第203章  クルーゼの誤算


 

 地球に向かうユニウス7をプラントから望遠映像で見守る評議会メンバーたちと地球軍に同行してきた要人たち。彼らは自分たちが送り込んだ部隊が次々に撃破されていく様に落胆を隠せなかったが、それでも遂にアークエンジェル隊がユニウス7に辿り着いてメテオブレイカー設置作業を始めたという知らせが届いた時には安堵の声を漏らしていた。
 しかし、そのアークエンジェル隊に向けてザルクの部隊が集まってくる姿を見て、その希望が再びしぼみ始めてしまった。既にオーブ、ザフトの部隊は壊滅状態で、特にザフトは後方に取り残されてしまっている。オーブ軍は残存部隊を全てアークエンジェル隊の守りに使っているようだが、M1Aではザルクは手に余るようで苦戦を強いられている。

「これは、不味いですかねえ?」

 もはや自分でもどうする事も出来ない状況を前に流石のアズラエルも焦りを滲ませている。今この瞬間も動かせる全ての部隊がユニウス7を目指している筈だが、それが間に合う可能性は低い。月のレーザー砲も残念ながら地球の影で撃つ事は出来ない。
 クルーゼの最後の賭けは、本当に成功してしまうかもしれない。そうすれば人類は滅亡する事は無いにしても甚大な犠牲を払う事になってしまう。それだけは避けたかったのだが、望みは刻一刻と小さくなり、自信家のアズラエルでさえ強気を維持できなくなってきている。何しろ自分で手が出せない、これは相当にストレスを与えてくれる。

「もどかしいですねえ、見てるだけというのは。私もアークエンジェルに乗ってるうちに現場の人になってしまったんでしょうか?」
「アズラエル、こういう時はもっと深刻に悩むものだぞ。そんなに気になるのなら同行すればよかったじゃろうが」
「仕方ないでしょう、サザーランド君が泣きそうな顔で止めるんですから。女性に泣き付かれるならともかく、モニター越しとはいえむさいおっさんに泣き付かれる苦痛が分かりますか?」
「生憎と、わしはそういう状況を上手く回避する術に長けておっての」
「ぐ、このくそ爺……」

 何処か緊張感の足りてない2人は明らかのこの室内で浮き上がっていた。
 だがまあ、一番胃が痛いのはエザリア・ジュールだろう。パトリックはとりあえず評議会に復帰したものの議長に戻る事は無く、一議員に戻ってしまったので未だに彼女が議長なのだ。結果的に自分が手を貸すことになってしまったクルーゼが地球に壊滅的被害を与えたりすれば、プラントは地球の怒りを少しでも緩和する為に自分をスケープゴートに差し出すだろう。
 いや、送り込んだザフトのユニウス7に辿り着く事も出来ずに脱落しているという体たらくを考えれば、阻止に成功したとしても無事には済みそうも無い。どのみちプラント市民は敗戦の責任を自分に問うてくるだろうから、辞職は免れないにしてもせめて繋がれるのは避けたい。
 誰もが黙り込み、じっと耐えている。そんな重苦しい空気を切り裂くように、いきなり通信が室内に響き渡った。

「待たせたなシーゲル・クライン、ジェネシスの一次ミラー完成だ!」
「い、一次ミラー!?」

 連合側の人間や議員の一部から驚きの声が上がり、アズラエルもどういう事かとシーゲルを見る。ジェネシスの一次ミラーは1度発射する度に交換しなくてはいけない使い捨てのジェネシスの部品であるが、これを建造するということはジェネシスを使用する事が可能となったという事だ。ミラーは多赤井の仲で全て使われるか失われたと聞いていたのに、何故まだミラーがあるのだ。

「新規に建造したわけではないぞ、建造途上で放棄されていた物をナリハラ博士に急いで完成させていたのだ。オーブ軍に居たクローカー博士の協力も取り付けてな」
「一体、何の為にじゃシーゲル」
「勿論、ユニウス7を破壊する為ですよイタラ様。あれならユニウス7とて一撃で消し飛ばせるはず」

 イタラの問いにシーゲルは自信ありげに答え、その回答に誰もがはっとした顔をした。地球を壊滅させる為に完成させたジェネシスであったが、これは世界一強力なレーザー砲だ。直撃させれば大抵の物は破壊できる。そう、ユニウス7のような巨大な隕石であっても。
 ジェネシスをユニウス7破壊に使うという発想は誰にも無かった。これはもう使えないと思い込み、誰もが頭の中から追い出していたのだ。パトリックを含む幾人かの議員だけは知っていたのか、驚く様子も無い。パトリックイタラたちの詰問するような視線を平然と無視して通信モニターに現れたナリハラに何時ごろ発射できるのかを尋ねた。

「博士、発射まで何時間かかるね?」
「とっくに取り付け作業に入っとる。これが4度目だからな、皆すっかり慣れて迅速に動いとる。まああと1時間もすれば発射可能になると思うぞ」
「よし、これで我々にはカードが一枚増える事になる。最悪の場合、これでユニウス7を吹き飛ばすぞ」
「ちょ、ちょっとまてパトリック・ザラ、あそこにはまだ戦っている者たちが居るんだぞ!?」

 エザリアが驚愕した顔でパトリックに詰め寄る。あそこには自分の息子も居るのだから当然の反応だと言えたが、同じくアスランを送っているパトリックは何を今更と言う顔で言い返してきた。

「勿論、発射前には退避させる。だがもし間に合わない場合は、まとめて吹き飛ばすしかあるまい。あれが落ちれば何億か、何十億の人間が死ぬのだ。数を考えれば止むをえまい」
「だ、だが……」
「エザリア、これが最善の策だ。他に手があるなら今言ってくれ」

 エザリアだけではなく、全員を見回して言う。その視線を受けた者の多くは何も居えずに顔を背けてしまうが、何人かはその視線を真っ向から受け止めて見せた。それはいずれも幾つもの修羅場を潜り抜けてきた人間たち、パトリックの戦友や連合の食わせ者たちである。
 ジェセックは全くこいつは、と言いたげな顔で首を左右に振り、シーゲルは仕方が無いというように頷いている。そしてアズラエルとイタラは何故かおかしそうな顔で小さく笑っていた。

「何か、おかしい事を聞いたかなアズラエル殿、イタラ様?」
「いや、失礼。そうですね、貴方からすればそれが当然でしょうね」
「わしらはな、信じとるんじゃよ。あの子らは必ず地球を救ってしまうとな。それにジェネシス如きではあの子らは死なんじゃろうし」
「……随分と信頼しておられるのですな、その子らとは一体何者です?」
「ああ、わしらがSEEDだと思っとる子供たちの事じゃよ。そしてジョージの言っておったコーディネイターのお嬢ちゃんも」
「コーディ、ネイター?」

 一体何を言っているのだ、とパトリックは怪訝そうな顔をした。コーディネイターとは自分たちを指す名称の筈だが、何を言っているのだろうか。その意味を忘れてしまった事が、コーディネイターたちがジョージの示した道を見失う事に繋がったのかもしれない。

 

 

 迫るクルーゼのプロヴィデンス、彼はアークエンジェルとツクヨミがユニウス7に取り付いているのを見て目を血走らせたが、すぐに落ち着きを取り戻すと部下にあの2隻を沈めるように命じた。船を叩けば後の仕事は楽な物だ。
 そして自分は、あの男と最後の決着をつけなくてはならない。この最後の舞台に、救世主と悪の権化が戦わなくては興ざめもいいところだ。
 クルーゼはデルタフリーダムを見つけると、後続しているガザートを呼び出した。

「ガザート、お前はメテオブレイカーを必ず破壊しろ。それがお前の最後の仕事だ!」
「了解、アンテラさんもザフトのメテオブレイカーを始末したようですし、あれを叩けばこいつを止めることは誰にも出来ないって訳ですね」
「そういう事だ。頑張って長生きすれば地球にこいつが落ちるのを見物できるかもしれんぞ、せいぜい頑張るのだな」

 お互いにこの戦いで全てを終わらせるつもりの2人は、最初から死ぬ事を前提に会話を交わしている。それは狂気ゆえの物だが、常人には理解できない奇妙な信頼関係を生み出してもいた。
 ガザートのヴェルヌがMS隊と共にユニウス7に向かうのをサブカメラで確認したクルーゼは、キラのデルタフリーダム目掛けて機体を加速させた。7基のドラグーンを一度に展開させ、全力での戦闘に備える。

「さあ、始めようかキラ・ヒビキ。これが最後の戦いだ!」





 ユニウス7に取り付いたメテオブレイカーは早速設置作業を開始していたが、それは恐ろしく困難な作業であった。何しろ周囲からは次々に敵機が押し寄せ、護衛のMSやMAと激突している。その流れ弾の中で作業をしているのだ。
 運ばれてきたメテオブレイカーはこのような状況を想定して考えられる限りの防護措置を施されている。周囲にはアークエンジェルから放たれたアンチビーム粒子が濃密に垂れ込め、戦艦のビームさえ防いでいる。そして周囲には即席で突き立てられたABシールドが並んでいる。これは連合で標準的に使われているダガー用の物で、アークエンジェル内で即席の防壁として使えるように改造されていた物を降ろしてトールのウィンダムがアンカーで固定したのだ。
 左右を盾で囲い、上は艦隊が蓋をしている。この分厚い守りの中でフレイのウィンダムは必死にメテオブレイカーの設定を始めていた。これがキラならば遥かに早く設定してしまうのだろうが、フレイの作業はキラに比べるとモタモタしているように見える。傍から見ているトールが苛立つほどにその作業は遅く見えた。いや、単に焦りからそう感じているだけで実際にはかなりフレイは頑張っていたのだが、苛立ったトールはフレイに荒げた声をかけてしまった。

「フレイ、何モタモタしてんだ、早く終わらせてくれよ!」
「分かってるわよ、こっちだって遊んでんじゃないんだから!」

 焦っているのはフレイも同じようで、トールの言葉に感情を荒げて言い返してしまう。それは更なる焦りを呼ぶ事になるが、この焦りを制御できる程の人生経験を積んでいるわけではない。いくら戦場で経験を重ねてはいても、感情を制御できるかどうかはまた別なのだ。
 彼らの幼さをこれまではキースやフラガ、アルフレットといった大人たちが受け止めていたが、今この場には彼らは居ない。だから2人は焦りを押さえられなくなっていたのだ。


 そんな事を言い合っていると、遂に迎撃機を突破してきたMSがこちらに現れだした。ゲイツRが、ザクが、ジャスティスがこちらに向かってくる。それに対してアークエンジェルとツクヨミが下方を向いているイーゲルシュテルンやレーザー機銃を総動員して撃ちまくり、メテオブレイカーに向かってくるMSに上方から75mm高速弾やパルスレーザーを雨霰と降り注がせてくる。75mmに捕らえられたゲイツRが機体をズタズタにされてユニウス7表面に叩きつけられて部品を撒き散らし、ジャスティスがパルスレーザーを浴びて片腕を爆発させられ、落伍してしまう。
 
「フレイ、何機か来るぞ、俺は行くから後は頼む!」
「トール、絶対通すんじゃないわよ。こっちはもう少しかかるんだから!」
「ああ、死なない程度に頑張ってみる!」
「何よそれ、こういう時は死んでも通さないって言わない?」
「馬鹿、ミリィを残して死ねるかよ」

 軽口を叩いてトールはウィンダムを前に出した。それを見送ったフレイは彼にしては珍しい惚気にくすぐったいような笑みを零すと、作業を続けながらアークエンジェルのミリアリアに声をかけた。

「だってさ、良かったわねミリィ」
「ば、馬鹿、何言ってんのよあんたは。そんな事よりほら、さっさと作業完了させてよね。こっちはもうデータ転送準備終えてチャンドラ曹長が待ってるんだから」
「はいはい、あと少しよ。ところでミリィ、キラたちは?」
「大丈夫、みんなまだ健在よ。でも他の部隊がどうなったのかは分からない」
「そっか……よし、作業完了、データ転送お願い」
「了解、曹長終わりました」
「はいよ」

 ミリアリアの声に合わせてチャンドラがデータ転送を開始し、メテオブレイカーが起動する。起動したメテオブレイカーは早速隕石を破砕する為に中心部目掛けて掘削作業を開始し始め、それを確認したチャンドラが会心の笑みを浮かべてミリアリアに頷いてみせる。それにミリアリアも嬉しそうに頷こうとした時、サイが切羽詰った声を上げた。

「艦長、ヴェルヌが防衛線を突破、メテオブレイカーに突進してます!」
「何ですって、迎撃機はどうしたの、トール君は!?」
「迎撃機は全て敵機との戦いに拘束されてます、トールも3機相手に頑張ってて阻止に回れません!」
「くっ、なら本艦の砲撃を集中、何が何でも落としなさい!」

 マリューの命令でアークエンジェルが下にむけられる砲と全てのミサイルをヴェルヌに集中させる。ツクヨミも同様の判断をしたようで、ありったけの火器をヴェルヌに向けた。集中される攻撃にさらされてヴェルヌは次々に被弾し、直撃の火花を上げ小さな爆発を起こす。直線にしか動けず、機体も大きなヴェルヌでは回避運動など出来ないのだろう。
 だが、それでもヴェルヌは止まらなかった。多数の弾を受けて傷つきながらもヴェルヌは直進し続けている。まるで搭乗者の執念が乗り移ったのかのようだ。
 直撃の衝撃に揺すられながらも、ヴェルヌを動かすジャスティスの中でガザートは笑っていた。コンディションモニターはすでに警報で真っ赤になっているが、そんな物が目に入っている様子は無い。誘爆を起さないところを見るとミサイルの類は全て撃ち尽くしているようだ。

「あと少し、あと少しだ、持ってくれよヴェルヌ。ここまでやってきたんだ、あと少しなんだよ、死んでいった奴らの為にも、持ってくれ!」

 それはザルクなりの譲れない願いか。人類を滅ぼしてやるという願いの為に彼らはここまで全力を尽くし、そしてここまできたのだ。クルーゼはともかく、ガザートには多少の仲間意識もあったのだろう、これまでの犠牲を無駄にしたくないという思いがヴェルヌを前に進めているのだ。
 だが、それは地球側にとって最悪の事態であった。何故これだけの砲撃を受けてあれはまだ飛んでいるのだ。

「どういうこと、あのヴェルヌはどうして!?」
「駄目です艦長、ヴェルヌがメテオブレイカーに突っ込みます!」
「フレイ、今すぐそこから逃げて!」

 ヴェルヌが突っ込んでくる、このままではフレイまで巻き込まれてしまうと考えたミリアリアはフレイに離れるように指示を出した。言われたフレイはガウスライフルを手にメテオブレイカーの傍から離れたが、その直後に大破してボロボロになったヴェルヌが突っ込んできた。ヴェルヌはメテオブレイカーに体当たりをしてきたのだ。ぶつかる直前にジャスティスは離脱し、ユニット部分だけがメテオブレイカーに衝突、メテオブレイカーを粉々にしてしまった。ヴェルヌ本体も砕けたが、取引としてはお釣りが来るほどだったろう。何しろこの瞬間、追撃部隊は隕石を阻止する最後の手段を失ったのだ。
 声を無くして破壊されたメテオブレイカーを凝視していたフレイは、怒りに顔を歪めてボロボロになっているガザートのジャスティスを睨み付けた。

「よくも、よくもメテオブレイカーを。あれが最後だったのに!」
「フレイ、手を貸せ、あの糞野郎を落とすぞ!」
「トール!?」

 トールは3機のゲイツRやザクウォーリアと戦っていた筈なのに、どうやってこちらに。そう思ったフレイだったが、確かにすぐ傍にトールのウィンダムがいた。

「悪いフレイ、間に合わなかった」
「トール、敵機は?」
「ああ、全部片付けてきた。後はこいつだけだ、援護頼むフレイ!」
「え、ええ、分かったわ」

 まさか、この短時間で凄腕揃いのザルクのMS3機を片付けるなんて、キラやシンなら納得するが、トールがそこまで強くなっていたとは。アークエンジェルやツクヨミの支援を受けながらとはいえ大したものである。フレイは良く知っているつもりだったこの友人の強さをまだ見縊っていたのだと教えられた気持ちになり、胸の中で彼に謝った。そしてトールを援護するべく、彼の後ろに機体をつけた。メテオブレイカーを破壊してくれたあのジャスティスを絶対に逃がさないと誓いを立てて。





 メテオブレイカーの周囲ではキラのデルタフリーダムやシンのヴァンガード、クロトのレイダーを主力として20機程度のウィンダム、ダガーL、M1A、マローダーが固めている。この周辺にもまだ友軍機が居るだろうが、こちらの援護に回って来ることは難しいだろう。この戦場にはレナ・メイリアやモーガン・シェバリエ、ソキウスといったエースたちも居る筈なのだが、彼らが何処で何をしているのかさえ分からないのだ。
 彼方此方から群がってくるザクウォーリアやゲイツRに荷電粒子ビームを発射し、敵の隊形を散らせたキラは粒子砲のエネルギーカートリッジを交換し、シンとクロトに敵を減らすように頼んだ。

「シン、クロト、散らした敵機を仕留めてくれ。デルタは接近戦には向かない!」
「任せといてください、ヴァンガードに勝てるMSはザフトには無いです!」
「なんか最近、レイダーの性能不足を痛感してるんだけどなあ」

 最新のヴァンガードやデルタフリーダムに比べるとレイダーははっきりと性能が劣る。まあ世代的に完全に1つ先の機体なのだから仕方が無い事であるが、クロトは何処か寂しそうであった。
 散った敵機はこちらとの距離を詰めながら3,4機程度の編隊を組もうとしている。その中の1つ目掛けてヴァンガードが突っ込み、4機編隊の敵機が再び散開する。そのうちの1機のゲイツRを狙ったシンは槍の柄にビームの斧を形成し、横薙ぎに大振りした。狙われたゲイツRはまさかこんな隠し武装があるとは思っていなかったのだろう。それでも咄嗟にシールドで受け止めようと反応して見せたのは流石と言うべきだろうが、ヴァンガードのビームアックスを止められるほどの防御力はゲイツRのシールドには無かった。ヴァンガードの槍はシールドごとゲイツRを両断し、破壊してしまった。

「おっし、まず1機!」
「シン、1機で前出るなよ。ダッシュ力が違うんだから気をつけろよな!」

 ヴァンガードの少し遅れてレイダーも突入してきて、破砕球を発射して敵を追い払う。破砕球もまた防御しきれない武器で、直撃すればシールドごと吹き飛ばす威力を持っている。ただかなり扱い辛いのが難点で、レイダー以外にこの武装を採用している機体は無かった。
 ヴァンガードとレイダーが暴れまわって敵の終結を防ぎ、ダガーLの支援の中をウィンダムが突っ込んで接近戦を仕掛ける。幾らザルクでも単機のところを袋叩きにすれば勝てない相手ではないのだ。
 最初の群れは押し返せる、そう判断したキラはアークエンジェルからのデータリンクで伝えられた新手の敵編隊を押さえるべく粒子ビームを叩き込める位置に向かおうとしたが、その時キラに備わっている感覚が接近する慣れた気配を感じ取った。

「この感じは……来たのか、あの人が!?」

 この戦場にあって自分が倒さなくてはいけない相手、ラウ・ル・クルーゼが近付いている。それを感じ取ったキラは、デルタフリーダムの粒子砲をその気配へと向けた。あの男を倒せば、この馬鹿げた戦いも終わるのだと信じて。




 デルタフリーダムを補足したクルーゼは迷わず勝負を仕掛けた。もはやここに来て戦いを拒む理由は何処にも無い、ここで最後の決着を付けるのみ。そう声に出して戦意を高めたクルーゼがプロヴィデンスを突っ込ませる。
 その声が届いたわけも無いのに、その声に反応したかのようにデルタフリーダムが荷電粒子砲を放ってくる。それを余裕を持って回避してクルーゼはビームライフルを向けて2度発射したが、こちらも容易く回避されてしまう。お互いにもう手の内は読まれているようだ。
 クルーゼは幾度か中距離で撃ち合った後、通信機を操作してデルタフリーダムに回線を開くように求めた。

「聞こえているかねキラ・ヒビキ、回線を開いてもらいたいのだがな」

 幾度か呼びかけると、向こうも周波数を合わせてきたようで回線が繋がる。

「何です、心を入れ替えて投降する気にでもなりましたか?」
「今更改心などしないさ。ただ、地球の最後を前に君と話をしておきたくてね。何しろ君はメンデルの最後の遺産だからな」
「何が言いたいんです?」
「君は何故こちら側に来なかったのか、聞いてみたかったのだよ。自分の出生を理解していながら、何故人と共に生きようとする?」

 7基のドラグーンが宙を舞い、四方から一斉にデルタフリーダムに襲い掛かる。それを回避し、あるはビームを速射して撃ち落しながらキラはクルーゼに言い返した。

「別に僕は、誰も恨んじゃいないからだ、貴方と一緒にするな!」
「嘘は良くないな、君は誰かを憎んでここまで来たはずだ。私を憎み、アスランを憎み、周囲のナチュラルを憎んでそれだけの力を得たのだろう。憎しみはあらゆる感情に勝る力を与える!」
「じゃあ、貴方には憎しみしかなかったのか。他に何かあっただろう!?」
「何かだと。狂った金持ちのコピーとして作られ、こんな欠陥品の体にされて、それが知れた途端不要とされた私に、何があるというのかね!?」

 落とされたドラグーンの補充を繰り出したクルーゼがプロヴィデンスのビームライフルも加えて猛攻を仕掛ける。

「分かるか、あと何年も生きられないと知った時の絶望が、自分のように捨てられた玩具がこの世界に溢れていると知った時の怒りが!?」
「……それは」
「分からないさ、誰にもな。人は所詮、他人の事など分からないのだから。だから我々が裁くのだ、我々にはその権利がある!」
「権利って、誰に世界を滅ぼす権利があるって言うんだ!?」
「我々にはあるさ、人間はそれだけの罪を重ねてきたのだ。我々は人の犯した罪そのものだからな。そして君もそうだ、キラ・ヒビキ、君という存在は禁断の果実だからな!」
「……なら、僕が貴方を終わらせてやる。父親の犯した罪を僕が終わらせてやる!」
「良いだろう、ならば来い、私を殺してみろキラ・ヒビキ!」

 距離を詰め、シールドからビームサーベルを出して切りつける。それを回避しようとはせず、シールドで受け止めるキラ。何時もならここからいったん距離をとるのだが、キラは粒子砲を話すとビームサーベルを抜いてシールドを押し込んだ。ABシールドの表面温度が上昇を続け、シールドとしての機能が失われていく。

「どうした、ライフルを捨てて何をする気だ?」
「こうするのさ!」

 デルタフリーダムに乗り換えて以来、装備されてはいても使う機会に乏しかった両肩のビーム砲を射撃位置に動かして至近距離からプロヴィデンスを撃つ。フリーダムなら持っていて当然の武装であったが、デルタフリーダムがこれを撃ったことはほとんど無かったので、プロヴィデンスのデータにはこの砲の存在は入っていなかった。だからプロヴィデンスの反応が僅かに遅れ、放たれた2条のビームはプロヴィデンスが背中に背負っている大きなドラグーンコンテナを直撃し、大きく抉り取った。
 ドラグーンコンテナを抉られたクルーゼが舌打ちして下がり、ビームライフルを向けるが既にデルタフリーダムは粒子砲を回収して移動していた。

「やってくれるじゃないか、その砲はフリーダムの物の流用のようだな」
「この機体は僕が盗んだフリーダムを地球の技術で改造したものですからね。レールガンは降ろしましたが、こちらは残してたんですよ。粒子砲が便利過ぎたんで使う機会はほとんど無かったですけど」
「なるほど、それでこちらにはデータが無かった訳だ。おかげで不意打ちを食らってしまった」

 だが、奇襲は奇襲、同じ手は二度と通用しない。クルーゼはドラグーンを呼び戻し、粒子砲の使い易い距離の内側に機体を置いてもう一度オールレンジ攻撃を仕掛けようとする。再び襲い掛かってくるドラグーンを予想したキラが額を汗を滲ませてコンソールスティックを握り直した時、通信回線に割り込んでくる威勢の良い声と共に別のMSが2機の間に割り込んできた。

「キラさぁん、大丈夫っすか!?」
「シ、シン!?」
「何だ、こいつは?」

 突然割り込んできたMS、ヴァンガードにキラは吃驚し、クルーゼは怪訝そうな顔になった。ヴァンガードは確かに厄介なMSだが、この機体との戦い方はプラント戦で分かっている。クルーゼにとってはそれほど厄介な相手ではないのだ。

「何をしに来たのかね、私の楽しい時間を邪魔しないで欲しいのだが?」
「あんたが噂の変態仮面だな、俺もあんたをぶん殴ってやろうって思ってたんだよ!」
「だ、誰が変態仮面だ誰が!?」

 シンにそう吹き込んだであろう人物の候補が多すぎて誰だか特定し辛いが、まあ今問題なのはそんな事ではないだろう。シンはステラを誘拐した上に改造までして自分たちと戦わせた事を激しく糾弾し、突撃槍を手にプロヴィデンスに襲い掛かっていった。
 それを迎え撃ったクルーゼは先の戦いのようにドラグーンを展開させ、周囲からヴァンガードに攻撃を加える。それは全周防御ではないヴァンガードには有効な戦術の筈であったが、シンは巧みな回避運動でビームをゲシュマイディッヒパンツァーで防ぐ事すらしなかった。圧倒的な防御力のせいで忘れられがちであるが、接近格闘戦用のヴァンガードの運動性能は現存するMSの中でも並ぶ物は無い。ジャスティスよりも速いのだ。
 プラント戦で戦った時とは違う動きをするヴァンガードにクルーゼが戸惑う。まるで別のMSのような速い機動をするのだ。

「くっ、これほど速く動けたのか……」
「あんた相手にバリアが期待出来ないのは分かってるからな、本気で動くのが当然だろ!」
「だがこれだけの力、君も戦後に居場所は無いだろうな。キラ・ヒビキと同様、君も排除される運命だ」
「……何言ってんだ?」
「分からないかね、普通のコーディネイター程度の力でもナチュラルは恐れおののいたのだよ。君がナチュラルかコーディネイターかは知らないが、ここまで化け物じみた力を見せる君を回りが放っておくと思うのかね?」
「よせシン、聞くんじゃない!」

 不味い、シンがクルーゼの言葉で惑わされる。そう感じたキラは粒子砲をプロヴィデンスに叩き込んでプロヴィデンスを追い払ったが、クルーゼはキラの焦りが面白いのかシンにこちら側への誘いをかけ出している。

「人は異質な存在を受け入れられない。我々が排除されたように、君もいずれ排除される。そんな人間に肩入れする必要は無いだろう?」
「…………」
「味方になれとは言わない、キラ・ヒビキとの決着が付くまでこのまま静観していてくれないかね。今の世界を叩き壊すためにな」
「…………」

 黙ってクルーゼの話を聞いていたシンの様子にキラがまさかと思った時、いきなりヴァンガードが動いてプロヴィデンスを槍でぶん殴った。突くでもない、切るでもない、柄を振り回してぶん殴ったのだ。いきなりの事にキラが呆然とし、吹っ飛ばされたプロヴィデンスからクルーゼの狼狽した声が聞こえてくる。

「な、何を――!?」
「訳分からん事、うだうだ言うなあっ!」
「シ、シン?」
「排除されるとか異質だとか静観だとか難しい事ばっか言いやがって、俺にそんな事言われても分からねえよ、考えるのはフレイさんたちの仕事だ!」
「……おいおい」

 シンが黙ってたのはクルーゼの話に聞き入ってたのではなく、単に何言ってるのか理解できずに困ってただけらしい。シンはクルーゼが盾並べる理屈が理解できずに黙って聞き流していて、遂に我慢できなくなってぶち切れたのだろう。
 怒鳴り散らしてプロヴィデンスを攻撃するシン、そのがむしゃらだが早い連続攻撃はクルーゼを必死にさせるほどの勢いを持っていたが、クルーゼ自身も動揺を隠せなくなっていた。

「な、何を、一体何を言って?」
「悪かったなあ馬鹿で、どうせ学校の成績悪いよ。俺はマユじゃないんだからなあ!」
「く、この男は!?」
「それになあ、こいつが落ちたら俺の家族も酷い事になるんだよ。そんなの許す訳にはいかないだろうが!」
「家族だと、そんな物に何の意味が……」
「あんたには無くても、俺にはあるんだよ。俺にはそれで十分だ、変な理屈なんてのは後で頭良い奴が考えればいいんだ。HAL、戦闘モードだ!」

 シンの命令に従ってHALがヴァンガードの短時間しか使用できない切り札を起動させる。機体各所の閉鎖されていたスラスターが開放され、ヴァンガードの動きの鋭さが飛躍的に向上する。その突然の変化にクルーゼは対応し切れなかった。

「ば、馬鹿な、こんな動き、ユーレクでもなければ耐えられる筈が!?」
「ああ、だから時間制限付きだよ。でもその前にあんたは串刺しだ!」

 突撃槍を機体に固定し、チャージモードで突貫する。それを止めようとクルーゼがビームライフルとドラグーンを使ってヴァンガードに攻撃を集中するが、正面方向からのビームは全て逸らされてしまう。真横や後方からのビームはヴァンガードの加速に対応出来ないのか、全て外れている有様だ。
 あれは止められない、そう悟ったクルーゼが突撃を回避しようとするが、プロヴィデンスが動くよりもヴァンガードの突撃の方が遥かに早かった。突撃槍はプロヴィデンスの右胸の辺りに突き刺さり、PS装甲を容易く食い破って貫通してしまった。そしてそれを左薙ぎに振り、右腕を胴体から切り取ってしまう。
 右腕ごとビームライフルを失ったクルーゼは中破した機体を急いでヴァンガードから放そうとするが、バランスを崩した機体はすぐに再設定は出来ない。だが、クルーゼはサブカメラが捕らえた映像を確かに見た。ヴェルヌが最後のメテオブレイカーを破壊した瞬間を。
 勝った、最後の勝利はこちらに回ってきた。それを確かめたクルーゼは機体をユニウス7に向け、狂ったように笑い出した。これでもうユニウス7を食い止める手段は無いあれは地球に落ちるのだ。




後書き

ジム改 あと少しで終わりそうだな。
カガリ ザルク、物凄く可哀想じゃね?
ジム改 彼らは凄い事をしてるんだけどね。
カガリ でも、シンは本当に馬鹿だったのか?
ジム改 これまでもずっと馬鹿だったじゃないか。まあだからこそクルーゼには理解不能なんだが。
カガリ 私になんか似てる気がするぞ。
ジム改 シンは多少身の程弁えてる昔のカガリだからねえ。
カガリ 私はあそこまで馬鹿じゃない!
ジム改 学が無いだけで中身はよく似てるんだけどね。
カガリ ところでふと思ったんだが、私の出番は?
ジム改 流石に最終決戦ともなるとカガリの出番は厳しいな。

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