバリエ大尉なんか呪いの言葉を吐きながら書類の山と格闘してるぞ。こんな出鱈目な作戦があるかって言ってな」

 偉くなると仕事が増えて嫌になる、というのがキースたち中間管理職の本音であった。この手の仕事は以外にも技術畑のマリューが強く、大量の書類を上手く裁いていたりするのだが。

「まあシン、お前は仕事も無いから休んでおけ。暇ならシミュレーションをやっておくのもいいぞ」
「……とりあえず、部屋でゲームの続きでもやってますよ」
「ああ、暇ならヴァンガードの最終調整頼むわ。整備は終ったからあとはお前さんの仕事だ」
「てことは、HALの相手するんすか?」
「仕方ねえだろ、あいつが言う事聞くの登録してる数人だけなんだからよ。たく、面倒くせえったらありゃしねえ」

 ややゲンナリした声でシンは答えた。どうやら彼はヴァンガードの制御AIであるHALが苦手であるらしい。まああの気持ち悪いほどに高性能なAIの相手をするのは違う意味で疲れるので気持ちは分からないでもないが。
 マードックに言われて仕方なくヴァンガードのコクピットに入ったシンは、システムを立ち上げてHALを呼び出した。

「HAL、機体の状態は分かるか?」
『はい、分かります』
「おっし、何処かに異常が無いか調べてくれ。それとマードックさんを余り怒らせるなよ」
『システムチェック開始。無理です、私にはどうする事も出来ません』
「相変わらず面白くない奴」

 AIだから反応が淡白なのは仕方が無いのかもしれないが、質問に考えて返事が出来るほどの能力があるくせに融通を利かせる事ができないとは。いや融通を利かせられるコンピューターがあったらそっちの方が怖いかもしれないが。
 暫くしてシステムチェックが完了し、回路上の異常は見当たらないことをHALが報告してくる。それを聞いたシンはマードックに結果を報告していたが、その作業中にモニターにHALからの問い掛けが表示された。

『シン、何かありましたか。コンディションに僅かな異常が見られますが?』
「ああ、大した事じゃないんだ。これからの作戦が気になってな。まあお前には分からない事が人間にはあるんだよ」
『なるほど、ステラかマユが関わっている事ですね?』
「な、何で分かるんだお前。まさか心を読む機能までクローカーさんは付けてるのか!?」
『いいえ、シンは何時もステラとマユの事を言い出すと今のような状態を示しているからです。違いましたか?』
「…………」

 反論できず、シンは黙り込んでしまった。世界広しと言えどもAIにやり込められた人間は総多くはあるまい。居るとしたらジャンク屋の騒動男くらいだ。
 だがシンは知らなかったが、HALがこんな突っ込みをするようになったシンの影響であったりする。元々はもっと無機質な受け答えをする普通のAIでしかなかったHALなのだが、シンに使われているうちにデータ蓄積がされて成長し、クローカーが驚くほどの変化を遂げてしまったのだ。

 こんな変なAIであったが、これが無いとヴァンガードを動かせないので降ろす事も出来ず、シンはこの生意気なAIと漫才のようなやり取りを続けるのであった。まあ、この性格はシンとのふれあいで形成された物なので、AIが生意気になったのはシンがそういう性格だからであろう。

 ヴァンガードの戦闘能力はこのHALの成長によっても向上している。シンは変なコンピューターとしか思っていないが、これは技術も経験も及ばないシンをキラやアスランに拮抗するほどの強さにまで引き上げてくれるとんでもないサポートシステムなのだ。だがMSというまだ新しい兵器でありながら、どうやってそんなとんでもないシステムを作れたのか。それだけの実戦データは何処から得たのかなど、謎の多いシステムでもある。



後書き

ジム改 次はザフト側の出撃前だ!
カガリ 話の取捨選択で幾つか切り捨てたな?
ジム改 だ、大丈夫だ、トールとミリィは後で出す。
カガリ 形見の指輪渡したり、帰ってきたら○○するんだ、とか言って出撃するのか?
ジム改 露骨な死亡フラグはよせ、トールじゃ帰ってこれんぞ。
カガリ トール、不憫な奴。
ジム改 最終決戦ではトールみたいな立ち位置だと前座で落ちるんだよなあ。
カガリ 本編じゃその位置にいたフラガは退場しちゃったからなあ。
ジム改 果たしてトールの運命や如何に!
カガリ それじゃ次回、といってもプラント側の話で時間軸は進まないんだよな。
ジム改 単純な連合側と違って向こうは色々と複雑だからねえ。特にアスランは。
カガリ あいつは女性関係広すぎなだけだろ。それじゃ次回「裏切りと信頼」で会おうな。
ジム改 何気に連合軍って纏まり良いんだよな。

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