第199章  迫るユニウス7



 

 ユニウス7が地球へ向けて移動している。その知らせを受けたハルバートンはすぐに稼動可能な全艦艇を再編成する間も惜しむかのように補給だけ行って五月雨式に出撃させていた。艦隊として纏まっていなければ不利になるが、そんな事を言っていられる様な時間は無い。とにかく1隻でも多くの船をユニウス7落着前に地球に送らなければならないのだ。
 ハルバートン自身も5隻の護衛艦と共にメネラオスで出撃し、全力で地球に向かっている。だが先発させた部隊はともかく、自分たちが間に合う可能性はゼロに等しかった。艦艇の加速ではどんなに頑張ってもユニウス7には追いつけそうに無かったのだ。
 それが若手居ても地球を目指しているハルバートンであったが、その途中でメネラオスのレーダーが後方から物凄いスピードで接近する艦隊を捉えた。

「提督、後方より艦隊と思われる反応が高速で接近しています。この速度ですと我々を追い抜いていきますが……」

 どうしますか、と聞いてくるオペレーターにハルバートンは一体何がという顔をしたが、隣のホフマン大佐がその正体を思い出した。

「そういえばプラントからユニウス7追撃部隊が出撃していましたな」
「これがそうだと?」
「恐らくブースターか何かで通常を上回る加速を得ているのでしょう。上手く減速できれば良いのですが」

 宇宙船は目的地まで行くのに加速した後は慣性で直進できるが、その加速を得る為に大量の推進剤を消費してしまう。そして目的地に到達する前に減速を開始し、ここでもまた大量の推進剤を使う。加速を重ねればどんどん速くはなるのだが、それだけ減速が困難になるのだ。しかもその後に戦闘をしなくてはいけないのだから、それだけ大量の推進剤が必要とされる事になる。
 勿論この艦隊はそれらの対策を用意しているのだろうが、もし失敗すれば地球を通り過ぎて何処かに行ってしまう事になる。本当に大丈夫なのかとホフマン大佐が心配するのも無理は無かった。

「提督、接近中の艦隊から電文が入っていますが」
「なんと言って来た?」
「我、ユニウス7破壊の為先行する。以上です」
「ラミアス中佐か、相変わらずそっけないな」
「どうします、何か返信しますか?」
「そうだな、そうするか」

 ホフマンに促されたハルバートンは少し考え、考えた文面をアークエンジェルに返信させた。



 メネラオスを追い抜き、そのまま置き去りにしたアークエンジェルの艦橋ではオペレーターたちが進路の確認と情報収集、そして航法に躍起になっていた。何時もなら軽口が飛んでいるCICには戦闘中さながらの緊張感が漂い、サイもミリアリアも必死の形相で応対に追われている。何しろこの速度だ、もし大きなデブリに衝突すればそれだけで大破しかねない。

「もうすぐデブリベルト近隣を通過する、注意しろ!」

 CIC指揮官席に腰を降ろすナタルが檄を飛ばしている。やはりここにナタルが座っていると1本芯が入るようで、CICに漂う緊張感の出所はここかもしれない。よく通る凛とした声が艦橋内に響く度、クルーはやっぱりこれでないとなあ、と懐かしさを感じながらキビキビと仕事に打ち込んでいる。
 しかし、オペレーターたちの何時にない仕事振りに艦長のマリューは少し不機嫌であったりする。

「ふん、どうせ私の指示は頼りないですよ」

 生粋の将校であるナタルに指揮官としての能力で及ぶわけが無いと分かってはいるのだが、クルーまでこうもはっきりと態度に表さなくても良いじゃないか。ブツブツと文句を呟きながら艦長シートに腰を沈めているマリューの元に、カズィが通信が届いていると伝えてきた。

「艦長、メネラオスから返信です」
「……何よ?」
「作戦成功を期待する、次は地球で会おう。ハルバートン提督からです」
「地球で、ね。厳しいことを言ってくれるわ」

 ユニウス7を阻止してこいと嗾けているようなものだ。まあ勿論そうする気なので問題は無いのだが、やがて彼らは希望を打ち砕くような物と遭遇する事になった。





 ユニウス7を巡る戦いは短くも激しいものとなった。集結していた迎撃部隊は機先を制されて混乱してしまったものの、兵卒レベルに至るまで自分の仕事を理解していたので個々に反撃を開始しだしたのだ。それがクルーゼにとっては誤算となり、立ち直る暇を与えずに叩き潰す筈が文字通りの総力戦になってしまった。
 連合軍は質の面で大きな差をつけられていたが、その士気は異常なまでに高かった。その勢いはザルクのエースたちを相手に一歩も引かず、文字通り身体を張って食い止めようとしている所に現れている。落ち着いて戦えば明らかに有利な筈のザルクがらしくも無く気圧され、数に勝るとはいえダガー相手にザクウォーリアやジャスティスが手を焼いている。
 彼らの思いはただ1
つ、戦乱とNJによって荒廃した地球をこれ以上傷つけさせない、あそこに生きている人たちを守る。ただそれだけだ。艦艇は敵艦に向けて体当たりも辞さない勢いで距離を詰めて砲撃戦を挑んでおり、ユニウス7を盾にしているザルク艦の方が不利にさえ思えてくる。
 今も1隻の駆逐艦をドラグーンで廃艦に変えてやってクルーゼであったが、僚艦を沈められても全く怯む様子が無い連合軍に困惑を隠しきれないでいる。

「ええい、たかが居残り部隊のくせに何故こうも士気が高い。ロナルド、艦隊はどうなっている!?」
「まだ問題はありません。敵の数は多いですが技量は大した事無いようですので、今の所はこちらのMS隊を突破してくる奴も居ません」
「当たり前だ。だが、こんな所でぐずぐずもしておれん。時間がかかるようなら核ミサイルを使って敵を蹴散らすか」
「しかし、核は地球を汚染する切り札ですが?」
「ユニウス7を落とす事を優先する。用意した弾頭を何発か転用するぞ!」
「りょ、了解、すぐに準備させます」

 大量の核兵器で放射化した塵を世界中にばら撒いてやりたいが、まずはユニウス7を落とす事が最優先だ。その為には用意した核の一部を敵に使用するのも仕方が無い。クルーゼはそう割り切り、ロナルドはユニウス7に設置予定であった核弾頭の幾つかをミサイルに転用する事を部下に命じる。元々ミサイル用の弾頭だからそう手間取るものでもない。大気圏内の弾とは異なり、真空の宇宙では摩擦も無いので真っ直ぐ飛んで爆発してくれればOKだからだ。
 暫くして放たれた4発の核はユニウス7の進路を切り開くように突き進み、暗黒の宇宙に4つの巨大な閃光を生み出した。その閃光に飲まれたMSや駆逐艦が超高熱の中で消滅していき、周囲に広がる衝撃波がMSの四肢をもぎとり、船の艤装を吹き飛ばしてしまう。粉々になったMSの残骸が勢いのままに飛ばされていき、艤装の大半を失って戦闘能力を喪失した戦艦がよろめくように戦場から離れていっている。
 味方の大損害を見てか、流石の連邦軍の勢いも一瞬怯んだ。だがそれも瞬きの間の事であり、すぐに気を取り直してまた突撃をしてくる。だが数が減ったおかげでザルクに掛かる負担は大きく減っていた。フリーダムの砲撃が1機、また1機とダガーを撃破し、陣形が崩れた所にジャスティスやザク、ザクウォーリアが切り込んでいって掻き回していく。それで孤立した機体にまたフリーダムの砲撃が襲い掛かった。
 オマケにクルーゼがドラグーンを飛び回らせているので、いきなり背後から飛来するビームを受けて何が起きたのか分からないままに撃破される機体も続出している。

「畜生、あいつ右に回り込め、囲んで叩くぞ!」
「何処から撃って来るんだ、誰か後ろをカバーしてくれ!」
「直撃を受けた。すまん、撤退する!」

 ジリジリと磨り減らされていく地球軍、ザルクのMSが1機落ちるのと引き換えに地球軍のMSは5機、6機と落ちている。いや、もしかしたらそれ以上に酷いかもしれない。そのキルレシオは数の差が詰まるに連れて更に開き、一方的な物へと変わっていく。
 そしてこの惨状に追い討ちをかけるように地球軍に新手が現れてしまった。後方に居た駆逐艦のレーダーが接近する艦影を捕らえたのだ。

「新たなる艦隊を補足、急速にこちらに向かってきます!」
「識別確認、ナスカ級1、ローラシア級4、ザフトのようです!」
「援軍か、助かった!」

 戦争が終わり、ザフトもザルク殲滅に協力する事になっている事は既に通達が来ている。そのザルクは目の前に居るのだから、そのザフトの艦隊はザルク殲滅を手伝う為にやって来た艦隊なのだろう。NJを使っていない事もこちらへの敵意が無い現われだと思い、油断を誘ってしまった。窮地に陥っていた為にこれが味方だと思い込んでしまったのだ。
 だから、彼らはそのザフト艦隊が自分たちに発砲してきた時には驚愕したのだ。

「せ、接近中のザフト艦が発砲、こちらに来ます!」
「な、なに、どういう事だ!?」

 まさか裏切りか、そんな考えが脳裏を掠めた時には既に時遅く、レールガンから放たれた砲弾が駆逐艦の船体に大穴を穿ち、内部で炸裂していた。





 アークエンジェルが見たのは無残な残骸を晒している地球連合の艦隊であった。ザフトのものと思われるMSの姿もあり、1隻とはいえローラシア級の残骸も漂っていた。そのローラシア級は駆逐艦の体当たりを受けたようで、連合のドレイク級駆逐艦が艦首方向から突き刺さったような状態になっていた。

「これは、地球軍の防衛線跡のようね。1次防衛ラインでの阻止は失敗したか」
「艦長、健在艦が居るようです。ユーラシア軍のクレマンソーから回線を開くように要請が来ました」
「分かった、メインに出して」

 少し待っていると、艦橋正面のメインモニターに連合軍の40代くらいの士官が敬礼をしながら現れる。

「クレマンソー艦長のボッシュ中佐です」
「アークエンジェル艦長のラミアス中佐です、状況を説明していただけますか?」
「ああ、見ての通り防衛線は突破された。我々は出来る限り食い下がったが、壊滅状態にされてしまったよ」
「ですが、1次防衛線には1個艦隊規模の艦隊が集結していた筈ではないですか?」

 それだけの大軍を擁していながらどうしてここまで一方的に叩かれたのだ。敵にも相応の損害を与えたと考えたいが、漂うデブリを考えると一方的に負けたとしか思えない。この問い掛けを予想していたのか、ボッシュ中佐は悔しそうな顔で吐き捨てるように答えた。

「ザフトの裏切りだ。奴ら、いきなり側面から撃ってきやがった」
「裏切り?」

 ザルクの別働隊ではないのかとマリューは思ったが、どうやらそうではないらしい。現れた艦隊は通信傍受によってサトー隊と呼ばれる部隊を中心とする艦隊と判明しており、ザルクとは連携している様子は無かったというのだ。サトー隊と言われてマリューはサイにザフトに照会して確認するように指示を出し、ボッシュ中佐との話に戻った。

「それで、敵の戦力は?」
「ザルクは10隻前後の艦艇と50機前後のMSだと思うが、正確な数は分からない。後から来た奴らはナスカ級1隻にローラシア級4隻、MSは20機くらいだったか」
「思っていたより多いですね」

 予想では10隻以下だと考えられていたので、ザルクは他にも予備を持っていたらしい。更に敵のMSには多数のフリーダムやジャスティス、ザクの姿が有り、ストライクダガー中心の自分たちを圧倒してきたと。

「敵も何機かのMSを失った筈だろうが、損害とは到底引き合わん。ジャスティスやフリーダムが強いのは知っていたつもりだが、あそこまで一方的にやられたのは初めてだ」
「そうでしょうね、私達もプラント戦で手酷くやられていますから」

 ザルクのパイロットの強さは桁が違うとしか言いようが無い。こちらの強化人間と互角以上、戦闘用コーディネーターという触れ込みのソキウスと較べても遜色は無いと思えるほどの強さであった。
 ウィンダムやダガーLでも手を焼かされた相手にストライクダガーで挑んだのでは一方的に叩かれるのも仕方が無いだろう。

「分かりました。こちらはこのままユニウス7を追いますので、ここで救助活動をお願いします。後ろからハルバートン提督たちも来ていますから、申し訳ないですが支援はそちらに頼んでいただけます?」
「ああ分かっている。後は頼む、必ず止めてくれ」

 救助活動をしようにもとっくに戦場は通り過ぎてしまっているのだが、ボッシュ中佐は真顔で頷き、後をマリューに託した。通信が切れてマリューもまた小さく頷き、チャンドラにユニウス7への到達までの時間を尋ねた。その問いにチャンドラは少し待つように頼み、そして2時間程という答えを返してきた。

「減速の時間も考慮しますと、2時間前後というところかと」
「ユニウス7の方は?」
「現在も地球に向けて進んでいます。フレアモーターが稼動している様子はありません。使えなくなったか、最終加速に備えて待機してるかは不明。戦闘をしている様子はありませんね」
「第2防衛線とはぶつかっていないって事ね、指揮を取っているのは確か……」
「総指揮はオーブのロンド・ミナ・サハクがとっている筈ですが、艦隊の指揮は別の誰かでしょうね。まあアメノミハシラに入ってる司令官の誰かでしょう」

 ロンド・ミナ・サハクはオーブの軍神と称えられる人物であるが、実戦指揮官としての能力は実は微妙だ。むしろ彼女の才能はカリスマ性と決断力、そして交渉能力にあると言えるだろう。そう考えればオーブの首長になっても良さそうなのだが、彼女は光の当たる場所で輝くようなタイプでは無かったし、彼女も自分が闇の中でこそ輝くという事を自覚していたのでカガリを首長に立てている。
 今のミナはオーブの軍神というイメージとはかけ離れた仕事、外務全般を取り仕切る大臣として働いていた。その彼女が有事だからという事でアメノミハシラに戻ってきたが、彼女が艦隊と一緒に前に出てくるとも思えなかった。




 最期の戦いを前に、キラは艦内をうろついていた。そこで世話になった人たちに挨拶をして回ったりと、艦を降りる前の下準備のような事をしている。だがそれを見かけたトールはそのキラの様子を不思議に思い、何をしているのかと声をかけた。

「おい、何してんだキラ?」
「ああ、トールか。ちょっと挨拶回りをね。この船の人たちには色々と世話になったし」
「お前らしくない、殊勝な心がけだな。どうしたんだいきなり?」
「うん、ちょっと考える事があってね」

 様子がおかしい、トールはキラの反応を見てすぐにそう察した。これまでの付き合いでキラがこんな事をしている時は大抵良からぬ事を考えていて、それを隠そうとしている時だと知っていたから、トールはキラが何か隠しているとすぐに分かった。サイも気付くだろうが、彼は艦橋に缶詰状態で出てこられない。

「キラ、お前何か良からぬ事考えてるだろ?」
「な、何さいきなり?」
「急にドモったなお前。さあ言ってみろ、何隠してるんだ。ミリィの下着盗んだとかだったら死刑確定だぞ」
「ち、違うよ、そんな命知らずな事する訳無いだろ!」
「じゃあ何だ、何隠してる?」

 トールの追求にキラは顔を背け、急に辛そうな顔になった。言いたくても口には出来ない事があるのだろう。こうなると容易には口を割らないだろうが、トールは更に問い詰めてきた。フレイとの時もそうだったが、キラは自分で溜め込んで爆発する自爆型なので放っておくと碌な事にならない。

「なあキラ、悩み事があるなら言った方が楽になるぜ。言ってみろよ。またフレイと喧嘩でもしたのか、それともあのアスランって奴との事か?」
「いや、フレイは関係無いし、アスランにはまだ仕返ししたり無いけど……」
「お前、あれだけやってまだ気が晴れなかったのか?」

 キラはアスランが脱走してきて以来、何度も何度も喧嘩を繰り返してきた。もう自分たちがいい加減にしろと呆れ果てるほどに喧嘩を繰り返していたのに、まだ足りないというのだろうか。
 呆れたトールにキラは不服そうに口を尖らせ、如何に自分たちがアスランのせいで苦労させられたかを説明しだした。もう何度目だか分からない文句の羅列にトールがしまったという顔になる。

「特に許せないのが何時の間にかフレイと知り合いになってた事だよ。全く手が早いと言うか、節操が無いって言うか。トールも気をつけないとミリィに手を出してくるかもしれないよ」
「あ、ああ、分かった、分かったからその辺でな」
「いや、分かってないよ。アスランって奴は昔からね」

 文句のエンドレスモードに入ったキラは止まりそうにも無かった。トールは何でこんな事になったのかなあと口を滑らせた事を後悔している。こうなったキラを止められるのはフレイかカガリくらいだ。でもカガリは居ないから、フレイが通りかかってくれることを期待するしかない。
 しかしこの時フレイは格納庫でメテオブレイカーを前に説明書を見ながら唸っていて、通りかかってくれる可能性はゼロに近かったりする。トールはこの後もアスランがいかに迷惑な奴だったかを延々と効かされ続ける事になり、開放された頃には消耗しきってゲッソリとした顔になっていた。
 疲れきった顔で格納庫にやって来たトールを見てシンとフレイが吃驚している。

「ど、どうしたんすかトールさん、そんなに疲れた顔して。もうすぐ出撃ですよ?」
「トール、出撃前に何してたのよ。こっちは大変だったって言うのに」
「いや、ちょっとキラがまた熱を込めて何時もの演説をしてくれてさ……」
「あ−、それはご愁傷さまでした」

 シンもその被害にあったことがあるので、トールの窮状に同情してしまった。でも自分も関わりたくないので同情以上の事はしないのだが。
 トールも結局キラの口を割らせることは出来ず、キラが何を考えているのかは分からないままであった。





 ザルクにザフトが加わっている、それを聞かされたアスランは苦みばしった顔になったが、部隊名を聞かされてやはりという顔になった。ミネルバの艦橋でアーサーからアークエンジェルから照会された情報を伝えられたアスランは頭の中に危険人物のリストを浮かべた。

「サトー隊長か、確かに姿を消した連中のリストに名前が載っていたな。戦死したのか脱走したのかは分からなかったが」

 戦死したのか、それとも脱走して行方をくらませたのかの判断はかなり困難だ。死体が回収された、あるいは機体が撃墜された、船が撃沈された事が確認出来ない限りは戦場行方不明扱いにするしかないのだ。
 出来れば戦死であって欲しい、とアスランは不謹慎ながら思っていた相手であったが、どうやら本当に裏切っていたらしい。

「サトー隊長、か。やり難い相手だな」
「どういう事ですザラ校長。確かに優秀な指揮官ですが、そこまで恐れるほどではないかと思いますが」

 アーサーが意外そうな顔で聞いてくる。アスラン・ザラと言えばザフト指折りのエースパイロットであり、また最も優秀な指揮官だ。政変に巻き込まれてアカデミーの校長などという閑職に追いやられたが、それまでの実績がその有能さを証明している。特に地球から帰ってきた後、遊撃戦を命じられて自由に戦えるようになってからの実績は特筆に価する。何しろ少数部隊を率いて連勝を重ね、地球連合の反攻計画に修正を強いるほどのダメージを与えたのだから。
 そのアスランが警戒するほどの相手ではない、アーサーはそう思ったのだが、アスランがやり難いと言ったのはそういう理由ではなかった。

「サトー隊長の家族はユニウス7に居たそうですから。私もユニウス7で母上を亡くしていますので、彼の気持ちは分からないではありません」
「す、すいません、知らなかったもので、その……」
「いえ、気にしないで下さい。それよりも今は校長ではありませんよ」
「あああ、すいません!」

 また謝ってくるアーサーにアスランは謝らなくても良いと苦笑していた。最新鋭艦の副長に任じられるくらいだから優秀な男なのだろうが、どうも頼りないというか要領が悪いというか。艦長席の方ではタリア艦長が右手で顔を押さえて頭痛を堪えるような顔をしているし、オペレーターたちもクスクスと笑っている。その中には自分が送り出した学生のメイリン・ホークの姿もあった。
 とりあえずアスランはわざとらしく咳払いを入れ、顔を知っているメイリンを注意した。

「ああ、メイリン・ホーク君、任務中は集中しろと教わらなかったかな?」
「はーい、すいません校長先生」
「だから校長じゃないというのに」

 姉のルナマリアもそうだが、ホーク姉妹は2人して良い性格をしている。というか女には口では勝てないというだけかもしれない。



 そのルナマリアと言えば、こちらは何故かレイの部屋に乗り込んでベッドに寝転んで本を読んでいた。レイは備え付けの椅子に腰掛け、憮然とした顔で視線を彷徨わせている。

「……ルナ、そろそろ出て行ってくれないか?」
「あによ、邪魔だって言うの?」
「人が1人で落ち込んでいたいのに、なんで押しかけて来るんだお前は。しかもどうやって扉のロックを破った?」
「ああ、レイに話があるって艦長に言って解除して貰ったの」
「……話などした覚えは無いが?」
「したじゃない。ほら、読みたい本があったから読ましてくれって言ったでしょ。レイは分かった、好きにしろって言ってくれたじゃない」
「俺は出て行けといったんだ。話を勝手に捏造するんじゃない!」

 ルナマリアはロックしてあるはずの扉を開けて入ってくるなりベッドに寝転んで考え事をしていた自分を押しのけると、ごろりと横になって適当な本を引っ張り出して読み出したのだ。自分はそれに抗議の声を上げたのだが彼女の耳には届かなかったようで、遂に諦めて椅子に腰を降ろしたのだ。
 その事を指摘しても彼女は全く気にした様子も無く、平然としている。どれだけ図太い神経をしているのだろうかと時々レイも不思議に思うほどだ。
 そして彼女は本を閉じると、小さく欠伸をして頭をドサリと枕に落とした。

「ルナ、寝るのなら自分の部屋で寝てくれないか?」

 呆れた顔で友人に声をかけたレイであったが、いきなり目を見開いたルナがが張りと起き上がったので吃驚して身を引いてしまう。そしてルナは枕を持ち上げると、それを自分に突きつけてきた。

「こ、これは何!?」
「ま、枕だが、それがどうした?」
「なんか凄く気持ちが良い、何処で買ったのよ!?」
「え、ええと、基地の近くにあるデパートで適当なのを選んできただけだが……」
「私が普通の固い枕なのに、自分だけこんな良い枕使って寝てたなんて、ズルイ!」
「いや、ズルイと言われてもだな」

 なんて理不尽な抗議なんだとレイは思ったが、ルナがそんな事を気にするはずが無い。彼女は枕を戻すと、また寝転んで眠りだしてしまった。だから寝るなら自分の部屋で、トレイは小さな声で抗議したが、やはりルナは全く聞いてはくれなかった。
 


 ルナマリアが何時までたっても格納庫に来ない事に毎度の事ながらイザークは不機嫌そうであったが、今回はレイを説得しに行ってるらしいという事で爆発はしていなかった。

「仕方が無い、ルナは抜きで話を進めるぞ。俺たちの任務はメテオブレイカーの運搬と護衛だ。操作はフィリスがメインでやるから、俺たちは敵をこれに近付けないように全力を尽くす。身体を張ってでも食い止めろよ」
「クルーゼ隊長やアンテラさんが出て来ない事を祈るばかりですねえ」

 イザークの話にエルフィがどうしたものか、という感じで言う。クルーゼとプロヴィデンスの組み合わせは鬼のような強さだし、アンテラもザフト最強のパイロットの1人でインパルスを使っている。1対1でぶつかったら勝ち目は無いだろう。
 その事を考えて誰もが憂鬱そうな顔をする中で、クルーゼやアンテラを良く知らないオリバーとアヤセがそんなに強いのかと聞いてきた。

「あの、クルーゼ隊長の事は聞いた事がありますが、そんなに強いんですか。そのアンテラさんって人も?」
「ああ、2人は知らないかもな。2人ともザフトでも指折りの実力者で、まともに戦ったらザフトで戦える奴は数えるくらいしか居ないよ。今じゃアスランくらいかな?」

 ディアッカが2人の疑問に答えてやる。アスランくらいと言われてイザークが不満そうな顔をしたが、自分ではあの2人には確かに勝てないので文句も言えず、黙り込んでいる。そしてディアッカはプロヴィデンスとインパルスが出て来たら無理をせず、自分たちに任せるようにと伝えた。

「無理をしなくても良い、クルーゼ隊長たちが出てきたら俺たちに押し付けろ。クルーゼ隊長は確かに強いが、俺とアスランにイザーク、それにジャックやエルフィ、シホが居れば勝てるさ」
「本当にそうなら良いんですけどね」
「はい、正直、あの2人には勝てる気がしませんし……」

 ディアッカの軽請け合いにエルフィとシホが自信無さげな声を出す。これまでの戦場で幾度も2人の超人的な強さを見せ付けられてきた彼女達としてはあの2人と戦ったら負ける姿しか思い浮かばない。なまじ経験を積んでいるだけにその強さが良く分かるのだ。
 だが戦う前からそんな弱気でどうするとイザークに窘められ、2人はしゅんとなってしまった。だがそうは言ったイザークも2人の桁外れの強さは良く知っているので、2人を臆病者とも言えなかった。自分とて本心では勝てるかどうか自信が無いのだから。

 




 クレマンソーから送られた映像データを解析した事でザフトの戦力はボッシュ中佐の報告どおり、サトー隊などを加えた戦力は艦艇15隻から20隻、MSは70機以下という事が分かった。その情報は直ちにアメノミハシラに送られている。
 情報を受け取ったミナはその数の多さに最初息を呑んだ。当初の想定の倍近い数だ、これでは1次防衛ラインが破られたのも頷ける。
 ミナは力なく頭を左右に振ると、こちらの戦力を尋ねた。

「艦隊の集結状況は?」
「地球軌道に展開していた部隊の集結はほぼ完了、現在44隻です」
「1次防衛ラインは30隻で完敗したのだぞ、その数では奴らには勝てん!」
「プラント方向からも艦艇がこちらに向かっておりますから、最終的には80隻程度にはなるかと思いますが……」

 ミナの不安は分からないではない。敵にはあのジャスティスやフリーダムが多数含まれており、数で圧倒しない限り対抗の仕様が無い。あれと戦えるようなMSの大半はプラント侵攻作戦に持って行かれているので、ここにあるのは数えるほどでしかない。ただ集まったMSの中には前線部隊からは不評で後方に下げられていたGシリーズ、ストライクやデュエル、バスターなどの姿も多く、マローダーやレイダー制式型、ソードカラミティなどの姿もあり、MSの質では1次防衛ラインを大きく凌駕していると言えた。だがパイロットには余り期待できない。凄腕の多くはプラントに行ってしまったからだ。

「あの男に期待するしかなかろうな。それと、我が城の移動準備はどうなっている?」
「準備はほぼ完了、非戦闘員の避難も終えております。ですが、本当によろしいのですか。ここはオーブにとって最も貴重な財産ですぞ?」
「地球が居住不能になってしまえばステーションがあってもしょうがあるまい。我が城を最期の壁とし、ユニウス7の前に立ち塞がる事で他国に払いきれぬほどの貸しを作ってやるのだ」
「ですが……」
「案ずるな、例えここを失う事になっても、戦後に他国から復興の為の資金と資材を引き出してみせる」

 相変わらずの傲慢なまでの自信の有り様に、部下はそれ以上再考を求める気を無くしてしまった。この傲慢さが彼女の魅力といえば魅力だが、本当に大丈夫なのかと不安になる時もあるのだ。
 しかし、地球が駄目になってアメノミハシラだけが残っていても意味が無いというのは確かであり、その為にここを犠牲にする事を厭わないというのも仕方の無い事だ。このステーションにも艦隊が持って行けなかったMSやMAが残っており、ユニウス7が迫ればこれを投入する事になっている。ただし戦闘艦は1隻も残っていないので、その時にはアメノミハシラは敵の反撃を受けて破壊されるだろう。

 ミナはアメノミハシラを失う覚悟でこの戦いに臨んでいる。その覚悟はステーション全体に伝染し、残っている作業員たちも覚悟を決める事となる。そう、これは文字通り地球の命運を賭けた決戦なのだから。




後書き

ジム改 1次防衛線は良く頑張ったが、突破されました。
カガリ 結構数が残ってたんだな。
ジム改 そりゃ居残りの小部隊を集めればそれなりの数にはなる。
カガリ でも混成部隊だから弱いんだろうな。
ジム改 それが泣き所だが、数は力だからな。
カガリ でもMSは良いのが残ってるじゃんか。Gシリーズってまだあったんだな。
ジム改 ダガーの配備が進むに連れて後方に下がったからな。それが出てきただけだよ。
カガリ で、うちの新型は。ムラサメとかM2とか?
ジム改 戦後になら出てくるかもしれないな。
カガリ 戦後って話終わってるじゃん。
ジム改 つまり出てくる予定は無いという事だ。
カガリ シクシク、オーブの影が薄い。
ジム改 アメノミハシラが存在感出してるだろ。
カガリ それじゃ次回、第2防衛線に迫るユニウス7、地球艦隊は最後の壁となってユニウス7に突入し、ザルクと激しい消耗戦を展開する。ここでザルクは切り札を投入してきて地球軍を窮地に追い込むが、地球軍もまた切り札を用意していた。次回「破壊の権化」会おうな。

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