第205章  最後の賭け


 
 地球の重力と大気に捕まってしまったトールのウィンダム。大気との摩擦で急激に減速し、フレイたちから遠ざかって行ってしまった。それを見たフレイとイザーク、ディアッカは急いで追おうとしたのだが、それはトールが止めてきた。

「止せフレイ、もう無理だって!」
「馬鹿言わないでよ、最後の最後なのに、こんな所で死んじゃったら馬鹿みたいじゃない!」
「でもどうやって助けるんだよ、お前だってここに来たら落ちるんだぞ!」

 トールに言われてフレイは悔しそうに強く歯を噛み締めた。確かにウィンダムには大気圏を抜けるような力は無い。それはイザークたちのシグーやゲイツRも同様だ。2人は無理にトールを追うとはせず、一定の距離を保って付いてきている。そしてフレイにそいつの言うとおりだと止めてきた。

「フレイ、残念だがそいつの言うとおりだ、MSじゃもうどうすることも出来ん。こっちのガザートは道連れだと笑ってたから通信を切ったが」
「イザーク!?」
「このままだとお前も落ちるぞ、さっさと上に来い!」
「嫌よ、トールを見捨てたらミリィに顔向けできないじゃない!」
「それでお前も落ちるのかこの馬鹿が。ディアッカ手伝え、こいつを連れて行くぞ!」
「ちょ、ちょっと、離しなさいよ!」
「はいはい、悪いけど暴れないでくれよな」

 ウィンダムをシグーとゲイツRが捕まえて無理やり上昇していく。ウィンダムはパイロットの感情を表しているかのようにもがいているが、2機がかりで捕まえられては逃げ出す事は不可能だった。
 フレイのウィンダムが離れていくのを見たトールは安堵して背凭れに体を預けた。既に機体表面が赤くなり始めており、遠からず崩壊を始めるのは確実だろう。少しでも長生きできるように重力に逆らい続けているが、それも推進剤が尽きるまでだ。
 残り短い時間で過去に思いを馳せようかと思っていると、通信機から雑音交じりの癪に障る声が聞こえてきた。

「はははははっ、どうだ、ゆっくりと死んでいく気分は!?」
「……そんなに楽しいのか?」
「ああ、これが最後ってのが残念だが、地獄への道連れは多い方が良い」
「分からんな、何でそんな事が出来るのか」
「分かる訳は無いさ、誰かの都合で作られて、都合が悪くなったから処分される羽目になった奴の気持ちなんてのはな」

 他人の都合で、と聞いてトールはメンデルのあの光景を思い出してしまった。確かにあんな環境に居たら何もかも憎くなるかもしれない。もし自分があそこで囚われていたとしたら正気でいられる自信は無い。
 そんな事を考えていた時、いきなり機体に衝撃が走り、強く引っ張られる感触が伝わってきた。

「な、何だ、まさかフレイか!?」
「外れだ、悪いな気分出してる時に」
「この大馬鹿野郎が、最後の最後まで諦めるなって教えただろうが!」
「キ、キースさんと少佐!?」

 やってきたのはキースのコスモグラスパーとアルフレットのウォーハンマーだった。牽引用のワイヤーを射出してウィンダムを捕らえ、2機の大推力に物を言わせて引力圏外に引っ張り出そうというのだ。

「いいかキース、地球の自転方向に飛んで抵抗を減らしながら引き抜くぞ。タイミングを間違うなよ!」
「分かってますよ。しかし、まさか最後の最後でまたこんな仕事をすることになるとはね!」

 ワイヤーでウィンダムを牽引しながら少しずつ引き上げていく2機のMA。機体の温度も下がり始め、どうやら死なずに済むようだと分かってトールはどっと体の力が抜けてしまった。ついさっきまで死ぬ覚悟をしていたのに、いざ助かったと思うと急に恐怖が込み上げてきたのだ。
 だが、トールが助かったのを見て激怒した者がいる。ガザートはウィンダムがMAに牽引されていくのを見て憤怒の形相を浮かべていた。

「て、手前!?」
「悪いな、急用が出来た。地獄には1人で行ってくれ!」

 落ちていくジャスティスを後部カメラで確認しながら、トールは視線を助けてくれた2機のMAに向けた。

「少佐、キースさん、どうしてここに?」
「オープン回線でフレイがあれだけ喚いてりゃ馬鹿でも気付くだろ。近くにこいつが居たから呼び寄せた」
「まっ、こういう仕事も初めてじゃないんでな。軌道上で戦うと必ず落ちる奴が出るのさ。だからどの辺りならまだ拾えるかってのも分かるのさ。まさか最後の最後で役に立つとは思ってなかったが」

 2人の声には安堵の色が感じ取れる。こんな強引な方法で機体を回収するなど滅多にすることではないだろうし、実際にやったとしてもほとんど成功はすまい。後に知った事であるがこんな芸当が出来るのはほんの一握りの凄腕だけで、それでもかなり難しいらしい。自分が助かったのはたまたまその凄腕が2人も近くに居て、かつMSを引き揚げられるほどの大推力を持つMAに乗ってくれていたという、もう一生分の幸運を纏めて使い果たしたんじゃないのかと思えるほどの偶然のおかげだったのだ。
 そしてトールは落ちていくジャスティスをもう一度見る。すでにあの罵声も聞こえなくなり、ジャスティスの機体は崩れて原形を留めてはいない。恐らくパイロットは既に焼け死んだのだろう。

「悪いな、待ってる女がいるんだ」

 あいつには多分、何もなかったのだろう。だから自分が死ぬ事もそれほど怖くなかったのだと思う。この世に未練があればなんとしても生き残ろうと足掻くものだから。自分にはそれがあったからあの男の気持ちは最後まで理解は出来なかったが、そこに至った理由は理解出来なくもなかった。自分などあのメンデルで見た悪夢のような光景だけで暫く落ち込んでいたのだ。もしあの中に居たとすれば、何もかもを壊したくなるかもしれないから。

「少佐、キースさん」
「なんだ、礼なら後で酒でも奢れよ」
「いえ、違いますよ。なんて言うか、帰らなくちゃいけない理由ってのが、今更ながらに分かった気がするんです」

 トールの言葉に、アルフレットもキースも何も答えなかった。それは生きて帰る理由であり、そして死んでいく理由ともなる。それは誰もが何となく持っているものだが、その重さは人を殺す事も多い。
 それは誰が口を挟むものでもない。自分が分かっていればそれで良い。だから2人は何も言わず、ただトールの一方的な呟きを聞き続けていた。



 トールを回収した2人はフレイたちのところに合流したものの、そこでキースが困った顔で問題を告げてきた。トールを助けるのに推進剤を使いすぎてキラを探せなくなってしまったのだ。

「参ったな、急いで撤退しなくちゃいかんのに」
「どういう事です?」
「プラントからジェネシスを使用するという連絡が入ったんだ。あのデカブツが地球の影から出た所をジェネシスで破壊するから、友軍は急いで被害宙域から退去せよとな。だが残念ながら戦場の通信妨害が酷すぎて受信できたのは艦艇だけのようでな。それで俺が味方機に撤退を伝えて回ってた訳なんだが」

 推進剤がなくてはそれも出来ない、まだキラとシンは見つけていないのだ。さてどうするかと思っていると、ユニウス7の方からヴァンガードの反応が出てくるのが確認できた。

「おお、丁度良い所に。シン、無事だったか」
「え、キースさんすか。それに皆もどうしたんです?」
「馬鹿、キースさんはあんたたちを探しに来たのよ。ところでキラはどうしたの?」
「ああ、キラさんならクルーゼを追うって言ってユニウス7の中に。俺はプロヴィデンスを持って先に戻れって言われて……」

 シンが言い終わる前にフレイが動いた。赤いウィンダムがシンが出てきたユニウス7の施設に向かって全速で向かい、シンはそれを呆然とした顔で見送っている。

「え、ええと、どうしたんです?」
「ユニウス7はジェネシスで狙われているんだ。俺たちは急いでここからはなれなくちゃならないんだ」
「ちょ、ちょっと、それじゃキラさんとフレイさんが!?」

 フレイはもとより、幾らキラでもジェネシスに撃たれればヤバイだろう。シンは2人を助けに行くよう進言したが、それはアルフレットとキースによって却下されてしまった。

「無理だ。俺もキースも推進剤が足りない。トールは機体がボロボロ、お前も中破している。戻るしかないな」
「2人を見殺しにしろって言うんですか!?」
「フレイに任せるのが一番確実だって言ってるんだよ。そっちのザフト野郎に任せるほどマヌケじゃねえつもりだ」

 アルフレットは助けに行く事を許さず、歓待と合流すると告げた。残念ながら助けに行っても、シンたちの機体では一緒に吹き飛ばされてしまう可能性の方が遥かに高い。2人には悪いが、自力で帰ってきてもらうしかなかった。
 そしてイザークとディアッカは、こちらも後ろ髪引かれる思いではあったが退く事にした。フレイはともかく、キラとかいう奴を助けるギリは自分たちにはないのだ。

「ディアッカ、ミネルバに戻るぞ」
「あ、ああ、でもイザーク?」
「心配するな、帰って来る。あいつは俺が認める女なんだぞ」
「……イザーク、それフィリスの前で言うなよ」
「何でだ?」

 本気で聞いてくるから救えない。ディアッカは重く深い溜息をつき、上官を放ってさっさと撤退してしまった。



 

 アークエンジェルからランチが飛び立ち、救助に来てくれたツクヨミに収容されていく。M1Aの生き残りが周辺を警戒しているが、既に敵の活動はほとんど見られないので敵襲の危険は無いだろう。僅かにミネルバの方で生き残りが小規模な戦いを続けているのが目立つくらいか。
 既にこの辺りも微弱な重力が働いているのか、船にそういう運動エネルギーが残っていたのか、アークエンジェルは完全にユニウス7の窪みに落ち込み、脱出不可能になっていた。マリューは最後に退艦すると言って最後まで指揮を取り続け、ナタルは艦内を回って取り残された乗組員が居ないかを調べて回っている。そして艦橋とCICクルーは万が一に備えてデータの消去を行っていた。ただ1人、ノイマンだけは先に退艦してツクヨミに向かい、受け入れ態勢を整えていた。

「チャンドラ、作業はどう?」
「もうすぐです。サイ、ミリアリア、そっちは?」
「こっちは終わりました」
「こっちももうすぐです」

 CICスタッフは凄い速さで仕事をしてくれている、本当に大した連中だ。彼らに感謝しつつ、マリューはナタルを呼び出した。

「ナタル、艦内に残ってるクルーは居る?」
「いいえ、各部署のリーダーと共に艦内を捜索し、生存者は居ない事を確認しました。後は艦橋とここに居るリーダーたち、そして格納庫で待っているランチのクルーだけです」
「そう、分かったわ。こちらももうすぐ終わるから、格納庫で会いましょう」
「了解です、先に行っておりますので」

 それで通信が切れた。ナタルは格納庫に向かっただろう。マリューは受話器を戻して、少しだけ深刻な顔をして目を閉じた。

「生存者は、か」

 これまでの戦闘で艦の彼方此方に数え切れない直撃を受け、更に機関部を撃ち抜かれたのだ。艦内の至る所に死体が転がっている事だろう。だが負傷者ならともかく、戦死者を運び出している余裕は無い。探し回った各部署のリーダーたちは自分の部下たちの死体を数えて回るという辛い作業をこなしたに違いないのだ。
 そんな事を考えていたら、カズィがキースから通信が来たと告げてきた。

「艦長、キースさんから通信です」
「何?」
「地球軌道上で地球に落ちかけていたトールを救出に成功、推進剤を使い果たした為帰艦するとの事です。なお、ユニウス7にはキラがまだ残っており、フレイが捜索に向かったと」
「何ですって!?」
「ああ、シンとトールは一緒に帰るそうです。後リンクス少佐とザフトMSが2機も同行しているそうですが」
「そんな事より、キラ君とフレイさんがユニウス7にですって!?」
「は、はい!」
「何て事を……」

 トールを救出したのは大した物だが、それで推進剤を使い切ってキラを呼びにいけなくなり、それでフレイが向かったのだろう。分からないではなかったが、それでは最悪2人とも吹き飛ばされてしまいかねない。アルフレットとキースが居てそれを許したのか、それともフレイの暴走か。多分後者だろう。
 恋は盲目か、マリューは頭痛のしてきた頭をヘルメット越しに押さえ、そして仕方が無いかと考えるのを止めた。

「まあ仕方が無いわね、戻ってくると信じましょう。カズィ、バゥアー大尉たちにはツクヨミかイリノイに向かうように伝えて」
「了解しました」

 マリューの命令をカズィが復唱して相手に伝達する。そしてチャンドラたちの作業も終わり、CICから出てくる。それを確認したマリューは上で通信と索敵を続けてくれていたカズィとパルに格納庫に行くと伝え、自分も席を立って艦橋を後にしようとして、一度だけ振り返って艦橋内を見回した。

「今までご苦労様、アークエンジェル」

 そう呟いて、マリューは艦橋を後にした。

 


 

 ジェネシスに狙われているとも知らず、キラはユニウス7の施設の中をクルーゼを探しながら歩いていた。幸い施設の中は単純な構造で、しかもクルーゼが通った後の扉が開いていたり残骸がどけてあったりしたので追跡は容易だった。
 銃を構えながら暫く歩いていくと、キラはまだ生きている区画へと辿り着いた。ドアの動力は死んでいたが照明が点灯し、通路の向こうへと続いている。そしてそれはこの先の扉へと続いていた。その扉に手をかけようとした時、いきなり施設全体が大きく振動し、キラは慌てて壁の突起物に捕まって体を支えた。幸いブーツのマグネットのおかげで宙に舞う事はなく、体を押さえ込むことが出来た。

「一体、何が?」

 核でも打ち込まれたのか、それともローエングリンか。いずれにせよこれだけの巨大な隕石が振動したのだから余程大きなエネルギーが加わったのだ。振動が収まるのを待ってキラは扉に手をかけ、力を込めてそれを開く。その先は何かのコントロールルームのようで、コンソールやモニターが生きているのが見て取れる。そしてそのコンソールの1つの前にクルーゼが立ち、彼が見ているモニターではフレアモーターらしきブースターが点火している様子が映されている。

「何をしているんです!?」
「キラ・ヒビキ君か、見ての通りユニウス7の進路修正をしていたのだよ。これは大西洋連邦に落とさなくては意味がないのでね」
「どうして!?」

 クルーゼがゆっくりと振り向く。キラはクルーゼに銃を突きつけながらゆっくりと近付いていくが、それを見たクルーゼは薄笑いを浮かべて腰の銃を捨てた。そのパイロットスーツの腹部は赤い物が付いており、補修シールが張られている。どうやら負傷しているようだ。

「警戒することはない、もう私は戦うつもりはないからね」
「何を言ってるんです?」
「私の戦いはもう終わったということだよ、ユニウス7が大西洋連邦に落ちれば、大西洋連邦は間違いなく壊滅する。そうすれば地上で唯一残った無傷の穀倉地帯と生産都市が失われ、人類は今の人口を維持出来なくなる」
「飢え死にさせるつもりですか!?」
「いいや、私の狙いは水と食料を巡って更なる戦争が起きる事さ。地球は更なる戦乱で疲弊し、水と食料を得られないプラントは滅びるしかなくなる」

 ただでさえ地球圏はこの戦争で大きく疲弊している。クルーゼはそのボロボロの地球に更なる戦乱を起して更に多くの人を殺すつもりなのだ。
 いや、それ以前に奪える穀倉地帯が残っているのかどうかも疑問だ。大西洋連邦に巨大隕石が落ちれば地球は巻き上げられた塵で長い冬を迎える筈で、食料の生産量は激減するだろう。それは人類の破滅に繋がってしまう筈だ。

「止めて下さい、そんな事になったら!」
「残念だが、もう私に出来る事は何もない。既に軌道修正は終わり、もうここから制御する事も出来ない。今更フレアモーターを破壊しても意味は無い。可能性があるとすれば、プラントだけだろう」
「プラント?」
「通信を傍受してね、どうやらジェネシスがここを狙っているらしい。まさか発射可能な状態に持ってこれるとは思わなかったから、完全にしてやられたよ」

 ジェネシスがここを狙っている。それを聞いてキラは吃驚し、そしてなるほどと頷いた。メテオブレイカーを失った今、あの悪夢の兵器がいまや地球を救う最後の希望となったわけだ。道具は使いようと言うが、まさに今回がその好例なのだろう。

「それが分かっていて、貴方は逃げないんですか?」
「何故逃げるのかね、ここは最高の観戦席なのだよ。ジェネシスが見事にここを撃ち抜けるかどうか、楽しみではないかね?」
「……外しませんよ、絶対に」
「そうかな、ユニウス7の軌道は変わったのだ、その軌道計算修正が間に合えばいいがね」

 おかしそうに笑うクルーゼ。キラはこの狂っているとしか思えない男に向けていた銃を降ろすと、大胆にも彼の隣にある椅子に腰を下ろした。クルーゼはそれを意外そうな顔で見ていたが、すぐに面白そうに口元を歪め、視線をモニターに移した。

「逃げなくて良いのかね、ここは危険だよキラ・ヒビキ?」
「……1つ、どうしても聞いておきたい事があったんです」
「聞きたい事?」
「貴方は結局、何がしたかったんです。ただ人類を滅ぼしたいだけなら別の手もあった筈です。プラントを滅ぼしたかったならもっと言いやり方があった。貴方は色々言ってましたが、その割にはどうも手緩いように思えるんです、違いますか?」

 キラの問いに、クルーゼは少々複雑そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを苦笑に変えて頷いた。

「確かに、そうだな。それはアンテラにも言われていたよ」
「何故です?」
「そうだな、正直に言えば私は人類の破滅にそれほど熱心ではなかった。私が見たかったのは黄昏ではなく、それを回避しようと必死に足掻く様だったのだよ」

 悪趣味と言ってしまえばそれまでだが、クルーゼが見たかったのは人類の愚かさと醜さだった。くだらない理由をつけて殺し合いを続ける姿だった。そして世界はクルーゼの思惑通りに争いを続け、実に愉快な姿を晒してくれた。だからクルーゼはずっと愉しかったのだ。心残りだったムウ・ラ・フラガとの決着も付いたし、キラ・ヒビキとも戦う事が出来たのだから。
 ただ、完全な満足を得られたという訳でもない。幾つかの不本意な事もあった。アズラエルが自分の思惑とは外れて動き出した事や、プラントでパトリック・ザラを取り返されて盤をひっくり返されてしまった事、そして自分が表舞台に立たなくてはいけなくなった事だ。

「正直に言うと、ヘリオポリスを攻めたのは失敗だったよ。あれから何もかもおかしくなった気がするのでね。ツキが離れたとでも言うのかな、まさか最高のコーディネイターが居るとは思わなかった。君の活躍はまるで伝説のSEEDを髣髴とさせたよ」

 SEED、その名はマルキオやアズラエル、イタラも口にしていた、一種の英雄待望説だ。だがそれは間違っているとキラは思っている。クルーゼの傲慢を打ち砕いたのは一握りの誰かではなく、大勢の力だったのだから。 

「……いいえ、貴方の失敗は僕を敵に回した事じゃありません。貴方は人間を侮ったんですよ」
「…………」
「人間は確かに愚かですが、貴方に好き勝手させるほど愚かでも無かったって事です。違いますか?」
「いや、その通りかもしれないな」

 クルーゼはなるほどと頷くが、実際に主だった人々を動かしたのはキラやカガリ、アスランといったSEEDを持つ者たちであったので、クルーゼが言う事も間違っている訳ではないだろう。キラに自覚が無いだけだ。もっとも、それはフレイにも言えるのだが。
 暫くモニターを見ていると、地球軍がユニウス7から離れていくのが見て取れた。そしてもうすぐ地球の影から出てジェネシスに捕らえられる位置に出ることもコンピューターの計算で分かっている。
 出来れば死ぬ時は一瞬で楽になどと考えながら目を瞑ったキラに、クルーゼはどうして逃げないのかと問うた。

「キラ・ヒビキ、私が言うのも何だが、逃げた方がいいのではないかね。まだ間に合うと思うが?」
「いえ、僕はここに残りますよ。貴方の言うキラ・ヒビキはここでラウ・ル・クルーゼに倒された。そういう事になってるんですから」
「何のことだね?」
「簡単な事ですよ、最高のコーディネイターがナチュラルに敗北したとなれば、コーディネイターへの幻想は完全に崩壊するでしょう。だから僕はここで死ななくちゃいけないんですよ。後はアズラエルさんが上手くやってくれる手筈になってます」
「……私の悪名を利用したわけか。確かに私の計画が失敗すれば意味があるだろうが、もし成功すればどうするのかね?」
「しませんよ、ジェネシスはここを直撃してくれます」

 考えようによってはおかしな話だろう、自分の死に直結するジェネシスを直撃させてくれる筈と信じているのだから。クルーゼはこれもまた1つの狂気かと笑い、共に最後を見届けようと言って同じように目を閉じたのだが、その時いきなり施設内の内線スピーカーから大音量の女性の声が飛び出してきた。

「ちょっとキラ、今何処に居るのよ、返事しなさい!」
「フ、フレイの声、何で!?」
「ふむ、状況的に君を探しにきたのだろう。別におかしな話でもないと思うが、どうするね?」
「ど、どうって、ここはもうすぐジェネシスで吹き飛ぶんですよ!?」
「だが君が行かねば彼女が戻るとも思えないのだがな?」

 クルーゼは冷静にキラに指摘したが、キラはパニックを起していて全く聞いていなかった。その様を見てなんて精神的に脆い奴だろうとクルーゼは呆れ果て、これが本当に先ほどまで自分と共に死ぬ覚悟を決めていた男なのだろうかと疑問に思ってしまった。
 そしてキラは止せば良いのに通信機の回線を開いてフレイに退避するように言い出した。黙っていればここには居ないのではと思って移動したかもしれないのに。

「フ、フレイ、聞こえる!?」
「キラ、無事だったのね。今何処、すぐ回収するから!」
「いや、それはいいよ。それよりすぐにここから脱出して、今ここはジェネシスに狙われているんだ!」
「知ってるわよ、だから助けに来たんでしょ!」
「なっ、何で君はそんな馬鹿な事を!?」
「馬鹿って何よ馬鹿って。てっ、そんな事言ってる場合じゃなくて、すぐに逃げないと本当にジェネシスが来るでしょ。今デルタフリーダムのある格納庫に居るから、早く来なさい!」

 方や助ける為に来たんだと怒鳴り、方や危ないから早く逃げろと怒鳴る。この平行線で終わりの見えない怒鳴りあいは、クルーゼの介入によって唐突に終わりを告げた。

「ああ、君たち、痴話喧嘩はそれくらいにしてくれないかね。せっかくの瞬間を逃してしまう」
「痴話喧嘩じゃないって、その声は確かクルーゼ隊長!?」
「ああ、久しぶりというべきかなフレイ・アルスター。取り込み中のところ悪いのだが、そろそろ止めて欲しいのだがね」
「何を言ってるんです、貴方も早く!」
「いや、残念だが今ジェネシスの射線上に入った。残念だが君も間に合わないな」
「え?」
「へ?」

 フレイとキラが間の抜けた声を上げ、そして慌ててキラはモニターを見た。そこには、ユニウス7が地球の影から出たことを示す一表示がしっかりと表示されていたのだった。





 ユニウス7が射線上に出た。それを確認したパトリックはエザリアを振り返り、発射の許可を求める。

「議長、発射するなら今だが、どうしますかな?」
「……本当に撃つのかパトリック・ザラ。あれを撃てば、地球にいらぬ疑惑を与えるのではないか?」

 このエザリアの不安に対してはジェセックが問題無い事を告げた。

「アズラエル理事が地球連合軍に話を付けて貰っている。ササンドラ大統領も同意している、大丈夫だろう」
「そ、そうか、分かった。ところで友軍の避難は完了しているのだろうか?」
「それは、確認のしようが無い。仮に居たとしても構わず発射する事も了解を貰ってはいるが……」
「それは、構わず撃つかどうかを決めろという事か?」

 ユニウス7の周辺にはまだ友軍が残っている可能性が高い、もしかしたら自分の息子も残っているかもしれない。視線を向ければやはり息子を送っているほかの議員も蒼い顔をして自分を見ていた。前に撃った時は狂気に駆られていたとしか思えない勢いがあったが、今はそんな物は無い。正気で撃てと命じなくてはならないのだ。
 こんな物を何も感じずに撃てるのは狂っているか、余程強靭な精神を持った人間だけだろう。そう、パトリックやシーゲルのような。エザリアは自分の線の細さを改めて思い知らされた気になりながら、ジェネシス管制室にジェネシスの発射を命じた。

「ナリハラ博士、ジェネシスを発射してくれ」
「分かった。だがユニウス7の軌道が少し変わっておる。それにミラーも急造品だ、絶対に当たるとは保証できんぞ」
「それは困る、絶対に当ててくれないとこれまでの犠牲が無駄になる」
「……まあ、祈っておいてくれ」

 エザリアに言われるまでも無くナリハラも直撃を願ってはいたが、当たるかどうかは正直微妙だった。かなり距離があるし、ミラーは粗悪な急造品。オマケにどうやらユニウス7は進路を修正したようで、こちらも急な再計算を強いられたのだ。これだけ悪条件が重なってなお直撃を出せるかとなると、幸運に期待するしかないだろう。

「科学者が運頼みするようじゃおしまいかもしれんな」
「何言ってるのよ、最後は何時も運頼み、そうでしょ?」

 ナリハラの呟きにクローカーが馬鹿なこと言ってないで早く仕事をしろと促す。ナリハラははいはいと適当に答え、発射シークエンスをスタートさせた。

「さてと、人類の命運まさにこの一撃にあり、という所だな。あのミラーの収束率はどの程度になると思う?」
「ユニウス7を破壊出来るレベルである事を願うわ。巨大な岩塊なんて最悪の目標だけど」

 いかに透過率の高いガンマ線とはいえ、限度はある。最初の実戦で使用された核兵器の時も、爆心地に居ながら地下室に居たおかげで無傷で済んだという事例もある。、放射線に対して土や岩というのはかなり高い遮蔽能力があるのだ。これは単純に分厚ければ分厚いほど良く、ユニウス7のような隕石をレーザーのエネルギーだけで蒸発させるというのは容易ではない。通常のレーザー砲がパルス方式による熱応力で破壊するようになってるのもこの効率の悪さの為だ。
 ミラーが完全なら破壊出来るはずだが、果たしてこのミラーの収束率はどの程度か。ナリハラは上手く行く事を神に祈りながら、発射シークエンスの最終工程を完了し、ジェネシスを発射させた。




 放たれたジェネシスは戦場のゴミを巻き込んで弾道を輝かせながらユニウス7を直撃した。ジェネシスの高密度ガンマ線照射を受けたユニウス7は照射面側の端の方から超高熱で気化し始め、どんどん蒸発していく。それを見た連合とザフトの兵士たちは絶句し、そして歓声を上げた。これでユニウス7も終わりだと誰もが確信したのだ。
 だがツクヨミに乗っているカガリやアークエンジェルのクルーたちはそうではなかった、彼らは帰還中のキースからキラがまだユニウス7に居て、フレイが連れ戻しに向かったことを聞かされていたのだ。早く戻って来いと誰もが願いながらユニウス7を見つめていたその先で、ユニウス7が強大なエネルギーを叩きつけられて消滅しだしたのだ。

「キラ、フレイっ!?」

 その光景を見たサイが悲鳴を上げ、ミリアリアとカズィは声を無くしてしまう。ただ通信が届いていないだけと思いたいが、状況的にそれは難しいだろう。ユニウス7から離脱していれば流石に通信が届かないという事も無いだろうから。

「キラ君、フレイさん、何で最後の最後で……」

 マリューが涙を零しながら悔しそうな声を漏らす。ここまで生き残ってきたのに、何でここで子供たちが死ななくちゃいけないのだ。ここが戦場で彼らがパイロットだという事を考えれば仕方の無い事であるが、それでもマリューはこの運命を理不尽だと罵っていた。
 だが、誰もが嘆き悲しんでいる時に、いきなりナタルがマリューの肩を強く掴んできた。

「か、艦長、あれを……!」
「どうしたのナタ……ル……?」

 ナタルの指差す先を見て、マリューも絶句してしまった。気化して消え去る筈だったユニウス7が気化ガスの中から姿を現したのだ。あれはジェネシスの直撃に耐えたというのだろうか。



「駄目だ、収束率が足りなかった!」

 コンソールに両手を叩きつけてナリハラが怒鳴った。クローカーは呆然として椅子の背凭れに力無くへたり込み、他の職員や技術者たちも呆然とした顔で望遠映像が映されたモニターを見ている。かなり小さくなってはいるが、それは確かにあの隕石であった。人類の最後の賭けは失敗に終わったのだ。



後書き

ジム改 ジェネシス照射は失敗に終わりました。
カガリ 終わりました、じゃねえ。バッドエンドってどういうこった!?
ジム改 ま、待て、落ち着け。
カガリ 落ち着けるかあ、私の出番は何処行った!?
ジム改 そっちかよ!?
カガリ 当たり前だ、このままフェードアウトするのは御免だからな!
ジム改 まあこのままユニウス7が落ちたら、お前の仕事は戦後復興か次の大戦の指導かだが。
カガリ 何で一生のうちに2度も3度も世界大戦やらなくちゃいかんのだ!
ジム改 そう心配しなくてもこれからも波乱万丈だって。
カガリ …………こう、たまには王様らしく宮殿で食っちゃ寝したい気も。
ジム改 お前は何処の滅亡直前の国の駄目王様だ?

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