第20章  ヨーロッパの嵐

 


 ザフト軍最前線。数機のジンを主力に戦車や装甲車が配置され、歩兵部隊が配置されている。朝日が昇る時間でもあり、暢気に朝食の準備を始めている。その顔には前線特有の緊張感は見られない。完全にナチュラルを、連合軍を舐め切っているのだろう。
 見張りの兵は早く交代の時間が来る事を願いながら欠伸を噛み殺し、正面を見据えている。起きだしてきた兵士はまだ若い少女兵が準備してくれた朝食に群がって「不味い」と文句を言いながら平らげている。彼らの頭の中には今日1日をどうやって過ごすか、それしかないのだろう。
 彼らは、油断のツケをその命で支払わされる事になった。
 早朝の空に響き渡った連続する雷のような轟音。それがなんなのかと気付くよりも早く、彼らのいた陣地は爆発に飲み込まれてしまった。いや、彼らの陣地だけではない。前線を形成する陣地群の頭上に次々と大口径の砲弾が降り注いでいく。

「畜生、こいつは重砲か!?」
「塹壕に飛び込め、どうしようもない!」

 古参の兵士達は状況を察して周囲に指示を出すが、それに従う事が出来た兵士は少なかった。元々兵役人口の少ないプラントでは兵士の補充が消耗に追いつかず、長い戦争で歴戦の兵士は少なくなり、今では少数のベテランが多数の新兵を纏めているのだ。
 指示を出した30歳ぐらいの兵士は動転して動けなくなっている少女兵の体を掴むと塹壕の中に飛び込んだ。それに僅かに遅れて砲弾が着弾し、衝撃波が頭上を通過していく。そしてそれに遅れて資材と人体の破片が降り注いできた。

「い、いやあああああっ!!」

 実戦の経験が無かった少女は悲鳴を上げて塹壕から出ようとするが、引き擦り込んだ古参兵がそれを押さえこんだ。

「出るな、ここが1番安全なんだ!」

 ガタガタ震える少女を抱えこんで古参兵はとにかく姿勢を低くする。こうなっては兵士にはどうする事も出来ないのだ。ただ直撃を受けないように祈るしかない。その近くでやはり平静を失ったらしい新兵が塹壕を飛び出したのか、「戻れ!」という声が聞こえてくる。すぐにまた着弾の衝撃が襲ってきた。これで塹壕から出た兵士の運命は決まってしまう。
 砲撃が去った後には、先ほどまで朝食を食べていた兵士達の姿はほとんど無く、ただのすり鉢上の穴が開いているだけである。所々に僅かに生き残ったらしき幾人かが苦痛にうめいているくらいだ。そして辛うじて無事に生き残った少数の兵士が塹壕から這い出してきて、絶望に顔を染め上げる。ここにはすでに仲間も、戦うべき兵器もなかった。

「参ったな、こいつは」

 古参兵が途方に暮れて辺りを見渡す。その隣では少女兵が悲鳴を漏らす事も出来ずにただ震えている。もはや、彼らにはここから撤退する道しか残されていない。だが、彼らが味方の陣地に戻れる可能性は限りなく低いだろう。砲撃で耕された大地を埋め尽くすように連合の戦車と装甲車が押し寄せていたからだ。
 ユーラシア連邦の反攻作戦、カスタフ作戦の開始であった。

 

 攻撃を加えているのは連合軍の地上艦隊と野戦重砲部隊であった。事前の地ならし、とは呼べない程の徹底した砲撃が地面を耕し、人間と兵器を問わず引き裂き、粉々に打ち砕いてしまう。そしてその砲撃の下を戦車隊が突入していった。
 アークエンジェルもその猛烈な砲撃を後方からじっと見ていた。誰もが初めて体験する大規模な地上戦に息を飲んでいる。艦橋にいる7人のパイロット達も同様だった。流石にフラガやキース、レナンディーといった経験豊富な士官はそれなりに落ちついているが、キラやフレイ、スコットといった若い兵は言葉を無くしている。

「やる気だねえ。お偉いさんたちは」
「あれだけの砲弾を惜しみなく使ってますからね。勝ちに行くつもりですよ」

 フラガとキースは宇宙では大艦隊戦を経験した事もあり、地球で戦った事もある。この規模の地上戦は流石に初めてだが、負けるつもりはない。
 マリュ−はいささか青褪めた顔で目の前の光景を見つめ、震える声を漏らした。

「あんな所に、突っ込めというの。司令部は?」

 マリュ−の呟きは怯みとしか取れないものだ。艦長の弱気はそのまま艦の弱気となる。ナタルがいささかキツイ視線でマリュ−を見た。

「艦長、作戦中です。弱気な発言は禁物ですよ」
「わ、分かってるわよ、ナタル」

 さらりと内心を突かれ、マリュ−はいささか慌てた。だが、そんな艦長を笑うものはいない。誰もがこんな大規模戦闘は初めてなのだから。
 その中でも、これがパイロットとしての初陣となるフレイは完全に顔色を失っていた。そんなフレイをナタルは流石に不憫に思ってしまう。パイロットである以上、誰にでも初陣はあるが、これは最悪の部類に入る。せめて初陣を飾るに相応しい、もっと小規模な戦闘を経験してからであればまだマシになるのだろうが。
 そして、通信席に座るカズィが艦長に報告をする。

「艦長、クライスラー少将から通信です。全軍前進。目標はザフト軍ザグレブ基地です」
「そう、いよいよね」

 マリュ−は頷くと、パイロット達を見た。

「フラガ少佐とバゥアー大尉は制空権確保を最優先に考えてください。MS隊はヤマト少尉のストライクを先頭に、スコット准尉とレナンディー中尉のデュエルが正面に展開。ハウプトマン少尉のバスターとアルスター准尉のデュエルは本艦の直援と、MS隊の支援をしてください」
「・・・・・・分かった。帰る場所を無くさないでくれよ」

 何時になく真剣なフラガに、マリュ−は頷く。この艦を無くせばフラガ達に帰る所はないのだ。そう思うとずしりと胃が重くなってくる。また余計な重荷を課してしまったかもしれないと、フラガは少し後悔した。
 そして、フラガはアークエンジェルのパイロット達を振りかえる。

「ようし、それじゃ行くか!」

 フラガの懸け声に全員が唱和し、格納庫へと向っていく。その中の1人の背中を見送ったサイは辛そうな顔でコンソールに視線を落とした。そんなサイにミリアリアが気遣わしげな声をかける。

「心配、フレイが?」
「・・・・・・ああ、心配だよ」

 一瞬の躊躇の後、答えたサイにミリアリアはまだサイがフレイを好きなのだと察した。これほど想ってくれる人を捨ててまでキラに何故走ったのだろう。トールは暫くは様子を見ていてほしいと言うから今の所は黙っているが、ただ黙っているというのも歯痒くていけない。
 ふと、視線を予備操舵席に座るカガリに視線を転じた。キースがここに座ってろと言って無理やり座らせたのだが、何を考えているのか。本当ならあそこにはトールが座ってる筈なのに。
 座らされているカガリはかなりご立腹だった。自分も戦いたいのに、こんな所で黙って観戦してろなどと言われたのだから。だが、文句を言うことも出来ない。どうしてか分からないが、キースは自分の正体を知っている様だからだ。もしばらされたらと思うと迂闊な事も出来ない。
 結局、カガリはここから全体の戦いを見ている事になったのである。


 格納庫でそれぞれの機体に散って行くパイロット達。キラは出撃前にフレイを捕まえていた。

「フレイ、本当に大丈夫?」
「今更何を言ってるのよ。もう作戦は始まってるのよ」
「だけど・・・・・・・」

 キラは何か言おうとしたが言葉にならず、俯き加減になりながら心配そうに言いたい事だけを口にした。

「フレイ、死なないでね」
「・・・・・・・当たり前でしょう。私はまだ、なにも分かってないんだから」

 キラの言葉に答えて、フレイは自分のデュエルを見た。ジンぐらいなら圧倒できる性能を持つこのMSなら生きて帰って来れる、という気がする。そうだ。私は現実を、戦場を、知らなくてはいけないのだ。そして、自分にも戦えるのかを確かめたい。あの守れなかった子供たちのような人を増やさない為にも。

 フレイに声をかけられないでいたキラに、レナンディー中尉とハウプトマン少尉が声をかけてきた。

「おい、何をしてるんだ。出撃だぞ!」
「さっさとストライクに乗りな、コーディネイター君」

 小馬鹿にした様にせせら笑うハウプトマンにキラは腹が立ったが、どうにかそれを押さえこんだ。2人に背を向けるとストライクの方に歩いて行ってしまう。それを見送ったハウプトマンは苛立たしげに口汚く罵った。

「ちっ、なんでコーディネイターなんかと一緒に戦わなくちゃいけねえんだよ。あんな宇宙から降りてきた化け物なんかとよ」
「放っておけ。所詮は消耗品だ。化け物どうし、殺し合ってくれればいい」
「なるほど、物は使いようって訳ですか」

 レナンディーの言葉にハウプトマンが楽しげに頷く。それを聞いていたフレイの気分は複雑だった。キラはコーディネイターと戦って死ねば良いと自分も考えていたのだ。だが、今は・・・・・・・。
 辛そうに顔を顰めているフレイに、ハウプトマンが声をかけてきた。

「おいお嬢ちゃん、フレイ、とか言ったか。今日は一緒にこの艦を守るんだ。しっかり頼むぜ。敵の始末はあのコーディネイターに任せときゃ良い」

 フレイはハウプトマンの顔を一瞥すると、小さく頷いて自分のデュエルの方に行ってしまった。どうしてかは分かっている。ハウプトマンと一緒の場所にいるのが堪えられないのだ。自分の醜い部分を突きつけられているような気がして、自分もキラをああいう目で、いや、もっと酷い目で見ていたのだから。

 ストライクに乗ったキラは、機体の最終チェックを行っていた。まもなく出撃だ。だが、チェック中に通信が入って来た。通信機をONにすると、モニターにスコットが現れる。

「ようキラ、いよいよだな」
「スコットさん、そうですね」
「お互い頑張って生き残ろうな。帰ったら大尉達やフレイと一緒に一杯飲もうぜ」
「飲もうって、僕はまだ未成年ですよ」

 アルコールなど口にした事がないキラは目を丸くしている。スコットは可笑しそうに身をよじって笑いだした。

「ははははははは、素直だな、お前は」
「も、もう、からかわないで下さいよ」
「からかってないさ。お前は一人前の仕事をしてるんだ。一人前の男として扱ってやらないとな。帰ってきたら酒保で一杯奢るよ」

 スコットは親指を立ててみせると通信を切った。キラは年長のコーディネイターの言葉に呆れていたが、すぐに可笑しさがこみ上げてきた。何と言うか、自分と同じ境遇の相手が身近にいるというのは気が楽になるものだ。キラは今までになく気分を落ちつかせると、静かに発進命令を待った。

 そして、遂にMS隊の発進命令が出た。キラのストライクがエール装備で出撃したのを皮切りにスコットとレナンディーのデュエルが出撃し、ハウプトマンのバスターが飛び出して行く。反対側の発進口からは2機のスカイグラスパーが飛び出していた。
 そして最後にフレイの順番が来る。シールドとビームライフルを装備し、機体をリニアカタパルトへともって行く。戦闘管制のミリアリアが出撃準備OKをだした。

「フレイ、デュエル発進できるわ」
「分かったわ、ミリィ」
「・・・・・・フレイ、あなたには言いたい事が沢山あるわ。でも、無事に帰ってきてね。死んだら文句も言えないんだから」
「・・・・・・ミリィ、ありがとう」

 フレイは自分を心配してくれるミリィに礼を言うと、機体を発進させた。強烈なGが体を襲うが、これまでの訓練のおかげで耐える事が出来る。そして、飛び出した先はまさに地獄だった。四方八方に火線が走り、爆発と黒煙が見える。大地に降り立ったフレイのデュエルはシールドを構えながらアークエンジェルの少し前に位置する。すでに上空は両軍の航空機が飛び交い、制空権を握ろうと激しくぶつかりあっている。MSを飛ばしているザフトの方が有利に見えるが、アークエンジェル隊の存在がこの空域では物を言っていた。2機のスカイグラスパーはグゥルに乗るジンやシグゥを確実に圧倒している。ランチャーパックの火力もさることながら、2人の技量が超人的なのだ。さらに空中要塞とも言うべきアークエンジェルの砲火は群がってくる敵機を次々に叩き落している。
 地上戦も思っていたよりは優勢に進められていた。やはりG兵器の存在は大きい。キラのストライクと2機のデュエルはジンやシグー、ザウートといったザフトMSを寄せつけない強さを見せつけていた。その強さに後押しされるように戦車隊もザフトを押している。

 キラは動き回るジンやシグー、バクゥ、ザウートの動きをさして早いとは思わない。砂漠で戦ったバルトフェルドや宇宙で戦ったアスラン達のほうが遥かに恐ろしい相手だった。彼らに較べれば目の前のMSの動きは悲しいほど緩慢に映る。
 
「今日は手加減してられないんだ。死にたくなかったら出てくるなよっ!」

 キラは続けてビームを放った。正面にいる3機のジンが直撃を受けて残骸へと変わってしまう。その左側にいるザウートをスコットのデュエルが仕留めるのが見えた。ザフトのMSはG兵器の圧倒的な戦闘力に怯みを見せているのがはっきりと分かる。何しろフェイズシフト装甲という無敵の装甲にビーム兵器という最強の矛を持っているのだ。ザフトMSには対処のしようがない。
 素早く戦場を走りまわるストライクのコクピットにミリアリアからの通信が響いた。

「キラ、正面をアークエンジェルの全力射撃で薙ぎ払うわ。こちらの指定する辺りまで下がって!」
「分かった。ミリィ、フレイは大丈夫?」
「大丈夫よ、アークエンジェルの砲火があるし、思ったより頑張ってるわ。MS撃墜1、撃破3を出してるわよ」

 ミリアリアの声には驚きの色が混じっている。まさか、フレイが立派に戦ってみせるとは思ってもいなかったのだ。せいぜい弾除けの的が関の山だと考えていたのだが、想像以上に頑張っている。
 ミリアリアの指示によってストライク、デュエルが後退を始める。3機が十分安全圏まで下がったのを確認したナタルが命令を下した。

「対地弾頭ミサイル全門装填、ゴッドフリート、バリアント用意、全兵装を1時から11時の方向に向けて連続で扇状発射。進路上の敵を一掃する!」
「了解、諸元入力します!」

 ロメロが各兵装にデータを入力していく。ナタルの戦術コンピュータに射撃目標が表示され、小さく頷く。

「良し、撃てぇっ!」

 ナタルの命令で全砲門が開かれ、ビームとミサイル、リニアガンが狙った地域に降り注ぐ。対地ミサイルが爆風と破片で歩兵や車両を吹き飛ばし、バリアントの衝撃波が周囲の全てを粉砕してしまう。ゴッドフリートの直撃を受けた地点は溶け去り、何も残ってはいない。この攻撃が正面30度に渡って続けて行なわれたのだ。
 
 それを見てしまったフレイは驚愕して目を見開いている。あの土煙の下では確実にコーディネイター達が焼かれ、四肢を引き千切られ、絶命しているのだ。
 ここまでの戦いで、フレイはただひたすら恐怖と戦っていた。迫り来るMSや戦車、戦闘ヘリが容赦無く攻撃を加えてくる。その剥き出しの殺意にさらされたフレイは恐怖に駆られ、ただビームライフルを撃ちまくったのだ。そうする事でしか恐怖を打ち消す事は出来ないと肌で感じられたから。
 殺さなければ殺される。今ならそれがはっきりと理解できる、これが戦場なのだと。

『キラは、こんな恐怖をずっと感じて戦ってたの。こんな怖い思いをして、サイ達を守ってたの!?』

 銃口がこちらを向くのが分かる度、血が凍り付くような感覚を覚える。見た目はただの機械だが、あの中には生きたコーディネイターがいて、自分を殺そうと必死になっているのだ。
 直撃弾が機体を揺さぶる。その都度フェイズシフトが落ちるのではないかという不安にかられ、バッテリー残量を調べては安堵する。もうそれを何回繰り返しただろう。そして、恐怖に打ち勝つ、というより忘れる為にロックオンし、トリガーを引くのだ。その内の1つがジンを直撃して爆発させる。この時、フレイは自分の手でコーディネイターを殺したと初めて実感してしまった。

「殺した、私が、コーディネイターを・・・・・・」

 父を殺したコーディネイターを殺した。それは復讐心という感情を満足させるかと思ったが、即座に浮かんできたのはキラの悲しそうな顔であった。それはまるで、自分でキラを撃ってしまったかのような罪悪感を呼び起こしてしまう。
 そんな事はないと慌てて浮かんできた感情を否定したが、今度は別の感情が湧き上ってきた。コーディネイターという存在とキラが重なった時、心を占めたのは、人を殺したという恐怖であった。
 だが、その恐怖も一瞬の事だ。すぐにまた敵が現れて攻撃を加えてくる。それに対応する為に機体を動かし、ビームライフルを放つ。今は生き残る事だ。生き残ったらまた考えれば良い。

 フレイが頑張っていられるのはフレイの予想外の強さもあったが、ナタルのさりげない支援があった。常に戦術コンピュータでフレイのデュエルの動きを監視し、適切な支援を送り続けている。最初は誰も気付かなかったが、今では艦橋にいる誰もがナタルがフレイを守ろうと気を配っている事に気付いていた。その事に誰もが違和感を感じている。必要があれば味方ごと撃つ、それがナタルという女性だった筈だからだ。

「2時方向のザウート3機を仕留める。13番から18番まで対地弾頭装填、19番から24番までウォンバット装填、1時方向のディンを牽制しろ。攻撃パターンは任せる!」

 ミサイルが放たれ、3機のザウートが爆煙にに包まれる。その中から2機のザウートがよろよろと出てきた。1機は破壊されたらしい。そのザウートの1機にハウプトマンが収束砲を叩き込んで破壊した。もう1機はアークエンジェルに続く戦車隊のリニアガンが仕留めている。

 艦橋では戦況の推移を教える戦術モニターを見ながらマリュ−がやや安堵した声を漏らした。

「思ったより敵の抵抗は弱いわね。味方部隊も付いて来てるし、これなら突破出来るわ」
「・・・・・・確かに、敵の数が少ないですね。他の戦線の部隊もどうにか勝っているようですし。ただ、もしかしたら戦力を集めて反撃の準備をしているのかもしれません」

 ナタルの答えにマリュ−は表情を曇らせた。

「確かに、その可能性はあるかもね。砂漠にデュエルがいたのも気になるし。ナタル、MSの補給は早めに済ませておいて頂戴」
「了解です、艦長」

 ナタルは意外そうにマリュ−を見た後、まず前衛として戦っているキラのストライクを呼び戻した。補給を受けさせるなら余裕のある今の内に最強戦力であるキラを引き上げさせるのがベストだからだ。
 キラを呼び戻す指示を出した後、ナタルはもう一度マリュ−を見た。何時の間にかこの人も戦術的な判断が出来るようになっていたらしいと分かり、少しだけ嬉しく思う。キースではないが、このまま成長してくれれば良い艦長になってくれるかもしれない。

 


 上空では制空圏争いが続いていた。連合とザフトの戦闘機が飛び交う中をディンやグゥルに乗ったジンが飛びまわり、次々と連合戦闘機を叩き落していく。稀に反撃にあって撃墜される機体もあるが、キルレシオの差は歴然だった。そんな中でフラガとキースのスカイグラスパーは気を吐いており、圧倒的なザフト空中部隊に痛撃を与え続けている。

「フラガ少佐、アグニのエネルギーはどれくらいです?」
「あと5発ってところか。そっちは?」
「こっちも似たようなもんでっ!」

 言い終わるよりも早く次の目標を捕らえた。こちらに向けて手持ち式の30mmバルカンポッドを撃ちまくってきたディンにキースがアグニを放つ。直撃を受けて四散するディン。

「・・・・・・ううん、そろそろ本気で不味いですな。先に帰らせてもらいますわ」
「分かった。出て来たら教えてくれ」
「了解」

 言葉のキャッチボールを交しながらキースのスカイグラスパーがアークエンジェルに向けて機首を翻す。2人が同時に戻る訳にはいかないのだ。そんな事をしたら制空圏を奪い返されてしまうかもしれないから。

 

 

 3度目の出撃をしたフレイは、今度は最強の火器であるバズーカを携帯していた。ザフトのコルボ−級地上戦艦が出てきて、これを迎撃する必要に迫られたからだ。その脇にはスコットのデュエルがいる。こちらはビームライフル装備だ。

「いいかフレイ、俺がうるさい奴らを押さえるから、お前は戦艦を沈めろ!」
「は、はいっ!」

 命令してるのが同格のコーディネイターだという事を気にしている暇も無い。ジンに護衛された陸上戦艦めがけてバズーカを構えて駆けて行く。そのすぐ後ろをスコットのデュエルがついてビームライフルで援護している。目の前の戦艦は大口径の主砲をこちらに向け、盛んに砲撃してくる。時折近くに着弾した砲弾が凄まじい衝撃波でデュエルを吹き飛ばそうとするが、直撃さえしなければデュエルならさほど恐れるものでもない。流石に直撃したらフェイズシフト装甲も持たないかもしれないが。

「いいか、とにかく戦艦に近付け。懐に入られたら奴はこっちを撃てない!」
「そんな事言われたって!」

 フレイは戦艦をロックオンするとバズーカを2発放った。白煙を引いて飛んでいった砲弾が戦艦の側面に命中し、爆発をおこす。これで暫し砲撃が止み、その間に2機のデュエルは戦艦との距離を詰める事が出来た。近付いた事でフレイは目の前に広がる戦艦の装甲板に息を飲む。
 だが、それも一瞬の事だった。すぐに気を取り直すと戦艦に向けてバズーカを叩きこんでいく。その都度戦艦は身悶えするように震え、遂には艦内から幾つもの爆発を起しはじめた。

「や、やったっ!」
「よし、離れるぞ。急がないと弾薬庫が誘爆して巻き込まれる!」

 慌てて離れていく2機のデュエル。そして、その背後で弾薬庫が誘爆を起した戦艦が大爆発を起した。周囲に破片と爆風が吹き荒れ、周辺のザフト地上軍が巻き込まれている。この攻撃でフレイは恐らく1000人近い人命を奪った事だろう。そのことを認識してしまい、フレイは苦い思いで下唇を噛み締めた。

 

 

 連合の突然の侵攻に、ザグレブ基地は大騒ぎになっていた。正に再攻勢の準備を終えようとする矢先の事であり、前線部隊はまだ集結しただけで戦闘準備が整っていない部隊が集まっていたこともあり、まともな抵抗が出来ないでいる。指揮系統も混乱し、指示を求める通信がひっきりなしに飛び込んでいる。
 ザグレブ基地司令のブルクナ−司令は怒りを込めた拳をデスクに叩きつけ、部下を一喝した。

「ナチュラルども相手になにをやってるんだ。態勢を立て直せ、状況を纏めて報告しろ!」
「司令、その前に増援を出して敵を押し返すべきです。このままでは敵に前線を突破され、後方部隊を蹂躙されます!」

 参謀が意見具申をするが、頭に血が上っているらしい司令官はその意見に苛立ったように激高した。

「ならさっさと送りこめ。奴らの足を止めれば反撃のチャンスも生まれるっ!」
「先頭に立つ足付きはどうしますか。これには強力なMS部隊がついているようで、迎撃に出たMS部隊がいいように翻弄されています。連合の動きはこの部隊の前進に引っ張られているようです」
「足付きか。クルーゼめ、奴の失態で我々が祟られるとはな」

 忌々しそうにブルクナ−は呟く。

「奴の部下が確かジブラルタルに居たな。丁度良い、奴等に足付きと連合部隊への反撃をやらせろ」
「それでは、ザラ隊を足付きに、ジュール隊を他の部隊へと向けます」
「急がせろ!」

 ブルクナ−は苛立っていた。ナチュラルどもが自分達コーディネイターに反撃してきという事実そのものが苛立ちの原因なのだ。地面の上で蠢く劣等種どもが、我々に歯向かうなどとは。

「身の程を教えてやるぞ、ナチュラル風情が」

 奥歯を噛み締めてブルクナ−は呟いた。だが、彼は理解していなかった。すでに前線部隊は崩壊状態であり、反撃を行うには相当の増援を必要とする事を。すでにアスランやイザークの隊でどうこうできる状況でないのだ。負けた事がない、というこれまでの経験不足が、事体の把握を致命的なまでに遅らせてしまっていたのだ。

 


 連合軍の反撃のニュースはジブラルタル基地にいたアスラン達の元にも届けられた。アスランとニコルは新人のジャックとエルフィを交えて話していたのだが、そこに血相を変えたミゲルが飛び込んできたのだ。

「おいアスラン、ニコル、大変だぞ!」
「どうしたんだミゲル、そんなに血相を変えて?」

 何時になく落ち付きを無くしているミゲルにアスランが不振そうな顔をする。だが、ミゲルの話しを聞いて流石のアスランも血相を変えた。

「連合がヨーロッパで反撃に出た。物凄い大軍が総攻撃に出たらしい」
「連合が動いた? だが、前線部隊で支えられないのか?」
「すでに前線は突破されてる。ナチュラルの奴ら、とんでもない大軍を動員したらしい。それに、味方を蹴散らして進んでる部隊の先頭には足付きが居るらしい」
「足付きが!?」

 ニコルが驚いて立ちあがる。まさかこうも早く足付きの足取りがつかめるとは。

「ですが、幾ら足付きでもストライク1機と戦闘機が2機でしょう。どうしてそこまでの強さを?」
「いや、足付きはストライク以外にデュエル3機、バスター1機を投入してるらしい。この5機に前線のMSは良い様に磨り減らされてるそうだ」
「Gが5機もですか!?」

 今度こそニコルは驚愕した。Gが5機もいればジンやザウートしか持たない前線部隊では歯が立たないのも無理は無い。アスランはしばし考えた後、ジャックとエルフィを見た。

「俺達はこれから出撃する。イザーク達も出るだろう。2人はこれがザラ隊として初めての実戦となる。とりあえずは生き残る事を最優先してくれ」
「わ、分かりました!」
「大丈夫ですよ、ナチュラルのMSくらい」

 少し不安そうなエルフィと、自信を見せるジャック。2人ともこれが初陣となるから、アスランとしては無理をさせたくない。まして2人の機体はジンなのだ。アスランは少し考えるとミゲルを見た。

「ミゲル、悪いが2人の事を頼めるか。俺とニコルは敵のストライクやデュエルの相手をしなくちゃならない」
「まあ、しょうが無いな。ジンじゃあいつ等には手も足も出ない事はヘリオポリスで思い知らされてるからな」

 そう、ジンの武器ではフェイズシフト装甲には何の役にも立たないのだ。特火重粒子砲を持って来れば別だが、あれはバッテリーを食いすぎる。結局は対抗できるアスラン達に任せるのが1番なのだ。

 部屋から出たアスラン達の前にイザーク達が現れた。イザークは相変わらずアスランに挑発的な視線を送っている。

「ザラ隊長、出撃しますか?」
「・・・・・・ああ、イザーク達はイザークの指揮で動いてくれて構わない。俺達は足付きを攻撃することにした」
「それは俺の目的でもあるぞ。獲物は早い者勝ち、と言う訳だ」
「好きにしろ」

 アスランはイザークの対立意識に辟易していた。なぜここまで突っかかってくるのか。案の定イザークは面白く無さそうな顔でアスランの前から歩き去った。その後ろをいささかにやけた顔のディアッカが続いて行く。そして緑色の制服を着た新人が2人付いて行き、最後に赤服を来た金色の髪の少女がアスランにすまなそうに頭を下げてイザークの後を追って行った。
 その後姿を見送ったアスランはミゲルを見た。

「ミゲル、あの赤を着た娘は誰だ?」
「ああ、イザーク隊に配属された新人で、フィリス・サイフォンだよ。良い所のお嬢様らしいけど、赤が着れるだけの腕はあるらしい」

 即座に答えるミゲルに、アスランとニコル、エルフィとジャックがなんとも言えない視線を向ける。

「なあミゲル、聞いておいて何なんだが、どこで調べたんだ?」
「・・・・・・アスラン、新人の情報くらい調べるものだぞ」
「そうでしょうか?」

 ニコルの疑問にミゲルは暫し沈黙した後、開き直った様に白状した。

「ま、まあ、ジュール隊に凄い可愛い女の子が入ったっていう話を聞いてね。ちょっと色々と調査をしてな」
「へえ、で、どれだけ分かったんですか?」

 ジャックが興味津々という顔で聞いてくる。ミゲルは手帳を取り出してページを開いた。

「ちょっと待て、フィリスはなあ、ええと、16歳で158cm、3サイズは上から82の・・・・・・・」

 何時の間にかアスランやニコルまで聞き入っている。だが、そんな彼らにエルフィの冷たい声がかけられた。

「隊長、ミゲルさん、ニコルさん、ジャック?」
「「「「は、はいっ?」」」」

 エルフィの顔色をチラリとうかがう4人。そして、エルフィの可愛い笑顔のなかに微かに浮かぶ青筋に気付き、一斉に姿勢を正した。

「そ、それでじゃあ、ザラ隊も出発だ。急いで格納庫に向うぞ!」

 アスランの懸け声のもと、4人は格納庫の方に駆けて行った。まるで逃げ出すように。それを見送ったエルフィは困ったもんだと言いたげに溜息を吐く。この時、何となくザラ隊の力関係が決まったのかもしれない。

 

 

 出撃準備を整えたザラ隊。すでにイザーク隊は出撃している。イージスのコクピットに座った。すぐに整備兵が駆け寄ってくる。

「地上用に調整はしましたが、なにぶん時間が足りませんでした。ダストフィルターの状態に気を付けてください。それと、右腕の反応が微かに遅いです」
「分かった、短い時間で無理させてすまなかった」
「いえ、それが仕事ですから」

 整備兵はニコリと笑うと、アスランに簡単なレクチャーを始めた。

「地球上では常に上下というものがあることを念頭においてください。宇宙から降りて来たばかりだとこの事を忘れて変な動きをしてしまう事がありますから」
「そうだな、気を付けるよ」
「後これを、幸運のお守りです」

 整備兵が水晶で作った首飾りを差し出した。ジブラルタル基地ではこれが幸運のお守りとされているらしい。アスランは微笑してそれを受け取り、首に掛けた。たとえ迷信の類でも、それは兵士の支えとなるものだ。アスランもそれを馬鹿にするつもりは無かった。

「では、ご無事で。我等の正義に星の加護があらんことを」

 整備兵は敬礼を残してコクピットを降りていった。それを見送ったアスランはハッチを閉じると、イージスを起動させた。

 

「こちらアスランだ。全機調子はどうだ?」
「ミゲルだ、何時でも出れる」
「ニコルです。問題ありません」
「ジャックです。出れます」
「エルフィ、行けます」

 部下たちの返事を聞き、アスランは頷くと管制に通信をいれた。

「ザラ隊、出撃準備完了。これより出撃する」
「了解した。足付きを何とか食い止めてくれ」
「分かっている。アスラン・ザラ、イージス出る!」

 イージスを載せたグゥルが飛び立って行く。それを追う様にブリッツやジン3機が続いて行く。目指すは足付きとそのMS隊だ。キラとアスランの激突が再び起きようとしていた。


 


機体解説
GAT−103B バスター
 ザフトに強奪されたGAT−X103バスターを改修して量産した機体。デュエルに次いで大量に生産されており、苦戦する前線に送られている。だが、試作機を手直しした程度でしかないB型は稼動率が低く、その性能の割には大きな戦果を上げてはいない。この点はデュエルも同様である。だが、それでも性能はXナンバーを僅かに上回っている。
 所詮B型はその場凌ぎでしかなく、後に生産性や整備性を考慮したD型が生産される様になる。

コルボ−級地上戦艦
 ザフトの地上戦艦で、磁力反発推進で移動する艦である。地上なら何処でも移動する事が可能。ただし、水上を移動するには特殊な装備が必要である。通常はMS6機を搭載し、その強力な主砲で戦場を制圧するか、後方で指揮を取るのが仕事である。強力な兵器であるが、数はそれほど多くない。
 ザフトの侵攻作戦は、まずこの艦の制圧砲撃から始まるのが通例であり、大量の砲弾が大地を抉った後にMSが突入していくのである。だが、ザフトは物量では連合に遥かに劣る為、本格的な砲撃戦は滅多に行わない。連合とは異なり、1隻失うと補充がなかなか出来ないからだ。

 


後書き
ジム改 いよいよカスタフの始まり〜。フレイ、結構強いです
カガリ 私、名前だけ登場かよ
ジム改 名前が出るだけマシと思いなさい。名前も出ない方だっているんだから
カガリ ううう、私はいつになったら戦場に出れるんだあ!
ジム改 遠いいつかかな
カガリ それは何も考えてないという事か!?
ジム改 いや、そんな事は無いのだがね。
カガリ じゃあ、私の出番はちゃんとあるんだな?
ジム改 それは間違い無い。問題はそれが何時かという事だが・・・・・・・
カガリ それまでは干されるのかあ!
栞   ふっ、この人のSSではそれくらいいつもの事です。私なんかどれだけ干された事か
カガリ また来たのか、お前?
栞   暇なもので、ついw
ジム改 後書きは楽屋裏ではないのですが・・・・・・
カガリ では次回、激突するアスランとキラが見れます
栞   キラさんとフレイさんが秘めた力を覚醒させるんでしたね
ジム改 まあねえ、キラはSEED持ちだし
栞   でも、キラさんは良いですねえ。祐一さんと違って最初から最強が約束されてますし
カガリ ああ、そっちの主役はかなり悲惨なんだってなあ
栞   ええ。でも、キラさんもいつそうなるか。強くても干されるのがこの人の常識ですから
ジム改 いや、だから後書きは愚痴り合いの場では無いのですが・・・・・・