第206章  さよなら


 

 ジェネシスの照射にユニウス7は耐え切った。照射を受けた面は溶けだし、高熱に焼かれた姿を晒していたが、急造品のミラーはこの巨大な隕石を蒸発させるだけの収束率を得られなかったのだ。
 もはや艦隊に出来る事はない。あの巨大な質力を重力圏から押し戻す手段など、戦艦が体当たりで押し戻そうとしても不可能だ。もはや出来る事といえば、あるだけの火器をユニウス7に叩きつけ、少しでも小さくする事くらいである。
 カガリはユウナから全力攻撃を進言され、しばしの躊躇の後でそれを受諾した。ユウナの進言を受けた時、カガリの脳裏にはキラとフレイの生存の可能性が過ぎったのだが、その可能性は物凄く低い事は言われなくても分かっている事であり、無駄な時間をかけさせるわけにはいかなかった。今何物にも優先されるのはユニウス7を少しでも砕く事なのだから。
 ユニウス7周辺に居るオーブと大西洋連邦の艦隊から全ての主砲、とりわけローエングリンが連続発射され、隕石を砕いていく。着弾点に破滅的な被害をもたらすローエングリンはこの状況でも有効な火器で、着実に隕石を砕いている。目に見えて剥げていく岩塊の多さがその威力を物語っおり、確実にこの隕石を小さくしてくれる様は見ていて何か爽快感すらあったが、何時まで砲が持つかは未知数だった。元々このような連続使用を考えられた砲ではないのだから。

 ミネルバもまたタンホイザーを持って砲撃に加わろうと考えてはいたのだが、ミネルバは今もザルクの残党と交戦を続けていた。残りは数えるほどにまで減ったザルクのMS隊であったが、それだけに残っていたのは凄腕揃いで、アスランたちでさえ手を焼いている。特にアンテラのインパルスの強さは桁外れで、アスランとルナマリア、オリバーにアヤセの4人を同時に相手取ってミネルバに迫っていたのだ。

「ジェネシスに持ち堪えた、それじゃあれはもう落ちるのみね。クルーゼも恐らく……」

 カメラでユニウス7がかなり小さくなりながらもまだ生き残っている事を確認し、少し残念そうに呟いた。あれを落としていいのか、そう迷い続けていた彼女はジェネシスを使用してまであれを阻止しようとしたプラントに感謝の念さえ抱いてしまっていた。だがそれが失敗したのを見て、今度はどこか安堵した物も感じている。一体自分はどうしたいのか、自分でも分からなくなってきていた。
 今はもう惰性的にミネルバの足を止めようとしている。今更止めても何の意味もないのに、それが分かっているのにアンテラは突っ込んでいく。自分にはそれしかないとでも言うかのように。

「アンテラさん、もう止めて下さい、戦いは既に終わっています!」
「アスラン、まだ終わっていないわ」
「いいえ、終わりました。ユニウス7はもう地球に落ちます、これ以上戦う意味は無いでしょう!」
「……そうでしょうね。でも、今更止まれないでしょう!」

 アスランのナイトジャスティスが振るってくるビームサーベルをシールドで受け止め、エクスカリバーで切り返す。エクスカリバー対艦刀はザフトで最強の格闘戦装備であり、直撃すれば防ぐ術はない。だからナイトジャスティスは大きく距離を取ってこれを回避した。
 だが、アンテラにはそれで安堵する余裕はない。すぐに機体を左右に振ってオリバーとアヤセの射撃を回避し、ビームライフルを向けてルナマリアのジャスティスを牽制する。

「背中に目でも付いてるって言う訳!?」
「違うよアヤセ、あの人は僕たちが後ろに回る前に回避に入ってた。気付いてたんだよ!」
「どっちにしろ化け物よ!」

 この戦争に参加して以来、化け物レベルの敵や味方を幾度も見てきたが、このインパルスは格が1つ2つ違うとアヤセは声に出さずに愚痴っていた。数で押すしか脳のないはずのナチュラルを相手に戦う筈だったのに、何でこんな自分たちが雑魚に思えてくるような化け物が敵として出てくるのだ。

「アヤセ、右下だ!」
「えっ!?」

 その愚痴っている僅かな隙を見逃さなかったのか、インパルスはいつの間にか自分のゲイツRの下方に移動していた。どういう機動性だと罵りながらアヤセは回避運動に入ろうとしたが、どう考えても間に合わない。アヤセは襲い来る死を予感して思わず目を閉じたが、いきなり強い衝撃が来て機体が弾き飛ばされた。オリバーのゲイツRが体当たりで無理やり位置をずらしてくれたのだ。オリバーはシールドをインパルスの方に向けていたのだが、放たれたビームを上手く受け止められずに左腕を肩からもぎ取られてしまっている。

「オ、オリバー!?」
「まだだアヤセ、来るよ!」

 エクスカリバーを手にインパルスが迫る。アヤセも急いでライフルを捨ててビームサーベルを手に取り、これを迎え撃とうとしたが、目の前に迫ったインパルスが突然自分を無視して進路を変え、そのままジグザグ機動に入った。そしてそれを追うように多数の砲撃が駆け抜けていく。

「何をしているアヤセ、インパルスとあの人を相手に格闘戦などしたら数秒と持たないぞ!」
「レ、レイさん!?」

 引き篭もっていた筈のレイがフリーダムに乗って出てきていたのだ。そして自分を助けてくれたらしい。フリーダムの火力を生かして弾幕を張り、インパルスを近付かせないようにしてくれている。

「お前たちの腕ではアンテラさんの相手は荷が重過ぎる、後方支援に徹しろ!」
「りょ、了解です」
「オリバーはミネルバに戻れ、その機体では無理だ」
「はい!」
「それから、良くアンテラさんの動きに反応して、アヤセを守った。俺でも反応出来たかどうかは分からなかったぞ」

 レイが素直に人を褒めるのは珍しいので、褒められたオリバーは照れるよりもむしろ驚愕の方が強く出てしまった。それでも体は上官命令に素直に反応し、ミネルバへと戻っていく。それを見送ったレイは、インパルスが少し離れた辺りで仕切り直しを図っているのを見て、こちらも体勢を立て直そうとアスランに進言した。

「ザラ隊長、一度集結をしましょう。インパルス相手に格闘戦は無茶です」
「そうだな、よし全機レイのフリーダムの周囲に集結、アンテラさんをミネルバには近づけるな」

 アスランの指示でアヤセとルナマリアも集まってくる。ルナはフリーダムの隣に付き、レイをからかうように声をかけた。

「あんたが人を褒めるなんて、珍しい事もあるもんね」
「失敬な奴だな、俺は昔から正しい評価をしているつもりだ」
「あらそうだったかしら、それは初耳だわ」

 ルナマリアの声に揶揄するような響きが混じり、レイは苦々しさを覚えながらも黙るしかなかった。口の勝負では自分など彼女の足元にも及ばないと過去に数え切れないほどに思い知らされているから。





 そして、カガリが諦めたキラやフレイは、この時まだ生きていた。砲撃の反対側、地球側にあった管制室まではジェネシスの暴力的なガンマ線も届かなかったのだろう。僅かに貫通してきた量もパイロットスーツを着た人間を死に至らしめるほどではなかったのだ。
 ジェネシスの直撃を受けてもまだ生きている事にキラとフレイは信じられないという顔をしていたのだが、クルーゼはなにやら不満そうな顔をしていた。

「ジェネシスで死ぬのも悪くはないと思っていたのだがな、やはり私の末路は大気圏で燃え尽きるのか」
「こんな事って……」
「でも、この振動は何?」

 ジェネシスに耐え切ったのに、まだユニウス7は揺れている。フレイは地上施設の外に出て様子を有線カメラを射出して確かめさせ、艦隊がユニウス7を砲撃している様子を確認した。

「艦隊がここを撃ちまくってるわ」
「ああ、最後の悪あがきをしているのだろう。全く、見苦しい事だな」
「生きる為に全力を尽くすのは、当然でしょう?」
「ふむ、まあそうだな。ところで君はどうするのかね、今ならまだ逃げれるが?」

 ジェネシスはここに届かなかったのなら、フレイのウィンダムに乗せてもらうなり乗り捨ててきたデルタフリーダムに乗って脱出するなり、手段はある。クルーゼはさっさと逃げたらどうだとキラに勧めたのだが、キラはその勧めを断った。

「いえ、残念ですが、僕は戻るつもりはありませんよ」
「ちょっとキラ、あんたまだそんな馬鹿なこと!?」
「フレイ、君だって本当は分かってる筈だろ、僕が生きていると色々と拙いってさ」
「そんなの、そんなのどうにでもなるわよ。金持ちを舐めるんじゃないわ!」
「いや、そういう意味じゃなくてね……」

 実の所、キラの周りの人たちの助けを借りればこの後の人生を静に過ごす事は出来ないわけでもない。カガリの庇護の下、所在を隠して生きていく事も出来たのだ。だがキラはそれを望まず、戦死という形に拘っていた。

「フレイ、勘違いしないでよ。僕は死ぬ覚悟は固めてたけど、もし生きてたらやろうと思ってたこともあるんだ」
「え?」
「ただ、この戦いでどうなっても、キラ・ヒビキはラウ・ル・クルーゼに敗れて戦死した、そういう形が必要なんだよ。これからの世界の為にもね」

 それが意味する所はフレイにも分かる。キラがどういう存在なのかは彼女も知っているし、その存在が色々と良からぬ人間の興味を引くということも分からないほど子供ではない。アズラエルはコーディネイターという存在を否定する側だからキラを利用する気は無いのだろうが、世の中にはキラが宝の山に見える人間がごまんといる筈だ。そんな連中を諦めさせるには、死んだという事実を突きつけるしかない。
 軍が公式に戦死を公表すれば、その真贋を確かめることは困難、というより不可能と言って良い。戦場は宇宙で死体が残る可能性も低く、その生死を確認したのも自分だけ。ジェネシスに巻き込まれて消し飛んだと報告すれば、キラの足取りは誰にも追えなくなるだろう。
 でも、だからといって納得できない。理屈は理解できるし、その効果も分かるが、キラと二度と会えなくなるなど我慢出来ることではない。

「だったら、私も一緒に行く!」
「ちょっと、何言ってるのさフレイ!?」
「キラは何かやる事があるんでしょ、だったら私も付いてくって言ってるの!」
「待ってよフレイ、僕がやろうとしてることが何か分かってるの、とても危ない事なんだよ!」
「今までだって十分危なかったわよ!」
「僕はこの世界に残ってるアルカナムの残滓を追うつもりなんだ。何年かかるのか、本当に捕まえられるのかも分からないんだ。そんな馬鹿げた旅に君を連れてくなんて出来るわけないだろ!」

 売り言葉に買い言葉、痴話喧嘩もここまで来れば立派と言うべきか。クルーゼは良くこんな状況で痴話喧嘩などしていられるなと、場違いな感心をしてしまっていた。
 やれやれと肩を竦めたクルーゼは視線をモニターに向け、まだ生きているカメラからの映像を確認していって、おやと思った。何か、ありえないものが映っているのだ。

「あれはまさか、アメノミハシラか?」





 アメノミハシラ、地球軌道上に残っている最後の宇宙ステーション。それがなんと、高速でユニウス7に向かっていたのだ。その姿は砲撃中の艦隊からも確認され、一体何事かと騒ぎになっている。カガリは急いでアメノミハシラのミナを呼び出し、何をする気だと問いただした。

「おいミナ、お前何する気だ!?」
「何とは心外な、これから地球を救ってやろうというのだぞ?」
「地球を救うって、まさかお前、ユニウス7にそれをぶつける気かあ!?」
「今地球軌道上にあって、あれを押し戻せるだけの質量と頑丈さ、推進力を持つ構造物が他にあるのかカガリ。これが残された最後の手なのだ。既にフレアモーターの起動も完了しているし、不要な人員の避難も完了している。我々ももうすぐここを去るだろう」

 確かに巨大な宇宙ステーションの体当たりならあれを押し戻せるかもしれない。だが、それではオーブは貴重な宇宙ステーションを失ってしまうことになる。そうなれば戦後を見据えた大きな優位が失われてしまう事になるのだ。

「……ああもう、分かった任せる。だけど本当に弾き出せるんだろうな!?」
「計算上ではな、ユニウス7の現在のコースを維持してくれるなら、アメノミハシラはあれを外に弾き出せるはずだ。まあアメノミハシラは砕けて地球に落ちることになるが、大半は燃え尽きて消えるだろう」
「ならいい、せいぜい派手に散らせてやってくれ。くそ、この借りは後で世界中から取り立ててやるからな!」
「ああ、私もそのつもりだ。何しろ世界を救ってやるのだ、この貸しは高く付く。いや、支払わせて見せる」
「……気のせいか、何か不機嫌そうだな、ミナ?」

 いや、気のせいではなく、確実にミナは不機嫌だった。なにやら我が城がどうとか呟いている。どうやら自分の所有物を世界の為に犠牲にすることが色々と納得できないでいるらしい。でもこうしないと一番大事なオーブが滅びてしまうと頭では理解できているようで、色々と自分を押し殺しているらしい。
 下手に突っ込むと面倒な事になりそうだと察したカガリはミナの処置を素直に褒め称え、急いでそこから脱出するように命じた。一応立場的にはミナはカガリの下に来るので、完全な身内ばかりという状況でなければ命令口調にならないと不味いのだ。この辺り、カガリとしては面倒で仕方がなかったのだが、ユウナから建前は重要だと散々に叩き込まれたのでその辺りは無意識に出来るようになっていはいた。




 アメノミハシラがユニウス7に迫る。その姿をモニターで確認したキラは、早くここから退避するようにフレイに頼み込んでいた。これ以上ここに居たら、君まで危険だと言って。だがフレイも引こうとはせず、一緒に帰らなくちゃ嫌だと駄々をこねまくっていた。そして困った事に、キラにはフレイを納得させられるだけの説得力ある回答の用意は無かったのだ。

「嫌ったら嫌、絶対に1人じゃ帰らない!」
「フレイ、お願いだから言う事を聞いて。君まで巻き込んだら、僕がここに来た意味が無いじゃないか!」
「そんなのどうでもいい、キラも一緒に帰ってくれなきゃやだ!」

 一体この痴話喧嘩は何時まで続くのだろう、とクルーゼは呆れ果てた頭の片隅でぼんやりと考えていた。既にコンピューターを用いた計算は終わっており、このままのコースでアメノミハシラがぶつかってくれば、ユニウス7は突入コースから弾き出され、宇宙の彼方へと流されていくだろう。もはやフレアモーターも失い、軌道修正する事も出来ないユニウス7にはこれを回避する術は無い。
どうやらこの勝負は自分の負けらしい。それを悟ったクルーゼは潔くこのままここで死を迎えようかと思ったのだが、その覚悟もすぐ隣でこんな痴話喧嘩を繰り広げられてしまっては萎えてしまう。なんと言うか、馬鹿馬鹿しくなってきてしまうのだ。

「君たち、逃げるなら逃げる、共に最後を迎えるなら最期を迎えるで、いい加減決めてくれないかね。傍でつき合わされている私のことも考えてもらいたいものだよ」
「ああ、少し黙っててください。そもそもこんな状況作った元凶が何人事みたいに言ってるんですか!?」
「いや、彼女が帰らない理由は君にあるのであって、私は無関係だと思うのだが?」
「言い訳は見苦しいです。それより、どうやったらフレイが帰るか、良い知恵でも出してくださいよ。世界相手に喧嘩売るより楽な仕事でしょうが!」
「無茶を言うな、泣いた女を宥めるのがどれだけ大変だと……」

 何で自分まで巻き込まれているんだろうと思いながら、クルーゼは困った顔をしていた。そしてキラはまたフレイとの口論に戻り、延々とループを繰り返している。このどうしようもない言い争いを終わらせるにはどうしたら良いかと考え込んだクルーゼは、1つの案を2人に提示してみせた。

「キラ・ヒビキ、君は生きていたらアルカナムを追うと言っていたな?」
「え、ええ、そうのつもりですけど」
「だから私も一緒にやるって言ってるのに、キラの分からず屋!」
「何言ってるんだ、君こそ分からず屋だろ!」
「ああ、少し黙ってくれないか。その調子では1年経っても終わらない」

 クルーゼは2人を黙らせると、フレイとの回線を切った上でキラにアルカナムを叩いた後、必ず戻ると約束したらどうかと提案をした。

「ようするに、彼女は君が戻ってこないと思っているから強情になっているのだ。ならば君が必ず戻ると約束して安心させてやれば良いだろう」
「で、ですが、戻ってこれる保証はどこにも……」
「そんな物はどうでも良い、ようは彼女を安心させてやればいいのだ。嘘も方便だと言うだろう」
「な、なんだか実感篭ってますね」

 そっち方面でも経験豊富なのだろうか、キラは胸の内にこみ上げてきた疑問を問いかけたい衝動に駆られたが、それを押し殺すと本当にそれで納得するのかと不安そうに問うた。

「でも、もしそれで納得させられなかったら?」
「その時はその時だな。彼女を優先するのなら共に戻るという選択もあるし、共にアルカナムを追っても良い。あとは君の選択次第だ」
「選択、ですか。こんな時に……」
「こんな時だからこそ、だろうな。君が彼女と世界を天秤にかけ、どちらを取るかだ。どちらを選んでも誰も君を非難はせんだろうさ」

 自分がここで死ねばこの話を知る者は居なくなる。キラの今後の人生には影を落とすかもしれないが、それもいずれ風化していくだろう。
 だが、キラがどれを選ぶのかと待っていたクルーゼに、キラはとんでもない事を言い出した。

「クルーゼさん、貴方もここで死ぬ気なんですよね?」
「まあな、私の役割は終わった。賭けには負けたようだが、別に後悔も無い。もう寿命も残っていないし、ここで朽ち果てるのも悪くは無いだろう」
「なら、残りの人生を僕に下さい」
「……何を言っているのだ?」

 残りの人生をくれとは、どういう意味なのだ。クルーゼはキラが全く自分の予定に無い事を言い出したので困惑した顔をしていたが、キラは構わずに話を続けた。

「もう捨てる命なら、同じ死人として僕と一緒にアルカナムと戦って欲しいと言ってるんですよ」
「正気で言っているのか、私はこの世界を滅ぼそうとした男だぞ!?」
「勿論正気ですよ。貴方は確かに狂っています、頭のネジが数本飛んでいます。でも、貴方の経験と狡猾さは僕には無い物です。そしてそれはこれからの戦いに必要な物ですから。それに、アルカナムを叩くのは貴方の復讐にも適うんじゃありませんか?」

 キラとしてはこの狡猾で抜け目の無い男の知識がぜひとも欲しかった。これまでの敬意からこの男がかつてのメンデルに関わること全般を調べてきた事は疑いようが無く、この男が知っている事を全て教えてもらえればアルカナムの残滓を叩き潰すという自分の目標にかなり近付く事が出来る筈だ。
 加えて、この男にはやってもらいたい仕事もあった。皮肉な話であるが、世界を滅ぼそうとした男の経験はそのまま世界を救うことにも使えるのだ。

「……全く、君という男は」

 まさか、世界を滅ぼそうとした男に世界を救う手伝いをしろと言って来るとは。普通に考えれば正気とは思えないが、目の前に居る少年の目は本気だった。まさに毒を持って毒を制す、とでも言うのか。キラの言うとおり自分もアルカナムへの復讐は考えていたが、人類全体を滅ぼせば結果的にそれも適うと思ってそちらは切り捨てていたのだ。だからアルカナムの残滓の1人であったゼムを利用してもいた。
 しかし、人類への復讐は未完成に終わった。だがコーディネイターを生み出してしまったアルカナムの残滓を潰すというもう1つの目標を適えるというのなら、それも良いかもしれないとクルーゼは思ってしまった。どうせ何処で終わっても良い命だ、ならばもう暫くこの愚かで甘ったれた少年に付き合うのも悪くは無いのではないか、と。

「ふふふふ、君は本当に面白い男だな。人類を救おうと考える男が、人類を滅ぼそうとした男と手を組もうなどと」
「利用できる物は何でも利用する、それだけですよ。それに、こういう言葉もあります」
「何かね?」
「だから人生は、面白い」

 それを聞いたクルーゼは大声で笑い出した。この状況でここまで言えれば大したものだ。落ち着きの無い甘ったれた坊やだという印象だったが、中々どうして芯はしっかりした物を持っているらしい。余程良い師にでも恵まれたのだろうか。
 話が纏まった所でキラは回線を開き、フレイを呼び出した。こうなった以上、彼女にはなんとしてもここから逃げ出してもらわなくてはいけないのだから。




 アメノミハシラがその巨体でユニウス7を弾き出そうとしている。その姿は戦場全てで確認され、残っていた部隊が慌てて逃げ散っていく。ザルクも連合も戦いを一時的に放棄して、その衝突の余波に巻き込まれまいと必死になっていた。
 そして、少し離れた場所で戦い続けていたアスランたちは、アメノミハシラの特攻という隠し玉をみせられて、オーブの滅茶苦茶な戦い方に喝采を送っていた。まさかこんな滅茶苦茶な方法でユニウス7を押し出そうとするとは。
 アスランはミネルバに連絡を取り、本当に押し出せるのかと確認をしていた。

「メイリン、本当なのか、あのステーションでユニウス7を!?」
「オーブ軍からの通信では可能だと言っています。ジェネシスで小さくなりましたから、間違いなく押し出せるそうです」
「そうか、良かった……」

 これまでの犠牲は無駄にはならなかった、そうアスランは安堵し、そして残っていたアンテラ以下、生き残りのザルクたちに再度投降を呼びかけた。もう戦いは、終わったのだ。



 ユニウス7とアメノミハシラが激突しようとしている。それを周辺の艦隊はじっと見守っていた。まだ周囲に生存者が居るかも知れないが、危険なのでこれ以上捜索する事は出来ず、最後まで留まっていたMS隊も退避している。
 そして旗艦ツクヨミの艦橋でじっと見守っているカガリたちの見ている前で、遂に両者は激突した。巨大な岩の塊に下から突き上げるようにして宇宙ステーションが衝突し、ステーション側が拉げ、変形していく。フレアモーターの巨大な推進力がユニウス7を押し上げ、重力圏を押し上げていく。
既に必要な箇所以外は電力が切られ、消化剤や衝撃吸収剤が充填されていたのだろうか、アメノミハシラが火を噴く様子は無かった。

「ああ、アメノミハシラが壊れていく……」
「カガリ、地球1個の代償としては安いものだよ」

 なんだか艦橋に居る者の中で1人だけ違う葛藤を抱えていたカガリが窓に縋りついて嗚咽を漏らし、ユウナがそれを慰めている。
 そして艦橋内に招かれていたマリューとナタルは、崩壊していくアメノミハシラと重力圏外に弾き出されていくユニウス7の姿を瞬きもせずに見つめていた。

「これで終わったのかしらね、ナタル?」
「どうでしょう、この戦争はこれで終わりだと思いますが、戦後にあらナタ騒動が起きる可能性は否定できません」

 過去の戦争そうでもそうだが、終戦はそのまま新たな対立構造の始まりを意味する。自分などには分かる筈も無い事だが、恐らく政府や軍上層部では次の世界戦略の青写真がある事だろう。その内容如何では、次の戦争が始まる可能性も否定できない。何しろ地球連合などと言ってはいても、実態は大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国の3つに大きく分かれる。この3勢力が戦後に対立化を本格化させる危険は高いだろう。
 その時、CICから妙な報告が艦橋にもたらされた。それを受け取った艦長が意外そうな顔でそれをユウナに渡してくる。

「ユウナ様、CICから報告が」
「なんだい?」
「それが、ユニウス7から離脱していく熱源を確認したと。まだ残っている者が居たのでしょうか?」
「ザルクのものじゃないのか?」
「いえ、反応はウィンダムだと言ってきています。どうしますユウナ様?」
「ウィンダムだと、ユニウス7に辿り着いた部隊でウィンダムの未帰艦機なんて?」

 ユニウス7に辿り着いたのはアークエンジェル隊だけの筈。そして艦載機のウィンダムで未帰艦機というと。そこまで考えたユウナは辿り着いた答えに仰天し、反応のあった宙域を拡大表示するように命じた。
 そして拡大された映像の中に紅いウィンダムの姿を確認した時、艦橋の中を歓声が満たした。

「確認しました、間違いありません、アルスター二尉のウィンダムです!」
「あの馬鹿、生きてやがったか!」

 カガリが歓喜の声を上げ、通信を繋ぐように指示するが、ユニウス7とアメノミハシラの衝突による障害が発生していて通信は繋がらなかった。そこで残存機の中で一番状態が良かったクロトのレイダーとスティングのマローダーに迎えに出るよう命令した。
 言われてフレイのウィンダムを迎えに来た2人は、数え切れないほどの残骸を避けながらよたよたと飛んでいるウィンダムを回収する為に近付いていった。

「おいフレイ、生きてんのか死んでんのか、どっちでもいいから返事しろ」
「いやクロト、死んで返事されたら、それはかなりヤバクねえか?」
「はん、もうここまでくればゾンビだろうが幽霊だろうが気にしねえよ。つうかそのうち死人のゾンビ再生とか本当にありそうじゃない?」
「やめろよ、ジョークに聞こえないぞ」

 ここまで倫理観が崩壊した世界なら、死人をゾンビとして蘇らせて労働力にするとか本気で考える奴が出てきそうで、クロトの話はジョークと笑い飛ばせなかった。
 そしてウィンダムに近付いたクロトがその肩を掴んで保持し、フレイを呼び出した。

「おいフレイ、まだ生きてる?」
「生きてるわよ、大丈夫。でも迎えに来てくれて助かったわ、デブリに当たって推進器の調子が悪くなってたの」
「のようだな、フラフラ飛んでたし」
「ああ、今バックパック見てみたけど、見事にスラスターが凹んでるよ。これじゃ使えないわな」

 クロトがメインスラスターまで壊れているのを確認して、ウィンダムを保持したまま移動していく。進路上の細かいデブリはスティングのマローダーが掃除してくれているので、大きい障害物を気にしていればよかった。

「そういえば、キラはどうしたの、探しに行ったんじゃなかったの?」
「……キラは、クルーゼに負けたわ」
「おい、冗談だろ?」

 あの化け物のように強いキラが負けたというのか。スティングは信じられないとばかりに頭を左右に振ってフレイにどういうことかと問いただし、キラがジェネシス照射前にクルーゼと交戦し、敗北したとフレイは語った。その後ユニウス7から離れようとしたクルーゼもまたジェネシスに飲まれ、消え去ったとも。
 予想外の知らせにパニックを起している2人を無視して通信回線を切断したフレイは、大きく溜息をついてメインカメラをユニウス7へと切り替えた。

「……ふん、良いわよ、そっちがその気なら、待っててやるわよ。でも20歳になるまでだからね!」

 キラの見え見えの嘘を、フレイは黙って聞いてやったのだ。後ろで聞いていたクルーゼが呆れ果てた顔でこちらに同情の眼差しを向けていたのがなんだか腹立ったが、必ず帰ってくると約束したから、フレイも20歳になるまで待っててやると言い捨てて出てきたのだ。つまり後4年でキラは帰らなくてはいけないのだが、果たして守れるのだろうか。

 

 このフレイの報告は直ちにツクヨミにも回され、艦橋に詰めていた幹部たちは騒然となってしまった。

「本当に死んだのか、あの性質の悪い変態仮面が?」
「フレイさんが嘘をついていると?」
「いや、嘘をつく理由は無いさ。でもなあ、あのキラが戦死してクルーゼもジェネシスで蒸発、納得できる終わり方じゃないだろ」
「……まあ、確かにね」

 カガリは最後の最後でキラが帰ってこなかったという事に口には出来ぬ怒りを溜め込んでいたが、ユウナは違う意味でカガリに同意していた。ユウナはキラを戦後どう扱うかで悩んでいたのだ。オーブにとってキラは最高のコーディネイターという面倒な存在であるが、オーブにとってはより厄介な意味を持った存在なのだ。彼はカガリ・ユラ・アスハの血を分けた弟で、これが発覚すれば不穏な動きをみせている下位氏族たちが何をしでかすか分からない。下手をすれば継承権争いがおきかねないのだ。ただ、キラが弟だというのはカガリが主張しているだけで、どちらが年長なのか本当の所は良く分かっていない。
 だが幾ら面倒なそんざいとはいえ、まさかキラを暗殺するわけにはいかない。そんな事をすればカガリは勿論の事、いまやオーブの有力者の1人であるフレイまで敵に回す事になり、自分は縛り首間違い無しだ。
 その扱いに困っていたキラが、終戦間際の戦いで災厄の権化のようなクルーゼ諸共戦死してくれた。それはオーブに留まらず、世界全体にとって幸運であったというほかあるまい。
 1人で荒れているカガリに気付かれぬように距離を取ったユウナに、後ろからアマギがこれからどうするのか支持を求めてきた。

「あの、ユウナ様、今後のご指示をいただけませんか?」
「あ、ああ、そうだな。ザルクの残党はどうしている?」
「大半は撃破いたしました。戦場を離脱した者も居ると思われますが、ゴミが多くて確認も出来ません」
「そうか、じゃあ仕方ないね。よし、警戒態勢に移行、生存者の捜索を始めてくれ」
「分かりました。それと、ユニウス7の破片が飛んできておりますので、艦隊をこの宙域から移動させたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ああ、任せるよ。アマギ、これで終わるかな?」
「どうでしょう、終わって欲しいと私も思いますが」

 オーブにはもう一度戦うだけの力は残っていない。これで終わってくれなければ本当に崩壊してしまいかねないのだ。アメノミハシラとて仕方が無かったとはいえ、あれが壊れていく様は見ていて目の前が真っ暗になっていくのを感じたほどだ。

「これから、大変そうだね」
「全くです」

 戦争が終わっても、今度は戦後処理と戦後復興という新たな仕事が始まる。世界全体で立て直るのに何年かかるか、想像も付かない。恐らく各地で数え切れないほどの小さな戦いが続くに違いない。出来ればその混乱にオーブが巻き込まれないことを2人は居るかどうかも分からない神に祈った。


 そして、2年以上続いたこの戦争は、この日事実上終結した。地球連合の勝利という形で。


後書き

ジム改 戦争終結〜。
カガリ キラの生存を知ってるのはフレイだけ、か。
ジム改 公式記録上じゃキラは戦死したのだよ。
カガリ これでキラは歴史の裏側か、そして私はオーブに帰って……
ジム改 毎日書類の山と格闘だな。
カガリ いや、私は外交折衝の為に世界を飛び回るという大事な仕事が。
ジム改 そっちはミナがいるし。
カガリ じゃ、じゃあ国内の現地視察に……
ジム改 それはユウナがやれば良いし。
カガリ い、嫌だ、もう書類の山は嫌だ――!
ジム改 嫌でも書類に目を通してサインするのが偉い人の仕事だ。
カガリ そういう仕事はユウナの仕事だ――!
ジム改 ああ、泣きながら猛ダッシュして行っちゃった。それでは次回、最終回「桜の咲く頃に」で会いましょう。

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