第201章  タイムリミット



 

 追撃艦隊が到着する直前に、月から幾筋の光が走ってユニウス7を捕らえた。それは月面基地に未だに稼動状態で残っていたレーザー砲台から放たれた隕石破砕用レーザーで、先のアラスカ攻略戦におけるザフトの隕石落としを阻止した武器だ。残念ながらプトレマイオス基地はなく、他の砲台群の多くもジェネレーターに対する破壊工作の為に無力化されているので放たれているレーザーの数は少なく、ユニウス7の破砕は出来そうもない。だが多少でも砕く事で最悪の事態における被害を少しでも減らせるかもしれないと月の砲台は必死にレーザーを放ち続けている。
 しかし、一度に大量のエネルギーを叩きつけなければレーザー攻撃はあまり意味がない。特にこれは熱応力を利用して対象を破壊するパルスレーザー砲だ、少数の砲では表面を多少引き剥がすくらいの効果しかないだろう。アラスカの時は大威力のレーザー砲台が多数使えたから短時間であれだけの効果を出せたのだから。
 戦艦を直撃すれば一撃で船体を溶解させるほどのレーザーも巨大な隕石が相手では豆鉄砲にしかならない。それでもレーザー照射は暫く続けられた。

 このレーザー攻撃に対してザルクは何もする事は無かった。艦砲とは比較にならない大出力レーザーが相手ではアンチビーム粒子を散布しても大した効果が期待できないし、戦艦が盾になっても一瞬時間が稼げるだけ。そんな事で無理は出来なかった。

「全部の砲を潰す事は出来なかったか、まああの程度ならユニウス7を破壊する事は出来んだろうが」
「クルーゼ隊長、聞こえますか?」
「ああ、良好だロナルド、何かあったか?」
「後方から10隻以上の艦隊が接近してきました、隊長的に言うなら最後の役者が揃ったというところですかな?」
「ふふふ、分かって来たじゃないかロナルド。そうか、やっと来たかキラ・ヒビキ」
「最後の最後、決着を付けるには絶好の舞台というわけですな」

 ロナルドの声にも何処か楽しげなものがある。彼も彼なりにこの状況を楽しんでいるのか、いや感化されたのか。

「それで、足付きはいるかね?」
「確認していますよ。ご丁寧にミネルバにオーブのイズモ級もね」
「ほう、ザフトの新鋭艦がな。イズモ級にはオーブの代表閣下かな?」
「さあ、そこまでは。状況を考えれば出て来る筈が無いと思いますが」
 
 まさか代表自らこんな危険な戦いには出てこないだろうというのが当然の判断だが、あのカガリにはそんな常識は通用しない。というか普通は国家の代表が前線に出て来ることがありえない。太古の大王ではないのだから。
 だがあの血気盛んなお姫様は出てきているのだろう。アレは指揮官先頭を実践しなくては気が済まないタイプだ。だから普通は早死にするのだが、何故か未だに死ぬ様子も無かった。

「では、彼らを歓迎するとしようか。ロナルド、部隊を背後に動かせ、こちらはサトー隊に任せておけばいい」
「分かりました」

 艦隊配置を動かすべく、ロナルドが通信を切る。そしてクルーゼは転送されたデータが示す方向に目を向けると、未だ姿の見えぬ敵に楽しげな声をかけた。

「さあ、地球滅亡までのカウントダウンを数えながら、最後の勝負を始めるとしようかキラ・ヒビキ」





 地球のすぐ近くで咲き誇る無数の死の輝き、それを肉眼で確認しながら、マリューは艦載機隊に出撃準備を命じていた。

「全機出撃用意、分かっていると思うけどMS隊はメテオブレイカー取り付けが最優先、ザルク攻撃はMA隊に任せなさい」
「艦長、減速完了しました、戦闘航行速度です!」
「よし、このまま最大戦速で突入する。僚艦の様子はどうなっているの、脱落艦は!?」
「やはり、何隻か落伍しました。加速に失敗して置いていかれた奴はまだしも、ブースターの異常で推進軸が狂って流された艦は大丈夫でしょうかね」
「通信障害が酷くて確認出来ないんじゃどうにもならないわね、それぞれの艦長の腕と運を信じましょう」

 流石に脱落者がゼロという訳にはいかず、というか無事にここまで辿り着けた艦は幸運であったと言うべきか、付いてこれたのは7割程度であった。当初は連合軍17隻、ザフト5隻で編成されていた部隊が、今では連合13隻、ザフト2隻にまで激減している。ザフトの艦の脱落が多いのはやはり整備状態に問題があったのだろう。無事に辿り着いたのはミネルバとナスカ級1隻だけだ。
 追撃艦隊はメテオブレイカーを運んでいるアークエンジェル、ツクヨミ、ミネルバの3艦を守るように12隻の艦が4隻ずつに分かれて直援の位置に付く。護衛艦の数が少ないが、作戦目標を考えればやむをえないだろう。とにかくぎりぎりまでユニウス7に近づいた後、メテオブレイカー設置部隊を投入するのだ。
 アークエンジェルからはメテオブレイカー設置部隊としてフレイとトールのウィンダムが運搬と設置を担当し、キラとクロトが直援に付く。キースのコスモグラスパー隊は迎撃だ。
 同じようにミネルバやツクヨミからもメテオブレイカーを抱えたMS隊が用意されているはずだ。他の艦の艦載機は艦隊の護衛と設置部隊の護衛に二分される事になる。
 だが、戦闘宙域を凝視していたナタルはセンサーが集めたデータと見比べ、眉を寄せて懸念を露にした。

「やはり、第2防衛ラインの被害も大きいようですね。味方はボロボロですが、敵の数は期待していたほど減っていない」
「まあ、敵には面倒なMSが多いしね」
「それに、ヴェルヌも居るようです。こっちに来られたら厄介ですね」

 あの大型MAは動きの鈍いメテオブレイカーには大変な脅威となる、遠くからミサイルのシャワーを叩き込まれ、1発でも直撃を受ければそれで終わりだからだ。しかし、何故かヴェルヌはそれほど活躍はしていない。どうやら味方の新型MAに拘束されているようだ。データ照合から得られた情報ではカタストロフィ・シリーズの新型である事が分かる。

「ウォーハンマー、こんな機体がありましたか?」
「アメノミハシラでテスト中だった機体よ。確かリンクス少佐がテストパイロットを任されてたはずだけど」
「なるほど、それでヴェルヌ2機を押さえ込めるわけですか」

 マリューはカタストロフィ・シリーズの情報を持っていたのか、ナタルの疑問にあっさりと答えをくれる。あの化け物じみた少佐が使っているというのならばそれも不可能ではないとナタルも納得してしまったが、普通に考えればここは驚くところだろう。幾ら次世代機の可能性を探る超高性能兵器のカタストロフィ・シリーズとはいえ、1機でザルクの2機のヴェルヌを拘束しているというのだから。アルフレットの実力には驚嘆するほか無い。
 そしてチャンドラが前方の敵の動きを知らせてきた。

「分析完了しました、モニターにユニウス7周辺の状況を出します」

 モニターにユニウス7の残骸の概略図が映し出され、その周辺に艦艇やMSを示す光点が表示されていく。それを見る限り、ザルクは艦艇の大半をこちらへの迎撃に振り向けているようだ。それにやはり思っていたよりもMSの数が多い。先に第1次防衛ライン部隊から受け取った情報よりも多く、戦力をかなり温存していた事が分かる。

「やっぱり、隠してたみたいね。まだユニウス7の中に居るのかしら?」
「居て欲しくはありません、あの数を突破するだけでも一苦労です」
「そうよねえ、フリーダムやジャスティスが何機居るのよ?」

 1機でも頭の痛い相手が10機以上も居る。これまでにもまとまった数が投入された戦いはあったが、大抵は大規模な会戦でであって、この規模の戦いにここまで集中配備されていた事は滅多に無い。この数で突破できるのか正直自信は無い。
 どうやって突破するか、それを考えているマリューの頭上から、カズィがカガリからの命令を伝えてきた。

「艦長、ツクヨミから通信です。全艦突入せよ」
「カガリさん、巧遅よりも拙速を取ったわね」

 あの戦力を相手に真っ向から仕掛けるとは無謀も良いところだ。だが今回は時間の制約もあり、犠牲を覚悟で突っ込む必要もある。どんなに良い作戦でも間に合わなければ何の意味も無いのだから。
 だが、突破出来るだろうか。ユニウス7後方に位置する敵艦隊は砲撃を加えてきていて、MS隊もこちらに向かってきている。それまで砲撃を加えてくれていたヤマトはこちらが来たのを見てか、砲撃を止めているようだ。流石に味方撃ちの危険が高いと判断したのだろうか。あの砲撃を受けたらアークエンジェルであっても1撃で大破は免れない。あの砲撃の中に突っ込んだら、下手したら味方に撃たれて終わってしまうかもしれないので、砲撃中止もやむを得ない。ヤマト級は強力であるが、そのコンセプトゆえに乱戦には全く向かないのだから。
 ヤマトの砲撃が終わり、追撃艦隊がユニウス7との距離を詰めたところでザルクのMS隊が四方から襲い掛かってくる。それに対しては直援のダガーLやウィンダム、M1やゲイツRが迎え撃つが、機体性能と腕の差からか、数で勝るのに振り回されていた。数機のジャスティスに突入されて陣形を乱されたところにフリーダムが砲撃を加えて数を減らすという戦術はジャスティス、フリーダムを用いた基本的な戦術であるが、それだけに有効な戦術でもある。少数の超高性能機で編成された部隊をもって敵の数に対抗する、というコンセプトは無茶なものではあったが、やはり相手をする立場となると厄介なものである。



 迎撃に出たMS隊の状況は悲惨だった。M1やダガーLはゲイツRが相手ならば互角に戦えるが、ザクウォーリアや核動力MSに拮抗しうる機体ではない。しかも性能差を数で補えるほどの状況でもない。
 M1隊は当初こそまとまって動いていたのだが、ジャスティスに突入されて隊形を乱された後に2機のフリーダムのフルバーストを受けて何機かが落とされ、そのまま乱戦に引きずり込まれている。ガーディアンエンジェル隊も例外では無く、マユラ率いる部隊が1機のジャスティスに振り回されている。

「ああもう、05、06、ジャスティスの頭を押さえなさい。エナは私のバックアップを!」
「駄目です隊長、向こうのが速くて頭を押さえれません!」
「隊長、後ろに付かれました。た、助けてくださいっ!」
「聞いてる06、ジャネット。何とか持たせて、ジャネット!」

 M1がジャスティスに追われて逃げ切れる訳が無い。援護も間に合わず、06と書かれたM1はジャスティスの背負い式ビームキャノンから放たれたビームに貫かれ、爆散してしまった。
 部下が落とされた事に激昂したマユラがそのジャスティスを追おうとするが、今度は後ろにいたM1が突然ビームに貫かれ、右腕を破壊されて錐揉みして離れてしまった。一体何処から、と疑問に思う間も与えられずに2射目が襲い掛かり、エナのM1は破壊されてしまった。

「エ、エナ!?」
「動けマユラ、ドラグーンだ!」
「えっ?」

 反射的に機体を動かし、かろうじてマユラはビームを回避した。

「ド、ドラグーンってこんな反則じみた代物なの!?」
「逃げろマユラ、厄介な奴が来た!」

 いつの間にかエドワードのM1が近くに来ていたのだ。他にも3機のダガーLやウィンダムがいる。他にM1の姿が無いのは、全滅したのか離れてしまったのか。

「エ、エド、あんたの部下はどうしたの?」
「全部殺られた、あいつ1機にな!」

 エドワードの声には苦々しさが滲み出ている。どうやら部下をプロヴィデンス1機に全滅させられたらしい。噂は聞いているが、あのアークエンジェル隊が手を焼いているというだけあって信じられない強さらしい。
 そして緊張する彼らの前にザクウォーリア2機を伴ったプロヴィデンスが姿を現した。小さなミサイルのようなものが背後に背負っている巨大な物にくっついたように見えたが、あれがドラグーンというものなのだろう。しかし、何というかその外見はどうにも怪しかった。

「なにあれ、大仏モドキ?」
「言うなマユラ、設計した奴のセンスがどうかしてたんだ」

 少々愉快なプロヴィデンスの外見にマユラが呆れた声を漏らし、エドワードもフォローはしない。どうにもフォローのしようがないのだろう。
 だが、そんな事を言い合っていると、いきなりプロヴィデンスのパイロットが通信を繋いできた。

「エドワードだったのか、まさか生きていたとは思わなかったぞ」
「お久しぶりと言うべきですかね、クルーゼ隊長。出来れば二度と会いたくなかったのですが」
「裏切った事を気にしてるのなら心配は無用だ、ザルクは来るも去るも自由だからな。だが、私の前に敵として出てきたからには、分かっているのだろうね?」

 クルーゼの穏やかな声に、黙って聞いていたエドワードがごくりと生唾を飲み込んだ。それは余裕を見せているのではない、これから確実に訪れる未来を宣告しているだけなのだ。そう、自分の腕とM1ではプロヴィデンスに乗ったクルーゼに敵うわけがないのだから。
 射出される7基のドラグーンが自分の死を宣告しているように見えて、エドワードは覚悟を決めた。だがせめてマユラだけでも逃がせないか、エドワードはその可能性を探り出した。





 味方がどんどんすり減らされている。その現実は格納庫で出撃を待っているキラたちに凄まじい忍耐を要求した。戦術モニター上に表示される味方機の反応が1つ、また1つと減っていくたび、歯噛みしてそれに耐えなくてはいけないのだ。

「くっそぉ、分かっちゃいたけど辛いな。助けに飛び出したくなる」
「トール、僕たちの仕事はもう少し後なんだ」
「分かってるって、だから飛び出してないだろ。でも、我慢するだけってのは辛いよな」
「……そうだね」

 ジャスティスやフリーダムに対抗できるのは自分たちのような一部の強力なMSを配備されたエース部隊だけだ。そして極一部の者しか知らない事であるが、ザルクのパイロットには多くの戦闘用コーディネイターが含まれている。彼らが使うジャスティスやフリーダムは自分でも手を焼く相手なのだ。ナチュラルの使うダガーLで相手をするのは洒落にならない苦労を伴うだろう。
 外では味方が次々に死んでいる、自分たちが出て行けば彼らを助ける事が出来るのだから、今すぐ飛び出して助けてやりたいという思いはある。だがそれをするとメテオブレイカーの直援が無くなってしまう。メテオブレイカーの設置に失敗すれば全てが無駄になってしまうのだ。口には出していないがアークエンジェルの格納庫に居る誰もがじっと耐えているはずだ。
 だが、じっと耐えていたパイロットたちの元に予想していなかった情報が届いた。ミリアリアがそれまでの伝達とは全く異なる弾んだ声を出している。

「8時方向から味方機18機接近、ヤマト艦載機のオリオンです!」

 砲撃を止めたヤマトであったが、突入する自分たちの為に艦載機を回してくれたらしい。ヤマトの艦載機は全て自分を守るための物のはずだが、その大半を回してくるとは思い切った事をしたものだ。
 突入してきたオリオン隊はザルクMS隊の足を止め、接近戦に持ち込む事に成功したようだ。味方を掻き回していたジャスティスを狙っているようで、2機、3機のオリオンがジャスティスに接近戦を仕掛けている。接近戦に無類の強さを見せるジャスティスであったが、同じく接近戦に特化しているオリオンには手を焼いているらしい。極東連合のパイロットはベテラン揃いというのも大きいのだろう。

 だがオリオンが来てもまた不利なのは変わらない。遂に味方艦載機を突破して護衛の戦艦に取り付くMSが出ている。

「ミネルバ隊のメリーランドにゲイツR3機が向かっています!」
「対空砲火用意、ナタル、支援砲撃は!?」
「ゴッドフリート、牽制射撃て!」

 アークエンジェルと護衛の戦艦が主砲を放ち、迫るMSに襲い掛かる。その砲撃をゲイツRが回避してそのまま散り、メリーランドに向かってくる。こちらの護衛艦を減らす魂胆なのだろう。
 メリーランドがワイオミング級戦艦の意地と言わんばかりに左右32基のVSLからミサイルを発射し、24基のイーゲルシュテルンを総動員して弾幕を形成する。周囲の艦からも支援砲撃が開始され、ミネルバ隊の周囲はビームの光と火線の赤に埋め尽くされた。
 だがこの弾幕を掻い潜ってゲイツRは距離を詰め、腰のレールガンを船体に叩き込んでいく。流石にMSのビームライフルではワイオミング級を傷つけられないと知っているようだ。
 しかし小口径の対MS用レールガンでは戦艦を沈めるのは難しく、立て続けに食らったメリーランドはイーゲルシュテルンを何基か潰されたものの、装甲を貫かれるようなダメージは受けていないようだった。せめて対要塞ミサイルでも持ってきていれば別だろうが、流石にあんな重い物を抱えては近付けなかっただろう。


 ミネルバでは護衛についてくれているメリーランドが張り巡らせる弾幕と、MSに取り付かれても平然としている防御力に驚嘆していた。敵のときは厄介だったが、味方にするとこれほど頼もしいとは。

「凄い戦艦ね、ゲイツRのレールガンを受けても何ともないなんて」
「足付きより頑丈に出来えているという話ですからな。ボアズ戦や本土戦でも喪失艦は数える程度だと聞いていますし」
「あんな艦を量産されたんじゃ、負けるのも道理よね。こっちはミネルバ1隻に悲鳴上げてたって言うのに」

 タリアはアーサーの話に肩を竦めていた。プラントが喪失艦の穴を埋めようと必死に努力しても、地球軍はこっちが1隻作る間に10隻以上は作っている。その建造能力も凄いが、その艦に乗せる人員を確保できるのも凄いとしか言いようがない。ザフトは人手不足の為に船に乗り込んだ経験のある者を国内から掻き集めて数を間に合わせていたのだから。ミネルバは人材的には優遇された方であるが、それでも初陣の際の乗組員の半数近くは新兵だったのだ。
 ミネルバを守る為に戦ってくれているメリーランドの姿は、タリアにどうにもならない地球とプラントの差を思い知らせてくれていた。確かにスペックならばミネルバはワイオミング級に勝るだろうが、実際にあれと撃ち合って勝てる自信は余り無い。1対1でも無事には済まないだろうし、実際には2隻、ないし3隻を同時に相手取る事になるはずだ。そうなればミネルバはたちまち残骸にされてしまうだろう。ナスカ級やローラシア級では相手にならないだろう。
 この戦争があと1ヶ月続いていたら、プラントは全滅させられていた。比喩表現ではなくタリアはそう確信し、そして講和に持ち込めた現在が奇跡に思えて身震いしてしまった。ジェセック議員が進めてくれていたクーデター紛いの停戦準備は、プラントをぎりぎりのところで破滅から救ってくれたのだ。

「感謝しないといけないわね、ザラ議長を救出してくれた人たちに」
「は、何ですか艦長?」
「いえ、独り言よ。それよりメテオブレイカーはまだ出せないの?」
「まだです、敵の砲撃に散布された機雷もあり、中々距離を詰めることが……」
「味方MS隊突破されました、敵機多数接近!」

 まだ余裕を保っていた艦橋にメイリンの引きつった報告が響く。その報にタリアとアーサーが戦術モニターを見上げ、更に5機ほどのMSが迫っているのを見た。識別はザクやフリーダム、それに最悪な相手プロヴィデンスも居た。

「クルーゼ、遂に来たのね!」
「艦長、このままでは危険です!」
「分かってるわ、早いけどここから艦載機を出す!」

 MS隊の出撃を決め、タリアが内線を取って格納庫のアスランに繋いだ。

「アスラン、悪いけど今すぐ出てもらうわ。後は任せるから!」
「何かありましたか?」
「敵機がこちらに来てるの、例のプロヴィデンスもね。このままじゃミネルバも危ないから、すぐに出て!」
「プロヴィデンスが……了解しました。艦長、艦を頼みます」
「全力を尽くすわ。でも、最悪の場合は連合の艦に戻りなさい」

 まだ遠いのに危険を冒してメテオブレイカーを出すという事は、ミネルバが撃沈される可能性が高いという事だ。だから艦ごと吹き飛ばされる前に危険を承知でメテオブレイカーを出す事を決断したのだ。だが、そうなれば敵はメテオブレイカーに狙いを絞る事も考えられるので、どちらが良いかは分からない。タリアは前者の可能性を重視して決断したのだ。


 出撃したメテオブレイカー護衛部隊はアスランの指揮の下、ミネルバ艦載機で固められている。メテオブレイカーを運搬しているのは技量で劣るオリバーとアヤセで、直援にはジャックとエルフィ、シホのゲイツRが付いている。そして迎撃を担当するのはアスランとイザーク、ディアッカ、ルナマリアの4人だ。ルナマリアは腕は劣るが機体がジャスティスなのでこちらに回されている。

「良いか、作戦を忘れるな。メテオブレイカーのユニウス7設置と起爆が全てに優先される。オリバーとアヤセはメテオブレイカーの運搬を、ジャックとエルフィ、シホはメテオブレイカーの護衛だけを考えろ。俺たちの支援をする必要は無い」
「それは了解していますが、ザラ隊長……」
「心配するなエルフィ、俺たちの腕がザフトでもトップレベルなのは良く知っているだろう?」

 自分たちがどういう状態になっても構わずユニウス7を目指せ、そう命じられた時に一番反対したのがやはりと言うべきか、エルフィとシホであった。彼女たちはアスランの部下の中でも一番仲間思い、というか甘い正確をしている分、切り捨てるという判断に抵抗を見せる。
 だが、今回はそんな事は言っていられないので、作戦開始前に散々に徹底しておいたので2人とも食い下がっては来ないが、やはり割り切れないものはあるようだ。アスランも実は自分が彼女らの立場だったらやはり悩んだと思うので、出来ない事を人に言ってるなあという後ろめたさを抱えていたりする。
 アスランが物思いをしていられたのはそこまでだった。イザークの警戒を促す鋭い声が聞こえ、我に返ったアスランが素早くセンサー情報をチェックする。

「ザクウォーリア2、ゲイツR2、少し遅れてジャスティス1にゲイツR2か。艦隊の防衛線を抜かれたらしいな」
「こっちより数が多い、どうするアスラン?」
「ルナマリアは俺と来い、イザークはディアッカと行け。1機も後ろには通すなよ!」
「そう言ってお前が通すなよアスラン!」
「はいはい、お喋りはその辺にして行くぜイザーク、左からゲイツR2機くるぜ」

 昔の感覚を取り戻したのかイザークが言い返してきて、ディアッカがイザークを宥めて敵機に向かっていく。それはアスランにとって久しぶりの、仲間がいる戦場の感覚だった。

「帰ってきたって感じだな」
「何がです、ザラ隊長?」
「独り言だ気にするな、それより迎撃に出るぞ、遅れるなルナ!」
「了解、後ろは任せておいて下さい!」

 向かってくるザクウォーリアにエレメントを組んで立ち向かうアスランとルナマリア、既にイザークとディアッカは共同で1機のゲイツRを仕留め、もう1機を追い詰めている。あいつらに負けるわけにはいかなかった。





 ミネルバ隊がメテオブレイカーを出した、という知らせはアークエンジェルとツクヨミの艦橋に緊張を走らせた。3つしかない切り札の1つが予定よりも早く宇宙に出ることになったのだから無理もない。

「不味いわね、ミネルバの様子はどう?」
「敵機に集られています。メテオブレイカー護衛部隊はまっすぐユニウス7に向かっていますが、敵もこれに襲い掛かっています」
「……囮になってくれてるか。仕方ない、アークエンジェル隊はこのまま前進、ツクヨミ隊はどうしてる?」
「進路、速度変わりません」
「ならいいわ、このまま私たちはユニウス7に……」

 ミネルバ隊を犠牲にしてでも距離を詰める、そう決断して前を見たマリューであったが、その時いきなりツクヨミの護衛についていた空母ユリウスが艦首方向を大きくひしゃげさせ、大爆発を起こして艦首から船体中央までを無残に引き裂かれてしまった。大破したユリウスは艦首方向からのエネルギーで減速したのか、力尽きたように艦隊から落伍していく。

「な、何事!?」
「分かりません、ユニウス7から砲撃を受けたとしか。でも、1撃で空母を大破させるような砲なんて!?」

 アークエンジェルのローエングリンでもなければ無理な話だとパルがマリューの問いに悲鳴のような返事を返したが、それにはナタルが答えてくれた。右手を肘掛に叩きつけて苛立ちを露にしている。

「艦長、お忘れですか。ザフトはMS用の強力な大口径砲を持っている事を?」
「……まさか、オーブでアークエンジェルを一撃で大破させたアレ!?」
「そうです、奴らアーバレストまで用意していたようですね」

 ザフトが対PS装甲用に開発したMS用大口径レールガン、アーバレスト。現用の火器としては最強の貫通力を有する兵器で、実践された事は無いがジェネシスの装甲さえぶち抜けるのではとまで言われている。当然ながら対MS用に使われた事はほとんど無く、もっぱら頑丈な構造物の破壊や対艦砲として使われている兵器だ。だが砲も弾丸も高価な上に大きくて扱いにくくMSにも物凄い負担がかかるので、使われるのは待ち伏せなどの限定された状況に限られていた。それも最近では使われた事が無い兵器だ。
 それをザルクは用意していたのだろう。これまで使わなかったのは使う必要が無かったのか、今まで温存していたからなのかは分からない。だが、それが距離を詰めようとする自分たちにとって大変な脅威には変わらなかった。

「何で今まで撃ってこなかったのよ!?」
「恐らく、命中が期待できる距離に近づくまで待っていたんでしょう。あれは外すと犯罪者扱いされるほどに砲弾が高価だそうですし、砲の消耗も凄まじいそうですから。弾も砲も数を用意していないのではないかと」
「なるほど、向こうも脅しに使う余裕は無いって事か」

 そうであって欲しいとマリューも思う。だが、こうなるとユニウス7にこれ以上近づくのは危険だろうか。諦めて自分たちもここからメテオブレイカーを出すべきだろうか。そう悩むマリューに、ツクヨミのカガリから命令が来た。

「ラミアス艦長、聞こえるか!?」
「アスハ代表、どうしましたか?」
「今のを見ただろう、残念だがあんな物が待ち構える所にこのまま突っ込むのは自殺行為だ。そこで、作戦を変更する。アークエンジェルはこのまま前進しろ。ツクヨミ隊はメテオブレイカーをここから出した後、アークエンジェル隊の前に出る!」
「ま、待ってくださいアスハ代表、それはツクヨミがアークエンジェルの盾になるという事ですか!?」
「そうだ、それが一番確実な方法だからな!」
「駄目です、それではツクヨミが危険すぎます。盾には本艦隊がなりますから、ツクヨミは後方に居てください!」
「悪いがラミアス艦長、ツクヨミよりアークエンジェルの方が頑丈だ。だからアークエンジェルがユニウス7に取り付くのが一番良いんだよ。これは命令だ艦長、進言は受け付けないぞ」
「…………」
「地球と人類を守るためだ、後は頼むぜ艦長」

 通信が切れ、パルがツクヨミ隊が前に出て来ることを知らせてくる。本当にカガリはアークエンジェルだけを確実にユニウス7に送り届ける気なのだ。ミネルバ隊は悪いがここで敵MS隊を食い止めるために犠牲になってもらうしかない。残念だが犠牲を考慮するには時間が足りなさすぎる。

「艦長、シナノに支援砲撃の要請をしてはどうでしょうか。流れ弾の恐れはありますが、アレに撃たれっぱなしでいるよりましです!」
「……そうね、そうしましょう。しっかし、上手くはいかないものね」

 敵があるのだから当然と言えば当然だが、まさか最初の段階からいきなり躓くとは。これから先の戦いにいきなり暗雲が垂れ込めたような気がして、マリューは厳しい視線でユニウス7を睨み付けていた。



後書き

ジム改 さあ、クルーゼの言う通りいよいよ最後の舞台です。
カガリ またしても私に死亡フラグが、しかも最終戦で!?
ジム改 私の屍を超えて行け−ってか?
カガリ 絵にはなるけど自分でやるのは嫌だ!
ジム改 お前だって何人もの屍を乗り越えてここまで来たのに……。
カガリ どうせなら戦艦よりMSに乗ってだな!
ジム改 まだ諦めてなかったのか?
カガリ もうこの際ルージュでもいいから乗せろ!
ジム改 ルージュって、今出てきてもダガーL以下の性能なんだが良いのか?
カガリ ぐっ、所詮はストライクの色違いか。
ジム改 どうしてもというならM1があるぞ。
カガリ それはそれで死亡確定って気が……。
ジム改 それでは、また次回で。

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